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▼今、読みたい本:セレクト商品

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻) (詳細)
J. K. ローリング(著), 松岡 佑子(翻訳)

「Deathly Hallowsを読む前に・・」「切ない愛、愛されない切なさ」「愛は最強の魔法をもしのぐということが、充分納得できました。」「今後が少し寂しいかも・・・」「祭りの後の寂しさよ…」


容疑者Xの献身 (文春文庫)容疑者Xの献身 (文春文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)

「犯人が犠牲として捧げたもうひとつのもの」「映画化に先駆け文庫化」「これを機会に」「献身という言葉では収まらない」「”最愛”の人の為に。」


きみの友だち (新潮文庫)きみの友だち (新潮文庫) (詳細)
重松 清(著)

「学生の時に出会いたかった本。」「人間に対する温かいまなざし」「優しくて、どこか切ない」「友だちって何だろう」「由香ちゃんがいじらしくて」


さまよう刃 (角川文庫)さまよう刃 (角川文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)

「文庫化」「やるせない」「つらい内容だが」「久し振り、会心の出来!」「さまよう刃」


ノルウェイの森 上 (講談社文庫)ノルウェイの森 上 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「見方を変えて」「wish you were here.」「高校生の時に読んで」「感覚的に」「説明困難の不思議な魅力」


ノルウェイの森 下 (講談社文庫)ノルウェイの森 下 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「まだ年若い村上ファンが、いつか手に取って欲しい一冊」「読んでない人は、「いまさら」なんて恥ずかしがらず読むべし」「失われたもの」「話題作再び」「道しるべ」


秘密 (文春文庫)秘密 (文春文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)

「これは凄い。。」「とにかく読んでみて損はない」「極限」「これは、悲しい”愛”の物語。」「過去最高の小説」


火車 (新潮文庫)火車 (新潮文庫) (詳細)
宮部 みゆき(著)

「読んでないとわかんないような批評になっちゃった・・・」「作者の長所がよくでた、社会派ミステリーの傑作」「もう何度読んだかわからない。だけどその度に引き込まれるゾ」「最高傑作!」「登場人物たちが生きている」


クライマーズ・ハイ (文春文庫)クライマーズ・ハイ (文春文庫) (詳細)
横山 秀夫(著)

「命の重さと報道のあり方を問う本格社会派小説の真髄!」「短編もいいが、長編もすごい。」「素晴らしい作品です」「心拍数上昇」「一気呵成にせまる傑作!人生とはなにかを考えさせられる。」


理由 (新潮文庫)理由 (新潮文庫) (詳細)
宮部 みゆき(著)

「この作品を読まずに現代ミステリーは語れない」「宮部みゆきさんらしくない?」「家と言うものは器に過ぎないのです」「家族とは」「ジグソーパズル」


半落ち (講談社文庫)半落ち (講談社文庫) (詳細)
横山 秀夫(著)

「突っ込みどころはありますが」「事前情報なければ予断無く読むべき作品」「重い力を持ったミステリー」「秀作だが、「感動」「意外な結末」には同意できない」「警察小説+ミステリ+感動。三拍子揃った名作。」


アフターダーク (講談社文庫)アフターダーク (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「合理性を追求した現代社会の欠陥に対して考えさせられる作品」「私は面白く読めました」「やられました!」「透明な視点、届かない声」「2つの世界が最後に交差する様」


動機 (文春文庫)動機 (文春文庫) (詳細)
横山 秀夫(著)

「あと味いい本」「「別角度」から描かれたきわめて斬新な警察小説の生誕!」「直木賞いけると思うんですけど・・・・・・・・」「安閑として読めず」「うまい。うまい。」


鈍感力鈍感力 (詳細)
渡辺 淳一(著)

「マイナス思考の時に読むといい本」「過敏を戒め、体力勝負」「読んで損はない」「いえてる」「病気予防には程よく気を使いつつ、総体的鈍感力を発揮した生き方を」


第三の時効 (集英社文庫)第三の時効 (集英社文庫) (詳細)
横山 秀夫(著)

「素晴らしい」「傑作」「著者の筆さばきが冴える警察小説」「ゼッタイこの管轄では事件を起こしたくない(笑)」「満を持しての捜査一課」


スプートニクの恋人 (講談社文庫)スプートニクの恋人 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「奇妙な恋愛小説」「悲しく、悲しく、心がつまる」「存在と不在。」「孤独を埋めてくれる静謐で柔らかな世界」「こころとからだは別物」


羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「「風の歌を聴け」第三巻。」「荒野の羊」「再読するほどに味わいが出てくる作品です」「多分、深い!」「おもろいで(笑」


片想い (文春文庫)片想い (文春文庫) (詳細)
東野 圭吾(著)

「悩みを抱えた3つの家族の片想い」「もはやなつかしい」「社会派ミステリー」「永遠の片想い」「もっとも好きな作家」


羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫)羊をめぐる冒険〈下〉 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「再読するほどに味わいが出てくる作品です」「荒ぶる羊」「奇妙で、おもしろい。そして、せつない。」「切ない。」「村上ワールドの発展」


海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「とても面白かったです。」「私は好きだけど」「無理はない」「自分の存在意義に自信が持てない人へ」「作者と読者で完成させる物語」


海辺のカフカ (下) (新潮文庫)海辺のカフカ (下) (新潮文庫) (詳細)
村上 春樹(著)

「がんばれホシノくん☆」「ロマンティックで切なく苦しい哲学的な名作!」「下巻も納得の五つ星!」「冗長性の回避」「とっても素敵」


▼クチコミ情報

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻)

・「Deathly Hallowsを読む前に・・
普通長いシリーズだと、ところどころに大きい矛盾とかがあるものですが、最後まで読んでみて本当に最初から最後まで良く考えてあるなぁと感じました。特にこの7巻の途中で前作であるHalfblood Princeでちりばめられている伏線を意識せずにはいられませんでした。そういう意味だと、前作をもう一度軽く流し読みしておくと良いかもしれません。

今作では作者がアナウンスしている通り、重要人物も何人か死にますが、そのうちの一人の覚悟は並大抵ではなく、このシリーズのキャラクターの中で、もっとも印象の強い死に方でした。

反対にヴォルテモートって結局、何にもわかってなかったんだなぁとかえって少し同情してしまいました。

何はともわれこれで終わりってのも少し寂しいものですが、来年の日本語版、映画とまだまだ続くのでそれらを楽しみにして行きたいと思います。作者さん。今まで、ありがとう。

・「切ない愛、愛されない切なさ
 最終巻で最も心揺さぶられた一言--"Look at me."今わの際で愛する人の面影を求めて搾り出した言葉。見つめ返す瞳を捉えてこの重要人物は最期を迎える。 今でも?という問いに対し、応える--「Always」。それも自らの守護霊が変えるほどの深さで。 両親から顧みられず、友人からも愛されることのなかったこの人物は、生涯受けた唯一の愛と唯一の信頼に殉死する覚悟で、極めて危険な役割を果たす--見事なまでに。愛する人の死に対する呵責からか、癒されることのなかった心の傷からか、"Best of you"を決して明かすことも許さず、報われ、理解されることを自分の方から拒んでいたようにさえ思われる。愛する人の死とともに、自ら心を葬ってしまったかのかもしれない。そう思わせる冷静さ、鎧の厚さ、冷酷さを貫いた。全巻でさまざまな形で愛の力が描かれているが、この人物の愛が最も深く心に刻まれた。 また「見かけは父親似だが、中は母親似。」と言わしめたリリーの、区別なく注がれた愛や思いやり、凛とした正義感は、ハリーを闇の魔術やその誘惑から守っただけでなく、多くのリリーへの愛を通した形でもハリーを守っており、その人柄が偲ばれた。

・「愛は最強の魔法をもしのぐということが、充分納得できました。
第一巻ではなぜ赤子のハリーが最強の闇の魔術をはねのかわかりませんでした。その後の巻で明かされた、自らを犠牲にした母の愛が彼を守ったというダンブルドアの説明も説得力にかけると思っていました。愛が何の役に立つのだろうと思ったハリーに同感しました。そういう読者は多数いたと思います。作者があえて意図したのでしょう。しかし、最終巻を読んで、愛が最強の魔法をしのぐのは当然だと心の底から思えました。( 原書で読んだとき感動でしばらく涙が止まりませんでした。)愛には当然友情も含まれます。新校長の生涯にわたり秘めた愛はもちろん、ハリー、ロン、ハーマイオニーの友情、細かいところではドラコの母のドラコに対する愛、ハグリッドの弟に対する愛などなど。様々な人が様々な人に向けた愛の総和が結局ヴォルデモートを打ち破る力と成ります。

死をも恐れぬ勇気が愛から発生するのだということも学びました。

皆さんが述べられているとおり、今までの記述が伏線になっていることが多数あり、この長いものがたりを破綻なく書いたローリングのストーリーテリングの才能はすばらしいです。最終巻では死の秘宝も絡んでちょっと話が複雑化しすぎて、子供が内容についていくのは難しいかもしれません。もし今の年齢で理解できなければ、年月を得てまた読み返す価値のある物語です。

ローリングに乾杯。

・「今後が少し寂しいかも・・・
夢中で、でも最後だったから色々予想しながら以前よりもゆっくりと読みました、頭の中でこれまでを整理しつつ。色々な噂が飛び交っていたので暫くはネットなどからも距離を置き(?)、決して結果を急いで知ろうとせずに、かみしめる様にして読んでよかったと思います。最初本の厚さに改めてひるんだと同時に、わくわくする気持ちは今まで以上に抑えられませんでしたね。思っていたよりは頭に筋がすんなり入っていったと思います。これだけのストーリーを考え出せる作者に改めて脱帽しました。皆の成長を追うことができ、新しい仲間も古くからの仲間も今ではみんな懐かしく振り返られます。自分もホグワーツで学んだような錯覚すら覚えました。

そして、あの方の秘めた愛に感動。こういう愛の持ち方もあるんだなと。これから映画などを見ても見方が変わるなあ。でも、考えてみたらいくつか少し思い当たることがあったかなぁなんて。また、ダンブルドア先生も含めてハリーたち皆に教えられたことが色々あると思います。謎解きもすごく興味深いのですが、やはり家族、友達、仲間との愛や信頼関係などにいくつかの場面で感動させられました。ドビーとのことやルーピン先生とのやりとりも心に残りましたね。最終章はやや冗長かなとも思いましたが何回も読んでいるうちにこれはこれで良いのかもと思えてきましたね。子供の名前にはちょっと泣きそうになりました。最後まで読んで思ったのは、形が無くとも継がれていく大事なものがあることに気づく、そこがヴォルデモートとの違いなのだと。今度最終巻から逆に読んでみようかな・・・

・「祭りの後の寂しさよ…
発売前の情報の漏洩、ハリーを殺さないで運動、続編を求めるファンの運動…最終巻を巡っては、世界中で様々な大騒動が繰り広げられた。果たしてそれだけの価値はあったのかというと…絶対にある。

前回は、ハリー、ロン、ハーマイオーニがハグワードには戻らずに独自に活動をすることを決意するところで話が終わった。このことからも簡単に想像できると思うが、最終巻はハリー、ロン、ハーマイオーニの活躍で満ちている。恋愛や込み入った人間関係などで沸かせたシリーズとは異なり、全ての始まりの「賢者の石」を思わせる力強さだ。細部に注意を払った結果、いっきに読める物語ではなくなってしまったのは事実。しかし、それをよく取るか悪く取るかは読者の好みによるだろう。私個人としては、1項1項を大切にジックリ読めてよい仕上がりだと思う。

最後の1ページを読み終わった後、もうめくるページがないのだと気がついた時、誰もが寂しく思うだろう。楽しければ楽しいほど別れが惜しいものである。

「ハリー・ポッターと死の秘宝」 (上下巻セット) (ハリー・ポッターシリーズ第七巻) (詳細)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

・「犯人が犠牲として捧げたもうひとつのもの
犯人は愛のために自分だけを犠牲として捧げたのではない。何の罪も遺恨もない第三者を完全何道具として犠牲にしている。もちろんそんなことは探偵も作者も百も承知で、むしろ「献身」の重要な要素はこちらのほうなのだと思う。現世の罰ではなく、地獄堕ちの覚悟を決めたうえでの。犠牲者の身分が●●であることが話を見えにくくしている。これが幼い愛児を抱えた会社員とかだったらトリックは成り立たないわけだが、それだけの理由だろうか。差別的な人物配置としてむしろ作者や作品に嫌悪感を抱く者も出るだろう。あまりに異常すぎる愛の形として犯人にまったく感情移入できない者も多い(私はこれだ)だろうし、あるいはだからこそ感動できる人もいるかも知れない。ただ、この、もうひとつの犠牲のほうをやや軽く見て感動してしまった人も少なくないはずだ。私だったら、お節介にもこう言ってしまうかもしれない。この犠牲者の生活や人生に1章が割かれていたとしてもやはり感動できましたか?作者はあえてそうしなかったし、犯人の本当の凄まじさを強調することもしなかった。差別的と見られることも恐れずトリック優先の配置に徹した。その結果、どのような形での感動されようとも、あるいは反発もすべて読者にゆだねてしまったようだ。読後感すらトリックと化すような底意地の悪さともいえようが、むしろすべてを俯瞰するような虚無感に慄然とさせられた。

・「映画化に先駆け文庫化
待望の文庫化ですね。単行本を持っているにもかかわらず、つい購入してしまいました。しかしそれも、これが名作だからでしょう。

東野圭吾さんの本は10冊以上読んできましたが、その中でもこの作品はとてもレベルが高いと思いました。

理系の天才二人による頭脳戦、とでも表現すればいいのでしょうか。とにかく石神という人物が印象的です。人によってそれぞれ全然違った、石神という人物の姿が浮かぶことでしょう。ですから、映画を見てしまうと、自分が読んでいて想像した石神のイメージと食い違う可能性が高いのです。

私も映画は非常に期待しています。決して映画を見ることを否定しているわけではありません。ですが確実に、映画を見た後にこの本を読むのはおすすめできません。映画と原作、両方これからという方は、原作を先に読むことを強くおすすめします。

それだけ、石神という人物は印象的です。

・「これを機会に
東野圭吾は多作の作家で、青春ミステリでスタートを切って以来、社会派サスペンス、恋愛小説、メタフィクション、ユーモア小説などなど、幅広い作風で傑作を生み出してきた。直木賞、本格ミステリ大賞、このミステリーがすごい!第一位、週刊文春ミステリーベスト10第一位、本格ミステリ・ベスト10第一位、と数々の栄冠に輝いたこの作品は、これからもずっと彼の「代表作」として語られることになるだろう。

この小説は、完全犯罪を期する数学の天才石神に、物理学者湯川が挑む謎解きを軸とし、愛や友情など人間関係のドラマをからめた複合的なストーリーである。作者の実力が遺憾なく発揮され、それらの要素が全くばらつかず、一つに融けあっている。視点となる登場人物を入れ替えながら描写することで、謎が解かれるさまがわかりやすく、また登場人物の心情の揺れ動きなども明瞭になる。無駄なシーンはそぎ落とされ、次々と展開していくので、退屈することなくラストまで通読できる。

「代表作」と「最高傑作」が食い違う創作者は数知れない。確実に東野圭吾の「代表作」であるこの小説に、私は五つ星をつけるが、これを彼の「最高傑作」だと言う気はない。彼には他にも素晴らしい作品が多数ある。

存分な知名度を得たこの「代表作」に、「名探偵の掟」からの東野ファンである私が望むのは、これが彼の他の傑作群を世に知らしめるきっかけとなってくれることだ。東野圭吾作品をこれで初めて読むという人には、読後、他の作品にも手を伸ばしてみてほしい。もっとサスペンスを楽しみたい人なら「天空の蜂」、愛する人の為の犯罪が描かれる作品ならば「白夜行」、この作品が重すぎると感じる人には「怪笑小説」や「「あの頃ぼくらはアホでした」、といったように。

「代表作」を読んだだけで終わることなく、多くの人が他の東野作品を読み、自分なりの「最高傑作」を見つけてくれることを、一ファンとして祈ってやまない。

・「献身という言葉では収まらない
ガリレオシリーズの中では異例で、湯川学の心理面での苦悶があり、且つ容疑者の行動が"献身"という言葉で表現するにはあまりにも軽すぎる。

自分は本書を読んで泣きました。

湯川側に自分を置いても、容疑者側に自分を置き換えても。

とても切なく、悲しい物語です。

・「”最愛”の人の為に。
映画公開に合わせて再読。以前呼んだときよりも、号泣しました。

容疑者Xの献身 (文春文庫) (詳細)

きみの友だち (新潮文庫)

・「学生の時に出会いたかった本。
重松作品の中でも私は特にこの作品が一番好きです。ハードカバーも持っていますが、映画化されることもあって読み返したいという思いもあり、旅のお供に、この文庫版も購入しました。

さまざまな「友だち」のかたちが描かれていますが、決してどのかたちが「正解」として描かれているわけでもありません。ただ、どの人物たちの思いも痛いほど理解できてしまうのです。つまり、それだけ自分自身を取り巻いてきた「友だち」環境にも様々なスタイルがあって、自分も限りなくこの登場人物たちに近い体験をしてきていているのだということを、改めて気がつかせてくれました。この感覚はきっと私だけが感じるものではないと思います。

大人となった今となれば「友だち」というカテゴリーは、決してひとつではないということは理解できます。しかし誰もが、一度は「友だちって・・・?」と思い悩んだことはあるのではないでしょうか。思春期にこの本と出会っていたら、私の中の「友だち」という概念が変わっていたかもしれません。

私は誰かの「もこもこ雲」であるのだろうか。読後に思わず考えてしまいました。

あとがきには重松氏による、最終章にまつわるエピソードが描かれています。これを読めたからこそ、文庫版も買って良かったなと実感ができました(笑)

・「人間に対する温かいまなざし
恵美とその弟ブンをとりまく様々な人間関係を、時間と視点を変えて綴られた作品。 普通は、スポットのあたらないであろう舞台の端にいる人物にも、繊細で温かいまなざしを向けて書かれています。

みんなには好かれていないかもしれない..... 上手く生きられない... 何をやってもうまくいかない..... いつもいい人ではいられない..... 八方美人....

それでも、いいんだよ。 生きていて、存在していてもいいんだよ。

そんな温かいメッセージを受け取ることができます。

読み出したら止まらなくて、タオルを涙でびしょびしょにしながら一晩で読んでしまいました。

・「優しくて、どこか切ない
子どもの頃、学校という小さな社会の中で誰もが感じたことであろうことや場面。大人になってしまえばなんてことのないことが、友だちとの関係が、子どもの頃は一大事で、戦いで、それが全てだったことを思い出しました。何が正しいとも間違ってるとも言わない、ただどんな場面でも、作者の視点からはあたたかくて優しい。押しつけがましさもなく、どこか見守るような文章はスッと入り込んできて、自然と切なくなりました。誰もがこの作品の中で、子どもの頃の自分に出会えると思います。久し振りに本当に良い作品に出会えました。

・「友だちって何だろう
思春期の頃の友だち関係は複雑で、どの世代であっても過敏になった覚えはあることだろうと思う。友だちとはそもそも何だろう。一緒にいれば友だちなのか。何か違うと思いながらも相手に合わせていることが友だちなのだろうか。大人になっても、「ママ友」で悩まされるのだが、本当の友だちは、ベタベタしていることでもなく、数の多さでもない、離れていても心を許せる存在なのかもしれない。

この小説の語り手は優しい目線で人物たちを描いている。彼・彼女たちの心の葛藤を見守るように描いている。「もこもこ雲」のような柔らかさが伝わってくる。私のとっておきの大切な一冊となった。

・「由香ちゃんがいじらしくて
泣きましたね。初っパナの「あいあい傘」が強力でした。2話以降は、由香ちゃんの仕草・セリフひとつひとつを心待ちにし、惹きつけられまくりでした。クールな恵美ちゃんが、友だちと認め、あれだけ一生懸命になるのも、分かる、ほんとに説得力抜群だと思います。とにかく、切ない。小説を読むことの醍醐味ってこういう感じかなあ。・・・ただ、最後の章については、賛否が分かれる、という気もします。私は、作者の優しさ・思い入れの現われというふうには評価しますが、好みとしては「無いほうが」に一票。ともあれ、めったに出会えない大傑作と思います。(だけど重松作品に限っては、こういう超ハイレベルが幾つかあるからすごいなあ。)

きみの友だち (新潮文庫) (詳細)

さまよう刃 (角川文庫)

・「文庫化
この話を面白くいている事、それは加害者の少年が全くと言っていいほど出てこない事だ。その為、読み手側は「少年犯罪への憤り」に「サスペンス」という要素がミックスされ、読むのを止められなくなってしまう。例えば、加害者の少年が度々登場し、追う側と追われる側の両方から話が進められると、想像を掻き立てられることはなく、やはり「いつ見つかるんだろう」というハラハラさせられる様なことはないと思うのだ。

それと登場人物の設定がとてもうまい。これを読んで加害者の少年に憤りを覚えない人などいないといってもいいくらい。

文庫本になったから値段も下がったし、ボリュームもあり、文句無し。東野作品の「社会派モノ」を扱ったテーマの作品では1,2の出来だと思う。

・「やるせない
少年法、復讐と東野作品としてはかなり重いテーマの作品です。

たぶんこうなるな…と想像したとおりに物語は進んでいくのですが、それでもグイグイ引き込まれて一気に読ませてしまうのは東野圭吾がそれだけ力のある作家だからでしょう。

私にはまだ子供はいませんが、もしも娘が生まれてこのような事件の被害者になったら、「絶対に犯人を殺しに行く」と主人は断言しています。現代にも「仇討ち制度」を作るべきだと。さすがにそこまでは行き過ぎの感もありますが、そのように様々なことを真剣に考えさせられる作品でした。

・「つらい内容だが
ストーリーが、読者を飽きさせる事無く進行し、思ったよりもあっという間に読み終わりました。しかし、随所につらい内容の描写が入り、読者によってはそれらの内容を読むこと自体に強い嫌悪感を感じてしまうかもしれません。娘の仇を取るために、親が加害者に復讐をするといった内容は、ありがちといえばありがちですが、何か最後まで読ませる力がある作品でした。東野圭吾の作品を読むのは初めてでしたが、他の作品も読んで見たいと感じました。

・「久し振り、会心の出来!
残念ながら最近の東野作品は大小の差はあれ、物足りなさがつきまとった。オーバーな売り文句が踊り、「これは面白い」と思ったら10年前の作品だったりで、満足度は決して高くなかった。本作品は久々に会心の出来だ。テーマが明確な上に無駄がない。追われる側、追う側が展開によって変わりながら、クライマックスは強烈な緊張感で同じ場所に集結していく。東野作品の面白さはまさにこの展開と緊張感で読む手を止めさせないところにある。一人目の犯人が序盤と言える段階で消えてしまうので、この後どうなるのかと思ったが、新たな登場人物が上手く絡んでくる。満足の一冊、東野ファンならずともお薦めだ。

・「さまよう刃
文体がどうとか人物設定がどうとか、本として面白い、面白くないではなくて、現実世界の少年法の馬鹿らしさとそれを変えられないくやしさを改めて感じさせられる本でした。結末が後味悪いという意見をよくききますが、逆に後味スッキリ!な結末だったらこの本の意味するものが変わってきてしまうと思うので、結局あの結末が世間の全てを意味してる気がします。

さまよう刃 (角川文庫) (詳細)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

・「見方を変えて
以前は村上春樹の事があまり好きではありませんでした。しかし、外国人の友人がたびたび彼の作品について聞いてくるので、約15年ぶりに本書を読み返しました。読むにあたって、1.登場人物中誰が一番好きか?(はつみさん)2.誰が一番悲しい人物か?(ワタナベくん)3.誰が一番自分に近いか?(ナガサワ)とあらかじめ自分自身に課題と設けました。マーラーや、グレートギャツビー、マルボーロといった、少し不自然な小道具にも気付きましたが、見方を変え、ある意味、分析するように読み返してみると、(年齢を重ねたせいもあるでしょうが)本書は実に悲しい物語である事に気付きました。この物語を悲しくさせた一番の理由は、ワタナベ君と直子との恋が成り立たないことは始めから解りきっているからです。恋とは努力して成就させるものではないことは誰もが知っているはず。そのワタナベ君の努力は義務感から来るもの。そういった意味では、二人の間には始めから恋愛感情など存在しなかったのかもしれない。そういう物語を久しぶりに読み返して、15年前とは違った印象を持った。

・「wish you were here.
やはり優れた作品だと思う。一握りの人々の青春を書くことで、普遍的な時代精神が見事に表現されている。成熟するということは、醜悪な現実と闘う為の「仮面」や「よろい」を身に付けることだ。これは思春期の純粋性を捨て、自分自身が醜くなることでもある。これを易々と実行できる人(永沢)もいれば、できない人(レイコさん)、懸命にメタモルフォーゼしようともがく人(小林緑)、断固、成熟を拒否するひと(直子)に分かれる。これはいつの時代でも同じことなのだが、60年代は人類全体の思春期ともいえる特殊な時期だ。個人の思春期と集団的な思春期とが交錯している。その終焉時に成熟を拒否すればシド・バレットのように狂うか、ジム・モリソンのように自己破壊するよりほかはない。個人の力で乗り越えることはできない。こうして直子をはじめ登場人物の心の動きは、一個人を超えて時代病の相貌を帯びてくる。そもそも自殺衝動は病原菌のように外部から来るものではなく、人間が生まれつき心の底に有しているものだ。死は生の一部なのだ。ふだん見えない湖の底が旱魃期に露呈するように、思春期の終わりのような転換期のストレスで心に穴が開くと、水位が下がり、死への意志が浮かび上がってくるものなのだ。そして登場人物達が遭遇するのは、個人を超えた60年代という巨大な思春期の終焉なのだ。この作品は一つの青春を語ることによって、万人の青春と、今現在まで続く時代病とも言うべきものを見事に表現している。

・「高校生の時に読んで
受験前の18歳の時、(80年代後半)ただ、当時ベストセラーになっていた話題の作品というだけで読みました。最初は「受験勉強の合間にちょっと読んでみよう」そんなつもりで購入したのに半日で一気に読み終えてしまいました。この本を読んだ後に襲ってきた虚無感のようなものは・・今でも正確に言葉で言い表せません.何度も読み返しますが、歳を重ねるごとに微妙に感じ取るものは違ってくるけどまさしくパーフェクトな作品だと思っています。

18歳の時に読んだときはとにかく3日ほどは学校にも行けず、誰とも話したくなかった。(別にもともと引きこもり気味ということもありませんでしたが)自分を形づくっていた「何か」がすっぽりとなくなってしまったようなそんな感じ。子供の時から現在でも年間かなりの量の本を読みますが読んだあと、あんな風になったのはこれっきりです。村上春樹の本は全部読んでいますが他の作品を読んでもそうはならない。ついでに言うと最近よく「ベストセラーになった恋愛小説というだけで」比較される「世界の・・・」も読みましたがもちろんあの読後感はありませんでした。世界・・が悪いというのではなくって。また、全然違うものなので比較すること自体いかがなものかと思いますが。

余談ですが、村上春樹好きの人には「象が平原に還った日」がお勧め。ノルウェイの森についても思わず納得の解読がされています

・「感覚的に
 この作品が「面白いか」と聞かれたら、私は面白いと答える。だが、もっと突っ込んで「じゃあ、どのあたりが面白いか」とか「どんな話なのか」と聞かれたら上手に答える自信はない。つまりはこの作品はそういう作品なのだと思う。 例えば、村上龍のような作家の作品(コインロッカー・ベイビーズ、愛と幻想のファシズムなど)ならば、作品を理性的に捕らえることができる。「この物語は、このようなことを言っている」といったようなことが、解り易く、的確に述べられている。だが「ノルウェイの森」はそうはいかない。 無理に言葉にしようとすると、実にくだらないものになってしまう。こういう類の作品は、理解しようとするのではなく、その作品の世界に浸ればいい、つまりはただ単に「感じればいい」と思う。

・「説明困難の不思議な魅力
どこで読んだかは忘れたが、村上春樹は自身が飲食店を経営していたときに得たノウハウとして「飲食店が繁盛するコツ」をエッセイに書いていた。曰く「10人のお客さんが来たとして、10人全員にそこそこ気に入られるより、9人に嫌われても良いので1人に猛烈に気に入ってもらえたほうが良い。」とのこと。その猛烈に気に入った一人はその店のリピーターとなり、さらに口コミで人を連れてくる。口コミで店に来た人の何人かは、またさらにリピーターとなるらしい。

「繁盛=ベストセラー」を意識しているかどうか不明だが、彼の作品は明らかに「多くの人は拒絶反応を示すが、一部は猛烈に好きになる」と言った類のものだろう。そう言う私も、この「ノルウェイの森」をきっかけに春樹リピーターとなった1人だが、拒絶反応を示したレビューが予想以上に多いことも興味深い。

確かに村上春樹の何が良いかを説明するのは難しい。逆に「良くないところ」を説明するのは簡単だ。物語に脈略がない、簡単に人が死ぬ、意味不明なセックス、、等々。それにしても、私を含めた多くの人が魅せられるのか?

ひとつ確実に言えるのは、流れるような文章表現力だろう。例えとしては苦しいが、音楽を楽しむように我々は読解を楽しんでいるのではないか。音楽にも歌詞やメッセージがあるが、それよりも心地よい音の流れそのものを楽しんでいるはずだ。同じように私たちは、物語やメッセージよりも村上春樹の心地よい文章の流れを楽しんでいるのではないだろうか。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫) (詳細)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

・「まだ年若い村上ファンが、いつか手に取って欲しい一冊
 春樹氏の作家デビュー25周年を記念して、オリジナルカバー、レイアウトで復刊された文庫本です。

 私が初めてこの作品を読んだのは、20歳前後の頃で、そのときは、特に感慨を持たなかったことを記憶しています。むしろ、春樹氏の作品群の中の「気に入らない作品」と、私の中では位置づけられていました。

『羊をめぐる冒険』や『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を読んで、感銘を受けていたのにも関わらず・・・。

 それは、その当時の状況への反発も幾分あったからかもしれませんし(この本は事実上、村上春樹の名を世間へ知らしめることになる記念碑的ベスト・セラーとなり、当時はそれこそ『世界の中心で愛を叫ぶ』と同じようなミーハーな騒がれかたをしたものでした。)、同時に私がまだ若く、この小説にこめられた喪失感、孤独感を、深く受け止めることのできる器がなかったからかもしれません。

 しかし、それから十数年が過ぎた今、改めて読み返してみると、当時には感じることの出来なかったものを感じることができ、個人的に、今やっと、この名作を評価する気持ちになれました。

 最近は、ずいぶん若年層の春樹ファンが増えてきているようで、『海辺のカフカ』や、最新作『アフターダーク』で初めて春樹作品を読み、感動を覚えている若い方がいらっしゃるようですね。そのような方に、この作品を、「いつか、そのときが来たら読んで欲しい本」としてオススメしたいと思い、このレビューを書きました。

 私の言う「いつか、そのとき」とは、人生において、ふと気がつくと、大切な人、大切なときを自分がすでに多く失ってしまったことに、ふと気づいたときとでも言えばいいでしょうか・・・。そのときこそ、この小説が心の奥に染み渡るような気がしています。

 私のように、早すぎる時期にこれを読んでしまったがゆえに、「別に面白くなかった」と思ってしまった方にも、オリジナル・カバーが出たこの機会に、再読してみてはいかがでしょうか。 この何年かに自分の中の「時」は、確かに流れてたのだな、ということを、この小説が教えてくれるかもしれないと思います。

・「読んでない人は、「いまさら」なんて恥ずかしがらず読むべし
作中にこんな場面があります。

「私たちがまともな点は」とレイコさんは言った。「自分たちがまともじゃないってわかってることよね」

これは、深い、喪失の話です。

この小説は「恋愛小説」ではあるけれど、その一言でくくってしまうのはあまりにも乱暴なんじゃないかな、と思いました。恋愛をも含めた、もっと根本的な。。う~ん、うまくは言えないのですが、「つながり」のようなものを描いた小説だと私は思います。あらゆるモノとの「つながり」です。世界、人、思考、そういった様々なものとのかかわり方を教えてくれる小説ではないでしょうか。そんな「つながり」の中の一つ、「好きな人」とのかかわりを、人は恋と呼ぶのです。本の裏表紙には、『あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分の間にしかるべき距離を置くこと――。』そう書かれています。本を読んだ後にこの文章を読み、私はしばらく動けませんでした。

主人公ワタナベの周りで起こる様々な喪失。しかし、物体が喪失しようと、そこには「何か」が残り、それが残された人々を苦しめます。それでも、残された人々は生きていかなければいけない!!重い内容ですが、そんな前向きなメッセージを感じました。

PS,やはり村上春樹氏の作品は「会話」が素晴らしいと思います。現実感のない会話なのだけど、とても心地がいい。この人は小説家というよりも詩人なのだな、といつも思います。

・「失われたもの
この小説は、ほかの村上春樹の小説と少し違うところがあると思う。過ぎ去られたものや失われたものをみつめている時や、その中にまだ含まれている自分の描写の中に村上春樹自身もいるのではないかなあ、と感じることが多くある。

とても正直だから。文章が、正直すぎて、ほかの彼の文章とは違って、少しいたいのだ。なんというか、彼がこの作品を書くときに、自分の心に沿って書いていったのではないかな、と思う。もう何かを失ったあとに、それが何だったかを、時間をかけてゆっくりと理解していくようで、とても哀しい。たまらなく哀しい。

「いろんなことを気にしないで下さい。 たとえ何が起こっていたとしても、たとえ何が起こっていなかったとしても、結局はこうなっていたんだろうと思います。」

本当にそうなのだろうか?少しでも自分が何かが損なわれていくのを見過ごしていたのなら、そしてそれによって親愛なる誰かを少しでも傷つけていたのなら。そういうことを気にしないということは、自分と周りの様々な事物との間に少しの距離を置きながら生きるということの中に含まれるのではないか。

この小説を読むたびに、損なわれたもの、損なったものを見つめながら生きていくことほど哀しいことはないんじゃないかと思う。死者は死んだままということだけが私たちの頭の上につよく決定されていて、私たちは、しばしばその決定事項は残された人間が生きていくことよりも大きいんじゃないか、と感じる。

でも違うのだ。大切なのは残された風景・言い換えれば残った風景なのだ。たとえそれがひどく弱弱しくみすぼらしくともとにかくそれが私たちに残された風景なのだ。瞳は失われた風景を見ているし私たちはそこにいるように思える。でも私はこの小説を読んで、本当に存在している場所は残された風景で、今で、そこにいることこそがすごく哀しいことなのだと思った。そしてそれがキーなのだと思った。

・「話題作再び
 出版当時とても話題になった「ノルウェイの森」が新装丁で再び。単行本が出版されたときにはちょうどクリスマスの時期で赤と緑のツートンカラーの本を「クリスマス丸出しの本だな!」と小馬鹿にしたように眺めていたのを思い出します。その何年後かに村上春樹にはまり込み、手に取り、読んでみると、小馬鹿にしていた自分が馬鹿だったと思いました。

 話によると、この装丁は村上さん本人が手がけたもので、担当のデザイナーからはあまり良くない反応を受けたそうです。やっぱり「クリスマス丸出し」ですものね。

 内容についても「人が死にすぎる」「性的な描写が多すぎる」と評論家たちからは大バッシングを受けていました。しかし、僕にはこの物語の中で「不要な死」も「不必要な性描写」も一つもありません。物語がそれを求めているように、自然とそこにある、見たいな感覚を抱きました。「ねじまき鳥クロニクル」や「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」のような異界との接触というか近接というかはあまりないようですが、それに変わる喪失と再生があります。村上さんの著書ではっきりとした登場人物に名前が付いたのもこの作品が初めてだったと記憶しています。

 長々と書きましたが、この話は面白いです。同氏の短編「蛍」(「蛍・納屋を焼く、その他の短編」)や「めくら柳と眠る女」(「レキシントンの幽霊」)などを読むと、さらに深く読み込むことが出来ることでしょう。

・「道しるべ
僕が、この本に出会ったのは今から10年前の僕が18歳で高校を卒業し、大学に通いながら一人暮しをしている時でした。当時の彼女にすすめられて、最初は嫌々読み始めましたが、どんどん引きこまれ読み終えた後は、なんとも言えない寂しい様な、切ないような、泣きたいような気持ちになりました。それから何度か読み返しましたが、読む度に当時の初めて読んだ時の事を思い出します。そしてこの本は、僕にいろいろな事や気持ちを思い出させてくれる道しるべみたいなものです。願わくば、若い人達に読んで欲しい本です。そして何年か後に読み返して当時の気持ちやいろいろな事を感じてもらえたら。この本を読んだ人の道しるべになりますように

ノルウェイの森 下 (講談社文庫) (詳細)

秘密 (文春文庫)

・「これは凄い。。
涙の無い感動。読了後 呆然。悲壮感、喪失感、虚無感、孤独感、絶望感。なんとも形容し難いブルーな感覚に陥りました。「うわぁ、マジかんべんしてよもう。こんなのって。。」という気持ちです。男って、心が弱いからせめて体だけは強くできているのかも。男にはちょっとつらい。女性にとってはどうなんでしょう?

自分が主人公の立場だったら耐えられそうにも、そして立ち直れそうにもないです。実際読み終わってブルーな気分からしばらく立ち直れませんでした。終わってからもう1度クライマックス付近を読み返すことでしょう。そもそも誰が悪いのかと問われたら、誰も悪くない様な、誰もが少しずつ悪い様な。最善の選択なのか、仕方無しなのか、ずるさなのか。

そして、ではどうすれば良かったのか、と考えずにはいられません。ラストで解るタイトル「秘密」の理由。必読です。

・「とにかく読んでみて損はない
絶賛する人の多い一方、感情移入できない人や、しすぎて反感を覚える人も存在する本です。私自身は、沢山本を読む方ですが、読み終わった後、20分程「呆然」としてしまう本に初めて出会いました。

意外な展開だけでは呆然とはしません。主人公たちの「想い」に衝撃を受けて、呆然とするのです。

身近に妻や夫や娘のいる人、その人を大切に思っている人ならば、素晴らしい作品だと素直に思えるのではないでしょうか。

夫婦というものが、恋人関係のような単純なものでない事を知っていれば、なおさら感じ取れる部分や場面が増えることでしょう。

・「極限
直子の行動が、平助への愛と感ずるか、身勝手と感ずるか、筆者はその中間でみごとに筆を運んでいきます。直子の藻奈美への思いのなせるわざなのか、どうしようもない諦観のなせるわざなのか、あるいは、身勝手な本質ととるのか、読者の性別や年齢によっても、大いにわかれると思います。ひとつの極限におかれたときに、自分がどう行動するか、どんな思いを持つか、内なる思いがつまびらかになる、その極限を描いた大傑作です。

・「これは、悲しい”愛”の物語。
無茶な設定と分かっていても読み進めるうち同姓である”平介”に一喜一憂し、どんどん感情移入されていきました。

しかし、時の経過によって状況は変化していきます。

高校時代の電話に関する一件で起こした平介の行動によって起った歪みが発生し、北海道に住む登場人物の影響で一大決心をします。

その一大決心の先・・・・を想像すれば、ラストは理解できる内容です。

でも、その決断を聞いた妻”直子”が決断し実行した内容が切なすぎて、悲しくて、読み返す度にこみ上げてくるものがあります。

妻は本当に自分の事を愛し、尽くしてくれているのに・・・・



好きなのに、愛しているのに離れ無ければならない現実。苦難に耐えた夫婦の結末としては、悲しすぎる。

見る人の環境によって、この小説を読んだ感想は違うと思いますが、守りたい人がいる人には一度読んでいただきたい。

今では妻と娘がいる僕ですが、これまで読んだ小説で、唯一泣いてしまった小説です。

・「過去最高の小説
遅ればせながら拝読いたしました。東野圭吾の名前は聞いたことはありましたが、流行りものの小説家と高をくくっていたならば、読んでびっくりしました。過去においてこんなに心を揺さぶられた作品はありませんでした。

秘密 (文春文庫) (詳細)

火車 (新潮文庫)

・「読んでないとわかんないような批評になっちゃった・・・
親戚の青年から突然失踪した婚約者捜索を頼まれたことから始まる長い長い人探しサスペンスです。

他の方が言ってるように、カードによる多重債務⇒自己破産のスパイラルが背後にあります。それは、この本の語り口だけで見ると少し古めに感じるけれども今の時代でも、十分当てはまる大きな社会の闇です。

途中から、探し人の『彰子』は一人の女性というよりもその闇をまとった時代の象徴のようになっていきます。

ラストで彼女がその実体を、本当にいるんだということをさらけ出したところでその象徴性が失われて、急速に一人の女性を形作っていきます。

するとどうでしょう。何百ページも費やして、主人公と読者とが探し出した『犯人』に対する感情がとても不思議なものに変わっていることに気づくはずです。そこが気持ちの最高潮。だからラストはアレでよかったんだと思います。

すごく、不思議な犯人を仕立て上げることのできる作家さんだな、と思いました。

・「作者の長所がよくでた、社会派ミステリーの傑作
93年度版 このミス 2位1992文春ベスト10 1位文春二十世紀傑作ミステリーベスト10 国内部門 2位

「カード破産」をいち早くあつかった、社会派ミステリーの傑作である。

いろいろ意見はあると思うが、個人的には本作と「理由」「模倣犯」が作者のベスト3と考えている。この中でも本作は作者らしい、やさしく穏やかな文体で描かれており、作品の長さも適切で、もっとも作者らしい作品といえるのではないだろうか。最終章のすごさ、これだけでも一読の価値ではある。

「この作品を読まずして、現代ミステリーは語れない。」というレベルの作品である。

・「もう何度読んだかわからない。だけどその度に引き込まれるゾ
 はじめてこの小説を読んだのは、かれこれ8年前。友人に薦められまあ読んでみるか程度のかるーいノリだった。そしてみごとにはまってしまった。幸福を求めてやまない女性たち、なかでも犯人の凄まじいまでの執念!だけどその彼女を見つめる作者の目の温かさ。決して許されない罪を犯しているのに、私には最後まで彼女を憎むことができなかった。クレジットカード、ローン地獄、戸籍問題、個人情報の流出、質的にこれだけの小説はもう読めないかなと思わせる一冊。推理小説というよりは、社会派小説といった方がぴったりくるが、何年たってものテーマが色あせない。もう何度読んだかわからないが、その度にいやおうなく引きずり込んでくれる作者の力量に本当に参りました。

・「最高傑作!
名作の多い宮部作品のなかでも、私はこの「火車」が最高傑作だと思います。物語の進め方、一つ謎が解けていくたびにはっきりとしてくる事件の輪郭。そしてなによりあのラストシーン!・・・流石宮部みゆき、と言ったところでしょうか。

犯人の人を殺す理由がとても切なく、思いっきり非難できないのも良いと思います。私は一度も姿を現さない犯人の女性に、とても感情移入してしまいました。

・「登場人物たちが生きている
休職中の刑事、その息子、家政夫を職業とする男性とその妻など、独特のテンポをもった登場人物たちが、作品の中で生きている。冒頭で、主人公の置かれている状況を地の文で説明するのでは無く、自然な描写で読者に伝えたり、実際には物語りに登場していない、失踪した女性の心理や行動を、女性の過去を調査する過程で描いているのは、上手いとしか言いようが無い。謎の女性が最後まで正体を現さないのもサスペンスを盛り上げる。この作品で直木賞あげても良かったのではないかと思う。秀作です。

火車 (新潮文庫) (詳細)

クライマーズ・ハイ (文春文庫)

・「命の重さと報道のあり方を問う本格社会派小説の真髄!
本作品は横山秀夫の18番ではない。1985年の御巣鷹での飛行機墜落事故の全権デスクを任された男、悠木和雅をめぐる「事件記者ドラマ」ともいうべき大作である。帯には「心を揺さぶる横山秀夫の最高峰」という表題が付されている。本当にそうか、読んで確かめてみる必要があった。途中で、「これが最高傑作?読むのやめようか」と躊躇った。しかし最後まで読むしかないと思い直した。正解だった。ぐんぐん内容の濃さが増してゆく。全権デスクとしての誇り・苦悩・苛立ちといった、さまざまな人間の内面心理の克明な描写が、「自分がデスクにでもなった」気分へとテンションを高めてゆく。後半の読書スピードは速かった。飛行機墜落原因のスクープを突き止めながらもその掲載を見送り、他社に抜かれた時の失望感と後悔の念、時折挿入される友人の息子との臨場感溢れる登山状況とそこでの会話、墜落事件を社会面トップで扱い続けてきた悠木の前に現れた女子大生の生々しい言葉「人の命って、大きい命と小さい命があるんですね」(406頁)など、十分に読み応えがあり、そして読者であるわれわれに真っ向から問いかけてくる「命の重さ」と「報道というもののあり方」。かつて上毛新聞記者であった作者ならではの切実な問題意識に違いない。全権デスクによる、「どの命も等価だと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押し付けてきた」(410頁)という心の呟きは、作者自身が直面した状況を端的に述べた言葉ではないかと思うのだ。本書には余計な講釈は必要ない。深い感銘を受ける傑作(いや最高傑作とみなしてよい)である。多くの方が「読了」することを切望する次第だ。「クライマーズ・ハイ。一心に上を見上げ、脇目も振らずにただひたすら登り続ける。そんな一生を送れたらいいと思うようになった」(462頁)という文章で本文を締めくくりたい。

・「短編もいいが、長編もすごい。
横山作品の大半のベースにあるのは、よい意味での「おじさん視点」。がむしゃらな若い時期を過ぎ、それなりの社会的地位(でも超エリートではない)を得た一方で、理想と現実、あるいは組織と個人の狭間で悩む大人を描かせたら右に出るものは無い。

日航の墜落事故後の報道を題材に、人物の心理と葛藤を丁寧に描いた本作、ハッピーエンドではないけれども、説得力があり、納得の行く筋運びと相まって、読み応えあり。主人公は欠点も多いが、理想も忘れてはいない中年の新聞記者。組織に翻弄され悩むさまは、同じ社会人として共感を覚えます。

著者には珍しい長編作品ということもあり、横山作品に興味があるならば絶対に読む価値のある力作。

・「素晴らしい作品です
実際に起きた1985年の日航機墜落事故をベースにしており、当時事故現場の地方新聞記者であった筆者がその経験も踏まえて、筆者の分身とも言える新聞記者が主人公です。

この作品の素晴らしいところは、各人の人間臭さだと思います。新聞社の日常はわかりませんが、未曾有の大事故をものにするために奔走し、争い、そして時間とも闘い、そんな姿が生々しく臨場感・現実味を増しているのだと思います。そして最後におそらく筆者が伝えたかった、ごく当たり前のことを再認識させられました(読んでいる間に新聞記者目線になってまして。。)。

本当に素晴らしい作品です。

・「心拍数上昇
読み始めたら止まらなくなって、一気に読んでしまいました。それくらい迫力ある男のドラマです。頁をめくる毎に心拍数が上昇するのを感じました。読後、本作が『幻の直木賞受賞作』と言われる所以を知ってますます感動致しました。日航機事故を知らない世代の方達にも是非読んで頂きたいです。

・「一気呵成にせまる傑作!人生とはなにかを考えさせられる。
 この小説が出たとき、作者の横山秀夫が当時実際に御巣鷹山の事故現場を取材したと聞いて読むのを躊躇っていた。おぞましい大惨事の現場を見る勇気がなかったのだ。 しかし、この小説には、作者が実際には見たであろう生々しい現場の様子がほとんど描かれていない。それを伝えるのが目的ではないからだ。 報道という「大義」の影に隠れたマスコミ社会の内実と浅ましくも愚かな人間社会通して、その中で生きる人間の苦悩する心の葛藤を描いている。 「下りるために登るんさ」という謎めいた言葉と共に、「一心に脇目も振らずに登り続ける・・・クライマーズ・ハイ」と対比させ、人生とは何かを示唆している。 最後の場面、悪く言えば「けれんみ」たっぷりであるが、素直に泣けてくるところが横山秀夫の魅力だろう。お勧めです。 

クライマーズ・ハイ (文春文庫) (詳細)

理由 (新潮文庫)

・「この作品を読まずに現代ミステリーは語れない
99年度版 このミス 3位1998文春ベスト10 1位文春二十世紀傑作ミステリーベスト10 国内部門 7位

現代を代表する作家の直木賞受賞作。良質な社会派ミステリーである。

事件が解決した後に、関係者をまわってインタビューを集めた、ルポルタージュ形式で、事件を伝えるという形式が特徴的な作品。この形式が功を奏し、事実の積み重ねられることで、直接、作者の伝えんとすることが伝わってくる。

個人的には、本作品と、「火車」「模倣犯」が作者のベスト3と考えている(読者によってさまざまな意見はあると思うが・・・)。本作品は、先述のとおり、「ルポルタージュ形式で事件を再構築する」という特殊な手法を用いている分、ほかの2作品と比して、とっつきは悪いかもしれない。しかし、「この作品を読まずに現代ミステリーは語れない」という高いレベルの作品である。

・「宮部みゆきさんらしくない?
 第120回直木賞受賞作品。 「宝島社 このミステリーがすごい!」 99年版 3位 「週間文春 傑作ミステリーベスト10」 98年 1位

 宮部みゆきさんの他の作品を読んだことのある方なら、この「理由」を読んだ時に違和感を感じることがあるとは思う。しかし、その違和感は決して不快なものではない。この作品の手法はそれはそれで素晴らしいと思う。

 東京都荒川区にそびえ立つ超高層マンションで凄惨な殺人事件が起こる。犯人ばかりでなく、被害者はいったい誰なのか。そして、事件の起こった理由とは…事件が全て解決した後に読者を置き、ノンフィクションの手法で事件を紐解いていく。 事件に絡む人間関係等がノンフィクションの手法を使っているからか、現実のことであるかのようにすーっと自分の中に入ってくる。 また、読破後に「家族とは」ということを考えさせられた。 600頁以上ある長編だが、すらすらと一気に読破できる。

 ソレデハ…

・「家と言うものは器に過ぎないのです
バブルがはじけ、不良債権という言葉がはやり文句になっていた時代。バブルで見失った、自分の身の丈に合った生活に戻れず、怨念のように幻にすがりつく人。

家庭が壊れているのに気づかず、器である家にこだわる。器が家族だと誤解する人。

バブルで見失った、絆は修復できるのだろうか?血がつながっていさえすれば、家族になれるのだろうか?

この中で、一番家族だったのは、占有屋の他人たちだったのは皮肉である。

・「家族とは
謎解き=犯人当てを楽しむだけの小説ではない。こんなに被害者や周辺人物の家族事情を細かく掘り下げたミステリー小説も珍しいだろう。三代前辺りまでいちいち遡るのである。それも犯罪とは直接関係のない事情まで、執拗なまでに叙述されている。東京でコミュニティー=共同体とは会社だろう。すでに居住地は食う寝るだけの機能を果たすのみだ。隣近所もあまり意味の無い存在で、人によっては家族すら共同社会というよりは、なんらかの目的=理由の為に存在する利益社会にすぎない。昔の人は家族の存在「理由」など考えもしなかっただろう。共同体はその存続自体が目的だからだ。家族を拒否し一生独身であろうとする若者が増えているもきく。だが、家族の煩わしさを忌避し、その価値を否定し、個人の欲求追及のための集団とみなしてしまうと、その個人自体が空虚なものと成り、遂には恐るべき自己喪失人間となってしまう。煩わしさはなくなるが、何の喜びも目的も無い空っぽの人間になってしまう。作者はこんなことが言いたいのだろう。純粋にミステリーを楽しみたい人には無駄な描写だらけの冗長な作品かもしれぬが、この作品のテーマは現代的で極めて切実なものだ。それにしても「宝井康隆」というネーミングは謎だ。この作品を読んで筒井康隆がどう思ったのか知りたい。

・「ジグソーパズル
本作は、東京都荒川区の高層マンションで起きた殺人事件にまつわる謎を、すべてが解決した時点からフリージャーナリストが回顧するという形式をとった小説です。

理由 (新潮文庫) (詳細)

半落ち (講談社文庫)

・「突っ込みどころはありますが
刑事畑一直線の警官が警視だったり(ありえない)、キャリアでもないボンクラの警部が出てきたり(あれで昇進試験は通ったのか?)、司法試験合格組でロクに現場を知らない検事が妙に勘が冴えていたり(検事が捜査することは殆どない。言葉使いも威圧的で眼光鋭い検事など実際にはマズ居ないタイプ)だが・・・それらを度外視しても感情移入できるだけの文章力は流石だ。やはりプロだ!話自体は意外と言うほどのことはないが、小説は「結末よりも、その進行過程が大事」という見本のような作品だ。値段以上の価値を認める。

・「事前情報なければ予断無く読むべき作品
 本作は警察官による、妻の嘱託殺人から自首までの空白の二日間の謎を縦糸に、そしてこの殺人事件に関わる取調官、検事、弁護士等、関係者の心情の動きを横糸に構成されています。縦糸に関してのコメントはネタばれに成らざるを得ないので、本レビューでは横糸に関して紹介致します。

 とかく、縦糸の結末ばかりが注目されますが、ひとつの殺人事件が起こった後に如何に多くの人間が関わり、思いを持っているのか、それぞれ独立した短編と見る事ができるほど見事に描き込まれています。このあたり多くの短編を書かれている作者の真骨頂だと思いました。むしろ殺人事件発生から様々な局面を経て人が裁かれる過程で、関係した登場人物の心情を味わいながら読んでいったほうが、素直入っていけるように感じます。

 もう文庫本になっている事でもありますし、事前の情報なしに素のまま読んで頂くことをお薦めします。いろいろ話題になっただけに、予断を持って読んでもいいことはありません。質の高い作品である事は保障します。

・「重い力を持ったミステリー
視点がいくつも変わりながら展開していく構成がよく効いていました。梶の妻への愛・亡くなった息子への愛など、沈黙の中に滲み出て心を打たれました。読了後、「もう少し、別の生き方はなかったものか……」そんな思いにもかられました。しかし、どうにもならなかったのですよね。どうにもならない中で、だからこそ、どうしても行いたかった二日間の行動。切なく重い力を持ったミステリーだと思います。

・「秀作だが、「感動」「意外な結末」には同意できない
このミス2002年版、2001年文春傑作ミステリーベスト10ともに1位。作品としての話題性とともに、直木賞の選考を巡る一連の騒動でも注目された作品である。

文庫化をきっかけに再読してみた。作者の作品に共通する、「警察組織と個人のありかた」というテーマを、現職の刑事がアルツハイマーの妻を殺すという犯罪をベースにおいて、事件に関係する6人の視点から描いた作品である。やはり、うまいし、面白い作品だと思うが、この作品を語るときに頻用される「感動」「感涙」「意外な結末」という言葉には同意できない。妻を思う故、妻を殺したと言いながら、理由はともかく(というより、心神喪失という事態でないにもかかわらず)、2日間妻の遺体を放置したことを考えると、アルツハイマーという病気の難しさは感じるものの、感動はできなかった。また、「意外な結末」についても、かなり早い段階でキーワードが作品中に出現し、それが印象的である故、そもそも「謎」に感じなかった。

細かいことを書いたが、この作品が秀作であることは間違いない。一方、アベレージの高い横山氏の他の作品と比較してこの作品が取り立てて優れているかというと、決してそうは思わない。たとえば、翌年に発行された「クライマーズハイ」の方が、「感動」という点では数段上だと思う。他の作品を未読の方は、是非これをきっかけに手にしてもらいたい。

・「警察小説+ミステリ+感動。三拍子揃った名作。
 著者は地方県警を舞台とした警察小説を得意としており、捜査に関する記述は具体的でリアルです。現職警察官が妻を殺して自首、取調べでは動機も犯行手法もすべて語りつくし「完落ち」状態と思われたのに、犯行後自首するまでの空白2日間については頑として語ろうとしない「半落ち」状態。この事件にそれぞれの思いと立場で関わる同僚刑事、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、刑務官の視点で、捜査の経過は語られていきます。 県警と地検の対立と裏取引、事件記者たちの特ダネを目指す熾烈な争い、アルツハイマー患者介護の壮絶な現実。作者はこれら重いテーマを随所に織り込みつつ、妻を殺してからの空白の2日間に何をしていたのか?人生50年と書いたのは50歳での自殺を意図してなのか?というメインの謎に読者を引き込んでいきます。 最後に謎解きの答えが提示される場面は感動を誘います。仕掛けられた数々の謎がひとつの線でつながり、登場人物たちの事件と犯人に対する温かくしかし複雑な思いについての描写が、アルツハイマー患者である妻の殺人という一見救われない題材を扱いながらも、この小説を読後感すがすがしい作品にしています。 警察捜査に関する描写は興味深く、ミステリとしても秀逸、感動も約束されている。三拍子揃った名作です。

半落ち (講談社文庫) (詳細)

アフターダーク (講談社文庫)

・「合理性を追求した現代社会の欠陥に対して考えさせられる作品
村上春樹氏の現代社会に対する疑念・思想をふんだんに盛り込んだ秀作。読み込めば、我々がどうやってこの社会に対処していくべきかの氏の意見も見えてくるだろう。

・「私は面白く読めました
カバー裏には「新しい小説世界に向かう村上春樹」とあります。が、変わった点といえば、 ・厳格な時系列で書かれている(今までにもあったけど) ・カメラの視線での描写が中心になっている ・超常現象は起こらないぐらいしか気づきませんでした。もちろんこの3点により、「どういった意味だろう」などと考えずに読めるようになっています。で、いつものようにバラバラなできごとが最後にはひとつに纏まってくれる満足感を味わいました。いろいろな評価はあるでしょうが、私は面白く読めました。

・「やられました!
ひさびさに村上春樹小説を読みましたが、『こういう手できたかぁ!』って感じです!

すっかり意表を衝かれてしまうこの手口こそが、まさしく村上春樹独特の不可思議な魅力。春樹ワールドそのものではないでしょうか。スピリチュアル的というなら、たぶんとてもスピリチュアル的でもあるし。

語り手についての謎の部分を確かめたくて、読み終えてもなお、わたしには謎が解けず、もう一度振り出しに戻って確かめてみたり。深いです。重いです。

表紙に書かれているごとく、本書を足がかりに新たな小説世界へと広がっていきそう。その入り口へと案内されるにすぎないのでは? と思われてなりません。いうならば、この作品は“序章”です。

こういうず〜んと沁み込んでくる作品を読んだ後は、しばらく放心状態に近い思考に陥ります。心(あるいは思考能力)だけ神隠しにでもあったように、小説の世界に何度も何度も引き摺られてしまうのです。すごいパワーなのですね。

読後の意見がはっきりと分かれる作品のようですが、どのような評価を受けようと、村上春樹ファンならばなおさら、読みたくなってしまうのではないかしら……。かなり謎の多く残る作品には違いありません。

あなたなら、どう読み解きますか?

・「透明な視点、届かない声
「僕」や「私」ではなく、「私たち」と語り出される、村上春樹の中でも異色なテイストを持つ作品です。「私たち」は、透明な視点となって深夜の渋谷をさまよう人々を追い続けます。

心に闇(やむにやまれぬモノ)を抱えつつも何とか生き延びようとする人々の交流やすれ違い、争いが描き出され、最後に微かな希望と崩壊の予感が暗示される。これは村上春樹お得意のパターンともいえますが、客観性の高い映像的な語り口であることから、感情移入を許さず、これまで以上にひんやりとした読後感を残します。

私は、本書を読んだ後、この自由に動き回るカメラ視点で大変クリアな夢を見たのですが、その夢の中で、相手に伝えたくても伝わらないもどかしさに苛立ち、実際に大声を発し、その声で目が覚めました。

この小説の中で、「私たち」の透明な視点は壁を突き抜けて、どこへでも行くことができますが、声が出せないため、小説世界に関わることができません。そのことが強調されることによって、日頃、安全圏から、映像作品や小説などを通じて仮想世界に感情移入をしている私たちのあり方に疑問符が付されているようにも思われます。

さらに言えば、このような映像的、かつ自己言及的な表現は、実際の映像作品ではなく、小説だけにできることであるとの著者の自負と実験精神も読み取ることができるのではないでしょうか。

そういった観点から、テレビの中の「顔のない男」とは誰か? そもそも「私たち」とは誰なのか? といったことを考えてみるのも面白いかもしれません。感情移入という通常の方法とは異なる本の読み方が楽しめる本としてお薦めです。

・「2つの世界が最後に交差する様
 マリを主人公としたリアルな世界と、眠っている姉の心の中の世界ではないかと思われた別世界が交互に描かれる。「世界の終わりと〜」などで描いている2つの世界が最後に交差する様をこの作品でも描きたかったのではないかと想像しました。

 個人的にも2度この作品は読みましたが難解だと思う。文学ですので意味を求めてはいませんが、どこかスッキリとしないところがある作品だと思います。

アフターダーク (講談社文庫) (詳細)

動機 (文春文庫)

・「あと味いい本
私にとっては、初の横山秀夫作品。

全4話の短編集ですが、それぞれ、主人公の舞台設定がぜんぜん違うのです。警察官、元服役囚、記者、裁判官。世界の広さが飽きさせません。また、この本を読み終わった後のあと味がすごくいいかんじで。ばらばらの作品なのに、一つの作品のような、バランスがいいということだと思います。

是非、このあと味を味わってみてください!

・「「別角度」から描かれたきわめて斬新な警察小説の生誕!
以前から横山秀夫作品がテレビドラマ化されていたことは知っていたし、「影の季節」というどことなく殺伐とした印象を与えるタイトルも頭の片隅に残っていた。「著書『影の季節』と『動機』あわせて100万部突破した!」という黒帯の白抜きされた言葉に思わず手が伸びた。どちらの作品からもとても斬新な感覚を与えられ、目から鱗が落ちるような思いであった。犯人逮捕に全力投入する刑事部門の活躍ではなく、警務課、監察課そして秘書課といった「別角度」から、警察機構の内部(正確には「管理部門」で働く人間の内面)に潜む赤裸々なドラマを、あたかもそこに勤務している人間であるかのようなタッチで描かれた短編小説に惹き込まれた。特に印象深かった作品は、『動機』所収の「動機」と「逆転の夏」の二作品である。どちらの作品も、「家族」というかけがえのない財産を守るという使命に邁進する男(ここでは父親)の姿が活写されている。テーマや切り口の斬新さもさることながら、横山作品に自然に惹き込まれてゆくのは、やはり「自分が現場にいる人間」であるかのような、その人間の感情や意志を生々しく綴る「文体」にもあるような気もするのである。こうして、作品に登場する人物と読者が見事にコラボレーションする、つまり、読者はそこにいる登場人物と一体化してしまうわけだ。先行きが読めないという緊張感はそれによって更に助長される。『動機』では、警察官にとどまらず、殺人を犯した前科物、事件記者そして裁判長という登場人物にまで拡張され、新たな作風をいかんなく醸し出している。ドラマ化された作品を少しは見ているはずであるが、やはり原作そのものを読まないと臨場感を理解できない。テレビ放送の鑑賞という行為はたぶんに受動的であるのに対し、読書は能動的である(少なくとも「そうあろうとする」)からである。本書をはじめ、多くの作品が読者の目に触れることを願いたい。

・「直木賞いけると思うんですけど・・・・・・・・
「半落ち」を読んでからこれを読みました。人の気持ちを誤解するのは世の常で、相手の気持ちを解っているけど許せないのもよくある話。この著者はそういった心の行き違いから起こる不幸を上手に描き表します。人間社会は全て人の情念で動かされ、人は弱さゆえ怨念を抱く。この著者の伝えたい事はストレートに読者に響きます。

人の心には奥深く複雑な真理があるという事を肝に銘じ、今後の人付合いに心掛けようと感じさせられました。かなり断定的な言い回しになりましたが、素直な感想です。

・「安閑として読めず
うまい!  どこかしこと巧妙に張り巡らせた伏線。著者の術中にはまるまいと注意しながら読んでも足をすくわれてしまう。一語一句に裏があり、最後の最後まで気を抜けない。 警察、前科者、新聞記者、裁判官を舞台にしているが、通常語られることのない内部事情と人間感情の機微を描いて内容は濃い。

文章が凝縮しているため、裁判官の三号俸給など説明不足で、事情通以外にはわかりにくいところもあるが、文句なしにおすすめ。

・「うまい。うまい。
小説のプロット、文章の巧みさ、描写ともに文句なし。 刑事小説の新たな才能に乾杯とともに、一連の松本清張の社会派推理小説にも通じるものがあると思う。渋い。

動機 (文春文庫) (詳細)

鈍感力

・「マイナス思考の時に読むといい本
レビューの中には結構辛辣な意見が多いですが、簡単に読めるエッセーとして読めばとてもいい本だとおもいます私の場合、人間関係で悩んでいるときに読んでもっと鈍感に(楽に)考えればいいんだ!と 精神的にすごく楽になりました

・「過敏を戒め、体力勝負
社会生活では、過剰な反応はプラスではないということはしばしばあると思います。この本では、きっと過剰な反応にならないことを、鈍感という用語で表現しているのかもしれません。あるいは、能力があれば、過敏にならないことができるという話かもしれません。そのため、能力があることを鈍感力という表現をとっているようにも読めます。たしかに、発想の逆転で面白い視点だと思いました。

ps.Too muchという言葉があります。多すぎるというのはよいことではないという意味で使われるそうです。

老人力と通じる面があるのかもしれません。

・「読んで損はない
たまたまつけたラジオに渡辺さんが出演していてこの本を紹介していたのがきっかけだが、その説明を聞いただけでも面白そうだと思い購入した。そして実際に読んでみても面白くためになった。どんな分野でも“鈍感”な人ほど生き残り、成功していると思ってはいたが、それを分かりやすく説明された渡辺さんの着眼点は鋭いと思う。

・「いえてる
どうして、こんなに鈍い神経で成功できるんだろう。対して自分は繊細すぎやしないか、神経過敏ではないか。これがいけなかった。なるほど、目から鱗の内容だ。しかし敏感な人間が鈍感になるには?何かメチャクチャ没頭できるものができれば相対的に、ほかのモノに対して鈍感になることはあり得るだろう。それ以外では?老化しかないか。

・「病気予防には程よく気を使いつつ、総体的鈍感力を発揮した生き方を
■本書での渡辺淳一の基本主張は次のとおり■健康の最低条件は全身の血がさらさらと流れることだ。殆どの血管は自律神経に左右される。自律神経には緊張を高める交感神経、リラックスさせる副交感神経がある。緊張や不安が続くと交感神経が血管を狭くし血圧も上がる。胃の内部の血行障害で粘膜がただれ、そこが崩れて潰瘍になる場合もある。だから逆に副交感神経が働く状態にしていつも明るくリラックスしていることが、血液の流れをよくして、健康維持につながるのではないか。ナイーヴすぎる人はもろく傷つきやすく、挫折することがままあるが、したたかな、よい意味での鈍感力をそなえることが、我々には必要なのではあるまいか。ずぶとさやしたたかさを、よい方向に持ってゆくことが大切だと渡辺は説き、多くの事例を挙げて展開してゆく■ただし医者らしく、ガン検診などはきちんと受けよと書く。つまり病気予防面に「鈍感力」を発揮して、病気の予兆を無視しては問題だ。だからこの点に留意した上で、総体的鈍感力を発揮しよう――。論点は鋭く明快で共感できた■以下余談。前首相が説く《鈍感力》は、世論のまっとうな批判を無視し、庶民の痛みから眼をそむけることに発揮されたシロモノだと書評子は思う。だからアレは、本書の巧みな曲解か誤読ですな(笑)。

鈍感力 (詳細)

第三の時効 (集英社文庫)

・「素晴らしい
文句なしです。

横山さんの作品はどれも面白いのですが、物によってはリズムが独特で、作者が一人でのめりこんで走っていくのを「ちょっと待って〜」と追いかけているような気がしていたものです。

しかし、この作品にはそういうところが殆どありませんでした。

人物の心理や事件の流れの描写の距離感が絶妙で、個々の人物像もくっきりと浮かび上がっています。

連作短篇ですが、どの短篇にも、事件の核や登場人物、彼らの織りなす泥臭くも熱き戦いがあますところなく描かれていて、きらりと光る作品群です。

泥臭いのや熱血は嫌いという人以外には、是非一度読んで欲しいです。

・「傑作
横山秀夫の「刑事物」短編集。

「陰の季節」や「動機」で警務部等、刑事以外にフォーカスした作品もそれはそれでおもしろかったが、「第三の時効」はそれを上回ると思う。横山作品の中では一番好き。帯に「これが横山秀夫の最高傑作だ!」とあるが、それは過大表現ではない。

緊迫した捜査、他の強行犯との熾烈な争いの中で、予想外の結末が・・・。

最後の話の結末を読んだあと、最初の話をもう一度読み返した。

読んで損はない傑作集。★5つ。

・「著者の筆さばきが冴える警察小説
管理部門をメインとした警察小説を書き注目を浴びた著者が、捜査畑の最前線―F県警強行犯係―を舞台に据えて描いた短編集。

捜査部門を舞台にしているだけに動的な興奮を呼び、緻密な構成で事件を鮮やかに解決してみせる。しかし、著者の作品が事件や謎解きだけに終始するはずがない。事件を描きながら人を描く。むしろ人が主役と言っていいかもしれない。刑事たちそれぞれの懊悩、葛藤、トラウマ、苛烈な手柄争い・・・人と事件を、限られた枚数で十分に書ききる筆さばきの見事さ。ほんの1、2行で、物語を一気に展開させ、あるいは心情を痛いほどに表現する文章の魅力。その結果、短編でありながら、濃密な味わいと満足感をもたらしてくれる。

冒頭一ページの文章とラストの一篇が響き合って印象的だ。

本書を著者のベスト1にあげる池上冬樹氏の解説によると、すでに続編が連載されているらしい。著者の小説はどこまで進化するのか、見逃せない。

・「ゼッタイこの管轄では事件を起こしたくない(笑)
捕まるのは時間の問題だし、もしアノ"冷血"楠見(二班班長)が取調官だったら、私はすぐにオチるっ!〜さっさとオチた方がなんか楽に思える(涙)次にイヤなのは"青鬼"朽木(一班班長)。田畑課長じゃないけど、表情があるだけ、村瀬(三班班長)がマシ?! そう、結局は、単なる究極の選択に過ぎない。どうあがいたって逃げることはできないのだから...

この短編集に出てくる F県警捜査第一課強行犯捜査の3人の班長達は、互いに競いあい、恐るべき検挙率を誇っている。部下たちを手足のように、ある時は道具のように遣って目の前を事件を他の班より早く終らせ、新しい事件をかっさらい...部屋にはギスギスとした雰囲気が常に漂う。彼らの直属の上司の田畑課長は、色は全く違えど独断専行のやり方に腹に据えかねることは少なくない。が、しかし全く持ってつけいるスキがない彼らが出してくる"結果"のおかげで、課長自身が着々と出世しているのである...そんな課長が班長達を評してコトバ。「”事件で食ってきた”のではなく、”事件を食って生きてきた”」なんか、ハゲタカに内臓えぐられているような表現(怖)

でも、この作品、決して後味が悪くない。娘の父親をかばっていた母親がよよと泣き崩れたら、通常は「なんで捕まえるの〜かわいそうじゃない」と同情に走るのだが、それをすっぱり斬りさげるところに何やら爽快感すら感じるのはなぜ?横山作品に共通するのだが、何か”柔らかい”部分をいつも残しておいてくれるのだ。それがどんなカタチを取るのかはその時々だが。

だから、一見非道に見える班長達の捜査の行方をじっくりと観ていられる気がする...

・「満を持しての捜査一課
警察小説としては普通なかなかスポットがあてられない、地方の県警、警務部なんていう部所を扱った作品をスタートに婦人警官の問題や、退職刑事の問題などなど、とにかくこれまでの警察モノと一線を画した作品が続いた、横山秀夫。今回、言わば満を持してというか、待ってましたというか、捜査の第一線、中核である、とある県の捜査一課をど真ん中に据えた連作集が、本作品である。

いずれも個性的な人物に率いられる一係から三係までの、三班によって構成される捜査一課。6つの作品からなる本書だが、舞台はこの架空のF県の捜査一課から外さず、個性的な班長達と、どちらか言うと彼らに振り回されがちな課長を舞台回しに、非常にスリリングに事件を扱っていく。犯罪者と、これを暴こうとする捜査一課。事件の謎解きというより、むしろ人間に注目しているとこが一層ドラマチックになっている。

捜査陣に負けず劣らず個性的な犯罪者、容疑者達。そして、この表題「第三の時効」が最も顕著だが、いずれの話しでも重要なキーファクターになるのが「時間」。さまざまな「時間」に人間模様が相まって、これまたおもしろいシリーズが始まったもんだ。しばらく、F県警捜査一課から目が離せない、って感じです。

しかし、こんな班長達に調べられる側にはなりたくないなぁ。。。

第三の時効 (集英社文庫) (詳細)

スプートニクの恋人 (講談社文庫)

・「奇妙な恋愛小説
奇妙な恋愛小説。そう新刊の帯には書いてあった。それはノルウェイの森の帯に100%の恋愛小説、と書いてあったのに呼応しているように思う。ノルウェイでも、今回でも最後は電話ボックスの中から電話をかけているし。

今なら携帯で「電波が届かない場所にあるか・・・」と言われると、「こういうのってジャン・リュック・ゴタール風だ」とか言っちゃうんでしょうかね。ノルウェイのとき、テーマは失われたものの大切さ、だったように思うけど、今回は、今あると思っているものは、失われつつあると言う事実!がテーマのような気がします。

・「悲しく、悲しく、心がつまる
孤独さが悲しくて仕方が無かった。この作品は現実の世界を描いていない。人間の生きている世界から、観念的な部分だけを取り出して物語にしたもの。そう思わないと、自分の中の片恋がむき出しになって、つらいのだ。けれど、意図的に目を背けて見ないようにしている感情のひとつを思い出させてくれて、今呼吸することの幅を確かに広げてくれる、優れた作品だと思う。

・「存在と不在。
『スプートニクの恋人』は春樹さんの作品の中で私が一番好きな小説です。

「ぼく」は「すみれ」の不在によって深く深い寂寥に包まれます。誰かの存在の大切さ…。春樹さんの小説はいつもそれを訴えているような気がしてなりません。

終盤に「ぼく」の受け持つクラスの生徒「にんじん」が登場します。「にんじん」が出てくるか出てこないかで

この話は随分と違っていたと思います。「ぼく」と「にんじん」の何気ないやりとりが妙に印象的です。

・「孤独を埋めてくれる静謐で柔らかな世界
 村上春樹さんの小説の中で私が最も好きな作品がこの「スプートニクの恋人」です。  「結局のところ本当に人が理解しあうことなど出来ないのだ」というような諦観にも似た想いが村上さんの作品には通底して在るように思います。   しかし、この作品はこれまでの、「ノルウェイの森」や「ねじまきどりクロニクル」などとは少し違うように感じられました。孤独な男女の恋愛を軸とした作品であるという点では共通しています。

 ですが、本作品では前に挙げた二作品から感じられた「必死で手を伸ばしているのに、届きそうなのに触れ合うことが出来ない」ような、忘れてしまった遠い記憶を掴まえようとする時のような、もどかしさや悲しみを残していくことはありません。  孤独を抱えた男女の、恋愛と呼ぶのが適当かどうかさえ曖昧な未熟な心の触れ合いの中で、如何にお互いが大切か、深く結びついているかに気付いていく。  その姿を通して、私達(読者)は何時の間にか自分の抱えていた寂しさや虚しさ、悲しみが消えているのに気付きます。何時の間にか孤独が埋められていることを知ります。  村上さん特有のクールでシニカルな文体はそのままに、江国香織さんを思わせる淡淡とした、優しく暖かな世界。その静謐で柔らかな世界を、村上春樹はあまり好きでないという方にも、ファンだけどこれはまだ読んでないという方にも、ぜひ味わっていただきたいと思います。

・「こころとからだは別物
『ノルウェーの森』を書いた時、村上氏はイタリヤに住んでいた。そして『国境の南、太陽の西』を書いた時、スコット・フィッツジェラルドに幾多の天啓を与えたプリンストンの地に住んでいた。そして1988年には村上氏はギリシャ・トルコの辺境を旅行していた(『雨天炎天』)。僕は作家の小説を書き上げた場所というのはものすごく重要な小説構築の要素だと考えるが、村上春樹の場合、その重要性は他の作家とは比べ物にならないほど大きなものに感じられる。なぜなら、氏の小説の背景たる風景は、氏がそうした中で見た風景や、人々の動きそのものだからだ。氏はそれらの体験や風景を自身の中で再構築し、性別や職業を入れ替えて小説を作り上げてきた。そして氏自身の持つ世界は、イタリヤやプリンストンの風景や、ナット・キング・コールの音楽の方が、どこまでも同じ風景のようなこの国の景色やJ-POPなどよりずっとしっくりくる。『スプートニクの恋人』の風景は『雨天炎天』で旅したギリシャの風景である。その中で、氏は『こころ』と『からだ』が別物であることを僕らに知らしめていく。これはラヴ・ストーリーなのではなく、『こころ』と『からだ』が別物であることを僕らに知らしめていくことに重きが置かれているのだと僕には思える。

そして再び村上氏は主人公に自問させる。この人生は確かに順調かもしれない、でも本当に俺の本当の人生なのか、と。

別の場所からドッペルベルガーの自分を見る。その自分は今の自分とは全く別の事をしている。全く別のこころとからだを持って別の人生を生きている。そして氏は僕らに自問させる。きみの人生は確かに順調かもしれない、でも本当に君の本当の人生なのか、と。

スプートニクの恋人 (講談社文庫) (詳細)

羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫)

・「「風の歌を聴け」第三巻。
「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」とともに、俗に「三部作」と呼ばれる小説の3作目。前二作を先に読まないと半分も楽しめません。

「風の歌を聴け」に出てくる主人公「僕」とその親友「鼠」。この二人がとても魅力的な人物で、彼らへの思い入れこそがこの三部作を楽しむ上で最も重要になります。あの二人は文学史に残るアイドルになるかもしれない。夏目漱石の「坊ちゃん」みたいに。二人は「風の歌を聴け」で20歳前後、「1973年のピンボール」で25歳前後。「羊をめぐる冒険」で30歳となります。20歳、25歳の彼らとともに青春の苦悩を味わい、”ジェイズバー”でビールを飲み、それぞれの恋をし、バーテンの「ジェイ」と会話を楽しんだ過去があってこそ、30歳の彼らが遭遇する苦難と冒険にのめりこむことが出来るわけです。「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」に関しては、僕の場合、部分的に20回以上読み返しています。暗記している場面すらあります。小説を読み返すタイプではないんですが、この二作は別です。短いですし。

「羊をめぐる冒険」は探偵小説のように謎を追うストーリーです。探偵小説と青春小説を混ぜ合わせたような小説。ドラマチックな場面も多い。三部作の中でも特に人気の高い作品です。前二作と違って整ったストーリーと緻密なプロット、構成の巧みさをも楽しめます。特に終盤がいい。

ついでに言うと、この続編として「ダンス・ダンス・ダンス」という小説がありますが、こちらはこの「羊をめぐる冒険」に出てきた人物が中心になります。つまり人気シリーズなんですね。

・「荒野の羊
今読了したところです。素晴らしい作品でした。思いつきにすぎませんが、この「羊」はヘルマン・ヘッセの名作「荒野の狼」の「狼」とほぼ同じものを指しているような気がします。ニーチェのいう「権力意思」や「ディオニュソス的なもの」、バタイユの言う「エロティシズム」、三島の言う「死の権力意志」、コリン・ウィルソンの「絶頂体験」のような衝動です。人を聖人や革命家にもすれば、独裁者にもさせる「何か」。人をして「日常」の内に満足させず、もう一つ上の次元を求めさせずにはおかないもの。生の根拠にもなれば、個人を破滅させるような宿業的な衝動を指しているように感じました。あるいは「人が生きるはパンのみにあらず 言葉にもよる。」の「言葉」のようなものかもしれません。また、ヘッセの「狼」とは別の要素、日本の近代における周辺異民族への侵略という要素も関係する物のようでもあります。いずれにせよ、この「羊」は村上春樹の思想と表現の核心にあるものだと思います。

・「再読するほどに味わいが出てくる作品です
 この「羊をめぐる冒険」では、「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」では詳しく描かれなかった、主人公「ぼく」と友人「鼠」の性格や特徴が詳細に書かれ、物語としても引き込まれる仕立てとなっています。

 まるで、音楽を聴くかのように、小説の言葉がはいってきます。

 羊探しの旅のなかで発見する、様々な出来事。それぞれが紡ぎあい小説を、深く味わいのあるものに仕立てています。

・「多分、深い!
すごい作品です。村上氏の作品は全てまだ読破していませんが、いままで読んだ中で、一番好きです。よくわからなかった所もありますが、深いコメントが、ところどころにちりばめられています。読んだあと、車で夜、逗子のあたりのバーへ入って、ピーナツと葡萄ジュースが飲みたくなりました。

・「おもろいで(笑
やっぱり村上春樹さんの本でした。風景の描写でのあの文章の静けさはとっても心に浸透していきます。いままでの本とこの本との似ている雰囲気があり、この作者はよくここまで自分のまっすぐな所を文字にし何年間も維持することができるのだなと感心と共に改めて村上さんのすばらしさに一段と惹きつけられました。

羊をめぐる冒険〈上〉 (講談社文庫) (詳細)

片想い (文春文庫)

・「悩みを抱えた3つの家族の片想い
この片想いという作品は元アメフト部のマネージャーでジェンダー問題に悩む美月ともう一人のマネージャーだった理沙子との夫婦問題に悩む元スタープレイヤーのQBこと哲郎そして学生時代に美月と付き合ったことがあり、今は資産家の娘婿である中尾の3つの家族の物語だと私は解釈しています。

今年大ブレイクされた東野さんは離婚されていますが、1.氏のその経験2.時折みせる社会的なテーマへの挑戦というかそのテーマを深堀りした氏なりの読者へのメッセージ3.ストーリーテラーとしての緻密な複線が絡み合う物語の上手さ4.学生時代のアーチェリー部主将の経験が見事に折り重ねられて生まれた超一級の小説です。

3つの家族のメンバはそれぞれに悩みを抱えながら、そして自分の信じた・選んだ道を進みやがてそれぞれある終点へと辿り着きます。そこはまた各人の新たな人生の出発点でもあります。

最後まで読み終えた時、この小説が伝えるメッセージの感じ方は読む人の人生経験やその時の心の状態で大きく変わるでしょう。私は2回目に読んだ時は前回に比べて、前向きなメッセージを強く感じました。

かの村上春樹氏は優れた小説とは、読む人の年齢・性別・時代の変化に多面的に対応できる要素を備えていて、いつまでも陳腐化しないことだと言