「あれ?」
Ambient 1: Music for Airports (詳細)
Brian Eno(作曲), Robert Wyatt(Piano), Christa Fast(Vocals), Christine Gomez(Vocals), Inge Zeininger(Vocals)
「アンビエント音楽の傑作。」「インテリア・ミュージック?」「聞き込んでもいいの」「音を環境のためにデザインし配置するという発想」「2/1!」
The Lie Lay Land (詳細)
world’s end girlfriend(アーティスト)
「相変わらずだけど…」「死への憧れ、生への意志」「現在の世界を描く」「end of the world」「涙流れる」
Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven (詳細)
Godspeed You Black Emperor!(アーティスト)
「虚無から始まる音楽」「“世界中の全ての囚人に捧げる”」「最初に聴くなら」「そして、我々はひとつの時代を耳にする」「うへー」
Bitches Brew (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「エレクトリック マイルス!」「理解できないものを評価すべきでない」「かっこいいんだよ」「とっつきにくいと思った人は、試しにDisc2から聴いて(経験して)みて」「マイルス・ミュージックの分岐点 」
Heart of the Forest (詳細)
Various Artists(アーティスト), Baka Forest People(アーティスト)
「森に暮らす人々の音楽」
COCHIN MOON (コチンの月) (詳細)
細野晴臣(アーティスト), 西原朱夏(その他)
「3度目の再発」「YMOの萌芽」「おかしいなぁ・・・」
Vespertine (詳細)
Bjork(アーティスト)
「心を洗うための涙を流せる名盤」「ジャケットも好き。」「前の」
American IV: The Man Comes Around (詳細)
Johnny Cash(アーティスト)
「アメリカンレコーディングズの5枚のうちで一番いいかも」「凄い!!!」「声一発」「後継者」「一曲目の曲は・・・・・」
津軽三味線 超高音質リマスターアルバム (詳細)
高橋竹山(アーティスト), 須藤雲栄(アーティスト), 成田雲百合(アーティスト), 後藤吟竹(アーティスト)
「三味線は糸が命」「凄いです」
「ブリブリって音」「中間期」「音の配列」「ジャケのイメージそのままの音」「時間にすら逆らう音の集積。」
Endtroducing... (詳細)
DJ Shadow(アーティスト)
「これは純粋で良心的なHIP HOPです」「リアル」「コラージュの美学」「時代を超える大傑作」「革命」
PALLADIUM(紙ジャケット仕様) (詳細)
佐藤允彦トリオ(アーティスト)
「待ちに待った再会」「前衛時代の好きなアルバム」
Trout Mask Replica (詳細)
Captain Beefheart and the Magic Band(アーティスト)
「歴史的名盤。でも初めての人は注意!」「ヘイヘイヘーイ」「刺激的な彼の音楽の中でも、もっとも刺激的な作品」「妥協なきロック」「笑ってしまいました」
4'33" (詳細)
John Cage(作曲), John / Harrison, Lou Cage(作曲), Carlos Chavez(作曲), Edgard Varese(作曲), Amadinda Percussion Group(合奏)
・「あれ?」
サントラ臭が強い。今までの作品は、テーマがあってそれを濃ーいトラックで非常に高度に表現されていたのが、今作は散漫に感じる。
普通のリスナーには耳あたりが良いかもしれないがコアなファンには物足りないかも。(今までのアルバムが尋常なレベルでないため)
●Ambient 1: Music for Airports
・「アンビエント音楽の傑作。」
これ以上記憶に残る音も無いし、これ以上気にならない音も無い。注意すれば聞こえてくるし、意識しなければ聞こえてこない。アンビエント音楽の傑作。
・「インテリア・ミュージック?」
~元ロキシー・ミュージックのブライアン・イーノによる、アンビエント・シリーズの1作目。そのタイトルどおり(たしかドイツの)空港で実際にBGMとして流されていたというこのアルバム、実に心地いい音が入っている。ポップスではもちろんなく、またいわゆるBGMでも実験音楽でもない、環境音楽=インテリアとしての音楽というイーノの発想は発明と言えるほど画~~期的なもの。元祖アンビエント音楽作品だが、筆者は今だにこれより心地いい音に巡り合ったことはない。ショップのBGMとしてもオススメします。~
・「聞き込んでもいいの」
様々なパターンを周期の異なるテープに乗せて各々を永延とリピート再生するという作品。もちろんそのタイトル通りアンビエントとしてかけ流してもよいが、単純なシステムによってもたらされる複雑な時間のズレであるとか2~3の音の間の相互作用として生まれる響きをひとつひとつ聞き取るだけでも相当に趣き深く楽しめる作品である。曲は長いが一つとして同じ響きが聞こえることはないので飽きは来ない。
・「音を環境のためにデザインし配置するという発想」
1978年リリース。イーノのオブスキュア(あいまいな)・シリーズに続くアンビエント(囲まれる)・シリーズの第一弾。AMBIENT 1として発売された。曲名も『1/1』、『1/2』、『2/1』、『2/2』と無機質極まりない。全てイーノ自身のオリジナルだが、『1/1』のみこの中でアコースティック・ピアノをとつとつと弾いているロバート・ワイアットとの共作になっている。ここでの音楽は『無視出来る』を一歩踏み出して、音を環境のためにデザインし配置するという発想に到達している。あたかも映画の為に映画音楽や映画のための効果音があるように、その環境にふさわして音楽を作り配置するという発想である。その最初の環境として選ばれたのが『空港』だったということだろう。それを1978年に到達しカタチにしたイーノはやはり天才と言わざるをえないだろう。この発想は今では携帯電話の着信音にまで波及している。どのような空間であっても心地よく空間に溶け込む音が必要な時代を今まさに迎えている。着信音を選択する行為と同じように聴く音楽。それがイーノの考えるアンビエント(囲まれる)だ。
時に僕らはその心地よさに眠りについてしまうこともある。それこそがイーノの術中に落ちたということなのだ(●^o^●)。
・「2/1!」
2/1ほど神々しい音楽を他には知りません。単純な音程の無作為な組み合わせがこれほどの感動を呼び起こすものなのかと、何度聞いても涙腺が刺激される作品です。イーノの天才と偶然のみがなし得る至上の作品。
・「相変わらずだけど…」
「dream’s end come true」は電子音がこれでもかってくらいに激しくいびつに、複雑に絡み合う快(怪)作でした。物憂げな美メロにノイズの毒を被せていく美学。壮大でかっちょえかった。
そして近作は?というと、その美学は保たれてた。いつもどうり尺も長くて壮大。変わったのは、毒と音。毒のほうはピー!ガー!ドオンッ!というのが抑え気味に。突発的ではなくて徐々に被せていく感じ。音のほうは「生」っぽさが増した。ホーン・ストリングスはモチ、アコギや打楽器etc。といっても、勿論ピーガーいっとります。安心を。
んで結局、美メロ・ノイズは健在。緩急つけてきますよ。今回は。繊細でスリリング。狂気とメランコリー。
聴き終わると、やっぱ天才。それに尽きる。
・「死への憧れ、生への意志」
不気味なノイズ、無機的な喧騒、緊張感を煽るダークなメロディラインが織り成す終末絵巻。音楽が始まった途端、聴き手の心は純粋で甘美な死への欲望のうねりに流され続ける。そこに聞こえる無垢なあの子の笑い声。はたしてこれは死への誘いか、それとも生きる意志への助けの手か。破滅が限り無く近づく世界を好きな少女と二人だけでさまようような錯覚をモロに頭に浮かばせる妄想誘発力の凄さといったらない。バンド名とジャケットのコラボレーションもこの妄想に拍車をかける。生(性)と死(志)がこれほど無垢さを含んで表裏一体のものとして表現出来ている作品は音楽史上でも数える程なのではないだろうか。ため息が出るような淫猥さとストイックな美しさに溢れた1枚。
・「現在の世界を描く」
わたしは音楽には、ジャンルを問わず、どれだけ現在の世界を描いているかをもとめます。今年、monoとのジョイントライブで、World`s end girlfriendをみました。既発のアルバム曲を再構成して、エレキ・ギターを弾く本人とフリースタイルのドラマーが音をのせていくという方法でしたが、このライブでつくりだされた音楽はまさにわたしのもとめるものそのものでした。クラブ・ミュージック以降エレクトロニカと親和性の高い子どもの世界、童話の世界が、無機的なビートと亀裂でバラバラになっていくのを見せつけられたからです。静かとはいえない演奏が終わったあと、会場が波を打ったように静まりかえったのが印象的でした。この緻密で大胆なつくりのうつくしいアルバムは、そのライブで感じ取ったものを一番よくつたえてくれています。godspeed!youと並ぶ、芸術家としての才能をもった現代音楽家だと思います。
・「end of the world」
彼の音楽は 聴覚を通してこの世の果てまで私たちを引っ張っていってくれるような感じがします。 ずっと探し続けていたような音楽であり、ずっと前から既に知っていたような音楽。。 world's end girlfriendはどこか寂しく 悲しく きれいな音のなかに なぜか幸福感をも与えてくれ、感じさせてくれます。 彼の音の向こうには心があり、いつもそこには ”愛”を感じます。おそらく歴史上最高の音楽家の一人..音で物語を描くような、絵を描いているような 深い音楽。。。このアルバムでは 暗闇の中を彷徨っているような 模索しているような 悲しみの果てのような、だれもの人間の心の中にある孤独。。そんなものがよく描かれています。
・「涙流れる」
今日絶望の淵に立たされた。でもなんとなくだけど、行く先には光があるって思えた。確かに感じ取れたあの希望は何だったんだろう。また深い悲しみに溺れてしまった。一瞬にして沸いてきたこの怒りをぶつけてやろう激しく狂った暴れ馬の様になってしまいそうそして孤独、恐怖、両方に抱かれた
そんなアルバム。
●Lift Your Skinny Fists Like Antennas to Heaven
・「虚無から始まる音楽」
MOGWAIはプロモーションをよくするから「ポストロック」の代表格とされているけれど、GYBEも同じくらいラディカルな音楽を探求しているバンドだ。商業主義的な音楽シーンにアンチを唱えているバンドは沢山いるけれど、ここまで徹底しているのはGYBEだけだろう。インタビュー、メンバーの写真の公開は一切なし。だから世の中にまだ認知されていないだけで、やっていることは究極的にすごい。2枚組で4曲。全編インスト。楽器はギターとドラムと数種類の弦楽器だけ。ノイズの嵐の中に途方もない美しさがある。そしてインストなのに音楽に政治的メッセ-ジまでもを託しているのだ。今リアルにロックしているバンドが他にいくつあるだろうか?21世紀に聞かれるべき音楽はこれだ。
・「“世界中の全ての囚人に捧げる”」
NME誌をして「今世紀最後のロックバンド」と言わしめたカナダモントリオール出身のバンドGodspeed You Black Emperor!そんな周囲の喧騒など意にも介さないかのような、新たな傑作アルバム。2枚組、4曲収録で80分以上に及ぶ今作は「f#a#∞」、「Slow Riot For New Zero Kanada」ら前2作で提示した
世紀末的なカオスはそのままに、その音はさらなる広がりを見せている。それは時に悲惨さに満ち、あるときは陽気に鳴り響く。あらゆる狂気と向き合うかのごとく表れる旋律の数々はやはり悲しみに溢れていて、でも涙が出るほど美しい。これが希望でなくて何だというのだろう。
“世界中の全ての囚人に捧げる”という言葉が象徴するように、彼らの音楽は
現代社会という檻の中に囚われた私達へ捧げられる。現代の狂気、混沌と向かい合おうとする全ての人たちへ。今この時、彼らのようなバンドとめぐり合えたことを幸運に思う。
・「最初に聴くなら」
いろいろ意見はあると思いますが、ここから聴くのが一番ではないでしょうか。2枚組みで、分量も丁度いいです。
・「そして、我々はひとつの時代を耳にする」
21世紀を迎えて誰もが根拠なき熱狂に酔いしれつつ「ええじゃないか」音頭を取ってしまいそうな状況下で、かつてのロック求道者をほうふつとさせる「コミューン」をカナダに形成し、そして人知れず自らの音をかき鳴らしていたGYBE!なる存在は、ある意味では永遠のアホウであり字義通りのパンクですらある。
60年代の若者がロックに信託していた「世界の変革」が自分自身を「ここではないどこか」に連れ去ってくれる絶対的な何かだったとすれば、その記憶の追体験に甘んじざるを得なかった80年代後半のロッカー達が行き着いたのは、「誰も聴いてくれなくたってかまわない」という精神を持ったシュー・ゲイザー/オルタナティヴによる閉じられた円環の世界であり、対極の刹那主義者が行き着いた先は、肉体ではなく精神の「トリップ」により「ここではないどこか」を束の間実現してくれるハシェンダという失楽園であった。
然るにそれはその場しのぎのためのデフォルメされた「何か」でしかなく、その後に残されたのは「世界は結局変わらない」などという馬鹿げたペシミズムであり、MTVに始まりMTVに終わるというどこかで見た予定調和の世界であった。
ロックとはある物書きの言葉によれば、「名もない少年がある日突然世界を見下ろす視座を獲得してしまう、その飛躍的跳躍のこと」らしい。ロックが世界を変えると信じられ、そして実際に世界を少しだけ変えてくれた幸福な60年代は過ぎ去った栄光にすぎない。
ひとつだけ確かなことは、我々はGYBE!を介して「記憶の追体験」ではない「現実」に立ち会っているということである。無邪気に「天に向かってコブシを突き上げ」たくなるくらい世界がすばらしいとして、あなたにとってこの一枚がそんな「忘れていた何か」を与えてくれる音像となることを望みたい。
・「うへー」
二枚組みでたった4曲というボリュームでMOGWAIやLow好きは必聴!!!!!!少し明るい。
・「エレクトリック マイルス!」
マイルスデイビスの数あるアルバムの中でも「カインド オブ ブルー」と並んで別格の一枚。マイルス及びジャズ初心者は手を出さぬように。マイルス初心者にはプレスティッジマラソン セッションのいわゆるIN'四部作のどれか(どれも傑作)をすすめたい。話はもどるがこのアルバムにけちつける人間がいるのには驚いた。アコースティック時代のマイルスはそりゃ当然素晴らしい。上記の四部作以降傑作のオンパレードだ。しかしエレクトリック時代も素晴らしいではないか。ウイントン マルサリスはエレクトリックマイルスを認めてないらしいが、そういう人も多いのかな?とにかく現代のロック、テクノ、ヒップホップ、エレクトロニカを通過した耳はこのアルバムに反応するだろう。そして驚くはずだ。この時代にすでにマイルスはここまでいっていたかと。これはいわば世界初のポストロックでありミクスチャーでありサイバーファンクである。混沌の先には音楽の未来がある。混沌の中に飛び込め!このアルバム、唯一の難点は曲が長いこと。三十分とかあったりするがナーニびびるこたないぜ!どっぷり混沌にひたれ!どの曲もカタルシスはかならず訪れる。そして次はアット フィルモアだ!
・「理解できないものを評価すべきでない」
このアルバムもまたジャズではない。 1969年、キングクリムゾンはロックの地点から、 またマイルスはジャズの立場から極めて似通った地平を目指したようだ。 結果的にロックミュージシャンとジャズミュージシャンの表現力の差と いうかそれぞれが内包している空間ともいうべきそのものが如実にそれぞれの作品に表された訳だが、 そういう思いで聞き比べてみると偶然とはいえない時代の必然性が感じられる。 雰囲気でふんふんとジャズを聴いてるようで実は垂れ流しているだけのリスナーには踏み絵のような作品になってしまうかもしれないが、 プログレをはじめとしたロック、またはポストロック・エレクトロニカの視点から入り込めば、 実は難解な部分など無く、明解な「ロック」がそこらに存在したりする。マイルスを信頼し、まずはきちんと何度も大きい音で聴き込むことだ。
・「かっこいいんだよ」
ジャズのアルバムは20枚も持ってないし、MilesのアルバムはOn the Cornerくらいしか持ってないような僕ですので、当時、こういう音楽がどういうふうに聞かれていたのか判らないし、それはビートルズのRevolution No.9とかを当時の人がどう思って聞いたか判らないのと同じなんですけど、今聞くと、これはこれは、凄い
取り敢えず「僕が普段聞いているジャズのバリエーション内であることを期待して聴く」みたいな態度の、何か特定のものを期待して音楽を聴く人には辛いかもしれない 音楽に正面から向き合える人、是非、聞きましょう
・「とっつきにくいと思った人は、試しにDisc2から聴いて(経験して)みて」
このアルバムは、初めて聴く時、素直に1曲目「ファラオズ・ダンス」から聴いてしまうと、おどろおどろしさやとっつきにくさが勝ってしまって、「ダメだ、生理的に受け付けない」と感じる人も少なくないかも。(僕は、何年か前にこのアルバムを買った時、そうなりました。)でも、そういう人でも、ためしに是非 Disc 2の「スパニッシュ・キー」から「サンクチュアリ」あたりまでを聴いてみて下さい。取り敢えず「ファラオズ・ダンス」やタイトルトラックの「ビッチェズ・ブリュー」は後回しにして。
すると?このアルバムの音楽が意外に、素直に熱く、素直にカッコ良く、素直に美しく聞こえ出したりします(不思議)。もし、それでもまだ「これのどこがいいんだろ?」と思っても、このアルバムをすぐに手放してしまわないで、ためしに、マイルス・デイヴィスが聴きまくっていたという、この時代の前後のジェイムズ・ブラウンやスライ&ザ・ファミリー・ストーン、ジミ・ヘンドリックスのアルバムを聴いてから、再びこのアルバムを聴いてみて下さい。自分の耳と心とで聴けば、「あっ」と気づくことが、きっとあるので。
自宅に居ながらインターネットで古今東西の音楽をラクに手に入れられるこの時代に、この「ビッチェズ・ブリュー」を一聴してすぐ「評判通りの名盤だ」と褒めちぎるのももったいないことなら、「それほど大したものじゃない」と切り捨ててしまうのももったいないことだと思います。
このアルバムの音楽は「ほかのリスナーや評論家さんやガイドブックがなんと言ってるか?」ではなくて、ひとりひとりの「あなた」や「私」がまず自分自身の耳(=身体)と心とで「経験」して「自分の中に入ってくるものがあるか?」「自分はこの音楽の中に入れられるものを持っているか?」それを、時間をかけて知る、という音楽に思えます。そして、1969年(の録音でしたっけ?)にこのミュージシャン達のした音楽上の冒険・挑戦に匹敵するようなスリリングな冒険・挑戦を、二十一世紀のこの世界で「あなた」や「私」(たとえミュージシャンでなくとも)がやれるかどうか?そんなことを問うているアルバムにも思えます。マイルス・デイヴィスとミュージシャン達はそんなことを意図しなかったとしても、時の流れの中でそういう「意味」や「存在感」を獲得してしまったアルバムに思えます。
マイルスは、共演するミュージシャンやこれを聴く「あなた」や「私」のひとりひとりにシンプルにして永遠の問いを突きつけているような気がします。「オレはこの音を出して、こう生きる。きみは、どんな音を出して、どう生きるんだ?」と。ここには、哀しみはあるけれど嘆きはなく −悩んで、闘って、勝ちたい。そういう音楽のように思えます。世界には、こういう美もある、と「経験」して知ることが出来るなんて、素晴らしいことに思えます。僕はノロマで五年くらいかかりましたが、きっと他の方はもう少し早くこのアルバムの良さを発見すると思います。
・「マイルス・ミュージックの分岐点 」
マイルスとビートルズをリアルタイムに感じられた1970年ころが懐かしい。僕自身が、ビートルズの解散を機にロックからニュー・ロック、そしてジャズへと歩を進めていた時期でもあった。ジャズといえば出合ったときにすでに歴史になっていたという印象が強く、ロリンズのサキ・コロもコルトレーンの至上の愛もマイルスのカインド・オブ・ブルーもすでに傑作として追いかけていた。ところが、このアルバムはリリースされ日本に入ってきたばかりで、スイング・ジャーナルでも賛否両論の問題作として話題になっていた。ジャケットのイラストもおよそジャズ・アルバムらしからぬポップな絵柄で強烈な衝撃であった。早速買い求めると、これまた、過激なエレクトリック・サウンドが充満し、複合リズムとコレクティブ・インプロビゼーションの音の宇宙に圧倒された。ことにウェイン・ショーターのソプラノサックスの凄さに度肝を抜かれた。音楽のよしあしよりもとんでもないサウンドの洪水に身を任せる恐怖感と快感に酔いしれながら脳の中枢神経を刺激され続けていた。まさに、多感な青春の只中でマイルス・ミュージックの分岐点を現時進行形で体験したのだった。
・「森に暮らす人々の音楽」
バカの森に暮らす人々の音楽。 うたがモアレのように、拡がっていく独特の感じは現代音楽にも多大な影響を与えている。 プリミティブでありながらも美しい音楽♪水を叩くパーカッションもたのしい♪
・「3度目の再発」
アナログ盤を合わせると今回で3度目の再発売になるようです。このアルバムはAサイド、Bサイドの2部構成になっています。Aサイドは細野さん的な世界が。Bサイドはインド民謡風シンセトラックが収録。(Bサイド作曲者は謎の作曲者に。S本さんですか?曲中の生声がなんとなしに似ていますが)使用機材はシタールはPS3100で作ったようです。鳥の鳴声はⅢCのパッチングかPS3100でしょうか。雷鳴はPS3100、シンセドラムはポラードと思われます。ymoの1stBサイドがジョルジョオモロダー「サテンの夜」のドラムで次曲へつないで行くノンストップ手法を参考にしたのに対し、コチンズムーンはクラフトワーク「ヨーロッパ特急」Bサイドさながらに、幾つかの曲をオープニングからエンディングへノンストップで構成し、最後にオープニングと同じフレーズを採用するなど、アジア式トリップミュージックの決定版と言えるのではないでしょうか。また、MC-4によるプログラミングは、その揺れ、不安定さのイビツなグルーヴが素晴らしいです。オープニングでのスローな導入、序々にテンポアップしながら、うわモノシンセが上乗せされながらリフティングしていく甘美な陶酔のようなここち。。めくるめく、トリップの果てにテンポダウンしてつながるエンディング。東南アジア方面の古い民族音楽のようなグルーヴを醸し出しています。聞いている方も、脳内麻薬が分泌されているのではないだろうかという、感覚を感じます。時折、聞きたくなる、クセになるアルバムと言えます。一家に1枚マストの銀盤です!!
・「YMOの萌芽」
YMOの未発表曲Indoが絡んでくると、このアルバムの音楽的な位置がハッキリしてくる。はらいそからアメリカのマーケットを意識したYMOの1stへと至る過程に位置するものです。同時再発の坂本・土取氏の「ハテルマ」同様、横尾忠則氏とのコラボレーションです。しかし前者が学習団の竹田氏とのフリーミュージックであるのに対して、こちらは、誤解を恐れず言うならば、ポップミュージックです。サウンドコラージュやミニマムミュージックの部分もありますが、その断片的に紡がれるフレーズが非常にポップです。長い間そのフィールドで活躍してきたポップセンスが随所にかいま見えます。同時に横尾忠則氏のエッセイ「地球の果てまでつれてって」「インドへ」を読みながら聞いてみてもまた一興です。
・「おかしいなぁ・・・」
変な音しか聴こえてこないんですよ。プツプツピービビビなんてね。細野さんのCD頼んだつもりなのになぁ・・・CD間違えたんじゃないのかなぁ?変だなぁ、もしこれがインドのイメージ音楽ですなんてことだったら、彼を少し買い被り過ぎていたかもしれません。後半ほうになると子供でも演れそうなインド音階が出てくるので、そうでなければいいんですが・・・。
・「心を洗うための涙を流せる名盤」
ビョークの独創性というか世界の作り方にはいつも驚かされますが、これほどまでに彼女の才能に感動したことはありません。 「音の破片が目の前で踊り、光る」というような記述が国内版の解説にあったようですがまさにその通り。自分の中にあった明確な言葉にはできない感情(というにはまだ抽象的過ぎる位のもの)が全て、その音に誘われて形になって砕けて光って浄化されるように思うのです。聴いている間何故か心拍数が上がりまるで不安を感じているかのようにそわそわするのですが、終わるころには心が軽くなっています。彼女の内面性を存分に発揮したアルバムといわれていますが、同時に聴き手の内面を引き寄せ曝け出す力を持っていると思います。これぞ世紀の名盤。
・「ジャケットも好き。」
この前とも後とも、毛色の違う作品。色あせない名盤。
個人的に、ビョークのアルバムの中で1番好きです。
全体的に、攻撃的なイメージは身を潜めてこの音楽からは 悦びや、やわらかなものがじんわりと広がる。
かと言って「癒し」ともまた違って。静かで鋭い。
最初から最後にかけての音の連なりが心地よいです。ゆっくりと近づいて、通り過ぎてゆく、というような。
ビョークを聴いているといつも意識が自分自身の内面に向かってゆくんですが、
この音は、自分自身を無理矢理あばかれるのではなく、ゆっくりと開かされるような感覚があります。
このアルバムは、ビョークを知らない方でも比較的聴きやすいかと思います。
この音楽を人間の言葉で表すには足らない…ので、音を聴いてみて欲しいなと思います。
冬の夜に聴いていると、アレコレ考えながらも満たされて、眠ってしまったり。
・「前の」
ホモジェニとかセルマソングスとかのほうが曲の違い?がはっきりわかっていいかなー。ビョークさんの歌声がすべてを内包しちゃってて、その点ではすごい。
●American IV: The Man Comes Around
・「アメリカンレコーディングズの5枚のうちで一番いいかも」
リックルービンにプロデュースを任せたアメリカンレコーディングズの5枚はどれも素晴らしいし、落ち穂拾いのようなボックスも素晴らしいが、その中であえて1枚を選ぶとこれかな。でも、その日の気分でその1枚は変わるな。すべて聴きましょう。
・「凄い!!!」
この作品が出たのは去年知って、やっと買ったのですがこれは凄いですよ。とにかくこのボーカルの重みは最近活躍しているアーティストでは及ばない。カバー曲が多く入っていて ナインインチネイルズ、ポールサイモン、スティング、デペッシュモードビートルズ、イーグルス、ハンクウイリアムスといったアーティストの曲が入ってます。
どれか一つでも興味のあるアーティストがいる人には絶対お勧めします。
ボーナスのDVDに入っている「HURT」のクリップもまた凄いです。
・「声一発」
例えば、"Desperado"、"Bridge over ..."なんて誰でも知ってる類の曲じゃないですか?
ですが!!!センチメンタルも諦観も泥水もすべて飲み込んだ上で、かつ人生をそのままある形で提示してるというか、非常に誠実な表現として成立させているところがすごいんだと思います。
まあ、声一発で殺されますね。"Desperado"の終わりの"You better let others love you, BEFORE IT"S TOOOOO LATE"の歌いっぷりなんてほんと笑っちゃうくらいすごいですよ。
大体、遺作の最後の曲が"We'll meet again"ってのも出来すぎ~。
・「後継者」
「おい、いつまでそこでくすぶってるつもりだ?」
そんな言葉が聞こえてきそうです。当時、再びドラッグに溺れ行き先、居場所を見失っていた男、NINのTrent Reznorに向けて。
残念なことに、今作がJohnny Cashの遺作となってしまいました。ボーナスDVDに収録されているHURTのPV。最後にピアノを閉めて静かに目を瞑るのを見て、複雑な心境になりました。
NIN(Trent Reznor)とJohnny Cash。世代も違えば音楽性も180度違うこの二人。その二人がこのタイミングで繋がり、通じ合った事に、やはり『何か』意味を考えずにはいられません。
ほとんど2曲目のHURT及びNINにまつわる事しか書けず申し訳ない。でも、やはりこの曲抜きにこのアルバムは語れないと僕自身、思うので、このような形になってしまいました。
・「一曲目の曲は・・・・・」
「ドーン・オブ・ザ・デッド」のオープニングにかかっている「THE MAN COMES AROUND」です! 映画を観ていて、いい!と思って買ってみました。そしたら期待していなかったほかの曲を聴きみんないいじゃないか!! となったCDです。 いい買い物をしました。聞いているとなんとなく日々を考えます。
・「三味線は糸が命」
当初1996年にリリースされた決定版を高音質にして曲目を追加した真の決定版。前回のと比べると合奏だった『新津軽じょんがら節』他3曲をカットして竹山のソロを集めた仕様にしたのが分かる。渋谷ジャンジャンでのライヴを多くこなしていた高橋竹山なのでソース音源はその辺だと思われる。
すばらしい演奏である。凄く響く。三味線は糸が命、糸が全てを左右するとのことだ。ギターを弾く人でそういう人はおそらくいないだろう。この辺が面白い。ボディより糸か。
15年ほど前、帰りの駅のバス停で津軽三味線の路上ライヴをやる人を見かけた。若者が駅で下手くそなギターとボーカルでがなっている場所から離れたバス停のハズレの目立たない場所で40〜50歳であろう彼はやおら三味線を弾き始める。これが実に見事な腕前だっだ。彼の出す音とこのアルバムの音は似ていた。彼も津軽三味線の一派だったのだろうな、とふと懐かしかった。
・「凄いです」
あまり三味線は知らないのですが、音の一つ一つに魂がみなぎっています。紛れもなく、生きた演奏です。一発聴いただけで、ただならぬ精神力に圧倒されてしまいました。買ってからだいぶ経ちましたが、それでも時おりひっぱりだしては聴き入ってしまいます。録音もリマスターも最高レベルの出来栄え。
●EP7
・「ブリブリって音」
オウテカカッコいいです。一見取り付きにくい奇妙な世界観は、実際は遊び心が大暴走したようなキュートなそれです。このアルバムの中で、リズムやメロディは溶解して、いったん音のすべては元素的なマテリアルの状態に戻っているように見えます。ですので、構築された完璧な世界観というより、フリーマインドに基づき自然な状態で開放された音て感じを受けます。ですのでメチルアルコールを酒として飲めないのと同様にこれ踊れません。でも大好き。
・「中間期」
作品を出すごとにだんだんと叙情性が薄れ、より機械的な不規則ビート主体の曲へと変わっていくオウテカ。その変化の中ごろの作品です。淡々と流れるメロディの美しさと、ユニークなビートがとても好きです。
・「音の配列」
この手の音楽が好きな人にはかなりオススメします。(メロディが好きというより音そのものを好きになっていしまうような方など)逆にダンス系が好きな方にはオススメしません、全然踊れませんし、(無理やり踊ろうと思えば踊れますがそれはもはや痙攣といえます)ビートは大半がブレイクビーツです、かなり崩してきますが。この人たちはHIPHOP好きらしいので。
・「ジャケのイメージそのままの音」
持続しながら変化していくノイズ、奇怪な電子音、複雑に絡み合うリズムが渾然一体となって感じさせる、硬質な手触りの中の大きな『うねり』。電子音やノイズは時にメロディさえ浮かび上がらせる。その緻密でモノクロームな世界に一度のめりこんでしまうと、なかなか抜けだせない。
・「時間にすら逆らう音の集積。」
いやぁ色褪せねぇ。それというのも、ここでは一つ一つの音に「これはリズム」「これはメロ」みたいな、先入観混じりの線引きがハナから無いのであって、だから自ずと純粋な「音そのもの」の勝負になり、それが研ぎすまされているが故、軽々と時間の経過に逆らってしまえるのだな。デジタル世代のポストパンクかってくらいの切れ味。
一つの音を作り上げるのにももの凄い精査を重ねている気がするが、その配置も尋常じゃないこだわりっぷりで、未だに聴き返すと意表をつかれることしきり。たぬきとしては、その配置にこそ彼らのアシッドなB-BOY魂を感じるのであって、自分らしくいる、その姿勢をここまで極端に貫きまくっている人間も少ないな〜、と。踊れるか否かはそれぞれに任せるが、それが全てではないし、踊りと言えるか否かは謎だが体は否応無く反応する。
今作は、たぬきとしては、彼ら史上もっともメロディーを感じるが故に、ベストと言って憚らない。パーカッションであれ何であれ、元々は一つの音として等価な訳で、そんな大事だけど忘れてしまいがちな事実を、今でもしっかり突きつけてくる、貴重な存在。そこにこそ、この先の扉の鍵があるような。つうことは、これエラい先駆的だな〜。
ひたすら挑戦的なジャケットも素敵すぎます。
・「これは純粋で良心的なHIP HOPです」
シャドウは紛れもなく純粋にヒップホップをやっている。
そうでもなきゃ、スタインスキーのlesson3をオリジナル盤でライブをしたり、 7inch盤だけでライブするなんて提案はしないだろう。過去の様々な音源に対して敬意が払われていることが聴けばすぐ解る。
オーナーが亡くなったことにより今はもう閉鎖されてしまったが、シャドウの行きつけのレコード屋には地下室があり、ホコリまみれの50万枚以上のレコードがあった。忘れ去られた音楽の墓場ともいえるだろう。シャドウはその倉庫から丹念にネタを選び出し、大半の曲を作っていった。
曲制作は主にProToolsというPCの作曲ソフトと、MPC3000というリズムパッド付きのシーケンサー2台で行われている。徹底してサンプリング音源のみで曲を作る機材構成だ。
その構成にしたのも、そのまま消え去る運命にある音楽を、彼のフィルターを通してアーカイブ(書庫)化するためだったと思われる。そんな行為のためなら、テクノロジーを駆使して何の咎があろうか?
実際シャドウが通っていた店は閉店したし、ゴミ同然の扱いで処分されかかったレアヴァイナルがあると聞けば、遠い所でも駆けつけて「救う」そうだ。
ドラムが上手い知人がいるにもかかわらず、丹念にレコードからチョップされたドラムで生演奏のようにリズムを打ち込み、時に痙攣するようなズれたビートを挟んでリスナーをドキッとさせるあたりが、トラック・クリエイターとしての面目躍如といったところだろう。
スクラッチも声ネタの鳴りがかなり良く、スキルの高さを堪能できる。10年が経とうとしているのに全く色褪せることのない作品だ。
・「リアル」
ヒップホップは好きですが、「ヒップホップ」という型にすらはまらない、もっと斬新で自在なものを探していてこのCDに出会いました。 まず試聴してドラミングのかっこよさに驚きました。実際通して聴いてみて、心のひだを撫でられるような、言葉では語れないあらゆる感情を内包している感じがして、激しく心を動かされました。 感情的なのにその感情を突き放して見据えているようなクールさもあります。 特に大好きな曲は、8の“Mutual slump”で自分はこの曲の中の全てに深く共感します。しばしその攻撃性は自己に向けられているかのようです。 世の中の色んなことに嘘臭さを感じた時にこのCDを聴くと良いかもしれません。真理かどうかはともかく、リアルです。
・「コラージュの美学」
非常に奇妙な、だが一方でとても真面目なアルバムというと誤解を与えるだろうか。実は90年代を代表する名盤の一枚に数えられるアルバムだ。
廃業した店から譲り受けた大量のレコードで構成された「音」「リズム」の集合体。要は情報の取捨選択能力である。DJ SHADOWは分解された小さな音楽の断片で素晴らしい作品を造り上げたわけだ。実に途方もない作業だと思う。
当時はテクノの隆盛時代であったが、このアルバムはアンビエントにもブレイクビーツにも属さない。もっと言えばエレクトロニカの範疇だけでは語れない。ヒップホップにしてエレクトロニカである。だからといってアッパーなサウンドではなく、意外に穏やかだ。異世界にいるかのような浮遊感もすばらしい。既成の音源を繋ぎあわせるという単純作業でも、こんなにセンス滲み出る。聴く度に味わいが増すとともに、陶酔感に浸る。ある意味、エレクトロニカを軽く凌駕している。
・「時代を超える大傑作」
痙攣するようなビートにのせられた美しくも不気味なサウンド、そして激しい転調、複雑な曲構成、そしてなぞめいた詩的なタイトル。すべてがカオスのように相俟って疾走していく音像は、どこでも聴いたことがありません。しかし心に突き刺さってきます。
(いちおうことわっておくと、巷で言うヒップホップとはまるで別次元の音楽です。作者のフィルターにヒップホップを通すと、このようなアウトプットがでてくるわけです)内省的であり、攻撃的でもあり、憂鬱にとりつかれてもいて、また愛も憎しみも怒りも感じられます。つまりすべてがこのアルバムの中に封じ込められています。
4年も前に買ったのにいまだに聴きつづけていて、新しい発見も多い。日常において頭の中で鳴り止まないこともしばしば。人生を変えたアルバムの一つです。
・「革命」
今でこそ当たり前になっているが、当時インストのヒップホップというのはメジャーではなかったと思う。その中でモワックスが一般的なB-BOYといわれた者たちから疎外されていたのも分からなくはなかった。しかし本物のヒップホップが好きな者たちは分かっていただろう、このアルバムが真のヒップホップアルバムだと言う事は。ヘッズ?アブストラクト?何それ?どう聞いてもヒップホップでしょ。2003年の今に出たとしても衝撃を与えるであろうクラシック。ヒップホップが進化し続けた一つの到達点だと思う。
・「待ちに待った再会」
アナログディスクをまとめて処分してしまったことを後悔し始めてずいぶん経つが, このCDとなかなか巡り会えなかったことはその最大要因のひとつだった。今回,待ちに待った再発でようやく再会でき,早速むさぼるように聴き入った。三者の織りなす緊迫感,フリーから叙情へと揺れるダイナミズム,其処此処に香るオリエンタル・エキゾティシズム,すべての音が必然であり,繊細かつ美しい。あらためてこのトリオの底力に背筋がふるえた。個人的には”ミッシェル”と,”HUSH-A-BYE”(森山威男カルテット)が日本ジャズ史上に残る2大名演だと(勝手に)思っている。
・「前衛時代の好きなアルバム」
60年代後半は、人並みに前衛ジャズもきいていた。いまではコルトレーンでさえ、聞く気になれない。年をとったのか、あるいは、自分にはむいていな音楽だったのか。しかし、その時代に購入した、このパラジウムだけは、捨てがたい。いまでも、時折聞く。もちろん、オーディオチェックとしても、とてもいい。富樫がなくなったときいて、また、聞きなおしたい。日本の最高の音楽として、いつまでもきけるよう、継続して販売してほしい。ご冥福を。
・「歴史的名盤。でも初めての人は注意!」
初めての人に…・とわざわざことわらなくても、知ってる人はすでに何十年も前から死ぬほど知ってて、いまさらこれ読んでるなどということはないですね。
これは押しも押されもせぬ、本当の意味でのプログレッシブなロックの歴史的名盤です。でも「いわゆるプログレ」ではありません。4強とか5強とかいわれるグループの音を想像すると、これ以上ないというぐらいはずれますので注意のこと。
たくさん試聴がついているので、しっかりどんな音か確かめてからにしてくださいね。しかしこれ、69年のアルバムです。69年といえばプログレ暦でいうと宮殿元年ですね。ロックにクラシックをもちこんだ!などとさわいでいたときにすでにここまで「なんでもあり」の世界に到達していました。ザッパ、マッツ&!モ!ルガン、Xレッグドサリー、サムラ、90年代の日本、北欧あたりでぼこぼこでてきた「なんでもあり」の元祖。音が似ていると言う意味ではないですよ。万博より前にすでにここまで来てる奴がおったという話です。言葉の真の意味で、「プログレッシブ」なものをと思う若い方、十分に試聴の上、どうでしょうか。
・「ヘイヘイヘーイ」
世紀の奇盤とかロックの極北とかわーわー言われてますが、確かにビーフハートの印象はそんな感じだと思う。でもこのアルバムに関しては違う。巷の評判ではこのアルバムこそビーフハート一番の謎であり最強のアヴァンギャルドロックだというのが有名なところだが、実際聴いてみればなんとやわらかくさわやかなことか。この頃の彼らは山奥にこもって毎日血のにじむ練習に励んでたハズだけど、そんな世界から隔絶された生活が逆にこの不思議な雰囲気を作ったんでしょうか他のアルバムに見られるキリキリと尖った神経症的なアヴァンギャルドさはなく、そこはかとなく流れるヒッピー的な余裕を感じる。だからこのアルバムはアヴァアンギャルド~ノイズ的なものじゃなく、ゴングとかのヒッピー系フリーミュージックの最高峰と言えます。名盤!
・「刺激的な彼の音楽の中でも、もっとも刺激的な作品」
強烈な毒を含む音楽だ。Beefheart がフリーフォームの Jazz をもっとも積極的に取り入れたアルバムであるため、彼の他の作品とはかなり印象の違う仕上がりになっている。Beefheart は好きだがこれは受け入れられない、というひとが少なからずいることだろう。 4曲目の Ella Guru はアルバム中でもっとも知られた曲であり、かつこのアルバムの性格をもっとも良く表し、その特徴を凝縮した曲だと言って良い。一見、各メンバーが自分勝手に楽器をかき鳴らしているだけのように聞こえるのだが、よくよく聴いてみると緻密なアンサンブルが形成されていることがわかってくる。 Ella Guru は試聴できるようになっているので30回ぐらい繰り返して聴いてみてほしい。混沌とした音像の中から、確乎とした秩序が突然浮かび上がる時の驚きを是非味わっていただきたい。
・「妥協なきロック」
一聴した印象は、おそらく適当な即興演奏にすぎないというものだろう。だがよくよく何度も聴くことによって、どれほどに作りこまれているのかということに愕然とするし、8時間で作ったなどという伝説が心から疑わしく思える作品だ。
所謂デルタブルース、フリージャズの融合というキャプテンビーフハートであるが、多くのブルースが今では色あせたように思える中、この楽曲たちは今なお新しく輝き続けている。すべての曲が「ぶっ飛んで」いるので、聞き飽きるということもほとんどないのではないか。フリージャズの良い意味で適当な部分を計算づくでやってしまう逆説的な適当さこそが、ザッパには無いキャプテンビーフハートの良さであるし、へろへろに思える演奏も芯がしっかりしていて非常に聴き応えがある。だが、正直言って聞きにくいのも事実である。これを聴く人は、それなりの覚悟を持って聴いてほしい。
・「笑ってしまいました」
一曲目からテンション高くて、思わず「うわぁカッコええなぁ」と笑ってしまいました。このおじさんすごいイカす人ですね。これはフリージャズがどうだとかブルースだとか、なんかそういうカッコつけた聴き方で聴くものじゃないでしょう。素直に面白くカッコいい音楽だと思います。こういうどんがらがっしゃーんって音楽大好きです。声の渋さも素晴らしいです。発音もわかりやすい。全曲好きです。
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