Endtroducing... (詳細)
DJ Shadow(アーティスト)
「これは純粋で良心的なHIP HOPです」「リアル」「コラージュの美学」「時代を超える大傑作」「革命」
地球の長い午後 (ハヤカワ文庫 SF 224) (詳細)
ブライアン W.オールディス(著), 伊藤 典夫(翻訳)
「圧倒的イメージ」「人生の縮図」「まれに見る名作」「アイディア満載 温室世界の冒険」「異形の冒険」
New Age of Earth (詳細)
Ashra(アーティスト)
「極上のヒーリングミュージック」「恍惚」「まさに「ヒーリング・トリップ・ミュージック」!」「「その先」の音」「ジャーマンプログレの真髄」
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) (ハヤカワ文庫 SF (229)) (詳細)
フィリップ・K・ディック(著), カバーデザイン:土井宏明(ポジトロン)(イラスト), 浅倉久志(翻訳)
「人間には最後に、何が残るのだろう」「アンドロイドは眠れない」「生命とは何か?」「人間とアンドロイドの闘争」「アンドロイドはもはや架空の存在ではない」
The Campfire Headphase (詳細)
Boards of Canada(アーティスト)
「空気パック」「とろけそうな名盤チルアウト」「これ素晴らしいよ。」「一つの極点」「サイケデリアの回廊」
タイタンの妖女 (ハヤカワ文庫 SF 262) (詳細)
カート・ヴォネガット・ジュニア(著), 浅倉 久志(翻訳)
「泣けた・・・」「ちょいと出ました「線形野郎」が〜丸くなったり四角くなったり〜」「著者一流の名セリフ「私を利用してくれてありがとう」「いや、どういたしまして」」「ジャンルに捕らわれず自由な心で読んでください」「自分を試される本」
タルカス(K2HD紙ジャケット仕様) (詳細)
エマーソン・レイク&パーマー(アーティスト)
「リマスタリングが素晴しい」「架空の怪獣「タルカス」をモチーフにしたコンセプト・アルバム」「圧倒される不協和音リフ..伝説のボックの入場曲」「アナログシンセの可能性の追求が明確になった作品」「!!必聴!!」
幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341)) (詳細)
アーサー・C・クラーク(著)
「今なお色あせない」「おもしろくてdisturbing」「追悼」「SF哲学書」「自我の変貌を描く」
Lunatic Harness (詳細)
µ-Ziq(アーティスト)
「Mike Paradinasの世界」「マスターピース オブ 90's」「いやぁびっくりしましたよ(埼玉県会社員」「頂点が早く来すぎた?」「テクノミュージックのクラシック」
砂の女 (新潮文庫) (詳細)
安部 公房(著)
「戦後文学最高傑作。」「比喩の天才」「不条理な状況に連れ去られた後、それを受け入れる条件まで描かれている点が素晴らしい」「普遍的な作品」「渇望」
Mysterious Traveller (詳細)
Weather Report(アーティスト)
「「Nubian Sundance」につきる」「『今に見ておれ』の完成」「バンドの転換期を捉えた作品」
ガダラの豚〈1〉 (集英社文庫) (詳細)
中島 らも(著)
「「ヒト」を知り尽くしている中島らも」「努力する天才逝く-バナナのキジーツ」「鬼才らもさんの遺した神秘ミステリー長編」「渾身の大作!」「中島らもは天才だった!!」
リングス・アラウンド・ザ・ワールド (詳細)
スーパー・ファーリー・アニマルズ(アーティスト)
「一気に聴かせるポップワールド」
「最後に見せた暖かさみたいもの」「読むたびに新鮮」「読みやすい」「燃え尽きた・・」「意外なほどの読みやすさ」
STANKONIA (詳細)
アウトキャスト(アーティスト), エコ(アーティスト), B-リアル(アーティスト), バックボーン(アーティスト), エリカ・バドゥ(アーティスト), スリム・カルホーン(アーティスト), CEE-LO・グッディー(アーティスト), スリーピー・ブラウン(アーティスト), クージョ・グッディ(アーティスト), J-スイート(アーティスト), ギャングスタ・ブー(アーティスト)
「入門としては最適かと」
占星術殺人事件 (講談社文庫) (詳細)
島田 荘司(著)
「こんな小説があったとは。」「これから『占星術殺人事件』を読めるシアワセ」「あまりに濃厚なカタルシス」「正統派ミステリー」「まぎれもない傑作、近年まれに見る本格派」
Yoshimi Battles the Pink Robots (詳細)
Flaming Lips(アーティスト)
「コアなファンには今ひとつらしい」「47分間の夢の世界」「Pink Floydの後継者現る。」「今は亡き父へ。」「もはや、唯一無二。」
棒がいっぽん (Mag comics) (詳細)
高野 文子(著)
「高野文子なら、まずこれを」「大事な本です。」「かけがえのない記憶、高野マジック」「ノスタルジック」「社会にキレたピアーヌのために」
VITAMIN (詳細)
電気グルーヴ(アーティスト), 石野卓球(その他), ピエール瀧(その他)
「電気最高傑作」「おめでとう、おめでとう、おめでとう、自分に」「クラシック」「学校ないし家庭も無いし・・・」「ラジオで流れて・・・」
デカスロン 18 (18) (ヤングサンデーコミックス) (詳細)
山田 芳裕(著)
Black Sea [2001 Reissue] (詳細)
XTC(アーティスト)
「オリジナルの曲順で聴くのがいいです」「よく聞いたね」「XTCの傑作」「エネルギー充填120パーセントのハイテンション」「ライブバンドもしくはギタリスト=アンディのピーク」
さくらの唄 (上) (講談社漫画文庫) (詳細)
安達 哲(著)
「苦しくなるけど読みたいの。」「すばらしい作品です」「名作!!!」「自己嫌悪嫌悪嫌悪…されど自己陶酔、それが青春だ」「それは青い春」
Substance (詳細)
New Order(アーティスト)
「多くのアーティストを育てたアルバム」「87年までの12インチ・シングルなどを集めた編集盤」
刺青の男 (ハヤカワ文庫 NV 111) (詳細)
レイ・ブラッドベリ(著), 小笠原 豊樹(翻訳)
「眩暈がするほど幻想的な世界」
・「これは純粋で良心的なHIP HOPです」
シャドウは紛れもなく純粋にヒップホップをやっている。
そうでもなきゃ、スタインスキーのlesson3をオリジナル盤でライブをしたり、 7inch盤だけでライブするなんて提案はしないだろう。過去の様々な音源に対して敬意が払われていることが聴けばすぐ解る。
オーナーが亡くなったことにより今はもう閉鎖されてしまったが、シャドウの行きつけのレコード屋には地下室があり、ホコリまみれの50万枚以上のレコードがあった。忘れ去られた音楽の墓場ともいえるだろう。シャドウはその倉庫から丹念にネタを選び出し、大半の曲を作っていった。
曲制作は主にProToolsというPCの作曲ソフトと、MPC3000というリズムパッド付きのシーケンサー2台で行われている。徹底してサンプリング音源のみで曲を作る機材構成だ。
その構成にしたのも、そのまま消え去る運命にある音楽を、彼のフィルターを通してアーカイブ(書庫)化するためだったと思われる。そんな行為のためなら、テクノロジーを駆使して何の咎があろうか?
実際シャドウが通っていた店は閉店したし、ゴミ同然の扱いで処分されかかったレアヴァイナルがあると聞けば、遠い所でも駆けつけて「救う」そうだ。
ドラムが上手い知人がいるにもかかわらず、丹念にレコードからチョップされたドラムで生演奏のようにリズムを打ち込み、時に痙攣するようなズれたビートを挟んでリスナーをドキッとさせるあたりが、トラック・クリエイターとしての面目躍如といったところだろう。
スクラッチも声ネタの鳴りがかなり良く、スキルの高さを堪能できる。10年が経とうとしているのに全く色褪せることのない作品だ。
・「リアル」
ヒップホップは好きですが、「ヒップホップ」という型にすらはまらない、もっと斬新で自在なものを探していてこのCDに出会いました。 まず試聴してドラミングのかっこよさに驚きました。実際通して聴いてみて、心のひだを撫でられるような、言葉では語れないあらゆる感情を内包している感じがして、激しく心を動かされました。 感情的なのにその感情を突き放して見据えているようなクールさもあります。 特に大好きな曲は、8の“Mutual slump”で自分はこの曲の中の全てに深く共感します。しばしその攻撃性は自己に向けられているかのようです。 世の中の色んなことに嘘臭さを感じた時にこのCDを聴くと良いかもしれません。真理かどうかはともかく、リアルです。
・「コラージュの美学」
非常に奇妙な、だが一方でとても真面目なアルバムというと誤解を与えるだろうか。実は90年代を代表する名盤の一枚に数えられるアルバムだ。
廃業した店から譲り受けた大量のレコードで構成された「音」「リズム」の集合体。要は情報の取捨選択能力である。DJ SHADOWは分解された小さな音楽の断片で素晴らしい作品を造り上げたわけだ。実に途方もない作業だと思う。
当時はテクノの隆盛時代であったが、このアルバムはアンビエントにもブレイクビーツにも属さない。もっと言えばエレクトロニカの範疇だけでは語れない。ヒップホップにしてエレクトロニカである。だからといってアッパーなサウンドではなく、意外に穏やかだ。異世界にいるかのような浮遊感もすばらしい。既成の音源を繋ぎあわせるという単純作業でも、こんなにセンス滲み出る。聴く度に味わいが増すとともに、陶酔感に浸る。ある意味、エレクトロニカを軽く凌駕している。
・「時代を超える大傑作」
痙攣するようなビートにのせられた美しくも不気味なサウンド、そして激しい転調、複雑な曲構成、そしてなぞめいた詩的なタイトル。すべてがカオスのように相俟って疾走していく音像は、どこでも聴いたことがありません。しかし心に突き刺さってきます。
(いちおうことわっておくと、巷で言うヒップホップとはまるで別次元の音楽です。作者のフィルターにヒップホップを通すと、このようなアウトプットがでてくるわけです)内省的であり、攻撃的でもあり、憂鬱にとりつかれてもいて、また愛も憎しみも怒りも感じられます。つまりすべてがこのアルバムの中に封じ込められています。
4年も前に買ったのにいまだに聴きつづけていて、新しい発見も多い。日常において頭の中で鳴り止まないこともしばしば。人生を変えたアルバムの一つです。
・「革命」
今でこそ当たり前になっているが、当時インストのヒップホップというのはメジャーではなかったと思う。その中でモワックスが一般的なB-BOYといわれた者たちから疎外されていたのも分からなくはなかった。しかし本物のヒップホップが好きな者たちは分かっていただろう、このアルバムが真のヒップホップアルバムだと言う事は。ヘッズ?アブストラクト?何それ?どう聞いてもヒップホップでしょ。2003年の今に出たとしても衝撃を与えるであろうクラシック。ヒップホップが進化し続けた一つの到達点だと思う。
・「圧倒的イメージ」
太陽が超新星となり爆発する寸前の地球には大陸を覆う巨大な木と、樹上と月世界を結ぶ「神」がいた。獰猛な植物たちの支配する星に生き延びた動物はシロアリとハチと人類であった・・冒頭の圧倒的なイメージで物語に引きずり込まれます。主人公の旅は生存をかけた戦いから、やがて知の深遠へと達します。翻訳もすばらしい。
・「人生の縮図」
若い頃は、気が付かなかったが、今読むと、この物語は《人生の縮図》そのものだ、という気がしてくる。次から次へと訪れる、得体の知れぬ生物と、予期せぬ危機の連続。はっきり言って、これは人生そのものだ、という感じである。ラスト、主人公が言う「ここが家だ。危険は揺りかごさ。今まで覚えたことが、ぼくらを守ってくれる!」という台詞は、30を軽く越えた今だからこそ、本当に共感できます。単なる娯楽ではなく、本当の意味における《神話文学》の傑作だと思います。
・「まれに見る名作」
未来の地球が舞台です人類は退化して逃げ惑っていますかわりに植物が全盛をきわめていますこれほど絶望的な未来も珍しいですねオールディスの傑作中の傑作です
・「アイディア満載 温室世界の冒険」
はるかな未来、地球の自転は止まり、永久に太陽に熱せられる部分と闇に閉ざされる部分に分かれた。太陽熱で温室となった地帯では、人類をはじめ動物は退化し、代わりに植物が奇妙な進化をとげて世界を支配する。この不思議な世界を旅する運命となった男の冒険。
種をまくところを探してうろつきまわる植物、月まで蔓を伸ばす植物、蟻をあやつる茸、火を武器にして投げつける植物など、作者の想像力が考え出したジャングルはなんとも猥雑なエネルギーに満ちています。
異形の生命体がはびこるさまは宮崎駿「風の谷のナウシカ」や椎名誠「水域」に似ています。しかしストーリー重視のそれらの作品と違い、アイディアとその描写に重きをおいているように感じました。
・「異形の冒険」
椎名誠が「オールタイムベストテン」に選んでいる作品です。『アド・バード』はこの作品の影響をかなり受けていると思いました(所々オマージュが入っています)。
植物に支配された、未来の地球を舞台です。人は老いた後に、植物に乗って<天>(月)に向かうことを望みに生きる。
椎名は世界そのものを構築するよりも、異常な生物や物質を執拗に書くことを優先していますが、オールティーズはメタモルフォーゼされた地球世界を構築することで作品を形作っています(もちろん異常な植物も出てきます)。個人的には椎名作品の方が好みですが(作品の深みはオールティーズの方が有ります)、オールティーズの強靭な想像力には脱帽。
物語は<天>に登っていく大人と地球に残る子供の両方から描かれています。大半は子供たちの描写です。蜂や植物に命を脅かされてしまう野生状況の中で、大人も子供も無力な姿を曝け出しているのが作品にいい効果を与えています。ただ、物を食べたりするシーンがもっとあっても良かったと思います。
300ページ足らずの作品でちょっと急ぎ足の感も有りますが、冒険の果てにたどり着く結末には、遠くまできたなと思わせます。非常に「濃ゆい」作品でした。
訳者(伊藤典夫)も意味のわかんない単語(だろう)を上手く訳していると思います。
・「極上のヒーリングミュージック」
ジャーマンエレクトロミュージックと云えば、同時期のKlaus Schulzeが最盛期を迎えており、Timewind や Moondawnを出していますが、Ashraも同じエレクトロニクスの手法を取りながら全く異なった音楽になっている。Schulzeの音楽は精神の奥深くに潜行させるのに対して、Ashraのそれは、天上に引き上げてくれる。New Age of Earthを聴くといつもα波がにじみ出てくるのが分かる。特にOcean of Tendernessのギターアドリブは絶品で、天上世界の大海に揺られている気分にさせてくれる。
・「恍惚」
反復するリズム、降り注ぐ神々しいまでに美しいメロディ。一曲目の「SUNRAIN」だけでも、もう、溶けてしまいそう。このアルバムを聴けばきっと、今まで体験したことのないくらいの極上の快楽を味わえるでしょう。
・「まさに「ヒーリング・トリップ・ミュージック」!」
アシュラは、名前は聞いたことがあるが、そのサウンドは耳にした事がありませんでした。アシュ・ラ・テンプルという前身があって、このアルバムでは、マニュエル・ゲッチング(g)が主体(ソロなのかな?)となっております。「ドイツのプログレバンド」といった先入観があったので、まさか、このようなサウンドが展開されていようとは思いもよりませんでした。
そのサウンドは(このアルバムでは)、喜多郎やスティーブ・ヒレッジ(憶測ですが、両者ともおそらく、このアルバムのサウンドにも影響されているように思う・・・)に通ずるシンセミュージックです。(完成度非常に高し!)本来ギタリストであるゲッチングが(このアルバムの裏ジャケでもギターを抱えているにもかかわらず・・・)、このアルバムでは全篇ほとんどシンセ主体のサウンドをやっております。 個人的な感想ですが、「シャドウ・ギャラリー」のアルバム「レガシー」のジャケットなんかは、このアルバムのジャケットに影響されているような気がしてなりません。 ①SUNRAINも名曲ですが、③DEEP DISTANCEが個人的に気に入っております。
・「「その先」の音」
アシュ・ラ・テンペル時代のどろどろの混沌劇を経て、マニュエル・ゲッチングが辿り着いたひとつの境地である。
これは所謂ジャーマン・ロックに分類される作品であるが、一般的にジャーマン・ロックと言って連想される、時にバッドトリップ的な感覚をもたらすようなもの(アモン・デュールの1stなど。これも素晴らしい)では無い。むしろ、そういったようなようなものや、エッジの立ったキツい目の音楽を熱心に聴いているリスナーは肩透かしのような気分にさえなるのではないかと思えるほど、「優しい」印象を受ける音楽だ。
「テクノ」と言ってしまうのが手っ取り早いのかもしれないが、ハード・エッジでアッパーな音に身を任せて踊りたいというようなテクノ・リスナーには薦めない。何故なら、これは(本当は知るべきではないのかもしれない)「その先」にある憧憬がそのまま音楽になってしまったような作品だからだ。僕としては、あらゆるハード・エッジな音楽を一通り聴いてから手に取るべき作品だと思う。
救いようの無い混沌の泥沼地獄(天国)から抜け出して、ようやく目の当たりにする朝日の姿。その姿は天界へと導く光の如く美しく、奇妙な喜びと哀しみに満ちている。
・「ジャーマンプログレの真髄」
レコードが擦り切れるほど聴きこみました。
●アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229)) (ハヤカワ文庫 SF (229))
・「人間には最後に、何が残るのだろう」
核戦争後の地球。そこを捨てて火星に逃げ出していく地球人たち。人間には最後に何が残されるのだろうか。作者はそれを「共感」とし、共感の究極を宗教に求めた。マーサーの行為はイエスの十字架への道をなぞっているし、彼の発言は「見よ、世の終わりまで、あなた方とともにいる」というイエスの発言を焼きなおしている。
浅倉氏の訳は小気味良く、村上春樹氏が、自分の初期の文体を作る上で、滋養になったひとつと明言しているだけに、とてもリズムが良い。誰もが読むべき、映画以上の傑作だ。
・「アンドロイドは眠れない」
リドリースコットの名作『ブレードランナー』の原作であり、SF界、異端の巨匠PKディックの代表作。映画の世界(Rスコットの暗いジメジメした世界)とは、また違った乾いた世界。テーマは『共感』。人間が人間らしくあるために一番大切な能力は共感する力である。と優しく語り掛けてくれる。ラストで主人公の奥さんが見せる温かさに、ほろりとしてしまうのであった。初めて読んでから20年。時折読み返しては、しみじみしております。
・「生命とは何か?」
この本の解説などを読むと、「人間とは何か?」というのがこの小説のテーマだと言います。でもよく読んでみると、むしろ「生命とは何か?」といった方がしっくりきます。
ディックは明らかに「他者との共感」が、人間とアンドロイドの違いであることを示していますが、他者とはここの登場人物たちを見る限り、動物や(なんとアンドロイドまで)含めた「生命」であるようです。「生命の大切さ」などというお説教じみた内容ではなく、生命が死に絶えた世界の中での、「生命への狂おしいまでの愛」が切実と伝わってくる本です。
例えば、あるアンドロイドがクモの足を面白がって切ってしまいます。そのことに激しく衝撃を受ける登場人物がいます。しかし現実の我々はなんとこのアンドロイドに近いことでしょうか。繰り返される動物実験や虐待、犯罪やテロが毎日起こる今の世の中で、「他者との共感」とはまるで白々しいギャグじゃありませんか。
それをディックも分っていたのか、作中「他者との共感」を現実化させるSF的道具であるマーサー教が、アンドロイドたちによってインチキだと暴露されます。人間が持っている「他者との共感」能力など嘘である、と証明することによって、「他者との共感」ができないアンドロイドは人間の価値を否定するのです。その意味でアンドロイドが勝利します。
でも最後に作者の祈りが描かれます。絶望した主人公のリック・デッカードはインチキであったはずのマーサーと、最後に一体になる体験をします。それでも「共感」はあったのです。そしてそこで見つける絶滅したはずのヒキガエル。絶滅したと思っていた種を見つけた時の激しい人間の喜び。そのヒキガエルにもまだ話しの続きがあるのですが、そのまま感動的で美しいハッピーエンドへと終結していきます。
作者ディックの論で言えば、現代の我々は生命のないアンドロイドなのに違いありません。もしなんとか人間でいたい、生きていると信じたいと思ったら、まずこの本を読んで身につまされるところこから、始めたらいいと思います。
・「人間とアンドロイドの闘争」
どなたも、この風変わりなタイトルに興味を抱くだろう。私自身、「electric sheep」は何らかを意味するイディオムだろうかと疑問を抱いて辞書を引いてしまった。残念ながら、electric sheep は「電気羊」に相異ならない訳で、これはもはや地球に生物が生物として生存するだけの資源が十分でない時代に創造された人間のペットのことである。主人公のペットが電気羊という訳だ。
主人公は警官で、その仕事はアンドロイドの発見と駆逐だ。いくつかのアンドロイドは人間の従者としての地位を逃れ、違法に行動する。そんなアンドロイドを駆逐するのが主人公の仕事である。
主人公は大のアンドロイド嫌いで、人間に瓜ふたつであるアンドロイドを進んで駆逐しようしている。しかし、そんな彼もやがてアンドロイドの人間味に触れ、自らの価値観が変化しようとしていることに気づく。彼の持論である「アンドロイドはペットを飼いたいという気持ちにはならない」はもはや通用しなくなる。
もう一つ忘れてはいけないのは作品に登場する「chicken head」だ。chicken head は放射能汚染によって軽度のハンディキャップをおう人間の代名詞と設定されているようだ。作品の重要な登場人物として一人のchicken head がいる。彼は主人公が追っているアンドロイドをかくまう事になる。その過程で彼は主人公とは異なり、アンドロイドと人間の深い溝に遭遇する。
作者がこの二人の主人公を対比的に描いたのは何故なんだろうか。
・「アンドロイドはもはや架空の存在ではない」
この小説は、「現代」や「人間」あるいは「生命」から「神」にまで至る広範なテーマを投げ込んだ「哲学小説」です。本作品の中でアンドロイドと人間の違いはただ「共感能力」があるかどうかだけですが、既に人間の「共感能力」さえも危機に瀕している、といった状況設定がなされています。これが極端に言えば「私は人間かアンドロイドか?」といった思考を読む側にさえ迫って止まない迫力となっています。小説の舞台は近未来ですが、私たちの時代、特に現代の日本は、既にこの小説における「アンドロイド」化をかなりな部分で遂げつつあるように思えてなりません。「簡単な理由での人殺し」もそうだし、「二次元少女にしか恋できない症候群」もそう、また「満員電車での鬱積した殺意」などもこの国の「共感能力欠如」、「アンドロイド化」の象徴だと思えます。とにかく、現代について考えさせられる小説。娯楽としても読めますが、非常に奥の深い「SF文学」です。
・「空気パック」
1stでは日の出が見える高山地域からの牧歌的エレクトロニカを、2ndはアナログシンセで宇宙っぽいシーケンスを打ち出していたとすれば、今作は山の麓の村に戻ってきてくれた感じだ。生音のフレーズが増えたことによってジャーマンロック、ハルモニアやカンなどの70年代の音質により近づいたと思う。聴いたことのあるような(気にさせる)メロディーを紡ぎだす才能は健在だった。イギリス、アメリカ、日本それぞれに文化的な差異があるはずなのに、BOCはそれぞれのノスタルジアへと送ってくれる。凄まじいことだ。
・「とろけそうな名盤チルアウト」
前作ジオガディよりも、アルバム全体の統一感があり、シンセサイザーの使い方は過去のTwoismやMusic has the right to childrenの雰囲気寄りのサウンドになっています。あえて難をいえば曲のバラエティは多彩ではありませんが個人的には定番チルアウトものとして長く付き合っていけそうなまったり広がるサウンドは前作ジオガディより好みです。
また今作で大きく変化している気がするのはギター素材が全編に渡って大きくフィーチャーされていることです。かといってよく比較される、My Bloody Valentineのような壮大でしびれるディストーションサウンドとかではなく、さわやかで空間をさりげなく演出しコード感を強調するような紛れもないBoards of Canadaの音といえるのではないでしょうか。
それと不思議なサンプル素材達はどこで見つけてくるのか、どのような音処理をしているのか、ざらついたダークな存在感がとても気持ちよく、これらも隠れた彼らの個性となっています。
Boards of Canadaは多くのリミックスワークをこなして、良作がとても多いのですが、興味のある方はclouddead(クラウデッド)のdead dogs twoのリミックスを聞いてみてください。これも必聴です。
・「これ素晴らしいよ。」
自分は、海から海面に上がってゆく夢を見ているようなイメージを連想しました。友人は小学校の時高尾山からみた朝焼けを思い出したそうです。このジャンル、作風が似てしまうのは仕方がないことですがBOCは似て非なるもの。このゆらゆら感はちょっと独特です。水の膜を通して過去を覗いているような。それぞれのトラックがみなさんの人生のメインテーマになること請け合いです。いや素晴らしい。
・「一つの極点」
なんというか、この人達の音楽は、文章化するのが難しい。歴史的な話をすると、Aphex twinがDrukqsで取り入れて、square pusherなどが発展させてきた、エレクトリニカにオーガニックな音を入れていくという手法がある。その手法を彼らなりのサウンドに合わせる事ができた、一つの極点になるだろう。
なんか、今までのボーズの音って、どこか子供のころに聞いた懐かしさとか、切なさとか、日常からはみ出た音が淡々と鳴っているっていう感じがあった。で、もちろんその音はこのアルバムでも鳴っている。このアルバムはもう少しエモーショナルな感じがする。1曲のなかで、だんだんと盛り上がってきて、気がつくとまた静寂に戻るという繰り返しを10数回繰り返す。あくまで、そこまで激しい盛り上がりはなく、実に微少な変化を繰り返しながら、盛り上がっていく。その感じがここちいいのです。
・「サイケデリアの回廊」
英スコットランド・エジンバラ出身のマイク・サンディソン、マーカス・イオンによるデュオ・ユニット、エレクトロニカ・シーンの最重要ユニットであるボーズ・オブ・カナダの3rd。
前作『Geogaddi』以来3年半ぶりとなる待望の新作。
本作では、生楽器が多く使用されている。だが、ヴィンテージ風の音にするために何ヶ月もの長い時間をかけたという。サンプリングではなく生演奏した音を古風で美しいものに加工していくという職人的なアプローチ。
歪んだギター、ドラム、パーカッション…アナログ感を大切にした音たちの感触は、ぬくもりを持ちその変化するテクスチャーはまるでつづれ織りのようだ。
彼らの言う「ポップ・アルバムが太陽に20年さらされた感じ」を見事に表現した素晴らしい音とアートワーク。
浅瀬の水中から太陽を見る波間、光と交錯して揺れる浮遊感と褪せた空気の織りなす曇りガラスの残像。
すべての音が微妙に揺れ蒼く淡い思い出が遠くから幻のようにやってくる。
記憶が脈打ち心を巡る記録も輪廻する。
儚く揺れながら、切なさに胸を熱くし幻想の彼方へ描く螺旋。
時間・空間をたゆたうデジャヴ。
サイケデリアの回廊を巡る目眩のするようなマインド・トリップ。
やはり、彼らは唯一無二の存在だ。
・「泣けた・・・」
偶然の一致かはたまた予定調和か・・・。深遠な近未来の世界に迷い込んで、その奇妙さに戸惑いつつも、ぐんぐん読み進んでしまった。宇宙空間へトリップしたい人、人間の悲しさ・素晴らしさを味わいたい人、その他諸々の人にぜひお勧めしたい。バクモンの太田氏には、紹介してもらったことを感謝したい。
・「ちょいと出ました「線形野郎」が〜丸くなったり四角くなったり〜」
27年前に完全読了。と威張って見てもどうと言う事は無い。しかし、実際に自分が相場師になって読んで見るとこの作品が「線形性の限界」を示している様にも読める。
マラカイ・コンスタントの父親は、聖書を使った「線形的な手法」で大儲け。息子マラカイに、その「秘伝の手法」を授けて世を去る。此処までは、良い。「線形的なシステム」の寿命が、相場師自身の寿命よりも長かった。結果的に『まぐれ』で儲けただけである。
問題は、二代目「線形野朗」のマラカイが、在−非在系を超越して「超存在」する「非線形野朗」の、ウィンストン・ラムファードに出会ってしまった事である。今、考えて見ると「時間等曲率漏斗」の含意が、非常に興味深い。
・・・・・・・・・・一寸話が前後するが、マラカイの父親ノエル・コンスタントが、一代にして数十億ドルの資産を築き上げたその「秘伝の手法」が、アメリカ個別株の「銘柄選定法」と「ポートフォリオ銘柄の入れ替え方法」である。どこかで聞いた様な話じゃないかね?石川君。・・・・・・・・・・
此処でノエル・コンスタントの手法の話だが、聖書の文章のアルファベット2文字ずつを、「前から順番に」、銘柄シンボルと見做して、買っていくというもの。「損斬り」はしない。買えば、何故か、皆上げる。しかし、重要なのは利喰い法と、増えた分の資金を再投資するやり方。即ち、イグジッティング・ストラテジーとマネー・マネッジメント。此れだと、詰まり「ランダム・エントリー」と全くおんなじじゃねーか!従い、この「手法」は検証可能である。・・しかし、問題は、その特定銘柄を、パンクチュアルには詰まり、「単時点的な意味に於いて」、何時!買えば良いのかまるで判らないのだ。で、傍から見ていて評論家連中が「買いのタイミングが絶妙!」等と戯言をほざいたりする訳だ。・・
「手法」については詳しくはp80を参照。ノエル・コンスタントの投資会社マグナム・オパスに関するレファとしては、p86に2冊が紹介要約されている。
しかし、マグナム設立以前に、数千万ドルの資産を持ったノエルがバフェット同様、経営を買う「投資家」になっていた。マラカイも「手法」は全く同じだが、「相場師」である。ポートフォリオ銘柄の入れ替えの為に、「売っちゃ買い」をしているから。日本人の個人「投資家」で、この件に関して文句のある人は、直接ヴォネガット爺さんにどうぞ。本人は07年4月に他界しているが。
続きは、また書く。
・「著者一流の名セリフ「私を利用してくれてありがとう」「いや、どういたしまして」」
約50年前に発表された本作は20世紀小説の大傑作。大富豪コンスタント氏が宇宙のさすらい人となり、太陽系の星を転々とし、最後に家族3人がタイタンに安住するが、そのタイタン到着までの悠久の人類史が遥かな宇宙旅行途中に円盤の故障でそこに不時着したトラルファマドール星人に部品を届けるべく同星人による干渉を受けた結果だった、という壮大かつ荒唐無稽な寓話。しかし、波乱万丈の生涯を余儀なくされたコンスタント夫人は、「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら、それはだれにもなにごとにも利用されないことである」という箴言を残す。ヴォネガットの哲学を示す何たる名セリフであることか。本書は、タイタンが舞台になって以降の切なくも美しく、作者の優しさを感じさせる終盤が圧倒的に素晴らしいが、そこに至るまでの展開にも、異星からの攻撃を受けて初めて一致団結する地球人の姿や徹底的に無関心な教会という架空の宗教に込められた現代社会への皮肉、時空を超えた存在という概念や人の人に対する博愛の象徴としての消防車賛歌といった後の彼の作品で繰り返されるモチーフが含まれている。感動の終盤では自身の生誕地という理由以外に何故著者がインディアナ州インディアナポリスにこだわるかもわかる。
ヴォネガットらしさは本作で開花した。以後、「母なる夜」、「猫のゆりかご」、「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」、「スローターハウス5」と秀作が続く。私の青春の愛読書だったが、20世紀米国小説の金字塔たる不滅の作品群だと今も確信する。なお、翻訳云々を指摘しているレビューもあるが、私は読みにくさを昔も今も感じなかったことを付言する。
それでは、単時点的な意味において、さようなら。
・「ジャンルに捕らわれず自由な心で読んでください」
このタイタンの妖女はヴォネガット自身が好きな作品の一つに挙げている。だが、彼はこの一冊によって自らをSFのペイパーバックの狭い片隅に押し込められてしまうことになってしまう。そんなある意味忌まわしいとも言える作品を、彼は好きな作品の一つに挙げているのは一体何故だろうか。
確かに、ワイドスクリーンバロックの手法を借りたこの作品は、一見ただの皮肉に溢れた奇妙なSFに見えるだろう。しかし、それはこの作品の一側面にしか過ぎない。この作品のもう一つの側面は、運命という化け物に翻弄される者たちの虚無と、そんな彼らに対する憐憫にも似た深い愛情だ。
運命の無情さを引き立たせるために、巨視的な視野でもって繰り広げられる物語の受け皿としてのSF。愛そのものが放つ甘ったるい匂いを和らげるためのアフォリズムに満ちた文章。それらがこのタイタンの妖女には必要だったのだ。
それがゆえに読み解くには確かにSF的素養が必要であるといえるだろう。だが、それが全てではない。
それは登場人物に注がれた愛を見ればすぐにわかるだろう。なにより、その愛はこの無情な現実の世界に生きる我々に向けられた愛なのだ。そんな彼だからこそ自らの鬼子でもあるこの作品を愛してしまうこともできてしまうのかもしれない。
そして、読み終えて思わず涙を流している自分に気がつくだろう。
・「自分を試される本」
星5つにしたのですが、私は全部を読めずに途中で挫折して、最後の数ページを読んでしまいました。ご存じの方も多いかもしれませんが、爆笑問題の太田光さんが大変感銘を受けた本として紹介していて、「タイタン」という事務所の由来にもなっている本です。
・「リマスタリングが素晴しい」
ELPのK2HDの中では一番リマスターの出来がよいかもしれない。音源自体がよいのかもしれないが、他のアルバムではサーというノイズが強調されてしまってたまに気になるのだが、このアルバムはそういうことがほとんどない。低音域がより豊かになり、音の生々しさもすごい。空気まで伝わってくるというのは極端かもしれないが、そんな感じなのである。内容についてはいまさらいう必要はあるまい。ELPはビクターレーベルが次から次へと音のいいリマスターCDを出すので、ファンにとっては悩ましいかぎりだが、初めて聴こうという人にはためらわずこれを手にとることをお勧めします。
・「架空の怪獣「タルカス」をモチーフにしたコンセプト・アルバム」
71年発表の2nd。架空の怪獣「タルカス」をコンセプトにした大作を含む作品であり、EL&Pの初期の傑作とされている作品である。変拍子バリバリの演奏に雄叫びののようなムーグ・シンセサイザーが鳴り響くサウンドはまさにプログレの王者の風格を感じさせるが、ジャズ・ロックを聞いた後で本作を聞くと微妙にソフト・マシーンあたりにも通じる共通性を感じさせるから不思議だ。1stでの聞き物はピアノだったが、本作ではオルガンだろう。キース・エマーソン=オルガンという見方をする人からすれば本作が彼らの代表作というのは納得せざるを得ない。2.はホンキー・トンク風のピアノを聞かせる軽めのヴォーカル曲。大作のあとのリラックスした雰囲気への移行が作品のクオリティを高めている。ジャケットに良い意味で非常にバカっぽく描かれているのが「タルカス」だが、この微妙なハズし加減と強力なインパクト、そしてエンターテイメント性こそが、EL&Pの一つの魅力であり、誤解の元凶なのだろう。
・「圧倒される不協和音リフ..伝説のボックの入場曲」
このオープニングの変速リフは突進してすべてを破壊する怪物的表現であるが.現在中年層のかつての格闘技ファンならこの曲は 昔アントニオ猪木の絶頂期期に彼を危険な投げ方をしたり.パワーで子供扱いし.アンドレザジャイアントをダブルアームスープレックスを決めもう二度と戦いたくないと彼にさえ嫌がられた欧州最強の伝説のドイツのレスラー.ローランボックの入場テーマ曲であった.格闘技好きのELPファンなら当然覚えている人もいるとと思う.ELPが好きだと言っていたボック自身が決めたのだが.彼の不気味さを伴う圧倒的凄みの風貌に妙にはまっていたのをこの曲を聴くたびに思い起こす ロックでいろんな入場曲はあるけれどこれを使うとはオォッーと思い.彼ならこれを使えるレスラーだなと思った.やはりELPは格闘技的プログレッシブロックなのだ.余談だがこのボックはヴァンゲリスも好きで天国と地獄のオープニングを別の時に使っていたのも覚えている.これもうなずける
・「アナログシンセの可能性の追求が明確になった作品」
ELPのセカンドアルバムです。ファーストがどちらかというとライブ演奏をそのままスタジオで録音したという感じだったのに対し、このアルバムでは、それよりは練りこんだスタジオワークを駆使しています。異次元っぽいサウンドがフェードインしてくる冒頭部などは、当時シンセが単音しか出なかった事を考えると、かなり画期的な事でした。また、ファーストでは色どり程度の使われ方しかしなかったシンセは、今回は表題の組曲で随所に、そして効果的に使用され、ELPイコールシンセの音というイメージを確立した記念碑的作品に仕上がっています。表題曲に較べて、後半の小品集が、やや物足りなく感じてしまうのは残念ですが、それでも十分星5つの作品でしょう。
・「!!必聴!!」
私がプログレを聴く様になった作品、そしてELPの大ファンになった作品。とにかく素晴らしいアルバムです。これを聴いてELPの攻撃的かつテクニカルなメロディを体験してみてください!!
・「今なお色あせない」
人類が宇宙へ進出しようとした時、地球外知的生命体“オーバーロード”の宇宙船が空に現れる。以後圧倒的な知力と科学力を持つ“オーバーロード”に導かれ、人類は戦争も飢餓もない黄金期を迎えるが……
発表から50年を過ぎた現在でさえ色あせない素晴らしいSF作品です。
まず、前半では異星人“オーバーロード”たちは姿を見せないまま人間達の文明を導いてゆきます。彼らはどんな姿をしているのだろう?人型?それともグロテスクな怪物?また彼らの目的は?読者は登場人物たちと一緒にドキドキしながら、彼らの正体をあれこれ想像しながら読み進めることでしょう。
そして後半、“オーバーロード”が姿を表し、さらにその真の目的が明らかになり、読者は「幼年期の終り」というタイトルの意味を知る事となります。
まるで精緻なからくり人形のように読者に知的興奮を与えてくれる作品。オススメです!
・「おもしろくてdisturbing」
決して楽観的に書かれているわけでもなく、少しグロテスクなところもありますが、彼の描く人類の新しい進化の可能性は、魂が、宇宙向こうまで膨張するような、果てへの焦燥を感じさせます。私たちはこんなちっぽけな世界からさえまだ離れられないなんて…。クリスチャンで、SF好きだというアメリカ人の友人の一人が、この本を「おもしろいんだけど、”most disturbing and depressing” 」といって貸してくれました。いくらフィクションといえども、こういった人類の存在の根底を問うような内容の本は、おもしろくも揺さぶられる怖さがあるのでしょう。物語の中盤で明らかになる宇宙人の正体についてや、その他にも多少、時代の古っぽさを感じさせるエピソードなどがありますが、それはそれで興味深く、英語も平易で十分楽しめました。この本と似たようなコンセプトはその後の「2001年 宇宙の旅」や「2010年」などのシリーズでも描かれていきます。前後にこれらの本も読むとなお、おもしろいと思います。
・「追悼」
突然現れた宇宙船によって、人類は孤独ではない事を知る。オーバーロードの統治によって幼年期が終わり始め、徐々に変質していく社会と人類。自分の拙い表現力ではこの作品の魅力を言いあらわすことは出来ない。
・「SF哲学書」
究極の生物とは何か?人類の生存意義とは何か?人類にとって宇宙とは何か?という人類永遠のテーマに、アーサー・C・クラークが独自の解釈で答えを出したような作品。「2001年宇宙の旅」の概念をもっと宗教的・哲学的にしたような内容。
大国間の宇宙開発競争真っ只中に宇宙から突然現れ、世界を平和に支配を始めた超生物異性人「オーバーロード(上主)」。戦争も飢餓も貧困も一掃され、一世紀の間人類は平和を謳歌していたが、「オーバーロード(上主)」の真の目的は、自分達より上の存在「オーバーマインド(主上心)」の意思を受け、人類を更に進化させる為の手助けをする事。そして、更なる進化に目覚めた人間の子供達の変貌、地球の運命は・・・
わくわくどきどきする物語である。ここでいう「オーバーマインド(主上心)」は「宇宙意思」または「神」と置き換えてもいい。そして、「オーバーロード(上主)」の正体と悲しすぎる運命とは・・・
50年ほど前に発表された作品で、随所に古臭さはあるものの、物語を貫くテーマは今の視点で読んでも感動する。
一読をお勧めしたい。
・「自我の変貌を描く」
2001年宇宙の旅の方が有名なんでしょうか?でもこっちの方がわかりやすいかもしれません。それでいて迫力がある。筆者の表現したい事が明確に分かります。
この作品は人間の進化についてのSF小説です。宇宙人が地球を訪問して、文明テクノロジーを上げる、その目的は人類の次の進化を生む為の土壌を作ること。結果として幼い子供たちが自我(人類)を捨てて、大我(宇宙体)となる。そんなお話です。
この手のテーマ(進化論または宗教的人類論)が好きな人には本当にたまらないのですが、今時はやんないかな・・同世代で見てる人なんていないだろうなぁただエヴァの人類補完計画とかの元ネタの一つらしいですよなるほどねーこんな話からも来てるんですね。
・「Mike Paradinasの世界」
ヴィニールで持っているんだけど、2枚組になっているので、じつはちょっと掛けるのがめんどうだと思ったりしているんですが、1曲めの「Brace Yourself Jason」がものすごくかっこよくて、出たばかりのころは本当によく聴いていました。ミュージックは共感できる音という感じがして、朝から掛けてもまったく押しつけがましい感じがしないし、とても自然で美しい、素晴らしいアルバム。
・「マスターピース オブ 90's」
90年代テクノのマスターピースです。メロディーはやっぱりメローなMike Paradinas節ですが、以前のClearあたりの彼の音と比較するとSquarepusher&AFXに洗脳された直後のリズムが聞けます。最も美しいメロディーかつ複雑なリズムを創ってた時期じゃないですかね。でも何故かポップな不思議バランス。メランコリックアッパーブレイクビーツ、良き90年のオト。
95年にUKでOrbitalの前座をやってましたが、完全に食ってた。
革新的なオトに偏見のないインテリ向け。一般的なのテクノトランスファンは理解出来無そうだが。
・「いやぁびっくりしましたよ(埼玉県会社員」
マイクパラディナスさんは、変態音楽って書かれることも少なくないみたいですけど、それって才能の裏付けがあるからなのかもしれません。
自分的にはこのCD、素で聞いててもとっても楽しいです。やさしくて綺麗なメロディに高速ブレイクビ-ツがのってるのもあれば、ボイパのブレイクビ-ツも入ってて面白いです。個人的に好きとか面白いとか書いてますけども、聴きづらい方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、このての音楽では聞きやすい部類に入ると思います。エイフェックスツインの弟子っていうか、影響をうけてるところも多いみたいですが、この作品に至っては既にキャラクターが確立されてると思いました。
・「頂点が早く来すぎた?」
リチャードDジェイムスアルバムとかスクエアプッシャーの2ndが好きならば持っているべき作品。パラディナスさんは、リチャードさんと共同でアルバム作ったりもしていて、ポスト・エイフェックス・ツインと呼ばれていた人。
優しくてわかりやすいメロディラインと凶暴なブレイクビーツという組み合わせは、正にエイフェックスの系列にあるといえる。その系列の中でもベスト3に入るデキ。最近のパラディナスの作品を聞いてると、これを超えることができずに(完成度の上でも方法的にも)苦しんでいるように思えてならない。
・「テクノミュージックのクラシック」
この作品はテクノミュージックのクラシックともなるべき作品である。
・「戦後文学最高傑作。」
自分がこれまで読んだ本の中でもっともおもしろかったと言って過言がないほど圧倒的な迫力、緻密な知識、構成が絶妙なバランスをもって重畳的に織り込まれている作品。
サスペンスとしても楽しめるし、現代社会に対してありもしない希望と自由の幻想の上で成り立っているものと批判する寓意的小説として読んでも優れていると思う。砂に囲まれた家での思い通りにならない生活と望めば何でも手に入るように見える現代社会・・・優劣はどちらだ・・と・・
砂が絡み付いてくるようで、読んでる途中に何度もシャワーを浴びたくなる描写にも嫌悪感を感じながらも引き込まれていきます。読んで損は全くなし。
・「比喩の天才」
安部公房は私が今まで読んだ作者の中でも最もレベルの高い比喩の使い手だと思う。砂に侵食されている家に住む女に対する描写は鋭すぎて同じ女として胸が痛むのだがいい得て妙の感がある。また、学生時代にわからなかった比喩が社会人にになって人並みに辛酸を舐めた今日になってやっと理解できるようになった。私のような頭の足りない人間が表現しきれない感覚を、その独自の鋭い比喩が上手く表現して私を救ってくれるのである。
・「不条理な状況に連れ去られた後、それを受け入れる条件まで描かれている点が素晴らしい」
「砂の女」を含む安部公房氏の作品群の中で良く取り上げられる状況設定が、言うまでもなく「不条理」である。今の今まで「常識」、「当たり前」と思っていた「生活していく上での前提条件」が、ある些細な出来事から崩壊し、自分が主体的に生活をコントロールしていた筈が、逆に生活から従属的にコントロールされる側に転落し、その状況を主人公(人間)がどう受け入れ、克服していくか、、、今までの生活の「何気なさ」、違和感無く口を広げている「不条理」への入り口、誰にでも起こりえると感じさせる「不気味さ」、この点が他の作家の作品にはない、氏の作品独特の醍醐味であると感じている。さて「砂の女」であるが、本作は「不条理な出来事」が切っ掛けで、「今までの価値観ではあり得ない状態」に追い込まれる処までは他の安部作品と同様のテーマ、展開であるが、そこから主人公がその状況を受け入れ、「今までの価値観の上に構築された生活」を捨て、「不条理な条件の上に成り立っている現状と共に生きていくために必要な条件」が記載されている点が他の作品と比べて知的に抜きん出ていると思う。力で強制されたただけでは、人間は慣れ親しんだ価値観を捨てることはできないこと、一度は脱出の「希望」を持ち、それが失敗することで「絶望」を経験し、それでも脱出の希望を伺いつつ生活していくのであるが、彼の地で「生甲斐」を発見したとき、主人公が「その生活と共に生きていく決意」を固める、、、見方を変えると人間の価値観を丸ごと取り替えるために必要十分な状況設定が記載されていると読むこともでき、その点で、恐ろしい小説であるとも言える。世界二十数カ国語に翻訳された云々の謳い文句を気にする必要はありませんが、その事実は文化的背景に関係なく普遍的に万民を考えさせる内容を本作品が備えていることを示していると思います。未読の方は是非、お試しになることをお勧め致します。
・「普遍的な作品」
この作品は、安部公房の中で、唯一「普遍的な高み」に達していると思います。というのは、その他の作品の、他人の顔、壁、箱男、密会、方舟さくら丸、そしてカンガルーノートといった作品は、どれも極端な「特殊」の部類に入っているからです。ですから、安部公房の作品を何か読みたい、と思っている方は、是非この作品を読んでみることをおすすめします。文学的な含みがたくさんあり、無限の広がりを見せる作品だからです。多くの比喩にも着目してみて下さい。安部公房の「実験」が、文学的に最高の高みに達したのが、「砂の女」といえるでしょう。(なお、この作品を読んで、安部公房の他の作品にも触れてみるのもよいでしょう。ただし、着想やイメージが極端に特殊化しているので、多少「砂の女」とは温度差を感じるかもしれません。しかし、そんな安部公房の世界を探険してみるのもよいと思いますよ。)
・「渇望」
「孤独とは、幻を求めて満たされない、渇きのことなのである」(本文より)
「1/8mmの砂の流動」というフレーズが、奇妙に耳に残る。 いまだかつて砂をそんな風にとらえたことはなかったし、とらえた作品もなかったのではないかと思う。 砂漠だというのに砂は乾かず、人間を飲み、人間の生活を、人生を飲んでいく。
緊張するとき、嘘をつく時、水分が足りない時に、人間は口の中が乾くというが、この文学は読むだけで口が渇いてくる。たぶん、全部の理由が当てはまるからだろう。乾くのは、砂漠や砂ではなく人の心、渇望とは実によくできた日本語だと思う。
・「「Nubian Sundance」につきる」
前衛色の強かった初期WRからエレクトリックWRに変貌する過渡期の作品という位置付けである『Mysterious Traveller』。その経緯は「ザヴィヌル―ウェザー・リポートを創った男」(Brian Glasser著)に詳しく書かれている。WRというと『ヘビー・ウェザー』が最高傑作というのが世の常識。そりゃ、ジャコのベースはセンセーショナルだったし、楽曲も良いしね。でも、個人的に一番好きなWRの曲は「Nubian Sundance」なのです。この曲を聴くと解放感が味わえるというか、アドレナリンが放出されるというか、それはなんともいえない快感なのです。ザヴィヌルは作曲を即興演奏から譜面に起こして行なうそうだ。「Nubian Sundance」を聴くと、決して理論的な作曲法からは生まれることのないタイプの曲だなと思う。この時期のザヴィヌルはイマジネーションが非常に充実してい時期だったのであろう。 WRはショーターとの双頭バンドとしてスタートした。また、ジャコが彩りを添えたに違いないが、結局はザヴィヌルのバンドであったというのが現実である。ザヴィヌルのソロ作と化したWR最終作「ディス・イズ・ディス!」は世の評価は異様に低いが、私はかなり好きな作品だ。やっぱりザヴィヌルの曲は最高なのだ。
・「『今に見ておれ』の完成」
1974年発表。1964年9月15日の『Miles in Berlin』からマイルスのバンドに参加し、1970年2月17日にマイルスのバンドから離れてたウェイン・ショーター。『Live-evil』ではハービー・ハンコック、チック・コリア、キース・ジャレット、ジョー・ザビィヌルという信じ難いような4人による演奏が繰り広げられさせつつ、マイルスに一言、『俺のところで最高のピアノはキースだな』とバッサリ切られたジョー・ザビィヌル爺。2人はマイルスの渾沌に溢れたファンクの嵐をまともに受け翻弄されつつも実際は相当にプライドを傷つけられ、『今に見ておれ』とエネルギーを貯めていたに違いない。それがあらゆる面で理想に近いカタチで出来上がったのが本作『ミステリアス・トラベラー』だ(●^o^●)。完成したのはミロスラス・ヴィトオースのアコースティックな1曲を除いたアルフォンス・ジョンソンのかかわった部分の音である。理路整然としたファンクのリズムはライヴ感溢れ、空間的に音楽が突っ走る。ショーターとザビィヌル爺のやったぜ見てみろの顔が目に浮かぶような作品である。つまりはこの音はマイルスへのアンチ・テーゼとも言えるだろう。
より完成されたウエザーの音を目指す二人(特にザビィヌル爺)は後にアルフォンス・ジョンソンも後にクビにし、あの長髪で背中にフェンダー・フレットレスを積んだ若者を起用する。それが『ウエザー・リポート』というものの概念すらも変えてしまうということに気がつかずに、だ。
結論。僕にとってウエザー・リポートとはジャコ・パストリアスである。(●^o^●)
・「バンドの転換期を捉えた作品」
創設メンバーのMiroslav VitousとJoe Zawinulの音楽的確執が前作より表面化していたが、よりファンキーな路線を推し進めたいZawinulが半ば強引にエレクトリック・ベース専従のAlphonso Johnsonを加入させ、Vitousは本作では1曲のみ参加という形でそのまま退団という形となった。後のバンドの発展を結果的に判断すれば、これが良い形であったとも言える。それまでのWEATHER REPORTは、混沌としながらもプログレッシヴな方向性をもった画期的なバンドとして突き進んできた感があるが、どこか万人にはなかなか捉え難い面があった。しかし、前作からZawinulが提唱してきたよりリズムを強調した路線が、本作あたりから独特のオリジナリティを形作ってきている。この時点でAlphonsoの加入はバンドに大きな転換期をもたらしたと言える。また、ブラジルの名パーカッショニストDon Um Romaoの活躍も見逃せないが、ドラムスのIshmael Wilburnはこのバンドとしてはいささか凡庸である。
・「「ヒト」を知り尽くしている中島らも」
酒に溺れる。新興宗教にのめり込む…と聞くと、暗い暗い悲惨な状況なのだが、まるで喜劇のように描かれているのがこの本。次々登場してくる奇術師、セラピストなどなど、怪しげで興味をそそる人々ばかり。 底なし沼のような人の心の闇を、老若男女問わず楽に読める物語に仕立てる中島らもは、奇才だとしか言いようがない。おそらく人の弱さやもろさをとことん知り尽くしてしまったのだろう。その病的な鋭敏さゆえ、現世では長く生きられなかったのかもしれない。 もっともらしくの給う評論家や学者より、人間を深く理解している。アフリカについて、呪術についての知識も半端でない。 自称中島らもファン、ますますファン度を増しました。
・「努力する天才逝く-バナナのキジーツ」
後世に残る名作である。多くの人に読まれたい本である。中島らもは天才である。努力家である。シャイである。優しい人である。単なるエンタテインメントの域を超え、怪し気なものにひっかからないハウトゥー本でもあり、昭和30-40年代の日本の市井を伝える記録本でもあり、アフリカの生態を伝える本であり、宗教・哲学の入門書でもある。この本を読んだ人は「しりとりえっせい」を改めて読んでみるといい。中島らもの素敵で泥臭い人間像が見えてくる。
・「鬼才らもさんの遺した神秘ミステリー長編」
鬼才中島らもが僕等に遺した長編ミステリー小説。主人公・大生部教授は専門の文化人類学のフィールドワークの費用捻出のため、矜持を捨て、タレント教授の役割を超能力番組のコメンテーターの日々を送る。番組の中で共演するマジシャン、ミラクルは超能力者のトリック性を次々と明かしていく。番組の演出の描写が構成作家が書いた台本のようにリアルだ。一方主人公の妻はなくした娘の傷が癒えぬ事がトラウマとなっていて、友人に誘われた事を契機に自己開発セミナーと超能力を売り物にした新興宗教団体にはまっていく。セミナーの描写もリアリティがあって読みふけってしまう。大生部はミラクルの助けを得て、宗教団体教祖の超能力のいんちきをあばいて、妻の救出を図る。前編は”魔術はない”という一貫した論理でスト-リーが展開するが、後編はそれが一転。逆の論理で急展開していく。さて、その続きは後編で。
・「渾身の大作!」
中島らもはアル中や薬中のネタばかり繰っていると思っていたら、大間違い。「ガダラの豚」は大エンタテインメントです。ジャンルとしては、私は冒険小説だと思いますが、冒険小説は現実離れしていて今更読めないという人も、読み始めたら止まらなくなること請け合いです。題材に使っているアフリカの呪術師や新興宗教に関する取材もバッチリで、今やヨレヨレとなってしまった感もある中島らもさんの姿から考えると、この小説をきちんと仕上げてくれた事は奇跡的なことであったように思います。非常に才能のある人なので、またアル中からも躁鬱病からも立ち直って、この本くらい面白い小説を是非書いて欲しい。中島らもが復活する日のことを考えて、みなさんせめてこの本だけは読みましょう。
・「中島らもは天才だった!!」
生前の中島らも氏のこと、なんか、うさんくさい人だなあと思ってました。無知も甚だしかった、天国のらもさん、ゴメンナサイっ!あなたはほんとの天才でした。であるがゆえに、お酒やクスリの力を借りないと、この世を渡っていくことができなかったのですね。。。この「ガダラの豚」は空前絶後の面白さであること請け合います。小説の愉しみ=この本といってもいいぐらい、ハラハラ、ドキドキ、クスクス、ニヤリ、ホロリ、ジーン、ワクワク、のすべてが詰まってます。宗教的・民俗学的知識もすごい。小説が好きっていう人なら、これを「読まずに死ねるか!」ぐらいな本だと思います。読者に迎合した、中味なしのカッコだけのかるーい小説を書く「エセ作家」が多い中、らもさんこそ本当の「小説家」だった。本当に本当に惜しい人を早くなくしました。。。
・「一気に聴かせるポップワールド」
縦横無尽なポップアルバムとしての性能はかなりのものである。メロディの好き嫌いはあるかも知れないが、グリフのソングライティングの力量はすごい。最近のUKロックのどこにも属さない音と言える。
●燃えよ剣
・「最後に見せた暖かさみたいもの」
司馬氏の描くに好きな男というのは、一本筋を通して、死をも顧みることなく闘い続ける人、なのでしょう。政治、特に自分の保身・出世というものに重きを置く生き方や勇気のなさを彼は最も侮蔑しているような気がします。俗とは無縁でどこかすがすがしく、爽やかな印象を感じさせる印象が最も好む人物像のような気がします。無論、その人物の歴史的・社会的な意義についての評価は常に分かれるもの。土方歳三という人もそのひとりだと思います。
どことなく、俗っぽい近藤勇に対して、あくまで土方は幕府に殉じて徹底的に戦い続ける、という点においてぶれがありません。それは、函館で幕府軍の幹部になるまで自己を一介の喧嘩屋と認識し続けた、という一点において一貫しています。
京都で血生ぐさい殺戮や内部抗争を経た後、最後の地、函館で土方は身内の斉藤一らを意図的に逃します(後に斉藤が土方を「奇妙な人」と評しているのは面白い。また、斉藤は実際には函館には行っていないようです)。最後に見せた暖かさみたいものが、鬼と呼ばれたこの人物、いや、本来の人間というものに安心感を覚えさせてくれます。
・「読むたびに新鮮」
初めてこの作品を読んだ時の、あの衝撃的とも言える感動は、未だに忘れられない。分厚い本であるにもかかわらず、時間を忘れて一気に読んでしまった。史実を基に創り上げられた人物像であるのに、土方に限らず、登場人物の一人一人が、まるで実在する、それもすぐ傍にいるような存在として生き生きと描かれている。新選組隊士たちの生き様にすっかり心を奪われてしまった。それ以来、おそらく50回以上読み返している。他の新選組作品も読んではみるものの、結局、またこの作品を読みたくなる。その時の自分の状況や心理状態によって、深く共鳴する部分も違って来る。読むたびに新しい感動がある。それほどこの作品に引き付けられ、新選組にのめり込んで行くのは決して私だけではないだろう。
・「読みやすい」
土方歳三について初めて読んだ本でした。ここ15年ほどの間に5回くらい読み直していますが、今読んでもまだまだ楽しめました。後期司馬小説によくある歴史資料解説のような部分はほとんどなく、とても読みやすい小説。新撰組入門としても幕末の歴史入門としてもとっつきやすい本だと思う。土方に対する筆者のまなざしが暖かく、殺伐としながらも爽快な読後感。
・「燃え尽きた・・」
土方は沖田に言う。「男の一生とは己の美しさを作るためのものだ」と。事実、土方はその言葉どおりに生き、闘い、そして散っていった。その姿は、どこまでも雄々しく、誇り高く、読む者の心を激しく揺さぶる。物語の終盤、単騎切り込みをかける土方の姿、そしてあの言葉(読んで確認してください)・・。
僕は溢れる涙のほかに、体中を熱いもの駆け巡るような感覚に襲われた。その他、お雪との切なく儚い、それでいて究極に美しい愛。泣けた。とにかく泣けた・・・。
時代の流れに逆らうのは愚かなことなのかも知れない。日本という観点から見れば、新撰組はマイナスの要素の方が多かったのかもしれない。
ただし、男として、人間として、忘れてはならない大事な大事な何かがこの物語にはこめられていると思う。
ひとつの道をただ真っ直ぐに、己の信念に従って生き抜いた男の熱い熱い生涯。間違いなく5つ星。
・「意外なほどの読みやすさ」
「燃えよ剣」は有名なので知ってはいたが、古い本ということで手を出せずにいた。しかし、読んでみてビックリ!!ものすごく読みやすい!殺陣のシーンや、恋物語のシーン。ズイズイと物語に引き込まれていく。少々漢字が多いが、問題ないレベル。 土方歳三が主人公だが、読み終わったあとに来る想いは「カッコいい・・・」こんなにかっこよくていいのだろうか?と思うくらいである。 カッコよく、美しく、そしてなにより悲しい物語。本当に皆に読んでほしいです。僕のように躊躇しているようなら、読んでください。最高の作品です。
・「入門としては最適かと」
ベックやサーストンムーアなどもお勧めらしいです。ロック好きの人でもすんなり聴ける作品だと思います。GasolineDreamやBOBなどヘッドフォンで聴いていると気持ち悪くなるくらい様々な音が詰め込まれています。目玉は前述のBOBとバドゥ参加のHumbleMumbleでしょうか。
・「こんな小説があったとは。」
こんな面白い本、どうしていままで読まなかったんだろう。作者が有名なのも、この作品が有名なのも知っていたのに。と思うと同時に、御手洗潔という探偵に(本業は占星術師なのだけど)出会えてほんとによかったと、読んだあとになんだか幸せな気持ちになった。
梅沢平吉という画家の手記から始まるこの作品は、最初から最後まで読者を惹き付けて飽きさせない。これだけの長篇なのに。事件は40年間誰もその謎を解くことができなかったという難解なもの。梅沢平吉殺し(しかも密室)、長女一枝殺し、そして平吉の娘と姪の6人が殺されるという大量殺人。しかも、手記によると6人を殺す動機のある平吉は最初に死んでしまっている。残った関係者の中にも物理的にその殺人を成し遂げられるものはおらず。!。。途中に2度も読者への挑戦が挿入されているが、丁寧に読んだつもりなのに、まさかそんなトリックだったとは、と嬉しい驚き。
そしてこの小説の何といっても一番の魅力は探偵・御手洗潔でしょう。他人の目なんて気にしない、ちょっと風変わりでくせのある男。だけどどこか愛嬌のようなものがあって憎めない。始終振り回され、憎まれ口をたたかれながらも彼から離れることのできない石岡くんの気持ちが分かるような気がする。
推理小説が好きで、まだこの本を読んでいない人、読まないと損ですよ。読んでみればわかる、きっといままで読んだ本の中で1、2を争う作品になるはずです。
・「これから『占星術殺人事件』を読めるシアワセ」
~言わずとしれた島田荘司のデビュー作。昭和56年、横溝正史の死の2週間後、氏は『占星術殺人事件』を引っさげ、本格の騎士として登場する。~~最近作の『「異邦」の扉に還る時』の中で、このプロットを思いついた時の状況を説明されているところが出てきてとても興味深かった。西荻窪のアパートの高い自作の二段ベッドの上で氏の上に天啓は舞い降りたそうだ。氏はほぼ半分書き終えていた『異邦の騎士』をストップして本作の完成をスタートする。
~~閑話休題。なんら解説の必要もなく本作は史上稀に見るミステリーの傑作なことに疑問の余地は全くない。後のミステリー界だけでなく、『金田一少年の事件簿』等マンガの推理物にも多大の影響を及ぼしている。
これからこの本を手に取る読者のみなさん。『占星術殺人事件』をまだ読んでいないシアワセは格別です。~
・「あまりに濃厚なカタルシス」
本格推理小説と呼ばれる作品の中で、最も「おいしい」パートが、論理構築によって犯罪の真相が導き出される、謎解きのシーンであろう。本作品が傑出しているのは、その謎解きシーンの「おいしさ」が全編にわたって展開されるという、絶妙の構成にある。
もちろん、それを可能にしたのは猟期的、幻想的な設定と、それをうけとめるだけの見事なトリックがあればこそだ。
これだけの卓越した要素が奇跡的な出会いを果たした事で、この作品は現代本格推理小説のファンにとって最高の宝になったのだ。古今を問わず、私は、エンタテイメント性、謎解きの意外性において
この作品以上の推理小説に無グリ合った事はない、と断言する。
・「正統派ミステリー」
ミステリー史上に残るこの作品、さすがにすばらしいです。メインの「アゾート殺人」のトリックは見事です。 しかも我々読者の前には、謎を解く鍵がすべて示されており、謎解き前に示されるヒントも秀逸です。まさに「ピン1本」のヒントで、すべてが分かったときの快感! また、トリックだけでなく、文章も巧みで読み物としても秀逸です。
ミステリーファンはもちろん、「何か面白い本ないかなぁ」と思っている方すべてに、自信をもっておすすめできます。
・「まぎれもない傑作、近年まれに見る本格派」
これだけトリックで読ませる作品は少ない。読後、なんだかだまされたような気分にさせられる推理小説も少なくないが、本作は素直に、してやられた、参った、と思えた。読者への挑戦も、この上なくフェアで大胆。主人公のキャラクターも魅力的(独特?)で、一気に楽しみつつ読める。陰惨な設定なのに、そう思わせないのは軽妙な文体と主人公のキャラクターによるのだろう。 なお、文壇から、文章が粗い、という批判が本作に対してあったと聞いた。確かにそういうところもあるが、荒削りな勢いにも満ちていて、ミステリー好きの一読者としては、少しも星を減ずる気にはならない。
●Yoshimi Battles the Pink Robots
・「コアなファンには今ひとつらしい」
しかし私にとっては私的ベストテンに入ってしまう作品。前作は曲自体よりも理系チックで風変わりな歌詞と曲名のセンスの良さで目に留まったのですが、このアルバムでは曲と歌詞を分離して考えることがもはやアホらしい。
曲郡は前作よりも洗練されてよりポップになって聴きやすくなりましたが(それが嫌な人が多いらしい)、決してそれが底の浅さにはなっていないところが凄い。
効果音の使い方や曲のつなぎも憎らしいまでに凝っていて、お気に入りの一曲をあげるのが心苦しいけど、二曲目!こんなにクールなDance tune滅多にありません。
最初から通して聴いて、最後のインスト(さりげなくこれでグラミーを取っていたりする)が終わった後は、人生に対する態度がちょっぴり変わった気分になります。これを味わうために是非おまけのない輸入版をお勧めします。
・「47分間の夢の世界」
「FIGHT TEST」と「DO YOU REALIZE??」の2曲だけで充分に買いです。この優しくソフトなメロディの中で歌われる「EVERYONE YOU KNOW SOMEDAY WILL DIE」の一節はすごい響く。ライヴではたくさんの着ぐるみ人形たちをバックに演奏するそうです。日常の生活に疲れてしまったらこのアルバムに耳と傾けてみては?すごい心地よい空間に浸れるはずです。
・「Pink Floydの後継者現る。」
Experimental Rock またはDream Pop というカテゴリの音楽。音楽界に三つの流れがあるとしたら、一番目はメインストリーム、二番目はAlternative 最後にアンダーグランドという流れになる。その最後のアンダーグランドの中で頂上にいるのがそのカテゴリになるだろう。 Flaming Lipsはこのカテゴリ内での先駆者的存在のバンド。Zwanと同じカテゴリ分けになるだろうと思われる。Pink Floydの流れを次ぐ音楽としても知られる。 その彼らの最新版。タイトルからしてすでに実験的であることを伺わせる。「Yoshimi Battle the Pink Robots」。このタイトルがこのアルバムのテーマである。なにやら、わかるようでわからないが、Yoshimiという柔道着らしきモノをきた少女が、円柱の化け物のようなピンクのロボットと対峙するジャケットデザインと、歌詞の内容を吟味すればわかります。個人的に大好きなテーマアルバム。アルバム全体を曲順に聴かなければ、意味をなしません。全体的にアコギ、シンセなベースで独特な雰囲気を醸し出し、超実験的であることがすぐに伺える。 四曲目Yoshimi Battle the Pink Robots, Pt. 1 あたりで雰囲気を掴めます
Originally Reviewed: 2004.04.18Edited: 2004.12.20
・「今は亡き父へ。」
今年の桜はいつもより20日も早く咲いてはあっという間に散っていった。俺はね、草臥れていく桃色に囲まれながらこう思ったんだ「この事は親父と同じように一つの文として残しておかなきゃ」って。「閃く」って意味ならもう分かる。だけど、俺にはこのアルバムを聴きながら閃くことなんて何も無かった。親父みたいには書けないよ。だけど、ただ、ただね、親父が死んでからもうすぐ25年にもなるけど、あの時でさえ、母さんでさえ、教えてくれなかった「涙」の意味をこのアルバムは、初めて俺に教えてくれたんだ。今まで一度も泣いたことのない俺にだよ。このバンドの音楽は「生」自体を突き放すほど「生」を肯定してると思う。なぁ親父、俺がここを見つけるまですげぇ時間掛かったんだから。母さんは悪影響だって、たじろいで一切教えてくれなかったし、親父のレコードコレクションは膨大だったしさ。うーん、それくらい。もう他に俺にこのアルバムについて書けることはないよ。どうやら、俺に親父の感性や文才は遺伝しなかったみたいだね。2026年5月6日。息子より。Ps:母さんは今でも誰よりも可輝いてる。24年前に出たこのレコードと変わらず、同じようにね。
・「もはや、唯一無二。」
100円で買ってきたドライパスタに永谷園のお茶漬けの素を合わせてみたら、中途半端に本格的なアーリォオーリォよりもよっぽど美味かった--そんなアルバムだと思う。
既に20年選手だが、演奏力はちっとも向上しないし、音響系の騎手などともてはやされる割に、コンセプテーターとしての資質も低い。何一つ突出したところのないバンドだが、騙し騙しポジションを探っているうちに、前作「Soft Bulletin」でとうとう唯一無二のベクトルを獲得してしまった。不器用で安っぽいバンドだからこそ、小市民の憂いを取り上げ始めたら、俄然説得力が生まれてくる。
本作は「戦うヒロイン」に頼りっきりの凡人が主体性を獲得していく様をじっくりと描いた作品。いつもより自信なさげなボーカルが主題にリアリティをもたらし、やけに説得力のあるコンセプトアルバムに仕上がっている。凡人でも根気よく生き続けていけば、誰も寄せ付けない「立ち位置」を確保できる。そんな意味も含めて泣ける作品だ。
蛇足ながら、フレイミングリップスは昨年のボナルーフェスティバルに出演、ワイドスプレッドバニックやロバート・ランドルフといった当代きっての腕利きに囲まれながら、着ぐるみや風船を多用した安っぽいステージで他を圧倒した。登り調子とは恐ろしいものである。
・「高野文子なら、まずこれを」
初めて読んだ時、今まで外に出す事のなかった自分の中の、自分にだけ広がっている世界が丁寧に、忠実に描かれている気がしました。脳みそがくるんと裏返った感触です。
何かしら、物を作る人ならば、尚更是非読んでほしい。1コマずつ、丁寧に読んでほしい。表現するという事の根っこの部分と天辺の部分が、同居しています。
・「大事な本です。」
友達が引越しをする前に、プレゼントしてくれた本です。 たんたんと進んでいくけれど、実は奥が深い。しかも面白い。作者の高野文子さん、かなり頭のいい人だと思います。この本を教えてくれた友達にはすごく感謝したい。好きな本だとか映画だとかを共有出来る人がいるだけで、なんか救われますよね。ずっと大事にします。
・「かけがえのない記憶、高野マジック」
未来人のアリバイのため、1968.6.6の昼食内容を思い出してくれという荒唐無稽の設定。
そこから、人生のありふれた一こまの記憶のかけがえのなさ、愛おしさを描いてくれます。
「美しきまち」「バスで4時に」こちらもすごい傑作です。シンプルな描線で、うんうん、あるあると、共感できるエピソードを重ねていくことで、僕と主人公の距離が、ページをめくるごとに、すこしずつ縮まっていく。ちょうどいい頃合いのところで、スパーンとドラマチックに見開きページ。その瞬間、僕は、主人公の中に完全に入り込んで、主人公の目でその光景を見ているかのような感覚におそわれる。そして、そのときの主人公の感情やら、予感やらも大量に流れ込んできて、シンクロしてしまう。短編マンガの、洗練された完成型がここにあります。
・「ノスタルジック」
まるで両親の若い頃のアルバムを見るような、自分は直接体験していないのに記憶のどこかが知っているような、快い懐かしさでいっぱいにさせてくれる本でした。やっぱり高野文子最高!
・「社会にキレたピアーヌのために」
この本は作品集です。だから、いろいろな作品が詰まってるわけで、そのいろいろを説明すると文字が画面いっぱいになって、目が痛くなるし、切りがない。そこで「私の知ってるあの子のこと」という作品について書いてみたい。私はこの話に涙腺がゆるむんだ。
冒頭で「大人も子供もごったがえしていて、そんな中でまるで見知らぬ子からイーをされたことはないか」の問い。そして、以下の話は「子供はなぜイーをしたのか」について。 物語はイーなんてしたことない幸福な家に生まれた優等生ピアーヌが、問題ばっか起こす不幸な家の子のジャーヌにイーをするまでを描く。それはなんでもない話で、悪い読みをこじらせると「多感な時期にある子供はわけなくイーする」というつまんない結論になる。 私が涙腺ゆるませるところの読みとは「幸せだろうと不幸せだろうと、どんな子供も一律に社会に組み込まれる。その組み込まれるプロセスにささやかな異議を立てるのが世界全体への無差別イーだったり、不幸な子への暴力的なイーだったりする」 イーする子が不良であれば、私たちは簡単にそのイーを社会化できる。「だって、その子がイーするのは不良で不幸な環境にあった子だからでしょ。問題は不幸な子を産む家庭や社会にあるよ」なんて形で。しかし、物語のイーは優等生で幸福な家に生まれたピアーヌがする。つまり、イーは悪い社会が生むんでなく、社会そのものが生むんである。 お母さんの身綺麗にしてくれる世話もお父さんの正しいアドバイスも、ピアーヌへの社会化だ。だから、ピアーヌはジャーヌの不良さがとってもいいみたいに思える。 でも、子供は成長する。社会化を受け入れる。逆説的だが、その社会化がすべての子供の上に注がれているからこそ、イーは殺傷力を減じられるのだろう。だから、最後のコマで、この話がすべての子供についてのものであることが語られる。
・「電気最高傑作」
多分電気グルーヴファンの多くが、このVITAMINを一位にあげると思います。スティングレイ~スノウ・アンド・ダヴまでは本気のテクノです。そして最後にN.Oが入っているのもいいです。歌詞が素晴らしい。
当時はアシッドテクノ全盛の時代だったので、それを反映してShinkansenが収録されています。この曲は石野卓球が本気でアシッドテクノを作った傑作です。緊張感に満ちてグングン突き進みながらも、コーラスの五島の声と波の音がまた気持ちいいです。このCDでテクノに興味を持った人は相当いるはず(僕もその一人です)。
・「おめでとう、おめでとう、おめでとう、自分に」
電気グルーヴの凄さは音楽性もさることながら、その立ち振る舞いすべてが革新的だということだと思う。(「電気グルーヴのオールナイトニッポン」で人生踏み外した連中の数は少なくないはずだ)
このアルバムをリリースしようとしたときソニーの上層部から「インストが多すぎ」というクレームがついて揉めたと言われているが、今あのとき電気が折れずにリリースを強行してくれたことに心から感謝している。頭の固い奴なんて最初から対象にしてないんだから、理解できなくてもしょうがない。
ソニーとの折り合いをつけるため渋々収録したM10「N.O.」は最も好きな曲であり、僕の人生のアンセムだ。「真面目に生きろ」「明るく振舞え」「異性にモテろ」を押し付けて、それ以外を全否定するポップスが全てにしか思えなかったあの頃に、自分のネガティヴさを肯定しつつ破壊してくれたこの曲に感謝する。今でも僕の人生のBGMとして無限ループでかかり続けている。
バカと本気が入り混じった名盤。
・「クラシック」
このアルバムは小学生の時にはじめて聴いたんだけど、普通に聴けました。彼らの作品群の中でも一番綺麗にまとまってるアルバムではないでしょうか。10年以上を経て今聴くとクラシックな感すらありますね。でもダサくない。「N.O.」はニート、フリーターのアンセムとして輝き続けることでしょう。
・「学校ないし家庭も無いし・・・」
電気グルーヴの出世作。デビュー時から一貫している馬鹿げた世界観と極めて洗練されたテクノが高水準で融合しており、最高傑作と言っても過言ではない完成度を誇る。それでいて聞きやすさも抜群なので、初心者の入門アルバムとしても最適だろう。名曲揃いであるが、特に注目したいのは歌モノの「N.O」。
しかた無いなと分かっていながらどこかイマイチ割り切れないよ先を思うと不安になるから今日のところは寝るしかないね・・・
ニート問題が深刻化している今日、「N.O」の歌詞は軽いようで重い。
・「ラジオで流れて・・・」
電気グルーヴが深夜放送(All Nighit Nippon)をやっていた時のリリース。既に電気グルーヴにハマっていたがこのアルバムの曲がラジオで流れた時に背筋に走るものを感じた事を強く覚えている。Fujisanにフェイク・フーリガン。凄い。でも、一番衝撃を受けたのはポップコーン。有名な曲が別の曲に変わってしまうことなく・・・で
もやっぱり電気グルーヴなんだ。大袈裟に聞こえるかも知れないが、本当に感動したんだ。個人的にはこれがベストなんじゃないかと思っている。
・「オリジナルの曲順で聴くのがいいです」
XTCのアルバムは、他のも含めて、CD化されたときに、当時発売されたシングル盤のB面等が間に挟み込まれていて、ファンとしては貴重な音源なのでありがたいのですが...そもそもの完成度が損なわれます。 この版では、追加曲が後にまわされて、オリジナルの曲順に戻っているので5つ星です。
・「よく聞いたね」
これを聞いてから、90's Britポップを聞くと、2番煎じだと気がつく、本当にオリジナルな作品。
この頃はポストニューウェーブだのポストパンクだのいわれてだんですよね、XTCの若さと勢いが伝わる力作。スティーブリリィホワイトのエンジニアも光る音圧のあるアルバム。
XTCはミュージシャンズミュージシャンの典型です。
・「XTCの傑作」
だね。1,2,7番が有名だけど他の曲も良作ぞろいです。それにしてもコリン・モールディングのベースは練り込みどがあるというか、いい音だよねー。
あとジャケットも大好き。
・「エネルギー充填120パーセントのハイテンション」
XTCが精神的にも肉体的にもエネルギー充填120パーセントだった文武両道期の金字塔。
・「ライブバンドもしくはギタリスト=アンディのピーク」
彼らは本作発表後のツアーで「ライブ」から撤退する。アンディは「ステージフライト」に耐えられないと言っているが、正直なところブラック・シー以上に音楽的に複雑なアルバムを作った時点で、それはライブでは再現不可能だからだろう。つまり本作がライブで再現可能な最高レベルのXTCミュージックなのである。このアルバムを聞いてしみじみ思うのは、この頃のアンディはエレキギターとライブサウンドが大好きだったんだなってこと。さらにこのアルバムの画期的な点はアンディがミュージシャンとして成長するのと同時進行でリリーホワイトの録音テクニックも進化していくのだ。80年代は音楽と録音技術がシンクロしながら進化したダイナミックな時代だ。ほとんどの曲は親しみやすいポップスでありロックンロールであるがアンディ+リリーホワイトのコンビが手がけると変態チックでエレクトリックな楽曲に変貌する。全曲シングルにしてもいいくらいの楽曲が並ぶ①②③は代表作、ヒットした。XTCは80年代最良のバンドだった。
・「苦しくなるけど読みたいの。」
良い本は、それを読んだ後に必ず眠れなくなる。台風の夜のように、心がザワザワして苦しくてせつなくてどうしようもできないこの気持ちをどうしてくれよう。って。そんな気持ちを呼び起こす「さくらの唄」。とにかく読め。読まずには死ねない。これはそんな本。
・「すばらしい作品です」
単行本だった頃は全3巻で、第3巻だけが成人指定でした。もちろん読みましたとも。10年前の学生時代、友人にすごい本だと薦められて、事実そのとおりでした。「主人公は俺か?俺なのか!?」と自問つつ何度も読み直したものです。上巻での爽やかな高校生活は、下巻では侵入者がもたらした大人の現実によって蹂躙されてしまう。逃れられない現実に、金と欲にまみれた現実に流され、自らもどっぷり溺れる主人公。それでも美術の道への現実逃避に、自意識の最後の砦を築く主人公。苦悶の果て、密かに練り上げられた、ささやかな殺人計画。戦友は、いや共犯者はただひとりだけ。そして彼らは勝利した。読後感は驚くほど爽やかでした。
・「名作!!!」
「青春漫画」みたいな作品は数多くあれど、後半に進むにつれ、描写の過激さ、暗さ、非現実さなどが災いし、埋もれてしまった名作です。主人公はありがちな、思春期特有の悶々とした想いを持った男の子という設定ですが、その台詞や場面のひとつひとつは、他の売れてる「青春漫画」とは一線を画するものがあります。「青春」を題材にした作品が好きな方に、是非一度見てもらいたい作品です。ただし、青春のさわやかさ、愛の素晴らしさ(笑)を見たいという方にはあまりおすすめできません。人を選ぶ作品ではあると思いますが、私は文句無く☆5つです。
・「自己嫌悪嫌悪嫌悪…されど自己陶酔、それが青春だ」
自分に自信が無くて、周りが羨ましくて、好きな人が眩しすぎて、親とか権力とかが大嫌いで。そんな誰もが通る青春の唄。…なのだが、下巻では「流されて生きることの危機感」がかなりハードに描かれる。これはこれで最高に面白いのだけど、上巻・下巻で得られる面白さは別種のものと思います。
・「それは青い春」
これぞ青春マンガ。「青春」という語に含まれる何とも言えない若さ、初々しさ、気恥ずかしさ、せつなさ、エロさ。それら全てがこのマンガには込められている。日々をもんもんと過ごす日本中の男子中学生、高校生にこのマンガを捧げたい。逆に言うと、オトナが読んでもあんまりおもしろいものではないかも。「クサイなあ」で終わってしまうかも。
・「多くのアーティストを育てたアルバム」
このアルバムは現在活躍するニューウェーブ、インダストリアルパンク、テクノ、オータナティブ全般の特に優れたアーティスト達がプロになる前に聞いていたと思う。このアルバムがヨーロッパ、アメリカの全てのクールな音楽に通じるシルクロード的アルバムだと思う。
・「87年までの12インチ・シングルなどを集めた編集盤」
87年発表。82〜87年に製作された12インチ・シングルのA面を集めたCD1とB面を集めたCD2による二枚組。この作品をシングルのみの曲や未発表の曲も含まれるという落ち葉拾い的なアルバムと考えると大間違い。アルバムの性格上、代表作と言い切ってしまうのにはいささか問題があるものの、さすがはシングル曲!!と呼びたくなるほどの珠玉の作品が揃っている。そんな理由で2妹組ということでボリュームがあるが、ニュー・オーダーの最初の一枚として強く押したいアルバムである。この作品を聞くと後のテクノ/ハウスの大きな源流の一つが彼らであることを再認識出来るだろう。今となっては目新しくなくなったリズムマシーンのベードラの連打や、シ