フェルマーの最終定理 (新潮文庫) (詳細)
サイモン シン(著), Simon Singh(原著), 青木 薫(翻訳)
「ニュートンもかくありき」「傑作ドキュメンタリー」「「数学はこんなにもドラマチックなんだぁ」とイッキ読み!」「820円は安すぎる!」「「数学はいつも3。」
博士の愛した数式 (新潮文庫) (詳細)
小川 洋子(著)
「あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸」「再読」「数学の内面の暖かさ」「暖かく静かな時間」「リセット」
若き数学者のアメリカ (新潮文庫) (詳細)
藤原 正彦(著)
「数学者の「分析力」」「大切なのはどこにいても「日本人」でいること」「すばらしい」「洞察力とユーモアに満ちた作品」「なかなかよかったです。」
ボクの音楽武者修行 (新潮文庫) (詳細)
小澤 征爾(著)
「世界の小澤になる前、依然としてすごい」「元気をもらえる本」「若いころが今の小澤である」「冒険家・楽天家の小澤さん」「胸が熱くなるような一冊です」
ゲーテ格言集 (新潮文庫) (詳細)
ゲーテ(著)
「ページからあふれるゲーテ」「人生の奥深さが短い言葉に凝縮されて・・・・」「珠玉の格言集」「ぐさっと心にきます。」「人間ゲーテ」
対話篇 (新潮文庫) (詳細)
金城 一紀(著)
「是非読んでみてください。遅い人でも一日で読めます。」「絶望を吹き飛ばそうとする意志の強さと希望」「恋愛小説、永遠の円環、花」「金ちゃん、最高!」「「対話篇」より「映画篇」」
菊次郎とさき (新潮文庫) (詳細)
ビートたけし(著)
「泣けてしまって、、、」「うれしい一冊」「足立区発世界のたけし」「リアル・たけしくん、ハイ!」「たけしの「バカヤロウ」」
無人島に生きる十六人 (新潮文庫) (詳細)
須川 邦彦(著)
「心あたたまる、かつ、スカッとさわやかな一冊。」「心の土台」「読んで得する」「生きる元気がもらえます」「冒険実話 そして リーダーシップ論として」
深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫) (詳細)
沢木 耕太郎(著)
「私もこれで会社を辞めました」「1巻から2巻のテンションは、読み人を旅人にさせる熱気を放ちます」「あなたもきっと乗車したくなる」「紀行文の最高峰」「大学時代、夢中で読んだ」
ありがとう大五郎 (新潮文庫) (詳細)
大谷 淳子(著)
「感動しました」「泣けました」「初めて本を読んで泣きました。」「生きる強さを教えてくれる小さな命」「命のいとおしさに涙する」
こころの処方箋 (新潮文庫) (詳細)
河合 隼雄(著)
「新聞記者に読ませたい」「まさに「こころ」の処方箋!」「人の心とは・・?」「人生の大先輩からのメッセージ」「河合隼雄さんの傑作随筆集」
春琴抄 (新潮文庫) (詳細)
谷崎 潤一郎(著)
「非児童推奨作品」「むしろ☆6つ」「春琴抄」「「特殊人」二人による「普遍的恋愛」」「感動の名作」
脳のからくり (新潮文庫) (詳細)
竹内 薫(著), 茂木 健一郎(著)
「物理学者の書く脳科学論」「読み物として」「簡潔明快。」「目線を低くして解説した本」「専門書にはない面白さがある」
白洲正子自伝 (新潮文庫) (詳細)
白洲 正子(著)
「すてきな人」「文体(文調?)が魅力的」「強烈です」「本物の持つ匂い」「価値判断の仕方を考えさせられました」
ガンに生かされて (新潮文庫) (詳細)
飯島 夏樹(著)
「「病」という贈り物」「長調で書かれたレクイエム」「生きること、生かされること」「病気に生かされるなんて ^^」
砂の女 (新潮文庫) (詳細)
安部 公房(著)
「戦後文学最高傑作。」「比喩の天才」「不条理な状況に連れ去られた後、それを受け入れる条件まで描かれている点が素晴らしい」「普遍的な作品」「渇望」
海と毒薬 (新潮文庫) (詳細)
遠藤 周作(著)
「暗い、暗い海」「読み応え充分!!」「良心の模索」「良心とは?神とは?医療倫理とは?」「黒い海に押し流される破片」
塩狩峠 (新潮文庫) (詳細)
三浦 綾子(著)
「何度も読み返したくなる一冊」「一生抱え持っていきたい」「愛の意味を取りもどそう。」「三浦さん、ありがとう。」「息子に学校で読ませたい本」
「男の生き様を気づかせたのはなんと死神」「ユーモラスな語り口の中で」「武士の一分ですかね」「ほどよく笑えて最後に切ない」「激しく同意」
指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく (新潮文庫) (詳細)
城山 三郎(著)
「戦争のことをちゃんと知りたい人に。」「若く、優秀な個性の死」「われわれが特攻隊員達から学ぶべきことは?」「城山戦記物の集大成」「調べるということ」
燃えよ剣〈上〉 (新潮文庫) (詳細)
司馬 遼太郎(著)
「男子必読の一冊」「憧れの生き様」「目に見える表現で」「新撰組文学の金字塔」「長編時代小説入門に最適!」
ビルマの竪琴 (新潮文庫) (詳細)
竹山 道雄(著)
「澄みきった作品。」「生きる目的」「映画もよかったですが…」「水島上等兵以外だって…」「 むしろ現代への批評」
一握の砂・悲しき玩具―石川啄木歌集 (新潮文庫) (詳細)
石川 啄木(著), 金田一 京助(著)
「現代に通じる啄木」「哀しみ」「入門の書」「自己愛を超える他者愛の啄木歌」「啄木の世界が広がる」
点と線 (新潮文庫) (詳細)
松本 清張(著)
「松本清張初挑戦。」「ミステリー作品の本質を知ることのできる優れた小説である!」「決して色褪せることのない社会派推理小説の原点がここにある!」「実はヒューマンドラマな清張作品」「風間完の挿画がすばらしい」
海ちゃん―ある猫の物語 (新潮文庫) (詳細)
岩合 光昭(著), 岩合 日出子(著)
「海ちゃんと同じ空間で遊んでいるような気分」「猫好きはもちろんそうじゃない方も・・・。」「ニャンニャン」「作り物ではない猫の表情の良さ」「親子でパシャ。」
● 僕の本棚
● 人間力!
● 何度でもよみたい
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 6/20
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 17/20
● 読んだ本_1
● 本棚
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 11/20
● 新潮文庫(海外)
● おもしろい数学
● 数学者
・「ニュートンもかくありき」
とても上質なドキュメントです。「余白が足りないので驚くべき証明を書き記せない」という何とも思わせぶりなメモと、簡潔な数式で余りにも有名なフェルマーの最終定理が、とても余白などには書ききれないような膨大かつ高度な最新数学を駆使して証明される過程を素人に分かりやすく記した、小説以上にドラマティックなノンフィクションです。
ワイルズの証明の前提を成すある『予想』を提示した数学者も、ワイルズの発表前に誤った『証明』を発表した数学者も、そしてワイルズが発表後の瑕疵を解決する際に大きな役割を果たしたある『理論』を提唱した数学者も、全てが日本人であると言うこともこの真実のストーリーにのめりこむ一要素になっています。
しかし、何と言っても一番感動的なのは、砂上の栄光の後の挫折の中で一度は自ら閉じかけた解決の扉を才能が導いた閃きと共にもう一度押し開く瞬間の描写です。ここはワイルズ自身の言葉で語られていますが、もしニュートンにリンゴが落ちた瞬間の閃きの感動をインタビューしても同様の言葉が返って来るのではないかと思えるほどです。
最終章の四色問題や球体充填問題の説明は蛇足のような気がしますし、73ページ9行目の誤植は場所が場所だけに残念な気がしますが、そのような小さな欠点を補って余りある興奮と迫力が全編を貫いています。
・「傑作ドキュメンタリー」
数学におけるノーベル賞と言われているのが、4年に一度、国際数学者会議で授与されるフィールズ賞である。ただし、40才以下の数学者が対象である。本書の主人公、アンドリュー・ワイルズは、1998年、フィールズ賞の受賞制限年齢を超えていたが、350年間未解決だった「フェルマーの最終予想の解決」という業績に対し、史上初めて特別に1998年にこのフィールズ賞を授与された。原著はこれ以前に書かれているため、フィールズ賞受賞の記述はない。ワイルズの業績が数学史上特筆すべきものであったことを示すものであった。
・「「数学はこんなにもドラマチックなんだぁ」とイッキ読み!」
今回文庫本になったこともあり、読んでみました。約500頁もある本ですが、約3日で読めました。非常にドラマチックです。読了後も暫く興奮してました。大きな夢(grand design)を持つこと、良い課題を設定すること、それを上手くブレークダウンすること、壁にぶち当たった時にも考え抜いて「ひらめき」が生まれる状況にうまく自分を持っていくこと、、、そんな研究者の営みが「フェルマーの最終定理」に取り組むワイルズの姿を通じて良く分かります。「貴方が、出来ると思っても、出来ないと思っても、どちらも正しい」(フォード)という言葉が思い出されました。「出来るはず!」と信じて8年もの間この課題に取り組むワイルズの根性に素直に感動しました。
広中平祐氏の自伝「生きること 学ぶこと」と色々と共通する点を見出しました。(こちらの本もオススメですよ!) 「知恵の広さ・深さ・強さ」「創造のある人生こそ最高の人生(=気付かなかった自分の資質を掘り当てる喜び)」の意味がこれらの良書を通じてよく分かりますね。「試行錯誤は絶対に無駄ではない」(広中氏)、これはワイルズの話でも共通します。この言葉は大事にしたいですね。
・「820円は安すぎる!」
2000年に出たハードカバー版の文庫化。ハードカバー版は2000円以上しちゃうのでなかなか買えなかった。文庫版になって820円になったので購入したのだけれど、いまさらながらに後悔した。
これは2000円以上出しても良い本であった、と。
ピタゴラスからワイルズに到るまで、数学の歴史を紐解きながら、フェルマーの最終定理について語るサイモン・シンの筆力に脱帽。多くの個性的な登場人物が登場し、フェルマーの最終定理に挑みながら破れ、しかし破れてもなお彼らの挑戦が後の挑戦者の礎となっていく。下手な歴史小説などより遥かに面白い。この本を高校生の頃に読んでいれば、間違いなく自分は数学者を目指していただろうなあ…。
・「「数学はいつも3。」
暗算を求められるとパニックに陥ってしまう。」
・「あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸」
「数式」という言葉が入った題名に少し腰が引けたが、「本屋さん大賞」受賞作ということで読んでみた。他のレビューにもあるように、「やさしい」作品である。作品全体を通し、ゆるやかに、そして優しく流れる時間を感じることができ、あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸である。 「本屋さん大賞」がなげれば、私が絶対に読まない類の本であった。「本屋さん大賞」にも感謝したい。
・「再読」
初めて読んでからはや3年あまりたちまして、今回、小川 洋子の「物語の役割」筑摩新書を読んで、読み返しました。 初めて読んだときはたいしたことのない小説だとおもいました。特に、感動もせず、ありきたりのような話だとおもい、第一回本屋大賞受賞作のレベルを疑いました。 今回、新しい視点の基に本書を読み返すと、自分が物語の中に入っていなかったことを実感しました。初読では、何か外側からしかこの物語に参加できていなかった自分を発見することができました。著者の記憶が80分しかない人間とのかかわりの設定に人間と人間が本当に人生の一瞬、一瞬しか出会えないということの気づきを感じました。果たして、私には通常の記憶があるが、私は大切な人は物に出会う準備と集中力、静けさを感じる感受性をはぐくめているのだろうかと考えさせられました。3年前はこの本のよさがわかる心がまだ、私になかったのだと思いました。一切の派手さはない小説ですが、心に残る行間があると思いました。
・「数学の内面の暖かさ」
今までに数学的な読み物をたくさん読んできましたが、小説はあまり読みませんでした。前に、子供達が数学を使って怪獣に向かう内容の[数のモンスターアタック]という物語を読んで、互いに助け合っていく心暖まる思い出があります。しかし、それ以外は数学的な読み物で心暖まる本は読んだことがありませんでした。[博士の愛した数式]は小説だと思って今まで敬遠してました。ようやく最近になって読んで、この本もとても心暖まる数学的な読み物だとわかりました。でも、前の本とこの本を比べて何か違うと感じて考えました。前の本は数学を応用して怪獣に向かうところに助け合う暖かさがありますが、この本は数学の内面にある暖かさを表現していることに気づきました。これができるのは数学者では無理な感じがして、すばらしい文を書く力のある小川洋子さんしかいないと感じました。さらに付け加えると、小川さんは数学をよく勉強したからこそ、その内面の暖かさを現せたと思いました。筆の力のすごさを心から感じます。小川さんの新聞連載の童話も大好きです。
・「暖かく静かな時間」
私にとって小川洋子さんの作品はこれが初めてです。その一行目から引き付けられ、一気に読みました。読んだというよりは読まされたと言うべきでしょう。主な登場人物は事故で記憶する能力を失った「博士」、シングルマザーの家政婦「私」と息子「ルート」、博士の義姉の「未亡人」。おお、忘れてはいけないのは阪神タイガース、江夏豊、背番号28。です。小川さんの文章はとても簡潔です。読む人の五感に刺激を与え、目の前に見せてくれます。博士が着ている古ぼけた背広の肌触り、その背広にクリップで留められた記憶代わりのメモ用紙の大きさ、めくれ加減。「私」が作る夕食の味。雨降りの土の匂い。そして心への刺激。小川さんの文章には常に暖かく静かな時間が流れています。普通の生活の会話には決して出てこない「数学」という非日常の言葉が逆に日常の営みや感情をゆっくりと際立たせます。ひとり一人の人物は優しく、心の中には悲しみを持ちながらも前を向いて生きています。(「ルート」君はちょっと出来すぎ。私もこんな息子が欲しい!)人生には別れは付き物ですから最後の数頁は涙で文字がぼやけて大変でした。けれど悲しいというのではなく、愛しい切なさというのでしょうか。この作品を原作とした映画が封切られます。この暖かい静けさがそのまま生きていてばいいなあと思います。巻末の、数学者である藤原正彦先生の解説も、とっても気が利いています。
・「リセット」
やっぱり博士が一番好きですよね。 たった80分しか記憶が保たないという状況の中で、博士は好きな数学をやっぱり解き続けているんですから。自分でも記憶が保たないことを判っていても、ただひたすらに。賞金が出ているような難しい数式を解いても、特に何か気にした風でもなく、ただ淡々と。 また、ルートと主人公が、博士のために一生懸命野球選手のカードを探す場面も、いじらしくて好きです。……「いじらしい」って、不適当ですかね。 最後でルートが数学の先生になるんだ、と博士に報告した場面は、私の中で一番印象強い部分です。80分でいわば人生がリセットしている博士だけど、そんな彼でも、彼を取り巻く人に影響を与えることはできる。そしてそれは、つまりは博士自身のリセットをリセットでなくしていると思うのです。 博士本人が覚えていなくても、博士がいたことで、ルートは数学の先生になろうと決めた。 そして博士は、ルートたちが探した野球選手のカードを、ずっと首から提げていた。
何がリセットで何がリセットでないのか。 博士を取り巻く人々(主人公であり、ルートであり、義姉である)の温かみ。 この小説は、それらを私に感じ取らせました。
・「数学者の「分析力」」
ほんの暇つぶしのつもりで読み始めたが、結局最後まで一気読み終えてしまいました。「若き数学者」がアメリカへ行き、文化・習慣の違いに戸惑いまごつく。しかし、学業では大成功を収め、最後にこう言う。「外国へ行くと、かえって日本の良さが良くわかる」。。。その程度の内容だろうと、単純で陳腐な想像をしていた自分を反省した次第です。
この本の最大の特徴は、著者の「分析力」ではないでしょうか。数学者なのだから、数学的分析に秀でているのは当たり前で、また社会的事象に向ける目の鋭さも人並み以上です。
ただ私が最も感心したのは、自分の内部・内面に向ける分析の刃の鋭さです。アメリカに着く前から、着いた直後、そして突然やってきた「危機」など。著者はそのつど真剣に「戦い」ながら、常に自分を分析する。そして、それを実に分かりやすい言葉で表現する。
「外国に行くと、かえって日本の良さがわかる。」たしかに、そういうこともあるのでしょう。しかし、本書を読んでみて、行ってみれば見えてくる、というものではない事がよくわかりました。
・「大切なのはどこにいても「日本人」でいること」
「数学者」という肩書から、一瞬難解で論文調の文章を想像してしまいましたが、実際はとても読みやすい文章でした。
アメリカ滞在中、作者が味わった孤独感や疎外感、対抗意識、仲間意識などが実に素直かつ率直に語られており、おもしろかったです。自分は「留学生」や「旅行者」という立場でしか外国滞在の経験はありませんが、共感できる部分はたくさんありました。
日本で暮らしている時はあまり意識していなくても、外国に行くと「自分が日本人である」ことを意識させられる瞬間がたくさんあります。この本の中で、作者はアメリカ社会をオーケストラ、アメリカ人をヴァイオリン、自らを琴に例えて、滞在中の心境の変化を次のように語っています。
最初の頃はオーケストラに加わることを拒み、ヴァイオリンはライバルだと思っていたが、ヴァイオリンが「素晴らしい友達」だとわかってからは自分もヴァイオリンになろうとしていた。だが、オーケストラに加わってはいても、深い部分で共鳴することはなかった。その後、琴、すなわち日本人らしく自然に振舞えるようになってからは、深い部分で共鳴できる人も出てきた。
要約するとこういう感じですが、外国滞在中、同じようなことを感じる人は少なくないのではないかと思います。自分自身、ヴァイオリンになろうとしていた時期はありましたし、そうしている日本人留学生をたくさん見てきました。言葉の面でも、英語のスラングを連発したからって相手から尊敬されるわけではない。「琴」が「ヴァイオリン」になる必要はないのです。
これから海外に行かれる方に、是非読んでいただきたいと思います。
・「すばらしい」
ミシガン大学に研究員として,そしてコロラド大学に助教授として滞在した際のアメリカ滞在記.70年代に書かれた滞在記が今読んでも色褪せないのは,アメリカを観察してこうだった,ああだったと外面的なことに終始するのではなく,アメリカ滞在で著者自身の内面が何を感じ,なぜそれを感じ,そしてどう揺さぶられ,どう変化したかが克明に書かれているからだと思う.そこに見え隠れする,不安やコンプレックス,興奮などは,今アメリカに滞在する人々にも共通するものだと思う.印象的だったのは,アメリカ滞在初期にご自身の情緒・精神がどのように不安定になっていったか克明に記しているところと,初めて教壇に立つときの様子や著者の興奮と緊張など.出版20年を迎えて,この先20年も色褪せない内容ではないかと思う.
・「洞察力とユーモアに満ちた作品」
数学者である著者のエッセイにはいわゆる「ハズレ」がない。それらは独自の観察眼により社会の本質をつくものであり、ユーモアに満ちた表現力は読者を知らず知らずの内に作品の中にぐいぐい引き込んでいく。
「若き数学者・・・」は彼の一連のエッセイの原点となる著書である。この本はアメリカに数学の研究のため一年以上滞在した、著者の体験談である。理系を専門にする人間の内面を文章にすると、かくも説得力のある面白い文章になるのかと驚かされる。特に、単身渡米のため精神不安定に陥った著者自身の体験を率直に書いた部分には心を動かされた。大学の先生も同じ人間なのだ。 この本は象牙の塔にこもって、なにやら難しい数学の難問を考えている学者像を吹き飛ばしてくれる。
・「なかなかよかったです。」
今をときめく保守派の論客のデビュー作ですが、なかなかよかったです。
よみごたえあり。
数学者でもあり、時に論理的、数学式的思考が随所にかいま見えます。
冷静にアメリカを判断しているところが、かえって保守的な思考につながるのかもしれない。
・「世界の小澤になる前、依然としてすごい」
以前、と言っても相当前の話だが、小澤征爾とウィントン・マルサリスがアメリカの子供達に音楽を教える番組を見たことがある。とにかく、小澤征爾本人が楽しくて楽しくて仕方のないということがよく伝わった。
この本は小澤征爾の若い頃の話で1961年に書かれたものらしい。音楽をやるために貨物船に乗ってヨーロッパに上陸、そしてその後のヨーロッパとアメリカその道中記。TVで見た彼、指揮棒を振る彼、それから本の中の若い彼に見る音楽をすることを楽しむ様子はまるで変わらない。
大変なことも多かったに違いないのだが、その時々に対面する状況を活き活きと乗り越えていく小澤征爾の生き方が格好良いのだ。なにしろ、これから世界へ、という時期に書かれているわけだから、「やってやるぞ」という強く清々しい意志が伝わってくる。
強く清々しい意志は時間を経ても色褪せず人の心を打つ。
・「元気をもらえる本」
小澤氏がヨーロッパへ渡り、成功をおさめるに至るまでの半生を綴った自叙伝的な作品です。はっきり言って意外でした。指揮棒を振っているエネルギッシュな姿しか印象に無かったのですが、予想をはるかに超えるパワーで私の持っていたイメージを見事に打ち破ってくれました。神戸から貨物タンカーでフランスへ渡り、日本で自らが行動してスポンサー
を見つけ借り入れたスクーターでヨーロッパを旅するところから始まる。出だしから次は何が始まるのやらとワクワクし、最後まで一気に読んでしまいました。場所がどこであれ、自分1人だけが日本人という境遇であれ、すぐにその環境に溶け込んでしまう能力には脱帽してしまった。指揮とは音楽のセンスはもちろんの事、後ろを向かず常に前向きなパワー、そして人を惹きつけまとめる能力があるからこそ、「世界の小澤」があるのだとつくづく関心してしまいました。
折にふれ、何度でも読み返したくなる一冊です。
・「若いころが今の小澤である」
ほかのレビュワーが触れているとおり、本書は小澤征爾氏が若いころに書いた本です。そこからは、若さあふれる「挑戦」や悩みを読み取ることが出来ます。手紙や当時の日記と思われる文章は、「行間」があり、読むものの想像力をかきたてもしてくれます。
何より驚くのが、「世界の小澤」はこのころから変わっていないのではないかということ。今、小澤氏についてかかれている内容とほとんど変わらない人柄、人間性を理解できます。その意味で、ぜひ若い人に読んで欲しい本です。
・「冒険家・楽天家の小澤さん」
小澤さんのDVD「ガーシュウィン・ナイト」を見て、その人柄がますます気に入り、本を読みたくなって求めたのが本書。誕生日が親父と8日違いというのには、大変びっくりしました。「ガーシュウィン・ナイト」で見る風貌も、本書で語られる若い頃(昭和30年代)の行動もヴァイタリティと若さに満ち溢れており、刺激を受けます。富士重工と交渉して手に入れたスクーターでフランス南部からパリまでを旅する、あるいはコンクール情報を耳にして何とか受けようとチャレンジしていく、そういう生き方もあるのだなあ。子供たちにも読んでもらいたい一冊です。
・「胸が熱くなるような一冊です」
今は「世界のオザワ」と呼ばれる指揮者、小澤征爾の若い頃のお話です。
ここで小澤は単身渡欧して(なんと貨物船に乗って!しかもヨーロッパはバイクで移動していた)、ブザンソンの指揮者コンクールを受け見事優勝するのです! いやぁ、痛快!
この本に出会ったのは高校1年の時(おおう!一回り以上前だ)ですが、今だにこの数ページはひりつくような鋭い感覚を私の身体に走らせます。
そんな感覚を呼び覚ましてくれる本なんて、やっぱり一生の間に出会う数は少ないかもしれません。 貴重な一冊。 みなさんもそういう本や映画、音楽がありますよね?
・「ページからあふれるゲーテ」
多くの著作を残したゲーテ。彼の言葉をまとめるには、文庫一冊ではとても収まりきれません。 ゆえにこの一冊は頁のどこをめくってもきらめく言葉であふれています。ゲーテの思想の断片を知る上でも、きっと良い足がかりとなることでしょう。
・「人生の奥深さが短い言葉に凝縮されて・・・・」
雑誌で彼の格言のひとつを目にして、かってみましたがすごいよかったです。彼の詩などはなにか饒舌すぎる気がして避けていましたが、この格言集はよいです。自分で考えたことが、とても簡潔な優れた文章に凝縮されて、しかも、詩のようでもあり、ふと思い返したりします。
とりわけ好きなひとつは、、
処世のおきて気持ちよい生活を作ろうと思ったら、すんだことをくよくよせぬこと、滅多なことに腹をたてぬこと、いつも現在を楽しむこと、とりわけ、人を憎まぬこと、未来を神にまかせること。(「警句的」から)
・「珠玉の格言集」
おすすめです。中には同意しかねるものもありますが、琴線に触れる格言がたくさんあります。訳もすばらしいです。この後、思わずいくつか他の格言集も買ってしまいましたが、これに勝るものはありませんでした。
・「ぐさっと心にきます。」
青年期を疾風怒濤の時代と呼んだことで有名なゲーテ。この本は彼の言葉を集め編集されたものですが、ゲーテの鋭く豊かな感受性が濃縮され、陳腐な表現ですが日常や世間、人生について何度も、はっと気付かされました。哲学書のようでもあり、デ ルトの演繹法に似ているような所もありました。人間が口には出さないけど心の内にある
わだかまりにも言及されておりかなり助けられた部分があります。古い本にもかかわらず現代に通じる大切な何かに触れられたようです。読みやすいのでちょっとした空き時間に気軽に読んでいます。是非ともおすすめしたい名著!
・「人間ゲーテ」
とてもいい本です。どこからでも読めるし、ちょっとだけ読むのもいいし、全部ざっと読むにしてもそんなに時間がかかるものでもありません。本棚に飾っておくよりは、机の上に空いた小さなスペースに常駐させるといいと思います。人生や生活のいろんな場面で「さて、人間ゲーテはどう書いただろうか?」と対話しながら読むのもいいです。
世界文学の最高峰にいる存在ですが、意外と親しみやすい人だったんだなあときっと思えると思います。
・「是非読んでみてください。遅い人でも一日で読めます。」
本書の各短編はそれぞれが別個の話でありながら、一つの共通点を持っています。ネタバレするのはよくないので、詳しくは書きませんが、その共通点とは一つのセリフなんです。最終話の「花」を読むとそのセリフが浮き彫りになります。僕はそのとき涙を流してしまいました。素晴らしい一冊です。激しくお勧め!
・「絶望を吹き飛ばそうとする意志の強さと希望」
三つの中篇が収められていますが、主人公はすべて同一人物と見ることも別人と見ることもできます。3話全てに同じ人物(脇役だが重要)も登場し、時間的にも場所的にもつながりのある話の連作です。
対話編というタイトルの通り、全ての話が、主人公ともう一人の人物の対話を主軸に展開します。どの話も哀しさがにじみ出ていますし、絶望を感じさせる話もあるのですが、それでもかなりの笑いと、絶望を吹き飛ばそうとする意志の強さと希望が感じられます。
やはりこの人の小説は楽しい。
・「恋愛小説、永遠の円環、花」
3つの短編、恋愛小説、永遠の円環、花を集めたものです。小説は、同感して入り込むものと、遠くから眺めてそういうこともあるんだというものとがあるかもしれません。どちらの立場で呼んでも、楽しいか、悲しいか、面白いければよい。花は2002年、恋愛小説は2004年にテレビドラマになったそうです。見逃してしまいました。再放送があれば見てみたいと思います。
・「金ちゃん、最高!」
面白かったです。素直に。書く本、書く本、すべて面白い稀有な作家。なかなかいないんじゃないかな。
・「「対話篇」より「映画篇」」
先に「映画篇」を読み、あとでこちらを読みました。 「映画篇」や「GO」とは印象が違い、驚きました。
「映画篇」では全体的に勧善懲悪で救いのある感じが好きでしたが、 こちらの「対話篇」にはあまり救いがない感じがして・・・。
特に「永遠の円環」は、妄想なのか現実なのか ぞくっとした、ぞわぞわした怖さがありました。
なので、その次にある「花」は余計優しい気持ちで読むことが出来、 読みながら電車の中で泣きました。 荒唐無稽に思える出だしから、収束の仕方がとても美しく、 このストーリーが最後でよかった、 やっぱり救いがある、と思いました。
みなそれぞれに臨場感があり、なんともいえぬ怖さがあり好きですが、 この中では「花」が一番好きです。
そして、「対話篇」より「映画篇」の方が、好きです。
・「泣けてしまって、、、」
内容はテレビドラマとだいたい同じなのでわかっているのですが、、、たけしさん口調の「おいらが」口調で読みはじめると、あらためて心に響きます!特に母親の「さきさん」の、たけし君への愛情は女として心に響いて、何度読んでも涙が止まりません、、、元気のない時は辛くて読めません、、、それでもやっぱり読んでしまう、、、感動の一冊です!
・「うれしい一冊」
最愛の母、そして父についてビートたけしが描いたエッセイ集。なかでも「SAKI」は秀逸で、病床の母の見舞いと言う現在と子供の頃から近年までの母とのやりとりと言う過去を違和感なく描いていく。 この人の文体は、こういうどちらかと言えば感情に流されがちな作品でも、非常に静かなもので、いつでも胸がすうっとする。才能だろうがたいしたものである。 兄、北野大があとがきを添える、うれしい一冊である。
・「足立区発世界のたけし」
この本を読むきっかけはいとこが彼の生まれ故郷の隣町に住んでいるからなんです。でも、読んでみると私の母と同い年で祖母の名前もたけしさん同様「さき」だったので同感できる部分がある。
・「リアル・たけしくん、ハイ!」
先頃亡くなった母、サキを偲びつつ、貧しくとも逞しかった、足立区のタケ坊破天荒回想録。兄がひき逃げをし、青い顔で帰宅すると、その後、父菊次郎が血だらけで帰宅して来るエピソードや、姉が大事に飼っていた鶏が、ある日帰宅すると鳥鍋なっており、初めは大泣きするも、おかわりまでする姉のエピソード、はタケシを語りべとする事で更に可笑しさ倍増。
是非一読の価値アリ。あとがきは兄、大(まさる)による。
・「たけしの「バカヤロウ」」
ビートたけしという人を、私はあまり好きではない。けれど、彼の書く本は、とても好きだ。「少年」という小説など、何度読んでも、鼻の奥がつーんと来る。笑えるし、涙ぐめる。これがあの、「バカヤロウ」とか「なんだこのヤロウ」をTVで連発しているたけしの、裏の、真の、才能なのかもしれない。
仕事で忙しい方、行き帰りの電車内で、3日以内に読めます。読み終わって目を上げると、ココロのホコリが、流れてますヨ。
・「心あたたまる、かつ、スカッとさわやかな一冊。」
この本のどこがいいかって、まず、根性の曲がった野郎が出てこないところ。16人の海の男たちが、それぞれ自分の持てる力を出し合って、協力し合って、助けが来るまでの日々(といっても、確実に助けが来るという保証はない!)を、あくまでも前向きに生き抜いていく姿は、非常に気持ちのいいものがあります。無人島で孤立無援の状態でありながら、日本男児として恥ずかしくないように、規律を守り、お互いを尊重し合って生きる姿。悲観的になったり自暴自棄になったりしかねない状況の中で、陰謀も策略も、騙し合いも出し抜き合いもなく、みんな仲良く、明るく困難に立ち向かう姿。元気のない人がいたら、さりげなく励ましたり、あるいは、新しい仕事を与えて、やる気を出させたり。また、日々、感謝を忘れず、日本列島のあるほうに向かって、日本の神々に対して手を合わせたり。文章もとても読みやすくて、たぶん子供でも読めるのではないでしょうか。ひらがなも多いし。文体自体が、明るくユーモラスなので、多少悲惨な状況でも、暗くなく、楽しく読めます。本当に、子供の頃に冒険小説を読んでワクワクしていた時の感じ。心あたたまる、かつ、スカッとさわやかな一冊です。
・「心の土台」
おもしろかった。重くないのがいい。前向きなのがいい。無人島に漂着しているのに、苦労が苦労のように伝わってこない。なぜだろう。『エンドュアランス号漂流』のように、一緒に痛みを感じるというのではない。子ども向けだから、とも考えたがどうも違う。上下関係のある家父長的な集団を描きながら、実は、語り手でもある船長が、みんなが気持ちよくしているためにどんなことがあっても、おこらない、しからない、こごとをいわないという姿勢を貫いているからなのだ、とわかった。心の土台がしっかりしていたからなのだと思う。
・「読んで得する」
一気に読める。明治時代の実話を元にした話。中川船長の遭難その後の無人島暮らしについて、弟子である作者がこの作品に仕上げた。文体は静かで自制されているが、その内容は、読者をひきつけずにはおかない。無人島での滞在は、長い年月にわたったわけではなく、数ヶ月程度と、ロビンソンクルーそーなんかよりは、短いけれど、話は非常に具体的である。逆境にある集団を統率良く動かしてゆくことは、実際には大変な苦労であろうと思うけれど、この話の中では、非常に集団の中の個人がうまく機能していて、ためになることも多い。とにかく読んで得する一冊です。
・「生きる元気がもらえます」
明治の海の男たちって、魅力的!何にもなくても、工夫し、協力し、愉快に楽しく生きる精神力を持っている!
年長者は年長者の、年若いものは年若いものの、役割を知っている、謙虚さを心得ている。
何はともあれ、読むと元気が出ます。そして、生きることの意味がわかる!おすすめです。
・「冒険実話 そして リーダーシップ論として」
明治31年の実話である。船が難破し、15人の部下と共に無人島に上陸するときに中川船長が言った言葉。「これから愉快に暮らそう。できるだけ勉強しよう。きっとあとでおもしろい思い出になるだろう。」
4か月以上にわたる無人島生活で、一人として弱気にならず、希望を失わず、むしろ楽しく感謝しながら知恵を出し合い生活をする様は痛快である。悲愴感がまるでない。
この話は、著者が、商船学校の学生時代に教官であった中川船長から、船の甲板に座って聞いたものとして書かれている。自らも船長として母校の校長として集団をまとめて来た著者が、尊敬と感動をもって執筆した数少ない著作である。
若い人たちには、痛快な海の冒険物語として楽しんで読んでほしい。中年以上の人にはまた別の読み方もできるだろう。部下の悪口を言いつつ、一方で通勤電車の中でリーダーシップ論や組織経営論などを真剣に読んでいる各界の管理職には必読の書である。
・「私もこれで会社を辞めました」
この本ははっきりいって「麻薬」である。一度読んでみればわかるが、この本を読んだら、今の自分の立場を何もかも投げ捨ててすぐにでも旅に出たいと思うだろう。いわゆる「海外旅行」ではなく「放浪の旅」。普通の短期間の旅行にはない旅のおもしろさが存分に描かれている。特にそれが作り話ではなく実際の話であるということが、圧倒的なリアリティーを持って読者に迫ってくる。それが旅への衝動を強烈に駆り立てるのだ。
私もこの本で、会社を辞めてアジア放浪に出かけました。
・「1巻から2巻のテンションは、読み人を旅人にさせる熱気を放ちます」
私も、この文庫本を読んで熱気に当てられ、香港→マカオ直行した者です。ご承知のように、ここにかかれている時代から驚くほどの変貌を遂げているので、「全然違うじゃないか!」と思う人もいるでしょう。
でも、ちょっとまって!。「深夜特急」はガイドブックでは無いのです。ある青年が放浪のなかで感じた熱気をそのまま文章に刻みつけたモノなのです。だからこそガイドブックとは違う魅力を放つのでしょうし、いまだに読み継がれているのでしょう。
ちなみに、本人が後日書いているように、文庫本では6冊(単行本では3冊)のうち、一番魅力を放ち面白いのは1巻目の部分です(文庫では1-2巻)、シルクロードに入ってからは内省的な要素が増え、ヨーロッパに入ってからは、発刊時期も初期から離れたせいもあってか、やや記録的部分が多くなっています。
ということで、最初の勢いで6冊読み切っても、印象に残るのは香港と、しいていうなら途中出てくるイスタンブールなのかなと個人的に感じます。
・・・それでも、「深夜特急」ほど、読人を旅人にしてしまう本は少ないでしょう。願わくば、この本は「地球の歩き方」的利用ではなく、自分で旅を紡ぎ上げるため起爆剤として使われることをお薦めします。
・「あなたもきっと乗車したくなる」
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・「紀行文の最高峰」
中学時代に国語の演習問題として出題されたのがこの「深夜特急」で、先生の強い薦めに従って読んでみました。それ以来私の中の「世界」という概念は、この本の中に広がる風景や人々の生活をもって構成されることとなりました。
現代の日本に生きる人たちの中で、仕事を捨てて2年以上も当てのない旅を続けられる人がどれほどいるでしょうか。これから先、この本の価値は「旅の参考書」から「私たちの願望の代行者」へと変容していくと思います。私自身も日本を飛び出す機会を失ってしまいましたが、私の視界の遥か先にこんな生活をして生きている人たちがいるんだ、と教えてくれるこの本は私にとっての宝物です。
・「大学時代、夢中で読んだ」
大学時代、いっぱしのバックパッカ―をきどっていた私は、アジア方面への旅行を繰り返していた。そのとき、バックパックに入っていたのは、この本である。同じく、この本に影響を受けた者たちと、バンコクの安宿で、上海の屋台で、カルカッタの路地でこの本について語り合った。沢木が旅していた頃との風景の違いに戸惑いながら・・・
そう、彼がその地を旅して20年後のことであった。
今では、背広を着て、休みもろくに取れない身。だから一層、あの頃の思い出がこの本とだぶって見える。きっと息子にも読ませるであろう、「お父さんもこんなに輝いていた時があったんだよ」って。
・「感動しました」
本屋でたまたまこの本の存在を知りました。元々動物好きなので、すぐ購入し、読んだのですが、私が出会った数々の動物本の中でも1番の本でした。
身体障害を持ったまま生まれてきたサルの大五郎が余命幾日かという状態で、ある一家にやってきます。
自然界では障害を持つ動物は生存競争に打ち勝つことができず、殆ど死に至るということですが、
この大五郎はギリギリの所でそこから引き上げられてきました。
この一家の懸命な看病のかいがあって、彼は元気を取り戻します。しかし身体が不自由なことは変わりません。なので、殆ど寝たきりの生活なのですが、ある時から彼は自分の力で生きようとし始めるのです。その後は.......読んでのお楽しみ!
動物と人間がここまで理解し合あえるのか!!
ということがとても印象深いです。
そんなに長い本でもないし、日記っぽく書かれていたり、写真もあったりするので、<ある程度なら子供でも大丈夫だと思います。子供に障害をもつ者について理解をさせたりすることにとても役立つのではないでしょうか?
多くの人に読んで頂きたい超おススメ本です!!!!
・「泣けました」
手足のないダイゴロウ、短い一生だったけど温かい人間愛に包まれて旅立っていったのですね。文中で「なんて汚いサル・・・」と同じ宿に泊まった人が放った言葉、私も胸が痛みました。人間が一番偉いと思っているように感じた冷たい言葉です。野生動物を残酷な目にあわせているのが人間だと気づいてもらいたい。けなげに生きたダイゴロウ!
・「初めて本を読んで泣きました。」
ふと立ち寄った本屋でこの本を見つけ、手に取りました。表紙の写真があまりにかわいくて。ぱらぱらめくってみるとさらに何枚かの写真があって、そのあまりの表情のかわいさに思わず買ってしまいました。読み始めてすぐに先に進むのがつらくなってきました。大五郎が死んでしまう瞬間が、こわくなってきたんです。そしてその瞬間やはり泣いてしまいました。私は大五郎に会ったことも、さわったこともないのだけれど、読んでいる間中、障害があるにもかかわらず一生懸命生きようとする大五郎を応援し、その生命力に勇気づけられ、私も一緒にいるような気持ちになっていたのかもしれません。この本の中には、いろんなメッセージがつまっていました。毎日がつまらなくて、なんのために生きているんだろうと思っ!ている人、仕事や生活でストレスやプレッシャーに押しつぶされそうな人、ぜひ読んでみてください。きっと何か答えのようなものを見つけられると思います。
・「生きる強さを教えてくれる小さな命」
腕は肘まで、足は根元からない。そんな障害を持って生まれた猿、大五郎。大五郎が人間の家族と共に、短い生涯を生きた物語。重度の障害を抱えながらも必死に生きようとする大五郎の姿に胸を打たれます。写真が多く使われ日記のような構成なので、子供でも読みやすいと思います。子供たちに、障害への偏見をなくすためにもオススメです。
・「命のいとおしさに涙する」
読み始めてまもなく涙が止まりませんでした。大五郎がかわいそうだから涙が出たわけではありません。諦めることなく懸命に生きようとする命が、いとおしてくてたまらなかったからです。この本を読んで得るものは人それぞれでしょうが、必ず何かを得ることができる稀有な書であると。
・「新聞記者に読ませたい」
ずいぶんストレートな書名だ。 こころの問題についての解決のヒントになるようなことが五十五章にわたってつづられている。 重要なのはものの見方である。薬があってそれを与えればいいというわけではない。 したがって、単純に割り切って考えることはできない。
著者自身も、「毎度のことながら、ここにも正しい答などはどはない。」(p225)とはっきり書いている。 しかし、短絡的に正しい答えを求める人の方が多い。
「決めつけてしまうと、自分の責任が軽くなってしまって、誰かを非難するだけで、ものごとが片づいたような錯覚を起こしてしまう。」(p13)ことの方が多いだろう。新聞の論調を見ればそれがよく分かる。
新聞といえば、「マジメな人は自分の限定した世界の中では!、絶対にマジメなので、確かにそれ以上のことを考える必要もないし、反省する必要もない。マジメな人の無反省さは、鈍感や傲慢《ごうまん》にさえ通じるところがある。」(p60)など、まさに新聞そのものではないか。 「最近は場あたり的な灯を売る人が増えてきた」(p117)もまた同じ。
学校の教師について、「自分は生徒たちとまったく同等の立場で生きている」というまやかしを論破しているが(p190)、生徒と対等であるべきだという論調を振りかざす人は、これを読んでどう思うのだろうか。 時間をかけて、いくつもの面から問題をとらえ、遠くにある灯にたどり着こうとする姿勢を持たなくてはならない人ほど短絡的なのは困ったものだ。
・「まさに「こころ」の処方箋!」
まさにこの本は、「こころ」に関する処方箋と言える。 人は生きていく上で、様々なこころに関する葛藤やジレンマなどを経験する。この本はそんな問題にぶち当たったときに、「実はこういうもの!」だと、全55項で述べているものである。 この本の凄いのは、各項の副題のタイトル付けがかなり上手いこと、全ての項が4ページという短いページ数に纏められていること、主張がはっきりしていることにある。また、この本はどこからでも読めるように工夫されているので、困ったときにすぐ使うことが出来る。更には、内容が目からウロコとも言えるものが多いので、きっとこの本を読んだら今までの考え方が大きく変わると思う。 河合さんが本を多くの人に広めるための法則を知っていたかは不明だが、この本はその法則に合った良著といえる。
私はこの本を、河合さんが2007年7月に亡くなったことを受けて買ったものであるが、これは数多くある河合さんの著作の中でも、最高傑作といえるので、河合さんの本を買うなら、まずこの本をお奨めしたい。
・「人の心とは・・?」
数ある河合隼雄さんの著書の中でも 非常に読みやすくて心にスッとはいってくる1冊です。好きです。
55編からなるお話。 目次の中からいくつか:
「人の心などわかるはずがない」 「100%正しい忠告はまず役に立たない」 「心の中の自然破壊を防ごう」 「己を殺して他人を殺す」 「一番生じやすいのは180度の変化である」 「物が豊かになると子育てが難しくなる」 「心配も苦しみも楽しみのうち」 「すべての人が創造性を持っている」
目次読んでるだけでも目からウロコです! 日々人の心を相手にしている専門家だからこそ分かること・・。 「人の心などわかるはずがない」と言い切れるところがすばらしい。 分かったつもりになりたくなるのはやまやまだけど・・ 人の心とは、もっと複雑でややこしいもの・・ それでいてシンプルで美しいもの(:矛盾!) ただ、「分かったつもり」になるのが、一番危険なんだろうな。
内容がたとえ「あたりまえのこと」であっても、 そういうことを声を大にしてはっきり言い切れるってのが大事。 それでまた改めて納得させてもらえるところがイイ。
日常、「ちょっと変だなぁ?」とか引っかかってることなどがあったら、 この本読むと、どこかにその理由を導くヒントが隠されてるかもしれません。
・「人生の大先輩からのメッセージ」
初めて河合さんの本を読みました。とても心がやわらかくなりました。短編で読みやすく、難しくない内容でした。いつでも かばんに忍ばせておいて、そっと開きたい一冊です。まさに、題名のとおりの本でした。まだまだ若輩者で河合さんの境地には至るには長い道のりがありますが、人生をこうやって穏やかに歩んでいる先輩の存在を知ることは、心強くもあります。希望がない世の中の様に感じられていますが、希望はある、人も心も向き合い方次第で変わっていくと感じさせてくれるそんな作品でした。自分や人と向き合いたい人にはお勧めの本です。
・「河合隼雄さんの傑作随筆集」
先日お亡くなりになられたユング心理学者の河合隼雄さんの随筆集です。 巻末の解説代わりに詩人谷川俊太郎さんが 『三つの言葉』と題した河合隼雄さんについての文を書かれています。 タイトルの三つの言葉とは河合隼雄さんのよく口にされていた言葉で
『分かりませんなあ』
『難しいですなあ』
『感激しました』
だそうです。 この3つの言葉はとても上手く河合さんを表現されているなあと、感じます。 さすが、詩人、谷川俊太郎といった感じです。 ありがちな事として、心理学者の物言いや著書では人の心の深層心理について 心理学者からすれば分かり切った事、というような感じを往々にして受けるものですが、 河合さんはそんな断定的な物言いは一切なさらず、 人の心とはどれだけ研究しても『分かりませんなあ』『難しいですなあ』と言えるもの そういったスタンスで接し続けなければ見誤ってしまうものというような態度で 生涯過ごされたと思います。
ひと頃は、日本のユング派の心理学者の中でも大変に『分かりやすい』『簡単』な ユングの原型の理論を用いた夢分析などを執筆されていた方もいました。 (アニマ・アニムス・トリックスター・影などの原型=アーキタイプを安易に一般化させて 『夢占い』的な本まで出版されていました。) 河合さんはそんな学者とは一線を画しています。 『分からない・難しい』のが人の心であって それを痛感しているからこそ、『感激』し続けていられたのではないでしょうか。 この『こころの処方箋』は雑誌で連載されていた心にまつわる随筆がまとめられたものです。 一話4ページという短い文章ですが、河合さん独特の分かり易く味わいのある文章で、 読後に色々な事が頭に浮かんでくるような刺激的なものばかりです。 因みにこの『こころの処方箋』は雑誌に連載された随筆だったと書きましたが、 その記念すべき第一話目のタイトルが
『人の心などわかるはずがない』
です。 これも河合さんらしいです。
・「非児童推奨作品」
あぁぁ「大谷崎」しかるべき。でもオトナになってからで良かった、子供の内に読んでたら悪影響(笑)受けてたと思う。クライマックス前のシーンはまともに文章読めませんでしたぁぁ。こんな所で細かい描写すんなぁぁぁ。
解説より。この作品に対して「人物が描けていない」だの「生への問いかけがない」だのという批評がなされたって、現代の作品ではほとんどが「できてない」って事になっちゃうんじゃないすか? つか、第四者というか完全なる他人の視点で物語を描いている作品に対して「人物が描けてない」つーのも的はずれな批評に感じる。「鵙屋春琴伝」という(架空の)冊子を元にした調査報告を加えた作者のレポート(抄)という形になっている事で感情が抑えられている分、クライマックスまでの流れがより以上に感情に訴えているように感じる。いや、全体的に淡々と「書かれて」いるので、数少ない主役二人の会話が際だって瑞々しく感じられるので、その会話という窓を通じて覗く事ができる二人の人間性を見れば「人間が描かれてない」という批評はちょと違うんじゃないかなぁと思う訳で。
「文庫背表紙にあらすじが全部書いてある」系だけど、中味を読む前と読んだ後では感想が違うよなぁ。文学作品の醍醐味は最近流行の「あらすじ抜粋本」ではゼッタイ味わえない、断言できる。
・「むしろ☆6つ」
盲目の美女・春琴に仕える佐助は春琴の美貌が熱湯により傷つけられるやいなや、その美を永遠に心に留めたいがために自らの眼を針で貫く。「白眼のところはかたくて針が入らない」「黒眼は柔らかい二度三度突くと巧い具合にずぶと二分ほど這入った・・・」この部分の描写の驚くほどのリアリティと美しさは筆舌に尽くしがたい。おそらく世界に恥じない日本文学の代表的なもの。またこの作品には読点が全くないが、読みにくいことはなく、むしろ小説全体を通しての際だった美しさを引き立てている。日本語の可能性を大きく広げる(再認識させる)などあらゆる意味でこの小説はまさに奇跡的とも言える。
・「春琴抄」
盲目の美女・春琴に仕える佐助は春琴の美貌が熱湯により傷つけられるやいなや、その美を永遠に心に留めたいがために自らの眼を針で貫く。「白眼のところはかたくて針が入らない」「黒眼は柔らかい二度三度突くと巧い具合にずぶと二分ほど這入った・・・」この部分の描写の驚くほどのリアリティと美しさは筆舌に尽くしがたい。おそらく世界に恥じない日本文学の代表的なもの。またこの作品には読点が全くないが、読みにくいことはなく、むしろ小説全体を通しての際だった美しさを引き立てている。日本語の可能性を大きく広げる(再認識させる)などあらゆる意味でこの小説はまさに奇跡的とも言える。なお本作と三島の「憂国」中上の「重力の都」は個人的に日本文学史の中で際だって輝く短編ベスト3。
・「「特殊人」二人による「普遍的恋愛」」
谷崎文学の精髄は、「どこにもない世界」を「どこかにある世界」と読者に感じさせるところにあるだろう。どれほど異常な人物を描写しても、時代背景や細部の描写などが完璧なので現実感をもたせることができるのである(その意味で、三島由紀夫とは対照的である)。本書は、今までにない擬古的文体(多分谷崎流ではあるが)を用いて江戸後期の大阪の町人文化のなかで繰り広げられるドラマが描写されている。独立した「女性芸術家」である春琴と商家の奉公人から「検校」にまで出世する佐助は男尊女卑の身分社会である当時からすれば特殊人であるとさえいえるだろうが、谷崎の独自の文体によってタイムワープ(こういう俗な語は使いたくないが)させられた我々読者はそういう「特殊人による特殊な恋愛」も「リアリズム」として受け止めることができるだろう。文学作品における「文体」の重要さを実感させてくれる作品であり、後年の「源氏物語的文体」を用いた「細雪」にもつながるものである。
・「感動の名作」
感動の名作です。涙を抑えるのがやっとでした(抑えなくても良かったのかも知れませんが)。 概要は美しい盲人の琴の師匠春琴と、その弟子佐助の純粋な恋の物語という感じでしょうか。前半部の佐助と春琴との関係は、どこか二人に差があり、いざこざが多く、微笑ましいです。このあたりの、春琴の性格とその振る舞いの描写は細部までにわたっており、リアルです。 その後春琴は何者かに顔を傷つけられるのですが、佐助は自分自身の美しかった春琴の姿を永遠に失わないために、自ら盲目の世界に入ります。そこでやっと二人の心は通じ合う、という筋です。そのときの佐助の喜びと、春琴の感激の様子には胸打たれます。 何度も何度も読み返したい、出来るだけ多くの人に読んでほしい、そう思います。 ただ、全体的に見ると手放しで褒める訳にも、ちょっといきません。解説に書いてあるように、まず最初から最後まで、作者の視点で見られていますので、登場人物の心理描写がほとんどありません。また、改行、段落わけ等がほとんど見られず、見開きびっしり文字で埋まっています。文学作品にあまり触れたことがない方にはすこし読みづらいかと思います。 以上の点以外を見れば、本当に良くできた作品です。ぜひ手にとって読んでみてください。
・「物理学者の書く脳科学論」
物理学者・サイエンスライターの竹内薫が書いて、親友の脳科学者・茂木健一郎が監修した一冊。
竹内は、いわば脳科学の門外漢ではあるが、サイエンスライターの肩書きに恥じないだけの取材をして、自分が勉強してきた道筋を本にまとめている。門外漢が書いた入門書(しかも現代日本で考えられる最高の監修者つき)だから、分かりにくいはずがない。しかも、こういう入門書はえてして、専門家の書く文章よりおもしろい。専門家はえてしてジャーゴンと業界のしがらみにおかされて、ときどき自分が誰に向って書いているのか分からなくなるのだ。門外漢はそういうしばりがない。結構すぱっとおもしろいことを言ってくれる。
脳は、世界を再構築して立ち上げる。従い、わたしたちが感じている世界は、(視覚にしても聴覚にしても、その他もろもろの感覚・クオリアにしても)脳が創ったフィクションでしかない。脳はいろいろなものを「創りあげる」器官である。というまとめは、刺激的である。
<小説家や映画監督やゲーム・クリエイターになりたい人が多いのはなぜでしょう。音楽界や歌舞伎や映画といった創作物を鑑賞すると楽しいのはなぜでしょう?それは、もともと人間の脳は「創る」ようにできているからです。それが脳本来の仕事なのです。>
こういう考え方がどれくらい正統派の脳科学者に受け入れられているのかどうかは分からないけど、一般人には非常に受け入れやすいと思う。
つまらない会議、朝礼、式典で、ぼくたちはいつも眠くなる。それは、脳が「こんなものに参加していると脳がだめになる」という素直なサインを発信しているのだ、という文をどこかで読んで感心したことがある。その考え方と、脳は「創る」ためのものだ、というのは非常に親和性がある。
つまらない会議では無理せず別のことを考えていた方がいいのね、多分。脳に正直に。
・「読み物として」
脳に関する本を読んだのはこの本が初めてです。 竹内薫さんの本は以前一冊読んだことがあり(99,9%は仮説)、わかりやすく面白かったので、この本も、と思って手に取りました。案の定、理解しやすかったので満足しています。 内容は本当に初心者向けで、初めて触れる分野だったのでいい本に出会えたと思っています。最初に基本的な脳の構造(視覚が中心)を説明されて、最先端の脳内現象「クオリア」の概要に入ります。「クオリア」の部分には茂木先生が執筆を担当なさっていますが、本当にさわる程度だったので、初心者でしたが安心して読むことが出来ました。竹内さんが執筆している所も、分かりにくい所でも、身近な現象に置き換えて説明してくれるので、無理なく読めます。 ただ、本の分量の割に、内容が薄く、少し中途半端な感もしました。確かに身近な現象に置き換えてくれるのはありがたいのですが、竹内さん(氏はミステリー作家でもあるらしい)の短編小説など、少々余計なところも多いです。 割とたくさんの脳に関する本を読んだ方には向かないでしょう。
・「簡潔明快。」
新しい情報はあるものの、全体としては有名な話の連続。それでもペンローズの「量子脳」の話とか、簡潔に纏められていて良い。脳入門書+読み物としては、中の上か。
・「目線を低くして解説した本」
「脳のからくり」って題名からして専門書的な感じを受けますが、読んでみると目線を一般人と同じ高さにしたレベルで書かれています。勿論専門的な言葉も多く出てきますが、一つ一つが分かりやすく説明されていて、読んでいて堅くなることはありませんでした。こういったところは著者の筆力が優れているからでしょう。
また脳の構造ばかりではなく、後半は意識についての仕組みを独特な解釈を入れながら述べてあり、その内容に驚かされました。脳がとても複雑で細かい物質同士のネットワークになっていることなど興味が注がれます。
まだまだ脳については分からないことだらけのようですが、この本で少しは知識を得たように思います。文庫本なので気楽に読むことが出来ますよ。
・「専門書にはない面白さがある」
サイエンスライターと称する竹内薫が送る脳の不思議な魅力。
脳というとどうしても専門知識や難しい概念などが登場して、素人には手が出せないような印象がある。
本書では小難しい用語などは使わずに、懇切丁寧に例を挙げての脳の仕組みを一生懸命に紹介しているのに好感が持てる。
本当に正しい知識なのかは、各読者による更なる見地が必要だろうか。
入門書として、読み物として一冊いかがだろうか。
・「すてきな人」
お能やキモノにはまり白州正子さんを知りました。それよりも先にご主人の次郎さんの本を読んでいたのですが、二人は本当に素敵なカップルですね。著者の物の見方は本当に鋭くて、彼女の本は何度読み返してもためになります。戦争を経験したり、なんどか大病を経験したりと波乱万丈のように書いてありますが、あの時代の留学、その後もいろんな国に旅をしたり、恵まれた人間関係、子供がいながらも世話をしてくれる人がいて、悩みながらも好きなように人生を歩んだ人ですよね。 日本に階級制度があった時代、あの時代の小説などでは、一般庶民の生活では、女は耐え忍んで生きてきたなどの話が多くて読んでいてこちらが辛くなる物が多いですけど、いい旦那さんを見つけたなぁと言うのが同じ女として一番羨ましい事です。ご主人の写真はいろんな本で見ることができます。外見も内面もいい男、ananのいい男特集なんてどうでもよくなります。戦前が今よりいい時代だったかはわかりませんが、その頃の男も女も芯のとおったいい顔した人は多いと思います。最後に貴族と庶民の生活レベルの格差というよりも、情報の格差がこんなにも大きい時代の二人の視野の広さと、何も知らずにお国のためにと戦争を経験した一般の人々に同じ日本人として畏敬の念を持ちました。
・「文体(文調?)が魅力的」
時代のこととか、上流階級のこととか、交流関係とか、あまりにも自分の現実と離れてる、でもそんなことはどうでもよいんです。文調っていうか、口調っていうか、それがすごく良い。読むBGMってとこですかね。役に立つとか、感動するとかでなく、アクション映画とかを観る感覚で、気分転換に読むのに良い本でした。
・「強烈です」
著者は白洲次郎の奥さん。本書では彼女の生い立ちから54歳までの自伝的随筆といったところ。しっかし、初っ端から圧倒されます。二人の祖父についてのことから書き始められるが、この薩摩隼人のお二方は実に強烈。この遺伝子を受け継いで、白洲正子さんも強烈な人となったんだろうな。さて、本書は、文章が鋭い。辛口。毒舌?でも、歯切れのいい文章はよんでいて清清しい。自分はイングリッシュ・ジェントルマンが一番よかった。
・「本物の持つ匂い」
巷でブームの白洲正子の世界をちょっとかいまみてみよう、と軽い気持ちでこの本を手にとった。読み進めるにつれ、どんどん引き込まれていったのは著者の筆致か、その真摯な人間性ゆえか? 骨董、能をはじめ華麗な美の世界に遊ぶ筆者は、その冷徹な目で日本文化の本質に迫り、またその将来をも危惧する。
小林秀雄、青山二郎といった戦後の文化人たちとの交友もまた楽しく読め、韋駄天お正の異名をとった筆者の、まさに駆け抜けるような人生記である。
・「価値判断の仕方を考えさせられました」
文体と、著者の感性がとても魅力的。文体は細やかで丁寧な反面、著者自身は破天荒な性格だったようでそのギャップが小気味な印象を受けた。また、うんちくどうこうよりも、自分の経験などを基にした独自の視点でものを見る大切さも感じた。ただ「美しい」だけではものの価値を判断したことにはならない、そのもののどういう背景・どういう色が自分の何にとってどう感じられたか。そういった点をきちんと意識して、うんちくにだまされず価値を判断しなくては、と気付かされた一冊です。
・「「病」という贈り物」
この本の中では、これまでとは違った闘病記が書かれていた。これは若くしてガンで亡くなった著者自身の話である。そこには確かに「苦しみ」も描かれているのではあるが、それに話が傾くことはなく、著者は闘病生活中に新たな生きがいを見つけ、「生かされている」自分を発見する。
「生」「病」「死」が交錯している不安定な世界の中で、これほど肯定的に闘病生活を送ることができるのかと感嘆を覚えるほど、著者の精神には揺るぎないものがあったと思う。秀逸な点として、「お涙頂戴的」な話の展開ではなく、ユーモアを交えた前向きで爽快な文章により、よい効果を生んでいる点である。
「病」というテーマ一つとってみても、様々な考え方が可能であり、可能性もそれだけ検討することができる。人は自分より惨めな境遇の者を見て安心するという悪癖を持つが、決して「病」をそのような歪んだ観点から見てはいけないのだということを、私は今回、この作品から教わった。また、私たちは誰かが亡くなるとき、残される側の気持ちは理解できても、残す側の気持ちまでは理解できない。この本はそういう観点から見ても非常に稀で、新たな試みということができる。
この作品につけられた『ガンに生かされて』というタイトル。「病」という概念にまつわる否定的な考え方を取り除き、私たちに新たな側面を見せてくれたという点で、その存在意義は非常に大きく、価値のあるものであることは否めないだろう。
・「長調で書かれたレクイエム」
「天国で君と逢えたら」という映画を観たことで本書も読んでみた。
癌の末期に書かれた本だが そうとはとても思えないような 冷静でユーモアに満ちた文章に心を打たれた。自分が浮気をして奥さんに苦労をかけたというような話を末期患者が語る姿には驚いた。しかも 幾分いたずらっぽく。
飯島さんは 癌宣告を受けて以来 この本を書くまでに相当の期間があった。その間に 鬱病やパニック症候群という ある意味では癌とは別の心の病気に苦しみ かつ それを克服した後で 本書を書いている。
読んでいると 「世界的ウィンドサーファーであった飯島さん」だけではなく「小さい頃から 心の病に苦しんできた飯島さん」が透けて見えてくる。ウィンドサーフィンのワールドカップ常連選手だからといって そのまま元気で爽やかなスポーツ選手というだけではない、繊細で複雑な人間がそこには見えてくる。
癌に罹る前から 飯島さんは自分の心と戦い おそらくウィンドサーフィンによって それを克服してきたという「歴史」があったのだと思う。 そんな飯島さんにとって癌とは既に二回目の闘いであったのではないか。
残念ながら 最終的には この二回目の闘いには「物理的には」勝てなかったわけだが「精神的には」勝った。癌を原因とした心の病は 癌以上に苦しい病気だったのではないかと思う。但し それには打ち勝った。それは 一回目の闘いがあったからこそ達成できた勝利だったのではないだろうか。
そんな「勝利感」が この本の底を流れる どこか楽天で肯定的な雰囲気を齎したのだと思う。 この本は レクイエムなのかもしれない。但し 短調ではなく長調で描かれている。それが最大の魅力なのではないか。飯島さんが最後に獲得した「稀に見る心の強さ」には 人間が獲得出来る「最善の何か」を教えられる思いを受けた。
飯島さんがこちらにウィンクしながら 颯爽と天国へ旅立った姿を見た気がした。
・「生きること、生かされること」
私はまだ「天国で君に逢えたら」を読んでいません。是非「天国で君に逢えたら」も読みたいと思います。さて、本書に関してですが、筆者の夏樹さん以上に妻の寛子さんや子供達の強さにビックリしました。私も高校3年の時に父親を肺癌で亡くしましたが、その時に感じたことは、「私が思っているよりも死んでゆく本人は死ぬことに悲しみを感じていないのではないか?」ということ。「人の死が悲しいのは、残された者が感じる感情であり、残された者の不安が悲しみと一緒に込上げて来るのではないか?」ということでした。この飯島家のように本人が病気に対して前向きで、家族全員が死に対して前向きであれば、死んでいくものは何も怖くは無く、見取るものも後悔が無く素直に見取れるのではないか?なんとなくそんなことを感じました。生と死という重たいテーマをリズミカルに読みやすく綴った闘病日記でした。
・「病気に生かされるなんて ^^」
「ガンに生かされて 」とは、逆説的なものいいである。 癌は、なかなか治るのは難しい。 いまでこそ、医学の力でだんだんと5年生存率も延びてはいるが、早期発見がその生還率を高めるという状況は変わらない。
そんな人が、亡くなる瞬間まで綴った本。 それだけでもすごいのに、 彼は「ガンに生かされた」ことに本当に感謝している。
人は死ぬのはこわい。 多分わたしも じたばたじたばた・・いろいろな人に迷惑をかけながら、七転八倒するだろう。
けど本当に自分を見つめることができたときに 彼のように感謝のこころが生まれるのだろう。
自分にもそのときがきたら そんなことができるのだろうか。 ^^ 一般に日本では宗教の話はタブーのように 扱われているが、かれは、クリスチャン。 だんだん死に近づいてくる、本の広範になってくると、かみさまとの対話が多くなってくる。 わたしもそのときがきたら、天国で神さまと会いたい。と・・思う。 した人は、
・「戦後文学最高傑作。」
自分がこれまで読んだ本の中でもっともおもしろかったと言って過言がないほど圧倒的な迫力、緻密な知識、構成が絶妙なバランスをもって重畳的に織り込まれている作品。
サスペンスとしても楽しめるし、現代社会に対してありもしない希望と自由の幻想の上で成り立っているものと批判する寓意的小説として読んでも優れていると思う。砂に囲まれた家での思い通りにならない生活と望めば何でも手に入るように見える現代社会・・・優劣はどちらだ・・と・・
砂が絡み付いてくるようで、読んでる途中に何度もシャワーを浴びたくなる描写にも嫌悪感を感じながらも引き込まれていきます。読んで損は全くなし。
・「比喩の天才」
安部公房は私が今まで読んだ作者の中でも最もレベルの高い比喩の使い手だと思う。砂に侵食されている家に住む女に対する描写は鋭すぎて同じ女として胸が痛むのだがいい得て妙の感がある。また、学生時代にわからなかった比喩が社会人にになって人並みに辛酸を舐めた今日になってやっと理解できるようになった。私のような頭の足りない人間が表現しきれない感覚を、その独自の鋭い比喩が上手く表現して私を救ってくれるのである。
・「不条理な状況に連れ去られた後、それを受け入れる条件まで描かれている点が素晴らしい」
「砂の女」を含む安部公房氏の作品群の中で良く取り上げられる状況設定が、言うまでもなく「不条理」である。今の今まで「常識」、「当たり前」と思っていた「生活していく上での前提条件」が、ある些細な出来事から崩壊し、自分が主体的に生活をコントロールしていた筈が、逆に生活から従属的にコントロールされる側に転落し、その状況を主人公(人間)がどう受け入れ、克服していくか、、、今までの生活の「何気なさ」、違和感無く口を広げている「不条理」への入り口、誰にでも起こりえると感じさせる「不気味さ」、この点が他の作家の作品にはない、氏の作品独特の醍醐味であると感じている。さて「砂の女」であるが、本作は「不条理な出来事」が切っ掛けで、「今までの価値観ではあり得ない状態」に追い込まれる処までは他の安部作品と同様のテーマ、展開であるが、そこから主人公がその状況を受け入れ、「今までの価値観の上に構築された生活」を捨て、「不条理な条件の上に成り立っている現状と共に生きていくために必要な条件」が記載されている点が他の作品と比べて知的に抜きん出ていると思う。力で強制されたただけでは、人間は慣れ親しんだ価値観を捨てることはできないこと、一度は脱出の「希望」を持ち、それが失敗することで「絶望」を経験し、それでも脱出の希望を伺いつつ生活していくのであるが、彼の地で「生甲斐」を発見したとき、主人公が「その生活と共に生きていく決意」を固める、、、見方を変えると人間の価値観を丸ごと取り替えるために必要十分な状況設定が記載されていると読むこともでき、その点で、恐ろしい小説であるとも言える。世界二十数カ国語に翻訳された云々の謳い文句を気にする必要はありませんが、その事実は文化的背景に関係なく普遍的に万民を考えさせる内容を本作品が備えていることを示していると思います。未読の方は是非、お試しになることをお勧め致します。
・「普遍的な作品」
この作品は、安部公房の中で、唯一「普遍的な高み」に達していると思います。というのは、その他の作品の、他人の顔、壁、箱男、密会、方舟さくら丸、そしてカンガルーノートといった作品は、どれも極端な「特殊」の部類に入っているからです。ですから、安部公房の作品を何か読みたい、と思っている方は、是非この作品を読んでみることをおすすめします。文学的な含みがたくさんあり、無限の広がりを見せる作品だからです。多くの比喩にも着目してみて下さい。安部公房の「実験」が、文学的に最高の高みに達したのが、「砂の女」といえるでしょう。(なお、この作品を読んで、安部公房の他の作品にも触れてみるのもよいでしょう。ただし、着想やイメージが極端に特殊化しているので、多少「砂の女」とは温度差を感じるかもしれません。しかし、そんな安部公房の世界を探険してみるのもよいと思いますよ。)
・「渇望」
「孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのことなのである」(本文より)
「1/8mmの砂の流動」というフレーズが、奇妙に耳に残る。 いまだかつて砂をそんな風にとらえたことはなかったし、とらえた作品もなかったのではないかと思う。 砂漠だというのに砂は乾かず、人間を飲み、人間の生活を、人生を飲んでいく。
緊張するとき、嘘をつく時、水分が足りない時に、人間は口の中が乾くというが、この文学は読むだけで口が渇いてくる。たぶん、全部の理由が当てはまるからだろう。乾くのは、砂漠や砂ではなく人の心、渇望とは実によくできた日本語だと思う。
・「暗い、暗い海」
暗くてどんよりとした海。流れてはひいて、ただ同じ営みを永遠に繰り返すような、その捕らえどころのない海・・・。捕らえどころのない日本人の罪の意識。確固とした神を持たないことで、はっきりと姿を現すことのない罪のかたち、その不気味さ。作者はそれをこの小説にて絶妙に描き出している。特に戸田の子供時代の独白には、本当にこずるい子供になら誰にでも起こりえるような無意識の演出・・・自分をよく見せよう、自分の人生をレールからはずれないようにしよう、他人からより多くの賞賛を得よう、として行う演技、ほんの少しの罪・・・が克明に描かれている。世間にそれらが露呈しない限り、戸田の罪は裁かれることがない。そして彼は何の障害もなく、「先生」と呼ばれあがめられる医者の職を得て、何食わぬ顔をして生活している。彼の罪は、寄せては返す漆黒の海に、ただ、呑まれてたゆたうのだ。
きっとそんな罪の埋没は、私のすぐ身近なところにも存在している。そして勿論、私の中にも・・・。それは、不気味なことであると同時に、とても興味深い。罪を埋没して、人を普通に生かす「黒い海」が、きっと私の心の中には確かに存在しているのだ。自分の精神の原点に立ち返り、今一度自分を見つめてみたとき、そこに知らない、底知れぬ黒い穴を見つけてしまったような、すっと背筋が冷たくなる不気味さがある。見知らぬ自分が、そこには居る。自分について、日本人について、深く考えざるを得ない、とても興味深い一冊。
・「読み応え充分!!」
数多く本を読んできましたが、深く印象に残る作品にはなかなかめぐり合えないもの。この「海と毒薬は」そんな数少ない本の一冊です。しかし読んだ後「良かった」という類の印象ではなく、とにかく考え込んでしまう。主人公「勝呂医師」の稀有な経験、その後の彼。もし自分も勝呂医師と同じ立場にいたら、やはり白人捕虜の生体実験に参加しただろうか?
初めて読んでから数年経ちますが、今だふとこの作品について考える事は多いです。そして「今まで読んだ本で良かったのは?」と聞かれると、真っ先にこれを挙げますね。割と薄めの本ですが、それでも得られるものはとても多いと思います。
・「良心の模索」
世界大戦下、戸田と勝呂という二人の医学生の、アメリカ人捕虜の人体実験という倫理的・人道的背反に対する対照的な態度を軸に医学に携わる者の良心のあり方を問う秀作。実話をもとにして人間の内面的葛藤を掘り下げていて、単なるスキャンダルの暴露ではなく、もともと存在していた医局の派閥争いに倫理的問題と登場人物の生育歴を絡めて複雑な心理描写がリアリティーを持って表現されている。戸田と勝呂は性格的には対照となるように書かれてはいるが、両者とも医者として、および人間としての良心の所在を模索しているという点で共通している。この作品に限らず、人間の弱さと苦悩に光を当て、心の深層を追求している著者のテーマの一貫性に惹きつけられているのは私だけではないと思う。短編ではあるが、深く重い1冊である。
・「良心とは?神とは?医療倫理とは?」
戦争の末期、大学病院でおこったという白人捕虜の生体解剖事件を題材とし、良心とは?神とは?を問いかける。著者の初期長編であり、その後の著作に繋がるいくつかの題材が含まれている作品である。
事件の当時研究生だった主人公。彼は助からない患者をそれでもなんとかしようと努力を続ける医師でもあったが、死に行くものをどうすることもできない虚しさも感じている。その周囲では教室間の競争で手術をさせられ、その失敗も隠される患者がある。そんな中で捕虜の解剖が「戦場での手術の基礎データ」のため、と計画される。 描かれた大学病院の教室間での競争は、どこか「白い巨塔」に通ずるものがある。しかし、事件に参加した医師自身は、逆らえない上司の命令に従ったというのとは少し違う思いを持っている。主人公は「断れば断れたのだ」がもうどうでもいい、と承諾してしまう。もう一人の研究生は、自分には良心がないのでは、と思い続けている。 戦時中という異常な状況のせいなのか、人間の持つなにかがそうさせてしまうのか。病院から臨める海が題名にも取り上げられているが、深く暗い題材がその海にうねりただよっているようである。「成果という大義名分」や「医の倫理」といった医療にも深く関係した問題提起を含むので、医学系の職業に携わる、あるいは携わろうとする人には、是非一度読んでもらいたい本である。ちなみに著者は、自身が結核で何度も手術を受けるなど、患者としての経験の中から医療問題にも積極的に意見を述べている作家であったことも記しておきたい。
提起された問題があまりも深く暗いこと、複数の関係者の視点から描いた手記風の体裁をとっているので一つの中心が見えにくいことなどから、小説としては一つの結論にむかって凝縮していくことはなく、まとまりきっていないような感が残るかもしれない。 著者自身もこの題材をもう少しなんとかしたかったのではないだろうか、この作品のおよそ20年余り後に書かれた「悲しい歌」では、この作品の主人公の医師が再び登場する。著者も年齢を重ね、人生の体験をさらに踏まえて書かれた「悲しい歌」も、合わせて読むとよいと思う。
・「黒い海に押し流される破片」
勝呂は米軍捕虜の生体実験に参加する。なにか大きな抗えぬ力に押し流されるように。
こうしたことは誰の人生でも幾度かは経験することではないでしょうか。友人や、会社がこうした「力」になることは間々あります。そのとき、わたしたちは抗うことができるんでしょうか。
好きな作家である遠藤周作作品の中でも好きな一冊です。
・「何度も読み返したくなる一冊」
高校時代この本に出会い、こんなに涙を流し、心が揺さぶられたのは初めての経験でした。宗教的なものに関心がない方をも、この本は引き込む力があると思います。本当の愛とはどういうものなのか、生きるとはどういうことなのか、深く考えさせられる一冊です。自分の命を犠牲にしてまでも、多くの乗客の命を救った主人公の真実の愛に触れ、私の生き方は変わったと言っても過言ではありません。三浦綾子作品を読まれた事がない方、是非この本からスタートしてみてはいかがでしょうか。
・「一生抱え持っていきたい」
人として大事なことがこの本にはあります。私はどれだけ前評判で「この本は泣ける」などと書かれている本を読んでも、涙の出ない性分なんですが、この本には思わず目尻が熱くなりました。
勘違いをしないでもらいたいのですが(する人もいないと思いますが)、これはキリスト教を物語の支柱の1本として置いています。しかし、決してキリスト教の勧めのような、偏った宗教色の強い作品ではないので。あらすじなどを見て、もし万が一そう勘違いして本書に手を出すのを控えていた人がいれば、読んでもらいたいです。
人間としてあるべき道を示唆してくれ、荒んだ心に静謐で慈愛に満ちた光を与えてくれる本書は、一生手放したくない、私にとってはかけがえのない名作です。
・「愛の意味を取りもどそう。」
夏休みに何かずっしりとしたものを読みたくて、手に取ったがこれほどまでに頭の中からぬぐいされないものを残していった本は久々だ。愛という意味は好きの延長線上にあるような、本来の深い意味を忘れかけていた私にとって、信夫の愛がどれほど偉大であったか、今でも感動で震えてくるぐらいだ。
もしあの列車にふじ子が乗っていたら、信夫でなくても多くの人が愛する人のために身を投げるかもしれない。しかし彼は愛するふじ子が待っているかがやかしい未来を捨て、多くの人命を救うために自らの命を差し出した。信夫は私たちが軽々しく口にしている愛以上の、それを飛び越えた人間愛を持ちえる人なのだ。
もちろんそれが彼の人間性の基盤となり、ふじ子との愛をすくすく育てていったのは言うまでもない。でも信夫は生まれながらの聖人ではなかったところに、私はもっと心打たれる。人を下げすんだり、欲望に征服されそうになったこともある信夫だったからこそ、読んだ私たちには彼の生き様が頭から離れないのだ。
彼が鉄道員として働いていたときの仕事場の人間関係は、今働いている私にとって、何よりもの教訓となった。言葉ではなく、行動によって示し、周囲の人々に多大な影響を与えていく姿に、日ごろ会社の不満ばかりもらしていた私には、恥ずかしい気持ちになった。そしてあとがきでこの作品の題材となった人物が実際にいたことに、ますます驚いてしまった。あなたが人に「愛している」というときに、その愛は何なのか、もう一度か考えてみてほしい。
・「三浦さん、ありがとう。」
もっと早く、この本と出会っていたかった。胸が、ぎゅーーーって、なりました。信夫さんの愛に感動したのと同時に、自分自身の罪深さに気付かされて、ぎゅーって、なりました。生きて行くことはとても難しいです。私は信夫さんのようにはなれないかもしれない。でも、時間をかけて、信夫さんの心に、近付いた心になりたい、と思いました。
生きて行く目標ができました。三浦さん、ありがとうございます。本当にうれしいです。
・「息子に学校で読ませたい本」
泣けましたね,最後は。分かっていても,涙をこらえることに意味がないと思った。信仰の力がこれほど強いのかとあらためて痛感した。かといって宗教的色彩の強い本という感じはなく「人はいかに生きるべきか」というテーマの基に書かれているので,無宗教の私でも抵抗感はなかった。小説的にはストーリーも結末も驚くような展開はないけど,この「小説のような」人生のモデルが実在していたということに感動を憶え一気に読み終えた。主人公の幼少時