時計じかけのオレンジ [DVD] (詳細)
スタンリー・キューブリック(監督), マルコム・マクドウェル(俳優), パトリック・マギー(俳優), マイケル・ベイツ(俳優), ウォーレン・クラーク(俳優), アンソニー・バージェス(原著)
「参考になっていただければ嬉しいです。」「「レイプとウルトラ暴力とベートーベンが俺の生きがい」」「映画史に残る皮肉」「脱帽。」「ハマりました」
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーDVD-BOX 2 (詳細)
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(監督), フォルカー・シュペングラー(俳優), ローゼル・ツェヒ(俳優), ブラッド・デイヴィス(俳優)
「ケレル。黄昏色の陶酔。ほんとうに稀な映画。」「あまりの衝撃の強さに、うちひしがれてしまう。」
シド・アンド・ナンシー [DVD] (詳細)
アレックス・コックス(監督), ゲイリー・オールドマン(俳優), クロエ・ウェブ(俳優), デヴィッド・ヘイマン(俳優), ベリー・ベンソン(俳優)
「これは愛じゃない」「だめ男とだめ女の美しい関係」「ゲーリオールドマンにシドが憑依?」「とにかく美しくて切ない映画」「最高っ」
恋する女たち [VHS] (詳細)
ケン・ラッセル(俳優)
ファントム・オブ・パラダイス [DVD] (詳細)
ブライアン・デ・パルマ(監督), ポール・ウィリアムズ(俳優), ウィリアム・フィンレイ(俳優), ジェシカ・ハーパー(俳優), ジョージ・メモリー(俳優)
「フィギュアも買いました . . .」「ファウスト」「デパルマの最高傑作」「歴史的怪作」「悲劇の物語」
哀しみのトリスターナ [DVD] (詳細)
ルイス・ブニュエル(監督), カトリーヌ・ドヌーブ(俳優), フェルナンド・レイ(俳優), フランコ・ネロ(俳優), ベニト・ペレス・ガルドス(原著), クロード・デュラン(その他), ジュリオ・アレジャントロノ(脚本)
「感情の相対性ともいうべきテーマの映画です。」「死に絶えた街の反聖母」「不気味な微笑。」「悪夢は鐘の音とともに・・・」「セックスシンボルとはフランスでは悪女の事?。」
ビデオドローム [DVD] (詳細)
ジェームズ・ウッズ(俳優), デボラ・ハリー(俳優), デヴィッド・クローネンバーグ(俳優)
「液晶・DVD時代になっても本質は揺るがず」「内臓臭の漂うカルトなホラー映画」「目と脳髄」
未来世紀ブラジル スペシャルエディション [DVD] (詳細)
テリー・ギリアム(監督), ジョナサン・プライス(俳優), ロバート・デ・ニーロ(俳優), キム・グレイスト(俳優), トム・ストッパード(脚本)
「不気味なイメージ満載」「繰り返し見て楽しむ作品」「criterion仕様での発売を望む!!星は38個!!」「傑作ブラジルのできるまで(愚作ブラジルもあるよ)」「好き嫌いは分かれるが傑作」
アルファヴィル [DVD] (詳細)
ジャン=リュック・ゴダール(監督), エディ・コンスタンチーヌ(俳優), アンナ・カリーナ(俳優), エイキム・タミロフ(俳優)
「アンナ・カリーナがとっても美しい」「ちょっと乱暴なたとえですが(;^_^A」「実相寺昭雄監督がインスパイア!」「まさかの再発売!」「まあまあ面白かったけど疲れた」
ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判 3 (映画秘宝COLLECTION 37) (詳細)
町山 智浩(著), 柳下 毅一郎(著)
「これで終わりかと思うとちょっと淋しい。」「もう終わってしまうのか。残念至極。」「さらばファビュラス・バーカー・ボーイズよ 彼らの魂を一般識者の我々が受け継がなくてはなりません」「ムチャクチャ面白い」「映画批評の鑑」
シネマ・ハント (Eブックス・映画) (Eブックス) (詳細)
柳下 毅一郎(著)
「『映画欠席裁判』との違いを探しながら読んでも面白い」「社会学のテキストを読んでいるかのような知的興奮」「101だけじゃなくて、もっと読みたい」「最近の映画(洋の東西を問わず)に不満を持っている方へ」「激辛批評でなくフェアな批評で、映画ガイドとして必読」
興行師たちの映画史 エクスプロイテーション・フィルム全史 (詳細)
柳下 毅一郎(著)
「柳下ってすごい…」「映画という美しくていびつでぼったくりな商売の正史」「映画は見せ物」
別冊映画秘宝 実録殺人映画ロードマップ (詳細)
柳下 毅一郎
・「参考になっていただければ嬉しいです。」
この作品は暴力、レイプなどのシーンがあります。 そういうシーンが含まれている、他にどんな要素があっても「含まれている」だけでどんな映画も絶対見たくない、 と言う人にはお薦めできません。 僕も暴力、レイプなどはもちろん嫌いな人です。 が、この作品観るべきであると思います。 ストーリとかがいい、悪いは別に 「物の表現の仕方」がこの映画、キューブリックの映画でしか観れないと思います。 話題を変えます。 彼はこの映画で何を訴えたかったか。 もちろん彼しか知りません。 しかし暴力を、レイプを薦めている(のよさを訴えている)作品ではないのは明らかでしょう。それはイギリス政府のこの作品の批判に対する、キューブリックの言葉からも分かるでしょう。そのことを踏まえてこの作品を観るべきでしょう。 最後に、参考にキューブリックのいった言葉も載せておきます。 「芸術には暴力がつきものだ。聖書にもホメロスにもシェイクスピアにも暴力は登場する。そして多くの精神科医がそれらは模倣の手本としてではなく、カタルシス(日ごろ心にひめている抑圧された想いを解放する事)として役に立っていると考えているんだよ。芸術作品が社会に危害を加えたことは一度も無い。逆に社会に対する危害の多くは自分たちが危険とみなした芸術作品から社会を守ろうとしてきた者達によってなされた。映画やテレビが無垢な善人を犯罪者に変えかねないなんていうのはあまりにも安楽的な発想である。」
・「「レイプとウルトラ暴力とベートーベンが俺の生きがい」」
全てのイメージと音楽が印象となって目に飛び込んできます。これだけ考えなくても「感じる」事のできる映画は希有でしょう。解釈なんて殆ど要らない映画なんですけど、わかりにくい部分や勘違いしやすい部分も持っていて、それで不当な評価を得たり、犯罪を助長するものと思われてしまうのは残念なことです。
主人公アレックスには暴力を制止する「罪悪感」と言う足枷がついてないですよね。楽しそうです。何物の束縛も受けず、本能的に暴力を楽しむ彼は暴力の権化。まぁ、そんな無体な人間が法社会で通用する筈もなく、暴力の後に仲間に裏切られ、しかも猫婆さんが死んじゃってて、殺人犯。(でも14年って短くないか?)刑を受けても、やはりアレックスはアレックス。不敵に笑って自信に溢れ、好奇心とある種の無邪気さを備えた子供のようなアレックスは何も変わりません(彼自身は、最後までずっと同じ彼だった。そう思います)政府はここで犯罪者を無くす愚民政策のマウスとしてアレックスを選び、彼は自由意思の表現を、暴力、レイプ、そしてベートーベンの音楽を奪われてしまいます。犯罪を犯す悪人を更正させるにはどうすれば良いか。「犯罪行為を試みる時に生理的に嫌悪を覚えさせるように教育すればいいのだ」まさにマウスがやってる条件付けの実験と同じですけど、これは怖いですよ。犯罪者には人権はない、と考える人もいるかも知れませんけど、政府がほかの国相手に、これを試みる。国家が国民に同じ事を試みる、そういう可能性だって十分ある訳ですから。(これは手塚治虫の「時計じかけのりんご」で描かれてますけども)
アレックスはその後、「暴力ふるわないジャイアンなんて怖くないや」って感じで以前の仲間や被害者からことごとく仕返しされてますど、復讐と言う大義名分があれば、簡単にその暴力性への制御を解除し、暴力行為という本能に浸ることが出来る。つまり、みんな心にアレックスって言う存在を持ってる(国家も含めて)って事なんでしょうねぇ。悪い事すりゃ自分が痛い目に遭う、って感じにも取れますけど。しかし、アレックスは結局助かり、政府と仲良くしたり(!)。愚民政策の治療を受け、夢の中で彼が生きる歓び、暴力とレイプとベートーベンを取り戻します。このラストが不当な評価を得てる原因だと思いますけど、要するに、アレックスってのは人間の一面の象徴なんですよね。結局の所人間は暴力やレイプの衝動を本能的に備えていて人間である限りはそれを失う事はないんだよって、そういうメッセージなんだと思います。
・「映画史に残る皮肉」
映画と言って良いのか…見た後は、『映画を見た』というよりは『この映画を見るという体験をした』『この映画を見た経験がある』といった印象。見る事だけでも価値がある。いつになっても新しい内容と新しいセンス。
最初の原色だけを使ったシーンで何かしらの衝撃をうけた人は全編通して楽しめるはず。
前半の【無意味な】暴力、【無意味な】レイプは後半にすべて繋がってく。全てがラストのメッセージにつなってると思う。
このような重厚な内容の他にも、悲惨な暴力シーンと並行して映される美しい川の風景や、ペニスでの殺人等、皮肉のきいた痛快な映像にベートーベンを始めとした有名なクラシック音楽が重なって一つの芸術になっています。映画好きなら是非。これが観れた人はキューブリックの『博士の異常な愛情』なんかも是非
ラストシーンは映画史に残る皮肉だと断言できる
・「脱帽。」
僕の中でベスト1。斬新な映像表現、役者の演技、全てにおいて圧倒された。何が正しいのか?何が間違っているのか?結局何がいいのか。何が悪いのか。そんなことは誰にも分からない。己の理性を全面に押し出す犯罪者とそれを抑圧し威厳を保とうとする国家。まさに「皮肉」。現代社会への警鐘。何が善?何が悪?とにかく必見。これほど考えさせられた映画は他に無い。キューブリック万歳。
・「ハマりました」
最近映画にハマリ初めて、色々片っ端から見てる時に時計仕掛けに出会いました。SFコーナーにありましたが、カルトコーナーがあればカルトだと思います(笑)最初再生した時、新作かと思うほど古さを感じませんでした赤、青、オレンジが綺麗です。内容は今私が10代なのですが、私が40代くらいになってからもう一回見たらまた感じ方は変わるかもしれませんねとにかく飽きないです‥キューブリックの中では一番好きです。
・「ケレル。黄昏色の陶酔。ほんとうに稀な映画。」
「殺人という言葉は海と水兵を連想させる。・・・」いきなり入るナレーションと音楽とタイトルの出かたからして既に最高! ―やるせないギターが響く娼館フェリア、メインキャストがそれぞれ渋くてイイ感じ。―そして船の上甲板で黙々と働く水兵たちの中から、輝かしい裸体のケレルが登場・・・。 ペーア・ラーベンの神話的な男性合唱がくりかえし高鳴って、突然ホワイトアウトする輝かしい画面に、威厳にみちた文章が刻まれる…。―この感じ、このかっこよさはこの映画でしか味わえない!!!ひとつの静かなクライマックス、同じ殺人者である友達ジルを裏切る密告のシーンで、このかっこよさは頂点に達する。―「・・・情報がある。・・・出所は言うな。・・・あのポーランド人、・・・例のジルだが、・・・・・・・4時20分のボルドー行きに乗る。・・・・・チャオ」 この辺から終盤にかけて、リリー・マルレーンのときと同様、ペーア・ラーベンの音楽が甘く、メランコリック、センチメンタル、リリカルで絶妙にロマンティック!・・・。 とにかくゲイという問題に関わらず、映像-音楽-役者-台本すべての点できわめて幻惑的な、完全に別世界へ陶酔できる、マルホランド・ドライブ級の、極上の映画です! ―あと、クリスチーネ・Fのナーチャ・ブルンクホルストがヌードフォトで出演してるのも、DVDだとはっきり見れます。お見逃しなく。 ―と、ちなみに昔レンタルでダビングしたビデオはフランス語版でした。けど今回のDVDは英語版のみ…。個人的には仏語版の方がカッコイイ気がするんで、そこはちょっと残念・・・。
・「あまりの衝撃の強さに、うちひしがれてしまう。」
20年以上前に、池袋の映画館で初めて見た「ベロニカ・フォスのあこがれ」がついにDVD化!個人的には、勧善懲悪の全く逆(悪は栄る!)という結末に、ほとんど嫌悪感にうちひしがれて家路につきました。全くのバッド・エンディングに、「こんな映画も有るんだ」と衝撃的で、映画に対する見方が変わった作品です。勿論、全国ロードショーは無かったように記憶します。映画を見て「気分爽快!」というハリウド調の映画とは別次元の作品でした。しかし、個人的には、何度も見ようという気にはなれないのが本音です。マニア向けの映画だと思います。
・「これは愛じゃない」
これは愛じゃない。現実から逃避し続け、依存し続け、自分を補完するためにドラッグ、セックスに溺れる。そんな中の男女関係は、現実とつじつまあわせが出来なくなると、お互いが邪魔な存在になる。
麻薬更正病院の黒人の男の人が、政府が戦地にヘロインを持っていくという話をする。そして、「お前らにヘロインに溺れる資格はない」という。その意味はとっても深い。すべては、ただの甘えでしかない。
大人になりきれない、弱い人間の話だ。それでも共感を呼ぶのは誰もが多かれ少なかれ、弱さを持っているからだと思う。
・「だめ男とだめ女の美しい関係」
あまりにも有名なパンクスでありジャンキーであるシド・ヴィシャスと、その恋人ナンシー・スパンゲンの出会いから死に至るまでをつづっているのだけど、ともすれば単なるジャンキー映画に終わるところが美しい恋愛映画になっているところがすごいと思う。まぁ、そこに美を感じるかどうかは各人の感性によるところだけれども、
私は美を感じてしまいました…。でもホント、どうしようもない奴らです。
あと、今では超売れっ子俳優になってしまったゲイリー・オールドマン、そのメジャー映画デビュー作としても注目できるかと。
気になったのはピストルズの他のメンバー役があまりに似ていないことか…、こりゃひどすぎるって。
ともかく、美を感じたので評価は五つ星。
・「ゲーリオールドマンにシドが憑依?」
私の好きな映画の中でも1,2、を争う映画です。シドそのものだと錯覚してしますようなゲイリーの演技に脱帽。ナンシーと恋に落ちどんどん脱落してゆくのだが、どこかロマンチックに感じるのは私だけだろうか?裏路地で2人がキスをし上からごみが落ちてくるシーンとラストはなぜか胸がキュンとして泣いてしまった。こんな愛の形も素敵だとおもう。
・「とにかく美しくて切ない映画」
ハッピーな終わり方じゃないけど、美しいエンディングシーンに涙しました。破滅に向かう二人を、まるでファンタジーのように描いた演出には賛否両論あるかと思いますが、とにかく美しくて切ない映画です!
・「最高っ」
伝説のロックバンドの元ベーシストSidとNancyがどぉ死を迎えたか...とっても素敵な映画です(#^_^#)
一つきになるのは...SidとNancy以外のメンバーの顔。他の人も書いていたとおり、似て無さ過ぎです(--;)
・「フィギュアも買いました . . .」
「オペラ座の怪人」をちゃんと見た事がないので、エラそーには言えませんが、おそらく両作を比較するのはちょっと違うかも知れないなーと思ってます。「ロッキー・ホラー・ショー」のパロディ精神とも少し趣きを異とする感じですね。ホラー、ミュージカル、サスペンス、コメディ . . .をブチこんだ傑作です。
ポール・ウィリアムズの曲がすごくイイのです!50's風、ビーチボーイズ風、グラムロックなどなど . . . まさに職人芸!カリガリ博士風のステージで繰り広げられるショーの場面、ラストの大狂乱の熱気の渦。パラダイス劇場の広過ぎない適度な大きさが臨場感を醸し出している気がします。ジェシカ・ハーパーの歌声も意外でしたが良かったです。
ケバケバしい雰囲気とホラーな味付けに、ちょっと引かれる方もあるかも知れませんが、音楽業界の裏に渦巻く欲望、その陰で潰されていく純粋な才能の悲劇を描いていてラストにはいつも泣いてしまうのであります。大好きな作品です!特にファントムのコスチュームがお気に入りです。マスク越しに見せる怒り、悲しみの表情が好きですね。(ウィリアム・フィンレイは素顔のほうが怖い!)
「ジェニーはご機嫌ななめ」(だったかな?)の”ジューシーフルーツ”というバンド名、ルパン三世(映画版)に出て来る”マモー”のキャラは、この作品から来ているそうです . . .
・「ファウスト」
『オペラ座の怪人』そのままの世界から、いつの間にか『ファウスト』的展開へ。とにかく訳の分からないエネルギーに満ちた怪作ミュージカルだ。音楽も70年代ロックファンにはたまらないであろう、妙なポップ感とプログレ風味に満ちている。熱狂的ファンはともかく、映画としては『ロッキー・ホラー・ショー』より素直に面白いと言える作品なのではないだろうか。ただ、とにかく「濃い」作品なので、心身に余裕がある時に観ることをお勧めする。
・「デパルマの最高傑作」
まだ見ていない人、是非見て下さい。こんな映画もあるのですよ。ライトなホラーとロックミュージカルを、デパルマの才能で絶妙に融合させた秀作。クイーンのボヘミアンラプソディを彷彿させる、オペラを取り入れたアレンジのロックコンサートシーンは圧巻です。曲は全てポールウイリアムスによるオリジナルで、おかまのビーフが悪魔っぽく歌う「LIFE AT LAST」が最高。サントラも買ってしまいました。ちなみにヒロイン役のジェシカ・ハーパーは、この映画の出演がきっかけで、サスペリアの主役に抜擢されたそうです。
・「歴史的怪作」
本当に賛否両論な作品ですね。私にとっては、学生時代当時の若い感性だった頃での最高傑作です。ロッキーホラーショーよりも破滅的悲劇ですし、音楽もポール・ウイリアムスの魅力に満ちており、刹那なデ・パルマの世界が満喫できます。決して万人にはお勧めできないですが、70年代のカルトムービーとしてこれ以上のインパクトある作品はあまり記憶にありません。カリガリ博士、博士の異常な愛情等が好みの方ならお勧めします。
・「悲劇の物語」
残酷な話なのですが、実際世の中こういうことがあるんだと思います。エンターテイメントとしても、物語としても、音楽としても存分に楽しめます。ただ、えぐいシーンがあるので潔癖な人は気分を害すかもしれません。
・「感情の相対性ともいうべきテーマの映画です。」
一人の女の持つどうしようもない感情の変化に翻弄された男たちとその女の間の、いわゆる「間」における感情の機微を扱った映画といっていいと思います。なんとなら、夫かつ父のような存在の男の庇護の下、この魅力的な女は生活していたのですが若い男と恋におちる。ここでは魅力的な女と若い男は恋愛のもと結ばれるようで駆け落ち生活では当然のはずの「結婚」をしないのです。この若い二人の中においては女は夫かつ父たる老人を心に留めているのです。老人はこの父の役割ではなく夫の役割を意識しすぎているのです。だから、女の気持ちがゆがむ。ここで所与の条件を一変させる事件が起きます。それは結果的にこの魅力的な女性の足を切断するに至ります。ここで若い男のほうは女から離れ、夫かつ父たる老人が再び庇護者に。ここでも父としての役割のみを演じればいいのでしょうが夫としての男が顔を出してしまう。だから女に抵抗されて、逆に女のほうに翻弄された挙句死んで行く哀れな老人がいるのです。そして残った、片足の女も庇護者は誰もいなくなり、言わずもがなの孤独にさいなまれることでしょう。人間の感情とはこんなにもどうしようもないものなのか?と言う疑問を感じました。トレドの街とカトリーヌ・ドヌーブの魅力、さらに監督の「足」フェチテイストが満載された映画です。
・「死に絶えた街の反聖母」
皮肉と諧謔と冷淡とが揃うと映画となる。いつも痛めつけられるのは作家の分身たる男である。そして痛めつけるほうはもちろん飛び切りの美女でなければならない。趣味としての虚構の倒錯である。役者としてはこれ以上の組合せはないだろう。しかし語りはどこかしら重たいのだ。冒頭、トレドの全景は昔日の輝きを失い寂しくも静かな佇まいをみせている。グレコの描いた奇妙に歪んだ薄明に浮かぶ暗い街のようだ。時間の停滞。生き物の気配が薄い。いつもながらの軽みもいささか頼りなげである。もちろん嘲りや笑いも少々湿っている。想い入れでもあるのだろうか、それはこちらの預かり知らぬところだ。ここには倒錯の喜びに震える作家の姿は見えないのである。つまりは足を失った女も、命を落とす男も、石畳に靴音の響く死に絶えた街の亡霊だったのだろう。そして帰郷した女は反聖母として生まれ変わった。教会の街における偽善者を罰するために遣わされた者としての振る舞い。しんしんと雪降る夜のトレドは女の冷やかな美しさがそのまま取り憑いてしまったかのようだ。
・「不気味な微笑。」
26歳になったドヌーヴに与えられたのは16歳の少女、トリスターナ役。あまりに大人びた(成熟しすぎた)顔立ちが少女役に向かないのだが、この映画はその問題ではない。母が死に、義理の父のような存在の初老の男に養われることになったトリスターナは、自由な外出を制限されるうち、自分の中の女に気がついていく。
その恐るべき少女の変貌の過程を、ドヌーヴはブニュエル監督の厳しい指導に耐えて見事に演じきっている。2階のベランダに出て、ガウンの胸をはだけながら不気味な微笑をみせるドヌーヴは凄絶なまでだった。
・「悪夢は鐘の音とともに・・・」
同じブニュエルとドヌーヴのコンビの傑作「昼顔」では、ヒロイン、セブリーヌの妄想は、馬車の鈴の音とともに描かれるが、トリスターナの悪夢は教会の鐘の音とともに彼女を苦しめる。イノセントな存在だったヒロインが邪悪な存在であるフェルナンド・レイ演ずる狡猾で猥雑な男によって汚されていく。トリスターナはとまどい、恐れを経験しながら、一度はそこから逃げようとする。この映画の凄まじいのはそこからだ。女性の持つ計り知れない底力というか恐ろしさを描いた作品である。
・「セックスシンボルとはフランスでは悪女の事?。」
フランスを代表する1960年代のセックスシンボル、女優カトリーヌ ドヌーブ主演作品、純真無垢でった娘、トリスターナは母親を亡くし没落貴族の男やもめの男に引き取られる事に、だが、美しく成長をした彼女は若い男と駆け落ち、病気で戻されるがその病気が元で片足を切断する事に、そして、仕方なく親子程に歳の離れた男やもめと結婚、だがそんな生活で彼女の性格はすさみ、彼女は悪女へと急変をする、フランス映画を代表する名作でしたね、悪女はこうして造られる、といった感じで、、、。
・「液晶・DVD時代になっても本質は揺るがず」
ビデオ(テレビ)という媒体が、ブラウン管(装置)を通し、現実を生み出すというここでの定義は、今日的メディアにおいてもその本質は何ら変わっていないことに気づきながら見ると、この映画のメディアに対する先進性が理解できると思います。我々は20年後の現在においても、画面から虚構と現実(真実)の違いを見極めることなど到底出来ないのですから。同じビデオを扱う日本の「リング」との違いは、比較以前の問題でしょう。これは、メディアの恐怖(問題点)を、個人のリアリティのレベルで(北米の社会性をもって)描ききった傑作です。
・「内臓臭の漂うカルトなホラー映画」
1983年カナダ映画。製作 クロード・エルー、監督・脚本 デビッド・クローネンバーグ、出演はジェームズ・ウッズのほかに、デボラ・ハリー、ソーニャ・スミッツ。
過激な放送が売り物のTV局社長マックス(ジェームズ・ウッズ)はある日、部下が偶然キャッチしたという奇怪な電波映像を見せられる。それは延々と拷問が繰り返されている映像だった。ビデオドロームと名づけられていたその奇妙な映像に興味を覚えたマックスは、それを入手しようと乗り出すが...。
クローネンバーグは受けとり手によって好き嫌いが分かれてしまう監督ですが、特にこの作品は、血管と臓物がみっちり詰まったテレビモニターやビデオデープを腹にインサートする有名な場面(「肉体と物質の一体化」という意味で後のクローネンバーグを彷彿とさせるものですが)のため、「グロテスクで悪趣味の極み」か「時代の先取り」かではっきり評価が分かれてしまいます。この作品に関しては、単に監督の趣味、だったのではないかと...。
・「目と脳髄」
カルト映画の走りの一本である。ホラー映画が嫌いな小生にしても がんばって一度見てしまった後は かなり好きになり 幾度か見直した。
「難解な映画である」というのが クローネンバーグ監督の自評である。いったい そのような自評は得てして自慢のようなものだが 本作が難解であることは間違いない。妄想とメディアが 絡み合って 化け物が出来上がっていく主題は 非常に先鋭的であり むしろネット社会を迎えた現代にこそ示唆的であるかもしれない。今のネットがもたらす仮想現実の強烈な存在感を 1980年代という 20年前に クローネンバーグが 予言していたというようにも見れなくも無い。それ程 今になって 見直して 考え込んでしまう。
人によって好き嫌いははっきり出てくる作品だと思う。公開当時は「内臓感覚」という言葉で表現された。しかし 今見ていると 真に予言的であったのは 「腹の中の内臓」ではなく 「目とその奥の脳髄」に有ったと思う。
・「不気味なイメージ満載」
思いつくままに印象に残る不気味なシーン、イメージを列挙します。1.サム(ジョナサン・プライス)の夢の中の理想の恋人(キム・グライスト)を幽閉する地面からそそり立つレンガの壁2.理想の恋人を救出しようとするサムに立ちはだかる鎧武者3.やっとの思いで倒した鎧武者の仮面をサムがはずしたときに現れる自分自身の顔4.サムの行く手を阻もうと邪魔するゴーレムとなった役所の上司(イアン・ホルム)5.母親の葬儀と若返った母親、棺桶の中に安置される若返り手術で不要となった母親の身体パーツ6.新聞紙に絡まれながら消えてしまうタトル(デ・ニーロ)7.拷問の様子と容疑者の自白をすべてタイプしてしまうタイピストがはめているギブス
8.ドーム型の広大な尋問(拷問)室と歯科医療器具を思わせる拷問道具、尋問者がつけているお多福のマスク
いろいろ分析が出来そうな悪夢的なイメージの数々です。
・「繰り返し見て楽しむ作品」
ビデオレンタルに出たばかりのとき、ギリアム監督もモンティ・パイソンも知らずに借りてみた。なんてへんてこな作品だ、と思ったが、なぜか印象に残り、その後繰り返し見るうちに作品の面白さ、痛烈な風刺が分かってきた。いや、まだ十分でないかもしれないが。モンティ・・・のネタを知っているとさらに楽しめると思う。(修理屋のコントとか)商業的にもめたらしいが、監督が好き勝手に作ったという点が、どこかB級的な雰囲気も相まって完成度を高めている。ただし、万人向けではないかもね。
・「criterion仕様での発売を望む!!星は38個!!」
テリー・ギリアムの最高傑作!「ホーリー・グレイル」で効果音を出しながら歩くアーサー王の従卒をやった人間と本当に同一人物なのか?ダークにして華麗、リリカルにして残酷、アートでありエンターテーメントでありコメディでありホラー。
気合のはいった仕事っぷりでは他の追随を許さないクライテリオン版は、テリー・ギリアムが最後まで拒んだ「ハッピーエンド」バージョンまで(おそらくあてつけのためだけに)収録、画質も完璧、リージョンコードもフリーといいこと尽くめだったが、当然日本語字幕は入っていませんでした。
最近では「天井桟敷の人々」や「ビースティーボーイズのビデオクリップ集」などクライテリオンマスター使用のDVDもあるので、本作も是非その方向での発売を望みます!!!
・「傑作ブラジルのできるまで(愚作ブラジルもあるよ)」
監督の映画会社社長へ対する『私の映画をいつ公開してくれるのでしょうか?』という「バラエティ」誌全面広告や、ロス映画批評家協会での受賞、公開を懇願するためテレビトークショーにデニーロが出演等、とにかく映画公開までの会社対監督の戦いに関する逸話の多い作品。
・「好き嫌いは分かれるが傑作」
~管理社会を痛烈に皮肉った映画である。徹底的に世の中のすべてが管理され、人間までもがコンピューターにのように社会の歯車化された社会で起こった悲劇。主人公である情報省記録局の小役人サムの人間らしい行動との対比でよけいにそのことがきわだって見えた。悲劇と言っても鬼才テリー・ギリアム監督の映画である。とってもぶっ飛んだ映画なことは間違いな~~い。現実と妄想との中でグルグル回る映像はとてもファンタジックであるし、気持ちのいいぐらいのスピード感にあふれている。このとてつもないパワフルな映像にザビア・クガートのサンバ曲「ブラジル」の脳天気さ加減が加わるとより感情が豊かに心に入ってくる。好き嫌いは分かれる映画だが、私的には名画に入れたいと思う。~
・「アンナ・カリーナがとっても美しい」
スピルバーグやルーカスのやうに湯水のようにお金を使ったり、CGや使わなくてもSF映画を作れるのです。この映画の背景は60年代の現実のパリで、ただ物語の設定だけがSF。ただでさえSFっぽくないのに、さらに無駄な部分をドンドン削ぎ落としている。製作日誌を読むと、コンスタンチーヌの格闘シーンなど、本来であれば見せ場となりうるシーンも多数カットしている!その上で物語の本筋を無骨なまでに浮かび上がらせるのが、ゴダール流か。まあ、自称SFファンで本作をまだ観たことのないかたは、話のタネに一遍ご覧ください。目からウロコ落ちます。ちょっと難解で、お金のかかっていないSF映画の東の正横綱が「惑星ソラリス」ならば、本作は西の正横綱ですね(笑)。
そしてアンナ・カリーナの最も美しい映画。 最後にアンナ・カリーナに「あのセリフ(観てのお楽しみ)」を言わせるのがシビレます。彼女のファンも必見です。
・「ちょっと乱暴なたとえですが(;^_^A」
あのですね、この映画はですね…
ゴダールには失礼かもしれないけど、フランス人の作った“ウルトラQ”と“怪奇大作戦”をみている、と思えば分かりがいいかと。
普通の風景が、普通(といっても当時のパリがすでに今の日本人にはファンタジー空間なのでしょうが)でない空間である異常さ・恐怖がよく伝わってきます。
あと「超・SF映画」のストーリー解説にあった“血みどろにされる”シーンなんてものはありません。あれは情報の少なかった当時ゆえの誤記でしょう。ですから、そういったシーンが苦手の方、大丈夫です。ご安心あれ。とてもこわくて、すてきな映画ですから。
・「実相寺昭雄監督がインスパイア!」
実相寺昭雄監督がウルトラセブンの「第四惑星の悪夢」を撮るときに参考にしたヌーベルバーグ作品。確かに、コンピューターの命令により、感情をあらわにした人間を処刑するシーンは「第四惑星の悪夢」に似ています。が、そのほかのシーンは、雰囲気だけ似ていると言う感じでしょうか。
・「まさかの再発売!」
廃盤になっていてなかなか手に入らないアンナ・カリーナの映画です!人間をすべて管理するために邪魔だとされる感情を知らない、悲しい女を演じるアンナ。「君を口説いてるんだ」「口説くって何?」というやりとりが最高!この未来都市の支配者?のナレーションが延々と続き、その声がまた耳障りで、イライラはします。でもアンナがかわいいからいいんです。
・「まあまあ面白かったけど疲れた」
撮影当時のパリを抑圧された未来(別世界)とした低予算SFという点でトリュフォーの「華氏451」と同じ。トリュフォーはカラーでモノレールを止めるなどある程度予算を使っていたくさいのに、こちらはモノクロで金かけてる様子がほとんどなくて、まるでアマチュアの自主製作映画みたい。しかしそんな事は問題ではなく、こういうコンセプトで映像的に卒のない作品を一本撮り上げてしまったという行為に、まず4点差し上げる気になった。政治体制による抑圧をテーマのひとつとする場合、映像作家として自らも作品制作という名の下に状況を統括管理するという現実にも行き当る筈だけど、その辺の問題意識は伺えなかった。なので1点引いた。しかし、アンナ・カリーナが相変わらず美しかったので、また1点足した。率直に言うと観ていて疲れた。娯楽なんだし、まあテーマがテーマなので分かるんだけど、もっと色気でも織り交ぜて欲しいなと思った。終わりまで頭を使わずに観ることのできるゴダール作品ってあるのかなあ。誰か知ってる人いたら教えてくれませんか。
●ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判 3 (映画秘宝COLLECTION 37)
・「これで終わりかと思うとちょっと淋しい。」
あまり大きな声では言えないが、今、最も発売日が待ち遠しい映画雑誌(笑)「映画秘宝」を、いつも後ろから読み始めるコアな者にとって、ウエイン&ガースコンビによる“FBB”は、いつも楽しく読ませてもらっていた。今回で一応連載が終了し、それに併せて3冊目となる単行本もこれにて打ち止めとなるのは、ちょっと淋しい。でも、10年も続いたんだよね、本当に押しも押されぬ人気シリーズだったんだ。ジャンク映画、B、C級映画への過剰な愛、映画オタクとしての博覧強記ぶり、ハリウッドの超大作や世評高い良心作も、自らの尺度で、カスなものはカスと斬り捨てる潔さ。「宝島」の名編集者として80年代サブ・カルチャーをひっぱり、現在はアメリカ在住で現代社会風俗史に詳しいウエイン・町山智浩と、翻訳家にして気鋭の映画研究者ガース・柳下毅一郎。今作も、その絶妙のコンビネーションからくる破壊的なツッコミの応酬の中繰りひろげられる、どうにも無責任極まりないその裏目読みに爆笑したり、洒落のキツさに思わず引いてしまったり、与太話の合間に瞬時顔を覗かせるインテリジェンスな洞察力の鋭さにムムッと唸ってしまったり、と存分に楽しませてくれる。個人的には、これまた伝説の「写真時代」(笑)に連載されていた平岡正明&上杉清文の「天覧思想大相撲」に続く過激な放談集と評価したいのだが、最後の最後に語られる“映画界”の現状をいつになく真面目に語る2人の会話は、映画ファンとしての切実さとホンネが窺えて、同感の思いと共に、胸が熱くなる。
・「もう終わってしまうのか。残念至極。」
ガースこと柳下毅一郎とウェインこと町山智浩のFBBコンビがおくる映画メッタ斬り談義もこれで打ち止め。二人が映画に関する狂気ともいえるほどの博覧強記ぶりを発揮しつつ繰り広げる罵詈雑言を私はこれまでの二著作で大いに楽しんできましたが、もうその毒舌ぶりに触れられないかと思うととても寂しい気持ちにとらわれます。
本書で印象的だったのは、最近の映画に過剰な語りがあるという指摘です。大ヒット邦画「三丁目の夕日」では、登場人物たちがやたらと心情を吐露する点を揶揄しています。「どうも監督は『全部セリフでわかりやすく説明してやらなきゃ観客にはわからないんだ』と信じてるみたい」(212頁)と見抜いています。映画は映像で語るべきものであるはずなのに、役者の目線や仕草などいくらも表現の工夫はあるはずなのに、最も安易な手法にとびつく点を二人はしかりつけるのです。
こうした語りの過剰さは邦画に限ったことではなく、オスカー受賞作「クラッシュ」でも説明的なセリフが連打されていることに改めて読者の目を向けさせます。限られた上映時間内にあれだけの数の登場人物をまぶした群像劇を仕立てるとなると、セリフに寄りかかって短時間に情報処理せざるをえないのでしょう。サンドラ・ブロックがヒスパニック系の鍵屋に聞こえよがしに差別的発言をする場面に、私もその過剰さを感じて鼻白む思いをしたことを記憶しています。
また映画がテレビの延長になってしまった点を、諦めの念とともに語りあう二人の姿も心に留まりました。「愛ルケ」や「大奥」といったテレビドラマの劇場版がもてはやされている状況を前に「せめて映画評論家はこういうダメな映画を時代の『現象』として観ておかないと。よくできた映画は少数派であって、ダメなのに客が入る映画のほうが今の時代や大衆を象徴しているんだから」(318頁)と、自分自身に檄を飛ばす柳下の姿がまぶしく見えました。
・「さらばファビュラス・バーカー・ボーイズよ 彼らの魂を一般識者の我々が受け継がなくてはなりません」
初めてファビュラス・バーカー・ボーイズの漫才風映画放談を見たのは『地獄のハリウッド』(洋泉社)でした。色々な宝島社系の映画ムックで読み続けてはや十年以上、映画配給会社に殺されるのでは?という単行本も三冊目になりました。喜び勇んで購入したら何とコンビ解散宣言。「いつの間にか年月が経っていたんだな」と感慨ひとしおです。 そし今回ですが、いつもの様に舌鋒鋭くぶった斬る町山節とまめに諸情報を集める勤勉な柳下的論説は見事で、最後までスピードダウンすることはありませんでした。前二著で充分その魅力は伝わることと思うのですが、改めてこの本の良さを語るとすると「駄目なものを駄目と愛情を持って断罪する」ことと「業界ゴシップや関連作品との比較がシャワーのように浴びせられ、なぜその映画がそうであるのか、ということを浮き彫りにする」という点に尽きると思うのです。浅薄な映画ファンには耳が痛いし腹立たしいコメントばかり並んでいるように見えますが、ある程度良い映画を見て今の大作映画に違和感を持っている階層には痛快極まりありません。ダメなのはなぜか、どこが去勢されてつまらなくなったのかについて明確に語ってくれますし、『スター・ウォーズ』シリーズのようなメジャー作品の暗部も語って実に深遠です。 そして作家性やこだわりを残した作品にはきちんとした評価を下します。本書では『キングコング』や『Mr.インクレディブル』等ですが、それだけでなく過去の名作・知られざる映画に敬意を表するという点で一本筋が通っており、実に読ませます。まだまだ彼らに斬って欲しい映画が沢山あります(『ドリームガールズ』の戸田奈津子字幕には心底腹が立った)が、元ネタ「ウェインズワールド」のことすらほとんどの人が分からなくなった今日、良い契機だったのでしょう。彼らの映画魂を何とか継承して私もカスタマー・レビューを作成していきたいものです。
・「ムチャクチャ面白い」
えーッと、『映画欠席裁判』シリーズは今回初めての新参者です。ウェインさんの本は何冊か拝読してて、尊敬してます(ガースさんの本は評判になった『興行師たちの映画史』を積ン読しました)。このシリーズにも前から興味があったんですが、本屋に行くたびに書棚の前をウロウロし、引っ張り出してはまた戻す、を繰り返してました。ナンかただのバカ話じゃないか、値段に見合う内容あるのか、という疑念が拭えなかったんですね。プチブルのセコさとお笑いください。 えーッと、それで今回とうとう読ませていただいたんですが、ナンだよ、いきなり最終巻かよ! …ま、それは措いて、しかし予想を遥かに超えるバカ話でしたね。これを読んでも、金儲けの足しにはなりません。 しかし、ここまでバカ話に徹するって、スゴイですよね。だって、地雷原を走り抜けるのと同じでハンパに意味深な話題は全部スルーするワケですから、これはものすごく鼻が利かなきゃ出来ない芸当ですからね。あと、ジョークがキツい(笑)。 ところで、ガースさん、Yoshi原作の映画『Dear Friends ディアフレンズ』は、いかがでしたか? 私はあれ、結構いい映画だと思ったんですが…
・「映画批評の鑑」
本当にいい映画とは何か?という大問題をこの1冊で解決できると思います。これが気に入れば1と2も読まずにはいられなくなるでしょう。とにかく、笑いっぱなしで読める本です。
・「『映画欠席裁判』との違いを探しながら読んでも面白い」
本書は町山智浩氏との共著である洋泉社の『映画欠席裁判1〜3』と同じ映画を論じているページがけっこうあります。執筆した時期が近い為か、内容が似たようなものも割とあるのですが、例えば『映画〜』で「監督が嫌な奴だ」しか言わなかった<レクイエム・フォー・ドリーム>を絶賛していたり、<ファイト・クラブ>を少し違った論点(『映画〜』では「クローネンバーグに似た映画」と言っていましたが、本書では「男たちが失った獣性を取り戻そうとする映画」と町山氏の意見に近い論点で述べています)で論じていたり、私はその違いを見比べながら読みました。 もちろん本書は、今まで意識しなかった魅力や、「ダメな映画はどこがなぜダメか」に気付かせてくれるという意味で個人的には単品でも非常におススメですが、『映画〜』との比較でより幅広い視点で楽しめると思うので、双方対比読みをお薦めします。
・「社会学のテキストを読んでいるかのような知的興奮」
映画の内容そのものよりも、その映画が生まれた社会背景や、映画界の大きな流れを俯瞰しながら個別の作品を取り上げているのが本書の特徴。映画評というよりも社会学のテキストを読んでいるかのような知的興奮を楽しめます。また副題の通り、ハリウッド大作を笑い飛ばすような辛口の論評は読んでいて爽快です。
・「101だけじゃなくて、もっと読みたい」
「興行師たちの映画史」もよかったけど、こちらも。文章がスッとしていて、すばらしい。こういう文章書ける人は、いまは少ないと思った。蓮実重彦の「映画に目が眩んで」を呼んだときのように、映画を見たくなった。
・「最近の映画(洋の東西を問わず)に不満を持っている方へ」
最初に書くと、本書は「ただ映画を馬鹿にするための本」ではない。取り上げた映画の、どこが良くて、どこがダメなのかを実に的確に指摘している。101本の映画を国境関係なしに分析している。ハリウッド映画に限らない。日本映画、韓国映画も取り上げられている。柳下氏は、巻末の言葉で「自戒を込めて言うけど、悪口を書くほうが簡単なんだよね」と仰っているが、ただの罵詈雑言の寄せ集めでは、ここまで面白い本には仕上がらないだろう。だから、本書を読んでみると、近年の映画を、逆に観てみたくなったりするだろう。そりゃあ、「2001年宇宙の旅」「カッコーの巣の上で」のような大傑作はなかなかこのご時世、作れるものではない。だがしかし、最近の映画に不満を持っている方には本書をお勧めしたい。逆に、今後の映画界に希望を持つことができるかもしれない。そういう意味では、本書は読者を選ぶかもしれない。先ほど、「2001年」が云々、と書いた。今の映画界に不満を持っている方にならお分かりいただけるだろうが、現在の映画システム(これも洋の東西を問わない・・・と書きたいが、最近の日本映画があんなにダメなのはなぜだろう)のどこがいかんか、という点も、本書ではきっちり指摘されている。実に多面的な批評本なのだ。映画に真摯な姿勢を持たれている方に、是非お勧めする。
・「激辛批評でなくフェアな批評で、映画ガイドとして必読」
タイトルを見ると批判的な批評ばかりのようだが、実際はそうでなくフェアな内容だと思う。大作だけではなく佳作も多く含まれているので、この本を読んだあと見ようと決めた作品が少なくとも10作品はあった。 ネタバレとかの無いようにあまりストーリーを細かく紹介しないで、監督が目指そうとした方向や撮影技術などに焦点があてられていて面白い。町山氏の評論と比べられているようだけれど、タッチはかなり違う。町山氏のは、もっと庶民的でわかりやすく、そして自分のアメリカ生活の実体験がリンクしているのに対して、本書の柳下氏のは、もっと格調高いタッチで映画文化を独自の考察で論じている。個人的には町山氏のほうが好きで、ちょっと本書の柳下氏の話を読んでると「本当にそんなに映画がわかってるつもり?」と聞いてみたくなる気もする。 いずれにせよ、これだけ映画をちゃんと紹介してくれる本は数少なく、自分の映画趣味にはずいぶん助けとなったので感謝の意を表したい。
・「柳下ってすごい…」
読んでると、これって映画業界だけの話じゃないなと思えてきます。自分の欲望をどう実現するかについての成功と失敗、袋小路や落とし穴の積み重ねの記録。今まで読んでた映画の本が取ってる視点が、すごくせまくて、みんなかにとらわれすぎてる感じがしました。だから読んでてすごく気持ちいいです。楽しい。
「殺人マニア宣言」を読んでいるときも思ったけれど、柳下の文章や対象に対する距離感と料理の仕方に本当に感心。淡々と書いているだけなんだけど、枯れてるわけじゃなく、冷ややかなわけでもなく、しかも妙なところで笑わせてくれる。すごいなー。好きです、この文章。
とにかく面白かったし、いろいろ考えさせられた。もっとたくさん書いてくれればよいのにと思いました。
・「映画という美しくていびつでぼったくりな商売の正史」
映画という料金前払いのあこぎな、わたしのような哀れな観客に一時の慰めと、それに見合おうが見合うまいが金と時間を奪っていくシドイ商売の100余年の正しい歴史の物語。著者が「観客から搾取するためだけに作られたと断じた映画の群れとその作り手たち」の物語はただただ愉しい。哀れにもうっかり、作中で紹介された作品を探して買って観てしまったほどだ。また時間と金が。
・「映画は見せ物」
映画は見せ物、と喝破して目をさまさせてくれる。面白くなくては映画じゃないと思う。著者の思い入れと知識に触れるだけでも楽しい本である。読者の映画の見方を変えてくれるかもしれない。この手の本のチェックポイントとして、幻の変態映画「アニマル」について触れているかどうか調べることにしている。これは1968年、R・L・フロスト監督の作品で日本公開当時は評判になったが、その後資料がほぼ消えてしまった。本書はこの映画とそのシリーズについても詳説してあった。美容体操を覗かれてしまって以来、変態男に執拗に狙われる子持ちの美しい婦人を「若妻」と書いているが、あれは正確には「未亡人」。若くもないし…。しかし、幻のセクスプロイテーション映画まで丁寧に追う著者の気概に感服。
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