マイ・ファニー・ヴァレンタイン(紙ジャケット仕様) (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ジョージ・コールマン(演奏), ハービー・ハンコック(演奏), ロン・カーター(演奏), トニー・ウィリアムス(演奏)
「2枚セットで聴こう」「怪物たちの誕生の瞬間を聴くようなアルバム」「奈落と孤独のマイ・ファニー・ヴァレンタイン」
カインド・オブ・ブルー+1 (詳細)
マイルス・デイヴィス(アーティスト), ポール・チェンバース(演奏), ジョン・コルトレーン(演奏), キャノンボール・アダレイ(演奏), ジミー・コブ(演奏)
「死ぬまで何夜、繰り返し聴くのだろうか」「歴史的な意義と作品の素晴らしさ」「すみからすみまでムダのない、超大傑作!!」
ラウンド・アバウト・ミッドナイト(紙ジャケット仕様) (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ジョン・コルトレーン(演奏), レッド・ガーランド(演奏), ポール・チェンバース(演奏), フィリー・ジョー・ジョーンズ(演奏)
「コロンビア時代の幕開け」「マイルスの代名詞。」「ミュート・トランペットの美しさ」「ミュート・トランペットの美しさ」「ミュート・トランペットの美しさ, 」
リラクシン (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ジョン・コルトレーン(演奏), レッド・ガーランド(演奏), ポール・チェンバース(演奏), フィリー・ジョー・ジョーンズ(演奏)
「これからジャズを聴いてみようかな、という人に。」
Someday My Prince Will Come (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「マイルスで一番ロマンチック」「絶好のジャズアルバム」「究極のミュートトランペット」「マイルスのモード手法完成記念碑」「フランシス・テイラーのおつむのほどは・・・?」
Miles Smiles (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「マイルスの魔術的サウンドの傑作」「マイルスの笑みもこぼれる Quintet の魅力全開の傑作!」「ジャケとタイトルは置くとして」「全曲一発オーケーの名演集です」「マイルス会心の笑み」
In a Silent Way (Dlx) (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「60年代マイルスの金字塔」「スペース・ジャズ」「架け橋のイン・ア・サイレント・ウェイ」「JAZZ NASTERPIECE」「マイルスの魔術」
E.S.P. (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「ウエイン・ショーターの参加による新時代マイルスの記念碑」「これぞJAZZ、と言いたくなるカッコよさ」「サムシン・エルス」「ウェイン・ショーターの登場」
Bags Groove (詳細)
Miles Davis & Modern Jazz Giants(アーティスト)
「モンクの凄さ」「モンクはいったい何処にいるのか、それが本作の最も面白いところ」「4ビートジャズの金字塔!」「Cool Jazz」
スケッチ・オブ・スペイン(紙ジャケット仕様) (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), アーニー・ロイヤル(演奏), バーニー・グロウ(演奏), ルイ・ムッチ(演奏), タフト・ジョーダン(演奏), ディック・ヒクソン(演奏), フランク・リハク(演奏)
「Another Side Of Miles Davis」
Milestones (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「初代リズムセクション時代の最高傑作」「マイルスの一里塚」「このバンドは史上最強です!」「アルバム中盤での高速ドライブ感にわくわくしました」「ジャズの新しさを体験させてくれた」
Birth of the Cool (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「Milesの天才たる所以。」「"Kind of Blue" が星5つならこっちも★★★★★」「やっとこの音楽の素晴らしさがわかりました。」「 クールの意味って深いんだな」「若きマイルスはオジさん達に開き直ったのだ。」
フォア&モア(紙ジャケット仕様) (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ジョージ・コールマン(演奏), ハービー・ハンコック(演奏), ロン・カーター(演奏), トニー・ウィリアムス(演奏)
「元気でかっちょいいマイルス」「止めどなく楔を打ち続けるスゴイ演奏」
Cookin' With the Miles Davis Quintet (詳細)
Miles Davis Quintet(アーティスト)
「珠玉の名作,そう呼ぶしかない!」「背伸びしていた私を、本物のジャズ好きにしてくれた一枚」「マイファニー・バレンタインのクッキン」「マイルスVSレッド・ガーランド」「この音がすばらしい」
マイルス・デイヴィス・イン・ヨーロッパ +1 (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト)
「枯葉の名演 パリの哀愁」「枯葉の名演 パリの哀愁」「枯葉の名演 パリの哀愁」「80分たっぷり素晴らしい。」「放送録音で音はいまいちだが内容は素晴らしい」
The Man with the Horn (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「復帰後の全てのヒントはここに。」「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」「不死鳥の如く」「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」
ソーサラー+ 2 (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ボブ・ドロー(アーティスト), ウェイン・ショーター(演奏), ハービー・ハンコック(演奏), ロン・カーター(演奏), フランク・リハク(演奏), バスター・ウィリアムス(演奏), トニー・ウィリアムス(演奏), ポール・チェンバース(演奏), ジミー・コブ(演奏), ウィリー・ボボ(演奏)
「クールかつ熱い、インテリな最高峰JAZZ」「マイルス=ショーター4部作の1つ」「ついにメンバーの曲だけになる」「マイルス・ミュージック」
マイルス~ザ・ニュー・マイルス・デイヴィス・クインテット (詳細)
ザ・ニュー・マイルス・デイビス・クインテット(アーティスト), マイルス・デイビス(演奏), ジョン・コルトレーン(演奏), レッド・ガーランド(演奏), ポール・チェンバース(演奏), フィリー・ジョー・ジョーンズ(演奏)
「記念すべきオリジナル・クインテットによる初録音」「落ち着きます」「小川にマイルス。」「やっぱマイルス聴くならこの頃が一番じゃないですか。」「50年代オリジナルクインテットデビュー作」
Siesta (1987 Film) (詳細)
Miles Davis(アーティスト)
「晩年マイルスの傑作スパニッシュモード」「マーカス・ミラーとマイルスのコラボ第二弾!」「醜悪美とでもいうか。。」
ビッチェズ・ブリュー(紙ジャケット仕様) (詳細)
マイルス・デイビス(アーティスト), ウェイン・ショーター(演奏), ベニー・モウピン(演奏), ジョー・ザヴィヌル(演奏), ラリー・ヤング(演奏), チック・コリア(演奏), ジョン・マクラフリン(演奏), ハーヴィー・ブルックス(演奏)
「おビッチェ」「諸「悪」の根源。1969年の大実験作」
ジャック・ジョンソン (詳細)
マイルス・デイヴィス(アーティスト), スティーヴ・グロスマン(演奏), ハービー・ハンコック(演奏), ジョン・マクラフリン(演奏), マイケル・ヘンダーソン(演奏), ビリー・コブハム(演奏)
「これはぶっとぶよ」「グロスマン最高ですヨ」「マイルス&マクラフリンがはじけるパワフルで格好いいアルバムです」「70年代マイルスの真髄」「Jazzじゃありませんロックです。」
● 名盤ジャケに一言
● Bass & Drums コンビ・ベスト、子供たちの子供たちへ
● エレクトリック・マイルス・デイヴィス名盤選1万円パック(アマゾンで新品在庫ありの輸入版)
● JAZZ(ジャズ)名盤 1945〜1965年 個人的に好きなアルバムです。
● 好きなJAZZ
● 天才の証
● わたしの愛聴盤
● 参ルス!!!
● マイルスいまるす
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>G-I>Herbie Hancock
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>A-C>Cannonball Adderley
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>J-L>John Coltrane
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>M-O>Miles Davis
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>A-C>Chick Corea
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>P-R>Ron Carter
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>S-U>Tony Williams
Custom Stores>By Formats>紙ジャケット>ジャズ・フュージョン
ジャズ・フュージョン>アーティスト別>P-R>Paul Chambers
Custom Stores>By Formats>国内盤>ジャズ
Custom Stores>By Formats>オーディオ規格別>SACD>ジャズ
Custom Stores>Victor・JVC カタログ名盤シリーズ>名盤1500円シリーズ
Custom Stores>By Formats>輸入盤>All US Titles
・「2枚セットで聴こう」
「フォァ&モア」(スリリング!)と同じ1964年2月12日の録音で、こっちには主にスタンダード曲のバラード演奏が収められています。静かな曲でもマイルスの音数の多い(?)プレイが存分に楽しめます。
・「怪物たちの誕生の瞬間を聴くようなアルバム」
1962年2月12日、ニューヨーク、リンカーン・センターのフィルハーモニック・ホールにてライヴ録音。この後、5ヶ月後1964年7月、日本で行われた『世界ジョズ・フェスティバル』において日本のファンはマイルス・デイビス・クインテットを初めて生で聴くことになる。『Four & More』も同日の演奏として知られている。
このアルバムは、ジョージ・コールマンに対する不満が常にマイルスの頭の片隅にあるように思える。やはり、ジョン・コルトレーンの後をやるというのは大変なことだ。代わりなどいるわけがない。マイルスは常にメンバーに言い続けた。『常に新しい方法で表現しろ。』これをこなし続けられる面子しか彼のバンドには残れない。
逆に言うと残りの3人のプレイは合格点だったことが分かる。ロン・カーターは27才、ハービー・ハンコックは24才、ドラムのトニー・ウイリアムスはなんと18才だった。怪物たちの誕生の瞬間を聴くようなアルバムである。
・「奈落と孤独のマイ・ファニー・ヴァレンタイン」
1956年に吹き込まれたマイ・ファニー・ヴァレンタインは、ガーランドのラブリーなピアノに乗ってミュートプレイを聴かせていましたが、こちらのマイ・ファニー・ヴァレンタインは、大都会の孤独を思わせるハンコックのピアノとマイルスのオープンプレイです。かっ飛びライブの「フォア・アンド・モア」と同日の録音ですが、こちらはひたすら孤独の淵に沈んでいくライブです。どちらも聴くのに気合いがいるという点では共通していますね
・「死ぬまで何夜、繰り返し聴くのだろうか」
マイルスのアルバムは100枚はあるが、聴き飽きないのは10枚ほど。特に初期のものに傑作が多い。その中でも1枚だけ選ぶとすれば、1959年録音のこれだ。コルトレーンのテナー・サックス、キャノンボール・アダレイのアルト・サックス、ビル・エバンスのピアノ、ポール・チェンバースのベース。豪華という表現を通り越したスーパー・メンバー。どの曲もタメ息が出るが、1曲目の「ソー・ホワット」。3曲目のビル・エバンスのイントロが息をのむ美しさの「ブルー・イン・グリーン」がとりわけいい。マイルスの音楽は夜更けが似合う。死ぬまでの何夜、繰り返し聴くことになるのだろうか。音源が磨り減らないCDでよかった。SACDなので音は抜群(松本敏之)
・「歴史的な意義と作品の素晴らしさ」
その作品の評価について言えば、単に素晴らしいクオリティを持っているという事と、それが歴史的にどのような意義を持っているのかという事は本来別物であろう。例えば、現在コルトレーンのように吹くサックス奏者はかなりいる(この事はその奏者が即コルトレーンの実力と同等であることを意味しない)が、それはコルトレーンらが敷いたレールの上を走っていく事が出来るから可能なだけで、イノベーターとしてのコルトレーンの存在に遠く及ばない。たとえ1950年代にその奏者がいたら、空恐ろしいと感じたとても、所詮そのような事はありえないからだ。カインド・オブ・ブルーの音楽的素晴らしさは、現在においても色あせることなく、何度聞いてもそのよさが伝わってくる。しかも59年という年号のなかで飛びぬけた歴史的な意味合いをはらみ、その後の影響などを考えると、これほどの指標となる作品はほとんどないといてよい。両方を兼ね備えた大傑作だが、さらにフラメンコスケッチのボーナストラックを追加したうれしいCDだ。マイルスを聴けばジャズの偉大さ、奥深さ、悲しさ、美しさがわかるだろう。
・「すみからすみまでムダのない、超大傑作!!」
1959年作品ということだが、これ以来音楽業界は一体何をしていたのだろうと思うほど、新鮮で、今日のどのアルバムより新しい。
So whatは、ピアノのイントロ、ベースのあと、これまで聴いたこともなかったような新鮮な和音が弾かれる。終始ピアノがリードする。トランペットに次いで入ってくるコルトレーンはどう猛さを隠して、急に洗練されて聴こえる。アルトサックスの澄んだ高音は純粋に生理的に気持ちがいい。Freddie freeloaderはエバンス抜きのおまけ。
Blue in greenは、ピアノの和音から入る。マイルスのソロもしびれる。意外にも、コルトレーンにまで寂寥感がひしひしと伝わる。asは抜いてシンプルにし、ピアノの和音 vs マイルスのバラードという対比を明確にしている。All bluesは作品中唯一リズムが強調された曲。やはりマイルスとエバンスの掛け合いが焦点になっている。コルトレーンは壮大な表現。そして総括するかのようなエバンスのソロ。これを聴くと、多々聴かれるライブでのこの曲は少々雑である。
Flamenco sketchesは静かなピアノの主題とベースで始まる。静寂なトランぺットの主題。後のソロの世界につながるかのようなコルトレーンのゆったり気を大きくもったバラード。asのソロを経て、まさに曲の主題である、水表面をゆらゆら漂うようなエバンスが出てきて、最後マイルスが短くまとめる
・「コロンビア時代の幕開け」
1955年10月27日、1956年6月5日・9月10日、ニューヨーク、コロンビア799セブンス・アベニューおよび30thストリート・スタジオで録音。
本作はマイルスのコロンビアにおけるデビュー・アルバムである。タイトル曲はご存知喧嘩仲間のセロニアス・モンクの曲だが、ギル・エヴァンスがアレンジしたようだ。コルトレーンがテーマのバックで吹くメロディは本来オーケストラのために書いたものだったのをいつものようにぶらりギルのアパートにやって来て勝手に雑誌を読んだり飲み物を飲んだりしていたマイルスが聴き覚え、自分のレコーディングに使っていいかを尋ね、許可をもらったそうだが譜面は渡さなかったそうだ。しかし、その内容をマイルスは正確に覚えていて、マイルスとコルトレーンの2管編成に直して吹き込んだのだ。
閑話休題。本作そして『Kind Of Blue』はマイルスのアルバムの中で有名評論家諸兄によって代表作としてあげられ、いまだにマイルスのアルバムの中でトップ・セールスを記録しているようだ。ジャズ評論家は各ミュージシャンから3枚くらいずつアルバムを選びだして、『決定盤ジャズ百選』みたいな本を出しているが、その際には本作と『Kind Of Blue』は必ず入ってくる。しかしながら、そんな聴き方・選び方はマイルスの場合2つの意味で間違っているとぼくは思う。
1.マイルスのような多作かつ偉大なミュージシャンの数枚のアルバムで他のミュージシャンのように理解かつ楽しめる分けがない。2.マイルスほど最初の『クールの誕生』から遺作『doo-bop』まで変貌を続けたミュージシャンはいない。それを数枚のアルバムで知ることなど不可能だ。
プレスティッジでのマラソン・セッションで録音された4部作や渾沌に満ちたジャズ・ファンクの『ビッチズ・フリュー』、最晩年のマイケル・ジャクソンの『ヒューマン・ネーチャー』の演奏を聴かずしてマイルスを理解し、その偉大な音楽を楽しむことなどできません。それは人生の一番楽しい部分を放棄していることでもあるとぼくは思うのだがいかがだろう。
・「マイルスの代名詞。」
このアルバムの一曲目、「ラウンド ミッドナイト」のマイルスのミュートを使ったプレイ。真夜中のニューヨークの路上を突き刺す凍った風のようなトランペット、これこそがマイルスである。マイルスと聞いて真っ先に思い描けるものである。CBSと契約してから最初のアルバム。そうして「ラウンド ミッドナイト」でやったようなミュートを使ったプレイはマイルスの代名詞になった。もちろんその他の曲も素晴らしい。このアルバムを聴いてピンとこなかった人はマイルスもジャズも聴かなくていいだろう。
・「ミュート・トランペットの美しさ」
若きマイルスの上り坂だった時代の名盤。マイルスのトランペットの美しさはミュート演奏(減音器を使った演奏)にあるのではないだろうか。くぐもったような暖かみもあり、同時にキレもあるミュート・トランペットの音色は誰にもまねできない。マイルスのミュートの傑作はこのセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」、キャノンボールとの共演盤サムシングエルスの「枯れ葉」、それに「カインド・オブ・ブルー」の3曲にあるように思える。現代トランペットの天才ウイントン・マルサリスはマイルスを超えたと、よく言われるが、マイルスにあってマルサリスにないもの、それは「情感」であり、「歌心」である。それはジャズには必須なものだ。「ラウンド・ミッドナイト」深夜に聴きたい。(松本敏之)
・「ミュート・トランペットの美しさ」
若きマイルスの上り坂だった時代の名盤。マイルスのトランペットの美しさはミュート演奏(減音器を使った演奏)にあるのではないだろうか。くぐもったような暖かみもあり、同時にキレもあるミュート・トランペットの音色は誰にもまねできない。マイルスのミュートの傑作はこのセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」、キャノンボールとの共演盤サムシングエルスの「枯れ葉」、それに「カインド・オブ・ブルー」の3曲にあるように思える。現代トランペットの天才ウイントン・マルサリスはマイルスを超えたと、よく言われるが、マイルスにあってマルサリスにないもの、それは「情感」であり、「歌心」である。それはジャズには必須なものだ。「ラウンド・ミッドナイト」深夜に聴きたい。(松本敏之)
・「ミュート・トランペットの美しさ, 」
若きマイルスの上り坂だった時代の名盤。マイルスのトランペットの美しさはミュート演奏(減音器を使った演奏)にあるのではないだろうか。くぐもったような暖かみもあり、同時にキレもあるミュート・トランペットの音色は誰にもまねできない。マイルスのミュートの傑作はこのセロニアス・モンクの「ラウンド・ミッドナイト」、キャノンボールとの共演盤サムシングエルスの「枯れ葉」、それに「カインド・オブ・ブルー」の3曲にあるように思える。現代トランペットの天才ウイントン・マルサリスはマイルスを超えたと、よく言われるが、マイルスにあってマルサリスにないもの、それは「情感」であり、「歌心」である。それはジャズには必須なものだ。「ラウンド・ミッドナイト」深夜に聴きたい。(松本敏之)
・「これからジャズを聴いてみようかな、という人に。」
ジャズでは、とりあえずマイルス聴いとけ!みたいなところがあって、入門編としては最適です。僕も最初に買ったジャズのCDはこのリラクシンでした。マラソンセッション4部作の内の1枚です。(ちなみに、ワーキン・クッキン・スティーミンがあとの3枚)なんといっても特筆すべきはこのジャケットのセンスの良さ!!もはやアート、秀逸です。最大の聴き所は2曲目のユーア・マイ・エヴリシングの冒頭に。ピアノのガーランドが単音でイントロを弾き始めるんだけど、マイルスが口笛を吹いてそれを制し一言「ブロックコード!!」…(静寂)。つまりブロックコードで弾け、という訳です。迫力の帝王マイルス。気を取り直したガーランドがブロックコードでイントロ弾きなおすんだけど、リラクシンとか言っときながらぜんぜんリラックスして無いじゃん、とツッコミたくなっちゃいますよ。とは言え、名盤中の名盤。文句なく5つ星のお奨め盤でしょう。
・「マイルスで一番ロマンチック」
変貌を続けたマイルスで最もロマンチックなアルバムがこれだと思う。何と言っても『いつか王子様が』のプレイが素晴らしい。マイルスだけでなく全員が凄いのだ。
元気がない時、僕は少し音を大きくしてこの曲を聴く。少しずつだが回復させてくれる、そんなエナジーを持った演奏だ。
・「絶好のジャズアルバム」
一般的に、このアルバムは過小評価されていると思う。理由を挙げると、1.同時期の録音に、あの『カインド・オブ・ブルー』がある。2.テナーがハンクモブリーである。3.タイトルが『いつか王子様が』である。4.ジャケットが女性の顔である。
これらの理由で、歴史的評価を盲信する、まじめなジャズファンは本作を敬遠しているのではないか。
本当に聴いて判断しているのか、と言いたい。
バラード、ブルース、スパニッシュなどバラエティに富んでいて飽きさせないし、マイルスもサウンドクリエーターしてではなく、トランペッターとして演奏しているのも好感が持てる。ウィントン・ケリー(p)のセンスの良いソロとバッキングも特筆もの。
マイルスのジャズアルバムでは、夡?せない好盤である。
・「究極のミュートトランペット」
個人的にはマイルズ・デイヴィスの一番好きなアルバム。タイトルナンバーの、マイルズ、モブリー、ケリーそしてトレーンと続く四者四様の即興演奏のぶつけ合いがたまりません。そして続く「OLD FOLKS」のミュートトランペットの美しさに呆然とするしかない私。この2曲を聴くだけで買う価値のあるアルバムです。もちろん残りの曲もみんな良いです。このリマスター盤の音質も大向上しています。特にシンバルの音には鳥肌が立ちますよ。オススメ。買い替えるなら今!
・「マイルスのモード手法完成記念碑」
コルトレーンが二曲に参加している。彼は既にGiant Steps等を録音しており、マイルスに臆することなく堂々とプレイしている。それに引き換えモブレーは彼の湿性の音色もあるのだが、マイルスの音楽性と明らかにミスマッチである。ラウンド・アバウト・ミッドナイト、カインド・オブ・ブルーそして本作が50年代から60年代初頭にかけての三大傑作であろう。モード手法を自家薬籠中のものにしたマイルスの余裕ある演奏が楽しめる。カインド・オブ・ブルーにビル・エバンスが必要であったように、モード手法完成の証としてコルトレーンが必要だったのだ。
・「フランシス・テイラーのおつむのほどは・・・?」
このCDを飾るポートレートは当時のマイルス夫人のフランシス・テイラーであるが、どうもデザイン的に軟弱という意見があるらしい。何かマイルスという人、コワモテのイメージが定着していてこのCDのタイトルもタイトルだけに、余計引っかかるようだが、小生はタイトルもデザインも双方気に入っている。
さて、このCDの白眉は1と5。1のタイトル曲はマイルスお得意のハーマン・ミュートでのバラードであるが、これがいつになくイカす。メロディーを分解せず、原曲に忠実に吹いている。新参のモブレーの湿った音も良いし、これに続くコルトレーンも当然にヒップであるが、この2人のテナー奏者がいなくても良かったかも、と考えてしまう程、マイルスの吹くテーマが素晴らしい。正にマイルス・ワールドそのものであり、他者が入り込めない雰囲気を作ってしまう。至芸と云うべきだろう。ワンホーンで演っていたらと、しみじみ思うのである。逆に、5はコルトレーンを聴くべきトラック。この曲はワルツで、コルトレーンの高名な「My Favorite Things」もワルツであることを考えれば良い演奏は事前に予想出来たかもしれないが、男性的で強面のの音はマイルスと対をなすコントラストである。ドラムスがエルビン・ジョーンズであれば正にコルトレーン・カルテットの音になった。その点でジミー・コブのドラムスは小生には些か物足りなく映ってしまった。カインド・オブ・ブルーのような革新性は無く、録音順としてはその後だけに進取の気象が逆転した内容、という人もいるが、内容は文句なしの★★★★★星。それ以下にする理由は小生には全く思い当たらない。
・「マイルスの魔術的サウンドの傑作」
60年代後半のマイルスはとにかくすごい。コルトレーンが聖者として神の国に近づきつつあった頃、悪魔と契約するかのごとく黒魔術の世界に突入し、神秘を漂わせていたのだから。ショーター、ハンコック、カーター、トニーを含む鉄壁のクインテットはフリー・ブローイングのエクササイズを十分すぎるほど積んだ後、ジャズ芸術の最高の高みにたどり着こうとしていた。そのサウンドは音を超え、リズムの限界を極め、インプロビゼーションの無限の可能性を示した。そこにあるのは抑揚のある音の遠近法を超越したフラットなそれでいて等価値に音が存在することのすばらしさを教えてくれる魔術の世界である。おそらくこの頃のマイルスはジャズにおけるアコースティック・サウンドの最高の表現を完成させたのではないだろうか。数あるマイルスの傑作の中でも5指に入る名作だと思う。
・「マイルスの笑みもこぼれる Quintet の魅力全開の傑作!」
64年「Four & More」、65年「Live at the Plugged Nickel」といった超絶ライブを経て、満を持しての 66年スタジオ録音ですから、物凄いアルバムなのは聴く前から明らかです。遥かな高みに到達したクインテットの、緊張感・疾走感にみち、アブストラクトな魅力あふれ、オリジナリティの固まりみたいなこのアルバム、最も進化したアコーステック・ジャズの一形態を感じます。
個人的には特に前半3曲、聴いていると体に電流が走ります。Ron Cater のベース・ラインが印象的な Shorter 名曲「Footprints」など どうですか! 空間をねじ曲げる磁力を放つ Miles のトランペットに、テンションを自在に操る Shorter の神懸りテナー。Herbie Hancock の異次元から飛来してきたかのような恐るべきバッキング。Tony Williams のドラムがまた、この楽器が生命体であることを感じさせる驚愕の体験。金縛りです。あまりのカッコ良さに身動き出来ません。
・「ジャケとタイトルは置くとして」
60年代クインテットは、50年代のそれに比べて、やや人気の面で落ちるようだが、それは音楽の緊張感にあるのかも。収録曲もスタンダードが一切無く、マイルスおよびメンバーのオリジナルのみ、というのがさらに拍車を駆ける。しかし、当然ながらというか、音楽としての完成度は全く引けをとらない。いや、個人的にはむしろ、こちらをとる。フリーという方法論(ないしは生き方)にどっぷり浸ることなく、ジャズを昇華させるには、このやり方しかないのかもしれない。一つ一つの音が有機的に絡み合い、全体として見た時に、不可解なまでに完成されている。にも関わらず、各楽器の演奏は奔放な印象をうけるのだから、もう文句のつけようがない。ジャズ・ファンのみならず、いわゆる「音響派」と呼ばれる音楽を好む人にこそ、お勧めしたい。本当に凄い音楽だ。
・「全曲一発オーケーの名演集です」
三曲目の名曲「フット・プリンツ」の冒頭、ロン・カーターのおごそかでかっこいいベースラインに導かれて、マイルスとショーターによる品があっておだやかで美しいテーマメロディーが流れはじめます。その刹那(0:25あたり)、右チャンネルから「ケホッ」というセキなのかクシャミなのかどっちともつかないもの(たぶん犯人はトニー・ウィリアムス)が聴こえてきます。普通だったら「コラッ!」と言いたくなる所ですが、この曲を最後まで聴き終えるころにはそのあまりの名演ぶりに文句なんて言えなくなってしまいます。本作は全曲一発オーケーのワン・テイクのみで録音されたと言われています。そしてそれら全てが名演ぞろいで、録り直しの必要なしの感を強く抱かせられます。
マイルス個人に目を向ければ、本作は彼の純粋なジャズ・トランペッターとしての最後期の演奏が聴けるものと位置づけることが出来るかもしれません。次作の「ソーサラー」以降、マイルスのソロは少しずついわゆるジャジーなスタイルから遠ざかっていくことになるのです。本作のマイルスは、前作「E.S.P.」よりさらに破壊力を増したトニーのドラムにプッシュされて、鋭く猛烈にジャジーに吹きまくっています。
・「マイルス会心の笑み」
1966年10月24・25日ニューヨークで録音。ウェイン・ショーターの参加は『イン・ベルリン』からであるが、サックス奏者としてだけでなく作編曲に素晴らしい才能を持っていたショーターの加入はマイルスが自身のアルバムで自身の曲を演奏するのではなく、メンバーの曲を演奏するという選択をさせるようになる。簡単にショーター加入後のアルバムを列記してみると、1966年10月『マイルス・スマイルズ』1967年5月『ソーサラー』1967年6月・7月『ネフェルティティ』→ここで、ジョン・コルトレーン死去1968年1月・5月『マイルス・イン・ザ・スカイ』1968年1月・9月『キリマンジャロの娘』1969年2月『イン・ア・サイレント・ウエイ』と繋がっていく。『E.S.P.』では4曲作曲していたマイルスは本作『マイルス・スマイルズ』では1曲になり、1967年5月『ソーサラー』と1967年6月・7月『ネフェルティティ』ではついに0となっている。メンバーの成長によりメンバーの曲を演奏しながら、実はマイルスの奥底には1967年に登場したジミ・ヘンドリックスに強いインパクトを受け、ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽が目覚めていたと僕は見る。漆黒の闇のような完璧なこのクインテットのジャズも実はその時自身で作曲してしまえば、そのような気持ちを吐露してしまいそうだからではなかったのではないだろうか?
真のミュージシャンは心に目覚めた気持ちを隠し通すことは出来ない。ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽はマイルスの中で急速に巨大化していく。そして全てを吐露したのはその3年後だった。
・「60年代マイルスの金字塔」
1970年ころからジャズを聴き始めた僕としては、マイルスのビッチェズブリューをリアルタイムに体験した世代である。つまりジャズが何度目かの地殻変動をきたした現場を垣間見る僥倖に浴したのである。しかしこのIn a Silent Way はすでに発売済みでマイルスの超話題作として登場したビッチェズブリューの衝撃ばかりがジャーナリズムをにぎわし、前作をかき消した感があった。もちろん前作の重要性も喧伝されてはいたが、その後「キリマンジェロの娘」を買って、ややがっかりしたことも手伝い(ただし現在ではキリマンジェロはすばらしい傑作だと思っている)、なんとなくIn a Silent Way は聞かずじまいになってしまった。また、ビッチェズブリューでジャズは終わったという批評家の言葉に踊らされ、それ以後50年代のハードバップを愛好するようになったことも一因かもしれない。ビッチェズブリューは確かにすごいのだけれど、かなり気合を入れて聞かなければならない。そんなわけでIn a Silent Wayは僕にとって未知のアルバムとして想像の世界の産物と化していた。しかしついに買ってしまった。禁断の果実よろしく、そこには目くるめく美の世界が広がっていた。そして60年代マイルスの金字塔とはビッチェズブリューではなく、In a Silent Wayではないのか。キリマンジェロ、イン・ザ・スカイと移っていったマイルスは、ビッチェズブリューで急にはじけたのではなく、In a Silent Wayという完成によって、60年代と決別したのだと思う。おそらく今後In a Silent Wayの音楽としての完成度の高さはますます重要性を帯びていくに違いない。
・「スペース・ジャズ」
当方はジャズについては全くの無知です。
アルバム全体を通しての印象は「スペーシー」の一言につきます。決して「ムーディー」や「おしゃれ」では無いです。なんの楽器かわかりませんがドップりはめられ、身動きできなくなる感じです。ハウスやテクノで「ハマる」という感覚に近いです。自宅でハマれます。
ガチでジャズ好きの方、間違った感想だったらすみませんw
・「架け橋のイン・ア・サイレント・ウェイ」
24ビット・デジタル・リマスター、オリジナルと新しいライナー・ノート。そしてCDジャケットの縁を透明にして一番下にペットを吹くマイルスを鎮座させるというファンを喜ばせる仕様が随所に感じられ好感が持てる。
リマスターされた音の奥には昔LPレコードでは聴き出せなかった様々な音が復活してきて嬉しい。チック・コリアとハービー・ハンコックとジョー・ザビィヌルが一緒にプレイしていて、現在では信じがたいほど豪華。自伝で称賛しっ放しのトニー・ウィリアムスがパルスの様にリズムを刻み続け、ジョン・マクラフリンがそれに彩りを添えている。
エレクトリックに入っていく決断をしているようなマイルス。
架け橋のイン・ア・サイレント・ウェイ。色々考える。
・「JAZZ NASTERPIECE」
「これを聴くと人生が変わる」、とはピーター・バラカン氏の言葉ですが、人生とまでは行かなくても、音楽観は確実に変わりました。
非常に判り易い作品だと思います。何も難しい所は無い。だだ聴けばいい。そんな作品だと思います。
しかも、カッコイイ。ちゃんと、カッコイイ。ここが重要だと思うのです。
本作を次作の「Bitches Brew」と関連付けて聴くのは勿体無いと思います。参加メンバー等で繋がっている部分はありますが、内容的には本作は本作で結実しており、殆ど関連性は無いと思います。
むしろ、異様なまでのスペシャルな雰囲気という点で、59年の「Kind Of Blue」と近い世界観を感じます。
・「マイルスの魔術」
統一感のある音楽である。あまりJazzを感じさせず、ジャンルを超えた良質の音楽である。柔らかい音にリラックスできると同時に、多くの刺激を受けることもできる。だから知的な活動のバックで流れるBGMに最適と感じる。 音楽を聴きながら、映像を見ている錯覚を感じた。全体の色調は暗であり、淡である。しかし、その色調のバックの中で、鮮やかな色彩が湧き上がり、踊っている映像だ。例えばJackson Pollockの絵画のようで、キャンバスに叩き付けられた色彩が絡み合い、全体を構成する。鮮やかな色は8人のミュージシャンが奏でるモードに対応するのだろうか。なるほど、凄腕の人ばかりが揃っている。色が鮮やかなのは当たり前だが、他とは混じらない、しかし調和する色彩を慎重に創り出したのだろう。色彩は様々に相互作用して変化しながら、それでいていつも好い具合に調合されている。 全体をまとめるマイルスの力を感じる。方向を示すとともに統括する能力がマイルスの「魔術」なのだろうか。この力は、自叙伝で語るように、バンドとしての音楽を重視することから生まれるのだろう。「すばらしいミュージシャンが揃ってさえいれば、状況に応じてそこにあるもの以上の、自分達でできると思っている以上の演奏が生まれることがオレにはよく分かっていた」。確かに「Kind of Blue」と同様、他にはない新鮮で美しい音楽である。
・「ウエイン・ショーターの参加による新時代マイルスの記念碑」
60年代半ばにウエイン・ショーターが参加し、マイルス・コンボも新しい時代を迎えることになる。それはスタンダード中心に、ライブで繰り広げられていた演奏活動から、スタジオで、オリジナルによる新しいモード奏法と編曲の追及というスタイルへの変換である。E・S・Pというタイトルが示すとおり超能力や黒魔術など神秘的な傾向がこの後高まり、ショーターの音楽的貢献がグループを牽引していく。もちろん、ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスという新時代の強力なリズムセクションはホーン陣に負けじとシャープなリズムを展開し、新しいモード・ジャズの斬新なサウンドを可能にしている。マイルスのトランペットもフリー・ブローイングの激しさというより、必要なトーンを過不足なく時には静かに、時には鋭く奏でている。まさに60年代後半の新時代のマイルスの基点となるアルバムである。
・「これぞJAZZ、と言いたくなるカッコよさ」
1965年録音の黄金のクインテットによる第一作。待ち望んでいた Wayne Shorter の加入によりバンドとしての緊密度が高まり、『Kind Of Blue』の世界を、よりダイナミックに、より高いテンションで展開した作品となった。録音当時はフリージャズの嵐が吹き荒れていたが、Milesはあくまで伝統的なスタイルを継承しつつ、緻密に構成された音空間を作り上げた。それは現代のメインストリーム・ジャズにも引き継がれている。このアルバムでは Tony以外の4人がすべての曲を提供しているが、とりわけ Wayne の表題曲 "E.S.P."と"Iris"が光る。Milesも久々に高い音で吹いている。また、リマスタリングによって音の輪郭がくっきりし、凄まじいTonyのドラミング(ブラッシュ・ワークも繊細だ)や、Herbieの無駄のないピアノのタッチを堪能できるようになった。聴いていて引き込まれるようにグルーヴする曲、一方では夜の都会の静けさを持つスローな曲、これがJAZZだ、と納得するアルバムだ。
・「サムシン・エルス」
マイルスの音楽が少しずつわかり始めて、彼のいろいろな時期のアルバムを集め始めた頃、これを購入した。だが初めは、わかりやすいメロディや、フレーズも無く、ずいぶんとっつきにくいアルバムだなと思い、買うの失敗したかなと思った。だが何度か聞いているうちに、このアルバムには何かがある、と思うようになった。だが、それが何なのかわからない。それを知りたくて、レギュラー・ローテーションで聞いてしまうという、そういうアルバムである。まるで注射針の先から、おクスリを一滴ずつ垂らされているような感じだ。一度に一滴しか与えられない。が確実にそれは体内に注入されているのである。
・「ウェイン・ショーターの登場」
1965年1月20・21・22日ハリウッドで録音。ウェイン・ショーターの参加は『イン・ベルリン』からであるが、実質本作『E.S.P.』が最初の作品と言うべきだろう。サックス奏者としてだけでなく作編曲に素晴らしい才能を持っていたショーターの加入はマイルスが自身のアルバムで自身の曲を演奏するのではなく、メンバーの曲を演奏するという選択をさせるようになる。簡単にショーター加入後のアルバムを列記してみると、1966年10月『マイルス・スマイルズ』1967年5月『ソーサラー』1967年6月・7月『ネフェルティティ』→ここで、ジョン・コルトレーン死去1968年1月・5月『マイルス・イン・ザ・スカイ』1968年1月・9月『キリマンジャロの娘』1969年2月『イン・ア・サイレント・ウエイ』と繋がっていく。次作『マイルス・スマイルズ』では1曲になり、1967年5月『ソーサラー』と1967年6月・7月『ネフェルティティ』ではついに0となっている。しかも本作においてすら単独の作曲は5『アジテイション』だけである。メンバーの成長によりメンバーの曲を演奏しながら、実はマイルスの奥底には1967年に登場したジミ・ヘンドリックスに強いインパクトを受け、ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽が目覚めていたと僕は見る。漆黒の闇のような完璧なこのクインテットのジャズも実はその時自身で作曲してしまえば、そのような気持ちを吐露してしまいそうだからではなかったのではないだろうか?
真のミュージシャンは心に目覚めた気持ちを隠し通すことは出来ない。ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽はマイルスの中で急速に巨大化していく。そして全てを吐露したのはその4年後だった。
・「モンクの凄さ」
世にクリスマス・セッションの通称で知られている名盤。何はともあれ1曲目のタイトル曲が注目です。マイルスのクールで思索的なソロ、M・ジャクソンの瑞々しいアドリブも素晴らしい。これだけでも一定の水準以上と言えるのですが、続くモンクのパフォーマンスはそれをさらに超えていて、最初聴いたときは驚きました。
鍵盤の上で指を適当に遊ばせているだけ(?)のような、何ともジャズっぽくないフレーズが淡々と続くのですが、それらが一つづつ積み重なっていくに従い次第に見えてくるのが、異様に構成力に富み、ユーモアに溢れ、かつ常套句を排したソロの”完璧”さ。それはあたかも、彼のパートだけで独立した一つの作品と言える程
で、モンクがしばしば天才云々と言われている理由の一端が判ったような気がしました。他に、若きロリンズを擁した「Oleo」等も隙の無い充実の演奏です。
・「モンクはいったい何処にいるのか、それが本作の最も面白いところ」
有名な1954年12月24日のクリスマス・セッション(残ったテイクは『Modern Jazz Giants』へ)の表題曲1・2。1954年6月29日3-7録音。1・2がミルト・ジャクソン、3・4・6がソニー・ロリンズ、5・7がガーシュインのナンバーである。面白いのは裏面のメンバー・クレジットにはセロニアス・モンクの名前が無いのにも関わらず、表のジャケットには堂々と名前がクレジットされているところだろう。作曲者として参加しているわけでもないモンクはいったい何処にいるのか。それが本作の最も面白いところだろう。
セロニアス・モンクというスパイスは今でもジャズの至る所に残されている。マイルスのアルバムでありながら、何故かモンクのことを考えてしまう作品である(●^o^●)。
・「4ビートジャズの金字塔!」
これぞ4ビートジャズの金字塔的アルバムだ。捨て曲いっさい無し!それにしてもメンバーがすごい。当時のジャズ界の代表選手がそろった、しかも各人の演奏が名演ときている。まずマイルスのプレイは言うに及ばず、セロニアス・モンクの天才的ソロピアノ、ミルト・ジャクソンのブルージーなプレイ。リズム隊も堅実なプレイを繰り広げている。誰もケチをつけようが無い最強無敵のアルバムだー!
・「Cool Jazz」
なななんだか役者達が『濃いなあ』。やっぱセロニアスモンク、存在感あります。ミルトジャクソンだとすぐわかる『気品のあるビブラフォン』。音色を慎重に選びながら演奏するマイルス。タイムラグが50年あるわけだけれど、古さはかんじないねええええ。あっそうかそれが傑作ね。陰影がきちんと出せているのでいいねえ。10点中9点
・「Another Side Of Miles Davis」
ギル・エバンス・オーケストラとマイルスが競演した第3作にして最高傑作。(第1作は『マイルス・アヘッド』、第2作は『ポーギー・アンド・ベス』)本作の白眉は何と言ってもアランフェス協奏曲(Concierto De Aranjuez (Adagio))だ。当初のLPには未収録だったConcierto De Aranjuezのパート1・2をボーナス・トラックとして加えたことでより一層魅力が増した。ロドリーゴのこの名曲はギター曲として有名だ。アレグロ・コン・スピリト→アダージョ→アレグロ・ジェンティーレの3楽章からなるこの曲の第2楽章をギルはアレンジしたわけだが実に見事だ。その中でソリストとしてペットを吹くマイルスはまさに『Another Side Of Miles Davis』である。しかしながらそこにはやはりマイルスのあの『音』が鳴っている。マイルスの残したアルバムを聴けば聴くほど、本当に同じ人の残した作品だろうかと思うほど音楽的レンジが広い。そしてものすごく多作だ。それでいながらマイルスのあの『音』は偏在し続けている。凄いことだ。この作品はそう言ったマイルスの作品群の最も『端』に位置した傑作である。
・「初代リズムセクション時代の最高傑作」
リズムセクションにレッド・ガーランドとフィリー・ジョーがいた時期のマイルス・グループの最高の演奏だと思う。とにかくバンド全体のまとまりが見事で、強烈にスイングしているのだ。新しく加入したキャノンボール・アダレイも驚くほど他のメンバーと結束できている。役者も環境もそろっているのだから、当然どの曲も出色の出来。勿論マイルスは『モード』に取りかかったりと更なる探求を進めているし、コルトレーンにしてもまだトレーニング中ではあるが、発展途上での演奏としても十分私たちを魅了する音楽をこの人達はやっていたんだなあ、と感心しきりである。ちなみに「ビリー・ボーイ」は、管の抜けたピアノトリオによる演奏。なかなか乗っているが、これがガーランドとフィリー・ジョーの参加する最後の作品になる。特にガーランドのそれは、必然だったのかもしれないとも感じさせるほど、このバンドで出来ることは、やり尽くした感じのあるアルバムでもある。
・「マイルスの一里塚」
この頃の典型的なハードバップ。タイトル曲の「Milestones」はテーマ、演奏ともに素晴らしく、既にジャズクラシックにもなっている。(マイルス自身も、長くライブで演奏し続けた。)もちろん、それ以外の「DR.JACKYL」 、「SID'S AHEAD」「Straight No Chaser」など、どの曲をとってもとても良い、駄曲駄演のない好盤である。後にモードジャズの推進という観点でマイルスに大きな影響を与えたビルエバンスはまだ参加していないが、その方がこの作品の雰囲気にはあっている。
・「このバンドは史上最強です!」
マイルス・デイビスがモード手法を取り入れたアルバム、などという専門的な題目は別にどうでもよく、ただよい演奏のCDが聴きたい、という思いを100%満たしてくれるアルバムです。今のロックのCDもよく聴いていますが、このCDに匹敵するだけのドラムやベースはほとんどないと思います。もう50年以上も名盤として語り継がれているというのはそういうことなのだと思います。録音も音に独特の質感があり、これが50年も前の音楽だなんてしんじられません。みんななんでパンクとかヒップ・ホップとか聴くんですかね。この時のマイルス・デイビスのほうが100倍もヒップでカッコいいのに・・・一番のききものは「Two Bass Hit」。しのぎを削るとか、火花を散らすとかいう生半可なもんじゃないです。マイルスとSAXのキャノンボール、ドラムのプィリージョーが斬れば血が飛ぶような演奏を繰り広げます。ピアノのレッド・ガーランドが主役をはる「Billy Boy」も凄い。音の最初から最後までぎりぎりの緊迫感があり、メンバーの最高の演奏を引き出しているのがマイルスのカリスマ性なのだと感じます。
・「アルバム中盤での高速ドライブ感にわくわくしました」
不安な気持ちに駆られる第2曲『Sid’s Ahead』が効いています。好きな曲ではないのですが、赤信号が点滅しているみたいなこの曲が、当アルバムのポイントとなっている気がしました。 じらすようなテンポの第2曲から、次の『Two Bass Hit』で一転、演奏はトップ・ギアに入ります。この第3曲が実にスピーディーで心地よいテンポに聴こえるのも、じわじわと進んでいく『Sid’s Ahead』とのギャップ、落差が大きいせいもあるでしょう。そして、マイルス・デイヴィスのトランペットとジョン・コルトレーン(もしくは、キャノンボール・アダレイ)のサックスの競演にわくわくさせられる第4曲『Milestones』、レッド・ガーランドのピアノとフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムスのめりはりの効いたリズムにごきげんな気分になる第5曲『Billy Boy』と続きます。私にとってはこの二曲が、アルバム最高の聴きものでしたね。すべるように高速道路を走っていく車を運転している、そんな心地よさがあったなあ。わくわくと胸が弾みました。 1958年の2月4日&3月4日の録音。ニューヨークのコロンビア30番街スタジオにて。今も色あせることのない名盤『カインド・オブ・ブルー』はこの翌年、1959年3月&4月の録音。
・「ジャズの新しさを体験させてくれた」
初めてマイルストーンを聞いたとき、これまでのコードチェンジを主体としてアドリブを展開するハード・バップとの違いに驚かされ、すごく新鮮に聞こえた。モードという言葉すら知らなかった高校時代のことだ。歯切れのいいテーマの後、ソロに入るとキャノンボールのうねるようなアルト・サックスの音色。マイルスの硬質な音色のトランペットのクールさ、コルトレーンのシーツ・オブ・サウンズの凄み。まさに最強のセクステットによる豪華な演奏である。この後のカインド・オブ・ブルーではドラマーがジミー・コブに変わり、ピアノもレッド・ガーランドからビル・エバンスに変わった。この二つのセクステットは別のメンバーだと考えてよいし、実際雰囲気がずいぶん違う。モード・ジャズの完成に向けて突き進んでいた50年代終わりのマイルスの貴重な記録であり、僕にジャズの新しさを体験させてくれた忘れられないアルバムだ。
・「Milesの天才たる所以。」
Milesはimprovisationというものを追求しつくして、その結果ジャズ界のピカソと言われるまでにスタイルを変貌させたが、アドリブ・プレーヤーではなくサウンド・クリエーターとして重要な役割を演じた時が少なくとも2回あり、その第1回目がこの作品だと思う。
「クール」という表現は「かっこいい」という意味でも使われるが、ここでの音楽は文字通りのクールとカッコよさを双方備えている。独創的なアンサンブルのヴォイシングと緻密なアレンジが、心地よさと適度な緊張感を演出しておる。
その後のいわゆる「ウェスト・コースト・ジャズ」への流れがよく言及されるが、それは表面的な口当たりだけの話で、実際にはここでの音楽は孤高の響きを保っており、今聞いても新鮮。
・「"Kind of Blue" が星5つならこっちも★★★★★」
まあ昔からこのアルバムは評判が悪いけどね。
そもそもは、これらの音源をまとめて "Birth of the Cool" なんて愚鈍なタイトルを付けて、なんの美的感覚もないジャケット・デザインで LP 化しちゃった、やる気のないキャピトルが悪いの。
最近では、『マイルスを聴け!』でカス扱いされたこともあって、ますます毛嫌いされている、あわれな作品だ(『マイルスを聴け!』はいい本だけど)。
でもね、これをアタマからけなす人って、ビバップを理解していないというか、その純音楽的な美しさに感動したことがないんだと思う。
たしかに "Birth of the Cool" はアレンジされたスコアに基づいた演奏だから、アドリブの美学ということからは対極にある音楽だ。アドリブこそがジャズであるという考え方から言えば、すでにジャズではないのかもしれない。
でも一方で、黒でも白でもなく、思想的な背景もなく、何かのルーツに帰ろうとする熱さもなく、いたずらに叙情性をからめることもなく、それらを突き抜けた、認識の地平がパカッと開けたような、蛍光灯みたいにアッケラカンとした、そういう純音楽的なビバップの美点が非常によく表現された演奏であるとも言えるわけ。
ビバップの面白さを上手にアレンジして、大編成の「クール」なアンサンブルにまとめて、結果的にとてもカッコいい音楽にした。それでいいじゃない。マイルスのキャリアの中で相対的に価値をおとしめるのもかまわないけど、実際よくできてるよ、このアルバムは。
晩年のマイルスの作品群がカッコいいと思える人には、食わず嫌いにならずにぜひ耳を傾けてもらいたい。
・「やっとこの音楽の素晴らしさがわかりました。」
他の批判レビュー同様、私も最初は固定観念からきっちりしすぎてつまらないと思っていたのです。しかし、なんとなく久々に聞いてみたのですが、じわじわと気持ちよさが出てきまして。3回連続で聞いてしまいました。歴史的名盤はこの時期にピンと来なくともある時期に洪水のように心に響くものが多いと実感する今日この頃。
アンサンブル重視のJAZZも、しかもこれは決定的名盤ですので捨てたものではありません。
これだからマイルスはやめられません。
・「 クールの意味って深いんだな」
クール・ジャズの原点といえる作品だが、クールの意味が最初よくわからなかった。ホットに対するクールというと単に冷たいイメージだが、実際には「イケテル」とか「素敵」といった意味があるようだ。歴史的なマイルスの「クールの誕生」は9人のオーケストラによるアンサンブル・ジャズであり、40年代のビ・バップのもつジャム・セッションの延長から生まれた奔放なアドリブの競演とは一線を画している。マイルス自身もガレスピー的なバップの限界を感じ、やたら激しく早く音階を多用するアドリブから、抑制を効かせた独自のスタイルを模索していた時期なのであろう。ギル・エバンス、ジョン・ルイス、リー・コニッツ、ジェリー・マリガンといった知性派で作編曲の能力を持ったミュージシャンとの出会いが大きな要因である。単なる実験作というだけでなく、鑑賞に堪えるすばらしい内容である。古きよき時代のクール・ジャズで選曲も驚くほどいい。深く、かっこよく、心地よい演奏だ。マイルスのソロもさりげないが自信に満ちた新進ジャズマンの名目躍如といったところか。
・「若きマイルスはオジさん達に開き直ったのだ。」
ジャズとはインプロヴィゼーションだ、という耳には、退屈としか聞こえまい。確かにエッジを渡るようなスリルは無くとも、曲がり角の向こうに何かがあると信じて創った新世代の緊張感がここにはある。熱くなるばかりが音楽じゃない、と。曲がった先の世界に住んでいる我々にも、聞くたびに暖かく懐かしく聞こえるのはそのせいか。時々聞いて、あ、いいなと思わせる一枚。
・「元気でかっちょいいマイルス」
エレクトリック期前の作品で私が一番よく聴くのは実はこれ!iPodにも入れてます。アコースティックなジャズって「ステレオででかい音で聴かないと気持ちよくない」みたいなイメージがありますが、これはたぶんAMラジオで聴いても盛り上がれます。なぜなら、とにかくこのライヴ盤ではマイルスが吹きまくっていて(!)最高にかっちょいいのです。録音は1964年、メンバー的には黄金クインテットのウェインショーター加入前でSaxはジョージコールマン、こちらも熱演しています。
・「止めどなく楔を打ち続けるスゴイ演奏」
1964年2月12日、ニューヨーク、フィルハーモニック・ホールでのライヴ録音。5ヶ月後の1964年7月、日本で行われた『世界ジョズ・フェスティバル』において日本のファンはマイルス・デイビス・クインテットを初めて生で聴くことになる。そしてこのクインテットを完成させるウェイン・ショーターの参加は1964年9月15日である。
同日にアルバム『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』も収録しているが、あちらのマイルスは『All Of You』以外フルーゲル・ホーン、そしてバラードが展開している。こちらはマイルスの設定したテンポが異様に速く、喧嘩腰に近い。その中を切り裂くようにマイルスのペットが止めどなく楔を打ち続けるスゴイ演奏になっていて、圧倒的にこちらの演奏に惹きつけられる。特に『ウォーキン』がスゴイ!!!
村上春樹・和田誠の名著『ポートレイト・イン・ジャズ』の中のマイルス・デイビスの紹介の中で特にこのアルバムを取り上げている。この素晴らしい文章を機会があれば是非とも読まれることをお勧めしたい。
●Cookin' With the Miles Davis Quintet
・「珠玉の名作,そう呼ぶしかない!」
マイルスがBitches Brew以降の作品を残さず死んでいたのならば、彼を偉大と思わない、という意見は確かに認める。その通りであろうと思う。
だが、しかし、しかしである。このCDを含めたプレスティッジのマラソン・セッションの楽曲の繊細な美しさは、本当に筆舌に尽くし難いものがある。大袈裟でなく、この一連のセッションでマイルスは永久にJAZZ史に名を残した、と言えまいか。
特にミュートでのバラード演奏は間違いなく、本CDが発売されるまでのJAZZシーンが経験した事の無いグルーヴ感である。例えば小生はコルトレーンの熱狂的なファンであるが、My funny Valantineにコルトレーンのソロが無くて良かった、と思う。それほどこのタイトル曲と”Relaxin'”における If I were A Bellはマイルスのバラードの傑作として、誰も入りこめない未踏の泉である、と小生は頑なに信じている。
正直に申上げれば、プレスティッジのこのマラソン・セッションを経てコロンビアのコルトレーンを擁していた頃のクインテット時代が小生が最も愛するマイルスの「古き良き時代」ということになる。勿論、フィルモアやアガルタも抜群に良いが、日曜の昼下がりに聴くには、小生は歳をとりすぎた。本CDは小生の大切なヒーリング・ミュージックでもある。そしてそれは万人にも確実になり得ると信じて止まない。
・「背伸びしていた私を、本物のジャズ好きにしてくれた一枚」
背伸びしたくてジャズが好きと言っていた学生時代、本物のジャズ好きにしてくれた一枚です。名曲マイ・ファニー・ヴァレンタインから始まり、絶妙に切り替わるチューン・アップ/ホエン・ライツ・アー・ローで終わる。エレキに走る前のマイルスが気持ちよく曲に浸っている珠玉の一枚です。
もちろんエレキのマイルスが好きという人もいるでしょうが、やはり初心者にはこのあたりがお奨めです。
ジャケットのトランペットにジャズらしさを感じて、背伸びしたさに偶然手にしたのですが、後で気づけば、マイルスの歴史に残るマラソン・セッションの中の一枚。ジャズの真の力に出会った瞬間です。この一枚で、背伸びをする必要が無くなりました。
・「マイファニー・バレンタインのクッキン」
マイルスにはマイ・ファニー・バレンタインという64年のリンカーンセンターでのライブ・アルバムがある。僕は長らくマイルスのベスト・ライブだと信じてきたしいまだに、マイルスのマイ・ファニー・バレンタインの演奏の中でベストだと思っている。(ちなみに64年の東京での同曲のライブは録音も含めバランスが悪い。)58年のプラザホテルでのビル・エバンスとのマイ・ファニー・バレンタインもたしかにいい。こちらはエバンスのピアノによって格調高く、リリカルに仕上がっている。それに比べ名演の誉れ高いクッキンのバレンタインは今ひとつ好きになれなかった。それはあまりにできすぎというか、完結した美の見本のような静的なイメージがしたからである。ここでの特徴はクインテットながら、コルトレーンをいれずにワンホーンに終始している点である。おそらく、この時代のコルトレーンはラウンド・ミッドナイトの奇跡的快演を例外にして、マイルスのリリカルな美的世界に踏み込むにはまだ無骨だったのではないだろうか。そのような、様々な状況の中でマイ・ファニー・バレンタインというマイルスの畢生の名演を聞き比べてみると、興味深いし、その曲の原点といえる演奏がこのアルバムなのである。
・「マイルスVSレッド・ガーランド」
このアルバムの1曲目「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で、レッド・ガーランドの出だしのピアノがとても軽やかで澄んでて夢見るような音に続くマイルスの低くて搾り出すような音が入る冒頭のフレーズがたまらなく好きです。マイルスとレッド・ガーランドが自らの領域を越えた世界でのぶつかりあいが凝縮されていると思います。彼らの競争心・信頼心という深い心の世界を味わえるアルバムです。
・「この音がすばらしい」
プリステージの有名な4部作の中でも僕はこれが一番好きです。『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』のペットの音。誰がこれ以上の素晴らしい音を出せるでしょう?この音を聴かないで死ななくて良かった(●^O^●)。
ヴァレンタインにはいつも裏切られていますが、この曲は僕を裏切りません。
・「枯葉の名演 パリの哀愁」
パリでのライブステージのドキュメント。枯葉が素晴らしい。サムシング・エルスの名演があるが、勝るとも劣らない内容だと思う。ハンコックのバッキングとソロはおそらくこのクインテットの演奏の中でも5指に数えられるのではないか。マイルス・イン・ベルリンのショーターが加わったものより数段いい演奏だ。テナー・サックスのJ・コールマンも健闘している。やはり本場パリの雰囲気が枯葉を桁上げしたのであろう。マイルストーンズ、ジョシュア、オール・オブ・ユーと続く演奏は、熱気のうちに終了。同じライブでもパリ、ニューヨーク、東京、ベルリンでこれほど違うのかと驚かされる。もちろんサックスがコールマン、サム・リバース、ショーターと猫の目のように変化した時期ではあるが、それ以上に場所(トポロジー)の問題を考えてしまう。
・「枯葉の名演 パリの哀愁」
パリでのライブステージのドキュメント。枯葉が素晴らしい。サムシング・エルスの名演があるが、勝るとも劣らない内容だと思う。ハンコックのバッキングとソロはおそらくこのクインテットの演奏の中でも5指に数えられるのではないか。マイルス・イン・ベルリンのショーターが加わったものより数段いい演奏だ。テナー・サックスのJ・コールマンも健闘している。やはり本場パリの雰囲気が枯葉を桁上げしたのであろう。マイルストーンズ、ジョシュア、オール・オブ・ユーと続く演奏は、熱気のうちに終了。同じライブでもパリ、ニューヨーク、東京、ベルリンでこれほど違うのかと驚かされる。もちろんサックスがコールマン、サム・リバース、ショーターと猫の目のように変化した時期ではあるが、それ以上に場所(トポロジー〕の問題を考えてしまう。
・「枯葉の名演 パリの哀愁」
パリでのライブステージのドキュメント。枯葉が素晴らしい。サムシング・エルスの名演があるが、勝るとも劣らない内容だと思う。ハンコックのバッキングとソロはおそらくこのクインテットの演奏の中でも5指に数えられるのではないか。マイルス・イン・ベルリンのショーターが加わったものより数段いい演奏だ。テナー・サックスのJ・コールマンも健闘している。やはり本場パリの雰囲気が枯葉を桁上げしたのであろう。 マイルストーンズ、ジョシュア、オール・オブ・ユーと続く演奏は、熱気のうちに終了。同じライブでもパリ、ニューヨーク、東京、ベルリンでこれほど違うのかと驚かされる。もちろんサックスがコールマン、サム・リバース、ショーターと猫の目のように変化した時期ではあるが、それ以上に場所(トポロジー)の問題を考えてしまう。
・「80分たっぷり素晴らしい。」
歴代クィンテットの最高のステージですね。ショーターが加入してどんどん「早く」なる前の落ち着いた演奏は個人的には好きですね。1曲の演奏時間も長くてJAZZを満喫できますね。「枯葉」もいいけど「I Thought About You」も最高。特にハービーハンコック!もう素晴らしいピアノじゃないですか!
・「放送録音で音はいまいちだが内容は素晴らしい」
フランスの国営放送が録音したため、音はモノラルで、音質もいまいちです。しかし、ジャッキー・マクリーンが発掘した天才ドラマー、トニーのドラムが冴える素晴らしい演奏。注意しておきたいのはブルーノートの「サムシングエルス」の「枯葉」と違い、ここでは有名な「枯葉よ~」のテーマは吹かないので、それを期待しないように!しかし、フリーブローイングの「枯葉」は、男マイルスを感じさせる力強さがあり、トニーのドラムソロの後、マイルスが吹き始める所はいつ聴いても、ぞくぞくさせてくれる。私にとって、マイルスの「枯葉」はこれに決まりました。「マイルストーンズ」など、有名な曲ばかりで、お薦めです。
・「復帰後の全てのヒントはここに。」
長い沈黙を破っての前線復帰第1作。1981年だが、ジャケットのムードには70年代の香りが強く漂い(でも結構お洒落)、大物の久々の作品!という感じがして良い。 沈黙に入る直前は、ほとんどがLP2枚組で、1曲が片面全部使っているスタイルが多かったけど、ここには6曲も入ってて、そのコンパクトさと多彩な曲調のために中途半端な作品に思われがちだ。
でも当時どきどきしながら買ってきて聞いた1曲目の「Fat Time」の衝撃の記憶を抜きにしても、この作品は復帰後の活動の方向性の芽が全て含まれている点で重要だと思う。エレクトリック・サウンドを70年代は混沌の演出風に使ってたけど80年代はアレンジ、サウンドの1部として使いこなす、というスタイルも明確だし、ダンス・ミュージック、ブラック・ミュージックに対するオープンなスタンスもはっきりしている。 むしろ短時間の演奏内で曲としてのポテンシャルと、即興演奏のポテンシャルを両立させることに結構成功していると思う。
沈黙後の第1声が「Fat Time」のあのミュート、さりげにかましてマイク・スターンのエレクトリック・ギターで爆発させて、その後どうなるのかとスリル満点の中バシッと終わりそのままライブ定番の1つとなった「Back Seat Betty」のイントロへ。この流れのカッコよさは何度聞いても最高!
マーカス・ミラーとアル・フォスターという今考えると意外な組み合わせのリズム隊がタイト一辺倒にならない独特のしなやかさを出していて、このあとリズム面ではビート音楽になってしまうマイルスの貴重な記録でもある。
・「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」
1981年リリース。『新生マイルス』の6年ぶりの復帰作。破綻をめざして突っ走り、『アガルタ』・『パンゲア』で通り越したマイルス。そこでミュージシャンとして終わってしまっても良かったのかもしれない。単なるジャズ・ミュージシャンの一人であれば、突っ走ったあげくの死というのもそれなりにカッコよかったろう。しかし、マイルスは創造をやめない現役にこだわり続けた。まったく後ろを省みず、自ら良しとするものは取り上げるという姿勢を貫き通した。これは真似ができない生き方である。それが6年間のブランクの後の復活ということになる。
CBSのこの復帰作はマーカス・ミラーの徹底的なサポートのもとに成立している。それ以外にもマイルス自体を大衆化というか時流に乗せて売り出そうという、スタイリストも演出家も全てがチームを組んだようなCBSの恣意も見え隠れする。しかし、マイルスの復活したトランペットはそういった幾多の恣意や意図をくぐり抜け、自らの意思を伝えてくれる。そこに僕はシビレル。
もはやジャンルでもなく、曲でもなく、フレーズでもない。僕は最後のスタートを踏み出したマイルスの『音』そのものにシビレル。それは恣意や意図といった雑なるものを超越した光だ。
・「不死鳥の如く」
音は新しくない。75年までの鬼気迫るコンセプトもない。何より本人は本調子ではない。果たして帝王は健在なのか。いい話がひとつもなかった81年に、まだ治りかけの病気を押してリリースした81年の作品。 今考えれば、なぜあんなにカムバックを急いだのかはよく分からない。現に日本公演終了後即入院したし。もしかしてウィントン・マルサリスとかの反動(新主流派)がポツポツ出始めたのに危機感を持っていたのか?まさかそんな細かい男だったのかな、マイルスは。 しかし、この作品は淡々とリフを奏でるマーカスのベースで幕を開けたかと思うと、そのままマイルスのミュートに引き込まれる。まるで忘れかけていた苦痛が甦るかのような、とても強いGがかかる。これは全編そうで、まるで聴いている間はその場を離れる訳にはいかないような、決して目を逸らしてはならない音楽である。マイルスはいつものマイルスと違い、せわしなく、粗い。しかしマイルスは本気だ。滝のように汗を出しながら、必死で吹いている。史上稀に見るマイルスだ。こんなマイルスは他にはない。マイルスの顔が般若になっている。 マイルスは91年に他界しているが、まだ健在な頃は世界中のジャズ・ミュージシャンの間にはある種緊張感があった。つまり「ヘタなものを出すと、マイルスに見つかった途端に業界から干される」。大袈裟だが、そういうプレッシャーを生み出していたのがマイルスだった。「自分の作ったこのCDも、もしかしてマイルスが聴いたら・・」この恐怖感は底知れなかったと思う。その証拠が死後のジャズ界の有様である。マイルス後のジャズは死んでいるのかもしれない。 そしてまさに漫画的なまでに、地獄の底から這い上がってきたその雄叫びの如きマイルスの咆哮が、このアルバムである。「うわー!!マイルスが来たー!!」という恐怖感が、ここにははっきりと腹蔵されている。マイルスは、般若だ。
・「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」
1981年リリース。『新生マイルス』の6年ぶりの復帰作。破綻をめざして突っ走り、『アガルタ』・『パンゲア』で通り越したマイルス。そこでミュージシャンとして終わってしまっても良かったのかもしれない。単なるジャズ・ミュージシャンの一人であれば、突っ走ったあげくの死というのもそれなりにカッコよかったろう。しかし、マイルスは創造をやめない現役にこだわり続けた。まったく後ろを省みず、自ら良しとするものは取り上げるという姿勢を貫き通した。これは真似ができない生き方である。それが6年間のブランクの後の復活ということになる。
CBSのこの復帰作はマーカス・ミラーの徹底的なサポートのもとに成立している。それ以外にもマイルス自体を大衆化というか時流に乗せて売り出そうという、スタイリストも演出家も全てがチームを組んだようなCBSの恣意も見え隠れする。しかし、マイルスの復活したトランペットはそういった幾多の恣意や意図をくぐり抜け、自らの意思を伝えてくれる。そこに僕はシビレル(●^o^●)。
もはやジャンルでもなく、曲でもなく、フレーズでもない。僕は最後のスタートを踏み出したマイルスの『音』そのものにシビレル。それは恣意や意図といった雑なるものを超越した光だ。
・「恣意や意図といった雑なるものを超越した光」
1981年リリース。『新生マイルス』の6年ぶりの復帰作。破綻をめざして突っ走り、『アガルタ』・『パンゲア』で通り越したマイルス。そこでミュージシャンとして終わってしまっても良かったのかもしれない。単なるジャズ・ミュージシャンの一人であれば、突っ走ったあげくの死というのもそれなりにカッコよかったろう。しかし、マイルスは創造をやめない現役にこだわり続けた。まったく後ろを省みず、自ら良しとするものは取り上げるという姿勢を貫き通した。これは真似ができない生き方である。それが6年間のブランクの後の復活ということになる。
CBSのこの復帰作はマーカス・ミラーの徹底的なサポートのもとに成立している。それ以外にもマイルス自体を大衆化というか時流に乗せて売り出そうという、スタイリストも演出家も全てがチームを組んだようなCBSの恣意も見え隠れする。しかし、マイルスの復活したトランペットはそういった幾多の恣意や意図をくぐり抜け、自らの意思を伝えてくれる。そこに僕はシビレル(●^o^●)。
もはやジャンルでもなく、曲でもなく、フレーズでもない。僕は最後のスタートを踏み出したマイルスの『音』そのものにシビレル。それは恣意や意図といった雑なるものを超越した光だ。
・「クールかつ熱い、インテリな最高峰JAZZ」
次作Nefertitiと同等の評価をされるべき作品。曲、演奏ともに傑作。とてつもなくクールだが、しかし熱い。最後の曲がなければ、世評もかなり変わったであろう。
マイルスはいつでも新鮮だが、ここではいつもに増して新鮮さを意識しているように感じられる。ショーターはハズレのときも少なくないが、ここではほとんどプラスに作用。ハービーもピアノのクオリティーではマイルス在籍時が結局一番だが、その中でも67年はベスト!
こういったスタイルを目指した音楽は現在でも聴かれるが、ほとんど中身がないものばかり。このレベルを超えるものは聴いたことが無い。
・「マイルス=ショーター4部作の1つ」
60年代後半のマイルスとショーターのコラボレイトには、ほとほと参っている。歴史上のジャズの演奏でも、ピークの一つに数えられる優れた内容だと思う。特に、アコースティックでバリバリ吹きまくるオリジナリティにあふれたESP,スマイルズ、ソーサラ、ネフェルティティの4つのアルバムは4部作といえる。このアルバムはその中でも、ミステリアスな魅力に満ちている。ジャケットも気になる。美術で言えば60年代後半のプライマリー・ストラクチュアーズやミニマル・アートにあたるように思える。ソフィスケートと抽象化の極点にあるミュージックだといえる。
・「ついにメンバーの曲だけになる」
1967年5月16・17・24日ニューヨークで録音。ただし『Nothing like you』だけ1962年8月21日の録音でメンバーも当時のメンバーである。なぜ、1:55のこの曲をこのアルバムに入れたのか不可思議である。特にウェイン・ショーターが加入後、マイルスは徐々に自らの曲を演奏するよりも、メンバーの曲を演奏することを好むようになっていく。これはメンバーの成長を如実に表している事象でもある。簡単にショーター加入後のアルバムを列記してみると、1966年10月『マイルス・スマイルズ』1967年5月『ソーサラー』(本作)1967年6月・7月『ネフェルティティ』→ここで、ジョン・コルトレーン死去1968年1月・5月『マイルス・イン・ザ・スカイ』1968年6月・9月『キリマンジャロの娘』1969年2月『イン・ア・サイレント・ウエイ』と繋がっていく。1966年10月『マイルス・スマイルズ』の一つ前、『E.S.P.』では4曲作曲していたマイルスは『マイルス・スマイルズ』では1曲になり、1967年5月『ソーサラー』(本作)と1967年6月・7月『ネフェルティティ』ではついに0となっている。メンバーの成長によりメンバーの曲を演奏しながら、実はマイルスの奥底には1967年(つまり本作の年)に登場したジミ・ヘンドリックスに強いインパクトを受け、ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽が目覚めていたと僕は見る。漆黒の闇のような完璧なこのクインテットのジャズも実はその時作曲してしまえば、そのような気持ちを吐露してしまいそうだからではなかったのではないだろうか?
真のミュージシャンは心に目覚めた気持ちを隠し通すことは出来ない。ファンクとエレクトリックへの止めようのない芽はマイルスの中で急速に巨大化していく。そして全てを吐露したのはその2年後だった。
・「マイルス・ミュージック」
これと次の"Nefertiti"は、殆ど2枚組。これが分からない、つまらないという人、"Kind Of Blue"で思考が止まってる人は、マイルス聴くのやめなさい但し最後の'Nothing Like You'は余分、よって星は4つ。
・「記念すべきオリジナル・クインテットによる初録音」
ハード・バップのレギュラー・コンボを結成して世に打って出たマイルスの野心的アルバムにして、記念すべき録音。ほとんど無名だったJ・コルトレーンを起用し、ガーランド、チェンバース、フィリー・ジョーの黄金のリズムセクションを擁しての華々しい船出である。しかし、当初マイルスは実力派のテナー、ソニー・ロリンズをこそフロントに起用したかったという。コルトレーンという無骨でゴリゴリ吹く新人は決して満足ではなかったはずだ。ところがコルトレーンの不器用さやハードでアバンギャルドなテナーは、かえって新鮮で、逆にコンボの可能性や革新性を感じさせた。そして何よりマイルスの元で超人的な努力を重ねコルトレーンは飛躍的に成長していくのである。ここに聞かれるジャスト・スクィーズ・ミー、ノー・グレイター・ラヴといったおなじみのバラードでのマイルスのミュートはほぼ完成域に達しているが、ハウ・アム・アイ・トゥ・ノウ?、テーマ、ステイブルメイツなどでのコルトレーンのソロは、まだまだ発展途上で、お世辞にもうまいとはいえない。しかし、ガーランドの洒脱さやフィリー・ジョーのメリハリの効いたドラミング、チェンバースのぶっとい音のベースに支えられ、全体から伝わってくるマイルスサウンドはすでに一級品の風格を兼ね備えている。コルトレーンの未熟さから4つ星にしようと思ったが、やはりそうもいかないのがオリジナル・クインテットの歴史的重さとかけがえのなさなのである。
・「落ち着きます」
飽きない和食といった おもむき。レコード屋で店員の女の子が推薦したので買った。一人で聞くのに 向いている。
・「小川にマイルス。」
マイルスのトランペットの魅力を堪能したいならお薦めなのがこのアルバム、「ジャスト・スクィーズ・ミー」「ノー・グレイター・ラヴ」とバラードが続きますがこの頃の彼のトランペットは本当に良く歌っている、音色が美しい!リリカルというよりも“のほほん”とした感じだけど、聴いているとちょうどジャケットの小川の辺を1人でトボトボと歩いているような気になります。もともと内向的なソロを取るマイルスなので、こんな孤独な雰囲気が良く似合う。コルトレーンも含め後の何かを背負っているような演奏とは違い、まだ先の事も解らない自然体なプレーがとても心に染みます。ちなみに、元々このマスターは痛みがあり最初のレコード以外(CDは全部)は「ノー・グレイター・ラヴ」等でちょっとテープ窪みが聴かれ残念ですが、まぁそんなに気になる程の物でもないです。
・「やっぱマイルス聴くならこの頃が一番じゃないですか。」
マイルスが一番長く卵の殻の上を歩いたのはこれでしょう。お洒落で上品だけど、どこか繊細で翳りのあるミュートがバラードに映えること映えること。この頃はまだコルトレーンが下手だって?とんでもありません。行き場を探す危なっかしいテナーがタマリマセン。行きそで行けない逡巡するトレーンなんて滅多に聞けないです。どんどん転がるスゥインギーなレッドガーランドのピアノが曲の表情を豊かに彩る。ヤクザな雰囲気を漂わせるパワフルで小粋なフィリージョージョーンズのドラムス。歌うベースラインのポールチェンバースがボンボンはね回る。マラソンセッション手前のマイルスデイビスクインテット。頂点に上り詰める一歩手前の、各駅停車のようなリラックスしたセッションがとっても素敵。そこはかとなく漂うエバーグリーンな感触。そう言えば、皆どこか青春していませんか。そういえばジャケ写も「小川にもうすぐ春が」ではありませんか。でもやっぱ違うか。だけどアー、何か泣けてきたぜ。
・「50年代オリジナルクインテットデビュー作」
コルトレーンを加えたオリジナルクインテットのデビュー作ですが、プレスティッジお得意の荒涼たるジャケットが実に寂しく(笑)逆に音楽を聴いたときの意外性につながるという妙な効果を生んでいたりします。
コルトレーンの荒削りさはまだ覆い隠すべくもなく、このアルバムはマラソンセッション4部作を堪能した人が、歴史懐古的に聴く作品だと思います。それでもガーランドのピアノ、フィリージョーのパワフルドラムを聴くと、そしてコルトレーンのその後の成長を聴くと、やはりマイルスは人事のベテランだったのだなぁと感動してしまう作品です
・「晩年マイルスの傑作スパニッシュモード」
スペインを髣髴とさせるアルバムであるとともに晩年のマイルスの結節点とも呼べる傑作である。スパニッシュ・モードが好きなマイルスは1959年のスケッチ・オブ・スペインを始め、カインド・オブ・ブルーでもフラメンコ・スケッチという曲を収録している。またこのアルバムは映画のサウンド・トラック盤でもあり、この点では死刑台のエレベーター、ジャック・ジョンソンらと同系のラインにある。映画のイメージに接近しながらも瞬時に自己のオリジナリティを発揮するマイルスの天才を感じる仕事である。常に時代の中で停滞する事を潔しとしなかったマイルスにとって映画という素材とスペインというイメージの故郷によって生まれた作品であり、クラッシックなマイルスファンにとってはこたえらないムードをたたえた美しいアルバムである。
・「マーカス・ミラーとマイルスのコラボ第二弾!」
1987年発表。複数のニューヨーク、ノースハリウッドのスタジオで録音。ギル・エバンスに捧げられている。ギルに捧げれている理由は容易に理解出来る。ギルとマイルスがコラボレートしてきたスパニッシュものを意識してのことだろう。27年前の『スケッチ・オブ・スペイン』のことを二人のファンならすぐに思い浮かべる(●^o^●)。ほとんどの楽器をマーカス・ミラーが『TUTU』の時のようにこなしていて、それ以外の部分もマイルス・バンドの腕利きたちが多数参加し、御大マイルスがペットを吹き鳴らすという嗜好である。プロデュースもマーカス・ミラーでエグゼティブ・プロデューサーにダイアナ・クラールとのコンビで最近とみに有名なトミー・リピューマが参加している。アルバム・タイトルでもある『SIESTA』は『昼下がり』の意味である。日本では映画より先に本作が発表された。マイルスは本作の発表に合わせて1987年10月30日のスウェーデンを皮切りにデンマーク→西ドイツ→フランス→オランダ→スペイン!!!→イタリヤ→スイス→アメリカ・テキサスという大規模な23回のコンサートを開催している。体力も回復したマイルスにファンはシビレタ(●^o^●)。映画『SIESTA』の監督マリー・ランバートはマドンナの『ライク・ア・バージン』とかシーラ・Eの『グラマラス・ライフ』とかのビデオ・ディレクターをした人である。まあ、僕は正直映画はどうでもいいのである(●^o^●)。個人的には標題曲がジョン・スコフィールドのギターが効いてて一番好きだ。
・「醜悪美とでもいうか。。」
このアルバムは、映画のサウンドトラックとして世に出されました。音楽はまーカス・ミラーが担当。僕も最初はとっつきにくいと思っていましたが、聞くたびにはまっていくはまっていく。パブロ・ピカソの絵を見るかのようでした。「なんだか小さな女の子がさらわれていくような」、すこし不気味、でも美しい音楽が展開されています。映画のほうも必見です。
・「おビッチェ」
この作品に対する賛辞ってどうしても同じラインに帰着してしまうのですが、とにかく、ロック世代、そしてクラブ世代以降の評価が高い作品なのは周知のとおり。そういったものの雛形として、あるいは到達点としてまずマイルスはコレを提示して、「どうだ、オレは世界一のロックバンドだってつくれるんだぜ」とのお言葉を賜れたわけです。雛形であり、到達点。それ以外言いようがないのですが、そこがまさにこの作品の意味であり、ジャズイディオム上で語るべき作品ではない、というのは、時代が証明していますし、紛れもない事実です。マイルスはまた「マクラフリンがすげぇ」とも言ってますが、ホントプレイ面でも彼はすげぇ。他にもエレクトリックジャズの臥龍たちがマイルスを中心にして魔術的世界観を作り上げてます。これをジャズで判断するのも変だし、当時みたいにロックで語るのも違うし、とにかく雛形&到達点。純粋に耳で聴いててもすごいカッコいいし、名作。
・「諸「悪」の根源。1969年の大実験作」
このアルバムを聴いて「ジャズは死んだ」と言ってジャズ評論を辞めた人がいました。格調高いモダンジャズがロックに毒された諸悪の根源アルバムという評価もあります。諸「悪」といえば、邪悪なムードが立ちこめているから、当たっているかもしれません。
1969年のマイルスは、ポリリズム、エレクトリック、インド音楽、ファンクなど、いわゆるジャズの語法ではないあらゆる要素を統合したセッションを繰り返しており、それらがテオマセロの高度な編集によって作り上げられた大実験作であり、同時に世紀の大傑作です。ちなみに同じ時期ににキーボードアンサンブルの実験を行ったのが「イン・ア・サイレント・ウェイ」だと筆者は考えていますが、マイルスバンドのキーボードは結局マイルス自身が破壊的オルガンを弾く方向へ動いていきます。
このアルバムで実践された音楽的実験は、オン・ザ・コーナーのポリリズム、1973年〜1975年のエレクトリックファンクなどに継承されていきます。★5つ付けました
・「これはぶっとぶよ」
これは絶対大音量で聴くべきだ。どんなに滅入った気分の時でもすっきりすること間違いなし。 何を聞くか?ジョン・マクラフリンのギターのカッティング。ぶっとぶこと間違いなし。 映画のサウンド・トラックとして構成された音源だ。ボクシングのヘビー級チャンピオンの記録映画だが、そちらのほうは、写真が多用されていてそう面白くはない。
しかし、音楽のほうは何度聴いても飽きはこない。
・「グロスマン最高ですヨ」
ロックに接近したこの時期のマイルスの中でも、最もロック的なサウンドだと思います。マクラフリン(このアルバムが出た当時、日本のLPには「ジョン=マクローリン」と書いてあった)もカッチョええが、個人的には、スティーブ・グロスマンのソプラノ・ソロが最高だと思います。天才肌と言われるグロスマンの本領発揮、ショーターでもリーブマンでもない、グロスマンならではのフレーズが炸裂してます。ロックにしては、非常に「黒い」サウンドなんですが、マクラフリンもグロスマンも白人ですね。このあたりにも、マイルスの偉大さを感じます。
・「マイルス&マクラフリンがはじけるパワフルで格好いいアルバムです」
1900年代初頭、初の黒人ヘビー級チャンピオンとして活躍した伝説のボクサージャックジョンソンをテーマとして作られた映画のサントラです。といっても、映画用にレコーディングしたものではなく、レコーディングされていたセッションの音源をテオマセロが映画用に編集したものです。
サウンドについては、セッションを始めたマクラフリンたちがグルーブしはじめるや、世間話をしていたマイルスがトランペットを手に吹き始めたといわれている通り、ヘビー級のボクサー戦のようにパワフルそのものです。とりわけ、マイルスとマクラフリンは吹きまくり、弾きまくっています。ハンコックら他のメンバーの演奏もいつも通りなのですが、この2人が凄すぎるパフォーマンスを演じています。パワフルで格好いい演奏を聴きたい方にお奨めのアルバムです。
・「70年代マイルスの真髄」
ビッチェズ・ブリューで70年代ジャズの方向に大きな舵取りを敢行したマイルスの度肝を抜くロック音楽。「お望みなら、世界最高のロック・バンドを組んでやろうか」と嘯いたマイルスのロック宣言ともいえる問題作だ。しかも同時に伝説のプロボクサー、ジャック・ジョンソンの映画のサウンドトラックというから、話題性も十分だ。特にジョン・マクラフリンの参加はマイルスに新たな刺激と実験を生み、完成度の高いスリリングなパフォーマンスを形成している。高校のときにリアルタイムに出されたこのアルバムをジャズ喫茶で聴いて、マイルスは一体どこに行くのだろうという不安と、なんてカッコイイ音楽なんだという複雑な気持ちになった。というのも、ジャズではなくなっていくマイルスへの戸惑いと一抹の寂しさを感じたからだ。それでも改めて聴きなおすと、ジャズから出発したマイルスの20世紀のコンテンポラリー・ミュージックだと確信するし、今となってはジャズであろうがなかろうが大して問題ではない。70年代の真髄を示す、まぎれもないマイルス・ミュージックがここにあるのだから。
・「Jazzじゃありませんロックです。」
これってロックです。しかも上質です。私はレッドツェッペリン聴いて喜んでるとき、ご機嫌なロックだなあって思いますが、まさにこれはご機嫌なロックです。ジェフベックのブロウバイブロウなんて聴いて喜んでるコアなひとは必聴です。Jazzじゃありません。