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▼生き急ぐ:セレクト商品

Charles Mingus Presents Charles MingusCharles Mingus Presents Charles Mingus (詳細)
Charles Mingus(アーティスト)

「必聴盤.その106」「一言述べてから演奏する」「ミンガスサウンドの裏最高傑作!!ベースサウンドの金字塔!!」「クールな怒りと高い音楽性の融合。」


The Great Concert of Charles MingusThe Great Concert of Charles Mingus (詳細)
Charles Mingus(アーティスト)

「骨太のCD1と白熱のCD2−充実したジャズの醍醐味」「うなる重低音!!!!!」「「コマーシャリズムと無縁且つ面白いジャズ」」


Coltrane's SoundColtrane's Sound (詳細)
John Coltrane(アーティスト)

「ジャズの虜となった1枚」「三つ子の関係」「アトランティック時代の名盤 玄人受け抜群」「セントラルパークウェスト」


Live at the Village Vanguard Again!Live at the Village Vanguard Again! (詳細)
John Coltrane(アーティスト)

「叫ぶコルトレーン!叫ぶサンダーズ!」「僕にとってはNAIMA!」「コルトレーンのジャズ人生の集大成作」「最高のマイ・フェイヴァリット・シングス」「名盤である。しかし・・・」


Interstellar SpaceInterstellar Space (詳細)
John Coltrane(アーティスト)

「素晴らしいテナーサックスの響き!」「The Rings of Saturn もぜひ!」「隠れた名作」「絶え間なく叫ぶコルトレーン」


Stellar RegionsStellar Regions (詳細)
John Coltrane(アーティスト)

「後期コルトレーンの宗教的極み」「無調とリズムの変化」「コルトレーン、最後のレコーディングセッション」


The Olatunji Concert: The Last Live RecordingThe Olatunji Concert: The Last Live Recording (詳細)
John Coltrane(アーティスト)

「個人的にはコルトレーンの中で最も好きな作品」「音の洪水の中に確かに存在するトレーン」「これが最後のトレーン♪」「BIG BANG of JAZZ」「喜びでいっぱい」


ライブ・イン・ジャパンライブ・イン・ジャパン (詳細)
ジョン・コルトレーン(アーティスト), ジミー・ギャリソン(演奏), アリス・コルトレーン(演奏), ラシッド・アリ(演奏)

「CD4枚組という圧倒的な圧力に耐えられるか?」


Nuits De La Fondation Maeght 1970Nuits De La Fondation Maeght 1970 (詳細)
Albert Ayler(アーティスト)

「アイラー最後の傑作ライブが遂にCD化!」「遂に出逢えた伝説の名盤」「珠玉の演奏」「天上の響き」「ヤバイ!」


▼クチコミ情報

Charles Mingus Presents Charles Mingus

・「必聴盤.その106
 ドルフィー渡欧前、黒人プロテスト、Candidというレーベルの希少性、などがこの作品の注目度を押し上げてる事は否定しませんが、ミンガス作品全般に共通しており、是非体感してもらいたいのが、アウトとハーモニーが不規則に表出してくる、その迫力あるアンサンブル感覚でしょう。少人数編成(4人)でそれを提示したのが本作。 

 個人的なお気に入りは<1>と<4>。ドルフィー(bcl)とテディ・カーソン(tp)の「付いては離れ、また交差する」ハーモニーに、僕は最高に興奮します。各人が勝手に暴れまわっているようでいて、突如視界が開けたかのようなハーモニーがスッと眼前で展開されていく様に、フツーに「カッコイイ」と言えちゃうんです。諧謔的でアクの強そーなミンガスですが、本作の<1>で熱くなれるロックファン、絶対多いはず。

 当時のジャズが持つ攻撃的な黒さ・苦さ、意表をついたアウトフレーズの連続、随所で交わされる情感的な対話、などが本作にはたっぷり。当然、生粋のジャズファンにはたまらない盤となるわけですが、曲間に「ワシらが演ってる間おまいら全員私語厳禁だゴルァァ」みたいなMCが

しつこく入るし(スタジオ録音なのに!)、<2>ではダニー・リッチモンド(dr)がアノ四文字を連呼してて(1960年のアメリカで、だよ!?)、ミンガスのやり過ぎな諧謔精神が目に付くかも。

 フリージャズはなんか恐い、でもまったりしたカクテルジャズなんか聞きたくない、と、程よい刺激を求めるヒトにオススメ。

 ジャズリスナー? イヤ、必聡?でしょう(笑

・「一言述べてから演奏する
1960年10月20日、ニューヨーク、ノラ・ペントハウス・サウンド・スタジオで録音。スーパーバイザーとしてナット・ヘントフのクレジットがある。ミンガスの自伝『敗け犬の下で』を読むとナット・ヘントフに電話している場面が何度も出てくる。ナット・ヘントフはミンガスにとって精神的に重要な存在だったのが分かる。

聴き出すと分かるのだがどの曲もミンガスから『一言あってから』始まる。耳をそばだてると最初は『音楽の邪魔になるから酒を呑んだり音を立てたりしないでくれ』と言っているようだ。まちがいなく本作はスタジオで録音されているので、このコメントはアルバムを聴いているぼくらに対して言っていることになる。前代未聞だ。このアルバムを発売しているキャンディド・レーベルの録音はほとんど全てこの1960年10月20日に録音されているので、この『演説』はキャンディド・レーベルの録音全てにおける共通認識にもなる。

言ってみればこの1960年という年にミンガスは燃えさかっていたのだ。音楽の演奏では伝えきれない部分を言葉にしたり、唸ったりしている。

一方で若きエリック・ドルフィーのプレイが聴けるこのアルバムはいい。この録音の前の1959年11月、ファイブスポットに出演していたオーネット・コールマンのライヴをここでプレイしているテッド・カーソンとエリック・ドルフィーを連れ、ピアノの前に座って聴かせたようだ。そして、『ああいう風にやってくれないか。』と頼んだらしい。ドルフィーののちのちのプレイにはその時のミンガスの『希望』が生きている気がする。

・「ミンガスサウンドの裏最高傑作!!ベースサウンドの金字塔!!
 ミンガスが伝説のレーベルCandidに残したベースミュージックの金字塔的作品であり、この男気あふれるレーベルを代表する盤である。 ジャンルというのは便利なもので、例えば、「ジャズを聴こう」と思ったとき、それが一つの見地となって一連の作品世界への導入をスムーズにしてくれる。しかし時折、そういった視点が作品の本質を曇らせてしまう場合もある。

 ミンガスサウンドはジャズではない。ミンガスサウンドはミンガスサウンドである。表題は決してただの自己顕示欲から適当につけられたものではなく、作品の本質を如実に表しているのだ。従ってミンガスサウンドにビ・バップやハード・バップのようなポピュラーなジャズを期待して望めば何の感興ももたらしてくれないであろう。これは例えば電化マイルスなどにも言えることだ。そこには一律ではないが特殊な視点がいる(※)。

 マイルスが作品ごとに印象を変えていくタイプであれば、ミンガスはどの作品からもミンガス節を期待できる。凄まじいドスのの利いたベース音がイニシアチブをとって織り成す音響のダイナミズムは決してクールさを欠いたものでなくミンガスの強烈な個性という一点で見事に結実している。言うならばこの作品はそういったダイナミズムが最も重たいところまで体感できるものだ。 日本版がキングレコードの低音シリーズから出ていて、オリジナルのモノーラル・マスター・テープからかなり気合の入ったマスタリングをされているそうなのでそちらをお勧めする。またこのキングレコード盤はスイングジャーナル誌名盤蒐集クラブに選定されている。

 Charles Mingus(b) Eric Dolphy(as.bcl) Ted Curson(tp) Dannie Richmond(ds) 

※決して排他的で閉鎖的な堅苦しい意味なのではない。誤解を恐れて明記しておく。

・「クールな怒りと高い音楽性の融合。
コンポーザーとして、又はブルーズ・フィーリング溢れるバンド・サウンドのオーガナイザーとしてのMingusを聞くにはもっと良い作品があるが、JazzベーシストMingusのリーダ-作としては1960年吹き込みの本作品が最も充実していると思う。

いきなりモゴモゴとメンバー紹介をするMingusのMCで始まるこのアルバムは全体に怒りと風刺、いくらかの自嘲、ユーモアといったMingusの個性となるいくつかの要素がバランスよく散らされている。

まずメンバーが最高の顔ぶれで、Dolphy、Cursonといったアヴァンギャルドかつハイレベルなプレーヤーがかなり熱の入った演奏を繰り広げ、フリーに走る寸前で、Mingus自身のベースがブルージーな曲の骨組みと展開をしっかりリードしていく様は非常にハードボイルドでかっこいいです。

Charles Mingus Presents Charles Mingus (詳細)

The Great Concert of Charles Mingus

・「骨太のCD1と白熱のCD2−充実したジャズの醍醐味
1964年4月19日パリ・ライブ録音。人気盤“Cornell 1964”の1ヵ月後の録音で、トランペットが抜けた5人編成。

CD1硬質のピアノのもとで、2管が刺激し合って高揚し、強いドラムスに呼応してベースが深くブンブンうなる。“Cornell”の初々しい青年たちは一気に大成してしまい、どす黒いほど男臭い演奏を繰り広げる。各人がプレヤーというよりはジャズマシンのごとく演奏に没頭し、響きは深く、ズンズンくる。“Cornell”にあった観客との楽しい掛け合いの間合いはなく、観客はグングンひきつけられるばかりだ。エリック・ドルフィーの充実ぶりがひときわ目立つ。“Cornell”を午前中に聴くなら、こちらは真夏の夜に音量を上げて聴きたい。

CD2男性的なCD1に対して、こちらはいくぶん女性的で、楽しさが加わり、観客も楽しげだ。演奏は盛り上がって広がり、白熱し、満ちてくる。

この力強い2枚組みは、太くて大きいミンガスに浸れる名品だ。

・「うなる重低音!!!!!
全編を通してミンガスのベースがブンブン唸っている至福の約二時間です。明確に聴き取れるドルフィーの息遣い、バイアードのストライドもぴょんぴょんと跳ね回っています。

・「「コマーシャリズムと無縁且つ面白いジャズ」
ミンガスのコレクションはどうも決まらぬ。「この一枚」は「この一枚」「コマーシャリズムと無縁且つ面白いジャズ」の貴重な実例。ドルフィーももちろんグッドです。

The Great Concert of Charles Mingus (詳細)

Coltrane's Sound

・「ジャズの虜となった1枚
この疾走感と緊張感はいつ聞いても身震いするほどだ、特にソプラノで吹かれた「セントラル・パーク・ウェスト」は絶品。

・「三つ子の関係
1960年10月21日から26日までの6日間にコルトレーンは3枚のアルバム分以上の驚異的なレコーディングを行っている。これが編集して出来上がったアルバムが、『マイ・フェイバリット・シングス』・『コルトレーン・プレイズ・ブルース』そして本作『コルトレーンズ・サウンド』である。こういう集中的レコーディングが出来るということが天才の証でもある。僕の敬愛するキース・ジャレットも1983年1月ニューヨークで『Standards vol.1』、『Standards vol.2』、『Changes』の3枚を同時録音している。僕はこの3枚をキースの三つ子のアルバムと呼んでいるが、そういう意味で『マイ・フェイバリット・シングス』・『コルトレーン・プレイズ・ブルース』そして本作『コルトレーンズ・サウンド』もコルトレーンの三つ子のアルバムである。アルバム・カバーはマーヴィン・イズラエルの手によるものである。これだけは三つ子の中で際立って素晴らしい。1960年4月にコルトレーンがマイルスの元を離れ、自らのグループを始動した時にはドラマーはビリー・ヒギンスだった。それがここからエルヴィン・ジョーンズになっている。この有機的なリズムを生み出すドラマーの加入がコルトレーン・サウンドにいかに不可欠であったかは本作を聴けばあまりに明白である。彼のはじき出し生成するリズムは一つとして同じではない。そこが凄い。

閑話休題、モード奏法を確立したコルトレーンにエルヴィンの有機的ドラム。ジャズの至福の時をこのアルバムは与えてくれる。

・「アトランティック時代の名盤 玄人受け抜群
同時期のマイ・フェイバリット・シングスと比較するとポピュラーさにおいて一歩譲るが、内容的に決して引けを取らず、むしろ玄人には支持されるアルバム。個人的にはNight Has a Thousand Eyes、Central Park West、Body and Soulなどの曲が好きで、それだけでもうれしくなるが、演奏内容もハードかつバランスがいいし、この時期の安定感によって裏切られることなく、最後まで聴ける。もちろん、マッコイ、エルビンといった最高の理解者・共演者がいたからこそ実現できたことはいうまでもない。この後どんどん進化していくコルトレーンだが、このまま2,3年このような演奏を続けてくれていたならなどと、勝手な願望をしてしまうほど、すばらしいユニットだった。生き急いだコルトレーンが、頂上を目指し、3合目くらいの新鮮な、そして夢を抱いた時期の演奏であり、アトランティック時代の傑作のひとつである。アーティスティックなジャケットも秀逸だが、内容以上にアヴァンギャルドなデザインといえなくもない。

・「セントラルパークウェスト
「central park west」はstarving artist crew というヒップホップグループがサンプリングして升。

Coltrane's Sound (詳細)

Live at the Village Vanguard Again!

・「叫ぶコルトレーン!叫ぶサンダーズ!
1966年5月28日、NYヴィレッジ・ヴァンガードで収録されたライブ録音です。前年の1965年あたりからコルトレーンのライブパフォーマンスは、どんどん長時間にわたるものになり、1曲にかける時間が数十分にも及ぶことも珍しくなくなっていました。これは65年に収録されたフランス・アンティーヴ・ジャズフェスティバルでの実況盤を聴くと分かります。しかし、そんなコルトレーンの趣向にオリジナルメンバーだった、エルヴィン・ジョーンズ(ドラム)やマッコイ・タイナー(ピアノ)はついて行けなくなり、唯一残ったのがベースのジミー・ギャリソン1人という状態。そこで、アンティーヴ・ジャズフェスティバルの後くらいから、ファラオ・サンダーズ(テナー&フルート)、ラシッド・アリ(ドラム)、コルトレーンの2度目の妻でもあるアリス・コルトレーン(ピアノ)、エマニュエル・ラヒム(パーカッション)を新たにメンバーとして迎え、後期コルトレーンサウンドが作られていくことになります。

そんな意味では、ライブアルバムとしての名盤「Live in Seatlle」と並んで後期コルトレーンを語るうえで重要な意味をもつのが、この作品です。「Live at the village vanguard」というと、この作品の5年前に同じ場所で収録されたかの名盤を連想しますが、5年前のライブパフォーマンスとこのアルバムとを比較しても、まったくと言っていいほど共通項が見当たりません。より深く精神世界の表現に没頭していたコルトレーンのプレイは悲鳴にも似た悲壮感を秘めていて、それを助長するかのようなファラオ・サンダーズのプレイとの相乗効果によって、聴く者を一種のトランス状態へと誘います。エマニュエル・ラヒムが終始打ち鳴らす乾いた空気感を漂わせるパーカッションが、そうした独自の音の世界に彩りを加えています。

先の「Live in Seatlle」は後期コルトレーンの特徴のひとつである「攻撃性」「暴力性」が前面に押し出されたライブアルバムでしたが、この作品ではむしろ穏やかで精神世界を追求することによってコルトレーン自身が体得した一種の「高み」が表現されているように感じます。ここで演じられた「Naima」や「My Favorite Things」の2曲は初めて演奏された時のニュアンスはことごとく破壊され、まったく新しい曲へと昇華されています。決して万人受けするポピュラーなアルバムとは言えませんし、初期コルトレーンに慣れ親しんだ人にとっては、ここでのパフォーマンスに触れることは一種の苦痛かも知れません。しかし、後のフリージャズシーンを語るうえでは、決して欠くことのできない重要作品であることは間違いありません。

それにしても、コルトレーンの最初の妻に捧げられた「Naima」をアリス・コルトレーンはどんな心境で演奏していたのでしょうか?そんな週刊誌的で下世話な憶測など彼らにとってはまったく無縁なのでしょうね。

・「僕にとってはNAIMA!
1966年5月28日NYCヴィレッジ・ヴァンガードにてライヴ録音。『ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』から5年。疾走と変貌を続けるコルトレーンにとって既に不動と言われたカルテットも残ったのはジミー・ギャリソンのみ。当たり前だが『続編』ではありえない。『ナイーマ』の荘厳さ、『マイ・フェイヴァリット・シングス』の流麗さ・・・・このアルバムを聴くとアトランティック時代のあの曲がジョン・コルトレーンの中で成長し続け、もう一つの異形にしてフリーな大輪の花となったのを感じずにはいられない。僕にとってのこのアルバムの引力は『ナイーマ』だ。コルトレーンが最初の妻ナイーマに捧げたこの曲。1954年に結婚、63年に別居、66年に離婚している。このアルバムでピアノを弾いているアリス・コルトレーンと出会ったのが1960年。この年はコルトレーンが自己のバンドを結成した年でもある。最初の妻に捧げた曲を演奏する今の妻。何とも罪な曲だ。15:09のこの演奏に色々な想いをはせながら毎度のめり込んでしまう(●^o^●)。

・「コルトレーンのジャズ人生の集大成作
常に妥協に甘んじず、自己の内なる精神を追い求めた求道者のようなジャズマン・コルトレーン。彼にとっては名作と呼ばれる、「ジャイアント・ステップス」や「至上の愛」も単なる通過点にしか過ぎなかった。このライブで聴かれる音こそ、コルトレーンが彼の人生を賭けて追い求めたものだ。ここにあるのは、決して音の垂れ流しなどではなく、気高い精神こそが到達できる音の理想郷だ。ついにコルトレーンは凡世を突き抜け、浄土を成し遂げたのだ。

・「最高のマイ・フェイヴァリット・シングス
コルトレーンは多くのマイ・フェイヴァリット・シングスを録音しているが、個人的にはこれが最高の演奏だと思う。イントロダクションのギャリソンのベース・ソロもベースをギターのように弾く、激しいソロからして今まで録音されたあらゆるマイ・フェイヴァリット・シングスとは別の曲と思うぐらいのソロで、コルトレーンもソプラノ・サックスでおなじみのメロディーを奏でるが、アドリブの内容は今までに無いほどスピリッチュアルで他にも、バスクラやフルートも演奏している。またファラオもファラオでしか演奏できないすばらしいテクニックのソロを聴かせてくれ、コルトレーンのバスクラとファラオのテナーがこの世のモノとは思えない会話を聴かせてくれる。ナイーマもコルトレーンの最初のフレーズからスピリッチュアルの一言!フリーのライブとしては最高におすすめの一枚!

・「名盤である。しかし・・・
コルトレーンの「マイ・フェイバリット・シングス」のベストは「セルフレスネス」の中の一曲と言われるが、この盤の「マイ・フェイバリット・・・」にも驚愕させられる。コルトレーンの魂の底からの慟哭、ファラオ・サンダースの狂気が乗り移ったようなプレイ。名盤だろう。しかし、聴くのが苦しくなってくる。聴き手も、よっぽど元気で気力が充実していないと、聴いている途中で投げ出したくなってくる。へたすると、持っているだけで「聴かない名盤」になってしまう。(松本敏之)

Live at the Village Vanguard Again! (詳細)

Interstellar Space

・「素晴らしいテナーサックスの響き!
 Rashied Ali(ds)を従えた John Coltrane(ts) 最初で最後のデュオ・アルバム。1967年の Coltrane は2月15日「Stellar Regions」、2月22日「Interstellar Space」、2月から3月の間の録音が集められた「Expression」、そして4月23日のライブ「Olatunji Concert」の4枚がアルバム化されている。 インパルス後期の Coltrane で時に顕著だった重力域から脱出しようとするかのような激烈な上昇ブローも、ここでは遂に成層圏を突破して束縛から解放されたかのような伸びやかさを獲得。オーロラのように複雑な彩りをみせるテナーの響きと、動摩擦の大きい音が嵐のように頭の中を通過していく様は気持ちよく爽快で、「Live in Japan」ではアルトによる演奏しか聴けない「Leo」もテナーの響きを活かしきったゾリゾリのブローとなっていて最高。 ソプラノによる「My Favorite Things」で自由に天空を旋回した Coltrane がテナーで同高度の飛翔を感じさせる傑作だ。

・「The Rings of Saturn もぜひ!
この盤を好きな方は、Rashied Ali & Louie Belogenisのデュオも気に入ってもらえるのでは?と思います。音もいいですし、お奨めします。

・「隠れた名作
1967年2月22日の録音で、死の5ヶ月まえ。演奏はコルトレーンとドラムのラッシド・アリとのデュオ。つまり、ベースやピアノは無しと言う特異な内容なので皆にオススメというわけではありません。しかし彼らのプレイは二人だけでも十分激しく、たっぷりしていて、物足りないと言うことは無く、むしろなぜもっと話題にならないのかと残念に思うくらいの出来で彼の最晩年の作品の中で最も知名度が低いのは残念でなりません。自分などは最近話題のオラトゥンジ・コンサートよりもこちらの方が彼のサックスが楽しめて好きなくらいです。

・「絶え間なく叫ぶコルトレーン
コルトレーンの死後、あまたの数の未発表音源が発掘されましたが、サックスとドラムという2ピースによるセッションというのは、唯一この作品だけだと思います。メンバーはラシッド・アリで、1967年2月22日の録音。CD化にあたって「Leo」と「Jupiter Variation」の2曲がボーナストラックとして追加され、全6曲構成になっています。

Interstellar Space (詳細)

Stellar Regions

・「後期コルトレーンの宗教的極み
コルトレーンの死後、未亡人アリス・コルトレーンによって後期の作品が何枚か発表されましたが、この作品もその中の1枚です。1967年2月15日、ニュージャージーで収録。参加メンバーはコルトレーン夫妻をはじめ、ジミー・ギャリソン(ベース)、ラシッド・アリ(ドラム)という後期の定番メンバー。

・「無調とリズムの変化
1967年2月15日ニュージャージーで録音。パーソナルは、ジョン・コルトレーン(ts)、アリス・コルトレーン(p)、ジミー・ギャリソン(b)、ラッシド・アリ(ds)。コルトレーンの死は、1967年7月17日。このわずか5ヶ月後である。ラスト・アルバム『エクスプレッション』と同一録音日のトラック(2・3)もあり、ほとんど最後のコルトレーンの世界が展開していく。それにしてもなんでインパルスのコルトレーンのアルバムはデザインと写真がこんなにカッコイイのだろう。このアルバムなんかホントに最高である。

ぼくはこのアルバムを涙ものの本場米盤紙ジャケットで手に入れたのだが、妥協のない素晴らしい出来映えで、聴く前から唸ってしまった。何と中には、盤元インパルスのオリジナル・ステッカーまで入っていた。これでは資金的に余裕があれば全部米盤紙ジャケットで集め直したくなってしまうではないか。困ったモノである。

その米盤、インナーではディビッド・ワイルドがCD化された1995年6月に本作からラスト・アルバム『エクスプレッション』へのコルトレーンの心象現象について詳細に解説している。特にリズムに対するアプローチの変化について書いている。無調とリズムの変化。それが最後のコルトレーンの表現だったのが理解できる。必聴盤だ。

・「コルトレーン、最後のレコーディングセッション
~最晩年のセッション。もっとも、本当の最後のトレーンをとらえたアルバムは「オラトゥンジ・コンサート」となるのだが、いわゆるスタジオレコーディングはこの時の「エクスプレッション」時のセッションが最後となる。もはや自分に残された時間が少ないと悟ったのだろうか、体に異常を覚える中で録音された、激しいブロウも含む、アヴァンギャルドなジャズな~~がらも、神秘的で穏やかなイメージを想像させる演奏。崇高な精神性を感じさせ、聴く人間の精神を浄化してくれるかのような、優しさに満ちている。この演奏を、まず落ち着いて、じっくりと聴いて頂ければ、これは決して過言ではない事が分かってもらえると思う。~

Stellar Regions (詳細)

The Olatunji Concert: The Last Live Recording

・「個人的にはコルトレーンの中で最も好きな作品
 これまで幾度となく演奏してきたコルトレーンも、きっとこれをもって満足したに違いない圧倒的な「マイ・フェイバリット・シングス」が最高! 遂にこのクインテットが求めたエネルギーレベルに到達したラシッド・アリに、さらに2人のパーカッション奏者が加わり、ドラムスがジャズ史上最も過激に大爆発! 空間の隅から隅までを圧倒的な音量で覆い尽くし、特にコルトレーンがソプラノ・ソロで戻ってくるところ、最後でテーマが再演されるところなどのドラムスの押し寄せ様は、何回聞いても全身の毛が逆立つ。 

 ファラオのテナーも、これまでで最強の出来栄え! 宇宙創生のビッグ・バンの時には、きっとこういう音がしていたに違いないと思わせるほどの超越的な音を大噴出させる。良いとは言えない録音も、ここではかえって戦慄度を高める結果となり、聞いていると何かしないといけないという切迫感に襲われる。明るい暗いといった形容が空しくなるほど根源的で、ここにしか存在しない唯一無二のコルトレーンの音楽に、激しく感動した。

・「音の洪水の中に確かに存在するトレーン
この演奏が死の三ヶ月前だという感動を抜きにしても、録音状態も決して良くないけれども、このグループが聴く人に訴えてくるものが確実にある、そんなアルバムである。“ヴァンガード・アゲイン”を聴いてからこのアルバムを聴くとトレーンが思うがままにサウンドを紡いでいく為にこのメンバーたちが必要だったということを妙に納得してしまった。バンドの“GROOVE”、“一体感”が確実に進歩しているではないか!この音の洪水の中に身を置くこと1時間、前進し続けたトレーンを体感・納得できた喜びは大きい。とにかくすごい!...合掌。

・「これが最後のトレーン♪
過去のレビューでは、音質が劣悪などと書かれていたが、コンサート会場ではない場所でのライブ・レコーディングという状況を考えれば、その状況をさえも記録されているという解釈をするならば、低音が少々ビビルなどというのは全く問題にはならない。パーカーのエアチェック盤並みの音質を覚悟していただけに、このCDの音質に限って言えば「なんだこれ? 普通じゃん♪」つぅのが正直な感想。

で、問題はこのCDの中身だよ!なんだぁ、このトレーンわッッッ!!!すご過ぎる!!!

…などという感想が、月並み過ぎて軽く感じられるほど凄い!

1967年4月23日。この時点でトレーンの肝臓はポンポコに腫れあがっていたはずだ。この録音の数週間後に倒れて、入院して、7月17日に亡くなった。

このコンサートを写した写真は、このCDが出るかなり前から出回っていたが、トレーンは椅子に座ってテナー・サックスを吹いている。かなり具合が悪かったのではないか?

なのに、この演奏である。1曲目のOgundeからヤラれる。ドラムスのラシッド・アリとかさ、あとアフリカンドラムの二名様、この人達、師匠であるトレーンの体調とか気になんないわけ、あ?こんなに激しくビート叩きまくってトレーンを煽りまくってどーすんだよ、ったく!相手は瀕死の病人だっての! 少しは気ぃ使えェェェ!!!(^-^;

アリスは、、、この旦那は何言っても聞かない人だってことは百も承知していたんだろうな、、、最愛の旦那の好きなことを、その死の寸前までやらしてあげようって思ってたんだろうな、、、

ジミー・ギャリソンは、この日も酒を呑んでいたのだろうか?トレーンが亡くなる一年前の来日公演時、ギャリソンはトレーンに飲酒癖をきつく咎められていたそうだ。翌日、移動中のビュッフェでギャリソンは苦そうな顔をしてビールを飲んでいたそうな、、、彼にとっては、ビールはアルコール飲料ではないのか。(^-^;

この録音の2ヵ月半後、トレーン亡くなりしあと、ジミー・ギャリソンの酒量は増えたのだろうか?それだけが、、、気になる。

・「BIG BANG of JAZZ
The details are up to other writings.

・「喜びでいっぱい
聴き終わった後、凄まじい脱力感が襲います。激しい運動をした後の、気持ちイイ脱力感です。このアルバムを聴く際には、充分に体力を温存しておくこと。弱っている時に聴いて、死んでも知りませんよ。

The Olatunji Concert: The Last Live Recording (詳細)

ライブ・イン・ジャパン

・「CD4枚組という圧倒的な圧力に耐えられるか?
末期コルトレーンによる最初で最後の日本公演の模様を収録したライブ盤です。CD4枚組という圧倒的なボリュームで、DISC1と2が1966年7月11日、新宿厚生年金ホール、DISC3と4が同年7月22日、サンケイホールでのパフォーマンスを収めたものです。元は日本のラジオ番組のために録音されたもので、全編モノラル録音。以前はDISC1と2、DISC3と4が別々に発売されていましたが、リニューアルに伴い4枚組に。メンバーはファラオ・サンダース(アルト&テナーサックス)、アリス・コルトレーン(ピアノ)、ジミー・ギャリソン(ベース)、ラシッド・アリ(ドラム)という後期フォーマット。

何よりも全6曲、247分という圧倒的な時間数を通して聴くには、かなりの体力と気力が必要です。もちろん時間的な長さだけの問題ではありません。1年後の早逝を予期したかのようにふり絞るような「魂の叫び」を前にして、ただ呆然としながらも何とか聴き入るためには相応の覚悟が必要なのです。したがって、コルトレーン初心者にはとてもお勧めできません。でも、コルトレーンにどっぷりとハマッテしまっている人にとっては、必携のアイテムであることは間違いありません。

ライブ・イン・ジャパン (詳細)

Nuits De La Fondation Maeght 1970

・「アイラー最後の傑作ライブが遂にCD化!
 名盤との評だけ読み知っていたアイラーのラストアルバム(1970年)が遂にCD化。ライブだけど音質はどうか、リズムのない演奏が延々と続くのでは? などと及び腰で聴き始めたが、これが実に、思わず天を仰いで体を震わすほどの素晴らしさ!!  ベースとドラムだけを従えた「Spiritual Unity」や、バイオリンやチェロを加えた「In Greenwich Village」の編成も良かったが、ここではCall Cobbsを再びピアノに迎えて、いわゆるワンホーン・カルテットでの演奏。オーソドックスなフォーマットゆえに、あのアイラー独特の美がやや近しい感覚で展開される。Cobbsのピアノは、ひたすら流麗かつ典雅にアイラーを後ろから支えていて、このリズム・調性を守るピアノと、フリーキーに熱していくテナーとの対比が最高! みずみずしい感性を披露するアイラーへの、聴衆の暖かい拍手がまた胸を打つ。

・「遂に出逢えた伝説の名盤
 伝説の「ラスト・アルバム」を遂に入手できた喜び!しかもその内容が想像を遙かに超える素晴らしさ!

 アイラーが変死体としてN.Y.のイースト・リヴァーに浮かぶ直前に録音された,文字通りのラスト・レコーディング。もともと肉声に近いと称されることが多かったアイラーのサックスは,ここではほとんど「祈り」にまで昇華されていて,聴く者の心を強く揺さぶります。妻のメアリ・パークスのヴォーカル(最終曲)も感動的… “Spiritual Unity”“Witches & Devils”のハードコア・アイラーもいいですが,この豊穣にして安らかな音宇宙も是非ご堪能あれ!!  

・「珠玉の演奏
名盤との評価の高い本作ですが、まさにその評価に値するサウンド。

名盤"Spiritual Unity"での、タフなプレイからすれば意外なほど、一音一音がやさしいニュアンスを持っており、まるで天に昇るような瑞々しさと神聖さを感じさせる。

Spiritualという言葉が彼のサウンドの大きなキーワードだろうが、一個人的な精神の発露であった初期のサウンドから、より自身の深層まで到達し、ついに普遍的な精神世界へと到達したかのようなそのサウンドは、聴くものもまた、瑞々しい感覚で包んでくれるよう。

一音一音が世界を感じさせてくれる、珠玉の名盤です。

・「天上の響き
自由である。奔放さに圧倒され、そしていつしか幸福を感じる。なにか日常の世界を突き抜けた天上の響きのようで、聴くと引きずり込まれる。これは彼の最後の録音である。この4ヶ月後に自殺とも言われる謎の死を遂げたことと関係させたくなる。

Aylerの音楽は形式にとらわれない。コードによる曲の進行感がない一方、メロディーが自在につながれて進む。だから完結した印象がなく、どこまでも先へ先へと進む感じがする。これは即興演奏を主とするジャズの究極とも言え、ジャズを強く感じる音楽である。

この自由さゆえに、曲を聴くというよりは、Albert Aylerの生の声で話を聴くような印象が生まれる。全体の基調は、意外なほど優しい。人間的な優しさよりも、天上的な慈愛に近い。まるで音楽に包まれるようだ。時に優しく、ただし、あるときはユーモアである。その一方で、動物の呻き声のように突然に荒れ狂う。まるで呪術師や宗教家の話を聴くようだ。意味不明な祈り、精霊との交信が続いたかと思うと、急に天上の言葉が告げられるような。真剣に聴いていると、日常とは離れていく様で、しかし、いつしか至福の瞬間が得られる。一方で、この奔放さに耐えられない人もいるだろう。ポピュラー音楽のように、3分間で完結した話が語られる世界とは異なる。進行感が無く、不安を感じるかもしれない。しかし、じっと耐えた者だけに福音が訪れる様に、メロディーが身体に沁み込む瞬間が来る。少し覚悟が必要だが、ちょっとクスリにも似た音楽だ。

・「ヤバイ!
すごい!

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