ドッグヴィル スタンダード・エディション [DVD] (詳細)
ラース・フォン・トリアー(監督), ニコール・キッドマン(俳優), ポール・ベタニー(俳優), クロエ・セヴィニー(俳優)
「「世間」の解体」「「ARROGANCE(傲慢)とは」がキーワード。」「あまりにもリアル」「本当に傲慢なのは誰?」「自分を見つめてください」
ダンサー・イン・ザ・ダーク [DVD] (詳細)
ラース・フォン・トリアー(監督), ビョーク(俳優), カトリーヌ・ドヌーブ(俳優), デビット・モース(俳優), ピーター・ストーメア(俳優), ジョエル・グレイ(俳優)
「賛否は分かれると思う。」「見ろ、「新しい世界」を」「救いはあった。」「魂の歌声」「西洋的な人生観。」
ブラザーフッド プレミアム・エディション [DVD] (詳細)
カン・ジェギュ(監督), チャン・ドンゴン(俳優), ウォンビン(俳優), イ・ウンジュ(俳優), チェ・ミンシク(俳優)
「軍隊時代の事を思い出します。」「本当に最高の映画です」「兄弟の愛とは、思想を超えられるのか」「切ない」「熱き魂の感動巨編 」
魔王 [DVD] (詳細)
フォルカー・シュレンドルフ(監督), ジョン・マルコビッチ(俳優), アーミン・ミューラー=スタール(俳優), マリアンネ・ゼーゲブレヒト(俳優)
「美しい」「寡作監督の行方」「神を描こうとした映画」「一言では語れない」
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ダニス・ダノヴィッチ(監督), ブランコ・ジュリッチ(俳優), レネ・ビトラヤツ(俳優)
「戦争なんていらない」「恐ろしいの言葉では足りないけれど」「メッセージ性の強い作品。」「残された悲しみ」「覆水盆に返らず呉越同舟。そして…」
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メノ・メイエス(監督), ジョン・キューザック(俳優), ノア・テイラー(俳優)
「誰でも「アドルフ」になり得る」「ノア・テイラー最高!!」「民主主義の崩壊」「ジョンキューザック。」「精巧に作り上げられた作品」
プライベート・ライアン [DVD] (詳細)
スティーブン・スピルバーグ(監督), トム・ハンクス(俳優), トム・サイズモア(俳優), エドワード・バーンズ(俳優), マット・デイモン(俳優), バリー・ペッパー(俳優), ロバート・ロダット(脚本)
「戦争映画Best3に入る秀作。」「市街戦の最高峰」「映画の傑作」「印象深い映画。」「命」
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崔洋一(監督), 小林薫(俳優), 椎名桔平(俳優), 香川照之(俳優), 戸田恵子(俳優), 丸山昇一(脚本), 中村義洋(脚本)
「温かい愛を感じたい時に…!」
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ギレルモ・デル・トロ(監督), イバナ・バケロ セルジ・ロペス マリベル・ベルドゥ ダグ・ジョーンズ(俳優)
「渾身の一作」「見た人と話したくなる映画」「傑作です。」「あまりにも切なく、美しい、素晴らしい作品・・。」「グロテスクな純粋さ」
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ティム・ブレイク・ネルソン(監督), デイビッド・アークエット(俳優), スティーヴ・ブシェミ(俳優), ハーヴェイ・カイテル(俳優), ミラ・ソルヴィーノ(俳優), ナターシャ・リオン(俳優)
「人間の温かみを感じることができ、感動する。」「重い銃声」「ヒューマニズムの究極 自己犠牲」「ホロコーストの真実」「ホロコーストにもっともhonestな映画」
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チアン・ウェン(監督), 香川照之(俳優), チアン・ホンポー(俳優)
「中国にこれだけ素晴らしい「不条理劇」があったとは」「姜文がつきつける深く重くリアルな悲喜劇」「可笑しくも悲しい・・・」「非反戦映画」「お勧めします」
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ロベルト・ベニーニ(監督), ニコレッタ・ブラスキ(俳優), ジョルジオ・カンタリーニ(俳優), ジュスティーノ・デュラーノ(俳優)
「・・・・」「不覚!」「すばらしい!!!」「家族を守る男の強さを見よ」「考えさせられる」
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オリバー・ヒルツェヴィゲル(監督), モーリッツ・ブライプトロイ(俳優), クリスティアン・ベッケル(俳優), ユストゥス・フォン・ドーナニー(俳優), マリオ・ジョルダーノ(脚本)
「映画ってこうやって作るのか・・・」「後味が悪い」「「役割り集団」のなかでは自分の役割りに自覚的であること」「人間の恐ろしさ」「「看守と囚人」の実験」
● 買っちゃった
● オゾロフ映画
● 映画系3
● ゴダール的映画
● 魅力的な映画たち
● 39
● とにかくインパクトのある映画(心理的に弱い人は観ない方が。)
● 韓流好き好き♪
・「「世間」の解体」
「世間学」でいう「世間」に、ドッグヴィルはあたる。親切には返礼を求め、共通の時間意識(鐘が象徴)を持ち、集団で意思を決定し、内部の人間と外部の人間とを区別する。ドッグヴィルは「世間」そのものである。空間の区切り線しかないセットも、ドッグヴィルは家々の集まりではなく、人間関係という抽象的なものであることを示している。この映画に描かれるのは、その「世間」の解体だ。ヨーロッパではキリスト教が「世間」を解体し、「個人」からなる「社会」を造り出したと言われる(例えば佐藤直樹著「世間の目」)。主人公は最後に、ドッグヴィルは地上から消えた方がいいと言い、決断を下す。そういえば主人公は慈悲と傲慢さを備え、ある意味でキリスト教的である。ドッグヴィルの住人の中で、犬は姿が見えないが生き残り、最後に姿を見せる。犬はドッグヴィル=「世間」の一員ではなく、唯一「個人」として主人公に接した(骨を取られて怒った)からである。「世間学」によれば、日本では「世間」が存続しており、日本には「個人」も「社会」もないと言う。そうだとすると、自分はドッグヴィル側の人間だと感じたり、自分が主人公に罰せられたような、何となく不快な思いにかられるのは、日本人として正しい感情である。その「世間」にいる日本人が見ても、ドッグヴィルは解体されて当然と感じるのではないだろうか。解体の是非は別として、ドッグヴィルの住民である日本人が見てこそ、自分がどんな世界にいるのかを自覚するために、この映画は価値がある。
・「「ARROGANCE(傲慢)とは」がキーワード。」
「ARROGANCE(傲慢)とは」がキーワード。もっとも、この映画に登場する大人のうち、傲慢という概念を知り、それゆえに悩む人間は3人しかいない。権力や暴力で自分の理想に合わないものはつぶすギャングの親分であるグレースの父親、「道徳再武装運動」を推奨しながら村の人々の理解やグレースの愛が(望む形で)得られないと知ると、結局はグレースを売るトム、高い理想を抱きながらもその理想の崩壊を認識するのに耐えられず、結局は愛や許しを憎しみや報復に変えて、父親の想定どおりに、いやおそらくそれ以上の方法で、自分の理想を崩壊させた対象をつぶしたグレースの3人である。ほかの人間、たとえば、着任してくれる牧師がみつかるまで町の伝道所を守る女性、きれいな言葉で情景描写をすることが得意な盲目の男性、子どもへの慈愛と夫への信頼にかけては誰にも負けない良妻賢母の女性や日ごろは勤勉や実直を旨とするガラス工芸の家族や商店主なども登場し、これらの人間が象徴するもの、すなわち信仰や文学、市民的道徳などは傲慢という概念を理解しないばかりでなく、人間の弱さがあらわにされた極限状態では、保身のために自分より弱い立場の人間を追い詰め破壊の道を転げ落ちる機動力となってしまう。 この映画はドッグヴィルという架空の小さな町を中心とする舞台劇の形式をとっているのだが、映画の最後のクレジットが流れるあたりで、貧困層街を写したドキュメンタリ風の多くの写真が提示され、鑑賞者はこれらの写真に刺激されて現実にひきもどされ、この映画がおそらく何かの寓話であることを思い起こさせられる。それではどうすれば人間は傲慢で破壊を招く行ないを慎むことができるのか、いいかえれば謙虚ですべての人が幸せに共存していける社会を構築できるのか。これは鑑賞者ひとひとりの思考や判断に委ねられている。
・「あまりにもリアル」
床に白線で線を引き、スタジオ内のセットのような場所。終始その場所で話は進められていく。始めは映画を見ているというより舞台の演劇を見ているかのような感覚。
そんな斬新な手法での映像に戸惑いながらも、人間の寧ろ正直とも言える残酷さがまざまざと浮き彫りにされていくストーリーに胸が痛くなります。
人間の表と裏。 人間社会の表と裏。 そしてそれにどのような判断を下すか。「慣れ」というのは非常に恐ろしく感じました。私個人はこの映画を見て、誰が正しいとも思えませんでした。ですがこの作品は人間の罪深さ(役者の演技は見事!)が見事に描写されていると思います。
色々考えさせられる、とても興味深い映画でした。
・「本当に傲慢なのは誰?」
3時間と長い映画だし、舞台装置のようなセットで繰り広げられる物語には派手さもないし、最初は眠くなるけれど、我慢して最後まで見てほしい。
過剰に無垢な寛容さ、勤勉さ、そして内面と容貌両方の美しさを備えた他者を目の当たりにしたとき、人々がどのように反応するか、その変化の過程がシンプルな物語の展開の中で残酷なまでにはっきりと描かれている。でも、途中でふと思う。本当に罪深いのは誰? 本当に残酷なのは誰? 本当に傲慢なのは誰?
一人でも多くの人に見てほしい。そして考えてほしい。必見の映画です。
・「自分を見つめてください」
この映画を見て陥りやすいのは、人間は愚かだ、と言って、そこで終わりにする事です。
「怪物と戦う者は自分が怪物となってしまわないよう注意しなければいけない」とニーチェは言いました。ドッグヴィルの村人を見下す者は、ドッグヴィルの村人となんら変わりないのです。愚かな要素は環境次第で自分にも現れます。
愚かだという事がわかったなら、あなたがグレースの立場だったら、村人を許してあげる事が大事なのではないでしょうか。
そのような愛がない限り、周囲では争いがたえないでしょう。
この映画の結末を見る限り、グレースも村人と同様の人間に思えます。
とても哲学的な映画だと思いました。
・「賛否は分かれると思う。」
この映画を一言で言うと、「もう2度と観たくないけどもう1度観たい映画」。矛盾してますけど、実際にそんな感じです。空想と現実の狭間で生きる主人公。悲惨な現実のシーンに思わず目を背けたくなりますが、その現実を忘れさせてくれるような空想シーン。ミュージカルで魅せてくれます。「こういう表現もあるのか」という感じです。ただ、気分が落ち込んでいる人がみるとますます気分が落ち込んでしまうと思います。
・「見ろ、「新しい世界」を」
この作品のエンディングは、僕の中の「映画」を変えた。四面楚歌の絶望に追い込まれて全てを失うひとりの女性の最後を記録した本作のエンディング。ビョーク演じるセルマは、お金や視力だけでなく、命までも失った。果たして、この映画はそれで本当に「終わった」のだろうか。この映画を観た友だちはみんな口を合わせたみたいに「暗い」としか言ってくれなくて困るのだけど、その観方ではまだまだ中途半端だ。この作品は、セルマが死を迎え、ビョークが歌うエンディング曲の“ニュー・ワールド”が流れ始めて、そこから「始まる」のだ。あらゆる悲しみと絶望を経験し、それでもセルマが生き生きと歌っていたのは、全てを感じ終えた後にこそ始まる何かを信じる喜びを、彼女は決して忘れなかったからだ。もっと、エンディング直前にスクリーンの真ん中に浮かび上がってくる言葉の意味や、“ニュー・ワールド”の歌詞に注目して欲しい。ありったけの絶望の向こう側にあるはずの、わずかに残された何かに思いを馳せる希望。本作のエンディングは、極めて高度な表現力でその希望の中身を伝えているのだ。
・「救いはあった。」
かなりの欝映画と評判のビョーク主演のダンサー・イン・ザ・ダークを観てしまいました。観る前からこれはかなり重い映画で友人にミリオンダラーベイビーよりもきついのあるよ、と言われていたのがこの映画でした。最初から暗くてこれは最後まで見通せるだろうかと不安でしたが結局最後まで観てしまいました。でも、あとに残ったのはすがすがしいとまではいかないですが思ったよりいやーな感じは心に残りませんでした。
主人公のビョーク演じるセルマは最後まで愚直そして頑なで見ようによってはアホ真面目に自分の意思によって人生を歩んでいました。そこになにかしらの美しいものを感じずにはいられませんでした。
確かに重い映画ではあります、なかには落ち込んで2、3日立ち直れない人もいると思います。でも、最後のシーン息子のジーンが手術によって目が治ったと告げられた時にセルマは救われたのだな、セルマの人生に意味があったのだ感じ、セルマの息子、ジーンへのセルマの愛がジーンの目となって生きていくのだなと思うとそこには少しの救いがあるように感じました。
なかなか人にはおすすめできない(特に欝の人には)映画ですが観て損はない映画だと思います。ビョークの演技も素晴らしい。
・「魂の歌声」
良くも悪くも一度観たら忘れられない映画でしょう。セルマの決断は正しいのかどうかはわかりませんが、息子の為だけに生きる姿は心を打たれます。母親が自分の子供を殺してしまうという事件が増えている今、セルマは母親の鏡のような存在に感じます。本作のミュージカルシーンは、主人公セルマの妄想の中で展開します。なので、現実世界で突然唄って踊るミュージカルが苦手な人も違和感無く観られるでしょう。ミュージカルシーンでのセルマはとても魅力的でカワイイです。そして、その魂の歌声に圧倒されることでしょう。
・「西洋的な人生観。」
病気の遺伝を知りながら子どもを産んだという事に対する贖罪の物語と見た。キリスト教世界独特の原罪の意識、徹底した個人主義(神との契約による)を肌で理解できない日本人には難しい映画だと思う。主人公は母性愛ゆえに死んだのではなく、あくまでも自らの信念に殉教したのだ。(子どもの為を思うのであれば、死を選ぶはずがない。)その、魂の強さ、純粋さが、痛い。彼女にとって、この結末はハッピーエンドでさえあったのだ。
・「軍隊時代の事を思い出します。」
シルミドでも同じ題を書きましたが、3師団の白骨部隊に2年いた在日韓国人です。まず旧日本軍の様に赤紙が来てから、みんなとお別れ会をするのと違い、いきなり戦争で、非難してテグ市で突如憲兵(MP)に引っ張られて入隊させられるシーンに圧倒されます。「ミョンミョンイダ=命令だ」の憲兵の言葉にあっけに取られます。奥さんと話せないお母さん達と小さな子供たちをおいて汽車に乗る二人。もう言語に絶します。私も子供2人いる状態で、2年入隊したものです。チャンドンゴンだけでない、妻や子供たちの写真を見て想う兵士達を見ただけで、不覚にも涙を覚えました。私の部隊は38度線のチョロンで戦争当時この白骨部隊が最初にピョンヤンに韓国の国旗を掲げた部隊です。私がこの当時の人間だったら、チャンドンゴンの様には出来なかったと思います。あまりに急変する事情、戦争か?と思いきや、すぐ戦場。そのまわりは千切れていく死体。これは日本人や現代の韓国人にはすぐ恐慌状態になるでしょう。戦争は不衛生に狂気、無慈悲な運命展開、予想できない突如と起きる攻撃に歯をはぎしります。本当ぽかったのは次々のシーンにチャンドンゴンが狂わず、しかしながらもピントがずれていく彼の狂気。結局レッドパージで妻を殺された後のショックで、北に寝返りした後、弟に会っても気づかない表情と、少しづつ気づき始めるあの顔を見てください。あれが実にすごかった。戦争を経験している人間みたいだった。
・「本当に最高の映画です」
この映画が日本で公開する前に、ノベライズ本を読みました。友人に「映画見たときつまらなくなるよ。」と言われましたが、読みきりました。泣きました。実際に映画を見ると、もっと泣けました。韓国の2大俳優の演技も、さすが!と思いました。内容もよかったです。
韓国側の良いところだけでなく、裏の部分も描かれていたり、人間の良い部分汚い部分・・・そういうところもよく描かれていました。この映画が軍人ではなく一般人を主人公として置いています。なので、観るほうも、感情移入してしまう作品です。
弟を思うが故に戦い続け、非常になっていく兄”ジンテ”と兄を思うが故に、その兄の姿を見て、兄を憎み疎む弟”ジンソク”。互いを思うが故に交錯していく兄弟姿は、考えさせられる物がありました。
激しい戦闘シーンも見所です。刻々と変わる戦況をとてもよく描けていたと思いました。迫力もすごかったです。俳優陣が本気でぶつかっていったということがわかります。CGをつかわずに、体当たりでやったというのが、臨場感を生んでいると思います。
他にも、兄弟の母、兄の婚約者、などなど、多くの人間とのやり取りも必見だと思います。あんなに幸せだった兄弟が・・・家族が・・・あの日々が、一瞬にして消え去るのが戦争・・・・・・本当に色々なことを考えさせられる作品です。BOAのエンディングもの歌詞も映画の内容を思わせます。
・「兄弟の愛とは、思想を超えられるのか」
ジンテとジンソクの兄弟が朝鮮戦争に巻き込まれ、いつしか北と南側の勢力に兄弟は切り裂かれ、最後は戦闘シーンの中で弟は兄への愛を捧げる。なんとも涙なしには観られない悲しい結末であった。 最初と最後の本人が映像に登場するのは、実話であることを印象づけた。 素晴らしい映画であった。満点である。
・「切ない」
俺は兄弟がいるし、長男だからどうしてもチャン・ドンゴンの役の視点からこの映画を見てしまう。他のレビューの中で、北に寝返ってしまうところとか不自然だったという意見が見られるが、俺が同じことをされてもそうしたいと思うだろう。ただ、実際北に寝返ることが出来たものなのかは?が付きまとうけど。あと、兄が弟の除隊のために出世しようと頑張っていくうちに、鬼となり狂っていくのも俺は自然だと思う。そりゃ映画だからちょっと大げさかもしれんが。戦争って人間が「人」のままじゃ出来ないと思う。「鬼」になってしまうから平気で人を殺せるわけで。
これは朝鮮戦争の事実だけを忠実に描写した史実モノではなく、タイトル通りあくまで兄弟愛を中心に描いた作品です。別にもっと現実味のあるストーリーにしようとお思えば監督や脚本家だっていくらでも出来たはず。でも、それはこの映画のメインテーマではない。見ながら、「これはありえんやろう」とかどこか冷めた目で見てしまう人にはオススメできませんね。俺はいくつかのシーンで泣きそうになった。特にラストの方は泣いた。映画で初めて泣いた。
それにしてもウォンビンとチャン・ドンゴンはこれ以上ないコンビだったと思う。弟役をやらせたらウォンビンの右に出るものはいない!!しかし、チャン・ドンゴンの演技はそれ以上に凄い。うーんかっこい役者だ!!
・「熱き魂の感動巨編 」
まさに直球勝負の作品。朝鮮戦争を軸に、悲しくも切ない兄弟愛を描いた感動作。兄役チャン・ドンゴンが戦いの中で鬼のように変わりゆく演技は本当にすごい。これだけでも一見の価値がある。また、弟役ウォンビンのたくましく成長してゆく演技も良い。さらに、忠実に再現された武器、残酷ではあるが肉弾戦中心のリアリティある戦闘シーン、音楽もとても良い。そして何より、主役たち韓国軍兵士が北朝鮮軍兵士に行った残虐な行為や、右翼青年団が無実の民衆を処刑するシーンなど、タブーに真っ向から挑み、魂に訴えかける感動のストーリーを創りあげたところが見事といえるだろう。自分自身、韓流作品は食わず嫌いなところがあったが、この作品は本当に素晴しい。是非とも多くの人に観て欲しい。
余談だが、朝鮮戦争から半世紀たった今でも韓国には徴兵制度が存在する。(弟役のウォンビンもそろそろ軍隊入りという話だが)なぜなら未だ朝鮮半島両国の問題は解決していないからだ。朝鮮戦争の根本的な原因をつくったのは、我々日本である。一過性の韓流ブームも良いが、そのことを自覚して韓国とつきあってゆくことが真の友好ではないだろうか。
・「美しい」
ナチスを極端に良くも悪くも描いていないところが良い。映像は全体的に美しく、ナチスの軍装、儀式の美しさもきっちり描いている。あざといナチス批判もあるが、それをもってしてもありあまる美しさがある。当時これを生で見ていた人が熱狂したのもうなづける気がする。
・「寡作監督の行方」
『ブリキの太鼓』に匹敵するシュレンドルフの力作。ジョン・マルコヴィッチとしても畢生の名演であり、この映画俳優が現在一頭地抜き出た存在であるあることを確信させるものがある。今後この寡作の監督には、たとえばフランスのコラボラトゥールの知識人を題材にした作品を撮ってもらいたい。フランス人ミッシェル・トゥルニエの原作を映画化したところからも、その方向性が模索されているのではないだろうか。常に民衆の物語を描いてきたシュレンドルフであったが、テーマとして<ナチスに協力した知識人>を描けるのは他にはいないと思われる。
・「神を描こうとした映画」
~運命に翻弄される、とよく言いますが、心に信じるものがある人は翻弄されているとは思っていません。ただ、自分の心の声の赴くまま、神さまに見守られていると信じながら、自分の運命を切り開いていっているのです。私たちは多くの雑念を持っています。その雑念が心の声を打ち消して、神さまの手の中からこぼれ落ちてしまいます。運命に背を向けているのは~~私たちの方なのです。この映画は、子供のような純真な心を持つ限り、運命に愛され、例え戦争に巻き込まれても自分の人生を生き抜いていける姿を映し出しています。ヨーロッパの人々にとって、ヘラジカは神の化身です。ラストシーンでヘラジカと同化した主人公は、確かに運命に愛されている人なのです。フランス人の恋人がいる方に、お薦めいたします。~
・「一言では語れない」
主人公はナチス政権下でのフランス人捕虜として、したたかに生き抜く。恨んだり恨まれたり、子供や動物を愛する一人の人間として、さらに大人の男としての一面も描かれている。極端に善人でもなく、かといって悪人でもない。黒白つけがたい、複雑な人間が、実によく描かれている。せりふは少ない。ジョンマルコビッチだからこそ、この複雑な人間を描くことができたのだと思う。あとのことを思わず考えこんでしまうラストシーン。印象に残る。
・「戦争なんていらない」
セルビアとボスニアとの紛争を背景に描かれた、なかなかの秀作。気絶している間に地雷のトラップに利用されたボスニア兵士を巡ってボスニア、セルビア、国連、マスコミがお馬鹿な茶番劇を繰り広げる、という内容です。銃を突きつけあって「おまえらが悪い!」と繰り返すだけのセルビアとボスニア。事態の改善に尽力するも、何の役にも立たない国連。
「知る権利がある!」とほざき、ネタにならなきゃ即トンズラのマスコミ。ありとあらゆるものがリアル、かつ皮肉たっぷりに描かれているので、自然とブラックユーモアに笑ってしまう。戦争という異常なものがなぜ起こってしまうのか。「答えは簡単。人間が異常だからさ」という返し文句が、これでもかと全編にちりばめられているこの作品、
人によっては「つまんねえ」という人がいるかもしれないが自分はこの作品をオススメする。戦争が、人間が、どんなに異常なのか。今の世の中、それぐらいは知っておいてほしい。
・「恐ろしいの言葉では足りないけれど」
ストーリーはレビューに書かれているので省く。こんなにむごたらしい戦場映画は他にないと思います。多々ある戦争映画が描く、派手な戦闘シーンで死ぬことは、現実の戦場ではむしろラッキーなことなんだろうと思います。じわじわと静かに、たった一人で死を待つことの想像では間に合わない恐ろしさ。観終わった後、かなり気分は落ち込みます。でもこの映画を観て、もし自分だったらと考えてもらいたい。第三者に置き換えても、自分の偽善者っぷり、本性がはっきりと現れてくる。戦争とはただただ恐ろしいものでしかないということが、報道なんかより断然強く伝わってくる映画です。
・「メッセージ性の強い作品。」
『ノー・マンズ・ランド』は究極の戦争映画である。ダニス・ダノビッチ監督によると、この作品は「責任追及ではなく、あらゆる戦争に対して異議を唱える作品」であるという。たしかに、この作品を観ると、暴力行為に対する監督の意思表示が痛烈に伝わってくる。これほどまでに戦争の悲惨さを辛辣に描いた作品は存在しない。暴力行為を行なっているのは戦争状態にある国々だけではない。争いを止めることのできない無力な国連軍、報道合戦を繰り広げるマスコミ、報道を黙って見ているだけの各国の民衆、こういった彼等の行為も暴力の一つとして描かれている。現実に戦争は起こっていて、確実に人間は死んでいる。善と悪の二元論なんて何の意味もない。戦争なんてくだらない。でも、戦争はなくならない。救いようがない。アリ地獄のようだ。日常生活における人間の残酷さ、愚かさ、身勝手さ、その他もろもろ人間の本質がこの作品には詰まっている。滑稽なほどリアルに描かれているので、逆に凹んでしまう。いろいろと考えさせられる作品であるが、考えすぎてよく分らなくなってしまった。無力で無能な国連軍が登場するので「アメリカ的な作品」として捉えられる事もあるが、決してそれだけの映画ではないと私は思う。これは普遍的かつ現実的な映画なのではないだろうか。
・「残された悲しみ」
最後はもっとハッピーエンドなのかと思っていた。風刺の効いた戦争映画だけど、人間の尊厳を唱えた暖かい作品なのかと。期待は見事に裏切られた。その分、なんだか胸にずしりときた。もしかしたら人間の諍いなんて、ほんのささいなところから始まるんじゃないかって。「ノーマンズランド」という中間地点で起きた敵対する両国の兵士の数時間を描いているだけ。そこには激しい戦闘も空襲もない。だけど、お互いの正当性を子供みたいに言い合ったり、助けた恩を忘れて殺されかけたことに腹を立て、結局は互いに銃を向け合ってしまう。せっかく助かった命を小さな憎しみから捨て去ってしまうことの愚かさ。地雷を背にして動くこともできず、ただ死を待つために一人残された兵士の言葉が胸に突き刺さる。「もうたくさんだ、やめてくれ・・・」声はどこにも届くことなく、夜の闇の中に消えていくのだろう・・。
・「覆水盆に返らず呉越同舟。そして…」
この映画を見るとハリウッドの戦争映画がいつにも増してペラく見えてくる。全く別のジャンルの映画なのでいたしかたないか。本当ににっちもさっちもいかない状態に陥ってしまった人々のやりとりに、真剣な状況である故に、おかしさが次々にこみ上げてくる。
色々な国の人々が入り込み、言葉の壁があらゆる場面に立ちふさがったり、地雷処理に来たドイツ兵が道具を几帳面にセットしたりと細かいネタも利いている。
面倒な事態を握りつぶそうとする国連のトップ、真実を伝えたいといいながらも視聴率と功名心が捨てきれないマスコミ、
しゃべってみればいい奴じゃないかと言いながらもあげた手を互いに下ろすことの出来ない当事者達。我々も含めて見ていることしか出来ない者にとってはあくまで他人事だ。なのに、どの台詞も、今日もどこかで話されている、どこかで聞いたことのあるものばかりのような気がしてくる。
舞台演劇を思わせるような緊張感と笑いを醸しだす、あまりに巧みな脚本に加え、淡々とした演出も胸に響く。若干フランス寄りの脚本になってるのだが、ベルギーなどが制作の主体のようなので、仕方のないところか。笑えて、むごく、切ない傑作映画。ハッピーな気分にはなれないけれど、映画を見た満足感が十二分に得られる。
・「誰でも「アドルフ」になり得る」
この映画は、ヒトラーが画家として生きた半生を描いている。そこで描かれているヒトラーは「アドルフ」という名の時代に翻弄される一人の画家に過ぎない。彼は特別な人間ではなく、画家としての挫折を味わい、政治活動(=演説)というなかに何とか自分の居場所を見つける、どこにでもいそうな一人の人間でしかない。「ヒトラー=独裁者」というイメージは、ナチス・ドイツによる戦争責任を彼一人に帰す危険性を持つ。この映画は、どこにでもいそうな人物に「アドルフ・ヒトラー」の名をつけることで、誰でもヒトラーになり得たのではないか、という厳しい問いを投げかけてくる。歴史とは、自分とは係わり合いのない遠い世界のことではなく、すぐ隣にある日常なのだということを突きつけられる作品。
・「ノア・テイラー最高!!」
ヒトラーが独裁者になる以前、画家を志していた頃の話です。「反ユダヤ主義は、嫌いだ」と言っていたヒトラーがなぜ反ユダヤ主義になってしまったのか・・・なんと言ってもヒトラー役のノア・テイラーが良かった!!独裁者ではない、一人の夢を追いかける「人間」としてのヒトラー・・・彼は誰よりも感受性が強くそして純粋だったのではないか。運命に翻弄された、ヒトラーと友人ユダヤ人の画商マックスのラスト。私は涙は流さず、心で泣きました。一人でじっくりと観てほしい素敵な映画です。
・「民主主義の崩壊」
(第一次世界大戦における独の約200万人の血の犠牲のもとに)実現したワイマール憲法という民主主義の結晶が、(ベルサイユ条約における膨大な賠償金&世界大恐慌という社会的背景にもよるが)たった一人の世論指導者によって、意図も簡単に崩壊させられる恐ろしさ。そのたった一人の歪んだ人格の政治家の脳裏に刻み込まれた「(歪んだ)芸術的構想」がいかに生じていったのか?そのプロセスを知る意味においても本作を鑑賞する意義は大きい。「ヒットラー~第1部:我が闘争/第2部:独裁者の台頭(2002)」も併せて鑑賞する事によって、彼の人物像がよりリアルに見えてくるのかもしれない。確立された堅固なはずの民主主義が、現在においても崩壊させられる可能性があるという視点を、この種の作品から感じ取る事は非常に有益だと思う。
・「ジョンキューザック。」
僕、あまり時代背景詳しくないんですが、ジョンキューザックが出てるってことで見ました。彼はよく演技が下手とか言われてるんですけど、僕はめちゃうまいと思います。ラブコメとはまた違ったかっこよさがでててよかった、正直二枚目半ぐらいなんだけどタバコを吸う仕草や佇まいでものすごくかっこよく見える。 またヒトラーを演じているタイラーも独特の危険な香りが漂っていて映画を楽しませてくれました。こうしてあのカリスマが世に送りだされたならものすごく悲劇ですね。
・「精巧に作り上げられた作品」
不思議だが精巧に事実とエピソードをちりばめて作られた作品です。エピソードは、この作品の舞台とされている1918-1919年のミュンヘンではなく、彼が1913年まで住んでいたウイーンでのものが中心となっています。ただこれらのエピソードを第一次大戦後の価値の真空状態のミュンヘンの中に、ドイツに同化しドイツ帝国に片腕まで犠牲にしたユダヤ人の画商と対峙させることにより、創作としての緊張感を作り上げることに成功しています。特にフィナーレへのプロセスは精密に作られています。同年代のgeorge grotzやmax ernstがこの時期本当にミュンヘン(表現主義の中心はドレスデンやベルリン)にいたのかどうかはわかりませんが、当時のドイツ表現主義の画家とヒトラーの凡庸な作品の対比もフィクションとしては納得はいきます。この作品に興味を持った方は、"hitler's vienna", "hitler and power of aesthethics" や"rites of spring"の著作を読むことをお勧めします。
・「戦争映画Best3に入る秀作。」
そもそも戦争映画に順位をつけるのも甚だおかしな話かもしれないが、この映画が優れてるのは、どちらか一方を正義にみたてて偏ってないところ、戦争の不条理さ、軍の命令の不条理さ、人間の脆さ・強さ、を描ききってる所だ。しかも、涙を流させるまでの感動作にもっていけるところがスピルバーグの凄さ。
戦場のシーンはあまりに臨場感があって、あっというまって感じですよね。とにかく音のこだわりはすごい。
そして、たった一人の二等兵を救出する為に、生まれる男達の葛藤と友情には胸が熱くなる。キャスト陣の頑張り、特にアパム伍長を演じた、ジェレミー・デイビスは秀逸。もし一般人が戦場にいけば間違いなく彼みたいに怯えるか、気が狂うだろう。そんな極限の心理状態を見事に演じきってる。自分が逃がした捕虜が皮肉にも戦前にいる、そしてそれを見つめる、あの顔・・・鬼気迫る演技力が素晴らしい。
・「市街戦の最高峰」
映画で見る市街戦、特に第二次世界大戦終盤の欧州には独特の雰囲気がある。美しかった町並みが廃墟と化した中での白兵戦は「史上最大の作戦」「遠すぎた橋」「スターリングラード」などに名場面として残る。そして「プライベート・ライアン」でも独軍戦車が瓦礫の山を乗り上げ、米軍側の手製爆弾や火炎瓶が炸裂する。特に独軍の20mm機関砲と米軍の狙撃銃の描き方が秀逸だ。20mmは障害物も貫通して炸裂するので米軍は片っ端からこれに殺されていく。他方、高所から狙い撃ちする狙撃銃も多くの独軍兵士を倒す。1挺の威力は「スターリングラード」でも描かれた。映画の起承転結はいかにもで、米国人だけのヒューマニズムが主軸。そして、インディアンに攻められ、最後の最後に騎兵隊が助けに来る、といった副軸がお定まりの形式。ウンチクを言わせて頂くと、ソ連映画にもよく似た筋の戦争映画があります。
・「映画の傑作」
この映画は他の戦争映画とは全く違う。戦争を美化するものではなく、リアルな世界を築いていた。戦争では、ヒーローが生き残るのではない。偶然や奇跡が重なった人が生き残る。それを言葉ではなくて映像で見せつけてきた。そほ技量はさすがと言うべき。兵士一人一人の言葉に堪えきれないものを感じた。それは恐らく私も兵士のように戦争への恐怖を感じていたからなのだろう。
・「印象深い映画。」
これは私が小学5年か4年の時に,洋画が大好きな父と見た作品です。内容はまだ小さかったので理解できませんでしたが,最初の戦闘のシーンは本当に悲惨です。映像はとても綺麗なので兵士の傷や表情,,何もかもリアルです。今でも鮮明に思いだします。特に印象に残っている場面が,塔から隠れて兵士が敵に向かって十字架を切りながら,銃で殺していくのですが,もう兵士もガクガクになっていて…とてもリアルです。アメリカの映画ですが,戦場の様子がひしひしと伝わってきます。しかし私にとってはグロくて嫌な戦争映画ではなくもう一度見たいと思う映画でした。
・「命」
この映画は観る方によって様々な意見に分かれるでしょう。
私が戦争映画を観る際に、最も気にする部分は、偏った描き方になっていないか、ということです。
ともすれば片側の国を悪役にして、ヒーローのように描く映画がありますが、それは個人的に納得できない。
やってることは人殺しな訳で、それを正当化するのは倫理的にもおかしい。
この映画はアメリカの映画ですし、当然アメリカ目線で描かれています。ドイツ兵も敵として現れます。しかしアメリカ兵を正義の味方のように描いているかといえば、そうでもありません。
象徴的なのは、手を挙げて(恐らく)命ごいをしながら降伏しているドイツ兵2人を、アメリカ兵が射殺し嘲笑するシーン。
あれはアメリカ人が観ても、いい気持ちにはならないでしょう。
エンターテインメントとして観客を退屈させないように、ドンパチはやります。主人公達はドイツ兵を沢山殺しますが、アメリカ兵にもかなりの死者がでます。
観てる側には虚しさしか残りません。どっちがいい悪い等はありません。
ただのドンパチ映画とみれば、派手なだけと映るでしょう。
ですが人の傷みや家族を失った遺族の傷みを考えながら観れば、伝わるものが全く違うと思います。
私個人の意見としてこの映画は、人の死を無惨に描くことで、命の大切さを伝えているのだと感じました。
・「温かい愛を感じたい時に…!」
【盲導犬候補の仔犬。背中に鴎模様があったから、クィール。人の優しさを肌で感じながら成長してゆく。】気難しいご主人と天真爛漫なクィールが織りなす日々…何気ないエピソードの一つ一つが涙を誘います。人って素晴らしい、犬、動物って素晴らしいと…心の中に温かいものが広がり、何回でも観たいと思わせる作品です。
・「渾身の一作」
06年発表。十年ほど前、異色のクリーチャーホラー映画「ミミック」でその名を知らしめた、ギレルモ・デル・トーロ監督渾身の一作。
第二次大戦前後、恐怖政権下のスペイン。父を亡くし、反政府ゲリラ撲滅の任務を与えられた大尉と再婚した母と共に、深い森の砦にやって来たオフェリア…。残酷過ぎる現実の下、物語が大好きな彼女の前に一羽の妖精が現れて…。
こう書くと月並みなファンタジー作品に思われるかも知れませんが、監督のはあのデル・トーロ…独自の色彩と造形のディティールによる映像美の確立され、安易なエンターテイメント性は排除された作品に仕上がっています。
映画の冒頭、映画通の方や勘の良い方は、この映画がハッピーエンドで終わらないことを悟られたかと思います。かなり強烈な残酷描写もありますし、観る人により様々な感想を抱く作品だと思います。
私の場合、例えばオフェリアが過酷な現実で精神を病んでいて、妖精や地下の王国が全てそのための幻想だったとしてもこの映画は成り立つと思いました。
劇中の異形の怪物よりも、冷酷かつ残虐で、まるで人間としての心を持たない大尉の方がよっぽど恐ろしいですし、最後に彼女が見た王国もタダの幸せな夢かも知れません…。
またオフェリア自身も、完全に純粋無垢な存在としては描かれておらず、欲望に負けてしまう場面もあります(しかしそれがリアルでもある)奇妙でグロテスクなモンスターを駆使して、“人間”を描く…デル・トーロ監督の真骨頂が発揮された作品だと思います。
・「見た人と話したくなる映画」
音楽がとても物悲しいけど美しいです。全体にも美しいです。グロテスクな怖い場面が時々あるのでかなり画面から目をそらすハラハラが多かったです。だから力が入って見終わったあと疲れましたが好きな映画です。人がこわいです。美しく、幻想的なだけの映画を期待して行った私はかなりびっくりしましたが本来のファンタジーはこうなのかもしれないなと思いました。子供が何歳になったら見ていいか少し考えるかもしれません。
・「傑作です。」
この世界観はものすごい。切ない映画です。グロテスクな部分だけが強調されますが、本来のファンタジーとはこういうものだと思います。
・「あまりにも切なく、美しい、素晴らしい作品・・。」
DVDが届いて、すぐに鑑賞。(購入後すぐ見たのも珍しいが)
鳥肌が立つほど恐ろしく、胸が痛むほど切ない。 ギレルモ・デル・トロ監督の才能を再認識させられた素晴らしい作品。
しかしながら、この作品に関してはいくつか残念なことがある。
まず、ハリウッド作品でないことから生じたマイナーな扱い。 (メキシコ・スペイン・アメリカ合作となっている) ということで、高い評価を得ながらも国内でもメジャーな配給が出来なかったこと。
次に、国内における配給先(宣伝先)の作品に対する誤ったマーケティング戦略。 どう考えても、あの「最後のシーン」を全面に押したのはもう理解不能。 通常版のジャケットにまで使って、結局児童らにみてほしいと言わんばかり。 あのシーンは、映画を観たものだけが知るべきことなのに・・・。 製作者の意図が理解できない、ここ最近の宣伝の流れには本当に疑問を感じる。
さて、今年は監督がハリウッドにカムバックし、 いよいよ「Hellboy II Golden Army」の公開が待ち受けているが、 予告編では、ブレイド2+パンズ・ラビリンスな雰囲気が満載で、期待が膨らむ。
DVDの発売で終わるのではなく、 レイトショーなどで、再度映画館で上映をしてほしい作品。 何度でも見たくなる、不思議な作品。
・「グロテスクな純粋さ」
この映画の最大の楽しみは「子供」と「大人」の違いだと思う。
子供が信じるものを大人は信じられず子供はそんな大人の事情に振り回されながら生きていく。環境を変えることも、逃げることも叶わない。
しかし、一つの出会いが光を与える。試練を乗り越えるという非日常との出会い。不思議な力、世界。
この映画はすべてが計算されつくしている。
「何故この形をしていなければならないのか」「何故この道具を使わなければいけないのか」
それらには全て何らかの意味がある。そこに気づいた時、この映画をより楽しむための扉が開く。映像の表面的なストーリーよりもむしろ隠された意味を探すことが重要。隠喩のオンパレードなので映像の端々から「意味を」見つけ出して欲しい。それが、「子供」と「大人」だ。
些細な一言が、映像が、行動が、光が。迷宮を抜けた先で出会えた感動は近年感じたことが無い。
・「人間の温かみを感じることができ、感動する。」
● 原題は、THE GREY ZONE(仮訳:灰色地帯)である。この邦題の由来は、ストーリーの最終部分に出てくる。● 第二次世界大戦中、ポーランド・アウシュビッツ強制収容所では、処刑された収容者の焼却などは、新しく入った収容者が請け負っていた。焼かれた体は灰となり、その大部分は川に捨てられるが、残った灰は灰色のチリとなり、空中に漂う。この灰色のチリは、絶えることがない、とナレーションが入るのである。● 一人の少女がガス室で生き残こる。この少女をユダヤ人医師とその仲間が命をかけて救い出すというストーリーである。人間の温かみを感じることができ、感動する。● なぜ、この少女を助けようとしたのかは、ある仲間が、少女に説明している。このきっかけとなった事件はストーリーの冒頭に出てくるのだが、あまりに冒頭に置きすぎたために、少々‘とっぴょうしもない(唐突な)’感じがするところが惜しまれる。伏線の敷き方にもう一歩工夫が必要だったかもしれない。● 文部科学省選定作品であり、高校生以上の年齢の子どもには、ぜひ観て欲しい作品である。しかし、私的には、この映画が鑑賞に適するかどうかは、子どもの年齢や性格によるかもしれないと思う。● 暴動に加担した人々が広場に集められて処刑される場面は、明るい太陽の下で行われるだけに、かえって衝撃的になっている。暴動に使用する火薬を盗んだ首謀者が白状するまで仲間を射殺し続けるという集団リンチの場面も、子どもの心には恐怖心を与えるかもしれない。
・「重い銃声」
こんなにも、銃声が重く響く作品はないと思います。 衝撃的なシーンが多く、暗い作品です。でも心に響きます。じわじわときます。もう、決してこんなことが起こらないように、起こらせないようにと。心に刻まれた数々のシーンは、戦争の悲劇、戦争時だからこその心理。これが現実なんだと思いました。
・「ヒューマニズムの究極 自己犠牲」
積み重なる死体によって創られ密閉された空間が生還という奇跡を導いた。この奇跡を体現した少女を見える希望として挑んだ死体焼却炉破壊。それは増えていく大量の死体が結果として自分達の友の抹殺を止めるであろうというグロテスクで悲惨な抵抗だった。作品中、仲間が皆殺されるのを見届けた少女が外へ向かってはしりだしたところを最後に射殺されたシーンが印象に残った。崇高なこの自己犠牲をこれほどまで心に残す作品が他にあっただろうか。
・「ホロコーストの真実」
見るに耐えない映像もあるが、これがホロコーストの真実である。差別と偏見の果て、人間はあのように恐ろしいことまでやってしまう残虐性を持っている。私たち日本人も、太平洋戦争であの映画に出てくるように人体実験を行っていたし、アジアの人々を虐殺し続けた。そして、日本はドイツと同盟国であった。ホロコーストは、どこか遠くの国の人の出来事ではない。私たち人間が学ばなくてはいけない事実である。
・「ホロコーストにもっともhonestな映画」
イスラエルの日刊紙ハアレツに映画「ミュンヘン」に関するコラム記事があって、その中でホロコーストにもっともhonestな(であるが故に興行的にはあまりふるわなかった)映画としてこのTHE GREY ZONEが挙げられていたので、購入しました。(文部省科学省選定作品となっていたのにはちょっと驚きました。なかなかの達見です。)日本語字幕の出来が今ひとつなので、英語に自信のない人は吹き替えで観ることをお勧めします。
・「中国にこれだけ素晴らしい「不条理劇」があったとは」
中国映画、しかも日中戦下の中国僻村が舞台・・とくれば、「ああ、一方的な日本人断罪の反戦映画ね」と思ってしまうのが当然。私もそう思っていました。何だか展開が読めるようで余り乗り気もせずに観たのですが、とんでもない!いい意味で、全く予想を裏切ってくれました。これは「反戦映画」なんていうチャチなものではありません。時代背景をあの時代に置いているだけで、本質は「支配・被支配」の普遍的な問題を追求した、本格的な「不条理劇」にして「芸術作品」です。テンポも良く、また、完全に「現実の戦争」を「パロディー化」することに成功してしまっています。歴史の「換骨奪胎」を、しかも中国の監督が!偏見かも知れませんが、反日感情たけなわの中国に、これだけ冷静に物事をとらえることの出来る監督がいるとは想像だにしませんでした。そういった反省と驚き、もちろん作品の深さと面白さ全てあわせて五つ星。観て損はないですよ。
・「姜文がつきつける深く重くリアルな悲喜劇」
中国と付き合っている人は必見です。
私は強い衝撃を受け眠れなくなりました。劇中の登場人物が、日中含めて現実の周囲の人にダブります。真の日中理解はありえるのか?自分なりの答えはまだ出せそうもありません。決して過去の物語ではないと思います。
現在中国と格闘している人(特に企業組織の中で)は、程度の差こそあれ、本質的には似たり寄ったりの状況下にいるのでは。
日本人の描き方がフェアでないとの批判がありますが、頻繁に中国内で放映されているTV戦争ドラマの単純な敵役に比べ、
軍隊という組織に帰属し、戦争という極限状態に置かれた花屋小三郎、酒塚猪吉ら日本人の思考が私にはよく理解できました。
興味ある方は、香川照之さんの中国魅録―「鬼が来た!」撮影日記 ISB!N: 4873762413も合わせてお読みください。
・「可笑しくも悲しい・・・」
前半のマーと花屋の心温まる話から一変して、その後のあの凄惨極まりないクライマックスとこれまた皮肉極まりないラストに呆然・・・。
・「非反戦映画」
題材として戦争映画を扱っているが、主題は反戦や政治的問題とは全く関係無く、その意味で戦争映画というカテゴリーには入れたくない作品。中国人が日本人が、というよりもテーマは「人」が内包する「鬼」だと思う。
白黒で、しかも戦争を題材としているので何かと暗い映画になりそうだが、ユーモアを所々に散りばめ、飽きさせない。
とにかくタイトルが秀逸。「鬼が来た!」という言葉を頭の片隅に置きながらご鑑賞下さい。
・「お勧めします」
日本が参戦した戦争をテーマとした映画の中では秀逸だと思います。侵略する側侵略される側とかそういう状況そのものを超えて、他人を理解するということははたしてどういうことなのか、と考えさせられる映画です。
人間の又は集団の滑稽さや醜さ、そして戦争のもつ罪深さというものを、よく表現できている映画です。
・「・・・・」
レビューをみたが、否定している人のいっていることに腹が立ちました。確かにこの作品には、ユダヤ人迫害についてのもっと深い部分にはふれていませんでした。もしこの映像が歴史的事実を伝えるための記録映画であったのならばこれは被害者たちにとっては耐え難いものになるでしょう。でもこの映像はあくまで普通の“映画”なのだからそこについて言及するのはどうかと思います。戦争の厳しさ、悲惨さ、過酷さが描かれていない。確かにそうだとは思いますが、そんなことは小学校一年生でもわかります。これは戦時中の中でも、むしろ戦時中だからこそあった家族愛に焦点を当てたものなんじゃないかなと思いました。過酷な中だからこそ自分の息子、奥さんに少しでも希望を与えようとする。どんなに暗く、重く、極限状態にあってもその中にある小さな光を忘れずにつかんでいく。戦争映画の闇の部分でなく、あえてその中にでもあった小さな光の部分についてスポットを当ててみた。life is beautiful.私は、素直に感動しました。
・「不覚!」
自分が好きな映画を全部吐露しようと思うといくつか思いあたる作品がある。その大トロが、これ。不覚をとると、泣いてしまう。俺は不覚をとってしまった。素人ながらに分析するとチャップリン映画に通じるものがある。かも。
・「すばらしい!!!」
どんな状況になっても、『夢』と『希望』となにより『笑い=ユーモア』を忘れず子供を育てなければ!と熱く感じさせられました。重いテーマですが、見終わった後不思議な清涼感も味わえると思います。すばらしい映画です!!!
・「家族を守る男の強さを見よ」
世界中を虜にしたベニーニの傑作、力強く家族愛を描いた感動モノです。妻を愛し、子供を愛し、迫害に追われようとも収容所に入ろうとも家族のために生き続ける男の純愛がストレートに描かれています。テーマのわりに暗くないのはやはりベニーニだからこそ、随所に盛り込まれたユーモアが話を邪魔せず、盛り上げていくからこそ悲劇が胸にくるのです。名作、感動作をじっくり楽しみたい夜には最高。
・「考えさせられる」
生きるってなんだろう。愛ってなんだろう。家族ってなんだろう。きっと答えなんか無いんだろうけど、少なくともこの映画の主人公と家族は純粋な愛を持って生きている気がする。それが例えどんな環境であろうと。あと、人によっては前半で多少ダレるかもしれないけど(俺はそうだった)絶対に最後まで見た方がいいです。
・「映画ってこうやって作るのか・・・」
本作は、心理学や社会学を勉強した人や、興味がある人の間では非常に有名な事件を元にしたフィクションですが、多くを考えさせられる良い映画です。
確かにこの映画の題材となった「スタンフォード大学事件」は事実です。
でも、実際の「スタンフォード大学事件」はこの映画で描かれているような事件ではありません。
確かに看守役と囚人役の間に「いざこざ」は起きたようですし、一時的な錯乱状態になった被験者が出たことは事実ですが、誰も死にませんし、軍も絡んでませんし、ましてや実験者側が制御不可能になるほど看守役が暴走するなどと言うことは全くありません。
また、裁判沙汰(係争中)になっているのも事実ですが、その理由は殺人や傷害といったものではなく、学問の自由と人権問題においてです。
つまりは、この映画は事実とはほとんど関係ないお話です。
でも、非常によく出来ています。しかも、しっかり面白い!
この映画を見ると、集団がアンコントロールになる過程、加害と被害は社会的役割が背景にあること、人間を恣意的に凶暴にしたり、逆に従順にさせたりするのは極めて簡単な手順を踏めば良いことなどが分かります。
その意味では、確かに心理学を扱った映画といって良いでしょう。
実は大事件でもなんでもない単なる「事実」でも、監督の手腕とプロデュースの仕方によっては非常に面白い映画が出来るという模範例ですね。
この映画の製作スタッフの力量には脱帽です。おみそれしました。
それ故、「フィクションを事実と混同しない冷静さが必要である」というあたりまえのことも、改めて思いださせていただきました。
お勧めです。
・「後味が悪い」
まるで自分もその場にいるような緊張感見終わった後、軽い放心状態
とにかく後味が悪いもう二度と見たくない。でも、もう一度あの惨劇が見たい良い意味でも悪い意味でもとても心に残った
話が進むたびに変わっていく人間の色が、とても恐ろしかったあんな空気、耐えられるわけがない
・「「役割り集団」のなかでは自分の役割りに自覚的であること」
陽気にジョークなどを飛ばしていた囚人と看守は次第に自らの役割りに縛られ、お互いを監視するようになる。囚人はより囚人らしく、看守はより看守らしくなっていく。
次第に行動はエスカレートし、ビデオカメラのないところでのリンチが行われ、外部環境は謝絶され、完全に「役割り」に支配され人格が消えてゆく。理性ではどうしようもない様が異様に生々しい。
そして、看守と囚人である役割りの集団だけが存在するという閉鎖的な関係の中で、自我はそのサイズに合わせて簡単に変形してしまうのだと思う。
これを防ぐためにはできうる限り「集団の中での自分の役割り」に自覚的でなければならない。自分の行動は実は自分の意思ではなく、集団というもうひとつの力によって操作されているかもしれないからだ。
普段の生活を振り返ってみるのがよいだろう。自分が生活している社会というある意味で閉鎖的な環境で自分が演じている役割り。そして、その役割り集団の持つ意思。そういう風に考えて、役割り集団の持つ意思を客観的に見ることができるように訓練をする必要がある。
・「人間の恐ろしさ」
を、見た後に深く感じさせられる1本です。真面目な人間ほど深みに陥りやすいかもしれない。この心理実験の被験者にはあらゆる性格を持つ人物が揃えられています。見る人は、大体自分に似たタイプの人間を見つけられると思う。そうやってこのお話に自分を重ねて見たときに自分が同じ環境に置かれた場合にとる行動がおのずと想像される。その怖さ。この世で一番こわいのは、生身の人間だと痛切に感じました。
・「「看守と囚人」の実験」
心理学ではあまりにも有名な実験を映画化した作品。倫理の無い実験の中で、急速に常軌を逸していく被験者達。極限状態で暴走する人の狂気、欲求がグロテスクに描かれています。緊迫感、恐怖、嫌悪感、見る側にも精神的にくるものがあるので、見るときには覚悟を決めて見たほうがいいです。
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