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▼グレン・グールド!!:セレクト商品

Bach: The Goldberg Variations /Zenph Re-PerformanceBach: The Goldberg Variations /Zenph Re-Performance (詳細)
Johann Sebastian Bach(作曲), Glenn Gould(Piano)

「55年版が完全ステレオでよみがえる!!」「もっていて損はないですが・・・」「音質はよい。でも・・・」「グールドの魂を召還!」


バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「まさにグールドベルク!」「旋律は流れる風のように」「ジャケット買いもアリ!」「ゴールドベルクの原点」「いつ聴いても新鮮な演奏」


バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「賢者の回答、泣けるアリア!」「この曲のアクシスを変えた」「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです」「グールドのバッハ」「グールドがこのテンポで弾いた訳」


バッハ:パルティータ第3番&第4番(紙ジャケット仕様)バッハ:パルティータ第3番&第4番(紙ジャケット仕様) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「なぜ『イタリヤ組曲』とは言わないのか」


バッハ:イタリア協奏曲バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールドがピアノで弾くわけ」「『ドロップアウト』以前」「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。」「躍動感にあふれたバッハの世界」「『ドロップアウト』以前」


ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」(リスト編)(紙ジャケット仕様)ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」(リスト編)(紙ジャケット仕様) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), リスト(その他)

「もはやピアノ・ソナタのよう」「ピアノという楽器が持っている潜在力を極限まで引き出した名演」


Bach: Keyboard Concertos Nos. 1, 4, 5Bach: Keyboard Concertos Nos. 1, 4, 5 (詳細)
Glenn Gould(アーティスト), Bach(アーティスト)

「幸せな雰囲気一杯の作品」


ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)

「瑞々しさと冬枯れ」「孤高の調べ」「孤高の調べ」「坂本教授が選んでいた一枚。」「グールド演奏で3指に入る名演」


バッハ:インヴェンションとシンフォニア(紙ジャケット仕様)バッハ:インヴェンションとシンフォニア(紙ジャケット仕様) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「ピアノへのこだわり」


バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 Vol.1(第1番~第8番)(紙ジャケット仕様)バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 Vol.1(第1番~第8番)(紙ジャケット仕様) (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「グールドの『旧約聖書』は」


バッハ:フーガの技法バッハ:フーガの技法 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), バッハ(作曲)

「とくに付け加える事もなく...」「オルガン使用の理由」「グールド唯一のオルガン演奏」「グールド唯一のオルガン演奏」「何十回も聞いてしまいました。」


モーツァルト:ピアノソナタ集モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), モーツァルト(作曲)

「我とともに唄え、モーツアルトを!」「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス」「まさに「あいた口がふさがらない」」「買ってください」


The Glenn Gould Edition - Chopin/Mendelssohn/Scriabin/ProkofievThe Glenn Gould Edition - Chopin/Mendelssohn/Scriabin/Prokofiev (詳細)
Frederic Chopin(作曲), Felix Mendelssohn(作曲), Sergey Prokofiev(作曲), Alexander Scriabin(作曲), Glenn Gould(Piano)

「蛇足ですが」「バッハ作品演奏家としてのショパンの側面」「グールドのショパン」「意外と普通」「このショパンは…」


Glenn Gould Edition: Berg, Krenek, Webern, Debussy & RavelGlenn Gould Edition: Berg, Krenek, Webern, Debussy & Ravel (詳細)
James Campbell(Clarinet), Alban Berg(作曲), Claude Debussy(作曲), Ernst Krenek(作曲), Maurice Ravel(作曲), Anton Webern(作曲), Boris Brott(指揮), Glenn Gould(Piano)

「乾いた音と湿った感性」


Bach: Concertos for Piano and Orchestra Nos. 1-5 & 7Bach: Concertos for Piano and Orchestra Nos. 1-5 & 7 (詳細)
Johann Sebastian Bach(作曲), Leonard Bernstein(指揮), Vladimir Golschmann(指揮), Columbia Symphony Orchestra(オーケストラ), Glenn Gould(Piano), Charles Libove(Violin)

「幸せな雰囲気一杯の作品」


Beethoven: The 5 Piano ConcertosBeethoven: The 5 Piano Concertos (詳細)
Ludwig van Beethoven(作曲), Leonard Bernstein(指揮), Leopold Stokowski(指揮), Vladimir Golschmann(指揮), American Symphony Orchestra(オーケストラ), Columbia Symphony Orchestra(オーケストラ), New Philharmonic Orchestra(オーケストラ), New York Philharmonic(オーケストラ), Glenn Gould(Piano)

「新鮮でした。」「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では」


▼クチコミ情報

Bach: The Goldberg Variations /Zenph Re-Performance

・「55年版が完全ステレオでよみがえる!!
グールドの55年版ゴールドベルク変奏曲のモノラル音源を、アメリカのコンピュータ・ソフト「Zenph(ゼンフ)」を使って徹底的に解析し、自動演奏したもの。これまで疑似ステレオ版等がありましたが、完全ステレオ版です。55年版のファンは必聴です。CDステレオ音声の他に、バイノーラル・ステレオ音声、SACDのステレオ音声、SACDのマルチチャンネル音声と全部で4つの音声が収録されています。

・「もっていて損はないですが・・・
55年盤を愛聴しているものとして、この再創造というものには興味がありました。モノラルがステレオ・SACDになっているので、魅力的ではあります。しかし、ピアノがスタンウェインからヤマハになっている事をあげへつらうつもりはありませんが、どうしても人工的な音にしか感じられませんでした。 技術が進めば、もっとこのような「再創造」も進んでいくのでしょうが・・・ ライナーが英語ということを除けば、輸入盤の方が、日本版より若干安く入手できます。

・「音質はよい。でも・・・
興味津々で購入。おそらく、音質は最高に近い、と思う。

SACDのは聴けてないけど、ふつうの層を聴いても音は良いのがわかる。

でも・・・・ピアノのタッチが柔らかすぎる。「弾いている」じゃなく、「鳴っている」感じ。確かに鳴っている音は1955年のものと同じ。

この人のピアノの鳴り方、ジャズのBud Powellに近いと個人的には思っているのだけど、そういう鮮烈さは、ない。ピアノの打楽器的な「ズガーン」と鳴る要素が薄い。オーディオ的には満点に限りなく近いはず。

でも、インパクトはオリジナル版の圧勝。

・「グールドの魂を召還!
半世紀以上前のモノラル録音を新技術により再現してあります。SACDで聴きました。音質は文句のつけようがありません。演奏のタイミングは忠実に本人の演奏を再現できていると感じました。ただし強弱の表現に不満があります。1955年の録音に比べ、フォルテが小さすぎます、鍵盤を叩く力が弱い感じです。これは演奏する機械の問題なのか、または録音後のデジタル処理によるものなのかは素人の私にはわかりません。しかし、古い録音を蘇らせる技術には感動しました。更なる技術の発展を期待します。ディスクの後半はバイノーラル録音になっています。ヘッドホンで聴くと自分が椅子に座って演奏している時のように、高音は右から低音は左から聴こえてきます。個人的には1981年のおちついた演奏が好きなので、第二弾で作ってくれたりしないかな〜。

Bach: The Goldberg Variations /Zenph Re-Performance (詳細)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音)

・「まさにグールドベルク!
私はグールドのゴルトベルク変奏曲(新録音)をはじめて耳にしたときかってない衝撃を受けた。そしてこの旧録はさらに上をいっていた。彼の強烈なキャラクターもさることながら、音楽もまた彼独自のスタイルがそのままピアノに反映され聴き手の心を引きつけてやまない魅力を醸し出している。「この旧録に出会った事は幸運だった。」そう言えるのは私だけではないと思っている。

・「旋律は流れる風のように
1981年のゴールドベルグ変奏曲が心に染み渡る水であればこの1955年のモノラル録音の方は吹き抜けていく風のようです、1981年は音の一つ一つに重みがあり「一言一言ちゃんと伝えたい」という感じ、それに対し1955年は「たくさん伝えたいことがあって自分の想いを一気に告げる」ような感じです。1981年は聞き終わった後に深い感動がありましたがこちらはある種の爽快感があるように思えました。どちらが好きかといわれたら1981年の方ですが単純に比較すべきではないのかもしれないです、それくらい同じ人が同じ曲を演奏しているのに雰囲気が、音が、伝わってくる感じが違います。

・「ジャケット買いもアリ!
このデビュー盤は、内容は言うまでもないが、そのジャケットが味わい深い。スタジオでの録音の際にDon Hunsteinによって撮影された30枚のグールドの写真。この曲に収められている変奏曲の数も30であるところが象徴的である。プロデューサーのHoward Scottと議論している写真。歌いながら演奏する写真。23歳の若者がこれほどまでに輝いている様子を羨望の眼差しで眺めないではいられない。

・「ゴールドベルクの原点
バッハは、誰が弾いてもバッハに聴こえ、何で弾いてもバッハに聴こえる。音楽自体が演ずる者、聴く者の概念を包摂する。だからこそ、無限の表現の可能性を秘めた音楽であり、またその表現を受け入れる音楽である。バッハの音楽は宇宙であるのだ。グールドはその可能性へ挑戦した最初の人である。そしてこの演奏はその証であった。

文化勲章を授かられた吉田秀和氏は大昔、国内で不評であったこのレコードを絶賛され、自らライナーノートを執筆された。(ご本人が初めてレコードのジャケットにものを書いた仕事だったらしい。)

吉田氏の言葉を借りて、「胸のすくような精緻なリズムとフレーズの区切り方、テンポの良さ。そういった全体がまるで苔の庭のような一分の隙もない緻密で濃密な音の敷物を作り上げるのだが、しかもその表面の艶々した瑞々しさと、その下を絶えず生きて流れている叙情の味わいの気韻の高さ」

ということか。

・「いつ聴いても新鮮な演奏
グールドのバッハ演奏については多くの方が書き記している。ゆえに何を今更という感がするではないが、コメントせずにはいられない不思議な魅力を持っている。早すぎた死を悼むばかりである。1981年盤と比べられる演奏であるが甲乙つけがたいと言うのが私個人の意見である。1981年盤のゆったりとした遅いテンポの演奏、哲学者と対話をするかのような間の取り方…。1955年盤では若さゆえの潔さ、古い慣習にとらわれることなく果敢に取り組む姿勢などが伝わるかのようなスピード感溢れる演奏。結局どちらも聴いてしまうのであるが…。いつ聴いても新鮮な演奏である。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) (詳細)

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音)

・「賢者の回答、泣けるアリア!
55年版が超爽快な超々名演なら、この81年版はグールドの人生最後の回答でしょう。第30変奏におけるどうしようもない気分の高揚感は他の誰からも得られません。そして、続く最後のアリアは心を掴んで離さない。人生の最後にして、始まりへと回帰するような、これ以上慈しむことなど考えられないような愛情すら感じさせる。私はいつもは55年版を聴きますが、”どうしても”というときは81年版を聴きます。どちらもグールドであり、どちらも正しい。グールドの演奏の聴ける時代に生まれてよかったと心から思える究極の演奏。

・「この曲のアクシスを変えた
販売当初(20年以上昔)のインパクトは凄かった。当時バロック音楽は古楽演奏がメジャーになりだした頃で、世話になっておいて悪いが、イ・ムジチやミュンヒンガーやパイヤールなんかは、全部詰らなく思えてきた頃で、まして、「ピアノで弾くバッハなんか」っていう感じだった。石丸電気の2号館でクラシックの階へ足を運んだ時、耳にしたのがこの演奏。当時何処の誰かも知らないままにすかさず買った。で、やがてCDになってからも買い揃えた。繰り返し部分は省略されているが長大な全曲を、一気呵成に弾き込んで、聴き手に時間を忘れさせ、外に出て歩いても、かすかに頭の中で鳴り出す、という小林秀雄まがいの怪しい体験までしてしまった。幾種類ものチェンバロの演奏を聞いていた筈なのに、それらは、当分聞くことはなくなってしまった。本当の「古楽演奏」とは、グールドの演奏かもしれない。ところで、グールドは何度かこの曲を演奏しているが、55年の最初の録音より、この盤のインパクトは凄かった。というより、この盤が話題になってから、逆に「思い出された」感じ。この盤は55年盤よりポリフォニックな面がかなり強く出ている。凄まじいスピード感と音符の一音一音が浮かび上がるかのような両手の力は神業で、同曲のみならず、ほかの多くのピアノ演奏を、過去のものへと追いやった感じさえした。ほかにザルツブルク音楽祭のライブ盤があるが、それはこの演奏と、55年盤の中間のような気がする。

・「バッハの楽譜と対話しているピアノが安らぎを与えるアルバムです
81年録音の、グールド2回目の「ゴールドベルク変奏曲」です。1回目の55年録音のアルバムでデビューし、当アルバム録音の翌年、50歳の若さで急死してしまったことは、何かの因縁でしょうか。当アルバムですが、まるで生き急ぐかのような急テンポの55年盤に比べると、バッハの楽譜を慈しみ、対話するようなテンポになっています。ただ、その1音1音がはっきりと聞こえる滑らかなピアノは、得もいわれぬ安らぎを感じさせてくれます。55年盤と比べ、どちらが良いと云々するよりは、両方を揃え、その時の気分で、盤を変えたい、「バッハ弾きグールド」による名演奏です。

・「グールドのバッハ
グールドのバッハは何か違う。バッハの譜面にのって演奏しているというよりも、グールドのオリジナルに聞こえてくる。神がかり的名演と思います。小生が自分の世界に入り込んで集中したい時に聞く名盤です。

・「グールドがこのテンポで弾いた訳
グレンのゴールドベルク変奏曲は新録音(1981年)が旧録音(1955年)に比べてテンポが遅く、それに文句をつけている人もいるようですが、グレン自身旧録音を気に入ってはいなかったようです。その訳は、グレンの興味は対位法(作曲法の一つ)にあり、それをシッカリ聴かせたいので新録音のテンポを遅くしたと、彼自身が語っています。自分が聴き比べると、やはり新録音の方が落ち着いて聴けるし、バッハの書いた音符の一つ一つをジックリ聴いている気持ちもします。新録音と旧録音の共通点として、グレンのピアノタッチがまったく同じ事が挙げられます。テクニックが衰えたわけではないのです。やはり、ゴールドベルク変奏曲のどちらをまず買えばいいかというと、新録音の方が断然お勧めです。グレンが辿り着いた新境地を堪能できます。

バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) (詳細)

バッハ:パルティータ第3番&第4番(紙ジャケット仕様)

・「なぜ『イタリヤ組曲』とは言わないのか
パルティータ第一番・第二番が1959年、第三番が1962年、第四番は1963年、第五番・第六番は1957年に録音されている。つまりグールドは5→6→1→2→3→4の順に7年もの月日をかけて取り組んだ事を意味している。イギリス組曲などは1973年スタートの録音であるからして最初に手がけたかった作品が本作だったことも予想できる。

バッハは10才の時に両親を亡くしている。そして最初の妻、マリーア・バルバラにも先立たれる。そして1721年12月、15才年下のケーテンの宮廷歌手だったアンナ・マグダレーナと結婚する。おそらくは明るい家庭生活を取り戻してくれた若妻に感謝の気持ちでいっぱいだったに違いない。それが、バッハのイマジネーションに火をつける。イギリス組曲・フランス組曲・パルティータはいずれも新婚早々に妻のために書いた2冊の『アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集』に由来するからだ。

フランス組曲・イギリス組曲ときて、なぜイタリヤ組曲といかないのか、が不思議ではある。『パルティータ』とは舞曲の組曲のことだ。ちなみに『イタリヤ組曲』というのはイゴール・ストラビンスキーの作品にある。

グールドはこのバッハの妻への愛に満ちた作品をいつものようにとつとつと弾いて見せる。グールドはいつも一度に8時間録音していたそうだが1時間以上ピアノに向かっていることはなかったそうである。あとはただ再生テープを聴き、最良の自己表現たるテイクまで試行を続けるのだ。それがとつとつと弾いているように聴こえるというのも面白い。

バッハ:パルティータ第3番&第4番(紙ジャケット仕様) (詳細)

バッハ:イタリア協奏曲

・「グールドがピアノで弾くわけ
グールドといえば、なによりもデビュー盤の『ゴルトベルク変奏曲』が思い出されるだろうが、私にとってはこの『イタリア協奏曲』(たしか第3枚目のアルバム)こそがグールドを聴くきっかけになった重要なアルバムだ。はじめは「協奏曲なのになんでオーケストラはいないんだろう?」などとバカなことを考えながらも、このピアニストに次第にそして完全に傾倒していった。他のピアニストによる『イタリア協奏曲』もけっこう聞いたが、それらはあまりにも感傷的で、テンポが決して乱れることのないグールドの完璧な演奏に慣れてしまっていた私の耳には甚だ物足りないものに聞こえた。

この曲の第3楽章は流麗無比だ。グールドの神髄がこの楽章には表れている。それは左手のパッセージが非常にクリアであるということ。私見だが、対位法がふんだんに使われているこの楽章において、左利きでもあったグールドは右手と左手の平等化を図っていると思わせる部分がある。それは、冒頭部のパッセージが再現される最終部で、右手の高音を抑え、左手の旋律により強いアクセントをおいてグールドが演奏している場面だ。従来の解釈をくつがえす衝撃的な瞬間。

強弱をつけられないハープシコードが一般的だったバッハの時代とちがって、より現代的な楽器であるピアノはその名前のごとくダイナミックな音の強弱が特徴だ。ロマン主義の音楽では多くの場合、右手に美しい高音の旋律を歌わせ、左手の重厚な低音部によって曲の雰囲気を作り出すといった、ある意味運命づけられた役割が与えられている。私には、グールドはこの従来の二項対立的な形式を平等化し、そしてさらには逆転させようとしているかのようにみえる。考えてみれば、グールドは南より北を、華美より質素を、喧噪より平穏を、長調より短調を指向したひとだった。この延長線上に、メジャーな右よりもマイナーな左の存在に光をあてる閃きが生まれたのではないだろうか。このような解釈にたどり着いたピアニストはあとにもさきにもグールドだけだったように思える。

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

・「なんと言っても素晴らしいのは、「イギリス組曲」だ。
グレングールドのピアノを聴くと、まるでマッサージされているかのように、一音一音に心がほぐされていく。その効果がもっとも期待できるのが「イギリス組曲」なんじゃないかと思う。本作トラック30におさめられている「イギリス組曲」は兎に角、良い。和音もメロディーもバッハもグールドも最高だ、としか言いようがない。

・「躍動感にあふれたバッハの世界
なんと魅力的で躍動感にあふれたバッハでしょうか。冒頭のイタリア協奏曲から完全にグールドの世界に引きずり込まれました。ダイナミックな強弱と緩急を自在に操り、ピアノによるバッハをこれほどまでに魅力的に表出したグールドはまさに不世出の演奏家と言って良いでしょう。

・「『ドロップアウト』以前
1959年6月23-29日他録音。グールドが演奏会から『ドロップアウト』したのは1964年3月28日、シカゴでのリサイタルからである。かくて1982年10月4日の死の時までの18年間、彼はスタジオにとじこもり、自らの閉じた世界を構築していく。このアルバムは言ってみれば『ドロップアウト』前の貴重なレコーディングと言うことができる。特にイタリヤ協奏曲ヘ長調BWV971は、その明るさもあってグールドにピッタリな曲である。動いて動いてしかたがない十指がとめどなく突っ走り、聴く者のシナプスをざわざわと動かしてくれる。

閑話休題。グールドはグリーグの遠縁にもあたるそうである。(●^o^●)僕にとって、何処までも何処までも興味が尽きない数少ないミュージシャンの一人だ。

バッハ:イタリア協奏曲 (詳細)

ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」(リスト編)(紙ジャケット仕様)

・「もはやピアノ・ソナタのよう
1967年11,12月、1968年1月 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。

グールドにかかると有名な交響曲ももこうなるか、と思うほどピアノ化されている。まるで新しく発見されたピアノ・ソナタのようである。まグールドを聴く場合グールドがその作品をどう飲み込んでしまい、どう表現するかに興味の中心がある。そしてその期待以上にグールドの世界をどんなものもピアノで表現してしまう。聴いていてとてもクセになる強さを秘めている。

リスト編曲のこのアルバムはどうやらあのキムタクが『ロング・バケーション』の中でコメントされたらしく、急に売り上げが伸びたらしい。そういうものかな、とも思う。

・「ピアノという楽器が持っている潜在力を極限まで引き出した名演
バッハのピアノ演奏で一つの頂点を確立したグールドが、ピアノのナイナミズムを熟知したリストがピアノ用に編曲したベートーベンの交響曲5番「運命」を演奏した名演です。特に第4楽章の力強さは何と表現すればいいのでしょうか。ピアノという楽器が持っている潜在力を極限まで引き出せば、オーケストラにも引けを取らない音楽を生み出せる最高の例でしょう。

ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」(リスト編)(紙ジャケット仕様) (詳細)

Bach: Keyboard Concertos Nos. 1, 4, 5

・「幸せな雰囲気一杯の作品
第2番が1969年、第3番が1967年、第4番が1969年、第5番が1958年、第7番が1967年に録音。ちなみに第3番(BWV1054)はヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042と同曲、第5番(BWV1058)はヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041と同曲である。オリジナル・リリースのカップリングはvol.1が3・5・7番、vol.2が2・4番だった。

中でもグールドは自ら音楽を担当し、1972年に映画化されたカート・ボネガット・ジュニアの傑作『スローターハウス5』の中で第5番を使用しているのでおそらく最も納得がいった演奏だったのだろう。

グールドのバッハを演奏する歓びがオーケストラ全体に『伝染』していて、幸せな雰囲気一杯の作品だ。中でも、人気の高い第5番の第2楽章は秀逸です。

Bach: Keyboard Concertos Nos. 1, 4, 5 (詳細)

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集

・「瑞々しさと冬枯れ
過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。

ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。

間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。

他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。

またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。

かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。

グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。(あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。)

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「孤高の調べ
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。

・「坂本教授が選んでいた一枚。
NHK「私のこだわり人物伝」で放送されたグールド特集の中で、「ロマンチックな一面」として紹介されたブラームスの間奏曲集ですが、放送中に聴くことができる2曲(作品117-1と作品118-2)ともこのアルバムに収録されています。紹介されていたジャケットは輸入版のものですが、本作品にも輸入版から数曲抜粋したものが入っています。また、雑誌「ぴあ」で数年前に企画された「坂本龍一の選ぶCD100枚」で選ばれていたのも実はこちらのアルバムです。

輸入版が入手困難な場合はこちらを選ぶのもいいかもです。

・「グールド演奏で3指に入る名演
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。

ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?

ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)

バッハ:インヴェンションとシンフォニア(紙ジャケット仕様)

・「ピアノへのこだわり
1964年3月18・19日、ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオで録音。グールド19枚目のアルバム。

1→2→5→14→11→10→15→7→6→13→12→3→4→8→9の順に演奏されている。これは言ってみればハ長調・ハ短調で始まり、ヘ長調・ヘ短調で終わるという試みである。

演奏の前にグールドがこだわったのはピアノである。デビュー以前からグールドが愛用していたのはシムコー湖畔の別荘にあった1895年ボストン製のチッカリングだった。このチッカリングというピアノはハープシコードに限りなく近い触感と即時性を持ち、キーの沈みとアフタータッチとの間に微妙な均衡があったと言われている。この『触感』にグールドは生涯こだわる。1955年1月にデビューした時はニューヨークでスタインウェイCD174に惚れていた。グールドはCD174にあの『触感』を蘇らせようと鍵盤の表面をざらざらにしキーの沈みを浅くした。苦労して作ったこのピアノは1957年3月運送業者のミスで破損、1960年地元トロントのイートン・オーディトリアムに置いてあった1938年製のCD318に到達する。このピアノが本作に用いられているピアノである。

このレコーディングは実は1963年9月18日にスタートしたのだが、グールドがその『触感』が気に入らずピアノの調整を続け、6ヶ月後の1964年3月18・19日録音となったのだ。

これほどのこだわりを持って作り上げたこの録音にCBSとスタインウェイが気に入らず物申すこととなる。紆余曲折の様を天国のバッハはどう思ったろう。かくて唯一無二のインベンションとシンフォニアBWV772-801がここに完成する。

グールドの閉じた世界のバッハは僕には必要不可欠なものである。そしてこれからも多くの人にとってもそうなるだろう。そこはCBSもスタインウェイも無関係な『触感』のバッハだ。

バッハ:インヴェンションとシンフォニア(紙ジャケット仕様) (詳細)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 Vol.1(第1番~第8番)(紙ジャケット仕様)

・「グールドの『旧約聖書』は
グールドの『旧約聖書』は、実は見えない長いスパンに渡りニューヨーク30th・ストリート・スタジオでレコーディングされている。それは1962年1月10日に始まりおよそ7年後の1971年1月31日に終わっている。(のべ35日と24回のセッションと言われている)例えば第一番ハ長調BWV846を取ってみても前奏曲は1962年6月7日、フーガは9月21日の録音である。それほどにグールドはこの自らの『旧約聖書』として残るこの録音にこだわったのだ。かくて第一巻は1965年に、第二巻は1972年に発売される。

既にグールドは、演奏会から『ドロップアウト』した1964年3月28日以前においては好んでこの平均律をリサイタルの曲目に選んでいる。グールドらしく前奏曲なしでフーガを演奏するというようなことも既に実践していた。グールドはこのバロック鍵盤音楽の最高傑作のこの曲においてですら、自らの好むと好まざるをハッキリと示していたのである。つまり、グールドは前奏曲よりフーガをはるかに好んだのだ。

このプロジェクトのプロデューサーを務めたポール・マイヤーズはこう言っている。『10も15もテイクを録った。ほとんどどのテイクもミスのない完璧なものでありながらどれも全く違っていた。テンポやダイナミックスだけでなくレジストレーションも全く異なっていた。グールドが次々と生み出す新しいバージョンを聴いていくのは素晴らしい体験だった。』

ここに集積されたもの、それはグールドの平均律における最良の『解釈』であると言えるだろう。そこにこそこの作品のアイデンティティがあり、グールドのアイデンティティがあるのだ。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 Vol.1(第1番~第8番)(紙ジャケット仕様) (詳細)

バッハ:フーガの技法

・「とくに付け加える事もなく...
前半のオルガン演奏についてはマイクを極端に近づけているわけですが、これは残響を排除して空間性をはぎ取るという明確な意図によるものです。曲の構造を重視するグールドらしい意図ではありま~~す。オルガン=スピーカーというわけです。教会の火災で録音が中絶した後、総てをピアノで一気に録音し直すことも考えたものの実現せず、ばらばらに録音されたものがこのCDの後半に纏められています。そのために音質にもばらつきがありますが、充分に楽しめるものです。ピアノ演奏が纏められているという点で、フーガの技法についてはこのエディション版を購入~~されることを強くお薦めします。~

・「オルガン使用の理由
 レオンハルト盤と並ぶ決定版と考えている。 ここでのグールドのオルガン使用の意図ははっきりしている。彼はオルガンをピアノ化して使用したのだ。それは本曲の「構造」を明らかにしようという意図であり、十分理解できる。「怪演」という評価は当たっていないと思われる。組曲系(フランス、パルティータ等)とは違って複数の旋律線の織りなす構造を重視する平均律系(インヴェンションや本曲集)の演奏としてはグールドのアプローチは適切であり、従来のオルガン演奏の枠内で考えるべきではない。 ピアノ演奏も含まれている本エディション盤を購入すべきである。

・「グールド唯一のオルガン演奏
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。

全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。

こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)

・「グールド唯一のオルガン演奏
1962年1月31日から2月21日録音。バッハの最晩年の曲『フーガの技法(1748年か1749年に作曲に着手、バッハは1950年に没している)』には指定楽器がない。指定楽器がないことからかグールドはこの曲だけなんとオルガンを選択する。使用されたオルガンはトロント市キングスウェイのオール・セインツ教会のもので、ケベック州サント・セサントのカサヴァン兄弟有限会社建造のものだった。このオルガンの特徴は教会堂の内陣の南面にむき出しになっているポジティブ・オルガンの部分にある。グールドのマイクのセッティングも相当に変わっていて、楽器の送風音をワザと拾うようにセッティングされている感じである。ピアノにおいても徹底して自分の好みのセッティングに変えてしまうグールドであるからしてパイプ・オルガンにおいてもしかりであるのは頷けるところだ(●^o^●)。

全てを自らの思うままにして『オルガニスト』グールドはこの曲に立ち向かう。おそらくはグールドの数多いアルバムの中でも『怪演』の一つであるはずなのだが、聴きだすとその世界にすっかり入り込んでしまう自分を見つけてしまう(●^o^●)。

こういうグールドもいいなぁ、と思う一枚である。(●^o^●)

・「何十回も聞いてしまいました。
ついに買いました!やっぱめちゃいいです。2番がお気に入りです。どっちもいいけどオルガンの方が好きかな。麻薬のようにやめられなくなりました〜!

バッハ:フーガの技法 (詳細)

モーツァルト:ピアノソナタ集

・「我とともに唄え、モーツアルトを!
 曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。

 グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。

 音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。

 教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。

・「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想
グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。で、どう弾いているのかと思いきや…

K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。

天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、なんとも贅沢になれる1枚です。

・「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス
これは只の演奏ではありません。演奏の形を取った批評です。「俺だったらこうする」「この方がいいと思わないか?」というね。そうでなかったら、大嫌いな作曲家の大嫌いな作品を全曲録音しようなんて思わないでしょう。(ちなみに、嫌いな理由は「聴衆に媚びてるから」だそうです)

そもそも音楽を言葉で語ること自体がナンセンスなのですから、これは非常に真っ当なやり方です。ただ、普通の批評家はそれ程の演奏能力を持っておらず、普通の演奏家はそれ程の批評能力を持っていない、というだけのことです。つまり、やらない、のではなく、出来ないのです。

グールドは、人並み外れた演奏技能と高度な知的活動を兼ね備えているという点に於いて、非凡な存在なのです。

ですから、彼がスコア通りに演奏するかしないかなどということは、全く些末なことに過ぎません。重要なのは、スコア通りに演奏するにしても、ただそう指示されているからそうする、というだけなのか、それとも、自らあれこれ考察した上で、「成る程、スコア通りに演奏するのが最良だな」と納得した上でそうするのか、という点です。つまり、演奏家としてのみならず、人間としての主体性の問題なのです。

グールドは、間違っても「演奏マシン」に成り下がらないだけの主体的な批判精神を持った最高度の演奏家、言わば、真の意味での「現代人」の「音楽家」なのです。

そんなグールド相手に、好きだの嫌いだのと子供みたいなことばっかり言っててもしょうがないんです。私達が彼の作品を楽しむ、或いは楽しむことしかできないのは私達の勝手でしょうが、音楽そのものを情緒的な快楽としてだけでなく知的探求として捉えるセンスなしには、彼の演奏の神髄を味わうことは出来ないでしょう。グールドを聴く喜びは、発見の歓びなのです。

音楽を、でなく、音楽「で」思考しなければ!

・「まさに「あいた口がふさがらない」
モーツァルトのピアノソナタというと、あの美しい旋律の穏やかな曲だぁ。と思っている人がかなりいると思いますが、そのイメージを初っ端からぶち壊してくれます。まず驚くのが8番。あの楽譜からこんな演奏が出てくるなんて!最初に聞いた時は、思いもかけない"奇襲"には正直びっくりしましたが、よく聴いてみると技術的に完璧な演奏だったり、なによりも音楽性に富んだすばらしい演奏だという事が分かると思います。ようするに魅力的なのです。この演奏はグールドにしかできないと思います。できることなら、全集を勧めたいですが、まずはモーツァルトの名曲がぎっしり詰まったこのCDで衝撃を実感してください。

・「買ってください
モーツァルトがブームになって久しいですが、(アルファ波がでてるから)私はそれほどよいとは思わず過ごしてきました。バッハはやっぱり天才だ~とか、美しさではラヴェルか・・とか、単純だけどハイドンのピアノ曲も素晴らしいとか言ってきたのです。しかし!グールドのバッハを聴いて「弾き手によってこんなに違うのね」と知り、ではモーツァルトは?と思って、このCDも購入してみました。結果は・・・星5つです!!間違いありません。「クラシック嫌いでもグールドは聴く」と言われますが、このCDでもその力が発揮されています。誰もが子供の頃聴いた事がある名曲(ピアノの練習曲)、と簡単に通り過ぎないで下さい。特に最初に収められているの8番!の、1楽章と3楽章は…心臓に突き刺さる演奏です。1楽章は「そうそう!これぞグールド」とニヤリとさせられ、更に3楽章では奇抜さではなく、恐ろしい程のテクニック&それ故の表現力に泣かされます。モーツァルトのピアノ曲をお求めなら、ぜひ買ってください。とにかく聴いてみて下さい。私はグールドのお陰で25年ぶり位にピアノを再び弾き始めました。

モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)

The Glenn Gould Edition - Chopin/Mendelssohn/Scriabin/Prokofiev

・「蛇足ですが
私にとってはプロコフィエフがメインです。「打倒ホロヴィッツ」に燃えていたものの、結局飽きて放り出したプロジェクトの産物ではありますが、「あの血塗られた楽章をスポーツに変えてしまった」と評される第三楽章を聴けば、ここまでやってしまったら飽きてしまうのも仕方ないような気がする、そんな凄い代物です。聴くだけでアドレナリンが出ます。

・「バッハ作品演奏家としてのショパンの側面
晩年のショパンがバッハの鍵盤作品を好んで演奏していたのは有名な話だ。ショパンが弾くバッハがどんな感じだったのかはとても気になるが、それ以上にバッハ弾きであるグールドの演奏するショパンには興味をそそられる。

グールドによるロマン派作品の演奏は、意外にも耽美的側面が強く出た演奏になることが多い。このショパンのソナタの演奏でもその特徴がよくあらわれている。第1、3楽章では比較的ゆっくりとしたタイムを採用し、うるおいのあるサウンドで充分に旋律を歌い込むので、昨今のショパン弾き以上にロマンティクな印象を受ける。

しかしその全体的な印象に反して、グールドの意図は、このソナタの中にまぎれているバッハ的な特徴を拾い出すことにあるようだ。つまり多声的な処理に着目し、それぞれの旋律を対等に歌わせようとする。各声部をラインとして歌わせるためには、響かせるための充分なスペースを各音に与えてやる必要がある。そのため若干遅めのタイムを採用したのだろう。

この目論みは事前の想像以上に成功したのではないだろうか。拾いだされた各声部はどれも耳を惹く美しさを備えており、それらの聴かせるアンサンブルは立体的な奥行きをこの作品に与えている。それは強い魅力を放っており、グールドがそれらを拾いだそうとしたのも納得である。

このように、グールドはかなり独創的な視点から作品を掘り下げているのだが、意外なことに、演奏全体の印象はポリーニによる演奏にかなり近い。ぜひ聴き比べてほしい。グールドの解釈が単に奇抜なものではなく、充分に妥当性が検討された結果だということがわかると思う。

・「グールドのショパン
 このディスクの重要性は、何といってもショパンにある。彼がショパンを弾きたがらなかったというのは有名な事実であり、そんな彼がショパンのしかも大曲ソナタ第3番を収録していたことはそれだけでもう大事件である。

 彼は一般にはバッハ弾きのイメージが強いが、彼の持つ綺麗に整ったタッチや音色、厳格な構成感がバッハにぴったりであると感じている(もしかするとこれはバッハを弾くために出来上がったものかもしれないが)。

 さてこのショパンだが、私が過去に聴いたどの第3番よりもかなりゆっくりしたテンポで弾き始めている。しかしここを聴いただけでも明らかに演奏者がグールドであることが認識できるほど強烈な個性を放っているのだ。まさしくゴールドベルクやイタリア協奏曲でお馴染みのあの音だ。そして彼が執拗に浮かび上がらせる副旋律などは、まるでバッハのインベンションを聴いているかのような錯覚を聴き手に与える。そう、ちょうど現代にバッハがよみがえったらこんなショパンを弾くのかもしれない。賛否両論はあると思うが、確かにショパン演奏における解釈の違った一面を示していると思う。

・「意外と普通
グールドのショパンと言うとキワモノ扱いされそうだが、実際聴いてみると第1楽章が遅めなこと以外はごくごく普通の演奏。第1楽章にしてもギレリスやボレットのほうが遅いし、第2楽章以降はもう完全に普通の演奏の範疇だろう。ただ普通と言ってもそれは悪い意味ではなく、印象としてはむしろ良いほうかもしれない。スクリャービンやプロコフィエフのソナタもなかなかの好演。

・「このショパンは…
素人の耳で聞きますと、このショパンはよくない。そう感じる。これが「グールドの世界」と言われればそうなのかもしれませんが。

本人の言葉にもあるように、「ロマン派は嫌いだ。ショパンを弾いててメンデルスゾーンっぽく聞こえたらすみません。ショパンは二度と弾かない。」確かに、このピアノは少し酷い演奏だなって思いました。折込解説も、アルゲリッチの演奏は素晴らしいがグールドのショパンは酷い(?)と言わんばかりの辛口です。

グールドの気の乗らない演奏が聴きたい方にはお勧め。また、この演奏を聴くと、他の演奏家のショパンが綺麗に聞こえてきますよ。バッハ、ベートーベンはいいと思うんですけどね。重く、堅調な曲はグールドは良いとおもうのですが、モーツァルトや、ショパンとか、透明さ、華やかさはうまく表現できてないですね。

なんとなく、鬱々とした、グールドの雰囲気が出てきています。

ただ、CDとしては、こういう失敗演奏もあってもいいと思ったので、ぜひ聴いてみて、いろいろ感じてみては?演奏はあまり期待できないですが、面白いCDであることには違いないので星3つです。

The Glenn Gould Edition - Chopin/Mendelssohn/Scriabin/Prokofiev (詳細)

Glenn Gould Edition: Berg, Krenek, Webern, Debussy & Ravel

・「乾いた音と湿った感性
ポリー二の名演があるにも拘らず,この乾いた音が織り成すヨーロッパの危機感のようなものは,やはり尋常ではないと思います.バッハの世界もグールドなら,これもまたグールドの真骨頂ではないでしょうか.本来聞きやすいはずの近代ピアノ曲ですが,聞かず嫌いのためにも,こういう演奏が大切に思います.現代人にとってはもしかしたら必須の演奏かもしれません.凡庸な現代の演奏を聞くよりも遥かに充実感があります.

Glenn Gould Edition: Berg, Krenek, Webern, Debussy & Ravel (詳細)

Bach: Concertos for Piano and Orchestra Nos. 1-5 & 7

・「幸せな雰囲気一杯の作品
第2番が1969年、第3番が1967年、第4番が1969年、第5番が1958年、第7番が1967年に録音。ちなみに第3番(BWV1054)はヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042と同曲、第5番(BWV1058)はヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041と同曲である。オリジナル・リリースのカップリングはvol.1が3・5・7番、vol.2が2・4番だった。 グールド28枚目及び36枚目のアルバム。

中でもグールドは自ら音楽を担当し、1972年に映画化されたカート・ボネガット・ジュニアの傑作『スローターハウス5』の中で第5番を使用しているのでおそらく最も納得がいった演奏だったのだろう。

グールドのバッハを演奏する歓びがオーケストラ全体に『伝染』していて、幸せな雰囲気一杯の作品だ。中でも、人気の高い第5番の第2楽章は秀逸です。

Bach: Concertos for Piano and Orchestra Nos. 1-5 & 7 (詳細)

Beethoven: The 5 Piano Concertos

・「新鮮でした。
 グールドの演奏は叙情に流れないところが好きです。乾いたタッチでありながら不思議な深みがある。エモーショナルな演奏家の演奏ばかりを聴いてきた私には耳から鱗でした。

・「ある意味最もおもしろいピアノ協奏曲全集では
グールドが最も初期に全集を完成させたのは多くの人の予想に反して『ベートーヴェン・ピアノ協奏曲全集』だった。それはピアノ協奏曲第2番 Op.19、1957年4月9-11日 ニューヨーク、コロムビア30番街スタジオ(グールドの3枚目のアルバム)で始まり、グールド24枚目のストコフスキーとの『皇帝』(1966年3月1・4日、ニューヨーク、マンハッタン・センターで録音)で完結してしまう。何よりもグールドはその全集の完成を急いだ、とも取れる。

グールドの録音順はグールドの興味の順とも言える。多くの反対を押し切って最初に録音したゴールドベルグ変奏曲はその典型だろう。つまりグールドはどのピアニストよりもこの5曲のコンチェルトにアイデアを持っていたということになる。その顕著な例が第1番のカデンツァだろう。グールドはそこで自作のカデンツァを披露している。おそらくは誰一人、今後このカデンツァの輝きを上回れないだろう。

情熱とアイデアに満ちたこれほど面白い全集が他にあるだろうか。知ったかぶりして何の冒険もなく弾く多くのピアニストの無能さをこの全集を聴くたびに感じるのだ。

Beethoven: The 5 Piano Concertos (詳細)
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