ギャシュリークラムのちびっ子たち―または遠出のあとで (詳細)
エドワード ゴーリー(著), Edward Gorey(原著), 柴田 元幸(翻訳)
「絵が素敵です。」「日本での単行本デビュー作!」「おかしな満足感」「怖い!けど巧い!!」「死神さんと一緒」
「初恋の甘さ」「無題」「大人向け童話」
トリアングル (中公文庫) (詳細)
俵 万智(著)
「一気に読みました」「本編はもちろんの事、解説も最高!」「「恋愛」「結婚」「出産」・・・女の生き方」「ただの恋愛小説ではなく、一つの人生観が見える」「古典文学のように」
「柳美里が好きですか?」「裁判は抜きにして」「訴訟で話題になった小説」「自らの身を削って、、」「増幅する原点のような本」
みんないってしまう (角川文庫) (詳細)
山本 文緒(著)
「どこか、じぶんと重なる短編集」「共感するものこそ自分が失いたくないもの」「共感」「心のからまった糸がほぐれた」「喪失感と恐怖感と安心感」
「物言わぬは腹ふくるる業」「page turnerといえる一冊」「とにかく、こわい!」「話の中に潜む“魔”の不気味さに、ぞくぞくしました。」「この雰囲気がたまりません!」
「何かせつない。」「貴子・起こり得た奇蹟。」「もっと知りたい」「本屋さんはいい人なんだ。」「私はとても好きです。」
アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「伊坂ワールド」「二年前と現在との交錯」「優しくて切ない、それぞれが紡いだ想い出」「カテゴライズに困る本」「すげえ。」
陽気なギャングが地球を回す (祥伝社文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「陽気で痛快」「銀行強盗が洒落た職業に見えてくるから不思議だ」「最高です!」「何も考えないで読んだほうが」「バンク行くなら、ボストンバッグ。」
陽気なギャングの日常と襲撃 (ノン・ノベル) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「陽気な響野の日常と襲撃」「陽気な4人が帰ってきた!」「これはおもしろい!!」「愛すべき悪党たち」「待ってました!!」
きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫) (詳細)
乙一(著)
「切なかった。」「感じたこと」「安心して読める本」「切なさの魔術師」「奇妙に優しい物語」
「ダメ人間から目が離せない」「不思議な魅力がある本です」「せつない。わらった。」「すっかりファンになりました。」「登場人物のつながりが絶妙」
博士の愛した数式 (新潮文庫) (詳細)
小川 洋子(著)
「世にも美しい愛の物語」「暖かく静かな時間」「あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸」「再読」「コンパクトな数学へのお誘い」
バッテリー (角川文庫) (詳細)
あさの あつこ(著)
「久々にすごいと思える本に出会った」「読む人による。」「生い立ち」「不健全な家族と野球少年」「冬の朝日の少年」
バッテリー〈2〉 (角川文庫) (詳細)
あさの あつこ(著)
「尾崎豊が読んだら」「IIになっても凄い。何なんだろう」「心が震えます。」「信じることの重み」「窮屈な世界に放り込まれて」
バッテリー 3 (角川文庫) (詳細)
あさの あつこ(著)
「一人から独りに」「一人と独り」「一気読み」「やっと野球の対決が出てきます」「バッテリー始動」
バッテリー〈4〉 (角川文庫) (詳細)
あさの あつこ(著)
「少年の幼稚で獰猛で、だからこそ鋭利で美しい純粋さ」「哲学としてのバッテリー」「二人の天才とその相棒」「どんなにつらくても、超えなくてはならない壁もある」「前回すごく気になるところで終わった練習試合の結果は?」
バッテリー〈5〉 (角川文庫) (詳細)
あさの あつこ(著)
「だんだん複雑に・・・」「子どもだけに読ませとくのなんてもったいない!」「このころの一年って短いようで長く、長いようで短かった。」「成長するバッテリー、暴れ出す個」「がんばれ豪!!」
バッテリー 6 (6) (角川文庫 あ 42-6) (詳細)
あさの あつこ(著)
「桜が咲くのは桜が散るのに等しく」「大人が書いたとは思えない、リアルな青春小説」「いよいよ最後ですね。」「描かれたのは「少年」」「バッテリー、ひとの心・動」
TUGUMI(つぐみ) (中公文庫) (詳細)
吉本 ばなな(著)
「美しい一夏の話」「「またあした」 を迎えられる大切さを忘れていました」「誰にも変える事の出来ない一つの「夏」がそこにある。(著者談)」「すてきなお話です。」「二度とこない、夏の憧憬」
グミ・チョコレート・パイン グミ編 (角川文庫) (詳細)
大槻 ケンヂ(著)
「オーケンワールドの決定版!笑って泣いて、傷ついて。」「青春&性春★」「何かしたくなる青春の夜に」「いた、いた」「最高です。」
グミ・チョコレート・パイン チョコ編 (角川文庫) (詳細)
大槻 ケンヂ(著)
「ロック熱」「心揺れる多感期の本能と煩悩」「あ、これ俺の事書いてるんだな・・・」「青春の背伸び」「オーケンの良さは十分味わえる」
グミ・チョコレート・パイン パイン編 (角川文庫) (詳細)
大槻 ケンヂ(著)
「最高の本」「爆発する青春」「壮大すぎるパンクな青春」「やっと、やっと青春が終わった。」
インストール (河出文庫) (詳細)
綿矢 りさ(著)
「まっさら」「文体と内容は反比例するのか?」「インストール」「あっさり楽しくあっさり巧い」「偏見でした。」
ミナを着て旅に出よう (仕事と生活ライブラリー) (詳細)
皆川 明(著)
「世界に飛びたて!!」「軽やかなランナー」「ちょうちょ。」「mina好きは必読」
● 読んだ本_2
● 2008小説
● 僕の本棚
● 良かった本 1
● Treasure
● 中学生はこれを読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 20/20
● 気に入ってるもの
● 絵本・人形・詩集
・「絵が素敵です。」
大人のための絵本って近年とてもはやっていますが、泣ける話や、心温まる内容の物が多いようなきがして、なかなか好きになれませんでした。
これは子供達が次々に不運な死を迎えるという、とてもブラックな内容で、衝撃をうけました。しかし、まさに求めていたもの!という感じです。
本当なら、笑い事ではない内容なのに、韻を踏んだ訳のおかげで笑ってしまいます。
絵も暗いのですが、流石にうまいです。表紙は、沢山の子供達の後ろに死神が立っている絵ですが、裏表紙はその子供達の墓石が描かれているなんて、よくできています。
・「日本での単行本デビュー作!」
本国アメリカでは非常に有名なイラストレーターの、日本版の単行本第1作。A~Zの頭文字を持つ子供達の、様々な「死」の場面が描かれ続ける。暗い?陰惨?でも、どことなく人を惹きつけて離さない不思議な魅力を持つ「大人の絵本」。
・「おかしな満足感」
「まぁ、よくこれだけ悲惨な事を思いついたもんだ」と思いました。かわいいようなそれでいて少し不気味感を漂わせているたくさんの子供達。薄い本なのにまるで辞書を読み終えたときのような充実感がありました。
・「怖い!けど巧い!!」
最初のページで、度肝を抜かれました。「いきなり子ども死んじゃうのーッッ?!」
AからZの頭文字の子ども達が、実にさまざまなパターンで死んでいく様を、ただひたすら描いているのですが・・・
その見せ方が恐ろしく巧いです。
死ぬ直前のシーンの方が、直接的な死の描写よりも怖さが倍増!と実感させられます。さらにレトロチックで可愛らしい絵柄が、子ども達の不幸を一層際立たせて、読み手に心の休まる暇を与えません。
この本は好みが分かれる本だと思いますが、私はかなりお気に入りです。ブラックな内容なんですが、不思議と色々な読み方ができるんですよ。ある時は大真面目に読んでみたり、はたまた、文と絵の巧妙さを楽しんでみたり。
ただ、読んでいつも思うのは、「子どもはうっかり目を離した隙に、あっけなく居なくなってしまうんだな・・」ということ。ニュース等で子どもが事故や事件に巻き込まれた事を知るたびに思っていた事を、この本でも感じてしまいました。
とりあえず、子どもが一人でぽつんといたら「おっ!」と目を配らなきゃ、と思うようになる・・かも?!
・「死神さんと一緒」
これぞゴーリーの代表作!真っ黒な服装に不気味な笑みを浮かべゆらりと立つ死神(?)の傘の下、皆白く無表情に立つ子供たち。すでに死神との遠出の後なのでしょうか・・・。子供がなにか酷い目にあうお話は、たいてい子供たちに向けて悪いことを戒める目的もあると思われますが、ゴーリーに全くそのような意図があるとは感じられません。説教めいた絵本ばかりが増える中、本物の芸術としての絵本と言えるかもしれません。今時の絵本はどうも・・・と思っている方には是非お勧めしたい絵本です。
●綿菓子
・「初恋の甘さ」
江國作品のなかで最も好きな小説のひとつです。比較的デビューして間もないころのお話ですが、江國さんの豊かな表現力があちらこちらに見られます。
主人公の少女の甘い甘い恋心を、ふんわりとそれでいて想像力をぎゅっと掴まれるような描写で描いています。10代の女の子のお話なのに、大人になった今でもどきどきするほど。たくさんの恋愛話に飽きているなら、きっと新鮮な気持ちになることができるでしょう。
・「無題」
少女が周囲と触れ合いながら大人になっていく姿を作者独特の作風で書いたもので、ラジオドラマの元にもなっている作品。
・「大人向け童話」
恋愛をテーマにした大人のためのメルヘンです。タイトルや装丁からティーンエイジャー向けかと思い、手にしましたが、実際はいくつか恋愛を経験して、痛い目にもあって、しかもそれでもまだ恋愛を信じている大人の女性向けという感じです。
主人公の小学生の女の子がいう「女って、哀しいね」というせりふが全然そらぞらしくないのは、やっぱり江国さんだからでしょう。
・「一気に読みました」
作者の短歌のファンではあるが、これは小説なので敬遠していた。しかし、読んでみたらこれはビックリ。安定した関係を持っている落ち着いた中年男がいるのに、若い男の子へも好意を抱いてしまう主人公といえば、ありがちなストーリーに見えるが、この二人がどっちも魅力的に描かれていて、話にどんどん引き込まれてしまった。短歌で養われたのか、生来のものなのか、観察力と表現力が只者ではありません。例えば・・・ 気持ちの移り変わりによって、生理的感覚までが微妙に変化していくあたりの描写が、意地悪くて面白い。また、作中では短歌が上手く生かされていて、主人公の作った短歌で、「浮気」がばれそうになるなど、スリリングな展開に直接結びついたりもする。さらっと読めたが、大変楽しめました。
・「本編はもちろんの事、解説も最高!」
黒谷友香主演の映画「TANKA」の予告CMに触発されて原作本を手に取りました。恋をする主人公を通して、女心の情緒や揺れ動く浮遊感など恋する女性独特の特徴が余すところなく反映されて素晴らしい作品だと思いました。
・「「恋愛」「結婚」「出産」・・・女の生き方」
歌人俵万智の作品らしく、歌を繋いでゆく形式の小説になっています。
主人公は、30代のフリーの女性ライターです。彼女は、Mと不倫の関係で長い期間心地よい状態を続けています。そこに、若い圭ちゃんとも新しい関係を持つようになります。そんな30代女性が、「恋愛」「結婚」「出産」の関係を考え、自らの生き方を探してゆく物語です。「恋愛」の先に「結婚」はなく、当然「出産」も視野にはなく、現在の「恋愛」から得るものが多く満足しています。そんな自らの生き方を釧路川の蛇行に擬えたりします。そんな彼女が選んだ道は・・・。
女性の生き方を恋愛小説の形を取りながら追求してゆく物語です。でも、その淡々とした文章と、その間に挿入される歌によって、非常な柔らかな形の中に、オブラートに包まれた様に描かれているので、それほど肩肘張ったものにはなっていず、主人公の選択も素直に受け止められます。心地よい読後感の残る作品です。
沢山ある歌の中で一番気に入った歌は、「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」でした。
・「ただの恋愛小説ではなく、一つの人生観が見える」
2006年11月に黒谷友香主演の『短歌』というタイトルで映画化された作品。
物語中、結構頻繁に短歌が挿入されている。まあでも面白さは短歌にあるというより、ストーリーにある。よほど短歌が好きな人以外には、短歌はスパイスというか付録というか、そういう役割をするものだろう。
35歳の薫里が主人公。45歳のMと不倫8年目に入った薫里が、27歳の圭ちゃんとの交際を始めて…という話。
薫里の友人である美佳との会話や母との会話や本人の心の描写などに、35歳ならではの様々な思いが描かれる。特に最後の子供を欲しいのか別に要らないのかといった葛藤は、何とも言えない魅力を感じる、そして結論が出ないところもまたこれいいのかもしれない。
物語の展開だけではなく、主人公のものの考え方のようなものにも引き込まれ、一気に読み終えてしまった。まあ展開的には普通の恋愛小説といってしまえばそうかもしれないが、こういうのを読むたびに、本当にこういう経験をしている人は世の中にどれくらいいるのだろうと、社会人なりたての28歳の私は思うわけである。
もちろん映画は見たくなるし、俵万智の他の作品も読んでみたくなるような作品でした。
・「古典文学のように」
短歌が随所にちりばめられ、小説と短歌のバランスが絶妙でした。このあたりはまるで古典文学のよう。文章だけでは描ききれない心情が短歌で見事に表現されているんですね。
この作品ではタイトルどおりの三角関係を描いているわけですが文章の淡白さとはうらはらに濃密な恋愛感が語られているように思われます。かなり私小説的な部分もあったのではないでしょうか。この作品の主人公のような恋愛感を否定する人も多いでしょうが意外と共感した人も多かったのではないでしょうか?私は共感したひとりです。
・「柳美里が好きですか?」
柳美里の処女作は、予想の通りそのまんま私小説だった。今までに出版された彼女の本の内容と重なる所が多い。でもやっぱり柳美里はおもしろかった。
いつもの通り彼女とその周りの人々の秘密が痛々しい文体で暴露されている。主人公=柳美里=秀香は見習い演劇作家、金の薦めで韓国で彼女の戯曲発表の依頼の為、韓国へ渡る。そこで彼女はある韓国人女姓に出会い、ストレス、怒り、性欲、孤独が彼女の生活に入りまじっている中で、何かに気ずいていく。柳美里のファンなら必読の一冊である。
・「裁判は抜きにして」
この小説は差止め裁判になったという話題性から、興味本位に読まれると、本質を見失うかもしれません。在日、血族、祖国、孤独、虚無、セックス、芸術など主題がコラージュ風に散りばめられ物語は展開していきます。柳美里の作品にはニヒリズムに徹した主人公が多いが、この作品の主人公・秀香も同様です。ただ丁寧に読み解いていくと、秀香は世界に対して憎しみをもって接しているものの、その性格は実は人懐っこい気づきます。弟が精神病院に入院すればすぐに見舞いに行き、友人が新興宗教に入信すれば引き止めに即座に韓国へと旅立ちます。憎しみ嫌悪を抱きながらも、他者に対して救いの手を差し延べようと行動します。自分の無力感に苛まれつつも。人懐っこい性格をキーワードに読み進めるのも、この処女小説以後の柳作品を解読する上で、有効なのではと思うのですが。
・「訴訟で話題になった小説」
私がこの本を手にとって読んでみた経緯はやはり「訴訟で話題になった本」だったからです.実際に読んでみるとそれ以外の何者でもない内容の本でした.恐らく作者は在日韓国人としての自分の生立ち・人生観、あるいは日本人と韓国人の価値観の相違などを訴えたかったのでしょが・・・.私には今ひとつピンと来ませんでした.自分の人生経験の浅さが原因でしょうが.ただ訴訟で問題になった部分の描写がオリジナル通りであったとしても、作品全体に与える影響は少ないような気がします.これはあくまで私の個人的な意見ですので、実際に皆さんがこの小説を読んで判断することをお勧めいたします.
・「自らの身を削って、、」
柳美里氏の作品は、「命」からの、一連の東由多加氏との壮絶ながんとの闘いと、彼女の出産という普通の人間では考えられないようなノンフィクション小説しか読んだことがなかった。で、この作品読んで、この人は自分の人生をどんどん切り売りして、それで生きているんだと思った。確かに文章力はすごいものがあるけれど、なにも起こらず、平穏な日々の中でもこの作者は何かを書けるのだろうか? 血を流しながら書いていくと、いつかは事切れてしまうのでは? ほかの著作を読んでいないくせに、えらそうだけれど。
・「増幅する原点のような本」
私は、ごたぶんにもれず、「命」等の読後からの読者としては公平にこの単行本に限った感想をもてないことが残念です。「アラこの人こんなに前から一貫してこんな感じの作風だったのね」とでも表現すればいいのでしょうか。 この本は改訂版ということで、私が知りえた限りでオリジナルと比較すると、あまりに当り障りがなく、問題の原告の女性も改訂版においては他の書評にあるような副主人公とはとてもいえない扱いだと思います。もしかしたら初めから作家は副主人公だなんておもっていないのでは?ただ、冷凍室から出したてのアイスを口に含んだ時のような、情景がこちらに張り付いてくるような描写力というのは、すばらしいのではないでしょうか。おちがすごい。ここまでいいきれるか、というか「抜けた感じ」の主人公は、今後もまるで千と千尋の「カオナシ」のようにどんどん増幅するんでしょうね
・「どこか、じぶんと重なる短編集」
山本文緒の物語の醍醐味を、この1冊でたっぷり味わうことができます。短編集に描かれた人物や背景は、けっして特別なものではなくみんな私たちが日常で目にしたり、体験したりするものばかり。だからこそ、最初の1行からすっと心に入ってくるのかもしれません。誰もがふとしたことで抱いてしまう弱い気持ちや、負の部分。
読んでいると、鏡をつきつけられているような気分になります。自分について考えさせられる、そして読んだ後はスッキリとした気分になれる本です。
・「共感するものこそ自分が失いたくないもの」
「喪失」をテーマにした短編集。「いってしまうもの」は恋人や友達、両親、プライドや信頼、感情だったり、価値観だったりする。12の短編には12人の人間がいてそれぞれ違うものを失い、違うものを拾う。それらの物語を読むうちにどれかは自分に共感するものがあるだろう。それはきっと自分の失いたくないもなのだろう。
『ドーナッツ・リング』『まくらともだち』『片恋症候群』『泣かずに眠れ』おすすめなのではなく共感できたもの。実際にあったら怖い話もあるけど。
浜野雪江さんのあとがきがよかったので紹介。「それぞれの結末はストーリー上の終末を想像させると同時に、読者一人一人に「あなたにとってはどうすることが本当の幸せですか?」
と、その人の人間性なり人生観を問うている。つまりその瞬間、読み手はいやでも心の奥底で眠っている自分自身の本質と向き合わねばならず、その結果、意外にすんなり答えが出てくる場合もあれば、樹海の入り口でおいでおいでをしている手にまんまとからめとられる場合もある。答えは読み手の数だけ用意されている。」
・「共感」
山本文緒さんの作品は女性の心理を捉えるのがとても上手で、いつも驚かされます。私はこの本を2度読みました。なる程とうなづく場面が多々あり、100%共感です。女性には色々な悩みがありますね・・。
・「心のからまった糸がほぐれた」
タイトルから察することができるように喪失感がテーマの短編集ということだった。ある人との別れを意識した瞬間、その人との関係を喪失する淋しさがずしんと来ていた私はこのタイトルが気になった。12の短編集はどれも心に響く感動があった。特に「不完全自殺マニュアル」「片恋症候群」はその中で、自分が過去に感じた心象風景がまるで言葉として著されているような、からまっていた心の糸がほぐれたような感動もあり余計よかった。話そのものがまた結末が知りたくて、どのお話も一気に読めてしまう。多忙な平日の夜、束の間、蜃気楼のオアシスみたいな読書時間が持てたことがまた嬉しい。
・「喪失感と恐怖感と安心感」
自分が今大切にしているものを失うのは怖い。大切にしているものが傍から見ればただの「見栄」であっても「くだらない」ことであっても「過剰」であっても、それらを失うことは怖い。けれど、その大切なものを大切にしすぎるあまり何かを喪失してしまっている。もしくは漠然とした喪失感に包まれてしまっている。
その「喪失」と「大切なものを失う恐怖」と、「喪失による恐怖」と「それらからの脱却(安心)」が端的に見事に書かれていると思う。但し、読後感は爽快ではなく、しんみりした感じです。しんみりとはいえ、嫌な感じはないですよ。
●Q&A
・「物言わぬは腹ふくるる業」
なんと変わった形式の小説。聞き手と話し手が代わっても、ナンバーもなければ、小見出しもなく、切り替わっていきます。都内郊外の大型商業施設で起きた大きな死傷事故の聞き取り調査のもようが、延々と語られていきます。同じ日同じ時刻にMという店に居合わせた人々の、記憶を頼りに、事故の原因を特定しようとする・・・と、始めは理解して読んでいたのですが、途中から、そして読了してみて、これは事故の謎解きではなく、大事故に遭遇した人々の心的世界、それも、負の世界を暴くかのような小説だと思うようになりました。
聞かれたことに答えるだけでいいのに、登場する人物は時間がたてばたっただけ、心に降り積もるものが多くなり、言わずもがなのことまで自ら語るのです。また、しっかり覚えていると思っていることも、言葉を与えようとする時に、ああかこうか言い惑い、それらしき言葉を発してみても多少のブレは出てきます。また与えてしまった言葉に枠組みを固められて、自分で言った言葉なのに自分で再確認するかのようなまだるっこしさ。話し手の心に在るものの違いによって、毒を含んだニュアンスになったり、懐疑的になったりする、そのズレ。微妙にくいちがう証言が、その人その人の立場や、抱え持つコンプレックスの裏返しを、影絵のようにあぶり出していく過程が、とてもおもしろかったです。
見たもの聞いたもの感じたものを、言葉で表すことの不条理さ。穿ちすぎかもしれませんが、私には、恩田さんが、作品の陰から“で、あなたはどうなの?”と言っているように思えてなりませんでした。生きるか死ぬかのパニックに巻きこまれた時、吹き出すように出てくる心の滓り。生き残っても被さってくる自責の念。きわどい生と死の線引きに、振りまわされる心。恩田さんは、人間のそういった頼りない心や何ものかに囚われていく心を、いつも的確に表現しては、私をぎょっとさせてくれる作家です。
・「page turnerといえる一冊」
都内の大手ショッピングセンターで死者69人、負傷者116人を出す惨事が発生。原因は当初火災かガスの散布と見られたが、生存者や消防隊員など関係者の証言を総合していくと、目立った原因がどこにもないことが分かってくる。事件は一体なぜ起きたのか…。
登場人物の証言だけで物語を組み立て、事件を多面体として提示する手法はとりたてて斬新ではありません。宮部みゆきの「理由」や有吉佐和子の「悪女について」などが同様ですし、映画では黒澤明の「羅生門」がそうです。
しかし手法が目新しくないとはいえ、この小説は十分成功しています。私は大いに堪能しました。先の展開が気になって頁を繰る手を休めることができない、すこぶるつきの面白さを持つ作品です。
この小説が炙り出すのは、私たちが生きる「大いなる疑心暗鬼の社会」です。この社会ではいつなんどき災難が降ってくるか知れず、また身近を歩いている他人が何をしでかすかも分からない。そんな大勢の「不安」と「焦燥」が渦巻いています。そしてこの<疑えば目に鬼を見る>状況が新たな災難の火種になるという、はなはだやりきれない事情をこの小説は見事に描いてみせます。
この小説を読みながら、私はある体験を思い出していました。 92年にパリの地下鉄構内を歩いていた際、目や喉に突然差し込むような痛みを感じたのです。構内で誰かが痴漢防止スプレーを撒いたようで、私を含め多くの客が被害に遭いました。それでも目立ったパニックが起きなかったのは、あれが地下鉄サリン事件の3年前、そして同時多発テロの9年も前の出来事だったからでしょう。
しかし、2002年近辺に時代設定されたこの小説を読むと、私たちはもう抜き差しならない時代に生きているのだと痛感します。生きるためには人間への信頼を捨てざるを得ないような登場人物たち。そして現実世界の私たち。 暗澹たる気持ちを抱かせる、実に迫力ある小説です。
・「とにかく、こわい!」
怖かった。怖い夢までみた。
インタビュー形式が、実際にあった事件のような気にさせる。
地下鉄サリン事件のあの「何が起こってるかわからない、自分も一歩間違えるとあの電車にのってた」という不安な気持ちが思い起こされた。
今までの恩田陸の中でちょっと毛色が違うのかな?
今までの恩田陸の中で一番面白かった。
確かに、途中からちょっと違う方向へゆき、ラスト。あの前半のままひぱって欲しかったな。
・「話の中に潜む“魔”の不気味さに、ぞくぞくしました。」
2月11日の祝日、大型のショッピングセンターで事故が発生。死傷者、怪我人多数。一体、何が大事故の原因となったのか? その事故当時の様子と、事故の後に起きた出来事が、関係者の証言によって次第に明らかになっていく話。 話の趣向が一風変わっていて、タイトルにもあるようにQ&A形式、あるいはふたりの人物の会話によって進んでいきます。
関係者の証言、やり取りが積み上げられていくに従って、事件の全体像が垣間見えてきます。しかし、そんな大事故を引き起こした真相は何かとなると、これが容易に特定できない。そのうちに、郊外型の大店舗で起きた事故は、次第に都市伝説じみた奇怪な相貌を覗かせていくようになるのですね。
事故の原因を特定できない時に、行き場のない被害者の憎しみや悲しみはどこに向けられるのか。また、それまで何となく感じていた存在が、“言葉”として名前を与えられたことによって突然認知される不気味さ。パニック状態になった群集心理の怖さ。そうしたことが、Q&Aスタイルの会話の端々からこぼれ落ちてくるように感じられ、ぞくぞくしながら読み進めていきました。
ラストの展開には意表を衝かれました。全く予想していなかったので、不意打ちを食らったって感じかな。読み手によって好みは分かれるかもしれませんが、私はこのラスト、気に入りました。
・「この雰囲気がたまりません!」
読んでいるうちに物語が分かってきます。分かってくる内にも様々なことが分かってくるので、飽きてきません。
内容に触れてしまうのであまり書けませんが、ワクワクしながら読めるのでおススメです!是非どうぞ!
・「何かせつない。」
僕は高校時代男子校で、こういった経験はありません。でもって当然バスに乗る方を選んでしまうぐうたら生徒だったと思います。でも何だろう… この本を読んだ後の「何か俺、青春時代にとんでもないもの置いてきちまったなぁ〜」という感覚。高校時代はもう十数年も前になりますが、確実にその時の自分を呼び起こす力みたいなものがこの本に秘められていると感じました。なんだろう、ワンワン泣くでもなければ、笑い満載ってわけでもないんだけど、むしろ質素な感じ。そこがとてつもなく愛おしく感じさせてくれる作品だと思います。置いてきたものはもう手の届かない場所にあるけれどあの時の純粋な気持ち、感覚はきっと何十年経っても思い起こす事が出来るんだ。まだまだ青春真っ盛りになれます。
・「貴子・起こり得た奇蹟。」
ともすれば吹き上がってきそうになる想いを、抑え抑えしながら読了しました。甲田貴子と西脇融を中心に描かれた青春群像に、自分のその時代とは何の接点もないはずなのに、どうしようもなく重なってしまう友人たちの顔、顔、顔。夜を徹して80㎞をただただ歩く、北高の「歩行祭」で、貴子の胸に秘めた一つの賭けが、どう展開するのかもさることながら、恩田さんが鮮やかに描き分ける、高校3年生たちのどの人物にも、自分の過去の友達が重なってきて胸に迫るものがありすぎました。必死で歩く彼らが、苦痛を紛らわせるために話すおもしろいこと、楽しいこと、恋の打ち明け話、将来のこと。気の合う大事な友人としてお互いに選び合って、最後の行事をともに過ごすことの意味。お互いが理解しあうためのぎこちないとも言える手続きが、今の私には眩しく思えました。友情だけは、差し替えがきかないものだと、つくづく思うからです。思い切ってやってみることで、つかむことができるものは、恋や勉強だけじゃない。貴子は、融との関係を、自分の人生に深く関わるものと捉えたからこそ、自分の賭けを行動に移せたのです。もちろん、後押ししてくれた友人たちの気持ちもちゃんと理解しながら。貴子と融における関係は、確か『まひるの月を追いかけて』で使われていたモチーフだったと思うのですが(違っていたらごめんなさい)、それがこのような学園ものの青春小説でどう展開するのか、興味津々でしたが、実に鮮やかに恩田さんは、味付けを変えて差し出してくれました。「ノスタルジーの魔術師」の手腕に、見事に 嵌められました。起こり得た奇蹟は、ちゃんと私の胸に納まっています。
・「もっと知りたい」
80キロという常軌を逸した距離を歩く高校生活の大イベント「歩行祭」。そのイベントを青春の決算として、様々な人間模様が繰り広げられます。まず、歩行祭という舞台設定が秀逸でした。青春小説の定石であるクラスや学園などは登場せず、ひたすら歩く。その極限状態だからこそ、普段出来ない話をしてしまう。そこから、登場人物の普段の生活や思いが鮮やかに浮かび上がってきます。 話的にはちょいと出来過ぎという気もしますが、「歩き続けるのは辛いけれども、歩行祭は終って欲しくない」という登場人物とページをめくる私たちは、気持ちを共有出来るでしょう。その点でも、良質の青春小説。
・「本屋さんはいい人なんだ。」
なぜ、この本が「本屋さんが薦める1位」なのか興味を持って読んだ。読み終えて何となくわかった。本屋さんたちはやっぱり本が好きなんだ。こういう本を商業主義に走ることなく、若者から中高年に至る多くの人に読んでほしいと思う気持ちに少しホットした。特別なドラマや事件が起きるわけでもなく、1昼夜を通して80キロを歩き抜くという高校生活最大のイベントのスタートからゴールまでを通して、友情や恋愛、家族、これまでの自分の人生、そしてこれからのことについて悩み真剣に向き合う若者の姿が描かれている。たった一晩なのに、友と肩を並べ夜通し歩くことがそうさせるのか、深い夜の闇がそうさせるのか、これまで長い間こだわっていた心のわだかまりが、ひとつひとつ分かり合え、そのたびごとに成長していく若者の姿が実に羨ましい。特別なことではないのに羨ましい。これを読んだ若者はリアルタイムに憧れを抱き、中高年は自分の青春時代を懐かしみ、現実の世界で生きている今の自分との差を無情に感じることだろう。だけどそれはやむを得ないことなんだと思う。大切なのは最後まで歩き通すということなんだから。誰もが心の一番奥深くにもち続けていてほしい淡くせつないもの。決して失ってほしくないものがこの中にある。だから多くの人に読んでほしいと思ったのだろう。本屋さんはいい人なんだ。
・「私はとても好きです。」
読み終わった後に、とても幸福な気持ちになりました。登場人物たちに「悪人」がいないからかもしれません。憎んだり妬んだりといった感情は見られますが、この物語の登場人物たちは皆とても「寛大」です。それを物足りないと感じる意見もあると思いますが、私は彼らに好感を抱きました。
また高校時代のことの頃を思い出して、懐かしくなりました。自分も田舎の進学校に通っていて、おもいっきり文系だったので、主人公の言葉に色々共感するところがありました。(英語ができる理系に憧れるところとか(笑))人によって共感する部分は様々なんだと思います。だけどどこかひとつでも自分と重なる部分があったならば、物語はぐんと面白くなるのではないでしょうか。そして自分の高校時代のこと、(はしゃいだ行事のこととか、仲の良かった友達とか、好きだった人のこととか)が思い浮かぶことで、楽しかった気持ちが思い出され、それがこの作品を「素敵だ」と感じさせることに一役買っているのだと思います。そうやって自分の思い出がプラスされることで、「かけがえのない一冊」になるのでしょう。
ストーリーのほとんどが「歩行祭」のなかの出来事で、特に大きな事件が起こって云々…という話ではないので、退屈に感じる方もいらっしゃるかもしれません。けれど、私はとても好きな作品です。
・「伊坂ワールド」
小説の中だからこそ作れるミステリーという感じ。
現在と二年前のストーリーが交互に展開していって、それまでの不思議な行動や、些細な会話も全部納得できて、ストーリー的にもちょっと感動できるラスト。
伏線の張り方がさすがだなと思いました。なんとも言えない後味を残すのがすごい。
・「二年前と現在との交錯」
引っ越してきたアパートで出会った青年、河崎に、本屋襲撃の計画を持ちかけられる僕。その一方で、二年前の出来事が、河崎の元恋人、琴美を通して語られます。
現在にも二年前にも登場するのは河崎。“二年前”は、河崎にとっては終わっておらず、現在も続いています。本を読み続けていくうちに、現在と二年前がつながってきて、話の全貌が明らかになります。所々に話の謎を解くキーワードが散りばめられているので、細部にまで注意をして読みたい本です。
・「優しくて切ない、それぞれが紡いだ想い出」
伊坂幸太郎にあふれんばかりの感謝をしたい。個人としては伊坂のベストに推したい作品。正直、読後言葉を失った。
言うとすれば大いなる想い出の物語。最後のほうに、椎名がひょっこり現れただけ。だけど、椎名がいないとこの物語は完成しない。そこがまた大きなポイントになっている。
人と人との出会いや過ごした時間がどれだけ大きいか。出会ったらいつかは分かれてしまう。本作の登場人物の生き方はあまりにも個性的で、訴えるものがあって、残したものがある。完璧な人間なんていない。だからこそ、人と人との出会いがもたらすものは、かけがえのないものだ、と。解説の言葉を借りるなら、それぞれの人生が交差することでもたらされた奇跡か。
本作が何故爽快な読後感を残すかは、ドルジが関与しているのが大きいのだろう。そしてだからこそ、最後のどんでん返しにつながってくる。意味のないことなんで殆どないと思いながら読み進めないといけないくらい、伊坂はとんでもないトリックスターである。
全体的に、どの伊坂作品よりも優しさを感じる。現実なようで現実のようでない。文体のせいもあるだろうが、登場人物達のおかげでもあるだろう。彼らの会話戦はいつになく楽しい。ほんとに翻訳物を読んでいるかのように。それまでも小さな伏線にしてしまうのだから、全く気が抜けない。最後の最後に彼らの想いや意志がようやく分かる。そのとき、話とはまた別な感動が待っているだろう。彼らとの出会いに、読者も思わず感謝したくなる。素敵な物語を紡いでくれてありがとう。
『重力ピエロ』から繋がるような大事なことはあっさり言ってしまう、そんなスタンスが大好き。宗教を絡めてくるあたりがまた本作の巧さだろう。細かいことを気にしないで、どうせならポジティヴに生きてやろうじゃん。そうじゃなきゃ、前には進めない。だからこそ、生きることは楽しい。
・「カテゴライズに困る本」
ミステリーなんだろう。ミステリーなんだと思う。
でも、印象に残るのは人物の心。
人物の心をこれだけ淡白な文章で表現できるのは凄い。私の場合、人物の心を追って読んでいたので、結構読後はもやもやした。人の幸せとか不幸ってのは、その人物にしか分からない事であって、現実なんて、そんなもんで、そして自分は生きていて・・・・・・
そんな感じでもやもやした作品。読後は悪かった。もやもやしたし。でも、印象に強く残る作品。
好き嫌いではなく、なんかよく分からないけど、凄いなって思う作品。読後の印象が悪いのに星5つあげたくなる作品。
でもって、読後の印象はいまだにもやもやしてるんですけどね・・・
・「すげえ。」
すごい。その一言に尽きる。物語は現在の普通の大学生・椎名と、二年前の利発的な女性・琴美の間をカットバック形式で進んでいく。まったく違うような話でいて、河崎や麗子さんといった人物が共通して現れて、片方では本屋襲撃、また片方ではペット殺しとの遭遇といった事件が展開していく。理解しきれないまま後半に突入すると、急に現在の椎名が体験する奇妙な事件と、過去の現実味のあるスリリングな事件が結びつき始める。そして、冒頭に張られた伏線や二年前の「思い出」が、一気に収斂して行く。「アヒルと鴨」とは何のことなのか、書店襲撃の意味とは、、、。読了後、物語すべてを見つめた「神様」ボブディランの歌声が頭の中で渦巻いて離れない。
・「陽気で痛快」
銀行強盗4人組のお話.ですが,人を傷つけたりするなどということはありません.計画的に,そして美しく去っていく愉快な人たちです.
4人それぞれが特技を持ち合わせているわけですが,中でも『おしゃべりな男』の個性は抜けておもしろいと思います.
ことあるたびに彼は口を出し,仲間たちとも言い合うのですが,すべてが理屈っぽく,くだらなく,うるさいのですが読ませてくれます.そして,それらを適当に交わすしたり茶化す仲間たち.これらのやり取りはコメディのような雰囲気さえあります.
シリアスな部分もあったりしますが,全体的にはユーモラス.テンポもいいので飽きることなく読むことができると思います.
・「銀行強盗が洒落た職業に見えてくるから不思議だ」
2004 このミス6位2003 文春ベスト10 11位「軽快な文体で良作を書き続ける作家が、ギャング小説?を書くとこうなりました。」という作品。作者が書くと、銀行強盗が洒落た職業に見えてくるから不思議だ。
・「最高です!」
こんなに軽快でお洒落で面白い小説を久しぶりに見た。冒頭からテンポの良い登場人物たちの会話にぐいぐいと引き込まれて、ラストまで一気に読み進めてしまった。特に大人4人がみんなで顔をつき合わせて、わいわいと銀行強盗の計画を練っているシーンはとても微笑ましくて、なんだか可愛らしい。人間嘘発見器の成瀬と口からでまかせばかりの嘘つき響野が20年来の大親友など、登場人物の人間関係も魅力的。
・「何も考えないで読んだほうが」
いい。
まるでルパン三世を思わせる痛快クライム・コメディの傑作。
タイトルについて・・・・。
数人の人が「先が読めてしまう」と言及しているが、そんなことにならないように何も考えないで一気読みをおすすめする。まあそうすれば意外とすごいスピードで読むことが出来ると思う・・・・。
敵と味方の騙しあい、裏切り者は誰なのか?映画化された傑作小説。良くも悪くも映画のようだが、あえて☆×5。
・「バンク行くなら、ボストンバッグ。」
本に書いてあることは、たいていデタラメで、目次と定価以外全部ウソ。だけど、リアリティを感じてしまう。超人的な能力を持つ登場人物たちにも憧れに似た親近感を持ってしまう。そもそも、人間が頭で考えることはイメージに過ぎず、実体がない。とくに1人でいるとイメージの膨張は止まることを知らない。厄介なことに実体がないので破裂することもない。この本を読むと、自分が現実的に生きることはあっても、現実のみでは生きられないことがよくわかる。まぁポストが赤いのも、野球に延長戦があるのも、人間のせいなのだから仕方がないだろう。
・「陽気な響野の日常と襲撃」
響野氏が出ている、それだけで星5つですね。響野ファンなら当然でしょう。 前作”陽気なギャングが地球を回す”で響野氏に魅了されたのなら、本作も間違いなく魅了されるはずです。 また、前作を読んでいない方、前作を読んで”響野”を体験しましょう。そのほうが本作を楽しめますよ。
さて、本作を読んだ第一印象ですが、久遠、面白くなったなーでした。今回は久遠もなかなかいいです。響野氏はもちろん最高でした。 またいつか響野氏に会いたいものです。
・「陽気な4人が帰ってきた!」
1章はタイトルにある『日常』の部分です.もちろん一般的な日常生活などではもちろんないわけで,それぞれが事件に巻き込まれ,それぞれの個性のもと解決していきます.また,この章で4人が揃うことはないのですが少しずつリンクしており,読み終えたとき,4つ事件の時系列が判明しスッキリと繋がるようになっています.
2章以降が『襲撃』の部分.物騒なタイトルにも惹かれどんな強盗劇を?と期待するも,残念ながら今回は銀行強盗がメインではありませんでした.それでもちゃんと別の事件が用意されており楽しませてくれます.
もちろんこの『襲撃』も『日常』とリンクされており,伏線回収というか「あぁあのときの」と思うところがいくつか.これはニヤリとさせられるところだと思います.
おしゃべりな男の口先はさらに滑らかになっているようで,会話のシーンが目に浮かんでくるようで何度かクスリとさせられました.長編ミステリとなっていますが,痛快娯楽作とでも表現したいです.
一応,前作を読まなくても話はわかるようになっていますが,やはりそれぞれの個性や特技を把握するには読まれておいたほうがよいかと.
・「これはおもしろい!!」
伊坂先生初の続編となるこの本、とってもおもしろかったです☆前作もテンポの良い展開、軽妙な会話、散りばめられた伏線、個性的なキャラクター達で楽しめましたが、今回は個人的に前作よりも笑いました!もう、あの会話のセンスは伊坂先生ならでは!といった感じですね。ストーリーは銀行強盗がメインではないのですが、あの4人がやっぱり事件に巻き込まれてしまいます(笑)前半は4人それぞれの日常・・・のような事も描かれてます☆成瀬さんの公務員振りも拝見できますヨ♪
・「愛すべき悪党たち」
前作「陽気なギャングが地球を回す」から伊坂作品の虜になった身からすれば、本当に「待望」の本作。続編というのは大抵外れだ、というセオリーに対する不安を吹っ飛ばしてくれるくらい、存分に楽しませてもらいました。4人の魅力は益々増してるし、ドタバタ具合も前作に引けを取らないと思います。特に響野、久遠コンビは今回も良い味出してます。個人的な感想としては、オチは前作の方がインパクトが強かった気がするのですが、今回のオチはオチで、タイトルにも含まれている日常感が出てるなぁとも感じたので、やはり星5つで。
それにしても銀行強盗しているのに、最終的には彼らが良いことをしてるように思わさせられるなんて、本当に愛すべき悪党たちです。
・「待ってました!!」
「陽気なギャングが地球を回す」の続編!!4人のギャングたちは今回も素敵でした♪前回にもまして響野さんのセリフには笑ってしまった(笑)
長編でどっぷりと伊坂さんワールドに浸ることができます。最初のほうに4人がそれぞれ単独で出てくるので、それもまた楽しいですよ♪特に市役所で働いてる成瀬さんは素敵です☆
やっぱりこの4人は大好きです!!
●きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)
・「切なかった。」
少女の空想から始まった、同じ思いを抱える少年との出会い・・・。
クラスに馴染めなくて、いつも寂しい思いをしていた主人公が、頭の中に思い描いたケータイによって、ある少年に出会う。その少年も同じように頭の中にケータイを思い描いていたと言う。今まで誰にも話さなかった想いや、お互いの事を訊いたりしながら、
次第にふたりは仲良くなっていく。
「・・・・気にしていたほどのニキビではないね・・・・」のセリフに泣かされました。乙一さんの描写はとてもいい。展開も好きです。ありそうで、ない、そんな世界を見せてくれます。
読んだあとに残る、気持ちはとても優しいです。ぜひ、読んでみてください。
・「感じたこと」
「小説みたいな恋がしたい」という人がいますが、「CALLING」のような恋でもその人は受け入れることができるだろうか、とボクは時々思います。ボクには到底できないからです。悲しすぎて涙なんか出ませんでしたよ、ホント。
・「安心して読める本」
この本は私が乙一さんの本に出会うきかっけになった最初の本です。こんな不思議な話をかける人もいるんだなぁ、と思っていたらファンになっていました。このお話は不思議なテンポで進んでいく切ないお話です。この本のでは「傷」が一番印象的でした。人間ってどうしても綺麗な部分だけでは生きられないものですよね。当たり前だけど。
読んだ後に誰かに優しくしてあげたくなるような本です。乙一さんをまだ知らない方は、もしかしたらこの本で私同様ファンになってしまうかもしれませんよ。
・「切なさの魔術師」
ヤングアダルトなので最初は買うのをためらいましたが、購入。結果、ヤングアダルトのイメージが大きく変わりました。文句なしの力作です。表題作「Calling you」多分一番ヤングアダルト的じゃないでしょうか。内容は充実していますが、対象としている年齢が若いかんじ。主人公の「人とつながっていたい」という気持ちは、多くの人が共感できるのではないでしょうか。主人公とは正反対に、明るくてクラスの人気者、という人であっても。「傷」超能力を持つ純粋で清らかな心を持った少年の話。人にはない能力を持った者の苦悩というテーマはわりとよく見かけますが、この作品は加えて自己犠牲の精神にも触れています。読んでいて辛くなるところも多いのですが、基本的には再生の物語。「華歌」正直ヤングアダルト対象年齢の私にはちょっと難しかったです。子を持つ人にはとてもおすすめです。この作品を加えたことで、ヤングアダルトの域を大きく超えられたと思います。
乙一さんは不幸の中でぎりぎりのハッピーエンドを導き出すのが上手ですね。このきわどいバランス感覚こそが乙一さんを乙一さんたらしめているのでしょう。乙一らしい作品集だと思います。
・「奇妙に優しい物語」
私はケイタイを持っていない。欲しくても、かけてくれる友達が居ないから。そんな少女の想像から生まれた携帯電話が、彼女の頭の中で着信音を鳴らす。それは、少女と同じ寂しさを持つ、少年からの電話だった。
これは、寂しさと、切なさと、幼い頃に忘れてしまった何かと、ほんの少しの奇妙さと、そして優しさを上手に取り混ぜた物語。
・「ダメ人間から目が離せない」
ホームレスに憧れる男、アイドルオタク、頭の悪そうなフリーター女子、ギャンブル中毒の男、売れないお笑い芸人を好きになった女の子。世間的にはダメ人間に分類され、本人は大真面目だが傍からみると滑稽という人たち。劇団ひとりのコントなどは彼らの真剣さゆえの滑稽な部分を表現して笑いを取る。だが、小説では彼らの内面を中心に描いている。傍からみると笑えていたダメ人間たちだが、真剣に生きて思い悩むひとりの人間として浮かび上がってくる。
いきなりこのレベルの短編集が書けるとは、芸人にしとくのはもったいない。ベストセラーになるのも頷ける内容だ。ぜひ小説家に専念して欲しいと本気で思う。
・「不思議な魅力がある本です」
あまりにも評判が良かったので、手に取りました。前評判がいい本の場合、期待しすぎてがっかりするケースもよくありますが、正直言って評判以上におもしろかったです。
第一の魅力は登場人物。ホームレスに憧れる男性、アイドルを一途に愛し、応援し続ける男性、「なんとなく」カメラマンになりたいと思っているフリーターの女性、悪者になりきれない小心者のギャンブラー、売れない芸人に恋して上京した女性など、ちょっと社会からはみ出した感じなんだけど、自分の心の片隅にも住んでいそうな人たち。さえないけれど、自分らしく生きようとする彼らの純粋な姿に、ある時は笑わされ、またある時はしんみりさせられます。
第二の魅力は、劇団ひとり氏の人間観察力とそれをユニークかつ適切に表現できる筆力ですね。頭の中にイメージは浮かび上がっても、それを実際にことばで表すことはとても難しいことです。本業でもないのにこのレベルのものが書けるのはすごいと思います。
第三の魅力は、意外性のあるプロットと人物のつながり。読めば読むほど、「もしかしてこの人は…」という発見がありそうです。
そして何よりも、各登場人物へ向けられた温かいまなざしが、すがすがしい読後感を誘います。「自分は自分なんだから、そのままでいいんだよ」と背中を押してもらえた気がします。
・「せつない。わらった。」
一生懸命生きていてもなんだか空回りしちゃって、でも力を抜いて生きてみても、結局だめだった。そんな空回りな人々が織成す物語。純粋で面白いと思いました。生命力にみなぎってる人よりもこういうチョッと何かが欠落してる人のほうが味が出ていいんだよなぁ。なんて思いながら読みました。
・「すっかりファンになりました。」
もともと劇団ひとりさんは好きでしたが、この作品には驚きました。どうも、「芸能人が書いた本」みたいな冷めた感覚が心のどこかにあるようで。
この作品、1日で読みきりました。本当に、この本大好きです。これはずっととっておきます。文章も読みやすく、心情の描写も素敵です。すごい才能あると思います。
是非!あらすじを読まずに、すぐ作品に入っていただけると良いです。
心にじんわりきますし、「ここはこうだったのかっ!」ともなるんです。
自分の中の傑作本の上位です!
ぜひドラマ化してほしいです。
・「登場人物のつながりが絶妙」
読む前はいわゆる「芸人本」と思ってあまり期待していませんでしたが、読み始めると非常に面白くて一気に読んでしまいました。それぞれの章で主人公が異なり、それぞれの内心が描かれています。面白かったのは、それぞれの章の主人公がつながっているという点でした。つながりが絶妙で、最後の方は、前の登場人物がどこで出てくるのだろう、と楽しみにしながら読みました。芸人が書いたとは思えないほどの名作であると感じました。
・「世にも美しい愛の物語」
この小説は、事故による特異な障碍で記憶が80分しか保たないが、卓立した数学者である「博士」と聡明な「家政婦」さん、そして頭の形から「ルート(√)」と呼ばれるようになった家政婦さんの利発な息子との世にも美しい正三角形の、いや博士を頂点とする二等辺三角形の愛の物語である。この3人の互いを切ないほど思いやる心根に、気持よく感動してしまった珠玉の作品で、最終章ではちょっと眼が潤んでしまった。
・「暖かく静かな時間」
私にとって小川洋子さんの作品はこれが初めてです。その一行目から引き付けられ、一気に読みました。読んだというよりは読まされたと言うべきでしょう。主な登場人物は事故で記憶する能力を失った「博士」、シングルマザーの家政婦「私」と息子「ルート」、博士の義姉の「未亡人」。おお、忘れてはいけないのは阪神タイガース、江夏豊、背番号28。です。小川さんの文章はとても簡潔です。読む人の五感に刺激を与え、目の前に見せてくれます。博士が着ている古ぼけた背広の肌触り、その背広にクリップで留められた記憶代わりのメモ用紙の大きさ、めくれ加減。「私」が作る夕食の味。雨降りの土の匂い。そして心への刺激。小川さんの文章には常に暖かく静かな時間が流れています。普通の生活の会話には決して出てこない「数学」という非日常の言葉が逆に日常の営みや感情をゆっくりと際立たせます。ひとり一人の人物は優しく、心の中には悲しみを持ちながらも前を向いて生きています。(「ルート」君はちょっと出来すぎ。私もこんな息子が欲しい!)人生には別れは付き物ですから最後の数頁は涙で文字がぼやけて大変でした。けれど悲しいというのではなく、愛しい切なさというのでしょうか。この作品を原作とした映画が封切られます。この暖かい静けさがそのまま生きていてばいいなあと思います。巻末の、数学者である藤原正彦先生の解説も、とっても気が利いています。
・「あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸」
「数式」という言葉が入った題名に少し腰が引けたが、「本屋さん大賞」受賞作ということで読んでみた。他のレビューにもあるように、「やさしい」作品である。作品全体を通し、ゆるやかに、そして優しく流れる時間を感じることができ、あたたかい気持ちにさせられる文章が秀逸である。 「本屋さん大賞」がなげれば、私が絶対に読まない類の本であった。「本屋さん大賞」にも感謝したい。
・「再読」
初めて読んでからはや3年あまりたちまして、今回、小川 洋子の「物語の役割」筑摩新書を読んで、読み返しました。 初めて読んだときはたいしたことのない小説だとおもいました。特に、感動もせず、ありきたりのような話だとおもい、第一回本屋大賞受賞作のレベルを疑いました。 今回、新しい視点の基に本書を読み返すと、自分が物語の中に入っていなかったことを実感しました。初読では、何か外側からしかこの物語に参加できていなかった自分を発見することができました。著者の記憶が80分しかない人間とのかかわりの設定に人間と人間が本当に人生の一瞬、一瞬しか出会えないということの気づきを感じました。果たして、私には通常の記憶があるが、私は大切な人は物に出会う準備と集中力、静けさを感じる感受性をはぐくめているのだろうかと考えさせられました。3年前はこの本のよさがわかる心がまだ、私になかったのだと思いました。一切の派手さはない小説ですが、心に残る行間があると思いました。
・「コンパクトな数学へのお誘い」
数学を指向するということは、人を愛することと同じことだと教えてくれる。 友愛数、完全数など、数にまつわるお話はおもしろい。
数学嫌いだった人には、こんな面もあるかという感じで、数の楽しさがにじんで来るような気がする。最後に、オイラーの公式のおもしろさを教えてくれる。
ps.涼宮ハルヒも、この本を読んだに違いない。
・「久々にすごいと思える本に出会った」
たまたま出来た空き時間に、ぶらっと本屋に入り、平積みされていた文庫で一番高く積まれていたので、取りやすかったし、値段も安かったので児童書と知りつつ購入。読み始めて、気付いたらもう読み終わってた。「すごいな」というのが印象。まず、女性が書いたということにすごいと感じた。登場人物がそれぞれ魅力的だし、内容も濃い。巧の精神的な強さに「おらんやろー、そんなやつ」と思われる向きもあるだろうが、プロに行こうと思っている子供たちには巧のような子はいっぱいいるだろう。とにかくすごさに圧倒されて、翌日書店が開くのももどかしく、6巻まで買いに走った私でした。「バッテリー」売れているのは知っていたが、たかが児童書となめてたらえらい目にあった。これが児童書?完全に大人向けの小説やん。最近テレビでたまに見かけるあのおばちゃん、恐るべしやね。参りました。
・「読む人による。」
個人的には好きな作品。野球に興味はなかったが、この作品によって少しは興味を持てたと感じている。どこがそんなに良かったか。それは、心理描写である。とにかく凄いとしか言いようがない。中学生の、少年の、ベースボールプレーヤーとしての心情が、しっかりと描かれている作品だ。それは主人公・巧にしてもそうだし、彼のキャッチャーである豪にしても同じである。私たちが中学生の時に感じたであろう、不安や些細な出来事に対する気持ちなど細かく書いてあり、非常に共感する部分が多かった。 私はこのように思うが、中にはBL的だとか野球小説ではないと考える人もいるだろう。しかし、これから成長していく子供達にとって、こういう小説こそ読まれるべきだと思う。いろいろな世界、考えを知ることにより、豊かで自分なりの思考を持つことができるのではないのだろうか。 これからも、是非この作者に注目していきたい。
・「生い立ち」
「スカウト」(後藤正治 著)と言う本を少し前に読んだ。プロのスカウトは、最高球速や通算本塁打数と言ったスペックは勿論のこと、選手の性格や育った環境も知り抜いておくものだそうだ。"生い立ち"によって培われた人間性が勝負を左右するからである。その為、一般の人とは全く異なるだろうが、私は「一つの才能が(仮に)プロに入るまで」と言う観点を持って読んだ。家庭環境、一緒に居たメンバー、土地柄・・・全てが野球選手として意味があるのだ。
この本には野球選手一人一人に"生い立ち"がある事に思い至らせる力がある。それ程、登場人物の内面描写と台詞が卓越している。
主人公は早熟の天才である。故に中学入学前にしては尋常でない自負と目線を持ち合わせている。あり得ない、かもしれない。だが、彼も3年後には甲子園、6年後にはプロ入りしている年齢なのだ。逆算すれば、おかしくない。
※注意※一部の方が書かれている通り、野球そのもののシーンが多い訳ではないので、野球小説目当ての方はその点斟酌願います。
・「不健全な家族と野球少年」
主人公の巧が抱える孤独感に胸がつまり、何度か泣きそうになった。巧の家族は一見どこにでもある普通の仲の良さそうな家族であるがその内情は不健全でところどころ歪んでいる。人はいいが、仕事一筋で子供のことに関心が薄い父。天真爛漫だが病弱な弟。その弟を大事に思うあまり依存性が高く、また長男の巧を省みない母。そして内に孤独を抱えながらも慣れすぎて自分自身で気がつかない巧。
この一家が、父の転勤によりある田舎町に引っ越してくるところから物語は始まる。環境の変化は個々、あるいは家族の関係を変化させ時に傷みを伴って問題が噴出したりもする。どうか最後には健全な家族になりますようにと願わずにいられないほどに自分は物語にひきつけられ、はまり込んでしまった。野球の中に自分の居場所をみつけ、なんとか自分を保っている巧がバッテリーを組むことになる豪と出会い、どう成長していくかが楽しみである。
・「冬の朝日の少年」
原田巧が好きかどうかで、この物語は決まります。彼の「認められたい、自分を過小評価しないでほしい、馴れ合いはいらない、ただ自分の実力だけを知ってほしい」と言うあまりにもまっすぐ過ぎる、小説だけでは分からないけど、恐らく射抜くような目をしているであろう少年に惹かれ、中学時代の友人を思い出しました。天才の近くにいるのは、冬の朝日の下にいるのと同じです。寒くて寒くてしょうがないのに、きれいで仕方ないから求めてしまう。自分の駄目さ加減、釣り合わなさに不甲斐なく思ってしまい、離れたいのに、それでも離れられない。そんな感じを思い出しました。巧の理解者になりたい豪も、巧がもっとも認めている人間、青波も、彼らの純粋すぎるまっすぐな姿勢には、読んでいる間本当に時間が中学時代に飛んだような錯覚を受けました。
大人になったら、妥協しなきゃいけない事、諦めてしまわなければいけない夢もある。中学生って初めてそれを知る時期です。その時期をどう生きるかで、その後の人生が全然違います。この時点では、まだ巧も豪も中学校には入学しておらず、その事にまだ気付いていません。これを読んで、彼らのその後を追いたくなったら、2巻もお買い求め下さい。
・「尾崎豊が読んだら」
尾崎豊が読んでいたらどんな感想を述べただろう。そう思った2でした。この話は進むに連れ,甘さをだんだん排除していっている。本当に児童書なのか。巧と豪以外の登場人物とバッテリー二人の落差が激しい分物語の深さがより深まって行く。全くすごい本だ。
・「IIになっても凄い。何なんだろう」
小説や映画がII、IIIと続くとマンネリ化していってヤだな、と思ってはいたが、どうしても続き(というより「その後」)が読みたくなって、文庫版が出た早々に買ってしまいました。で、相変わらずのパターンが続くのだけれど、相変わらすなぜだかぐいぐい惹かれていってしまう。とても共感できない主人公なのに。やはり、何も終わってないのに小説は終わってしまって、でも感動を伴った読後感が残る。 強烈な自信家の巧にはとうてい感情移入できない。もしかしたら、周りの豪や青波が作り出す過剰なまでのやさしさとの間の、傍観者とし居る作者の位置に感情があるのだろうか?
Iに比べて巧が少しまるくなっているような気がする。お父さんやおじいちゃんの性格(過去?)も明らかになってきてだんだん普通の小説のようになるのだろうか?Iの方がストレートなもの凄さが感じられたが、だからといってパワーダウンしたようにも思えない。 解説に完結した、と書いてましたが、文庫版でずっと待ってることにします(待てるだろうか?)。
・「心が震えます。」
ハードカバーを持っているのに、表紙の青波君に惹かれて買ってしまいました。でも、この『バッテリー』は二冊揃っても惜しくない価値が充分にある本だと思いますので、幸せです。いつでもふとした時に読めるようにブックカバーをかけて鞄に忍ばせています。今回のあさのさんのあとがきを読んだ今、胸が一杯になると同時に、『やった…!』と期待感でワクワクです。いつ最終話が出版されるのかまだ分かりませんが、一日千秋の思いで待ちたいと思います。こんなに待つことの楽しさ?と期待感を持たせてくれる本は、滅多に出会えないですからね!
バッテリーという、いい大人(笑)をここまで夢中にさせ、胸を打たせて、そしていつまでも透き通ってキラキラしている何かを残してくれる本には、そうそうめぐり合えません。一人一人、豪や、家族や、友人や教師の生き方や考え方にひどく考えさせられると共に、それを不器用だけどどこか軽やかに超えていく主人公の巧に魅せられます。
二巻では様々な障害や反発や教育にぶつかって行く、ちょっと辛い話であるかもしれませんが、それでも伸びやかに歩んでいく彼らの姿に、エールを送りたいです。この夏読書などしてみようかな?という方は、ぜひ読んでみて下さい。仲間で甲子園を目指す!というありきたりな野球物語ではない『バッテリー』にきっと熱くなれるはずですよ。
・「信じることの重み」
小さな虫が入ってきた。スタンドのかさに当たり、ノートの上に落ちる。黒いちっぽけな虫だった。句読点ほどの体で、単語の上をはいずりまわっている。指の先ではらうと、どこかに消えてしまった。虫は人間の指先にかなわない。ふっとそんなことを考えて、考えた自分がおかしかった。笑うつもりだったのにため息が出た。
―――おまえは、信じてないのか。
信じること。自分を、その力を、輝きを信じること。幾多のしがらみや規制、権力、現実。そうした呪縛など関りなしに、嘘偽りない己の真だけを貫き通そうとすること。埋もれず立ち続けようとすること。先を目指すこと。それは自惚れであり傲慢であるかもしれない。けど自分を信じきれなくなってしまったとき、本当の意味で、人は崩れずにいられるだろうか。
変化と成長が同義ではないように、現実を見ることと己を信じることは違う。自分を信じること、そして誰かを信じるということ。信じようとすること。その重みを理解しなければならないと、そう感じさせられる。
・「窮屈な世界に放り込まれて」
中学校とはいろいろな意味で窮屈な場所だったな・・・と本書を読んで思い出した。自分はその中でただ身を縮めていただけだったが、天才ピッチャー巧が同じであろうはずがない。
・「一人から独りに」
母の手が肩を抱く。体温が伝わる。母の背後をすり抜け、兄が開け放したままのドアから出て行く。母は声を掛けなかった。振り向くことさえしなかった。この子を一人にしたくないの。上の子はいいの。もう大きいし、一人で何でもやっちゃう子なのよ。ものすごく、しっかりしてる。嫌になるぐらいよ――――――寂しくない?一人で、独りで、たった独りでマウンドという場所に立つことは、寂しいことではないのだろうか。
一人でいるということと、独りであるということは、まるで違う。一人が二つ集まれば二人だが、独りがいくら集まっても、ふたりになることはできない。それは絶対的な孤独でしかない。
独りマウンドに立ち続ける巧の存在に、どうすることもできない寂寞を感じとる青波。他者を寄せつけない巧の精神の原点と、青波との兄弟のかたちを垣間見たような気がしました。
・「一人と独り」
母の手が肩を抱く。体温が伝わる。母の背後をすり抜け、兄が開け放したままのドアから出て行く。母は声を掛けなかった。振り向くことさえしなかった。この子を一人にしたくないの。上の子はいいの。もう大きいし、一人で何でもやっちゃう子なのよ。ものすごく、しっかりしてる。嫌になるぐらいよ―――
―――寂しくない?
一人で、独りで、たった独りでマウンドという場所に立つことは、寂しいことではないのだろうか。
一人でいるということと、独りであるということは、まるで違う。一人が二つ集まれば二人だが、独りは誰といてもどこにあっても、『ふたり』になることはできない。それは絶対的な孤独でしかない。独りマウンドに立ち続ける巧の存在に、声に出せない寂寞を感じとる青波。他者を寄せつけない巧の精神の原点と、青波との兄弟のかたちを垣間見たような気がしました。
・「一気読み」
この作品は本当に話が進むに連れ、甘さがどんどん排除され、まるでナイフのようになる。ここまで来ると、もはや小説とは呼べず、まるで哲学書のようである。今後の展開から目が話せない。
・「やっと野球の対決が出てきます」
本書は、バッテリーⅠ・Ⅱと違って、やっと野球の試合が出てくる。真剣勝負の場が登場するといってもいい。
今回の話は大きく分けて3つの話で構成されている。1、3年レギュラーチームと1年生チームとの練習試合2、横手と練習試合をしてもらうために、横手のスラッガー門脇と対決する。しかし、巧と豪の間に亀裂が...3、樹下の少年(原田巧の弟青波の話)
やっと野球の対決が見れるなあという感じだ。野球の対決のなかで、登場人物の心情が表われるのは見所だと思う。
・「バッテリー始動」
不祥事で部活停止になっていた野球部が動き出す。子どもがありのままで果たして大人を、学校を動かせるのか、というのがこの物語の注目点のひとつだが、それが本格的に描かれ始める。ガチガチの学校サイドで生徒を押さえ込む指導をして来たはずの野球部顧問「オトムライ」は、天才ピッチャー巧の魅力に抗えず、校長に闘いをしかける側にまわる。
巧とキャッチャー豪のバッテリーもやっと始動する。巧が豪への信頼感を強めていく様子がこんなところから伺える。
「マウンドに立ったときの高ぶりを、血の騒ぎを、投げたボールが豪のミットに飛び込んだ瞬間に、身体の真ん中をつき抜ける感情を、どう言い表せば、伝わるだろうか。豪の手が見える。巧は、ふいにその手の上に自分の手を重ねたいと思った。言葉にしなくても、豪ならわかってくれるんじゃないか」
身体に触れられることを極端に嫌っていた巧が、こんなふうに思うなんて。2巻では、豪に何とか理解してもらいたいと「言葉」を絞りだすようにしていた巧が・・・・・
なのに、そのバッテリーが危うくなって・・・ますます目が離せない3巻だ。
・「少年の幼稚で獰猛で、だからこそ鋭利で美しい純粋さ」
対戦するものの心を揺さぶる剛速球と、人を寄せ付けず決して妥協しない、抜き身の刃物のような強烈な個性を持つ、天才少年投手・巧。 そのボールに魅せられ、衝突を繰り返しつつも巧の球と、巧の存在そのものを受けとめ続けようとする捕手・豪。 このバッテリーを中心に、チームメイト、ライバル、そして大人たちが引き寄せられ、またはそこから広がる波紋に巻き込まれ、衝突と邂逅を繰り返し…。
…というと、“王道青春群像”のように思えますが、そんな甘口のお話ではありません。
“世界の不自由さや窮屈さ”を、己の力で切り裂こうとする少年の幼稚で獰猛で、だからこそ鋭利で美しい純粋さ。 それが、根性無しの社会人として、その不自由さや窮屈さに無自覚に飼いならされたオッサンの心にも突き刺さる。 痛い…でも心地いい(ヘンな意味じゃありませんよ。)
もともと児童文学として書かれたらしいが、子どもだけに読ませとくのなんてもったいない!
・「哲学としてのバッテリー」
ますます哲学書の趣を増していく。本当に小学生や中学生が読んでいるのか。バッテリーを読破した小学生の生の声が聞きたいなぁ。
関係ありませんが、去る大手中学受験塾の小学校4年生向けの国語のテストにバッテリーが長文読解として出てました。難しかったそうです。平均点がいつもより10点ほど低かったです。
・「二人の天才とその相棒」
強豪横手第二中との練習試合で、天才ピッチャー巧と豪のバッテリーはガタガタに崩れた。初めての他校との試合であろうと、相手が全国ベスト4のチームであろうと関係なく、巧のプライドと豪の心は粉々に打ち砕かれた。その崩れたバッテリーの行方を描いたのが四巻。
巧の属する新田東中が実力差歴然のチームと戦えたのは、巧の球が横手の天才バッター門脇の勝負魂を燃えさせたからだ。門脇が小学校から共に野球をしてきた瑞垣に相談をもちかけ、学校に無許可での試合がセッティングされたのだった。この瑞垣がバッテリーを潰した張本人。常に門脇という天才の後ろを歩み、屈折と本音をよく回る舌で覆い隠してきた一筋縄ではいかない少年。同じく天才の相棒として悩み抜く豪とは大違いのキャラクターだ。
四巻では巧と豪の煩悶が描かれ続ける。本格的な野球シーンはわずかで、これが野球小説か??と苛立つ向きもあろうかと思う。けれど、二人と周辺の人物の心情や動きが丹念に書かれた本書をわたしは好きだと思った。
「ページを費やすこと=悩みの深さの表れ」などと単純なことを言うつもりはない。きまじめで慎重な豪の心の過程を描くのにこのペースが合っていると感じたのだ。そしてあの自分本位で性急な巧が、「投げたい」という切実な思いを抱えつつも、「豪とは、たぶん抱えている傷が違うのだ(中略)自分の傷は自分でなめてしか、治せない」として待ち続ける様子に、豪への信頼の深さが見えたのだ・・・・・
いつもながらバッテリーをフォローしようと心をくだく友人たち、巧の弟・青波もいとおしい。
・「どんなにつらくても、超えなくてはならない壁もある」
待ちに待った横手との練習試合の様子が、ようやく明らかになる『バッテリー4』。巧、豪、新田東のメンバー、そして横手のエース門脇にとっても、それは忘れることのできない1戦となり、それぞれの心に複雑な思いを残す。自信とプライド、野球への想い、友情、挫折感…。子どもから大人になるそんな時期、誰もが経験したであろう葛藤や苦悩に、彼らは野球を通して向き合うこととなる。まっすぐで熱い彼らが与えてくれるさわやかな感動は、Wでも健在。巧たちと一緒に悩みながら読み進めることで、きっとあなたも元気とやさしさをもらえるはず。
・「前回すごく気になるところで終わった練習試合の結果は?」
文庫本の新刊を読み終えるたびに教育画劇から出ている単行本で続きを読みたくなる。ただ文庫版は加筆訂正(どれくらいなのだろう?)されており、巻末に書き下ろし短篇がプレゼントでついてくるので、今回も読了後我慢することにする。野球という題材を扱っているものの、これは少年たちの内面の葛藤のドラマなのだ、と改めて感じる。彼らが外面の世界に翻弄されながら、何を考え、どう思うのかが気になってしかたがない。苦悩を共有体験するとでもいうのだろうか。主人公の無垢な弟との対比で、鮮やかに浮かび上がる少年たちの心。「もっと気軽に楽にいこうぜ」と声をかけたくなるものの、あっさり撥ね返される厳しくつらく切ないところで逡巡する彼らが眩しくも感じられる。
・「だんだん複雑に・・・」
だんだんとバッテリーの仲が複雑になっていきます。豪が巧のことを『むかつく』って言ったときは青波と同じ気持ちでした。
5巻は登場人物の意外な性格などがあらわになってきて、1番読み応えがあったとおもいます♪
巧が料理をしたり、洗濯を干したりするのが意外でかっこよかったですね。5巻では巧と青波が大きくかわったと思いました。巧が『おまえら野球以外の話できないのか』って言ったときは思わず吹き出してしまいました。それほど、5巻では登場人物が大きく変わったと思いました。
・「子どもだけに読ませとくのなんてもったいない!」
一気に刊行済みの5巻まで読みきった。 主人公の天才投手・巧を筆頭に、登場する少年たちは皆、強固な自我と意志を持ち、鬱屈や怒りを内に秘めている。巧の剛速球は、少年達が、そして大人たちが、“学校”や“家庭”や“世の中”で生き抜くために被らざるをえない“仮面”を引き裂き、彼らの“野性”を引きずり出す。激しくぶつかり合い、時に憎しみあい傷つけあい、それでも彼らをひきつけずにおかないものが“野球”であり、その中心に巧と豪が…”バッテリー”がいる。
繊細な心の動きを描き出す文章がいい。空や木々、鳥たち、季節のうつろいを切り取る描写が美しい。饒舌ではないが、繊細かつ硬質なリリシズムをたたえている。作者自身が1巻の後書きで“女のわたしが、若い異性に感じた十代ゆえの眩さを信じたかった”と書いているが、“野球”をテーマにこういう小説を書けるのは、やはり女性ならではだろうな。 考えてみれば、ガキの頃、世界は何と不自由で窮屈に見えたことか。その“世界の不自由さや窮屈さ”を、己の力で切り裂こうとする少年の幼稚で獰猛で、だからこそ鋭利で美しい純粋さ。それが、根性無しの社会人として、その不自由さや窮屈さに無自覚に飼いならされたオッサンの心に突き刺さる。 児童文学として書かれたらしいが、子どもだけに読ませとくのなんてもったいない!
・「このころの一年って短いようで長く、長いようで短かった。」
巧と豪以外に焦点がいき、それを不満とするレビューが目に付くが、私は、話が広がっていいんじゃないかと思う。巧と豪の二人だけが哲学するんなら、読んでるこっちが息がつまりそうだし。瑞垣なんて、大人を反映したいいキャラだと思うし、海音寺は私が住む地域柄、去年の智辯学園和歌山高校のキャプテンがダブりました。昔のコマーシャルじゃないが、「みんな悩んで大きくなった」。
・「成長するバッテリー、暴れ出す個」
新田東中の巧と豪のバッテリーが復活し、不器用なやり方ながらも絆を強めていく。巧の球威が増し、時に制御がきかなくなる。それでもバッテリーは動じないまでに成長した。
長い長いトンネルを抜け、巧の一球を捕える快感のみを欲し、行けるところまで行こうと腹を括った豪。「はぐらかすな。黙り込むな。おれは、耳も口も手も身体も、持ってるもの全部使って、おまえを捉えるつもりだからな。逃げんなよ」 豪の本気が痛いほど伝わる。対して巧は、豪にだけは恥ずかしくない自分でいたいと思うのだった。他人に対して「こうありたい」と願うことは弱さではないのかと問いつつも・・・・・ 豪への思いの正体を、一人でいてはわからないことを、知りたいと考えるようになった巧。元野球監督の祖父の言葉が重なる。「人を拒むな。人を疎むなよ」
また巧の球が、むき出しの個性が他者の外面をも引きはがすのか、元キャプテンの海音寺、横手二中の門脇、そして一番の難物・瑞垣・・・それぞれの内面、こだわりもひりひりとあぶり出される。少年たちがとうとう著者の手を離れ、構成も何もかも無視し、暴れ出した感のある5巻。
二校の対決はもう間近だ。
・「がんばれ豪!!」
文章力がどうのこうのと批評する方もいらっしゃいますが、この物語の面白さは「少年心理の描写」にあると思います。ずば抜けた素質と才能をもつものの、余りにもストイックな巧。子供離れした気遣いのできる豪。これまで「投げる」ことにしか関心を持たなかった巧でしたが、「バッテリー<5>」では、ついに豪が巧の心の扉を開けたように感じます。横手二中との敗戦以降、ズタズタになりながらも野球をつづけてきた豪の執念が「実を結んだ」のでしょう。しかし、軽口を叩く巧と対照的に、めっきりと口数の減ってしまった豪。今後、彼がどのように成長していくのか? 明るい豪が戻ってくるのか? 6巻がとても気になっています。
・「桜が咲くのは桜が散るのに等しく」
この本を読み、あの生意気で強情で、ボール投げる事しかできないけれど、それでも追いかけてしまう巧ともお別れかと悲しく思いました。桜は散る為に咲く。物語は終わる為にある。そして、巧と豪のバッテリーもいつか解散する時が来るでしょう。それでも、巧も豪も、今を生きる事に決めた。そのあまりの眩しさに目を細める感じがしました。
1巻から読み続け、強情な巧も成長したなと思いました。豪も青波も成長したと思います。挫折とか、妥協とかを知ったけれど、まだまだ諦めないで進む彼等が愛しかったです。もう一度1巻を読んで、彼等の成長を追いたいと思いました。
・「大人が書いたとは思えない、リアルな青春小説」
青春小説(それもスポ−ツもの)の登場人物はえてして、大人の理想を押し付けられて、ギクシャクしていることが多いのですが、この”バッテリ−”に出てくる中学生たちは、本当にリアル。
昔、小峰元の青春推理を読んだとき”こんなに少年の気持ちを分かってる大人がいるんだ”と感動したことを覚えていますが、今回もそれに近い感動!(と言う私は40台ですが)
タバコを吸い、実力の違いに嫉妬し、監督に反発する。そうやって少しずつ大人になって行く少年たちに、自らの少年時代や自分の子供の成長を重ね合わせ、至福の時間をすごしました。
こんなにすばらしい青春を送った、彼らを少しうらやましく感じながらペ−ジを閉じ、余韻に浸れる。そんな物語です
・「いよいよ最後ですね。」
たまたま映画版の試写会に行きったのですが、思ったよりすごく良かったので、帰りに5巻まで一気に購入し、一気に読んじゃいました。1冊ごとに成長していく中学生の彼らと、自分が中学生だったウン十年昔を重ね合わせながら読みました。自分は何者であるかをすこしづつ知りながら、成長し、傷つき、ときには諦め、またお互いを許容しながら仲間とともに歩んでいる少年達が、ただの感動ストーリーでは終わらない、きちんとした物語を見せてくれてますね。もっと早く読めば良かったと少し後悔してます。
・「描かれたのは「少年」」
このシリーズは、読みたい、でも、最初の行を読むまでに時間がかかる。でも、読み始めたら止まらない、というものだった。それだけ、登場人物たちが真正面からぶつかってくる、読むのに気合がいる凄い作品だったのだろうなと思う。
・「バッテリー、ひとの心・動」
読み始めたとき、主人公巧の中学入学前の年齢にしてはクール過ぎる様子と、青波の無邪気で誰をも魅了する子どもらしさと、拝啓に流れるように映しだされる新田の町、風景、家族たちの様子に夢中になりました。
バッテリーというタイトルから想像される、野球中心、野球の勝負の話ではなく。。。主人公の周りに描かれる少年たち、大人たちの心の動きに引き込まれ読み続けました。ラストが近づいてくるにしたがって、この子たち、この人たちの姿を、もっと、もっと知りたい!なんて思っていました。
個人的には、瑞垣くんの枝葉の曲がった木のような心情、言葉が魅力的でしたね。もう少し、彼の心の変わり方、見たかったなぁ。
子どもたちにも、読んでもらいたいけど♪なかなか・・・ね。本は無理じいするものでは、ありませんね。今年の夏、好きな本が一つ増えました。
・「美しい一夏の話」
何でもない毎日の貴重さを改めて思い知らされる、吉本ばななの余りに有名な代表作『TUGUMI』。自分の命の短さをあらかじめ知る少女つぐみの、残された"生"の時間への固執。穏やかな夏の時間も、つぐみには過酷なまでに早く流れていきます。その時間の流れを追い立てているのは、或いはつぐみの前に現れた恭一かも知れません。つぐみも、例外なく思春期を迎えた少女であり、長いはずの夏の時間もつぐみには短過ぎます。 美しく切ないひと夏の物語の中に、青春や生死と言った重々しいテーマが見事なまでに凝縮されています。それらの一つ一つが綺麗な球形の雫の様なまでに純透明に描かれています。当たり前の様に過ぎ去る毎日の重さを、読み終わった後には誰もが心の隅っこの方にしっかりと噛み締められるはずです。自分では気付かなくとも、その命の重さを明日からの毎日にしっかり刻む事が出来ているのではないでしょうか。そんな重さと美しさと純朴さが混在した吉本ばななの傑作『TUGUMI』、一人でも多くの方に読んで欲しい一冊です。
・「「またあした」 を迎えられる大切さを忘れていました」
毎日学校へ行って、勉強して、家に帰って・・・。毎日特に何もなく 私なんかいなくてもきっとみんなは何事もないように生きてくんだな。と卑屈になっていた私。そんなときクラスメイトから借りたTUGUMI。。つぐみはずば抜けて可愛く、わがまま。そして口が悪く、体が弱い。 始めの印象は「とんでもないやつ」・・でも読んでいくに連れて体の具合が悪いときも けっして人に当たらず(口はわるいが・・)自分の意志をしっかり持ったつぐみをもっと知りたくなった。 私がこの本で一番分かったことは、いつも感じてた「何事もない普通の日」が続くなんてあり得ないって事。つぐみの様に体が弱くなくたって 明日は事故に遭うかもしれないし、夜眠って、朝はもう目覚めることが無いのかもしれない。
一日一日を悔いなく生きていく「つぐみ」つぐみのおかげで私は生きていける命があることを 思い出しました。
・「誰にも変える事の出来ない一つの「夏」がそこにある。(著者談)」
夏が近づくと、ふとこの本を思い出す。 何度読んでも、その「夏」は色褪せる事がない。 それだけこの本が印象的で、何か心の奥にあるものに訴えかけるものがあるからだと思う。
何気なく発せられる言葉の一つ一つに、登場人物たちの複雑な心が表れている。つぐみの言葉はなおさらで、「生きる」と言う人生で最も難しいコトにひねくれた言葉ではあるけれど(笑)率直に言葉に表れている。
この本は、僕が本格的に読んだ初めての純文学の本で、正直言うと読書感想文の課題図書で最初はあまり乗り気ではなかったが、「つぐみ」たちのおかげで僕は本を「本当の意味」で本が好きになった。多分一生「こころ」に残る本になると思う。マジでお勧めです!
・「すてきなお話です。」
よしもとばななさん独特のやわらかな文体と、そこから織り成されるある種の生臭さ、「TUGUMI」はそれが一番よく表れている、代表作だと思います。
海辺のイメージ、それも強烈でいつまでも消えることのないような光景が、目の前にありありと浮かんでくるようです。
まりあの語りの一番最後がとても印象的でした。「私はこれからここで、生きてゆく。」ていう。もう戻れない故郷での日々と、これからも守り続けていくもの。つぐみの弱さと強さ。いろんな相対するものに、生き続けていくことの素晴らしさがかいま見れました。
私が「TUGUM