深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫) (詳細)
沢木 耕太郎(著)
「私もこれで会社を辞めました」「1巻から2巻のテンションは、読み人を旅人にさせる熱気を放ちます」「あなたもきっと乗車したくなる」「紀行文の最高峰」「大学時代、夢中で読んだ」
わたしの旅に何をする。 (幻冬舎文庫) (詳細)
宮田 珠己(著)
「お勧め」「待望の文庫化?!」「このまま行って欲しかった」「大笑いな旅本でした☆」「旅の思い出」
日本三文オペラ (新潮文庫) (詳細)
開高 健(著)
「テーマは「生きる」」
ロードス島攻防記 (新潮文庫) (詳細)
塩野 七生(著)
「流浪の騎士団」「戦いの場面が目に浮かびます・・・」「築城技術史としても読み応えがあります」「おまけ②」「なかなか息詰まるものが…」
辺境・近境 (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「ノモンハンだけでも読む価値あり」「不思議な『引力』を持つ本です」「さぬきうどん食べたい!」「疲れるための旅、という概念」「立ち止まらずに書き続ける人」
風の歌を聴け (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「軽さの奥に見える若き作家の卵の意地」「懐かしい」「軽くて綺麗な純文学」「村上ワールドへのプロローグ」「書かれていないことがより多くを語る」
「鬼が来るぞ〜!!」「挿絵以外は加藤保憲!!」「帝都物語の原点が」
今夜、すべてのバーで (講談社文庫) (詳細)
中島 らも(著)
「今夜、すべての酒飲みに」「酩酊でしか癒されない心と代償としてのアル中」「扉の向こうの現実」「最後の医師と主人公の対決がスゴイ。」「レビューというか、とても個人的な感想文。」
心が雨漏りする日には (青春文庫) (詳細)
中島 らも(著)
「少しだけがんばってみようかな……」「ありがとう、らもさん」「笑い飛ばしたあとの小さなため息」「お父さんも躁鬱の人だったのか」「心優しい変人」
七瀬ふたたび (新潮文庫) (詳細)
筒井 康隆(著)
「超能力者はつらいよ」「子供の頃は疑問に思っていました。」「七瀬が帰ってくる!」「七瀬」「また読んでしまいました・・」
太陽の塔 (新潮文庫) (詳細)
森見 登美彦(著)
「男汁たっぷりの部屋で語り合った経験のある人に贈りたい」「これぞ童貞文学(?)の決定版!!」「叡山電車に乗って万博公園へ」「笑えます」「太陽の塔という電池」
プラネテス (1) (モーニングKC (735)) (詳細)
幸村 誠(著)
「締めが上手い」「SFではなく叙情詩である」「テレビから・・・」「宇宙(そら)の夢見る少年だった大人たちへ・・・そんな陳腐な表現が良く似合う、最新のバ」「これ読んで進路変えちゃいました・・・」
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫) (詳細)
セリーヌ(著), Louis‐Ferdinand C´eline(原著), 生田 耕作(翻訳)
「名作の名訳、ついに復刊!」「この世界と和解できない人へ」「退屈とは無縁。」「一線を越えて「果て」へと向かう」「観察と想像」
ドグラ・マグラ (上) (角川文庫) (詳細)
夢野 久作(著)
「いやー」「ただ圧倒。」「10年ぶりに再読しましたが,やっぱりすごい作品です.」「傑作です。」「これ翻訳できるんでしょうか?すごすぎます。」
一千一秒物語 (新潮文庫) (詳細)
稲垣 足穂(著)
「夜更けの街角で宇宙を幻視する・・・」「タイトルに圧倒」「豊かな感性と日本語の美しさに浸れる」「六月の夜の都会の空」「キラキラしたモダンな話の寄せ集め」
闇の花道―天切り松 闇がたり〈第1巻〉 (集英社文庫) (詳細)
浅田 次郎(著)
「人、斯くあるべし!」「私は号泣しました。」「***かっこよく生きるってこと***」「粋はグっときます。」「義賊の痛快大正ロマン」
孤島の鬼 (創元推理文庫) (詳細)
江戸川 乱歩(著)
「乱歩、最初で最後の絢爛たる同性愛小説」「一番好きな乱歩作品」「絶対保証付きのおもしろさです」「断筆の末」「挿絵がスバラシイ! 創元版がお勧め!」
無能の人・日の戯れ (新潮文庫) (詳細)
つげ 義春(著)
「これも、つげ義春の世界です」「静かに傾く・・・」「小説では書けない」「無能の人の顔がうちの父に似ている」「解放感のようなもの・・・。」
ピンポン (1) (Big spirits comics special) (詳細)
松本 大洋(著)
「泥臭くないスポ魂」「久々に読んだけど、」「間違いない最高だ!!」「映像として”読む”マンガ」「とってもおすすめ!読むべき」
歳時記のコスモロジー—時の声を聴く (詳細)
北沢 方邦(著)
● 何度でもよみたい
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 5/20
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 18/20
● 通勤電車の友
● 最近読んだ本2
● 七瀬3部作
● ムフフな小説
● 妖怪本。
● 本棚
● 飯高茂 著 「パソコンで開く数の不思議世界」に出てくる人、書籍、内容が参考になるもの
● 読みたい本
● 好きな本
・「私もこれで会社を辞めました」
この本ははっきりいって「麻薬」である。一度読んでみればわかるが、この本を読んだら、今の自分の立場を何もかも投げ捨ててすぐにでも旅に出たいと思うだろう。いわゆる「海外旅行」ではなく「放浪の旅」。普通の短期間の旅行にはない旅のおもしろさが存分に描かれている。特にそれが作り話ではなく実際の話であるということが、圧倒的なリアリティーを持って読者に迫ってくる。それが旅への衝動を強烈に駆り立てるのだ。
私もこの本で、会社を辞めてアジア放浪に出かけました。
・「1巻から2巻のテンションは、読み人を旅人にさせる熱気を放ちます」
私も、この文庫本を読んで熱気に当てられ、香港→マカオ直行した者です。ご承知のように、ここにかかれている時代から驚くほどの変貌を遂げているので、「全然違うじゃないか!」と思う人もいるでしょう。
でも、ちょっとまって!。「深夜特急」はガイドブックでは無いのです。ある青年が放浪のなかで感じた熱気をそのまま文章に刻みつけたモノなのです。だからこそガイドブックとは違う魅力を放つのでしょうし、いまだに読み継がれているのでしょう。
ちなみに、本人が後日書いているように、文庫本では6冊(単行本では3冊)のうち、一番魅力を放ち面白いのは1巻目の部分です(文庫では1-2巻)、シルクロードに入ってからは内省的な要素が増え、ヨーロッパに入ってからは、発刊時期も初期から離れたせいもあってか、やや記録的部分が多くなっています。
ということで、最初の勢いで6冊読み切っても、印象に残るのは香港と、しいていうなら途中出てくるイスタンブールなのかなと個人的に感じます。
・・・それでも、「深夜特急」ほど、読人を旅人にしてしまう本は少ないでしょう。願わくば、この本は「地球の歩き方」的利用ではなく、自分で旅を紡ぎ上げるため起爆剤として使われることをお薦めします。
・「あなたもきっと乗車したくなる」
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・「紀行文の最高峰」
中学時代に国語の演習問題として出題されたのがこの「深夜特急」で、先生の強い薦めに従って読んでみました。それ以来私の中の「世界」という概念は、この本の中に広がる風景や人々の生活をもって構成されることとなりました。
現代の日本に生きる人たちの中で、仕事を捨てて2年以上も当てのない旅を続けられる人がどれほどいるでしょうか。これから先、この本の価値は「旅の参考書」から「私たちの願望の代行者」へと変容していくと思います。私自身も日本を飛び出す機会を失ってしまいましたが、私の視界の遥か先にこんな生活をして生きている人たちがいるんだ、と教えてくれるこの本は私にとっての宝物です。
・「大学時代、夢中で読んだ」
大学時代、いっぱしのバックパッカ―をきどっていた私は、アジア方面への旅行を繰り返していた。そのとき、バックパックに入っていたのは、この本である。同じく、この本に影響を受けた者たちと、バンコクの安宿で、上海の屋台で、カルカッタの路地でこの本について語り合った。沢木が旅していた頃との風景の違いに戸惑いながら・・・
そう、彼がその地を旅して20年後のことであった。
今では、背広を着て、休みもろくに取れない身。だから一層、あの頃の思い出がこの本とだぶって見える。きっと息子にも読ませるであろう、「お父さんもこんなに輝いていた時があったんだよ」って。
・「お勧め」
すばらしい宮田ワールドにようこそ。もし、本書の冒頭数ページに腹を抱えることの出来る人でしたら、ほかの書も楽しめることうけあい。宮田の感性にどっぷりとつかりましょう。ソフトカバー版で読んだけど、この文庫版も購入するつもりです。
・「待望の文庫化?!」
サラリーマン時代から、有休を全部使い切って大型連休を作って 旅行しまくっていた宮田さんが、 サラリーマンをやめる前の心境と止めてからの心境の変化が、 読んでいてとっても楽しい。
・「このまま行って欲しかった」
初めてこの本を読んだとき、内容の面白さはもちろん、独特な自己中、幽体離脱文体というか言い回しに拍手喝采、笑いころげたものです。ちょうど大昔、週刊テーミスという雑誌があって、その誌上に今をときめく浅田次郎が「盗られてたまるか」調の連載でコラムを書いていたのですが、その時以来の衝撃がかけ巡ったのです。この人は大成する!!!・・・でも残念ながらその後は、ウミウシだの、ジエットコースターだの、仏像だの題材のユニークさはともかく文章はありふれた一般的なものになってしまい、あの独特の宮田節がなくなってしまってます。今となっては彼の最初で最後の金字塔作品!読んでみてはいかがでしょうか。
・「大笑いな旅本でした☆」
ささいな出来事もおおごとな出来事も、宮田珠己さんの心のフィルターを通すと、笑っちゃうエピソードとなってしまう。肩の力が抜けた、ゆるゆるな感じの雰囲気にハマリました!
・「旅の思い出」
2000年に旅行人から出た単行本の文庫化。 とにかく面白い。抱腹絶倒である。アジア旅行の話なのだが、自虐的な笑いに満ちた文章が最高だ。 本書の冒頭には、サラリーマンを辞めて、旅と紀行文で食っていこうと決心した頃のことが書かれている。ちょうど処女作『旅の理不尽』が本になったあたりだ。ああ、あの笑いの裏には、こんな事情が潜んでいたのかと納得させられる。 とはいえ、本書は「真面目な」本ではない。全編がギャグでいっぱいで、一風変わった旅行記となっている。それも、ストレートな笑いではない。自分自身をネタにした自爆タイプの笑いで、悲哀とおかしみが混じっている。好きな人は物凄く好きになるだろう。 旅行記にセンチメンタルなものとか、ガイドブック的なものを求めている人には不向き。まあ、このタイトルで間違える人はいないか。
・「テーマは「生きる」」
舞台は戦後。
主人公のフクスケは飢えて餓死寸前のところを、中年の女に飯をおごられ、「手伝ってほしい事がある」という女についていく。家につくと、もつ焼きが振舞われた。「雑魚(ざこ)つれてきたでえ」という女の言葉と共に。
特筆すべきは、活気に満ちた躍動感のある筆跡。泥と汗まみれの身体、モツ焼きの墨で焦げた匂い・・・嗅覚にまで濃厚に訴えかけてくるストーリーと文章から、「生きる」という根本的なテーマが力強く伝わってきます。登場する食べ物はとても美味しそうですし、ひと働きした後の彼らの大衆が臭ってくるようです。
現代生活に疲れた方は、戦後のとある場所で真剣に行なわれた祭りのような生活を堪能してみてください。人間に力を与えるにはうってつけの寓話ですから。
・「流浪の騎士団」
聖ヨハネ騎士団に興味を持ち、この本を購入しました。小説というより歴史解説書といった感じですが、大変分かり易く厚さも調度いいです。
現存するこの騎士団の起源は十字軍時代に遡ります。エルサレムの病院から始まった騎士団は次第に軍隊的組織へと変貌、各地を転々としロードス島に落ち着きます。物語はロードスに攻め入るオスマントルコ軍と、迎え撃つ騎士団の攻防戦が緻密な筆致で描かれています。若き3人の騎士アントニオ、オルシーニ、ラ・ヴァレッテ、トルコのスレイマン大帝らを中心に、誰を英雄視する訳でなく物語は淡々と進んでいきます。中でもオルシーニはとても魅力的です。アントニオとオルシーニの絆、オルシーニの最期、敵ながら天晴れなスレイマン大帝、ロードス退去後のアントニオの生き様は胸を打ちます。ラ・ヴァレッテのトルコへの執念と騎士としての手腕は、放浪の末移住したマルタ島にて晩年発揮されます。(彼の名前がマルタの首都名になっている)その他、当時の貴族の在り方やライバル騎士団の末路など興味深い記述が満載です。
・「戦いの場面が目に浮かびます・・・」
トルコのスルタン、スレイマンは見事な「ラテン語」で、「キリストの蛇たちの巣」であるロードス島・ヨハネ騎士団への宣戦布告を送り、壮絶な戦いが始まっていく。しかし騎士団の本国であるヨーロッパ諸国は、プロテスタントの出現、ローマ法王を巡る覇権争いに忙しく、遠い地で異教徒と果敢に戦う騎士団を支援する余力には乏しい。
数ヵ月後、大きな犠牲を払った戦いは終了し、ヨハネ騎士団はロードス島を去るが、その際にも勝者スレイマンは、騎士団長に対し「あなたとあなたの配下のように勇敢で義に厚い人々を、その住処から追い出さなくてはならないようになってしまった事態に、心からの悲しみを感じないではいられない」と告げたという。
宗教の対立は今も昔も変わらないけれど、著者の描く中世の騎士・貴族階級には、今、我々がなくしてしまった仁義といったものが根底に流れていたことを強く感じた。貴族階級出身の主人公・アントニオ・デル・カレットの晩年の生き方にも注目して欲しい。
・「築城技術史としても読み応えがあります」
ストーリーのすばらしさは他の投稿者の皆さんのレビューにあるとおりです。私はちょっと違う切り口から、本書の魅力を語ります。
(1)新しい攻城兵器の登場→(2)城塞建築の革新→(3)戦闘形体の変容→(4)騎士という統治階級の衰亡、というのがこの本の基調です。
地中海戦争三部作の第一作「コンスタンティノープルの陥落」では「大砲」という大型破壊兵器が史上初めて陸戦で威力を発揮した様が語られます。本作ではこの一つの戦争(戦闘というほうが正確かもしれません)が数十年を要したもののヨーロッパ人たちの城塞建築をいかに変えたかを伝えるのに、小品の貴重なページを惜しげもなく割きます。攻防戦前のロードス島要塞の刷新場面とともに、攻防戦のさなかのダメージコントロールからも目が離せません。
ヒューマン面でのメインキャストは騎士達やスレイマン大帝ですが、当時の技術先進国ヴェネチア出身の築城技術者マルティネンゴ(&彼が防衛責任を負う城塞そのもの)はテクノロジー面の主役といえます。 本書の魅力はまさに両者の絶妙な織り交ぜです。
・「おまけ②」
「ヴェネチア千年紀」の執筆中に構想がすでにできあがっていた三部作のうち、「コンスタンチノープルの陥落」に続く、第二段。前作の筆致は、編集者の物故による影響をいまだ引きずっていた感があるが、今回のロードス島は、ガレー軍船並に快速でとても歯切れがいい塩野流に仕上がっている。
戦争や略奪物を書かせると、さすが天下一品である。節立ても切れ味がよく、なにか完全に一皮も二皮も剥けたようである。中世の面影を引きずっている聖ヨハネ騎士団の行く末を、じっくり堪能していただきたい。ちなみに、同騎士団は現在でもちゃんと活動しているらしい。なんとも、ビックリである。
・「なかなか息詰まるものが…」
コンスタンティノープルが陥落した後の地中海…気になっていると“続き”に相当するものがあった!!西へ進もうとするオスマン帝国の前に、キリスト教世界の最前線基地ロードス島があった。1522年、スレイマン大帝が自ら陣頭に立ち、このロードス島攻略戦が始まった。大帝の軍と、島を護る騎士団との激しい戦いの行方が描かれている。
・「ノモンハンだけでも読む価値あり」
村上春樹の紀行は、ものすごい辺境に行っても、まるで近所を訪ねるかのような飄々とした感じが、どこか漂う。内モンゴル、しかもノモンハン周辺なんて、ものすごい辺境ですよ。タフな旅であることは書かれているけれど、どこかとぼけている。そこにはいつものムラカミがいる(ノンフィクションライターの紀行が、たいしてタフでもないのに自分がどれだけ凄まじい冒険をしたかということばかり書き連ねるのと正反対だ)。そして、相変わらずよくものを見ている。たとえば以下の一節「中国人の建築家には、建てたばかりのビルをあたかも廃墟のように見せる特異な才能があるようだ」←中国に行った経験のある人なら誰しもうなずけるでしょう。
・「不思議な『引力』を持つ本です」
本書は作者が体験した旅行エッセイ7本から成り立っています。僕がこれまで読んだことのある村上春樹の旅行エッセイは、どれもかなりのまとまった分量のあるものでした(『遠い太鼓』なんてある意味暴力的なquantityをもって迫ってくる)。
だからかもしれないけれど、本書のエッセイは「どれもこれも『分量的に』中途半端だなあ」というのが最初の感想だったと思います。あるものは「おい!」と思うくらいに短いし、あるものは「う~ん」と思うくらいに長く感じます。
にも関わらず、僕はこの本の中の短編を数回読み返しています。今回本書を通読したのは2回目なんですが、この本のすごい所は、あの頁・あの文章と、「パラパラと読み返してみようかな」と思って、本を手に取らせる力を持っていることだと思います(なんだか夏目漱石の『読書論』みたい)。
今ぱっと思いつくものは2つ(2つも!)メキシコ旅行の『「ここでは誰も言葉の響きというものを理解しないのだ」という認識。』の一下り。ノモンハン編の「どんなに遠くまで行っても、いや遠くに行けば行くほど、僕らがそこで発見するものはただの僕ら自身でしかないんじゃないか」この2箇所。
当然前後に文があるからこの文が出てくるのだけれど、この文はそれぞれに僕をひきつける力を持っているような気がするし、(なぜか?)何度となく頁をめくって、この箇所に行き当たっているという不思議な『引力』のあるものです。
この本を読んだほかの人も同じような『引力』を感じているのだろうか?というのが、この本に対する僕の疑問でもあります。
・「さぬきうどん食べたい!」
プロだから当然なのか、村上春樹氏の語り口の上手さにはいつも参らされる。これが自分のスタイルを確立することなのかと思う。わざわざ出かけなくともこの一冊を読むと作者が訪れた場所と同じ空気を吸った気がする。
・「疲れるための旅、という概念」
このエッセイは旅人の心境を的確に表現していると思う。「メキシコにしかない疲れ」を味わうために、わざわざメキシコを旅するという気持ち、よくわかります。人は旅に対して必ず幻想を持ち、その幻想は半分は崩されるのだけど、それでも旅をするのは?という究極的なモチベーションの追求は、考えさせられる。それでも、旅行記として楽しく読めるし、そんなに気負わない文章に好感が持てる。
・「立ち止まらずに書き続ける人」
まず、おそらく讃岐うどん探索の話の発端はこの本である。
讃岐うどん・ノモンハン・・・一見脈絡がないようだが、彼は自らの興味のままに動き、決して物を書く時に立ち止まろうとしない。それが文章に現れているのだ。
何しろフットワークが軽い。ノート・パソコン(やがて悲しき外国語に登場するように、おそらくはMac)と電源変換器を持ってどこにでも出かけていく感じだ。だからあふれ出す文章も冷凍されたようなところがなく、出来立てのエネルギッシュな本場の味なのだと思う。
素晴らしい。力が沸いてくる。
・「軽さの奥に見える若き作家の卵の意地」
まだ20代半ばの頃、何気に読んだ「ノルウェイの森」の魅力にハマり、次に読んでみたのがデビュー作のこの本。最初は、「ノルウェイの森」の暗く重々しい感じとは全く違うこの本の妙な軽さに面食らったことを覚えている。
それでも、相変わらず脈略の無いストーリーの中に唐突に出現するあまりに印象的なフレーズは実に強烈だった。多くのレビュアーが引用している冒頭の「完璧な文章など・・」と言う文も「やられた!」と言う感じだったが、私の心に残ったのは、同じく1ページ目に登場する次の文。「あらゆるものから何かを学び取ろうとする姿勢を持ち続ける限り、 年老いることはそれほどの苦痛ではない。」この一文、ストーリーには全く関係ないのだが、読後に私はこのフレーズを呪文のように唱えていたものだ。
40歳になって再びこの本を読み返してみて良く判った。この本、「軽くてお洒落」に見えるのは、ほんの見かけだけでしかない。実は「若き作家の卵」村上春樹の意地が凝縮されているのだ。生まれ持っての文才も去ることながら、様々な海外文学からの引用や、綿密にリズムが計算された文体など、とにかく練りに練って考え抜かれた文章なのだと思う。全体に軽く感じてしまうのは、そのような「意図して作られた文体」をあえて隠すためだろう。デビュー作なだけに、渾身の力を込めていたはずだ。
初めて呼んだ頃からずっと、こんな文章が書きたいと思ってきた。もちろん全く追いつくことなど出来ないのだが、そのために意識して努力してきたことは無駄になっていないと思う。
・「懐かしい」
随分昔に読んだのですが、何回読み返してもいいですね。映画撮影に使われた三宮のバーは今でも健在。ピンボールもあります。つい最近、デレクハートフィールドが実は村上さんの創作した人物だと知ってびっくり。でも、騙されたって気はしなくて、とにかく清々しさの残る本。若い人に是非読んで欲しい一冊です。
・「軽くて綺麗な純文学」
「完璧な文章などと言ったものは存在しない、完璧な絶望が存在しないように」 出だしに引き込まれて一気に読んだ。ドライではあるが洗練された文章、起承転結にとらわれない作品構成。大衆文学ではまずお目にかかれない、文学という芸術「純文学」の世界を堪能することが出来る。文学作品はストーリー、主人公の魅力等で読ませるのではなく、思想、文章で読ませるべきだ。作品の良さが解らない人、好きになれない人は読まなければいい。他にも娯楽はたくさんあるのだから。テレビ、映画等容易に手に入るものはいくらでも巷にあふれている。 「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」 つまりはそういうことだ。
・「村上ワールドへのプロローグ」
この作品に出会ったのは予備校生のときで巷では村上氏の「ノルウェイの森」がベストセラーとなっていました。姉にもらったこの本はいまだに何かのおりに読み返してもう20回ぐらい読んだと思います。当時ちょうど主人公と同じ年頃で大学生への憧れもあいまって強烈に響いたと思うのですが、今も当時のままの思いで読むことができます。確かに他の村上作品にはもっとインパクトのあるものもたくさんあり好きな作品もたくさんあるけれど何故かこの作品は自分にとって別格のような気がします。デビュー作が一番好きだなどというと村上さんには申し訳ないけれど、いまや村上ワールドに入り込んでしまった自分にとってのプロローグがこの作品なのだと思います。かすかに心地よく流れてくる風の歌が本当に聴こえてくるようなそんな作品です。
・「書かれていないことがより多くを語る」
故郷の街に帰ってきた大学生が、バーでビールを飲み、友達としゃべり、女性と寝る話。ただそれだけの話しだし、実際、短い小説だ。なのに、読み終えた後で、長大な物語を読んだような気分にさせられ、多くのことを考えさせらてしまうのはなぜだろう? 著者は様々な挿話をパッチワークのように張り合わせることで、一つの作品を作り上げている。そのスタイルが読み手に、話と話の間にある話を読むことを可能にしている。この作品においては、書かれていないことのほうが、書かれてることよりもより多くのことを物語っている。
・「鬼が来るぞ〜!!」
半ば幻に終わるのではないかと思っていた作品が、単行本化されるなんて、嬉しいの一言につきます。 それより、「新帝都物語」の単行本化はいつになるんでしょうかね?
・「挿絵以外は加藤保憲!!」
挿絵を見るな!!いや、未来には評価されるかも・・・、でも挿絵は見るな!!そうすれば帝都物語になります。
・「帝都物語の原点が」
ずっと予定にあったまま、発売されなかった「帝都幻談」が発売となりました。妖怪大戦争繋がりか、水木しげる先生がイラストを描いてくださっています。例の魔人も出てきますが、水木テイストなイラストになっています。嶋田久作さんの加藤ファンとしては、この辺りは喜んで良いのか微妙です。
このまま新帝都物語へと続いてもらいたいものです。
・「今夜、すべての酒飲みに」
お酒の飲み過ぎで体を壊す前に、、、。自分だけは酒で体をこわすわけない、と思っているアナタ。私は体を病んだ後、この本に出会いました。そうならない前に。是非一読しておく本です。
・「酩酊でしか癒されない心と代償としてのアル中」
自分では重々わかっているアルコール中毒の果てに主人公は黄疸寸前のふらふらの症状で病院にたどりつき、入院生活を送る。らもさんの体験がベースになっているのは間違いないのは、処方される薬から、病状の説明まで極めてリアルであるから。ぼろぼろの身体を客観的に見る主人公の諦観・虚無感とそれを淡々と記述していく著者の視点。病院でのドタバタや聡明で不治の病の少年との出会い、そしてその少年が亡くなった慰安室で悪態をつきあっていた主治医と主人公の感情の吐露。何故、人は酩酊からぬけだせないか、その裏にあるらもさんの実体験と挫折感と達観と病気。読感は心地よい良く作られた小説と思う。
・「扉の向こうの現実」
これは,アルコール中毒について,詳しくノートをつけたような,授業のまとめのような小説です。今は全く見えなくても,一度扉を開けたら目の前一面に広がるアルコール中毒という世界が,どんなものか。オトナだけじゃなく,義務教育の只中にいて,そういうアンテナを張っている人々,読んでほしいです。それは決して遠回りの道じゃないんだから,心からお勧めします。稚拙な感想しか,持ちようがない,なぜなら完全には分からないのだから。
・「最後の医師と主人公の対決がスゴイ。」
中島らも氏の作品が好きな私は,東京圏で氏の著名度が関西方面に比べて極めて低いのにいつもビックリしております。らも氏の急逝は,ショックでしたが,らも氏らしい最期であったと私は思っております.
さて,この中島らも氏の”作家としての出世作”となった「今夜すべてのバーで」。
最初のうちは,アル中の入院体験記か?と思うかもしれませんが,最後に全てをまとめあげる,主人公の小島と医師の対決は感動的ですらあります。しかもその対決は突然やってくるのに作品全体としては大きな流れを失っていない。素晴らしい作品です。
・「レビューというか、とても個人的な感想文。」
初めて私が読んだらもさんの小説でした。恥ずかしい過去なのいですが、バロウズ、ケルアックらビートニクの本を理解できているフリをしながら読んでいた時期が学生時代にありました… この作品を読んでからやっと彼らをいくらかは理解できるようになりましたねー これはらもさんの入院体験が元になって書かれた小説。エッセイでも読んだ記憶があるのですが(うろ覚え)らもさん本当に医学書読みながら呑んでたらしいですね…自分自身アルコール依存症だからこそ、らもさんは甘えた事を言う中毒者には厳しい。アル中だからこそアル中のことがわかる。当時の私にはこの本はある種の救いになりました。私が好きだったのはネガとポジの天童寺兄妹、不二雄の生き方に憧れに似たものを抱き、さやかの言葉には一言一言頭を殴られた思いをしました。 人の強さと弱さを書いている本です。
・「少しだけがんばってみようかな……」
うつになると、たしかに心の中がどしゃ降りのようになる。この本は、「うつを治そう」というものではなく、うつやそのほかの病や依存に苦しんできたらもさんの闘病エッセイ(?)とでもいうものだ。
まず軽妙な語り口に引き込まれた。書かれていることはかなりシビアである。抗うつ薬や睡眠薬への依存、躁と鬱の繰り返しのつらさ……等々。しかし重苦しさを感じさせない。さーーっと読めて、じわっと残る。現在、うつあるいは何らかの「心の病」(という表現は嫌いだが、便宜上)に悩んでいる人はぜひ読んでほしい。きっと心が軽くなる。
巻末に『うつを生きる』の著者である芝伸太郎氏との対談がある。これも、芝先生が、幻覚などに苦しんだらもさんの言葉をあたたかく受け止めていて救われたような気持ちになった。私も軽症だがもう、うつは長い。しんどいとき、これはうつでつらいのか薬のせいなのかわからなくなることがある。そんなわたしにとって、「そうそう、わかるよ」ということばかりだった。本を読んで「よかった」と思ったのは久しぶりのような気がする。
また本上まなみさんのあとがき。これがなかなかいい!
・「ありがとう、らもさん」
この本を読んでわかった中島らもの壮絶な人生…なんだけど、全然壮絶感がないんだなあ、これが。アルコール依存症、躁うつ病、多量のドラッグ、それらが原因の失禁、転倒、失明、奇行で、ほとんど廃人状態。でも、悲壮な感じがしないのはなぜだろう。その理由1、彼のまわりに集まる愉快であったかい人々。迷惑かけまくりのらもさんの尻拭いを、義務でなく、いやいやでなく、なんか楽しんでやっているような人々の存在。らもさん、愛されていたんだ。その理由2、らもさんの才能。人という生き物の奥の奥まで見えてしまう天才的な才能を持っているのに、ひょうひょうとしていてそれが全然いやらしくない。その理由3、らもさん自身のポジティブな考え方。人間は、数ある選択肢の中で、自分が選べる選択肢だけを選ぶのであり、選べない選択肢を選ぶことは絶対ないというらもさんの持論。だから「あの時、ああすればよかった」ということは、彼の場合、ありえないわけだ。かといって、だから今の状況はしょうがないじゃん、と開き直っているわけではない。この状況を引き受けて生きていくしかないと、あくまで明るい。 ほんと、久しぶりに私も今の自分で生きてみようという気になったよ。 ありがとう、らもさん。
・「笑い飛ばしたあとの小さなため息」
この本では自分の鬱のことをあくまで客観的に優しく描いてると思います。笑えるような場面もあるんですがなんだか切なくなります。らもさんの文章の温かさ、優しさが心に沁みます。
「くたばれうつ病」と豪快に笑い飛ばしたあとのらもさんの小さなため息が聞こえてくるようで、なんだか切なくなりました。
・「お父さんも躁鬱の人だったのか」
らもさん自身の自己治療として、劇団をつくってしまうというのも納得というのが、思わず唸り笑いをしてしまった。「劇団を立ち上げるという行為は、あるいはうつ病には最適の治療法かもしれない」「人間関係のややこしさもない。なにしろ自分の作った劇団なのだから、気の合う人間しかいないのだ」(p.61)。なるほどねぇ。その後、クスリが効き過ぎて自殺寸前までいってしまったときのリアリティがすごい。びっしょりと冷や汗をかいていたというのだ。また、人から自殺しようとした人は「シャツが汗でびしょびしょになっていたそうだ、雨にでも降られたのかというくらい」と聞き、「おれは汗をかきにくい体質なのだが、それは一生分の冷や汗をあのときにかいたからなのかもしれない」といあたりはうなった。
それと晩年はアルコールが少しでも入ると塗炭の苦しみを味わうというシアナマイドを服用して酒を飲んでも、まったく効かなかったそうだ。これは可哀想というか壮絶な話。「顔に赤みがさすだけだ」(p.110)というのは初めて聞いた。
母親が死んだ後、しばらくして、時間の感覚がなくなってしまったという話も深いリアリティを感じさせる(p.120)。存在の基盤の喪失ということなのだろうか。
・「心優しい変人」
「明るい悩み相談室」を別にして、たくさんあるらもさんのエッセイの中で一番好きです。何故だろう?親父が躁うつ病だった・・から始まる、らもさんの病気との付き合いの記録なのですが、人に対する優しさが滲み出てるからだろうか。「雨漏り」するかのように、それは控えめな、隠してもわかる人にはわかるといった類の・・。表紙のちょっと精悍な写真もいいですが、中のカラー写真でにっこり笑うらもさんの顔は、仏様に見えます。
・「超能力者はつらいよ」
前作『家族八景』では超能力者・七瀬は主人公というよりは狂言回しであり、彼女が住み込む個々の家庭の住人たちが真の主人公でした。しかし、筒井康隆は七瀬をそれだけの存在にしておくには惜しいと思ったようで、彼女を本当の主人公に据えた続編を書きましした。それがこの『七瀬ふたたび』です。NHKでドラマ化されたりもして、私も見てました。
本作は超能力者が登場する一般的なSF小説とは大きく異なります。七瀬を初めとする超能力者たちがバッタバッタと敵をなぎ倒すなんてことはありません。ひたすら描かれるのは、現代社会において超能力者が生きていくのがいかに大変なことかという、その苦労です。その辺りは筒井康隆による内部からのSF批判ととれないこともなく、ひねくれ者の筒井らしい作品と言えますね。
・「子供の頃は疑問に思っていました。」
なぜ、「ふたたび」なのか。『家族八景』という前作があるのを知ったのは随分あとの事でした。さらに、超能力者の皆がひとりひとり倒れていったあとにまさかの更なる続編があるのを知ったのはもっとあとでした。だってタイトルだけじゃ判らないんですもの。そんな『七瀬ふたたび』。やっぱり三部作の中では一番好きです。少年漫画や、長く続いた超能力小説の様にどこまでも強さとスケールがインフレ化せずにうまくまとまっていたのが傑作との誉れが高い所以だと思います。そういった意味では三作めは好きではないし、蛇足だと感じたのですが。
余談ですがこの作品が好きな理由を自分なりに分析してみたところ、一つの結論にたどり着きました。この物語の構成は、『水滸伝』です。ひとりひとり社会を追われたアウトローが集まっていきユートピアを夢見るが、最後には奸計に遭い滅んでいく。個性的な主人公たちが集まっていく過程のワクワク感や、滅びの悲壮感まで描いているところが水滸伝的で心に残るのだと思いました。アメコミの『X-MEN』を好きなのも多分、同じ理由(笑)。
・「七瀬が帰ってくる!」
七瀬3部作の中で、私は一番好きです。
家族八景の時の七瀬は大人びすぎすていて冷めきっていて、筒井流の言葉とあいまってとっても面白かったんすけど「仲間」を探し出会っていく中で、前回より人間的というか、ドラマっぽくなっていて、本当に面白くよめました。ずっと前に本当にTVなりましたけど、文章で読むほうがずっと面白いドラマがあるということを改めて感じます。
短編として電車で読むもよし、秋の夜にひとりてでふけるもよし…とにかく、筒井康隆ってなんて面白い作家なんでしょうね!
・「七瀬」
家族八景、七瀬ふたたび、エディプスの恋人、この三作品を全て読むきっかけになったのがこの作品。 超能力者である「七瀬」の物語なのだが、彼女は様々な「美しさ」を備えている。 「七瀬」が触れ合う人物達との葛藤、自身との葛藤で魅せる美しさに、ドップリハマった思い出の一冊。
・「また読んでしまいました・・」
家族八景の続編。美貌の女性火田七瀬は、相手の心を読むことのできる能力をもつ。そんな七瀬が出会う、いろいろな超能力者。そして七瀬たちの抹殺を狙う謎の集団。次々やられる仲間たち、七瀬たちは、生き残れるのか・・・。
孤独な超能力者たちの邂逅、追い詰めながらも必死で反撃する七瀬の可憐さが、「追われる系の話」の暗さの中で光ります。
これまた、何度読んでも、その度に、強い印象が残る本です。たぶん、一生忘れない本でしょう。
・「男汁たっぷりの部屋で語り合った経験のある人に贈りたい」
学歴コンプレックスの連中が京大だからと批判し京大卒の馬鹿どもが周辺地理を面白がる。この作品はそれだけの価値しかないのか?否、この作品は、日本語を愛し、もてないで悶々と過ごした青春時代をもち、自分というものの価値を信じているすべての男性のための切ない物語だ。そして、私はそう読めなかった人たちがうらやましくてならない。おそらく、男臭さむんむんとする部屋で友人と語り続けてた経験もなく成長されたのだろうと思うからだ。しかし、この作品はそういう人たちに読まれるべき作品ではない。女性にもスポーツにも縁がない学生時代を持つ(生きる)人にこそ読まれるべき作品なのだ。
・「これぞ童貞文学(?)の決定版!!」
いわゆる「童貞」ジャンルの映画や漫画(吉田秋生とか)そして小説(みうらじゅん、原田宗典とか)って、実は結構たくさんあると思うんですが、この「太陽の党」は著者の膨大な知識と知性、そしてユーモアによって、一線を画す作品になっています!
実際のところ、主人公の「わたし」が童貞かどうかは分からないのですが、膨れ上がる欲望を女の子にぶつけることも出来ず、男同士でひたすら妄想を弄ぶ。そして世の幸福な男女へひたすら悪態をつき続けるその様は、まさに「童貞スピリット」。痛々し過ぎて、愛しくさえなってくるんです。男性のみならず、女性も共感できるのではないでしょうか?
これといった起承転結のストーリーもないし、ファンタジーノベル大賞受賞のわりにさしてファンタジーでも無いのですが、その語り口の軽妙さが最後まで読み手を引っ張っていってくれるでしょう。できれば「夜は短し歩けよ乙女」を読む前に読んでおいて頂きたいですね☆
森見登見彦さん、今一番注目している作家の一人です。
・「叡山電車に乗って万博公園へ」
過剰な自意識と自尊心で防衛している、達成と承認と親和のいずれの欲求も満たしかねている男の子たち。心の肉球はぷにぷにと柔らかくて傷つきやすく、型にハマった幸せを満喫する人々を目の前にしてぷるぷると震える。仮想京都で息づく昔の文学青年風の彼らが可愛いし、親しみも憶える。文章も事件も人物も、奇想天外に見せかけて、自分や友人と重なる。太陽電池でゆらゆら揺れる機械仕掛けの招き猫なんて、私がもらったら大笑いして大喜びするのに。ええじゃないかと言い聞かされても、ちっともよくない。ええわけがない。失恋というものはつらいのだ。つらくてつらくてたまらんのだ。初恋でも、何度目かの恋であっても、どんなに自分に言い聞かせて、頭ではわかっていても、理性じゃどうにもならない。著者のデビュー作とあり、素顔に一番近いのではないかと思う生々しさがあった。とても自然に読むことができる本だった。ほんと、失恋はつらい。
・「笑えます」
久々に面白い小説に出会えて大満足です。最初の二行を読んで、笑ってしまったら、そのままレジに直行しても大丈夫だと思います。ところどころで爆笑しつつ、最後の二行では、じわりと感動できますよ。
「非モテの文化誌」で取り上げられていたので読んでみました。もてないということは、自意識過剰で自己正当化が得意、ということなのだなぁと反省しました。
・「太陽の塔という電池」
崩壊しかけた四畳半の真ん中にでんと腰を据えて、私はこの手記を書く。内容は私の日常である。「おまえの日常なんぞに興味はない」と言う方は読まない方が賢明であろう。周囲を見渡せば、もっとお気軽で、お気楽で、愉快に読み捨てられる書物がごまんとある。なにを好きこのんで、こんな男汁溢れる手記を熟読する必要があろう。読了したあかつきには、必ずや体臭が人一倍濃くなっているはずである。読み終わった後で文句を言われても困る。私の経験から言えば、いったん濃くなった体臭は二度と元には戻らない。 しかし、敢えてこの手記を読む人は、貴重な経験をすることになるだろう。もちろん愉快な経験とは言えまい。良薬とはつねに苦いものである。 ただし、苦いからと言って良薬であるという保証はどこにもない。 毒薬もまた苦いのだ。
本文より
・「締めが上手い」
良い漫画だと思います。1巻と2巻以降では哲学的な要素が入るというか、全く趣きが変わってくる為、好き嫌いは別れそうですが。
あと、内容とは直接関係無い事ですが、この漫画、特に1巻を読んでいて毎回思うのですが、締めというか各話最後の1ページが良い。毎話色々な事件、イベントが起こりますが、最後の1ページでそれらをきっちり締める、と言えばいいのでしょうか。私の拙い文章では説明し難いのですけど、とにかくとても印象に残る締め方をする漫画だと思いました。
・「SFではなく叙情詩である」
宇宙に憧れて宇宙飛行士になった主人公、星野八太郎。その憧れは、パイオニア的な存在の宇宙飛行士の自殺に出会うことよって変化を始める。その事件は、広大な宇宙に身を置きながら、小さな存在の自分が内面に有する広大な宇宙と向き合うきっかけとなる。
人と人との係わり合いだけではなく、そう遠くない未来で新しく抱えるであろう環境問題にまで視点を広げている。
決してメジャーな作品ではなくとも、探せば必ず良質な作品は存在する好例。読後、価格以上の感想を抱けることを保証する。
・「テレビから・・・」
今、BS放送で朝やっているようですが、それを見てから買う方は注意!アニメとは違います(もちろん本が先なのでアニメが違うのですが)。方向性は同じですが登場人物やSTORYが漫画にはなかったものが出ています。しかしどちらも面白いことは確かです。私は漫画が先だったのでアニメに違和感がありましたが、違うものとして見たら面白いと思えるようになりました。アニメから入る人も、違うものとして見た方が良いかも。
しかし、断然お勧めします!!!!SFながら、すんなりと受け入れられるのは、未来に対して飛躍した描写が無いことと登場人物の心の描写がすばらしく良くできているからなのでしょう。この絵のタッチが嫌いなんていう人も、そんなことは全然気にならなくなりますよ。試し読みのできる本屋さんもあるので、とにかく一度手に取ってみて!
・「宇宙(そら)の夢見る少年だった大人たちへ・・・そんな陳腐な表現が良く似合う、最新のバ」
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・「これ読んで進路変えちゃいました・・・」
ちょうど大学受験の直前期に友人に、「理系ならいっぺんは読んどきなっ…」と勧められたのがきっかけでハマってしまいました。全4巻なのだが一言で言えば‘濃い’です!特に1巻にも垣間見れるハチマキの心の中の自分(?との葛藤は、分野は違えど新しいものをつくろう手がけようとしている人間なら一度は感じるものではないかと共感された方も多いのでは?アニメは原作を超えるものないよなぁぁといつも感じているんですが、この作品は違いました。登場人物や設定の変更などを加えているので原作とは違ったおもしろさがあります。っと話がそれましたが結局私は工学部のエンジン工学を今手がけています。(ロック・スミスのような非人道的な人にはならないようにと戒めながら…?!笑)そんな私の人生のキッカケになってしまったこの作品…一読なされてみてはいかがでしょうか?ちなみにそんじょそこらの本屋では置いてないのが残念です。
・「名作の名訳、ついに復刊!」
本書『夜の果てへの旅』は1978年中公文庫に収められ、しばらく絶版となっていたものの復刻版です。訳者・生田耕作氏が1995年に亡くなるまで励んでいた新訳が反映されている模様。題も『夜の果ての旅』が『夜の果てへの旅』と改められています。
小説の内容は、簡単に言えば、この世界への絶望、この人生への嫌悪、ということに集約されます。社会の最下層を転転とする主人公の放浪の旅は悲惨であり、そこに救いはありません。金持ちや権力者への叩きつけるような罵詈雑言の隣に、切々と愛を求める啜り泣きがあります。しかし、作者セリーヌは、所謂アナーキストでもないし、所謂ヒューマニストでもありません。セリーヌは、セリーヌ以外の何者でもなく、その文学的手法についても、何とか主義という括りかたは不可能でしょう。一節だけでも読めば、それはすぐに分かります。少し引用させていただきますと・・・
「逃げ出しながら、もう一度船上の剣呑な仲間の様子を振り返ってみた。・・・前後不覚と消化不良に圧倒され・・・食い足り、ぶっ倒れ、今はみんな似たり寄ったりに見えた。士官も、官吏も、技師も、奴隷業者も、腫物だらけの奴も、太鼓腹の奴も、日焼けした奴も、みんなごちゃまぜ、まるで見分けがつかない。寝ているときは、犬も狼も似るものなのだ。」
・「この世界と和解できない人へ」
絶望の果てには奇妙な快楽が潜んでいる。それに気づいている人は少なくないのだが、それを追求するだけの勇気と機会と才能を持った人は極僅かしかいない。セリーヌは、幸か不幸か、その全てに恵まれていた。この『夜の果てへの旅』には特に気に入った一節があるのでここで紹介したいと思う。セリーヌを手に取るほどの人ならきっと共感してくれるだろう。「完全な敗北とは、要するに、忘れ去ること、とりわけ自分をくたばらせたものを忘れ去ること、人間どもがどこまで意地悪か最後まで気づかずにあの世へ去っちまうことだ。棺桶に片足を突っ込んだ時には、じたばたしてみたところで始まらない、だけど水に流すのもいけない、何もかも逐一報告することだ、人間どもの中に見つけ出した悪辣きわまる一面を。でなくちゃ死んでも死に切れるものじゃない。それが果たせれば、一生は無駄じゃなかったというものだ」
・「退屈とは無縁。」
この本のイントロダクションと表紙を眺めると、「いやぁ、コイツは相当にヤバそうだなぁ」と思われるかもしれませんが、実はそうでもなくって、非情に文体も物語の構造も分かり易く、恐いとか辛いというよりは、カッコいいという印象の方がずっと強い作品でした。上下巻合わせて約800ページの長篇ですが、飽きないし、疲れないし(文字を読むという意味では)、ストーリーを見失わないし、素晴らしい出来だと思います。
この物語は100%自伝的に書かれているのですが、セリーヌは自らの失態・カルマ・堕落の数々を余すことなく暴露します。いやむしろ、誇大に自らの汚さ、人間の汚さを着色している節さえあり、もちろんそれは悪者になりたいというような子供臭い目的でそうされたものではなく、それが彼にとってのリアリティーであったのであろうと読み手に共感を感じさせる、かなり異質タイプの作品だと思います。不思議と、あまり気分のいい話を聞かされているわけではないのに、読んでいてどっと落ち込むような気にはならず、むしろその人間臭さに手を叩きたくなるような体の物なのです。
まるでフランスのアングラ映画的ストーリーで、例えば日本で言うなら若かりし頃の大島渚タイプの映画監督などがこぞって映画化しそうな美しさで、とくにラストの車中での発砲の場面などは古典的な文学スタイルとは一線を慨しています。この作品を読むと、国内外の幾人かの作家がここからかなり影響を受けていることが見て取れます。公式に公の場で語り継がれるような名作とは対極にありながら、その存在感は決して今後数十年では色褪せないと確信させられます。
・「一線を越えて「果て」へと向かう」
たぶん人間には超えてしまったら戻れない「一線」みたいなのがあって、その向こうがおそらく「果て」なのだと思う。文章中に時折出てくる「果て」のフレーズはどれも、深い森の奥から聞こえてくる嘆きのようにじわりと重く響く。
主人公とその友ロバンソンは、生涯かけてその一線の淵をさまよい歩く。人生という夜の中、一箇所にとどまれない放浪者が、果てを見すえつつ旅をしている。一線を越えるか超えないかの話といい、アフリカという舞台といい、なんだかコンラッドの「闇の奥」を思い出すところがある。
戦争を否定し、偽善を否定し、友も家族も愛も嘘だとはねつける。ある意味、正直で潔癖なのだろう。だけど否定ばかりのその先には、いったい何が残るのか。
わかるけど共感したくはないなと思う自分は、精神的に健康なのか、それとも偽善に毒されているのか。あるべき姿、希望はこの本にはない。だからこそ、ある意味では普遍的だといえるのかもしれない。
印象として、夕闇に沈む光景のような本。後ろには町の光があるのに、自分は光のない道の先ばかりを見てしまう。その姿は虚しく、そして物悲しい。
・「観察と想像」
この小説の主人公バルダミュは、想像力を持ち合わせているのはもしかしたら自分だけなのではないかと不安になったり、恐怖で発狂しそうになったりするのですが、決してそれを手放そうとせず、なんだかんだ言いながらも旅を続け、女性と精神的にも肉体的にも親しくなり、他人を徹底的に観察し、想像力を駆使して、その人間が何によって自分を支えているのかを捉え、その意味や権威を剥ぎ取りながら、うんざりして自分を殺すようなことはせずに生きていきます。
・「いやー」
賛否両論あるようだがかなり面白かった。確かにあらゆる視点や考えからすると頭がおかしくなりそうなほど混乱をきたす。と言うわけで私は此れをおおまかに進めていって理解していったわけです。しかしここまで面白いことを考えれる作者はそうそういないと思う。まさに夢想家。まさに夢野久作である。
表現がそして面白い。これは文で表現しきれないので是非読んで欲しい
後半は少々グロイ表現もあるので、そういうのが苦手だと言う人にはお勧めしない。
・「ただ圧倒。」
「胎児よ 胎児よ 何故踊る 母親の心がわかって 恐ろしいのか」
1ページ目をめくると、「冒頭歌」と称して上の一文が載っている。この一文を読んだだけで、この小説の神秘性に引きずり込まれるだろう。
全編を通して異様な雰囲気の中、不気味なまでに軽快な語り口。推理小説などというジャンルにはめ込む事のできない、圧倒的なスケール。夢野久作が10年間推敲に推敲を重ねて完成した作品で、怪奇小説の中でも異端児と言っていいと思う。
「本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来す」とまで評されている。しかし、たとえ精神に異常をきたしたとしても、一生に一度は読んでおきたい作品であることは疑いない。
途中まで読むのがしんどくても、後半はスイスイ読める。そしてその結末には、誰もが必ず圧倒されるだろう。クセはあるが、ハマると何度でも読み返したくなる、麻薬的一作。普通の小説には飽きたという人は、是非ご一読あれ。
・「10年ぶりに再読しましたが,やっぱりすごい作品です.」
真夜中,どこかから聞こえてくる時計の鐘の音で目が覚めた「私」は、すべての記憶を失くしてしまっていた. 隣の部屋には少女(どうやら自分の許婚らしい)がわめき散らしているのだが、自分には全く身に覚えがない。 もう一度眠りについた「私」は、やがて朝になり再度目を覚ますのだが,そこに九州帝国大学医学部長を名乗る紳士がやってきて(どうやら「私」は九州帝大病院の精神科病棟の一室にいるらしい)、その紳士に連れられて失くした記憶を取り戻しに出かけるのだが...。
人により評価が真っ二つに分かれる作品です。 分厚い上下二巻組の作品であり、途中に「胎児の夢」と題する論文などが挿入されているので、読んでいて辛くなるかもしれません。 しかし、それを我慢して読み進めていくと、私と同じようにその結末にきっとあなたも圧倒されることになるでしょう。
結末のインパクトが失われてしまいかねないので、深く突っ込んで書けず申し訳ないのですが、世界に誇れる作品に仕上がっているということだけは言っておきます。
あなたがこの作品について、少しでも気になったことがあるのなら、一度手にとってみることを強くお勧めします。 そしてその時に,途中で放り出してしまいたくなるかもしれませんが、ぜひ最後まで頑張って見てください。この作品の世界観は、きっとあなたを大きく変えてしまうでしょう。
それでは御健闘をお祈りします.
・「傑作です。」
絵でいうなら、だまし絵。音楽でいうなら、FAUST、COIL,NWW。フロイドのいう、夢の作用。作家はあえてつじつまを合わせようとせず、背後にある、読者の深層心理を刺激します。読む人によって、感想という以上に、何が論点になるかすらもはぐらかせられます。現実という足場を完全に踏み外した、正に異端の文学。しかし、途中でDNA的な記述は先端なのか、作家の先見なのか、無茶苦茶面白いです。
・「これ翻訳できるんでしょうか?すごすぎます。」
この上巻を読み終えるまで相当きつかったです。というのも、本当に気がおかしくなりそうで、読むのを何度やめようかと思ったことか。。。なんなんですかね、この本。夢野久作は狂っているか、天才かのどちらかです。しかし、なんとか上巻を読み終えたら、びっくりするくらい下巻も制覇できます。ミステリー小説としてもおもしろいんです。でも、この本を全巻読み終えたときには、今までとは違う脳の構造が出来上がっているような感覚です。正直、この本を読んで以来、ちょっと頭がおかしい感じです。。。(まじです)「胎児の夢」という考え方、妙に共感してしまいました。夢野氏は、真理をついている気がします。皆さん書かれてますが、80%の人は頭おかしくなるんじゃないか?というくらいの強烈作。この本読んで、頭がおかしくならない人に会ってみたいです。ヤバイヤバイ!まじやばいけど超オススメ!
・「夜更けの街角で宇宙を幻視する・・・」
数あるタルホ作品の中でも僕が一番好きなのがこれです。ウィスキーを片手にこの本を読み、かつての神戸の夜を、あるいはプラハやエジンバラ、ダブリンあたりの街角を思いつつ、宇宙を幻視できるのは至福の一時でしょう。 そう言えば、『スモール・プラネット』のたむらしげるさんがイラストを描いた絵本版『一千一秒物語』も悪くないですね。星や月との語らいを想い、夜が待ち遠しくなってきます。もっとも、個人的にはイラストなしの方が想像力をかきたてられるけど・・・。 ちなみに所収の『星を売る店』の舞台は神戸の新開地。当時の新開地って今とは比べ物にならないくらいモダンでエキゾチックな街だったのでしょうね。
・「タイトルに圧倒」
「一千一秒物語」―考えてみれば壮大なタイトル…だからそこに惹かれました。比較的難解な稲垣作品の中でも、どこか謎めき、そして人間味溢れた幻想的な魅力に満ちています。老若男女の壁を作らない旧くも新しいコスモロジー…小さな話の一つ一つに、星空を見上げるような広々とした世界をきっと感じる事でしょう。
・「豊かな感性と日本語の美しさに浸れる」
優れた作品を数多く生み出した稲垣足穂の世界は時間の空間が少し歪んでいるようでありながらもどこか居心地のよさがある。作品の中にあらわれる言葉はどれも素敵で、日本語というのはこれほど美しい言葉に満ち溢れているのだな、と思いました。繊細な表現やウィットに富んだ会話、粋でもあるし、おちゃめでもある。
足穂の本を読む度に「この作品を読むことができ、日本人に生まれて本当によかった!」と嬉しくなります。稲垣足穂をはじめて読む人にもおすすめの一冊です。
・「六月の夜の都会の空」
想像力が豊かなとても優れた作家だというのは云うまでもありません。ただ「美のはかなさ」などは引用も多く、私のような凡才には難解な点があり読解に苦労しました。今も理解できているとは正直云えませんが「黄漠奇聞」や「弥勒」等は本当に魅力的で幻想的な作品です。「一千一秒物語」はショート・ショート形式ですが星新一も認める作品です。これは"詩"として読んだ方が読み易いです。
「A感覚とV感覚」は所謂analとvaginaであり、その感覚の違いを説くのですが、内容が哲学的な所為もあり、読み手にかなりの想像力が必要とされると思います。
2005年にはちくま文庫で「稲垣足穂コレクション」が発行されるようですので、この書籍を読破しピンときた方はチェックしてみるといいかもしれません。
・「キラキラしたモダンな話の寄せ集め」
実に作り物じみた装置が、ふんだんにちりばめられたおもちゃ箱のような作品です。なんともキラキラしたモダンな話。アップ・トゥ・デートというのではなく、あくまでもモダンです。心理学のユング派の先生が、日本では珍しい内向性感覚タイプの、まさにアダルト・ファンタジーであると何かに書いていました。
ぜんまいとか機械仕掛けとか、こんぺいとうなんて言葉を聞いて、意味が分からなくとも、なんかいいなって思える人は是非読んでください。稲垣さんは同性愛傾向を色々言われたりする作家ですが、文学的背景がしっかりした方だし、これはまさに珠玉の名作。
・「人、斯くあるべし!」
この作品には通せないと判っているけど筋を通したい、通さなきゃいけない、そんな信念みたいな物があると思います。特に、第一話「闇の花道」で自分たちの所為で銀二親分が罠にはまり、逮捕された事への仕返しに、目細一家の皆が自分たちの金を隣近所にばら撒く下りはスカっとしました。そして、松蔵の父親がごくつぶしだった為に、吉原に売られた姉・さよと運命的な再会をする話(前後編に分かれています)は、大体お決まり的なんですが、矢張り泣けます。笑えて泣けるピカレスクロマンが好きな人にお勧めです。
・「私は号泣しました。」
「鉄道員」で泣けず、「壬生義士伝」では上下巻で2・3箇所涙した私ですが、この作品では1巻目にして5.6箇所は泣いているでしょう。「衣紋坂から」では、すでに文字を追うことが困難な状態に・・・ひとと泣き所が違うのでしょうか?おじいちゃんの「説教話」が心にしみわたる、時代に流されて生きている現代人にお勧めの一品です。
・「***かっこよく生きるってこと***」
一言で言えば「粋」と表現すべきでしょうか。形振りも生き方も全てひっくるめて。実際出来るもんでもないけれど、「こうありたい」という理想があります。古臭いという人がいるかもしれないけど、美しいとも思います。うわべの話だけだと浅田的お約束な感じはしますが、それだけに安心して「粋」を堪能することが出来るのではないでしょうか。今回は泣くほどではないけども、胸の詰まる様な切なさが感じられる仕上がりです。
・「粋はグっときます。」
男性にも、女性にも、是非読んでもらいたい粋な物語。物事、筋が通ってる。ただそれだけで、素晴らしい。羨ましい生き方。ある意味、禅問答のようなものなのだ、この話。今の時代になかなか見つけにくい人情を感じることができます。忘れちゃいけない心粋というものがあるのだな、と。全編の内容もホントにすばらしいけど、物語の奥に活字には表してない事情を連想させる手法にも見事にハマります。それを思うだけでも目頭が熱くなります。ラーメン屋で読んでいたオイラは鼻水すすってんだか、ラーメンすすってんだか解らなくなりましたよ。さらに私的見解ですが「衣紋坂から」の松が語る最後のシーン浅田次郎さんの洒落がきいています。これは見事にやられたなぁ。ぐいぐい引き込まれる天切り松の闇がたり、実際に聞いてみたいもんです。
・「義賊の痛快大正ロマン」
任侠義賊の痛快時代劇(大正時代編)です。芝居のような、大見得を切ったセリフがかっこいい。どん底の運命を背負った人間たちが、独自の美学を大切にしていく生き様を描いています。粋、意気地、いなせなんて言葉の中身を具体的に描いてくれています。
どうせ盗人、どうせお天道様はまともに見られねえっていう後ろめたさを自覚しているからこそ、義賊「仕立て屋」一家は一本筋を通しています。少なくとも、金なんてものより大切なものがあるっていう生き方をしています。そこが痛快です。そしてそんな生き方は、もう時代に取り残されつつあるのです。だからこそ美しいし、私たちはあこがれるのです。
・「乱歩、最初で最後の絢爛たる同性愛小説」
江戸川乱歩に同性愛趣味があったことは有名だが(それがどの程度のものであったかは実際には不明だが)、彼は自著にそれを反映させることはほとんどなかった。もちろん、少年探偵団シリーズの明智小五郎と小林少年、怪人二十面相にそれを見出す諸氏もおられるが。冗談はともかく、氏の最初にして最後の同性愛をメインに扱ったこの小説は、時代を経ているせいだろうか、とにかく美しい。主人公の蓑浦(*余談だが乱歩の小説にこの名前の登場人物は他にも多々見られる。何か思い入れのある名前なのか?)は婚約者の変死をきっかけに猟奇的な事件に巻き込まれていくが、それはこの小説の表面のストーリーでしかない。この小説のメインは主人公に長年片思いしている美青年、諸戸道雄の一途な献身ぶりだ。諸戸のちょっとした、しかし深い愛情表現の描写はファッションや遊びでゲイを扱っている作家に書けるようなものではない。繊細で綺麗なのに妙に生々しく、読んでいる人間に奇妙なこそばゆさを感じさせる。陰惨でグロテスクな題材をテーマにした小説にも関わらず、21世紀の今になっても愛読者が減らないのは、このうまく表現できない感覚のせいだと思われる。
後半、ストーリーはどんどん乱歩節が冴え渡り、これでもかとばかりにグロテスクな展開になるが、それを凌駕する諸戸道雄の純愛に現代の乙女たちは悩殺されてしまうのであろう。
・「一番好きな乱歩作品」
掛け値なしに面白いです。何度でも読み直せます。私の「面白い娯楽小説ランキング」ではこの本を読んでから不動の一位の座にあります。最近のホラー小説とは比べ物になりません。恋愛、サスペンス、ホラー、推理、同性愛、と色々な要素が入っているのにうるさくなく、時間を忘れて読むことができます。質が高いです。
・「絶対保証付きのおもしろさです」
彼の長編作品の中で、最高におもしろかったのが本書「孤島の鬼」だ。本書では乱歩の怪奇趣味がこれでもかというくらいに詰めこまれ、後半のサスペンスなどはいま読んでも色あせぬおもしろさである。とにかく本書はおもしろい。そしておどろおどろしい。後半の畸形双生児の告白分のくだりなど戦慄をおぼえたくらいだ。本書の恐怖感はなかなかのものである。すべての作品を読んだわけではないが、ぼくの中では本書が乱歩長編のベスト1。世評では「陰獣」のほうが評価が高いようだが、ぼくは本書のほうを推す。このロマンと恐怖と官能のミックスされた長編のおもしろさは格別だ。未読の方は是非読んでいただきたい。必ず満足されることを保証いたします。
・「断筆の末」
「盲獣」「蜘蛛男」「虫」などの作品で乱歩嫌いになられた方々がいるかもしれないがそのような方々におすすめなのがこの作品だと思う。乱歩の作品の後期のほとんどは本格推理よりも変格推理、俗にいうグロテスクなものが多いがこの作品は後期には珍しい本格物の傑作である。断筆の後に書かれただけあって新しい試みが感じられる。それにグロテスクさはあまりこの作品には描かれておらず人間の異常思考を強く出した作品だと思う。したがって推理小説好きの方にはおすすめの作品だ。
・「挿絵がスバラシイ! 創元版がお勧め!」
乱歩の推理長編にはあまり魅力を感じてはいなかったが、この作品は別格です。
この作品の良さ・凄さは、推理小説然とした前半と中盤以降の怪奇・サスペンス小説とが融合してる所だと思います。全編を覆う謎・恐怖感は乱歩作品中 白眉。密室、衆人観視の中での殺人は、本当に奇抜なアイディアだと思います。しかも、このアイディアを最後まで引張なかった所が本作のクオリティーを高めた点ではないでしょうか。
ラスト1ページには泣かされてしまった。
・「これも、つげ義春の世界です」
「ねじ式」「紅い花」を読んだ印象とは違っていて当然です。この本はつげ義春のなかば自伝的とも言えるストーリーによって構成されているからです。貧しく無能の人、その暗くて生活リアリズム溢れる作品に、ちょっと気持ちが落ちこみそうになる私ですが、「ねじ式~」に収められている作品とはまた違った読後感を与えてくれます。
現代コミック文化で育った若い人に読んでもらいたいです。欲を言えば本書だけでつげ義春の漫画とはと思わずに、前述の「ねじ式」「紅い花」を是非とも読まれることをお勧めします。
・「静かに傾く・・・」
無能の人、というより、自分を一人の天才であるかを葛藤した末に生まれるユーモア精神が全編に発揮されています。「芸術なんて意味があるのかね?」という自己への問いかけが、様々な形で表層化してくるわけですが、シリアスではなく、楽しく笑えます。しかし、数分後に溜息がもれてくる様な物語です。 主人公が橋渡しをする舞台となった川は、間違いなく多摩川で、実家がすぐ近くなので、一層親しみを持ったものですが、今読むと、若い頃の夢に敗れた現在の中年以降の世代を表現したような、渋く、現実的ではないにしても不思議なリアリズムを感じる作品。つい笑ってしまう楽しさですが、やはり溜息がでてします。嗚呼・・・
・「小説では書けない」
「ねじ式」の不可解というより、前衛的な計算による不明ぶりと比べると、「無能の人」はある意味においてリアリズムである。
主人公の妻の「あんたには漫画しかない、書いてよ!」という絶叫を聞きながら、「おれには社会の厳しさが分かっているんだ!」と、カメラ屋になり、終には石売りになってしまう。(もちろん多摩川の河原で売れるはずがないし、実際に売れていない。)
この本の凄いのは、これを小説で書くことが非常に難しいということに尽きる。根本的に「何もしない」主人公を言葉で描写するのは難しい。そういう意味で、とてつもなく素晴らしい漫画だと思います。
・「無能の人の顔がうちの父に似ている」
つげの最高傑作の一つであるであろう、表題作「無能の人」を含む一連の連作が、凄いです。つげまで到達したひとであれば、いや、全ての男性諸氏に理解できるであろう稼げないことに対する気持ちの機微。芸術漫画、つげ漫画の集大成とも言うべき、その内容の一般性、内容の、テーマの、絵の素晴らしさ。太宰、梶井基次郎辺り読んでビビッと来てしまったひとは問答無用でご招待です。またねじ式からのひとも満足すること請け合いです。
・「解放感のようなもの・・・。」
「無能の人」の中にこんな場面があります。家族で旅行した際に虚無僧と出会います。お風呂で「虚無僧って虚無の僧のこと」と尋ねる妻に、「一種の無用者、高度資本主義社会に機能しない無用の存在ってわけだ」と夫が答えますと、妻が「役立たずの無能の人なのね、あんたみたじゃない」と言います。作者の独特の世界には、挫折のもつ甘酸っぱさみたいなものを感じてしまいます。それは、高度に発達した社会に住み、経済的な繁栄を求めて蟻のように生活している現代人にとって、ここに出てくる人たちは、何とも無能の人ばかりなのですが、時間にも金銭にも世間体にも縛られることなく生きる人の姿に解放感のようなものを感じてしまいます。ふっと息が抜けるような、そんな感じを受けるのです。文庫で読めるようになって嬉しい限りです。
●ピンポン (1) (Big spirits comics special)
・「泥臭くないスポ魂」
テーマは克己心(かな?)進路・進学やスポーツなど、やりたいことや夢に思っていたことがあっても、様々な理由で途中放棄した人、適度に折り合いをつけた人は少なくないはず。この物語を構成する登場人物たちは、人によっては身体能力や忍耐力に超人的な一面が見受けられるものの、内面は皆等身大の人物像に描かれています。
等身大であるがゆえに、その登場人物たちも各々、(卓球に限定されない)問題に直面し、あるときは挫折を経験します。自分が勧めるこの作品の見所はそれぞれの問題に直面した後の対応で、猪突猛進型もいれば、身近なもので鬱憤を晴らす者、過去の栄光にすがりつつ燻り続ける者など、様々な態様が描かれています。
最近の青春ものと言えば複数の男女が絡み合う恋愛作品が多い中、こういった主人公とそれをとりまく人物達の成長過程を描いたストーリー(いわゆるスポ魂)もたまにはいいものですよ。
「一体何処で間違えた? 一体何に躓いた?」「チッ…割り切ったつもりだったがよ……」「半端な覚悟は時間の無駄だよ。そこんとこヨロシク。」
・「久々に読んだけど、」
松本大洋が描く漫画はどれもかっこいいですね。この人にかかると卓球も爽やかでスタイリッシュなスポーツに見えてくるから不思議です(別に不思議じゃあないですね、卓球ファンの方、申し訳ありません)。
松本大洋の漫画の中では、かなり分かりやすいストーリーではないでしょうか。基本的には天才卓球少年の挫折と復活のストーリーが核となってますが、スマイルとかアクマとか、まわりの人間が丁寧に描かれているので、読者は登場人物の誰かしらに共感できると思います。
望むと望まぬと才能は神様から与えられるわけです。そして、誰にも同じように与えられるわけではない。挫折して初めてそのことに気づくのです。悩んで苦悩して、克服したり折り合いをつけていく、そんな青春の物語です。
・「間違いない最高だ!!」
松本大洋の作品はとにかく「はずれ」の少なさにびっくりするが、このピンポンはラストまで本当に面白すぎる!!
主人公ペコの絶対的な存在感に負けず劣らず、スマイル、悪魔、ドラゴン、チャイナ(+マネージャー?)の魅力もかなりのものだ!!映画で有名になった作品だが、個人的にはダントツで漫画が好きだー(笑
・「映像として”読む”マンガ」
当たり前だがマンガとアニメーションの最大の違いは「動くかどうか」です。しかし紙に書かれた漫画であっても、この「ピンポン」に見られる位、徹底的に動きにこだわって描かれると脳内では殆ど動く映像として再生されてしまうような気がします。この映像派の「巨匠」の一人はいわずと知れた大友克洋氏だと思うのですが、あれ程までに書き込まずにはいられないのなら漫画から離れて映像表現というフィールドに踏み出すことはある種必然であったことは理解できます。ただし漫画というメディアとそれを愛する人々にとっては大きな損失でしたが。幸い松本大洋氏の方は漫画での可能性を今も意欲的に追求されているわけで頼もしい限りです。松本氏のもう一つの代表作と言えば「鉄コン筋クリート」ですが、あちらも相当に「動く」漫画でした(アニメ化されてしまいましたね)。あのフィクション全開の世界と同じ位デフォルメされたキャラクター達の動きが卓球というスポーツに真正面から取り組んだこの作品に違和感なく表現され、読み手を刺激する辺りはやはり作家としての実力なんでしょうね。独創的で個性的過ぎるとも言える画風は好き嫌いが分かれるかも知れませんが、本作は漫画という成熟したメディアのポテンシャルを感じさせてくれる好例だと思います。 必読!
・「とってもおすすめ!読むべき」
とにかく良いです。卓球に興味が有っても無くても絶対おすすめ☆ 作品からは松本大洋独特の世界観、どことなく懐かしい様な、夏の匂いの様なものを感じられます。個性豊かなキャラクター達と、それぞれの卓球への想い。挫折と葛藤、そして友情。 彼らの姿は一言で言うとかっこいい。試合シーンも迫力、緊迫感が
リアルに伝わってきてすごくかっこいい。展開から目が離せません。 自分自身すごく影響を与えられた作品。1~5巻いっきに読みました。涙無しには読めません!卓球はもちろんスポーツ経験者であれば特に、何か感じられるものがあるはず。もっと早くこの作品に出会っていたかった。
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