恐るべきさぬきうどん―麺地創造の巻 (新潮OH!文庫) (詳細)
麺通団(著)
「恐るべし麺通団?!」「笑える「うどん屋探訪記」」「これは悪魔の書である。」「本当に恐ろしい本である」「うどんはえらい!とってもディープな本!!」
盛岡冷麺物語[繋新書] (詳細)
小西正人(著)
「冷麺大好き」「うちのそばにある焼肉屋さんも立派な店を構えるまでに苦労したんだろうなぁ」「エキサイティング!!!!!」「冷麺ダー!!」
被差別の食卓 (新潮新書) (詳細)
上原 善広(著)
「しらないので」「「盛岡冷麺物語」と合わせて読むと味わい深い」「著者のアイデンティティーを探る旅でもある」「大人の試み」「根源的なもの」
アフリカを食べる (朝日文庫) (詳細)
松本 仁一(著)
「政治的混乱のなかの食」
きのう何食べた? 1 (1) (モーニングKC) (詳細)
よしなが ふみ(著)
「思わず料理をしたくなる」「料理がしたくなる」「ホントに美味しい」「幸せな気持ちと料理の参考に」「お好きな方もそうでない方も楽しめる(笑」
一杯の紅茶の世界史 (文春新書) (詳細)
磯淵 猛(著)
「紅茶のうんちくを語りたくなる解説が豊富」「面白い!本」「紅茶好き必読!!」「てぃーふれんどのTeaBookレビュー」
いのちの食べかた (よりみちパン!セ) (詳細)
森 達也(著)
「命の食べ方。」「若い読者に向けたメッセージに、がつん!!!と、やられました」「いのちの食べ方、根強く残る差別問題」「単なる食育に関する本ではなく広範囲な問題提起を含んでいる」「必読の一冊です」
極道めし 1 (1) (アクションコミックス) (詳細)
土山 しげる(著)
「刑務所が舞台なのにグルメ漫画なんです。」「垂涎必至!」「最良の調味料は空腹!」「(トンカツに)かぶりつくんや・・・。」「あちこちで評判なのも頷ける!」
もの食う人びと (角川文庫) (詳細)
辺見 庸(著)
「「悲劇」の旅の記録として」「「食う」ではなく「食」に関する本だ」「旅をし、喰う。」「それでも毎日飯を食う」「何を思いながら何を食べる?世界の人々、それぞれの場合。」
私の牛がハンバーガーになるまで―牛肉と食文化をめぐる、ある真実の物語 (詳細)
ピーター ローベンハイム(著), Peter Lovenheim(原著), 石井 礼子(翻訳)
「牛の精液を採集する方法ってご存じですか?」「一匹の牛がハンバーガーの肉になるまで…それが現実」「中立な立場から肉食と人間との関係を追求しています。」
本多勝一はこんなものを食べてきた (詳細)
堀田 あきお, 本多 勝一, 堀田 佳代
「成長したショウちゃ」「魅力的!野趣溢るる戦前・戦中の信州の田舎暮らし」
人間はこんなものを食べてきた 小泉武夫の食文化ワンダーランド (日経ビジネス人文庫) (詳細)
小泉 武夫(著)
「食の歩みがよく分かります!」「わかりやすい食文化論」「入門書」
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書) (詳細)
岡田斗司夫(著)
「もっと早くに出合いたかったダイエット法」「論理に矛盾?評論家は少し黙らっしゃい。」「ダイエットを「楽しむ」ための本」「ホントだった!!」「オタクの面目躍如」
貧乏サヴァラン (ちくま文庫) (詳細)
森 茉莉(著), 早川 暢子(編集)
「ビスケットを片手に・・・」「携帯文庫」「真似して作ってます!」「エッセイの真髄」「和製サヴァランの「食」目録」
世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史 (詳細)
トム・スタンデージ(著)
「飲み物の影響力に驚く」「意欲的な取り組み」
砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書) (詳細)
川北 稔(著)
「砂糖が回す世界史の舞台」「ジュニア版に限定するには惜しい名著」「人類の甘い物への探究が凝縮されています」「受験生必読」「非常にいい本です」
孤独のグルメ (扶桑社文庫) (詳細)
久住 昌之(著), 谷口 ジロー(著)
「純粋に食を楽しむ」「素晴らしいの一言」「■自由を楽しみ格好もつけない一人の男のシンプルかつきままな独白食事随筆」「ドラマは無くとも ゴハンは在る」「食事をする人間と社会との関係」
旅行者の朝食 (文春文庫) (詳細)
米原 万里(著)
「トルコ蜜飴が食いたいっ!」「蕪や黒パンなど東欧圏の食品に関する蘊蓄はどれも初めて聞くようなものばかり」「食べたくなるなる」「ああ、日本はいい国だなあ」「ただのグルメじゃない」
全日本「食の方言」地図 (詳細)
野瀬 泰申(著)
「「えっ,それってウチだけ?」の連続」「以外に知らない食べ物の話」「中々面白い本です、食の地方に依る勘違い」「話のネタに。」「第2弾以降も欲しい」
ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書) (詳細)
伊藤 章治(著)
「面白い」「発展の影にポティトあり」「ジャガイモにまつわる興味深い歴史」「私たちは外来種で生かされている」「仕事は楽しく」
食卓の情景 (新潮文庫) (詳細)
池波 正太郎(著)
「滋味溢れる名エッセイです」「食通で知られる池波氏の代表的作品」「巨匠」「エッセーの真髄」「やはり名作」
UDON プレミアム・エディション [DVD] (詳細)
本広克行(監督), ユースケ・サンタマリア(俳優), 小西真奈美(俳優), トータス松本(俳優), 升毅(俳優), 片桐仁(俳優), 要潤(俳優), 小日向文世(俳優), 亀山千広(プロデュース), 戸田山雅司(脚本)
「想像以上に深い映画」「香川レ・ウ・マ・ワールド」「取り合えず映画館で食べよう!」「泣けました。」「腹減った!」
日本焼肉物語 (知恵の森文庫) (詳細)
宮塚 利雄(著)
「焼き肉がわかる」
リトル・フォレスト (1) (ワイドKCアフタヌーン (551)) (詳細)
五十嵐 大介(著)
「淡々とした日常に隠し味の妙味。」「上手い(美味い)」「痛いっ。」「歳をとったら、子供に還ろう。今は無理だけど。」「五十嵐大介ファン以外にも」
● 冒険者たち
● アフリカ入門
● 食を考える
● 料理に関する本
● 2006年 年間 (01‾12月)興行収入ランキング 21‾40
● さぬきうどんの本
● うどん と 何か
● どこかでつながる
・「恐るべし麺通団?!」
讃岐のうどん屋を食べ歩く麺通団の日常を、日記形式で綴っている。 香川県東讃方面の方言をそのまま会話に使っての、 穴場な店の紹介が続き、 著者達のひょうきんで親しみの持てる日常がありありと伝わってくる。 一般のグルメ本とは違う、面白おかしい独断と偏見によるうどん屋の批評に、思わずよだれを垂らしながら笑い転げてしまうことだろう。
・「笑える「うどん屋探訪記」」
私がこの本を知ったのは、2002年の12月下旬。この本と同時に「麺地巡礼」の巻も購入した。
で、早速読んでみたら・・・。
面白いではないか!!
もう、報復絶倒ものである。讃岐言葉と関西弁が飛び出すのは微笑ましい。
麺通団の人達の掛け合いが何ともユーモラスだし、店の描写も素晴らしく「関東にいながらにして、香川に行った」気分になる。
こんな笑える「うどん屋探訪記」を読んだのは、おそらくこの本が最初になるかもしれない・・・。
そんな本だった。
・「これは悪魔の書である。」
ある日、この本のもととなった単行本版「恐るべきさぬきうどん」が、香川の友人から我が家に送られてきた。それをどんな恐ろしいものかを知らず、うっかり読んでしまった私たち夫婦。それ以来「ひやひや…」「ぶっかけ…」「イリコ…」などと奇怪な言動が多くなり、冷凍うどんを求めて町中のスーパーを尋ね歩くなどの奇行が目立ちはじめた。しまいには旅費数万円をかけて、1杯200円のうどんを香川まで食べに行くことが習慣化してしまったのだ…。 そう、この本を読んだ者の8割以上がハマると言われている「讃岐うどん中毒症候群」に、見事にハマってしまったのだ。 こんな恐ろしい本が文庫化されたなんて、これから全国に中毒者が広まるだろう。ああ恐ろしい! さぬきうどんこわい! あつ~いお茶もこわい…。
・「本当に恐ろしい本である」
以前友だちに借りて読んだが、文庫本になったと聞いて即購入。しかしこんな本が全国発売されてよいのだろうか。文章がおもしろくてついつい読んでしまい、読んでいるうちにさぬきうどんが夢に出てくるようになる。。。そんな面白い本だ。
・「うどんはえらい!とってもディープな本!!」
この本は、コミックス美味しんぼ[コシが命!シコシコのうどん編]作・雁屋哲、画・花咲アキラのなかの美味しんぼ塾第二八講[うどんの楽しみ]で知りました。わたくしもうどんは大好きですから早速取り寄せて拝読いたしましたところ、大変ディープな本です。実は美味しんぼでこの本に言及している際、村上春樹さんが讃岐うどんの話を確か書いているのを思い出したのですが、本書に村上さんの記事のことも載っていました。ちなみに、その記事は現在村上春樹著[辺境・近境]新潮社刊”讃岐・超ディープうどん紀行”に収められています。あわせて読むと香川県の人達のうどんに対する情熱と生活のあり方が良くわかります。初版本の復活を期待します。
・「冷麺大好き」
たかが冷麺、されど冷麺。普段何気なく食べていた冷麺に、これほど深い民族意識が隠れていたとは。盛岡に馴染んだ冷麺のルーツを解き明かす様は推理小説のようで、なかなかスリリングでした。重くなりがちな民族問題も、冷麺という身近な素材で一気に読めました。
・「うちのそばにある焼肉屋さんも立派な店を構えるまでに苦労したんだろうなぁ」
なるほどなぁ・・・冷麺という新しい食べ物をまず最初に受け入れたのは当時モダンボーイ・モダンガールと呼ばれた人たちだったというのが興味深かったです。近所の焼肉屋さんも「韓国系の方がやってるようだな」とうすうす思っていたのだけど、そこはこの辺りでは高級店なのだけど、この本を読んで「こうなるまでには一代目の方が日本に来てから、さまざまな時代と苦労があったのだろうなぁ」と改めて思いました。文中に「自分の意志で日本に来た一世のことが今までは書かれて来なかった」とあって、私も「自分の意志で日本に来た一世」の方の下りは興味深く読みました。また、意志でなくいらした方々がどのように暮らしてこられたか、そして二世の方のことなど、今まで見聞きすることもなかったことを垣間見た思いで、読んで良かったと思います。こんな本が地域や学校の図書館に一冊ずつあっても良いんじゃないかな?と思うので、リクエストしたいと思っているところです。
・「エキサイティング!!!!!」
盛岡冷麺・・・・破天荒で衝撃的な食い物だとは思っていたが、その裏にこんなエキサイティングな誕生秘話が隠されていたとはね。ありきたりの郷土史の一つかと思いきや、時代と国境を越えたスリリングな展開と結末。創造者・青木輝人の無頼で誇り高い生き様と、残した物語は、混迷する今の時代こそ、必読。
・「冷麺ダー!!」
たかが冷麺、されど冷麺。普段何気なく食べていた冷麺に、これほど深い民族意識が隠れていたとは。盛岡に馴染んだ冷麺のルーツを解き明かす様は推理小説のようで、なかなかスリリングでした。重くなりがちな民族問題も、冷麺という身近な素材で一気に読めました。
・「しらないので」
平気で食べてましたし、食べてます。これからも食べます。
平気で読みましょう。ソウルミュージックを聴くように。ブルーズを聴くように。パンソリを聴くように。そして感動しましょう、平気で。
例えば「著者が、ある場所で、ある人に、ある理由から、食べ物を勧められて、「断る」シーン」等に。
・「「盛岡冷麺物語」と合わせて読むと味わい深い」
「盛岡冷麺物語」(小西正人著)は、いまでは岩手・盛岡の名物となった盛岡冷麺を生み出した在日コリアンの生き様を描いたルポだ。あの独特の味わいを持つ冷麺は、それ以外のものを作り出せない在日の「舌の記憶」よって生み出されたものだった。被差別の中でそれをむしろ、パワーにして武器にして生き残った者のみが生み出せた奇跡の料理だったのだ。ぜひ、本書と合わせて読まれることをお薦めする。
・「著者のアイデンティティーを探る旅でもある」
関西の被差別部落出身の著者が,自身のアイデンティティーを探る意味で,世界の被差別社会の食を紹介していく.著者が子供の頃から親しんでいた料理が,その‘むら’以外では食されていなかったことを初めて知った時の衝撃が,ベースになっている. そのような,被差別社会の食には,多くの共通点があることが,フィールドワークによって見出されていく.アメリカの黒人社会のソウルフード(フライドチキンもその1種である),ブラジルの黒人奴隷の末裔の食,ブルガリア・戦乱の中のイラクのロマの食,ネパールのサルキ,そして著者の食べていた日本の被差別の食卓.それぞれの共通点は,その‘むら’以外では口にすることのない食材を,生きていくために食べていかざるを得ない状況があったということである.フライドチキンも,白人の食べる鶏を焼いた料理の余りの手羽などを,黒人奴隷が揚げて柔らかくして食べたことから始まっているのである.また,病死牛馬を食せざるを得なかったという点も共通している. 著者は,差別の問題点をテーゼとしているわけではないが,食を通じて被差別の構造について改めて考えさせられた.ステロタイプな同和問題の話には出てこない,その社会に根付いた一つの文化である.
・「大人の試み」
大阪の被差別部落出身の著者が、各国①アメリカ、ブラジルにおける黒人差別②中東・東欧におけるロマ(ジプシー)の差別③ネパールにおけるヒンズーのカーストの差別④日本の被差別部落の差別のなかでの被差別者の食卓を描き、差別の起源などを探っていきます。著者はまだ若いようですが、その文章は荒削りながら知性を感じさせる魅力的なものです。また、被差別の世界を描いてはいますが、著者の意図的な努力により悲壮感をあまり感じさせません。著者は、「悲壮感を感じさせることが差別を助長させるという危険性」に気付き、悲壮感を感じさせずに事実を伝えることで差別の無意味さをなくしうることを意図したのだと思います。言い換えれば、「被差別外の論者が差別の無意味さを批判したところでそれ自体が差別となり得る」という矛盾があることを知りえた著者が、内から理性的にその解決を図っているとだということです。
・「根源的なもの」
大阪の「むら」出身であるという筆者は、自らの経験を下敷きに差別・被差別の中で生まれた「食」をフィールドワークしていく。
アメリカ南部の黒人奴隷の生活の中から育ったフライドチキン、ナマズ料理、ザリガニ料理。ブラジルの内臓料理フェジョアーダ、ロマのハリネズミ料理、ネパールの牛料理……。最後に出自の「むら」に戻っての「あぶらかす(牛の大腸を油で揚げたもの)」と「さいぼし(馬、牛などの肉を乾燥させたもの)」の話へと点綴は続く。かつてアメリカではキング牧師に代表される「公民権運動」の成果として有色人種の権利の拡大と差別の撤廃が公式的には認められるようになった。しかし、それは「pc(ポリティカリー・コレクト=政治的配慮のなされた公正)」でしかないのは事実であり、現実には「ポリティカル・ディスクリミネーション(政治的な配慮を施した差別)」が浸透しているとも言えるだろう。この実態はいずこも同じ、あるいは同じような道程をたどっていくものなのかもしれない。中で、筆者が手がかりとして見つけ出した「食」は根源的な部分だけに、その濃淡を変えながらもつづいていく。ソウルフードに新たに出会った者は「おいしい」と思うかもしれない。でもその背景に何があったのか。「お袋の味」と思う人にとっての、「味」からにじみ出すものに、思い致すことの大切さを教えてくれる1冊である。
・「政治的混乱のなかの食」
1996年に出た単行本の文庫化。 著者はアフリカで長く取材を続けた朝日新聞の記者。本書は1994-95年に連載された朝日新聞のコラムをまとめたもので、各章がかなり短いのが残念。興味深い食物を扱ったり、政治的に重い話が多いので、じっくり書き込んでくれれば面白かっただろう。 とにかく政治的に重い話が多い。飢饉、内戦、アパルトヘイト。極端な貧困や身分格差。そうしたなかでも、人々は生きるために食べなければならない。生きるためのギリギリのラインが示されている。たくましさとか悪食ぶりとかではなく、その必至さと悲哀が印象に残る一冊だった。 食文化の本としても面白い。牛の血を飲む、ラクダ・カレー、バナナ・ビールなどなど。ただ、気楽な気持ちで読むことは出来ない。
・「思わず料理をしたくなる」
仕事がめっぽう忙しいのに、この本を読んだらいてもたってもいられず、つい料理をしてしまった。作中に登場する料理のおいしそうなことと言ったら……!できあがった料理だけでなく、料理の課程もきっちり描かれていてそこがすごく楽しい。(ものによっちゃ、材料の値段まで!)登場人物のシロさん(美中年の弁護士)の料理の手際の良さは、そのまま作者の手際の良さでもあるんだろう。よしながふみはそもそも食べ物の描写が異様にこまかく愛がふんだんにあふれているのだが、この本もその愛が爆発。こちらの料理欲も、ついかき立てられました。
登場する料理は、すぐ作れそうで美味しそうなものばかり。調味料も近所のスーパーに置いてないものなんざ使っちゃいません。みりんとかめんつゆとか白だしとかしょうゆとか、家庭にありそうなものが中心です。材料も同様です。凝ってないのがいいんです。まさにThe・おウチごはん。
料理だけでなく、人間もきっちり愛おしく描かれてます。ほのぼのゲイカップルのシロさんとケンジが素敵。声を出して笑ってしまったシーンも多々あり。電車の中で読まなくて良かったです。
・「料理がしたくなる」
いわゆるコテコテの料理マンガではなくて、日常の生活の中に毎回サラリと料理シーンが入っているのですが、主人公が作る様子がとても楽しそうで。料理も全部おいしそうなので、改めて料理の楽しさに気づかせてくれる本です。(「マンガ」よりも一段上な感じ)イワシ煮とナストマトの甘辛煮を作りましたが、どちらも簡単でとてもおいしかったです。レシピ本としても使えて、ストーリーも面白くほのぼのした気持になるので、お得だと思いました。次の巻も楽しみです。
・「ホントに美味しい」
このマンガ、もちろんマンガとしても楽しめますが料理本としてもかなり良い出来です。実際に何品か作りましたが、すごく美味しい。しかも簡単。夫にも好評で、我が家の定番メニューになった料理もあります。ストーリーを楽しむのも良し。料理本として活用するも良し。2巻が待ち遠しいです。
・「幸せな気持ちと料理の参考に」
料理一品について本当に料理本のように書かれていて、読んだ後に今度これ作ってみようかなと思えるような漫画です。同時に同性愛についても描かれていますが、そういう趣旨の作風ではないので、苦手な方でも読みやすいと思います。そして、この二人の日常のささいな、喧嘩だったり食事中のちょっとした一言だったりがすごくほっとした気分にさせてくれます。女性でも共感できる部分がたくさんあるはず。久しぶりに漫画を読んで、幸せな気持ちになれました。雑誌で読んでしまうと単行本が待ちきれなくなってしまうようなおもしろい漫画です。
・「お好きな方もそうでない方も楽しめる(笑」
弁護士のシロさんと美容師ケンジの、同棲物語。もちろん、よしながさんですから、二人とも男です、はい。
で、シロさんが、とんでもなくお料理上手。といっても、変にこった料理ではなく、ごく普通の家庭料理が得意なわけです。しかも、買い物上手。安い食材を探してスーパーうろうろ。
たんに食べ物漫画として読んでもそれなりにおもしろいと思います。BL不得意な方でも、十分楽しめます。ハードな描写はほとんどありませんが、なんとなく、なんとなく、精神的SMというか(笑それ方面が好きな方は、もっと楽しめます。
・「紅茶のうんちくを語りたくなる解説が豊富」
リプトン、トワイニングなど日本でもよく知られた茶商の成立や、中国の山奥で失敗作として生まれた紅茶の由来、茶の分類など、ついうんちくを語りたくなる分野の知識を縦横に解説していて興味深い。
本の後半で、レモンティーもアイスティーもティーバックも今世紀のアメリカで生まれたというくだりがある。イギリス人は「紅茶の邪道な飲み方はすべてアメリカで生まれた」というそうだが、本書を一通り読むと、紅茶がそもそもお茶の飲み方として間違ってるのに、なんて笑ってしまう。
筆者は中国から東南アジア、インド、イギリスと世界を渡り、直に見た現地の飲茶の習慣を伝えているのも興味深い。楽しめる本である。
・「面白い!本」
こういうのを面白い本というのであります。内容が内容なので読みにくいかなとおもったのですが、案外読みやすかったと思います。著者の書きたい意欲が文章を走らせたのでしょう。なお、この本でイギリスの所業やボストン茶事件なんかに興味を持った人は別の本を読めばよいと思います。最後をはしょったのは残念ですが、この本だけではなく日本の本の特徴なので仕方ないかと思います。読んで損しない本であります。
・「紅茶好き必読!!」
ボストン茶会、アヘン戦争、植民地政策・・・世界史を動かす事件の裏には、ヨーロッパ人、ことにイギリス人を魅了した紅茶の歴史があった。
茶の起源の紹介から、ヨーロッパへの伝来、トワイニング、リプトンの歴史、アールグレイやラプサンスーチョンの誕生などなど紅茶を巡る多くの知識が得られ、世界が拡がります。
特に、紅茶好きの間で必ず話題になる"MIF or MIA?"(ミルクは先か後か?)問題に対する回答は必読です。
紅茶を楽しみながら読んで欲しい本。そして、「完璧な紅茶の入れ方」を習った後には、昔の人々の紅茶へのこだわりに想いを馳せながら、極上のtea timeを楽しみましょう。
・「てぃーふれんどのTeaBookレビュー」
かつてイギリス人にとっては、紅茶は富と権力の象徴だった。紅茶を求めて世界をまたぐ大英帝国を築いていった。紅茶の世界史のお話ですが、紅茶を求めて世界を旅する著者ならではの紀行文でもあります。中でも何故くせのあるラプサンスーチョンを好むのかとか、英国王立化学協会が発表した「完璧な紅茶のいれ方」などおもしろい話もあります。
・「命の食べ方。」
普段何気なくスーパーなどで売っている牛肉や豚肉がどのようにして解体され、ラッピングされた状態になっているのかを我々はあまり知らない。
だから生命を殺して得ている食料を「生命の死」から離れたところのものに感じている。
それでは生命のもつナマナマしさを感じることはできず、ひいてはその大切さも疎かになりかねない。
本書ではじゃあまずはそれを知ることからはじめようという本。
そして知らないことの恐ろしさもまた教えてくれる。知らないことで過ちの連鎖が今も続いている事例など、とても考えさせられる。
中学生ぐらいから読める内容で、文章も読みやすい。でも書いてあることはとても重要で重大なこと。
大人が読んでもとても考えさせられた。
・「若い読者に向けたメッセージに、がつん!!!と、やられました」
本文は110頁あまりと薄手の本ですが、中身は非常に濃く、読みごたえがありましたね。「食肉市場であると場(とじょう)は、なぜテレビ番組などのメディアに取り上げられないのか」「被差別部落問題の根っこにあるものは何か」といった問いかけをしていくなかで、著者が若い読者に向けて一番言いたかった「知ろうとすることの大切さ」が、繰り返し語られています。本書によって初めて知ったことのなかでも、わたしは特に、以下の二点が強く印象に残りました。●食肉として、と場で殺される牛と豚の解体の様子が、まるで映像でも見るような具合に、リアルに活写されていた件り。生半可なコメントなどきっぱり拒絶するような、ドキュメンタリー・タッチの文章のすごい迫力。ひたすら圧倒されました。●本書のなかでその一部分が引用されていたエッセイ「戦争責任者の問題」が、戦争問題の本質を鋭く突いていたこと。エッセイの書き手は、映画監督の伊丹万作。 すっかり面の皮が厚くなり、ものの見方が硬直化してしまっているわたしのような読み手ではなく、十代、二十代の若い諸君が読んだなら、受ける衝撃とか新鮮な驚きは、かなりのものなんじゃないかな。 同じ著者の『世界を信じるためのメソッド』(理論社)、松岡正剛の『17歳のための世界と日本の見方』(春秋社)とともに、若い読者に強くおすすめしたい一冊。
・「いのちの食べ方、根強く残る差別問題」
屠殺(とさつ)と聞いてすぐにわかる人が少なくなった。本書は、東京芝浦にある屠殺場のルポルタージュであると当時に、それを通じて、私たちが「解体された肉」を買っていることの意味と重みを伝えてくれる。一匹の牛や豚が、流れ作業のように殺されて解体されてバラバラになりやがてそれらがスーパーにパック売りされる。その解体作業を行なってきたのは、被差別部落の人たちだ。そのことについても触れており、私たちが「いのち」を食べなければ生きていけない存在であること、その意味の奥深さを痛感させてくれる。
中学生向けぐらいに書かれているが、もちろん大人にも充分耐えられる内容だ。ミートホープ事件などがあったあとに再読してみて、余計にこの本の「濃さ」がわかった。
・「単なる食育に関する本ではなく広範囲な問題提起を含んでいる」
この本の題名を聞いた時に「スーパーの鮮魚売り場に並んでいる切り身の魚しか知らない子供達が魚は切り身の形で泳いでいると思っていた」という話を思い出した。この本はその「肉バージョン」だろう、というのが読む前の予想であった。が、家畜がと殺され解体され、スーパーやお肉屋さんでパッキングされて食卓に届くまでの過程が、なぜ一般の人に知られていないのか?という素朴な疑問をベースに、昔の身分制度やそれに起因するいわれなき差別問題、報道における事なかれ主義にまで言及している。つまり、かわいそうだね、でもお肉を食べないと○○ちゃんは立派な大人に成長できないから、出されたものは残さず食べて、牛さんや豚さん、鶏さんに感謝しようね、という単純な内容ではない。
と殺場で働く人たちの思い「苦しまずに家畜を殺してあげること」「生産者のために商品の価値を落とさないように慎重にかつ手際よく作業をする職人気質」にも、触れられている。同名のドキュメンタリー映画(ドイツ・オーストリア)が今公開されて話題になっているが、上述した職人の思いや、日本固有の差別等の問題には触れられていないため、残念ながら本書で取り上げている問題意識の重要な部分が欠落している。
忘れられない記憶のところで、職人のOBが、戦後間もない頃、大きな山羊を一発で殺してあげることができず苦しませてしまったことを、目に涙を浮かべながら「かわいそうなことをした」と語っている話が、強く心に残った。
日本の食料自給率は40%しかないにも拘らず、日本人の一人当たりの年間残飯量は171kgにものぼり、世界で一番多いという。外食産業の影響も大きいが、それらは全て命あるものから食べるために命を頂いたものである。日本語の「もったいない」が「物を大事にする心を表す言葉」として世界中で注目されたが、食料については浮かれている場合ではない。
・「必読の一冊です」
人間として読んでおきたい本だと思います。いのちの大切さ。生きるということの過酷さを再認識できます。分かりやすい言葉で書いてあり、読み手を引きこみます。短い本ですし、あっという間に読了するでしょう。
僕は途中で何度か涙を流しました。素晴らしい作品です。ぜひ読んでみてください。
・「刑務所が舞台なのにグルメ漫画なんです。」
とにかく設定が変わっています。刑務所の同じ房の囚人たちが年に一度のお楽しみのおせち料理をかけて勝負します。内容は自分たちがシャバで食ったうまいものの話をし、一番皆ののどを鳴らしたものが勝ちというもの。うまいものの内容は庶民的なものが多く思わず食べたくなるほど。しかも各自うまいものの話をしながらどうして刑務所にはいることになったのか過去が明らかになってくるという凝った構成です。ハマリました。土山先生版「LOST」ともいえる快作です!
・「垂涎必至!」
普通のトンカツ定食なのに…ただの立ち食い蕎麦なのに…なんでこんなに美味しそうに見えるんだろう!土山先生が描くおせち料理は、本当に宝箱のように見えます。食欲がない時に読めば一気に食欲が湧くし、お腹が減っている時に読むともう我慢できなくなります。最近読んだコミックの中で一番ハマりました。お勧めです!
・「最良の調味料は空腹!」
こんなに面白いとは思わなかった。ストーリーは刑務所の中で囚人が旨い食べ物の思い出話をして、一番を競うというもの。ただし、出てくる食べ物はジャンクというか、立ち食い蕎麦やお好み焼きといった庶民的なものばかり。なんだけど、囚人がみんな唾を飲み込みながら話を聞いている様をみてると、こちらまでお腹が空いてくるから困る。
闖入する看守さんには笑った。グルメをダシに環境問題を語る「美味しんぼ」より、こっちの「メシ」の方がはるかにおいしそうだし、リアリティがあると思います。
・「(トンカツに)かぶりつくんや・・・。」
梅干の味を知らないと梅干と聞いてもツバが出てこない。
・「あちこちで評判なのも頷ける!」
「このマンガを読め!2008」、朝日新聞の書評欄など、様々なところでこの本が取り上げられているのを見て購入。そうでなければ、絶対に手に取らなかったであろう、女性とは縁遠い雰囲気の表紙、タイトルの作品です。実際に読んでみると、冒頭部分はやっぱり馴染めなかったのですが、読み進めていくと、「えええええ?」と驚きました。世間の評判通り、グルメマンガは数多いが、こういう視点で「食」を描いたマンガはこれまでなかったでしょう。「美食」ではなく、「誰もが食べたことがある食べ物」をテーマに、これだけ驚きを与えるとは!これは作者の力量の勝利だと思います。絵もさることながら、話しの作り方が無茶苦茶うまい!グルメの表現としても秀逸ですが、マンガという表現の新しい可能性を感じました。
・「「悲劇」の旅の記録として」
辺見庸の作風は、鳥瞰的、抽象的、客観的ではなく、虫瞰的、具象的、意志的である。当書は、世界の人びとの「食う」という根源的な営みに自らの肉体を投じ、その「食う」という行為を通じて、世界各地に存在する「悲劇」の現場を息苦しいまでに描出している。
辺見は実際、「噛み、しゃぶる音をたぐり、もの食う風景に分け入って、人びとと同じものを、できるだけいっしょに食べ、かつ飲むこと」(旅立つ前に)を己に課し、この想像を絶する峻烈なインパクトをもったルポルタージュを完成させ、私たちに突きつけた。
彼は、ダッカの残飯、ミンダナオの人肉、チェルノブイリのボルシチなどで、飽食の時代を生き、偽りの平和の中で惰眠を貪る日本人に対して強烈な揺さぶりをかける。辺見の提示した現実は実に重たいのだが、若い人たちには是非とも読んで欲しい作品の一つである。
・「「食う」ではなく「食」に関する本だ」
一言で言えば、深い。それに尽きる。
人は食わねば生きては行けぬ。その「食う」にフォーカスした本だと思ったが、読んでみると人の「食」に注目した本なのだ。人は生きるため、好むと好まざるとに関わらず、何かを食べて生き、食べなければ死ぬ。そんな当たり前のことを淡々と綴っている。
この本を読んで、山岡俊介氏の記事を思い出した。
ピュリッツアー賞候補にもなったジャック・ケリー氏のコラムに関する記事で、飢餓の東アフリカで出会った兄弟の愛と命のはかなさに関する記事だ。
この記事を読んだ時は涙が抑えられなかった。この本は割と淡々と読み進めれられるけれど、「この本+何か」によって人は変われる。そんな、世界への入り口みたいな本だった。
前述の山岡氏の記事を探していた時に、飢餓・グレープフルーツをキーワードにした。ダイエットの記事が山盛り検索されたよ。あぁ、これが現実なのだな。
・「旅をし、喰う。」
辺見庸の素晴らしいところは、その文章の緻密さ、というか細かいところだ。普段、記事やルポにありがちな「大体を捉えて大まかな流れを書く」という事をせず、ただただ自分自身の感覚に素直になり、細かく感じ取って文章化しているところだ。しかし、しつこくない。
旅をし、ものを喰った文章。
それだけなのに、どうしてこうも文章の向こうに文化を感じ取らされてしまうのか。国々の歴史、風習、民族、治安、土地の匂い、、、それらが全て"食べる"ということを通して感覚として読者に伝わってくる。
そしてこの旅は、"旅行"ではなく正に"旅"というのにふさわしい行き方だ。
まずい飯も喰い、死にそうに混んだ列車にも乗り(日本のそれとは別格)、夕日を眺め、物を盗られ、危険にもさらされ、、、だが、それらの体験がもの喰う人々を強烈に印象付けている。
どこに住んでいようがお腹は空く。だが「もの喰う人びと」は地域によって違う。それぞれに人の生き方が違うと言う事だ。辺見庸の文章を読んだ後では、真剣に「もの喰う人びと」について考えたくなる。
・「それでも毎日飯を食う」
僕にとって一番印象に残っているのは、「世界最大のレストラン」を描いた章だ。圧倒的なまでに多くの口という口が、ものに喰らいつき、噛み、しゃぶり、栄養をこし取り、飲み込む。レストランの厨房からは次々と新しい料理が湧いて出るかのように現れる。という場面だ。筆者の描写も見事なのだろう。人類全員がものを食っているところを想像させられた。
エネルギーを取り入れるために食うという行為があるのだが、人がものを食う姿というのはものすごくエネルギーを発している。この本を読んでから、そのことを意識し始め必要以上に食うことに抵抗を感じるようになっている。この本に登場した満足に食えない人びとは、日本に暮らす僕に
とっては、不幸な境遇としか思えないのもその!理由の一つではないかと思う。
ダイエットにおすすめです。
・「何を思いながら何を食べる?世界の人々、それぞれの場合。」
いろんな所へ行っていろんな人が食べてる様子を 見に行きます。食べるってのは世界中大抵の人が やってる事ですが、それぞれの違いの大きさに 驚きます。食材とか調理法って事じゃなく 「食べる」がその人の中でどんな意味を持ってるかって事です。いろいろあります。 貧しいか金持ちか 戦場か山の奥地か 伝統か新文明か‥ その他さまざま。 違う条件にいる人々は 何を考え何を食うのかってことを 知ることができます。
おすすめは 日本向け猫用缶詰のほぼすべてを作っている タイの工場で 時給82円でカツオを解体する仕事をして、 毎日50円の昼食を食べている十六歳の女の子に
「日本の猫のための缶詰を作っていることを どう思うか」 という質問をするところ。
けっこう衝撃的でした。そりゃむかつくよなあ。 でもそれが自分の食べ物を得るための仕事なんです。彼女にとっては。 自分の生活を外側から見るとこんなに異常なこと してるんだなぁと気づかされます。読んでみてください。下手な旅行ガイドより世界のことがわかります。
●私の牛がハンバーガーになるまで―牛肉と食文化をめぐる、ある真実の物語
・「牛の精液を採集する方法ってご存じですか?」
牛の畜産は分業体制が整っているのですね。精液販売から食肉販売まで、分業体制が完璧に整っています。牛の精液採集ってどうやるか知ってますか?一頭の牛の一回の射精でどれくらいの収入があるのでしょう?思ったより原始的で、驚くべき意外な事実がありました。牛への人工授精はどうやるか分かっていますか?これも雌牛が発情した時を見計らって専門家が行うんですよ。出産はどうでしょう?乳牛から雄牛が生まれたらどうするんでしょう?雄と雌の双子が生まれたらどうするんでしょう?初乳は雌牛にしか飲ませない、なんてこと認識していましたか?雄の子牛は寒いところでほったらかしにされているのに、雌の子牛は、温度管理がなされている部屋に入れてもらえるのです。酪農に雄牛は不要なんです。だからすぐに売られていきます。ではその後、どのように飼育されるのでしょうか?ここに一つのノンフィクション作品があります。それは、『私の牛がハンバーガーになるまで』です。食卓にあがる肉がどのようにしてできるのかを見極めようと、一人のジャーナリストが行動に移しました。牛がどのように生まれ育てられ解体されハンバーガーになるかを見届けようとね。彼は3頭の子牛を購入しました。彼らを飼育してくれる農家を探して預けました。1頭は死んでしまいました。残りの2頭は病気にかかりながらも順調に育ちました。その間に、著者が考えたこと、感じたこと、思ったこと、さらに、経験したこと、目撃したことを詳細につづっています。著者はベジタリアンではありません。だから中立の立場でその様子を書いています。正直に書いています。赤裸々に書いています。脚色は加えていません。ありのままに書いています。リアルに書いています。著者の2頭の牛がこの先どうなるんだろう? と、ワクワクドキドキハラハライライラしながら読み進みました。本を読みながらこんなトキメキは久しぶりです。早く結末を知りたい! と、まるで推理小説を読んでいるようでした。で、結末は・・・・・?ここではお教えできません。ぼくは目にじわ~っと涙が浮かんで来てしまいました。この本は、ベジタリアンの皆さんには絶対に、肉を食べる方にも是非とも、動物愛護、動物解放に関心のある方にはなんとしてでも、読んでいただきたい一冊です。精液採集から人工授精、出産、エサ、飼育法、病気、屠殺、解体まで、詳しく分かります。こういうことは、漠然とではなく、はっきりとしっかりと知っておくべきではないでしょうか?牛肉を食べる人も食べない人もね?もう一度言っておきます。エンディングは、涙なくしては読めません。(たぶん・・・)涙で文字がにじんできます。今この原稿を書いていても思い出して目がうるうるしてきちゃいます。でも・・・、いや、だからこそ、ぜひ読んで下さい。
・「一匹の牛がハンバーガーの肉になるまで…それが現実」
はじめに断っておきますが、ご安心ください。この本は人々のヴェジタリアン化を促すものでは決してありません。ただペスコヴェジタリアンの私にとって、乳牛も最後は食肉用として屠殺されるという事実は衝撃的でした。
現代人は、自分の食べているものがどこからくるか、果たして知っている人は少ないと思います。殊に畜肉においては、敢えて知ろうとしない、知りたくもない、という人がほとんどではないでしょうか。
物語としてもドラマティックで大変おもしろく読めました。一匹の牛の一生と、その周辺で働く人々を詳細に書き綴った記録です。
・「中立な立場から肉食と人間との関係を追求しています。」
ほんの一握りの優秀な種牛から取った精子が受精に必要な程度に薄められて売られているって知ってましたか。だから同じお父さんから何千頭もの子牛が生まれています。この本で知ったのですが、人工授精に必要な精子を採取するときに種牛の相手をさせられる(何かに乗らないとその気にならない)のは成績の悪くなった種牛(つまりオス)なんだそうです。なんともやりきれない話ですね。筆者はユダヤ人のジャーナリストです。都会育ちの筆者が牛の一生を見届けるためにニューヨーク州の片田舎で酪農生活にどっぷりとはまります。生活のために牛を育てて、ハンバーガーになるのはわかってても売らなければならない。そんな酪農従事者の気持ちを丁寧に描写しようとしています。ビートルズの伝記作家で、過激なインド思想の動物愛護家が出てくるエピソードがありますが、これは結構笑えます。彼がビートルズの伝記を書いた理由は、「ある日、ビートルズの本を買いに出かけたが、見つからなかった。それで自分で20冊ほど書いたんだ。」 すごい!結末はお楽しみです。でも読んだらちょっぴりハンバーガーショップに行くのがためらわれるかもしれませんね。
・「成長したショウちゃ」
「本多勝一のこんなものを食べてきた! 小学生の頃」に、地元にいた高校生時代までの「食べてきたもの」を加えたのが本書だ。「食べてきたもの」でショウちゃが成長でき「食育」やその環境などへの考え方などのメッセージも読み取れる。簡単便利の時代にほんとうに大事にしたいモノが見えてくる。
・「魅力的!野趣溢るる戦前・戦中の信州の田舎暮らし」
本多勝一が「シュウちゃん」と呼ばれていた長野県の田舎での小中高生時代を「何を食べていたか」という視点で描いた漫画だ。とにかく何でも食べる。読んだ後では森に分け入って草や木の葉、虫などをたらふく食べてみたくなる。蚕や蜂の子ならまだしも、カミキリの首をちぎって中をすするなど、ちょっと聞くとスゴイ世界が、結構おいしそうに描かれている。この地域は貧しかったため、よく虫も食べる地域でもあったという書かれ方がされているが、そこら中に食べ放題の草木があり、川魚を醤油炒めにしたりと、今聞くと憧憬すら描いてしまうほどの自然の恵みに溢れている。疎開してきた家族との交流、そこの同年代の女の子との淡い恋心、戦時の暗さと、それに負けない明るさ、仲間との和気あいあいとした交流、家族の温かいつながり、ふと大切なものをいろいろと想い出すそんな良著だった。ほのぼのした漫画で年齢問わず誰でも楽しめる一冊だと思う。おすすめします。
●人間はこんなものを食べてきた 小泉武夫の食文化ワンダーランド (日経ビジネス人文庫)
・「食の歩みがよく分かります!」
この本を読めば、東京農大の小泉武夫先生の講義を学ぶことができます。ブックカバー挿絵の左側は、原始時代にさかのぼった小泉先生の似顔絵ではないかと思います。難しいお話は抜きにして、気軽にな感じで、原始時代からの食のルーツをたどっていきます。
歴史をたどるには、考古学や民俗学などがありますが、これは衣食住の中で最も大切である「食」を中心としてヒトの文化が発展したきたという論法で書かれています。そういう意味で、歴史をたどる中では、画期的な考え方であるとも思われます。
ヒトは何を食べてきたのか、なぜそのような食の習慣が生まれたのか等ということを民族ごとに考え、食のルーツや歴史を知っていくうちに、現在の食のあり方、21世紀に向けた提言をしています。小泉先生のご専門分野である発酵のお話や発酵にまつわるお酒のお話しなども盛りだくさんで、ざっくばらんな読み物です。
・「わかりやすい食文化論」
塩はどうして殺菌効果があるのでしょうか?乳酸発酵するとどうして腐らなくなるのでしょうか?酒はそもそも人類がどうやって作るようになったのでしょうか?どの民族も一日三回食事をするのでしょうか?
どれも素朴な疑問ですが、この本を読むまでは正しく答えられないことばかりでした。特に「どうして塩に殺菌効果があるのか?」こんな単純なことに答えられない自分に気が付いて愕然としてしまいした。
単なる蘊蓄だけにとどまらず、体系的にかつ分かりやすく「食文化」を学ぶことができます。そして、「オモシロ食べもの話」も満載です!
・「入門書」
1997年に時事通信社から出版された『「味覚人」飛行物体 食の世界を行く』を文庫化したもの。 東京農業大学で小泉氏の担当している講義「食文化論」の内容をまとめたものであり、初心者向けのきちんとした内容・構成となっている。人類の食の歴史と、民族と食文化の問題が系統的に説明されており、入門書として貴重だろう。
食べ物の好き嫌い、マナーの存在する意味など、普段何気なく見過ごしていることも、小泉氏の手にかかると、たちまち歴史的・文化的にすぱっと説明されてしまう。人間が食べられるもの、食べられないものを生理学的に解説してくれている点もわかりやすい。
小泉氏が色々な著書で取り上げている体験やさまざまな食物がジグソーパズルのように、あるべき場所に填め込まれていくような一冊であった。
・「もっと早くに出合いたかったダイエット法」
就職して以来,日頃の食生活は気ままなことこの上なく,十数年を経て見事に皮下脂肪,内臓脂肪が蓄積し,気づけば体重88kg...職場では定期健診ごとに要経過観察,要精検の項目が増え,交際した女性からは某デブタレントに似ていると言われる始末。これでは駄目だとビリーズキャンプに入隊してはみたものの,辛いわ,体重減らないわで早々に脱落...そんなとき,この本に出合いました。本当かよと半信半疑ながらも読み進め,物は試しと食べた物のレコーディング,更にカロリー制限を始めたところ,何と約1か月でマイナス8kg。その後も順調に体重が減り,約3か月半を経て遂に60kg台に突入しました。もちろん,今では定期健診もほぼ全て正常値です。一方で,この本を追体験するような出来事が次々と起きていた分,最も怖かったのが強烈な飢餓感に見舞われるという「75日目の変化」の前兆とホメオスタシスでしたが,その際に著者がとったという対策を実行した結果,それらを経験せずに済みました。何よりもここまで来て感じるのは,適量で確実に満腹感が来るといった体質変化と,自分の身体や食生活に対する意識の変化です。まさに一生ものの財産を得た感じがします。「もっと早くこのダイエット法に出合えていたらなあ。」というのが今の率直な感想です。が,これはあくまで成長や新陳代謝の活発な時期を過ぎた人向けのダイエット法だと思いますので,それらの活発な10代の方や20代前半くらいまでの方については,極端に太っている人を除けば,バランスよくしっかり食べた上で,運動等によるウェイトコントロールをしていった方が良いのではないかと思います。
・「論理に矛盾?評論家は少し黙らっしゃい。」
「キチンとこの通りやれば愉しく体重は必ず落ちます」これはハッキリと言いたい。2か月で14kg私は落とせました。ロジック野郎の岡田氏の書く文章はすべてうなずけるもの。読んで納得、実行して感動です。
ポイントは
1.必ず食べたものは全て億劫がらずにカロリーを書き出す。2.水を毎日2リットル飲む。3.基礎代謝のカロリーを下回ってはいけない。4.過剰にカロリーを摂ってしまった日は2、3日の合計で帳尻を合わせよ。
以上で、ホントにこれだけで効果が出る。書いておきたい重要な事として、この書は、その手法よりも、陥りやすい失敗や、思考法。取り組みのコツがきめ細かく示されている事。その為に勝手な自己解釈や、辛くなった時の考え方がケアされている点である。
何とかブートキャンプやハリウッドなんとかダイエットが極めて非効率かつ自己満足的であると今は感ずる。運動で減量するには2、3か月間毎日1時間程度の継続運動は必要になる。基礎代謝に絞っているのはその点一番明快で手軽である。
カロリーを意識すると今までいかにわざわざ高カロリー食品ばかりを摂って合計数千カロリーに達していたかが分かる。だからボリュームがそれ程変わらなくともカロリーで選べば無理する事にもならない。
LLからS寸を着用出来る時の感動をあなたにも知って欲しい一冊。
・「ダイエットを「楽しむ」ための本」
最初に帯の写真を見て驚き、中身を読んで即レジに持っていきました。目新しさがないという批判は、的はずれなものでしょう。なぜなら過去の本は、私の様なモノグサな人間が手に取るような工夫や敷居の低さに欠けていた様に思えるからです。本書の最大の功績は、ダイエットは目標を達するだけでなく、途中の試行錯誤やプロセスを楽しむことにも価値がある、としたとことでしょうか。私は表計算ソフトで食事のカロリーを記録し、わからないものは適当に考えて記入していますが、それだけでも毎日の体重,体脂肪率のグラフからは手応えを感じます。そうした記録を取ることを楽しめる人にはリバウンドの心配は無いでしょうし、逆に運動はちょっと、という人には最良の書でしょう。
・「ホントだった!!」
なんと、18日で4.5キロの減量成功!半信半疑で購入し、まさか!と思いつつ読み進め実行したら、全く苦痛なく体重が落ちています。デブになる原因が詳しくしかも分かりやすく書かれており、笑える楽しい文章で到着してすぐ読破しました。人生が価値観が劇的に変わった1冊です。大切に毎日持ち歩いています。とても充実した1冊でした。
・「オタクの面目躍如」
この本の内容は今更説明するまでもないでしょう。少し大げさな表現をすれば、ダイエット本の範疇を越えた内容となっています。たぶん、岡田氏自身のオリジナルな部分はそれほどたくさんはないでしょう。しかし、それらをうまく取捨選択して組み合わせて、細部にまで目が行き届いた緻密なノウハウ集に仕上げている。「オタク」であるからこそ書けた本であると思います。
特に、助走、離陸のプロセスが興味深い。とにかく食事の内容と体重を記録することで自分の現状をはっきりと「知る」助走プロセス。さらにカロリーも調査して記録して摂った食物が自分の体重や体脂肪にどのように影響するのか「知る」離陸プロセス。これらのプロセスでは、決してカロリーの制限をしない。自己の現実の姿がわからなくなるからです。要は自己の現実の姿を徹底的に「知る」ことからはじめるのです。このプロセスを経てはじめて、自分の食生活の状態や、どんな食物が自分の体重の増減に影響を与えるのか、ということがだんだんとわかってくる。そのうちに、逆にカロリーを減らすのが、これほど簡単なのか、ということが自然とわかり、ダイエットしたくてたまらなくなるという心理状態を醸成させる。その状態にまで至ったときに、一気にカロリー制限を伴う後のプロセス(上昇・・・)に突入するわけです。
いや、ホントうまくできています。私も1ヶ月で3kg体重が落ちました。
なお、この本の最終プロセス(軌道到達)では、“自分の体の声に耳をすますことにより、自分の体格にちょうどよい体型に徐々に近づく”ことになります。言い換えれば、このダイエット法は、この「体の声」に耳をすますことにより、ダイエットという意識から解放され、自由自在に生きることができるようになるための手段であるとも言えそうです。
そんなことが本当にできそうな気にさせてくれる本です。
【その後】開始時(9月中旬)、体重72.0kg/体脂肪率27.0%でしたが、約半年経過後(3月3日現在)、体重61.9kg/体脂肪率16.8%です。自分の記録が何よりの自信になります。カロリーについては、基礎代謝量よりも100〜200kcal程度多めに設定しています。体重の変動が止まる停滞期もありますが、記録を見ていると厳密には停滞しておらず、実際には体脂肪量、体のサイズなどに変化が見られていました。一日あたりの体重減少量は50g前後ですが、基本的にはつらいこともほとんどなく快適な日々を送っています。
自分自身の生活習慣自体が大きく変わりました。以前の状況にはもう戻れそうにありません。記録することによりはっきりと以前と今の違いが明確になりました。そんなわけでリバウンドの危険性はほとんど感じていません。岡田さんがリバウンドしなければ評価する、などというレビューがありますが、まずリバウンドすることはないと確信しています。
・「ビスケットを片手に・・・」
牟礼魔利こと森茉莉の鬼才あふれる食べ物エッセイです。永遠のお嬢さま、永遠の洒落者である著者独特のセンスが随所にちりばめられています。古典的な(?)漢字の使い方も、素敵。思わず、ビスケットを片手にお茶をしながら読んでしまうことでしょう・・・
・「携帯文庫」
このエッセイ集は、機嫌のわるい・よいときにかかわらず、いつでも開いて差しさわりのない、稀な、私にとって貴重な存在。いつでもバッグのなかにある。この文庫本は森茉莉の作品から、食に関する短編をいくらか取り出してまとめたもの。自分にとってのたのしいもの、美しいものに自然に反応する清潔な六感を持っていて、描き出し方に独特の偏狭さがありながら、憎めない。森茉莉の芯のあたらしさ、真摯な感覚にひきこまれる。
・「真似して作ってます!」
おいしそうな食べ物の記述が満載・・・ 茉莉さんの世界にうっとりひたりながら、影響を受けやすい私はリプトンやマリービスケットを買って帰ったり、馬鈴薯のスープをこしらえたりです。他にも作ってみたい料理がたくさん。最近料理離れしていた私にいい刺激を与えてくれました。ファンはもちろん毎日の献立に悩まされる主婦の方にもお勧めです。
・「エッセイの真髄」
父・鴎外との甘やかに想い出、当時珍しかった舶来品へのこだわり、そして美食・・・。それらのものが美しい筆致で紡がれている作品である。また同時に、安っぽく虚構に満ちた贅沢さを鋭く批判しているところが痛快である。魅力的な随筆といえる。
・「和製サヴァランの「食」目録」
東京、淡島にひとりで住まうマリアのご馳走は、ダイヤ氷。慎重にいれたリプトンのティーバッグ。ウェファース。英国のビスケット。卵料理に、薔薇の砂糖菓子。独特の美意識と味覚によって選び抜かれた、目にも舌にもおいしいものたちが、次から次へ登場する。読んでいるとおなかがすく…というよりも、何か恍惚としてくる。王女の部屋の前に立って、その豪奢な調度品を見せてもらっているみたいだ。料理と食べものについて書かれているのに、美と人生について読んでいるような心もちがする、ふしぎな随筆集。
●世界を変えた6つの飲み物 - ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、紅茶、コーラが語るもうひとつの歴史
・「飲み物の影響力に驚く」
食べ物や嗜好品の歴史本はかなり出ているが、飲み物だけで世界史を解き明かした本書の狙いがまず面白い。メソポタミア・エジプト(ビール)→ギリシア・ローマ(ワイン)→植民地・大航海時代(蒸留酒)→啓蒙と科学・金融革命の時代(コーヒー)→帝国主義の時代(茶)→グローバリゼーション(コーラ)・・・というわけだが、各時代と飲み物があまりにも深くつながっていることに驚かされる。米国・初代大統領のJ.ワシントンがウィスキーの酒造家でもあったとか、市場経済の祖アダム・スミスがコーヒーハウスを拠点にしていたとか、小ネタもいい味を出している。イギリス人の著者らしく、皮肉の利いたユーモラスな話題も楽しく、厚い本のわりにはあっという間に読めてしまった。できれば飲み物と各時代との相関がわかる年表を付けてほしかったところだが・・・。
・「意欲的な取り組み」
「コーヒー」や「お茶」の歴史を、社会史的な視点から記述した本は多くある。しかし本書のように、飲み物の方から歴史を記述しよう、とする意欲的な取り組みは極めて珍しいのではないだろうか。
ビールやワイン、コーヒーやお茶の歴史はたびたび目にするが、蒸留酒やコカ・コーラの歴史の記述は珍しく、非常に興味深い。
・「砂糖が回す世界史の舞台」
砂糖を通して世界史を語る試み。 なかなか切れ味が良く、大航海時代以来の500年ばかりを、さっと概観できている。とりわけイギリスの歴史を相当叙述できているのは感心してしまう。
地球の端と端からもたらされた中国のお茶とカリブ海の砂糖とが、上流階級の流行になる。そうした世界の文物を手に入れられるイギリスの立場、貴族を真似たがる国民性が語られる。
さらに砂糖入り飲料を飲ませるコーヒーハウスからは、王立協会の科学革命が生まれ、新聞が発展し、ロイズなど保険業が育ち、南海会社のバブルがはじけ、政党までが体を成すに至る。まことに砂糖は17-18世紀のイギリスを舞台の下で回していた影の主役であったらしい。
植民地としてのカリブ諸島、利益のあがる商品としての砂糖、この二つの重要性は、思ったよりも重視しないといかんなーと改めて感じた。
・「ジュニア版に限定するには惜しい名著」
紅茶に砂糖を入れるという習慣が、世界の富を集めえたイギリスの富裕階級だからこそ可能だった「破天荒なこと」だということをこの本で知った.その砂糖は、カリブ海の植民地に設けられた広大なプランテーションで、アフリカからだまされて奴隷船にぎゅう詰めにされて運ばれてきた数十万人の若者たちの労苦と犠牲の上に生産されたものであることも.イギリスから独立した米国では紅茶に代わって中南米でとれるコーヒーが広まったこと、それが今のコカコーラにまでつながっていることや、チョコレートが万能薬と考えられ、カトリックの枢機卿が断食の最中でも飲んでよいと許可したことなども興味深い. 題名のとおり世界の歴史に砂糖という嗜好品がこんなにも影響を及ぼしたのかと驚く.ジュニア新書の1冊だが、視点が広く、文章は分かりやすく、大人が読んでもとても面白い.あえて注文をつければ、砂糖キビ由来の砂糖の話が中心で、テンサイ(ビート)からとる砂糖の発展の歴史にほとんどふれていないのが残念.
・「人類の甘い物への探究が凝縮されています」
最初、ジュニア新書ということで軽い気持ちで読んでいましたが、読みはじめると貿易がいかに甘味と結びついているかがよく分かりました。貿易について知りたいけど、専門書はちょっと敷き居が高いという人向けの貿易入門書でもあり、また雑学フリークをも満足だせる一冊です。
・「受験生必読」
本の裏表紙にもあるように「世界史Aを学ぶ人は必読」です。教科書の叙述とは異なり、砂糖を軸にして世界史を眺めることによって、頭のなかでごちゃごちゃになった世界史を整理することができます。きちんと整理できていないとセンター試験でも点数は取れないですもんね!ジュニア版なので字も大きく、気負わずに読むことができます。ちなみに私は、日本史を選択していたのに、西洋史関係の大学、そして大学院へ進んでしまいました・・・ですから、頭を整理するというよりは知識を入れるために読みました。「超」お勧めです。
・「非常にいい本です」
素直に、面白い本だったと思います。砂糖という一商品の歴史を紐解くと、こんなに新鮮な世界史が顔を覗かせるとは、正直、意外でした。
中学生や高校生の皆さんに是非読んでほしい本です。そして昔は高校生だった諸氏にも、世界システム論を下敷きにした上で、モノカルチャーや奴隷貿易などの課題的内容も盛り込み、良心的趣旨をジュニア向け新書という形で結実させたこの良著を是非読んで欲しい。
「高度な内容を易しく、面白く書かれてある本」ですから、それ以上言うことはないですね。個人的には、「お茶の世界史」ではなく「砂糖の世界史」とした辺りがこの本の秘訣だと思います。
・「純粋に食を楽しむ」
どうと言う事のない、普段喰ってる物の話で、特にあそこの何が美味いとか、あそこのシェフはこういう工夫をしてるぞ、とかいうウンチクグルメの話ではない。
ふらりと立ち寄った店、買った駅弁、デパートの屋上のうどん。たった一人でする外食。わびしいか?寂しいか?
主人公の台詞が帯になっている「モノを食べる時にはね 誰にも邪魔されず 自由で なんていうか救われてなきゃあ ダメなんだ 独りで 静かで 豊かで・・」
たくさんの人間で囲む食卓の楽しさは格別だが、独りで静かに食う飯には「癒し」があるのだ、とまあ大げさに言えばこういうことらしい。
独り月下を散歩するような、静かなドラマに溢れているこの作品は、何ともいえない風情で、グルメ漫画というカテゴリからはみ出している。
・「素晴らしいの一言」
モノを食べる時にはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ独りで静かで豊かで…
このセリフ!まさに期待通りの久住昌之。私は「芸能グルメストーカー」から流れ込むようにこの作品に触れた口なのですが、06年10月時点で実に第14版、作品の息の長さが伺えます。
「ダンドリくん」「かっこいいスキヤキ」等、日常性の中に潜むおかしみをダンディズムを交えて語ってきた久住昌之氏と、狩撫麻礼・メビウス・夢枕獏など錚々たる面々の原作を手がけてきた職人・谷口ジロー氏の(一部漫画好きにとっての)夢の邂逅。
明確なオチやストーリーなどはありません。盛り上がるでもなく、しかし決して退屈にもならず、久住氏の重箱の隅を突くようなこだわりと谷口氏の超精密な絵でもって流れていきます。
それがもう、どうしようもなく、いい。こんな贅沢な漫画もそうそうありません。
ただし、「一家に一冊」という類の本ではないですね。男がひっそりと独りで読むような、ある種の隠れ家的愉しさに満ちています。男の本棚に、静かに一冊。
・「■自由を楽しみ格好もつけない一人の男のシンプルかつきままな独白食事随筆」
貿易古物商を一人で営む主人公が、仕事の合間にたしなむ食事の体験談を描いた形をとっている、ごくごく普通の中年男性による食事体験記。タイトルにグルメとうたってはいるがグルメ漫画にあるような高級レストランをはしごしたり、産地特産の名物にターゲットを絞ったりというような格好付けた話ではない。ありきたりな食堂、売店の食べ物、ふらりと立ち寄った回転寿司屋など、庶民になじみの深い、どこにでもあるような「日常生活の中のグルメ」が描かれている。
谷口ジロー氏の繊細でリアルなタッチや、主人公の「ちょっと格好つけたいんだけど、ついつい地が出てしまらない、そしてなによりもおう盛な食欲に正直」な行動が、読者に親近感を与えてくれる。製鉄所のそばで焼き肉を食べた時「まるで俺の体は製鉄所、胃はその溶鉱炉のようだ」と表現し、さらに食い続けると「人間火力発電所だ」と表現がより過激になったり、夜食代わりにちょっとコンビニに立ち寄って食事を買おうとしたらついつい買いすぎて2000円近くものコンビニの料理を机の上に並べ、それを平らげつつも「俺……いったいなにやってるんだろう」と自嘲したりなど、実に人間くささがにじみ出ている。あくまでも「孤独」であって「孤高」でないのがほほえましい。
こんな食事の楽しみ方をしながら生きる生き方もいいな、と思わせてくれる、不思議な魅力を持たせてくれる内容ではある。本編連載時にはさほど人気が出なかったのか、色々細かい設定が用意されていただろうに、それを消化しきれずにシリーズは終了したもよう。石坂浩二か石田純一あたりに主人公を演じさせてドラマ化しても面白そうな気がする。
・「ドラマは無くとも ゴハンは在る」
猛烈な空腹を抱えてさまよい歩いた末に、満を持して口に放り込んた食べ物がまるで地上のものとは思えぬほどに美味だったとき。そのあまりのおいしさに思わず同伴者とは言葉少なになって、「おいしいね」とか「うまいよ」とか頭を使わずに胃袋から発せられる単語だけは交わすものの、二人はそれぞれひたすらにその旨さを個人的に受け止めていた、という経験が一度ならずある。
もちろん、ものを食べる楽しさは誰かと分かち合う楽しさでもあるのだけど、「食べる」という行為だけを取り出して眺めると、元来至極個人的な営みであるわけです。
色んな街で、色んな状況で、一人ふらりと店に入ります。
店の様子や店員に目を配りながら、おそるおそるに、でも期待を込めつつメニューをひらき、今の自分を最大満たしてくれる最上の一品を探すため自分の胃袋とメニュー内容とを擦り合わせては模索して、ついにははっきりとした声で注文する。注文を終えて一息付けば、自分からは滅多に見ないお昼のテレビ番組に妙に感心したり得心したり、店の客筋からこの付近の事情を推察したり。さらにちょっと昔の回想なんかを重ねてうっかり感傷に浸っていると、そこに程よく食べ物がやってくる。そこから先は、ただ、ただ、食べる。 思って、食べて、 食べて、思って。
なんのドラマもないけれど、それでもある微妙で密やかな色合い。心の襞がかすかにゆらりと揺れるような、そんな話。癒し系カフェでなくとも、老舗料亭でなくとも、スノッブなレストランでなくともできる食の独り悦楽、私はこれから学びました。そして時に食べ過ぎるのです。うっぷ。久住昌之の関心力と谷口ジローの描画力。どちらかだけではその偏りにちょっと近づき難い二人の才能が、相乗効果をあげつつ遺憾なく発揮されている最高の一冊です。
・「食事をする人間と社会との関係」
個人で雑貨輸入を営んでいる主人公が、仕事の合間に食事をする、そのときのエピソードを語ったものだ。
いわゆるグルメ漫画の多くは、口の中に味が想像できない料理や描写が多い中、『孤独のグルメ』は全18話全てが我々が普段口にするような食材を題材とした「日常性」を基に話が進んでいる。
例えば第1話では、主人公は、山谷まで仕事できたが、全くアテがはずれ、雨が降る中仕方なく一軒の食堂へ向かう。居心地の悪さを感じながら、主人公は店内や客層、注文表を観察しながら注文を出す。
「みんな帽子を被っているのはなぜだろう?」「持ち帰り! そういうのもあるのか」「うーん…ぶた肉ととん汁がダブってしまった」
この一連の街の様子、店内の客の姿、自分がその店をたずねたときの事情や精神状態の描写が、他のグルメ漫画にはない、食事の日常性が生まれている。実際この漫画を見て、「一度はそれを食べてみたい」と思わせる表現力とシンプルさがすごい。
・「トルコ蜜飴が食いたいっ!」
食エッセイに目がない自分としては、タイトルだけでとりあえず購入した本ですが、いやはや何とも、世界各国の食文化(特に東欧圏)に触れ、その背景に触れ、尚かつすいすいと読ませながらも、食欲をそそる内容は、最近買った本の中では久々の大ヒットです。特にトルコ蜜飴のくだりは、思わずそこら辺にいる人を捕まえて、『ほら、これ食べたくない?』と読ませて回るほど。いや、食好きの人は、何が何でもお読み下さい。
・「蕪や黒パンなど東欧圏の食品に関する蘊蓄はどれも初めて聞くようなものばかり」
最初はグルメ本だとばっかり思っていて、「そういえば旅先の朝食だけに焦点をあてたような本ってあまり知らないな」と思って一読。驚愕しました。最初の「卵が先か、鶏が先か」では、おそらくプリマコフの同時通訳で「アブオーヴォ」という単語が訳せずに窮地に陥ったが、なんとかうまくとりつくろった、みたいな経験が、フランクに語られているのが素晴らしい。会議が終わって辞典を調べるとAB OBOはラテン語だったということがわかります。同時通訳者たちの悪夢は《スピーカーがいつギリシャ語やラテン語の慣用句や有名な詩の一節を原文のまま口にするか》(p.12)ということ。これは《日本人が漢文の故事来歴を好むのと同じ》(p.13)なんでしょうね。
あと、本のタイトルにも採用された『旅行者の朝食』。ロシアンジョークで『旅行者の朝食』がオチになると、なぜかロシアの人たちは抱腹絶倒するのですが、そのワケがわからない…といったあたりからはじまって、それがソ連時代のマズイ缶詰だったということがわかって、たいていはマズいものが多いけけど中にはフォアグラと間違えるほどの鱈肝の缶詰などもあったという思い出につながり、最後は、そうしたものも輸入品に席巻されてしまい、いまでは「旅行者の朝食」も懐かしいと感じる、と終わる流れは、悠揚迫らず、見事なもの。
・「食べたくなるなる」
当時高校2年の私に、進路を食関係に決めようか迷わせた一冊です。軽快な語り口とたっぷりのユーモアだけでもお腹いっぱいなのに、中で紹介されている食べ物のおいしそうなことといったら・・思い出し笑いならぬ思い出し涎を何度拭ったことか。その年に米原さんが私の高校に講演に来てくださった時は、「誰?」という顔をしている同級生の中、感動による興奮を抑えてかじりついてお話を聞きました。お亡くなりになった今、あの後ホームルームを抜け出して、直接「ハルヴァはみつかりましたか」と聞けなかったことが残念でなりません。
・「ああ、日本はいい国だなあ」
なんてお気楽な気分にひたることができるくらいに私たちの国は、少なくとも平和ですね。もちろん、相反する状況が次第に大きくなっているような感じもあるのですが・・。そんな気分の中で妙な平和ぼけにならないようにするには、この方の随筆がなんともおすすめであります。いろいろな外国の人たちとつきあったり、外国の文化に触れて影響を受けたり、ということがあるときに、では自分はいったいどういう人間で、どういう文化の中にいるのか、ということを考えさせられることがしばしばです。米原氏の著述は、そういうことを主に旧東欧圏と呼ばれる文化の中で育まれ、当時の国境が無意味となった今においても生き生きとした息づかいを持っている現地の慣習とか、食べ物とかを通して、考えるすべを私たちに示してくれている、と思います。最近観た「グッバイ!レーニン」という素晴らしい映画にも通じる、思慮深きユーモアの世界。この本を読んで以来、ロシア語を話せるようになりたいと思うようになりました。
・「ただのグルメじゃない」
あの米原万里さんの「食」に関するエッセイ集です。「食」に関するといってもただのグルメだけではなく、そこに彼女らしい文化や歴史にまつわる深い洞察も見え隠れして、もちろんいつもの笑いもあり、読み応えや発見は十分。「旅行者の朝食」というタイトルはこれまでの著作とくらべると一見地味ですが、実はこのタイトルだってあなどれません。そこは読んでのお楽しみですが。文庫で読むならおつりが来ます。ぜひどうぞ。
・「「えっ,それってウチだけ?」の連続」
日本のフィナンシャルタイムスを(勝手に)標榜する日経より,前作「偏食アカデミー」に続いて出された問題作。筆者は日本経済新聞社の編集委員である。
日常の食べ物は「方言」ではないか-という著者の思いつきから,一人一人が普段何気なく食べているものについての認識が共同幻想に過ぎない(ものもある)ということを,取材に加え今回は日経NET読者からの投稿とを通じてあぶり出している。自分の住んでいるあたりでは通用する(食べられている)が,他の場所では通用しない(食べられていない)という意味から認識のミスマッチを「方言」としたのは言い得て妙である。タイトルにあるとおり,その「幻想」が日本国内でどのうに分布しているかを読者からの投票を元に地図という形でプロットしているが,地域の伝統として受け継がれているかと思えばいきなり脈絡のなさそうな地域に飛び地していたりしていて興味深い。
ウエブのコンテンツを元に加筆・訂正を加えているが,ウエブのコンテンツを見なければ分からないような部分もあるが,読んで思い当たるフシのないという人はいないであろう。
・「以外に知らない食べ物の話」
日本で食べている食事は,うどんに関西風と関東風があるように住む場所によって違ったりします.KEI NETで連載していた各地域の食文化についての日本地図を単行本化したのがこの本です.
天ぷらにはソースをかけるべきでしょうか?卵焼きには砂糖を入れるのでしょうか?お肉と言って思い浮かべるのは牛なのでしょうか,豚なのでしょうか?冷やし中華には何をかけますか?カツ丼には何をかけますか?
色々なテーマに沿って特定の地域が孤立したり,見事に東西に分かれたりしています.それ以上におもしろいのが,ある地域だけで特有のマイナーな食事です.あれっと思ったものがたくさんありました.
・「中々面白い本です、食の地方に依る勘違い」
現在も、日経のウェッブ上で展開されている物の出版物です。テーマが月変わりで変更に成り、そのテーマに対して閲覧している読者(これも読者なんだろうな)にメールで書いてもらいメール内容の一部改変してウェッブに乗せている物です。内容的には投稿者の奇食・偏食が載っていて読める仕上がりです。
・「話のネタに。」
中身の文章は、筆者の本文とコメント:読者のメール=5:5(4:6?)で、読者の短いメールの文体がそれぞれ異なるので、ちょっとよみづらい。筆者のくだけた感じの文体も。軽い読み物、話のネタに、という程度の期待で読み始めるとちょうどよいかも。新幹線で東京~名古屋で読み終えることができる。
あまり学術的な精度は期待してはいけないが、たとえば名著『アホ・バカ分布』のレベルには到達していない。テーマ自体は、より追究すればおもしろいのに、残念。
・「第2弾以降も欲しい」
日経サイトでの連載もチェックしているけれど、やはり書物という形で手にして読めると安心する。「食の方言」ということで、中央に対する地方、メジャーに対するマイナーのような位置付けで、著者の関心は自然とB級嗜好へと向かうのだが、そこに自然と(人と)食への愛情がにじみ出てくる点が心地良い。ウェブ仕様の文体が活字になると薄っぺらく感じられてしまうきらいはあるけど、逆に、いつでもどこでも気軽に読める利点の方が大きいのかな。巷にあふれる頭でっかち、スノッブな美食本のバランスを取る意味で、地べたに足の着いたグルメ本としてお薦め。
●ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)
・「面白い」
要点は○ジャガイモはアンデス高地の原産でスペインのインカ帝国征服の16Cにヨーロッパに持ち込まれた。食については本来ヒトは保守的なので広がるのに時間がかかった。○18C以降の世界史を見ればジャガイモは救荒作物として多くの命を救った。寒冷でやせた土地でも収穫でき、貧者のパンといわれでんぷん含有率15%くらい。アイルランド、シベリア、ヨーロッパで活躍。プロイセンのウィルヘルム2世はジャガイモの強制作付けをさせ、食糧を確かなものにして富国強兵に役立った○日本では北海道や東北地方で飢饉、食糧難のとき代用食品として命をつないだ者もいた。日本での都道府県別生産量は北海道の次が長崎。
あとはジャガイモを脇役においてのどちらかといえばツライ人類の歴史の紹介が続きます。流石に新聞記者出身で知識が豊富。物としてのジャガイモの話より人とのつながりの話が面白かった。
・「発展の影にポティトあり」
この手の本は以前より多く発刊されているがあらためてジャガイモの世界のたびを見つめると面白いものだスペインの侵攻によりヨーロッパに持ち帰られたところから各国の戦争とともに起こる貧困を助けたのはいつもこの作物だったソレは日本に限っても旧アイヌや朝鮮大陸に助けに入ったときにも活躍している食料の殆んどを輸入に頼る今もしもの事態を救うのはこのジャガイモかもしれない
ジャガイモすげー
・「ジャガイモにまつわる興味深い歴史」
日本、世界で多くの人々を飢餓から救ってきたジャガイモ。世界各地で栽培され、いまだにジャガイモに感謝しつつ暮らしている人々が大勢いる。 読み応えのある新書。まず、切り口、視点が新鮮で興味が尽きない内容。取材もしっかりしていて納得。図説の掲載も豊富でわかりやすく、尚且つ文章もしっかりしている。ちょっと難点がみつけられない完成度の高い新書だ。
・「私たちは外来種で生かされている」
イネにせよジャガイモにせよトウモロコシにせよムギにせよソバにせよ、日本人が生きていく上に欠かせない作物はすべて外来種である。人間は世界を均質化することによって生き延び、繁栄してきたのだ。外来の物は忌み嫌われることも多いが、私たちの存在はエネルギー資源も含めて、ほとんどを外来のものに頼ってはじめて成り立っていることを忘れてはならない。
・「仕事は楽しく」
ジャガイモはスペインの侵略とともに南米から流出し、その数十年後には日本に持ち込まれている。本書はヨーロッパ各地でのジャガイモ定着の物語は詳細に描かれるが、日本における記述は近代以降の人々の苦闘がドラマの中心になり、定着のプロセスは抜け落ちてしまっている。他の本によると伝来当初は「珍奇な植物として鉢植えにしたり、資料にする程度で、食用としてはまったく栽培しなかった」のだそうだ。それがどのようにして広く栽培されるに至ったかが若干でも触れられていれば、もう少しバランスが取れたかと思う。今年は国連が決めた「国際ジャガイモ年」だそうで、それをネタに企画した取材旅行の記録として見れば、書かれていない部分への知的好奇心を煽る部分があるだけ、値段とページの割には上質と言えるだろう。
・「滋味溢れる名エッセイです」
著者は「鬼平犯科帳」に代表される小説家としてももちろん有名ですが、また、名エッセイストとしても有名です。その数多いエッセイ集の中でも、ファンの間で必ず上位にランクされるのが本作品です。
この作品の特徴は、タイトルにもある通り、食べ物のことを中心にしていながら、同時に自伝であり、人生論でもあるということです。即ちこのエッセイ集の特徴は、「鬼平犯科帳」同様、簡潔で香気高い文章の中に「人生そのもの」が描かれているということです。このエッセイ集を読めば、どうして著者に「鬼兵犯科帳」という名作が描けたのか、その理由がわかると思います。年齢を重ね、読み返すたびに何か新しいことを発見できる滋味あふれる稀代の名エッセイです。池波ファンはもちろん、読書子には是非読んで欲しい一冊です。ちなみに、表紙及び本文中の描画も著者の手になるものです。
・「食通で知られる池波氏の代表的作品」
池波正太郎はご存知のように鬼平犯科帳などで有名だがファンの間では食通としても知られている。その池波氏の食に関する代表作といえるのがこの「食卓の情景」である。池波氏が少年時代よく食べていたものや、思い入れの深い「食」について記されており、昔なつかしい味が沢山出てくる。料理が目の前に浮かぶようでこの本を読むとお腹がいっぱいになってくる。
・「巨匠」
酒の細道という漫画で紹介されていた本です。短編は話なので電車などで少し読むのによいです。こういう本を読むと昔の食卓の方がずっと豊かだったのだなと思います
・「エッセーの真髄」
エッセーとは”佳句”あるべき。こむつかしい語句をならびたて、訳知り顔で、どうでもいいようなことを羅列する随筆が数多ある中で、池波正太郎氏の書いた本書はまさにエッセーの真髄。わかりやすく読みやすい簡潔な美しい(佳句)文章。時代の息吹を感じさせ、あざやかにその時々の情景が目に浮かぶ。もちろん、食へのこだわりと愛情は言わずもがな。直木賞作家の山本一力氏に「このエッセーとの出会いがなければ、今の自分はない」とまで言わしめたほどである。池波氏は幼い頃に両親が離別し、小学校卒業後すぐに兜町へ働きに出され、苦労を重ねられたそうである。その体験が後に、数々の傑作時代劇を生み出すこととなる。そのあたりの様子も、本書にはじつに興味深く描かれているので、何度読み返しても面白い。”食卓”とは、まさに池波氏の人生そのものだったのではなかろうか・・・。
追記~文庫版のカバー裏表紙の惹句に「人生感を語る無類のエッセー」とあるが、人生”観”の誤植では? あるいは小生の勉強不足であろうか。恣意的造語ならばいたしかたなし。
・「やはり名作」
著者の最初の食エッセイにして、名作の誉れ高い1冊です。食エッセイといっても、単なる名店ガイドではなく、食に携わる職人の生き様、俳優たちと通った思い出の店、旅先で味わった食の思い出等々、人間にとって非常に大切な食を通じ、人生を語るバラエティに富んだ内容になっています。それにしても、今回で何度目かの再読になるのですが、また新たな発見があるのが驚きです。それも名作たる由縁といえるのでしょうが、逆にいえば、当方の人間としての成長度合いを測る物差しともいえるでしょうか。出てくるお店や料理に舌なめずりするもよし、職人の生き様に感動するもよし、今は亡き俳優たちはこんな生活をしていたのかと楽しむもよし、本当に様々な味わい方が、しかも何度もできる無類のエッセイです。
・「想像以上に深い映画」
この映画は讃岐うどんブームをつくった実在の「麺通団」がモチーフとなっており、実在の人気うどん屋さんがそのまま映画にでてきます。本物の讃岐うどんを知っている方には拍手モノの内容だし、知らない方は讃岐うどんを食べたくてしょうがなくなります。
表面的にはけっこう派手なシーンもあって楽しい映画なのですが、内面的には主人公の心の葛藤がとても深い映画です。父親に反発してコメディアンを目指す息子ですが実は、自分は父親と同じモノを目指していたという事に気がつくのです。ネタバレになるので書きませんが、そこには全ての商売の根幹をなすモノがあります。
それに気がついた主人公は父親と和解し、なぜ自分が失敗したのか気づき、そして最後には成功を手にするのです。そのきっかけがうどんだったというのがこの映画のミソですね。
・「香川レ・ウ・マ・ワールド」
今、香川県は「レ」ジャーは「う」どんに「ま」かせろ状態。そのブームを面白おかしく、最後にはほろっとさせてくれる映画です。フジテレビお得意の軽いノリや、間に入るCGアニメには好き嫌いが出るかもしれません。
この映画は単にうどんブームに乗った、美味しそうなうどんを見せてくれるガイド的な映画で終わらない魅力を持っている。映画ではTJ Sanuki(映画中のタウン誌)を通してうどんブーム盛衰を皮肉ったりもしているが、今の日本では希薄になってしまった親子の絆や近所付き合い、地域社会の結びつきの大切さを語っている。
安い一杯のうどんの美味さ。それはお金や食材だけじゃない、作り手の気持ちが伝わる物だからなのかもしれない。自分は単純な人間かも知れないが、うどんに限らず「食」に感謝しないといけないなあと改めて思った。最近、給食費を払わないとか、子供に「いただきます」と言わせない親の話題が出るが、ちょっと複雑な気分になる。
ま、難しい話は置いて、気軽に楽しめるファンタジーです。
・「取り合えず映画館で食べよう!」
うどんがとっても美味であることを実感させられる。お金が全てを優先するニューヨークと¥100で食事が出来る讃岐のギャップは象徴的。でも、同じ地球内で生活の糧としての仕事が事実として存在している現実。その両側に親子でそれぞれが生き抜こうとする厳しさも現実である。両者が同じベクトルに達した瞬間、観ている側にも最終目的が見えてくる。その瞬間、人間としての生き方を思い知らされる。どちらにしても厳しさはあるけれど、やはり人間としての愛情が生きていく上には最重要課題であるといえる。これまで感動を与えてくれた様々なものには”愛こそすべて”が語られていたように改めて感じた。何処までいっても人間は一人では生きていけないということを実感して欲しい。
・「泣けました。」
讃岐出身東京在住です。まず、昔はオッサンの食い物といわれたうどんを全国区にのしあげた讃岐出身の本広監督と麺通団団長の田尾さんに敬意を表したい。どの場面をみてもなつかしいよ景色。においまで伝わってくるような感じ。涙がでました。そしてもう1つ、、頑固な田舎の親父がなにか自分の親と重なってまた涙が出ました。ユースケさんや小西さんがところどころ讃岐弁イントネーションになるところは意図的なものか現場の空気でうつったものか。不満な点