ラッシュライフ (新潮文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「誰かは誰かと端っこでつながっている」「楽しめる」「あまりにも見事」「無限ループからの脱出」「傑作」
ブエノスアイレス午前零時 (河出文庫―文芸コレクション) (詳細)
藤沢 周(著)
「気品ある老嬢」「幻想的な世界」「温泉といえば半熟の温泉卵」「ソフトボイルド。」「うーんイマイチ。。」
雨月 (光文社文庫) (詳細)
藤沢 周(著)
「鶯谷シャイニング」「最後が、、、」
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「この作品で彼はノーベル賞を受賞するだろう。」「非村上ファンでも「面白かった」と言える本」「完璧に語られた不完全性」「「最高傑作」と呼ばれている本」「圧巻です!凄さを感じる作品」
豚キムチにジンクスはあるのか―絲的炊事記 (詳細)
絲山 秋子(著)
「これは小説だ!という「美味しさ」あり」「著者発案のB級グルメな活字レシピ」「抱腹絶倒の食い物実験エッセイ」「至福?のひとり飯」「ここまで笑いに徹するサービス精神は見事」
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「一番好きな春樹の作品」「色んなキーワードが隠れてる小説」「生き方と結末」「2つの物語の反復」「操り人形」
yom yom (ヨムヨム) 2008年 03月号 [雑誌] (詳細)
新潮社
「ファンタジー特集号」「ファンタジーファンには見逃せない1冊!!」「待っていました!」「迷わず買いでしょう!」「豪華な作品群」
「やっとでたか という感じ」「恐ろしい会社」「読んでみてどう考えるか」「闇の一部」「面白い会社ですね」
千年の祈り (Shinchosha CREST BOOKS) (詳細)
イーユン リー(著), Yiyun Li(原著), 篠森 ゆりこ(翻訳)
「処女作とは思えない完成度の短編集」「ぐっときました。」「新たなる才能に乾杯!」「千年の祈り」「現代”中国”文学に心をつかまれる」
ギリギリデイズ (文春文庫) (詳細)
松尾 スズキ(著)
「松尾氏バンザイ」「下北沢がホームグラウンドだなんて・・・・奇遇じゃないっすか」「日常。」「ギリギリが面白い!!」「これが演劇界を引っ張っている売れっ子作家の日記だ!!」
最後の家族 (幻冬舎文庫) (詳細)
村上 龍(著)
「美しくも悲しいハッピーエンド」「村上龍ぽくない村上龍の小説」「家族の背中・・・問い掛ける、という哲学的意義のあるもの」「切なくなりました」「「普通」への依存とバカの壁を優しく描いた寓話」
恥辱 (詳細)
J.M. クッツェー(著), J.M. Coetzee(原著), 鴻巣 友季子(翻訳)
「あえて反発をかってみせる実力」「日本人の肌は金持ち色」「感性を刺激する沸き立つような文体」「Captivating」「この作品自体が、一編の詩である」
五分後の世界 (幻冬舎文庫) (詳細)
村上 龍(著)
「ある意味完璧な世界」「村上龍のディープ・インパクト」「「凄い!」小説です」「戦う国家」「時計を五分進めてみるという行為」
「九つのメニューにのせて……」「絶妙な味わい」「中心事象の不在」「食の思い出は深い・・・」「食するということ」
「東野さんはやはり天才です・・☆」「最高傑作」「現時点での最高傑作かも」「一気に読みきりました。」「献身する“2人”」
「ダメ人間から目が離せない」「不思議な魅力がある本です」「せつない。わらった。」「思わぬ拾い物と言うべき、いとおしい一冊。」「すっかりファンになりました。」
「非日常の日常」「うっとうしい盛り上がりのない辛いお話」
「自転車ロードレースの物語」「エースの本質」「評判どおり(私は自転車乗り派です)」「自転車ロードレースという新ジャンル」「切なく、悲しい…」
共生虫 (講談社文庫) (詳細)
村上 龍(著)
「超小説」「2回読みました。」「恐ろしいほどにリアル」「ああっ哀しい!」「悲壮なのにどこかポジティブな結末」
「今後が楽しみ」「似ているようで似ていない、他のどこにもない未映子ワールド」「テーマは自分の「からだ」」「テンポの速さ」「ちちとらん」
風の歌を聴け (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「懐かしい」「軽さの奥に見える若き作家の卵の意地」「軽くて綺麗な純文学」「村上ワールドへのプロローグ」「書かれていないことがより多くを語る」
電気グルーヴのメロン牧場―花嫁は死神 (詳細)
電気グルーヴ(著)
「久しぶりに本読んで窒息しかかった」「唯一の欠点」「BUZZ休刊残念…」「世界の黒沢・・・年男」「よくできた便所紙です」
70円で飛行機に乗る方法 マイルを使わずとも超格安で旅行はできる [宝島社新書] (宝島社新書) (詳細)
高城 剛(著)
「敷居が高すぎる日本の飛行機」「知らないことばかりでした。」「高城剛氏のセンスのよさが光る」「高城さんの性格がよくわかる作品ですね」「日本の航空業界は遅れていますね」
ゴールデンスランバー (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「伊坂ミステリーの妙を堪能しました」「過去を称えるやさしさにあふれている傑作」「にっこり」「事実は角度が360度あるのです。」「新作は大作。伊坂幸太郎氏の作家人生における注目すべき一書!」
死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う (詳細)
森達也(著)
「死刑制度を巡る旅」「悩ましき問題」「考える」「この本の意味」「無関心ではいられない」
・「誰かは誰かと端っこでつながっている」
いくつもの人生が、ちょっとずつ端っこでつながっていき、それが誰かの人生を作り上げていく。
群像小説と読んでしまえば簡単。ただし「群れ」と呼ぶには個性がありすぎるキャラたちが、文字の舞台を縦横無人に駆け巡る物語は、オールスター戦に近く、それでいて最後には群像小説としてのまとまりを持たせているのは圧巻。
この作家の上手いところは、ふとしたポイントで自分の現実世界を振り返らせることで、
誰かの人生が僕の人生の端っこでつながって、結果的に僕の人生を作り上げている、ということを気づかせてくれる。
世界では誰もが主人公で、誰もが脇役なのだろう。
そうやってできた世界の一部がこの小説なのかもしれない。
・「楽しめる」
よかったなー。1回目読んだ時には意識してなかった出来事が、2回目読んだ時に関連性というか繋がりがわかる。話に無駄がなく、起こりうる出来事全てが何らかの繋がりをもっている。だから読みなおしたときにまた面白さがやってきた。
・「あまりにも見事」
2003年度版このミス11位
作者の2作目。今の知名度でこの作品を出せば、もっと注目された作品だと思う。そのくらい完成度が高い。
自分に楯突く者を絶対に許さない、傲慢で拝金主義者の画商独特のこだわりをもつ泥棒の黒澤リストラに遭い、野良犬と仙台の町をさまよう豊田お互いの配偶者の殺人を画策するサッカー選手の青山とカウンセラーの京子(彼女だけ姓がないのが一つのヒント)新興宗教の教祖の解体に立ち会わされる河原崎
これらの5組にまつわる話が時間軸を上手に操られ、微妙にリンクしながら最後に騙し絵のピースのようにぴたりとはまる。初読の際にはこの見事さに感動すら覚え、各章に隠された時間についてヒントをメモしながら再読し、再度感動した次第である。未読の方は、是非、この「時間」ということに注意しながら読んで頂きたい。最後の驚きが倍増(は大げさかもしれないが)するはずである。
作品中の「展望台」や「好きな日本語を書かせる外国人女性」など、一見意味の無いようなエピソードの使い方もうまく、また作者独特の鮮烈で暖かみのある文体が完成度を高めていることは言うまでもない。是非おすすめの一冊である。
・「無限ループからの脱出」
仙台の街を舞台に、5人の男女の物語が進行する。エッシャーのだまし絵(ハードカバーの表紙はこれですが、なぜ文庫本は変えてしまったのでしょうか?物語に非常に影響を与えている絵なのに残念)、老いた野良犬、好きな日本語を尋ねる白人女性、未来が見える男「高橋」など、共通の背景を織り交ぜながらそれぞれの物語は交わることなく並行的に進行していきます。
死体は自らバラバラになった後、再びくっつく。轢かれた猫が生き返る。「あれ、これってミステリーでなくて、オカルト本?」と思み進めていくと、最後にとんでもない種明かしが!これは、まぎれもないミステリー小説です。
だまされた後の爽快感がたまりません。2回目も読まずにはいられない、しかも2回目も楽しめる、一冊で2度おいしい素晴らしい作品です。また、登場人物も非常に魅力的。特に泥棒・黒澤にはしびれました。
・「傑作」
ほんと、伊坂幸太郎の頭の中はどうなっているんだろう?
最初は「何だこりゃ」と思わせつつ、最後にはちゃんと「納得させてしまう」技術。見事というより他にない。
・「気品ある老嬢」
雪の深い田舎の旅館の疲れた男と、盲目の老嬢の交流。惹かれたのは、文章。題名がとても魅力的なので、それを意識して手に取った人はガッカリするかもしれない。雪国の寂れた温泉宿の、疲れた男と、中年老年の人々が中心の、華やかではない話だからだ。この文章の魅力は、高齢の女性を、上品、かつ官能的に描いた表現にあると思う。このように表現できるのか、と驚いた。彼女は、ここではない、どこかの、例えばブエノスアイレスのような異国の街の空気を、纏って現れる。その風景を、ダンスを通して、男は見るのだ。
・「幻想的な世界」
芥川賞受賞作「ブエノスアイレス午前零時」と「屋上」の2作品を納めた本です。私としては「屋上」のほうが面白かったです。いづれの作品も自分自身の現状に納得していない30代の男性が主人公という共通点があります。そこから抜け出したいという気持ちが、いつの間にか幻想的な世界に引き込んでいくといった流れです。作品としては面白いと思いますが、作者がこれによって何を訴えたかったのかが今一伝わってこない気がしました。
・「温泉といえば半熟の温泉卵」
『ブエノスアイレス午前零時』と聞くと、南米を舞台にした壮大な物語か、と思ったのですが、実際には作品の舞台は辺鄙な雪国のはやらない温泉旅館です。
そういう舞台設定なのでどうしても、川端康成『雪国』のイメージと抒情が先入観となって頭を離れない、という状況で読んでしまいました。ただ、読了後もそのイメージは壊れることがなかったので、この作品自体にも、先入観と期待を裏切らない雪景色の情緒と日本語の描写の旨さがあるということだと思います。
作品には美しい芸者は登場しません。主人公の冴えない孤独な青年と、ヒロインの盲目の物忘れの激しい老女が踊るのですが、どう考えたって美しくはないはずのその場面が、ブエノスアイレスの雪とあいまって、どうしても醜い場面とは感じられないのです。温泉卵の黄身の半熟加減のような、つかみどころのない味わいです。
・「ソフトボイルド。」
世の中に「ハードボイルド」という言葉がある。男が男らしく、強く、モテモテな感じの奴だ。この本の文面、作者の他の作品から判断するに、「ハード」とは行かないが「ソフト」位に止めたと思われる。
表題どおりの「ブエノスアイレス午前零時」。有名な旅行小説「深夜特急」のような、旅が舞台と思わせておきながら、実は日本の雪国にあるしがない旅館の従業員と上品な耄碌ばあちゃんのお話。他に収録されているのは「屋上」。これはそのまんまで、デパートの屋上にあるさびれたゲーセン従業員のお話。
上記二つに共通するのは、「どこかエリート意識を持ちつつ、冷めた視点で世の中を眺める男の主人公がいること。」「情景描写が多いこと」であろう。影を背負っている男のイメージから来るのか、斜に構えた印象。文章のほとんどが、人物の特徴だったり独特の比喩。集中して一時間位かけ、ガッと読み通してしまえば面白いかも。
・「うーんイマイチ。。」
正直いって芥川賞をとるほどの作品かと言えば、そうではない気がする。特に題名に騙されたという気持ちは払拭できない。
内容は前半から中盤にかけてが退屈で、たったこれだけのページ数であるにもかかわらず一気に読もうとしなかった。☆が二つなのは、ラスト10ページぐらいの表現は嫌いではないから。それでも好きとは言えない。
・「鶯谷シャイニング」
時代劇だけでなく、官能小説まで、読ませる作家です。・・・ん?「平」がないですね。失礼しました。
濡れ場を書かせたら一流ですねえ。それもベッド以外の。ゴルフ場の薮の中、駐車場の車の上、今回は、ラブホテルのボイラー室。事の前後の女性の仕草の描写が妙にリアルです。って官能小説の面ばかりに期待しますが、ホラー、サスペンスの要素も入ってます・・・
鶯谷は、渋谷の道玄坂や新宿歌舞伎町とは違って妙にうらぶれた感のあるラブホテル街です。渋谷や新宿と違って他に遊んだり買い物する繁華街がないため、欲望がそのままむき出しになるため、どうも恥ずかしく、そのままさびれていったのかも。(でもおいしいケーキ屋とかあるんですよね。)
そんな鶯谷のラブホテルでの物語りですが・・・・これから面白くなるかな、と思ったとたんの終焉。ちょっとモノ足りなかったです。濡れ場も少なかったし・・・ってそればっかりかい!!
・「最後が、、、」
官能部分はリアルな描写で良いと思うのですが、どうも内容が子供っぽいというか、クライマックスが安直というか、後に残るような感情が残らなかったのは残念でした。
●世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
・「この作品で彼はノーベル賞を受賞するだろう。」
作品冒頭、巨大なエレベーターでポケットのコインを数える印象的なシーン。そして、金色の一角獣、ピンクの太った娘、老博士、夢読み、影、やみくろ、歌の消失した世界……作家の豊かな想像力を見せつける数々のキーワード。2つの話が並行的に語られるが、あまり気にせず本の順序通りに読み進めると、不思議なシンクロ感が味わえる。意表をつく結末も、読む者におおきな宿題を投げつけられたようで、私自身未だ折に触れて読み返してしまう要因かもしれない。
最初、読み通せずに挫折してしまう人も、それだけ読み応えのある作品だと思って、何度かトライしてください。きっとすばらしい作品だと感じ取れるはずです。ところで。単行本も文庫本も今のポップな装幀よりオリジナルの司修氏の暗いイメージのデザインがおすすめです。
・「非村上ファンでも「面白かった」と言える本」
「ノルウェイの森」を読んでも、「国境の南、太陽の西」を読んでも大して面白いと思えなかったが、これだけは違った。今まで読んだ全ての本の中でも間違いなく5本の指に入るし、人に勧めたくなる作品だ。
私がどうしても村上作品を好きになれない要因である、女性との関係の描かれ方や、おしゃれすぎる飲食の情景でさえ、「世界の終わり」の幻想的な世界との対比によって、“日常”を構成する要素に見えてくる。
そして、物語の結末。
それまで、冒険活劇が繰り広げられてきた「ハードボイルドワンダーランド」の結末は、悲しくなるほど穏やかで内省的。主人公が手放さざるをえない“日常”を想ってなぜか涙が出た。もう一方の「世界の終わり」は、眠りから目覚めたような展開で、希望へとつながっていきそうな描写で終わる。
絶対に、読み終わってもすぐには現実世界に戻れず、深い余韻にゆっくり浸りたくなる1冊だ。
・「完璧に語られた不完全性」
村上春樹の数ある著作の中で完成度が最も高いのは世間も私も認めるところである。それほどまでに、細部に至るまで精密に計算されつくされている。一章ごとに二つのストーリーがパラレルに展開している。二つの世界は互いに影響しあっている。この二つの物語がつむぎだす緊張感がたまらない。
村上春樹は翻訳家でもある。翻訳というのは一つの物語を頭の中に概念として記録し、それを違う形のものに作り変える仕事である。小説の主人公は頭の中にブラックボックスを持っていてそこで、なにやら作業をする。作業の内容は主人公にもわからない。これは翻訳家である村上春樹だからこそ、思いついた一つの世界認識の方法であるよう気もする。
この作品には考えるべく、問題がたくさんあると思う。しかし、そこを気にしなくても、不思議な冒険物語として気軽に読めるだろう。私は、村上春樹初心者には必ずこの本を進めることにしている。もっとも、読みやすく筆者のテイストも伝わるからだ。村上春樹の最初の一冊に思い悩んでいる人、これから読み始めたらどうですか?
・「「最高傑作」と呼ばれている本」
「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」のまったく別々の地点から始まる2つの世界が交互に折り合いながら進んでいく、村上さんの作品のなかでとても評判のいい小説です。 このそれぞれの主人公が導く結末の捉え方が人によってまったく異なるという、読み終えたあとに腕を組んでうなってしまうタイプの小説であると思います。 読みやすい文章だけれど長いし象徴的な小道具が多用されているので、世界に浸りきれず頭のなかに「?」が出たまま終わってしまう人も多いかもしれません。 でもこの世界をそのまま受け入れることができたのなら、結末も含めこの世界を何度でも反芻してしまいたくなる不思議な力をこの小説は持っています。読み返さなくても思い返すだけでも。もちろん読み返したほうがいいのだとは思いますけれど。
もしかしたら村上さんは「シャッフリング」を行うことと小説を書くことは同じように捉えているのかもしれない。そしてぼくは「ピッチカート」という表記よりも「ピチカート」という表記のほうが好みです。まあどちらにしろ勝手な意見なのですけれど。でも「イワン」より「イヴァン」のほうが好きです。あ、これは下巻か。
・「圧巻です!凄さを感じる作品」
「世界の終わり」と「ハードボイルドワンダーランド」との2つのストーリーが最初は何で交互に出てくるのだろうと思い、その内に何か関係ありそうだと思い、最後に繋がるのだけれども、それが本当にどんな繋がりなのかを読後も考えされられてしまう物凄い作品です。読み終わってから、また上巻の最初に戻って読み始めてしまいました。どうしてこんなストーリーを考え付くのか想像を絶するものがあり、ハルキストのみならず、文学好きの人にはたまらない作品だと思います。本質は真面目ながら、随所にユーモアがあって(机の上にたくさんクリップがある理由が分かったときは笑ってしまいました)、迫力満点で、読んでいて思考回路がフル回転する気分です。また、絶対映画化出来ないだろうなと思いますし、それぐらい文学のレベルの高さを感じさせてくれます。それから、太った娘が何でいろんなことを知っているんだろうと不思議な感じでした。そうでないとストーリーが進まないからですかね。星5つでも足りないぐらいです。
・「これは小説だ!という「美味しさ」あり」
いやー、おかしかった。さんざん笑いました。 これってエッセイ、なんだよね?でも、とてもエッセイとは思えない。絲山秋子の小説と全く同じテンションで、通して読むと小説一本読んだような感じです。 そもそも絲山さんの小説って、ものすごい細かくて手間ひまのかかる仕込みをした肉と野菜を、何日間もアクをすくいながらコトコト煮込んで、秘伝の味付けをほどこしたのちに、沢山あった具をぜーんぶ濾してしまってできあがった、透明なスープ、味に一切の隙がなく無駄もない……って感じでしょ。このエッセイも同様で、書き流した感じはなくて、計算され尽くしている(タイトルの、ただ炒めただけで美味しい豚キムチ、とはまさに正反対)……のに。文中でつくられている料理は、すーっごくテキトーで手間がかかってない。そのギャップに大笑いなんだよね。市販のイカ墨ソースに残った餅入れてみたり、ポトフを大量につくりすぎてうんざりしたり、素麺が余りすぎてドライカレー素麺つくったけど、「ごはん、ください」な気分で泣きそうになったり。もうめちゃくちゃ。大爆笑です。出てくる料理、つくりたくはないけど。しいていえば47ページの鶏丼か?ごはんに千切りレタスと煮た鶏と煮卵とその煮汁とマヨネーズ少々。でも、このレシピどおりだと、鶏冷めてるし(笑)。まあ、何をつくっても酒のつまみみたいになってしまうところには、親近感、感じるが(苦笑)。 よしながふみの「きのう何食べた?」と金井美恵子の「待つこと、忘れること?」はキッチンに置くけど、この本は置きません。でも、別の意味で美味しかった(爆笑)。もちろん笑えるだけでなくて、ふいに虚しくなったり悲しくなったりせつなくなったりするところは、もう、本当に小説並の美味しさです。ごちそうさまでした。
・「著者発案のB級グルメな活字レシピ」
食料調達から調理まで著者特有のテンポで繰り広げるグルメなエッセイ。女版の中島らも氏のような独特の世界観や食へのあくなき好奇心のようなものが滲み出て読めば読むほど癖になるようなコメディーテイストのクッキング本。
・「抱腹絶倒の食い物実験エッセイ」
大大大絲山ファンとしては、Hanako連載中から 単行本化を待ち望んでた『絲的炊事記』。 何せHanako毎号なんて買うわけないし、 早くまとめて読みたい!と思ってた。
よ〜やく読めました。 改めて読み返してみると、 どうして掲載媒体がよりによってHanakoだったのか 理解に苦しんでしまう、抱腹絶倒の食い物実験エッセイ。
いつもながら、絲山節とでも言おうか、 絲山秋子の男らしさが炸裂しております。 げらげら笑いながら読みました。 レシピも、ほぼ全て酒飲み仕様。 おいしそうなものあり、 決してマネしたくないものあり。 (冬は絶対に冷やし中華を食べてはいけない、と勉強になりました)
どうでもいいけど、本誌掲載中は挿絵に使われてる絲山画伯の脱力系な色紙のプレゼントが欲しいなーと思ってたんだけど、今見直してみると、いくら絲山秋子が好きでも、別に要らないな。と、冷静に感じました。
しかしさぁ、エッセイもいいけど、早く新作読みたいよ、イトヤマセンセ〜!
・「至福?のひとり飯」
群馬県の空っ風の中,一人暮らしを続ける絲山秋子氏の「作った 食った」の記録です。
出てくるのは旨いというものばかりではありません。絲山さんのサービス精神はとどまる所を知らず,真冬に冷やし中華を食べてみる や ナポリタンのようなものの食べ方バリエーション(餃子行き) まで,あたかも実験の様相を呈します。それがまた,家庭持ちではない,そして男の料理ではない面白みを醸し出します。
最後の父の味の話は心にしみる1編。父娘は娘が30過ぎてからぐっと味わいを増しますね。
・「ここまで笑いに徹するサービス精神は見事」
モウソウが暴走してしまって腹を抱えるほど楽しませてもらった「絲的モウソウ」の爆発力には及ばなかったが、楽しませてもらいました。
自炊生活(実験生活?)を中心とした身辺雑記なのだが相変わらずの自虐ネタもここまでくると芸の域に達している。彼女は自宅で多くの料理を試作するのだが、旨い料理を作るよりも笑いを取るほうに走ったのかと思えるくらいに食べたいなと思わせる料理が少ないのが妙におかしい。冬に4食続けて冷やしラーメンを食べるのはすでにネタだよな・・・。
人生訓が裏に隠れているようなエッセイも時にはいいけど、やっぱりエッセイは単純に楽しめるものがいいな、と改めて感じた。
●世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)
・「一番好きな春樹の作品」
同時進行する二つの物語、「世界の終わり」と「ハードボイルドワンダーランド」、静と動の反対の世界。どんよりとした雲がたちこめる屋外を見ながら、ベッドの上でこの小説を読んでいたことを思い出す。「世界の終わり」の情景や匂い、ツ~ンとした空気の冷たさがダブってみえる程。
今から思い出すとまるで、夢の中で実際起こった出来事のようなリアルさを感じさせてくれる。村上春樹の作品の中では一番、フィクションの要素が強い作品だが、私にとっては、一番リアルな作品です。
・「色んなキーワードが隠れてる小説」
二つの物語が進行する小説について「海辺のカフカ」より、個人的にはこちらの作品の方が好きですね。同時進行の小説は、話が一つに繋がった時は感激だけど(話の構造とか更に高度になるから、大変でしょうね)途中リンクするキーワードがででくる時はとても嬉しい。
二つの話しの共通点は、重要な選択をしなければいけないこと。《ハードボイルド・・・》の方では、死か消滅かという事を目前として、私は今までは気づかなかった些細な事にも目がいったり、生きてる人殆どが味わった事のない心情の変化が、うまく描かれていると思う。
《世界の終わり》では、影との論議は、普段私達がまさしく心の中で葛藤している様子を「影と僕」がうまく現していると思う。
村上春樹さんの小説は、何回も何回も読み直したくなります。そうゆう小説って滅多にないですよね。ただストーリーを楽しむだけではなく、小説にこめられたメッセージや、寓意的な部分を読者がそれぞれ発見するんです。だから、
きっと読んだ時の年齢や、日々育成する感性によって、違った読み方も見えてくる。でも最後には、必ず自分自身のことについて考えていると思います。
私は先日、初めてこの本を読みました。まだ読破してません。(無論、ページに関していえば上下巻全部読みました)まだ、ほんの一部分しか読みきってないと思います。読み応えがある作品なので、何年もかけて読みたい小説です。
・「生き方と結末」
今まで私が読んできた本の中でこれほどに結末がよかった本はない。再読させるような要素を持っている。最初は二つの本に分けた方が良かったのではないかと思ったが、下巻に入って全てが一本につながり、これまでにない歓びを感じさせてくれた。
さて、余命があと24時間しかなかったならば、何をするだろうか。思いっきり遊ぶか、それとも、あえて抵抗をやめて静かにすごすか。「僕の生きる道」にも共通要素がある。あのように生き方が変わるかは分からないが、「異邦人」のムルソーと共に、かっこいい生き方のスタイルの教科書だと私は感じた。
・「2つの物語の反復」
一般に村上春樹の最高傑作と名高い、初の長編ストーリー。「ハードボイルド」な世界と「メルヘン」な世界が行ったりきたりの反復を繰り返すわけだが、ここに来て初めて春樹がしたかったことがはっきり出ているように思われる。他の長編もそうだが、村上春樹という作家は、一つの物語に二つの切り口を提示し、その切り口の無意識下の共同幻想をついている節がある。最もそれがはっきり出ているのが今作。ただ、そういうことを抜きにしても、村上春樹の作品は読んでいて面白い。世界の終わりの、あの狂気的なものがまったく感じられない、切なさ、悲しさと言ったらどうだろう。
何かと言えば物知り顔で「春樹なんて」という人もいるが、彼は少なくとも日本に今までいなかった種類の作家であり、その存在価値は大きい。
・「操り人形」
操り人形。今の自分がそれだ。
現実感で囲われた「ハードボイルドワンダーランド」。平板彫刻に例えれば、それは掘り進められた部分だ。光のもとで、しっかりとした影の調子をつくる。逆にそれがしっかりしているからこそ、幻想に包まれた「世界の終わり」は、薄らいだ平面から、そっと浮き上がってみえる。
生暖かい微風が漂う「世界の終わり」で、<僕>は最終的に意外な行動を取る。その意外な行動に、読者は困惑し、村上が載せたメッセージを探ろうとする。
物語で最後の驚きを創れる作家はたくさんいる。しかし、たいてい読者が感じるのは驚きだけだ。本を読み終えて一息ついた後に、物語について深く考えるような行動をとることはなかなかない。
作品を読み終えた読者は、気がつつけば、隠されたメッセージを捜そうと、主体的に行動をしている。こんなふうに読者を動かすことが出来るストーリーをつくれるのは、彼の魔力の一つだと思う。
あの<僕>の行動はなんなのか。どうして最後にそうしたのか。必死にメッセージを探ろうとする自分は、この時点で村上の操り人形となっている。
巧妙な文章や、奇抜な構成も楽しめる良作。隠されたメッセージを探ろうと、もう一度読みたくなる素晴らしい作品。
●yom yom (ヨムヨム) 2008年 03月号 [雑誌]
・「ファンタジー特集号」
十二国記の新作掲載で発売前から書店への問い合わせが殺到したことにより、通常部数よりも1万部以上を上乗せし、初版7万8000部で発売されました。おそらく少し大きめの書店なら山積みされているかと思います。また、yomyomは重版しますので、しばらくのあいだは潤沢に配本されるのではないでしょうか。yomyomホームページからバックナンバーの問い合わせについても掲載されています。
ファンタジー特集号ということで旬のファンタジー作家のインタビュー(上橋菜穂子、フィリップ・プルマン)などもあり、楽しめます。また、十二国記の新作「丕緒(ひしょ)の鳥」は、作家自身の切々とした創作への想いを感じました。
・「ファンタジーファンには見逃せない1冊!!」
和製ファンタジーの最高峰(と言い切ります)小野不由美さんの「十二国記」の6年半ぶりの新作、畠中恵さんの「しゃばけ」の新作、公開されたばかりの映画「黄金の羅針盤」の原作者フィリップ・プルマン氏のインタビュー、アニメ化され話題になった「守り人」シリーズの原作者上橋菜穂子さんのインタビュー...などなど、これらどれか1つでも好きな方は、絶対に「買い」でしょう!!ファンタジーファンにとってはたまらない、本当に充実した内容です。
私も待ち望んでいた「十二国記」の新作『丕緒の鳥』が読めて本当に嬉しかったです。ブランクを感じさせない、まさに「十二国記」の世界に感動しました。
・「待っていました!」
待ちに待った十二国記の新作が掲載されています。年月が経っても褪せない世界観はさすが!一文一文を舐めるように読みましたが、どこもかしこも小野主上の世界で最初から最後までワクワクしながら読めました。一時は売り切れ店続出で入手が難しかったようですが、現在は増刷されたのか、比較的大きな書店ならかなりの確率で置いてありますので、気になった方は是非ご覧下さい!十二国記以外にも、恩田陸や畠中恵など、素敵な作家さんの作品も読めますよ。
蛇足になりますが、デザインでそうしたとの事でしたが、本文の中に何箇所も、蛍光のインクを零したようなものが印刷されてあって、非常に読読みづらい。印刷ミスだと思って問い合わせてしまったくらい、デザインとは思えない酷さでした。せっかくの素敵な作品の足を引っ張るようなセンスにがっかりでした。作品はどれも素敵なんですけど・・・・。
・「迷わず買いでしょう!」
本屋で見かけ、目次を見てびっくり!!え〜〜〜っ!十二国記の新作〜?マジで〜〜???・・・という感じで買いました。待って待って、もう出ないのかと、半ば諦めかけていた小野不由美さんの新作が載っています。これを読むだけでも買う価値ありですが、今回はさらにいつもよりボリュームアップしていて、どこを読んでも嬉しくなってきます。人気作家さん達がこれだけ揃っていてこのお値段ならば、大満足です。
・「豪華な作品群」
小野不由美さんの「十二国記」の六年半ぶりの新作!という広告を見て、チェックしました。中を見ると、他の著者も豪華、かつ好きな人ばかりで。畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズも入っています。読み切り小説の書き手として、山本文緒、川上弘美、角田光代、重松清、金原ひとみ、恩田陸などなど。
特集がファンタジー小説の愉しみ、ということで上橋菜穂子や北村薫、荻原規子さんたちも文章をよせています。フィリップ・プルマンのインタビューも。
「十二国記」は陽子の登極直後のお話。主人公は、慶国の官吏です。慶の人々の王への想い、その期待を負う陽子の想い。久々の「十二国記」の世界が、以前とかわらずあり、うれしかったです。
『yom yom』は初めて読みましたが、フォントも大きく、行間も広くとられていて読みやすかったです。上に挙げた以外の作品も良かったです。
・「やっとでたか という感じ」
個人的にトヨタの社員を幾人か知っている立場からいうと、やっと出たかという印象。逆にいままでのトヨタヨイショ本や記事に、いつも違和感と、いつ本著のようなものがでるのかなと思っていました。
正直トヨタほど社員とその家族を犠牲にする会社もないなと、仲の良い人たちが働くトヨタを見て思っていました。プチ北朝鮮というのも、言い得て妙です。トヨタは会社として付き合うには素晴らしいところです。いつも会社にいるし、会社のためだけに生きてる人が大勢いるので。同時に、自分の親しい人たちには一番就職してほしくない会社だとも長年思っていました。社員というよりは、軍隊とか宗教団体に入るようなもので、そこには個人の幸せとか、家族との時間とかは、考慮されたない世界なので。
日本の大企業は多かれ少なかれ、本著で述べるような問題点を抱えてますが、トヨタはそれが悪い意味で多い会社で、しかもヨイショ本氾濫や批判記事抑えなどで、隠されすぎてしまっています。
そういった意味で本著が世に出たのは価値あることだと思います。この本を読んで、トヨタの社員さんたちも、もう少し自分自身の幸せとか、家族との時間とかを考えるきっかけになればよいと思います 合掌
・「恐ろしい会社」
読み終わって、怖くなりました。トヨタには長時間労働、健全な労働組合潰し、陰湿な下請けいじめ、偽装請負、外国人労働者に対する人権侵害など、今日、日本で問題となっている事がつまっています。 前経団連会長がトヨタ会長の奥田氏だった事を考えると、このような問題がトヨタ一社に限らず、日本社会全体に広がりつつある事に背筋が凍ります。 ページ数も厚くなく、文章もわかりやすいので、おすすめです。
・「読んでみてどう考えるか」
読んだ後の感想は、「アンブレラ(byバイオハザード)」みたい。
最大の問題はメディアが「トヨタのネガティブな情報は報道していない。」という事実。他の企業と、抱えている問題と同じとしても、報道もしない(出来ない)のは大きな問題と思います。ある企業は消費期限切れの商品を販売した事で瀕死の状態ですよね。もちろん、やっていることは悪いことですよ。消費者を騙してるんですから。しかし、してる事も報道されず(良いことはバンバン報道します。)、CMの印象だけで「高品質」を演出していては、フェアじゃない。
国内でのメディア規制にいくら力を入れても、既に始まっているネット社会ので、今後、どのような規制をかけてくるのか、興味あります。国が法律でネットを規制するような動きがあれば要注意です。
・「闇の一部」
僕は実際に豊田市に住み、「設計委託」という名ばかりの人材派遣会社に勤めていた経験があります。辞めた理由は会社が50%近くもピンハネしていた現実と設計委託といいながら派遣と同じように扱われるいわゆる「偽装請負」だったから。豊田市はトヨタ様様のプチ北朝鮮なのは事実です。本で書かれている事は、闇の一部。広告費という口止め料を惜しみなく使い、マスコミをコントロールしている現実は恐怖ですらあります。今の時代、ブログやネットニュースなどTV以外にニュースを伝える機関や個人は多いので自分で探すくらいはしないと危険ですよ。買おうとしている車が、トラブル多発でオーナー掲示板では故障の話題ばかり...なのかも知れないのですから。
・「面白い会社ですね」
糾弾する書き方のため、若干誇張したり偏った書き方の印象はあるものの比較的読みやすい文章で、内容も興味深いものが多かった。
一般的に、会社というものは時に社員よりも利益を優先する考え方が強いもの。会社が儲からなければ給料も十分にならないので当然ではあるが、ことが、「世界一」のトヨタであるため、リアリティのある話を知ると、より残忍な感じがする。
「月残業150時間」「帰れない、休めない」会社は日本にも五万とある、といわれればそれまで。「社員をはじめ関係者が異常におおいので、トヨタが原因で不幸を被るものもおおい」といわれればそれまで。
「業績が世界有数」「給料に満足」「職場環境、人間関係も満足」「休みもきちんととれる」という会社が本来のあるべき姿だ、と信じている人が読んだとしたら、地獄のような会社に見えるでしょう。
ただ、トヨタを擁護する報道規制的なことがマスコミで日常的に行われているというのが、本当なら(おそらく本当)、いつの日か、そのマスコミという飼い犬に噛まれることになるだろう。
この本は、そのティザーのひとつなのかもしれませんね。
あと、個人的に豊田市に行ってみたくなりました。どんな世界だろう。市民の目は輝いているのかな。この本は、書店に並んでいるのかな???
●千年の祈り (Shinchosha CREST BOOKS)
・「処女作とは思えない完成度の短編集」
素晴らしい短編集です。これが処女作とは思えない完成度の作品です。 内容は、現代中国を舞台にした十人の主人公たちの人生の一片を切り取ったものです。しかし、その一片は、主人公の人生全体を見事に写し取った内容になっています。 十編のどの作品をとっても素晴らしいのですが、個人的には、冒頭の「あまりもの」と「市場の約束」が気に入りました。 「あまりもの」は、縁づくこともなく年老いた林ばあさんの話で、私立学校の雑役婦をしていて、その生徒に初めて淡い恋心を抱くという作品です。 「市場の約束」は、アメリカに恋人を留学させるために偽装結婚をさせてやり、いつまでも一人でいる三三の話です。恋人が離婚して帰ってきて、縁談がわきあがるのですが、三三は頑なに断ります。自分の決め事をしっかり守ること、それが「人生の約束」で、同じ考えの相手をついに見つけるところで終わります。 十編が十編とも明るい物語ではありません。でも、最後の一言で救われる、そんな物語の連続です。そんな短編集です。
・「ぐっときました。」
北京生まれアメリカ在住の若手女流作家の短編集。アメリカで沢山の文学賞を受賞している作品だけあってかなり切れ味鮮やかな逸品ぞろいでした。現代の中国の人々が何を感じ何を考えどう生きようとしているのか歴史的背景はちがえども根本的なところは変わらないのだなあと思いました。
思想統制のあった中国で生まれ育った彼女は中国語を使うときには自分で”検閲”をしてしまうので英語という別の言語を獲得したことによって自由に語れるようになったと感じたとのこと!そんな知られざる現代の中国人の内面をのぞき見るようでもありとても興味深かったです。
登場人物は老若男女さまざま。この人の愛の深さそしてそれを表現するときのその愛の深さに反比例するかのような慎ましさにぐっときました。
クレストブックシリーズは厳選された世界の名作品が読めて大好きです!
・「新たなる才能に乾杯!」
千年の祈りは、中国北京生まれの作者が、英語で書いた短編集である。
文体はコンパクトにして、つややか。なまめかしいと思えば、乾いている。女性にしか書けない、表現が多く感心した。また、場面転換が非常にうまいとおもう。「あまりもの」での、婚約から、結婚式までの流れ。生活が一変してテレビのサイズが大きくなったら、逆に執着しなくなったという表現。始まりと終わりでのお弁当箱の使い方など、若い作家とは思えない巧みな書き方である。
天安門事件当時の中国で成長した人間にしか描けない、さりげない心理・背景描写がすばらしい。不幸を起こした相手を糾弾するのではなく、ただ受け入れざるを得ない状況を淡々と書いているところも、よけいリアルに感じる。また、折々に不思議なユーモア感があるのも、楽しめる。
中国の庶民が時代の急激な変化の中で、どう対処してきたのか、もっと作品を発表してくれることを願いたい。
なお、このクレスト・ブックスのシリーズは装丁が丁寧で、あたかも活版印刷の時代のよい本のような造りであり、読んでいる間も本が大切な時代のことを思い出させる。ぜひ、カバーを外して見ていただきたい。
・「千年の祈り」
一騎に読んでしまいました。中国で生きて行くそれぞれの時代において苦しくてもそれを受け入れて行く 人間としての強さ 未だ若い筆者の豊かな感性に 豊かに成りながら、何かを失って行く中国の人々の心豊かな生活を祈らずには、いられない本、お隣の国の日々の暮らし、と思いを知る。良い一冊でした。
・「現代”中国”文学に心をつかまれる」
この「新潮クレストブックス」は装丁がきれいで好きなんですが、中身も伴っているところがとても良いですね。編集者の思いを感じます。
筆者のイーユン・リーはこれがデビューですが、この作品で数々の賞をとりました。中国生まれ・中国育ちの中国人ですが、北京大学を卒業後アメリカの大学院で免疫学を修めます。その後に創作科の修士課程に進んだという稀有な経歴の持ち主です。
そのためか、この作品は中国が舞台の短編集ですが英語で書いたのだそうです。それは英語という新しい言語が彼女に「言葉」を与えたから。なんとなく、わかる気がします。
わたしも日本語のほうが語彙もあるし表現力もあるし親しんでいるけれど、英語のほうが感情を表に出せる気がします。「英語」の力なのか、「第二言語」の力なのか、それを学んだ背景や時期、受けた影響なのかはわかりませんがどれもあるんだと思います。
わたしは中国人作家の本はユン・チアン著の「ワイルド・スワン」しか読んだ事がないけれど、彼女も英国留学をしていて(たぶん)英語で書いています。やっぱり、言語を表層とした文化的抑圧があるのかもしれません。
「千年の祈り」は、主に中国の貧しい地方や農村や人々を題材にした物語からなっていて、「好女人(よき妻)」みたいなふるい価値観が軸になっていたりするのにところどころに「アメリカ留学を果たした自慢の息子」や、「ゲイ」といった時代をうつしたり衝撃的だったりする思考が登場します。短いながらひとつひとつ丁寧に言葉を選んだ小説で、心をつかまれます。登場人物への感情移入はないのに、こういうのはとても不思議な感覚。翻訳も、中日ではなく英日なのに、いい訳でした。
・「松尾氏バンザイ」
とにかく、おもしろいエッセイです! 赤裸々で危うくてセクシー! 作家・俳優・演出家…超多忙な松尾スズキさんの日常エッセイ。松尾さんファンはもちろん、最近、毎日つまらない…という人にオススメ!
・「下北沢がホームグラウンドだなんて・・・・奇遇じゃないっすか」
何で5つ☆かって!?そりゃあんた!おいらを満員電車の気まずい雰囲気の中で爆笑させて、一瞬「あ、すみません・・」って思わせた唯一の作品だからじゃん!恥ずかったじゃん!もう!この本を読む前まで、松尾スズキさんの情報はほとんど無に等しかったけど、唯一「殺し屋」というチョピりコワ面白い映画(浅野忠信主演)で双子の刑事役をしていたのだ!そう当時からこの人は「双子」の面白い俳優なんだと思い込んでいたけど、実際はそんなことはなく一人だけの松尾スズキです。そんな僕と同じ思い込みをしちゃってた人は間違いなく下北付近の俳優の世界を知らない人!・・・(またこの発言自体も思い込みだけどね)僕本人、一年間、365日のうち、さっき数えたけど247日下北上陸してるらしぃく身近過ぎる話でした。こんな感じに→「あ、下北のビレッジバンガードの近くでこんなことして、あんなことして、チョメチョメなことしてたんだ!!!」ってね。どう読みたくなったでしょう!?!笑
・「日常。」
本当にこの人の頭の中はどうなっているのだろう。
日常がこんなにおもしろくていいものなのか。なんでもないことすらこのお方にかかればとびきりの事になってしまう。もう着眼点が尋常ではない。
この人の頭の構造が本気で知りたい。好きです、松尾さん。
・「ギリギリが面白い!!」
松尾スズキさんが数年前まで、大人計画のサイトに掲載していた日記の総集編です。掲載当時はいつ更新されるのかしらとヤキモキしながら待っていたものですが、今回まとめて読むとやっぱり面白い。現在「SPA」で連載中のものに近いですが、無法地帯のインターネット上で発表されたものだけに、荒々しさ、切なさ、無常観に裏側感。そして何より酔っぱらい。忙しい中わずか数行に表れる笑いはネット上に公開される日記の中では白眉。松尾ファンなら必携の一冊です。
・「これが演劇界を引っ張っている売れっ子作家の日記だ!!」
インターネットならではの松尾ちゃんのダラダラ日記を堂々文庫化!現代文学においての日本語のだらしなさを直木賞や芥川賞の選考委員様は危惧しているけど、この本を見たらどう思うのかな?答えは一つ!時代が移り変われば言葉だって変わっていくんだよ!これが最先端の現代文学だ、バカ野朗!!と渡辺淳一や北方謙三に言ってやりたいね。
・「美しくも悲しいハッピーエンド」
最近のあらゆる問題を内包した不幸な家族の物語。ひとつの出来事が四人の視点で描かれていて、面白く読むことができた。特にひきこもりの長男秀樹の立ち直り方は興味深かった。 ある時、隣の家のドメスティックバイオレンスを目撃する秀樹。それを解決しようとするも、最終的に彼の行動は完全に否定される。だがその行動の過程で彼は人間としての強さを取り戻していく。「君が彼女を救済するのは不可能だ」と弁護士から告げられたとき、自分の進むべき道を見つけ出した秀樹。この一連の流れの中に作者の希望に対する考え方が見えた気がする。 最終的に家族は幸せな家族に戻らず、皆が自立する、という形で決着を迎える。美しくも悲しい「ハッピーエンド」だった。
・「村上龍ぽくない村上龍の小説」
私は村上龍の小説のファンなのですが、何だか新しい村上龍の文章に出会った気がしました。いつもドロドロしたかんじの内容が多く、「最後の家族」も、題を見て、はじめのページをめくって、「あー、だいたいこういう感じの話だろうなあ」と思っていたのが、最後には泣きそうになっていました。
村上龍の小説を読んで感動したのは初めてで、(別の意味で感動することはあります)「希望の国のエクソダス」の最後も希望の匂いみたいなのを漂わせてたけど、この小説は、村上龍にしてはちょっとクサいんじゃないか?とも思える程の結末でした。でもとてもよかったです。大事なこともたくさん書いてありました。
・「家族の背中・・・問い掛ける、という哲学的意義のあるもの」
リアル、いや生々しい人間の姿がそこにある。家族の日記を盗み読みしているような・・・そんな技法で・・・ドラマはおもんなかった・・・でもこれはいい。なぜいいか?・・・過激なことで楽しませようとしていない。現実のリアルさに向き合っている。さりげない言葉、微笑み、それに価値をもたせることは葛藤と迷いをもってなされる。
救う、救われるとはいかなることか?・・・人はなにを見て、なにを思うか・・・尾崎豊の唄より↓『親の背中にひたむきさを感じて、この頃ふと、涙こぼした』家族の背中をみてあなたはなにを思うか・・・問いかけという「哲学」
・「切なくなりました」
途中、とっても切なくて、なんか悲しくて、泣きながら読みました。私の家族はこの中にでてくる家族とは全然違うんですが、ウチがこうだったら・・・と思うと涙が止まらなかった。経験したことないのに、何故か身近に感じる。色々と考えさせられました。ドラマも是非観てみたいです。
・「「普通」への依存とバカの壁を優しく描いた寓話」
「普通に」生きようとする人がいつしか周囲に「普通であること」を要求するようになり、その依存が「バカの壁」を生み出している様子がリアルに、けれど読みやすいタッチで描かれている小説だと思います。 家族の問題は、家族だけでは解決できない --- 昭子(母)が引きこもりの息子への対応に苦慮してカウンセラーから学んでいく過程は、警察・行政・司法の外にある社会サービスが家庭に有用となる例として読めました。 爽やかな結末は、まるでクリスマス・キャロルの現代日本版のような寓話感です。 濃密さやラジカルさはありませんが、私たちの揺れる日常を繊細に優しく描き、自立することの大切さを嫌味なく教えてくれる良品だと思います。 蛇足: この小説は家族の「依存から自立へ」の物語ですが、これまでの日本社会では自尊心に隠れた依存心が結婚という制度を支えていた面もあったと思います。 この小説を読み終わったとき、それとは逆方向のテーマ (けど同じぐらい重要なテーマだと思う) である「自立した人はどういうときに結婚して家族を作ろうと決心するのか、そのときに直面する問題は何か」という物語も、探して読んでみたいと思いました。
●恥辱
・「あえて反発をかってみせる実力」
「若くて美しい女性が好き」この美意識に反感を持つのは、なにもフェミニストばかりではない。若い男性からすれば、年寄り世代が自分のGFを横取りしている。さらにその理屈が、自分はインテリで若造よりモノが分っているから、女子大生のうぶな美しさを摂取するのにふさわしいというものだ。このいけすかない初老の教授と、それに追随して起こる社会的地位の転落は読んでいて気まずい。女子大生のBFに車がいたずらされても訴えず、アフリカの農園で車を盗られて訴えようとするところなど滑稽なほどだ。
これは、「差別」ではなく「区別」の物語である。教授は、インテリな自分とバカ学生を区別する。美人と不美人を区別する。皮肉にも彼の娘は美しく装うことに無関心で、異性に関心がない。そして南アフリカの白人の世界で「セクハラ」「重婚」にあたることが、黒人の世界では「女が生きぬく術」とさえなる。
どちらが正しいわけではない。境界線を引いた向こう側にはちがう理屈がまかり通る。それに従えなければ、自分の居場所はないということだ。
教授は自ら境界線を引く人間でありながら、白人世界の掟を破り、境界線を越えていく。
最後に仔犬が登場する。足は不自由であるけれども、音楽を理解する賢さをもつ。この仔犬のあり方が、その場所で認められないものの末路を象徴する。
・「日本人の肌は金持ち色」
Your skin looks rich. これが10年前初めて私が南アフリカを訪れたときに、一番つらかった言葉だ。そして、この本を読んでいて、その当時のことを如実に思いだした。 確認しておけば、私の両親は日本人で、日本国内でこそ「日本人に見えない」と言われるが、アフリカに行けば東洋人または東南アジア人と通用する外見だ。
当時の私はバブルの余韻残る日本社会の中ではとても高給取りとはいえないパートタイマー。南アフリカのダーバンでみやげ物を売る黒人の兄ちゃんに「金もってないから買いたくても買えない」と言ったのだが、返答は上の言葉だった。
そして、その数日後、私はジョハネスバーグで強盗に遭って8000円ほどの現金と約2000円の腕時計を奪われることになる。作中のルーシーと同じ種類の経験とはいえないかもしれないが、この小説を読んでいると私の当時の苦しい気持ちを思い返さずにおれなかった。
南アフリカは先進国と途上国を内包した国だ。4000万人以上の国民の大半は肌の色で経済力を推し量ることができ富と貧が偏在し、殺人とレイプが多発する。その一方で、世界で初めて心臓移植手術を行い、核兵器を生産した上で全廃した稀有な国だ。世界の富の象徴ともいえる金とダイアモンドを世界で一番産出しながら、成人の2割以上がHIVに感染している。その一方でムベキ大統領は「エイズとHIVウィルスは因果関係がない」と言ったりする。医療予算の急増を気にするがゆえに…。
作品中、冒頭で主人公が女を抱くケープタウンのグリーンポイントは日本で言えば横浜の山下公園周辺と芦屋の雰囲気をまぜこぜにした感じだろうか。ケープタウン大学は日本ではあまり知られていないが、学術水準には定評があり、世界初の心臓移植手術を行ったのは同大学の付属病院だ。
作中では南アフリカ社会の頂点に立つ人物が、底辺からの動きにいかに対応しなければいけないかが描かれる。新体制発足後はあまり日本で報道されなくなった南アフリカ社会の現実を伝える好著といえる。
・「感性を刺激する沸き立つような文体」
レビューのタイトルは、当書の帯にあるWSJのコメントから引用した。読中・読後の印象がまさにその通りだと感じたからである。邦訳の読者は現在進行形で叙述される原文の「軽み」が日本語訳ではややつっかかりを覚えるかもしれない。だがそれも読み進むにつれ慣れてしまえば、魔力を失わせるものではないだろう。9/11/01以後の世界において、この作品の「状況」は複雑でも重くもない。また、この小説の最大の価値は物語自体の隠喩に隠されているわけでもない。作者は、「神なき時代、伝統なき時代、文学なき時代」と書く。また「英語という言語は――もはや疲弊して脆くなり、内側からシロアリに食われているようなものなのだ。いまもって信頼できるのは単音節ぐらいだが、それもすべてとは限らない」と見ている。ますます困難さを深める現代における散文芸術として、この作品は言葉による喚起に満ちている。原文と共に読み合わせる機会を得られた学生諸君は幸いだ。
・「Captivating」
This is an incredibly insightful story. With its and deep exploration of the relationship between father and daughter, Coetzee successfully brought out a story that is difficult to forget. The characters are rich and portray deep, though extreme emotions, rationale and impulse. Though quite understated and subtle, the writing is nevertheless rich in so meaning. There is everything to learn from this book. Coetzee's writing style is superb, the setting is ingenious and the pace of the novel is fast and absorbing.
In this novel, J.M Coetzee's brilliantly tells the story of the 52 David Lurie, a professor of communications at a Cape Town University, who is twice divorced and went around with the notion that having a woman is no problem. But when he realest that he is no longer alluring, he sought the convenient service of a prostitute, an arrangement that eventually came to an end, leaving him with no outlet for his virility. David Lurie finally convinced himself that an affair with a young female student was not bad after all and went for it. But then the complaint of sexual harassment turned his academic life upside down as he is fired. The unwritten rules of the society ensured that he longer found a place amongst them.With that realization, David Lurie travels to the country side to a dangerous and isolated farm to write and spend some time with her daughter who ran an animal refuge and sold produce and flowers. Lucy as she is called is violated by thugs and with that David's disgrace became complete. David suddenly finds himself re-evaluating his life, his ties to people, his relationship with his only daughter, as well as his relationships with women. In all of those, he learnt that love is two-sided, a matter of give and take. In this novel one makes sense of the universally acknowledged fact that a man can understand who he is only when he comes to terms with his past.
Similar disturbing but riveting tiles are: DISCIPLES OF FORTUNE, CRY THE BELOVED COUNTRY
・「この作品自体が、一編の詩である」
まず持って英語が素晴らしい。これほど平易な表現でこれほど人の複雑な感情が伝えられるのかと、驚嘆するほかない。これ一編がひとつの詩であると考えて良い。効果的な英語表現に興味のある人は、この作品から相当学べるはずだ。作品自体も、人にとっての性、生の意味を相当深いところで捉えていると思う。主人公のデヴィッドと、娘のルーシーはある意味相似形で、お互いの中に自分を見ているのだと考えられるが、そこにポストアパルトヘイトの南アフリカにおける社会的現実がオーヴァーラップする。出来れば、原文の英語で読んで欲しい秀作である。
・「ある意味完璧な世界」
「村上龍は、結局これが言いたかったんだ。」と言っても過言ではない作品かも知れない。彼の苛立ちの殆どの要因は、曖昧で和を重んじるだけで「結果」を最優先事項とすることが馬鹿らしいくらいタブーとされている現日本の腐りきったモチベーションに対するものでもある。私自身働いていて思うが、「会社員」として一番大事なのは、「仕事に対する誠実さ。」ではなく、「その場を、いかに上手く誤魔化すか。」である。その陳腐な構図は、今や国家レベルで日本列島を当たり前のように腐食させている。何故ならそれをやってれば、「世界のことはわからないが、とりあえず日本国内では可愛がられる。」からだ。私は、個人的に肌身に染みて知っているが、そんなもので絶対に「長期的利益」は上がらない。いずれ今の日本は、「危機感」と「当たり前の生活」に飢えた発展途上国に簡単に追い抜かれてしまうであろうことは、確実だと思う。「飢え」と「危機感」は、生命体が何らかの進化をとげるのに、最も有効的な分子的な触媒以上の爆発力を持っているからだ。だから私は、この作品鑑賞して見る限り、村上龍が、安易に日本批判を趣味としているとはどうしても思えない。批判せざるを得ない要因が、世界の目から見て、明らかに日本を題材にした場合に多すぎるのは、世界の公正な目から見て、あまりにも現日本が甘すぎるからだ。その甘さを、この作品は完璧に払拭してくれる。むしろ世界を凌駕してくれている。フィクションというだけで絶望的かもしれないが、そこからフィジカルでストレートなモチベーションを引きずり出してくれるのは、私にとって、この作品だけかも知れない。
・「村上龍のディープ・インパクト」
とにかく圧倒された。まわりの景色がわからなくなり、時間と場所の感覚が無くなっている、そんな状態がおとずれる。作品の出来や文章の質を問わずともかくインパクト、ということならダントツで1位に挙げる。ゆえに時間のない時片手間に、というのは絶対にいけない。「もしも○○でなかったら」「もしも○○だったら」というのはドリフは言うに及ばずこれまでも各メディアで表現されてきた題材であるのに、このインパクトというのはいったいなぜなんだろう。思うにこの作品は、「体感」とくに「痛覚」に訴えるように書かれている。だいたいがしょっぱなから、雨の山中をえんえん行進、ああ、しんどい。その後も手足がちぎれとび、目には砂が入り、とにかく痛い。ごていねいに、アメちゃんの相手をさせられる村の女の子のピアスまで引きちぎられる。ああ、痛い。にもかかわらず、痛みを感じなくなる幻覚剤によって死ぬまで撃ち続ける兵士、なんて人をおちょくったものまで登場させて、さらに読者の「痛覚」が刺激される。村上龍は徹底して「この痛みを感じろ」と迫る。「頑丈なやつ」村上。キッツい作品だ。でも、体で感じた痛みは忘れない。何かをふっきりたい時には効くかもしれない。そんな痛い小説。
・「「凄い!」小説です」
内容を追うごとに肌がひりつく様な感覚を覚えます。決して安心して読めるという類の本ではありません。主人公が体験する2度の戦闘シーンはあまりにも長大で、読んでいると胸が苦しくなってきます。中間部にある無駄なものを一切排したようなアンダーグラウンドの世界の描写がその感覚に拍車をかけるかのようです。ここまでインパクトのある本は近年みたことがなかったです。作者は現代の作家と呼ばれる方々のなかでも一線を画した存在だと思わされました。
・「戦う国家」
主人公、小田桐は気がつくと森を歩いていた。そこは、この世界より5分進んだ世界であった。はじめは戸惑いながらも生きていく小田桐が、もとの世界に戻るためにUG軍と行動を共にする。
自分の生活を根底から覆す「5分後の世界」。小田桐と自分を重ね合わせる事によって今の自分への甘えをつくづく感じさせられ、『生きる』ということも考えさせられる。一度は読んでみる価値あり。
・「時計を五分進めてみるという行為」
読む前は、村上龍が「歴史のイフ」あるいは「パラレルワールド」に挑戦したのかなぁ、などと漠然と感じていた。ノベルス系で有象無象あふれている「仮想戦記」の龍バージョン? と。
しかしもちろん、そこは村上龍である。本土決戦決行後の日本を描くとは……。本土壊滅後もゲリラ戦を技術力、そして勇気とプライドでサバイブしていく(もう一つの)日本人たちの姿は、爽快にして鮮烈に印象に残る。颯爽とした兵士たち、カッコいいんだな、コレが。
だけど、現代日本というか、戦後民主主義へのイラ立ち、絶望は、決して「ぷちナショナリズム的」じゃぁ、ない。小説家の矜持を持ってスマートに描かれているのだ(主人公・小田桐がのぞく「五分後の世界」の歴史教科書をご覧あれ!)。
執拗な戦闘シーンの描写には意見が分かれるところだろうが、私は是。あの迫力、リアリティこそが、読者の時計を「五分進め」るスイッチなのではないだろうか?
●ベーコン
・「九つのメニューにのせて……」
九つの食べものと、九人の人生のある時をすくいとった短篇集。『ズームーデイズ』を読んだ時も感じたのだけれど、ここのところ井上荒野さんの文体は、以前にはなかった軽みというか、少しばかりの諧謔を含んで読んでいてとても心地いい。
小学生から初老に踏みこんだ人物まで、年齢も性別も異なる九人の人たちの人生のある局面が描かれてゆく。
どんな状況にあっても、人は食べる。誰かと食べることで、その食べものは意味をなす。思い出に刻みこまれ、ある日ある時を鮮明に浮き上がらせるものとなる。日常とはなんと煩雑でなんと悠長なものだろう。自分の時間でありながら、時としてそっぽを向かれるような感じ。そんな日常を抱えた人々がそれでも誰かとことばをかわし、戦うのではなく諦めるのでもなく、淡々と受けいれているようすが、なんとも愛おしい。心のなかの屈託や悩みを単刀直入に口にできる人なんて、そうそういないのだ。みんな、ある日ある時の思いを積み重ねて生きている。その思いと重なった食べものは、誰かの面影とも重なっている。
じんわりと心満たされる短篇集でした。
・「絶妙な味わい」
今の自分がぴったりしっくり共感出来る短編集で、思った以上によかったです。いくつかの物語で、たんたんとした大人のわりきりが描かれていますが、これは自分がこの齢になってやっとわかることで、かなりぐさりときました。今まで自分の心の動きと食べ物の相関関係を意識したことがなかったので、この小説をきっかけに、そういった断片で自分の人生をみてみるのも楽しそうだなと思いました。
・「中心事象の不在」
ごく短い9つの物語に、不倫をとりまく人間模様が、角度を狭めてピンポイントで描かれる。それぞれの物語の空白感が面白い。何かが足りないと感じながら生きている空虚さが濃密だ。世の中の大切なことや重要な決定は、どこか自分の知らないところで進んでいる、という感じ。 「父の水餃子」は、実父の井上光晴を色濃く反映していて味わい深い。「目玉焼き、トーストにのっけて」のアバンギャルドな暴走ティーンズは、井上にしては異色作でこれまた面白かった。 だが、白眉は「煮こごり」だ。興味深いなぞの老人鵜飼をめぐり、周辺の女たちが右往左往しながら、結局鵜飼については何一つわからないまま物語が終わる。人生がわかると思うことなんて、錯覚に過ぎないと、強烈に思い知らされた。
・「食の思い出は深い・・・」
栗を食べると死んだおばあちゃんを思い出したり、ブルーベリーを食べると元彼を思い出したり・・・。人にはいろいろな思い出があり、それに付随する食べ物の思い出もある。
不倫中の女性、仕事にいけなくなった男とその妻、離婚寸前の夫婦の子供・・・。いろいろな立場の人間が主人公となって描かれた9つの短編です。
さらりと読める小説で、女性は好きだと思います。好きな人と食べた食事をふと思い出してしまう・・・そんな小説です。
・「食するということ」
九編からなる短篇集。どれも食にまつわるストーリーで、性欲と同じように食欲はなんて淫靡なものであるんだろうと思いました。一話めにある『ほうとう』は食欲が満たされてこその愛情を感じます。または愛情が満たされてこその食欲を。人と付き合うとき、その人と美味しく食事ができることが重要な意味があることがわかりました。それが親でも子供でも男性でも女性でも。
・「東野さんはやはり天才です・・☆」
東野さんの作品は大好きで殆ど読んでいます。いつもいつも奇想天外な発想と人間的な情愛と理数的なトリックの数々にハラハラドキドキしながら楽しんでいます。今回の作品もとても期待していたのでゆっくり読もうと思っていたのですが、その誓いも虚しくあれよあれよと言う間に読み進んでしまって気がついた時は時既に遅しで・・もう読み終わっていました。とても悔しくさえ思っています・・笑石神さんの風貌や情愛の心が哀しくてつらくて最期は涙が止まりませんでした。でも彼なりにとても幸せだったのではないかと思います。だって人生を賭けても惜しくない素敵な女性に出会う事ができたのですから・・東野さんの作品はいつも哀しくても心が清清しくなります。
・「最高傑作」
東野作品は20作くらい読みましたけど、自分にはこれが最高傑作です。若干突っ込み所はありつつも見事な叙述トリック、そして石神の純粋すぎる愛と湯川の優しさを描いたストーリー、どちらも大満足でした。結末は賛否両論ですけど、自分はこれでよかったと思います。最後の石神の叫びには悲しさだけじゃなく、喜びも含まれてるような気がします。ちなみにこれから読まれる方は先に「探偵ガリレオ」「予知夢」を読んでおいた方がいいです。草薙と湯川の関係や、湯川のキャラクターを把握しておいた方が今作を何倍も楽しめますので。
・「現時点での最高傑作かも」
東野作品はほぼ全作品を読んできたが、個人的には、本作は今までの最高傑作ではないかと思っている。「白夜行」の精密さと「秘密」の感動を併せ持った作品とでも言えばいいだろうか。小説としての完成度は言わずもがな、ミステリとしても一級、巧妙に読者をミスリードする手腕は今更ながら見事と言うほかない。ラスト、それまで殆ど感情を表に出さなかった天才数学者がみせる慟哭は深い余韻を残すが、そこにあるのもは悲しみやせつなさだけではない。読者はその先に、ほんの僅かだが光を見ることができるのではないだろうか。とにかく、全ての本好きに勧められる必読の書だと思う。
・「一気に読みきりました。」
世間とある種隔離されて生活する主人公の切ないほどの片思いが感じ取れました。高嶺の花に恋焦がれるのに一歩が踏み出せない、踏み出しても続かない、空回り・・共感してしまいました。ですが直接の言葉としては書かれてないので、人によっては気持ちが見えにくいかもしれません。人の心理描写がうまく、私は特に物理学者の“一目置いていた人のあまりにもあっけない最期”への嘆きとやるせなさに胸打たれました。感動できる作品だと思います。
・「献身する“2人”」
“ガリレオ”湯川助教授のシリーズ第3弾かつ初の長編である本著ですが、一言で言えば「素晴らしい」でした。 トリックは意外性があり、また登場人物の人間模様(特に石神と靖子)も私は「なるほどな」と思わされました。 ただ湯川助教授と草薙刑事の名コンビの距離感が前2作(『探偵ガリレオ』『予知夢』)に比べてあったのが少し悲しかったのですが、ストーリー上止むを得ないと解釈しています。 また最後の湯川助教授の行動には賛否両論ありますが、個人的には彼の「優しさ」からきているものだと思っています。(つまりアリです。)また最後の彼のセリフには感動しました。
・「ダメ人間から目が離せない」
ホームレスに憧れる男、アイドルオタク、頭の悪そうなフリーター女子、ギャンブル中毒の男、売れないお笑い芸人を好きになった女の子。世間的にはダメ人間に分類され、本人は大真面目だが傍からみると滑稽という人たち。劇団ひとりのコントなどは彼らの真剣さゆえの滑稽な部分を表現して笑いを取る。だが、小説では彼らの内面を中心に描いている。傍からみると笑えていたダメ人間たちだが、真剣に生きて思い悩むひとりの人間として浮かび上がってくる。
いきなりこのレベルの短編集が書けるとは、芸人にしとくのはもったいない。ベストセラーになるのも頷ける内容だ。ぜひ小説家に専念して欲しいと本気で思う。
・「不思議な魅力がある本です」
あまりにも評判が良かったので、手に取りました。前評判がいい本の場合、期待しすぎてがっかりするケースもよくありますが、正直言って評判以上におもしろかったです。
第一の魅力は登場人物。ホームレスに憧れる男性、アイドルを一途に愛し、応援し続ける男性、「なんとなく」カメラマンになりたいと思っているフリーターの女性、悪者になりきれない小心者のギャンブラー、売れない芸人に恋して上京した女性など、ちょっと社会からはみ出した感じなんだけど、自分の心の片隅にも住んでいそうな人たち。さえないけれど、自分らしく生きようとする彼らの純粋な姿に、ある時は笑わされ、またある時はしんみりさせられます。
第二の魅力は、劇団ひとり氏の人間観察力とそれをユニークかつ適切に表現できる筆力ですね。頭の中にイメージは浮かび上がっても、それを実際にことばで表すことはとても難しいことです。本業でもないのにこのレベルのものが書けるのはすごいと思います。
第三の魅力は、意外性のあるプロットと人物のつながり。読めば読むほど、「もしかしてこの人は…」という発見がありそうです。
そして何よりも、各登場人物へ向けられた温かいまなざしが、すがすがしい読後感を誘います。「自分は自分なんだから、そのままでいいんだよ」と背中を押してもらえた気がします。
・「せつない。わらった。」
一生懸命生きていてもなんだか空回りしちゃって、でも力を抜いて生きてみても、結局だめだった。そんな空回りな人々が織成す物語。純粋で面白いと思いました。生命力にみなぎってる人よりもこういうチョッと何かが欠落してる人のほうが味が出ていいんだよなぁ。なんて思いながら読みました。
・「思わぬ拾い物と言うべき、いとおしい一冊。」
驚いた。 そのナイーブで自意識過剰な感情表現の豊かさ。 お笑い芸人としての、類まれなユーモアとペーソス。 社会の片隅でみっともなく生きる、名もなき人々へのシンパシーと 優しい眼差し。 ミス・ディレクションや、時系列をずらしたレトリックを散りばめた "物書き"としての力量の確かさ。 各エピソードのラストの、余韻の味わい深さと暖かさ。 正に、切なくていとおしい、いつまでも手元に置いておきたい一冊。 劇団ひとりが、チォン・ユンファに見えてくる(笑)。 恩田陸同様、次回作へ期待大だ。
・「すっかりファンになりました。」
もともと劇団ひとりさんは好きでしたが、この作品には驚きました。どうも、「芸能人が書いた本」みたいな冷めた感覚が心のどこかにあるようで。
この作品、1日で読みきりました。本当に、この本大好きです。これはずっととっておきます。文章も読みやすく、心情の描写も素敵です。すごい才能あると思います。
是非!あらすじを読まずに、すぐ作品に入っていただけると良いです。
心にじんわりきますし、「ここはこうだったのかっ!」ともなるんです。
自分の中の傑作本の上位です!
ぜひドラマ化してほしいです。
●紫の領分
・「非日常の日常」
予備校講師である主人公が二つの街で別々の女性とそれぞれ生活を送っているというきわめて非日常な状況が日常であるという設定の中、この本の表紙のように雪の中に一本の紫の線が張っているがごとく張り詰めた言葉が主人公の日常が徐々に破綻していこうとするストーリーをつむぎだしている。
今日と同じ明日が来ることを
何も疑わず信じて生活せざるを得ない状況がいかに恐ろしく張り詰めたものでなくてはならないか理解できる人にぜひ読んでもらいたい。
・「うっとうしい盛り上がりのない辛いお話」
横浜と仙台に二重生活を送る数学講師手代木、横浜の家庭には晶子、仙台の家庭には美和がいる、2つの家庭を行き来する生活、同僚の神田の自殺、その友人山岸の追求、うっとうしい盛り上がりのないストーリー、辛いお話
・「自転車ロードレースの物語」
他の方も書いているが、「ミステリー」だとか「サスペンス」を期待して読むのは間違いだろう。これはいわゆる殺人や犯人探しの物語ではないから。
しかし、そんなことは面白さとは関係ない。これは「サイクルロードレース」という、日本人にはまだ馴染みの薄いスポーツに人生をかけていこうとする若者の物語。ロードレースならではのルール、組織、葛藤、問題をこれほど見事に盛り込んだ「小説」が日本でやっと生まれた、記念すべき作品ではなかろうか。
主人公は自転車ロードレースのプロチームに所属する「アシスト」。アシストとは、リーダーたる一人の選手の為に走る、支える存在。でも、彼らがいるからこそ、リーダーは勝利への責任を負っているのだ。「サクリファイス(犠牲)」とは、はたして何なのか、そして誰なのか。最後まで気をゆるませない展開と、可能性に満ちたラストシーンに、読後は知らずに涙していた。
ロードレースのファンなら、読んで損なし。そして、これからロードレースを知る人にも。
・「エースの本質」
この物語の真の主人公は、アシストのチカではなく、エースの石尾だ。
彼にとって、「勝利」とは何なのか。
アシストのチカは、単なる語り部にすぎない。
エースの石尾の生き方が、強烈で、そして爽やかだった。
「非情にアシストを使い捨て、彼らの思いや勝利への夢を喰らいながら、 俺たちは走っているんだ」
エースとしての勝利への執念。そしてその彼が、最後に選んだ行動とは。。。
エースの石尾を、もっともっと見ていたかったよ。
・「評判どおり(私は自転車乗り派です)」
自転車ロードレースの世界が書かれているので読みました。 序章の出だしはこう始まります。「静かだと思った。日本語とフランス語の入り混じった怒号と、近づいてくるヘリコプターの音やオートバイのエンジン音、耳元で誰かがが成り立てているのに、なにも僕の心には響かない。んrつに出とけたアスファルトに、少し筒赤い血が広がっていく、、、、、、、、、、、、、、どこからやりなおせば、この結果が避けられるのだろう」 とあります。この序章は下手だなあと思ってましたが、うまく私は最後近くまでだまされてしまいました。(だまされたという意味では、タイトルのもつダブルの意味にも)というのも、思った何倍も自転車に対する描写が正確なんで、そちらに気を取られていました。いや完敗です。
・「自転車ロードレースという新ジャンル」
おおう。こんなに面白いなんて。ラジオのブックレビューで「今年のこのミスでは、必ずや上位にランクインする本です」と断言されて、思わず買っちゃいました。 自転車ロードレースという、日本にはなじみの薄いスポーツを素材に、とても魅力的な物語が完成しました。自転車ロードレースの特徴と魅力が、物語の根幹に深く食い込んで、素晴らしいと思います。 だって、’自転車ロードレースの期待の新人の成長物語‘と聞いたら、読書好きの皆さんなら、読みたくなるでしょ。ツール・ド・フランスって聞いたことあるけど、どうなの。日本人競技者にとってはどんな感じなの。んで、世界の常識としてはどうなの。 知的好奇心と、サムライ魂を満足させる、極上のサスペンス・ストーリーです。もちろん、掘り下げの浅い登場人物は出てきます。ボリュームからしてしかたないです。でも、こういう適当な厚さの良書っていうのは、私は断然支持します。
・「切なく、悲しい…」
サクリファイス=犠牲というタイトルに内容が、よくマッチしてました。自転車のロードレースのお話ね。全くこの分野って知識がなかったのだけれどもその面ではいろいろと知識を持つ事が出来て面白い!!
でも…。全体の内容としては、悲しすぎる…。一途に命をかける選手の姿。そして、互いに思いやるその気持ちが、あまりにも痛々しい。厳しい世界だからこそアスリート精神が、自己や他人を犠牲にしてまでも一とされる。ぜひ誰かにお勧めしたい作品でした。
・「超小説」
村上氏はウエハラの人物像をいかにして創りあげたのだろうか。主人公の心理の変遷は緻密で正確に、描写されていく。そのリアリティーは読んでいる側までもを、ウエハラの意識と同化させていくようだ。この作品は小説というカテゴライズを超えていると思う。村上氏の捉えるテーマは、(良くも悪くも)日本の未来へとつながっていく何かに直結する。氏は自らを翻訳者と呼ぶがその徹底した姿勢こそが、作品の無駄を省き、リズムとエネルギーを生むのだろう。共生虫という物語はいかなる情報を通過させているのか、それを知ることは難解かもしれないがやってみようと思う。
・「2回読みました。」
自分が一番印象に残っているのは、ココアを飲ませてくれた女とのやりとりの場面ですね。。あの女の家の雰囲気はとても異様でした。自分も実際に入ってみたい。しかし、女が見せてくれた映像は何なんでしょう。これまた異様で恐ろしくて。奇病から始まって、戦争の古い映像など、ディテールの描写がとてもリアルで恐ろしかった。。
・「恐ろしいほどにリアル」
どうやって取材できたのかが不思議になるほど1995〜2000年辺りの当時のインターネット情勢をこれでもかというほど生々しくリアルに書かれています
会話一つにしてもリアルで確かに当時『お前のメールアドレスからお前の本名住所を抜き取った』と脅す自称ハッカーさん達いました(笑)今でもたまにいるかな(苦笑)
この作品は当時ネットの掲示板等にはまってた人ならみんな驚かされるんじゃないでしょうか。それくらい登場人物の会話等含めてリアルなんです。
・「ああっ哀しい!」
「最後の家族」の直後に読みましたが、それと対照的に、(普通の意味での)夢も希望もありません。暗くて淀んでます。家族を捨てた主人公が無茶な凶行に走ります。それには結構スカッとする部分もありますが、やっぱりどこか寂しく哀しい。
・「悲壮なのにどこかポジティブな結末」
引きこもりのウエハラはインターネットでインターバイオという組織を通じて共生虫の存在を知ったことをキッカケに凄惨な事件を引き起こします。かなり残酷なことをやらかすわけですが、悲壮な結末なのにどこかポジティブな著者独特のお話の終わらせ方で、インターネット社会とかへの警鐘というよりも、「引きこもり」が社会の歪んだ部分から産み落とされた鬼子であることをウエハラを通じて描き出されています。
●乳と卵
・「今後が楽しみ」
第138回芥川賞受賞作品。前回候補作『わたくし率 イン 歯ー、または世界』の文体は強烈に個性的で、この文体のままやっていくつもりかな?と思っていたら、テイストを保ったままずっと読みやすくなっている。個々の文章は異様なまでに長いのに、大阪弁モノローグ主体の文章の流れに身を委ねていると、苦労せずに情景やら心象風景やらが頭に入ってくる。見た目と違って読者に優しい小説だ。ストーリーも最後にきちんとカタルシスがあり、作風は180度違うけれども、著者の敬愛する村上春樹並みにサービス精神が溢れている。受賞第1作「あなたたちの恋愛は瀕死」も収録。文章はオーソドックスで大阪弁も登場しないが、主人公の息遣いまで聞こえそうな文章は紛れもなく著者独特のもの。小説を書き始めて間もないのに、すっかり個性を確立していて頼もしい。
・「似ているようで似ていない、他のどこにもない未映子ワールド」
最初の一行から最後の一行まで、一切の無駄も隙もない文章。ぐいぐいと読まされて、本当に新人?とびっくりです。前回の芥川賞で前作が候補になった時、町田康にそっくりと非難する声があったそうだけど……違うじゃん。単に大阪弁の語りというならむしろ谷崎潤一郎だし、作者本人は逃げも隠れもせず樋口一葉ですと言ってるんだし、多和田葉子が好きという言葉も出てくるから、おいくつですか?と本当にびっくりです。寺山修司とか岸田理生の匂いもするし、椎名林檎っぽい気もするけど、もうそんなんどうでもええわ、他のどこにもない、古そうでいて新しそうでいて、本当に凄い新人。凄いです。 たとえばもう、15ページから続く飲み屋街の描写ひとつとっても、饒舌というよりは本質のど真ん中を突くストライク。豊胸手術をしたがる母と、初潮を恐れる娘という設定にしても、その母子と語り手の距離感にしても、三日間のできごとがきっちり並べられた作品構造にしても、全てが満点。今日からファンです。
・「テーマは自分の「からだ」」
受賞で話題となり読んだ「わたくし率・・・」でKOされた。本作はある程度予想していたが、前作よりはるかに読みやすい。とは言え独特のリズムある文体はそのままで、今回も読むごとに世界に引きずり込まれた。なにしろ文章からあふれるエネルギーがすごい。関西弁であるのも必然だと思えてくる。クライマックスでは「魂の開示」のような壮絶なシーンが繰り広げられるが、それが面白いのなんの。卵、卵細胞、卵子、そしてメタファーとしての玉子をツールにつながる。性徴に戸惑う娘と豊胸しか頭にない母親。思春期の女の子はもちろん、体の成長をそのまま受け入れることが難しかった男性にも大いに共感できるだろう。併録の作品は、これまでの2作と違い頭にすっと入って来ず短いのに手ごわい印象だった。
・「テンポの速さ」
いいと話題なので、手にとってみました。一文の中で、これでもかという程、次から次への描写が書かれていて、テンポが速いので読みやすかったです。しかも、関西弁がより一層、物語の流れの速さをうながしているような感じがします。そして、この作者さんは、前回の「歯」の事もそうですが、実際に経験した事柄などを、文章の中で生かしてあると思いました。物語に結論というものがなく、普通なら一体なんだったんであろうかと思うところを、読後何も思わずすっきりと終わったという感じにさせるのもこの作者ならではの魅力だと思います。次に出るのが楽しみな作家さんです。
・「ちちとらん」
Microsoft Word2007で「ちちとらん」と入力して、変換ボタンを押すと、「父と蘭」と出るところ、「ちち」は「乳」であり姉巻子の豊胸手術、「らん」は「卵」であり巻子の娘であり同時に「私」の姪でもある「語らない」「筆談少女」緑子の、いわゆる卵子と精子が結びつく準備体制が整った女体の神秘・初潮を描き出す、シンガー川上未映子の芥川賞受賞作。 饒舌であり、かつまた大阪弁の面白さ、悲しさ、喜びを納める手腕は前作を凌駕するゆえ芥川賞という事になったのかどうか知らねど、途切れない、長く続く文章の続き具合の心地よさに、思わず脱帽、荒唐無稽の純日本文学のときめきに新たな国民作家の誕生!という掛け声しきり。日本文学を海外に翻訳本で出版する傾向が多い昨今、どういう風に訳するのやら、今からもって超心配するのは余計なお世話。 このお話の最後の最後、あの語らない少女緑子が、母親に向かって一気にしゃべりまくるその親思いの言葉の端々に我々読者は、涙、涙、ああ涙。
・「懐かしい」
随分昔に読んだのですが、何回読み返してもいいですね。映画撮影に使われた三宮のバーは今でも健在。ピンボールもあります。つい最近、デレクハートフィールドが実は村上さんの創作した人物だと知ってびっくり。でも、騙されたって気はしなくて、とにかく清々しさの残る本。若い人に是非読んで欲しい一冊です。
・「軽さの奥に見える若き作家の卵の意地」
まだ20代半ばの頃、何気に読んだ「ノルウェイの森」の魅力にハマり、次に読んでみたのがデビュー作のこの本。最初は、「ノルウェイの森」の暗く重々しい感じとは全く違うこの