Z [DVD] (詳細)
コンスタンタン・コスタ=ガヴラス(監督), イヴ・モンタン(俳優), ジャン=ルイ・トランティニャン(俳優), ジャック・ペラン(俳優)
「政治的に熱い時代の、傑作サスペンス。」「笑いでギリシャ軍事政権を倒した社会派サスペンス」「ポリティカル・エンタテインメントの傑作」「何度観てもいいものはいい」「忘れがたいフレンチ・サスペンス」
Man Escaped (Sub) [VHS] [Import] (詳細)
Robert Bresson(監督), François Leterrier(俳優), Charles Le Clainche(俳優), Maurice Beerblock(俳優), Roland Monod(俳優), Jacques Ertaud(俳優), Jean Paul Delhumeau(俳優), Roger Treherne(俳優), Jean Philippe Delamarre(俳優), César Gattegno(俳優), Jacques Oerlemans(俳優), Klaus Detlef Grevenhorst(俳優), Leonhard Schmidt(俳優), Léonce-Henri Burel(映像), Raymond Lamy(編集), Alain Poiré(プロデュース), Jean Thuillier(プロデュース), André Devigny(Writer)
「人間の救済についての深く感動的な寓話」「ロベール・ブレッソン作品」
袋小路 [DVD] (詳細)
ロマン・ポランスキー(監督), フランソワーズ・ドルレアック(俳優), ドナルド・プレザンス(俳優), ジャクリーン・ビセット(俳優)
「まさに袋小路」「ミステリアス」「舞台恐怖症」
大頭脳 [VHS] (詳細)
ジェラール・ウーリイ(監督), デヴィッド・ニーブン(俳優), ジャン・ポール・ベルモンド(俳優), ブールビル(俳優)
毒薬と老嬢 [DVD] (詳細)
ジョン・アレキサンダー(監督), ジョン・アレキサンダー/ジーン・アデーア/ジェームス・グリースン/ケイリー・グラント/プリシラ・レーン/ピーター・ローレ/ジャック・カーソン/レイモンド・マッセイ(俳優), ジーン・アデーア(俳優), ジェームス・グリースン(俳優), レイモンド・マッセイ|フランク・キャプラ|フランク・キャプラ(俳優), プリシラ・レーン(俳優), ピーター・ローレ(俳優), ジャック・カーソン(俳優), ケイリー・グラント(俳優)
「センスあるドタバタコメディ」「キャプラー監督の異色スリラーコメディー」
トミー コレクターズ・エディション [DVD] (詳細)
ケン・ラッセル(監督), ロジャー・ダルトリー(俳優), アン・マーグレット(俳優), ロバート・パウエル(俳優), オリバー・リード(俳優), ジャック・ニコルソン(俳優), ティナ・ターナー(俳優), エリック・クラプトン(俳優), エルトン・ジョン(俳優)
「THE WHOファン、満足度100%の特典映像です。」「29年目の邂逅」「ロジャーの声が若い!!」「青春の光と影」「上映時間の違いの謎は――」
巴里祭 [VHS] (詳細)
アナベラ(俳優), ルネ・クレール(俳優), ポーラ・イレリ(俳優), レイモンド・コルディ(俳優), ポール・オリヴィエ(俳優)
「名邦題」
外人部隊 [DVD] (詳細)
ジャック・フェデー(監督), マリー・ベル(俳優), ピエール・リシャール=ウィルム(俳優), フランソワーズ・ロゼー(俳優), ジョルジュ・ピトエフ(俳優), シャルル・ヴァネル(俳優), シャルル・スパーク(脚本)
穴〈デジタルニューマスター版〉 [DVD] (詳細)
ジャック・ベッケル(監督), ジャン・ケロディ(俳優), フィリップ・ルロワ(俳優), ミシェル・コンスタンタン(俳優), ジョゼ・ジョヴァンニ(原著)
「観る者を圧しつけるような緊張感が凄い」「響く槌の音」「ジャック・ベッケルの遺作」「やっとめぐり合えました」「「穴」の意味」
美女と野獣 [DVD] (詳細)
ジャン・コクトー(監督), ジャン・マレー(俳優), ジョゼット・デイ(俳優), マルセル・アンドレ(俳優), ミシェル・オークレール(俳優), ミラ・パレリ(俳優), ルプランス・ボーモン夫人(原著)
「モノクロですが夢のような美しさでした」「ジャン・コクトーの名作」「ジャン・マレーは」
にんじん【字幕版】 [VHS] (詳細)
ジュリアン・デュヴィヴィエ(監督), ロベール・リナン(俳優)
「にんじん」
たそがれの維納 [DVD] (詳細)
ヴィリ・フォルスト(監督), アドルフ・ウォールブリュック(俳優), パウラ・ヴェゼリー(俳優), オルガ・チェーホワ(俳優), ヒルデ・フォン・シュトルツ(俳優)
ミモザ館【字幕版】 [VHS] (詳細)
ジャック・フェデー(監督), フランソワーズ・ロゼー(俳優)
「ジャック・フェデー作品」
終着駅 [DVD] (詳細)
ジェニファー・ジョーンズ(監督), ジェニファー・ジョーンズ/モンゴメリー・クリフト/リチャード・ベイマー/ジーノ・チェルヴィ(俳優), ジーノ・チェルヴィ|ヴィットリオ・デ・シーカ|ヴィットリオ・デ・シーカ(俳優), リチャード・ベイマー(俳優), モンゴメリー・クリフト(俳優)
わが青春のフロレンス (レンタル専用版) [DVD] (詳細)
マウロ・ボロニーニ(監督), オッタヴィア・ピッコロ(俳優), マッシモ・ラニエリ(俳優), ルチア・ボゼー(俳優), ヴァスコ・プラトリーニ(原著)
「ブンゲイ大作!」
肉体の悪魔 [VHS] (詳細)
ケン・ラッセル(監督), ダッドリー・サットン(俳優), マックス・アドリアン(俳優), マレー・メルビン(俳優), オルダス・ハクスレー(アーティスト), デヴィッド・ワトキン(映像), ピーター・マックスウェル・デーヴィス(作曲), ロバート・H.ソロ(プロデュース)
「ケン・ラッセル作品」
忍ぶ川 [DVD] (詳細)
熊井啓(監督), 栗原小巻(俳優), 加藤剛(俳優), 滝花久子(俳優), 井川比佐志(俳優), 三浦哲郎(原著), 長谷部慶次(脚本)
「日本の文芸映画の名作」「何度観ても感動するとてもきれいな映画です」「日本の美しさを切ないまでに感じさせる名作」「暗く切なく、しかも清冽な美しさにあふれる見事な秀作!」「栗原小巻の甲高い声」
白痴 [DVD] (詳細)
黒澤明(監督), 原節子(俳優), 森雅之(俳優), 三船敏郎(俳優), 久我美子(俳優), 志村喬(俳優), 久板栄二郎(脚本)
「森雅之と原節子!」「大いなるアイロニー、そして監督の愛する人物像たち。」「とにかく見てほしい」「完全版が見たい!!2時間40分はこの映画には短すぎ!!」「凄い ・・・・・」
海と毒薬 デラックス版 [DVD] (詳細)
熊井啓(監督), 奥田瑛二(俳優), 渡辺謙(俳優), 田村高廣(俳優), 根岸季衣(俳優), 遠藤周作(原著)
「インパクト満点。」「何が異常なのか」「俳優とスタッフの熱気を感じられる久々の邦画」「過去の過ちは互いに反省し、平和を希求したい。」「非人道」
肉体の門 [DVD] (詳細)
鈴木清順(監督), 野川由美子(俳優), 宍戸錠(俳優), 和田浩治(俳優), 田村泰次郎(原著)
「泥臭くギラギラしていながら、なおスタイリッシュな「人間賛歌」の映像美」「戦後60年の、今だからこそ」「日本映画を代表する傑作」「宍戸錠はいいなぁ」「いいね。」
悪太郎 [VHS] (詳細)
鈴木清順(監督), 山内賢(俳優)
刺青一代 [VHS] (詳細)
鈴木清順(監督), 高橋英樹(俳優), 花ノ本寿(俳優), 山内明(俳優), 伊藤弘子(俳優), 和泉雅子(俳優), 松尾嘉代(俳優), 小松方正(俳優), 高村倉太郎(映像), 直居欽哉(脚本), 服部佳(脚本)
けんかえれじい [DVD] (詳細)
鈴木清順(監督), 高橋英樹(俳優), 浅野順子(俳優), 川津祐介(俳優), 宮城千賀子(俳優), 鈴木隆(原著), 新藤兼人(脚本)
「死ぬまで何度でも見たい作品」「青春ドタバタ喜劇の傑作」「続きが観たかった!」
ツィゴイネルワイゼン [DVD] (詳細)
鈴木清順(監督), 原田芳雄(俳優), 大谷直子(俳優), 藤田敏八(俳優), 樹木希林(俳優), 内田百ケン(原著)
「難解だけど、なぜか魅せられる不思議な映画。清順の最高傑作。」「死の世界が手招きしている」「美しい工芸品」「夜の夢こそまこと」「ほんとエロくていいですね」
オペレッタ狸御殿 プレミアム・エディション [DVD] (詳細)
鈴木清順(監督), チャン・ツィイー(俳優), オダギリ・ジョー(俳優), 薬師丸ひろ子(俳優), 由紀さおり(俳優), 大島ミチル(その他), 白井良明(その他), 浦沢義雄(脚本)
「清順大爆発」「見れば見る程味が出る」「驚きの連続」「とにかく雨千代様がいい!!」「耽美な、あまりに耽美な」
● Nani ima suru?? !!!!! (KAMERA)
● 早く再販を!
● 高くてとても手が出ないDVDたち。廃盤にするなら版権を放棄せよ5!!
● 3回以上観た映画
● 人はゆらぎのなか
・「政治的に熱い時代の、傑作サスペンス。」
コスタ・ガブラス、イブ・モンタン(彼は後に転向するが)を始め、フランスの左翼民主系映画人が多数結集した政治サスペンスの秀作。冒頭、某独裁国家の警察幹部達の会合で、コミュニストを害虫に例えて、繁殖する前に駆除するべきと力説する長官の言葉がコワイ。この後、民主化を説く左翼のオピニオン・リーダーが暗殺され、警察の上層部が事件に関与していた事が分かるが、、、。極めて政治的な映画だが、良い意味で通俗的な為、筑紫哲也のニュースショーや、今は無き反権力スキャンダルマガジン「噂の真相」を見たり読んだりする感覚で楽しめる。作り手側の政治的スタンスが明快な為、警察権力が見事なまでに愚弄されるが、結局、国家権力を甘く見たらイカンとの厳しい現実が待っている。映画のタイトルの本当の意味が分かるラストは、真に抑圧、差別からの自由と解放を願う人々にとって感動的であるが、現実問題としての共産主義の終焉と、左翼勢力の衰退が著しい今日、その言葉は重く、苦い。
・「笑いでギリシャ軍事政権を倒した社会派サスペンス」
今まで見た数千本の映画の中で最も笑えた映画だが、映画館を出たときは背筋が寒くなっていた。トランティニャンが演じた予審判事は、その後、軍事政権を倒した後のギリシャ大統領になり、この映画の関係者も何人かがこの政権に参加したと聞く。
ジャック・ペランが制作し、イブ・モンタンはじめ多くの名優たちが無給覚悟で参加したこの映画は、現実の世界も変えたのである。映画館で10回見て、ビデオを2本買い、DVDも買ってしまった。
・「ポリティカル・エンタテインメントの傑作」
久しぶりにDVDで再見しましたが、ミステリ的な手法を生かしてシリアスな政治劇を見事なエンタテインメントに昇華させたコンスタンタン・コスタ=ガブラス監督の演出に改めて感心しました。フラッシュバックを駆使した短いショットの積み重ねが最後までサスペンスを持続させます。俳優陣も揃って好演。特にジャン=ルイ・トランティニャンの演技は絶品です。
・「何度観てもいいものはいい」
久々に観た。再観、再々観にたえる名作であると改めて認識した。
みちのく国際ミステリ映画祭に、ジャン・ルイ・トランティニャン氏をゲストとしてお招きしたことがある。確か日本に来たのは「男と女」のプロモーション以来だった。その「男と女」のことばかり、どこに行っても言われるらしい。「わたしはほかにもたくさんの映画に出ているのに」とおっしゃったので、「そうでよね。ぼくは『Z』が好きですよ」と言ったら、ニヤリと笑った。ご本人もとても気に入っている作品のようだった。
ロバート・レッドフォードにはこの映画を見直してから、『大いなる陰謀』に取り組んでほしかった。
・「忘れがたいフレンチ・サスペンス」
この映画を観るといつの映画なんだろう?と思ってしまう。製作はなんと1969年。30年以上も前になるんですね!! ある日、暗殺計画の予告がありながらも、核兵器反対の立場をとる博士は、何者かにより公の場で暗殺されてしまう。若き予審判事が、新聞記者の協力を得て真相解明に奮闘する。政治絡みだと判明し、ストーリーは意外な終結を迎える。コスタカブラス監督の素晴らしい監督ぶりと、脚本。そして音楽が映画をさらに際だたせている。サスペンスの中にも笑いの要素も含まれていて、この映画を一度観るとまた観たいという気分にさせられる。フランスを代表する名優、イヴ・モンタン、ジャン=ルイ・トランティニャンとキャストも豪華。ちなみにタイトルの「Z」とは古代ギリシア語で「彼はまだ生きている」の意味になるのだとか。
●Man Escaped (Sub) [VHS] [Import]
・「人間の救済についての深く感動的な寓話」
この映画は、僕にとっての「取っておきの一本」であり、多くの人にあまり知られたくないのですが、日本ではどういうわけか、ブレッソンのこの映画史上の最高傑作の一つはあまり知られていないので、宣伝したいと思います。この映画のことを考えると、なぜか最近話題になっている『千と千尋の神隠し』を連想します。この二つが僕の中でつながるのは、どちらも救済の物語のように僕には思われるからです。そしてどちらも救済は、絶望と不毛とも思われる状況のなかで希望を捨てず格闘することから、不意に予期しない形で起こるということも似ているような気がします。「ナチ占領下のフランスの刑務所」は、歴史的場所であるとともに僕たちそれぞれがとらわれている魂の牢獄でもあります。そこからの救済の物語!!を、この上もなく美しい、ミニマリストのスタイルで描いたのがこの映画です。
・「ロベール・ブレッソン作品」
ロッセリーニ『イタリア旅行』を観たゴダールが、「男と女と車1台あれば、映画は撮れる」といった逸話は有名である。
ひょっとしたらブレッソンは、「窓とドアと銃声だけで、映画は撮れる」と確信していたのではないか。
余談だが、なぜブレッソンは“素人”役者にこだわったのか。アラン・ドロンやマックィーンと映画を撮ってもらいたかった。『さらば友よ』や『パピヨン』の続編をつくってもらいたかった。
ブレッソンは芸術枠だけにおさまりきらない、ブレッソンこそ、アクション映画を撮るべき監督だったのだ(とんでもないッ!!と思われても仕方ないが……)
・「まさに袋小路」
満潮になると連絡路が水没する古城に住む夫婦。理想の夫婦生活を目指す中年の夫と、若く美しい妻という組み合わせ。平穏な生活が続くはずが、悪漢が重傷の相棒を抱えて闖入してきたことで夫婦の関係に歪みが生じ始める。
強面の悪漢の言うなりの情けない夫、「可愛さ転じて憎さ百倍」、彼に対する幻滅を隠そうともしない妻、妻と戯れあいながらも手を出すのはためらってしまう悪漢。退廃的な、しかし張り詰めたような緊張が支配する密室内の人間劇。その緊張を破ったのは、妻の意外な行動だった・・・・・・。
『ローズマリーの赤ちゃん』でセンセーションを巻き起こしたポランスキ監督が、「あれは特に良く出来た作品でもない。私の最高の作品は『袋小路』だよ」と自讃した心理ドラマの傑作!。名優ドナルド・プレザンスと見事な「手玉とり」ぶりを演じたフランソワーズ・ドルレアックの火花散る共演。
そして忘れてはならないのが監督の故郷ポーランドの天才作曲家クシシュトフ・コメダによるサントラ。そのジャジーでミステリアスなサウンドは、モノクロで展開されるこの映画の雰囲気に見事にマッチしている。「動機」はいつの世も不可解なものだ、ということをこの映画ほど鋭く描いた作品はない。
・「ミステリアス」
冷めきりそうな夫婦のもとに傷を負ったギャングがやってくる。ビビる夫にギャングと対等に話す妻(ドルレアック)。やがて三角関係が…。ミステリアスだし、ブラックユーモアさえ漂う作品。これで"ファム・ファタール"と言われることとなったフランソワーズ・ドルレアックの存在に注目。
・「舞台恐怖症」
いつだってお膳立てが出来ないと何かが始まらない、というのは見る側にとっては鬱陶しい。水に閉ざされる古城。傷ついた犯罪者。行き詰った夫婦。「袋小路」?いつだって作家の設定は過剰だ。ほとんど恐怖観念のように何でもかんでも顕わにしてみせる。不条理劇?ゴドー待ち?この窮屈さが堪らないという御仁もいないわけではないだろう。しかしドナルド・プリーザンスの剃り上げた頭とフランソワーズ・ドルレアックのヌードが見れただけでこの作品はよしとしなければいけないのだ。それ以上に揃えてほしいなどと言うのは贅沢というものだろう。スリルとサスペンスが成功しないならば、あとは浮気ものの妻があっさりと夫を捨て去り、残された夫はしくしく泣いているだけで充分なのだ。不要なものを削ぎ落として見えてくるものだけがフィルムにおける真実だ。それはドラマではない。ましてや映像でもない。いまだ名付けられぬ作家の想いのようなものだろう。
・「センスあるドタバタコメディ」
もともとは舞台劇だそうで、映画の大半が豪邸の一室でおわる。セリフも舞台劇らしくなるが、遺漏なく作られているから、予備知識がなくてもかまわない。ストーリーで引っ張っていくのではなく、登場人物の性格や演技で見せる映画だ。 ドタバタコメディで、ふざけまくっているが、野暮ったくない。 老嬢姉妹はかわいらしい。ルーズベルト大統領のつもりの、姉妹の甥っ子の名前がテディであるとか、独身主義のケーリー・グラントの結婚とか、フランケンシュタインのソックリさんとか、笑いの定石ともいえるが壷にはまっている。 よくできたコメディは、古いものでもおもしろく見ることができる。個人的には、ジョン・アレキサンダーの演技に、おかしみを感じた。
・「キャプラー監督の異色スリラーコメディー」
観ていてわかるが、映画らしさが全然ない。ブロードウェー劇でも映画化となればそれなりにスケールが大きくなるのだが、最初の市役所での婚姻届けのシーンを除けば全てブルックリンのある邸宅でのドタバタ劇で、となりは墓場、その向こうにモーティマー(ケイリー・グラント)の新妻イレイン(プリシラ・レイン)が住んでいるという設定。
演劇では主役はタイトルのように2人の老嬢ですが、ここではモーティマーによりスポットを当てた形となっている。
キャプラー監督ということで観ているとなんだか変なできにみえてきて少しがっかりするところもあるが、コメディー男優としても優れた名優ケイリー・グラントの痛快な演技にたっぷりと浸るのも面白い。
それに、2人の可愛いらしいおばのブルースター姉妹の悪趣味は魔女という設定なのだろう。老婆ではなく老嬢としているところが愉快だ。
『彼奴は顔役だ!(1939)』『逃走迷路(1942)』でお馴染みのプリシラ・レインはとてもチャーミングな女優さんでしたが、残念ながら1948年で銀幕から姿を消している。
この作品は典型的はシーズン物で10月下旬のハロウィンに合わせてアメリカでは9月下旬に劇場公開となっている。少しはスリラー的な要素もあるが、怖さよりも笑いを誘うシーンが多くあるので家族で観るにはいいかもしれない。
・「THE WHOファン、満足度100%の特典映像です。」
1969年にザ・フーによってリリースされたアルバム「トミー」は、当時、日本ではあまり評判がよくありませんでした。 原因は、歌詞、対訳がついていなかったため、リスナーに内容を理解されなかったことが挙げられると思います。
私が、「トミー」を初めて聞いたのは、80年代終わりだったと思うのですが、その当時も対訳がついていなかったため、内容を把握するのに四苦八苦しました。 特に、曲だけでは、ストーリーがよくわかりにくく、そういった点では、このDVDは大変役に立つものであります。
ケン・ラッセル監督による、この「トミー」は、内容を忠実に再現しているだけではなく、映像としても大変楽しませてくれるものであります。 私生活では、麻薬中毒でどん底のエリック・クラプトンや、離婚したばかりで失職中だったティナ・ターナーが、カムバックを目指し、必死になって演技しています。 ロック界の奇人、キース・ムーンの存在も見逃せません。
瞬きしていると、見つけることができないフーのメンバー達は、「キッズ・アー・オールライト」では、見ることの出来ない演奏もやってくれています。 また、ファションセンスが、全く古臭くなく、今観ても十分新しさを感じます。 個人的には、キューブリックを思い起こさせます。
「ロックオペラ トミー」は、全てが歌だけで進行していく、謂わばプロモーションビデオの繋ぎ合せにも見えますが、クオリティーの高い、一本の映画であり、ザ・フーの重要なオフィシャルビデオの一つと考えても、重要な意味を持つものと思います。 奥深くて、面白いです! 是非!
・「29年目の邂逅」
映画上映年になぜかサウンドトラック(レコード)は購入したものの、映画自体は観ていません。付属のブックレットや特典映像によって謎がすこしずつ解明されました。なぜ、外部ミュージシャンを呼んだか、なぜ、ジャックニコルソンのような大物を呼べたか?豆の噴出シーンはどうやって撮影されたか、等、裏話満載です。現在の年老いたふたりの解説、
回顧シーンも味わい深いものがあります。音声も5.1チャンネルとクインタフォニックの2本収録されていますから、装置をお持ちの方にお勧めです。この映画の本当の主役はアン・マーグレットと音楽ではないかと思います。
・「ロジャーの声が若い!!」
当時中学生だった私は全く映画の内容が把握できず映画館から帰った記憶が有ります。でもロジャーのセンセイションの歌が耳から離れずもう一度映画が見たいと思った時はしてませんでした。このDVDはTOMMYが作られていく過程がわかるし色々なエピソードも判って面白いです。アン マーグレットの美しさには驚きです。シャンペンの映像の話は面白いです。何て書けばいいのか、とにかく見てください!!!
・「青春の光と影」
ザ・フーのロックオペラって言えば、「青春の光と影」(四重人格)も傑作ですよね。今回の「TOMMY」、なに版って言うのかわかりませんが、特典映像がないDVDは持ってます。この5.1ch版が発売されたのをいま知り、速攻で買おうと思ってます。ケン・ラッセルの解説付ってのも大変な魅力。腹筋四段割れのロジャー・ダルトリーの若々しい映像も楽しみ。両作品とも日本での封切り当時、あまりヒットしなかったように記憶してますが、学生時代、空席の目立つ映画館で涙したのはよーく覚えてますよ。
・「上映時間の違いの謎は――」
退屈だと言っている人が何故かまた買って(見て)しまうところがこの映画の不思議な魅力なのだろう。映画の内容については他の方のレビューに譲るとして、このソフトにいてレビューさせていただく。まず上映時間が劇場公開及び、米国でソニー・ピクチャーズより発売されているもの(R-1仕様)より約5分短くなっている(106分)。これはこのソフトがカットされているからではなく、このソフトは英国盤を基に作られているからで、すなわちPAL原盤からNTSCへの方式変換が行われたためだ。その際のスピード変調があったようで、従って音のキーがやや高く、せわしい感じになっているが、ロックが主体なので違和感はさほどない。画質の精細さと自然さは米国盤のスーパービット仕様にはさすがにかなわないが、それと比べると多少どぎつい感じの色調である本ソフトも、映画の内容にはマッチしていて、これはこれでまたいいように感じた。いずれにしても過去の日本盤よりはずっと高画質になっているので、ファンにはたまらないだろう。音声は米スーパービット盤と同様DTS収録付きだが、全く別物。両DTSを比べると、音の分解感ではこのソフトの方が優れているように感じた。ちなみにロードショー公開時に採用されたのサンスイ開発「クインタフォニックQSシステム」は現在の5・1サラウンドシステムの源流のようなものであることが、付録のスタッフへのインタビューで明らかにされる。封入付録のちらしやパンフの縮小版は、少子のようにロードショーで見ていてどちらも現物を持っているものにとっては余計なものだろうが、年老いた名匠ラッセルやロジャー・ダルトリー、アン・マーグレット(異様に若い!)を始めとするスタッフ・キャストの面々への最新インタビューを収録しているのが何より貴重だった。
・「名邦題」
花売り娘とタクシー運転手の淡い恋を描いた、『自由を我等に』と並ぶルネ・クレール監督の代表作。原題「7月14日」を『巴里祭』としたのは、邦題史上屈指の傑作。
・「観る者を圧しつけるような緊張感が凄い」
この映画には音楽がない。それがこの映画を決定的に特別なものにしている。なぜなら監獄に音楽などなく、夜になると全くの無音状態になる。そんな中、主人公達は脱獄するための穴を掘り続ける。無音の中でコンクリートに鉄の棒をたたきつける「ガシガシ」という音、鉄格子の鉄棒をヤスリで切ろうとする「ギコギコ」という音が異様に大きく響く。彼らは脱獄しようとしているのだ、もしバレたら一巻の終わり。無音の中の効果音が、そんな圧しつけるような緊張感を見ている方にもこれでもかというほど感じさせる。監督もこのことを意識しているらしく、穴を掘るシーンでは普通の映画よりも効果音が大きい。
結末も凄まじく、観終った後には衝撃と疲れでしばらく放心状態でした。
・「響く槌の音」
モノクロ作品というのは緊張感を深めてくれる。「穴」も古い映画で、モノクロ作品だ。登場人物は脱獄のため、汗と土埃で汚れる男だけ。モノクロが否応にも味を出してくれる。
脱獄ものなので、通常なら見つかるかもしれないという緊張感が占めるものだが、この作品の特徴は、脱獄のために遠慮なく部屋を破壊していく音である。こんなに音を立ててもいいのかと見る者に異様な緊張感を与えていく。
最初から最後まで緊張しっぱなしのスゴイ作品だった。
・「ジャック・ベッケルの遺作」
脱獄。なんと素晴らしい響きなのだ。そこに下手なひねりなど必要ない。穴を掘るか否か、だけが重要なファクターなのだ。4人の男達が夜中に穴を掘る。ひたすら掘る。それだけで十分ではないか。コンクリートの壁を金属の棒でたたきつける。たたきつける。かなりデカい音をさせているが大丈夫なのか?と下衆な勘繰りなど必要ない。
大脱走でもそうだったが、「よくこんな所に『その道のプロ』がいるもんだ、んなアホな!」とか云う事もここでは必要ない。
素直に最後まで観ればよい。脱獄物の古典であり傑作である。
・「やっとめぐり合えました」
淀川長治さんの洋画劇場が始まったのは1966年の秋だったのですが、それを毎週見ることが今の知識のベースになっております。確か2年くらい経ったやはり晩秋くらいに時期に、脱獄の映画がありましてひたすら穴を掘る映画に釘付けになっていた記憶があります。当時、ちゃんとメモでも残しておけばよかったのですが、その後、ヨーロッパの映画はあんまり見なかったものですから、その後30年以上、「あの時の穴を掘っていた映画はなんやったかな??」と思い続けておりました。ところが全然別の角度から偶然発見しました。音楽はイタリアやフランスのポップスを集めていたのですが、その中に「太陽の下の18歳」という映画のサントラ盤がありまして、その映画に主演していたカトリーヌ・スパークがどうもこの「穴」に一瞬出ているらしいのです。どうもイメージが重ならんのですが・・・。でも意外なところから見つかりました。今でも最後のシーンが昨日のように思い出すことがあり、長い人生でもこんな経験をさせてくれる映画はありません。
・「「穴」の意味」
ディティールの積みかさねや、衝撃的な鮮烈なラストシーン。すばらしい映画です。はっきり言うと脱獄するために「穴」をほり続けた男達と、脱獄するために「穴」を掘らせた一人の男、裏切りとナゾかけの映画です。
・「モノクロですが夢のような美しさでした」
子供の頃に見ましたが忘れられない美しさでした。野獣の宮殿、庭園、暖炉の動く彫像、衣装や調度などなど。野獣の瀕死を知ったベルが魔法の手袋を使う時、ひるがえる衣装の動きラスト、月の女神ダイアナの白い彫像が弓を射るスローモーションその温室の中だけに雪がとめどなく降って・・・侵入者を白く包んでいきます。ラストにベルの父親への愛情、野獣への同情、ひたむきな心が奇跡を起こします。反してベルの姉妹や求婚者は「おとぎ話」とは思えないシビアさですが、元来のグリム童話って結構残酷に終わったりしますから。(^^;)
フランス映画の凋落(ごめんなさい)は久しいですが、モノクロ時代には香り高く、風格のある映画がたくさんを作られていました。これからも期待したいです。
・「ジャン・コクトーの名作」
『美女と野獣』は、まだ「フランス文化」なるものが何某かの価値を留めていた最後期の映画として想い出深い作品です。 ジャン・コクトーの愛人のひとりジャン・マレーが「野獣に変身させられたプランス」の役どころで出演していますが、当時は少しもハンサムだとは感じなかったのを覚えています。
個人的には、コクトーの包括相続人となったエドゥアール・デルミの若い頃のほうが、はるかに美形だと思うのですが、人の好みはさまざまですので他人がとやかく言うことは差し控えましょう。 本作は『オルフェ』,『クレーヴの奥方』と並んでコクトーの傑作の一つです。是非とも平成生まれの若い人たちにも観てもらいたいものです。
・「ジャン・マレーは」
確ãã«ãã³ãµã ã¨ã¯ããã¾ãã"ããã©ã"ãé...åçãªç"·æ§ã§ããå½¼ã®é¡"ã¯ã'ãã'ãã-ã¦ãã¾ãããç³ãã¨ã¦ããããã§ä¸ç®ã§æãã¦ã-ã¾ãã¾ã-ããå...±æ¼"ã®ã¸ã§ã¼ããã»ãã¤ãå½¹æããã«ã¨ããååã ã'ãã£ã¦ã¨ã¦ãé å½¢ã®æ'ã£ãç¾ã-ã女æ§ã§ãããã-ãã-ãéè¦ãªé¨åãã«ããããããããªã¨ã"ããå¤ãã話ãã¨ã³ã¨ã³ã«ãªã£ã¦ã-ã¾ã£ãã®ãéå¸¸ã«æ®å¿µã§ãã
ããããããã«ã¨éç£ããäº'ãã®å¿ã'å¾ã...ã«é-ãã¦ãããããã¤ããã£ã¨äºç'°ãã«æããã¦ããã«éãããã¾ãã"ã
ããã«ä½æ...éç£ããã«ä»¥å¤-ã®äººé"ãéç£ã®é¦¬ã®ååãæ"縦ã®ä»æ-¹ã'ç¥ã£ã¦ããã®ããæ°-ã«ãªãã¾ããï¼ãã«ã馬ã'使ããã«éç£ã®æè¢ã'使ã£ã¦å®¶ã«å¸°ã£ã¦ããã«ããããããã§ããï¼ãã-ãã-ãããå®ã®å¨å¦åæ§ããã«ãå½¼ãã«å-ã£ã¦ã-ã¾ã£ãã!¨ããè¨å®ãªã®ããç¥ãã¾ãã"ããããããé¨åããã¡ã"ã¨æå'³ãéããããã«ãåºæ¥ãã°äºç'°ãã«æãã¦æ¬²ã-ãã£ãã§ãã
ãã¨ãéç£ãçåã«å¤ããï¼æ»ãï¼ã·ã¼ã³ã¯ãã¾ãã«ããã£ããã¨ã-ããã¦ãã¾ã-ããä¸äººäºå½¹ã¨ããè¨å®ã¯é¢ç½ãã¨ã¯æãã®ã§ããã»ã»ã»ãã-ãã-ã大人ã®ããã®ãã¡ã³ã¿ã¸ã¼ã¨ããã¢ã¤ãã³ãã£ãã£ã¯ä¿ããã¦ããã®ã§ãä»åã¯âï¼"ã¤ä»ã'ããã¦ããã ãã¾ã-ãã
・「にんじん」
母親から「にんじん」という渾名を付けられ、目の敵にされている少年フランソワ。父は自分にも家庭にも無関心。そんな状況だけど、健気に懸命に生きているフランソワ。女中と楽しげに会話したり、好きな女の子と結婚式の真似事をしたりしてる姿は、本当に元気な可愛らしい様なので、その後の彼の思い詰めていく様は、本当に痛々しい。母親が何故フランソワに冷たいのか、明確な理由も教えられないため、母親への苛ただしさがつのる。果たしてフランソワに救いは与えられるのか?と、ドキドキしながら観てました。
・「ジャック・フェデー作品」
「また買ったのか?木曜に買って金曜にはもうない香水の代金だってなあ……おい、聞いているのか?
まったく……ところで9号室の客はどうだ……?払いはいいけど、いやな客だな」
「神様はあこぎだ。信者の賭け金を全部、司祭に巻き上げさせる。
神は公約を守らない議員と同じだ。私は教会精神に反対して乾盃するッ!!」
登場するキャラクターがみな一癖二癖のあるゴロツキばかりで、ぬけ目なく、そして笑える。女将と主人のやりとりは活き活きしていて、まったく飽きさせない。しかし養子のバカ息子にばかり、プロットの焦点をしぼったのが、残念でならない。息子かわいさで女将がおかしくなるのも、理屈っぽくて、平坦である。その点をトリュフォーに「あからさま過ぎる」と叩かれまくったのも、うなずけなくはない。
よく出来た「不条理」家族劇なので、TV番組でリメイクしてくれないだろうか。NHKの朝ドラなどにピッタリである。
・「ブンゲイ大作!」
1972年か73年だかのキネマ旬報ベスト10で確か3位という高い評価を受けていた作品ですが、今では忘れられた名作になってしまいました。 バリバリの社会派映画ながら、恋あり、アクションあり、家族のふれあいあり、と、なかなか盛りだくさんです。でも、確かに今見ると、さすがに古色蒼然たる印象は否めません。
でも、こういう雰囲気のヨーロッパ映画って(なぜかやたらにソフトフォーカス・フィルターを使ったショットが多用されます)、確かに70年代にはよくありました。懐かしさを味わいたい方にはお勧めです。 エンニオ・モリコーネ作曲の、美しいノスタルジックなオープニングが泣かせます。 それから、どの場面が特にいい、というわけではないのですが、全編にわたって、光と影の絶妙のコントラストをいかしたカメラが秀逸です。デジタルリマスターなのに、フィルムの保存状態が悪いらしく、バチバチッと、白い傷が入ります。値段が安いのはそのせい?
・「ケン・ラッセル作品」
本作は、実話「ルーダンの悪魔事件」をベースにイギリスの巨匠ケン・ラッセルがのこした、忘れられた傑作である。司祭グランディエは、「白い城壁」にまもられた自治都市ルーダンの代表をつとめる。しかしルイ13世の宰相であり、かつ実質的な陰の独裁者であるリシュリー枢機卿の策略にあい、魔女狩りの冤罪をかぶる。
17世紀前半のフランス、「白い城壁」の自治都市ルーダンの代表をつとめる司祭グランディエは、聖職者でありながら、女性との性交渉をおおっぴらにすることでウワサとなる。修道院長ジャンヌは、そんな彼のハレンチなスキャンダルに妄想をかきたてられ精神錯乱におちいり床にふす。そしてその妄想のさなかで司祭グランディエに辱められキズつけられたと、ホラを吹く。しかし真にうけた教会によって司祭グランディエは問責される。さらにそのさわぎを耳にしたリシュリー枢機卿が、このチャンスをのがすまいと「悪魔祓いの儀式」を次いでおこなうようにとりはからったため、司祭グランディエは失脚の危機におちいる。
ヘビメタ調で金髪ロンゲの「魔女ハンター」バール司祭によるバカげた「悪魔祓いの儀式」は、盛大なお祭りさわぎと化す。その様子を一目見ようと、ルイ13世までやってくる。詰問される司祭グランディエは、しかし街の無知な住人たちの格好のウサ晴らしとなり、彼を擁護する者も口をつぐむしかない。さらにリシュリー枢機卿の陰謀により、司祭グランディエの自宅からは悪魔崇拝の書籍まで「発見」される。とうとう司祭グランディエは火あぶりの刑をいいわたされる。
同●愛者のルイ13世と女装した貴族たちによる「ヴィーナスの誕生」や、ぬいぐるみを着せた新教徒をボーガンでうちぬく「殺人ゲーム」などの話題性にからめて、宗教を題材にしたことから、当時まともな評価をうけずにうもれてしまった本作は、しかし美術的なセットや衣装の面からも、一見の価値ある傑作である。
・「日本の文芸映画の名作」
丁寧な撮影で、熊井啓の映画にしては、テンポ、流れもスムーズ。栗原小巻のヌードで公開当時は話題になりましたが、こちらはあまり期待しない方が……。
・「何度観ても感動するとてもきれいな映画です」
昔子供の頃観てとても感動し、さらに大人になってまた感動した映画ですが、このDVDを観てまた感動してしまいました。モノクロの映像がとても素晴らしく、栗原小巻さんがとてもきれいです。ラブシーンもいやらしくなくきれいで、東北の映像が胸にじーんときます。
・「日本の美しさを切ないまでに感じさせる名作」
美しい映画である。日本と言ふ国の美しさを、切ないまでに感じさせる映画である。中でも、雪の美しさは、言葉で言ひ表す事の出来無い物である。雪国の静けさと寒さを、そして、人々の暖かさが、心に伝わって来る作品である。今までに観た熊井啓監督の映画の中では、私は、この作品が、ダントツに好きである。熊井啓監督は、何故、こう言ふ美しい映画を、もっと作らなかったのだろうか。
(西岡昌紀/内科医)
・「暗く切なく、しかも清冽な美しさにあふれる見事な秀作!」
自分の家系を呪われた血筋と忌み嫌って恐れる青年と、極貧と死の中で育ちながらも清純な気品を持った仲居との出会いと幸せに結ばれるまでを、画面の構図ひとつひとつが印象深く、主人公たちの心模様のように美しく、清く、切ない白黒の映像世界に描ききった。あまり好きではなかった加藤と栗原の共演なのだが、この作品では二人とも初々しく好感が持てた。加藤の凛々しい顔もよかったし、、栗原の細やかな表情と気品あふれる姿に女優としての魅力を再認識した。寒い冬の中で初夜を迎えたとき、「雪国では裸で寝るんだよ」と、加藤が衣類をすべて脱ぎ、栗原にもそうしたらと勧める。そうしたほうが、かえって暖かいんだよ、と説明する。自分もそうしてみたことがあるが、何か違った。暖かくなかった・・思えば当たり前のことだった・・・そのときは一人だったから・・・。
・「栗原小巻の甲高い声」
これまでに見た熊井啓監督作品は『サンダカン八番娼館』『下山事件』『死刑囚』『海と毒薬』と、どれも面白かったので、この作品も監督名だけで見ようと思った。
確かに熊井監督独特の白黒画面の映像美は感じられた。が、文芸純愛映画だけに、どうもストーリーに社会的広がりが無い。なんか加藤剛演ずる主人公の27歳大学生がウジウジと自分の家系と惚れた女について悩んでるだけのような気がした。ラストでは無事田舎で結婚して結ばれるんだけど、就職とかどうすんだろ?農業でもやんのかな。
あと栗原小巻の表情は清純っぽくて良いんだけど、声がどうも甲高くハキハキし過ぎていて、なんだかアニメ声優のような明るさで、非常に場違いな感がした。
・「森雅之と原節子!」
本来、原作である小説と映画は別物と考えます。しかし、この作品に関しては、小説を読んでから映画を観た方が、長時間カットされた部分を頭の中で補え何倍も楽しめるのではないでしょうか(いきなり登場する左卜全は小説を読んでおくと思わずニヤリ)。
とにかく圧巻は森雅之と原節子!この二人の目は、映画の中の演技という範疇を超え、「崇高な魂」に限り無く近付き、観ているこちらが身震いさえ起こす程です。三船敏郎、久我美子も非凡、東山千栄子、千秋実も印象的。素晴らしいとしか言い様がありません。
ドストエフスキーの最上の映画化という評を目にしましたが、この作品を超えるものがあるとすれば、完全版の『白痴』しかないでしょう。
・「大いなるアイロニー、そして監督の愛する人物像たち。」
実は学生時代この映画で退屈した思い出があります。今回もかなり気合入れて観ました。そして感想をどうしても書きたくなりました。
「素晴らしい」冷静に考えると「羅生門」と「生きる」の間の映画ですので悪いわけないんですが大映、松竹、東宝と映画会社が異なっているので並列的に観る機会がありませんでした。しかし、「真に善良的な人間を描くためには、その人物をこの映画の題名のような病状の人間にしなければならなかった」と監督がおっしゃっているように素直な人間だけが最後におかしくなっていきます。
第一部「愛と苦悩」のパーティーのシーン、まさに白眉の出来です。室内劇の素晴らしさ存分に発揮しております。そして第二部「恋と憎悪」ここで久我美子を待っているときの原節子の姿、とてつもない構図、すなわち、中央にステンドグラスをバックにマントの原節子、手前に画面を横切る形で三船敏郎が寝てます。顔を上げているので右下に男の顔、中央に女の顔という構図でバランスがすごくいいのです。バックに流れる音楽はイワノビッチの「ドナウの小波」最高のシーンです。このパーティーからこの女の対決まで、外は極寒の札幌の吹雪の動的な印象の中、登場人物の動きは対照的に静的に動きがなくその対比の見事さは感服します。そして、外の吹雪は登場人物の心のなかの情動的な激しさを示しています。このような対比を、映画自体は堂々としたリズムを崩さないで進行させた黒澤監督に敬意を表したいと思います。本当に素晴らしい。なまじ上記の作品の間に出来た映画ではないです。まさにこれらの映画に勝るとも劣らない傑作です。久我美子の映画の中での最後の言葉、かなり監督の想いが詰まっていると思います。冒頭にも書きましたが学生時代にはこの素晴らしさが私はわかりませんでした。今回は見終わって震えが止まりませんでした。感動にこれだけ包まれることはそんなにないのですがまさに感動的な映画です。
・「とにかく見てほしい」
黒澤自身は、自分の作品の中で、一番好きだと言ったらしい。この映画の原作者がロシアのドストエフスキーであるので、日本に置き換えるのは、かなり無理があったと思うし、黒澤が感情移入しすぎなのか、なんとなく大ざっぱで、いつもの緻密に計算された演出が感じられない。しかし、私はこの映画が黒澤映画の中で一番好きです。なぜなら、この映画程、感情のぶつかり合いや葛藤を描いた作品は他にないと思うからです。黒澤も、きっと作品の完成度やディテールは、あまり考えず心の葛藤劇のみに焦点を絞って作ったと思います。また、登場人物がいい。森雅之は、純真な心の持ち主となっているが、悪魔のようにしか私には見えず、私の見たい森の役柄を演じてくれた。原節子は、小津映画のお嬢さん役のイメージが強いため、高級娼婦という汚れ役は、意外な役柄であり稀少価値があると思う。久我美子は私が見た久我出演の作品の中で一番きれいだった。最後に久我が涙を流すシーンは非常に印象的で良かった。黒澤映画の好きな人も本作を見落としている人がけっこういるかもしれませんが、一見の価値はあります。賛否両論に分かれそうですが。
・「完全版が見たい!!2時間40分はこの映画には短すぎ!!」
最近、三島由紀夫が主演した『憂国』の完全版フィルムが倉庫の奥で見つかったというニュースが新聞に載りましたが、この『白痴』にもそういう出来事が起こらないものでしょうか。
もとは4時間25分あったそうですが、やっぱりそうでしょうね。映画が始まってすぐに、黒地に白の縦書きの字幕でストーリーを説明する箇所が三箇所ぐらい出てくるのですが、こういう箇所もたぶん劇場公開するときにバッサリいかれてしまった部分なのでしょう。
もったいないですよね~。実にもったいないです。こういう作品は短くしたらいけませんよ。完全版だったら、きっとあの左卜全だってもっと味のあるキャラクターとして登場していたはずなんです。このバージョンだと単なるチョイ役ですから。う~ん、もったいない。
この映画は第一部の「愛と苦悩」と第二部の「恋と憎悪」という二部構成なのですが、それぞれの見所は、第一部はパーティー会場で亀田が原節子演じる妙子に「私があなたをもらいます」と告白するシーン、そして第二部は原節子と久我美子の女の精神戦ですね。派手なアクションなんかもちろんあるわけないのですが、最近のハリウッド映画なんか全く問題にしないこの息詰まる緊張感はものすごいです。
見たかったな~、完全版…。悔やんでも悔やみきれないですが、文句無しの☆五つ。素晴らしい名画です!!
・「凄い ・・・・・」
ただ一言、 凄い映画ですね。終盤近く、 二人のヒロイン、 原節子と 久我美子の対決場面(本当に決闘するわけではありませんが。) がありますが、 あまりの緊迫感に 鳥肌が立ちました。
・「インパクト満点。」
遠藤周作の小説出版が1958年。熊井啓監督によるこの作品の発表が1986年。実は脚本は1969年にはできあがっていたが、スポンサーが見つからなかったとのこと。それだけ社会に与える影響が大きい作品ということだ。監督との対談で、奥田瑛二も最も影響された作品と語っている。
使用された手術器具などが終戦当時の医療現場を忠実に再現するように配慮されており、映像も白黒なので、我々にとって非常にリアルに感じられる。
人間とは何かを考えさせられた。この映画が国際的に高い評価を得たのは、当然と思う。
・「何が異常なのか」
戦争中の米軍捕虜への生体実験、決して肯定できる行為ではない。しかし、ナチスによるユダヤ人に対する生体実験がその後の医学の進歩にどれほど貢献したかとおもうと、現代に生きている自分としては多少なりとも矛盾を感じる。劇中、生体実験に参加した奥田瑛二扮する勝呂を声高に責める岡田真澄扮する米軍人ハットリ調査官、自ら生体実験に積極的に参加する渡辺謙扮する戸田。この二人にどれほどの差があるのだろう。ハットリ調査官に戸田は、広島に原爆を落とした時、あなた達は良心の呵責を感じたかと問う。この作品は人間の残酷さ、自己の曖昧さを痛烈に描きだしていると思う。決して後味はよくないが、一見の価値はある。あと成田三樹夫ファンの自分としては柴田助教授も要チェック
・「俳優とスタッフの熱気を感じられる久々の邦画」
いくら戦中とはいえ医者の患者への対応は異常なもので、その延長にあるのがアメリカ兵捕虜生体解剖事件。この許されざる犯罪を、二人の対照的な青年医師(奥田・渡辺)を通して描いているのが秀逸。モノクロ画面であることが、手術シーンの生々しさを抑えたというより、登場人物の心理状態を鋭く表現できていましたね。
・「過去の過ちは互いに反省し、平和を希求したい。」
敗戦の兆しが濃くなった1945年の5月、大学病院で日本軍の米兵捕虜生体解剖実験が行われた理由を、様々な立場から推察している。出世の糸口や軍との関係維持の材料と考えている教授、医学とは犠牲の上に進歩するものと豪語する勝呂医師、戦争中で上司の命令に背くことは不可能だが自分の心にも誠実でありたいと進退極まり悩む戸田医師、個人的な事情や感情で実験の手伝いをする看護婦達。この残虐な実験に関わった理由は立場によって異なるが、結局誰にも止めることができず、遂行されてしまう。 この米兵捕虜生体解剖実験や同時期に中国、ハルビンで行われた七三一部隊による人体実験の結果資料が後に、他国の戦争に使用されたことから考えると、戦時の残虐性はおそらく、国民性や人種の特色に拠るというよりも、戦争という背景・環境に拠るものだと思う。過去の過ちは互いに反省し、平和を希求したい。 原作(遠藤周作著)の題名であり、この映画のタイトルにもなった「海と毒薬」の「海」は平和や良心を、「毒薬」は戦争や戦争のもたらす残酷さを表している。戸田医師が海岸を歩きながら、立原道造の「雲の祭日(羊の雲の過ぎるとき…)」を思い出すシーンは、モノクロ画面の効果と相俟って涙を誘う。 ところで、「学用患者」という制度(医学の研究材料に供するという条件で無償医療が受けられる)が出てくるが、インフォームド・コンセントの概念が医療現場で保証されるようになった現在果たして、貧富の差に係らずすべての患者の人権が護られる社会は実現したのだろうか。
・「非人道」
人間はここまでも、いやどこまでも残酷になれるということが怖い。
鑑賞中、トイレで嘔吐するほど怖い映画・・・。反戦の気運が高まります。
・「泥臭くギラギラしていながら、なおスタイリッシュな「人間賛歌」の映像美」
終戦直後の混沌期をたくましく生きる女達を描いた、田村泰次郎の同名小説を映画化した作品である。が、文芸映画という印象は薄い。復興期の東京で、文字通り身体を張って生きている売春婦が主人公である。その描写が実にリアリティ溢れており、逆に、しかつめらしい哲学性を寄せ付けないのである。
そこにあるのは、徹底したバイタリティのみ。死線を彷徨った人間のみが醸し出せる、したたかさが魅力的なのだ。ギラギラとした剥き身の生存本能、これに直結するエロス。これが、時にもどかしく、時にあっけらかんと紡ぎ出されている。
野川由美子を始め女優陣の個性と熱演、それをシャープに切り出す清純節が魅力だが、それは大前提として、個人的に一番惹かれるのは、木村威夫の美術である。リアリティに溢れながらもどこか虚構性を濃密に漂わせた、焼け跡やヤミ市のセットの数々が素晴らしい。もはや特撮の範疇だよなぁ。
・「戦後60年の、今だからこそ」
本作が制作された1964年といえば、先の大戦終結から20年くらいたった頃。「もはや戦後ではない」などと言われ始めた時代でした。そんな中、実際に戦争に従軍した経験をもつ鈴木清順監督がメガホンをとった作品です。
戦後の大混乱期を生き抜いた娼婦たちの物語。当時は本当に、毎日が生きるか死ぬかのサバイバルでした。まさに弱肉強食、みんな生き抜くのに必死だったんです。そういった中での女性たちの逞しさが、逆に観ていて切なさを感じさせます。デビューしたばかりの野川由美子さんの美しさは言うまでもありませんが、70年代以降テレビなどでのオバちゃん役が多い石井富子さんまでが娼婦役というのが、なんか凄い。
最近は反戦などというのもおこがましいご時世になりつつあります。そんな時、戦争の持つ現実について考えるのにはいい機会になる作品だと思います。当時の女性たちのバイタリティーさに併せ持つ哀しさ、みたいなものがうまく表現されていて、まさに名作です。
・「日本映画を代表する傑作」
今見てもなんら古さを感じさせない、ツィゴイネルワイゼンとならぶ鈴木清順の代表作。戦後間もなくの日本を再現したセットが素晴らしい。戦後の混乱期に体を売って生き延びる4人の女と宍戸錠演ずる復員兵は、ある意味敗戦のトラウマを引きずっている。女たちはGIには体を売らない。宍戸錠演ずる「しんちゃん」は、生きて帰ってきた負い目と、アメリカに対する圧倒的反発を心に宿している。彼らは、まるでプラスとマイナスの磁石のようにお互いをひきつけあうが、それは結局破滅せざるをえない関係だ。牛をさばいて、肉を食うシーンは痛烈な皮肉をともなって、「精神」に向けられた徹底した懐疑と、アメリカに対する強烈な葛藤を象徴する。鞭打たれる女達の叫びや、しんちゃんを貫く銃弾は戦中「日本精神」の断末魔の叫びである。必見の名作である。
・「宍戸錠はいいなぁ」
ラストに、残った娼婦たちが、中盤では良くも悪くも快活で陽気だったのに、こすっからい目つきで客を漁る姿は、非常にリアルです。宍戸&清順のコンビはとても良いです。「殺しの烙印」以外は(笑)
・「いいね。」
やっぱ宍戸錠です。ここでもかっこいい。野性味あふれてます。あんな男に惹かれるんです、男でも。
20代後半の私でも出演者が誰が誰だか分かりません。ちょっとずつ勉強。
マヤの田舎娘からの豹変と町さんの色っぽさ素敵です。
・「死ぬまで何度でも見たい作品」
いったい、この映画を何度見たことだろう。そしてまた、これからも何度も何度も見ていくことだろう。そのとき、やはり清順映画の最高傑作は「けんかえれじい」なのだと確認することだろう。清順映画は、どんな映画でも、何度見ても新たな発見と感動がある。発見と感動の対象は、物語であってもいいし、役者の演技であってもいいし、カットや構図、絵の美しさであってもいいだろう。「らぶれたあ」のピアノと十字架、「刺青一代」の群集や襖、「悪太郎」の純愛と横移動のカットの繰り返し、「河内カルメン」の土手--などなど、ありとあらゆる清順映画の宝石が、「けんかえれじい」にちりばめられ、それはまた、未来の清順映画にも投げかけられるのだ。
・「青春ドタバタ喜劇の傑作」
けんかに明け暮れる一方で、初恋の少女に恋焦がれる昭和初期の青春。この映画は、荒々しいながらそれでもかわいらしいけんかの対極に、同時代の青年将校によるテロが存在していた、とほのめかす。すなわち、2.26事件もただのけんかだと強烈に批判しているのである。
と、内容についてはまとめられる。でも、印象に残ったシーンをひとつ。それは、高橋英樹が好きな女の子が愛用するピアノの前で自分の恋心をひとり確かめるのだが、でも、彼が手も触れていないのに、ピアノの鍵盤がひとつ「ポーン」と鳴るシーンだ。彼の役は、自分の体のどの部分で鍵盤を弾いたことになるのか、よく考えてほしい。思春期に恋心が性の目覚めと微妙に結びついていることをさりげなく示す名シーンだ、と思う。しかし、高橋は、当時、若き女性たちのアイドルだっただろう。彼女たちから見ると「汚れシーン」でしかないものをよく演じたものだ。
これは、映画俳優とテレビ俳優とのちがいをも示しているようで興味深い。往年のアイドル主演のテレビドラマ・シリーズでのやさしいお父さん役で有名な俳優が、「いつも同じような役ばかりで退屈しなかったんですか」というトーク番組のホストの問いにこう答えた。「テレビの役者はイメージを大事にしますから」、と。つまり、極端に図式化して言うと、テレビの役者の多くはイメージを大切にし、できるだけ善人役を演じ、あわよくばCMに出演してお金を稼ぐことを目的とするのに対し、映画の役者の多くは、基本的に脚本で「いい作品」だと納得しさえすれば、作品のあとに自分に残るイメージは気にせずに、どんな役でも引き受け、どんなシーンでも演じる。
そう、ぼくは、『けんかえれじい』の高橋英樹から映画俳優の芸術家肌を感じたのだ。
・「続きが観たかった!」
どなたかご存知であれば、教えてください。予告編には、浅野順子が会津に会いに来るシーン(ラストではなく)があるのですが、本編にはなかった。かつて、映画館で観た時にはあったと思うのですが、どうなのでしょうか。日活としては<けんかシリーズ>として続編をつくる予定だっだそうですか、何かの理由で中止になったとのこと。つくづく残念でたまりません。
桜と喧嘩が実に美しく楽しい青春映画です。
・「難解だけど、なぜか魅せられる不思議な映画。清順の最高傑作。」
鈴木清順という監督は不思議な監督です。傑作をつくるかと思えば、これはなんだ、という駄作・失敗作も多いが、この「ツゴイネルワイゼン」は間違いなく監督の最高傑作だと思います。この映画を見たときの衝撃はいまでも忘れられない。この監督の頭の中はどうなっているのだろう。魅力的な映画だけど、その素晴らしさを人に説明するのはとても難しい。ただ、長い時間を経過しても、いろんなシーンをいまでも鮮明に記憶している。蒟蒻をちぎるシーン、切り通し、奇妙な門付けの盲目の三人組などなど。ある意味で難解な映画ですが、私自身はあまり理解しようとはせず、不思議な世界に浸りました。映画全体に通底するものはなにかというと、やはりエロスと生死のような気がします。キャスティングもよかったが、とりわけ、俳優としてはプロではない、藤田敏八に不思議な存在感と印象を抱いたものです。理屈で理解は出来ないのですが、不思議と感情移入し、この映画のもつ空気感のようなものが濃厚に残ります。
・「死の世界が手招きしている」
中砂の娘豊子が主人公の青地に向かって手招きをしているラストはぞっとしますね。遂に青地も引きずり込まれたか・・と思ってしまいます。小さな子供のころ、得体の知れない物音や姿が見えないのに誰かのしゃべっている声がすると想像力がふくらんでとても怖い思いをしたのを覚えていますが、この映画はそんな感覚でいっぱいです。恐怖だけでなくどことなくおかしくてたまらないユーモアも混じっているのです。現実は歪み、夢か幻か境目はどんどん曖昧になっていきます。文字どおり狐につままれたような感覚になってしまうのです。 海と山、江ノ電、切通しのむきだしの岩肌など鎌倉の独特の魅力も随所に味わうことができます。
・「美しい工芸品」
清順の そして 日本映画の もっとも美しい映画の一つ。この映画を見て鎌倉に不動産を探したのは小生だけではないはず。昭和初期、内田百聞、鎌倉、
陸軍士官学校、櫻吹雪、骨、ちぎり蒟蒻、葬儀舟......。こんな この映画のキーワードであるべき単語を並べていると そこからたちのぼる一種の妖気のようなもの。それが この映画のあらすじではなかろうか。もはや説明不能にて 詳細は美しい工芸品(と かつて 誰かが表現した)本編へ。
・「夜の夢こそまこと」
言葉で表現するのは非常に難しく、美しい旋律のような作品。この映画でしか味わえない、五感に訴える幻想的な世界感、映像美。映画ファンなら是非とも見て頂きたい…!鈴木清順の最高傑作、日本映画史に残る名作ナリ。
・「ほんとエロくていいですね」
蓮実重彦氏は映画狂人シリーズ最新刊のなかで「ツィゴイネル」を評している。この映画の凄さを認めるのにやぶさかではないが、映画雑誌の年間ベスト1に選出されることに対しては断固反対する、というような内容だったと思う。その気持ちはよくわかる。この作品の良さが万人に理解できるはずがない、というシネキチとしての驕りなのだろう。それ程までに「俺だけのとっておき」にしたくなる邦画の最高傑作なのだ。
清順翁の恐ろしさは、人間の欲望を屈折した分厚い色眼鏡で拡大せしめるところにある。「大正ロマン3部作」と称される作品群の第1作として異彩を放つこの映画には、清順美学の粋が凝縮されている。崩れ堕ちていく二組の男女の情念が腐った匂いを放ちながら此岸と彼岸を行き来する隠喩的シーンの数々。生と死と性と食がねっとりと絡まり合う官能世界には目眩すらおぼえてしまう。未見の方は、古今東西の映像作家たちを魅了したそのマジックを心して体験すべし。
・「清順大爆発」
前作『ピストルオペラ』から4年(途中、SABU監督『幸福の鐘』に出演などあったが…)、鈴木清順監督が帰ってきた。日活以降は寡作なので、このくらいの間隔はむしろ短いくらいだが「待ってました!!」と久々の新作がうれしい。
この『オペレッタ狸御殿』は何かと話題が多い。 ひとつ、チャン・ツィイーの日本映画初出演・初主演 ひとつ、美空ひばり 奇跡の復活(ただしデジタルで) ひとつ、カンヌで特別上映…などなど。
しばしば「わからない」と言われる清順映画ですが、個人的にはストーリーとかを楽しみたければ他の映画で見ればいいし、清順映画の良さは監督の世界観とか美意識、哲学が映画の中に凝縮されていることだと思っています。当然、『オペレッタ狸御殿』もストーリーは飛び飛びでわかりにくい。が、鈴木清順にしか創れない独特の世界を堪能できる。まるで夢を見ているような脈絡なくつながる物語にひきこまれる。
チャン・ツィイーのたどたどしい日本語が妙にかわいらしくほほえましい。そして、美脚にノックアウトされた。
・「見れば見る程味が出る」
この作品は見れば見る程味が出る「スルメ」のような作品だと思います。はじめは???な所も後で、あ〜そうだったのかと気づいたり・・。ストーリー自体は単純で、この清順ワールドな映像や演出も万人受けする作品だとは思いませんが、日本語のセリフと歌にも挑戦したツィイーや由紀さおりさんのラップ!そしてCGの美空ひばりさん、本当に狸に見えるくらい凄い存在感な、美しい薬師丸さん、などなど見所は満載!!この独特な空気感は他では見られませんね。
またDVDでは本編より豪華じゃ・・と思ってしまうくらい豪華で長い特典映像が魅力的!!「狸」御殿だからか隠しページがたくさんあるのでそれを全部見つけるぞ!と言う楽しさもあります☆とにかく豪華で大好きな作品が、私の中でまた1つ増えました♪
・「驚きの連続」
尾形光琳「燕子花図屏風」などなど~を背景に幼少のころからバレエを習っていたという、チャン・ツィイー(狸姫)の可憐な美しさと、オダギリジョー(雨千代)の包容力。オダギリジョーが「霊峰・快羅須山のララバイ」を端正に(楽譜の通りに!)詠っていて、これは凄いな、と思いました。大きなスクリーンで見たくて何度も劇場に足を運びましたが、薬師丸ひろ子(お萩の局)のキャラクターなど、最後までわからない・・・不思議~!?なシーンもあって、いまは原作本を読み返して、照らし合わせてみたりしています。
・「とにかく雨千代様がいい!!」
本編もさることながら、特典映像がとても豪華です。かなりの見ごたえで、絶対損はありません。オダギリジョーさんは、19歳の雨千代を見事に演じきって、何度観ても感心します。上手い役者さんですねぇ。今後が、楽しみです。とくに、炭酸水の恋のミュージカルシーンでは、雨千代の恋する初々しい気持ちが伝わってきて、何度観ても幸せな気持ちにさせられます。繰り返し観るたびに、新たな発見があって、観れば観るほどハマる作品ですよ!
・「耽美な、あまりに耽美な」
チャン・ツイイー、オダギリ・ジョー、待ってました。
オペレッタというタイトルと、アンチ・リアリズム、別名「分けのわからない映画」耽美的な作風を旨とする、清順監督ですから、一応、予想はしていましたけど、おん歳、80歳でここまで、サイケな映画を撮るとは、予想外です。感服します。しかも、エロスとタナトスが仕込まれていて、これも哲学的、絵画的、象徴的。でも、ミュージカルで楽しい。
チャン・ツイイーを期待していましたが、期待を裏切らない耽美な美しさ、映像美でした。
もちろん、商業的に成功する映画とは、とても思えません。こんな映画は、万人受けするはずはありません。寝るヒトは寝ます、確実に。カネ返せって叫ぶヒトもいるはず。
でも、いいのです。万人受けする映画は、えてして・・。
書割とCGを多用し、観るものの度肝を抜きます。日本的な錦絵を背景に、御伽噺というか、昔話というか、狸御殿を背景に、狸のお姫様と、人間の若様の悲恋を、歌舞伎というか、舞台というか、オペラというか、色彩も鮮やかに、抽象絵画のごとくすんなり描くその、頑固さ、美意識の強さは、比類がありません。
日本の映画作家は数々あれど、鈴木清順監督ほど、様式美、観念、耽美な作家も、少ないです。
みんなにお勧めする映画ではありませんが、はまる方には、はまるかと。
薬師丸ひろ子も好演。平幹二朗は、彼お得意の、蜷川マクベスばりの、驚愕のメイクと演技で魅せます。
つまり、変な映画ですが、こういうのも総合表現芸術として、「あり」なんだな、というのをよくわからしめてくれます。
ケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。
シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。