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▼なんでもありの心の旅:セレクト商品

老子(全)―自在に生きる81章老子(全)―自在に生きる81章 (詳細)
王 明(翻訳)

「読みやすく、奥が深い」


オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽 (詳細)
映画主題歌(アーティスト), 前田美波里(アーティスト), 武満徹(アーティスト), 秋山邦晴(アーティスト), 岩淵達治(その他), サントラ(演奏)

「10年目の春に。」「世界の「タケミツ」、となりの「とおるちゃん」」


Waltz for DebbyWaltz for Debby (詳細)
Bill Evans(アーティスト), Scott LaFaro(アーティスト)

「奇跡のアルバム」「出会えて良かった!」「ビル・エヴァンスの最高傑作の1枚です!」「ピアノの音に恋愛してしまうということ」「WALTZ FOR DEBBY」


至上の愛至上の愛 (詳細)
ジョン・コルトレーン(アーティスト), マッコイ・タイナー(演奏), ジミー・ギャリソン(演奏), エルヴィン・ジョーンズ(演奏)

「神への小さな捧げもの」「神に捧げたコルトレーンの賛美歌。」「トレーンの代表的傑作」「コルトレーンの最高傑作 比類なき構成と荘厳」「熱く流れるColtrane魂の音」


ヘンリー・ダーガー 非現実の王国でヘンリー・ダーガー 非現実の王国で (詳細)
ジョン・M. マグレガー(著), John M. MacGregor(原著), 小出 由紀子(翻訳)

「図版がきれいで見やすいです」「これは誰にも見せるつもり無く描かれた世界」「*ヘンリー・J・ダーガー ダーガーのココがすごい!*」


なしくずしの死(MORT A CREDIT)なしくずしの死(MORT A CREDIT) (詳細)
阿部薫(アーティスト)

「生前の代表作であり、ファン必携の作品。」「都市に生きる者のBGM」「美しき予兆」「サックスをやめたい人の音」


荒野のおおかみ (新潮文庫)荒野のおおかみ (新潮文庫) (詳細)
ヘッセ(著), Hermann Hesse(原著), 高橋 健二(翻訳)

「問題作かつ傑作」「素晴らしい作品」「ヘッセ生涯の分水嶺とヒッピーの愛読書」「市民と英雄」「ポッキー、がんばれ!!」


音の神秘―生命は音楽を奏でる (Mind books)音の神秘―生命は音楽を奏でる (Mind books) (詳細)
ハズラト・イナーヤト ハーン(著), Hazrat Inayat Khan(原著), 土取 利行(翻訳)


ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫) (詳細)
セルバンテス(著), Cervantes(原著), 牛島 信明(翻訳)

「最も偉大にして最も憂鬱な(?)書物」「老いてこそ騎士道!」「こなれた訳の「ドン・キホーテ」」「永遠の名作」「ドタバタ」


バッハ:マタイ受難曲バッハ:マタイ受難曲 (詳細)
ゼーフリート(イルムガルト)(アーティスト), ミュンヘン・バッハ(合)(アーティスト), テッパー(ヘルタ)(アーティスト), ヘフリガー(エルンスト)(アーティスト), バッハ(作曲), リヒター(カール)(指揮), ミュンヘン・バッハ管弦楽団(演奏)

「リヒターのひたむきな祈りが伝わってくる」「バッハのマタイ受難曲での最高の演奏は、今なお、58年録音のリヒター盤だと思っています。」「聴き手を福音書の世界に引きずり込む」「究極の1曲」「これぞバッハ」


ビー・ヒア・ナウ―心の扉をひらく本 (mind books)ビー・ヒア・ナウ―心の扉をひらく本 (mind books) (詳細)
ラム・ダス(著), ラマ・ファウンデーション(著), 吉福 伸逸(翻訳), スワミ・プレム・プラブッタ(翻訳), 上野 圭一(翻訳)

「全ての人に」


カラマーゾフの兄弟 上   新潮文庫 ト 1-9カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9 (詳細)
ドストエフスキー(著), 原 卓也(翻訳)

「作家:ドストエフスキーの完成」「ドストエフスキーの集大成」「読まぬ理由を見つけようがない!」「読了後の達成感がたまらない」「とにかく面白かった」


ソーニョ70ソーニョ70 (詳細)
エグベルト・ジスモンチ(アーティスト)

「初期作品に見るジスモンチとその後」


ア・ムジカ・リヴリ・ジ・エルメート・パスコアルア・ムジカ・リヴリ・ジ・エルメート・パスコアル (詳細)
エルメート・パスコアル(アーティスト)

「素晴らしいにきまっている」


ゲッツ/ジルベルトゲッツ/ジルベルト (詳細)
スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト(アーティスト), アストラッド・ジルベルト(アーティスト), アントニオ・カルロス・ジョビン(演奏), トミー・ウィリアムス(演奏), ミルトン・バナナ(演奏)

「サックスの暖かい響き」「時代の申し子ボサノバの原点」「たまには反論を」「夏の夕暮れにピッタリ」「不朽の名作」


Future DaysFuture Days (詳細)
Can(アーティスト)

「新しすぎ」「葬式候補最右翼」「このページで購入しました。」「嘘はいけない」


ベートーヴェン:交響曲第5&7番ベートーヴェン:交響曲第5&7番 (詳細)
クライバー(カルロス)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)

「私は、かつてこれ以上の名演に巡り会ったことがない。比類なき名演、交響曲第7番第2楽章」「クライバーのベートーヴェン」「惜しいかなカルロス、悲しいかなカルロス」「決して色あせない名演!」「とにかくカッコいいんです」


Are You Happy?Are You Happy? (詳細)
BLANKEY JET CITY(俳優)

「俺はくちづけ!」「オフショットに胸キュン!」「こんなに良いLIVEは他にはないです」「ライブDVDで最強!!!」「リアル・ドキュメント」


檸檬 (集英社文庫)檸檬 (集英社文庫) (詳細)
梶井 基次郎(著)

「詩情あふれる作品集」「梶井基次郎がみつけたかったもの」「果てしなき日々」「幻想的な作品集」「檸檬 レモン れもん」


バッハ:平均律クラヴィーア曲集 全曲バッハ:平均律クラヴィーア曲集 全曲 (詳細)
リヒテル(スヴャトスラフ)(アーティスト), バッハ(作曲)

「極上のバッハのピアノ曲」「リヒテルの内面性が余すことなく表現される名盤」「このCDを聴いての感想です。」「名盤です!」「異端にして標準」


タオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまるタオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる (詳細)
F・カプラ(著)

「懐かしい本であり、当時の主張は今でも正しいか」「現代物理学および東洋思想に興味の有る方は必読です」「ニュー・サイエンスの古典的名著」「神秘体験と量子物理のアナロジカルな対比」


ナチュラルダイエット―あなたの常識をくつがえす3つの習慣ナチュラルダイエット―あなたの常識をくつがえす3つの習慣 (詳細)
ハーヴィー・ダイアモンド(著)

「ナチュラル・ハイジーンは有効です。」「新常識!?ちょっと驚きました。」「目からうろこ」「水がきめてらしいです!」「やせるだけでなく健康にもよさそう」


ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ・カーティス・メイフィールド 75年作ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ・カーティス・メイフィールド 75年作 (詳細)
カーティス・メイフィールド(アーティスト)

「へヴィだね!でもこんなに優しい音もないね」「確かに暗いけど・・・」「100年経っても聴けるでしょう」「無人島に1枚持っていくなら」「鏡のような音楽」


死刑台のエレベーター[完全版]死刑台のエレベーター[完全版] (詳細)
マイルス・デイヴィス(アーティスト), バルネ・ウィラン(演奏), ルネ・ユルトルジェ(演奏), ピエール・ミシェロ(演奏), ケニー・クラーク(演奏)

「マイルス・ダンディズムの極致」


ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~ (詳細)
ジョン・レノン(アーティスト), ヨーコ・オノ(その他)

「心に残る名作」「なぜジョンは永遠となったか」「洋子さん、どうしたのですか?」「母への呼びかけを壮絶な叫び声で歌う『Mother』」「人間ジョン・レノンがここにいる」


▼クチコミ情報

老子(全)―自在に生きる81章

・「読みやすく、奥が深い
老子の本というと、スピリチュアルヒーリングを意識した大胆な意訳本が多いですが、この本は、できるだけ原文に近く、解説がなくても読めるように、という方針で作られました。実際に本文はとても読みやすく、詩のような文体なので雰囲気を損ないません。おそらく原文も尊重されていることと思います。しかし、文字を追うのは簡単でも、そこに隠された深い意味を読み取るのは自分です。この本があまり注目されないのは、少し高めの値段設定が災いしているような気がします。個人的には、持ち歩いていつでも読めるように、文庫サイズにして欲しかったと思います。

老子(全)―自在に生きる81章 (詳細)

オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽

・「10年目の春に。
そうですか、武満さん逝去から10年ですか。早いもんですね。それを機にして、しばらく入手困難だった映画音楽選集がBOX化。ボーナスCD(貴重なインタビューCD)もついてこの価格です。まず感涙しましょう。毎年、春になると何気に武満が聴きたくなるのは、彼の命日に感傷的になっているわけではなく、芽吹き、花咲く植物たちのような静謐なれど怪しいほどに力強い生命を感じたいからでしょう。彼の映画音楽はもちろん映画ありき、の作品群ではありますが、有体に言えば映画を知らずとも陽気の中で聴く者が思い思いに想いを馳せる楽しみを与えてくれるものです。あなたがもしジョン・ウィリアムズを10回聴くのだとしたら、その1回分の時間を、ぜひこの日本の産み出した典雅なる才能との出会いにしてほしいのです。春、武満。今も耳をそばだてたくなる美しい響きが陽気と妖気をかもしだします。そうですか、もう10年ですか。。。

・「世界の「タケミツ」、となりの「とおるちゃん」
現代音楽のシーンでは世界的に有名な作曲家であり、デビュー作の「弦楽のレクィエム」から、名を挙げた「ノーベンバーステップス」等、極めて多産な活動をした人だが、一方で、映画音楽の分野でもこんなに旺盛な作曲活動をしていたことは驚きであるとともに、先鋭な監督たちから作曲依頼の多かったことだろうと容易に想像できる。彼が音を付けたからこそ、その映画の映像面での特性をさらに生かした作品は、多いだろう。たとえば、小林正樹の「怪談」から響いてきた妖しく空恐ろしい音は、音楽の概念を超えた何かの予兆的存在そのものだったし、同監督の「切腹」では、日本の伝統的家屋の陰影と間を強調した映像を、沈黙に近い音によって際立たせていたし、「青幻記」では、ドラマの主題を哀切きわまる美しい旋律のさざ波へと変容させていたし、歌謡的メロディの創作にも長けていたのもその他の作品で証明済みである。旋律を排除し、音の塊と群れで編曲したような彼の現代音楽の冷たさと奥深さに比べ、彼の映画音楽はどれもまだわかりやすい美しさと親しみやすさがある。その関係は、あまり良いたとえではないが、公の前では襟を正して「世界のタケミツ」として振舞うが、妻(あるいは女友達)の前ではすっかり打ち解けた「とおるちゃん」がいる、といった感じかな・・・。

オリジナル・サウンドトラックによる 武満徹 映画音楽 (詳細)

Waltz for Debby

・「奇跡のアルバム
私にとって奇跡のようなアルバムである。ジャズを聴き始めた頃、5枚目のCDとして購入した。初めて聴いた驚きは忘れられない。自分の聴きたかったジャズが、まさにそこにあった。以来20年間、Jazzだけで500枚以上、ビル・エヴァンスだけでも100枚近くを集めて聴いたが、依然として色褪せない。

たまに取り出して1・2曲目を聴く。苦しいとき、集中力を出したいとき、何度も世話になった。くつろぎたい時にも聴いた。たった10分で気持ちが変わる。音にのめり込み、メロディーにのめり込み、すると私の中の何かが変わる。確かに他に好きなアルバムや曲もあるが、この10分は、やはり他には変え難い。

もう何度も名盤として語り古されてきたように、音色のつや、タイミングの絶妙さ、ベースとの相互作用、ジャケットの良さ、全てが確かに良い。何度も分析され、語られ、伝説とさえ言える程であるのは、ファンとして嬉しい反面、つまらなくもある。しかし、どんなに他人に語られようとも、言い古されてしまったことも含めて、このアルバムを愛せるのだ。全て了解した上で、それでも、聴いたときには好きだと明言できる。人間の作る芸術が、すごいものだと実感できる時である。

・「出会えて良かった!
本当に。

JAZZにはまったら遅かれ早かれ絶対に遭遇する一枚なのだろうが・・・。数ヶ月前からジャズにはまり、今日このアルバムに出会い、感動している。

タイトルにもなっている「Waltz for Debby」はBILLの代表作と言われるだけあって、一度聴いたらそのメロディを口ずさんでしまうほどイイ曲だ。トリオの演奏も素晴らしい。ライブ録音なのもまたヨシ!

この出会いでどっぷりジャズにはまっていきそう。

・「ビル・エヴァンスの最高傑作の1枚です!
ジャズをあまり聞いたことがない初心者の人にもおすすめします。ジャズの世界ではあまりにも有名な名盤のひとつです。

ビル・エヴァンスはジャズピアニストで、とても詩的で繊細な音楽を奏でる人です。まるでポロポロと水滴がはね落ちるような、美しい響きです。

表題曲の「ワルツ・フォー・デビー」は、メロディーもとても美しく、親しみやすく、かわいらしく、とても素敵ですよ。

ジャズに慣れていない人は、最初はいまひとつわからないかも知れませんが、何度も聞いているうちに、ほんとうにこの曲が好きになるんじゃないでしょうか。

おすすめです。

・「ピアノの音に恋愛してしまうということ
ビル・エヴァンスが語られるとき、必ず出てくるのがインタープレイという言葉。このアルバムは彼のピアノトリオのキャリアにおける「インタープレイ」の極致と呼べる最良の姿を記録している。なにしろこの収録のわずか11日後に、彼の人生最高のパートナーだったベースのスコットを交通事故で亡くしてしまうのだから。

ビル・エヴァンスの登場以前のピアノトリオと言えばバップスタイルが主流で、ベースとドラムはピアノの単なるリズム隊にすぎず、ピアノに追従していくだけの存在であった。ところが彼が提示したインタープレイとは、ドラムとベースをピアノと対等な立場まで引き上げることによって、お互いの演奏に反応し合い、あたかも3人で対話をしているような自由なやりとりが可能になったのである。これを踏まえてこのアルバムを聴いてもらえれば、インタープレイというのが何か分かってもらえると思う。そしてそれ以降のジャズピアノのあり方ををがらりと変えてしまった。

ここでは彼らが三位一体となって、その最後の喜びを伝えている。ピアノトリオの最良の姿であり、饒舌なベース、爪弾かれる可憐なピアノの音。ピアノの音に対して恋愛してしまうということはつまり、ここにあることを言うのであって、そしてここまで心を奪われてしまっては説明する言葉さえも意味を無くしてしまう。

・「WALTZ FOR DEBBY
彼は、1980年9月20日に来日して、公演する予定でしたが、直前の9月15日に亡くなりました。楽しみにしていたコンサート、とても残念でした。ヴィレッジバンガードでのライヴで、ワルツフォーデビーは名演ですが、マイロマンスもいいです。マイフーリッシュハート(LPの時も同じですが、最初の曲で少し前にNHKラジオでは、「愚かなりし我が心」と呼んでいました。)は、レコード針を置いた時から、曲に引き込まれてしまいます。A面とB面を何度もひっくり返し、聴いたものです。CDになって便利になりましたが、レコードで聴いた時のノイズもたまらなく良かったです。

 ワルツフォーデビーは、当時3歳だったデビー(兄ハリーの娘さん)の為に書き下ろした曲です。マイロマンスも、彼のお気に入りで何度も演奏しています。私も毎日、車の中でCDを聴いています。

 いつも、ピアノにくっつく位前かがみに演奏するスタイルは、独特のものでした。アルバム 「ライヴアットザヴィレッジバンガード」のジャケット写真には、彼の両手が写っていますが、少し浮腫んでいるようにみえます。ドラッグのせいです。とても真面目(打ち解けたりするとそうでもなかったようですが。)な性格で、いつも自分の仕事を完璧にこなそうと考えていました。ライブなどでは、細かい打ち合わせなどせず、カウントもなく、演奏に入っていったそうです。11年もコンビを組んだエディゴメスは、「最初のビートを彼が出すと、次のビートに私が乗っていくんだ。自分が、ベースを弾いている時には、余りにもスウィングが素晴らしくて、我を忘れて至福の時を何度味わったかしれない。」と、語っています。

 日本には、彼のファンが多くて来日の度に、とても歓迎されたので(子供のように)喜んでいたと、プロデューサーのヘレンキーンが、あるジャズ雑誌で話していました。

Waltz for Debby (詳細)

至上の愛

・「神への小さな捧げもの
1964年12月9日録音。1967年7月17日、この2年半後にジョン・コルトレーンが死ぬなどと誰が予想できただろう。人の一生は分からないものだ。ただ不滅と言われた彼のカルテットもこのアルバムを最後に崩壊が始まる。1965年にはマッコイ・タイナーが退団、1966年にはエルビン・ジョーンズが退団する。そしてコルトレーンは死の最後の日まで変容を続けていく。そういう意味で本作は不滅の(とは言ってもわずか3年間の)コルトレーン・カルテットの最後のアルバムである。

コルトレーンはこのアルバムを『神への小さな捧げもの』と呼んだ。インド哲学に傾倒し、世界のあらゆる宗教に入り込んでいくコルトレーンは、自らの音楽追及と分かちがたくなる。そしてある時、突然身体の内部に音楽が充満するという不思議な体験をする。これが至上の存在への献曲への制作につながったのだ。制作にあたってはカバラの本の知識が使われたと言われている。

『ア・ラブ・シュプリーム』というフレーズは19回繰り返される。1は孤独であり、9は宇宙である。すなわち19は宇宙を前にした一人の創造的な人間を意味する。さらには、1と9を足した10は神の顕現を示していると言われている。この宗教と一体化したコルトレーンにマッコイ・タイナーとエルヴィン・ジョーンズは離れ、ファラオ・サンダースは引き寄せられる。その世界観を『不滅』のカルテットで表現しえた最後のアルバムである。

・「神に捧げたコルトレーンの賛美歌。
 理想の音楽を求め、厳格なまでの探求を自己に課してきたコルトレーン・サウンドの一つの極みであり、この後フリーな展開を見せる後期の起点ともなった60年代中期の傑作。また60年代前期から続く「至高のクヮルテット」と呼ばれた彼らの演奏の到達点であり、「承認」「決意」「追求」「賛美」という4つのパートからなる組曲的な構成はジャズ史上、最も彫刻的な完成美を誇る作品だ。 コルトレーン流ファンファーレともいえる①の出だしから終焉まで荘厳なまでの音曼荼羅が繰り広げられる。大海の如く世界を美しく彩るマッコイ・タイナーのピアノ。エルヴィン・ジョーンズが軽やかにビートを散らすのは、まるで夜空に瞬く幾千もの星のよう。冬の空気のような静けさを予感させるジミー・ギャリソンのベースが緊張感を高める。そして神の啓示、疾風の如く、コルトレーンがそこにテナー・サックスを吹き込む。 とかく難解だと言われがちな本作および後期の作品だが、それはあまりに一つ一つの音を熱心に聴きすぎるからではないかと思う。ミニマムなものに目がいきがちな日本人の気質からくる鑑賞法の誤謬だろう。桜の木全体を見回すように、宇宙(そら)全体を眺め渡すように、調和された音世界をそのまま浴びればよい。 一人一人の職人技に聴き惚れるのはその後からだ。全体から個を、個から全体を。そうすれば一層深みが増すはずである。 スイングジャーナル誌選定ゴールドディスク。

・「トレーンの代表的傑作
ジャズといえども、歴史を揺るがすような大傑作には、自然と体が揺れて口ずさみたくなるような曲は少ないと言われている。ルイの「ウェスト・エンド・ブルース」もオーネット・コールマンの「ロンリー・ウーマン」もマイルスの「ビッチェズ」も、確かにそうだ。求道者トレーンが神への愛を告白したトータル・アルバムが、この「至上の愛」である。モダン・ジャズを代表する傑作でもあるが、やはり、スイングを聴くようにはうきうきする作品ではない。「マイ・フェイヴァリット・シングス」や「ブルー・トレイン」のような作品とも異なる。しかし、聴けば聴くほど味わい深い作品である。どうしても頭で理解しないと気がすまない、という人には、マイルスの「カインド・オブ・ブルー」で一冊の本を書いたAshley Kahn の " A Love Supreme: The Story of John Coltrane's Signature Album" を読むことを薦める。ペーパーバックで1,485円。安い買い物である。

・「コルトレーンの最高傑作 比類なき構成と荘厳
数あるコルトレーンのアルバムの中で、最も完成度が高く彼の精神性を象徴した作品を選ぶとなるとこの作品しかないであろう。コルトレーンの固体進化論で言えば、55年のマイルスとの出会いによるマラソンセッションをはじめとする一連の吹き込み。57年の一時解散によるモンクとの出会いとブルー・トレイン、58年のソウル・トレインという成果。同年にマイルスの元に戻ってからのモードの追求。ここではもちろん59年のカインド・オブ・ブルーが一つの成果となる。独立後のアトランティックでのジャイアント・ステップスという最初の頂点。インパルス移籍とこのアルバムでの最大の頂点。その後、アセンションに見られるニュー・ジャズへの移行と晩年のスピリチュアルな演奏。そして67年に早すぎる死が訪れるわけだが、こうした求道的ともいえる彼の短期間での成長と完成を見るにつけなんだかつらくなってくる。それゆえヒューマンなコルトレーンが伝わってくるバードランドでのライブ、さらにバラードやジョニー・ハートマンとの共演が、愛されているのにはそれなりの理由があってのことだろう。正直な話、僕自身最も好きなコルトレーンのアルバムは別にある。しかし、たとえ辛くとも、我々はコルトレーンの業績と精神性の高さを直視しなければならない。そして、掛け値なしにすばらしい彼の最高傑作「至上の愛」を時に耳にしなければならない。内容への多言は要しない。比類なき構成と荘厳な精神の発露がここにあるのだから。

・「熱く流れるColtrane魂の音
重厚で宗教性に満ちたトータル・アルバムである。ジャズのディスクでも珍しく、際立った存在である。過去多くの人が魅せられ賛辞を送ったように、私もまたこのアルバムに魅せられる。

タイトルでも、Coltrane作のライナーノートでも解る様に、宗教性に満ちている。ライナーノートにはGodが溢れ、ジャケットのColtraneの表情もただならぬ雰囲気が漂う。確かに重厚で緊密な音楽であり、「a love supreme」と19回も唱和されるのは異色である。しかし宗教性が強くても、ジャズであり、サックスの音色を堪能できる音楽であり、十分に楽しめる。フリージャズよりも伝統的なジャズの匂いが強い。宗教性も、いわゆる教会音楽ではない。原始宗教に近く、力強さや土臭さが強い。こうした雰囲気から、ストラビンスキー『春の祭典』やベートーベンの交響曲との類似を感じる。トータルアルバムの雰囲気からは、ビートルズの『アビーロード』やマイルスの『A kind of Blue』を思い起こす。

私は何かに詰まっているとき、何かを始めようとしているとき、これらのアルバムを聴く。数十分間どっぷりと浸かると、心の中の何かが取れ、エネルギーに満ちる変化を受ける。軽く聴けるポップさもあるのだが、やはりのめり込んで聴くことをお勧めしたいアルバムである。

至上の愛 (詳細)

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

・「図版がきれいで見やすいです
この日本語版の画集がとうとう出て、外国語が出来ない私にもやっと読めるようになりました。ほかの画集に収録されていない絵がたくさん載っています。かなり残酷なものもあります。

ダーガーの絵はとても大きく、紙がうすっぺらく、しかも両面に描かれているので本に載せるのは大変だろうと思うのですが、この本は私が持っている中では一番鮮やかで見やすいです。ジョン・マクレガー氏の解説は、フランス語版のものとほぼ同じようです。それにしても、収録されているのはほんの一部に変わりありません。全部見てみたいものです。

・「これは誰にも見せるつもり無く描かれた世界
ヘンリー・ダーガー(米1921~1973)という人物は知的障害施設を16で出所、71歳まで病院の下働きを勤めた市井の人であり、いわゆるアウトサイダーアーチストの中でも不遇の人生を送ったといいます。ある日、写真家である彼の家主が、人知れず永年人知れず創作し続けていた作品群を発見します。それは何千頁にもわたる日記や記録。そして15巻・1万5千頁にもおよぶ非現実の王国を描いた絵画だったのです。それらは雑誌等からの写しを含めた子供たちを主役にした残酷な戦争の物語だったのです。まさに誰にも見せるつもりも無く描かれた孤独の作品群。他のレビュアーが指摘されてますが、世田谷美術館の展覧会で実物を観たのですが、薄っぺらな大きな紙に描かれた世界は危うくも異様であり、アニメを彷佛とさせる少女らが戦火に逃げまどう世界は、現代アートとして紹介されても違和感がありません。ヴィトンのデザインでも知られる現代美術作家・村上隆が現代美術にアニメのモチーフを持ち込みましたが、その昔こんな作品が人知れず描かれていたとは...闇に葬られず本当に良かった。認められず不遇のアーチストには希望と勇気をくれます。

・「*ヘンリー・J・ダーガー ダーガーのココがすごい!*
*ヘンリー・J・ダーガー ダーガーのココがすごい!*1「1万5千145ページという世界最長編級の物語を誰にも知られずに書き続けた」ひとつの話でココまで長いともはやいやがらせ!?しかし読者を想定していない作品に対して苦情は無用。指輪物語も真っ青戦争模様!!1450万人の兵が押し寄せるってどうよ!?2「度を越した子ども虐殺描写」保育士のワタクシが、「ダーガーが好き」といおうものなら、PTAの要注意人物になること間違いなし。大人が子ども奴隷を虐殺しまくる話の絵が延々と続きます。子どもを虐殺する悪いグランデリニア軍を子ども奴隷解放を訴えるキリスト教徒が倒す?という勧善懲悪的な話のはずだが…。3「表情と繰り返しの面白さ」雑誌のトレースだから、大概はにこにこしているんだけど、驚いた顔とか苦痛の顔はなぞる原画がないもんだからダーガーオリジナルの顔になっているんだけど、それが時々突拍子のない劇的な変顔になっていて笑えます。同一の少女が10人ほど並んでいる不気味さは満点!写真やイラストをなぞってコラージュみたいに絵を作り上げるというテクニックも天才的だし、色使いも妙にかわいくって変な感じ。そして、ダーガーのドキュメンタリー映画が公開されるんです!あの絵が動きます!しかもナレーションはロリコン界のカリスマ、ダゴタ・ファニング!これはやりすぎだ!

ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で (詳細)

なしくずしの死(MORT A CREDIT)

・「生前の代表作であり、ファン必携の作品。
1975年10月、コジマ録音。1枚目は同名コンサートより抜粋。「マスターテープ不良のためレコードよりdcs-900B A・Dコンバータ、24ビットを使用して収録した」とあり、全編微細なスクラッチ・ノイズが入っている。収録時間が長いので、レコードはもともと音が良くなかった。それを割り引いて聴いて欲しい。此処にあるのは「彗星パルティータ」の様な、若き天才の迸る才能の煌めきではない。虚無という暗闇に飲み込まれまいと戦い、惰性という退廃に染まるまいと厳しく自己制御に打ち込む、荒行者の姿である(と僕は思っている)。その真摯な姿は胸を打つが、痛々しくて凝視し続けていられない(それは僕の甘さのせいだ)。聴く者に「聴くのなら最後まで付き合えよ」という覚悟を迫る演奏だ。そういう質的変化があると思う。なお、2枚目1曲目のソプラニーノのよる演奏の後半、哀愁を帯びた美しいメロディーが繰り返されるのが印象的。とにかく、薫ちゃんを聴こうとする人は、「彗星パルティータ」の次にこれをどうぞ。

・「都市に生きる者のBGM
フリージャズは難解か?難解なものをわざわざ聴く必要は無い。難解になるのはそこに意味を見いだそうとするからだ。それも自分の経験と知識の範囲内で。それでは答えなど見つかるはずは無い。答えはいつも宙に舞っているとディランも言っていたではないか。今夜のデートはどこぞの小洒落たジャズクラブで「ジャズ」でも聴こうか・・・だなんてそんなのカッコいいか?「ポパイ」や「ホットドッグプレス」の時代は戻らない。東京の冬の風が冷たくなってきた。背中にゾクゾクと沁みてくる。そんな時こそハードボイルドなフリージャズが似合う。阿部の音は高層建築の間に吹き交うビル風だ。都会のエコーだ。フリージャズを難解なものとして遠ざけるな。都市に生きる者のBGMでいい。阿部薫、あんたカッコいいぞ!

・「美しき予兆
阿部薫の音色は美しい。それは彼が晩年使用していたギターやハーモニカにおいても同様である。そこには物語はなく、純粋な行為としての音があるだけだった。このアルバムに記録されたアルトサックス、ソプラにーノによるインプロビゼーションは30年近くたった今もそのことを雄弁にかたっている。とはいえ、ソプラにーノ・インプロビゼーションに哀歌を感じてしまうのはいいすぎでしょうか。

・「サックスをやめたい人の音
阿部薫は、きっと、本当は、サックスをやめたかったのだろう。自分は、彼の音をこのアルバムではじめて聞いたけれど、どうしても、そんな風にしか聞こえなかった。ロックにしろ、ジャズにしろ、やめる為にプレイしているミュージシャンは、アンダーグラウンドには少なからず居る。止めたければ止めればいいのにと思う人もいるのだろうが、ロックもジャズも自己矛盾を抱えない人には、成り立ち得ないものなのかもしれない。もし、そうなら、ここには本当のジャズの姿の一つがある。

なしくずしの死(MORT A CREDIT) (詳細)

荒野のおおかみ (新潮文庫)

・「問題作かつ傑作
「『荒野のおおかみ』が実験的な大胆さにおいて『ユリシーズ』や『贋金つくり』に劣らぬ文学作品であることを、言う必要があろうか」

これはヘッセの生涯の親友だったトーマス・マンの言葉である。マンは同じ作家としてこの作品を深く理解していたようだが、しかし一方でこの作品は、当時多くの人々によって激しく非難された。その理由の一端は、この小説における厳しい文明批判や、自己の内面の仮借なき表白、また当時の風紀に反するような描写も含まれているからだろう。

ところで「荒野のおおかみ」とは、世間一般の生ぬるい「満足」に満足できず、その社会通念や価値観に迎合できないアウトサイダー的主人公ハリー・ハラーを形容する言葉である。この50歳近くの主人公はこの世界と自分の存在の無意味さに吐き気を感じ、日々自殺の誘惑に向き合う。そして彼は、自殺が「愚かで卑怯でみじめ」で「不名誉な恥ずべき非常口である」と知りつつもある日ついに自殺を決意するに至るが、その時この小説の本当の展開が始まる。娼婦ヘルミーネやマリア、ジャズ奏者のパブロと出会う中で、戸惑いながらも新たな自己に気づいていき、そして最も謎めいた夢幻的なラストシーンへと向かっていく…。

この作品はその特異性と謎ゆえに決して万人向きではないが、ヘッセのことをより深く知りたい人やアウトサイダーのことに関心のある人に是非読んでみてほしい問題作かつ傑作である。一読しただけでは気づきにくいが、形式的にもかなり計算された技巧的な作品であり、また内容的にも『デミアン』や『シッダールタ』等と根元的なテーマは一致している。ヘッセはこの『荒野のおおかみ』を通過してはじめて、後年の『知と愛(ナルチスとゴルトムント)』やノーベル賞受賞作『ガラス玉遊戯』を創出するに至ることができたのである。(※『ガラス玉演戯』は絶版なので読みたい人は公共図書館等で『ヘッセ全集』を探すことをお勧めします。)

・「素晴らしい作品
この作品は、ヘッセの作品の中で問題作といわれ、酷評された作品だと言われていますが、それだけ力のある作品だという事だと思います。ヘッセの作品の中で私は難しい作品だと思いますが、それは読み直した時に異なる読後感や異なった解釈を許すだけの深みのある作品だという事です。

幻想と現実が混ざり合う世界で、精神の危機とそれを乗り越える不滅の精神への信仰が効果的に表現されています。この本を読まずして、ドイツ哲学と東洋哲学を真に理解したヘッセの魅力は語れません。

・「ヘッセ生涯の分水嶺とヒッピーの愛読書
ヘルマン・ヘッセの作品は、青春をモティーフにした甘味で叙情的な作品が多く、永遠の青春文学の金字塔かもしれない。車輪の下、デーミアン、クヌルプ・・・と。そんなイメージで捉えられる彼の作品の中でDer Steppenwolfは異色の作品に属す。ドイツ語の原文も本書の文体が重い部類に属す。本書が戦後脚光を浴びたのは、1968年を中心に世界中の大学で吹き荒れた大学闘争の最中、バークレーのキャンパスに屯したヒッピーたちが愛読したことで、再評価された経緯がある。ストーリは別の情報源に任せるとして、この作品はヘッセが若いころから患った神経症の治療経験を作品化したものともいえる。作品中に「魔術劇場(Magisches Theater)」という章が、イタリックで挿入されている。これこそ治療として施されたユング心理学の臨床経験を寓意的に素描した個所に他ならない。アニマとアニスム、ヘルマンとヘルミーネと書くとヘッセの意図が見えてこよう。愛好する音楽もモーツアルトとジャズ、この対照的な構図にこそヘッセ文学の真髄がある。この自らの格闘があればこそ、晩年ノーベル賞を受賞した「ガラス玉遊戯」の端正で格調高い独自の世界を獲得できたのだ。ぜひ一読をお勧めする。

・「市民と英雄
小説はフローベールあたりで形式が完成した。主体的個人、客観描写、作者の論説の排除といった約束事もできあがった。これはアトム的個人が社会を構成するという市民社会のパラダイムに適合していた。ところが「無意識」というものが発見され、戦後は「構造」という概念が出てきた。これらを19世紀流の小説作法で表現することは不可能だ。で、方法論上の実験が錯綜し、殆どの現代小説は退屈になってしまった。ところが中には成功した作品もある。これはその希少例の一つだ。ユング心理学の影響下で、作品を1、客観描写2、主人公による小説内小説3、心理学的論考4、小説内小説の中に更に主人公の夢想が出てくる。という複雑な構成を取ることで、20世紀知識人の心理分析に成功している。2、3は主人公の無意識世界。4はドイツ人の集合無意識であろう。主人公は「市民的生」の原理である「幸福」「最大多数の最大快楽」「安寧」といった平板な生の次元に全然満足できぬ。彼の目指すのはいわば「英雄的人生」ともいうべきもの。市民的な一次元的生など破壊しても惜しまない。画家にも独裁者にもなれなかったヒトラーをどこか想わせる男だ。19世紀の快楽主義的人生観には限界がある。人々を突き動かすのは快楽などではない。ニーチェの言う権力意志、死の衝動、艱難辛苦を喜ぶ意志、燃え尽き灰になるまで生を焦がす激しい脱我的欲望だ。ヒトラーは人々の中に潜むこれらの激情を熟知し利用したのだ。市民的快楽と別次元のこういう激情をどう調和させるか。ヘッセにも分からないらしい。(ただ元型的人物ゲーテとモーツアルトそして内なる異性の三者は共に「ユーモア」という観念を口にする。)わからぬまでもヘッセはこの作品で自己分析を済ませたことで、ナチズムの魔力から超然としていることができた。

・「ポッキー、がんばれ!!
ヘッセを、女学生御用達の作家ととらえていたら、けたぐりをくらいましたねえ。まさに破天荒な作品。幻想・幻影が、くるくる旋回しながら墜落するプロペラ機のごとく展開し、フィナーレはクルマ社会に対する自爆テロ!! 散歩の途上、ポッキーという名の小犬が、クルマが通過するたびに繰り返し、果敢に吠えながら立ち向かっていくのを目撃した。これは第一次大戦の後に書かれた作品なのに、また今はもっと酷いクルマ社会なのに、誰も反旗を翻さない。ポッキー、ガンバレ!!

荒野のおおかみ (新潮文庫) (詳細)

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)

・「最も偉大にして最も憂鬱な(?)書物
上のタイトルはドストエフスキーの発言であるが、いやいやどうして「憂鬱」とは言えないユーモアに溢れた小説である。従士の言葉に耳も貸さず突進し、ぼろぼろになってサンチョに助けられるドン・キホーテ。騎士道や名誉心に興味はなく、ただ主人の成功の分け前、島の領主を夢見る心優しきサンチョ・パンサ。

内的リアリティー、人物造形も深く掘り下げられている近代小説の祖たる小説。

訳者の牛島氏が「名ばかり聞こえて実際に読まれていない古典の大作」の『ドン・キホーテ』に一石を投じたのがこの本。彼が上記の事実を考慮して、読みやすく、また彼のセルバンテス研究の成果をその翻訳に発揮し、物語をよりスムーズにするような訳に注意を払っている。

もし冗長さの為に読んでいても退!屈だと思うなら、飛ばし読みをしても構わない。それでもこの小説の面白さは十分伝わるだろうし、この冗長な記述、挿話は当時の習慣的なものである。セルバンテス自身、序文において「気晴らし」に読んでもらうことを前提としていることだし、力を入れずにのんびりと読んでみては?

ちなみに風車に突撃するという有名なシーンは〈前編1〉に収録。

・「老いてこそ騎士道!
 人は知れば知るほど「アレが危ないコレが危ない」と慎重になり、身動きがとれなくなります。「若気の至り」という言葉がある通り、暴走するのはたいていは若者で、原因は何も知らないから、失うものがないからやれるんだ、と思いがちです。けれども五十前のドン・キホーテの暴走はこれに当たりません。彼は、ため込んだ書物の読み過ぎで、つまりは機知ゆえに暴走するのです。ひどい目にあっても「アレは魔法の仕業だ、次は勝つ」と、こともなげに次の困難に挑戦していくのです。したがって僕は、「何かつらいことがあって行動するのが怖くなった」というような人にこの本をお勧めします。癒される、というわけではありませんが、「失敗するのもそれなりに悪くないな」と、ちょっとした勇気がわいてくるのです。

・「こなれた訳の「ドン・キホーテ」
ちくま新書版で挫折してしまった「ドン・キホーテ」。この岩波文庫版は読みやすくて、まあ膨大な本なので、まだ読了しているわけではないですが、暇な時に手にとっては爆笑しています。

訳者である牛島信明氏が書いた案内書「ドン・キホーテ 神に抗う遍歴の騎士」が中公新書から出ています。それと同じ中公新書の「物語スペインの歴史」も作者セルバンテスの生涯に詳しく触れているので、併読されると良いと思います。

・「永遠の名作
ドン・キホーテは、ただ時代錯誤のこっけいな人物を描いた作品だと思われているかもしれません。しかし、これほどの悲劇があるでしょうか?信じていたものがすべて迷妄であり、また、夢であるとは。

騎士道以外のことで見せる、ドン・キホーテの知性と教養には驚かされます。また、特に後編で見せるサンチョ・パンサの機知は、賞賛に値します。

人が持つ悲しみと喜びをじっくりと感じさせてくれる、真の名作だと思います。いちど、正編・続編を通読してみてはいかがでしょうか。

・「ドタバタ
15年前に一度トライして100ページも行かないうちに挫折してしまいました。今度はすらすら読めます。翻訳が各場面に合にあわせてたくみに調子を変えているからでしょう。想像していたよりも乱闘シーンが多く「ドタバタ喜劇」です。ただし、徹底的にリアルなところが面白い。

ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫) (詳細)

バッハ:マタイ受難曲

・「リヒターのひたむきな祈りが伝わってくる
これは二種類あるリヒターのセッション録音のうち58年に録音した旧盤の方で、今でも同曲の決定盤と謳われているものだ。今では時代考証の成果を踏まえた古楽器による演奏が主流になっているが、演奏スタイルの古さを越えて、訴えかけてくる感動の大きさは他の録音を圧倒している。ヘレヴェッヘ盤など最近の古楽器による録音の洗練された合唱の透明感や、ビブラートを抑制したソリストのくっきりとした歌唱に接した後では、このリヒター盤のミュンヘンバッハ合唱団は素人だなという感は否めないし、ソリストのオペラティックで感情表現の濃厚な歌唱は重たく感じてしまうのも確かだ。しかし、虚飾を排し、しなやかで実直そのものの音色からは、ひたむきな祈りが伝わってくる。もはや演奏スタイルが時代遅れだということだけで、このかけがえの無い名演奏を聴かずに済ましてしまうのは、あまりにも勿体無い。マタイ受難曲がお好きな人には、ぜひ一度は接してもらいたい名盤の一つである。

・「バッハのマタイ受難曲での最高の演奏は、今なお、58年録音のリヒター盤だと思っています。
先日、ヘルンスト・ヘフリガーが87歳で亡くなったという新聞記事を見ましたので、不世出のエヴァンゲリストとしての名声を彼が確立したこのリヒターのマタイを真剣に聴き通しました。生真面目な性格が伺える端正な演奏は、第1級の福音史家と言えましょうし、テノールソロでの劇的な表現力は、リヒターの持っているバッハ観に即したものだと思いました。

オルガニストとして著名だったリヒターが、かくも素晴らしい演奏を31歳の時に残したと思うと、その年代で到達したこれだけの高い精神性に驚かされますし、バッハも42歳という一番円熟した時だからこそこれだけの金字塔とも言える大作を残せたのだと思いました。

アリアとレチタティーヴォがマタイの音楽構造の中心をなすように思えますが、コラールを歌うミュンヘン・バッハ合唱団の素直な発声は、この厳しい受難曲にあって聴くものの救いとなっていますし、その美しい旋律と和声はバッハの残した多くの音楽の中でも輝いている作品群だと思います。

キート・エンゲンは豊かで威厳のある声でイエスに相応しいと思ってきましたが、感情移入する際の音程の揺れ幅が少し気になりました。もっともヘフリガー、ゼーフリート、テッパー、エンゲン、フィシャー=ディースカウ、そしてリヒターと皆30代という若い年齢でこれだけの演奏を残したという功績は忘れてはいけないと思います。

・「聴き手を福音書の世界に引きずり込む
この受難曲では聖書のテキストに加え、詩篇や賛美歌などの外部のテキストからの素材も織り交ぜて歌う。とりわけ長大な導入部で、リフレインのように「どこに?」「誰を?」と繰り返し問い掛ける合唱が印象的。外部からの雑音を遮断して、計三時間半、音楽と正対して打たれてほしい。キリスト教の信仰はこれほどまでに偉大な賛美を生み出すものか。

・「究極の1曲
よく、「無人島にたった1曲のみをもって行くことが許されているとしたら何を持っていくか」といったような想定で一番好きな曲、または一番必要な、かけがえのない曲は何か、というような質問をしますが、そんなときには、私は躊躇ためらいなく、このリヒターのマタイ受難曲を選びます。2曲許されるとしたら、これにやはりリヒターのヨハネ受難曲を加えます。  マタイ受難曲は、人類にとって、また私にとっても、またく特別な曲です。人間の魂の奥深くにこれほど語りかけ、魂を揺るぎ起こさせ、浄化してくれる曲は他にありません。そのマタイ受難曲の中でもこのリヒターの演奏は特別です。

 リヒターはバッハを演奏するために生まれたような人ですが、そのリヒターの全演奏の中でも、このマタイとヨハネは頂点に輝いている存在です。マタイはこの後にも録音しており、それも捨てがたいですが、リヒターの原点となったこちらの演奏を敢えて録ります。

 無人島…云々はありそうもない想定ですが、私は自分が死んだときは、自分がアレンジした“音楽葬”にすることを決めていますが、その中心はもちろんこの曲にしています。

・「これぞバッハ
バッハなんて退屈で古臭い音楽だと思っていた高校生のころ、友人に薦められてこのCDを初めて聴きました。

…圧倒されました。なんという生命力。なんという瑞々しさ。なんという緊張感。自分のバッハに対する無知、先入観を恥じました。

作曲者、演奏者の厚く実直な信仰心に満ち溢れ、それでいて実に暖かく包容力のある名曲、名演奏です。音楽を愛するすべての方に聴いていただきたいと思います。

バッハ:マタイ受難曲 (詳細)

ビー・ヒア・ナウ―心の扉をひらく本 (mind books)

・「全ての人に
この本を全ての人に。ビーヒアナウ。つまり、今ここにいるということ。ラムダスの本を読もうと思っている方はまず初めにこの本を読んで下さい。ラムダスが名誉やお金すべてを手に入れた人でしたが、メキシコで出会った幻覚きのこによって360度、人生をゆるがす体験をします。そこから、自分を見つめ、インドに旅に出ます、そしてマハラジとの出会い。何回でも読み返すことのできる本です。とても為になる沢山の言葉も記してあります。是非、沢山の人に読んでもらいたいです。

ビー・ヒア・ナウ―心の扉をひらく本 (mind books) (詳細)

カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9

・「作家:ドストエフスキーの完成
 「白痴」に圧巻、「罪と罰」に感動。そして、この著作を読む。「白痴」では、在りし日のキリストを知り、「罪と罰」では人間の良心を知る。いずれも、最期の一幕でドストにやられた。この著作もさもありなむと、構え臨んだ。 しかし、あっさり交される。じっくり読ませ、作者の世界にどっぷりと浸らせ、僅かな言葉で読者に語りかける技こそ、ドストの術と知った。一般に、世界近代文学の幕開けをドストと位置づける方が多いが、私はドストによって、それは完成されたものと信じます。勢い良い子・悪い子・普通の子という図式は、「カラマーゾフの兄弟」なくしては普遍化しないと考える。 また、反面教師となった親父は気の毒な存在ではあるが、近代文学の世界では歴史的重要人物の一人と数えたい。

・「ドストエフスキーの集大成
著者の作品の中で文句なしの最高傑作!私が今まで読んだ文学作品の中でも屈指の名作である。もともとは彼はこの作品を一部として、この後に続編を付け足して二部構成にするはずだったのだが、これだけで十分珠玉の名作に仕上がっている。

人はなぜ生きるのか、神はあるのか、人間にとって重要な主題に真っ向から向き合う人々の魂の軌跡が描かれており、その深さは読む人の心を打つ。学生のころから数えて五回以上は読んだ。死ぬまでにあと五回は読みたい。

冒頭の聖書からの引用句からもわかるように、著者のキリスト教思想が色濃く反映されいる。全編を通じて不完全であるが愛すべき人間たちを温かく見守る神の存在を感じさせる。

・「読まぬ理由を見つけようがない!
存在している全ての小説を読むことは不可能だが、これを読むことは可能だ!

という理由でとにかく読むことをお願いしたい。お奨めではない、要求と言っていい。小説など読む時間がないという人ならなおさらだろう。読まずに死ぬのはあまりにもったいない。この作品は、おそらくとしかいえないが、映像化、漫画化など他のメディアへの変換が、映像技術の進歩に関係なくほとんど不可能であり、また無意味でもあるため、今後もこの作品に近づきたければ、小説としてそのまま読むしかない!トルストイと異なり、ドフトエフスキーは小説の形式でしか可能でない表現で作られているので、映像化などは極めて難しいのだ。黒澤も「白痴」で失敗している。フェリーニも愛読していながら、ついに手がけなかった。だが、読むだけのことはある。読んだ充実感は他を圧倒する。しかもおそろしく面白い!娯楽小説としても一流だ。ただ、悲しいことに当時のロシアにとっては、読む人に身近だった内容が、現代に生きる日本人にとっては身近ではないため、近づきにくいことだけは確かだ。だが、ここで語られる内容は今もなお、不気味な啓示として光り輝いており、読む人の心を強く打つだろう。山のように小説が作られ、様々な表現手法が編み出されたが、20世紀にはついにこれ以上の小説は生まれなかったと思っている。21世紀は是非ともこれを超えるものを誰かかいて欲しい。それくらい読むべき作品だ。

・「読了後の達成感がたまらない
内容に関してはほかのレビュアーさんが優れた書評をしていますので、ここではどうやってこの大作を読破するかの方法について述べたいと思います。

まず買って読んで下さい。人からタダでもらったものと、自分が懐を痛めて買った本とでは読書意欲が違って参ります。お金を払ったからには元をとらなければと読む姿勢ができあがります。とりあえず上巻だけ買って…ではダメです。上・中・下と初めから揃えてください。

まとまった時間がある学生時代に読まれることをお勧めします。とにかく一気に読むことです。上巻だけ読んで安心してはいけません。途中で間が空いてしまうともう続きを読む気が失せてしまいます。挫折したも同然です。ほかの本を読むのも止めて集中しなければいけません。テレビもしばらくおあずけにしてください。「罪と罰」よりは登場人物が少ないので読みやすさでは本著のほうに軍配が上がります。ですから初めからベラボーな大著だなーと、ひるんでしまうことはございません。

とにかく世界文学屈指のの名作なのですから、これを読んだのと、はなから眼中になくコミック文庫に明け暮れていたのとでは、その後、旺盛な読書意欲が身に付くかどうかの大きな差になって現れます。ご健闘をお祈りします。

・「とにかく面白かった
ドストエフスキーの最高傑作にして、集大成的作品。カラマーゾフの3兄弟に人間の全てがあるとまで言われます。世界文学屈指の傑作ということでためらう方もいるでしょうが、ミステリー小説的な楽しみもあるので素直に楽しめるはずです。

まあ、なんといっても食い入るように読んだのはプロとコントラの章、そしてその中でも特に大審問官ですね。作者に目の前で説き伏せられているような迫力を感じました。まあそういった神の問題を別にしても、長兄ドミートリィの話などは大爆笑ですし、ギャグなどではなく、人間の誰もが持っているリアリティに笑かしてもらえます。

先ほども言ったミステリとしての面白さ、息を呑む審判のシーンなど、小説のあらゆる面白さが詰め込まれています。そして最後には感動が・・・。長編小説なのにあっという間に読了してしまう面白さ。後悔はないはずです!!

カラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9 (詳細)

ソーニョ70

・「初期作品に見るジスモンチとその後
エグベルト・ジスモンチ1970年のセカンドアルバム。

正に奇才と呼ぶにふさわしいエグベルト・ジスモンチ。音楽家族に生まれ、幼少より充実した音楽教育を受けてきた。その充実振りは1967年にウィーンに音楽留学をしたほど。

そんなジスモンチはこのウィーン滞在時期にクラシックからポップスの道を志すようになる。

求める音は故郷ブラジルの音楽に根ざしたものであり、その探求のために様々な試行錯誤をした末、アマゾンのインディオの集落で寝食を共にしたりもする。

本作はファーストアルバム「エグベルト・ジスモンチ」につぐセカンドアルバムであり、妻のドゥルシ・ヌネスをヴォーカルに、大胆なオーケストレーションをアレンジした大作になっている。

ジスモンチ自身もピアノに加えギターにヴォーカルにアレンジにそのルーツであるアラブ系のエキゾチックな香りを漂わせる。

1970年代以降ドイツのECMレーベルに移籍してからエグベルト・ジスモンチの音作りは、よりシンプルな構成で洗練されたインストロメンタルミュージックになっていく。

一部のファンにはこの音に馴染めない方も多いようだ。ヴォーカルが聴けるのもこの時期のみであり、このプレスは非常に貴重なものといえるだろう。

ソーニョ70 (詳細)

ア・ムジカ・リヴリ・ジ・エルメート・パスコアル

・「素晴らしいにきまっている
パスコアル初期の作品だが、内容は文句なしに素晴らしいです。まだパスコアルを聞いたことがないというような人には、最初のアルバムとしてこれを強くおすすめします。パスコアルの作品の中ではかなり聞きやすいアルバムだと思います。多くの人にカヴァーされた、彼の代表曲である「Bebe」も収録されています。

ア・ムジカ・リヴリ・ジ・エルメート・パスコアル (詳細)

ゲッツ/ジルベルト

・「サックスの暖かい響き
何と暖かいサックスの響きでしょうか、スタン・ゲッツの奏でるサックスには言葉では言い表せない、とろけるようなサウンドを感じます。そしてジョアンのささやくようなソフトボイスにも、ジョビンのリリカルなピアノにも心を動かされるものがあります。このアルバムは、ジャズというよりは、ボサノヴァの代表的な1枚と言えるものです。近年、ボサノヴァが見直され、オムニバスアルバムが数多く出されつつある中で、このアルバムのナンバーが数多く引用されていることでも、いかに多くの人々に共感を与えているかがわかると思います。とりわけ「イパネマの娘」や「デサフィード」「コルコヴァード」は数多い録音の中でも他に追随を許さない名演奏と言えるのではないでしょうか。ボサノヴァ入門用としても最適のアルバムと言えるでしょう。S.ゲッツのヴァーブ時代の代表作となるわけですが、当時米国で流行のきざしを見せていたボサノヴァの魅力にいち早く気づいた、彼のその先見の明にも敬意を表したいところです。なお、S.ゲッツのヴァーブ時代のジャズ・ボサとしては、このアルバムの曲目も含めた4枚組「イパネマの娘、ボサ・ノヴァ・イヤーズ」が出されているので、いっそのことまとめて聴きたい方にはそちらをお聴きになることをお奨めします。値段は高いけど聴き応え十分ですよ。

・「時代の申し子ボサノバの原点
モダン・ジャズとサンバの融合によって誕生したといわれるボサノバは20世紀のハイブリッド・ミュージックの元型のような音楽である。カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルトというブラジル人が伝統的なブラジル音楽をいかに現代的に蘇生させようかという努力をそれぞれ別の角度から行っていた。彼らの才能と出会いによってボサノバの基礎は築かれ、そこにアメリカのクールな都会派を代表するモダン・ジャズの巨人スタン・ゲッツが割り込む形でハイブリッドな音楽が完成した。三人はそれぞれに音楽性を異にしており、必ずしも一枚岩の明確な音楽理念によってボサノバが完成したものではない。しかし民族性や地域性を超えたボサノバの魅力は、そのような世界性と現代性によってモダン・ミュージックの地位を得たのだといえよう。ボサノバの代表的名曲イパネマの娘ではジョアン・ジルベルトの妻アストラッド・ジルベルトが英語で歌っているが、これほどの素人っぽい情感のこもらない不感症的な歌声がかえってボサノバの現代性とクールさを象徴しているように思う。デサフィナード、コルコヴァード、ソ・ダンソ・サンバなどいずれもボサノバの名曲が文明の衝突のような不思議なユニットによって繰り広げられる。彼らはやがて分裂し、それぞれの道を歩む事になるが、70年代のクロス・オーバーやフュージョンの最も素朴で新鮮な姿がここにある。ボサノバはまさに時代の申し子なのだといえる。

・「たまには反論を
異種格闘技戦を許容できない未熟なリスナーに酷評される悲運なアルバムと言ったら怒られるんでしょう。ルイ・カストロ著「ボサノヴァの歴史」の受け売りでこの作品をけなす風潮が未だにありますね。ジョアンの伯ODEON3部作との比較でしょうか?伝説CDをたまたま持ってたリスナーが通ぶって酷評してるようにしか思えません。

このアルバムを持っていない善良なリスナーは、是非買うべき作品だと思います。

・「夏の夕暮れにピッタリ
もう40年以上前の1963年の録音で、ボサノバとジャズを融合させ全世界で大ヒット。仕掛け人はのちにCTIレコードを創設するプロデューサーのクリード・テイラー。面子はスタン・ゲッツ、ホアン・ジルベルト、カルロス・ジョビンと豪華。あまりに有名になった一曲目「イパネマの娘」でジルベルトの美声と、妻のアストラッドのちょっとヘタで、ちょっと危なげなヴォーカルが話題を呼んだ。この「超名盤」何度聴いても古びず、飽きない。夏の夕暮れにピッタリ。殺伐とした日常を忘れてイパネマ海岸にひとっ飛び。(松本敏之)

・「不朽の名作
スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトがアントニオ・カルロス・ジョビンをフューチャーして、1963年にニューヨークで録音された作品。3年に渡る欧州でのブランクによって散々酷評を受けたスタン・ゲッツ、ボサノヴァリズムを作り上げたバイーア出身のジョアン・ジルベルト、多くの作曲もリズムに恵まれなかったアントニオ・カルロス・ジョビン。野合との指摘もあるが、3人の奇才によってこの傑作が生まれた。そして、この背景には当時ヴァーヴだったクリード・テイラーがプロデュースを担当していることも付け加えたい。結果、多くの賛同を得てスタン・ゲッツは本作でグラミー賞を受賞し、白人テナーとしてのゆるぎない地位を得た。また、本作は純粋な音楽とは違った側面からも多くの注目を集めた。ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツの音楽性の違いからくる確執や、本来、ギターとヴォイス程度の素朴な編成からくる音楽にサックスが執拗に入り込んでくるこの作品は果たしてボサノヴァといえるのか?等、様々な論議をかもし出した。しかし、その音楽性は極めて豊かで、いわゆる純粋なボサノヴァの作品の追随をも許さないものがある。それが顕著に出てくる場面は3者それぞれ特徴的で、スタン・ゲッツのバッキングプレイと、ジョアン・ジルベルトの声とギター、そして、アントニオ・カルロス・ジョビンのピアノである。いずれも”ささやく”ような演奏に徹していて、決して前に出てこない。しかし、ハマッタポイントに音を入れてくるので非常に目立つ。静かな音にも明確な主張が見て取れるのだ。ボサノヴァに限らず、ブラジル音楽を聴く上でこの作品を欠かす事は出来ない。いや、この作品の与えた影響はジャズを始めとした多くの国の音楽に色濃く現れており、音楽を聴く方全てが耳にすべき音ではないかと思う。それだけ画期的なのだ。今聴いても実に新鮮である。

ゲッツ/ジルベルト (詳細)

Future Days

・「新しすぎ
この作品を支配する浮遊感はただ事ではない。 聞きすぎて水の音からしてぶるっと震えがきます。 実は俺プログレが苦手でカンも危うくスルーするとこだったんですが、ここにあるのはイエスとかキンクリとはまったく別の音。 ポストロックとか音響に通じるとこもあるかも。 傑作すぎ。んで斬新過ぎ。

・「葬式候補最右翼
一般的にCANの最高傑作とされているが,僕は最高傑作はやっぱりTAGO-MAGOだと思う.では何故Future Daysなのか?それはひとえにアナログB面を占める奇跡の名曲「Bel Air」のためである.この天国的な浮遊感はただごとでなく,これ以上美しい曲に出会ったことがない.自分の葬式ミュージックに早々に決定している.ダモのユートピアボイスも飾りとして素敵であり,奇声逃亡前最後のいい仕事を永遠に残すことになった.ヤキのドラムが本当に凄いのはやはりTAGO-MAGOとEGE BAMYASHIであり,Future Days以降は単調さを増していったわけであるが,Bel Airでは最後の輝きが記されている.一旦曲が終ったと思われてその後おもむろにフェードインしてくる怒りの演奏には驚いた.こんな曲は二度と出現しまい.ロックが残した最高の宝物の一つ.

・「このページで購入しました。
表記が無く分り難いですが、Hybrid SACDです。

・「嘘はいけない
このCDはHybrid SACDではございません。実際にSACDプレイヤーで再生していただいた方はお分かりになると思います。

Future Days (詳細)

ベートーヴェン:交響曲第5&7番

・「私は、かつてこれ以上の名演に巡り会ったことがない。比類なき名演、交響曲第7番第2楽章
カルロス・クライバーは、極端にレパートリーの少ない人で、自信のある曲だけを徹底的に磨き上げて演奏会に上げるというだけでなく、その演奏会自体にも滅多に登場せず、特に晩年は、ほとんど伝説化・神格化された存在となっており、私も大好きな指揮者であった。ただ、現代の指揮者は、オールラウンド・プレーヤーであることを求められ、どんな曲でも短時間で器用にこなしてしまうというクライバーとは対極にある人ばかりのわけだが、そんな一流指揮者たちが、クライバーのようにレパートリーを極端に絞り込んで徹底的に磨き上げれば、クライバーと同じレベルの演奏をできる人はそこそこいるのではないかとの疑問がないわけではない。

しかし、そんな思いを感じないわけでもない私も、クライバーのベートーヴェンの交響曲第7番だけは、かつて、これ以上の演奏には出会ったことがないし、今後も出会えないかもしれないと、素直に絶賛するしかないと思っている。

第7番のクライバーの演奏を絶賛する場合に誰もが挙げる、第4楽章での凄まじいまでに畳み込む熱狂的なフィナーレも確かに素晴らしいのだが、私は、それ以上に、第2楽章の演奏にこそ、誰にもまねのできないクライバーの唯一無二の圧倒的な感性を感じるのである。

第2楽章は、「不滅のアレグレット」といわれ、全曲中の最大の聴きどころなのだが、この第2楽章を、あたかも、とうとうと流れる茫漠たる大河のごとく、こんなにも絶妙なテンポで、こんなにも物寂しく、そして、こんなにも美しく演奏した指揮者を、私は知らない。

ちなみに、「21世紀の名曲名盤」(2004年音楽之友社)では、当然のごとく、第5番、第7番とも、第2位以下に大差を付けたダントツの第1位にランクされており、特に、第7番は、この企画が始まった1983年以降、5回連続で第1位という、驚異的な評価を受けている。

・「クライバーのベートーヴェン
 超有名盤です。ですがこれはクライバーのベートーヴェンです。聴いた後の爽快さは気持ちいいものです。とてもかっこいい演奏です。

・「惜しいかなカルロス、悲しいかなカルロス
 名盤といわれる、カルロス・クライバーの「運命」と「ベト7」を、わたしは、地元の図書館で借りてきた。(あったんだなー、これが) まずは「ベト7」。手持ちのアバド盤(こちらは、8番とのカップリング)と早速聴き比べてみる。 うーん、さすが、名演といわれるだけある。すごくいい。それを印象付けたのが、第1、第4の両端楽章だ。 第1楽章は、テンポを速めに設定し、ティンパニを効果的に響かせることで、より男性的で、躍動感にあふれた音楽になるのだ。アバドのも、悪くないんだけど、テンポが遅めの分、おとなしい感じになっちゃうんだなー。 第4楽章は、随所に浮かび上がるフルートの音色が印象的だった。 「運命」も名演だ。こちらは、ヨーロッパ室内管(指揮者はアーノンクール)のものが手元にあるので、それと聴き比べてみると、やっぱり、こっちの方がいいなあ。  第1楽章の、「ジャジャジャ、ジャーン」という、おなじみのオープニングにも釘付けになったけど、それ以上に印象的だったのが、後半の2楽章だ。 まず、第3楽章は、やや遅めのテンポで、重々しく進行していく。それは、耳にハンデを抱えた、ベートーベンの人生のあがきそのもの。そして、曲は一度トーンダウンして、切れ目なしに、圧倒的な全合奏で第4楽章に突入。ラストは、一気にプレストまで加速して、輝かしいエンディングを迎える。まさに、人生の壁を打ち破った、勝利のおたけび。 クライバーの「運命」からは、これらのことがひしひしと伝わってくるのだ。 手持ちのCEO盤は、オーケストラの編成が小さい分、物足りなさを感じてしまう。  「運命」と「ベト7」という、奇数番号の名曲で、迫力ある演奏を聴かせてくれたクライバー。次に続くのは、第9か、「エロイカ」か?と思っていたら、悲しいかな、クライバーは、去年の7月にこの世を去ってしまったのだ(泣)。この名盤を聴いていると、その死が惜しまれてならない。惜しい。本当に惜しい。もうすぐ没後1周年。改めてご冥福をお祈りしたい。合掌。 

・「決して色あせない名演!
運命のCDで1枚と言えばカルロス・クライバーのこのCDです。冒頭からウィーンフィルのアンサンブルに圧倒されます。フィナーレまで全てにおいて引き寄せれます。7番についても同様ですが、これは他にも名盤ありですね。

・「とにかくカッコいいんです
「クライバーの第7はカラヤン+ベルリンフィルを超えている」と聞いたとき「ウソだろ」と思った。ぼくにとってベートーベンの7番は絶対にカラヤンだった。特に、終楽章のホルンのスピード感と切れ味は誰も追随できないだろうと....

違った。リズムの大氾濫状態を生み出しながら、それに流されず、ノリの良いロックでも聴くような恍惚感を与えてくれる。とにかくカッコいいんです。一度聴くべし。

ベートーヴェン:交響曲第5&7番 (詳細)

Are You Happy?

・「俺はくちづけ!
これは最高ですね。一曲目のDIJは爆発です、そして「くちづけ」・・・これほどかっこいい歌を聴いたのは初めてでした。買って損は絶対にしないでしょう。Are you happy?Blankyに出会え僕は幸せです。

・「オフショットに胸キュン!
真夏の暑さよりも熱かった!ブランキーの代々木ライブ、当時仕事で見にいけなかった私は、ビデオ見て悔し涙したものですっ。若かりし日の3人のオフショットは、あまりにもラブリーで胸キュン。

・「こんなに良いLIVEは他にはないです
はじめてこの作品を見たときから もう何年も経過しますが今見ても本当に良い作品です ライブ自体が盛り上がりすぎて中断もあったようですが 中断後のライブも本当にオーディエンスの盛り上がり メンバーのグルーブ感 BJCのライブの中では最高ではないでしょうか? まだ 見たことの無い人は 是非みてください絶対に損はないと思います ベンジーの声が透き通るように出ていて達也氏のドラムは半端じゃないほど 暴れまくっています そしてそれを支える 無口な殺し屋 照井氏 まるで この会場にいるかのような最高のカメラワークと選曲 何から何まで最高のライブDVDです

・「ライブDVDで最強!!!
ブランキーの市販のライブDVDではこのDVDが一番ではないでしょうか?説明は入りません!絶対見るべし!!!!

・「リアル・ドキュメント
極暑の中、待ち続けたファンのテンションが1曲目になって制御不能に。何人もの女性がセキュリティによって運ばれていく。その結果ライブは一時中断。それも納得の、1曲目の興奮はこの映像にしっかりと収められています。この1曲目だけで充分に『買い』ですね。オマケ(というには長すぎる)のドキュメントムービーも見ごたえあり。MONKEY STRIPには適いませんが、お奨めの一本です。

Are You Happy? (詳細)

檸檬 (集英社文庫)

・「詩情あふれる作品集
 梶井基次郎の作品は人間のくたびれた様な心情の捉え方がうまく感動してしまいます。 作品的な感想は詩を読んでいる様な感じです。ちょうどさらさらと水が流れる様な…… 少し違和感があるようですが、やっぱり人間の心の奥底からくる様な発想、思考、儚さを感じさせる展開は現在でも立派に通用する名作だと思います。 ぐっと感動させるとか、大きく人の感情を揺り動かすということはありませんが、読んだあとさわやかな気分になります。 作者の文豪へあこがれながら肺病によって若く夭折してしまった事実を背景に読んでいくと感動も一入です。 近代文学の中でも割合最近の方なので、純文学をあまり読んだことが無いと言う人にも親しみやすいかと、思います。

・「梶井基次郎がみつけたかったもの
 本書は梶井基次郎の短編集。表題『檸檬』は、梶井の処女作である。

 『檸檬』の主人公は、肺病を患い精神的にも不健康になり、自堕落な生活を送っていた、そんな彼が、或る日、京都の寺町通りにある八百屋で檸檬を買う。異国の果物の華やかな色、不思議な形、清しい香り…それは彼の心に小さな波紋を投げかける。そして、その波紋の消化の仕方に梶井らしさが光る。

「病的」。そんな言葉がぴったりなのが梶井の作品である。彼は、肉体的にも精神的にも病んだ自分を癒そうなどとは思いもしない。更に自分を追い詰めて、真理に 薄しようとするのである。それゆえ、穏やかな情景を描写している作品の中にも、冷たい緊張感が漂う。

 は健康も愛も救いも求めていない。彼が自らに鞭打ってまで見つけようとした真実とは、一体なんだったのか、そんなことを考えながら読み返すと、また違った面白さがある。

・「果てしなき日々
梶井の作品は一言で言うと、暗い。もう一貫して暗い。

「檸檬」は教科書にも載っている一番有名な梶井の作品であるが、これはまだ明るいし、あまり面白いと感じられなかった。

だがこの本に入っているほかの話は掛け値なしに面白く、暗い。鬱々と生きる男の心象を、凹んでいる時に読むと袋小路のまた底で同志を見つけたような気分になる。

実際どうだかは知らないが梶井は駄目男であるように思う。彼の話を読んでいるとそんなイメージが湧いてくる。主人公の多くは現状を打破しようとせず、鬱々と現状を眺めてすごす。やる気、は無い。行動、も無い。「もっともっと陰鬱な心の底で彼はまた呟く。」

「生きんとする意思」をうらやむ彼。中でも「冬の日」は梶井小説の真髄であると思う。

暗い光が刺す美しい闇。「冬の日」の最後の文「にわかに重い疲れが彼に寄りかかる。知らない町の知らない片隅で、嵩の心はもう再び明るくはならなかった。」に彼の小説の雰囲気が凝縮されている。

これに惹かれちゃう人にはオススメ。

・「幻想的な作品集
短編とも随筆とも思える数多くの作品が収められた一冊です。私が思うこの作品の読み所は、心に鬱々とした重い気持ちを抱えた主人公が歩く街中の風景の描写です。表題作の「檸檬」では寺町通の店の一つ一つから路地裏にかかっている洗濯物まで細かく説明されており、また売られている様々なものに思いを馳せている様子が伝わってきます。こういうのは心象風景というのでしょうか?文章を読んでいると、「何か得体の知れない不吉な塊」に囚われた青年の見る寺町通が、なにやら幻想的なイメージで浮かび上がってくるようです。

・「檸檬 レモン れもん
伝説の短編となった「檸檬」。あまりにも有名なラストシーン。時々、マンガなどでもこのシーンのパロディを見かけるほど。憂鬱な主人公に与えた八百屋の檸檬の衝撃。そしてその後のラストシーン。約20頁程の中に詰め込まれた物語。私はラストシーンを読み、にんまりしてしまいましたが、皆さんの反応はいかに。読んだら教えて下さい。

檸檬 (集英社文庫) (詳細)

バッハ:平均律クラヴィーア曲集 全曲

・「極上のバッハのピアノ曲
バッハの時代には現代のようなピアノは存在せず、チェンバロもしくはクラウ゛ィコードが鍵盤楽器の主流だったようです。オリジナルにこだわるとどの楽器で演奏されているのが本家本元なのかということになりますが、ここでは巨匠リヒテルが現代の鍵盤楽器の雄であるピアノを用いて極上の平均律を聴かせてくれます。よりチェンバロ的なピアノによる平均律を聴きたい方にはグールドを、もろにチェンバロによる演奏を聴きたい方にはヴァルハやレオンハルトの演奏をお勧めしますが...ピアノで表現できるバッハの美しさが凝集されており、万人にお勧めのCDです。

・「リヒテルの内面性が余すことなく表現される名盤
リヒテルの平均律は、子供の頃に初めてLP盤で聞いて以来、何度聞いたかわからない。かっちりとしたバッハが、抑制されながらも、こんなにも様々なニュアンスを帯び、深い演奏ができるものかと感嘆したレコーディングである。特に第一巻の柔らかい音色と、珍しいぐらいの響き(宮殿内で録音しているので)と音の広がり、そこから生み出される表現の豊かさ…。このレコーディングにはまって、ついにリヒテルの生涯についてのビデオまで買ってしまったぐらい。協奏曲などでみせる伸びやかさ、超人的、圧倒的なテクニックや、ぐいぐいと人を引き込む魅力とは異質の、リヒテルの深い内面性を表現している、文句なしの傑作と言えると思う。

・「このCDを聴いての感想です。
とても自然なバッハの平均律クラヴィーア曲集で、心癒される演奏でした。リヒテルは20世紀最大のピアニストだと言ってもよいと思いますが、この録音に3年かけたというこの力作は素晴しい財産になっていると感じます。全曲、4枚組でこの価格はお買い得でした。

・「名盤です!
 普段は4種類の平均律を聴いております。アンドラーシュ・シフの平均律は丁寧・繊細・粘着質で修飾音が多い、キース・ジャレットの平均律は丁寧・平坦・清冽、グレン・グールドの平均律は奇抜で音楽的興奮に満ちている、と感じております。このリヒテルのバッハはこれらの中で最も温もりがあり荘厳な雰囲気に満ちた作品と思っています。やや生真面目すぎる感じがするのと、音がこもっているのが多少気になることはありますが、いずれにしても名盤であるのには間違いないですね。多分一生聴きます。

・「異端にして標準
かつて金字塔とされた名演奏。夢見るような第一巻とストイックな第二巻の好対照な演奏にも納得させられる。LP時代には感無量で何度鳴らしたかわからない。以前のCDにはそのコメントに期したように大きな問題点があったが、この版ではそれらの問題は解決されている。まず、曲想の異なる第一巻と第二巻ははっきりと分けられている。また、リヒテル自身がけなしたらしい第二巻の録音はおいておくとして、以前のCDではパッとしなかった第一巻の美しい残響は確かに甦っている。同時にノイズも大幅に低減していて気にならない。これでリヒテルの名演奏に集中できるようになったわけで、真に喜ばしい。以前のCDをお持ちの方も買い直す価値がある。是非おすすめする。

バッハ:平均律クラヴィーア曲集 全曲 (詳細)

タオ自然学―現代物理学の先端から「東洋の世紀」がはじまる

・「懐かしい本であり、当時の主張は今でも正しいか
私は原著「The Tao of Physics」を1977年に読んでいる。私は、当時日本で唯一のG.F.Chewの 「Topological Bootstrap Theory」の研究者でもあったからである。Chew なかりせばCapra の著作存在しなかった。後の「The Turning Point」もである。誤解の無いようにあえて言っておくが、G.F.Chew は純然たる理論物理学者であり、F.Capra とは目的が大きく異なる。これ等の著作物の主張は私は今でも正しいと思っているが。80年代の世界の所謂ニューサイエンスの波と共に還元主義に反対する海外の研究者、学者たちの本は日本語に訳され、科学を知らない一般の人たちに多く売れた。しかし、雑誌「遊」に連載された内容は、全て、科学に素人の者達の外国の著作物の翻訳の集合物に過ぎなかった。すなわち、オリジナルな概念など提唱していない。未だにこの雑誌が新しい考えを提供したと信ずる、哲学関係者さえいる。一般人はもっと多い。この雑誌はカツギヤによる(外国製のものを日本に持ち込むだけで第一人者と呼ばれるものになる、一時、物理学の理論屋にも存在した)。人文系、素人以外の興味は惹かなかった。科学者、特に、物理学者は気にも留めなかったのである。日本人の寄与も無く。消えていった。還元主義方法論に対峙できる方法論は人間の能力を超えていたからである。工作舎等によって翻訳されたが、いい訳であった。ただし、Bootstrap(ブートストラップ)をブーツストラップと誤訳され、ムッとしたのを覚えている。何故なら、既に学会発行の物理学用語辞典にブートストラップと決められていたからである。今読んでも、自然界の理解のために役に立つ。翻訳も上のつまらぬ文句以外なし。Sept-masque de couleur

・「現代物理学および東洋思想に興味の有る方は必読です
私にとって人生で最も大きな影響を与えた本の一つです。他の方も記述しているように現代物理学と東洋思想の類似を説明しています。今では古典的な主張ですが、未だに読む価値は有るように感じます。

・「ニュー・サイエンスの古典的名著
この本は1980年代初期に工作舎の「遊」という月刊誌に連載されて、日本で初登場したのではないかと記憶している。今では、量子物理学の世界観と東洋思想の世界観の一致は、思想界では既知のこととなっていると思うが、この著作の影響力は大きかった。量子の振る舞いとヒンズー教の世界観との一致、また仏教における華厳経の世界観との一致など、様々な世界観の出会いをもたらしてくれた名著である。この本によって、行き過ぎた物質主義への批判に火がつき、西洋文明に風穴が開いたと言っても良いのではないか。おそらく、この本なくしては心理学の哲人ケン・ウイルバーなどの活躍も遅れたはずである。ただ、東洋思想に深く親しんでいる人には当たり前すぎることが書かれてるいるのも事実である。この本の登場によって、西洋思想の東洋への帰還が始まったのかもしれない。

・「神秘体験と量子物理のアナロジカルな対比
初期の精神世界と現代物理学のアナロジカルな相似を概略した古典的な本。今となっては当然のようにも見えるが、当時は斬新なものだったと思わせる。東洋の神秘思想と量子物理学との対比はこの本から始まって、今では広く知られるアナロジーになっている。

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ナチュラルダイエット―あなたの常識をくつがえす3つの習慣

・「ナチュラル・ハイジーンは有効です。
ナチュラルハイジーンのエッセンスがこの値段で入手できるのは、すばらしい。

ハーヴィー・ダイアモンドの本を読んでから、朝と昼の食事を変えました。朝は自宅なので、食事の前に果物を食べるもしくは、野菜・果物ジュースを飲むようにしました。 昼は、蕎麦屋もしくは、100%のジュースのあるファミリーレストランを選ぶ様に心がけました。 夜は、接待などもあるので、普通に肉、魚を食べました。

このような生活を3ヶ月ほど続けたら、腹回りの脂肪がぐんと減って、体重15%ダウンしました。 食べる量も、昔ほど、馬鹿食いしなくとも満足できるようになりました。

外食が多いと、なかなか、実行するのが難しいので、ナチュラル・ハイジーンの考え方に理解を示すレストランが増えたらなぁと思います。

・「新常識!?ちょっと驚きました。
動物性カルシウムは胃で消化するの酸性の胃液が多く分泌され、その酸は自分の体のカルシウムを消費するだって。牛乳を消化するために自分の体からカルシウムを余計に消化する・・・。老人は、牛乳摂取でカルシウムは逆効果だそう。あと乳製品は関節痛の原因だそうです。これには私は思いあたります。初夏とかは冷たい牛乳をがぶがぶ。冬はココアとか紅茶を牛乳だけで入れて飲むのが好きでしたが、その時期になると手の親指の関節が痛くて病院にいったことを思い出しました。年に何度か痛くなるのでなんで??って思ってたけど27年目(27歳)にして原因がわかりました。今は牛乳ではなく豆乳を毎日飲んでいます。あと胃痛に悩ませる人も一読!!原因がわかります!

・「目からうろこ
値段が張るので購入を迷いましたが、買ってよかった。人生が変わったと思います。たまに肉食べる日があってもいいし、ってやんわりしているところも押し付けじゃなくて好きです。これのお陰か否かわからないけど、両親指の爪の表面がガタガタしておかしな事になっていて心配だったのですが治ってきたのと、爪がしょっちゅうボロボロかけてたのがかけなくなったのが嬉しくて!でもネーミングがイマイチですね。ダイエット本じゃないしもっと高尚です。「3つの習慣」ってのもよくわからないし。手放したくない本の一冊になりました。

・「水がきめてらしいです!
体を洗うように、体の中も洗わないといけないというのが衝撃でした。そのために生命力のある水を摂るというのがポイントだとか。最近水に関する特集とかよく見かけますが、この考え方は新しかったです。

そういえば私は夏バテがはげしくて、毎年夏はほとんど果物しか食べないという感じなのですが、かえって調子がよかったんです。この本を読んで、それがよかったんじゃないかと思っています。

今は朝から果物だけという生活ですが、調子がいいような気がします。途中の果物組み合わせ表もキッチンに貼って参考にしてます!

・「やせるだけでなく健康にもよさそう
読みたかった「ライフスタイル革命」が絶版になってしまったようで、残念に思っていたところに、同じ著者が書いたこの本を見つけました。

いままでいくつかのダイエット方法を試してみましたが、体重が減っても体調が悪い気がして、中途半端に終わっていました。いま、この本に書かれている「朝ごはんは果物か野菜だけ」を実践していますが、特にめんどうなことはないし(むしろ朝ご飯をちゃんとつくる手間がかからなくてラク)、胃腸が軽くなったような気がします。また、いままで午前中は眠くてたまらなかったのですが、それもなくなりました。

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ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ・カーティス・メイフィールド 75年作

・「へヴィだね!でもこんなに優しい音もないね
確か山下達郎も生涯のベストに選んでいた本作。ワウワウギター、引きづるようなシンコペイションに彼のファルセットが乗る一曲目。深刻な社会風刺を孕んだタイトルトラックなどファンキーなカーティスが好きな向きはそっぽを向くのかもしれないけど、「SO IN LOVE」など聴くと生きる希望に満ちてくる。そんな奥深い本当の意味での70年代ブラックミュージックのエルドラドである。聴けば聴くほど深く優しい大傑作

・「確かに暗いけど・・・
元々いきりたったとこの少ない人だから、ストリングスの彩りや鳴り響くホーンズを削れば、これ程沈鬱な印象を与えてしまうのか?ボーカルやメロディーが暗いという訳ではない。むしろ今まで通りのカーティスだ。ただ動きを極力少なくしルート音を大事にするベースライン、タイトに刻むドラムス、ひかえめかつシャープなホーンズ等のミニマムなバッキングからは、いつもの(いわゆるニューソウルらしい)"華やかさ"や"流麗さ"は感じられない。(1)(4)(6)のようなミッドテンポなファンクマナーの曲に、浮ついたところのない重量感を特に感じる。たしかに暗いトーンでアルバムは統一されているが、演奏者の確かな技量に支えられ、気持ちの良いグルーヴが堪能できる。

・「100年経っても聴けるでしょう
30年前に発表されて、20年前に初めて聴いて、いまでも年に1、2回聴きます。

LPにはストリングスが入っていないけど、CDのカーティス・ベスト盤でこの中の曲を聴いたら、ストリングスがバンバンで、びっくりした記憶があります。どちらがオリジナルバージョンか知りませんが、ないほうが遙かにいいね。

ドラムの人は誰でしたっけ、名前忘れちゃった。「ハードタイムズ」のスネアの音なんて、神がかってるよね。ビルブラッフォードも、リッチヘイワードも、こんな音出せない。すごい。

完成された音なので、100年経っても聞けるでしょう。教会音楽のように、完結した世界の音楽です。

・「無人島に1枚持っていくなら
無人島にCDを1枚持っていくなら、マーヴィンのレッツ・ゲット・イット・オン、ホワッツ・ゴーイング・オン、スライのフレッシュ、暴動、そしてカーティスのスーパーフライ、そしてそしてこのアルバム、アメリカ・トゥデイの中からどれにしようと迷うだろう。(迷いに迷った末、「中を取って」プリンスのブラックアルバムに

 してしまうかもしれないが・・・(笑))カーティスの個人的ベストで、スーパーフライに比べてバンドっぽい音なのでライブ感もあり、つらいとき、悲しいとき、つい聴いてしまう。激辛の社会派アルバムで、それも被害者当事者の立場を隠さないので感情丸出しだが、それでも、この世はひどいところだけど、

それでも生き抜いて行こうという力強さがある。小さな裏声で、振り絞るように歌うから逆に心に響く。昔のアルバムだけど、今聞きたい。問題は全然解決していないし、我々には希望が必要だからだ。

・「鏡のような音楽
ピーター・バラカン氏もお勧めしていた一枚。この音楽はゆらゆら揺れる水に反射する光のようだ。限りなく弱々しいが、しかし決して消える事はない。太陽が沈んでも月が姿を現すだろう。確実に存在する光。それは、言い変えれば即ちソウルなのだろうか。

ゼアズ・ノー・プレイス・ライク・アメリカ・トゥデイ・カーティス・メイフィールド 75年作 (詳細)

死刑台のエレベーター[完全版]

・「マイルス・ダンディズムの極致
ジャズのカッコよさは、夜、大人、退廃、クール、ハードボイルドといったキー・ワードに象徴されるが、マイルス・デイビスこそ、その要素を全て併せ持ったミュージシャンだといえよう。その中でも、このアルバムはマイルス・ダンディズムの極致を地でいったきわめてクールでカッコイイ演奏である。オリジナル・クインテットを解散したのは、コルトレーンとフィリー・ジョーの麻薬が激しくなり、グループの統制やモラルに問題が出てきたからだという。そんなマイルスが心機一転ヨーロッパに渡って、現地のミュージシャンと録音した映画音楽である。当時話題になっていたヌーベル・バーグ映画で、サスペンスの中にもハードで粋な大人の雰囲気が伝わってくる。ヌーベル・バーグとジャズの相性はすこぶるよく、「危険な関係」や「大運河」などでもブレイキーやMJQといった一流ミュージシャンが起用されヨーロッパにおけるモダン・ジャズの隆盛に一役買った。今回のアルバムはオリジナルLPに収録されていなかった別テイクをすべて追加した完全盤で、映画用に加工される以前の生の演奏を聴けるのが魅力だといえる。当時のマイルスはすでにモダン・ジャズの貴公子で、同映画の主演女優のジャンヌ・モローに自らの愛器で迫り、口説いたらしいが、ジャズに興味のなかったモローに袖にされたというエピソードを聞いたことがある。それでも、パリが似合うマイルスは、やはりダンディでカッコイイミュージシャンだ。