元気が出るゲバラ語録 (リイド文庫) (詳細)
知的好奇心研究会(著)
「意外にイイ!!:“チェ”リスト(東京)」「コンパクト」「編者にチェの意志伝わらず…」
となりのカフカ (光文社新書) (詳細)
池内 紀(著)
「カフカの作品を読みなおしたくなる伝記」「親近感」「まさに入門書!」「カフカへの入門書です」
人の短篇集 (角川文庫) (詳細)
原田 宗典(著)
「オトコの目線で描く「人」が織り成す物語」「本の苦手な人に」「 気軽に読める。でも恐い。」
ビジョナリー・カンパニー ― 時代を超える生存の原則 (詳細)
ジェームズ・C. コリンズ(著), ジェリー・I. ポラス(著), James C. Collins(原著), Jerry I. Porras(原著), 山岡 洋一(翻訳)
「一番必要なことがわかる本」「人生哲学をも学べる良書」「すばらしいビジネス書の代表」「企業を見る際の、実に貴重な長期的な視点」「2から読むことをおすすめします。」
「実際に走った人間も涙しました」「駅伝素人」「楽しくて、美しい物語。」「2冊買いました。」「爽やか・爽快・感動!!」
シックス・センス (竹書房文庫) (詳細)
ジム デフェリス(著), Jim deFelice(原著), 酒井 紀子(翻訳)
「衝撃のラスト!」「俺は好きです。」「それなりに良かった」「映画の小説化」「映画の方がよかったかな」
シックス・センス 生存者 (竹書房文庫) (詳細)
デイヴィッド ベンジャミン(著), David Benjamin(原著), 酒井 紀子(翻訳)
「続編シックス・センス」「友人」「良くも悪くも、続編という感じ」
「二度目はないですよ、瑞垣さん。」「青春小説の王道かもしれない。」「ひとりひとりが主役」「あーすっきりした。」「天藍の空」
「愛は雨とともに訪れる」「ありえないけど切なすぎる恋」「こんな事あったら最高!」「雨恋」「ひんやり感が心地いいっ。」
奇想の系譜 (ちくま学芸文庫) (詳細)
辻 惟雄(著)
「江戸絵画の楽しみを知りたい方にお勧めです。」「日本近世美術の名著がお手元に!」「読む手が止まらなくなるオモシロ本」「べらぼうに面白い美術本」「「異端」じゃないよ、「奇想」だよ!」
ラヴェル:作品集 (詳細)
オムニバス(クラシック)(アーティスト), ニュー・イングランド音楽院合唱団(アーティスト), ラヴェル(作曲), カラヤン(ヘルベルト・フォン)(指揮), ブーレーズ(ピエール)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏), アルゲリッチ(マルタ)(演奏), ボストン交響楽団(演奏), ボザール・トリオ(演奏), アッカルド(サルヴァトーレ)(演奏), ロンドン交響楽団(演奏)
「クールな熱狂」「なんて美しいラヴェル・・・」「素晴らしい☆」「亡き王女のためのパヴァーヌ(舞踊)」「ラヴェルの響きを満喫」
今物語 (講談社学術文庫) (詳細)
三木 紀人(翻訳)
「気軽に楽しめる古文です」
Gボーイズ冬戦争―池袋ウエストゲートパーク〈7〉 (詳細)
石田 衣良(著)
「もはや水戸黄門的な安定感」「待望のシリーズ続編!!」「パワー復活」「面白いだけじゃだめなのか…?」「久々復活」
魔の都の二剣士 <ファファード&グレイ・マウザー1> (創元推理文庫) (詳細)
フリッツ・ライバー(著), 浅倉 久志(著)
「ついに!」「十と四万すじの煙の迷宮」「アクションがすごいな・・・・・・。」「辛目の評価で」「あえて辛めの評価で」
ちいさなちいさな王様 (詳細)
アクセル ハッケ(著), Axel Hacke(原著), Michael Sova(原著), 那須田 淳(翻訳), 木本 栄(翻訳)
「想像する事」「年を重ねることが大人になるということではない」「大切なモノを思い出させる」「童話の良いところ」「忘れかけていたことを思い出した」
小説 こちら葛飾区亀有公園前派出所 (詳細)
秋本 治(著)
「豪華すぎ!面白すぎ!」「楽しい〜」「京極堂でるんですよ!!」「妖しい怪しい」「両さんファンの方はおすすめです」
アヒルと鴨のコインロッカー (創元推理文庫) (詳細)
伊坂 幸太郎(著)
「伊坂ワールド」「二年前と現在との交錯」「カテゴライズに困る本」「優しくて切ない、それぞれが紡いだ想い出」「すげえ。」
F―落第生 (角川文庫) (詳細)
鷺沢 萠(著)
「救いのある作品」「元気になれる一冊」「落第生である自分のことかと思いました」「恋愛と仕事、両方は成功できないのがサダメ?」「F」
カンガルー日和 (講談社文庫) (詳細)
村上 春樹(著)
「メタファーとしてのあしか」「セピア色した喫茶店で」「鏡から」「ゴディばのチョコレートのような?」「この本を読んだ次の日」
新釈 走れメロス 他四篇 (詳細)
森見 登美彦(著)
「愉快愉快!」「名作を現代に」「爆笑リミックス5連発(感動もあり)!」「楽しめました」「独壇場」
悪童日記 (ハヤカワepi文庫) (詳細)
アゴタ クリストフ(著), Agota Kristof(原著), 堀 茂樹(翻訳)
「深く残る作品です。」「びっくりしました」「痛みを知り、忘れないこと」「読解力を試される傑作」「5★アンネより早熟でグリム童話なみに残酷」
ふたりの証拠 (ハヤカワepi文庫) (詳細)
アゴタ クリストフ(著), Agota Kristof(原著), 堀 茂樹(翻訳)
「なんじゃこりゃあ」「謎が残る続編」「ええー!」「読み出すと止まらない」「哀しく、透明なアゴダの世界」
第三の嘘 (ハヤカワepi文庫) (詳細)
アゴタ・クリストフ(著)
「そうだったのか」「完結編?」「最後に「存在」することへの挑戦」「静かな」「将来の夢は?」
「地理描写が正確で驚きました。」「万城目はいま、一番勢いのある作家であることが証明された作品」「とぼけた味の奇想天外エンターテイメント」「今年面白かった本暫定1位」「直木賞もんです」
さらば、愛しき鉤爪 (ヴィレッジブックス) (詳細)
エリック ガルシア(著), Eric Garcia(原著), 酒井 昭伸(翻訳)
「奇妙なかっこよさ?」「意表をつかれました」「恐竜百科といっしょに」「レビュー 紹介されないと読まないかも。 新手のハードボイルド 」「愛すべき驚愕のフリーク・ハードボイルド」
● 好きな本
● 中学生はこれ読め!第3回本屋のオヤジのおせっかい - 1/20
● white bookshelf (paperbacks)
● 兄弟&双子の小説
● 恐竜もの
・「意外にイイ!!:“チェ”リスト(東京)」
「不世出のゲリラ・ヒーローが遺した言葉で、平和ボケした現代日本に喝を入れる」という切り口による、新たな“ゲバラ本”。この発想が意外とイケル。読みやすい文章、明快な論旨でゲバラの言葉を巧みに捌き、精神の健康維持に上々のサプリメントとなっている。加えて、革命へのほとばしる想いと、家族への悲しいまでの思いやり。この相克に胸を衝かれる思い。
・「コンパクト」
コンパクトで電車の中で読むには便利。チェの言葉は偉大だが正直解説はいらなかったような・・・
・「編者にチェの意志伝わらず…」
チェの言葉はよくても解説の稚拙さに呆れ返ります!カギカッコなしで米帝などの極左語をつかったり、むりやり反日に結び付けたり、中国を礼讚した箇所がありで、反体制を楽しんだだけの学生運動の肯定にチェが利用されていて、不愉快。ソ連や中共を始めとする無責任な独裁圧政国家とキューバを混同してはチェが浮かばれません。イデオロギーに人生が支配されなかったフィデルやチェを想う。
・「カフカの作品を読みなおしたくなる伝記」
著者の近著である『カフカの生涯』を抄記した内容で、カフカの人物像に焦点を合わせ、意外な素顔と作品との関係性をも明らかにしています。カフカがいかに優秀で機械好きなサラリーマンであったか、また創作活動と恋愛とそして晩年の病気との狭間で色々と揺れ動いていたかがよく分かるでしょう。裏の顔を知って、またカフカの作品を読みなおしたくなること請け合いです。
・「親近感」
カフカに親近感を感じた。内向的で真面目で結婚に対して慎重で・・・。天才というよりは常識ある社会人だったカフカ。それでいてその小説世界はやはり革命的だったのだ。やたらとカフカの小説が読みたくなってくる。
・「まさに入門書!」
池内氏の共作である前著『カフカ事典』を読まれた方には、本書と重複する点があると思う。更に池内氏のカフカに関する近著をまだ筆者は読んでいないので、池内氏のカフカ論の真髄に触れてはいない。したがって、本書によって池内氏のカフカ観が全て表現されているとは言えず、本書だけで判断することはできない。しかし、本書はカフカの入門書として相応しいことは間違い無い。いわゆる入門書と記されても断片的に作者の研究内容が紹介されていて、あやふやな読後感を抱えたままいつのまにか読了していたりすることはない。カフカという作家についてはやはり興味を持つ人が本書を手に取るのであろう。そこが寂しい点である。不条理文学として、カフカの小説作品を認識されている人にこそ読んで頂きたい(新書なので、通勤時間を利用して愉しく読めます)。各章のテーマにオチがあり、各章が十分の短編映画を観賞するような気軽な姿勢で読める。最後に帯の写真は、某日本人作家の作品の題名でもある、と筆者は申し上げておきたい。
・「カフカへの入門書です」
とっつきにくいといわれるカフカへの入門書です。カフカ理解の鍵となるいくつかのテーマ(独身、性、ユダヤ人、療養、サラリーマン、集中的な作品の執筆など)について、それぞれ章を設けて、わかりやすい解説を展開しています。一見わかりやすいけど、ただし明確な回答なり著者の考え方は、巧みにガードされており、この作品からはなかなかはっきりとは、うかがえません。これについては、あとがきにも出ているように、著者の近著の”カフカの生涯”を参照してくださいということでしょう。最後のカフカを通したプラハ案内は、おまけでしょうけど、これに興味がある方は、プラハの書店ではどこでも売っているHarald Salfellnerの”Franz Kafka and Prague"を手に入れてください。(amazon.jpではドイツ語版が入手可能なようです)
・「オトコの目線で描く「人」が織り成す物語」
原田宗典といえば「クスクス笑える」短編集が私にはおなじみで、子育てで途方にくれる心をどれだけ癒してもらったか、わからない。年齢が近い分、同じような原風景を持っているからか笑いのツボがスタライクゾーンにバシッとくるのだ…途方にくれてた息子達も大きくなり、彼等の父と同じようにトイレにmyブックを持ち込むようになった。ある日発見したのが本著だった。開いてみると、とても淡々とした語り口の、渋いエッセイ揃い。オトコの目線で世の中を見るとこう見えるかぁ…と楽しく読んだ。もちろん個室の外に持ち出してではあるが。著者の眼力、文章力、やはり酔わせてくれるだけのことはある。また、小さい頃よりクスクス系の宗典本に親しんでいた息子が、こんな渋い本を選び買ってきたことにも嬉しい感動があった。
・「本の苦手な人に」
原田宗典の短篇集はリズム感がよくって読みやすい。電車の中、待ち合わせ中、場所を選ばずいろいろな世界に連れてってくれる。懐かしさや、恐怖、皮肉、他では味わえない様々な人に出会えるストーリー集。
・「 気軽に読める。でも恐い。」
タイトルどおり、「人」に焦点を当てた短編小説集。全体的に物悲しくて、恐いものが多い。「1千万円の男」なんて、悲劇そのもの。日常の鬱屈したエネルギーが、言葉によって巧みに表現された人の短編集。誰が読んでも、どこかで納得できる(はず)。
・「一番必要なことがわかる本」
自分はこの本を読んでかなり会社や組織のイメージが変わった。どんなきれいごとを言っても、結局重要なのは利益をあげることだと思っていたが、本当はそうではないと確信することができた!重要なのは個々が理念をかかげ、それを貫き通し、単なる美辞麗句で終わらずしっかりと行動で示せるかどうかということだとこの本は教えてくれる。
簡単なことだと思う人もいるかもしれないが、おそらくこれを徹底することはかなり難しいことだろう。自分を律し続け、どこまでも理念に基づいて行動することは少しの努力ではできない。しかし、実際にその努力を続けることこそが他を引き離していく力になる。
自分もこれを見習い、自分なりの理念を作り、それを目指して行動していきたいと思った。
・「人生哲学をも学べる良書」
すばらしい本である。本書では、歴史的に長く存続した超一流企業を「ビジョナリーカンパニー」としている。業界ごとに「ビジョナリーカンパニー」を具体的に列挙し、「比較対照企業」と比べることによって、その特徴が「12の崩れた神話」として抽出されている。「12の崩れた神話」は、そのいずれもが従来の常識を打ち破る内容であったが、豊富なデータに裏打ちされ、理に適った文章で詳述されており、納得した形で頭に入れることができた。また「基本理念が何ものよりも優先」、「基本理念を維持し進歩を促進」および「ANDの才能」に関する記述は、今後の自分の人生に役立つ考え方であると思えた。その意味では、人生哲学をも学べる書でもあると思う
・「すばらしいビジネス書の代表」
企業経営者であれば殆どの方がご存じの著名な本です。
内容は噂に違わぬ濃さで、永く生き残る企業のあり方が非常に具体的に書いてあります。その論理も膨大なデータの蓄積から導き出しただけあって、説得力もありすばらしい仕上がりとなってます。
企業経営者だけでなく、一般サラリーマンの方にも今後の企業でのモチベーションを高める意味で、必読の書と言えます。
実際はこの本の続編である「ビジョナリーカンパニー2」の方が評価が高い様ですが、こちらを読んでからの方が間違いなく続編の理解力も高まるはずです。
相当ページ数の多い本ですが、中だるみもなく、読み終えると非常に達成感があります。
・「企業を見る際の、実に貴重な長期的な視点」
さすがは各方面で絶賛されている本だけのことはあり、非常に読み応えがあって内容が心に突き刺さる。星を6つの価値はある。
企業の勝ち組/負け組みを分けようとしたら、我々はついつい「現在の状態」だけを見て判断してしまう。しかしながら、何十年と言う長期的なスパンで見た場合、たかだか数年間の業績の良し悪しなど、その企業にとって取るに足らない場合のほうが多いのだ。
短期間での株価の上下動を気にするデイトレーダならともかく、社員の立場としても、あるいは社会全体に企業が及ぼす影響を考えるにしても、数十年と言う長いスパンで企業を見なければいけないはずだ。ところが、そのような長いスパンで企業を分析したビジネス書は以外に少ない。一人のカリスマ経営者の派手な改革などに眼が行きがちなのである。
この本は、経営者が何人も入れ替わるような長期的スパンに立って、本当に社会的に尊敬され、業績も長期間に渡ってよい企業の特徴を分析している。それも客観的なデータに基づいて、極めて論理的に分析しているところが凄い。この本を読んだら、よくある「一人の経営者サクセスストーリ」など、全て軽薄に見えてしまうだろう。
判りやすい例で説明しよう。自動車のホンダは、本田宗一郎と言うカリスマ経営者によって作られた。本田の社長退任後も何人もの社長が入れ替わって現在6代目社長だが、継続的に繁栄を続けている。優れた後継の経営者を育てるような仕組みが出来ているのだろう。
片や日産自動車。カルロス・ゴーンと言うこれまたカリスマ経営者により、業績は劇的なV字回復を成し遂げたが、ゴーンもいつかはいなくなる。いなくなっても良い経営は続けられるだろうか?後継は育っているのだろうか?
この本は、ゴーンのような派手な経営手法を語る本ではなく、ホンダのような継続的に良い経営者を出し続けるための仕組みについて語った貴重な本なのである。
・「2から読むことをおすすめします。」
本書は、50年以上続く優れた企業はいかにして作り上げられたのか、ということに関して書かれている本で、そういった素晴らしい企業18社をビジョナリー・カンパニーとして取り上げている。 ビジョナリー・カンパニー2が大変衝撃的な本だったので、作者の言う順番どおりにこの本も読んだ。
この本から学んだこととしては、以下のようになる。 ・時を告げるのではなく、時計を作ること ・「ORの抑圧」をはねのけ、「ANDの才能」を活かすこと ・決して満足しない
ただ、読んで思ったのは、ビジョナリー・カンパニー2はどうにも人、人、人と言う感じのイメージを受けたが、(もちろん本書でも大切な要因とはなっているが)本書ではそれよりも基本理念に焦点を置いているように感じた。 確かにジョンソン&ジョンソンのとても1943年には書かれたとは思えない「我が信条(Our Credo)」などの例を基にして考えれば、基本理念を持つことの大切さがいかに重要であるかがわかる。
そして、ビジョナリーカンパニーの1つの要因として、利益を優先するのではなく、基本理念を大切にすること、そしてそれ以外は必要であれば変えていくことも含むのかなぁと思った。
ただ、本書が書かれて12年が経過し、その18社に関しても、明暗がまた分かれている気がする。(ソニーが現時点で明らかにつまずいている事や、ウォルマートが粉飾決済した事など)ただし、そうなったからと言ってこの本に書かれている事が全く嘘ではないとは思う。
本書も確かに素晴らしい本であったが、本書と2を読んだ立場からして言えば、2の方が面白いし、2から学ぶことの方がより多いように思う。
・「実際に走った人間も涙しました」
私はもうずっと昔になりますが箱根駅伝に選手として走った事があります。この本を見かけて最初は多分駅伝や長距離走をよく知らない作家さんが想像だけで書いたのだろう、程度にしか思っていませんでした。しかし実際に読み始めて、もちろんかなり無理な設定があることは事実なのですが、走るという行為そして苦しさや喜びそう云った深い部分までよく描いてくれています。苦しい練習から予選会に至るまでの心情や練習の厳しさ、そして何より箱根駅伝本番の各走者の走りの描き方、走りながらの選手の心理描写に思わず自分の昔の姿を投影してしまい、涙しました。これだけの感動を与えてくれた三浦しをんさんに感謝申し上げます。この本に書かれている箱根駅伝の姿は本物だと思います。ありがとうございました。素晴らしい本に出会いました。
・「駅伝素人」
賛否両論あるようだが、まったくの駅伝素人である私には100%満足の小説であった。非現実的とか都合がいいとかは、小説には関係ない。純粋に感動し、楽しめた。ひさしびりのど真ん中の青春感動小説で、漫画のキャプテンを思いだしました。今まで駅伝なんてつまらないし、興味もなかったのですが、正月が楽しみになってしまい、37歳にもなって、ジョギングでもしたくなるくらいさわやかな読後感・・・不滅の青春小説とし、ずっと読み次がれるでしょう。賞をとったあとだから、天邪鬼で読むのをためらっている人もいるでしょうが、だまされたと思って読んでみてください。
・「楽しくて、美しい物語。」
箱根駅伝を走る若者達の生き方が、楽しくて、気持ちよくて、美しいです。10区だから、10人いるわけですが、10人それぞれの状況やら気持ちやらが、ちゃあんと、生き生きと伝わってきて、みんなを大好きになれました。 私は平塚中継所の側に住んでおり、時には旗を持って沿道へ行く事もあるのですが、10区間のそれぞれの描写にも感心しました。本当っぽいです。よく、これだけ調査したもんです。 また、実際に中継を見ていると、選手達が、東京から「アッ!」と言う間に平塚まで来てしまうので驚くのですが、そういうスピード感もちゃんと表しているし、しをんさんは若いのに凄腕ですねえ。今度のお正月には、大好きな竹青荘のメンバーが走っている姿を幻視してしまいそう。
・「2冊買いました。」
素人集団が箱根駅伝を目指す、という一見荒唐無稽なお話ですが、走ることを止められない主人公・走をはじめとする竹青荘の面々に引き込まれ、こちらも読むことを止められなくなること請け合いの、ノンストップ青春小説です。
ボロアパートでの共同生活に「ハチクロ」の愛らしさを、集団でワンチャンスに賭ける情熱に「スラムダンク」のひたむきさを、頂点を目指す人間の孤高な悲哀に「ピンポン」の清廉さを、この小説の背骨に通じる物があるなぁと感じながら、眠らずに一気に読み終え、自分もいますぐ走り出したいような衝動に駆られました。
運動と無縁な生活を送る自分にとっては、走るという行為は苦痛以外の何者でないのですが自分の足だけで高みを目指して箱根を駆けるランナーはいったい何を思い、何を願って、襷をつないでいるのか毎年正月にTVを見るたびに不思議に思っていました。
もちろんフィクションなのですべてが本当ではないけれども、この小説の後半、1区から10区を駆けるそれぞれのメンバーのモノローグを読みながら、その答えを感じ取った気がします。
そして、正月に実家で箱根駅伝を見ていたら、どうしてもまた読みたくなってまた買って読み返しました。ちなみに、自分は2冊所持していますが、2007年にこの本を薦めた友人達は、全員大絶賛。本読み冥利につきる幸福な時間を過ごせました。
本が好きな人も、箱根駅伝が好きな人も、三浦さんが好きな人も、ぜひ手にとって欲しい一冊です。
・「爽やか・爽快・感動!!」
この本モノスゴク良かった!!本でこんなに爽やかな気持ちになれたのは久し振り。本の中の頑張っている真っ直ぐな人達に涙したのも久し振り。
10人の選手でタスキをつなぐお正月の風物詩「箱根駅伝」。その箱根駅伝に同じ貧乏寮「竹青荘」の住人のみ、きっかり10人が「わずか1年弱」で臨む。個性豊かな10人・・・走る事大好きなのは約3名。あとはクイズお宅、漫画お宅、サッカー大好きの双子、司法試験合格者・・・などなど。とにかく駅伝が始まってからのストーリーは自分も一緒に走っているような気持ち・スピードで読む。選手1人1人の頑張りにいちいち感動し熱くなれる。来春の箱根駅伝はこの本のお陰で走る側の立場で見れるかも!!なんて思える。
表紙の挿絵もGOOD!!!
本を読んで爽やかになりたい人!!是非♪♪
・「衝撃のラスト!」
映画化もされたこの作品。映像を見る前にまず読んでみることをお奨めします。少年と医者を中心として物語は展開して行くが、それぞれ二人の問題が身近な人物によって解決していく様は人間ドラマとしても面白い。
・「俺は好きです。」
映画ではわかりにくかった感情表現が事細かに書かれているので、映画を見てよく意味がわからなかったという人は小説を読むのもいいかなと思います。面白いですよ。普通に。ただ翻訳なんで、文章的に読みにくいところも多々あるのは事実です。
・「それなりに良かった」
映画にすごく感動したんでこの本も読んでみました。普通に、読んでよかったと思います。もちろん映画にくらべたら出来は悪いかもしれませんけど、映画で消化不良ぎみだった所の解決とゆう感じで楽しめました。「あー・・あそこはそうゆうことだったのか」と映画を観ただけでは分からなかったことが明らかになってすっきりしましたよ。
でも小説としてはダメですね・・・物語って言うより映画の脚本を読んでる感じ・・・だから映画を観てない人にはおすすめしません。
・「映画の小説化」
映画を先に見たのでやはり映画のほうが出来が良かったと思います。映画の小説化だと映画に劣ってしまうこともあります。でも映画では気づきにくい部分を文章で書かれているし、映画を思い出しながら読む事も出来ます。小説では二重の楽しみがあります。
・「映画の方がよかったかな」
映画を先に観たせいか、あの感動がいまいち伝わってきませんでした。でも、先にこの本を読んでもラストの感動は無かったような気がします。訳しているせいか、なんとなく分かりにくかったこともあるのでしょう。まあ、それはほとんどの訳した小説にも言えるのですけど。
・「続編シックス・センス」
映画「シックスセンス」の続編第1巻。「生存者」「逃亡者」「密告者」と三部作になっています。特に続編第1巻と第2巻には、再び「あっ!」と言わされました。どの巻から読んでも楽しめますが、三部作なので、やっぱり順番通りに読むのが1番です。映画ノベルは良いものが少ないのですが、これは本当に面白かったです。オススメです!
【本編も含め、全4巻】
・「友人」
この小説版と映画版のThe sixth senseとの最大の違いは、主人公コールに、同じ学校に通う友人がいることです。 コールは、この友人とともに時を過ごし、同じ感情を抱きます。 そして、もう一人の友人が現れました。 その友人の登場が、この物語をおもしろくしているのではないでしょうか。
・「良くも悪くも、続編という感じ」
前作と作者が変わってしまったため、文章は短くなった。それで読みやすくなったのが、いいことか、悪いことかは判断が分かれるだろう。話の結末はは前作と同じように、おっとそういうことかー、というのがラストで待ち受けている。話的には、かなり理不尽で、事件を解決しても、それは死者の個人的な価値によるもので、生者にはまったくメリットのないかなり迷惑である。主人公のコールは最大の被害者だ。しかも今度の話は迷惑というレベルではすまなくなる。飛行機の墜落事件を目撃したことで、また死者に追われるコールは、家の中でも派手に暴れられる。目を覚ましてみると殺されかけたりもして、なかなかハードな日々だ。息子を理解しようと苦悩する母親に、かつて自分の兄が死者を見る能力をもっていたという刑事が現れる。今回の協力者はこの刑事だが、でもマルコムのように助言者という役割ではない。どちらかというとコールは自分で状況を解決していく。それが前回の映画で得た彼の成長だ。死者をむやみに恐れず、可能な限り避けはするが、どうしても逃れられないときは死者と向き合い、彼らが何を望み、どうすれば自らを死者と理解させ、昇天させるか、課題にたちむかう。終わってみると、これは不幸なだけではすまされない事件ということになるが、それでもコール君はまったく不幸で終わるという話でもなかった。被害に見合うだけの報酬もあった。記憶の中に生き続ける夢と仲間の存在だ。
最後に、この作品は絶対映画を見てから読むべきである。(見てないと読む気も起こらないかもしれないが) 文章的には可もなく不可もなく、どちらかといえばうすっぺらいくらいだが、映像を見ておけば、コールはオスワルト少年のあの不安そうな表情が蘇る。マルコムのブルース・ウィリスにしてもそうだ。文章の未熟な部分を想像力で補うことができるのだ。 それだけにすらすらと読めることはうけあいだ。
・「二度目はないですよ、瑞垣さん。」
『バッテリー』シリーズ最終巻(第六巻)の最後に出てくる新田東と横手二中の試合を絡め、高校生になった瑞垣君を中心に物語が展開していきます。(主要登場人物も出てきます)
本書は「マウンドへと」と「白球の彼方」の二つに分かれています。
「マウンドへと」はその試合前の風景。巧や門脇君、瑞垣君などのそれぞれの心情が綴られています。緊張感がこちらにも伝わってきます。
大部分を占める「白球の彼方」は、高校生になった瑞垣君の野球やそれを取り巻く人々、そして門脇君に対する心の葛藤があの試合の回想や彼らの幼少時代を織り交ぜながら描かれています。
タイトルにある「二度目はないですよ、瑞垣さん。」はその試合で豪が瑞垣君に告げた一言です。
本書にはそのセリフが何回も出てきて、試合中、そしてそれからの瑞垣君の心にも大きな影響を与えていると思います。
(少しネタバレになります。すみません)瑞垣君や門脇君の選んだ進路に対しては、驚く方が多いかもしれません。賛否両論あるかもしれません。(「白球の彼方」の第一章「バス停で」は 『野性時代』2006年12月号に掲載されているので 彼らのその後をすでにご存知の方も多いと思いますが…)
なぜ彼らがそうしたのか、これからどうなるのかが最後まで細かく、目の当たりにする現実や回想も含めて綴られています。
あさの先生の独特の表現によって、瑞垣くんの心情や彼らがあの試合で何を感じたのかが痛いほど伝わってきて、苦しくなりました。
それでも支えてくれる人がいるしチャンスはある。人は変わっていける。簡単に言えることではないかもしれませんが、希望がある物語ではないでしょうか。人々の「変化」を感じ取れる一冊でした。『野性時代』で驚いていたので、読み終えたときは「ああこうなるのか」と胸に迫るものがありました。門脇君、瑞垣君の“これから”が楽しみになる一冊です。巧や豪も、最後の方できちんと綴られていますよ。
あくまでも瑞垣君が中心ですが、できれば今後、巧や豪たちの心情や“これから”も詳しく知りたいとも思いました。
・「青春小説の王道かもしれない。」
映画にもなった「バッテリー」シリーズのサイドストーリーです。本編ラストでの白球の行方がどうなったのか、あの試合が彼らをどう変えたのかが、ここで明らかにされます。 なんといっても、あの瑞垣が主人公というところが魅力です。吉貞との掛け合いこそないものの、彼の屈折した心理が手に取るように描かれていて、非常に面白かったです。瑞垣にしてみれば、こんなふうに自分を描写されるのはごめんだろうけれど。(笑) あの試合によって大きく道を変えた門脇、野球の(角脇の)呪縛から逃れようとあがきながらも、捨てきれぬ瑞垣。その様子は、一見無思慮に見えて、実はあまりに真摯で大人びていることに、ある種の驚きすら覚えます。今の高校一年生って、ここまで考えるのだろうか? それはつまり、作者・あさのあつこが青春教養小説の書き手である、ということなのでしょう。物語におのずと入り込む読み手へのメッセージが、この作家が大人にも人気がある理由かもしれません。常識ではなく良識、他者ではなく己の望みに従って生きる難しさを、軽々とあるいは苦しみながら乗り越えていく主人公たち。諦めと妥協の中で生きていくことの多い現実に対し、もう少し頑張ってみようか、という気にさせてくれる本です。
・「ひとりひとりが主役」
前にあさの先生がインタビューで、瑞垣視点の話を書きたいとおっしゃっていたので、ずっとこの本が出るのを待っていました。バッテリーの続編、というよりは番外編といった感じかな。二部構成になっていて、二部から瑞垣視点の話になります。バッテリーの主人公、原田巧がいる新田東ではなく、そのライバル校の横手二中から見た「あの試合」がとても新鮮でした。
何度も何度も、暗記してしまうぐらい読んだ「バッテリー」を、もう一度読み返そうと思いました。
・「あーすっきりした。」
「バッテリー」を読み終えた方は、ぜひとも本書を手に取られんことを。「バッテリー」読了後の「もやもや感」が一気に晴れ、まさに「天藍の空」のようです。瑞垣の視点で語られることに、不満を持つ方もいらっしゃるでしょうが、私は、「バッテリー」という壮大な物語に幕を下ろすのに、彼ほどの適任者はいないと思います。大人では絶対だめだし、海音寺では門脇から遠すぎる。かといって、巧や豪では「バッテリー」を6巻で終わらせた意味がない。やはり、瑞垣しかいないのです。作者が、瑞垣を登場させた時点で、「ラスト・イニング」までの構想が出来上がっていたかは不明ですが、「バッテリー」プラス「ラスト・イニング」で、この過去に類を見ない傑作は終焉するのです。もう一度言います、「バッテリー」を読了されて、もやもやを感じているあなたも、感じていないあなたも本書を読みましょう。そして、天藍の空へ行ってみましょう。
どうでもいいことですが、最後まで引っ掛かっていたのが、巧と豪の名前。なぜ、豪球を投げるのが軟投をイメージさせる「巧」(巧投とかってよく言うでしょ)で、キャッチングに巧さをみせるのが「豪」なのか。作者のこだわりなのかなぁ。
・「天藍の空」
とても良かったです。瑞垣の視点で語られる、「バッテリー」その後の話。相変わらずの美しい文章、美しい風景描写です。そして読者を物語に引きずり込む、登場人物の深い深い内面描写。
「あの日」の試合の行方はどうなったのか。どうして瑞垣と門脇は「そんな」選択をしたのか。2年生になった豪と巧はどうしているのか。
少年達、それぞれの想いに、胸が熱くなります。ラスト・イニングを経て、スコアボードに掲載されている「空との約束」で、本当に「バッテリー」は完結するのでしょう。
10年近くの間、私の心を揺さぶって、熱くして、幸せにしてくれた巧、豪、瑞垣、青波、新田東中、横手二中の少年達と、これで本当にお別れなのがとてもさびしいです。
またいつか会える日を楽しみにしています。
●雨恋
・「愛は雨とともに訪れる」
彼女は雨の降る日だけに姿を現す。最初は声だけ。(幽霊だから?) 彼女は自殺を思いとどまった直後、自分は殺されたと、部屋の一時的住居人である主人公に真犯人の捜査を頼む。 しかし、真相が分かってくるにつれて、というよりも、彼女が事の顛末(彼女の言葉を借りれば「詩的真実」)に納得していくにつれて、彼女の姿が少しずつ見えてくるようになる。 脚だけからスカートに包まれた下半身へと. . .(幽霊が脚だけ見えるなんて最高のユーモアです) 最後は自明の理。 愛すれば愛するほど相手が見えてくるなんていうくさいメタファーはかけらもありません。 フェティッシュなディテールの描写には感服。(谷崎潤一郎賞もの!) また、微妙な男の心理もうまく書けていると思います。 韓国ドラマ以上の純愛ものです。
実は、この小説を読んだのは、韓国映画「オーバー・ザ・レインボー」を観る前後だったので、イメージがダブって仕方なかった。(男の記憶回復への過程と、彼の探索と心の変化が。4日前に見た「きみに読む物語」は男女が逆転してるだけ。)その映画の主人公である天気予報士がTVを通じて言う。 「愛は雨とともに訪れる。雨の日は疲れた心と体を休めて下さい」と。 雨の日には、こんな小説を読んで心を癒して下さい。
蛇足1:帯に「ありえない恋」とありますが、「ありえる、ありえない」を論ずるならば、幽霊との恋ではなく、主人公の優しさかもしれません。さらに、感動はラスト2ページではありません。20ページ位前からうるるんとしてくるはずです!蛇足2:「雨恋」は松尾さんの作品では「ピピネラ」以上の愛読書になりそうです。蛇足3: この手のものは、いわゆる黄泉がえりものとは多少違うかもしれないが、映画化されたら、やはりヒロインは竹内結子しかないのかな?
・「ありえないけど切なすぎる恋」
こんな恋があるとは思わなかった。最初は「自殺を止めたことを止めさせられた」真犯人を捜す謎解きの物語かと読んでいたけど,姿の見えない千波に恋していく主人公の心が見え始めた頃から,これはまぎれもない恋愛小説なのだとあらてめて思い返した。千波のために精一杯のことをしてあげたい。だけどそれは同時に千波と永遠に別れることになると気づき始めてからの主人公の心,言葉に言い表せない気持ちが読んでいると徐々に重くなってくる。最後の数ページは,千波の存在を普通に生きている女性としか感じられなく,恋し合う男女が迎える普通のまぶしい朝が見えた。こんなありえない恋愛がこんなに読み終えた後にせつなさを残すなんて。どう感じるかはそれぞれだけど,一見の価値ある作品です。
・「こんな事あったら最高!」
たまたまなのか、運命の悪戯なのか同じマンションの一室で巡り会うことに成った、男の子と女の子の出会いと別れの物語です。松尾由美さんの本は、初めてでしたが「ありえない恋、ラスト2ページの感動」と言う帯の言葉に、興味津々で購入しました。読み進むうちに、言葉には現すことの出来ない不思議な感情が湧いて来ます。ラスト2ページでは無く、ラスト10ページ位は、まさに加速度的にページをめくる手が速くなりました。つかの間の触れ合いでしたが、心に深く残る感動を味わう事が出来ました。特に若くして愛する人を失った過去の有る者にとっては、有り得ない恋では無く、むしろ有って欲しい恋でした。
・「雨恋」
友人に薦められてこの本を手にするまで、正直のところ作者の名前をしりませんでした。だから作風もわからず、興味だけて読みはじめました。ヒロインが幽霊。その登場は不意をつかれた感がありましたが、能や謡曲の世界では全然珍しいことではないので、作者はその方面に背いつしている方かな、とまず考えました。内容はミステリアスであり、一応殺人が主題になっていて進行していくのに、実に淡々としていて、どぎつさがなく、途中で結末も見えてくるんだけど目が離せないおもしろさがありました。不本意な形であの世の人間になったヒロインなのに爽やかな感じがするのは何故でしょう。私は幽玄の世界を体験したのかもしれません。
・「ひんやり感が心地いいっ。」
幽霊になった千波。カノジョに巻き込まれながらも・惹かれて行く渉。 雨の降る日に 出会あう ふたり
千波を殺したのは誰?の謎を解きながら、ふたりが行きつく先は・・・
雨の降る日に 別れる ふたり
あなたも、千波の死の謎を解きながら雨の日を過ごしてみませんか?
・「江戸絵画の楽しみを知りたい方にお勧めです。」
2004年岩佐又兵衛、05年曽我蕭白等の展覧会図録に必ず参考文献として出ているので読んでみました。
本書で扱っている画家達は、初版当時は江戸絵画の異端に近い存在だったが現在では主流に近くなっている。今では収録されている画家の回顧展を開催すれば多数の集客が望めるが、著者自身も初版から四半世紀後にここまでメジャーになるとは予想していなかったのではないでしょうか。再評価については本書出版後少しずつ進み、京都で2000年開催の特別展「−没後200年−若冲」で爆発した印象があります。
本書の内容は他の方も書かれているとおり、とても読みやすい文章、豊富な図版、巻末の参考文献など欠点が見当たらない非常にすばらしい本です。個人的には、あと7年早く本書に出会っていれば、京都での若冲展に間に合ったことを考えると残念です。なお、本書は100年後も江戸絵画入門書としての基準作であろう。
・「日本近世美術の名著がお手元に!」
やっと、出た~、が最初の感想です。日本の近世の美術史を語るには無くてはならない、あの、村上隆氏も読んだ、バイブル的存在のこの本が世に出て、約30年・・・。高価な単行本しかなくて、いつも横目で見ていました。
文庫化に際して、多少、注釈などに手が入っていますが、今、読んでも、全然、古くありません。
今ではメジャーになった、岩佐又兵衛、蕭白、若冲、国芳らの魅力を独特の筆致で語っています。彼らの作品を見たことがある方はもちろん、まだの方も見たくなること請け合いです。因みに、この秋は、岩佐又兵衛が巷で話題になるようだし・・。ぜひ、ご一読のほどを・・。
・「読む手が止まらなくなるオモシロ本」
興奮しながら一気読みしてしまいました。スリリングでエキサイティング、まるでエンタテインメント小説を読むかのようにページをめくる手が止まらなくなる美術評論です。
取りあげられている六人の画家はいずれも数百年前に活躍した人々。なのにどの絵も今っぽくてかっこいい! 著者の解説に案内されながら、その「かっこよさ」を発見していく楽しさといったら。解説を読む、図版を見直す、をくり返しては何度も「おおっ!」と声を上げてしまいました。そして章ごとに触れられる画家たちの生い立ちと武勇伝(?)の数々がまた面白い。マジでそんなことやっちゃったんすか!?なエピソード満載なのです。乱行あり奇行あり、そのハチャメチャぶりは時に著者が画家の心情を憶測してフォローを入れるほど。これを読むだけでもかなり楽しめます。
残念なのは文庫版だと図版が小さくなってしまうこと。でもだからこそ「実物の絵を見てみたくなる度」アップすること請け合いです。美術にも日本史にもうとい私でさえ一気読みしてしまったオモシロ本、自信満々で推薦いたします。
・「べらぼうに面白い美術本」
パンクな日本絵画を選びその系譜を語る。日本には破壊的で異能な絵師の伝統が連綿とあることがとても嬉しかった。
「いったい誰が少年マンガを襖絵にしたんだ?」と思わずにはいられない曽我蕭白の雲龍図襖を見られただけでも収穫。(気になる人はボストン美術館サイトで”Dragon and Clouds” Soga Shohakuで検索してください)他にも最近流行の伊藤若冲はもちろん、岩佐又兵衛、歌川国芳など魅力的な顔ぶれが並ぶ。
・「「異端」じゃないよ、「奇想」だよ!」
従来は江戸絵画史の「異端」:少数派として理解されていた個性的な画家達を、「奇想」というキーワードでくくり直し、「『異端』ではなく、主流の中の前衛なのだ!」と主張するために書かれた本です。扱われているのは、岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6人で、実際にも彼らは江戸時代の民衆から異端視されてはおらず、むしろ歓待されていたそうな。
本書の親本が出版されたのは今から約40年前の1970年で、現在は熱狂的なブームにある伊藤若冲を含むこの6人は、本書が上梓されるまではただの日本絵画史の脇役だったそうで、大変衝撃的な本だったようです。そのような本が文庫本として手軽に手に入れられることはとても嬉しい。
図版も豊富に入っているし(文庫版なので、小さくなってしまうのとモノクロなのは我慢しなくてはいけませんが)、絵の解説だけではなく、それぞれの画家の人となりや面白いエピソードもたくさん含まれていて、絵画の素人である自分も全く飽きずに、始終楽しく読めました。
「どうやってこんな絵を思いついたんだ?!」と思わせられることが保証されたこの一冊、間違いなくオススメします。
・「クールな熱狂」
■ラヴェルで最も有名な「ボレロ」はカラヤン指揮ベルリン・フィルの1965年頃の演奏で。カラヤンならではの対旋律の浮沈等興味深いが、サウンドがドイツ的重厚な華美に傾きがち。最後の「初めての転調の驚き」や「輝かしいクライマックスからの崩壊としてのエンディング」も、予定調和的で驚きがない。もっと冷徹でめくるめくしなやかさが欲しい。
・「なんて美しいラヴェル・・・」
のだめを読んでからラヴェルを聞きたくなって手に入れたこの1枚。聞いてびっくり!!!もう今ではすっかりラヴェルのとりこです。いかにもフランスという感じの洒落た楽曲がそろっており、特にブーレーズのこのラ・ヴァルスは僕の知っている(浅はかな知識ですが)管弦楽曲では最高の一曲になりました。入門のつもりで期待もなく買ったのですが、この一枚でしばらくは幸せなひと時を楽しめそうです。
・「素晴らしい☆」
ラベルを聞きたくて、購入しました。
購入決定打は大好きなアルゲリッチの音源も入っているからだったのですが、他の演奏も名演揃いです。慎重に音源が選ばれているし、曲の並びも通しで聴いていて自然です。よくある詰め合わせ的な、手抜き感は全くありません。
1500円で2枚ぐみ。たっぷり聞けます。
・「亡き王女のためのパヴァーヌ(舞踊)」
正直に言えば、普段クラシックはあまり聴かないのですが、ゆったりとした、どこか物悲しい旋律が耳から離れません他の曲も良い曲ですし、どのアルバムにしようか迷っているならぜひ『ラヴェル:作品集』を候補に!
・「ラヴェルの響きを満喫」
「ボレロ」では良くも悪くもカラヤンの個性がそのまま出ている。一方では極端に美しいのに(ここでは特に弦楽器)、他方では疑問符をつけたくなるカラヤン節も全開。ほかでは「ピアノ協奏曲」の緩除部分のオーボエとピアノの寂しさ、「ダフニスとクロエ」の美しさ(特に合唱がよい)あたりが聴き所。アバドは純粋な音響を前面に出した作品を得意としているだけあって、ここではさすがの指揮を見せている。
・「気軽に楽しめる古文です」
日本の古典‥‥というだけでなんだか固そうですが、これはかなり、気楽に楽しめる内容です。ひとつの話は1ページ程度。恋愛系、ちょっといい話、不思議な話から、小学生が喜びそうな下ネタ(うんち、おしっこ)まで、バラエティーにも富んでいます。
現代語訳がついているので、全くの初心者でも安心。古文で楽しみたい人は、原文と語釈を。気軽に楽しみたい人は現代語で。より深く味わいたければ解説を、と、自分に合う読み方ができるので、ちょっと高めでも、買う価値は充分にあります。古文を読んで、こんなにストレートに笑ったのは初めて。いきなり終わってしまうのが、惜しいほどでした。
・「もはや水戸黄門的な安定感」
もはや水戸黄門的安定感となっている。
今、半分の2話読み終わったところだけど…。
主人公マコトに寄せられるトラブル。これを友人の協力を得て解決していく。色々あるけど無事解決。御代は要らない。マコトの母を含めキャラが立っていて、わかりやすくて。パターン化されているな、水戸黄門のような。
野球で言えば、コンスタントに2割8分20ホーマー打つ打者、または、毎年10勝上げる投手。そんなところ。
2話3話くらいでポケットに入る文庫サイズにして、地下鉄の売店で売ってくれれば、目的地に着く間に読めて、そんな感じの読み方をしたいこのシリーズ。
ハードカバーなので仕方なく風呂でリラックスして読んでいるけどね。おれ詐欺などの時事ネタのスパイスも存分に効いています。
・「待望のシリーズ続編!!」
待っていました!!IWGPの待望の続編が出版されました。
今回は、要町テレフォンマン、詐欺師のヴィーナス、バーン・ダウン・ザ・ハウス、Gボーイズ冬戦争の4話からの構成になっています。
池袋ナンバーワンのトラブルシューターの真島マコトが家業の果物屋の仕事の傍ら事件を解決していくのだが、毎回のことながらIWGPの世界に引き込まれてしまう。
まだ読んだことの無い方は、一度読んでみることをお薦めします。
・「パワー復活」
直木賞受賞(2003年)前後の作品量産時に感じていたパワーダウン。その心配も本書で全て吹き飛ばすくらいのパワーアップ。
振込詐欺グループとの対決から少年放火犯トラブルなど。そして最終章「Gボーイズ冬戦争」ではGボーイズの内部分裂。そして池袋を舞台にした大戦争の勃発。
主人公たちも若々しさはなくなってきた。その代わり成長した姿がとてもたくましい。
・「面白いだけじゃだめなのか…?」
今作もオレオレ詐欺、絵画セールス、少年犯罪、自主制作映画…など時事的な話題を上手くまとめて書いている。シリーズファンもそうでない人も話にひきこまれるだろうが、きっとあとは心に何も残らない。そこを批判する人も多いが、だが、それはそれででいいではないかと僕は思う。ただただマコトの事件に引き込まれ、読み終わったあとに重い気分にならなず、また刺激がほしいときにいつでも読める本だって貴重だと思うのだ。
・「久々復活」
このところマンネリ気味だったIWGPの第7弾。今回は久々わくわくどきどきでした。Gボーイズや礼兄に頼りっぱなしだった前作までと違って、今回の誠はいつも以上に熱かったです。一気読みでした。
●魔の都の二剣士 <ファファード&グレイ・マウザー1> (創元推理文庫)
・「ついに!」
ヒロイック・ファンタジーの金字塔のひとつである。全5巻が3巻までしか翻訳されずに20年以上もたった。ようやく、カバーを末弥純氏に変えて、若干翻訳に手を入れた上で全5巻が隔月で刊行されることになった。昨今の分厚いファンタジーシリーズとは違い、中短編で構成される手頃なシリーズだが、魔道妖術怪奇趣味が一癖ある登場人物たちと入り混じって、このシリーズでしか味わえない妙味がある。ファンタジー好きなら是非とも読んで欲しい。
・「十と四万すじの煙の迷宮」
「十と四万すじの煙の迷宮」であり「古の都」であるランクマーの都の設定、描写、匂いや音まで伝わってくる精緻な描写。未開の北方の雪一族の生活、そして冒険者に護衛されてやってくる隊商と旅芸人…。日本のライトノベルにはない、本場の泥臭さや生活臭に溢れていて、一行ごとに異世界ネーウォンへと現実が侵食されていくようでした。もともとコンピュータ、テーブルトークのRPGをプレイする時の想像力を補う目的で読み始めたのですが、それどころではない面白さでした。『雪の女』に登場する魔術の概念は同じライバーの『妻という名の魔女たち』そのままのリアルなものだし、文明と未開の対立というテーマなど、「ファンタジー小説」としてだけではなく、リアルな現実の異世界SF、もしくは文学としても楽しめるのではないかと思います。本当にこの本を読むことができて幸せです。
・「アクションがすごいな・・・・・・。」
フリッツ・ライバーといえば、ダークファンタジー物と勝手に決め付けていたが、この作品は全然イメージが違うので驚いた。「やられたなー。でも、面白いな。」っていうのが正直な評価だ。ちょっとわかりにくい表現もあるが、アクション・シーンが迫力があってよい。ただ、スプラッターっぽい部分もあるので、人によっては少し気持ち悪くなるかもしれないので、多少注意が必要かな。
・「辛目の評価で」
全5巻のはずの邦訳刊行が3巻までで中断してしまった<ファファード&グレイ・マウザー>が再刊行開始。今回は5巻までの翻訳が済んでいるから大丈夫だろうと訳者は書いているが、東京創元社のことだから完全には安心できない。 ヒロイック・ファンタジー作品には私はめったに関心を惹かれないがこのシリーズは例外だ。剣技も魔法も出てくるが、それらは二人の活躍を引き立たせる味付けに過ぎず、私好みの合理性を維持した物語が展開する。 作品全体は主人公を同じにした短編集だが、各作品は物語の進行順に並べ替えられており、第1巻に収められているのは後期と中期に属する3編で、二人の主人公がそれぞれの故郷を離れるまでと合流したときの事情が語られている。その意味では本来の活躍が始まる前の由来譚なので、この世界になじんだ読者にはたまらなく嬉しい内容だが、今後につながる伏線の部分が多く含まれていて、初めての読者にとってはいくらか辛いかもしれない。 はじめてこのシリーズに接するのなら、初期の物語が含まれる第2巻からという選択もあると思う。
・「あえて辛めの評価で」
全5巻のはずの邦訳刊行が3巻までで中断してしまった<ファファード&グレイ・マウザー>が再刊行開始。今回は5巻までの翻訳が済んでいるから大丈夫だろうと訳者は書いているが、東京創元社のことだから完全には安心できない。 ヒロイック・ファンタジー作品には私はめったに関心を惹かれないがこのシリーズは例外だ。剣技も魔法も出てくるが、それらは二人の活躍を引き立たせる味付けに過ぎず、私好みの合理性を維持した物語が展開する。 作品全体は主人公を同じにした短編集だが、各作品は物語の進行順に並べ替えられており、第1巻に収められているのは後期と中期に属する3編で、二人の主人公がそれぞれの故郷を離れるまでと合流したときの事情が語られている。その意味では本来の活躍が始まる前の由来譚なので、この世界になじんだ読者にはたまらなく嬉しい内容だが、今後につながる伏線の部分が多く含まれていて、初めての読者にとってはいくらか辛いかもしれない。 はじめてこのシリーズに接するのなら、初期の物語が含まれる第2巻からという選択もあると思う。
・「想像する事」
大人になれば想像する事を忘れてしまう。毎日社会の中で忙しなく生きることが当たり前となる。私はこの本を生きることに疲れてしまった人や後悔や悲しみに捕らわれている人に読んで欲しいと思う。「王様」の言葉にはっとするから、そしてそのうちそれが鍵となり暖かい笑いがこみ上げてくるから。
例えばこの本の中には竜が出てくる、その竜は会社に行く人を止めている竜だ。会社がイヤだな〜と思うと頭が痛くなったり足が動かなくなったりする、経験ある人いるんじゃないかな?それは竜の仕業なんだそうだ。でも私達の目には見えない。「王様」の目にはちゃんとそれが見える。なんだかおかしいでしょ?
大人になること子どもでいること生まれてくること死んでいくこと現実と非現実をユーモアな目で見ているこの本。忘れてしまいそうな繊細で懐かしい感覚がよみがえって来る一冊です。
ミヒャエルゾーヴァの挿絵もこの物語にぴったりマッチしてて絵・文共に☆5つだと思います。
・「年を重ねることが大人になるということではない」
成長するごとに体は小さくなり、多くのことを忘れていく王様の世界。そして最後は消えていなくなる。それは実際の私達の脳の世界に似ているような気がする。しかし王様の世界では小さくなることで想像力がより豊かになると記されている。実際に年配の方々が想像力が豊かになっているのかどうかはわからない。成長するということは単に年を重ねるだけではないと王様は言っているような気がする。
・「大切なモノを思い出させる」
我侭で尊大な王様だけど、なんだか憎めない。そんな彼の言葉には、いつの間にか失くしてしまった大切なモノを思い出させる何かがあります。
忙しい日々をおくる大人にこそ読んで欲しい一冊です。不思議で、シュールなストーリーが魅力的。
挿絵がとてもキレイで本自体も薄いので、さらっと気分転換に読める本です。
・「童話の良いところ」
私はこの本に出遭ったことが、童話に親しみを抱くきっかけになりました。
きっと、どの年齢のひとが読んでも、人生を肯定してくれるような感覚が味わえると思います。
ひとが生きていくのに大事なことは何か。それを、ちいさい ふとっちょの王様は「想像することだ」と語ります。
ふと疲れたと感じたときは、絵の挿まれた童話を読んでみてください。ひとの温もりや優しさを、言葉という見える音あるいは柔らかい絵で実感できることでしょうから。
・「忘れかけていたことを思い出した」
この本を購入した多くの人は、まず、この表紙の絵に強く心を引かれたはずです。尊大な雰囲気と表情を浮かべたこの小さな王様は、私に忘れかけていたことを思い出させてくれました。
物語の内容を取り上げると、それは童話のような子供向けのものに思われますが、その中にはユーモアを含めた哲学、それ以上のものが、忘れかけていたものが必ず見つかるはずです。しかしそれを見つけられるのは、昔の子供の感情を忘れてしまった「大人」だけでしょう。見つけられなかった人は、きっととても幸せな人なのです。
私はこの本を星5つと評価しましたが、それでは足りないくらいです。どんな人でも、決して年齢を問わない本です。誰にでもお勧めします。
・「豪華すぎ!面白すぎ!」
漫画も小説もフィクションなのに、それがコラボすることで、まるで本当にその世界が存在するかのような錯覚にとらわれます。各作家さんの『こち亀』への”愛”が伝わってきます。両さんのハチャメチャ度では、京極夏彦さん、柴田よしきさんの作品がダントツ!抱腹絶倒で、通勤電車で読まれる方はご注意を(笑)です。個人的には、今野敏さんのプラモデルの話が一番好きです。最後の最後に一瞬登場する両さんのシーンに、グッと心をつかまれました。
・「楽しい〜」
7人の作家をよく知らない人でも、よく知っている人は一層楽しめます。新宿鮫のレギュラー陣の幼馴染だったり、誰かの夢の中に登場したり、書いている作家自身もとっても楽しんでいる様子がうかがえます。個人的には両さんらしさが出ているのは東野圭吾作品かな。京極夏彦作品は京極さんらしい落ちが付いていてこれまた楽しい。欲を言えば宮部みゆきさんにも書いてほしいし、乃南アサの音道貴子と共演、というのもいいな〜
・「京極堂でるんですよ!!」
買ってきて、あっ!という間に全部読んじゃった!2時間弱・・・・・楽しかった!!久々に時間を忘れた!!大沢推理協会会長が鮫島目線なのでちょっとはずしていますが、他はすごい!!でも藪さんと両さんが幼馴染という設定で、ちょっと藪さんの過去が!ファンには美味しい!
IWGPはいつものように、段落の合間にイラストが入っているし、吉岡さんと両さんが同期の知り合いという設定!!マコトが言うに両さんは、クロマニヨン人の骨格をしたスーパーコップだそうです!!
京極夏彦もいつものように妖怪のイラストから入っている!!この2人のサービス精神はすごいなあ〜〜〜京極堂は版権の都合で名乗れない・・・と、作中で説明までしてますが、きちんと出て来ます。大原部長が主役なのですが、両さんと京極堂のエピソードも入って、さらに妖怪も入って、さらに推理小説になっている!!!
でもって、ものすごい出来がラストの東野圭吾!!!こ・こんなものすごくこち亀っぽい話よく考え付く・・・ストーリーのあまりの出来にうなります!!!
注意点は京極夏彦の妖怪シリーズのメンバーの平成の様子までさらりと触れているところ!ちょっと・・・・ファンは注意ですね〜〜〜
・「妖しい怪しい」
『ぬらりひょんの褌』が読みたくて購入したが、正直期待はしていなかった。タイトルだけを見る限り、『こち亀』の作風に合わせたギャグ主体の作品だろうと勝手に思っていた。個人的に京極作品にはギャグは不要だと考えている方なので、『こち亀』とは水と油かと・・・。 すみません。間違ってました。食わず嫌いでした。 数十年前、中野で起きた部長の人生の転換点となった「ぬらりひょん」による事件。それを解決へと導く古本屋の老人。そして、その意外な犯人とは・・・?
・「両さんファンの方はおすすめです」
まるで、漫画を読んでいるような感じです。各作家の方達の個性ある内容、しかしメインは両さんですので、両さんファンの方は必読です。
・「伊坂ワールド」
小説の中だからこそ作れるミステリーという感じ。
現在と二年前のストーリーが交互に展開していって、それまでの不思議な行動や、些細な会話も全部納得できて、ストーリー的にもちょっと感動できるラスト。
伏線の張り方がさすがだなと思いました。なんとも言えない後味を残すのがすごい。
・「二年前と現在との交錯」
引っ越してきたアパートで出会った青年、河崎に、本屋襲撃の計画を持ちかけられる僕。その一方で、二年前の出来事が、河崎の元恋人、琴美を通して語られます。
現在にも二年前にも登場するのは河崎。“二年前”は、河崎にとっては終わっておらず、現在も続いています。本を読み続けていくうちに、現在と二年前がつながってきて、話の全貌が明らかになります。所々に話の謎を解くキーワードが散りばめられているので、細部にまで注意をして読みたい本です。
・「カテゴライズに困る本」
ミステリーなんだろう。ミステリーなんだと思う。
でも、印象に残るのは人物の心。
人物の心をこれだけ淡白な文章で表現できるのは凄い。私の場合、人物の心を追って読んでいたので、結構読後はもやもやした。人の幸せとか不幸ってのは、その人物にしか分からない事であって、現実なんて、そんなもんで、そして自分は生きていて・・・・・・
そんな感じでもやもやした作品。読後は悪かった。もやもやしたし。でも、印象に強く残る作品。
好き嫌いではなく、なんかよく分からないけど、凄いなって思う作品。読後の印象が悪いのに星5つあげたくなる作品。
でもって、読後の印象はいまだにもやもやしてるんですけどね・・・
・「優しくて切ない、それぞれが紡いだ想い出」
伊坂幸太郎にあふれんばかりの感謝をしたい。個人としては伊坂のベストに推したい作品。正直、読後言葉を失った。
言うとすれば大いなる想い出の物語。最後のほうに、椎名がひょっこり現れただけ。だけど、椎名がいないとこの物語は完成しない。そこがまた大きなポイントになっている。
人と人との出会いや過ごした時間がどれだけ大きいか。出会ったらいつかは分かれてしまう。本作の登場人物の生き方はあまりにも個性的で、訴えるものがあって、残したものがある。完璧な人間なんていない。だからこそ、人と人との出会いがもたらすものは、かけがえのないものだ、と。解説の言葉を借りるなら、それぞれの人生が交差することでもたらされた奇跡か。
本作が何故爽快な読後感を残すかは、ドルジが関与しているのが大きいのだろう。そしてだからこそ、最後のどんでん返しにつながってくる。意味のないことなんで殆どないと思いながら読み進めないといけないくらい、伊坂はとんでもないトリックスターである。
全体的に、どの伊坂作品よりも優しさを感じる。現実なようで現実のようでない。文体のせいもあるだろうが、登場人物達のおかげでもあるだろう。彼らの会話戦はいつになく楽しい。ほんとに翻訳物を読んでいるかのように。それまでも小さな伏線にしてしまうのだから、全く気が抜けない。最後の最後に彼らの想いや意志がようやく分かる。そのとき、話とはまた別な感動が待っているだろう。彼らとの出会いに、読者も思わず感謝したくなる。素敵な物語を紡いでくれてありがとう。
『重力ピエロ』から繋がるような大事なことはあっさり言ってしまう、そんなスタンスが大好き。宗教を絡めてくるあたりがまた本作の巧さだろう。細かいことを気にしないで、どうせならポジティヴに生きてやろうじゃん。そうじゃなきゃ、前には進めない。だからこそ、生きることは楽しい。
・「すげえ。」
すごい。その一言に尽きる。物語は現在の普通の大学生・椎名と、二年前の利発的な女性・琴美の間をカットバック形式で進んでいく。まったく違うような話でいて、河崎や麗子さんといった人物が共通して現れて、片方では本屋襲撃、また片方ではペット殺しとの遭遇といった事件が展開していく。理解しきれないまま後半に突入すると、急に現在の椎名が体験する奇妙な事件と、過去の現実味のあるスリリングな事件が結びつき始める。そして、冒頭に張られた伏線や二年前の「思い出」が、一気に収斂して行く。「アヒルと鴨」とは何のことなのか、書店襲撃の意味とは、、、。読了後、物語すべてを見つめた「神様」ボブディランの歌声が頭の中で渦巻いて離れない。
・「救いのある作品」
救いのある作品が好きだ。
昨今の風潮なのか、それとも変わらぬアウトロー的なものへの憧れなのか、投げっぱなしで救いの無い不条理な物語へのニーズは大きい。そしてそれらは時として非常に大きな評価を得る。
よほどみんな不幸に飢えているのかなと思う。もしかしたら自分以上の不幸をそこに見出すことで安心しているのかもしれないとも思う。
いずれにせよ作品を作る側からすれば投げっぱなしは楽である。
だからと言ってやたらと現実離れした偶然のもたらす幸福を喜べるほど若くは無いしピュアでもない。
納得のいく不幸があってそこには何ら信じられないような幸運は降ってこなくてそれでも救われた気分になれる、そんな作品はすごいと思うし、大好きだ。
この作品集はそのとんでもなく難しい基準を軽々と満たしてくれている。
もうちょっと生きてやろう(私にはまるで自殺願望は無いが)と思わせてくれる作品集だ。
・「元気になれる一冊」
「ポジティブに生きることだけが、決して正しい生き方じゃない。」前向きじゃなくたっていいんだよと教えてくれる短編集。落第してしまったのは友情だったり恋だったり仕事だったり。少しづつでいいから前に進んでいこうと勇気づけてくれる一冊。
・「落第生である自分のことかと思いました」
短編集なので、どれも読みやすいです。麻雀の話が出てくる小説もありました。私は麻雀の知識はゼロでしたが、読んだ後自分の周りに風が吹いたような爽快感がありとても元気付けられました。
また、「重たい色のコートを脱いで」は仕事に励む編集者の主人公が、文学賞を受賞した作家から「賞がとれたのはあなたのおかげよ」という言葉をかけてもらう。ただ、それとは反対に彼女の激務によってすれ違ってしまった彼は彼女のもとを、離れていく。仕事と恋の両立はやはりかなわぬ定めなのか?と思い悲しくなった。せつな過ぎる作品です。リアリティーに溢れた作品ばかりです。ぜひ多くの人に読んでもらいたいです。
・「恋愛と仕事、両方は成功できないのがサダメ?」
リアリティーのある、すばらしい作品がまとめられている短編集です。なかでも最後に収録されている「重たい色のコートを脱いで」は主人公に感情移入して読んでしまいました。
日々の激務により、つきあっている彼とどうしても時間が合わなくてすれちがってしまい、彼はついに、編集者である主人公のもとを
離れていく。けれども、仕事では努力が報われ最後は賞を受賞した作家に「あなたのおかげよ」という言葉をかけてもらえる。恋愛と仕事、両方を手に入れることはできないのがサダメなの? と思ってしまった。そこがとてもせつないが、すごく心に残る小説でした。
・「F」
落第。シビアな言葉だ。進級するレベルじゃない、あんたは劣っていると宣言される。 この小説はそんなには暗い話ではない。登場人物の生い立ちや置かれた環境は不幸だ。だけど、彼女たちは明るい。最初のシコちゃんの話にあるとおり、ガッツがある。 駄目になって、ハタから見れば馬鹿みたいで、でもやめられない。それを落第と思って割り切ってしまうのは簡単だけど、悲しい。 落第の評価なんて他人が決めるものだ。あとがきにあるとおり、立ち止まることなく進んでいけば、落第なんてなんだろうが関係ない。輝いていける。 そういう話。
・「メタファーとしてのあしか」
私が村上春樹の短編集の中で一番好きな作品です。どこかファンタジックな雰囲気が良いです。あと、あるお話に出てくる「要するに寄付ですね」というセリフにばかうけです。
・「セピア色した喫茶店で」
村上春樹の 充実した長編小説や 端正な短編小説集に比べて 本書での村上は 実にリラックスしている。軽い話をさらりと書いているだけだ。村上春樹の初期の短編集であるわけだが 当時の村上春樹のエッセンスに満ちている。そう 村上春樹は お洒落で スタイリッシュで カルトな小説家だったのだ。
今の村上春樹を知っている我々である。ノーベル賞すら噂される文豪になった村上春樹だが このカンガルー日和を読み返すと懐かしいものがある。これを読んでいた20年前を思い出す。喫茶店に一人で入って ぼんやり本書を読むことが素敵だった事を思い出す。あれから 小生も遠いところに来てしまったと感慨にふける。それも人生か。
・「鏡から」
『鏡』という話が、学校の教科書にのっていました。読んでみてすっかりはまってしまい初めて買った文庫です。不思議な感じの話がたくさんでとても面白かったです。この本をきっかけに私も本を読むことが大好きになりました。
・「ゴディばのチョコレートのような?」
『悲しい話だと思いませんか』この短編集に収録されている、とある話ででてくる台詞(正確には言っていないが)である。穏やかで上品、淡々としていてもの悲しい一言だ。登場人物たちの会話は、どの話でもそんな風に成り立っているように感じる。多少残酷な場面でも、彼らは平然とした顔をして話しているのだ。これが村上春樹の手腕なのだろうか?
それぞれの短編がどれも短く、しかし味わい深い。ちょっと高級なお菓子の詰め合わせのようである。
・「この本を読んだ次の日」
僕:ねぇ、カンガルー日和っていう短編集読んだことある?
友人:いや、ないよ。それより今日のランチは何にする?
僕:う〜ん、そうだな〜。昨日は中華だったし、その前は出し巻き定食だったし、パスタにしよっか?いや、ちょっと待ってザルそばも捨てがたいな。
友人:たかがランチで悩みすぎじゃない?
僕:何だって!今、たかがって言った?いいかい、僕は朝ごはんは食べない主義で晩御飯は母親が作ったのを毎日、毎日食べているんだ。つまり僕が自分の意思で決断して食べれるのは唯一ランチだけなんだ。
友人:・・・ごめん悪かった。君にとってそれほどランチが重要だったなんて知らなかったんだ。じゃあ、君が決めてくれ。
僕:う〜ん、そうだな〜。とりあえず、パスタでも食べよっか。
友人:とりあえずって!そんな決め方でいいのかい?
僕:いいよ。だってランチなんてそんなもんだろ。
・「愉快愉快!」
「山月記」斎藤秀太郎の底抜けの阿呆っぷりが、おいしすぎ。斎藤同様、〈もんどり〉が気になって気になって…。「藪の中」数人の証言から浮かび上がる真実。微妙な食い違いに注目。「走れメロス」絶妙なボケとツッコミ(さすが関西人!)に、噴き出すこと数知れず。「桜の森の満開の下」美しさは嫌というほど伝わってくるのに、体温が感じられない女の人が怖すぎる。「百物語」京都の蒸し暑い夏の夜。古い屋敷の座敷に自分も座っているかのような臨場感。
最近は“古典新訳”が流行りですが、こちらは“古典新釈”ときましたか!原作から受けるイメージを大切に、一編ごとに文体を自由自在に変える器用さはお見事です。彼の古風でノスタルジックなスタイルが、驚くほどハマッてしまった傑作でしょう。人によって好みの作品が異なりそうなところもおもしろい。それだけ多彩ってことですね。古書のような装丁もすてきです。
・「名作を現代に」
これは名作を一大学生の偏狭な世界観で描きたい作品なんですね、きっと。想像を絶した苦悩なんて、絶するゆえに多くの者にとってはどうでもいいことでしょうし。そういった高尚と考えられるものとずれた、駄目大学生の屁理屈の中に一片の真実を汲み取るかどうかなんじゃないかと思います。芸術としての小説だとか、敬遠されがちな古典ですがそれらは意外に自分達の身近な悩みに一々頷いてくれるものなんですね。その一つの面をふくらましたものとして、森見氏のこの本がある(原作の詳読記ではないのは当然のこと)。大いに笑えるものもあるし、切なくもなるものもあるし、なんだか不気味なのもある。京都が好きな人も、腐れ大学生を愛する方も、また原作を愛する人も、多くの人が楽しめる内容じゃないかなと思います。とにかく、「走れメロス」の奔走ぶりと、うってかわった「桜の森の満開の下」読後の余韻だけでも、一読の価値ありです。
・「爆笑リミックス5連発(感動もあり)!」
標題のとおり、著者による近代文学の名作リミックス5編です。
行方不明となった文学狂いの青年と、かつての麻雀仲間との再会を描く「山月記」に始まり、登場人物がそれぞれの作品にかかわる様子は、藤沢周平の「本所しぐれ町物語」に通じるようにも感じます。原作と同じ表現を微妙にからませながら、おバカ方向まっしぐらの暴走だったり、切なさ倍増だったり(どちらの路線でも、心理描写がリアルでうならされます)…文学好きのツボを心得たコンビネーション攻撃を心から楽しめます。それぞれの作品と、原作が持つ緊張感が見事にシンクロしているところは「まいりました!」というほかありません。こういった連作集では「これが好きで、これはちょっと…」という順位ができてしまうものですが、どの作品も甲乙つけがたい面白さです。
舞台となる街の様子も、あたりを知るものにとっては「あそこ、そういうヤツいるよな」「そうそう、あのあたりはね…」とくすくす感を倍増させるスパイスとなっています。
森見作品を手に取るのはこれが初めてですが、「しまった、他の作品をもっと早く手にしていれば!」と悔やませるパワーがあふれています。装丁も小粋で、文句なく☆5つの評価としたいと思います。
・「楽しめました」
五篇のうち原作は「走れメロス」しか読んだことがありませんでしたが、他四編も充分楽しめました!原作読んでいると、笑えます!全篇で登場人物など設定が繋がっていて、原作も?と錯覚するマジックでした。読んでいない原作を読んでみたいと、思いました。
・「独壇場」
もう森見さんの独壇場です。一度読んでしまったらやめられない文体で語られる妄想レベルの高い躍動する物語。『太陽の塔』で一部で話題になり、『夜は短し歩けよ乙女』でブレイクした奇才・森見登美彦による最新作は太宰治「走れメロス」を中心に文学史に刻まれた名作たちをカバー・リミックスした爆笑のリメイク小説集です。
特に表題作にはやられました。もともと僕は太宰治が大好きなので、どんな方法で料理されているのかと思ったら、この方法ですよね。スゴイです。一度物語を解体し、それを再構築するという簡単のようでいて難しい作業をこれだけ「自分の色」を反映し、原作に決して劣らない完成度の『走れメロス』を作り上げていると驚きました。
そして何より面白い。今回も前作に続き、腹の底から笑わせていただきました。森見さんはいったい次は何をやってくれるのか?またまた期待に胸が脹らみます。
・「深く残る作品です。」
私が『悪童日記』を初めて読んだのは小6の時。あまりの衝撃に、2晩ほどずっとこの本の事を考えていました。戦争の中、淡々と語る何のモザイクのない「ぼくら」が見た世界。その中で生き延びるための術。読み終わったとき、何かが心に残りました。今でも読み返す事が度々あります。読んで良かったと思うと同時に、この本を買ってきた姉には本当に感謝してます。読まなきゃ損。といっても個人的には過言ではありません。
・「びっくりしました」
簡潔な文体。簡潔な章立。衝撃的な結末。本書読了後の正直な感想は「びっくりした」です。主人公の双子の少年達は大人たちの行動を冷静な目で見つめている。その冷静な目は怒り、悲しみ、憎しみ、異常さ、死を問わず、いつも変わることのない目線である。自分達を鍛え上げ、自分達で生きる術を身に付け、成長していく。そして衝撃のラスト。気分を害する読者もいるかもしれませんが、現実とはこんなものなんですね。美化したり、言葉で誤魔化したりする場面が、生きていると一杯ありますが、事実を書き連ねると本書のようになってしまうんですね。そして我々はその現実を見つめる「練習」をしないと、ちょっと気を許すと「お花畑の住人」になってしまう危機があることを理解しなければなりません。本書はその練習にもってこいです。現実から目を離してはいけないことを、我々に強烈に教えてくれます。
・「痛みを知り、忘れないこと」
「ぼくらはどんなことも絶対に忘れないよ」(本文より)
彼らは自分たちのことを「ぼくら」と呼び、二人が別のことをする時は「ぼくらのうちの一人ともう一人」という言い方をする。お互いを分けるための名前は必要ないのだと思うと、なんとも不思議で、そして少し不気味でもある。
彼らの環境に慣れるための「練習」には、物言わぬ批判を感じる。おそらく戦争下では、痛みや悲しみや、略奪や殺しといったことに対して、心を麻痺させないとやっていけない。人々は知らずのうちに、心に麻酔を打ち込み、忘れようとする。それは、忘れたほうが楽だからに他ならない。
対して、「ぼくら」は「絶対に忘れない」という。痛みを知り、そして忘れない。それは、麻痺したことを認識せずに、何もかもを忘れようとすることよりも、ずっとシビアな選択だと思う。
人の欺瞞や忘却、人間の持つ闇に対して、目をそらさない子供たち。20世紀、多くの人々は傷ついたのに、すでに私たちは多くのことを忘れてしまっている。いろいろなことを、はっと思い出させられる一冊。
・「読解力を試される傑作」
第二次世界大戦のさなか、都市から田舎の小村に疎開した双子の男の子が、祖母である老婆と暮らすことになる。そして老婆と子供の心の交流が始まる、などというありがちな展開は全くなく、双子は性悪の老婆に奴隷のようにこき使われ、村人達からも冷たい扱いを受ける。生き延びるために強くなることを強いられる生活の中で、二人は自分たちに起きたことをノートにつづることにした。そのノートがこの本である、という設定になっています。文章をつづる際、双子は自分たちに一つのルールを課します。それは、主観や感情を排して事実のみを記載すること。だから、この本の中で人々の思いは一切説明されません。なぜ彼らはそんな行動をとったのか、なにが起きたのか、どう思ったのか、それは書かれている事実をもとに、読み手が想像していくしかありません。読解力を試される小説です。ある人にとってはただのエログロ、ある人にとっては痛切な反戦の書と、読者の感性によっても印象が違うと思います。簡潔な文章なのに、いや簡潔だからこそ、想像力が刺激され情景が強烈にイメージされる。魔力のような文章に圧倒されました。本書には続編の「ふたりの証拠」と「第三の嘘」があり、それらを読むと違う世界が現れてくる仕掛けになっています。そちらはそちらでお勧めなのですが、この1冊だけ独立した小説として心の中に取っておきたいとも思ってしまいます。あえて続編を読まないという手も・・・などと言ったら作者のファンに叱られそうですが。ラストの衝撃がいつまでも胸に残りました。
・「5★アンネより早熟でグリム童話なみに残酷」
主人公は近代のヘンデルとグレーテル。戦災のため両親と別れ、祖母のもとへ疎開してきた双子少年の話。この祖母がまた魔女みたいで、宝石が大好物で毒使いでケチ。ベタです三拍子そろってます。
舞台はナチスを連想させる東欧。文章は少年の日記形式で非常に読み易い。平易な語彙で語られるシリアスな展開、このギャップが良い感じです。物語はグリム童話なみに残酷で、日記をつづる主人公もアンネ・フランク以上の早熟さと行動力を兼ね備える。大人でも充分に読み応えアリでしょう。日記は簡潔で乾いた文章が淡々と続く。どんな悲劇が少年たちを襲うおうが、少年たちは決して冷静さを失わない。タフですね。痛快です。
この作品三部作の最初の一冊で、第一部は衝撃のラストで。読み終え直ぐにでも続きが気になる。が、しかし!第二部以降、ガラリと作風が変わり。物語も複雑化していく。次巻以降、第一部の独特な日記のトーンは期待しない方が良い。PS●第一部はたった一日で読破、直ぐに3冊揃えたが、第三部完結までは一ヶ月たってもページが進まず…
・「なんじゃこりゃあ」
前作、悪童日記の続編。前作では固有名詞は一切出てこなかったのだが、話は一転、(一見すると)かなり普通の小説になっていく。 だが、前作の無駄な修飾や感性を一切排除した文体は続く。すごいことに、この話一切感情を地の文で書いてないんです。悲しいとか、嬉しいとか、誰々がどのように感じたかがまったく書いていない。それなのい、行動や言葉の端々から感情と残酷さが溢れ出てきて、ある意味とても刹那的なその感情に惹かれたりする。 まぎれもない傑作。前作で衝撃のラストだったが、今作でのラストもさらに衝撃的。感情を押し殺した文体にこのラストはもはや神業としか言いようがない。 前作で双子のアイデンティティは揺らぐことはなかった。それは世界が双子の内部だけで完結していたからにほかならないから、明らかに同意の上で分離したふたり。その片割れ、リュカの生き方を是非見てください。 続きもすぐ読まねば。
・「謎が残る続編」
「悪童日記」の続編。前作の最後で別れた双子の「ぼくら」。その片割れであるリュカが主人公となって、話は進められる。 今作は前作のような日記形式ではなく、普通の、いささか普通すぎるような文章構造です。しかし、文体は前作のように無駄を省いた簡潔なもの。慣れないうちは読みにくいかもしれませんが、リズムをつかむとスラスラ読めます。内容は前作よりも重層的になっていて、読み応えもあります。 気になるのが、リュカ(LUCAS)とクラウス(CLAUS)という双子の名前。アナグラムになっています。そして、主要な登場人物が全員、何かを失っている、あるいは失うということです。続編への物語の伏線であると思います。 そして、最後の報告書の体裁をとったエピローグ。今まで語られてきたことと明らかな矛盾点があります。 これは続編を読まなければ分かりません。完結編に期待です。
・「ええー!」
「悪童日記」の衝撃的なラスト。その後、どうなっていくのかと思っていたら、前作を凌ぐ世界観に圧倒された。先を知りたいと思う欲求が、読むスピードを超えて広がっていった。その先で、待ち受ける更に更に、衝撃的な結末。
「悪童日記」を読んだら、読まずにはいられない。というよりも、読まない人はいないだろうと思う一冊。 驚愕の結末は期待を裏切らない。
・「読み出すと止まらない」
三部作の2作目。前作ラストで衝撃の別れを見せた双子のその後。相変わらず、主人公の感情は皆無に等しい。そして、またしても衝撃のラスト。今までのストーリーが180度変わる構成に度肝を抜かれると共に、心臓はドキドキした。この三部作は読み出すと止まらない。すぐに3作目へと入り込んでいく。
・「哀しく、透明なアゴダの世界」
1作目の「悪童日記」を読んだ衝撃も消えぬまま、新たな罠をしかけられ、最初は困惑するはず。この本に流れているものは、色で言うなら透明なブルー。どこまでも清く、そして、どこまでも救いようのない。。。嗚咽をがまんしているような、喪失感のなかで、「おばあちゃん」のいた明るさはもうどこにもない。3部作のなかで、一番すきな本。
そして、最後にまっているものは。。。「ふたりの証拠」この本のタイトルがすべてを語っている。
・「そうだったのか」
ずっと待っていた’悪童日記’’ふたりの証拠’に続く完結編の文庫版。これまでの話では、話の展開に疑問がたくさんありましたが、この作品で納得しました。そういうことだったのか・・と。戦争や国家やイデオロギーが人間の運命をいかに翻弄してしまうのか考えてしまいました。そんな時代にこうしてしか生きていくことができなかった主人公の姿は、そのまま残酷な時代を象徴しているかのようにも映りました。
・「完結編?」
「悪童日記」の襲撃的なラストから、「ふたりの証拠」の驚愕の結末を経て、辿り着いてしまった三部作の完結編。 「悪童日記」「ふたりの証拠」の背景をたどっていくこの物語は、やはり期待を裏切らない。 何が真実で、何が嘘なのか。全てが真実で、全てが嘘かもしれない。物語の世界観に引き込まれ、道を見失う。簡潔に、言葉少なに語られたこの世界に、自ら進んで迷い込んで欲しい。
・「最後に「存在」することへの挑戦」
時は流れる。天使のようにうつくしかった主人公も年老いていく。戦争のなかを生き抜いた自分自身の存在をかけて、最後の戦いをいどんでいるようにも見える。私が私であることのあやうさ。そして唯一存在したことの証しでもある「名前」さえもが、真実味を失ってゆく。。。
〔人間の存在〕を根本からくつがえさせるような衝撃をのこし、3部作は幕をとじていく。
・「静かな」
悪童日記、ふたりの証拠から続く一連の三部作も今作で終了です。 途中