バッハ:フルートソナタ (詳細)
ニコレ(オーレル)(アーティスト), バッハ(作曲), ジャコテ(クリスティアーヌ)(演奏), 藤原真理(演奏)
「これぞ本当のバッハ」「ニコレのバッハ 円熟のきわみ」
バッハ:ゴルトベルク変奏曲 (詳細)
ガヴリーロフ(アンドレイ)(アーティスト), バッハ(作曲)
「超絶技巧の賜物」
バッハ:チェンバロ協奏曲集 (詳細)
コープマン(トン)(アーティスト), バッハ(作曲), アムステルダム・バロック管弦楽団(演奏), マトー(ティニ)(演奏), マリサルディ(パトリツィア)(演奏), ムストーネン(エリーナ)(演奏)
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ (詳細)
シゲティ(ヨーゼフ)(アーティスト), バッハ(作曲)
「言葉や音に惑わされる前に」「もう一度聴きたくなるバッハ」「究極の音楽」「打楽器のような苛烈なバイオリン」「宝物」
バッハ:フーガの技法 (詳細)
マトー(ティニ) コープマン(トン)(アーティスト), バッハ(作曲), コープマン(トン)(演奏), マトー(ティニ)(演奏)
「コープマンいま、むかし」「バッハ フーガの技法と私」
ハイドン:ピアノソナタ第2番&第24番&32番&46番 (詳細)
リヒテル(スヴャトスラフ)(アーティスト), ハイドン(作曲)
ハイドン:ピアノソナタ第40番&41番&44番&48番&52番 (詳細)
リヒテル(スヴャトスラフ)(アーティスト), ハイドン(作曲)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集 (詳細)
ヘブラー(イングリット)(アーティスト), モーツァルト(作曲)
「至高のモーツァルト」「安定した演奏」「旧盤に比べて力強い演奏」「正確だけど退屈じゃない」「・・理想・・普遍・・美・・愛・・」
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 (詳細)
プリンツ(アルフレート)(アーティスト), モーツァルト(作曲), ウィーン室内合奏団(演奏)
「お買い得は、格別」「蘇った記憶」
ブラームス:クラリネット五重奏曲 (詳細)
プリンツ(アルフレート)(アーティスト), ブラームス(作曲), ウィーン室内合奏団(演奏)
「隠れた名曲、クラリネット三重奏曲」「イイですね。」「落ち着いた安らぎの曲」「ウィーン気質 2」
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第1番~第4番 (詳細)
ハスキル(クララ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), グリュミオー(アルテュール)(演奏)
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第5番~第7番 (詳細)
ハスキル(クララ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), グリュミオー(アルテュール)(演奏)
ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ第8番~第10番 (詳細)
ハスキル(クララ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), グリュミオー(アルテュール)(演奏)
シューベルト:ピアノ・ソナタ第17,13番 (詳細)
アシュケナージ(ヴラディーミル)(アーティスト), シューベルト(作曲)
「相応しい優美さを備えた演奏です」
シューベルト:ピアノ・ソナタ第18,14番 (詳細)
アシュケナージ(ヴラディーミル)(アーティスト), シューベルト(作曲)
「魔法仕掛けの魅惑のリフレイン」
ベートーヴェン:チェロソナタ第3番&第4番&第5番 (詳細)
ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), リヒテル(スビャトスラフ)(演奏)
「厳しく男らしい演奏。」「全盛期の2人ががっぷりよつに組んだ演奏が聴けます」「二人の巨人的演奏家が組んだ記念碑的演奏」
ベートーヴェン:チェロ作品全集 (詳細)
フルニエ(ピエール)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), ケンプ(ウィルヘルム)(演奏)
「ケンプとフルニエのベートーヴェン」「五つ星では足りない座右の一枚」「心地よいベートーヴェン」「フルニエ先生」
シューマン:謝肉祭 (詳細)
ケンプ(ヴィルヘルム)(アーティスト), シューマン(作曲)
「この演奏が残されたことに感謝します。絶対に廃盤にしないでほしい。」
ブラームス:チェロソナタ集 (詳細)
ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ)(アーティスト), ブラームス(作曲), ゼルキン(ルドルフ)(演奏)
「朝の運動」
チャイコフスキー:弦楽四重奏曲全集 (詳細)
ボロディン四重奏団(アーティスト), チャイコフスキー(作曲), ユーロフ(ユーリー)(演奏), ミリマン(ミハイル)(演奏)
「解釈も現代にも通用!」
ドビュッシー:前奏曲集第1巻 (詳細)
ベネデッティ=ミケランジェリ(アルトゥーロ)(アーティスト), ドビュッシー(作曲)
フランス近代ヴァイオリン・ソナタ集 (詳細)
コンツェン(ミリヤム)(アーティスト), サン=サーンス(作曲), ドビュッシー(作曲), フランク(作曲), ロガチェフ(ヴァレリー)(演奏)
フィンランド・ピアノ名曲集 (詳細)
舘野泉(アーティスト), メラルティン(作曲), パルムグレン(作曲), クーラ(作曲), カスキ(作曲), シベリウス(作曲), マデトヤ(作曲), ハンニカイネン(作曲), リンコ(作曲), メリカント(作曲)
「聞きほれました!」「大満足」
フランク、プーランク:ヴァイオリン・ソナタ (詳細)
ボベスコ(ローラ)(アーティスト), フランク(作曲), プーランク(作曲), ジャンティ(ジャック)(演奏)
イザイ:無伴奏ヴァイオリンソナタ(全6曲) (詳細)
加藤知子(アーティスト), イザイ(作曲)
Custom Stores>By Formats>国内盤>クラシック
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ハ行の作曲家>ハイドン
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>演奏者別>ヤ・ラ・ワ行の演奏者>リヒテル
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>ハイドン
Custom Stores>By Artists>クラシック>演奏者別>ヤ・ラ・ワ行>リヒテル
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>マ・ヤ・ラ・ワ行の作曲家>モーツァルト
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>マ行>モーツァルト
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ハ行の作曲家>ブラームス
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>ブラームス
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ハ行の作曲家>ベートーヴェン
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>ベートーヴェン
・「これぞ本当のバッハ」
ニコレが吹くバッハはやはりすばらしい。無駄な装飾が一切されておらず、バッハ音楽そのものを楽しむことが出来る。 最近のフルーティストのバッハの演奏を聴くと、無駄な装飾、明るすぎる音色、派手なビィブラート、もはや『バッハのフルートソナタ』ではなくなっている。演奏者は作曲者の音楽を観客に伝えるために存在するのである。ニコレはそのことが出来ている数少ない音楽家だ。 このCDを聴いて本当のバッハを皆さんにも理解してほしい。
・「ニコレのバッハ 円熟のきわみ」
J・S・バッハの演奏はピリオド楽器があたりまえと見なされる時代になって久しいけれど、今日でもフルートの楽曲に関しては、なにを措いてもまず、オーレル・ニコレの端正かつ澄明な演奏をお薦めしたい。
これは、現代フルートの名手ニコレによるバッハのフルート・ソナタ集の二度目の録音。現在の学説でバッハの真作と認定されている5つの作品のみを収録している。
最初に録音したニコレ&リヒター盤も定評ある逸品ですが、50代のなかばの再録音であるニコレ&ジャコテ盤は、さらに理知的な解釈の深みを感じさせる不朽の名演。藤原真理のサポートも手堅い。録音は二度目のほうが当然いいですね。
私は、いまでも折にふれて、なんとなく寝つきの悪い夜なんかに、音量を控えめにしてベッドで横になってよく聴いている愛聴盤。すると、ささくれ立った心が、果てしない無色透明な空間に、すうっと吸い込まれていくような快感に浸れて、からだが楽になるから不思議。
やはり本物は違いますよ。こうした名盤が再発売で安くなるのは、ほんとうに素敵なことだとおもう。
・「超絶技巧の賜物」
バッハの「ゴルトベルグ変奏曲」を現代ピアノで演奏する場合には、一部の繰り返しを省略することが多い。特にCDへの録音はこの傾向が強く、ノーカットの場合には2枚組みになっているものがほとんどである。余韻の短いチェンバロと違い、ピアノは余韻も長くタッチも重いため、演奏が全体的に遅くなる傾向があるようだ。 ところがガヴリーロフの弾いたこの録音は、ノーカットであるにもかかわらずCD1枚(80分)に見事に収まっている。主題のアリアはそれほど速いわけではないが、第1変奏からすぐに超絶技巧の世界に入り、全体を颯爽と弾きこなす。特に、2段鍵盤用に書かれた変奏では右手と左手がかなり近い位置(場合によっては同じ音)を弾くことが度々あるが、そうしたところも難なくこなし、見事な演奏を聴かせてくれる。ピアノのタッチを調律で軽くすることはできるが、スピードを保ったままミスを無くすのはかなり難しいはずだ。 単に速いだけでなく、時間をかけるべきところはしっかりと捉えている。また表現も薄っぺらとは言えず、むしろ個々の音の強弱表現を微妙に変えているので、かなり彩り豊かな演奏だと言っていいだろう。
・「言葉や音に惑わされる前に」
シゲティのバッハはただの拙演ではないです。ホロショフスキーとのモーツァルトのヴァイオリンソナタを聴けば、この録音以上にシゲティの良さが実感できると思います。そこにはバッハとは明らかに違う、雅やかな音色のシゲティを聴くことができます。つまりシゲティは単に下手なのではなく、個々の作品の本質にあわせしっかりと演奏しているのです。(とはいっても技巧とは無縁ですが)これは虚飾を排した演奏ですので、シェリングやミルシテインといった趣の流麗な演奏ではありません。それに違和感や不満を抱かれるのはわかります。しかし、絵画でも美しいものだけが人々から好かれているわけではないでしょう。西洋絵画でいえばアングルの様な画家もいれば、ゴッホの様な画家もいます。美しいだけではない音楽にも価値を認めた方が、いろいろと人生に楽しみが増えるのではないでしょうか。虚心坦懐に耳を傾けて自分で価値を判断して欲しい一枚です。
・「もう一度聴きたくなるバッハ」
「精神性」があるないなどという怪しげな話は、別にして、もう一度聴きたいという不思議な引力をもった演奏。キーボードを叩く手が止まり、聴きこんでしまう。もう一度聴きたい!それで十分。怪しげな言葉は不要。名盤とされているミルシュテインや、シェリングでは、こうは感じなかった。これからは、シゲティを聴くと思う。
技術的に衰えがある・・と、これまた、パターン化された評があるが、普段からアマチュアオケの下手なヴァイオリンを聴きなれた耳には、十分上手。
音は、モノラルだが、ノイズリダクションを掛けないで、一切いじらずに、丁寧に復刻してあり、データも充実。パルティータ1番が、55年7月で、一番古くて、ちょっとハイ落ちになるが、3ヵ月後録音のソナタで、ぐっと音が良くなる。マスターテープそのままを生かしている、証拠だ。最新デジタル録音のヴァイオリンの音との比較を超越してる。音楽的に良い音。
愛聴することになると思う。
・「究極の音楽」
☆10個でも良いぐらいの名演奏である。この演奏を下手くそとか、アマチュアレベルとか言っている御仁は、残念ながら音楽とは無縁の輩(失礼ながら)なのだ。シゲティの音楽は技術云々を遥かに超えている。そうだ、この演奏は下手くそでなければならないとさえ言おう。20世紀の美学が到達した極致は、それがいかにドイツ美学であれ、絶対的な「精神の美」であることは疑いない。西洋の神を前提とすることは言うまでもないが、フルトヴェングラーであれ、バックハウスであれ、形や技や姿を超えた何ものかを求めたのである。「アウシュビッツ後の美」と言う問題は脇においておこう。美的趣味などと言うものには、勿論、流行り廃りがある。今日、この演奏に対して否定的な意見が出てくることは必然的である。如何様にも理由付けできるだろうが、前世紀の多くの人々がこの演奏に心を震わしたこともまた事実である。同時代には、現在のメカニック一辺倒の誰が来ても太刀打ちできないハイフェッツも居たのである。にも拘らず、シゲティは神格化されて来たのである。その理由は何であろうか。芸術は勝ち負けではないし、競争ではない。しかし、その享受者は自らの美的趣味の優越に恃み、ハイフェッツだ、シェリングだ、いやクレーメルだとランク付けしようとする。趣味判断においては、相手を説得することは困難であり、また容易だ。こうしたレヴューの言葉に踊らされもするし、また集中的に「否」を浴びせることもある。その日の享受者の気分でも変わるかもしれない。音楽や文芸における批評の「非科学性」は、このレヴューのいい加減さと大して変わるものではない。そう、感性といってしまえばそれまで。良し悪しの判断はひとえに言葉に関わる。それがまた、ファンにとってはたまらなく面白いものでもある。だから、余り意味はないと思いつつ、言葉を連ねたくなる。音楽の素晴らしさは、しかし、言葉がないところである。実は文芸だって、絵画だってそうなのであるが、ともかく音楽では、その美の坩堝に巻き込まれて言葉を失う。音楽とともに時間を生きるところには、言葉がないのである。シゲティの演奏では、たとえば『シャコンヌ』の終結部へと至るパッセージのテンポが揺れるところ。言葉がない。その余りの音楽的感動のゆえに。これこそが音楽だと思われる。
・「打楽器のような苛烈なバイオリン」
シゲティはへたくそ、プロとしてやってこれたのは不思議なくらいだといっていいかもしれない。ハイフェッツ・ミルシテイン・シェリングなど名手と比べるまでもない。バイオリン演奏としてだけみるなら、本盤よりもそういった名手の演奏の方がいいのは自明である。
しかしながら、それら名手の無伴奏と本盤を比べれば、どちらがよりバッハを伝えているかというのもまた自明である。(ハイフェッツ・ミルシテイン・シェリングの盤は恐ろしく上手できれいに整っているけれど、シゲティを聞いた後ではどこか頼りない。)
・「宝物」
シゲティの演奏は他の誰とも違う。(ハイフェッツも他の誰とも違うが。)すぐにシゲティだとわかる。音が違う。リズムが違う。抑揚が違う。ビブラートも違う。心の隅の方まで沁み込んで来るような音だ。シゲティを最大限に誉める人と、最大限にけなす人にはっきり二つに分かれるのはわかる気がする。ヴァイオリニストのイザイはシゲティの弾くバッハの無伴奏を聞いて感動し、無伴奏バイオリンソナタを作曲して、第一作目をシゲティに捧げたという。 今回シゲティとハイフェッツ、メニューイン、シェリング、ギドン・クレーメル、ジュリア・フィッシャーを聞き比べてみた。ハイフェッツは難曲を難曲に見せないような素晴らしい技巧であっさりと弾いている。メニューインもハイフェッツのようにシゲティと同時代だが、録音はシゲティより古くて良くない。シェリングとクレーメルは音は良いが、平板で平凡。ジュリア・フィッシャーは、録音場所に選んだ教会の残響効果も素晴らしく、演奏も新鮮だ。愛聴盤とするなら音は対照的だがシゲティとジュリア・フィッシャーを選びたい。(フィッシャーの替わりにハイフェッツとしても良いが、シゲティははずせない。) 今後は懐と時間に余裕があればグリュミオー、ミルシュタイン、ハーン、レイチェル・ポッジャー、前橋汀子、天満敦子なども聞き比べてみたい。特に前橋はシゲティの数少ない弟子の一人だから、是非聞いてみたい。
・「コープマンいま、むかし」
なんの気なしにもとめたディスクがすぐれたものだと、とても嬉しい。このディスクはわたしにとってそういう「掘り出し物」であった。コープマンという演奏家は1970年代からとても有名だったが、わたしは3枚ほど彼のディスクを買って「なんとなく自分の才能に溺れる傾向のある人だな」という気がして馴染めなかった。つまり、ときどき名技にまかせて弾き崩すのである。 かれこれ20年ほども経って、ふと「フーガの技法」をききたくなった。楽器指定のない曲なので合奏版と独奏版があるわけだが、「2台チェンバロのものはないか」というのが積年の欲求であった。合奏版は賑やかになるし、独奏だと技術的に困難だ。ぴったりのもの(この盤)があったのでもとめて、きいた。 素晴らしい。曲がこうした論理的抽象的なものであることとコープマンが円熟したことが両方はたらいて、誠実で落ち着いた、深く静かな演奏になっている。多くは2枚ものになる曲が1枚に収められて(70分を超える収録だ)しかも廉価であるという点もわたしをふくめ、貧乏なクラシック・ファンにはうれしいところだ。 この曲の最後にはしばしば補筆されたコラールがついて、きちんと終結する形になっていることが多いが、わたしは原版どおり曲のなかばでふっと終わってしまう形のほうが好きだ。このディスクではそうなっており、音が止んだあとにも曲が続いているような瞑想に誘われる名演である。
・「バッハ フーガの技法と私」
高校時代 クラシック,中でもバロック音楽に興味を持ってから,44才の現在今も時々聞くことが有ります.小生 少なくとも3枚の「フーガの技法」を所有.パイヤール室内管弦楽団,盲目のオルガニスト ヘルムート. ヴァルヒャ そして,最近出張先で見つけたベルアート.アンサンブル.
どれも「バッハの遺作」にふさわしい解釈で出来上がっていて趣が有ります. 今回購入すれば,4枚目の「フーガの技法」になるわけです.
この「バッハの遺作」の最大の魅力は,最後の未完フーガ「3つの主題によるフーガ」でしょう. 4つ目の主題が奏でられるはずであった事から,レーベルによっては,「4つの主題によるフーガ」となっている物も有ります.最後の途中で「ぱっ」と消える演奏に250年前の傷心の中でこの世をさったバッハに思いを走らせているのは,私だけでしょうか.
・「至高のモーツァルト」
決して奇をてらうことなく端正で優雅なモーツァルトのピアノソナタ集です。教科書的な演奏でありながら聴けば聴く程味があってなおかつこのお値段!初めてモーツァルトを聴く人も、いろんな演奏家の演奏を聴いて来た人も万人にお勧めできるアルバムです。
・「安定した演奏」
クララ・ハスキルやリリー・クラウスのソナタ全集を持っていますが、それと比べても、劣らない演奏でした。初めて買ったモーツアルトのピアノソナタ全集がこれでしたので、私にとってモーツアルトのピアノソナタはこれが基準になっていますが、全く非の打ち所がないものになっています。ソナタだけでなく、協奏曲も聴けたら嬉しく思います。
・「旧盤に比べて力強い演奏」
旧盤のもつpppの美しさ、優雅なスタイルは若干影を潜め、しっかり打鍵するf寄りの力強いスタイルに移行している。速度もこの新盤が僅かながら速めである。しかし年齢を経て衰えた印象は無く、堂々とした前向きなモーツアルトである。旧盤のような繊細さを期待する人には不向きかもしれない。ヘブラー節はあちこちに聞かれ、軽やかなスタッカート、ノンレガートは聴かせる。
・「正確だけど退屈じゃない」
「のだめ」が「マラドーナコンクール」で弾いたピアノソナタ(イ短調K.310)を聴いてみたいと思ったら,「全集」を買うしかなくって。
で,初めて,イ短調を聴いてみると。端正できらびやかで。いっぺんに気に入りました。
また,トルコ行進曲も,ほかの多くの人がたたきつけるように引くところを,ヘブラーはむしろ控えめに正確さを期して弾いている。勢いに任せないところに大変好感を持ちました。
録音に6年かかったそうですが,それも当然に思えるくらい,珠玉の曲ばかりです。
買ってよかったです。
・「・・理想・・普遍・・美・・愛・・」
幻想曲ハ短調K.475は、数あるモーツァルトのピアノ曲中でも 最も難しい曲の一つだ。
傷ついて飛べなくなった 鳥が、傷を癒すのに愛情を求め、甘えを見せつつも、野生動物としての警戒心、反抗心、プライドetcを見せ、まるで、思春期の人間の気難しさ. そのものの様な 取扱うには「超」難曲であるが、
Ingrid Haeblerは、これを無償の愛で、優しく .「そっ」と抱き上げ .包み .安らぎを与え、自らの手を、嘴(クチバシ)で 激しく突かれようとも、一切動じず、神仏の如き、変らぬ .大きな「愛」で . 包む。
非常に統制が取れており、解説にもあるように、普遍性が持ち得る、「美」「愛」「神聖」…といった レベルに達した、素晴らしい演奏であった。
多くの名立たるピアニストが、この「超」難曲を、大袈裟に扱い、火傷を負ったり、逆に傷だらけになったり、統一感の無いバラけた解釈になったり、滅茶苦茶なテンポになったり、方向性を失ったりしている 事を考えても
このIngrid Haeblerは、本当に素晴らしい演奏だ!。「奇蹟」のような演奏だ!これを聴かずして、モーツァルトを聴いた気持ちになっているのは、余に 「もったいない」 ことである。
・「お買い得は、格別」
~噂には聞いていたが素晴らしい。それぞれの演奏者の質の高さは言及するまでもない。特筆すべきは、クラリネットと各々の弦とのバランスの絶妙さである。このCDは、一般的な譜面による演奏であるが、じっくり聞いて良し、BGMに良し、催眠曲に良しと、聞く側の目的から言えば、万能盤である。525番は、おまけ的な位置づけだが、損をしたという印象は受~~けない。聞いておきたい演奏の一つである。~
・「蘇った記憶」
学生時代、東京の神田にあった行きつけのレコード店の主人の助言で買ったモーツァルトのクラリネット五重奏曲のLPは、レオポルト・ウラッハとウィーン・コンツェルトハウス四重奏団のもので、いくらか大時代的な響きのする録音から聞こえてきた彼らのモーツァルトは、限りなくしっとりとしたレガート奏法による、天上の音楽のようだった。後にアルフレート・プリンツとウィーン室内合奏団の演奏を聴き、あの時の記憶が蘇った。彼がウラッハの高弟だったこともその時に知った。プリンツのテクニックは師匠のそれよりモダンで精緻ではあるが、紛れも無くウラッハ流であり、脈々と受け継がれているウィーン奏者の伝統に深い感慨を覚えた。彼の柔らかく、練り上げられた滑らかなクラリネットの音質は、決して押し付けがましいものでなく、モーツァルトのこの名作を飽くまでもウィーン風にこだわった演奏で満喫することができる。カップリングされたセレナードと共に1979年の録音で、20bitリマスタリングの音質は極めて良好だ。
・「隠れた名曲、クラリネット三重奏曲」
待ちに待ったクラリネット三重奏曲のCD、それも輸入盤LPで親しんできたプリンツ達による演奏ではないですか。飛びついてしまいました。年代的に絶頂期と思われるプリンツのクラリネットの音がよく聴こえてこの曲好きです。それも五重奏曲や協奏曲と違いsolisticではありません。あくまでトリオの一員です。こういう時のプリンツがまたいいのです。
クラリネット五重奏曲のCDは持っている方も多いでしょう。そんな方にも三重奏曲を聴くために是非買っていただきたいCDです。
・「イイですね。」
ブラームスの音楽と言うと、私は今までもっぱら弦楽六重奏曲や、ヴァイオリン協奏曲といった、構成ががっちりしていて、情熱的な作品が好きでよく聴いていました。 このページのレビューを読んで早速購入し、初めて聴いたときの印象は、やや軽めで物足りない、と言うのが正直なところでした。(まあ、クラリネット曲に、気合の入った演奏を期待する私のほうがアホだったのですが。)
ところがある時、どうもイライラして寝付かれない夜にヘッドフォンで聴いたみたところ、なんとも言えず心がスーッと穏やかになっていったのです(特に五重奏曲の第三楽章)。 それ以来、すっかりお気に入りの一枚になってしまいました。部屋をきれいに掃除して机に向かい、書き物などしているときによく聴いています。 どちらもまろやかで優しくて本当にいい曲ですね。 これだけの演奏がわずかな金額で手に入ると言うのはうれしい限りです。 末永く付き合っていけそうなCDです。
・「落ち着いた安らぎの曲」
グレン・グールドだ、ギドン・クレーメルだ、武満徹だと言っては前衛の演奏に傾く自分ですが、ブラームスだけは出来る限り古典的でオーソドックスなスタイルの演奏を好みます。このCDは地味ですが、クラリネット奏者のプリンツとウィーン室内合奏団が、旧来のウィーン風演奏で聴かせてくれます。夜寝る前なんかが聴くのにぴったりです。クラリネット五重奏曲とクラリネット三重奏曲がカップリングされているのもイイですね。値段も廉価だし、お買い得だと思います。
・「ウィーン気質 2」
ウィーン室内合奏団の演奏は、ブラームス晩年の室内楽に漂う寂寥感やある種の諦観をないまぜにしながらも、あからさまに感情を吐露するのでなく、それをあくまでも洗練されたウィーン趣味に昇華させ、幽玄とも言える印象的な音楽作りで魅了する。クラリネット五重奏曲においてアルフレート・プリンツのクラリネットは弦楽と一体になって溶け合い、ある時は谷間から立ち昇る霧のように現れ、またある時は影のように消えていく。また同三重奏曲では、イェルク・デムスの抑制されたピアノとスコチッチの流麗なチェロがクラリネットと全く同等に対話し、この曲の沈潜した思索を余すことなく表現している。
・「相応しい優美さを備えた演奏です」
アシュケナージの70歳を記念して、彼の旧録音が一斉にリリースされた。どれも私がLP時代に親しんだ録音であり、CDで所有していない音源については一通り購入させてもらった。聴いてみると、懐かしさとともに、いまなお魅力いっぱいの演奏にあらためて感じ入った。
アシュケナージは、シューベルトのピアノソナタに関しては若い頃に13番、14番、17番、18番の4曲を録音していて、あとデジタル期に20番、21番の後期の2曲を録音しているが、どれもふさわしい時期に録音されたと思う。
ソナタ第13番はシューベルトらしいメロディの甘美さと、細やかな情感の漂う曲だが、アシュケナージはそれを表現する上で最良の資質を持っているピアニストであると思われる。こまやかなニュアンスもほほえましく、心温まる演奏だ。
17番は冗長な面のある曲なだけに、ある程度の勢いを持って曲の方向性をある程度リードした演奏であるが、そこでも「弾き飛ばし」にならないような配慮が張り巡らされており、安心して最後まで聴くことができる。第2楽章の移行主題の美しい膨らみが、何と言っても印象的だ。
ハンガリアン・メロディーも愛すべき小品だが、相応しい優美さを持った演奏となっている。
・「魔法仕掛けの魅惑のリフレイン」
アシュケナージの70歳を記念して、デッカから彼の若き日の録音がまとめてリリースされた。私にとって懐かしい録音が多く、しばらく廃盤だったものや、初CD化となる音源もあり、とてもうれしい。
このシューベルト・アルバムではソナタ第18番「幻想」がなぜか長らく廃盤で、CD化を願っていた私にも慶賀もの。この第18番という曲は、最近一気に録音数が増えて、人気も上がった感じがあります。最近では、デリカシーの極みのような演奏が多く(内田や田部の名演もここに入るでしょう・・・)、シューベルトの繊細さを表現していると思う。一方、アシュケナージの演奏を形容するなら、「チャーミング」という言葉がふさわしいのではないでしょうか?例えば幻想ソナタの終楽章を、これほどお花畑を散策するように喜びに満ちて弾いた演奏というのは、なかなかないでしょう。第1楽章の果てしない繰り返しも、やや控えた表現ながら、何度も語られるフレーズがいつのまにか「チャーム」に働きかけて、ふと新鮮な香気を吸い込んだような、はっとする魅力があります。
一方、第14番は深刻な楽想であるため、印象は異なりますが、それでも若きアシュケナージの手首の弾力の力強さを思い知るピアニズムで演奏効果は見事。終楽章のシャープな流線型の美観も鮮やかです。
またワルツ集もこよなく暖かく歌われており、とても豊かな気持ちにさせてくれる録音です。
・「厳しく男らしい演奏。」
この2人によるベートーヴェンのチェロソナタはどの曲も「太く、硬い音」に支配された、極めて硬派なものです。美しく歌うというより、ゴツゴツしています。しかし、2人の脂の乗り切った時期の演奏ですので、技術的には鉄壁であり、なんの不安もありません。ベートーヴェンから「男」を感じてみたい方にお勧めの演奏です。
・「全盛期の2人ががっぷりよつに組んだ演奏が聴けます」
ベートーヴェンによるチェロソナタの人気曲である第3番を含むアルバムです。名曲であるだけに、やはり、名演奏家で聞きたくなります。であれば、全盛期のロストロボーヴィチとリヒテルのコンビはいかがでしょうか。このアルバムの素晴らしさは、チェロソナタだけに、ロストロボーヴィチの演奏が全面に立っているとはいえ、リヒテルも、それをがっちりと受け止め、しっかり、自分の音を主張しているということでしょうか。ベートーヴェンが、第4番について「ピアノとチェロのための自由なソナタ」と題したとおりの競演になっています。その中でも、聞き物は、全盛期の2人のダイナミックな演奏が激突する、豪気な第3番でしょうか。何れにせよ、ベートーヴェンのチェロソナタファンであれば、お勧めのアルバムです。
・「二人の巨人的演奏家が組んだ記念碑的演奏」
リヒテル、ロストロポーヴィチはそれぞれピアノ、チェロで不世出の巨人的演奏家であるが、二人が組んだ演奏は少ない。代表的な録音としてはこのベートーヴェンチェロソナタ全集と同じくベートーヴェンの三重協奏曲ぐらいであろう。ただ、これら残された録音は比肩するものが未だに現れない金字塔的演奏である。このベートーヴェンチェロソナタのそのスケールが限りなく大きく、雄渾で力強い、求心力のある演奏にはただただ圧倒されるのみである。 第3番でのまさに壮年期の二人が火花を散らすような緊張感と情熱が満ち溢れた演奏は曲想に合ってか比類なきものである。一方、ベートーヴェンの晩年に差し掛かる過渡期に作曲された第4番と第5番はベートーヴェンを全面的に手助けし、人間的にも彼の支えとなったエルディーテ伯爵夫人に捧げられた曲であるが、全体に晩年を予見する悲哀に満ちた色彩と深い響きに支配された大変な傑作である。幻想的で自由な形式の第4番での演奏はリヒテル、ロストロポーヴィチがそれぞれ得意とする曲想もあってか、大変ロマンティックで素晴らしい。また、第5番の壮大な第一楽章での堂々とした風格、宗教的な第二楽章での表現、フーガから成る第三楽章での厳しい演奏。まさに最後のチェロ協奏曲に相応しい巨人的演奏である。 今年はリヒテル没後十年、ロストロポーヴィチが他界した年である。この二人の巨人的演奏家を偲ぶ意味でも彼らが残した記念碑的演奏に耳を傾けていただきたい。
・「ケンプとフルニエのベートーヴェン」
ベートーヴェンの、ひいては二重奏の醍醐味を味わえるCD。 ベートーヴェンのチェロソナタは曲数は多くないとはいえ初期の曲と後期の曲の間の隔たりは大きく、両方を満足させるのは並大抵のことではない。ここでケンプとフルニエは楽器の性格の違いを超えた音楽家としての親近性を最大限に生かし、それを実現している。その親近性は作品69までの3曲のソナタよりも作品102の2曲で感じ取りやすい。両者の根幹をなす無駄のない清潔なフレージング。実は何を演奏しても言えることなのだが、切りつめた簡潔な言葉で全てを語っている。流れるようでいて滋味あふれる作品102の1のアンダンテ。そして作品102の2の終楽章フーガのすばらしさ。(特にケンプのピアノ!チェロと互いに呼応しつつゆっくりと緊張を増しながら高みに向かった後、一旦力を解放しつつ降りてくる。その後チェロに導かれ、力を得ながら再び歩みを始める・・といった過程にどれほど生命を吹き込んでいるか。ミスタッチなどは全く問題ではない。) 最近ほぼ同じ年代に録音されたナヴァラとサンカンの演奏(ACCORDレーベル)がCDで出て、久々に未知のすばらしいベートーヴェン演奏に触れることができたが、録音の状態も考慮するとまず聴くべきCDはやはりこのセットだ。
・「五つ星では足りない座右の一枚」
ベートーヴェンのチェロとピアノのための作品集には多くの名盤があります。たとえばロストロポーヴィッチとリヒテル、最近ではペレーニとシフもよい演奏でした。それらのなかでも、トップにあげられるのが、フルニエによる演奏です。誰もが言うことですが、フルニエのチェロにはほんとうに品格が感じられます。バッハの無伴奏チェロ組曲もそうですが、作品に対して誠実に向き合い、よけいな自己主張をせずに、作品が語ろうとしていることを十分に語らせる、そういう演奏です。このケンプとの共演盤では、ケンプの堅実な演奏が、そうしたフルニエのチェロをどっしりと受けとめています。ソナタをじっくり聴きこむもよし、変奏曲の愉しさに思わずハミングするもよし。何度聴いても飽きない、座右の一枚(ていうか二枚組)です。
ところで、フルニエにはほかに、グルダとの共演盤もあって、これがまた大名演。こちらのほうは、若いグルダのピアノが、若鮎がぴちぴちはねているような、書かれた楽譜を演奏しているのではなく、今まさに音楽が生まれ出ているような、フレッシュな演奏です。ぜひ、ケンプ盤とともに聴いていただきたいのですが、輸入盤でしか手に入りません。国内盤発売を熱望いたします。
・「心地よいベートーヴェン」
フランスを代表するチェリスト=フルニエとドイツを代表するピアニスト=ケンプのパリでのライブ録音(というのも信じられないくらい鮮明な録音)。ノーブルなフルニエと粘り強い音とリズムが身上で即興的な「遊び」も厭わないケンプのピアニズムが意外に合う。有名な第3番は流麗で「食い足りない」と思う向きもあろうが、痛快な1・2番(ちょっととぼけたような表現力が憎い)、対位法的処理が歌謡性と融合した4・5番など、何度聞いても飽きない。素敵な夜のひと時に。
・「フルニエ先生」
村上春樹の「カフカ」にでてくるフルニエ先生のチェロです。ケンプさんのピアノがカラフルで、ときに挑発的になるのに対して、それをいなすように柔らかく入ってくるチェロの音がすごく良い。この人のチェロは入り方が独特で、2番の第2楽章のピアノとの掛け合いのところなんかゾクっとするほど良いです。村上春樹ではないけれど、ワインでも飲んでシャツにアイロンをかけながら聴くとよいです。
・「この演奏が残されたことに感謝します。絶対に廃盤にしないでほしい。」
これまでクライスレリアーナはホロビッツだと30年も思ってきたのですが、間違っていたことがわかりました。シューマンはこんなにもロマンチックだったんです。はじめてシューマンが分かった気がします。ケンプの温かい音、愛情に溢れた細やかな表現、抑えた感情の中に立ち上る精神の気高さ、胸がいっぱいになります。ドイツ系の作曲家のロマンチシズムはやはりケンプだったんですね。ちなみに、ケンプの弾いているシューベルトの4つの即興曲もルプーとは全く違って、シューベルトの晩年の哀愁を感じさせ心に滲み入る演奏です。
・「朝の運動」
元気なおっさんたちが微笑んでいるジャケットに惹かれ買ってしまったがやはり楽しそうに弾いているのがなによりで聴きやすいです音の世界にに没頭するというよりはおっさんたちのいい音を聞いているという感があります。
・「解釈も現代にも通用!」
弦楽四重奏の演奏をよくしますので、Tchaikovskyの弦楽四重奏の勉強用に購入してみました。解釈が少し古いのかなと思っていたのですが、さすがに一流の団体の録音だけあって、今の演奏としてもとても参考になるものでした。
特に、Tchaikovskyのスコアを忠実に表現しているのが印象的でした。実用譜としてペータース版も良く出回っているのですが、このボロディン四重奏団の録音で、ペータース版の編集者の勝手な書き込みがどの程度問題かを認識させられました。
録音も悪くないのですが、MP3プレーヤーで聴くとやっぱりかなり音色に不満が出てしまいます。やっぱりCDウォークマンででも直接CDから聴いた方が断然良い音質でした。
・「聞きほれました!」
フィンランド作曲家のピアノ小曲集で、曲目を見てください。こんなに沢山入っていてしかも演奏は館野さん。大好きな「樅の木」はあるしメラルティンの「舟歌」はチャイコフスキーのそれより怪しげでしっとりと色っぽく、軽快で楽しいものもあれば、激しいもの、低音を響かせた重厚なものなどさまざまな叙情的な曲が盛りだくさん。フェイザー社から「FINLANDIA」というこの曲集の楽譜もあるようです。聞いていると楽譜も欲しくなるほどです。
・「大満足」
各作曲家の小品をコンパクトにまとめたものです。 どれを聞いてもすばらしいものばかりです。 私はシベリウスの「練習曲」とクーラの「結婚行進曲」が特に気に入っています。 さすがは舘野泉さんだ、と思いました。
ケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。
シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。