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▼ジャンル不問 面白い(と私は思う)本7:セレクト商品

ハバナ奇譚ハバナ奇譚 (詳細)
ダイナ チャヴィアノ(著), 白川 貴子(翻訳)

「今ここにいる奇跡」「愛憎。」「祖先の万感の思いが時を超えて子孫へと受け継がれて行く感動の幻想譚です。」


偏愛文学館 (講談社文庫 く 5-5)偏愛文学館 (講談社文庫 く 5-5) (詳細)
倉橋 由美子(著)


巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5)巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (詳細)
ミハイル・A・ブルガーコフ(著), 水野 忠夫(翻訳)

「細部も面白い本」「原稿は燃えない!」「ニッポン語を母語とするシアワセ」「恐れ入りますが・・・」


宿屋めぐり宿屋めぐり (詳細)
町田 康(著)

「文学の勝利」「「告白」が好きな人は読むべし!」「〈寓話〉としての「宿屋めぐり」――〈自分〉探しの旅」


ザ・ロードザ・ロード (詳細)
コーマック・マッカーシー(著), 黒原敏行(翻訳)

「父親の無償の愛、息子の成長。人として生きる旅」「ベスト1の衝撃」「悲しく希望と死に溢れた美しい物語」「スピード感がたまりません。」「人間であることとはどういうことか」


氷 (詳細)
アンナ・カヴァン(著), 山田和子(翻訳)

「少女を守りながら残されたいくばくかの生を引き伸ばす男の姿が胸を打ちます。」「内容はともかく」


チャパーエフと空虚チャパーエフと空虚 (詳細)
ヴィクトル・ペレーヴィン(著), 三浦 岳(翻訳)

「ロシアの底力」「怪作」


幻戯 (ふしぎ文学館)幻戯 (ふしぎ文学館) (詳細)
中井 英夫(著)


雨月物語,春雨物語―現代語訳 (河出文庫 古 1-14)雨月物語,春雨物語―現代語訳 (河出文庫 古 1-14) (詳細)
上田 秋成(著), 円地 文子(翻訳)

「怪談と太宰治」


アクロイドを殺したのはだれかアクロイドを殺したのはだれか (詳細)
ピエール バイヤール(著), Pierre Bayard(原著), 大浦 康介(翻訳)

「楽しい評論」「ミステリーの味わい方」「知的好奇心を満たす一冊」「「真犯人」は他にいる!!」


限りなき夏 (未来の文学)限りなき夏 (未来の文学) (詳細)
クリストファー・プリースト(著), 古沢 嘉通(翻訳)

「抒情的で繊細なロマンチシズムの世界を深く味わってください。」「再構成できない」


DRAGONBUSTER 1 (1) (電撃文庫 あ 8-13 龍盤七朝)DRAGONBUSTER 1 (1) (電撃文庫 あ 8-13 龍盤七朝) (詳細)
秋山 瑞人(著)

「高レベルラノベ」「秋山瑞人健在なり」「次巻の刊行を切望します」「いい感じだが」「続きはどうなる?それが気がかりなので星マイナス一つ」


ハードライフ (文学の冒険シリーズ)ハードライフ (文学の冒険シリーズ) (詳細)
フラン オブライエン(著), Flann O’Brien(原著), 大沢 正佳(翻訳)

「残念・・・。」


変愛小説集変愛小説集 (詳細)
岸本 佐知子(編集)

「非常にユニークで面白いアンソロジー」「風変わりで奇抜、変てこで奇想天外な短篇小説が並ぶアンソロジー」「変愛は純愛」「変な愛こそ本物かもね」「ハッピーエンドで終わらない複雑な思いの詰まった「変愛小説集」を讃えたいです。」


移民たち (ゼーバルト・コレクション)移民たち (ゼーバルト・コレクション) (詳細)
W・G・ゼーバルト(著), 鈴木 仁子(翻訳)

「『アウステルリッツ』と同様に美しい作品です!!」「移民たち、人々すべて」「道の景色」「不意を打って舞い戻るもの」


壁抜け男 (異色作家短篇集 17)壁抜け男 (異色作家短篇集 17) (詳細)
マルセル・エイメ(著), 中村 真一郎(翻訳)

「60年ものの熟成短編集」「ドリームズ・カム・トゥルーな、現代の童話集。」


エリアーデ幻想小説全集〈第2巻〉1959‐1971エリアーデ幻想小説全集〈第2巻〉1959‐1971 (詳細)
ミルチャ エリアーデ(著), Mircea Eliade(原著), 住谷 春也(翻訳), 直野 敦(翻訳)


独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫 SF ウ 6-8 新しい太陽の書 4)独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫 SF ウ 6-8 新しい太陽の書 4) (詳細)
ジーン・ウルフ(著), 岡部宏之(翻訳)

「5巻早く読みたい!」


冷たい肌冷たい肌 (詳細)
アルベール・サンチェス ピニョル(著), Albert S´anchez Pinol(原著), 田沢 耕(翻訳)

「面白いっ!」「衝撃と納得」「カタルーニャ現代文学の新境地」「カタルーニャが発信する良質のエンターテイメント。」


ディスコ探偵水曜日 上 (1)ディスコ探偵水曜日 上 (1) (詳細)
舞城 王太郎(著)

「すべてひっくるめて星五つ」「イロモノ→アンチ・ミステリィ→SF」


博物館の裏庭で (Shinchosha CREST BOOKS)博物館の裏庭で (Shinchosha CREST BOOKS) (詳細)
ケイト・アトキンソン(著), 小野寺 健(翻訳)

「訳が・・・」


スフィンクス・ステーキ―ミュノーナ短篇集スフィンクス・ステーキ―ミュノーナ短篇集 (詳細)
ミュノーナ(著), Mynona(原著), 鈴木 芳子(翻訳)

「時代にうもれたアバンキャルド文学」


アメリカの鱒釣り (新潮文庫)アメリカの鱒釣り (新潮文庫) (詳細)
リチャード ブローティガン(著), Richard Brautigan(原著), 藤本 和子(翻訳)

「注釈がおもしろい」「読む人えらぶわ。。。」「かつての前向きなアメリカの姿がここに」「奇怪な満足感を得られるアンソロジー」


ほとんど記憶のない女ほとんど記憶のない女 (詳細)
リディア デイヴィス(著), Lydia Davis(原著), 岸本 佐知子(翻訳)

「心地よい眩暈を与えてくれる超短篇集」「哲学的。」「宇宙から自分を見たい人にお勧め」


グールド魚類画帖グールド魚類画帖 (詳細)
リチャード・フラナガン(著), 渡辺 佐智江(翻訳)

「悪夢の迷宮で植民地世界の成り立ちを描く」「十二の魚」「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ」


▼クチコミ情報

ハバナ奇譚

・「今ここにいる奇跡
自由のないキューバを捨てアメリカに亡命した後も、祖国に対する愛と憎しみのはざまで苦しむ主人公に、不思議な老女が語るキューバの三つの起源。スペイン、中国、アフリカ出身の移民家族の年代記が交差し、血が、文化が混ざり合い、キューバの歴史を彩ってゆく。今ここにいる「私」は、数え切れない出会いが重なった奇跡の存在であり、すべての人、すべての場所、すべての時代とつながっていると感じさせてくれる物語。ラテンアメリカ文学ファン以外にも、ぜひ読んでいただきたい傑作。

・「愛憎。
 はじめから謎が多いのにぐいと引き込まれる。もつれ合い絡み合った糸が老女の語りによって一本の系譜となったとき、その宿命を思い知る。

 キューバという国を構成している三通りの民族の融合を語りたい。

 作者のその思いが、この本を書かせた。とりわけ中国系移民の影響を描きたかったのだと。 自国の移民の歴史もろくに知らないままなわたしだが、さらに隣国でも同じように新天地を求めて故郷をあとにしたひとたちがいるなどとは考えもしなかった。 しかも日本の侵攻によって、である。恥ずかしい限りだ。

 各章のタイトルにはボレロの曲名が充ててあり、シェイクスピア作品からのさりげない引用もあるそうなのだがそれを併せて楽しめるほどの知識を持ち合わせていないのがちょっと恨めしい。 もちろん何も知らずともその魔力に取り憑かれてしまうことは必至。作者の祖国への愛憎をも感じ取れるだろう。じぶんはこれほどまでに自国に何らかの感情を有しているかを考えてしまった。

・「祖先の万感の思いが時を超えて子孫へと受け継がれて行く感動の幻想譚です。
キューバ・ハバナに生まれてSF・ファンタジー作家として活躍され、1991年にアメリカへ亡命し以後ワールドワイドな女流作家に躍進されたチャヴィアノ女史が2006年に発表しフロリダ文学賞ゴールドメダルを受賞した話題の傑作幻想小説です。本書を楽しむ一番の読み所は、中国・スペイン・アフリカに生まれた三家族がさまざまな事情で故国を後にしてキューバへと導かれて行き、やがて運命的にそれぞれの道が結びついてゆく数奇な人生模様を辿る事でしょう。苦い思い出のある故郷キューバを捨ててアメリカのマイアミで記者として暮らすヒロインのセシリアは、仕事帰りに立ち寄ったバーで出会った不思議な老女アマリアが語る三とおりの家族の起源に耳を傾けます。やがて彼女は現在取材中のマイアミに出没する幽霊屋敷の謎が老女の話に深く関わりを持つ事に気づいていきます・・・・。本書のエピソードには奇妙な幽霊屋敷や悪戯好きな妖精達が現れますが、決して悪意を持った存在ではなく、時に人間の友達のように静かに温かく見守っていてくれます。スペインのある一族の女性だけに姿が見えるマルティニコという小人の妖精が愛嬌があり憎めない存在で、家系に加わった女性が能力を引き継いでゆくという設定が面白いです。尚、最後の方では独裁国家の警察権力が無力な民衆を乱暴にひっ捕えて行く所業を見て怯える妖精の姿が描かれていて、精霊より人間の暴力が恐ろしいという著者の辛辣でシニカルな考え方が窺い知れる印象深いシーンです。大河小説の登場人物のように激動の時代の中で懸命に努力して生きる人々や、昔から男運が悪く不幸せそうなセシリアには、どうか幸せを掴んで欲しいと応援する気持ちが込み上げて来ます。運命の波に翻弄されながらも愛と希望を失わずに生きて来た祖先の万感の思いが時を超えて子孫へと連綿と受け継がれて行く夢幻的な物語世界は、貴方の心を深い感動で満たしてくれるでしょう。

ハバナ奇譚 (詳細)

巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5)

・「細部も面白い本
  本文だけで600頁近い本だが、適当なところを開いて70頁ぐらい読むというのを繰り返している。細かいエピソードが面白いので、つい引き込まれてしまうのだ。ちょっとしかでない脇役端役でも、印象深いキャラクターが多い。あの謎めいたレストラン支配人アルチバリド=アルチバドリッチ、堅実で賢明なリムスキーなど、詩人リューヒンもその失望は理解できるし、疫病神アーヌンシカもなかなかなキャラだと思う。「ブルネットの女」すら、その後どうなったか知りたくなってしまう。小間使いのナターシャ、救われたフリーダはどうなったんだろう。有名キャラのなかではやはり黒猫ペゲモートが作者の傑作だと思う。むしろ「巨匠」と「マルガリータ」のキャラのほうがつかみにくい。 演劇に深く関ったブルガーコフのせいか、会話が非常に多い。内省的な地の文が少なく、殆ど会話で外にでてしまっている。なかでも傑作は、ピラトゥスと秘密警備隊帳の会話だろう。大祭司ですらその会話は魅力的で演劇的である。  20年以上つきあっている本の改訳だが、良くなったところがある。例えば冒頭は杏ジュースではなく杏ソーダがでてくるが、飲んだ後しゃっくりがでるという意味ではこのほうがよい。遺作のためストーリーが内部矛盾しているところもある。決定稿がなく、作者が書いた一応の完成原稿が2種類もあり、部分原稿もあわせると6種もあるという状態だから、1973年版と1990年版でかなり異同があり、それをどう処理するかは校訂の問題らしい。読者としては、必ずしも翻訳者の誤訳や勝手な省略とはみなせないところがつらい。私はロシア語が読めないが、日本語の小説としては、今のところはこの水野訳と中田訳が自然だと思う。 また、この本は古い集英社版より活字が大きくて、老眼がきている私にはありがたい。

・「原稿は燃えない!
 冒頭からのミステリータッチで読むものを飽きさせない。「お前は青年共産党員の女に首を切断されて死ぬ」なんて言われ、その直後にそのとおりになってしまう。ドキッ、キャッ! 各章の小話がとても面白く、キリスト兄ちゃんの時代から、革命直後のロシア社会を行きつ戻りつするファンタジー・ノヴェル。そしてスターリン独裁政治に対する反旗のSF小説でもある。当時のロシア社会の実情からすれば、とても勇気のある執筆活動であったはず。やはり、著者の生前中は一度も出版されなかったらしい。

 著者はロシア暴力革命を遂行した「赤軍」とは反対の立場であった皇帝直系「白軍」の兵士であったということも非常に興味深い。

 この間の屈辱を作者は、作品中、悪魔に「原稿は燃えないものなのです!」と言わせている。そして、"巨匠"が燃やしてしまった「ポンティウス・ピラトゥスVSヨシュア」の小説が、「燃えなくて」甦るのだ。キリスト兄ちゃんが、甦ったように。

 黒魔術のヴォランド教授、元聖歌隊隊長のコロヴィエフ=ファゴット、おしゃべり猫の”ベゲモート”、そして人妻の見習い魔女(これがわれらが”マルガリータ”)。 しかし、マルガリータと”巨匠”との出会い、いきさつをそれほど詳しく書いてくれていないのが少々物足りない。へんてこりんな、どたばた悲喜劇、場面場面のカット割がとても現代的で、ヴィジュアルにヴィヴィッドに読者に伝わってくる。21世紀アメリカ文学の人気作家、スティーブン・ミルハウザーの絵画的文章に似ていなくもない。

 それにしても、変な小説だ。書かれた時期からすると、まことに不思議な小説。あの、新訳「カラマーゾフ」の亀山氏が、NHK教育TV「悲劇のロシア」でこの作家を激賞していた。この全集に入ったことを契機に、亀山氏を含むこの分野のエラい人にもっともっと詳しい解説をして欲しいと思わせる「おそるべき作品」なのである。

・「ニッポン語を母語とするシアワセ
わがニッポンにおいて、他に誇ることのできる珍しいケース。それは、ドストエフスキー全集が3種類あり、『カラマーゾフの兄弟』を文庫本で米川正夫、原卓也、池田健太郎、亀山郁夫と一部は古本屋も利用すれば4種類のそれぞれの名訳で読めることである。文庫ではないが、小沼文彦訳も格安で手に入る可能性もあるかも。こうした望外のシアワセに、もう一つのシアワセとして加えるべきは、『巨匠とマルガリータ』が3種の訳で読めることだ。これは驚くべきことだと思う。ロシア文学に関して言えば、研究水準も随分と高いと思うが、それと比例して、またはそれ以上に一般読者のロシア文学環境は最上である。おそらく、フランスやドイツなどといった西欧の文学大国よりも上であろう。詩はともかく、世界文学たる小説は翻訳でも十二分に味わえるからだ。ここは素直にニッポン語を母語とすることを寿ぐことにしよう。ニッポン人は国としてのロシアは一貫して好きではないらしいが、ロシア文学のことはほんとに愛しているものらしい。

・「恐れ入りますが・・・
 確かに冒頭部は面白い。まったく奇抜だし、期待を抱かせる。ところが第二部に入って、マルガリータなる女が全裸で箒に乗って空を飛び、ネタが割れて何でもありになると、まるっきりただのファンタジー小説になってしまって、どうも面白くない。これはたとえれば、推理小説だと思って読んでいたらSFだった、みたいなもので、奥泉光の小説のような、肩透かしを食らった気分になる。それにキリスト教徒ではない者にとっては、キリストの処刑のありさまなんぞ、どうでもいいのだ。

巨匠とマルガリータ (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (世界文学全集 1-5) (詳細)

宿屋めぐり

・「文学の勝利
「パンク侍」→「告白」→「宿屋めぐり」と、魂への洞察力はより深く、今までに増してよりグダグダの町田節から時折放たれる真実真正の言葉は今までに増してより鋭さを増し、読了後は心にズシリと相当の手ごたえを感じること間違いなし。「パンク侍」では、斜に構え偽をなす主人公、「告白」では、ある種の無垢さから運命に翻弄される主人公を見事に描き切りました。そして今作では「主」に怖れをなし忠義を図りながらも、その真意を汲み取ろうとするあまり自分を見失う主人公が登場します。人生とは、生きるとはどういうことなのか。最後には、作者ははっきりと一つの結論を「主」の口より語らせています。しかしそれをどう解釈するか、それはまさにこの602ページの物語を読んだあなたの人生そのものにより大きく異なるものとなるでしょう。主人公が「主」に試されるが如く、読者は作者に試されることになるでしょう。僕はこの物語を、これから何年かおきに繰り返し読むことになると思います。傑作!

・「「告白」が好きな人は読むべし!
主人公は徹底的にダメな人です。人を騙し騙されて、調子にのるとやりたい放題。で、思い通りにいかないことには必ず誰かのせいにして言い訳をし、自分の悪行を正当化しようとするとこなんかサイテーのクズ。クズクズバカバカ思いながら読んでたんだけど、でも、うまくいかないことを社会や他人のせいにしたりすることって誰にでもあるし、そんな自分に気づいちゃうと主人公の心の葛藤も主の言葉も一つ一つが胸にしみて、言い当てられたようなバツの悪い感じもある。

ふざけた話のように思えるけど、たまにズシンとくることが書いてあります。こういうふうにとんでもない展開のおふざけの皮をかぶせて、人の生きる道の確信的なとこをついてくるなんて町田康にしかできない技だ。終盤は「生きるとは」「自分とは」と人生の本質とは何かを訴えかけるようなずっしりとした重みのある、芯のしっかりした作品でした。

久々に寝食がおごそかになるほど読み応えのある本に出会ったような気がします。

・「〈寓話〉としての「宿屋めぐり」――〈自分〉探しの旅
 以下、感じたこと、考えたことを脈絡なく書きたい。 主人公である鋤名彦名は、偽名を用いては、嘘に嘘の上塗りを繰り返す。太宰の短篇「誰」によれば、名前が多ければ多いほど、大悪党であるそうだ。この説にしたがえば、鋤名彦名は、大悪党であるらしい。 町田さんは、〈自分〉を〈自分〉たらしめているもの、自己を証明するものとは、いったい、なんであるか、ということをこの作品の中で問うているように、自分には見受けられた。 一般的には、たとえば、指紋やDNAなんかを、ある人をその人たらしめる決定的な証拠としているようである。しかし、芥川龍之介の小説「河童」の一節にあるように、たとえそれが同一人物であっても、たとえば、その人が独身者であったときと、妻帯者となったときとでは、彼の存在意義と言うべきか、彼が問われている役割は異なるのではないか。つまり、科学的に彼が彼であることを証拠立てるのは不可能であり、科学的に不可能である以上、彼を彼であると証拠立てるのは不可能なのではないか。 〈自分〉を〈自分〉たらしめている根源とは何であるのか。それは、不滅の魂なのだろうか。魂は、人の体を宿として、宿から宿へと経巡っていく。では、魂は、何を求めてさまようのか。宿? 宿命と言い、宿業、と言う。肉体に魂が宿ってこその命、ということか。魂が肉体に宿すのは、前世からの業、ということか。業、カルマ、カラマーゾフ、キリスト、救い、…… 鋤名彦名の主、彼の発する言葉は、イエス・キリストのそれと似通い、彼の行動は、旧約聖書の神のように恐ろしく、いや、どころか、その残虐性はやくざそのもの。彼は自身を諦めたもの、と言いい、鋤名彦名を諦めないもの、と呼んだ。前者は完成されたもの(あるいは、死んでしまったもの)であり、後者は未完成であるもの(あるいは、生き続けるもの)ではないか。 以上、思いついたことを書いた。〈自分〉とはいったい、誰なのか、とことん突き詰めて考えたい人に、おすすめの一冊だ。 

宿屋めぐり (詳細)

ザ・ロード

・「父親の無償の愛、息子の成長。人として生きる旅
灰が降り積もる荒涼たる風景。既に動植物は死滅した凍てつく不毛の大地を父親と幼い息子は旅を続ける。

父親にとって少年は光だ。唯一つの、生きている意味だ。生き延びるため、少しでも暖かい南へと向かうが、そこに何があるのか?この世界で確かなのは父親の少年への愛だ。少年を守るためなら殺人も躊躇しない。しかし、この絶望の世界に幼い息子を一人残していかなければならなくなったら…。もし、この光が、欲望を剥き出しにした殺戮者達に散らされ焼かれ喰われてしまうくらいなら…。父親は拳銃を少年に手渡し抱きしめる。「やり方はわかるだろう。口に入れて上のほうへ向ける。すばやく力いっぱい引く。わかるな?」自分たちに差し迫った死をかわす度、幸運というものは幸運ではないかもしれない。もう終わってくれればいい、と父親はずっと願っている。

少年は、荒廃した、人が人を喰らうこの世界で、父親に問う。「ぼくたちは誰も食べないよね?」「僕たちは今でも善い者なの?これからもずっとそうだよね。」自分たちの荷物を盗んだ男にさえ「お願いだから殺さないで。助けてあげてよ。」と父親に懇願する。少年は純真無垢で、そして残酷だ。「パパはほんとに勇敢なの?」「ぼくが泣いちゃいけないんならパパも(夜中に)泣いちゃいけないはずだよ。」少年も父親の愛と自分たちが生き抜くための行為に葛藤を抱える。病に侵され死が間近に迫る父親を見つめる少年は、もう幼いだけではなく父親との間に距離ができ始めている。

地球環境を破壊し、人の文明も歴史も消滅させた今は自らの種族をも狩る獣と化した愚かな生き物。この灰色の世界で常に死を感じながら、自分たちは『善い者』と信じ、『人』として旅を続ける父子の姿が愛おしい。

「訳者あとがき」によると本書も映画化され既に撮影は終了しているとのこと。この心に深く沁み込むような印象的な父子の会話を映画公開前に原書で読んでみたい。

・「ベスト1の衝撃
エンターテイメント・ウィークリーという洋雑誌の企画で、ここ25年のベスト本の第1位に選ばれていたので購入した(ちなみに、2位がハリー・ポッターで、10位が村上春樹の「ねじまき鳥」)。読み始めたら手が止まらず、久しぶりに朝まで読みふけってしまった。第1位というのも納得の読み応え。

内容はと言うと、生命がほぼ死滅した北米大陸を、父と息子が旅するロード・ノべルだ。なんらかの理由で文明は完全崩壊し、空は灰色の雲に覆われ、気温は石がひび割れるほど低い。そんな世界で、父子は暖かい南を目指し、ボロボロの地図を手にひたすら歩いていく。食料は乏しく、野蛮人と化した者たちに襲われる危険が常につきまとうが、父は息子を必死に守りつづける。いったい、二人の旅の終わりには何が待ち受けるのか……。

この本の何が恰好良いって、それは父と子の会話だ。本のカバーにも引用されていたが、本を置いた後でも印象的な台詞が次々と脳裏に甦ってくる。お互いを気遣う父子のやりとりにはついつい涙腺がゆるんだ。また、最初はなかなか慣れなかった著者独自の文体も、だんだん身体に馴染んでくると読むのが快感になってくる。そしてやはり、ラストの感動と衝撃が忘れがたい。読了の翌日は、ずっと最後のシーンのことを考え続けていた。

・「悲しく希望と死に溢れた美しい物語
深夜読了。涙がとまらなかった。滂沱とはこれだったのか。やがて公開されるだろう映画は見るべきか。きっと見るだろう。迷うかもしれない。見ないかもしれない。最上の小説であり、不滅の物語に違いなく、何度も、どこからでも読み直すだろう。悲しく希望と死に溢れた美しく,自分にとって決して忘れない作品であり、宝ものを見て触るように。彼の邦訳された作品のなかではじめて本物の海が登場した。幻視でも比喩でもなく。言葉と像がひとつに結ばれてしまった。次の作品が早く降臨することを願う。(未邦訳作品を読むことは諦めている)。

・「スピード感がたまりません。
2006年に発表されたThe Roadはピューリツァー(2007年)に輝いた、コーマック・マッカーシーの新作です。 恥ずかしながらノーカントリーの映画まで僕はこの作者を知らずにいたのですが、その後、その原作「血と暴力の国」を読み、Child of Godを読み、さらにこの「ザ・ロード」を読み、本当にすごい作家がいるものだと感心しました。(国境三部作は「越境」を除いて日本語訳を入手済みなのですが、「越境」は絶版で、古本が9000円くらいに高騰しています) 実はBlood Meridian(やはりコーマック・マッカーシーの代表作)をすでに読み進めている最中なのですが、Child of Godに輪をかけて読みづらい文章なので、この夏一杯くらいかかるかも。 日本語訳とは便利なものでこの「ザ・ロード」は昨晩、入浴しながら1時間、今朝通勤中に1時間、合わせて2時間で読了しました。 文章は相変わらず分かりにくく、誰が「彼」なのかが明らかでなく、途中で挿入される話もいつのことなのかが分かりづらいです。 しかし、破壊つくされ寒気に覆われた北アメリカ大陸を、雪の中、父と子がカートを引いて歩く姿は、「子連れ狼」と同じく冥府魔道に生きる姿であり、子どものあまりの純真さに涙腺も緩んでしまいます。 南をめざす父子ですが、お話は・・・・。 そして最後の鱒の話がなんとも暗示的です。 もっとゆっくり読めばよかった!

 気づいた点は、翻訳の工夫なのでしょうが、句読点がなく読みづらい文章をさらに読みにくくしています。まあ、原文が本当に読みにくいのだからしょうがないですが。 あと、250ページの「広い感潮河川」て何のことやら?誰か教えていただけませんか?

・「人間であることとはどういうことか
切れ目なくつづく文章は、旅の果てしなさ、出口のなさを象徴しているかのようだ。大きな厄災(核戦争か)が起こり、生命がほぼ死に絶えた大地を、父と子がひたすらに南をめざす。ひとの気配のない民家で食べ物をあさり、人肉を口にする人間たちの傍らをかすめながら、人間としての最後の一線を守り、それでいて生き延びるための冷徹さは失わず、南をめざして「火を運ぶ」。(希望を?)人類が滅びるときの風景とはどんなものか。文明の残骸ともいえる風景を実感のこもった筆で、ていねいに、細部をおろそかにすることなく描く力量はいうまでもなく、「彼」が息子と自分を守るために、考え出すさまざまの工夫、創造力にひきつけられ、途中で本を置くことができないほどだった。文章は冷静で、実写的だが、いたるところに詩を感じた。他の方のレヴューにもあるように、息子との会話は印象的で、忘れがたい。そして地の文にも、美しさがある。たとえば死んだ海の描写。「その向こうは鉱滓をたたえた巨大な桶がゆっくりと揺すられているような広大で冷たく絶えず鈍重にうねっている大海原」。自然に涙が湧いた。翻訳者の功も大きい。最後に「感潮河川」について。広辞苑では、「川の下流部で海の潮汐に伴って流速や水位が変動する範囲。海水の塩分の影響を受ける範囲よりはるかに上流まで及ぶ。勾配のゆるやかな川ほど、その範囲は長い」となつている。

ザ・ロード (詳細)

・「少女を守りながら残されたいくばくかの生を引き伸ばす男の姿が胸を打ちます。
1968年11月に享年67歳で謎の死を遂げて後に評価され始めた女流SF作家カヴァンが死の前年に発表して絶賛された伝説的名作が23年振りに改訳の上で復刊されました。本書は人類の終焉テーマに少女を追い続ける男の姿を絡ませた歴史的なSF長編小説です。地球全土を襲った異常気象による寒波の中、男は少女を追い続ける。何故か男を毛嫌いして逃げる少女。やがて某独裁国家を支配する強大な権力を持つ〈長官〉に捕えられ庇護を受ける少女を追って行く男だったが・・・。本書の読み所は、男が追跡の途上で立ち寄る町や村の人々が危機的状況が進むにつれて人間性を喪失して行き躁鬱状態を繰り返す姿の描写、男がスパイ小説さながらに方々で危機を乗り越えて生き延び続ける強靭な生命力、そして男が妄念のように唯少女を救う事のみを生きる目的にして彷徨う姿にあるでしょう。男が望むのは性的な物では全くありませんし、恋愛対象ではなく大人と子供のような関係で、ひたすら守ってあげたいという渇望である事が純粋な感動を呼びます。個人の力では最早如何ともし難い運命を受け入れて、守るべき存在と共にいられる幸福を味わいながら、残されたいくばくかの生を引き伸ばす男の姿が胸を打ちます。唯、難を言えば男が少女に対して異常な程の思い入れを抱くに至った背景が最後まで明かされない所、物語の展開が大きな変化に乏しく面白味に欠ける点、人類の叡智や底力の頑張りが見られない所です(これは作品の性格上、止むを得ませんが)。細かい部分で物足りなさもありますが、構成がシンプルで理解し易く執筆された時代の息吹が感じられ、時を超えて読み継がれる普遍的な作品である事に疑いはありません。尚、巻末に著者の真価を認めたSF作家ブライアン・オールディス氏の懇切丁寧な解説文がついていて感動的です。最後に著者の作風の全貌を知る為に、他の傾向の作品群も多く読んで見たいと思いました。

・「内容はともかく
新訳というので楽しみに待っていた…。しかし、内容はもうはるか昔の匂いではない、新たなチャレンジを微妙にアレンジしている。これを是とするか否とするかは論議の分かれる所であろうから触れるのはよそう。しかし、そうした内容の誤差や意訳はまだ許容範囲としても、もう何も「異論」を唱えられないアンナ自身がこの表紙カバーを見たらどう思うだろう。この表紙を制作した張本人は、原作は無理としても、旧作品を読んでいないのではないか、あるいは、作品の味わいを理解する能力に欠けるのではないかとさえ思う。耽美に自己陶酔した自己満足は、ヤキの回った「手なり仕事」を思わせる。鳴り物入りでの出版…、作者アンナの人生を思うと、彼女に代わってこの作品に施された「死に化粧」に「異論」を唱えたい。憤りすら感じる。

(詳細)

チャパーエフと空虚

・「ロシアの底力
ガルシア・マルケス『百年の孤独』、ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』を崇拝している本読みにオススメ。先に訳の出た『恐怖の兜』ではボルヘスを感じたが、こちらはあれほど混沌とした感じではなく、物語世界の次元は迷宮的にうねるが、ヴォネガット的な機知のある主人公の語りの視点が安定しているので、読者が置いていかれることはなく(物語世界におかしなことが起こると、主人公自身が振り回されてあわてる。そこらへんのバランス感覚が絶妙で)、スピーディな展開にもノレる。というか何度も裏切られること自体が快感で、そうしたぐるぐるとした世界のすべての解決がまた気持ちよく、カタルシスに向かうにつれ、ぞくぞくざわざわした感じが増していく。それにしてもこんな本がベストセラーになるとは、ロシアはいまだ文学大国の名残があるようだ。

・「怪作
ロシア革命の真っ最中、秘密警察から逃げている詩人ピョートルがモスクワを歩いていると、旧友に声をかけられる。そこで彼についていくと、じつはその男も秘密警察の一員であったことが判明する!そこで男ともみ合いとなるのだが……といった導入(冒頭30ページくらいまで)の本書だが、じつは内容は現代モノである。つづくのは何でもアリの展開である。といって、抽象的で思いつきのような展開がつづくわけではない。たとえていえば……とたとえて説明したいが、これに似た感じの作品というのが思い浮かばない。強いていえば、現代的なセンスを持ったカフカ、といったところだろうか。もう一度くらいは読み返したい。怪作。傑作。

チャパーエフと空虚 (詳細)

雨月物語,春雨物語―現代語訳 (河出文庫 古 1-14)

・「怪談と太宰治
 「菊花の約」を読んだ。再び会おうと約束し合った義兄弟。が、生き身のままでは、約束の日に間に合わない。そこで彼は、自ら命を絶ち、魂となって再会を果たす。太宰「走れメロス」を思い起こさせる作品だ。 縦のつながり(上下関係)と、横のつながり(友情)との融和が、「走れメロス」のテーマの一つであったのだな、と気づかされた。メロスはセリヌンティウスとの間にある友情を、目に見える形で、王に証明して見せた。王は、二人の友情に感じ、自分も仲間に入れてくれまいか、と二人に頼む。王は、セリヌンティウス(領民)との間にある上下関係の垣根を壊し、メロス、セリヌンティウス、王の三人は友情を中にして結びつけられる。太宰は、怪談を好んだそうである。「菊花の約」を、「走れメロス」の材源の一つとした可能性も、あるいはあるかもしれない。 話が飛ぶが、アポリネールの短篇「アムステルダムの水夫」は、恐ろしい作品である。怪談的な恐ろしさと、光ひと筋さえ入りこまない、まったく隙のない文章とは、この世のものとも思えない恐ろしさを秘めている。ところで物語の、<もの>とは魂、と言う意味だそうである。物の怪、物忌み、憑き物、物語、……。魂が語る言葉、それが物語となって生み落とされる。究極の物語とは、怪談である、と言うのは、ここから来ているのではないか。 寺山修司は言った。人生そのものが謎だらけなのに、小説家は、なぜ、推理小説をものするのか。私は言う。単純なことさ。人生の謎は必ずしも解けるとは限らない。推理小説の謎は、最後には解ける。怪談を好む人の心理も、これに似ているのではないか。世の中は怪談よりも怪談的である。世の中の恐怖は容易に乗り越えられない。怪談の恐怖は、その場限りである。 変なことばかり書いてしまいました。失礼しました。  

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アクロイドを殺したのはだれか

・「楽しい評論
『アクロイド殺害事件』を軸に、縦横無尽にミステリと精神分析論が繰り広げられる、と書くと小難しそうですが、これが読んでいて楽しいこと!そして、この評論自体がひとつのミステリになっている。見事としか言いようがありません。一通りクリスティー作品を読んだ人におススメ。

・「ミステリーの味わい方
 まず気を付けていただきたいのはこの本、ネタバレオンパレードで、かなりクリスティー上級者向けです。『オリエント急行の殺人』、『ABC殺人事件』、『ハロウィーンパーティー』、『ねじれた家』……

 それに目をつぶれば非常に知的かつユーモアにあふれた論考です。筆者の指摘する‘真犯人’も興味深く、読み終わった後きっと『アクロイド殺害事件』を再読したくなりますよ。

・「知的好奇心を満たす一冊
筆者はもちろん原作者ではないという事情を差し引いても、筆者が指摘する「真犯人」は十分に納得でき、かつ興味深い。この議論に対して、原作者であるクリスティが存命していたらどう反論するのかみてみたかった。

・「「真犯人」は他にいる!!
(意外な犯人)パターンとして、広く知られている『アクロイド殺害事件』。しかし本書において、「真犯人」は他にいたのだという衝撃の告発がなされます。

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限りなき夏 (未来の文学)

・「抒情的で繊細なロマンチシズムの世界を深く味わってください。
近年「奇術師」「双生児」の成功により大ブレイクを果たした現代英国SF界を代表する巨匠プリーストの代表作から全8編をセレクトした本邦初の日本オリジナル傑作短編集です。最初に私が本作品集を読了して感じた一番の印象は抒情的で繊細なロマンチシズムの世界です。そして共通して感じられるのが、必ずしも孤独な寂しさを意味する訳ではありませんが、主人公は周囲から隔絶された個人であって、或いは自分だけの秘密を抱えざるを得ない異質の存在であったり逃亡し続ける身であったり、或いは人と交わろうと踏み出しても終局に於いて完全には理解し合えず、自分ひとりで結論を出すという運命が待ち受けています。もうひとつ感じた点は、著者は戦争というテーマにこだわりを持っておられるようですが、その表現としては残酷描写を伴わず短くさらりと触れるに留め、戦争状態が長引く倦怠感により人間の狂気と愚かさをドライに表しています。これは洗練された作風が持ち味の著者の美意識が影響しているのだと思えます。『限りなき夏』:1903年の平和な夏の日に恋人セイラが静止したまま時間の活人画となり留置かれる。彼女を愛するトマスは戦時中の1940年に再会を果たすが・・・・。永遠の愛の意味を知らされる名作です。『青ざめた逍遥』:幼い少年がタイム・トラベルで未来へ旅し、若い娘に一瞬でひと目惚れしてしまう。些細なタイム・パラドックスは無視しても良いかなと思える愉快で甘美な青春小説です。『夢幻群島連作』:数千年にわたって戦争が続く島々をコンセプトに据えた四作品です。異境のリゾートで旅人が味わう解放感が吉凶何れかの結末を招きます。尚、巻頭に著者自身の「日本語版への序文」と巻末に編訳者の古沢氏の熱烈な賛辞に満ちたあとがきがついていて、共に感銘を得られる内容です。甘美でも苦渋を舐めても繊細な情感を湛えるロマンチックな作品群を存分にお楽しみ下さいね。

・「再構成できない
書かれていることがイメージできないままだ。再構成できないのだ。プリーストの長編はドラマのようで面白い。でも短編は、展開が早すぎる。やはり長編で語る作家なのかもしれない。

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DRAGONBUSTER 1 (1) (電撃文庫 あ 8-13 龍盤七朝)

・「高レベルラノベ
中華ファンタジーですね。シェアードワールドって、世界観をひっくり返すような大仕掛けや、全てをぶち壊すような展開を書くことができないから、わくわく感がないという理由で、シェアードワールドという文句を見たときは期待する気も失せていたのですが……読んで驚愕。これは凄い。まるでタイムスリップしてその世界にいる人々の観察日記でもつけているかのように生き生きと描写される異世界の生活ぶりです。ここまで『そこに生きている人々』を描いて見せたのは十二国記以来ではないでしょうか。しかも、いい意味でラノベ的要素を取り込んで、肩の力が抜けているのがいい感じです。金庸などの中華系武侠小説を好きな人には失神モノです……と言っても、戦闘シーンはほとんどなく、世界観や文体が武侠小説的という事なのですが。この一冊だけでも一まとまりの話として完成していますが、同時に次巻へと期待を持たせる伏線の数々は見事の一言です。このまま滔々とした壮大な一大ファンタジー叙事詩を描いていただきたいところなのですが……次巻でラストって、そりゃないです。十二国記じゃないですけど、その世界での話を幾つも書いていく、という形式のようですね。

・「秋山瑞人健在なり
『猫の地球儀』『イリヤの空、UFOの夏』の秋山瑞人の新作。SF色の強かったいままでの作品とは一転して武侠風異世界ファンタジーで、盟友、古橋秀之とのシェアワールド企画「龍盤七朝」の第1弾でもあります。

ストーリーは王道のボーイミーツガールもので、格式張った皇族の生活になじめない勝気なお姫様月華(ベルカ)と、凄腕の剣士でありながら被差別民であるがゆえにひっそりと生きている少年涼狐(ジャンゴ)の出会いを描くものです。

月華は偶然目にした涼狐の劍技にほれこんで、諦観にみちた涼狐の生活に入りこみ、その世間知らずゆえに彼の周囲をひっかきまわします。月華は本書の中でも随一のライトノベル的なキャラクターで、コミックリリーフとしての役割を果たし、重くなりがちな物語に笑いを与えます。同時に、それが物語の中でも、涼狐にとってある種の救いのようなものになっていく過程を絶妙に描いています。

さらに特筆すべきは構築された異世界のリアリティです。「説明」ではなく「描写」で世界をいきいきと浮かびあがらせる手際は、鮮やかな表現力に定評のある作者の持ち味が存分にいかされていると思います。

また月華(ベルカ)、涼狐(ジャンゴ)という命名に見られるように、サイバーパンクに由来するであろう独特な漢字とルビの使用も無類のカッコ良さと多国籍感溢れる中華風という世界観を作り出しており、ライトノベルの世界でも有数の文体の人である秋山瑞人の面目躍如と言えるでしょう。

・「次巻の刊行を切望します
龍盤七朝という古橋氏とのコラボ企画第一弾・DRAGON BUSTER 01です。読んでいる途中、良く練りこまれた世界観・設定だと思いました。虚構たる世界が厚ければ厚いほどその描写は説明的になってしまいがちですが、これは正真正銘「描写」です。秋山さんの描写の技巧に感心しましたホントに。

またそれぞれのエピソードも伏線としての性格が強いです。特に見せ場があるわけでもありません。ですが、楽しめないわけでは決してありません。たぶん理由は登場人物にあるのだと思います。この作品の登場人物は見ていて面白いです。「血が通っている」とでもいうのでしょうか、群像に終始しているのみである彼らの行動の一つ一つが面白い。この辺りは作者の腕だなと思います。

それと、終わらせ方も見事としか言い様がありません。あの最後の一文を見てしまったら次巻の刊行をひたすら願うばかりとなりました。憎いです。

頼みますよ秋山さん。

・「いい感じだが
少々とっつきにくい世界観ではあるものの、半分も読み進めればもう止まらない。濃厚なチャンバラ劇を二巻に期待したくなる。

しかし、続巻を出さないで途中でやめることに定評のある作者。はてさて、次がいつ出るかというよりも、次が出るのかどうなのかが心配な所。

・「続きはどうなる?それが気がかりなので星マイナス一つ
待ち侘びた!秋山瑞人の新作

今作は古代中国っぽい世界で剣士が切った張ったするお話。冒頭からお得意のはったりかましの漢字攻勢でいっぺんに読者を話に引きずりこむ。そうなるともうページをめくる手が止まらない。読む者をぐいぐいとひきつけるテンポの良い文章はやはり流石の一言。この魅力を伝えきれない自分の文筆の才の無さが恨めしい。

01とタイトルにもあるように、まだこの巻ではほんの序章・導入部といった感じ。いろいろと伏線が張られまくっていくが、ほとんど物語は動かない。

・・・となると気になるのが次がいつ出るのか?という事。

EGFは言わずもがな、ミナミノに至っては「あれはもういい(笑)」こんな前科のある秋山瑞人おまけにあとがきには上に挙げた二冊を彷彿とさせるような言葉が並んでいる。次の巻が出るのは早くて2年後、くらいには思っておいたほうが良いだろう。

この本を買うか否かの基準は、はたして次巻を待つことが出来るか?の一点に尽きるもし乾きに耐える自信がないなら、悪いことは言わない。やめておきなさい

もしあなたが辛抱強い御仁であれば、ようこそ乾きの海へ。いつ来るともわからないデストロイの季節をともに待ち続けましょう。

……ていうかこれも放置とかマジで勘弁してよね……

DRAGONBUSTER 1 (1) (電撃文庫 あ 8-13 龍盤七朝) (詳細)

ハードライフ (文学の冒険シリーズ)

・「残念・・・。
オブライエンは好きな作家だし、本書も鶴首して待っていたのだが、なんともはやとりとめない出来だった。「第三の警官」や「ドーキー古文書」にみられた奇想溢れる幻想性、緩急自在の筋運び、真面目に語れば語るほど強調されるユーモアなどが本書ではすっかり息をひそめてしまってる。本書を読んで、うんざりした人でも「第三の警官」、「ドーキー古文書」はきっと楽しく読めると思うので、ぜひ挑戦していただきたいと思います。

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変愛小説集

・「非常にユニークで面白いアンソロジー
『「変」愛小説集』と言うタイトル通り、恋愛を扱ったアンソロジーですが、対象や設定が突飛で、確かに「変」の字を当てたくなるアンソロジーです。

しかし、編者も言っている通り、設定や対象が「変」でも、そこに描かれている感情は非常にピュアなものがあります。だからこそ、普遍的な「恋愛」小説として読むことが出来るのでしょう。 編者がこのアンソロジーを編んだ意図も、その辺りにあるのではないでしょうか。 今や食傷気味の「純愛小説」群には反発もありますが、このピュアな「恋愛」感情には全く嫌みがありません。むしろ、その一途さに惹かれるものがあります。

個人的には、この中では相対的に最もまともなラストの『母たちの島』が面白かったと思います。 戦争と言う極限の中で、女たちの島にやってきた兵士。 そして、その後に残ったものは・・・。 結果として残された娘の目を通して暴かれて行く過去は、母達の歓びと悲しみの混じり合った複雑なものです。更に・・・。

非常にユニークで面白いアンソロジーでした。

・「風変わりで奇抜、変てこで奇想天外な短篇小説が並ぶアンソロジー
 ひどく変わった味がする短篇小説のアンソロジー。グロテスクな愛、型破りの愛、一方的な愛、奇想天外な愛などなど、普通の「恋愛」小説とはひと味もふた味も違う「変愛」小説がずらり、並んでいます。

 アリ・スミスの「五月」を冒頭に、レイ・ヴクサヴィッチの「僕らが天王星に着くころ」「セーター」、ジュリア・スラヴィン「まる呑み」、ジェームズ・ソルター「最後の夜」、イアン・フレイジャー「お母さん攻略法」、A・M・ホームズ「リアル・ドール」、モーリーン・F・マクヒュー「獣」、スコット・スナイダー「ブルー・ヨーデル」、ニコルソン・ベイカー「柿右衛門の器」、ジュディ・バドニッツ「母たちの島」を収録。「僕らが天王星に着くころ」を除いて、すべて、『群像』誌上に初出・掲載された短篇小説。

 なかでもバツグンに風変わりで、変てこな話の奇妙な味に引き込まれたのが、「五月」「リアル・ドール」「母たちの島」の三篇。木に恋した人と、その人を気遣う人と。ふたりの無償の愛が美しく描かれた「五月」。妹のバービー人形とつきあってる僕の変態性活を、生き生きと、コミカルに綴っていく「リアル・ドール」。父親たちのいない島で育てられた女の子たち。未知なる男どもへの不安と期待が高まっていくなかで、話が急展開し、とんでもない所に着地する「母たちの島」。

 こんな面白くて、読みごたえのある海外短篇のアンソロジーを読んだのは、小野寺 健・編訳の『20世紀イギリス短篇選(上・下)』(岩波文庫)以来。強烈な読後感は、どこか異国の料理店で、知られざる特別料理を堪能した気分に似ているかも。 岸本さんの融通無碍、達意の訳文が素晴らしかったです。

・「変愛は純愛
とても素敵な本を読みました

現代英米文学の奇才10名による11の短編集ですわたしの敬愛する岸本佐知子さんが監修しそして翻訳したこの本は「恋愛」ではなく「変愛」というタイトルどうりすこし歪曲した愛の形を描いた作品が集められています

わたしは恋愛至上主義ではありませんLOVE & PEACE であるにこした事は無いけれど…しかし「愛」についてこだわりはあります

小説や詩や歌の中に「愛」について語られているものがたくさんあるのはかつてだれも「愛」の定義をきちんと唱えていないからですでも決して形のないものではありませんじゃあ…なぜ?

それはすべての「愛」について語るとそれぞれに形が違うからです他人からみると滑稽に見える物もその人には光り輝いて見えるからですだからわたしはゴシップに並ぶような他人の愛について興味や偏見がありません

そう…すべての「愛」は個人的な物で「偏愛」であり「変愛」なのです全世界共通の「愛」などありえないのです噛み砕いて言えば何でもアリなのです

「愛」の純度が増すほど「変」になってゆき…そして思考が「偏」になるのです

そんな事を思いながらこの本を読み終わり岸本さんのあとがきを読んだら同じような事が書かれてありましたやはり類は友を呼ぶのでしょうか…

この本にはとても純度の高い「愛」が詰まっています木を愛する人…人形を愛する人…形は違うけどすべてがそれぞれに成り立っています一人一人が恋愛個人主義それでいいのです…大正解です

しかし岸本さんは名翻訳家ですねこれだけタイプの違った作家の一般的には「変」とよばれる作品を最後まで何の違和感も無くさらりと読ませてしまう…とても美しいアンソロジーです

あくまでも私の見解ですから…あまり信用しないように(笑)

少なくとも名作と呼ばれる恋愛小説やミリオンセラーのラブソングに共感する人は読まない事をお勧めしますあれは夢物語ですから……

・「変な愛こそ本物かもね
最高です。大人の純な恋心を呼び起こしてくれる。そんな物語です。読んでいるうちに、ファンタジーという名の奇妙な世界にグイグイ引き込まれてしまいます。文字を読んでいるのに生々しい映像が浮かんでしまう。ひゃぁ〜これって、と読んでる途中「ふっ」と我に返りつつ、でももその世界から逃げ出すのがイヤになる。引き込まれっぱなしの連続です。とにかく、読んでみてください。わたしは「まる呑み」が好きだな。わたしも、愛する誰かを呑み込みたいです。

・「ハッピーエンドで終わらない複雑な思いの詰まった「変愛小説集」を讃えたいです。
現代英米文学作家の中で飛び切りの奇想を得意とする10人が書いた恋愛に関する奇妙奇天烈な11作品をセレクトした風変わりなアンソロジーです。編訳者の岸本佐知子氏が意図された通り、本書の収録作品にはまともな普通のお行儀の良い物語はひとつもありません。どんなに愛する対象が奇妙でも、不思議な出来事が降り掛かって来ても、思い込みが激しく盲目的に愛してしまうパターンが多く、他に愛と憎しみは背中合わせである事を実感させる物語、不幸に取りつかれて離れられない悲哀の物語などがあります。私が印象に残った5つの物語を紹介します。『五月』アリ・スミス:突然に木に恋してしまう性別不詳の人物の物語です。主人公は世間から理解されず疎外されますが、無害であればそっとしてあげたい気持ちになります。『まる呑み』ジュリア・スラヴィン:人妻が若い男を体内に呑み込んでしまうお話で、体内でのセックスなどグロテスクかつ想像不能の領域で勿論真面目ではないですが、発想の奇抜さに感心しました。『リアル・ドール』A・M・ホームズ:バービー人形に恋した少年の話で、流血シーンは一切ないですが次第に生理的な恐怖感がじわじわと込み上げて来ます。『ブルー・ヨーデル』スコット・スナイダー:不意に失踪した恋人の行方を追って飛行船を追いかけ続ける男の話です。ひたすら愛の為にどんなに小さな可能性でも諦めない姿は貴いと思います。『母たちの島』ジュディ・バド二ッツ:戦争で男たちが出て行って女だけが残された島に、異国の兵隊が来て女たちに子種を宿させて去って行きます。子供が大きくなったある日、悲劇が再び繰り返されます。決して感情を表に出さない女たちの闇の心模様が、さり気なく描かれていて却って深く心に伝わります。愛は喜び悲しみの何れにしても心に深く浸透して強烈な感情を呼び起こします。ハッピーエンドで終わらない複雑な思いの詰まった「変愛小説集」を讃えたいです。

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移民たち (ゼーバルト・コレクション)

・「『アウステルリッツ』と同様に美しい作品です!!
 『アウステルリッツ』で日本でも知られるようになったゼーバルトの新しい邦訳『移民たち 四つの物語』が刊行された。4人の移民たちの苦難にみちた人生が多数の写真とともに語られていく。 なんといってもこの小説の魅力はそれぞれの人生の記憶が見事に語られる様だろう。特異で衝撃的な人生を生きてきた人たちだが、その物語は決してセンセーショナルなやり方ではなく、静かにそして慎みをもってひとつひとつ解きほぐすように語られていく。長い沈黙の後にやっと話し出される記憶、苦しそうな話し方で物語られる記憶。そのような苦々しい記憶を私たちは目の当たりにすることになる。 『アウステルリッツ』からあまり間を置かずにゼーバルトの作品が邦訳されたことは素晴らしいことだ。このような美しい作品を読むことを可能にしてくれた白水社と訳者の鈴木仁子氏にここで感謝したいと思う。

・「移民たち、人々すべて
前邦訳作品とはちがい、四部からなる短編集で、『異郷に暮らし、過去の記憶に苛まれる男たちの生と死。』一定のトーンを保ち、語られる物語はこれ以上ないというぐらい率直で飾りがない、私はこのひとの作品を読むのに相当な時間を要する。なぜか、というと、息苦しくなり、読後しばし呆然としてしまうからである。読む気分をすかさず捕らえ、本を掴むのはすこしむずかしいようだ。彼は失われたものを、亡者を追いかけていく。私など、そのようなことは利にもならないと思う質の人間だけれど、誰にでも反応する部分はあるだろう。決して爽快感はない、幸福感もない、でも惹かれずにはいられぬ、知らずにはいられぬ。それは語り手とともに読者である私も感じたことであった。無論、それを書かずにはいられぬ、というよりは書くことをすべて目的にしている彼は、作家以外のなにものでもない、それが、現代日本の「商業作家」と大いに異なる。是は、恥ずべきこと。「直線距離にしておよそ200キロ、かくも離れて―だがどこから?」異郷に生きた彼自身の言葉でもある。それにしても、全世界どの時代のどんな人間にも共通するらしい、遠くへきてしまったものだという実感が、ほとんど書くことの糧になるようだ、とあらためて感じた。

・「道の景色
故郷を出るということは、家を捨てるということなのかもしれない。忘れようとする世界に引き戻され、引きちぎられていく時間。移民たちに、完璧な幸福は訪れなかった。それは、次へと託されるばかりだったのかもしれない。

・「不意を打って舞い戻るもの
 痛みと悲しみにみちた、封印すべき記憶、だがそれは、懐かしく好ましい思い出の棲家への、たったひとつの入り口でもある。 最初に本を開いて眺めた数々の写真は、これら四つの物語を読んだあとではまるで違ったものになって胸にせまってくるだろう。この感覚は突然にやって来て、しかも強烈である。たとえばごつごつと聳える山と教会の塔を背景にした、十歳くらいの少年たちの写真。読者自身もまた、彼らと肩を組んで歩いていたかのような錯覚におちいってしまう。共通の悲劇的出自をもった四人の男たちは、こうして鮮やかに蘇るのだ。読者の心の襞にわけいって真実となる。そして「ある種のものごとはときにきわめて長い間をおいて、思いもよらぬかたちで、不意を打って舞い戻る・・・」という語り手の言葉があまりに重く切実にひびいてくる。 ところで堀江敏幸氏の解説は蛇足だった。というより訳者による解説をこそ読みたかったと思う。

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壁抜け男 (異色作家短篇集 17)

・「60年ものの熟成短編集
 モンマルトルに住み登記庁に勤めるデュチユールは、壁を通りぬけられる才能を持っていました。彼は怪盗「狼男」としてパリを騒がせますが、ある日恋に落ちます。嫉妬深い夫に厳重に閉じ込められているブロンド美人ですが、もちろん塀も鍵も「狼男」の前には障害ではありません。しかしある日彼に頭痛が……(『壁抜け男』) 本当に奇妙な味の短編ですが、これは戯曲になってます(劇団四季がやっているのを、広告で見たことがあります。残念ながら舞台は未見)。この奇妙でストレートなお話を、どうやって舞台に持っていったのか、そちらにも興味がひかれます。

 同時存在(つまりは分身の術?)ができる女性(『サビーヌたち』)、ぶどう酒嫌いのぶどう作りとぶどう酒好きだが飲めない男(『パリのぶどう酒』)など、ヘンテコな人がまず登場し、でもその後の展開はきわめて“まっとう”という短編が続きます。だけど、最後の『七里の靴』。これは、もしブラッドベリが戦争中のパリにいたら書いたかもしれない、といった雰囲気の作品です。金を持っている家庭の子どもたちはその靴が手に入らないのに、貧乏なシングルマザーの子どもはその靴を履き、地球の果てで太陽の光をつかんで乙女座の糸で結わえる。このリリカルな光景を見た後で最後の一文を読むと、不思議で静かな感動がわき上がります。

 本書に収載されている七作はどれも1943年または1947年に発表された作品ですが……いやあ、ドイツによる占領や食糧不足が、このような形に“昇華”させられるとは、マルセル・エイメはまったくただ者ではありません。

・「ドリームズ・カム・トゥルーな、現代の童話集。
フランスを代表する幻想作家エイメの代表作を納めた傑作集。童話作家シャルル・ペローに傾倒した事で、彼は大きな影響を受けます。幻想作家とは言っても、おどろおどろしい怪奇の味は全く無くて、人々に夢と希望を与える愛すべき作風と言えます。本書に納められた作品の大部分が、冒頭で退屈な日常に倦み疲れた主人公が、ある日突然に魅力的な能力を獲得するといった導入部となっています。

表題作『壁抜け男』:壁を通り抜けられる事に気付いた男は、嫌いな会社の上司を驚かせて悦に入り、銀行強盗になり〈狼男〉と名乗って世間の注目を集めます。悪気はないのですが調子に乗り過ぎた男に、やがて悲しい結末が訪れます。『サビーヌたち』:自分の分身を作れる才能を持つ女性サビーヌが、夫を持つ身でありながら、ふと或る青年に恋をしてしまった事から展開していく奇想天外な物語。『七里の靴』:全編中最も童話に近い作品で、貧しい母と息子が奇妙な古道具屋で見つけた、履くと一跳びで七里行く事が出来るという靴を手に入れるまでを描く。息子は物語の途中で靴を使って盗みを働こうと夢想しますが、実際に夢が叶った時に、かけがえない善意の贈り物を与えられるのが、ほっとして一際感動的です。『パリ横断』:この作品のみ他とは別の設定で、現実の戦時下のパリで若者たちに起こった悲劇を扱っています。厳しくて苦い結末で、戦争の最中では恐らく起こったであろうと思わせるリアリティを感じさせられ、実人生の不可解さに迫る出色の出来です。

全七篇、作者の描く特異な世界にぐいぐいと惹き込まれ、暫し夢に酔って心地良い時間を過ごさせてくれる至福の一冊です。

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独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫 SF ウ 6-8 新しい太陽の書 4)

・「5巻早く読みたい!
11章アスキア人の話は大笑い。アスキア人は『承認されたテキスト』からの引用だけで会話する。予期せぬギャグに吹き出した。15章『最後の家』は1巻の植物園と同様、部屋が別々の時代に存在するタイムマシン。今回は階を上がるほど時間軸の未来に移動する、時代の観測施設のような建物だ。ここでは悲しい未来の風景を見るが、未来がいくつにも分岐しうることが示唆される。1巻に出てくる植物園は博物館みたいなもので、部屋毎に異なる時代をライブで覗くことができる設備、と理解した(しかし初めて読んだときには、ウルフが何を描写しているのかさっぱり解釈できなかった)。このような時間制御の技術が存在すること、時間が分岐的な性質のものであること、2章の死んだ兵士が蘇生する場面では蘇生が時間制御と関係があることが示唆され、きっと新しい太陽の到来も時間制御によるものではなかろうか(これは初めて翻訳される5巻を待たねばならない)。21章あたりから、セヴェリアンたちの民族と北方人との戦争が描写される。SF度はここがクライマックス。ヘリコプター、エネルギー兵器、異星から持ち込まれたと思われる戦闘用生物。研究書『Solar Labyrinth』は『ケルベロス第五の首』に登場する生物(影の子、アボ)と、この戦闘シーンに登場する奇怪な生物(肩車をする生物、アスキア人)の類似性を指摘、ウルフが両作品を同じ舞台に設定しようとしていると仮説している。さらに姉妹編の『short sun』シリーズは舞台設定が『ケルベロス』そっくり(まだ読んでませんが)。29章で、アルザボの秘薬と絶対記憶の力でセヴェリアンは独裁者を引き継ぐ。残るページは祖母、父親、友人たちとの再会場面。ウルフはこの4巻で一旦物語を完結させ、のちに出版した5巻で太陽を蘇生させるストーリーを書いた(ようです、読んでません)。表面的にファンタジーとして成立しうる範囲として、ここまでで一旦完結させたと理解。しかしSFとしては5巻に続く。

独裁者の城塞 新しい太陽の書 4 (ハヤカワ文庫 SF ウ 6-8 新しい太陽の書 4) (詳細)

冷たい肌

・「面白いっ!
カタルーニャ文学ってあまり知られていませんが、とっても面白いんですね。読んでいくうちにどんどん面白くなっていきました。「これ映画で見たい!」と思っていたら、訳者あとがきに「ハリウッドでの映画化の話がある」との事。是非多くの方にこの本を読んでいただきたいです。

・「衝撃と納得
とっても面白かったです。次へ次へと読み進めたくなるストーリー展開。そして、いろんな要素のつまった1冊、想像力が十分に発揮される1冊です。

タイトルなどから、少しむずかしいのでは?というイメージもありますが、ストーリーは頭を抱えることもなく、素直に受け入れられるものです。

ぜひ手にしてみてください。

・「カタルーニャ現代文学の新境地
訳者の功績が大きいと思われますが、一気に読める、たいへん内容の濃い作品です。静と動のバランス、深奥なる内面の描写、カタルーニャという地域性を超える普遍性。非常に興味深い作品です。ぜひご一読を。

・「カタルーニャが発信する良質のエンターテイメント。
あまりにフッ切れた内容なんでびっくりしますね。本来なら、扶桑社ミステリーなんかで刊行されててもおかしくないジャンル小説だと思います。でもやっぱり、ただのホラー物で括ってしまうにはためらわせる何かがある。本書を読んでる間、奇妙な感覚にとらわれました。境界線のあやふやさだとか、人間の愚かさだとか、存在理由だとか、今まで曖昧に感覚として培ってきたものが根底から崩されるような感じでした。でも、ああだこうだ言うのはやめましょう。ためらわず手に取ってみてください。なかなかおもしろいエンターテイメントに仕上がっています。

冷たい肌 (詳細)

ディスコ探偵水曜日 上 (1)

・「すべてひっくるめて星五つ
次々に現れる困難や疑問に懊悩するディスコの姿は、ミステリーや純文の狭間で懊悩している舞城自身に思えた。所々に自作のタイトルをちりばめる手法に(物語の中ではそれらタイトルが結構重要な機能を果たしている)、今作によって作家として一つの区切りのようなものを示したかったのかな、とも感じた。または、キャリアの総括、みたいな。読了してから色々考えてるけど、それは作品の内容にではなくて、あくまでも舞城王太郎という作家のスタンスに対して。読書をしてこんな気持になるのは初めて。今までの舞城作品を期待するとちょっと「?」かも。舞城初体験者は絶対「×」だよ。でも、確か去年の6月頃に一度今作の発売案内出てたよな〜(無料と思いきや有料の冊子、『波』の巻末にちーっこくだけど)。それをキャンセルしてまで書き下ろし加えるその姿勢が必死で本気で、良い感じ。下巻はまるまる書き下ろしだし。下巻の章題は「方舟」。連載当時、舞城自身書き進める中で収拾がつかなくなってしまったんじゃないかな。ほんとスケールでかすぎだから。紙と文字で表すの不可能なくらいスケールでかい(実際やたら図説多い)。それを救おうとして、リスク背負ってでも書き下ろさなきゃいられなかったんだろう。妄想に過ぎませんが。あ、この話って大雑把に言って「救済」の話だよな……物語を作家が体現している!? 妄想に過ぎないけどそう考えるとやっぱ凄い作家で、その労力と腕力に星5つです。次作に心底期待大。

・「イロモノ→アンチ・ミステリィ→SF
最初は本当に脈絡無くエログロ描写が出てきます。「こういうことやめてくれよな」そう思いつつも疑うような手つきでページをめくっていきます。ですが、そんなシーンに出てきた意味深長なセリフが、まるでリフレインのように度々繰り返されていきます。そうして進むにつれてその反復と共に場面が、世界が、スケールがどんどんと大きくなっていきます。誇張ではなく。自分は上下二つを読み終わったとき、小栗虫太郎の黒死館殺人事件を思い出しました。引き合いに出されていく知識は北欧神話、タイム・パラドックス 、インドネシア語、マダガスカル語(!)、と雑多ですが、それら全く接点の無さそうな要素が交じり合い、最初に啓示されたエログロに集約されていく様は、読んでいて自分の世界が変えられていく気分になります。今回の作品から従来のものと同じ匂いを嗅ぎ取るということは、すこし難しいかもしれません。しかしながら、この作品で見られた作者の『変容』を、自分個人はとても嬉しいものに感じます。間違いなく、読む人にとって「初めてのタイプ」になる本だと思います。

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博物館の裏庭で (Shinchosha CREST BOOKS)

・「訳が・・・
話自体は三ツ星くらいでしょうか。恐るべき処女長編とまでは思いません。それに何より誤訳があちこちに散らばっていて、原書と照らし合わせて読むと苛々させられました。もう少し良心的に作っていただきたいものです。

博物館の裏庭で (Shinchosha CREST BOOKS) (詳細)

スフィンクス・ステーキ―ミュノーナ短篇集

・「時代にうもれたアバンキャルド文学
 この本は、一読すると良くわからない話だ。四〇人のフリッツ・ミュラーの集会、食べられるスフィンクス、八月にクリスマスをしたくなった老俳優ののミドリギさん。老博士の奇妙な実験。一見すると全く理解できないアヴァンギャルドな作品だが。そのなかから現代にも通じる問いを発している。その問いは政治、哲学、英雄観にも及んでいる。

スフィンクス・ステーキ―ミュノーナ短篇集 (詳細)

アメリカの鱒釣り (新潮文庫)

・「注釈がおもしろい
海外文学は難しい。作者との相性はもちろん、文化的フィルター、訳のフィルターがかかるからだ。その点からすると、この本はまさに稀有な例と言っていい。作者と訳者の相性がばつぐんに良いのである。

それは、後ろの注釈にも現れている。普通、注釈は辞書のようなつまらなさだが、この本の場合は注釈だっておもしろい。この「ユーモラスさ」が、ブローティガンの作風と実によく合っているのだと思う。

読むかどうかを迷っているのなら、注釈と「木を叩いて―その2」をぱらぱらとめくるのをおすすめする。こうした、少し人を食ったようなユーモアが気に入るのなら、きっと楽しんで読めるだろう。

・「読む人えらぶわ。。。
ちょいとアメリカ文学ってどんなもんか読んでみようかな?という軽めのノリで読むとかなり難解かもしれません。いわゆるアメリカ人というものを、鱒や、鱒釣りに関することに比喩して描いたものですが、言語破壊的に綴っている部分もあります。たとえばですが、バロウズを読んだことがある方ならそのへんは抵抗が少ないかもしれません。しかし、名訳とおもいます(原著をよんだことないので無責任な発言です)多分、英語が相当堪能でもなにいってんだかキャッチするのはむずかしいのでは?とおもいますね。訳者に感謝したいです。わけわからんと感じられる方は、ケルアックとかバロウズとかあたってから、読んだ方がいいように思います。時代がわからないことには、なにがいいたいのか(私にはいいたいことなんてひとつもない、という形の廃退をしている場合もあります)わからないかもしれません。傑作です。よんでよかったとおもいます。

・「かつての前向きなアメリカの姿がここに
1960年代のアメリカのポップな文体が藤本和子の和訳によって日本でも花開いたように思えます。絶望的な現実の中でもよりよいものを模索していこうとする当時のアメリカの若者の姿をまざまざと見せ付けてくれます。

・「奇怪な満足感を得られるアンソロジー
 "奇怪な満足感"を味わった、久々の本。背景に1960年代初頭のアメリカのカルチャーを濃厚に感じさせるコクのあるアンソロジー、といったところか。 文字通り『アメリカの鱒釣り』を通じてみえる当時のアメリカのスナップをシニカルに、ときにはユーモアに、ときには自らを徹底的に蔑んで自嘲的にさらっと書き綴る文章は、"奇怪な満足感"としか言いようがない。 故・開高健氏が絶賛しそうな名文だと思うが、本書について述べたものをみたことがないが… ある!?

アメリカの鱒釣り (新潮文庫) (詳細)

ほとんど記憶のない女

・「心地よい眩暈を与えてくれる超短篇集
短いものだと数行、1ページ、2ページのものが大半で、ぼくらがイメージするいわゆる短篇小説が数篇・・・合計51篇収録されている。物語らしい物語はほとんどない。哲学というのか禅問答というのか、見た目はシンプルなんだけれど、すごく複雑な知恵の輪みたいな文章である。読んでいて、途中で「あれ」と首をかしげる。それは「騙し絵」を見ていて、そこに隠されているものの気配に感づくのに似ている。頭の中で整理して、短い文章なのでもう一度始めから読む。今度は逆に最初の絵がなんだったか見えなくなってしまう。自分の中で確立していた心の有り様だとか、人生だとか、世界だとかが、呆気なく崩壊して、不明なものに再構築されるのだ。好むと好まざるとにかかわらず。

・「哲学的。
タイトルに引かれて手にとったら、短編にもかかわらず内容が深くて、読むのに時間がかかりました。

内容が哲学的なので、部屋のかたすみにおいて、思い出したら読むみたいなスタンスがよいかと思います。

あとがきに「ポール・オースター」とフランスで一時暮らしていたとあり、確かに同じ空気を書物から感じました。

・「宇宙から自分を見たい人にお勧め
昔から、僕は宇宙人がいて、僕に命令を下していると、思っていた。「ほとんど記憶の無い女」を読んで、ますます、それが事実だと認識したくなった。僕が自由で、自分の意思で生きていると思う程の苦痛は存在しないから。 PSまた、慌てて辻堂で電車を降りてしまった。俺は茅ヶ崎で降りるんだよ。辻堂は東海道線のブラックホールなんだから。おかげさまで、熊本行きの夜行列車を見ることが出来た。(ムックの夜行列車−オリコン圏外へ墜落−みたいでカッコイイ。

ほとんど記憶のない女 (詳細)

グールド魚類画帖

・「悪夢の迷宮で植民地世界の成り立ちを描く
す、すごい、、、、!!! 読みながらどこへ連れて行かれるかわからないキッカイなる世界。炸裂する様々なイメージと奇妙なねじれを持つ言葉によって描き出されるのは、植民地タスマニアの成り立ち。視点はもちろん、虐げられた側から。囚人と、原住民と、頭も心もビョーキの白人支配層と。塩水に漬けられた黒人の頭がぺちゃくちゃしゃべり、海中の牢に入れられた語り手はその牢の中にナゾの「王」を隠している。語り手が周囲の人間たちの本性を嵌め込んだ魚の絵が、鮮やかに物語を彩る。こんな夢魔の如き文章を読める日本語で組み立てた訳者の腕は素晴らしい!!!この訳者ならではの偉業。

・「十二の魚
英連邦作家賞を受賞した作品で、ストーリーらしいストーリーがないと聞いていたので、難解な本かと思って避けていましたが、そうでもなかった。簡単に言えば流刑でタスマニア島に来た主人公グールドが描いた魚の絵にまつわる物語。タスマニアの画家グールドは実在する人物らしいですが、正確な伝記ではらしい。読み進めてくうちに、語りの巧妙さによって異世界につれられていく感覚に襲われました。作者の観念のなかに自分がすっぽりと飲み込まれいく感覚が非常に心地よくて、せっかくの休日なのに一日中読みふけってしまった。小説に現実逃避を求めている人は楽しめると思います。食わず嫌いせずにもっと早く読んでおけばよかったと後悔。翻訳もすばらしい。名作。

・「おれには口がない、それでもおれは叫ぶ
語り手がウィリアム・ビューロウ・グールドなどという名前だし(あの劇作家とピアニストを連想したところでありきたりすぎるほど当然のことではないか?)、魚の絵に関する物語なので(幼いオレが読み潰した図鑑は決して哺乳類や鳥類ではなく、爬虫類・両生類でありそれ以上に魚類だった、図鑑中の魚の絵は本物とは全く別の色彩で彩色されつつも非常に美しく、トレーシングペーパーを当てて写したりしていた)、買わないわけにはいかなかったが、レジで値段を確認して驚いた。久しぶりにかなりの BB(=厚くて高い本)ではないか。原書(初版のハードカバー)では、各章はそれぞれ語り手の使ったインクの代用物に合わせて文字の色を変えてあるのだが、残念ながら、それはこの日本版では再現できなかったのだ(これだけの値段なのにと本当に残念だ、いや、再現しようとすれば「紙葉の家」並みの値段になってしまったのか、翻訳作業が容易でなかったことも想像できるし、魚の絵をカラーで収録したことや2色までは文字の色を変えるなど頑張っているので不当に高いとは思わないが)。ところで、さらに驚くべきことに、この語り手と魚の絵はフィクションではなかったのだ。実際に英国からこの島に流されたグールドなる男が絵を描き、実在の魚の絵36葉がタスマニアのオールポート美術資料館にあるのだという。まるでオーデュボン(作中名前のみ登場する)の優雅で繊細な鳥の絵の対極にあるかのような、名もない地味な色彩で描かれた魚たちの絵。本来の住み処である海中から紙の上に刻印され恨みがましい囚人の目で見上げる魚の絵が、タスマニア出身の作家(の小説などこれまでに読んだことがあるだろうか?)に霊感を与え、声を持たずに埋もれていた歴史に口を与えることになったのだ。確かに、マジックリアリズム(要するに、既成の語りに集約されない別の文化の土着の語り、何が現実かを決めるのは言葉の方であり、言葉自体が文化なのだから、と考えればそう呼んでもいいかもしれないが、この作品がそんな風に何かを代表しているとも思えない、もっと個人的な作家の声ではないのか?)だとかメタフィクション(わざわざそんな言葉を持ち出さなくても、そもそもそれ以外のどこに文学なんてものの立つ場所があるというのか)だとか、様々な枠組みで括りたくなるだろうが、そんなことはどうでもいい。くだらない方法論は物語の外側をグルグル回るだけ。それより、オレはこの声を知っていると思わずにいられない。つまり、虐げられ相手にされず拾われず誰にも気づかれることなく歴史の襞の端の方に埋もれた声、痛々しく苦渋に充ち、それでいてどれほど細くなろうと執拗にオレたちに語りかけてくる囁き声、ほんの一言に込められた限りない痛みの生々しさ、1つの声に重なる無数の呻き声、その力強さ、いびつに歪みなりふり構わず時にはあまりに遠くまで行きすぎてしまったんじゃないかと思わせつつも実はオレたちに聞かれるべく計算されつくした声、その計算はしたたかで本当は何ひとつ手を汚さないまま空想だけで書き上げられたと考えてみてもいいのだが(というより、その方が読者を心穏やかにしてくれるだろうし、小説なんてその程度のものである方が平和だろう、たとえそうでなかったとしても歴史の不均衡を正す力などないも同然で悲しみを与えるだけなので)、本当はどれほど突飛であろうとある意味で(語り手にとっては?)そんな言葉だけが彼の生のすべてであったと言えるのだが、とはいえ、こういうものを拾い上げる作業を文学がやらなくて誰がやるだろう?歴史なんてものの渾沌とした多重性を文学以外の誰が引き受けて証言するだろう?ドキュメンタリーなら、魚の剥製のようにカラカラに乾いて干からびた姿を晒すだけだ。もっとも、グールドの絵が表現しているものは普通の意味で目に映る現実ではないのだろうし、それですら一面的なのだろうが。とはいえ、これはオレの声なのかも。

グールド魚類画帖 (詳細)
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