ヴィヴァルディ:四季、他 (詳細)
シャハム(ギル)(アーティスト), ヴィヴァルディ(作曲), クライスラー(作曲), オルフェウス室内管弦楽団(演奏)
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番、第5番 (詳細)
パールマン(イツァーク)(アーティスト), モーツァルト(作曲), レヴァイン(ジェイムズ)(指揮), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番、第2番 (詳細)
アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), シノーポリ(ジュゼッペ)(指揮), フィルハーモニア管弦楽団(演奏)
「バックハウスと双璧をなす名演」
メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 (詳細)
ムター(アンネ=ゾフィー)(アーティスト), メンデルスゾーン(作曲), チャイコフスキー(作曲), カラヤン(ヘルベルト・フォン)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
ショパン:ピアノ協奏曲第1番&第2番 (詳細)
アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), ショパン(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), ロストロポーヴィチ(ムスティスラフ)(指揮), ロンドン交響楽団(演奏), ワシントン・ナショナル交響楽団(演奏)
「破天荒、でも究極」「アルゲリッチらしい&らしからぬ演奏の組み合わせ」
シューマン:チェロ協奏曲、他 (詳細)
マイスキー(ミッシャ)(アーティスト), シューマン(作曲), アルゲリッチ(マルタ)(演奏), オルフェウス室内管弦楽団(演奏)
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲、他 (詳細)
ムター(アンネ=ゾフィー)(アーティスト), ブラームス(作曲), ベートーヴェン(作曲), カラヤン(ヘルベルト・フォン)(指揮), ゼルツァー(マーク)(演奏), ヨーヨー・マ(演奏), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), ブラームス(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
「旧盤より丸みをおびた第1番」
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), ブラームス(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番、他 (詳細)
パールマン(イツァーク)(アーティスト), サン=サーンス(作曲), ヴィエニアウスキ(作曲), パレンボイム(ダニエル)(指揮), パリ管弦楽団(演奏)
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番、他 (詳細)
アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), チャイコフスキー(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), エコノム(ニコラス)(演奏), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
エルガー:チェロ協奏曲、他 (詳細)
マイスキー(ミッシャ)(アーティスト), エルガー(作曲), ブロッホ(作曲), シノーポリ(ジュゼッペ)(指揮), バーンスタイン(レナード)(指揮), フィルハーモニア管弦楽団(演奏), イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番&第3番 (詳細)
ジルベルシュテイン(リーリャ)(アーティスト), ラフマニノフ(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
「ピアノとオーケストラのバランスが良」「念願の再発売」「特に第3番が良かった」「生き物みたいな音質」「溌剌として爽やか、一陣の薫風が駆け抜けていったかのような演奏」
バルトーク:ピアノ協奏曲第1番、第2番 (詳細)
アバド(クラウディオ) ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), バルトーク(作曲), アバド(クラウディオ)(指揮), ポリーニ(マウリツィオ)(演奏), シカゴ交響楽団(演奏)
「アバドとポリーニ、ふたりの才能がきらめき、感応し合う姿に、ぞくぞくする快演」
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、第9番「クロイツェル」 (詳細)
アルゲリッチ(マルタ) クレーメル(ギドン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), クレーメル(ギドン)(演奏), アルゲリッチ(マルタ)(演奏)
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番、第5番、他 (詳細)
アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), マイスキー(ミッシャ)(演奏)
ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番、チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲 (詳細)
クレーメル(ギドン),マイスキー(ミッシャ) アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), チャイコフスキー(作曲), ショスタコーヴィチ(作曲), キーゼヴェッター(作曲), アルゲリッチ(マルタ)(演奏), クレーメル(ギドン)(演奏), マイスキー(ミッシャ)(演奏)
「クレーメルとアルゲリッチの室内楽の最高傑作」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ「悲愴」「月光」「熱情」 (詳細)
バレンボイム(ダニエル)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
「バレンボイムを堪能できる一枚」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番、31番、32番 (詳細)
ゼルキン(ルドルフ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
「賢人の音楽」
ショパン:12の練習曲 作品10/作品25 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), ショパン(作曲)
「現代の至高の藝術」「人間はここまで正確になれるのか」「唯一無二の演奏」
ドビュッシー:前奏曲集 第1巻、映像第1集、第2集 (詳細)
ミケランジェリ(アルトゥーロ・ベネデッティ)(アーティスト), ドビュッシー(作曲)
「実は、よく分からない」
アルハンブラの想い出/イエペス、ギター名曲集 (詳細)
イエペス(ナルシソ)(アーティスト), ロドリーゴ(作曲), アルベニス(作曲), タルレガ(作曲), スカルラッティ(作曲), グラナドス(作曲), ファリャ(作曲), ソル(作曲), ダウランド(作曲), ロルダン(作曲), バッハ(作曲)
イエスタディ/セルシェル、ビートルズ名曲集 (詳細)
セルシェル(イェラン)(アーティスト), ハリスン(作曲), マッカートニー(作曲), セルシェル(イョラン)(演奏)
シューベルト:歌曲集「冬の旅」 (詳細)
フィッシャー=ディースカウ(ディートリヒ)(アーティスト), シューベルト(作曲), ムーア(ジェラルド)(演奏)
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ア・カ行の作曲家>クライスラー
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ア・カ行の作曲家>ヴィヴァルディ
クラシック>器楽>協奏曲>作曲家別>ア・カ行の作曲家>ヴィヴァルディ
クラシック>器楽>協奏曲>演奏者別>サ行の演奏者>ギル・シャハム
Custom Stores>By Formats>国内盤>クラシック
Custom Stores>By Artists>クラシック>オーケストラ>オルフェウス室内管弦楽団
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ア行>ヴィヴァルディ
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>カ行>クライスラー
Custom Stores>By Artists>クラシック>演奏者別>サ行>ギル・シャハム
クラシック>器楽>協奏曲>作曲家別>マ・ヤ・ラ・ワ行の作曲家>モーツァルト
クラシック>器楽>協奏曲>演奏者別>ナ・ハ行の演奏者>イツァーク・パールマン
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Custom Stores>By Artists>クラシック>指揮者別>レヴァイン
・「バックハウスと双璧をなす名演」
総合的に見れば、バックハウスとこのアルゲリッチと、どちらを買っても損はしないと思います。アルゲリッチは速い部分の滑らかさ、美しさが最高。彼女の演奏のすべてがそうだというわけではないけれど、やはり調子に乗ったときのテンポの速い音楽での流麗な響きはほかには求め得ない快さです。また遅い部分のしっとりとした繊細さ、これらを性差にたとえるのは間違いなのかもしれませんが、バックハウスの男性的な演奏と、アルゲリッチの女性的な演奏、好対照であるように感じます。
・「破天荒、でも究極」
最近、ツィンマーマンの盤が絶賛されるようですが、その完成度・精緻さは十分評価できます。彼の、ベートーヴェン、ブラームスのコンチェルトは文句なく名演だと思いますが、ショパンのコンチェルトは、バックのオーケスラの甘美さとは異なり、どこかクールで、頭で考えて練り上げた演奏のように感じます。その点、このアルゲリッチの演奏は、冷静に聴いたら、楽譜そっちのけの自由奔放さと、細部の仕上げが気になるでしょうが(特に1番)、理屈を超えたショパンの真髄が感覚的に完璧に表現されています。とかく腕の立ちすぎるピアニストですが、ゆったりと歌わせるいくつかの主題に、甘さ、はかなさ、そしてなんとも言えない色気が伝わってきて、そこが最大の魅力です。過去にも、現代にも名演はありますが、このアルゲリッチの20代後半から30代半ばの全盛期の録音は、その録音の質からいっても第1の定番として持っておいて後悔することはありません。
・「アルゲリッチらしい&らしからぬ演奏の組み合わせ」
1番は、ショパンコンクール優勝時の演奏の方が個人的にはアルゲリッチのベスト演奏だと思っている。決してアバド&ロンドン交響楽団が悪いわけではないが、1楽章と3楽章は途中からアルゲリッチがノリノリになってテンポがつかめなくなってしまう。そこはオケがよく付いていっていると思う。良くも悪くもアルゲリッチらしい演奏だろう。
2番はロマンチックで良かった。美しさ、華やかさを強く感じた。ロストロポーヴィチがうまくコントロールしているのか、アルゲリッチにしては珍しく落ち着いた演奏で、ピアノとオケがうまくかみ合っている。
・「旧盤より丸みをおびた第1番」
この曲は、ポピュラーな第2番に比較して交響曲的な構築のため、やや重厚すぎて曲の良さが一般的に解りにくいのが欠点かもしれませんが、それを見事に払拭してくれるのがこの盤だと思います。べーム/ウィーンフィルとの1977年盤は一瞬の隙も無く、あまりにも完璧すぎる演奏のため、やや堅苦しくも感じられましたが、この盤ではポリーニとアバドのしっかりとした対話のようなものが感じられ、余裕のある気持ちで聴くことができます。
・「ピアノとオーケストラのバランスが良」
このCDの演奏はピアノとオーケストラとオーケストラのバランスがとても良いと思います。リヒテル、アシュケナージ、ツィマーマンなどのCDを聞きましたが、それらに比べてその点がとても印象に残りました。ラフマニノフのピアノ協奏曲2、3番はとてもメジャーな曲だけあり、とても思い入れのこもった演奏が多いと思います。そのため、ピアノやオケのどちらかが前面に出すぎてしまうことが多かったりするのですが、この演奏はピアノとオケのハーモニーやピアノの問いかけに対するオーケストラの受け答えなどバランスが絶妙であると思います。
・「念願の再発売」
リーリャ・ジルベルシュテインのピアノ独奏と、クラウディオ・アバド&ベルリンフィルハーモニーとの協演による、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、第3番。この2曲を始めて聴く人にとってスタンダードなのはアシュケナージによるものか、 ヴァーシャーリによるものが知られていますが、個人的には、このジルベルシュテインによるものが、スタンダードでありながら美しく迫力もあり、多くの人に最適な演奏だと思っています。
是非多くの方に聴いていただきたい一枚です。2番も3番も、ピアノ、オケともに、聴いて損はしない完成度の高い演奏です。2番については、私にとってはこのCDがベスト版になっています。ハイティンク&アシュケナージよりもこちらが好きです。3番についてはホロヴィッツやアルゲリッチのものも評価が高いですが、そうしたものを、初心者の方に必ずしもお勧めできるとは思いません。まずジルベルシュテインやアシュケナージの、割とスタンダードな部類の演奏で、この曲に耳を慣らしてから聴いてみるのが良いのではないかと思います。
追記。このCDの、ジルベルシュテインのピアノの特徴を私なりに表現するなら、気品と強い確信に満ちたタッチとリズム、強い推進力を持ち、それでいて柔らかく、暖かみがある、白い光を放ち輝くダイヤモンド、そんな印象を受けます。ロマンティシズムに浸りすぎず、かといって冷たいわけでもない。理性と感性のバランスが良く、アバド指揮ベルリンフィルの好サポートもあり、この2曲の教科書的、お手本のような名演奏といえるでしょう。ピアノはもちろん、オケの完成度の高さにおいても、この2曲の演奏を聴くなら避けることのできない一枚です。
・「特に第3番が良かった」
このCDでジルベルシュテインを知った。あまり聞かないピアニストだが、第2番、第3番、両方とも良かった。オーケストラは、さすがアバド&ベルリンフィル。盛り上がりどころを完璧に熟知しているかのような迫力だ。第3番については、決定盤としてお勧めする。
・「生き物みたいな音質」
作家の村上春樹さんのエッセイ「意味がなければスイングはない」でこのCDが紹介されており、ラフ2好きとしてはおさえておこう、くらいの軽い気持ちで購入したのですが、第一楽章冒頭のあのフレーズのなんと生々しいことでしょう。まるで心臓の鼓動みたいでした。人間の脈動がそのまま音になっているようで、最初は薄気味悪いくらいのリアリティーを感じて怖くなったほどです。正直びっくりしました。
しかし第二、第三と、何回きいてもまったく飽きのこない、微妙なニュアンスに富んだおもしろい演奏です。本当に繰り返しの視聴に耐える名盤だと思いました。
他の方のレビューにもあるとおり、破綻のない、たいへんバランスの取れた演奏です。だからすーっと耳に入るし、ピアニストのジルベルシュテイン氏の「言いたいこと」がすごく伝わる気がします。
よくある名人芸的な「これでもか」の演奏ではなく、ジルベルシュテイン氏は「音楽に語らせて」います。「俺が俺が」ではなく「協奏曲」が語っています。
思いがけず、自分にとってのベスト盤になってしまいました。
これまではクリスティアン・ツィマーマンと小澤征爾のボストン交響楽団のものが最高だったのですが、かなり男性的というか、勢いのあるそちらより、音の細かさ、陰影の深さでこちらが大好きになりました。
・「溌剌として爽やか、一陣の薫風が駆け抜けていったかのような演奏」
ラフマニノフ27歳の1900年〜1901年にかけて作曲された『ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調』。1907年〜1909年にかけて作曲された『ピアノ協奏曲 第3番 ニ短調』。両曲とも、溌剌として爽やか、一陣の薫風が駆け抜けていったかのような演奏。
ピアノを弾いているジルベルシュテインの、妙なけれんがなく、メロディーラインを素直に歌い上げているところが好ましいですね。アバド指揮ベルリン・フィルのオケとのバランスもよく、どちらか一方がでしゃばり過ぎるといったこともなく、聴きやすかったです。
ピアノの響きがさらりとして軽かったのが、難といえば難かな。インパクトに欠けるというか。リヒテルの量感のある、どっしりとして重みのあるタッチと比べると、その極北に位置している感じのピアノの響き。淡白だと感じる方もいらっしゃるでしょう。
『第2番』は、1991年11月の録音。【11:05 11:29 11:43】の、全曲とおして34:17の演奏。 『第3番』は、1993年9月の録音。【16:16 11:25 14:21】の、全曲とおして42:02の演奏。 1966年2月19日、モスクワ生まれのリーリャ・ジルベルシュテインが、25歳〜27歳の時の演奏。
『第3番』での、清々しい息吹に満ちた第3楽章「フィナーレ」のピアノは、聴きごたえありましたねぇ。胸が弾む爽快感とでもいうか。わくわくしました♪
・「アバドとポリーニ、ふたりの才能がきらめき、感応し合う姿に、ぞくぞくする快演」
1930年から1931年にかけて作曲された『ピアノ協奏曲 第2番』が、よかった! 作品としても、先の『ピアノ協奏曲 第1番』と比べて充実し、はるかに聴きごたえのある音楽が鳴っています。打楽器的に用いられたピアノと、ひらめきに満ちたオーケストラが、丁々発止と火花を散らす両端楽章。それも魅力的だったけれど、さらに印象に残ったのが中間、第2楽章の音楽。神秘的なざわめきを感じる静謐なアダージョと、即興的なスケルツォのギャップに鮮烈なインパクトが感じられ、バルトークの天才がはっきりと刻印されている。「ピアノとオーケストラが共同で、最先端の高層建築を作り上げていくみたいで、面白いなあ、スリリングな音楽であるなあ」と。
今から三十年以上前の1977年の録音。しかし、これを2007年の録音と言われてもちっとも違和感を感じない、極めて現代的で斬新な演奏ですね。ともにイタリアのミラノ生まれのふたり、ピアニストのポリーニと指揮者のアバドの個性が共鳴し合い、スリリングで、時を経ても古びない快演を生み出しています。
バルトークの音楽を通して、きりりとした演奏を繰り広げていく俊英演奏家ふたり。録音当時、アバド45歳、ポリーニ35歳。両者の才能がきらめき、感応し合う姿に、ぞくぞくしました。
●ショスタコーヴィチ:ピアノ三重奏曲第2番、チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲
・「クレーメルとアルゲリッチの室内楽の最高傑作」
1998年5月、すみだトリフォニー・ホールにてライヴ録音。元々この企画を考えたのは、アルゲリッチにとっては40年以上、クレーメルにとっては25年以上マネージャーを務めたラインハルト・ポールセンとのことだ。ただし氏はこのライヴの直前に亡くなってしまった。そのためこのアルバムは氏に捧げられている。
この3人の凄腕を組み合わせライヴでトリオをやる、という発想は既にクラシックの世界の発想ではない。ジャズやロックの世界の発想だ。しかしできあがったこのライヴを聴くと、大して実力もないのに、ジャムったなどと言っている非力なミュージシャンのそれとは異なり、完璧な世界を作り上げてしまう。この醍醐味を知った彼等は実に楽しげでもある。曲もイイ。ショスタコーヴィチのピアノ・トリオ第2番は初めて聴いたがスゴイ曲で驚いた。特に第2楽章がスゴイ。
『ある偉大な芸術家の思い出に』はよく知った名曲だが3人の手にかかるとこうなるか、とただ唖然。もう音に対するセンスがずば抜けている。このライヴには観客として、ウラディミール・アシュケナージやレオン・フライシャー、そしてあの大江健三郎も来ていたようだ。こういう観客が来るというだけでも驚きだ。クレーメル+アルゲリッチの室内楽の最高傑作がこれだと思う。
・「バレンボイムを堪能できる一枚」
人によって評価のわかれるバレンボイムですが、私は好きです。バレンボイムのピアニズムは、繊細で色彩豊かな音色、叙情的な美しさがあります。私が聴いていて「音に酔う」ような感覚を覚えるのは、バレンボイムのピアノだけです。特に「月光」の美しさは特筆もの。重苦しくなく、肩肘張らずに聴けるベートーヴェンです。
このCDは80年代の録音ですが、EMIから66年録音盤も出ているので、バレンボイム好きの方は、聴き比べてみるのも楽しいかもしれません。
・「賢人の音楽」
ベートーヴェンの晩年の作品、とりわけ、弦楽四重奏や変奏曲を聴いていると、あの、モナリザの微笑に似たような、謎に満ちた部分がいくつもある。おなじ作曲家が「ヴァルトシュタイン」であるとか、あの主題が何度も繰り返しすべての楽章で展開され、最後に力強い凱旋歌となる交響曲第5番を書いたとは想像できないような、ある楽章では変奏が展開され、それが単純な楽想のなかで終わるような音楽、つまり、ピアノソナタ32番のような音楽を作っている。 こんど、このゼルキンの最晩年の演奏会の録音を聴いていて、まず思い浮かんだのは、Tous les arts vivent de paroles.というヴァレリーがコローの絵について書いた文章の言葉だ。「あらゆる芸術は言葉を持っている」と訳すことができるが、このゼルキンの弾くベートーヴェンの音楽、演奏が持つ言葉はけして饒舌ではなく、控え目で、荒削りなものがいくつもあるけれども、ゼルキンの弾くベートーヴェンの32番、単純な主題がいくつもの変奏となってクライマックスを築き、やがて、静かな終わりを迎える第2楽章、ここにはバックハウスの演奏よりもたっぷりとした情感があり、まずそこにわたしは魅了された。このソナタだけでなく、この録音の音楽の言葉はこんなふうに、言葉は多くないけれど、そこに発せられる言葉はどれも真摯で優しく、そして演奏する喜びがある。こういう演奏を何十年という歳月をピアノを弾くことに費やした老人が奏でている。これこそ、ある知恵が到達した知恵の極点ではないだろうか、そんなすばらしい音楽を聴くことができるのは幸福なことである。
・「現代の至高の藝術」
まずはじめにひとこと書くとすれば、「完璧」という言葉がもっとも相応しいCDである。このCDを聴く機会に幸運にも恵まれた、他の多くの人々が異口同音に書き連ねるように、まさに完璧の演奏である。ここでいう「完璧」とは、演奏の技術、作品の表現、全体を達観したときの総合的な藝術性といった、この演奏のすべての面における評価である。ショパンがこの練習曲(エチュード)を精魂込めて作曲した際に、ショパンの意図していたことは、「練習曲なので一音たりともおろそかにはせずに、完璧に弾きこなして欲しい」ということなのではないか。そして、すべての音を完璧に弾きこなしてこそ、連なる音符の奥底に「ピアノの詩人」たるショパンが込めた、繊細な叙情性や精神性を、はじめて表現することができるのではないか。このCDを聴くと、感動に鳥肌を立てながら、そう思えてくるのである。それは、このポリーニの演奏において、先に述べたことが極めて高い次元で実現できているからに他ならない。これこそ、「至高の藝術」である。このポリーニの演奏の藝術性の高さは、いまとなっては歴史上の近寄りがたい伝説となってしまっている、「パガニーニのヴァイオリン演奏」や、「リストのピアノ演奏」などといったものに、勝るとも劣らないのではないかというほどの名演である。少なくとも、人類の「音楽」という営みの一角に、大きな功績を打ちたて、刻み付けたということができるのではないか。私自身は、時折このCDを聴ききつつ、そう確信している。「ショパンの練習曲の演奏の決定盤」、というと少々言葉が足りないぐらいだが、まぎれもなく決定盤といえる、ポリーニの名演である。
・「人間はここまで正確になれるのか」
一流の演奏家は皆、ショパンのエチュードを華麗に弾く技術を備えている。しかし、その中でもポリーニの演奏は飛び抜けて美しい。寸分の狂いもない機械のような演奏だが、まぎれもなく人間の演奏なのだから、人間はここまで正確になれるのか、という驚嘆の気持ちにもなった。正確であることの美しさ、それを感じられる演奏だ。
・「唯一無二の演奏」
20年前ならショパンのエチュードの全曲盤といえば、まずもってこのポリーニの演奏とアシュケナージの演奏が双璧と言われていたと思う。難曲中の難曲だし、エチュードという性格上、昔の大家は、たとえばホロヴィッツなどのように自分の好みに合った曲だけを演奏・録音していたから、全曲録音というのはあまり多くなかった。今でも、アルゲリッチは全曲録音をしていない。 アシュケナージの演奏も、アシュケナージらしい美しい音と深い情感をたたえた演奏で、そのいくつかは特に素晴らしいものだと思う。幸運にも最初に聴いたポリーニの演奏でこの曲が大好きになった私は、この曲のCDを見つけてはさまざまな演奏を聴いてきたが、未だこの二人の演奏を超えるものを知らない。 そして、私はアシュケナージに大いなる敬意を払いながらも、ポリーニのこの演奏の神がかり的な完璧さ--確か最初に買ったLPの帯に「これ以上何をもとめますか?」と書かれていた--に畏怖に近い気持ちを抱いている。ポリーニ本人といえど、再びこれに匹敵する演奏・録音をすることは難しいのではないか。それくらい奇跡的な唯一無二の演奏だと思う。
・「実は、よく分からない」
正直に言うとミケランジェリについてはよく分からない。実際生で聴いた事も無いし、出ているCDの全てを聴いたわけでもない。そもそも、CDが極端に少ないではないか?先年彼が亡くなったとき、さる音楽評論家が「これで彼の演奏会が(突然のキャンセルで)行われるか中止になるかの心配をしながら家を出ることが無くなった。リサイタル当日に体験しなければならないどうしもない不安を味わわなくてもよくなった」と妙なコメントを残していた。思うに、彼の奇行や一挙手一投足が、そして数々の出来事が彼自身を神格化してしまったのではないか?とは言うものの、世の中がこれだけ騒いだピアニストもあまり例が無かった訳で、その事由を何とか残されたCDに見いだしたいと考えているのである。それにしても、生身の人間が弾いているとは思えないような、完璧ながらも、なんと無機的な演奏なのだろう。G・グールドがハミングしながら弾いた「ゴルトベルク変奏曲」とは対極的な位置にある。
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