シンプルアマゾン:セレクトリスト

[Simple Amazon Store]

-CD-DVD-ゲーム-おもちゃ-PCソフト-PC&電子機器-家電&雑貨-時計&バッグ-アパレル&シューズ-スポーツ&アウトドア-ヘルス&ビューティ-ベビー&マタニティ-アダルト | モバイル版(ケータイ)

▼お勧め演奏者 2 (グレン・グールド):セレクト商品

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「賢者の回答、泣けるアリア!」「この曲のアクシスを変えた」「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです」「グールドのバッハ」「グールドがこのテンポで弾いた訳」


バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「まさにグールドベルク!」「旋律は流れる風のように」「ジャケット買いもアリ!」「ゴールドベルクの原点」「いつ聴いても新鮮な演奏」


バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「人生の宝物」「音が輝く」「グールドの『旧約聖書』は」「エキサイティングなバッハ」「2巻と双璧。」


バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第2巻バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第2巻 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールド最高傑作のひとつだと思います。」「グールドの『旧約聖書』は」「速いテンポの意味。前人未踏の平均律」


バッハ:フーガの技法バッハ:フーガの技法 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「とくに付け加える事もなく...」「オルガン使用の理由」「グールド唯一のオルガン演奏」「何十回も聞いてしまいました。」「グールド唯一のオルガン演奏」


バッハ:パルティータ全曲バッハ:パルティータ全曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールドのバッハでも最も好きな曲。」「若き日のグールド,晩年の彼を聴き比べられる2枚」「何度聴いても飽きないのは何故?」「格好良い、美しい」「なぜ『イタリヤ組曲』とは言わないのか(●^o^●)」


バッハ:インベンションとシンフォニアバッハ:インベンションとシンフォニア (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「ピアノへのこだわり」「奏者の思惑にはまる」「ピアノへのこだわり」「小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、」「こんなCD聴いたことないぞ!」


バッハ:フランス組曲(全曲)バッハ:フランス組曲(全曲) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「比類なき銘品」「素晴らしい演奏です!!」「愛しき妻への贈り物」「天上から降り注ぐ音楽」


バッハ:リトル・バッハ・ブックバッハ:リトル・バッハ・ブック (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールド自身の選曲によるバッハ演奏のベスト盤」「おすすめです!」「未来永劫消えることのない光を放つバッハ」「すばらしい!」「良いです☆」


バッハ:イタリア協奏曲バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールドがピアノで弾くわけ」「『ドロップアウト』以前」「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。」「躍動感にあふれたバッハの世界」「『ドロップアウト』以前」


未完のイタリアン・アルバム未完のイタリアン・アルバム (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲), スカルラッティ(作曲), C.P.E.バッハ(作曲)

「イタリアバロックとバッハ、そしてグールド」「グールドのバッハ中指折りの名盤!」「涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバム」「27歳の記憶の曲や!」


バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲), バーンスタイン(レナード)(指揮), ゴルシュマン(ウラジミール)(指揮), ニューヨーク・フィルハーモニック(演奏), コロンビア交響楽団(演奏)

「幸せな雰囲気一杯の作品」


ショパン:ピアノ・ソナタ第3番ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ショパン(作曲), メンデルスゾーン(作曲), スクリャービン(作曲), プロコフィエフ(作曲)

「蛇足ですが」「バッハ作品演奏家としてのショパンの側面」「グールドのショパン」「意外と普通」「このショパンは…」


ピアノによる「運命,田園」ピアノによる「運命,田園」 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), リスト(その他)

「グールドの「田園」は本作のものの方がお薦めでしょう。」「最高の田園」「ピアノだけで「運命」が!」「グールドの持ち味が存分に生かされた演奏!」「ピアノソロの良さ」


ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ゴルシュマン(ウラディミール)(アーティスト), バーンスタイン(レナード)(アーティスト), ストコフスキー(レオポルド)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), コロンビア交響楽団(演奏), ニューヨーク・フィルハーモニック(演奏), アメリカ交響楽団(演奏)

「新鮮でした。」「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では」


ラヴェル:ラ・ヴァルスラヴェル:ラ・ヴァルス (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベルク(作曲), クルジェネーク(作曲), ウェーベルン(作曲), ラヴェル(作曲), ドビュッシー(作曲), ブロット(ボリス)(指揮), キャンベル(ジェームズ)(演奏)

「乾いた音と湿った感性」


モーツァルト:ピアノソナタ集モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), モーツァルト(作曲)

「我とともに唄え、モーツアルトを!」「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス」「まさに「あいた口がふさがらない」」「買ってください」


ブラームス:バラード,ラプソデブラームス:バラード,ラプソデ (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)

「the still air」「グールド演奏で3指に入る名演」「the still air」「the still air」「the still air」


ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)

「瑞々しさと冬枯れ」「孤高の調べ」「坂本教授が選んでいた一枚。」「孤高の調べ」「グールド演奏で3指に入る名演」


ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 Iベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 I (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)

「なるほど、こう弾くか」「なるほど、こう弾くか」「私にとってのスタンダード」


ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 IIベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 II (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)

「「田園」の発見。」「「グールドの中で、もっとも好きかもしれない」の巻」


ハイドン 後期6大ソナタ集ハイドン 後期6大ソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ハイドン(作曲)

「さて」「目から鱗の演奏」「グールドの作品には聴く順番がある」


シェーンベルク作品集シェーンベルク作品集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), シェーンベルク(作曲), クラフト(ロバート)(指揮), CBC交響楽団(演奏), ベーカー(イズラエル)(演奏), ジュリアード弦楽四重奏団(演奏)

「からくりを解く一歩手前までくる」


シューマン:P四重奏曲/他シューマン:P四重奏曲/他 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), シューマン(作曲), ブラームス(作曲), ジュリアード弦楽四重奏団(演奏), モントリオール弦楽四重奏団(演奏)

「シューマン弾きでないグールドの変態的シューマン」「珍しいうえに素晴らしい」


アンド・セレニティ~瞑想するグレン・グールドアンド・セレニティ~瞑想するグレン・グールド (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), スクリャービン(作曲), R.シュトラウス(作曲), ブラームス(作曲), バッハ(作曲), シベリウス(作曲), メンデルスゾーン(作曲), C.P.E.バッハ(作曲), グリーグ(作曲), A.マルチェルロ(作曲)

「友人にプレゼントしました。」「多言を要さぬ名演」「国内盤をおすすめします」


▼クチコミ情報

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)

・「賢者の回答、泣けるアリア!
55年版が超爽快な超々名演なら、この81年版はグールドの人生最後の回答でしょう。第30変奏におけるどうしようもない気分の高揚感は他の誰からも得られません。そして、続く最後のアリアは心を掴んで離さない。人生の最後にして、始まりへと回帰するような、これ以上慈しむことなど考えられないような愛情すら感じさせる。私はいつもは55年版を聴きますが、”どうしても”というときは81年版を聴きます。どちらもグールドであり、どちらも正しい。グールドの演奏の聴ける時代に生まれてよかったと心から思える究極の演奏。

・「この曲のアクシスを変えた
販売当初(20年以上昔)のインパクトは凄かった。当時バロック音楽は古楽演奏がメジャーになりだした頃で、世話になっておいて悪いが、イ・ムジチやミュンヒンガーやパイヤールなんかは、全部詰らなく思えてきた頃で、まして、「ピアノで弾くバッハなんか」っていう感じだった。石丸電気の2号館でクラシックの階へ足を運んだ時、耳にしたのがこの演奏。当時何処の誰かも知らないままにすかさず買った。で、やがてCDになってからも買い揃えた。繰り返し部分は省略されているが長大な全曲を、一気呵成に弾き込んで、聴き手に時間を忘れさせ、外に出て歩いても、かすかに頭の中で鳴り出す、という小林秀雄まがいの怪しい体験までしてしまった。幾種類ものチェンバロの演奏を聞いていた筈なのに、それらは、当分聞くことはなくなってしまった。本当の「古楽演奏」とは、グールドの演奏かもしれない。ところで、グールドは何度かこの曲を演奏しているが、55年の最初の録音より、この盤のインパクトは凄かった。というより、この盤が話題になってから、逆に「思い出された」感じ。この盤は55年盤よりポリフォニックな面がかなり強く出ている。凄まじいスピード感と音符の一音一音が浮かび上がるかのような両手の力は神業で、同曲のみならず、ほかの多くのピアノ演奏を、過去のものへと追いやった感じさえした。ほかにザルツブルク音楽祭のライブ盤があるが、それはこの演奏と、55年盤の中間のような気がする。

・「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです
81年録音の、グールド2回目の「ゴールドベルク変奏曲」です。1回目の55年録音のアルバムでデビューし、当アルバム録音の翌年、50歳の若さで急死してしまったことは、何かの因縁でしょうか。当アルバムですが、まるで生き急ぐかのような急テンポの55年盤に比べると、バッハの楽譜を慈しみ、対話するようなテンポになっています。ただ、その1音1音がはっきりと聞こえる滑らかなピアノは、得もいわれぬ安らぎを感じさせてくれます。55年盤と比べ、どちらが良いと云々するよりは、両方を揃え、その時の気分で、盤を変えたい、「バッハ弾きグールド」による名演奏です。

・「グールドのバッハ
グールドのバッハは何か違う。バッハの譜面にのって演奏しているというよりも、グールドのオリジナルに聞こえてくる。神がかり的名演と思います。小生が自分の世界に入り込んで集中したい時に聞く名盤です。

・「グールドがこのテンポで弾いた訳
グレンのゴールドベルク変奏曲は新録音(1981年)が旧録音(1955年)に比べてテンポが遅く、それに文句をつけている人もいるようですが、グレン自身旧録音を気に入ってはいなかったようです。その訳は、グレンの興味は対位法(作曲法の一つ)にあり、それをシッカリ聴かせたいので新録音のテンポを遅くしたと、彼自身が語っています。自分が聴き比べると、やはり新録音の方が落ち着いて聴けるし、バッハの書いた音符の一つ一つをジックリ聴いている気持ちもします。新録音と旧録音の共通点として、グレンのピアノタッチがまったく同じ事が挙げられます。テクニックが衰えたわけではないのです。やはり、ゴールドベルク変奏曲のどちらをまず買えばいいかというと、新録音の方が断然お勧めです。グレンが辿り着いた新境地を堪能できます。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)

・「まさにグールドベルク!
私はグールドのゴルトベルク変奏曲(新録音)をはじめて耳にしたときかってない衝撃を受けた。そしてこの旧録はさらに上をいっていた。彼の強烈なキャラクターもさることながら、音楽もまた彼独自のスタイルがそのままピアノに反映され聴き手の心を引きつけてやまない魅力を醸し出している。「この旧録に出会った事は幸運だった。」そう言えるのは私だけではないと思っている。

・「旋律は流れる風のように
1981年のゴールドベルグ変奏曲が心に染み渡る水であればこの1955年のモノラル録音の方は吹き抜けていく風のようです、1981年は音の一つ一つに重みがあり「一言一言ちゃんと伝えたい」という感じ、それに対し1955年は「たくさん伝えたいことがあって自分の想いを一気に告げる」ような感じです。1981年は聞き終わった後に深い感動がありましたがこちらはある種の爽快感があるように思えました。どちらが好きかといわれたら1981年の方ですが単純に比較すべきではないのかもしれないです、それくらい同じ人が同じ曲を演奏しているのに雰囲気が、音が、伝わってくる感じが違います。

・「ジャケット買いもアリ!
このデビュー盤は、内容は言うまでもないが、そのジャケットが味わい深い。スタジオでの録音の際にDon Hunsteinによって撮影された30枚のグールドの写真。この曲に収められている変奏曲の数も30であるところが象徴的である。プロデューサーのHoward Scottと議論している写真。歌いながら演奏する写真。23歳の若者がこれほどまでに輝いている様子を羨望の眼差しで眺めないではいられない。

・「ゴールドベルクの原点
バッハは、誰が弾いてもバッハに聴こえ、何で弾いてもバッハに聴こえる。音楽自体が演ずる者、聴く者の概念を包摂する。だからこそ、無限の表現の可能性を秘めた音楽であり、またその表現を受け入れる音楽である。バッハの音楽は宇宙であるのだ。グールドはその可能性へ挑戦した最初の人である。そしてこの演奏はその証であった。

文化勲章を授かられた吉田秀和氏は大昔、国内で不評であったこのレコードを絶賛され、自らライナーノートを執筆された。(ご本人が初めてレコードのジャケットにものを書いた仕事だったらしい。)

吉田氏の言葉を借りて、「胸のすくような精緻なリズムとフレーズの区切り方、テンポの良さ。そういった全体がまるで苔の庭のような一分の隙もない緻密で濃密な音の敷物を作り上げるのだが、しかもその表面の艶々した瑞々しさと、その下を絶えず生きて流れている叙情の味わいの気韻の高さ」

ということか。

・「いつ聴いても新鮮な演奏
グールドのバッハ演奏については多くの方が書き記している。ゆえに何を今更という感がするではないが、コメントせずにはいられない不思議な魅力を持っている。早すぎた死を悼むばかりである。1981年盤と比べられる演奏であるが甲乙つけがたいと言うのが私個人の意見である。1981年盤のゆったりとした遅いテンポの演奏、哲学者と対話をするかのような間の取り方…。1955年盤では若さゆえの潔さ、古い慣習にとらわれることなく果敢に取り組む姿勢などが伝わるかのようなスピード感溢れる演奏。結局どちらも聴いてしまうのであるが…。いつ聴いても新鮮な演奏である。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)

バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻

・「人生の宝物
私事ですが、このCDの冒頭のハ長調プレリュードを聞いた瞬間、バッハという作曲家、グールドというピアニスト、ピアノの音、そしてクラシック音楽と、それらの全てを好きにしてくれた奇跡的な邂逅をもたらしてくれたCD。

よく知られたメロディを持つ1番、2番のプレリュードや、深遠な12番フーガ、童心に戻れるような愛らしい13番フーガなど、音楽の全ての要素が24曲の中にあると思います。複数の旋律を頭の中で追っていくというフーガ曲の楽しさを、グールドの特異な演奏がより際立たせ、教えてくれます。

ロック一辺倒の私が、このCDとの出会い以降、クラシックファンとなり、ピアノの手習いまで始める有様に。自分の人生に大きな楽しみをくれた宝物です。

・「音が輝く
グールドの平均律は、私にとっては、演奏が始まった最初にクライマックスがやってくる。シンプルで美しいメロディラインは言うまでもないが、「これがピアノという楽器の奏でる音なのか」と思わず疑ってしまうほど美しい。ひとつひとつの音が、立ち上がって、粒だって、輝いて聞こえてくるのである。まだ聞いていない人は、是非一度この「音が輝く」を体感していただきたい。絶対にお勧めの1枚である。

・「グールドの『旧約聖書』は
グールドの『旧約聖書』は、実は見えない長いスパンに渡りニューヨーク30th・ストリート・スタジオでレコーディングされている。それは1962年1月10日に始まりおよそ7年後の1971年1月31日に終わっている。(のべ35日と24回のセッションと言われている(●^o^●))例えば第一番ハ長調BWV846を取ってみても前奏曲は1962年6月7日、フーガは9月21日の録音である。それほどにグールドはこの自らの『旧約聖書』として残るこの録音にこだわったのだ。かくて第一巻は1965年に、第二巻は1972年に発売される。

既にグールドは、演奏会から『ドロップアウト』した1964年3月28日以前においては好んでこの平均律をリサイタルの曲目に選んでいる。グールドらしく前奏曲なしでフーガを演奏するというようなことも既に実践していた。グールドはこのバロック鍵盤音楽の最高傑作のこの曲においてですら、自らの好むと好まざるをハッキリと示していたのである。つまり、グールドは前奏曲よりフーガをはるかに好んだのだ。

このプロジェクトのプロデューサーを務めたポール・マイヤーズはこう言っている。『10も15もテイクを録った。ほとんどどのテイクもミスのない完璧なものでありながらどれも全く違っていた。テンポやダイナミックスだけでなくレジストレーションも全く異なっていた。グールドが次々と生み出す新しいバージョンを聴いていくのは素晴らしい体験だった。』

ここに集積されたもの、それはグールドの平均律における最良の『解釈』であると言えるだろう。そこにこそこの作品のアイデンティティがあり、グールドのアイデンティティがあるのだ。

・「エキサイティングなバッハ
バッハはプレイヤーとして、弾いて面白い曲しか書かなかったことがよくわかる一枚。ひとつひとつのフレーズがまるで生きているように躍動するところがグールドの天分の才能なのだろうと思います。ジャズが好きな人にもおすすめ。

・「2巻と双璧。
いわずとしれた名曲、バッハの平均率クラヴィーア1巻のいわずとしれたピアニスト、グールドによる演奏。グールド流の遊び心(?)とのマッチングでいえば、2巻に軍配が上がるかもしれない。曲によってはほんの少し違和感を感じることもある。しかしながら、1巻の終わりに近い前奏曲、フーガ群は実にきれいだと思う。あまりクローズアップされないかもしれないが、グールドがいかに音の綺麗なピアニストであるかがわかると思う。グールドが厳粛に弾くバッハも素晴らしい。個人的には第22番変ロ短調の前奏曲、フーガが白眉。

バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第1巻 (詳細)

バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第2巻

・「グールド最高傑作のひとつだと思います。
平均率2巻は実にグールドにあった曲集だと思う。グールドらしい、遊び心、ドライブ感、彼流の叙情性がよく出ていると思う。まずはじめの前奏曲を聞いていただきたい。どの曲も素晴らしいと思う。その点からいれば、九番のフーガはもっとゆっくり弾いてもらえたら、と思わなくもない。グールドは他のところでは名曲の誉れ高きこの曲を大変ゆっくりに弾いている。ここでは前後のつながりを考えてこうしたのかもしれないが・・・。

・「グールドの『旧約聖書』は
グールドの『旧約聖書』は、実は見えない長いスパンに渡りニューヨーク30th・ストリート・スタジオでレコーディングされている。それは1962年1月10日に始まりおよそ7年後の1971年1月31日に終わっている。(のべ35日と24回のセッションと言われている(●^o^●))例えば第一番ハ長調BWV846を取ってみても前奏曲は1962年6月7日、フーガは9月21日の録音である。それほどにグールドはこの自らの『旧約聖書』として残るこの録音にこだわったのだ。かくて第一巻は1965年に、第二巻は1972年に発売される。

既にグールドは、演奏会から『ドロップアウト』した1964年3月28日以前においては好んでこの平均律をリサイタルの曲目に選んでいる。グールドらしく前奏曲なしでフーガを演奏するというようなことも既に実践していた。グールドはこのバロック鍵盤音楽の最高傑作のこの曲においてですら、自らの好むと好まざるをハッキリと示していたのである。つまり、グールドは前奏曲よりフーガをはるかに好んだのだ。

このプロジェクトのプロデューサーを務めたポール・マイヤーズはこう言っている。『10も15もテイクを録った。ほとんどどのテイクもミスのない完璧なものでありながらどれも全く違っていた。テンポやダイナミックスだけでなくレジストレーションも全く異なっていた。グールドが次々と生み出す新しいバージョンを聴いていくのは素晴らしい体験だった。』

ここに集積されたもの、それはグールドの平均律における最良の『解釈』であると言えるだろう。そこにこそこの作品のアイデンティティがあり、グールドのアイデンティティがあるのだ。

・「速いテンポの意味。前人未踏の平均律
グールドには「嫌いなのだが嫌いだと認めたくない曲を演奏する段になると、テンポを速めて弾く傾向」があった。また、ゴルトベルク変奏曲の再録音について論じたときに、グールドは、自分が最も好きな音楽とは、ゆっくり演奏されるのを聴きたい音楽と語っている(グレン・グールドの生涯 P.120)。グールドの「平均律 第2巻」を聴くと、そのテンポを「速すぎる」と感じるリスナーは少なくないだろう。つまり「変ホ長調の前奏曲」以降、総じて速いテンポに、リスナーは戸惑うかも知れない。グールドが、なぜ速いテンポで弾いたのかは、上記の発言をヒントにして、リスナーの受けとめにゆだねられる。私は、この平均律第2巻は、彼が、モーツァルトやベートーヴェンのソナタにおいて、作曲者の指示を無視してまで、速く弾いたのとは事情が違うと見る。つまりインタビュー「コンサート・ドロップアウト」の中で語られた次の言葉「完全に再創造するという観点から作品に取り組むのです。今まで聴いたことがない、と思われるような演奏をするのです。それがうまくできないのなら、もうやめて、その作品は忘れて、なにか別のものをやるべきでしょう」すなわち、平均律第2巻の速いテンポは「完全な再創造」の実践であり、その結果、前人未踏の平均律全巻録音がなされたと私は見る。

バッハ : 平均律クラヴィーア曲集 第2巻 (詳細)

バッハ:フーガの技法

・「とくに付け加える事もなく...
前半のオルガン演奏についてはマイクを極端に近づけているわけですが、これは残響を排除して空間性をはぎ取るという明確な意図によるものです。曲の構造を重視するグールドらしい意図ではありま~~す。オルガン=スピーカーというわけです。教会の火災で録音が中絶した後、総てをピアノで一気に録音し直すことも考えたものの実現せず、ばらばらに録音されたものがこのCDの後半に纏められています。そのために音質にもばらつきがありますが、充分に楽しめるものです。ピアノ演奏が纏められているという点で、フーガの技法についてはこのエディション版を購入~~されることを強くお薦めします。~

・「オルガン使用の理由
 レオンハルト盤と並ぶ決定版と考えている。 ここでのグールドのオルガン使用の意図ははっきりしている。彼はオルガンをピアノ化して使用したのだ。それは本曲の「構造」を明らかにしようという意図であり、十分理解できる。「怪演」という評価は当たっていないと思われる。組曲系(フランス、パルティータ等)とは違って複数の旋律線の織りなす構造を重視する平均律系(インヴェンションや本曲集)の演奏としてはグールドのアプローチは適切であり、従来のオルガン演奏の枠内で考えるべきではない。 ピアノ演奏も含まれている本エディション盤を購入すべきである。

・「グールド唯一のオルガン演奏
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。

全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。

こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)

・「何十回も聞いてしまいました。
ついに買いました!やっぱめちゃいいです。2番がお気に入りです。どっちもいいけどオルガンの方が好きかな。麻薬のようにやめられなくなりました〜!

・「グールド唯一のオルガン演奏
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。

全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。

こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)

バッハ:フーガの技法 (詳細)

バッハ:パルティータ全曲

・「グールドのバッハでも最も好きな曲。
これは私がグールドのバッハの中でも最も好きなアルバムである。勿論平均率、ゴールドベルクも素晴らしい。しかしながら、パルティータのように比較的独立した曲が並ぶ曲集の場合、グールドの素晴らしさが一層引き立つように思われる。それは平均率1巻よりも2巻の方がグールドに合っていると思われる理由と合致しているのではないだろうか。さて、パルティータといえばチャーミングな1番、ドラマティックな2番が有名であるが、私のお気に入りはフランス序曲風に始まる4番、ワーグナー的なものさえ感じさせる6番である。特に6番の第1曲は異色の曲で、大変長い。しかしながらその長さを感じさせない、素晴らしい演奏であると思う。

・「若き日のグールド,晩年の彼を聴き比べられる2枚
グールドは剃刀のように鋭い1955年の「ゴルトベルク変奏曲」で本格的にレコード界に登場したが,次に録音したのがパルティータ全曲である.2番ハ短調の第1曲(シンフォニア)はフランス風序曲のスタイルで書かれた冒頭部,イタリア風に書かれた甘美でホモフォニックな中間部,そしてドイツ風の厳しいフーガ形式を取る終結部を持ち,3つの文化を融合させたバッハの能力には感嘆を禁じ得ない.グールドは3つの部分をそれぞれの特徴を実にうまく表現している.左利きであったグールドはしばしば低声部を強調することを好んだが,フーガ部分で嵐のように叩かれるバスの歩みは感動的だ.

この2枚のCDにはパルティータ全曲だけでなく,所謂「小プレリュードと小フーガ」も含まれている.グールドはこれらの小品にち?まり興味を示さず,録音は晩年までなされなかった.従って2枚のCDで若き日のグールドと晩年の彼を聴き比べることができる.(因みにピアノもスタンウェイとヤマハで異なっている.)小プレリュードでは,ホ短調BWV938が感動的だ.この曲は2声の易しい曲だが,潜在的ポリフォニーを多用しており3声に聞こえる部分が多い.(例えば33小節からのソプラノ.)33小節からのバスの上行の表現は(左利きの)グールドらしい.

・「何度聴いても飽きないのは何故?
グールドのバッハは沢山聞きましたが、どれかひとつ、と言われたら、この曲集を挙げるかも知れません。組曲では、イギリス組曲やフランス組曲も勿論素晴らしいのですが、このパルティータは、本当に病み付きになります。グールドやバッハが好きで、万が一これを聴いていない方、人生損してます!

・「格好良い、美しい
グールドの演奏で好きなのは「ゴールドベルグ」と「平均率」、ピアノ演奏の「ジークフリード牧歌」、そしてこの曲である。「格好良い」と言った言葉を捧げたい。

グールドに対して、「ニュータウン的デオドランティスト」と言った批判がある。言っていること自体はわかるが、その人がロマンティストだろうがデオドランティストだろうが、私としては美しい作品を提供してもらえれば良い。

グールドの名演には人間の本源に達する魂が宿っている。彼はルビンシュタインを愛する人でもあったのだ。

ちなみにグールドの著作集も面白いので、そちらもお勧め。

・「なぜ『イタリヤ組曲』とは言わないのか(●^o^●)
パルティータ第一番・第二番が1959年、第三番が1962年、第四番は1963年、第五番・第六番は1957年に録音されている。つまりグールドは5→6→1→2→3→4の順に7年もの月日をかけて取り組んだ事を意味している。イギリス組曲などは1973年スタートの録音であるからして最初に手がけたかった作品が本作だったことも予想できる。(●^o^●)

バッハは10才の時に両親を亡くしている。そして最初の妻、マリーア・バルバラにも先立たれる。そして1721年12月、15才年下のケーテンの宮廷歌手だったアンナ・マグダレーナと結婚する。おそらくは明るい家庭生活を取り戻してくれた若妻に感謝の気持ちでいっぱいだったに違いない。それが、バッハのイマジネーションに火をつける。イギリス組曲・フランス組曲・パルティータはいずれも新婚早々に妻のために書いた2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に由来するからだ。

フランス組曲・イギリス組曲ときて、なぜイタリヤ組曲といかないのか、が不思議ではある(●^o^●)。『パルティータ』とは舞曲の組曲のことだ。ちなみに『イタリヤ組曲』というのはイゴール・ストラビンスキーの作品にある。

グールドはこのバッハの妻への愛に満ちた作品をいつものようにとつとつと弾いて見せる(●^o^●)。グールドはいつも一度に8時間録音していたそうだが1時間以上ピアノに向かっていることはなかったそうである。あとはただ再生テープを聴き、最良の自己表現たるテイクまで試行を続けるのだ。それがとつとつと弾いているように聴こえるというのも面白い。

バッハ:パルティータ全曲 (詳細)

バッハ:インベンションとシンフォニア

・「ピアノへのこだわり
1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。

グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。

・「奏者の思惑にはまる
いったいいくつの仕掛けがこの録音には組み込まれているのか。グールド自身がライナーノートに書いた有名なピアノのしゃっくりはもちろん慣例を破った曲順に込められた意図も含め、聴き手に非常な集中力と探求心をもって音楽に取り組ませる力のある録音である。強いられているとも思わずにいつしか懸命に聴き入ってしまい、やがて自分がグールドが語った“創造的な聞き手”とやらをやりかけていることに、つまるところ奏者の思惑に見事にはまっていることに、なんとも言えないおかしみをもって気付いたのだった。人々の耳に届く時には既に過去のある時点のものである“録音された音楽”が、しかし未来へ通じる生命を持ち得ることを鮮やかに示した一枚。

・「ピアノへのこだわり
1964年3月18・19日録音。1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる(●^o^●)。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。

グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。

・「小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、
音楽の求道者=グールドが最も愛した「音楽」がこの<練習曲>という低いレッテルを貼られているバッハの作品集。二声と三声のシンプルな音の世界。否、余計な雑味を排したピュアな作品だからこそ、グールドがこの上なく楽しんで演奏しているのだ。彼自身、自らの演奏が創造する至極の実存に、鼻歌まじり、うなり声、さらに足で床板を叩いている!、それほど全身全霊をゆだねて音楽宇宙にひたっている。そして純粋の極みが産みだした演奏は、小鳥のさえずりのように、葉ざめきのように、小川のせせらぎのように、もっとも慈しみあふれる自然の営みのように、聴く者をして静かな感動を授けてくれる。自然の営みが人間の原点であるように、感受性(音楽)の原点がここに実存する。その生命讃歌に感謝を捧げたい。

・「こんなCD聴いたことないぞ!
買った。聴いた。驚いた。

私もピアノを勉強した人が必ず通る道であるバッハのインヴェンションを弾いたことがある。シンフォニアの途中でやめてしまったので、もう一度勉強したいなーと思って、色々演奏を聴くために買ってみたのだ。

旋律を歌いながら弾いてて、その声がバッチリ入っている。なんだか霊の声風に。おまけにピアノはガタガタな感じの音。 私はピアノやクラシック音楽の専門家ではない。このピアノの良さが分からない。グールドはそこにこだわって録音したらしいけど。

演奏も自体もビックリ。 この演奏は正統派というより異端派なのではないか? 本来ゆっくり弾くような曲を極度に速く弾いていたり、本来速く弾くべき曲をゆっくり弾いていたり。トリルをつけるところに入れず、つけなくて良いところに勝手に入れていたり。まあ、かっこいいところでトリルが入っているのでいいのですが、バッハって古典中の古典でしょ?そんな現代曲ではない曲を勝手にアレンジしているということに驚きだし、このCDがかなり昔に録音されているということに又驚き。

とにかく私には「こういうバッハもアリなのか」と感じた種類のCDなのでした。

バッハ:インベンションとシンフォニア (詳細)

バッハ:フランス組曲(全曲)

・「比類なき銘品
バッハのフランス組曲ではグスタフレオンハルトのチェンバロ演奏がよく話題に上りますがピアノによる作品ではこのグールドの演奏が白眉ではないでしょうか?生き生きとしたタッチにこの作品の本来持つ美しさが滲んでいて世紀の天才、その所以が窺えようと言うもの。内向きな演奏で、聴いていて自身の内面深化を促されますが、ある意味でバッハの思うところを探り当てたような達観を感じさせる名演だと感じています。廉価盤でも手に入るようなので是非ご一聴を!

・「素晴らしい演奏です!!
趣味でピアノを習っており、現在フランス組曲を学んでいます。ただ、いま一つ「分かった!」という感じがなく、迷いながら弾いていました。で、このページの皆さんのレビューを見て、買ってみようかな・・・と。聞いてみてショックを受けると同時に、目の前がパーッと広がったような感覚がありました。すごい!!本当に生き生きとしたエネルギーが伝わってきますし、一音一音すごくクリア。突き抜けるような青い空というイメージで、「あ~、バッハだなぁ」と感じました。

ボキャブラリーが貧困なのでうまくコメントできませんが、イイです、本当に。オススメです。

・「愛しき妻への贈り物
バッハは10才の時に両親を亡くしている。そして最初の妻、マリーア・バルバラにも先立たれる。そして1721年12月、15才年下のケーテンの宮廷歌手だったアンナ・マグダレーナと結婚する。おそらくは明るい家庭生活を取り戻してくれた若妻に感謝の気持ちでいっぱいだったに違いない。それが、バッハのイマジネーションに火をつける。イギリス組曲・フランス組曲・パルティータはいずれも新婚早々に妻のために書いた2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に由来するからだ。1722年の第一巻にはフランス組曲の5曲が含まれている。

フランス組曲とイギリス組曲の構成の差、それはアルマンドの前にプレリュードを持っていることである。よってフランス組曲を『小組曲』、イギリス組曲を『大組曲』と呼ぶこともできる。演奏してみるとこのプレリュードの部分が長大で、CD2枚にイギリス組曲がなってしまうのも無理はないと思う(●^o^●)。

グールドはこのバッハの妻への愛に満ちた作品をいつものようにとつとつと弾いて見せる(●^o^●)。グールドはいつも一度に8時間録音していたそうだが1時間以上ピアノに向かっていることはなかったそうである。あとはただ再生テープを聴き、最良の自己表現たるテイクまで試行を続けるのだ。それがとつとつと弾いているように聴こえるというのも面白い(●^o^●)。

閑話休題。フランス組曲はELPのファーストの名曲『ナイフ・エッジ』の中間部にも(3:22以降(●^o^●))使われているのでロック・オンリーの人も聴けば、あーあの曲かと言うでしょう(●^o^●)。

・「天上から降り注ぐ音楽
 ゴールドベルク変奏曲(新旧)に限らずグールドの演奏にはほんとうに魅せられる。聞いているとこのCDもまるで天上から音楽が降り注いでくるようである。棚から楽譜をひっぱりだしてなるたけ弾けそうな曲に挑戦してみるけどああなるほどグールドはこんな風に弾いているんだ、バッハはこう弾くんだ、と感心しきり。忽ち弾くのはあきらめてグールドの世界に引き込まれてしまう。恐るべしグールド。

フランス組曲に続き、イギリス組曲、インヴェンションとシンフォニアとまだまだ至福の時は続きそうだ。

バッハ:フランス組曲(全曲) (詳細)

バッハ:リトル・バッハ・ブック

・「グールド自身の選曲によるバッハ演奏のベスト盤
本作品は、1980年に彼のレコード・デビュー25周年を記念して企画されたもの。その時点までの彼のピアノによるバッハ演奏の録音の中から選曲したのはグールド自身。個々の演奏もさることながら、その選曲にいかにも彼らしさが滲み出ている。1曲目は55年の記念すべきデビューとなったあまりにも有名なゴールドベルグ変奏曲の冒頭のアリア。その直後の小プレリュードは当時の最新録音から選んでいる。そして本作全体の最後をイギリス組曲第2番の最後の3曲で締めくくっている。このように彼が世界をリードした25年に亘るバッハ演奏の中から偏りなく選曲された珠玉の名演の数々は、バッハに対して敷居の高さを感じている人や、これからグールドを聴いてみようという人にとって、格好の入門編になること間違いなし。グールドのレコードを買い始めて2,3枚目というときに本作(当時はLPでしたが)に出合うことが出来た私がそうでした。インヴェンションのレコードをあわてて買いに行ったものです。なお、グールド入門編としては彼の死後に企画・発売された「イマージュ」のDisc1もバッハの名演を集めていますが、バッハだけに限るなら、グールド自身の選曲ということもあり、こちらの方がお薦めかな、と思います。(バッハ以外の曲を含めてグールドの全体像をてっとり早く知りたいなら「イマージュ」がお薦めであることは間違いありませんが。)なお、本作は入門編としてだけでなく、一種のベスト盤として、ふとした折に繰り返し聴きたくなる優れた名演集なので、既にグールドによるバッハ演奏への関心を深めている方にもお薦めです。最後に、アルバム・カバーの写真はグールド11歳の時のものなので、それだけでもコレクターの心をくすぐることでしょう。

・「おすすめです!
第1曲目のゴールドベルク変奏曲を聴いた瞬間から惹きこまれました。こんな演奏を聴いたのははじめてです。非常に繊細でありながらそのピアノの響きはクリアで、なんだか穏やかな情景が眼に浮かぶような一品です。もちろん、1曲目に続くほかの演奏もすばらしい限り。とにかく聴いてみてください。特にバッハ初心者にはお勧めだと思います。

・「未来永劫消えることのない光を放つバッハ
1980年リリース。この年にレコード・デビューして25年になったのを記念して創られた。つまり衝撃のデビュー盤『ゴルドベルグ変奏曲』(1955)から1979年のBWV933・934の『小プレリュード』までのグールド録音のバッハを自身選曲したものだ。グールドは1982年10月にわずか50才で亡くなっていて、最後のバッハが1981年録音の2度目の『ゴルドベルグ変奏曲』であるからしてグールドのバッハはこの2枚である程度学習可能ということでもある(●^o^●)。

グールドの創り出す『バッハ宇宙』の素晴らしさは、このように『斜め聴き』しても充分に堪能出来る。ひとつひとつの曲は短くはかない。しかしながら頭の中に広がる活性化された広野の様な感覚がずんずん広がっていく(●^o^●)。同じようにピアノで弾きたいと思っても実は最も弾くのに遠いバッハであるのも同時に感じる。

未来永劫消えることのない光を放つバッハだ。

・「すばらしい!
 グールドのCDを初めて手にしたのがこれでした。聞き流した時点ではすごいけど退屈、という感想でしたが、聴きこむにつれて夢中になりました。私はそれほどクラシックに詳しいわけでもないし、特にバッハが好きというのでもなかったけれど、このCDを買ったことに心底ガッツポーズです。この感動は言葉では表現できません。 これが気に入った方は1982年に再録音したアリアもぜひ聴いて欲しいです。グールドの技巧的なところがよく言われがちですが、それだけではこれだけ人の気持ちを打つことはできないと思います。 とにかくすばらしい!グールドのバッハは50年、100年経っても色あせることなく同じように人に語りかける作品なのだろうなあと思いました。

・「良いです☆
グールドのCDで初めて買ったのが、これでした。最初はゴールドベルク変奏曲から始まり、とても聴きやすくて良かったです。このCDでゴールドベルク変奏曲に興味をもち、とても大好きになってしまいました。ぜひ、聴いてみてください。

バッハ:リトル・バッハ・ブック (詳細)

バッハ:イタリア協奏曲

・「グールドがピアノで弾くわけ
グールドといえば、なによりもデビュー盤の『ゴルトベルク変奏曲』が思い出されるだろうが、私にとってはこの『イタリア協奏曲』(たしか第3枚目のアルバム)こそがグールドを聴くきっかけになった重要なアルバムだ。はじめは「協奏曲なのになんでオーケストラはいないんだろう?」などとバカなことを考えながらも、このピアニストに次第にそして完全に傾倒していった。他のピアニストによる『イタリア協奏曲』もけっこう聞いたが、それらはあまりにも感傷的で、テンポが決して乱れることのないグールドの完璧な演奏に慣れてしまっていた私の耳には甚だ物足りないものに聞こえた。

この曲の第3楽章は流麗無比だ。グールドの神髄がこの楽章には表れている。それは左手のパッセージが非常にクリアであるということ。私見だが、対位法がふんだんに使われているこの楽章において、左利きでもあったグールドは右手と左手の平等化を図っていると思わせる部分がある。それは、冒頭部のパッセージが再現される最終部で、右手の高音を抑え、左手の旋律により強いアクセントをおいてグールドが演奏している場面だ。従来の解釈をくつがえす衝撃的な瞬間。

強弱をつけられないハープシコードが一般的だったバッハの時代とちがって、より現代的な楽器であるピアノはその名前のごとくダイナミックな音の強弱が特徴だ。ロマン主義の音楽では多くの場合、右手に美しい高音の旋律を歌わせ、左手の重厚な低音部によって曲の雰囲気を作り出すといった、ある意味運命づけられた役割が与えられている。私には、グールドはこの従来の二項対立的な形式を平等化し、そしてさらには逆転させようとしているかのようにみえる。考えてみれば、グールドは南より北を、華美より質素を、喧噪より平穏を、長調より短調を指向したひとだった。この延長線上に、メジャーな右よりもマイナーな左の存在に光をあてる閃きが生まれたのではないだろうか。このような解釈にたどり着いたピアニストはあとにもさきにもグールドだけだったように思える。

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

・「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。
グレングールドのピアノを聴くと、まるでマッサージされているかのように、一音一音に心がほぐされていく。その効果がもっとも期待できるのが「イギリス組曲」なんじゃないかと思う。本作トラック30におさめられている「イギリス組曲」は兎に角、良い。和音もメロディーもバッハもグールドも最高だ、としか言いようがない。

・「躍動感にあふれたバッハの世界
なんと魅力的で躍動感にあふれたバッハでしょうか。冒頭のイタリア協奏曲から完全にグールドの世界に引きずり込まれました。ダイナミックな強弱と緩急を自在に操り、ピアノによるバッハをこれほどまでに魅力的に表出したグールドはまさに不世出の演奏家と言って良いでしょう。

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)

未完のイタリアン・アルバム

・「イタリアバロックとバッハ、そしてグールド
 私にとってのグールド開眼のきっかけとなった一枚。それまで正統派のピアノによるバッハ演奏に耳慣れていたせいでか、いまひとつグールドの演奏にのめり込むことができないでいた。ところがこのアルバムに収められているマルチェルロのオーボエコンチェルトを原曲とするピアノ曲の演奏を聴いて、目から鱗が落ちる思いがした。うなり声とともに聞こえてくるのは、孤高の魂の調べであった。また、他のレビュアーが採りあげていないようなので、あえて言っておきたいのだが、アルビノーニの音楽を原曲とする二つのフーガはすごいの一言に尽きる名演である。これを聴くと、バッハがアルビノーニからいかに多くを学んだかがわかる。他の演奏もすばらしいものばかり。グールド入門にはこういうアルバムからのほうがいいかもしれない。

・「グールドのバッハ中指折りの名盤!
 ここには、普段チェンバロぐらいでしか聴けないC.P.E.Bachの「ヴュルテンベルクソナタ1番」が収録されていますが、ピアノでしか表現し得ない様々なニュアンスをたっぷりと堪能することができます。

 他にも「マルチェロの主題によるオーボエ協奏曲」が非常におもしろい!個人的にはイタリアンコンチェルトがお勧め。とくに3楽章は驚異的な速さ。それにもかかわらず細かな表情がしっかりとつけられていて、聞く方も息苦しさを感じることなく曲に入り込めます。グールドは左利きだったらしいですが、それを知らずともこの盤を聞くだけで「もしかして・・」と感づいてしまいます。

・「涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバム
1971,79,80年 トロント、イートンズ・オーディトリアムにて録音。グールド没後15年たった1997年に発表された。1982年に亡くなったグールドの晩年期かつ未発表のバッハを多数含むアルバムとして注目すべきアルバムである。

特に『マルチェルロの主題による協奏曲ニ短調』の弾きっぷりに圧倒される。明確で強いセンテンス。右手と左手の独立性。それから構築されたコンポジションのはっきりした建築物のようなバッハだ。グールドのバッハはむしろ晩年に行くほど輝きを増しているように感じられる。

余談だがギドン・クレーメルの著書『琴線の触れ合い』には、グールドの晩年に共演を打ち合わせしたことが綴られている。1982年トロントでコンサートを開いた後、CBSはグールドとクレーメルを会わせようと尽力し、アンドラーシュ・シフとクレーメルは夜行性のグールドと真夜中近くに初対面している。話は盛り上がりグールドはまだ未発表だった新録『ゴルドベルグ変奏曲』のビデオを見せてくれたらしい!!!その後、話はリヒャルト・シュトラウスのソナタに移り(このソナタはグールドの最後の録音となった)、クレーメルの予想の倍のテンポで口ずさんだそうだ。もしかしたらリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタあたりを共演していたかも知れなかったのだ。

何しろこういう素晴らしい演奏を聴くともっともっとグールドに生きて欲しかった、と思うのは僕だけではないだろう。涙が出そうなくらい傑作な上に色々思ってしまうアルバムだ。

・「27歳の記憶の曲や!
オン・ザ・レコードのビデオは母が持っていて、イタリアン・コンチェルトの録音風景が強く印象に残っていました、私は元気いっぱいの3楽章が大好き!録音スタジオでの若き日のグールドの真剣な表情や、満足いくまでやり直したり真剣そのもので怖いくらいの緊張感でした、テープ編集を音の捏造と非難されたらしいけど、結果よければ全てよし!

何故かDomenico Scarlattiのソナタも入っていて選曲は???ですが、大好きな一枚です。

明日も気張ったろか~と、いう気持ちにしてくれる不思議なCDです。買わへんかったら、損やと思います、安いしお得や~

未完のイタリアン・アルバム (詳細)

バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番

・「幸せな雰囲気一杯の作品
第2番が1969年、第3番が1967年、第4番が1969年、第5番が1958年、第7番が1967年に録音。ちなみに第3番(BWV1054)はヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042と同曲、第5番(BWV1058)はヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041と同曲である。オリジナル・リリースのカップリングはvol.1が3・5・7番、vol.2が2・4番だった。 グールド28枚目及び36枚目のアルバム。

中でもグールドは自ら音楽を担当し、1972年に映画化されたカート・ボネガット・ジュニアの傑作『スローターハウス5』の中で第5番を使用しているのでおそらく最も納得がいった演奏だったのだろう。

グールドのバッハを演奏する歓びがオーケストラ全体に『伝染』していて、幸せな雰囲気一杯の作品だ。中でも、人気の高い第5番の第2楽章は秀逸です。

バッハ:P協奏曲第1&2&3&4&5&7番 (詳細)

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番

・「蛇足ですが
私にとってはプロコフィエフがメインです。「打倒ホロヴィッツ」に燃えていたものの、結局飽きて放り出したプロジェクトの産物ではありますが、「あの血塗られた楽章をスポーツに変えてしまった」と評される第三楽章を聴けば、ここまでやってしまったら飽きてしまうのも仕方ないような気がする、そんな凄い代物です。聴くだけでアドレナリンが出ます。

・「バッハ作品演奏家としてのショパンの側面
晩年のショパンがバッハの鍵盤作品を好んで演奏していたのは有名な話だ。ショパンが弾くバッハがどんな感じだったのかはとても気になるが、それ以上にバッハ弾きであるグールドの演奏するショパンには興味をそそられる。

グールドによるロマン派作品の演奏は、意外にも耽美的側面が強く出た演奏になることが多い。このショパンのソナタの演奏でもその特徴がよくあらわれている。第1、3楽章では比較的ゆっくりとしたタイムを採用し、うるおいのあるサウンドで充分に旋律を歌い込むので、昨今のショパン弾き以上にロマンティクな印象を受ける。

しかしその全体的な印象に反して、グールドの意図は、このソナタの中にまぎれているバッハ的な特徴を拾い出すことにあるようだ。つまり多声的な処理に着目し、それぞれの旋律を対等に歌わせようとする。各声部をラインとして歌わせるためには、響かせるための充分なスペースを各音に与えてやる必要がある。そのため若干遅めのタイムを採用したのだろう。

この目論みは事前の想像以上に成功したのではないだろうか。拾いだされた各声部はどれも耳を惹く美しさを備えており、それらの聴かせるアンサンブルは立体的な奥行きをこの作品に与えている。それは強い魅力を放っており、グールドがそれらを拾いだそうとしたのも納得である。

このように、グールドはかなり独創的な視点から作品を掘り下げているのだが、意外なことに、演奏全体の印象はポリーニによる演奏にかなり近い。ぜひ聴き比べてほしい。グールドの解釈が単に奇抜なものではなく、充分に妥当性が検討された結果だということがわかると思う。

・「グールドのショパン
 このディスクの重要性は、何といってもショパンにある。彼がショパンを弾きたがらなかったというのは有名な事実であり、そんな彼がショパンのしかも大曲ソナタ第3番を収録していたことはそれだけでもう大事件である。

 彼は一般にはバッハ弾きのイメージが強いが、彼の持つ綺麗に整ったタッチや音色、厳格な構成感がバッハにぴったりであると感じている(もしかするとこれはバッハを弾くために出来上がったものかもしれないが)。

 さてこのショパンだが、私が過去に聴いたどの第3番よりもかなりゆっくりしたテンポで弾き始めている。しかしここを聴いただけでも明らかに演奏者がグールドであることが認識できるほど強烈な個性を放っているのだ。まさしくゴールドベルクやイタリア協奏曲でお馴染みのあの音だ。そして彼が執拗に浮かび上がらせる副旋律などは、まるでバッハのインベンションを聴いているかのような錯覚を聴き手に与える。そう、ちょうど現代にバッハがよみがえったらこんなショパンを弾くのかもしれない。賛否両論はあると思うが、確かにショパン演奏における解釈の違った一面を示していると思う。

・「意外と普通
グールドのショパンと言うとキワモノ扱いされそうだが、実際聴いてみると第1楽章が遅めなこと以外はごくごく普通の演奏。第1楽章にしてもギレリスやボレットのほうが遅いし、第2楽章以降はもう完全に普通の演奏の範疇だろう。ただ普通と言ってもそれは悪い意味ではなく、印象としてはむしろ良いほうかもしれない。スクリャービンやプロコフィエフのソナタもなかなかの好演。

・「このショパンは…
素人の耳で聞きますと、このショパンはよくない。そう感じる。これが「グールドの世界」と言われればそうなのかもしれませんが。

本人の言葉にもあるように、「ロマン派は嫌いだ。ショパンを弾いててメンデルスゾーンっぽく聞こえたらすみません。ショパンは二度と弾かない。」確かに、このピアノは少し酷い演奏だなって思いました。折込解説も、アルゲリッチの演奏は素晴らしいがグールドのショパンは酷い(?)と言わんばかりの辛口です。

グールドの気の乗らない演奏が聴きたい方にはお勧め。また、この演奏を聴くと、他の演奏家のショパンが綺麗に聞こえてきますよ。バッハ、ベートーベンはいいと思うんですけどね。重く、堅調な曲はグールドは良いとおもうのですが、モーツァルトや、ショパンとか、透明さ、華やかさはうまく表現できてないですね。

なんとなく、鬱々とした、グールドの雰囲気が出てきています。

ただ、CDとしては、こういう失敗演奏もあってもいいと思ったので、ぜひ聴いてみて、いろいろ感じてみては?演奏はあまり期待できないですが、面白いCDであることには違いないので星3つです。

ショパン:ピアノ・ソナタ第3番 (詳細)

ピアノによる「運命,田園」

・「グールドの「田園」は本作のものの方がお薦めでしょう。
グールドの「田園」にはCD1枚に「田園」の全楽章を収めたものもあるが、そちらはテンポがちょっと遅すぎるので初心者にはお薦めすることをためらう。それに対し、本作のものは第1楽章のみだが、きびきびした演奏で実に壮快。オーケストラとは違った魅力に満ちている。私はグールドの全作品の中で屈指の出来だと思う。この「田園」第1楽章のためにだけでも本作を入手する価値はあると考える。「運命」も華を感じさせて素晴らしい。両方を一度に集められる本作はお得な作品である。

・「最高の田園
田園は難しい曲だと思う。特にオーケストラでの演奏で、これ!という演奏に出会った事がない。ところが、このグールドの演奏を聴いて今まで考えを改めることになる。この美しく、深みのある田園。グールドの10本の指で奏でる田園はまさに絶品。これこそ最高の田園だと思う。

・「ピアノだけで「運命」が!
グレン・グールド氏によるリスト編曲のベートーヴェン、交響曲第5番の全曲と、第6番「田園」から第一楽章のみが収録されたディスク。録音は第5番が1967年、「田園」が1968年。交響曲第5番は、運命という名前で親しまれたあのスーパーヒーローだが、そのヒーローから管弦楽という肉体を取り除いた純粋な精神にピアニズムという鋼鉄のボディを着せたような印象だ。単なるピアノへの編曲でなく、リストによる輝かしいアレンジがなされているわけだが、グールドは持ち前のテクニックと独特の間合いでこの難曲を弾ききっている。録音も、いつもの固い音だが、20ビットのリマスタリングでクリアに聴こえるか。もちろん唸り声も健在。「田園」も第一楽章のみだが、シンプルなピアノ曲として演奏されている。

・「グールドの持ち味が存分に生かされた演奏!
文句無く面白い演奏です。

言うまでも無くグールドは既成概念に縛られないピアニストですから、こいった演奏は最も彼の持ち味が生かされて楽しめます。

グールドのアルバムの中でも個人的には大変好きなアルバムです。演奏技術的にはそうとう難しいことやっていますが、本人はノリノリで弾いてるのでそう感じさせないくらいに集中しています。

私はグールドの「バッハ」ははっきり言って嫌いです。独創的ではありますが、バッハの持つ数学的な美しさ(楽曲自体が自ずから持つ)をむしろ薄めています。

ですから、むしろこういった曲を演奏している方を歓迎します。少数派ながら…。

・「ピアノソロの良さ
グールドは他にワーグナーの序曲をピアノソロに編曲して演奏しており、ピアノソロの良さを訴えていたのだな、と思う。

ベートーヴェンの交響曲をピアノソロにしたとき、やはり物足りなさはあるものの、一人だけであれだけの壮大な曲を演奏できることに私は意義を感じる。他のピアニストにも、こういった挑戦をして欲しいと思う。

ピアノによる「運命,田園」 (詳細)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集

・「新鮮でした。
 グールドの演奏は叙情に流れないところが好きです。乾いたタッチでありながら不思議な深みがある。エモーショナルな演奏家の演奏ばかりを聴いてきた私には耳から鱗でした。

・「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では
グールドが最も初期に全集を完成させたのは多くの人の予想に反して『ベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集』だった。それはピアノ協奏曲第2番 Op.19、1957年4月9-11日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ(グールドの3枚目のアルバム)で始まり、グールド24枚目のストコフスキーとの『皇帝』(1966年3月1・4日、ニューヨーク、マンハッタン・センターで録音)で完結してしまう。何よりもグールドはその全集の完成を急いだ、とも取れる。

グールドの録音順はグールドの興味の順とも言える。多くの反対を押し切って最初に録音したゴールドベルグ変奏曲はその典型だろう。つまりグールドはどのピアニストよりもこの5曲のコンチェルトにアイデアを持っていたということになる。その顕著な例が第1番のカデンツァだろう。グールドはそこで自作のカデンツァを披露している。おそらくは誰一人、今後このカデンツァの輝きを上回れないだろう。

情熱とアイデアに満ちたこれほど面白い全集が他にあるだろうか。知ったかぶりして何の冒険もなく弾く多くのピアニストの無能さをこの全集を聴くたびに感じるのだ。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集 (詳細)

ラヴェル:ラ・ヴァルス

・「乾いた音と湿った感性
ポリー二の名演があるにも拘らず,この乾いた音が織り成すヨーロッパの危機感のようなものは,やはり尋常ではないと思います.バッハの世界もグールドなら,これもまたグールドの真骨頂ではないでしょうか.本来聞きやすいはずの近代ピアノ曲ですが,聞かず嫌いのためにも,こういう演奏が大切に思います.現代人にとってはもしかしたら必須の演奏かもしれません.凡庸な現代の演奏を聞くよりも遥かに充実感があります.

ラヴェル:ラ・ヴァルス (詳細)

モーツァルト:ピアノソナタ集

・「我とともに唄え、モーツアルトを!
 曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。

 グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。

 音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。

 教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。

・「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想
グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。で、どう弾いているのかと思いきや…

K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。

天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、なんとも贅沢になれる1枚です。

・「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス
これは只の演奏ではありません。演奏の形を取った批評です。「俺だったらこうする」「この方がいいと思わないか?」というね。そうでなかったら、大嫌いな作曲家の大嫌いな作品を全曲録音しようなんて思わないでしょう。(ちなみに、嫌いな理由は「聴衆に媚びてるから」だそうです)

そもそも音楽を言葉で語ること自体がナンセンスなのですから、これは非常に真っ当なやり方です。ただ、普通の批評家はそれ程の演奏能力を持っておらず、普通の演奏家はそれ程の批評能力を持っていない、というだけのことです。つまり、やらない、のではなく、出来ないのです。

グールドは、人並み外れた演奏技能と高度な知的活動を兼ね備えているという点に於いて、非凡な存在なのです。

ですから、彼がスコア通りに演奏するかしないかなどということは、全く些末なことに過ぎません。重要なのは、スコア通りに演奏するにしても、ただそう指示されているからそうする、というだけなのか、それとも、自らあれこれ考察した上で、「成る程、スコア通りに演奏するのが最良だな」と納得した上でそうするのか、という点です。つまり、演奏家としてのみならず、人間としての主体性の問題なのです。

グールドは、間違っても「演奏マシン」に成り下がらないだけの主体的な批判精神を持った最高度の演奏家、言わば、真の意味での「現代人」の「音楽家」なのです。

そんなグールド相手に、好きだの嫌いだのと子供みたいなことばっかり言っててもしょうがないんです。私達が彼の作品を楽しむ、或いは楽しむことしかできないのは私達の勝手でしょうが、音楽そのものを情緒的な快楽としてだけでなく知的探求として捉えるセンスなしには、彼の演奏の神髄を味わうことは出来ないでしょう。グールドを聴く喜びは、発見の歓びなのです。

音楽を、でなく、音楽「で」思考しなければ!

・「まさに「あいた口がふさがらない」
モーツァルトのピアノソナタというと、あの美しい旋律の穏やかな曲だぁ。と思っている人がかなりいると思いますが、そのイメージを初っ端からぶち壊してくれます。まず驚くのが8番。あの楽譜からこんな演奏が出てくるなんて!最初に聞いた時は、思いもかけない"奇襲"には正直びっくりしましたが、よく聴いてみると技術的に完璧な演奏だったり、なによりも音楽性に富んだすばらしい演奏だという事が分かると思います。ようするに魅力的なのです。この演奏はグールドにしかできないと思います。できることなら、全集を勧めたいですが、まずはモーツァルトの名曲がぎっしり詰まったこのCDで衝撃を実感してください。

・「買ってください
モーツァルトがブームになって久しいですが、(アルファ波がでてるから)私はそれほどよいとは思わず過ごしてきました。バッハはやっぱり天才だ~とか、美しさではラヴェルか・・とか、単純だけどハイドンのピアノ曲も素晴らしいとか言ってきたのです。しかし!グールドのバッハを聴いて「弾き手によってこんなに違うのね」と知り、ではモーツァルトは?と思って、このCDも購入してみました。結果は・・・星5つです!!間違いありません。「クラシック嫌いでもグールドは聴く」と言われますが、このCDでもその力が発揮されています。誰もが子供の頃聴いた事がある名曲(ピアノの練習曲)、と簡単に通り過ぎないで下さい。特に最初に収められているの8番!の、1楽章と3楽章は…心臓に突き刺さる演奏です。1楽章は「そうそう!これぞグールド」とニヤリとさせられ、更に3楽章では奇抜さではなく、恐ろしい程のテクニック&それ故の表現力に泣かされます。モーツァルトのピアノ曲をお求めなら、ぜひ買ってください。とにかく聴いてみて下さい。私はグールドのお陰で25年ぶり位にピアノを再び弾き始めました。

モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)

ブラームス:バラード,ラプソデ

・「the still air
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき

そこに想像される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。

・「グールド演奏で3指に入る名演
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。日本盤に間奏曲を加えこちらの方がより完璧である。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。

ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?

・「the still air
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき

そこに想像される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。

・「the still air
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき

そこに創造される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。

・「the still air
まずは間奏曲op117を聴いて欲しい。冒頭の数小節からもう引き込まれずにはいられない。甘えるかのようにロマンティックなこの表情はどうだろう!これは「グールドの割には」とか「バッハのグールド」などという前置きなしに聴きたい。アプローチはオーソドックスにしてその語り口は極めて淡々と昔語りのように進んでいき

そこに創造される世界観は「俗」とは程遠く、祈りのようでさえある。ブラームスの、グールドの深遠なる哲理をここに見るかのようだ。

ブラームス:バラード,ラプソデ (詳細)

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集

・「瑞々しさと冬枯れ
過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。

ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。

間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。

他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。

またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。

かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。

グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。(あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。)

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「坂本教授が選んでいた一枚。
NHK「私のこだわり人物伝」で放送されたグールド特集の中で、「ロマンチックな一面」として紹介されたブラームスの間奏曲集ですが、放送中に聴くことができる2曲(作品117-1と作品118-2)ともこのアルバムに収録されています。紹介されていたジャケットは輸入版のものですが、本作品にも輸入版から数曲抜粋したものが入っています。また、雑誌「ぴあ」で数年前に企画された「坂本龍一の選ぶCD100枚」で選ばれていたのも実はこちらのアルバムです。

輸入版が入手困難な場合はこちらを選ぶのもいいかもです。

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「グールド演奏で3指に入る名演
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。

ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 I

・「なるほど、こう弾くか
1965年から1967・1968・1980・1983年にレコーディングされたグールドのベートーベン・ピアノ・ソナタ第一集。第1番から第14番の『月光ソナタ』までを収録している。ただし、第4番と第11番のソナタはない。

まず、この作品集にたどり着くプロセスとして、秀逸なモーツアルトのピアノ・ソナタ全集の解釈やゴルドベルグ変奏曲の解釈を体験している者にとって、おそらくは初期・中期のソナタをこう弾くだろう、という予想がグールドの場合あると思う。そしてリスナーの予想は今回ほぼ的を射ている。特に第一番のソナタをこんなに瑞々しく演奏したのには正直驚いた。予想の上を行っていた、と言えるだろう。

グールドはベートーベンのソナタをまず後期ソナタから取り組み、むしろその特徴が出せそうな初期・中期を後ろに持ってきた。しかも全曲はレコーディングに至らなかった。ここにグールドの意図が僕には感じられる。ベートーベンのソナタを『解釈』する上で欠くことができない素晴らしい演奏だと思う。

・「なるほど、こう弾くか
1965年から1967・1968・1980・1983年にレコーディングされたグールドのベートーベン・ピアノ・ソナタ第一集。第1番から第14番の『月光ソナタ』までを収録している。ただし、第4番と第11番のソナタはない。

まず、この作品集にたどり着くプロセスとして、秀逸なモーツアルトのピアノ・ソナタ全集の解釈やゴルドベルグ変奏曲の解釈を体験している者にとって、おそらくは初期・中期のソナタをこう弾くだろう、という予想がグールドの場合あると思う。そしてリスナーの予想は今回ほぼ的を射ている。特に第一番のソナタをこんなに瑞々しく演奏したのには正直驚いた。予想の上を行っていた、と言えるだろう。

グールドはベートーベンのソナタをまず後期ソナタから取り組み、むしろその特徴が出せそうな初期・中期を後ろに持ってきた。しかも全曲はレコーディングに至らなかった。ここにグールドの意図が僕には感じられる。ベートーベンのソナタを『解釈』する上で欠くことができない素晴らしい演奏だと思う。

・「私にとってのスタンダード
 私にとっての最初のベートーヴェン・ピアノソナタがグールド。始めてピアノのコンサートに行った後、どうしてもCDが欲しくなって買ったのがこの全集。きっかけは確か村上春樹さんの作品中に登場してたのを覚えてたからでした。それ以来この演奏が私にとってのスタンダードになりました。ギレリスやグルタのベートーヴェンも凄いし、素晴らしいけど、やっぱり最後はこれに戻ってきてしまう。どんな風に弾いていたのか想像するのも面白い。結局全集は完成しなかったけど、「ハンマークラヴィーア」とかも入っていたら良かったのになあ。演奏は彼独特のもので、決してスタンダードとは言えないと思うけど、とにかく「好きな」ベートヴェンですね。おすすめ。

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 I (詳細)

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ集 II

・「「田園」の発見。
驚いたのは第15番「田園」でした。テンポのとりかた、アーティキュレーションの多用、アクセントのおきかたはかなり独特で、聴く人が聞けばもったいぶったてらいの多い演奏になるかもしれません(グールド作品の中でもかなり曲芸的かも)。でも、たぶん、ポップスですね、この解釈は。印象的なフレーズをことさら印象的なサビのように念をおす演奏は、後でそらんじられるほどわかりやすくなっていると思います。うーん、バカラックスタイルってとこかぁ。

・「「グールドの中で、もっとも好きかもしれない」の巻
ハイドンの後期ソナタも、ブラームスもいいけど、このCD(2枚目)におさめられているベートーベンピアノソナタの「16」「17」「18」(というよりも作品31-1、2、3)はとてもいい。

「16」の出だし、彼独特の玉が転がっていくようなタッチと、音質、速度感が見事だし、気持ちがいい。「17」はテンペストとして有名な楽曲だけれど、多くのテンペスト演奏の中でも、彼のこの演奏はもっとも聴きやすく、何度でも聴ける、優れたものだ。

ベートーベンのピアノソナタ弾きとしては、グルダがベストだと思っているけど、グールドのこれも、違った意味で最上のもののひとつ。

長調、短調、長調という曲の流れも、明るく始まり、テンペストを味わって、朗らかな「17」で終わるので、心地よく聴いていける。たぶんグールドもこのことを意識して、この3つのソナタを分離せずに1枚に入れたのだろう(最初のアナログ盤でもそ