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▼読書会課題図書・参考図書リスト2:セレクト商品

罪と罰 (上巻) (新潮文庫)罪と罰 (上巻) (新潮文庫) (詳細)
ドストエフスキー(著)

「非凡人には殺人を犯す権利があるか?」「「聖」と「俗」の見事な大逆転」「罪と罰」「面白いドストエフスキー」「強烈過ぎる個性」


罪と罰 (下巻) (新潮文庫)罪と罰 (下巻) (新潮文庫) (詳細)
ドストエフスキー(著)

「非凡人には殺人を犯す権利があるか?」「「聖」と「俗」の見事な大逆転」「罪と罰」「面白いドストエフスキー」「強烈過ぎる個性」


謎とき『罪と罰』 (新潮選書)謎とき『罪と罰』 (新潮選書) (詳細)
江川 卓(著)

「ロシア語原典でしか味わえない『罪と罰』の真の魅力を読者に伝える」「原語と読解力」「江川氏の眼」「奥が深い…これが作家の行間か!」「目から鱗の『ドストエフスキー・コード』」


ドストエフスキー父殺しの文学〈上〉 (NHKブックス)ドストエフスキー父殺しの文学〈上〉 (NHKブックス) (詳細)
亀山 郁夫(著)

「大胆な試み」


罪と罰〈上〉 (岩波文庫)罪と罰〈上〉 (岩波文庫) (詳細)
ドストエフスキー(著), Fyodor Mikhailovich Dostoevskii(原著), 江川 卓(翻訳)

「読みやすい」「「罪と罰」とは何か?」「こんな人におすすめ」「名作ですね」「罪と救い」


カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫) (詳細)
ドストエフスキー(著), 亀山 郁夫(翻訳)

「カラマーゾフの兄弟(亀山 郁夫訳)」「読みやすい!!!」「作品自体が偉業、翻訳も偉業」「非常に読みやすい」「恐ろしいまでに人間の本質を突きつめた大作」


時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫) (詳細)
筒井 康隆(著)

「映画を見た後買いに走った。」「日本文学史上の傑作の一つ」「少女時代の“魔女おばさん”に何が起こったか? 永遠のジュブナイル。」「観た後で読んでもおもしろい」「何度読み返してもおもしろい」


時をかける少女 通常版時をかける少女 通常版 (詳細)
細田守(監督), 仲里依紗(俳優), 石田卓也(俳優), 板倉光隆(俳優), 原沙知絵(俳優), 谷村美月(俳優), 垣内彩未(俳優), 関戸優希(俳優), 筒井康隆(原著)

「「未来で待っている」の言葉に…」「TV放送で見ましたが・・・」「胸を張って「好き」といえる作品」「青春を体感」「素晴らしい作品」


時をかける少女時をかける少女 (詳細)
大林宣彦(監督), 原田知世(俳優), 尾美としのり(俳優), 高柳良一(俳優), 筒井康隆(原著)

「いわゆるアイドル映画としての最高傑作。」「映画女優と普通の高校生の境界線の初々しい魅力。」「あの時代に、あの場所に、あの人たちがいた」「80's 青春映画の金字塔。永遠の名作です。」「切ない気持ちが甦る作品」


星の王子さま (新潮文庫)星の王子さま (新潮文庫) (詳細)
サン=テグジュペリ(著), Antoine de Saint‐Exup´ery(原著), 河野 万里子(翻訳)

「大人こそ読むべき本」「不思議!読むたびに新しい発見」「せつないけど、どこか魅かれる...」「自信を持って御勧め出来る一冊です。」「お買い得!」


星の王子さま (集英社文庫) (集英社文庫)星の王子さま (集英社文庫) (集英社文庫) (詳細)
アントワーヌ・ド サン=テグジュペリ(著), Antoine de Saint Exup´ery(著), 池沢 夏樹(著)

「正確かつ簡潔な名訳」「野性的かつスピリチュアルな訳文。」「報告、やっと読めたよ。」「適任の訳者・池澤氏」「シンプルな訳がよい」


Le Petit PrinceLe Petit Prince (詳細)
Antoine de Saint-Exupery(著)

「邦題があまりにメルヘンチックで」「フランス語学習者ならぜひ一読を!」「Le Petit Prince」「大切なものは目にみえない」「フランス語の勉強のつもりが」


星の王子さま (岩波少年文庫 (001))星の王子さま (岩波少年文庫 (001)) (詳細)
サン=テグジュペリ, 内藤 濯

「日本語でしか味わえない絶妙な空間」「子供向きかと思いきや、これは大人の本」「人間の心理を追求した名著」「大人が多忙さで置き忘れているものを思い出させてくる本」「本当のこと」


夜間飛行 (新潮文庫)夜間飛行 (新潮文庫) (詳細)
サン=テグジュペリ(著)

「最高の小説」「スルメよりも、よく噛んで」「孤高の精神に心が震えました」「最後の一文」「作者の高貴さに感服しました」


オイディプス王 (岩波文庫)オイディプス王 (岩波文庫) (詳細)
ソポクレス(著), 藤沢 令夫(翻訳)

「コロス変遷」「イオカステの悲劇とは何か?」「美しい文章です。」「この時代に何を感じ、何を思ったのか。」「まるで世界最古の探偵小説」


Sophocles : Plays: Oedipus Tyrannus (Classic Commentaries on Latin & Greek Texts)Sophocles : Plays: Oedipus Tyrannus (Classic Commentaries on Latin & Greek Texts) (詳細)
Richard Claverhouse Jebb(著), P. E. Easterling(編集), Jeffrey Rusten(序論)

「ソポクレスを読まれる方はぜひ」


ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫) (詳細)
ソポクレス(著), 松平 千秋(翻訳)

「名誉の大切さと運命の過酷さ」「たまには叙事詩も」


「オイディプース王」を読む (講談社学術文庫)「オイディプース王」を読む (講談社学術文庫) (詳細)
川島 重成(著)

「ギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプース王』を丹念に読み解く」「ギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプース王』の<謎>を丹念に読み解く」


オイディプス王オイディプス王 (詳細)
野村萬斎(俳優), 麻実れい(俳優), 山谷初男(俳優), 沢竜二(俳優)

「間近に見られる魅力」「まるで映画のような美しさです」「秀作!」「野村萬斎の怪演!!」「間近に見られる魅力!」


▼クチコミ情報

罪と罰 (上巻) (新潮文庫)

・「非凡人には殺人を犯す権利があるか?
この本の中核を成しているのは、やはり主人公の元学生ラスコーリニコフによる殺人の動機でしょう。それは、予審判事ポルフィーリイとの言論対決によって徐々に明らかになっていきます。非凡な人間には、自分自身が納得する理由があれば、法律を破る(殺人を犯す)権利がある、という理論が殺人の動機になるわけですが、その後主人公は、殺人を犯したことに対する倫理的な問題よりも、自分は殺人を犯すに足る非凡な人間ではなくてただの凡人なのではないか、という問題に悩みます。この問題にドストエフスキーは、最終的に理屈で説明の付かない結論を与えていますが、その説明をあまりしないところに、かえって著者の深い洞察力がうかがえます。軽いカタルシスではなく、重たい問題意識を読者に与え、考え悩ませるのが狙いであるとすれば、まさに絶妙のエンディングと言えるでしょう。

ところで、この本を古典たらしめているのは、殺人を犯したことによって苦悩するラスコーリニコフの姿が、多くの青年が成長の一時期に持つ悩みを具現化しているからだと思いますが、ドストエフスキーの問題意識は別のところにもあるようです。本書は、爛熟のロマノフ王朝下、農奴解放期の大混乱の中で、知的階級に属する若者たちが、生半可な理論を振りかざして、革命運動をしていたことに対する批判なのではないでしょうか。金貸しの婆さんを殺すこと、つまり現体制を転覆すること、それは同時に頭の弱いリザヴェータ、すなわち普通に生きている庶民の生活を破壊することにつながる、その責任が取れるのか、とドストエフスキーはこの本で警鐘を鳴らしているように思えます。その意味で私は、金貸しの婆さんはともかく、リザヴェータを殺したことにはほとんど言及しないラスコーリニコフに不気味さを感じると同時に、著者の視点の鋭さを見ます。

・「「聖」と「俗」の見事な大逆転
将来英雄になるであろう非凡な人間は、それが英雄となるために避けられぬことであるならば、社会に有益でない人間を殺めても、許される。ナポレオンに心酔する主人公は、自ら築いたこの理論をもとに、高利貸しの老婆、さらには何の罪もないその妹までも惨殺してしまいます。

たしかに歴史を紐解いてみても、ナポレオンのみならず、三国志の曹操や日本の織田信長の例もあるように、既成の概念を打ち破る人間とは、とかく他人の血を流すことを躊躇いません。これら負の英雄像を、チャップリンが映画「殺人狂時代」において、「ひとり殺せば悪党で、100万人だと英雄だ」と大いに皮肉ったことはあまりに有名です。

主人公は、第一の殺人でいきなり精神的な行き詰まりに陥り、「英雄」となる前に平凡な「悪党」で終わることを恐れ、苦しむ。本書の大部分はこの非凡と平凡の狭間で揺れる主人公の心の葛藤で構成されています。この物語をいかに捉えるかは、読み手によって千差万別でしょう。私はシンプルに「愛の物語」と捉えています。

なぜなら、上記の理論は彼を支える信念であっても、殺人の動機ではないと考えるからです。生活に苦しむ自分のため、富豪との愛のない結婚へ望もうとしている(と主人公は思い込んでいる)妹への愛。そして無力な自己への怒り。それらが相まって彼を殺人へ駆り立てたのではないでしょうか。しかし、平凡な人間に殺人は大事業です。それを完遂するための心の拠り所として、かの英雄論が浮かび上がってくるのです。が、すべからく英雄とは唯一無二のもの。他者を模範に英雄たらんと望む時点で、すでに彼は英雄の資格を失っており、自己の空想の中での「聖」の立場から、現実としての「俗」へ転落します。

そんな敗者を救うのが、薄幸の娼婦という「俗」の象徴たるソーニャからの一点の曇りもない愛である、という点こそ、この物語の妙でしょう。主人公とソーニャだけではありません。帝政ロシア時代の輝ける首都サンクトペテルブルクは陰惨で気だるい空気に包まれ、その反面、最後の舞台であるシベリアの流刑地は、陽光の眩しい、さながら楽園のような場所。「聖」も「俗」も人間が作り出したものある以上、人間の意志ひとつでどちらにでも転じてしまえることを、この作品から強く感じることができます。多少取っ付きにくい文体ではありますが、読めば必ず得るもののある一冊です。

・「罪と罰
個人的な意見では、物語は終り方によりそれ以上に素晴らしくなったり、それまでの感動を無にしてしまったりすると思っています。

<罪と罰>の終り方は実に無心論者のドストエフスキーらしいものだった。決して”罪を犯した人間も祈れば許される”とかいう類ではなく、最後の3行のあたりの”彼を救ったのは・・・だった”という表現。

この最後の3行が素晴らしく、それ以外の長いストーリーが全て<伏線>のように感じた。

読んだことのない人には是非お勧めしたい作品です。

罪を犯し罰を受ける。しかし罰を受けても罪は消えない。罪を背負い続けて生きる人間を救うものはなんなのか?

・「面白いドストエフスキー
ドストエフスキーの初期の作品。全作品中、最も分かりやすく、読みやすい。そのため、ドストエフスキーって何と思う人は、この作品を最初に手に取るだろう。作品の内容は、刑事コロンボのような構成を取っている。まず、最初に、主人公の紹介が行われ、その心理が説明され、犯罪が行われる。その後、犯罪者となった主人公の心理的変化や行動が微細に描かれる。その中でも、担当刑事に追い詰められていく様子は、最も興味深い。最終場面も、他に類を見ない独特の結論である。

読者は、この小説で、ドストエフスキーって、面白いなと思い、次の小説に手を伸ばすだろう。そのとき、次に書かれた作品ではなく、彼の最後の作品である「カラマーゾフの兄弟」をお勧めしたい。この作品もまた、父親殺しの真犯人は誰かが主題となっている、面白い作品だからだ。

・「強烈過ぎる個性
『カラマーゾフ』と言い、ドストエフスキーの凄いところは、よくこんな人物を描けるなあと思わせる特異な人物を登場させる点です。彼らは似たり寄ったりではなく、実に強烈な個性を発揮しています。他の文豪、たとえばトルストイでは描けないような‘アク’の強いキラクターが生み出され、しかも重要な役回りを果たしています。

社会の底辺に這いつくばって(あるいは迫害され)、生きる智恵を絞る民衆を描かせたらドストエフスキーの右に出る作家はいないでしょう。かと言ってそれだけではなく、地位や教養の高い人物も必ず登場していて(これもまた個性豊かで)、その接点や対比などがじつに面白く描かれています。

漱石なども私の好きな作家なのですが、登場人物が全体的に知的レベルが高すぎるきらいがあります。

あらためて話の内容については述べませんが、「読んで後悔しない名作」であることには間違いありません。

罪と罰 (上巻) (新潮文庫) (詳細)

罪と罰 (下巻) (新潮文庫)

・「非凡人には殺人を犯す権利があるか?
この本の中核を成しているのは、やはり主人公の元学生ラスコーリニコフによる殺人の動機でしょう。それは、予審判事ポルフィーリイとの言論対決によって徐々に明らかになっていきます。非凡な人間には、自分自身が納得する理由があれば、法律を破る(殺人を犯す)権利がある、という理論が殺人の動機になるわけですが、その後主人公は、殺人を犯したことに対する倫理的な問題よりも、自分は殺人を犯すに足る非凡な人間ではなくてただの凡人なのではないか、という問題に悩みます。この問題にドストエフスキーは、最終的に理屈で説明の付かない結論を与えていますが、その説明をあまりしないところに、かえって著者の深い洞察力がうかがえます。軽いカタルシスではなく、重たい問題意識を読者に与え、考え悩ませるのが狙いであるとすれば、まさに絶妙のエンディングと言えるでしょう。

ところで、この本を古典たらしめているのは、殺人を犯したことによって苦悩するラスコーリニコフの姿が、多くの青年が成長の一時期に持つ悩みを具現化しているからだと思いますが、ドストエフスキーの問題意識は別のところにもあるようです。本書は、爛熟のロマノフ王朝下、農奴解放期の大混乱の中で、知的階級に属する若者たちが、生半可な理論を振りかざして、革命運動をしていたことに対する批判なのではないでしょうか。金貸しの婆さんを殺すこと、つまり現体制を転覆すること、それは同時に頭の弱いリザヴェータ、すなわち普通に生きている庶民の生活を破壊することにつながる、その責任が取れるのか、とドストエフスキーはこの本で警鐘を鳴らしているように思えます。その意味で私は、金貸しの婆さんはともかく、リザヴェータを殺したことにはほとんど言及しないラスコーリニコフに不気味さを感じると同時に、著者の視点の鋭さを見ます。

・「「聖」と「俗」の見事な大逆転
将来英雄になるであろう非凡な人間は、それが英雄となるために避けられぬことであるならば、社会に有益でない人間を殺めても、許される。ナポレオンに心酔する主人公は、自ら築いたこの理論をもとに、高利貸しの老婆、さらには何の罪もないその妹までも惨殺してしまいます。

たしかに歴史を紐解いてみても、ナポレオンのみならず、三国志の曹操や日本の織田信長の例もあるように、既成の概念を打ち破る人間とは、とかく他人の血を流すことを躊躇いません。これら負の英雄像を、チャップリンが映画「殺人狂時代」において、「ひとり殺せば悪党で、100万人だと英雄だ」と大いに皮肉ったことはあまりに有名です。

主人公は、第一の殺人でいきなり精神的な行き詰まりに陥り、「英雄」となる前に平凡な「悪党」で終わることを恐れ、苦しむ。本書の大部分はこの非凡と平凡の狭間で揺れる主人公の心の葛藤で構成されています。この物語をいかに捉えるかは、読み手によって千差万別でしょう。私はシンプルに「愛の物語」と捉えています。

なぜなら、上記の理論は彼を支える信念であっても、殺人の動機ではないと考えるからです。生活に苦しむ自分のため、富豪との愛のない結婚へ望もうとしている(と主人公は思い込んでいる)妹への愛。そして無力な自己への怒り。それらが相まって彼を殺人へ駆り立てたのではないでしょうか。しかし、平凡な人間に殺人は大事業です。それを完遂するための心の拠り所として、かの英雄論が浮かび上がってくるのです。が、すべからく英雄とは唯一無二のもの。他者を模範に英雄たらんと望む時点で、すでに彼は英雄の資格を失っており、自己の空想の中での「聖」の立場から、現実としての「俗」へ転落します。

そんな敗者を救うのが、薄幸の娼婦という「俗」の象徴たるソーニャからの一点の曇りもない愛である、という点こそ、この物語の妙でしょう。主人公とソーニャだけではありません。帝政ロシア時代の輝ける首都サンクトペテルブルクは陰惨で気だるい空気に包まれ、その反面、最後の舞台であるシベリアの流刑地は、陽光の眩しい、さながら楽園のような場所。「聖」も「俗」も人間が作り出したものある以上、人間の意志ひとつでどちらにでも転じてしまえることを、この作品から強く感じることができます。多少取っ付きにくい文体ではありますが、読めば必ず得るもののある一冊です。

・「罪と罰
個人的な意見では、物語は終り方によりそれ以上に素晴らしくなったり、それまでの感動を無にしてしまったりすると思っています。

<罪と罰>の終り方は実に無心論者のドストエフスキーらしいものだった。決して”罪を犯した人間も祈れば許される”とかいう類ではなく、最後の3行のあたりの”彼を救ったのは・・・だった”という表現。

この最後の3行が素晴らしく、それ以外の長いストーリーが全て<伏線>のように感じた。

読んだことのない人には是非お勧めしたい作品です。

罪を犯し罰を受ける。しかし罰を受けても罪は消えない。罪を背負い続けて生きる人間を救うものはなんなのか?

・「面白いドストエフスキー
ドストエフスキーの初期の作品。全作品中、最も分かりやすく、読みやすい。そのため、ドストエフスキーって何と思う人は、この作品を最初に手に取るだろう。作品の内容は、刑事コロンボのような構成を取っている。まず、最初に、主人公の紹介が行われ、その心理が説明され、犯罪が行われる。その後、犯罪者となった主人公の心理的変化や行動が微細に描かれる。その中でも、担当刑事に追い詰められていく様子は、最も興味深い。最終場面も、他に類を見ない独特の結論である。

読者は、この小説で、ドストエフスキーって、面白いなと思い、次の小説に手を伸ばすだろう。そのとき、次に書かれた作品ではなく、彼の最後の作品である「カラマーゾフの兄弟」をお勧めしたい。この作品もまた、父親殺しの真犯人は誰かが主題となっている、面白い作品だからだ。

・「強烈過ぎる個性
『カラマーゾフ』と言い、ドストエフスキーの凄いところは、よくこんな人物を描けるなあと思わせる特異な人物を登場させる点です。彼らは似たり寄ったりではなく、実に強烈な個性を発揮しています。他の文豪、たとえばトルストイでは描けないような‘アク’の強いキラクターが生み出され、しかも重要な役回りを果たしています。

社会の底辺に這いつくばって(あるいは迫害され)、生きる智恵を絞る民衆を描かせたらドストエフスキーの右に出る作家はいないでしょう。かと言ってそれだけではなく、地位や教養の高い人物も必ず登場していて(これもまた個性豊かで)、その接点や対比などがじつに面白く描かれています。

漱石なども私の好きな作家なのですが、登場人物が全体的に知的レベルが高すぎるきらいがあります。

あらためて話の内容については述べませんが、「読んで後悔しない名作」であることには間違いありません。

罪と罰 (下巻) (新潮文庫) (詳細)

謎とき『罪と罰』 (新潮選書)

・「ロシア語原典でしか味わえない『罪と罰』の真の魅力を読者に伝える
ロシアæ-‡å­¦ã®æ¨©å¨æ±Ÿå·å"氏の『罪と罰』案å†...。å¤-国の小説ã‚'邦訳で読むと価値が半減ã-てã-まうのはå½"然だが、ロシアæ-‡å­¦ã§ã¯ç‰¹ã«ãã†ã§ã‚る。ロシアのæ-‡å­¦è€...はロシア語の特性ã‚'最大限に利ç"¨ã-た作å"ã‚'書く。語å'‚合わせやアレã‚'リーã‚'駆使ã-、è-書や古å...¸ã®ãƒ'ロディーã‚'含ませ、æ"¿æ²»ãƒ»æ€æƒ³çš„主張ã‚'小説に潜り込ませる。ã"れは長いé-"帝æ"¿æœŸã«æ¤œé-²åˆ¶åº¦ãŒå޳ã-かったせいでもあるが、ロシア人の言語感覚が高度にç "ぎ澄まされていた結果でもある。最も人口に膾炙する『罪と罰』にã-ても、邦訳そのまま読めばただのé'春小説であるが、å½"時のロシアの読è€...はã"の小説からæ-¥æœ¬äººãŒæƒ³åƒã‚‚つかない深い意å'³ã‚'読みå-ったのである。ほとã‚"どロシア語の出来ないæ-¥æœ¬ã®èª­è€...の為に、ロシア通の江川氏がã"のä¸-界的小説のフォルã!ƒžãƒªã‚¹ãƒ†ã‚£ãƒƒã‚¯ãªèª­ã¿æ-¹ã‚'å'ˆç¤ºã-てくれる。舞台のペテルãƒ-ルクの地図も添付され、『罪と罰』のコメンタールとã-ての価値ã‚'持つ愛読è€...å¿...携の本と評価できる。

・「原語と読解力
著者はロシア文学翻訳家として知られており、著者の訳でドストエフスキー他、ロシア文学に接した方も多いだろう。私の頃は米川正夫氏だった。その著者が「罪と罰」に仕掛けられた謎を究明するという探求本。その後、「謎とき「カラマーゾフの兄弟」」も上梓している。

正直、一つの作品をここまで深読みできるとは思わなかった。ドストエフスキーの脳の構造が常人離れしており、作品に刻まれた圧倒的な心理描写、行動原理については少しは理解しているつもりだったが、ここまでとはね。著者は作品のテキストを読み込む事によって謎を少しづつ解明して行く。ラスコーリニコフの名前がアンチ・キリストに由来しているくらいなら、まあ少しの研究で分かるかもしれないし、読者が無意識に想定している事と合致する。それよりも被害者の家の敷居を「またぐ」という一般的単語が、「一般社会の倫理の境界を踏み越えて罪の世界に入り込む」という意味の単語から派生している点の指摘などは鋭いと思う。こうした指摘が随所にあり、文学を読む際、原語を理解する重要性を感じさせる。だからと言って、これからロシア語をマスターするのは困難なのだが...。そして、これは単に原語を理解するだけではなく、文学的な理解力も必要とされる作業なのだが。また、「聖なる娼婦」ソーニャは早い段階でラスコーリニコフと(娼婦として)肉体的関係を持ったのだが、作品の構想が大きく、また崇高になるに連れ、精神面だけが強調されているという指摘も、なるほどと思った。

通俗小説として読んでも面白く、原罪を背負った人々の魂の救済を描いたキリスト教的背景を持った小説として読んでも面白い「罪と罰」。そのような多重構造を持った小説を平易に解説してくれる貴重な道案内の学究本。

・「江川氏の眼
まさか、ドスト氏が乗り移ったんですか?と、思ってしまうほど鋭く、濃い、読者を唸らせる視点で、江川氏は「罪と罰」を語っている。いや、彼自身が楽しみ、思う存分味わっている。さすがですな。

ドスト氏が好きな方、もっと魅力に浸りたいという方、一度でも「罪と罰」を読んだことがある方、是非読んでください。江川氏が、より深き世界へ誘ってくれるでしょう。

・「奥が深い…これが作家の行間か!
ドストエフスキーの『罪と罰』を多角的な視点とロシア語の語源から捉えて小説の奥に隠されている様々なメッセージを読み取っていくというまさに“謎とき”の楽しさを教えてもらえる本。改めて『罪と罰』が読みたくなった。

・「目から鱗の『ドストエフスキー・コード』
著者自身が、「主人公への感情移入を過度に重視する従来の小説理解への反撥があった」(12章)と言っているとおり、『罪と罰』を、心理とか哲学とかの観点からよりも、ロシア語やロシア文化、キリスト教史といった観点から(やや重箱の隅をつつくように)解説しています。その辺が本書『謎とき』の価値だと思います。前者の観点での解説なら、シェストフや小林秀雄(他にもたくさん、山ほど出てるんだろうと思います)に任せればokだろうと思いますし。ただ、帯にあるように「ドストエフスキーを愉しむために最初に手にすべき1冊」ではないかもしれない、です。

謎の中身ですが、たとえば、■タイトルの「罪」が、ロシア語で、「グレーフ(神のおきてにそむく行為)」ではなくて、「プレストゥプレーニエ(人間の定めたおきて(法律や社会的規範)を『踰える』行為)」であること■ラスコーリニコフのイニシャルが、実はアンチクリスト、悪魔を暗示していること■ラスコーリニコフとソーニャが、実はあのときにコトに及んでいたことなどなど、(少なくとも私にとっては)目から鱗の落ちる発見が続出でした。

蛇足ですが、ソフィーとマグダラのマリアを重ね合わせているところや、いわゆる「異教」を登場人物に見出しているところなど、はやりの『ダ・ヴィンチ・コード』にも通じるところがありました。(『謎とき『罪と罰』』の初出は、1983〜1985年です)

謎とき『罪と罰』 (新潮選書) (詳細)

ドストエフスキー父殺しの文学〈上〉 (NHKブックス)

・「大胆な試み
著者の方法論上の要点は、以下のようにまとめられています。”ドストエフスキーの小説全体を、ドストエフスキーの現実の体験に即したリアリティーとして読むのか、あるいは一種の儀式、ひとつの象徴劇と捕らえるか。”(265ぺ-ジ)今回の作品は、”父親殺し”というモティーフを基本線とすることにより、この両者の目的を融合しようとした大胆な作品です。したがってこの評論では、”ドストエフスキーの伝記とその現実の深みへ”と想像力をめぐらすだけでなく、”ドストエフスキーの小説のもつ儀式性の意味や構図を、それこそ古典、神話、心理学その他すべての知識を総動員”されることになります。伝記、テクスト、講義、事件、ギャラリー、そして著者の旅行記、というさまざまな仕掛けを用いることにより読者の多面的な理解を助けようとしている点も、特筆すべきでしょう。特にこの上巻では、これまであまり取り上げられなかった後期の大作の前の作品(白夜、ネトーチェカ、ステパンチコヴォ村)の多数が、もう一度、読み直されています。またわかりにくい分離派についても、最小限の言及がなされています。

ドストエフスキー父殺しの文学〈上〉 (NHKブックス) (詳細)

罪と罰〈上〉 (岩波文庫)

・「読みやすい
 新潮社(工藤訳)より、こちらのほうをお勧めします。特に初めて読まれる方や、本を読むと目が疲れるという方には特に。理由は以下の通り。 新潮文庫は見開き41字×36行で上下巻。岩波文庫は見開き39字×32行で上中下巻。紙の色も岩波のほうが読んでいて眩しく感じなかったです。 訳ですが、私はどちらも味があって好きなのですが、岩波の江川訳のほうが読みやすいと感じました。 また、江川のほうは巻末に結構詳しい訳注があり、参考になります。 この作品は著者の中で一番好きですね。これから入って他も読むようになりました。人物の思想が絡んだ心情は実に緻密で、よくもここまで表現できるものだ、と思いました。主人公に限らず一人一人の人間が濃いです。 一生のうちで読んでおかなければならない本だと思います。できれば若いうちに。何度読んでもその都度違った味がしていいものです。 内容は、文句無しの星五つ。読みやすさも五つでいいかと。それから文字の大きさですが、多分同じでしょう。なんとなく岩波のほうが大きい気もするのですが。

・「「罪と罰」とは何か?
なぜ人を殺してはいけないのか?果たしてこの問いに答えはあるのだろうか?答えがあったとして、それは正解なのだろうか?ドストエフスキーはこの問いに答えを出さない。代わりに、殺人を犯した人間の苦悩、葛藤、憔悴といった心理状態を執拗なまでに描写してみせる。難関な哲学的言説で根拠不明な答えを示すのと、答える代わりに、覚めることのない悪夢のような心理描写を連ねるのと、どちらが人の心に多くのことを訴えかけるだろうか?罪とは何か? また、罰せられるとはどういうことなのか?自分自身で答えを出すためにこの本は読まれなければならない。

・「こんな人におすすめ
・ 平凡な日常に飽き飽きしている・ 自分自身に対して何かやるせない衝動にかられる事がある・ 自分は他人とは違う類の人間だと思った事がある

・ 「飲んだくれる恥ずかしさを紛らわすために酒を飲む」心理に何となく共感できる・ 一途な男の友情にほれ込みたい・ 家族の愛に涙したい・ 卑小でくだらない悪役に激怒したい・ 一見まともなのにかなり異常な人間に出会いたい・ 全てを受け入れる深い愛に感動したい・ 詳しすぎる心理描写に辟易しつつもはっとさせられたい・ 読めば読むほどはまりこめる主人公に出会いたい

・ 今はサスペンスより重厚な人間ドラマが読みたい・ どうせなら登場人物は美形が多いほうがいい・ 刑事コロンボが好きだ・ 友人に「『罪と罰』って面白いんだよ」と言ってみたい・ S潮社版とI波文庫版どちらを買おうか悩んでいるが読み比べられず困っている・ エンタメ要素と人間の真理を平行して書ける作家に出会いたい

・ 長くてもいいから、とにかく面白い小説を読みたい

・「名作ですね
 個人的には訳者の日本語訳が、良い。

 なかなか外国文学を訳すと堅苦しくて情緒もない文体に なりがちなんですけれども、江川卓さんは素晴らしいなぁ、と思いました。

 こちらは物語重視の訳、で、ドストエフスキーが原本にさりげなく入れていた 時代背景やあらゆるゲマトリアに関しては、江川卓さんの「謎解き 罪と罰」 の方に記してあります。  二冊セットで読むと、倍楽しめます。

・「罪と救い
もう紹介するのもいまさら…という名作ですが、「おもしろくてずっしりしていて、深い」本です。殺人をするラスコーリニコフの動機が、現代的でびっくりします。こんな人、今の日本のどこかにもいそうです。人を殺すというのはどういうことか。そして、その重い重い罪は、どうやって償われていかなくてはならないのか。深い罪を負った人間を救うのはなんなのか。テーマは重いのに、お話はミステリみたいで飽きさせません。

登場人物で好きなのはやはりソーニャです。マリア様のような、観音様のような女性だと思います。

罪と罰〈上〉 (岩波文庫) (詳細)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

・「カラマーゾフの兄弟(亀山 郁夫訳)
ドストエフスキーの名著で、学生時代以来数回読んだ。今までは翻訳本の定番とされた米川訳だった。もう一度別の訳者のを読んでいやになった覚えがある。今回は、新訳というので亀山訳を読んだ。文庫本なので出張の最中にも持っていって読める。読んで驚いた。米川訳のカラマーゾフとは待ったく別の本という感じがする。いい意味では、読みやすく現代的だ。登場人物の名前を統一していて読みやすくなっていることもあろう。逆に悪く言うと、米川訳のような、重さというか、いかにもドストエフスキー的な感覚がない。ロシア語を読めないので、どちらが本当のドストエフスキーかはわからないが、以前ロシアの空港で手にした"Re Reading Dostoefsky"という英語の解説や日本での小林秀雄の解説等からは、米川訳がドストエフスキー的な感じもする。ただ、今の読者には、今回の亀山訳はよく出来ていると思う。すぐにでもテレビドラマになりそうである。各巻についている、訳者の解説がわかりやすさを倍化させているかもわからない。同じ訳者が「罪と罰」や「白痴」(どちらも私は米川訳で大好きだが)を訳すると、どのような小説になるのかと思った。新しいドストエフスキー像を感じさせられる面白い翻訳の努力だと思って楽しんだ。

・「読みやすい!!!
米川正夫、池田健太郎、原卓也、小沼文彦とそれぞれに楽しんで読んできた『カラマーゾフ』の邦訳であるが、確かにこれは読みやすい!以降も早く刊行を期待する。何回読んでもこれほど面白い小説はないこともあって、亀山訳第1巻読了のあと原卓也訳で読み継いでしまった。亀山訳に比べやや生硬な印象もあったが、「大審問官」に差し掛かるともうそんなことはどうでもよい。圧倒的、冠絶の文業である。亀山訳「スタブローギンの告白」もその解説も含めよかっただけに、2巻以降の「大審問官」が待ち遠しい。価格もうれしい。町の書店さんは是非常備されたし。ソローキンの翻訳といい、スターリン研究といい、最近のショスタコヴィッチの連載といい、この著者の大車輪は凄い!!

・「作品自体が偉業、翻訳も偉業
出版社の意図がまず素晴らしい。既存の出版社は、難解な翻訳を長年出し続けていたわけで、この愚行によって文学の楽しさを味わうことなく興味を失ってしまった人が多数いたと思うと、非常に残念である。それに対してこの翻訳は、他のレビュー者のとおり非常に読みやすい。しかも最後に解説があり、読みこなすための前提知識などを教えてくれる。だから最初はこの部分から読むのもよいかもしれない。ちなみに第二巻の解説には、第一巻のあらすじが載っている。第一巻の内容が理解しづらかった場合は、このあらすじを読むことで補うことも出来る。

・「非常に読みやすい
驚いた。頭にすらすら入ってくる。前人の翻訳で何度か読んだことのある本書だが、ごく普通の小説と同じようにすらすら頭に入ってきてくれるのには大変に驚いた。早く読めすぎて注意力散漫になる人もいるかもしれないが、私の場合は理解が深まったような気がする。これまで読みきれなかった人も、この翻訳ならば読めるのではなかろうか。

・「恐ろしいまでに人間の本質を突きつめた大作
文学作品と言われるものを、少なくとも3000作品は読んできた私の読書暦のなかで、最も感銘を受けた作品です。

あまりの奥深さに、多くは語れません。単純に言えば、

人間って何?と言う、誰もが思う難題に、現時点でもっとも深く答えてくれる作品ではないでしょうか。

読んでいてわけのわからない涙がよく出ました。人間の尊さ、愚かさ、有難さ、難解さ、真摯さ、…等々、人間・人間社会の悲喜交交、本質を突きつめた世界の大文豪ドストエフスキーの大著です。

読んでみてください。

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫) (詳細)

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

・「映画を見た後買いに走った。
2006年に公開された映画(アニメ)がとても面白くて、原作を思わず買ってしまいました。

確かに時代を思わせる台詞や描写が多々ありますが、そんなこと気になりません!映画版とは主人公のキャラが違い、これはこれで新鮮味がありました。私もこの小説が短編だと知って驚きました。でも結構内容は濃く感じ、それでいてしっかり少年・少女向けの小説であることを知って納得させられました。これを読んで映画も観たらより一層面白くなると思います。

・「日本文学史上の傑作の一つ
 もはやSFジュブナイルの古典です。 眉村卓、江戸川乱歩、星新一、小松左京、横溝正史、石川英輔、芥川龍之介にはそれぞれジュブナイル版はあり、(星新一でさえ長編ものあり)で、それぞれ傑作ですが、これに匹敵するものはないでしょう。(永井豪の『デビルマン』が神がかり的な作品ですが・・・あれは漫画) これ以上のジュブナイルの傑作は筒井自身も書いていません。 とにかく、中学2年から高校1年ぐらいでに読むべきです。 でないと、なかなか感性がついていけなくなります。あまり年をとると、ドフトエフスキーの『罪と罰』やハイデッカーの『存在と時間』も青いと感してしまうぐらいですから。 アニメよりも、映画よりもいいです。文学の香がしますので是非読んでください。 角川春樹はこの作品にぞっこんだったのでしょう。いろいろ新人作家を発掘します。有望な人はいます。すばらしい作品は多々あります。しかし春樹の感性に合う内容には距離があった。つまり、これ以上の作品はまだみつからなかった。それで、今時代に合う映画ができなかった。だから、あらためてリメイクの映画を自ら作ってみた。 おそらくそのようなところでしょう。 日本文学史上の傑作の一つだと思います。

・「少女時代の“魔女おばさん”に何が起こったか? 永遠のジュブナイル。
貞本義行氏によるカバーイラストに魅かれて、久々に手にとってみました。筒井作品としてはまったくの異色作ですが、と同時にもっとも有名な作品であり、映像化においても―質的にも、興行面でも―恵まれ、筒井氏に“孝行娘”と呼ばれている、この「時をかける少女」(1965年から66年にかけて、雑誌「中三コース」→「高一コース」で連載)。考えてみれば、初の映像化だったNHK少年ドラマ『タイム・トラベラー』(72年)が放映された頃、“SFベストセラーズ”版の単行本でよく読んでいて、それ以来すっかりなじみのお話ではあるんですが、06年のアニメ映画版―キャラクターデザインは貞本氏―という大きな収穫を経て、いま改めて読んでみると、登場人物たちの言葉の中に見てとれる機微がなんともやさしく、あたたかいものに感じられました。ちょっとした言葉のひとつひとつも、相手を思いやる気持ちにあふれているんですよね。一見、この原作から遠く離れているようにみえるアニメ映画版が、実は深いところで、この小説の“こころ”を大切にしていたことも、よく理解できました。そして、オレとしては、筒井作品で育ったことを、改めて誇りに思いました。

同時収録の「悪夢の真相」は64年「中二コース」連載、「果てしなき多元宇宙」は67年刊行の単行本『時をかける少女』(この文庫版の原型)のための書き下ろし作品です。いわゆる“筒井作品らしさ”は、どうしてもないがしろにされがちな、これら2作の方により強く出ているように感じられます。収録されている順番にこだわらず、この2作から先に読んでみるのも、面白いかもしれません。

ロマンティックで、どこか懐かしくて、魅力的なジュブナイル作品集。これからも、多くの若者たちに読まれていくことでしょう。

・「観た後で読んでもおもしろい
 映画やテレビで観た後、ようやく原作にたどり着きました。 やはり本には本のよさがあって・・・ 想像力をかきたてられる本ですね。 観た後で読んでも、すばらしい作品です。 思春期のなんともいえないほろ苦さがいいです。

・「何度読み返してもおもしろい
巨匠 筒井康隆の、古典と呼んでもいいくらい超有名なタイムトラベルもののSF小説。何度も映像化、アニメ化されているので、見たこと読んだことはないけれども、そのタイトルだけは知っているという人も多いことでしょう。

発表が1965年、学生向けの科学雑誌ということもあり、古臭く子供っぽく感じてしまうところも多々ありますが、それでもとてもおもしろい。何度も読み返していて、意外とあっけなく感じる結末もわかってはいるのですが、読み返すたびに、初めて読んだときの感動とちょっぴりの切なさ、こんなにおもしろい小説があったんだという新鮮な驚きが蘇ってきます。映像作品も見てはいますが、小説にはかなわない。映画・アニメ版の『時をかける少女』しか知らないという人は、ぜひ一度読んでみてください。

いっしょに収録されている二編『悪夢の真相』と『果てしなき多元宇宙』も、なかなかおもしろい作品です。

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫) (詳細)

時をかける少女 通常版

・「「未来で待っている」の言葉に…
何だかんだ言って、自分優先で過ごしていた高校時代。…というより、自分のことでいっぱいいっぱいだった頃を思い出しました。

真琴も最初は自分のことでタイプリープを使っていますが、狂っていく未来を見せつけられ、だんだん自分や周囲にもっと心を配っていくようになるのが印象的でした。

そして千昭の言葉。「未来で待っている」は深いですね。じーんとしてしました。

二人とも二度と会えないことは分かっているはず。千昭は未来に戻るし、真琴もやがては結婚して思い出に変わっていくかもしれません。

ですが、もし将来。真琴が「あの絵が残るように何とかしてみる」と言ったように、本当に未来その絵が残っていたら?もしくは真琴の子孫や、真琴が記した何かが残って、それが千昭の目に触れたら?『真琴がいた』証。『真琴という存在』と再会できたとは考えられないでしょうか?

その時は今度は真琴がタイプリープをして、千昭に会いに行ったことになります。

真琴の「会いに行く!」と力強く語った言葉に、そんな可能性が感じられました。

決して派手ではありませんが、あちこちに深い意味が隠された珠玉の作品だと思います。

・「TV放送で見ましたが・・・
 前作(?)を知っている分、ちょっと遠慮していたところがありました。が、「が」です。TVの前から動けませんでした。ストーリーうんぬん、作画うんぬん、そんなの関係なく、ズッポリと入り込んでしまった。車載のTVで見ていたのがすごくもったいない!かくなる上はDVDの購入を検討しています。 人物の動き、テンポもすごくいいです。劇場で見ればもっとよかったんでしょうねぇ。

・「胸を張って「好き」といえる作品
先日TVで初めて見ました。原作その他は見たことがありません。見始めたらぐいぐい引き込まれて、あっという間にラストシーンに。

ひょんなことから時間をリセットする力を手に入れてしまった少女。誰にでもある学校での些細な問題も本人にしてみれば大問題。自分の都合のいいように時間をリセットし続けた結果、少女の周囲には人間関係の歪が生じてしまう……。

ありふれた日常と時間を飛び越える特殊能力がもたらす不思議な感じ。壮大な物語があるわけじゃないんだけど、爽快な主人公のなんともいえない心地よさと切なさがあります。

映像のクオリティの高さ、時間軸がめちゃくちゃ飛ぶのにわかりやすくてテンポ良く展開する子気味よさ。そして好感の持てる元気で前向きな主人公。

個人的に胸を張って「好き」といえる作品です。

・「青春を体感
高校生時代、誰しもが経験したことがある青春をリアルに臨場感あふれる演出で表現されている。「こんな青春を送りたかった。」などと思わせるような作品である。より青春を感じた人ほど傑作だと感じるだろう。もう一度高校生時代に戻って青春を感じたい方にお勧めできる作品だ。

・「素晴らしい作品
本当に心に響く作品です。他の皆様が良い部分はたくさん説明されているので注意点だけ。

物事は白黒つけないとだめな方、はっきりとしたエンディングが欲しい方には残念ながら向きません。

観終わった後に、色々と想像をめぐらせるのも、この作品の良い点なのだと解釈してます。

時をかける少女 通常版 (詳細)

時をかける少女

・「いわゆるアイドル映画としての最高傑作。
「大停電の夜に」で変わらぬ魅力を見せてくれた原田知世のデビュー作にして、元祖"胸キュン映画"の傑作。瓦葺の日本家屋、石畳、細く狭い古道、高台の神社と昇降の石階段、桜、掛け時計、日めくりカレンダー、醤油蔵、弓道部、、、と、前作の「転校生」で映画ファンを虜にした大林宣彦が、再び、自身の故郷である尾道を舞台に、観る者すべてを郷愁と感傷的な世界に誘う中で繰り広げられる、思春期のたおやかさとときめきから来る、"思慕"、"はつ恋"、"純愛"、"別離"、"邂逅"が、切なくもいとおしい。ピアノとヴァイオリンの美しい音色が極めて印象的な哀切で甘美的な旋律をバックに、主人公の今まで生きてきた軌跡が、フラッシュ・バックならぬ、くるくるとフィルムが回転しながら映像処理されるパートの素晴らしさと懐かしさ。そして、誰もが自身のはつ恋の想い出を想起してしまうであろうラストの、"分からない"、"胸が苦しい、これが愛なの"、"どうして時間は過ぎていくの"と続く、気恥ずかしくなるようなセリフにも、その"ピュア"な感情ゆえに、臆面もなく涙してしまう。今作は、日本映画に一時期あった数多き"アイドル映画"に位置付けられるが、公開時、角川映画の「探偵物語」(薬師丸ひろ子主演)の添え物としてカップリングされていたにも拘らず、メインを完全に食ってしまった(笑)、場内湧きに湧いたあのあまりに有名な伝説のエンドロールと共に、原田知世の魅力を存分に描いて、そのジャンルのベストと呼ぶに相応しい。

・「映画女優と普通の高校生の境界線の初々しい魅力。
本当に久しぶりに観ました。あとから思うと、尾道が舞台でなくても何ら問題のない話でしたね。未来から飛んでくるのはどこでもラベンダーのあるところならいいのですもん。しかし、この映画が忘れがたくなっているのは尾道の景色と素朴な学生生活(いつのころから、リリィシュシュのすべて、のような学園生活になったのでしょうねえ?)、

地域の人々のやさしさ、連帯感などがあるからだと思います。もうひとつは未来からの使者との恋愛の心理描写が控えめだけど想いが強いことが大きいでしょう。さらに特典のインタビューでも大林監督が言っているとおり原田さんは本当に素直そうな、いでたちで、好感が持てます。これがこの映画の最大の魅力なんでしょう。

本当に映画の中で先生の威厳、生!徒間の助け合い、学生生活の楽しさなどがきれいに描かれていて観ていて懐かしいですし、素直な映像にほっといたします。また、特典映像で原田さんのオーディションの時の映像がついていることもポイントが高いことを触れておきたいと思います。(初々しいですよ)

当時は何も思わなかったですが、最後の、カーテンコール、出演者が映画の中と同じシーンで歌を歌ったり、踊ったりするシーン、が原田さん歌う「時をかける少女」の映像として流れるのですが、素晴らしい経験の思い出は美しい、というのを表現していると思います。本当にきれいな終りかただと思いますしやさしい人たちばかりですね。いいねえ。

・「あの時代に、あの場所に、あの人たちがいた
原田知世を売り出すために作った角川映画、というのは表向きで実は、この映画、それを逆手に取った野心溢れる大林映画。今見ると、他の人が言っていたようにたしかに実験映画にさえみえる。それは「角川映画のフォーマットさえ守れば、あとは文句を言わせない」ぐらいの感じで、押さえる所は押さえる所でちゃんと仕事をして、それ以外は大林監督の狙い通りに撮りあげている。尾道三部作の一角をなす重要な作品なのである。押さえる所は押さえてといったが、これは批判ではない。なぜなら、最後の主題歌のプロモーション映像こそが、この映画で一番印象に残る部分である。これを見ると、本当に原田知世って可愛かったんだなぁ、と、つくづく思う。こんな映像の取りかたは、この時代じゃなきゃ出来なかったかもしれない。角川春樹、大林宣彦、原田知世があの時代にであったから出来た作品なのだと思う。是非、今の若い子にも見てほしい作品だ。

・「80's 青春映画の金字塔。永遠の名作です。
2006年のアニメも相当に素晴らしいのですが、”トキカケ”といえばまずはこの原田知世さんの初主演作品であり、日本の青春映画の不朽の名作です。若き日の原田さんのひたむきで、初々しい演技が素晴らしい。

アニメと舞台設定は少しことなり、これはいわゆる「尾道3部作」の一作で、ノスタルジックな尾道の街並みがご馳走になっています。高校生が実験室で。。。という展開はもとの原作が同一ですので、当然にていますが、ここでは実写(+この時代のSFX)なりのすばらしさがあります。大林監督の絶頂期で、独特の叙情的で、どこかせつなくも、限りなく美しい映像世界にひきこまれます。なんどみても、世代を超えても、しみじみと感動させられます。この映画からは人間や、人生にたいする愛情が伝わってきて、みているうちにやさしいきもちになれ、心を豊かに潤してくれます。脇役たちの若き日の大林ファミリイの面々も、好演です。

10年ぶりにみましたがいまもなお新鮮で、大感動でした。はじめてみた80年代のときとまったく同じように、心を深いところでゆさぶられ、胸をうたれました。アニメでトキカケをしったわかいかたにも、ぜひとも、おすすめです。この名作中の名作を、みてほしいです。

・「切ない気持ちが甦る作品
この映画を始めて見たのは高校生か大学生の時で、当時は尾道の風景の美しさをバックにした初恋の切なさと、交錯する時間を表現した不思議な映像に魅せられた記憶がある。

今回は妻と二人で自宅で鑑賞したが、映画初出演の原田知世の演技が稚拙だと笑っていた妻も徐々に作品に惹きこまれたようであった。自分自身も最初はいかにも80年代という演出にやや違和感を感じたが、それも束の間で胸が切なくなるような当時の気持ちが甦る気がした。

それにしても当時の原田知世の何と可愛いことだろう。聞いていてちょっと恥ずかしくなるようなセリフも彼女だからこそ胸に迫る言葉になる。また五郎を演じる尾美としのりの自然な演技にも好感が持てた。

この作品は尾道三部作の2作目だが、同じく名作の富田靖子主演の「さびしんぼう」も見たくりました。

時をかける少女 (詳細)

星の王子さま (新潮文庫)

・「大人こそ読むべき本
聖書の次に多くの人に読まれている、子供から大人までを魅了している作品です。小さい頃に読んだという人も多いと思いますが、ボクは幼少時からひねくれていたので、「所詮『童話』だろ?そんなの女子供の読むものだ」と見向きもしなかったのですが、同僚に、「大人こそ読むべき本ですよ」と強く推され、齢35にして、初めて読むことにしました。以前から、受験などの一般教養として、『アフリカの砂漠に不時着したパイロットが、星から来たと言う『王子さま』と出逢い、 悲しい別れをする』という概要は知っていたのですが、実際読んでみると、驚くほど美しい内容でした。

大人の世界につまらなさを感じていながらも、その世界で生きているパイロットが、純粋な目で、大人の世界の奇妙さに疑問をぶつける『王子さま』の心に、少しずつ共感していく姿は、また同時に読んでいる自分自身の姿でもありました。作品の根幹にあるのは、『l'essentiel est invisible pour les yeux』=「大切なものは、目に見えない」という言葉で、せわしない社会での生活を送っているうちに、本当に『大切なもの』を見失っていないだろうかというメッセージが、静かではありますが、強く心に浸透してきます。

自分自身がパイロットであった作者、サン=テグジュペリは1935年にリビア砂漠で飛行機墜落事故を体験していて、このパイロットが彼自身の分身。そして『王子さま』は『大切なもの』をちゃんと見ていた幼少の頃の彼という考え方が、主流だそうですが、この意見には大きく頷けるとともに、自分の『王子さま』と出逢いたくなります。この本を薦めてくれた同僚の言うとおり、『大人こそ読むべき本』でした。

・「不思議!読むたびに新しい発見
 すでにこの物語をいろんな訳で読んでいる方も多いと思いますが、この本の河野万里子さんの訳は、分かりやすく、すんなりと受け入れられます。 私の場合は、読むたびに、印象に残るところが違います。象を食べた大蛇ボアの絵であったり、王子さまが最期に消えてしまうところであったりと。 また、読む時の心境の違いでも、印象に残るところが変わります。何回読んでも、いつも新鮮に感じられます。本当に不思議な本です。 今回の発見は、王子さまとキツネとのやり取りの中に出てくる「なつく」と言う言葉です。最近あまり使わない、懐かしい言葉で始め戸惑いました。でも、「絆を結ぶ」という難しいことが、「なつく」と言う行為から始まって、時間を掛けてできるのだとわかると、「なつく」と言う行為が、言葉が、とても素晴らしいことに気付きました。「なつく」と言う行為の中に、目に見えない、大切なことがいっぱいあるのに、それに気付かない人間は悲しい存在だと知らされました。 この本はいつも手元に置いておきたい本です。何回読んでも新鮮で、新しい発見をするのが楽しみです。 文庫本なのに絵もきれいで、私のお気に入りです。

・「せつないけど、どこか魅かれる...
30年以上前の中学3年生の時、はじめてこの本を手にした。当時はハードカバーの本でケースまで付いていた。ある日、音楽室の机の中に本を忘れた。次の日に職員室に取りに行った。 国語の先生が持ってきてくれた。「 私も好きなのよね、この本 」。

王子さまが、倒れていくシーンだけが 記憶の中に残っている。なぜここだけ覚えているのかわからなかった。...でも、もう一度読んで『わかった』。 やはり、こころに残るのはこのシーン。

10,20,30,40代と読み手によってこころを動かされるところは微妙にかわると思う。また、あと10年くらいしたら読んでみようと思う。

せつないけど、どこか魅かれる...数少ない本です。

・「自信を持って御勧め出来る一冊です。
星の王子様それ自体がすばらしいのは皆の良く知る所でしょう。それに加え、本書は翻訳家の仕事が実に真摯ですばらしい。登場人物の台詞回し一つにも御本人がおっしゃる通り、如何にして読み手の心深くに「言葉」を伝えるか、を真剣に考えている姿勢が伺える。文庫本ということもあり、是非とも色々な所へいっしょに連れて行きたいそんな一冊である。

また恥ずかしながら、私は本書のあとがきにて初めて作者サン=テグジュペリの人生について知ったのだが、これが何とも魅力的かつミステリアスなのだ。これを機に彼の伝記を探してみたい。

・「お買い得!
とにかく装丁の美しさに惹かれて買い求めました。文庫でこの値段なのにこの装丁!お買い得だと思います。

子供の頃読まなかった本なので、大人になって初めて読みました。体裁は児童文学でも、内容は大人の寓話。

「いちばんたいせつなことは、目に見えない」

他にも、心当たりのある真っ直ぐな言葉がどんな人にもひとつは見つかるはず。テグジュペリの本では他に『人間の土地』など、胸を打つ文章が多いのが特徴的です。

あとは、この物語を好きか嫌いかでしょう。また手にとって開きたくなるだろうと思うので、私はこの美しい本を手元におくことにします。

星の王子さま (新潮文庫) (詳細)

星の王子さま (集英社文庫) (集英社文庫)

・「正確かつ簡潔な名訳
個人的に、『星の王子さま』の原典と日本語訳を手に入る範囲で比較したことがある。結論としては、池澤訳が最も正確であった。その正確性と氏の簡潔な文体が融合しており新訳の中では屈指の出来だと思われる。特にここで名指しはしないが、新訳の中には誤訳、創作、破綻した日本語が多く含まれているものも何作品かあるため『星の王子さま』をよりよく理解したい方には、ぜひこの池澤訳をお勧めしたい。

・「野性的かつスピリチュアルな訳文。
6歳のお誕生日を前に最愛の一人息子が入院した時のことです。 傍らのわたしは、汗を拭いてやったり、尿瓶を用意してやったりしながら、 出たばかりの、この『星の王子さま』を読んでいました。

・「報告、やっと読めたよ。
「これが一番好きな本」と最初に貸してくれたのは大学時代の同級生であった。  なぜ、この本が好きなのか。通読できなかった。  「いまさら童話でもない」  ぼくの身体はヨロイをかぶっていたのだ。

 しかし、気になっていた。  出会った。 池澤夏樹の新訳『星の王子さま』、文庫版で可愛かった。  病院のベッドで読んだ。  手術前に通読できた。 身にしみとおるおはなしだった。ぼくは納得したのだ。  そして、夜空をみて、星の王子さまの星をさがしている。  「こんなことはあってもいいのだ」  ぼくの身体のヨロイはきれいさっぱり消えていた。  ぼくの加齢のためか。  手術前の極限状況のためか。  あるいは、池澤夏樹氏の新訳がすばらしかったためか。  ぼくは、とても、本来の自分によみがえったようなきがする。  それにしても、サンテグジュベリはすばらしい。  60歳をこえてようやく読み終えることができた。  この作品を知ってから40年以上経過していた。  ------------------------------  現在『Le Petit Prince』は、新訳ラッシュらしいが、ぼくにとっては、出会いは「内藤訳」、通読できたのは「池澤訳」であった。  「ちいさな王子さま」の本はやはり可愛い文庫本でないといけない。  大きな本であれば、通読できたかどうか疑問。  ぼくには、この本が日本語訳の基準になる。

・「適任の訳者・池澤氏
この作品をどういう位置にとらえるのか(子供向けおとぎ話か,大人への警告か,あるいは慈愛に満ちたものか,悪魔的な味わいを感じるか)によって,読み方やどの訳者を選ぶかが決まってくると思います.ただ,サンテグジュペリ自身を,「ファンタジー作家」ととらえるのは大きな間違いで,常に孤独と死を直近に感じながら,強烈な使命感でその職業(飛行士)を遂行していたという事実は忘れてはいけません.池澤氏の立ち位置は,それをふまえたうえで,比較的ニュートラルだと感じます.彼のリリカルな文章センスと卓越したインテリジェンスが,この作品の多様な味わい方を可能にするとともに,「はずれのない」出来栄えにしていると感じています.「王子さま」にイエス・キリストを重ねるという洞察には脱帽しました.また,「孤独」がひそかに背景に流れるこの作品を,同様に「孤独」をテーマとして追求した作家(福永武彦)の息子が取り組んでいる,というところに,何か運命のようなものを感じます(考えすぎかな?).

・「シンプルな訳がよい
子供の頃からタイトルは知っているのだけれど、どんなストーリーなのかはわからない作品がある。この「星の王子さま」もその1つだったのだけれど、俺が今回それを手にとって読んだのはまことに不純な動機からだ。

その動機とはずばり、俺の好きな女の子の筆箱がこの「星の王子さま」だったのだ。もちろん、彼女が「星の王子さま」の作品自体が好きなのかどうか、ましてや読んだことがあるのかさえわからない。しかし、読んだかもしれないという可能性としてあるのだから、彼女にお近づきになるためにぜひとも読破しておかないとならない。普段は人文書しか買わない俺が、大学生協のレジのオバちゃんに変な顔されても、ぜひとも、なんとしてでも読破しておかなければならないのである。

こういう読書もありだと、俺は思う。意中の人が、この作品のどの場面で感動したのか、どんなことを考えて読んだのか、ということを推し量って、仮想して追体験する読書というのも、実際にやってみるとそれはそれですごく楽しい。本来その本が持っている以上の何かが伝わってくる気がする。

本書についてだが、新訳ということだけれど、すごくやわらかい日本語になっていると思う。子供/大人という手垢のついたモチーフだけれども、クスッと笑っちゃうユーモアがあって率直に言って楽しい。

あぁ、確かにあの娘の本棚にはこの本がありそうだなぁ・・・。

星の王子さま (集英社文庫) (集英社文庫) (詳細)

Le Petit Prince

・「邦題があまりにメルヘンチックで
最初はすこし敬遠している、という人が意外に多いらしいこの作品、確かに「王子」に「さま」がついてるのがいけないんじゃないかな。

フランス語でこれを読む人は当然仏語学習者なんですが、無理を承知で言えば邦訳よりむしろこれを先に読むべき、と思うほどこの物語はフランス語に命があります。全編を流れる王子の孤独とわずかな希望が、この言語特有のリズムに重なるのです。読むのがちょっと、というなら、あらすじを日本語で確認したらすぐに、別売りカセットの語りを聴くのもおすすめです。

・「フランス語学習者ならぜひ一読を!
フランス語の基礎的文法事項と、1000語程度の単語をマスターした、という方が、さてフランス語の物語で何か読んでみたいなと思ったときに最適なのがこれだと思います。そしてこれを読み終えた後でも読む前でもどちらでもよいので、日本語版「星の王子様」と是非比較検討して、フランス語のニュアンスを感じてみてください。

・「Le Petit Prince
フランス語を学習したら、まず読んでみたくなるのがこの本でしょう。語彙も限られているので、まず日本語で読んでから挑戦すれば、すいすい読み進められると思います。

この本を読むと本当に切なくなります。これは大人のための話です。知らないうちに大人になってしまった私たちに、子供の心を思い出させてくれます。

そして最後にはきっと、原作を読みきったという充実感があなたを待っているはずです。

・「大切なものは目にみえない
「金で何でも買える、解決がつく」そんな時代だからこそ、病んだ現代人に「星の王子さま」は、人間の原点へ引き戻してくれます。

挫折を味わっている人にこの本を渡しました。その人は、みんながうらやむところから、ある事故で自分の夢をいっぺんに失ってしまい、途方に暮れていました。毎日泣いていました。この本を渡してから、笑顔が戻りました。

大切なものは目に見えない。目に見えないからこそ、自分で感じなければならない。まさにそれは「人の心」なのです。この本は読み方でいろいろな目に見えないものを感じとることができると思います。

・「フランス語の勉強のつもりが
~仕事の関係でフランス語の論文を「一応読める」ようになる必要があり、それならばあの有名な「童話」である「王子さま」をテキストにしてしまおうとフランス語の辞書と一緒に購入。文法の初歩すら知らない初学者にはなかなか無謀な試みではあったが、文法書やNHKのラジオ講座などを頼りに半年余りでどうにか読破。作者及び王子さまには苦笑されそうな初体験で~~あったが、日本語で読むと分からないニュアンスや表現の妙に感服すること夥し。振り返ってこんなにも深い物語であったのかと気づく。フランス語が無理なら英語でもいいです。別の言語で、「王子さま」を見直してみませんか。日本語は名訳とはいえ、それでもうまく訳せていないことが結構あるものです。~

Le Petit Prince (詳細)

星の王子さま (岩波少年文庫 (001))

・「日本語でしか味わえない絶妙な空間
この本の素晴らしさについては既にたくさんの方がレビューされているので、翻訳に焦点を当てて書きたいと思います。

著作権が切れた後で一斉に新訳が出ましたが、その底本的な位置にあるのがこの内藤氏による訳です。本訳は時々「読みにくい」とか「日本語として変だ」という指摘を受けます。確かにてにをはが省略された部分がありますし、堀口大學の「人間の土地」での訳は「伝えたいことがたくさんあるんだ」と言わんばかりの前のめりのテンポなので、サン・テグジュペリ本人の文章を忠実に訳したものなら、新潮社版の河野万里子氏の訳が一番近いものだと思われます。

しかし、本著に根付く独特の清涼感と空間性は、他の訳本とは比べものにならないほど高いです。それはリズムが日本語としてこなれているからです。内藤氏は原文を直訳するのではなく、日本語のリズムとして心地よいように、原文よりもオフビート気味にリズムを抑えた翻訳をしています。一文の整合性よりも、作品の本質を日本人的な情緒で無理なくとらえられるように文章を調整して訳しているわけです。そして面白いことに、音読したり声としてイメージ化したとたん、原文のリズム感が文章に宿ります。まるで「ほんとうに大切なものは目に見えない」という本書のメッセージを実践するかのように。そんな訳を原文の文化的なイメージを殺さずに綴れている本にはなかなかお目にかかれないと思います。

直訳という点では確かに違うかもしれませんが、日本人の心にすっと響く、調和のとれた創造的な訳という点では、今でも全然色あせない名訳です。むしろこの訳が本書の日本での人気を決定づけたのではないのでしょうか。私がこの本を初めて読んだのは10歳のときでしたが、昨今出たさまざまな新訳を読んでも、やはりこの訳が一番新鮮な読後感が残りました。

・「子供向きかと思いきや、これは大人の本
すでに古典となりつつある本ですが、多くの日本人がこの本を子供時代に読んだきりにしているのではないでしょうか。少年文庫として出版されていますが、この本は決して子供向きに書かれた本ではありません。大人が人生について、世の中というものについて、そして人という生き物、その心について考える本です。少し見方をかえて読んでみると、現代社会を生きる私たちが忘れている心について考えさせてくれます。

おまけになりますが、外国語学習にももってこいの本です。なにしろ、考え付く限りの言語に翻訳されていますから。日本語で読み直した後には、英語、フランス語、、、、でいかがですか?

・「人間の心理を追求した名著
この本には苦い思いでがあります。高校の宿題で、読書感想文のこの本を選びました。内容が良く書けていたのか、担任に誉められ、クラスで発表されたとき、本の題名「星の王子さま」と言ったとたん、クラス中が大爆笑!居たたまれなくなりました。彼らには、高校生が童話を選んだと思ったようです。

数年後、風邪の診療に近所の内科の訪れた時、院長の書棚に同書が置いてありました、伺ってみると、院長は医大学時代、精神医学を専攻されたとのことでした。

人間の心理を追求した名著。社会生活に疲れたとき、人と折り合わなくなったとき、学校でのトラブル、なにか壁にぶち当たっとき、本書を紐解きましょう。抽象的な表現でありながら、どのページを開いても答えが見つかる、現代版、聖書ともいえる名著。

・「大人が多忙さで置き忘れているものを思い出させてくる本
世の中、複雑な数字や、小難しい政治や、時間刻みの仕事があふれ返っていて、それらをこなせると人生で一人前になったとつい履き違えてしまうけど、ほんとうに大切なものって、そういった生き抜く技術から見たら、ちっとも役にたたないものの中に在るんじゃないのかな。誰かを愛さないまま生きて、ほんとうに生きていると言えるの?

王子の純真な瞳が、あなたの心をそう言ってのぞきこむよ。

・「本当のこと
星の王子様がわたしに「羊の絵を描いておくれ」とお願いする冒頭のお話が好きです。わたしがいろいろなタイプの羊を描いて、どれもこれも王子様は「違う」と否定します。そして、わたしが最終的にやけっぱちで箱の絵を描いて「君の欲しい羊はこの箱の中にいるよ」というと王子様は嬉しそうに納得したというお話です。このエピソードはとても印象に残りました。本当のこと、大切なこと、常識だとか、幸せだとかそういうものに形なんてないのだということを教わりました。この本を読むと自分の心の奥底に眠る感受性の小さな扉が一つずつ開けられていくような、そんなささやかな爽快感があります。ちなみに、この原作をもとにウィル・ビントンと言う人が粘土アニメーション映画を撮っていますがこちらもお薦めです。とてもよく出来た作品に仕上がっています。

星の王子さま (岩波少年文庫 (001)) (詳細)

夜間飛行 (新潮文庫)

・「最高の小説
こんなにも美しい、心が震えるような小説がある。それを読める自分は幸福だと思った。新潮文庫の装丁もとてもいい。星10個に値する。

「夜間飛行」仕事を遂行すること。責任を持つこと。そういうテーマでこんなにも美しい作品が生まれたということが驚きだ。書いたサン=テグジュペリを超えて、フランス人に敬意を表したくなる。全編、詩の美しさに満ちていて、夜の香気が漂う。遭難している操縦士が最後に見たこの世のものとも思われない光景の描写が恐怖や悲しみを忘れるほど美しい。完璧な小説。

「南方郵便機」サン=テグジュペリが最初に書いた小説。彼のうちでどうしても書かずにいられなかった思いが自然に小説の形を取ったような作品だ。これはもうひとつの「星の王子さま」だ。語り手の「僕」と操縦士の「ベルニス」は著者の分身。それは「星の王子さま」と遭難中の操縦士の「わたし」でもある。途中で出てくる砂漠のなかの「軍曹」は「星の王子さま」のキツネのようで懐かしくて泣けた。そのほかにも読んでいて「星の王子さま」を思い出す個所がなんと多いこと。そして、この小説はわたしにとってもうひとつの「マルテの手記」でもある。感受性の豊かな青年が悩みながら生きる姿がマルテと重なる。切なくて、いとおしい。

2編とも小説でありながら美しい詩でもある。自分が原文のフランス語が読めないことが悔しかった。堀口大學の日本語訳はかなり古風で、現代語に慣れた人には違和感があるかもしれないが、原作の詩情をしっかりと伝えている優れた訳だと思う。この作品の翻訳は誰がやるにしろ、翻訳家であり同時に詩人である必要がある。

・「スルメよりも、よく噛んで
熟読ã‚'要するï¼'冊だ。はじめは、なかなか理解できなかった。「訳が、古いのだ。」と、読み進めるのがé...い自分ã‚'棚に上ã'て、よく思ったものだ。なにã-ろ、未知の「ã"とば」(無è«-æ-¥æœ¬èªžã§ã™ï¼‰ã¨ã®é­é‡ãŒã€è‡ªåˆ†ã§ã‚‚イヤになるくらい、多い。たびたびだった。電子辞書ã‚'買おうかと思った。

...堀口大学は、本来詩人である。言è'‰ã‚'、美ã-く響かせるã"とができる。彼の翻訳は、読è€...の熟読ã‚'要するが、それは原æ-‡ãã®ã‚‚のがもつ、å'‡é«˜ã•や美ã-さã‚'、ひたむきに追求ã-ていった結果なのではないだろうか。「わかりやすさ」のためには、何かã‚'犠牲にå¿...要があったろう。

ã"の本ã‚'何度となく読みè¿"すうち、サン=テグジュぺリとともに、私は堀口大学までã‚'、愛ã-はじめた。彼の訳が、今では非常に心地よいã!€‚!!そã-て、ã"の本は何度読みè¿"ã-たとã"ろで、決ã-て飽きるã"とがない。「芸è¡"そのものである」と言い切ってã-まったとã"ろで、私は、恥ずかã-くない。「ãƒ'コーキの話って、ちょっとねぇ..」

と思っているæ-¹ã€ã"れはãƒ'コーキの話ではないã‚"ですよ。ãƒ'ューマン・ドラマなã‚"です。

・「孤高の精神に心が震えました
見上げれば天。さざめき、輝いている星々。見下ろせばともしび。都市に、田舎に点る闇の中の光。地上と星空とを結ぶ人間の絆、そして孤独な思い。

郵便飛行機事業に命を賭ける男たち、夜の冒険者たちの一夜を描いたサン=テグジュペリの『夜間飛行』。作者の孤高の精神、気高く美しい魂が、表題作に息づいているように感じました。

新潮文庫表紙のイラストを、映画監督の宮崎駿さんが描いていますね。「夜間飛行」のワンシーン、嵐をついて飛行機が上空へと上昇して行くシーンで、映画「天空の城ラピュタ」のことをふと思い出しました。

夜と星。嵐の中、飛行機の操縦士が体験した驚き。静けさの中に見た光景。とても美しいワンシーン。読みながら、ワクワク、ドキドキしました。

・「最後の一文
「星の王子様」の延長で読んでも響かないかもしれません。本書は、作者の実体験に基づいたドキュメンタリーでありながら、かくも幻想的な世界へと読者を誘う出色の物語です。しかし、「童話」という言葉が常に伴っているやさしさをここに見つけることは困難です。 登場人物の心情描写に貫かれている厳しさ、孤独感のようなものを常に感じながら読み進めてたどり着く最後の一文が、この作品の凝縮された主題だと思います。

・「作者の高貴さに感服しました
以前から愛読していた本でしたがもう一回読み直してみて、この人の気高さに心を打たれました。死をかけて、恐れを知らないように夜間の飛行の任務を遂行する飛行士達。それを支える支配人のリヴエール。まるで人間の感情がないかのように支配し、命令する人。だけど、この人の失敗を物ともせず次の成功への因にしようとする不屈の信念。内面は温かい感情があるのにそれを決して見せずに、評判や世間体の罵詈雑言にも不動だにしない信念を持ち続ける、自分の信念を曲げない高貴な精神で自分の信念を貫く強さ。私は同じ人間であるならこの人のように高貴で、強く生きて生きたいと強く実感させられた本です。この人があんなかわいいピュアで子供の心を持った「星の王子様」を書いた作者であることに驚きを隠せない。こんな高貴な心と子供みたいな純粋な透明な心を持った人間になりたい。この人は行動の英雄でもあり精神の英雄でもある。底が見えないほど汚い人間もいる中でこの人は希望を与えてくれる。同じ人間でも愚者にでもなれば聖者にでもなれると。この人の偉大さは思想なんかではない。精神と心の偉大さである。是非読んでもらいたい名作です。

夜間飛行 (新潮文庫) (詳細)

オイディプス王 (岩波文庫)

・「コロス変遷
ギリシア悲劇において、実は俳優よりも重要なコロス(合å"±éšŠï¼‰ä¿³å„ªã¨è¦³å®¢ã®é-"に位置するオルケストラで歌い踊り、観客の観点ã‚'代弁ã-、時にはその心理ã‚'誘導する。

が、ã"のコロスも時がたつにつれて、その地位ã‚'俳優に追われるようになる。

ギリシア三大悲劇詩人とされるアイスキュロス、ソポクレース、エウリãƒ"デースがæ'»èºã-た数十å¹'のé-"にもその変遷が読みå-れる。

ã"の『オイディãƒ-ス王』は三人の中é-"に位置するソポクレースによって書かれた緻密な構成の大作であると同時に、俳優とコロスのバランスが絶妙なまさにギリシア悲劇黄é‡'期に書かれた作å"ã§ã‚る。

物語の展é-‹ã ã'でなく各章でのコロスの役割にも注目ã-たい。

※ただã-、ã"の岩波æ-‡åº«ç‰ˆã¯ã‚³ãƒ­ã‚¹ã®è¨³ãŒæ"¬å¤æ-‡ã§å°'ã-読みにくい。まã!Ÿæ-‡å­¦é'å¹'にはアイスキュロスのæ-¹ãŒå-ã'がいいのも事実である。

・「イオカステの悲劇とは何か?
良かれと思ってやったことが裏目に出る。理性を使えば使うほど深みに嵌っていく。二千年以上もの時を超える力を備えた古典には圧倒的な力を感じる。

オイディプスにとっての悲劇はわかりやすい。しかし、イオカステにとって悲劇とは何であったのか。我が子と知らずにオイディプスに告げたイオカステの台詞。「一方子供はといえば、生まれてまだ三日もたたぬとき、ライオスが留め金で両のくるぶしを差し貫いたうえで、人手に托して人跡なき山奥に捨てさせてあったのでございます。・・・あなたは何も、それを気に掛けることはございませぬ。・・・」 自らが産んだ子をこのような形で捨て去る時に、イオカステに葛藤がなかったはずがない。そしてその後の子どもの行く末を案じていたに違いない。

さらに追い討ちをかけるように、実母との結婚を恐れるオイディプスに向かってイオカステは次のように述べる。「恐れてみたとて人間の身に、何をどうすることができましょう。人間には、運命の支配がすべて。・・・あなたも母君との婚姻のことで、恐れてはなりませぬ。世にはこれまで、夢の中で母親と枕を交わした人々も、たくさんいることでございます。けれども、そうしたことを何ひとつ、気にもとめない人こそが、この世の生をいちばん安らかに、送る人だと申さねばなりませぬ」

それでは、なぜイオカステは、編まれた縄に首にかけ、宙に揺られながら死を選ばねばならなかったのか。感情は理性を凌駕するということなのか。初めて読んだギリシャ悲劇。

・「美しい文章です。
すばらしい翻訳でした。最近ギリシャものを読み始めたばかりでしたが、初っ端からこんな当たりに遭遇するというのは何という僥倖でしょうか。

「精確な訳」としては、不満に思われる向きもあるかもしれませんが、最近ではこのような擬古文を駆使した美しい文章は見られません。神々への頌歌を日本語の感性へ変換しきっており、訳者の日本語文の教養深さが窺えます。他の翻訳も読んでみたいと思わせます。

本書はすばらしく格調高い文学作品であり、文章それのみでも味わう価値があります。是非そういった面からも読まれて欲しい本です。昨今の無味乾燥な翻訳物を見るに、日本語表現を磨いて欲しいと切に思います。ただ、巻頭に系図は無用です。巻末にしていただきたかった。

・「この時代に何を感じ、何を思ったのか。
今の時代に、この物語を発表しても「悲劇」の頂点として、「運命」ということの意味深さの頂点として、一世を風靡できたであろう。それくらい、ここまで家族と愛とそして人生における立ち位置と……意識せざるをえないドラマをソプクレスがあの時代に生み出していたいうことにも驚きを隠せない。日本語訳に関しては、最初読んだときにはわかりにくい印象を受けた。でも、2度目には納得、確実に引き込まれてしまった。これは物語の持つパワーなのか、訳の巧みさかはわからないが、できれば、一度読んだときに引き込んでくれればと感じた。

・「まるで世界最古の探偵小説
『アンティゴネー』同様、本作でも「自然法と人為法」というモティ−フが顔を出すが(49頁)、本作の妙は何と云っても作劇術にあり、結了まで読む者を引っ張る作品そのものの力(全編に漲る緊張感)が素晴らしい。特に、コリントスにあって義理の父母の下で暮らす主人公が父の殺害と母との姦淫を神託され、それを避けるために止む無く向かったテバイでそれが皮肉にも現実化してしまうという基本プロット(80頁)は、現代のエンタメ小説も顔負けではないか。また、オイディプス(腫足)と娘たちとの別れのシーンも哀切極まりない(129頁)。正に永遠の古典。

オイディプス王 (岩波文庫) (詳細)

Sophocles : Plays: Oedipus Tyrannus (Classic Commentaries on Latin & Greek Texts)

・「ソポクレスを読まれる方はぜひ
昔の学生にとって、Jebbの注釈書は必携だったそうです。大変権威があり、『オイディプス王』だけを見てもすべての邦訳が何らかの形でJebbに負っています。literalな訳文が示されていないことが多く、そのため初学者にとってやや難しいと感じるかも知れませんが、卓抜な視点と独創的な解釈には今でも説得力があります。文例も豊富で、他の悲劇詩人はもとよりプラトンやリュシアス、ヘロドトスやトゥキュディデスなどの散文とも連絡があり、大変勉強になります。ただし、emendationを施すにしても写本の読みを残すにしても、Jebbの個性がかなり表に出ています。本書の見解を採るかどうかは註釈を読んで適宜判断を下されるとよいと思いますが、Jebbの議論にいったん引き込まれてしまうと異を唱えるはなかなか難しいかも知れません。ただ、初学者の方でも、他の注釈書、特にLloyd-Jonesの保守的なテキスト(Oxford Classical Texts)との対応比較は必要だと思います。

Jebbの注釈書には英訳が付されています。これがなかなかの名文で、素人目にはシェイクスピアの戯曲のようです(新潮文庫の福田恆存訳はこの英文が基になっています)。大した時間もかからないでしょうし、どのみちこれに縋らないと原文は理解できないでしょうから、英文の方の精読もお奨めします。投資した労力に比してかなりのボーナスになると思います。一日4-5時間20行くらいのペースだとして、2.5-3ヶ月で読了できます。大変であることは間違いありませんが、死ぬほどの苦労ではありません。

Sophocles : Plays: Oedipus Tyrannus (Classic Commentaries on Latin & Greek Texts) (詳細)

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫)

・「名誉の大切さと運命の過酷さ
ペロポネソス戦争で没落しつつあるギリシア・アテナイに生きたソポクレス。彼は多作であり、生涯に123の劇を制作し、うち90余りについては断片またはタイトルが伝わっているが、そのうち完全な形で現存するのは七編にすぎない。本書はオイディプス王の悲劇に題材を取った「オイディプス王」、「アンティゴネ」、「コロノスのオイディプス」をはじめ、トロイア戦争に関連した「アイアス」、「ピロクテテス」など現存する七編すべてを収録。

全七編を通して一貫しているテーマは、名誉の大切さと運命の過酷さで、当時のギリシア人の世界観や哲学が色濃く反映されているように思います。とはいえ、名誉を守ろうと戦う人の姿、運命に翻弄される人の姿は、時代を超えて心を打つものであり、そうした問題に真っ向から取り組んでいるソポクレスの作品は、まさに古典と言えます。

名誉とそれにまつわる仇討ちについては、ソポクレスの多くの劇を通してのテーマとなっていますが、特に勇者の死体を埋葬する・しないの形で問題提起されるケースが多いようです。つまり勝った側に、敗者への配慮を求めているわけです。そして「アイアス」が良い例ですが、驕る人間に対しては、ギリシアの神々が天罰を下します。驕ることの愚かさを描き、警鐘を鳴らしていると言えそうです。そうした倫理観は現代に通ずる重要な哲学で、今なお意義を失っていないのではないでしょうか。

また「オイディプス王」で顕著ですが、特に運命の過酷さを描くにおいて、ソポクレスは、本人に原因があるわけではないのに、過去の呪いから事件に巻!き込まれ、悲劇的な結末を迎えてしまう人々の、どうにもならない苦悩を謳いあげており、その圧倒的な悲劇性は類を見ません。未だに読み継がれているゆえんでしょう。

・「たまには叙事詩も
ソポクレスの叙事詩って、なんかなめらか。エウリピデスや、「アイネーイス」は読んで、想像して、理解するのに、あるテンポ時間ががかったけど、ソプクレスは自然に詩の中に入れる感じ。 ①アイアス最も優れた勇者に与えられる、アキレウスの武具をめぐる対決でオデッセウスに負けてしまうアイアス。最期、とても切ない果て方です。オデッセウスが出てくると、どこか安心する。頭がよく、良識のある人ってイメージで。アガメムノンは、きゅん的にはもっと知的なイメージだったので、びっくり。目上の将に対しても、少しも揺るがず堂々としたテウクロスがすばらしい。自分に対しても、こんなに真剣になってくれる人っているかな。て思ってしまう。 ②トラキスの女たち瀕死のヘラクレス、死にかけてるのにセリフ長いっっ。そのせいか苦しみがリアルに伝わってこない気が(笑)思いがけず、ヘラクレスを殺すことになってしまう妻デイアネイラには、ほんと同情(泣)なんでこうもみんな浮気性なんだろう。③アンティゴ>ギリシャ古典って、死んだ人をどう扱うかを、言い争う話が結構多い。昔の日本や中国だと、反逆者は、有無を言わせずさらし首。ギリシャだと、たとえ反逆者でも、死んだら手厚く葬ろう、ていう意見の人が必ず出てきたりする。魂に対する考え方の違いなのかな。 ④ エレクトラアガメムノンの子供達>夫アガメムノンを殺した母親と、その浮気相手に復讐をする物語。ただ母親は、夫によって自分の子>ギリシアのために人身お供え(生贄)にされているので、アガメムノンを憎む気持ちもすっごく理解できる!きゅんだって、どんな理由があろうと、自分の生んだ子を人身お供えにされたら、絶対許せないと思う。でもこういう「悪は滅びる」的な悲劇は、安心して読めるー。エレクトラの妹が、弟オレステスの髪を見つけたことを報告するシーン、これから何が起こって行くのかと考えると、わくわくしたっ。⑤オイディプス王気味悪い話だけど、面白かったオス王殺しの犯人を突き止めていくのですが実は自分が犯人だということが分かってきて、更に自分の出生の秘密も明らかになり、なんと彼は、自分の母親と、結婚してたのです。恐ろしい運命のいたずら。クレオンさん、いつも変な役ばかりだけど、今回は、まともっ。⑥ピロクテテスタイトル見ただけで、わくわくっ。足を毒蛇にかまれた、弓矢の名人ピロクテテスは、傷口からのあまりの異臭に、オデッセウスに島に置き去りにされる。でも、ピクロテテスの持つヘラクレスの矢と、彼の弓の腕がトロイア戦争に勝つために必要となり、オデッセウスとネオストモレスが、彼を迎えにいくのです。オデッセウスが、感じ悪くてびっくりした!ネオストモレスが好青年してます♪格好いいです♪このソポクレス戯曲集の中で、この話が一番好き! ⑦コロノスのオイディプス稲妻が轟き空が荒れ、オイディプスの最期が来るシーンは、映画の1シーンのよう。オイディプスが死によって、テセウスに残したものは、何だったんだろう。

ギリシア悲劇〈2〉ソポクレス (ちくま文庫) (詳細)

「オイディプース王」を読む (講談社学術文庫)

・「ギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプース王』を丹念に読み解く
古代ギリシャの悲劇作家ソフォクレスの『オイディプース王』は古典ギリシャ文学の最高峰であると同時に、完璧な作品である。哲学者ヘーゲルもこの作品をこよなく愛し、心理学者フロイトも自説に「エディップス・コンプレックス」なる用語を導入するなど、後世への影響も甚大である。本書は円熟したギリシャ語の素養を駆使してこのテキストを丹念に読み解く。著者は特に母であり、妻でもあるイオカステと当時のギリシャ悲劇の上演において重要な役割を果たした合唱隊に注目している。スフィンクスの謎かけ、父親殺し、近親相姦、オイディブース王の悲劇的末路はすべて神の宣託の成就による。『オイディプース王』に現れる神の観念は、われわれに親しい人間臭いオリンポスの神々とは違って、シナイ山でモーセに十戒を授ける「怒れる神」に近い。オリエントの神観念にかなり影響を受けているのだろう。『オイディプース王』原典の一つの読み方として参考になる。

・「ギリシャ悲劇の最高傑作『オイディプース王』の<謎>を丹念に読み解く
古代ギリシャの悲劇作家ソフォクレスの『オイディプース王』は古典ギリシャ文学の最高峰であると同時に、完璧な作品である。哲学者ヘーゲルもこの作品をこよなく愛し、心理学者フロイトも自説に「エディップス・コンプレックス」なる用語を導入するなど、後世への影響も甚大である。本書は円熟したギリシャ語の素養を駆使してこのテキストを丹念に読み解く。著者は特に母であり、妻でもあるイオカステと当時のギリシャ悲劇の上演において重要な役割を果たした合唱隊に注目している。スフィンクスの謎かけ、父親殺し、母子相姦、オイディブース王の悲劇的末路はすべて神の宣託の成就による。『オイディプース王』に現れる神の観念は、われわれに親しい人間臭いオリンポスの神々とは違って、シナイ山でモーセに十戒を授ける「怒れる神」に近い。オリエントの神観念にかなり影響を受けているのだろう。『オイディプース王』原典の一つの読み方として参考になる。

「オイディプース王」を読む (講談社学術文庫) (詳細)

オイディプス王

・「間近に見られる魅力
実際の舞台も拝見しましたが映画的なアップによって、舞台では見逃していた表情や細かい動き(特に野村萬斎さんの手の動き)視線、そして汗や息づかいまでがしっかりと捉えら