サタジット・レイ監督三部作DVD-BOX (詳細)
サタジット・レイ(監督), シュビル・バナージ(俳優), ピナキ・セン・グプト(俳優), ショウミットロ・チャタージ(俳優)
「人生観の変わる映画」「インドが生んだ巨匠ショトジット・ライの三部作−−若い人は、必ず観て欲しい」
パンドラの箱 クリティカル・エディション (詳細)
G.W.パプスト(監督), ルイーズ・ブルックス(俳優), カール・ゲーツ(俳優), ラディスラオ・ヴァホダ(脚本)
「サイレント映画の極北 世紀のヒロイン、ルル=L.ブルックス」「アメリカから来たファムファタール、ルイーズ・ブルックス」「クリティカル・エディション」
テオ・アンゲロプロス全集 I~IV DVD-BOX IV (詳細)
テオ・アンゲロプロス(監督), ブルーノ・ガンツ(俳優), トゥーラ・スタトプロウ(俳優)
「アンゲロプロス全作を一望」「全集、これにて完結」
ルイス・ブニュエル DVD-BOX 1 (詳細)
ルイス・ブニュエル(監督), リリア・プラド(俳優), コルンバ・ドミンゲス(俳優), シルヴィア・ピナル(俳優)
「全32作品の全集完成を!」「シュールリアリズム映画で笑えること」
風が吹くまま (詳細)
アッバス・キアロスタミ(監督), ベーザード・ドーラニー(俳優), ファザード・ソラビ(俳優)
「風が吹くままに人を愛する」「キアロスタミ監督の最高傑作」「日常を切り取る監督」
女と男のいる舗道 (詳細)
ジャン=リュック・ゴダール(監督), アンナ・カリーナ(俳優), サディ・レボ(俳優), ブリス・パラン(俳優), アンドレ・S・ラバルト(俳優)
「悲しくもつかの間の生の輝きに満ちたフィルム」「美しく力強い」「よきかな」
芙蓉鎮 全長・公開版 (詳細)
謝晋(監督), 劉暁慶(俳優), 姜文(俳優)
「追悼;謝晋監督。素晴らしい映画を遺してくれてありがとう。」「文革の本質を描いてみせてくれた傑作」「文革の惨さと、人間のもろさと強さ」「豆豆腐」「謝普監督の優しい人柄が感じられる作品だが、ちょっと長い。」
初恋のきた道 (詳細)
チャン・イーモウ(監督), チャン・ツィイー(俳優), スン・ホンレイ(俳優), チョン・ハオ(俳優), チャオ・ユエリン(俳優), パオ・シー(脚本)
「多くの愛がここにある。」「涙が・・・・」「何度見ても泣けちゃう」「いろいろな意味での「美しさ」」「両親の昔をのぞき見た感じで、涙が止まりませんでした」
裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション (詳細)
カール・TH・ドライヤー(監督), ルイーズ・ルネ・ファルコネッティ(俳優), ウジェーヌ・シルバン(俳優), アントナン・アルトー(俳優)
「奇跡のフィルムを収めた貴重なDVD」「沈黙こそが」「確かに定価は少々高い。でもこの品質なら、買う価値あり」「仰角の天才が放つ衝撃作!」「~彼女は、全うした~」
木靴の樹 (詳細)
エルマンノ・オルミ(監督), ルイジ・オルナーギ(俳優)
「心にしみこむ、ほんとうにいい映画です」「これを観ずして映画は語れません。」「人生の哀歓」「「木靴の樹」。とは、とても素敵な題名をつけたものです」「木靴の樹−真の傑作」
Ashes & Diamonds (Sub) (詳細)
Andrzej Wajda(監督), Zbigniew Cybulski(俳優), Ewa Krzyzewska(俳優), Waclaw Zastrzezynski(俳優), Adam Pawlikowski(俳優), Bogumil Kobiela(俳優), Jan Ciecierski(俳優), Stanislaw Milski(俳優), Artur Mlodnicki(俳優), Halina Kwiatkowska(俳優), Ignacy Machowski(俳優), Zbigniew Skowronski(俳優), Barbara Krafftówna(俳優), Aleksander Sewruk(俳優), Zofia Czerwinska(俳優), Wiktor Grotowicz(俳優), Irena Orzecka(俳優), Mieczyslaw Loza(俳優), Halina Siekierko(俳優), Tadeusz Kalinowski(俳優), Grazyna Staniszewska(俳優)
ハワーズ・エンド (詳細)
ジェームズ・アイヴォリー(監督), アンソニー・ホプキンス(俳優), ヴァネッサ・レッドグレーヴ(俳優), ヘレナ・ボナム・カーター(俳優), エマ・トンプソン(俳優)
「静かな美しさ、アイヴォリー・ワールド」「一瞬たりとも目が離せません」「イギリス人の家観と翻弄される運命」「文学を映像でみる楽しさを満喫させてくれる傑作」「感激の高画質です」
ピアニストを撃て〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選5〕 (詳細)
フランソワ・トリュフォー(監督), シャルル・アズナヴール(俳優), マリー・デュボア(俳優), デヴィッド・グーディス(原著), マルセル・ムーシー(脚本)
「銃撃シーンはかえって現実に近くてリアルかも」「シャルリの特別な1日」
トリコロール/赤の愛 (詳細)
クシシュトフ・キェシロフスキ(監督), イレーヌ・ジャコブ(俳優), ジャン=ルイ・トランティニャン(俳優)
「赤い妖精イレーヌ・ジャコブの美しさに嘆息する」「レマン湖のほとりに退職判事は暮らしていた」「トリコロール完結編に相応しい作品!」「3作」「芯をあたためる、あか」
アンドレイ・ルブリョフ (詳細)
アンドレイ・タルコフスキー(監督), アナトリー・ソロニーツィン(俳優)
「傑作」「なんちゅう完成度。」「芸術作品の背後に佇む「沈黙」」「単純な祈り」「深い感動に包まれました」
さらば、わが愛 覇王別姫 (詳細)
チェン・カイコー(監督), レスリー・チャン(俳優), チャン・フォンイー(俳優), コン・リー(俳優), リー・ピクワー(原著)
「レスリー・チャンは天才だ」「美しさと哀しみと・・・」「価値のある作品」「壮大なスケール 傑作中の傑作」「ラストの個人的解釈。」
仮面/ペルソナ (詳細)
イングマール・ベルイマン(監督), ビビ・アンデション(俳優), リヴ・ウルマン(俳優), ヨルゲン・リンドストレム(俳優), グンナル・ビョーンストランド(俳優)
「とても、昔の映画とは思えません。」「リアリズムという哲学」「ペルソナという名の人格」「ベルイマン死去・・・青春期に強い影響を与えた監督」「演劇人は観ておく方がいい」
フィツカラルド (詳細)
ヴェルナー・ヘルツォーク(監督), クラウス・キンスキー(俳優), クラウディア・カルディナーレ(俳優)
「さすがヘルツォーク!」「一番好きな映画です。」「ある種の思想」「ただただ圧巻、ただただ唖然」
Nasty Girl (詳細)
Michael Verhoeven(監督), Lena Stolze(俳優), Hans-Reinhard Müller(俳優), Monika Baumgartner(俳優), Elisabeth Bertram(俳優), Michael Gahr(俳優), Robert Giggenbach(俳優), Fred Stillkrauth(俳優), Barbara Gallauner(俳優), Udo Thomer(俳優), Ludwig Wühr(俳優), Christof Wackernagel(俳優), Richard Suessmeier(俳優), Sandra White(俳優), Rudolf Klaffenböck(俳優), Karin Thaler(俳優), Michel Guillaume(俳優), Stella Adorf(俳優), Cordula Bachl-Eberl(俳優), Petra Berndt(俳優), Gabi Fischer(俳優)
「お見事としか言いようのない秀作」「一つも面白くないコメディーが、逆に緊張感を呼ぶ」
Macbeth (詳細)
Nolan Jeanette(アーティスト)
I Am Cuba (Sub) (詳細)
Mikhail Kalatozov(監督), Sergio Corrieri(俳優), Salvador Wood(俳優), José Gallardo(俳優), Raúl García(俳優), Luz María Collazo(俳優), Jean Bouise(俳優), Alberto Morgan(俳優), Celia Rodriguez(俳優), Fausto Mirabal(俳優), Roberto García York(俳優), María de las Mercedes Díez(俳優), Bárbara Domínguez(俳優), Jesús del Monte(俳優), Luisa María Jiménez(俳優), Mario González Broche(俳優), Sergei Urusevsky(映像), Nina Glagoleva(編集), Enrique Pineda Barnet(Writer), Yevgeni Yevtushenko(Writer)
Yol (詳細)
Yilmaz Güney(監督), Serif Gören(監督), Tarik Akan(俳優), Serif Sezer(俳優), Halil Ergün(俳優), Meral Orhonsay(俳優), Necmettin Çobanoglu(俳優), Semra Uçar(俳優), Hikmet Çelik(俳優), Sevda Aktolga(俳優), Tuncay Akça(俳優), Hale Akinli(俳優), Turgut Savas(俳優), Engin Çelik(俳優), Hikmet Tasdemir(俳優), Osman Bardakçi(俳優), Enver Güney(俳優), Erdogan Seren(俳優)
Before the Rain (詳細)
Milcho Manchevski(監督), Katrin Cartlidge(俳優), Rade Serbedzija(俳優), Grégoire Colin(俳優), Labina Mitevska(俳優), Jay Villiers(俳優), Silvija Stojanovska(俳優), Phyllida Law(俳優), Josif Josifovski(俳優), Kiro Ristevski(俳優), Petar Mircevski(俳優), Ljupco Bresliski(俳優), Igor Madzirov(俳優), Ilko Stefanovski(俳優), Suzana Kirandziska(俳優), Katerina Kocevska(俳優), Vladimir Endrovski(俳優), Abdurrahman Shala(俳優), Vladimir Jacev(俳優), Peter Needham(俳優), Rod Woodruff(俳優)
BURNT BY THE SUN (詳細)
Nikita Mikhalkov(メインアーティスト), Oleg Menshikov(俳優), Ingeborga Dapkunaite(俳優), Nadezhda Mikhalkova(俳優), André Oumansky(俳優), Vyacheslav Tikhonov(俳優), Svetlana Kryuchkova(俳優), Vladimir Ilyin(俳優), Alla A. Kazanskaya(俳優), Nina Arkhipova(俳優)
Exotica (詳細)
Atom Egoyan(監督), Mia Kirshner(俳優), David Hemblen(俳優), Elias Koteas(俳優), Calvin Green(俳優), Bruce Greenwood(俳優), Peter Krantz(俳優), Don McKellar(俳優), Arsinée Khanjian(俳優), Sarah Polley(俳優), Victor Garber(俳優), Damon D'Oliveira(俳優), Jack Blum(俳優), Billy Merasty(俳優), Ken McDougall(俳優), C.J. Fidler(俳優), Maury Chaykin(俳優), Nadine Ramkisson(俳優)
Import (輸入版)>Foreign Movie (外国映画)>Drama
Import (輸入版)>Foreign Movie (外国映画)>Comedy
ミュージック>クラシック>オペラ・声楽>オペラ曲目>は-わ行>マクベス
Import (輸入版)>Hobby&Special Interests (ホビー・実用等)>History&Biography
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Coop Out Contract>IVC Classic Film Collection>BOXセット
Coop Out Contract>IVC Classic Film Collection>全般
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・「人生観の変わる映画」
「インドに行くと人生観・価値観が変わる」ということはまことしやかに巷で囁かれている。私は実際インドにいったことが無いのでその真偽のほどはわからない。けれども、少なくともこのインド映画を観れば人生観は少なからず変わるはずである。それは断言できる。インドという国の独特の雰囲気、悠久の時の流れを感じる事が出来る。現代の時代の流れの速さに疲れた方、最近視野が狭くなって自分の人生観を変えたいと思っている方にはこの映画はピッタリである。この映画は人間として初心に戻れる映画である。
・「インドが生んだ巨匠ショトジット・ライの三部作−−若い人は、必ず観て欲しい」
サタジット・レイ(母国の言葉ではショトジット・ライと発音するそうである)監督は、インドが生んだ大監督である。第二次世界大戦後、欧米では、ライ監督と黒澤明監督が、アジアの二大監督として、その名を広く知られた時期が有り、日本でも、ライ監督の作品は、高い評価を得て来た。 私は、1970年代に岩波ホールで上映されたライ監督の『チャルラータ』、『ミドルマン』、それにこの『大地のうた』『大河のうた』『大樹のうた』三部作他の作品を見て、深い感動を受けた。私自身、まだ観ていないライ監督の作品を観たくてたまらないが、どうも、若い人達が、ライ監督の映画を余り知らない事が残念でならない。 この三部作の中で私が一番好きなのは二番目の『大河のうた』である。この映画に描かれた母と子の物語は、忘れる事の出来無い物である。又、この映画(『大河のうた』)には、西欧とインドと言ふ主題が隠されて居る事も見逃せない。『大地のうた』の自然描写の素晴らしさも忘れられない。−−私は、あの、水の上に雨が降り始めるシーンが、大好きである。−− 若い人は、是非、この三部作を観て欲しい。この三部作は、あなたの人生に、必ず影響を与える筈である。
(西岡昌紀・内科医)
・「サイレント映画の極北 世紀のヒロイン、ルル=L.ブルックス」
サイレント時代の映画を見る機会は今日ではまずなくなっていますが、歴史に埋もれた傑作・怪作・娯楽作が大量に存在します。その最末期に作られた恐るべき作品がこの『パンドラの匣』です。原作自体有名な戯曲なのだそうですが、主人公のルルに扮したルイーズ・ブルックスが奇蹟とも言うべき絶妙な配役で、全体の印象を大きく変えました。妖婦であるルルに天真爛漫なイメージを持たせたいとパプスト監督が彼女を抜擢。世紀のヒロインはこうして完成したのです。心のままに奔放に行動しているだけなのに周りの男達を零落させていくまさにパンドラ。いまだに「スクリーンの中の美女ベスト10」的なもので彼女が選出されるのもうなずけるのです。 1929年、レンテンマルクが紙くずのようになった世界恐慌下のドイツで作られたこの映画、異様な迫力で我々の感性を鷲づかみにします。賭博に妄執するアルヴァ、レズビアンの女性に言い寄る曲芸師とその殺害、自殺を強要されたルルと背後に歪んで映る祈りの像、等々、ぶちのめされるような強烈な画面が飛び込んできて、そして全く救いようのない結末。ルルの笑顔はどこまでも優しく美しく妖艶で聖母のようです。しかし彼女は…。 映画の始原であったサイレント映画には、映画的表現の極北とも言うべき傑作が数々存在するのです。間違いなくこの『パンドラの匣』はその一角を占めています。何かもの凄いものを見たい人も、これぞ美女という人物を知りたい人も、光と影の芸術である映像表現の一典型を学びたい人も、この映画を是非見て下さい。一生忘れられない体験になることでしょう。〈追伸〉知る人ぞ知る、リバプール出身のバンド、Lotus Eatersの“It Hurts”のビデオクリップにこの映画のルルの映像がフューチャーされています。これが私の『パンドラの匣』初体験でした。華々しく散ったLotus Eatersへの思いも重なって忘れられないのです。
・「アメリカから来たファムファタール、ルイーズ・ブルックス」
この作品が紀伊國屋クリティカル・エディション、それも第一弾と聞いて納得した覚えがあります。サイレントの名画の中でも独特の存在感を放っています。映画の評価は、監督よりもむしろルイーズ・ブルックスに与えられているように思えます。妖艶な風貌と演技に魅惑された男性は古今東西を問わないようです。彼女の作品でDVD化されているのは他2作しかありません。1931民衆の敵1936間奏曲残念ながら、彼女の良いときを収めた作品は、パンドラの箱以外にはソフト化されていないようです。
プリントの状態は良好です。1997年にドイツ国営第二放送が修復し、伴奏はファスビンダー作品で知られるペーア・ラーベンに委嘱されています。DVD化に際して、フランスで更に補正・修復がされています。残念ながら同シリーズのラング監督の映画群に比べると質は落ちる気がしますが、古い映画だと思えば、すばらしい状態であることは違いありません。
この映画の公開された1930年といえば、「嘆きの天使」も公開されています。嘆きの天使といえば、やはりマレーネ・デートリッヒです。デートリッヒが独から米に渡ったのに対して、ルイーズは米から独に渡りました。ふたりとも1930年の役柄はファムファタールそのもの。当時は米よりも独の女性の方が進んでいて、そういう女性が持て囃されたそうです。言わば、デートリッヒもルイーズも、そういう女性像の代表格だったものと思われます。
個人的には、最初にルルが踊る場面が強烈に脳裏に焼きついています。自由奔放に、華麗に踊りまくる彼女の姿は、儚くもあり、美しくもあり。役柄のルル、そしてルイーズ本人の生き様を象徴しているようで。
ちなみに、特典映像「ルルを探して」は大変良くできています。不世出の女優ルイーズの生涯がコンパクトにまとめられていて、無知な私には大変興味深かったです
・「クリティカル・エディション」
ドイツ・サイレント映画末期の傑作がクリティカル・エディションで登場!これからもこのクリティカル・エディションシリーズ、まだ観ぬ傑作をどんどん出して欲しい。
・「アンゲロプロス全作を一望」
全集ではこの第4巻を初めて手にしました。長編処女作「再現」と近作「永遠と一日」のカップリング、さらに「再現」以前の短篇「放送」というラインナップがこの第4巻の妙味でしょう。3枚それぞれに入った解説書には各作品の監督のコメント、資料が満載。これだけでも溜息が出ます。
「永遠と一日」はDVDでの鑑賞がオススメ。以前、テレビ放送を録画していたので今回の購入をためらいましたがテレビ放送とは比較にならないほどシャープ。また解説書には作品完成時の監督インタビューに加えて主演のブルーノ・ガンツへのインタビューを収録。彼自身の人間性や、創作現場での監督像が垣間見られます。死を見据えながら見終わった後の爽快感が不思議でしたがインタビューでその謎が少し解けた気がしました。「テオ・オン・テオ」全作品に関するインタビュー。各作品からのセリフ選びも監督らしい。監督自身が語る各作品の成り立ちもファンには溜飲のさがる思い。亡くなった美術監督ミケス・カラピペリスの各作品美術原画も必見。この巻の解説書は、映像に映っていない部分を補っておりこれも映画祭での上映ではなくこのDVDならでは。映像とは別に講演を活字で収録しているのも嬉しい。「放送」「再現」「再現」では長編第一作にしてすでにアンゲロプロスの美学が見て取れます。白黒のコントラストに映る石畳、石積みの家並みの美しいこと。事件に翻弄される人間の強く、美しいこと。「旅芸人」以降のどの作品でファンになった方にもオススメです。「放送」は当時のラジオというメディアの創る虚像を暴く作品、しかし同時に当時のアテネの街頭が活き活きと活写されているのも面白い。解説書の「再現」完成当時の監督インタビューは必読。
全集に手を出そうか迷っている方は、先ずこの巻を入手されて損はありません。独特の長回し撮影になったのは必然だったのです。各作品の謎もこれを見ることで、監督の姿勢を通して深く知ることが出来ます。しかしこれを手にしてから、どうしても他の巻が気になって仕方がないのですが…。
・「全集、これにて完結」
このⅣ集をもって、全集も完結。 しかし、アンゲロプロスはまだ現役の監督であり、これからも作品を発表しつづけてくれることを我々は待ち望んでいる。
Ⅳ集では、「永遠と一日」を収録。 全集発売前には、唯一国内でDVDが入手できる作品だっただけに、ファンは既に入手済みの人も多いことだろう(私もそのひとりではあるのだが)。 それであっても、やはりこのⅣ集は入手してしまうだろう。 全集を全て所有するというコレクター根性もあるにはあるのだが、やはり未見である「放送」「再現」を是非観てみたいと思う。
また、アンゲロプロスの重層的な表現世界への理解を深めるためにも、監督自身へのインタビュー「Theo on Theo」も興味深い。
・「全32作品の全集完成を!」
ブニュエルについては、日本でもいくつかの特集上映会や、ビデオリリースなどもありましたが、全作品のリリースは未だに実現していません。このBOXシリーズが実現してくれるものと期待しています。さっそく未見であった「皆殺しの天使」を見ました。これぞブニュエル!と唸らせてくれる傑作です。特にラストは、何とも言えぬ、可笑しみがこみ上げてきて、思い出し笑いで尾をひきそうでした。「エル」のジグザグ、「ナサリン」のパイナップルなど、ブニュエルのラストは本当に素晴らしい。笑える映画はコメディばかりではないということをつくづく感じさせてくれました。ブニュエルは「アンダルシアの犬」があまりに有名で、これは29才の処女作ですが、全32作品のうち29作品は45才を越えてから撮っています。人生の喜怒哀楽を知り尽くした人ならではの余裕のある表現がなんともいえぬユーモアを生み出しているのでしょうか。同じスペインの文豪セルバンテスも、傑作がが晩年10年に集中していて、かの「ドンキホーテ」も人生を知り尽くした人ならではユーモアが溢れていて、なにか通ずるものを感じました。
・「シュールリアリズム映画で笑えること」
このDVDに収められた「皆殺しの天使」が大好きである。
パーティーの参加者が どうした事か 会場を去ることが出来ないという奇妙奇天烈な設定だけで ブニュエルの傑作は成り立っている。なぜ 参加者達が会場を去れないかという点は最後まで分からない。観ているほうも その肝心な点が知らされないので いささかぼう然としながら映画を観続けることになる。 シュールリアリズムの映画 と言ってしまえばそれまでだが 何と言っても 笑える点が この映画の良い点だ。僕らは笑ってしまう。しかし 何で笑っているのか 自分でも分からなくなってしまう。それをシュールリアリズムというのだろうか?
・「風が吹くままに人を愛する」
人は忙しくても暇であってもいけない。どちらであっても仕事を中心にして生きている点では変わりがない。撮影クルーの男は人を車になぞらえ、共に働きすぎるとオーバーヒートしてしまうと言う。「僕は悪人か?」と子供に問いかけ自分の仕事にわずかな疑念を抱きながらも、仕事の電話がくればすべてを放り出して丘へと車を飛ばしていく。
葬式の取材で頭が一杯になっていた彼は、取材の打ち切りが決定的になったことで愛する心を取り戻す。親切にしてくれた井戸堀りの男の生死の分かれ目を前にして、彼はためらうことなく助けを呼びに飛び回り、更に老婆の診察を医者に依頼するようになる。彼は詩人の言葉のように、風が吹くままに人を愛するようになる。もはや人の死を待ち望むことはない。
仕事から解放された彼は村を出る時、カメラを村の女たちに向け夢中でシャッターをきる。村を出ようという時になって初めて村人を愛している自分に気づいたかのように。キアロスタミは幾つかの映画の中で、死に触れてこそ生の輝きがわかるようになるということを教えている。別れ道にさしかかった時、初めて人は自分の歩んで来た道を振り返るようになるのである。
・「キアロスタミ監督の最高傑作」
キアロスタミ監督の映画の中でも私が一番好きな作品です。子供を撮るのが好きな監督ですが、この映画では主に一人しか出てきません。そして田舎の素朴さをそのまま映したようなその一少年の表情を見ただけでも「いいなあ」と思ってしまいます。映画を見終わってまさに生きることをゆっくりと自然に問いかけてくるような、そして同時に一つの答えを導きだしたような、そんな印象を素直に受けました。風景が美しく、またジグザグの山道をここでも違った形で描いています。この映像美はすばらしい。
・「日常を切り取る監督」
これは、僕が初めてまともに見たキアロスタミ監督の作品です。始めはストーリーの展開も少なく、会話もまどろっこしくて退屈でした。映像が綺麗だからとそれだけで見ていると、だんだんストーリーが動き出す。しかしもちろん、ハリウッド映画のようにド派手ではなく、あえて静かに。
この作品で特に印象的だったのは、医者の言葉。
「響きのいい約束よりも、目の前のぶどう酒だ」
・「悲しくもつかの間の生の輝きに満ちたフィルム」
愛の不毛を描き続ける映像作家ジャン=リュック・ゴダールならではの印象深いフィルムです。『気狂いピエロ』でもその魅力を堪能させてくれる監督お気に入りのアンナ・カリーナが人生の矛盾ついて問いかけ続ける女ナナを悲しく可愛く演じています。
ナナが経ていく、自立、失望、悟り、思考の時、希望、そして運命の結末が12話からなるショートストーリーによってつむぎあわされていくあたりからとても斬新なものを感じます。特に、デンマーク無声映画の巨匠カール・ドライヤー監督の傑作『裁かれるジャンヌ』を観ながらこれから火刑に処されようとするジャンヌ・ダルクに己の姿を重ね合わせて涙するシーン、退屈な場面を打破するかのようにジュークボックスの音楽に合わせて激しく踊るシーン、老哲学者の言葉に真剣に耳を傾けるシーン、やっとつかんだ恋人とのささやかな幸せを謳歌するシーンなどが胸に染み入るほど秀逸です。
ゴダール監督が書いた彼らしい気取った台詞とモノクロ画面の持ち味を最大限駆使した美しいコンポジションも健在。特に、登場人物の後ろ姿を強調した思わせぶりなアングル、左右をいったりきたりするカメラワークに面白みがあります。『華麗なる賭け』のミッシェル・ルグランによる哀愁ただよう音楽も適材適所に挿入されて雰囲気を盛り上げています。
ゴダール監督得意の強引ともいえるほど突然やってくる結末。FINの字幕が流れた後、取り残されたような気分になりながらもピュアな乙女ナナの悲哀に切々と感じ入ってしまう、これは悲しくもつかの間の生の輝きに満ちた秀作。
・「美しく力強い」
白黒で美しく、形式などが斬新で、古びたところのない作品。繊細でありながら骨太で、危うげがない。ストーリーはオーソドックスでありながら強烈な個性を感じる作品
・「よきかな」
1998年に発売された時のものと比較して今回は「デジタルリマスター版」を謳っているようですが、それほど劇的に画質が向上したという感じは率直に言って感じませんでした(平均ビットレートは向上しています)。PALマスター仕様によって速度が4%増しているためアンナ・カリーナの声が微妙にカン高いのも以前のソフトと同じです。パッケージのデザインは日本独自のものかはわかりませんがおしゃれな感じのものになっていてこちらは気に入りました。
ストーリー的には登場人物を後頭部から撮影するなど、意図的に感情移入を排すことをねらったかのようなシークエンスなどがあり、いささかとっつきにくい部分もあるかもしれませんが大半のゴダール初期作品がそうであるように物語自体はとくに難解なものではないはずですし、後のゴダール作品に自己引用されている、伝説的な「映画館で涙するアンナ・カリーナ」やビリヤード台の回りでカリーナが踊る時のナンバー(ミシェル・ルグラン作曲)が数年前に車のコマーシャルで使用せられたりもしましたので聞き覚えのある方もおられるかもしれません。
・「追悼;謝晋監督。素晴らしい映画を遺してくれてありがとう。」
今朝の新聞に謝晋監督死去のニュースがのっていて驚いた。謝晋監督といえば私にとってはこの87年の作品だ。私が香港でも台湾でもない大陸中国で作られた映画の新鮮な息吹に初めて接した映画であった。文革が終結してから10年ちょっとで、文革に翻弄された庶民を真正面から生々しく描いた映画が中国で作られたことに驚いたものである。ストーリーが波乱万丈。主人公の胡玉音が営む店の米豆腐のおいしそうなこと、その玉音がいやがらせとしか言えない仕打ちを受けて転落し、罰として早朝に、町の石畳の道の清掃を言いつけられ、来る日も来る日もそれを繰り返し、同じ罰を課せられた秦書田と心を通わせるに至る、涙なしには観ることのできない場面、そしてこれが庶民を巻き込む政治運動の最後ではないことを暗示するラストの無気味な場面が特に印象に残る。無能な人達がインテリや家業に成功している人達をいじめているとしか思えない文革の実態、党の中でうまく立ち回った人が権力を握る一党支配の現実にはゾッとする。その後天安門事件のような政治上の事件もあったし、経済成長の一方で党指導者の腐敗のニュースも目にする。そういった中国の現状を理解するためにも、新中国成立の後に何があったかを知り、苦難の連続に耐えた庶民のヴァイタリティーを実感できるこの映画は必見の作品だと信じる。
最後に、このような名作を遺してくれた謝晋監督の冥福を祈ります。
・「文革の本質を描いてみせてくれた傑作」
中国映画には「文革もの」というジャンルがあるが、謝晋監督の「芙容鎮」は文化大革命とはなんだったのか、その本質を庶民の生活レベルでじつに鮮やかに描いてくれた傑作だ。この映画を最初に見たときは実に新鮮だった。現在の視点で見れば馬鹿馬鹿しくさえあるが、中国の人にとっては悪夢のような日々であったろう。「造反有理」「反革命」「走資派」などの言葉の意味する馬鹿馬鹿しさも小さな村の庶民の生活レベルで描かれることにより、その本質が見事に描かれている。10年に及ぶ文革のなかで2000万人もの犠牲者が出たとされているが、いまだ文革に関する批判が許されていない。改革・開放後、この20年の中国の経済発展は目覚しいが、法治の及ばぬ人治の国・中国の本質を理解するうえでじつにいい教材になっている。なお、この映画の主演女優はその後、金の亡者となり、数々の犯罪を犯し、逮捕されている。本にもなっているので、ご興味のある方は一読を。
・「文革の惨さと、人間のもろさと強さ」
文革ものに興味があり、劉暁慶・姜文ファンなので見ました。この作品は素朴な庶民が、地道に淡々と暮らす中で、そろそろと静かに文革が進むので恐かったです。オープニングが、優しく歌を歌いながら豆腐作りをする玉音。本当に市井を生きる庶民を描きます。そして、エンディング。文革が終わり、庶民にまた笑顔が戻る中に、一人元幹部が、家が崩壊して怪我?か病気かわからないけど狂ってしまい、文革時の鐘を鳴らして登場し去っていくシーン。これが恐かったです。背筋がぞっとした。
・「豆豆腐」
この映画を見ていると中国は大きく変わったのだなとつくづく思わずにはいられませんでした。30年前はまるで別世界。文化大革命のすごさ、その中で生き抜く中国人達、革命分子になった主人公達には辛く長い日々だったと思います。人民公社、歴史でしか習ったことのない世界で映画を通して伝わってきました。まだまだ変わりゆく中国、変わる起点となった時代を知るにはいい映画です。
・「謝普監督の優しい人柄が感じられる作品だが、ちょっと長い。」
1980年代、中国映画は、文化大革命が中国人に与えた苦しみを描く佳作を幾つも生んだ。それは、この時代(1980年代)に進んだ文化大革命批判の空気の反映で、1950年代のポーランド映画が、スターリン批判後の空気を敏感に反映して、ソ連のポーランド支配の暗部を、描こうとしたのに似て居る。謝普監督のこの作品も、その一つで、現実の文化大革命は、こんな物ではなく、もっと悲惨だったと思ふが、良心的な作品である。以前、NHKが、謝普監督についてのドキュメンタリーを放送した時、謝監督の優しい人柄が非常に印象に残ったが、この映画には、謝監督のそうした優しい人柄が、反映されて居る様だ。ただ、話が長く、少々疲れてしまふ事が、残念である。
(西岡昌紀・内科医)
・「多くの愛がここにある。」
中国の美しい風景の中で多くの愛が交差している。若き男女の愛、娘を思う母の愛、母を気遣う息子の愛、夫を慕う妻の愛、師を敬う生徒の愛、そして父を敬う息子の愛。モノクロの現在と彩り鮮やかな過去。何度も繰り返して見たくなる映画だ。また、チャン・ツィイーの美しさはこの映画が旬である。この映画の彼女は世界一かわいいと本気で思った。
・「涙が・・・・」
都会からやってきた若き青年教師に恋をする。自由恋愛が許されない時代。その淡い想いを伝えようとする18歳の少女チャオ・ディ。その想いを彼へ伝える方法は少女の手作り料理とお弁当。やがてその気持ちに彼も気付く。しかし、文革の時代の波により二人は引き離されてゆく。彼が去った村から町へと続くたった一本の道に
少女は立ちつくし愛する彼を待ち続ける。少女の初恋は、初恋を貫き通すこと。人を愛し抜くこと。私は、映画のテーマである「初恋」に感動したのだとやっと気づいた。息子が両親(母親)の「初恋」を振り返り、母親の願いをかなえようとする。いつの時代も自分がむかっていく現実は厳しい。
しかし、過ぎ去った過去の思い出は美しいものなのかもしれない。現在をモノクローム映像。過去をフルカラー映像とした対比を巧みに駆使。色褪せない過去の記憶とは初恋なのかもしれない。
・「何度見ても泣けちゃう」
この映画をいつも手元においておけるなんて、ものすごく幸せ!初恋の一途な想いって、きっとみんな言わないけど、心の中に大事に持ち続けていると思います。どんなに小さなものでも、初恋の人にもらったものって捨てられない。初恋の人にもらった小さな髪留めを、必死で探す姿は、そういう気持ちを忘れてしまった自分に、
大事なことを思い出させてくれました。
こういう一途さを、そのまま描くと、なんだか幼稚な表現になりがちですが、これはチャン・ツィイーという手垢のついてない女優さんが演じたからこそ、「一途」が表現になったのだと思います。それに、主人公の恋を応援するおばあさんがまたいいんですよ。
きっと、おばあさん自身も若い頃、そういう初恋をしたんじ㡊??ないかな。
チャン・イーモウは、「紅いコーリャン」を見たとき、なんてシンプルで力強い表現をする人なんだろう、なんて、ストレートにものを言う人なんだろうと、びっくりしました。この映画では、そういうシンプルで、ストレートなことが、じーんと胸に響いてきます。
チャン・ツィイーは、実は北京育ちで農村の暮らしを知らず、撮影に入る前に、監督指示で、数ヶ月農村で生活したそうです。だから、あんなに可愛い子が山の中にいても、たたずまいにうそっぽさがない。
何度見ても泣けちゃう。でも、こういう一途な気持ちに泣けるうちは、まだまだ自分もひねくれきってないなと思わせてくれる映画です。
・「いろいろな意味での「美しさ」」
皆さんの評価のとおり。人も風景も物語も、あまりに美しすぎる映画です。押さえるべきところは全て押さえきっている。恐ろしいまでに。主人公の美しさもさることながら、風景の美しさ、特に平原的な原風景の「黄」はゴッホの色遣いのようで芸術絵画的。この手の映画では、もうこれ以上のものは望めますまい。
映画館の大スクリーンで見るべき映画だったのでしょうね。(私は14型テレビでDVDを視聴)
・「両親の昔をのぞき見た感じで、涙が止まりませんでした」
いきなり私事ですが、3か月前に父が亡くなりました。そのことは、私にとってもちろん辛いできごとだったのですが、「残された者は未来を見つめて生きるべき」と、できるだけ前向きに、この3か月を過ごしてきました。
でも、母の悲しみは深く、今でも毎日嘆き苦しんでいます。そんな母を見て、私は時にいらだちを感じていました。
これから一生、そんな生き方をしてくのかと。
そんな時に「初恋のきた道」を見ました。息子が父の訃報を聞いて母の元に訪れるところからストーリーが始まるため、どうしても自分の家族と重ねてしまいました。その後、父と母のラブストーリー(過去)が始まると、私自身の両親の話を見ているような錯覚にとらわれました。
最後の方は涙が止まりません!でした。
そのため、見終わった後には、自分自身の母に申し訳ないような気になりました。そんなに嘆き悲しむくらいに、二人には夫婦としてのストーリーがあったことを、もっと理解してあげればよかったと。
両親が老いていくということ、人が亡くなるということ。正直、自分自身にそれらの経験がなければ、
シンプルなラブストーリーとして受け止めてしまう作品かもしれません。でも、経験があれば、もしくはそこまで理解できれば、特別なラブストーリーではなく、実際に身近にあり得る人間ドラマとして受け止めることができると思います。
・「奇跡のフィルムを収めた貴重なDVD」
1928年にオリジナルネガフィルムがドイツウーファ社の火災により焼失し、完全なフィルムは存在しないと言われてきた『裁かるゝジャンヌ』。ドライヤーがオリジナルに使用しなかったフィルムで再編集しました(第二版)が、その第二版ネガも焼失。おまけに製作元は倒産。その後は、世の中に出回っていたポジフィルムをかき集めてかろうじて作品の体をなしていました。しかし、なんと60年近くも経って、製作直後にデンマーク公開のために送られていた完全オリジナル版がまったくの偶然から発見されます。その奇跡のようなオリジナルフィルムをDVD化したのがこのパッケージ。映画評論家のドナルド・リチー氏が、もう見ることが出来なくなってしまったと嘆いていた、ジャンヌが放血術を施されるシーンもきちんと収録されています。画質も極めて良好で、まことに貴重なDVD。ハピネットから出ているもう一つのほうは、オリジナル版ではありません。
映画は、良く知られているジャンヌ・ダルクの異端審問と処刑を描くサイレントの至芸。リアルさを追求するために、余分な要素を全てそぎ落とした映像が見事。音楽もなくタイトルも最小限、審問室や火刑場の全景も写さず、登場人物同士の関係さえ情報として観客に与えません。その上で、徹底したクローズアップ。ノーメイクで皺の一本一本まで超リアルな役者の表情。これを見せられると、私たちは、まず間違いなくファルコネッティ演ずるジャンヌに激しく感情移入します。シンクロします。そして、そのシンクロ状態で向かえる後半の火刑シーン。世の中にはなんという映画を作る人がいるのでしょう。ご自身の目で、是非一度ご鑑賞ください。
・「沈黙こそが」
ジャンヌ・ダルクのような神話的人物の悲劇を描くには、サイレントこそ、それにもっともふさわしい手法であると感じさせる映画史上の傑作。1927年のフランスで、デンマーク人監督カール・テホ・ドライヤーによって撮られた。ドライヤーは構図や演出の厳格さから、小津やブレッソンと並んで論じられることもあるが、全体のかなりの部分がジャンヌの顔のクローズアップでできているこんな作品は、(ブレッソンについては不勉強で何もいえませんが)少なくとも小津は無声時代に撮っていない。これを観たあとは、どんなに時間がたっても、ジャンヌを演じたルネ・ファルコネッティの崇高な顔が頭の中から離れることはないだろう。 ジャンヌは弁明のためにたしかにしゃべってはいるのだが、観たあとの印象では、彼女の沈黙こそが、その置かれた立場、感情、恐怖、神への強い信仰を、何よりも雄弁に語っているように思えた。 このDVDを買って観るのはもちろん、機会があれば大スクリーンで観ることもお勧めします。
・「確かに定価は少々高い。でもこの品質なら、買う価値あり」
このDVDは高品質です。「裁かるゝジャンヌ」は、以前にも別の会社から発売されたことがありますが、画質の鮮明さと透明感において、こちらが圧倒的に優れています。私は今まで本作のことを、何だか女優のクローズアップばかりでボンヤリした映画だなあ、としか思っていませんでした。しかし、このDVDを観たとたん、これは決してそのような“退屈な芸術作品”などではなく、髑髏に蛆虫の湧く描写ひとつ取っても生々しく、生き生きとした、厳格でありかつ怖い映画であることを知りました。
メーカーの皆さま、貴社が発売なさったこの作品は、映画ファンの財産です。どうかこの先も、このDVDを絶版にすることのないよう、お願い致します。
・「仰角の天才が放つ衝撃作!」
クローズアップ・・・この映画を語る上で欠くことが出来ない代名詞である。しかしあまりにも使われすぎたため、直截に映画を観る事の妨げにもなっていたようである。実際、私には抑制と解放の両軸が織り成す大活劇に見えるのである。ラスト近くの場面を思い出していただきたい。民衆の暴動のスペクタクルと町一つを大オープンセットで再現した文字通りの大作史劇なのだ。特に火刑台のジャンヌと数十羽の鳥が飛び立つ場面の対比は忘れがたい。
・「~彼女は、全うした~」
フランス・イギリス100年戦争の聖処女、「Jeanne D'Arc」の最後を描いた白黒の無声映画。ジャンヌは神の啓示を受け、フランスの新王擁立を目指した少女で、勇ましい甲冑姿に最前線で旗を振り、フランス軍の意気鼓舞に多大な力を発揮した。しかしその末期は悲惨なもので、イギリス軍に捉えられ、異端審問にかけられた上で生きたまま火あぶりにされる。この映画は一年半にもわたった異端審問を一日の出来事としてまとめており、現代的な短いカットつなぎ、絵画のように構成されたレイアウトで緊迫感と一種荘厳な雰囲気を放射している。異様なまでにアップを多用し、演者の毛穴、しわの一本一本まで映し出しており、圧迫感を伴う現実感がにじみ出す。アップ多用なのに画面が平凡にならないことが特記すべき特徴で、あおりや俯瞰主体の画面構成、役者の絶妙な演技が画面を常に引き締まったものにしている。
無声映画のため言葉としての情報量は極端に少ない(無声映画にしては字幕が多い方かも知れないが)。それなのにジャンヌはじめそれを取り巻く人々の心の動き、それらが織りなす人間の営みの切なさ。単純な善悪対立かと思われた冒頭から、複雑でばかばかしく、しかし愛しい人間達という人間存在の範囲まで映画の規模が広がっていく。
悲劇なのだが、後味はむしろ暖かく、そしてそれを際だたせる切なさこそが、この映画の肝ではないか。
真偽はともかく、一つの信念を抱き、それをぎりぎり(ここが重要)全うした一人の少女。彼女を裁いた教会の面々が、火刑のさなかどのような表情を浮かべるかに、良く注意して欲しい。
それは、後悔や自責でなく、羨望、憧れではないか。
●木靴の樹
・「心にしみこむ、ほんとうにいい映画です」
ゴッホの絵に出てくるような、ざらっとした田園風景が広がる農村を舞台に、ごくごく素朴な農民たちの生活をたんたんと見せてくれます。
映像自体もやさしく、どこにも飾り気や作り物っぽさや、嘘のドラマがない感じです。見ているこちらも、映画の中の人々とともに季節の移り変わりを迎えている感じがしてきます。
何かで読んだのですが、ここに出てくる農民たちは全員ほんとうのシロウトの農民なんだそうです。その顔に刻まれたしわや、老人の瞳や手、子供たちの表情を見ているだけで、涙が出てくる人も多いのではないでしょうか。
まったくストーリー(ドラマ)がないわけではなくて、村の少年と少女のほのかな初恋があったり、物乞いが村にやってきたり、村にちょっとした問題が起きて皆で相談し!たりといったことが、誰が主人公というわけでもなく進行していきます。
ただ、それが押し付けのストーリーでないので、人によってはあるおじいさんの生活に涙するかも知れませんし、ある子供の悲しみに涙するかも知れませんし、こういった素朴な人間味あふれる生活事態が今の日本にはないことに郷愁の念を感じるかも知れません。
また、ところどころに可笑しさもあふれていて、涙だけではなく、おもわず微笑んでしまうようなこともたくさんあります。
何度見ても感動する映画で、年をとればとるほどさらに別のところで感動することに気がつきます。
みなさんもそれぞれの立場で、きっと深く感じるものがあるかと思います。あるいは父親として、あるいは母親として、あるいは今を生きる若者として・・・。ち?れぞれに感じるところが違う映画ではないでしょうか。
・「これを観ずして映画は語れません。」
ハリウッド映画や恋愛映画ばかり観ていないで、たまには、腰を落ち着けて、じっくり映画をと言う方。ぜひ、この機会に観ていただきたいです。
大地主のもとギリギリの生活をしている4家族の物語ですが、決して暗くジメジメしたものではなく、その中での営みは、人間の強さや明るさがあり、生きている実感に満ちています。ある家族が映画の核ですが、子供の笑顔がたまりません。子供思いの父親のとった行動にこれまた感動です。ぜひぜひ、これを観て映画を語ってください。
・「人生の哀歓」
ここには人生が奏でる詩がある。哀歓がある。つつましく健気に生きる無名の農民たちの、ひたすらに働き、生活する姿が淡々と描かれる。貧しい家にやってきた乞食を家に入れて食べ物を与える母。恋する若者たちの、心洗われるようなささやかな出逢い。そんな日常のなんでもない姿だが、輝くような最高の一瞬一瞬をそれぞれが生きている。そして絶望の淵へと去りゆく一家族を、かぎりない思いを込めて、そっと垣間見る仲間の姿──忘れることのできない映画である。
・「「木靴の樹」。とは、とても素敵な題名をつけたものです」
中盤、ミネク(男の子)が木靴を割ってしまったあたりから、お父さんの家族を思う心情や地主制のもとで働く農民たちの哀しさが、物語を切なく展開させていき、ラストの叙情的な旅立ちまで一気に見せてくれる。3時間を越える大作だが、映像の美しさと素人俳優のまっすぐな眼差しと物腰に、見ているこちらが励まされているような気持ちになってくる。新婚夫婦が旅先で赤ん坊をもらうところのエピソードは秀逸。人間とはなんて大きな愛を持ちえるんだろう!と感動してしまった。 幸いにも、公開当時映画館で見ることができた。観客がみんな善人に思えて、映画館の雰囲気がとてもよかったのを記憶している。
・「木靴の樹−真の傑作」
この映画を観たのは確か大学5年の時(その時のパンフレットに挟まれた切符の半券から微かに55年と読みとれる)、まず映像の優しさ自然さに驚いた。聞くところによると、人工照明を排し、自然光を使っているとのこと。さらに驚いたのは、登場人物はほとんどその土地の農民たち。この北伊ロンバルディア地方の小作農民の何の変哲もない日常が描かれているのだが、そのリアリズムの圧倒的な存在感、説得力とでも言うのだろうか。オルミ監督は何から何まで自分でやる人で、正に商業主義の対局にいる人。飾らない農民の生活を通じて、人間の根元的な生き様を見せてくれます。現代における奇蹟のような映画です。この映画に出会えた人は幸福です。故荻昌弘氏は「真正の傑作であって、まだこのような映画が存在したのか」と述べています。
・「静かな美しさ、アイヴォリー・ワールド」
オープニングの美しいピアノの調べ…ウィルコックス夫人のドレスの衣擦れの音…ここからすでに画面にひき付けられてしまう。美しい映画である。それにも増して上品。若い頃には静かな内容にこんなに感動しただろうか?人生を積み重ねてみれば、より心に響くように感じる登場人物の台詞の数々。私自身はこの映画でエマ・トンプソンのファンになった。彼女は原作のマーガレット役にぴったりだと思う。夫の過去の不貞を知り、マーガレットが激しく泣き崩れるシーン(このシーンは原作にはなかった様に思うが…?)や駅のシーン、クリの木の話など印象に残る。美しい映像はレナード・バストが迷い歩く森の中の紫色(青?)の「つりがね草」の群生の場面にも現われている。字幕には「つりがね草」とあり、ラベンダーかと思って図鑑でも調べたが違っていた。(どなたかも仰っているように、これはイギリスの森の中で良く見られるブルーベルの群生だった。)ここはいつ観ても美しいシーンである。何度も観たい映画はそうありはしないが、私にとって「ハワーズエンド」はそのナンバーワンに挙げられるかも知れない。
・「一瞬たりとも目が離せません」
一時期、イギリス映画ばかり見ていた。特に、ジェイムズ・アイヴォリー監督作品はどれもすばらしいものばかりである。ブルーベル(野生のヒヤシンスの仲間だと思うのだが)の群生する森を、レナードが彷徨うシーンをもう一度見たくてDVDを買うことにした。そのシーンはもちろん、古いハワーズ・エンド邸とその周りの風景、ウィルコックス家の家具、インテリア、壁一面の絵画、よく手入れされた緑の絨毯や大木に咲き乱れる花、イギリスらしい野の花が所々に織り込まれ、スローモーションで観たいくらい全てが美しく、格調高い映画である。ハワーズ・エンドの呪いとも思える殺人事件が起きてしまうのだが、それほど怖いシーンではなく、穏やかなハッピーエンドとも言えるので、何度でも観たい映画のひとつになった。 映像と同様に音楽もすばらしく、「モーリス」と同じ、リチャード・ロビンスが手がけている。作品中、象徴的にベートーベンの「運命」が流れるのだが、レンの「頭痛」と、汽車の「騒音」と、「運命」とを重ね合わせるテクニックは凄いと思った。こういう良質の作品を観てしまうと、同じテーマ曲を流すだけのTVドラマが安っぽく見えてしまうのが悲しい。
・「イギリス人の家観と翻弄される運命」
イギリス人は自分の家を持ちたがり、家をすごく大事にする、古ければ古いほど価値がある、ということを、イギリス留学中に聴いたことを思い出しました。そういう、イギリス人の家に対する執着というのは、お天気が悪い日が多いイギリスでは、家の中で過ごさねばならない日が多いからかもしれません。家は心地良いようにいろいろと工夫し、改装したり、調度品を置いたりと、手がかけられているのが一般的です。
・「文学を映像でみる楽しさを満喫させてくれる傑作」
複雑でありながらシンプル、崇高にして世俗的、夢みるようでいながら現実的、というイギリス文化の多彩な要素を、かなりコミカルに描いた傑作だと感じます。そして映像の気高いほどの美しさよ!ブルーベルのシーンには、まるで金脈を掘り当てた人のようにぞくぞくしました。 ところがこのお話はそう易々と見る人をほろ酔い加減のままにはしておかない。絶妙なペースでお話は進み、あっ、と思うような展開へと進んでいく。この意外性もまたこの作品の魅力であると思います。 俳優たちのアンサンブルが素晴らしい。ホプキンス、トンプソン、カーターはもちろんですが、早々と姿を消してしまうウイルコックス夫人を演じたヴァネッサ・レッドグレーブの存在感にはため息が出ます。音楽のようなその英語をもっと聞いていたかった。夫人はハワーズ・エンドを自分の分身と考えていたのでしょう。だからいちばん愛してくれる人に残したかった。彼女が書いた書き付けは燃やされてしまったけれど、結局はその思い通りになったのですね。亡くなってからも存在感を感じさせる役どころに、レッドグレーブはぴったりでした。 これは一回見るだけの映画ではないようです。DVDの棚の中でも、特等席において、何度も楽しむ作品だと思います。
・「感激の高画質です」
誰がなんと言おうとジェームズ・アイボリーの最高傑作はこれだと思っている。怠惰に見流していると感じられないかもしれないが、この映画には「映像の美しい息づかい」ともいうべき、繊細なリズムが横溢していて、それが見事にドラマと溶融し合っている。つまり文学作品の映画化なのに、極めて映画的に、映像でドラマを語らせることに成功している数少ない作品になっているのだ。だからもう何回も繰り返し見ているが、一向に飽きることがない不思議な映画だ。その命ともいうべき映像で、これまでに日本でソフト化されたもの(VHS、ワイドLD等)にはまとものな商品がなくて、実はこのDVDも恐る恐る購入したのだが、これは大正解の高画質ソフトになっている。とりわけ、この映画の白眉ともいうべき、主人公姉妹の妹と惹かれ合う青年が夜のラベンダー畑を彷徨うシーンで、暗闇に浮かぶ幻惑的なラベンダー色が復活していることは感激だった。
・「銃撃シーンはかえって現実に近くてリアルかも」
どこかユーモラスな犯罪シーン
拉致や銃撃シーンもなんかヌけている(が、銃撃シーンはかえって現実に近くてリアルかも・・・ アクション映画のようなかっこいい銃撃シーンなんて、 実際はそんなに無い)
自己との闘いや恋愛の描写の方がシリアス(ここらへんが流石トリュフォー)
二人の女性が死ぬ所があっさりしていていい
・「シャルリの特別な1日」
この映画は題名だけ見るとサスペンスだが、内容は決してサスペンスではない。バリバリのサスペンスを期待すると裏切られる。ピアニストのシャルリの兄シコが何者かに追われシャルリのもとへ訪れ、シャルリも巻き込まれるサスペンス的な話と、シャルリがピアノを弾く店のウェイトレスのレナとシャルリの恋、シャルリの妻との出会いから死別までの3つの話から構成されている。そしてこの3つの話を繋ぐのは取り留めのない会話や心の独白である。例えば、「レナをバーに誘おうか」とか、「自分の着ているものが日本製」だとかといった具合だ。これは映画に出てくる人物全体に共通する。映画が始まってすぐにシコが街灯にぶつかって失神したところを助けた老人とシコの会話も、老人の奥さんとの馴れ初め話だし、なぜシコが追われているかもここでは語られない。ありふれた日常のなかの特別な1日を切り取ったような映画の作りになっている。そして、3つの話がありふれた日常の中に挿入されているといった構成が実験的でもあり、またそこがトリフォーの映画の洒落たところなのかもしれない。だが、ラストの雪山のシーンは逆に会話が抑えられ、映像だけで悲劇性をかもし出しており、一気にサスペンス的になる(ここがヒッチコック的)。シャルリを演じるシャルル・アズナブールはピアノだけを愛する情けない男を上手く演じているし、レナ役のマリー・デュボアはさびしげで可憐な美しさが魅力。ジョルジュ・ドルリューの悲しげな音楽も最高。わかりやすいハリウッド映画が氾濫する今日ではかえって新鮮に思える作品だと思う。
・「赤い妖精イレーヌ・ジャコブの美しさに嘆息する」
原題はTrzy kolory : Czerwony。
イレーヌ・ジャコブが限りなく美しい映画である。冒頭の写真撮影シーン、巨大ポスタア(ラストのテレビ画像でも同じアングルが使用されている)、ファッションショウ、老いた元判事ジョゼフ宅での光の陰影を強調したショット。そして、有名な遭難救助のラストシーン。目映いばかりの映像美を駆使して彼女の魅力を引き出している。特に横顔と濡れ髪の撮影に強いこだわりを感じた。監督にとって一番お気に入りのアングルなのだろうか。
「青の愛」でも見られた、液体を示唆的に使った感情表現が何度もでてくる。ボーリング場での割れたコップのビール(裏切られたオーギュスト)、風が吹きすさぶ劇場で飲むコーヒー、強風によってこぼれるウイスキー(ブランデー?)。それぞれが登場人物の揺らめく感情を表現している。
台詞は独白が多いので、フランス映画によく見られる言葉の衝突が少なく無駄がない。喫茶店のスロットマシン等、遊び心あるシーンも多い。
ショウを終えて閑散とした劇場での、バランティーヌと老いた元判事ジョゼフの会話が感動的だ。孤独に傷んだ男の半生の告白と無心に耳を澄ます女。一度は捨てた人生を取り戻す男と新たな人生に踏み出す女。博愛と再生。この美しい映画の最も心温まるシーンである。
もう一人の登場人物である失恋に傷ついた法律家オーギュストは、ジョゼフの分身である。バランティーヌとのラストの遭難救助の場面での邂逅。偶然の出会いに始まり偶然の出会いで終わる。これは輪廻の物語なのかもしれない。
・「レマン湖のほとりに退職判事は暮らしていた」
三部作の最後を飾る、「博愛」をテーマにした映画。本作がもっとも解りやすいかもしれない。前二作で法廷が重要な舞台になっていた理由が解る。
イレーヌ・ジャコブは本当に美しい。欧州人には珍しく、実年齢より若く見える。ジャン=ルイ・トランティニャンが渋いジイサンになった。イタリア映画「激しい季節」の頃から比べると感無量。
文句ない、オトナのための映画。
・「トリコロール完結編に相応しい作品!」
バランディーヌは非常に美しい。自分の身の上に起きる出来事に、必死で誠実に向き合い、傷ついたり悲しんだりする姿が、迷える若き一人の女性である。なのに、恋人と危機に陥っても、決して媚びたりすがりついたりすることのない芯の強さがまた美しい。一方元判事のほうも、彼女に出会う中で変わっていく所が見どころ。それでも「愛している人に裏切られて以来、誰のことも信じなくなった」という彼の言葉は、胸に突き刺さった。テーマ色の「赤」や、嵐、水・・・モチーフの見せ方が全二作に続き非常に巧い。ラストはお見事。こう見せたか。ポーランド人の友人の声を、鑑賞後久々に聞きたくなって電話してしまうほど、映画であることを忘れて見る者を風景の中に取り込んでしまう映画である。
・「3作」
私はトリコロール3部作の中でとくかくこれが一番好きです。イレーヌ・ジャコブの美しさと赤がマッチしている感じがしました。トリコロールの自由、平等、博愛をあらわしているのでしょうか?絵画のようでよかったです。
・「芯をあたためる、あか」
イレーヌ・ジャコブが好きだ。あの理性の温かみがあふれるまなざしと、柔らかな唇のラインがとても好き。ジュリエット・ルイス(の演じる女性)のように半切れみたいな小悪魔みたいな女の子になることにもちょっと憧れたけれど、やっぱりこういう、瑞々しくてピュアな女の人になりたいな。
イレーヌ・ジャコブは赤が似合う。『ふたりのベロニカ 』でも本当に赤の色が綺麗だった。キェシロフスキの色使いが好きなようなのだが、でもちょっと「赤」をちりばめすぎではないか…という気もした。何だか色をテーマにした習作みたい。そのシーンひとつひとつは文句のつけようもないほどに素敵なのだけれど、もうちょっとぐっとしぼっても良かったのではないかなあと3部作を通して思わないでもなかった。
赤の愛は包み込むような物語だった。イレーヌ・ジャコブの丸みを帯びた存在感にとても似合っている。受け入れて、許す。
人生において深く傷ついたとしても、もしかしたら本当に些細なあたたかみでその闇から抜け出すことができるのかもしれない。本当に小さなことで。人の心はそんなにがんじがらめではない。だからこそすごく不確かで矛盾もたくさんあるのだけれど。どんなことにも相反するふたつの性質があって、でもひとの心はそんなふうに柔らかだからこそその極は絶対じゃない。何かを掴むことが出来れば。なにかにやさしく包まれるだけで。水が染み込むように、凍てついた指先が解けるように、景色にちゃんと色が加わる。そしてそんな関係を人と結ぶことは頭で考えるよりも実際は簡単で、ふいの出来事なのかもしれないな。
河に葉っぱがおちて、それが色んな岩にそっと触れながら下流を目指すように。色んなことに触れて、時には空を見て、色んな景色を見て、水に潜って。優しく歩いてゆきたい。しっかり見つめながら。あのまなざしみたいに。
ジャン・ルイ・トランティニャンは『暗殺の森 』以来。複雑な人格を雰囲気であらわしていた。強さも弱さも、人生の皮肉も高貴さも繊細さも。ああいうさりげなさはやはり見事だなというほかない。役者としてだけじゃなくて人生を渡ってきているから、その上で塗り重ねられた厚みなのだろう。それが一番すごい。
一番印象的だった「赤」は、夜、黒い車のボディに映る強い赤い光。ほう、って感じで。
観終わって温かい、優しい気持ちになれた。何があるわけじゃなく、こういう描き方が私はすき。
おもしろかったのは…バレエのレッスン中にあんな風にうなっているひとはいないなぁと可笑しかった。
・「傑作」
涙をこらえたけど、こらえきれなかった。よくこんなすばらしい映画を作ってくれたと思った。味のあるさりげない台詞。そしてあの場面。あれが答えたったのか。そして「答え」はそのまま「問い」へとなっていく。実に味がある。 私が今までの人生で見た映画の中で間違いなくベスト。 さりげない場面の、味わいや、感覚や、意味や、深さが、
わかる人も、わからないような人も、ともに感動できる。 これが本当の映画だと思った。とにかく強烈だった。
・「なんちゅう完成度。」
正直映画という物にこれほど可能性があるとは思いもよらなかった。一人の非凡な芸術家の半生をしんしんとカメラが追い続けるそのスタイルには、普通の映画なら余裕でカットされてしまうシーンがテンコ盛り、ゆえに長い、不可思議、そして意味深、かつ段違いに静か。
イノセントであることを求めるがゆえに狂気の域にまで達してしまう人間芸術アンドレイの神に対する不器用な問いかけから、有神論者、無神論者とわず究極の人生に対する切実さを揺さぶられるそんな作品で、たぶんこういう作品にお金を出す人というのは、そうとうに真剣な人たちなんだろうと思われます。この作品が当時の映画界において相当な問題作であり、カンヌから返却され、ソ連政府から睨まれた理由は一見ですが、しかし無論そんなことは分かった上でタルコフスキーは創ったんだろうし、そこまでしても描く必要があったのでしょう。僕にはちっと重過ぎる、少なくても楽しむ映画ではないですね。
後年に「ノスタルジア」や「サクリファイス」を創ったタルコフスキーの芸術観や神秘感がこの時点でここまで高まっていたとは驚きを越えて唖然です。ロシアという究極に切実な土地柄の中でもっとも真剣な一人の表現者の超不器用で必死なマスターピース。愛も平和も、暴力や不正以上に危険なのかもしれません。同時に一生で一度でも一瞬でもこのぐらい本気になれる人ってたしかにいるのかもしれません。
1つ不平を言わせていただくなら、DVDとしての出来があまりよくない。これは他のタルコフスキーDVD集にも共通していることだが、本編以外に楽しめる映像がぜんぜん挿入されていない。これはちょっと異常だと思います。これほどの大作、これほどの表現者の珠玉の一品に対してあまりに手抜きな作りなのには怒りすら感じます。ゆえに、そういう物も含めて楽しみたいという人には、さきにビデオ屋で本編のみをレンタルしてからのお買い上げをお薦めします。まあ本編だけでも十二分に永久保存ではありますが...。
・「芸術作品の背後に佇む「沈黙」」
アンドレイ・ルブリョフは殺人を犯したため自ら無言の業に自ら入る。画家の道を絶ち、僧侶として過誤の償いをすることを使命として生きている。最終部『鐘』での、教会の鐘を自分自身の力で完成した棟梁の息子がルブリョフに胸中を吐露する場面が印象的である。名匠である父から何も教わることなく、教えられもしないで鐘創りの後継ぎをした少年もまた、心に「沈黙」を抱えていたのだ。ルブリョフは彼の懐で咽び泣く少年に感化され、イコン画を描くことを自分の再び使命とする。 イコン画の歴史に名を留める実在した、アンドレイ・ルブリョフの生涯をフィクションとして描いた本作は十分に宗教的な主題をテーマとして扱っている。けれども全く難解ではなく、むしろ本作品を通じて信仰というあらゆる宗教にも先立つ事項について学ぶことも出来る。イコン画についての知識は多少あったほうが良い。そうすれば、フィナーレの感動もまた異なったものになるだろう。筆者も平凡社ライブラリー収録の本で、おさらいをしてみようと思う。
・「単純な祈り」
13世紀初頭のロシアが舞台。ルブリョフという当時すでにイコン画家として著名だった修道者が主人公で、映画のはじめのほうで脇役修道士の口を借りて、ルブリョフはたしかに腕がいいけれど、「虚飾を廃する単純さ」に欠けている、と評される。 その単純さに欠けて、いわば複雑な、ドロドロした情念から自由ではないルブリョフが、歴史にさらされ、さまざまの出来事に巻き込まれて、削られ砕かれてながら、単純さを有するにいたる過程が、連作オムニバス形式に描かれている。
見終わって思い出すのは、暗い顔してイコンを描く絵描きたち(修道者たち)の姿。描いたイコンを異教徒の暴徒に壊され燃やされてしまう絵描きたちの姿。異教徒の軍隊に殺されそうになり、縛られ転がされる絵描きたちの姿。雨と泥にまみれながら次の仕事場へと旅をつづける絵描きたちの姿。腕のいい同僚への嫉妬に苦しみ、よい腕を持ってもなお魂の平安には遠い絵描きたちの姿。重たいのだけれど、不思議なすがすがしさをも感じるのはなぜだろう。
ルブリョフがついついほうっておけずに構ってしまう相手として、知的障害をもつ、ほとんど口の利けない娘が登場する。異教徒たちが嘲笑しながら馬肉などなげてよこすと、大喜びで食べたりするあわれな娘である。ルブリョフ自身は、映画の後半で、みずからを罰して沈黙の行にいそしむ。『鏡』や『サクリファイス』でも言語障害の子どもが登場するが、「口がきけない」「言葉を失っている」というのは、タルコフスキーの作品の何か重要なモチーフを表しているようだ。
この映画はほとんど全編が白黒映像で、ただ最後にルブリョフが描いた有名なイコンのいくつかが、カラーで映されている。「虚飾を廃する単純さ」を感じる、厳粛な祈りのようなイコンであった。
・「深い感動に包まれました」
永遠に傑作と呼ばれる芸術作品はいかにして生みだされるのかを教えて貰った映画です。ものづくりに携わる人すべてに必見の映画ではないでしょうか。永遠に自らのもの造りの姿勢にたいする戒めとなる映画です。ラストシーンは感動にふるえました。
・「レスリー・チャンは天才だ」
今まで観た中国系映画で最も印象的な作品だった。20世紀初頭の変化めまぐるしい北京の社会事情を背景に、不幸な人間模様を描きながら人の持つ様々な面を見せられ感じさせられる。文革最中の無機質な世界で、華やかな伝統を守り京劇俳優として芸に徹底して活きる主人公の芸術家として、そして不幸な生い立ちによる悲しみが、天才レスリーによって見事に体現されている。中国独特の華やかさと残酷さと、レスリー・チャン、コン・リー等の演技派かつ美しい豪華キャストによって何回観てもおもしろい作品。買って後悔しないと思う。しかし、レスリーを失ったのは惜しい。彼は天才だった。
・「美しさと哀しみと・・・」
それまでまったく興味なかった中国映画に対する蒙を啓いてくれた傑作。この重厚な作品の前には、お金をつぎ込んで作られたハリウッドの超大作などなんと薄っぺらに見えることよ。
・「価値のある作品」
中国や京劇に全く縁のない人たちへの窓口になった作品。
修行中の子供たちに向かって師匠が「今日ほど京劇が栄えたことはない」と言っていた彼らの世界が、時代と共に無情にも変わっていく。日本人に対する描写がやや好意的であったことが印象的。
・「壮大なスケール 傑作中の傑作」
京劇に降り掛かる歴史の暴虐。翻弄される人々の迫真の演技は、譬えようも無く素晴しい。京劇シーンの美しさは、絶品、息を呑む。壮大なスケール 傑作中の傑作。
何故か、日本軍が比較的好意的に描かれる。人格破壊の最悪文化大革命。品性ゼロの国民党。歴史はミステリアスとしか、言い様が無い。
・「ラストの個人的解釈。」
(ネタバレですので未見の方注意)
最期に蝶衣は自刃してしまいますが、面白いのは蝶衣が死んだ体育館がまさに「覇王別姫」の舞台そのものだったということです。体育館は覇王と虞姫がいたテント、小樓が「蝶衣!」と叫んだ数秒の間に流れる人民解放軍の歌が「四面楚歌」の情景といった隠喩が込められており、恐らく蝶衣が自害したのも、中共の「四人組」が逮捕されて、今は京劇が規制緩和されたとしても、再び自分たちが弾圧される可能性が残るうちは安心できない。どうせだったら、小樓と再会できた今こそ自分が虞美人のまま死ぬという本懐を遂げられるのではないか、という思いがあったからに相違ありません。「蝶衣」と叫んだあと、「小豆子」と呼びなおす小樓も印象的で、これはよく分かりませんが、おそらく京劇という虚構の世界でしか生きられなかった蝶衣という存在がようやくその呪縛から解き放たれたため、幼い頃の呼び名で読んだのではないでしょうか。
ただのいち解釈ですが、いろいろな意味で考えさせられるラストシーンに脱帽しました。
・「とても、昔の映画とは思えません。」
一人は語り続け、一人は沈黙を守る、という設定から始まり、徐々に二人の混沌とした、精神世界が浮き彫りにされていく過程を白と黒のコントラストを強調した、圧倒的に美しいモノクロ映像で描くベルイマンの傑作。公開当時は実験的で難解と評されたようですが、現在の眼で観るとスタイリッシュで的を得た表現が観る者の心をグイグイと惹きつけるでしょう。
ビビ・アンデルソンとリヴ・ウルマンの演技は息が詰まるほど、精神世界を掘り下げていきます。観終わった時は、夢でも見ていたかのような、不思議な感覚になりました。そして、観終わった後にいろいろな事を考えさせられました。感覚と思考を刺激する優れた人間ドラマです。
・「リアリズムという哲学」
ベルイマンはキルケゴールの哲学書のような映画を撮る。この『ペルソナ』では「神の沈黙」はテーマとはなっていないが、自己と他者という「ドッペルゲンガー/鏡像」のテーマを扱い、やはり暗に信仰の不可能性について語っているように見えてしまう。しかし、映像もストーリーも徹底したリアリズムである。
特に室内の光線をとらえた画面は、その明暗のあまりのリアルさ故に逆に幻想的ですらある。二人の人物のアップを意図的にモンタージュする方法は、後年のタルコフスキーにも大きな影響を与え、この『ペルソナ』から『ノスタルジア』も『サクリファイス』も産み落とされたと言って過言ではない。
・「ペルソナという名の人格」
人格が入れ替わるというより、失語症に陥った大女優のペルソナとしての人格が、元々分裂症の気がある看護士に乗り移るといった方が妥当だろう。冒頭、中盤、ラストに展開される形而上学的シーンは、おそらく看護士アルマ(ビビ・アンデショーン)の人格が乗っ取られていく様子を象徴したシンボルと思われるが、はっきりいってその意味はよくわからない。人格がぐちゃぐちゃになるシーンの演出には相当苦労の跡が見え、シンプルな演出が特徴のベルイマン作品の中にあっては異色である。
<無>という言葉以外、一言もセリフを覚える必要がなかったリブ・ウルマンは、さすがベルイマンの元恋人だっただけにおいしい役どころだ。デコッぱち女優の印象が強かった彼女だが、若い頃はそれなりにかわいらしかったことがスクリーンで確認できる。アルマ役のビビ・アンデションは、ギャラがリブと一緒じゃ割が合わないほど、一人で二役分のセリフをしゃべりまくる奮闘ぶりを見せている。
大衆の前で演じる幸せな母親のペルソナとキャリア中断を怖れた女優の本心とのギャップが、エリザベート(リブ・ウルマン)の失語症の原因であったという設定は、論理的に明解でしかも説得力がある。前田亘輝と飯島直子が離婚するのも無理はない。わけのわからない多重人格映画を連発するデビット・リンチに、是非参考にしてもらいたい1本だ。
・「ベルイマン死去・・・青春期に強い影響を与えた監督」
学生時代に「野いちご」を見て感動し、この世界的巨匠の作品をもっと見なければと、主に、岩波ホールや京橋フィルムセンターの特集で、「第7の封印」、「処女の泉」、「冬の光」、「沈黙」等を見て、場面によっては白黒の対比を生かした映像に慄然としたり、主人公たちの哲学的対話に深く考えさせられたりしたが、全体的には重苦しく、つい眠くなったこともあった。それでも、睡魔の誘惑に負けずに最後まで見たのは、3人の旅芸人のいかがわしくも超俗的な演目が心理的に圧倒的な迫力で迫る「夜の儀式」であり、治癒する者と治癒される者の関係が怪しくなり、二者の立場の激しい葛藤と心理的逆転が起こる、この「仮面・ペルソナ」である。70年代以降には、カラー映像へと転じて、屋外撮影もぐっと増え、大規模なセットも施された作品も制作された。「叫びとささやき」は素晴らしかったし、2部構成の長時間上映だった「ファニーとアレクサンデル」はまさに巨匠ならではの風格と映画的愉楽にあふれていた。その後、バーグマン主演の「秋のソナタ」や「魔笛」などの小規模な室内劇へと変わり、しばらく彼の映画を見る機会がなくなった・・・。常連の俳優たちの中では、その後ハリウッドでも活躍することになる、マックス・フォン・シドーの超俗的風貌が好きだったし、表情での演技が抜群の女優リブ・ウルマンも好きだった。彼の死亡記事を目にして、現在はもう21世紀なのだ、時代はまた流れてしまっている、でもあいかわらずの世の中だな、とつい思うのである・・・。
・「演劇人は観ておく方がいい」
映画というより 舞台のような設定で編集されている。二人芝居でエンターテイメント性はないけれど心理はちゃんと描かれています。シナリオ勉強中な作家を目指す人や、演劇を志す人は見ておいてもそんはないと思います。ハリウッド映画と比べて考えてはいけないジャンルもあると思います。私は引き込まれました。
・「さすがヘルツォーク!」
個人的には『カスパーハウザー』『小人の饗宴』『神に選ばれし〜』の方が好きですが、なかなか凄かったです。あんなに木を切ってしまって良いのかなと腑に落ちないものもありますが…実際にやってしまうところが怖い。『キンスキー、我が最愛の敵』を見るとこの映画や他の映画の撮影秘話が分かって何倍も面白いです。監督は『フィツカラルド』でキンスキーが途中で帰ろうとした時、実際銃はもってなかったらしいですが、見つけだして8発銃を撃ち込んで自分も死ぬというような事を言い、監督が本気だと言う事が分かって、キンスキーは大人しく従ったそうです。
・「一番好きな映画です。」
ただ少し度の過ぎた男が未開の地で原住民を使い、船を山越えさせてしまった。という映画。でも、特撮でも、ましてCGでもなく、本当に大型船をです。船の山くだりのシーンはドキュメントのごとくの迫力で、クラウス・キンスキーの怪演はいつもながらの怖さです。でも一番怖かったのは、監督自身だったと思います。
途中、主演俳優が映画を降りること3回、しまいには銃を突きつけて撮影続行したとか。本当に行き過ぎた男たちの映画ですが、それを聖母のごとく笑顔で迎えるクラウディアの存在が美しいです。ちょっとクセがありますが、いい映画・だと思います。
・「ある種の思想」
“地球に優しくない”リアルな撮影は、『地獄の黙示録』に近いものがあります。SFX(死語?)には感じられない、ある種の思想がそこにはあります。死の床にある友人のために「あのひとを死なせるわけにはいかない。ぼくが自分の足で歩いていけば助かるんだ」とミュンヘンからパリまで歩くという思想が。(『氷上旅日記』)
しかし、『地獄の黙示録』をいま撮ろうとしても環境団体や「みなさん」からクレームがつくだろうし、それどころか、フィルムによる映画や、紙でできている書籍が「資源の無駄づかい」という価値判断をされる日も近いのでしょうね。
・「ただただ圧巻、ただただ唖然」
内容においても、主演クラウス・キンスキーの役回り、存在感にせよ、「アギーレ・神の怒り」と対を成す作品である。 ややパラノイアックで誇大妄想的なキャラクターという点では共通だが、「アギーレ〜」の鬼気に対して、本作は稚気。自分の夢に生きるドンキホーテ的な純粋さは、終始身につけるヨレヨレの白いスーツと、逆立ち気味のヘアスタイルも相まって、可愛い印象すら与えられる。 アマゾンの密林と原住民達のストレンジな不気味さは「アギーレ〜」同様。そして、何と言っても最大の見せ場、船が山を越えるシーン!特撮じゃなしに、これを本当にやってしまったヘルツォークは凄い。まさに現在では実現不可能な、映画という名の土木事業。監督自身も、楽屋裏ではキンスキーと揉めまくっていたのにも関わらず、主人公フィッツカラルドに同化していると言っても過言ではない。 ラストシーンの夢を諦めないフィッツカラルドの男伊達、心意気が痛快だ。
・「お見事としか言いようのない秀作」
戦時中あなたはどこで何をしていましたか?という、第三帝国時代を生きた世代にはとても手厳しい質問を隣人たちに対して投げかけたあるドイツ人女性の物語です。ナチ政権時代の古傷に触れてほしくない街の人々にとって彼女は「nasty girl(問題児)」でしかありません。彼女の行動はやがて彼女の家族をも巻き込む災厄を招くことになります。実話に基づくこの映画は、とても凝った映像演出と微苦笑をさそう喜劇的トーンを駆使しながらも、多くのドイツ人にとって重苦しいことこの上ないテーマにがっぷりと四つに組んだ骨太の作品です。敗戦国日本にとってもこのテーマは他人事ではないのですが、戦争に対する映画人の姿勢の彼岸と此岸の違いを思わざるを得ません。
ラストシーンの急展開は特に秀逸です。ソーニャの最後の告発の言葉は胸に突き刺さりました。
主人公のソーニャの独り語りはとても発音が明瞭でドイツ語のヒヤリングにはうってつけです。この映画の舞台がバイエルン州のある町となっているので語末を<-ig>と綴る単語の発音が/-ik/と南部ドイツの訛りにあわせてあります。それに慣れればとても聞き取りやすいと思います。 またドイツがまだ東西に分断されていたころの作品なので、「sogennante DDR(いわゆる東ドイツ)」というセリフが何度か出てくるのも懐かしい気がします。
・「一つも面白くないコメディーが、逆に緊張感を呼ぶ」
アメリカにいたとき大学の先生から薦められて観た作品。
西ドイツの平和な町に暮らす独りの女性。ふとした事から、自分の町のユダヤ人迫害の歴史を知る。これまで、親切に見えた人々が隠していた事実が次々と明らかになる。ユダヤ人迫害という歴史的に不幸な出来事をコメディタッチで描く。一つも面白くないところが、逆に緊張感を呼ぶ。
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