シンプルアマゾン:セレクトリスト

[Simple Amazon Store]

-CD-DVD-ゲーム-おもちゃ-PCソフト-PC&電子機器-家電&雑貨-時計&バッグ-アパレル&シューズ-スポーツ&アウトドア-ヘルス&ビューティ-ベビー&マタニティ-アダルト | モバイル版(ケータイ)

▼好きな音楽:セレクト商品

ブザンソン音楽祭における最後のリサイタルブザンソン音楽祭における最後のリサイタル (詳細)
リパッティ(ディヌ)(アーティスト), モーツァルト(作曲), シューベルト(作曲), ショパン(作曲), バッハ(作曲)

「リパッティ最後の輝き」


バッハ/無伴奏チェロのための6つの組曲バッハ/無伴奏チェロのための6つの組曲 (詳細)
フルニエ(ピエール)(アーティスト), バッハ(作曲)

「何を聴こうか迷った時は迷わずこれをトレーに!」「夜中に静かに」「金字塔」


モーツァルト:交響曲第25番&第40番モーツァルト:交響曲第25番&第40番 (詳細)
ワルター(ブルーノ)(アーティスト), モーツァルト(作曲), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)

「万人向けではない名盤」「普遍的定番?」「40番&25番の名演奏」「最高の40番。」「モーツァルトのト短調交響曲のベスト版」


モーツァルト:フィガロの結婚モーツァルト:フィガロの結婚 (詳細)
クレンペラー(オットー)(アーティスト), ゼーダーシュトレーム(エリザベート)(アーティスト), ベルガンサ(テレサ)(アーティスト), バキエ(ガブリエル)(アーティスト), ジョン・オールディス合唱団(アーティスト), モーツァルト(作曲), ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(演奏)

「最高の音楽に身を浸してほしい」「おお、ス・ザンナ!!!」「よくも悪くも、「フィガロ」好き必聴」「クレンペラーのモーツアルト」「「フィガロ」入門にはこれが良いでしょう」


ブルックナー:交響曲第8番ブルックナー:交響曲第8番 (詳細)
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(アーティスト), ブルックナー(作曲), クナッパーツブッシュ(ハンス)(指揮)

「桁違いのスケールの大きさ」「スケールの大きい楽曲を、堂々と再現したアルバムです」「20世紀の演奏」「第8番の原点」「ブルックナーの最高傑作の決定版」


ア・デイ・ウィズアウト・レインア・デイ・ウィズアウト・レイン (詳細)
エンヤ(アーティスト), ローマ・ライアン(その他), ニッキー・ライアン(その他)

「これまでで最も軽く、そして肯定的で明るい作品。エンヤ風バロック音楽とでもいうべきその」「心に響く」「死ぬ前に聞いてください。笑」「こだわり抜いてじっくりと作り込んだアルバム」「驚くべきクオリティー!」


Queen IIQueen II (詳細)
Queen(アーティスト)

「何故か一番聞いちゃうんだな」「驚異的なギター」「クイーンの「リボルバー」」「プログレ?たぶん、ヘビーメタル界のプログレ的というのはこのB面」「See What a Fool I've Been」


Bach: WellBach: Well (詳細)
Johann Sebastian Bach(作曲), Glenn Gould(Piano)

「確認しました」


バッハ:オルガン名曲集バッハ:オルガン名曲集 (詳細)
ヴァルヒャ(ヘルムート)(アーティスト), バッハ(作曲)

「病的より変態ほうが健康だろ」「地味 but 深遠」「「パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582」に感動」


モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&第26番モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番&第26番 (詳細)
カーゾン(クリフォード)(アーティスト), モーツァルト(作曲), ブリテン(ベンジャミン)(指揮), ケルテス(イシュトヴァン)(指揮), イギリス室内管弦楽団(演奏)


ベートーヴェン : 大公トリオ、シューベルト : ピアノ三重奏曲第1番ベートーヴェン : 大公トリオ、シューベルト : ピアノ三重奏曲第1番 (詳細)
カザルス・トリオ(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), シューベルト(作曲), カザルス(パブロ)(演奏), コルトー(アルフレッド)(演奏), ティボー(ジャック)(演奏)

「カザルスの醍醐味」「個性の融合」「なんというリラクセーション効果」


ベートーヴェン:交響曲第9番ベートーヴェン:交響曲第9番 (詳細)
フルトヴェングラー(ウィルヘルム)(アーティスト), シュワルツコップ(エリザベート)(アーティスト), エーデルマン(オットー)(アーティスト), ヘンゲン(エリザベート)(アーティスト), ホップ(ハンス)(アーティスト), バイロイト祝祭合唱団(アーティスト), ベートーヴェン(作曲), バイロイト祝祭管弦楽団(演奏)

「無人島に持っていきたい!」「たぶん最も売れているフルトヴェングラーの第9」「O Freunde, diese Tone!」「凄い迫力!」「音源問題が残念」


ザ・ベスト・オブ・シューベルトザ・ベスト・オブ・シューベルト (詳細)
フィッシャー=ディースカウ(ディートリッヒ)(アーティスト), シューベルト(作曲), ムーア(ジェラルド)(演奏)

「シューベルトとフィッシャー=ディースカウの顔がダブってー」


ロッシーニ:序曲集ロッシーニ:序曲集 (詳細)
NBC交響楽団(アーティスト), ロッシーニ(作曲), トスカニーニ(アルトゥーロ)(指揮)

「トスカニーニのロッシーニ・クレシェンドはこんなに凄い!」


フォーレ:レクイエムフォーレ:レクイエム (詳細)
クリヴィヌ(エマニュエル)(アーティスト), ロワ(ガエル・ル)(アーティスト), ルー(フランソワ・ル)(アーティスト), リヨン国立歌劇場合唱団(アーティスト), フォーレ(作曲), 国立リヨン管弦楽団(演奏), ジル(ジャン=ルイ)(演奏)

「透明な美しさが神秘的なフォーレのレクイエム」「自然かつ堂々たる名演」


ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 (詳細)
フルニエ(ピエール)(アーティスト), ドヴォルザーク(作曲), ハイドン(作曲), セル(ジョージ)(指揮), バウムガルトナー(ルドルフ)(指揮), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏), ルツェルン音楽祭管弦楽団(演奏)

「のびやかな歌が実に魅力的な、マエストロ・セルのドヴォルザーク」


マーラー:交響曲 大地の歌マーラー:交響曲 大地の歌 (詳細)
フェリアー(カスリーン)(アーティスト), パツァーク(ユリウス)(アーティスト), マーラー(作曲), ワルター(ブルーノ)(指揮), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)

「男女・洋の東西・生と死」「神々しい歌」「最近、じっくり聴けるようになりました。」「激しさと緊迫感に満ちたエネルギー」「古き良き時代の名演」


R.シュトラウス:ばらの騎士R.シュトラウス:ばらの騎士 (詳細)
クライバー(エーリヒ)(アーティスト), ウィーン国立歌劇場合唱団(アーティスト), ライニング(マリア)(アーティスト), ヴェーバー(ルートヴィヒ)(アーティスト), ユリナッチ(セーナ)(アーティスト), ペル(アルフレード)(アーティスト), ギューデン(ヒルデ)(アーティスト), ヘルヴィッヒ(ユディット)(アーティスト), クライン(ペーター)(アーティスト), ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)

「初めての人にはお薦めできないが・・・」「ドラマ性がない。」


R.シュトラウス:4つの最後の歌R.シュトラウス:4つの最後の歌 (詳細)
カラヤン(ヘルベルト・フォン)(アーティスト), ヤノヴィッツ(グンドゥラ)(アーティスト), R.シュトラウス(作曲), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)

「ヤノヴィッツのソプラノ」「カラヤンの悪口を言う前に」「無上の美しさ」


バルトーク:弦楽四重奏曲全集バルトーク:弦楽四重奏曲全集 (詳細)
ジュリアード弦楽四重奏団(アーティスト), バルトーク(作曲)

「ジュリアードの十八番」「悪いとは言わないが」


▼クチコミ情報

ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル

・「リパッティ最後の輝き
 どの世界にもずば抜けた才能を持ちながら夭折した者たちは数多くいる。西洋音楽の世界でも、指揮者のイシュトヴァン・ケルテス、フェレンツ・フリッチャイ、ヴァイオリニストのジネット・ヌヴー、チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレ、テノールのフリッツ・ヴンダーリヒなど錚々たる人物ばかりである。才能を持つものが早世するのは神が定めた宿命なのだろうか。それは私には計り知れない事だが、しかし、それゆえに偉大な芸術家として後世に語り継がれるのかもしれない。その一人で、今では伝説的とも言えるピアニストがディヌ・リパッティである。 ディヌ・リパッティはルーマニア、ブカレスト生まれの夭折した天才ピアニストである。かのコルトーにピアノを学んだ経歴を持ち、コルトーも彼が亡くなった時には大変な逸材を無くしたと悔やんだそうである。それほどの才能を持ちながら夭折してしまったのは私たちにとっても大変惜しい事であった。しかし、その短い人生の中で、後世に数としては少ないが、かけがえのない遺産を残したくれた。彼の常に凛として格調高く、音楽そのものに敬意を持って接する態度はこの数々の録音の中に窺い知れる。彼が単に抜きん出た才能の持ち主でなく、その与えられた才能を弛まず努力し、磨き上げ、妥協を許さずに音楽と向かい合ってきた事は彼を直接知らない聴き手の私たちにさえ、その音楽に耳を傾ければ理解できるだろう。その彼が生涯最後の演奏会として舞台に立ったものが、この「ブザンソン告別リサイタル」である。 この時期は彼の症状は悪化し、特効薬を投与する事も止め、もはや演奏ができるような状態であった彼は、医師からこの演奏会をキャンセルするよう勧められたにもかかわらず、それを振り切って「僕は約束した。僕は弾かねばならない」と言って、この演奏会に臨んだそうである。この不屈の意志と気高き精神にはただ心を打たれるのみである。演奏曲目は彼が得意としたレパートリーばかりで、シューベルトを除いては他に正規のスタジオ録音としても残されており、全体的な完成度としてはそちらの方が高いと言える。けれども、この録音にはライブ特有の起伏やテンポの揺れがあるだけでなく、この生涯最後の演奏会に臨む一芸術家としての使命感や鬼気迫るものが感じられる。決して演奏自体が深刻さを持っているわけではない。むしろ、リパッティの清澄で格調高い音楽に終始貫かれている。しかし、巨匠と言われる芸術家の最後にありがちな神秘性や抑えてきた自己の想いの告白さえも自制して、最後の最後まで芸術家として音楽を伝えようとする使命感にはただ私たち聴き手の心に深く迫る感動を呼び起こすのである。彼の唯一の録音であるシューベルトの即興曲での美しい流れと底から湧き上がってくる感情はそこらの澄ました演奏とは一線を画している。これだけでも貴重なものである。また得意とする、バッハ、モーツァルト、ショパンの演奏も輝きを放っている。ただ、唯一惜しむらくは、リパッティの十八番であるショパンのワルツ第二番が演奏できずに収められていない事である。最後にこの曲ですべてを終えて欲しかった。 近年、芸術が商業化され、コンサートでも演奏者と聴衆が二元化された構造の中、何ら深い感動なしに日々一種の習慣のように演奏行為が営まれているが、このような図式が果たして本当に良いのであろうか。芸術はただ耳で聴いて、その美しさに浸って、満足すれば良い、ただそれだけのものであろうか。戦前、戦争直後は芸術が生きる人間の魂に深く響き、人々に生きる勇気や励ましを与えていたのではないだろうか。むしろ、芸術が生きるのに不可欠なものではなかったのではないだろうか。そこには演奏者と聴衆との間には精神的な隔たりは存在せず、むしろ双方が一体となって音楽という芸術を作り上げていたのではないか。音楽は本来そのようなものであると私は思う。メディア業界が進歩した現在はそれがむしろ文明の進化に伴って、希薄化してしまった。これが良い事か悪い事かは人それぞれ思うところが異なるだろうが、ただ、音楽に命を賭けたリパッティのような芸術家の演奏を聴くと、音楽の意味を改めて考え直させるきっかけを与えてくれると同時に、音楽と人間との精神的結びつきを決して忘れてはならない事を学ぶのである。

ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル (詳細)

バッハ/無伴奏チェロのための6つの組曲

・「何を聴こうか迷った時は迷わずこれをトレーに!
フルニエのチェロを初めて聴いたのはピアノのケンプとのデュオだったと思う。滋味深い演奏に買って良かったとしみじみ思ったものだった。それから時を経て、村上春樹氏の小説「海辺のカフカ」の中でクラシックをこよなく愛する喫茶店主が「フルニエ先生」と呼んで敬愛しているエピソードが出てきたりして、彼の小説のファンの人々にも聴いてみたいと思われた方が多いようだ。同じようにエピソードに盛られたルービンシュタインのトリオ(ベートーベン「大公」)など、わざわざCDで再発されていた。

チェロの音色はただでさえ深みがあり、時に内省を促したり心の憂さを洗い流してくれたりするが、ここで聴ける演奏は更に深いところまで沁みてきて、まるで雨水が何層もの岩や砂を通じて清水になり泉として再び湧き出すかのような、そんな清澄な心象をもたらしてくれる。フルニエ先生と呼びたくなる気持ちも判る気がするというもの。孤高に屹立する演奏ではなく万人の情に語り掛けるひとつの普遍的な演奏だと思う。

・「夜中に静かに
フルニエによる演奏で、録音は1960年とかなり古いです。しかし、フルニエの技術は138分間聴く人を飽きさせません。私は本来ならば派手な演奏、華やかな曲を好むタイプなのですが、このフルニエのバッハにはかなり参りました。チェロということもあり、夜などに静かな時に楽しむことがふさわしい作品だと思います。まさに歴史的名盤といえるでしょう。

・「金字塔
巨匠フルニエによる永遠不滅の名演。無伴奏チェロ組曲の決定版。他の作品を聴く場合にもこの作品が一つの基準になると思う。

バッハ/無伴奏チェロのための6つの組曲 (詳細)

モーツァルト:交響曲第25番&第40番

・「万人向けではない名盤
 この演奏、気に入らない人は気に入らないであろうと思う。快速のモーツァルトが氾濫する現代では、このたっぷりしたテンポが許せない、という人もいようし、それよりも有名な主題に掛かったポルタメントを嫌う人もいるだろう。しかし、今は失われた旧きよき、少しばかり退廃的なウィーンの演奏を愛する人にはたまらない名演だと思う。老ワルターの愛情のこもった音楽への接し方が感じられる。彼は本当にモーツァルトの音楽を愛していたことが感じられるのである。ワルターは、音樂というものは人を幸せにするためにするものだ、と思っていたのだろう。 あくせくとしなければならない現代、これほどのどかな、しかし緊張感の漲る音楽は、どういう意味を持っているのだろうか。せわしない現代であるからこそ、ほっと息をつける音楽がとても大切なのではないだろうか。また、現代にはこのワルターのようなエレガントな音楽をする指揮者が本当に少なくなった。人々が音楽に幸福を求める限り、生涯を通じて音楽に献身的な愛を込めたワルターの音楽が滅びることはない。

・「普遍的定番?
近年はモツのCDを買いに来た人に「モダンですか?」と店員さんが聴く。買いに来た人は「ハァ?」何のことかサッパリと判ると対応が違う。ニコラウス・アーノンクールによって様変わりしたと言ってもいいだろう。古楽器を使用した交響曲演奏が頻繁になった。本来初演された当時は大オーケストラでの演奏ではなかった。当たり前の話だ。その雰囲気を出そうとした動きが増々強く、と言うよりある意味現状に飽きたというのが本音だろう。「悲しみの氷漬け」とは宇野功芳氏のモツ評だが、目にいっぱい涙を溜めながら顔は微笑んでいる。苦しみあがいても気品さは決して失わないいじらしさ。これがモーツアルトの本質だ。ワルターは別途コロンビア交響楽団とニューヨークフィル(私は荒削りで好きです)での名演もあるが人気はこのCDに劣る。珍しいト短調の両曲、好みは人それぞれだが万人が認める好演には違いない。一枚持っておく価値がある。

・「40番&25番の名演奏
40番&25番は名曲だと思います。その40番&25番の名演奏だと思います。

録音が気になったのですが、スタジオでコロンビア交響楽団と録音した40番と聞き比べるとこのライブ版の方が圧倒的に感動させてくれることに驚いてしまいます。こんなことがあるから、音楽って不思議ですよね。

コロンビア交響楽団とやっている「ジュピター」も良いですよ。でも40番はこっちが圧倒的に良いです。

・「最高の40番。
クラシック初心者の私でも40番の第一楽章の冒頭の美しさは思わずため息のでるほどです。一番最初にこのCDに出会ってしまったため次に聴く演奏家に迷ってしまうくらいです。以前唯一聴いたことのあるのはオムニバスのコープマンの第一楽章だけ。それからいろいろと試聴したりもしましたがやはりこのワルター・ウィーンフィルが一番です。25番の方も躍動感あふれるすばらしい演奏です。疾風のごとく駈け抜けるワルターとウィーンフィル。ただ他の演奏家と比べると個性的であるように思います。40番&25番共にライブ演奏なので曲の臨場感も肌で感じられるのではないでしょうか。とにかく買いの一枚です!

・「モーツァルトのト短調交響曲のベスト版
40番はすばらしいの一言に尽きる。問題のポルタメントやワルター・パウゼを差し引いて考えてもすばらしい。特に第2楽章。他の楽章に比べるとやや個性の薄い第2楽章をここまで聴かせるのはさすがにワルター。25番の非常に怪しい冒頭部には思わずニヤッとさせられる。悪魔のような笑みをたたえたワルターの顔が浮かんでくる。

モーツァルト:交響曲第25番&第40番 (詳細)

モーツァルト:フィガロの結婚

・「最高の音楽に身を浸してほしい
言わずと知れた宇野絶賛盤です。没後200年(1991年)のお祭り騒ぎの時に、再発されました。そのときは、詳細なブックレットが付属しており、その冒頭に、「クレンペラーのフィガロ復活!」と題する宇野氏の小文が掲載されていました。しかしなぜかその後このブックレット付きの盤は発売されなくなり、ブックレットなし(従って歌詞対訳なし)の本盤しか発売されなくなったのは残念です。ジャケットも安っぽくなってしまいました。とはいえ、91年発売の盤を持っていない人は、この盤を買うしかありません。演奏ですが、私などはこのテンポで慣れているので、逆に他のフィガロは早すぎるように感じてしまいます。まあそこは好きずきなのでしょう。グリストのスザンナはチャーミングでリズム感にあふれ、なんともかわいい。声がスザンナそのもの。まさにこれから結婚を迎えようとする乙女というにふさわしい歌唱です。特に「とうとううれしいときが来た」の美しさは例えようもありません。他の配役も全く問題ありません。それにしても素晴らしいのがクレンペラーの指揮。音楽そのものが香り立ってくるような、高級感にあふれた演奏です。「お先にどうぞ」の二重唱の前奏と後奏のきれいなこと!日常の嫌なことをすべて忘れ、ゆったりした気分で、モーツアルトの音楽そのものの美しさに浸れる演奏であり、フィガロの結婚というモーツアルトの最高傑作が織りなす極上の音楽を、純粋な形で楽しめる(唯一の?)盤であると思います。私としては本音では星100個つけたい気持ちです。モーツアルトのオペラでは、フィガロは初心者向けと思われていますが、私は最近またフィガロの魅力を再発見しています。聴けども聴けども新たな発見があるモーツアルト。まさにモーツアルトとこの盤は私の人生の宝です。未聴の方はこの盤を是非聴いてみてください。近い将来廃盤になる可能性があるので、今のうちに入手するとよいと思います。

・「おお、ス・ザンナ!!!
他のレヴュアーが先に言っておられるが、このスザンナは良い。真にモーツァルト的な歌い手と呼んでもよかろう。ちょうど女の子がなにやら無心に喋っているときのように、この声は、地上の存在だけでなく天使の耳にも届く。この天国の歌い手は、頭が良く心の清い楽天家であるに違いない。日ごろ、結構な割合で(結構なことに)我々はこういう女性に遭遇する。性格の良い子供ならば、愛情深い親か保護者にさえ恵まれればたやすく天使でいられるだろう。しかし大人が「天使」であるためには、つまり、生を「喜ぶ」為には、自己鍛錬が必要なはずだ。楽天家は、「悪いイメージ」を(戦時中、象舎の象がどく入りのジャガイモを見分けたように)ぺッと吐き出すことが出来るのだ。ショーやモーツァルトといった偉大な芸術家、それから生身のこういう天使たちは、我々を奮い立たせる。生が喜びである事を(即ち生そのものを)心の底から理解できる地点に近づけてくれるのだ。

序曲の堂々たる進み具合も素晴らしい。

・「よくも悪くも、「フィガロ」好き必聴
言わずと知れた、評論家宇野功芳氏絶賛の、クレンペラーによるフィガロ。なのだが、クレンペラーファンの端くれとして、これを他人にお薦めするのは非常にはばかられる。

聴いてみればわかるのだが、序奏からして遅い。非常に遅い。オペラが始まっても、やはり全編遅い。その遅さは、クレンペラーの指揮ともあいまって「フィガロ」の持つ旋律の美しさを際立たせはしているものの、同時に「フィガロ」の持つ楽しさをすっかり消し去ってしまった(すっかり、は大げさかも知れないが)。

まあ、確かに楽しさは失われているが、この「フィガロ」、音楽的には非常に高いレベルにあると思う。クレンペラーの指揮は相変らず見事だし、何より、宇野氏も絶賛のスザンナ役のグリストの歌声は素晴らしいの一語。どんな声かと言われても説明に窮するが、こんなスザンナ、他では絶対ありあない。クレンペラーの演奏ではなく、グリストの歌声を聴くという意味においては、星5つでも良いかもしれない(笑

最初の「フィガロ」としてはお薦めできるCDではない(何とふざけたことに、対訳がついていない)が、クレンペラーファンは当然必携だし、「普通のフィガロはもう飽きた」と言う方も、騙されたと思って一度聴いてみてはどうだろうか。星3つに、グリストの歌声で星1つ、合わせて4つということで。

・「クレンペラーのモーツアルト
ドン・ジュバンニの方がクレンペラーの芸風にあってると思うが、こっちも個性的という点では、抜きんでている。このテンポ感に慣れるのに随分時間がかかるが(1幕終わりぐらいまでか?)いったんはまるとこれに取って代わる演奏はそうそうなく、ブッファのつもりで聴かなければ十分楽しめるし、おどろもどろしい迫力はすごい。歌手もグリストのスザンナ始め粒ぞろい。最終幕がオススメです。

・「「フィガロ」入門にはこれが良いでしょう
 テンポが遅めなので、対訳を見ながらついていく人にはぴったり。本当はもっと遅く、各台詞の発音も明瞭なものがあればよいのだが、現状ではこのあたりで満足しなければならないだろう。(総合的に見ればベームの来日盤が他の追随を許さない。)ただし序曲だけはいただけない。クレンペラーの良さというのは「遅くて重厚」というところにあるので、この序曲のようにただ遅いだけでは、中身がスカスカになってしまう。

モーツァルト:フィガロの結婚 (詳細)

ブルックナー:交響曲第8番

・「桁違いのスケールの大きさ
 クナッパーツブッシュのブルックナーはその種類も多く、演奏、録音ともに良いとなると慎重なチョイスが必要な場合もありますが、ミュンヘン・フィルとの8番は素晴らしいものです。 クナッパーツブッシュは練習嫌いで有名、多くの逸話も残っていますが、それは1回の演奏への集中度、燃焼度を高めるうえでの「方法論」といった視点もあるのではないでしょうか。深くえぐり取られるような音の「沈降」と一気に上昇気流に乗るような音の「飛翔」のダイナミクスの大きさは他ではなかなか聴けません。音楽の設計スケールの大きさが「桁違い」で、こういう演奏をする人にこそ巨匠(ヴィルトゥオーソ)性があると言うのでしょう。歴史的な名盤だと思います。

・「スケールの大きい楽曲を、堂々と再現したアルバムです
そのスケ−ルの大きさな構成で、日本でもファンの多いブルックナーの第8番です。クラシックの楽しみといえば、指揮者・オーケストラの聴き比べですが、ブル8といえば、昔から、シューリヒト(ウィーンフィル)と並んで、名作に挙げられることの多い1枚です。両アルバムの違いを一言で言えば、前者の「躍動」に対し、後者は「深み」といえばいいでしょうか。どちらのアルバムも、スケールが大きく、美しい楽曲を、オケを十二分に鳴らしながら表現しているのですが、よりゆったりと進んでいくのが後者かと。そのせいもあり、当アルバムは、CD2枚に分けられています。今の自分としては、前者の躍動感が好きなのですが、どちらも、ブル8を雄弁に再現したアルバムであり、ブルックナー、とりわけブル8ファンにはお奨めの1枚です。

・「20世紀の演奏
 高校時代この演奏をLPで初めて聴きました、そのときの印象はフルトヴェグラーのベードウェン第9交響曲(バイロイト版)に匹敵するものでした。現在改めてこのCDで聴くと天界の調べに満ちあふれているといった感じです。3楽章は評価によってはテンポが遅すぎもたれ気味とも言われているが、自分が生まれる前世の霊界の雲の中に漂っているような感じになります。4楽章の音の彩の美しさはちょっと言葉では表現できません。この演奏は録音されたものとしては5指に数えられる最高の演奏だと思います。この録音の少し前の同曲のライブが状態のよい録音で残っていればよいのですが・・・・・

・「第8番の原点
最初に第8番を理解することの出来たアルバムだった。その後朝比奈隆や最近はブーレーズを聴くけれども、やはりこの一枚に戻ってくる。

その理由は、安心して身を任せることが出来るからである。ブルックナーには人間の世界を超越した「自然」や「宇宙」があるのだが、そこに安心して入っていけるのはやはりこの一枚だ。

録音時期が古いので音質が不安だったが、全く問題なかった。クナのアルバムには音質の問題があるものも少なくないので、これも評価した点である。

ブルックナーを聴くなら持っておくべき一枚であることに間違いない。

・「ブルックナーの最高傑作の決定版
アントン・ブルックナーの最高傑作であるとともにハンス・クナッパーツブッシュ演奏の最高傑作とも言える本作。僕がLPで本作を購入したのは19才の時で、その時のインパクトの強さを今でも引きずっている。ブルックナーは1884~7年にこの曲の第一版を書いたが演奏も出版もされず、1888~90年に第二版(いわゆるノヴァーク版)を書き上げ、最終的には第二版を元にしながら第一版からもかなりを持ち込んだハース版で帰結を見る。ところがクナッパーツブッシュがここで使っているのはノヴァーク版からハース版に至る間に使用されていた『改訂版』といわれる楽譜である。実にむずかしい(●^o^●)。違うところをカンタンに上げると、スケルツォの第二部冒頭で、チェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリンがピッチカート奏法を見せるがオリジナルはアルコである点とフィナーレの冒頭が6小節カットされている(93-98小節)点だろう。ブルックナーの交響曲は未完の第9番以外みんなこんな調子である。何しろこの曲の決定的名盤である。是非とも経験してほしい一枚だ。

ブルックナー:交響曲第8番 (詳細)

ア・デイ・ウィズアウト・レイン

・「これまでで最も軽く、そして肯定的で明るい作品。エンヤ風バロック音楽とでもいうべきその
5枚目となる本作はそれまでの重厚さの極める作品群の中で最も軽い感じの作品です。それがこれまでにないくらいの肯定的で明るいムードを作り出しています。もっともそうした特性は、底が浅いという物足りなさを聴く人に抱かせる危険も持ち合わせていて、どうとるかは鑑賞する人に委ねられています。 無駄を省いた構成を目指したのか、40分に満たない収録時間になっています。本作の音世界は基本的には「anywhere is」やベストアルバム収録の「only if...」がもつ明るいトーンをさらに発展させたもので、聴きやすさという点では本作が一番でしょう。11曲目が日本盤と海外盤では異なる曲が使われているのが興味深いです。たった1曲の違いですが、アルバム全体を通して聞いた時の印象はそのせいで少し変わります。

春。あるいは印象派の画家モネやルノワールの絵画の世界。幸福感と暖かさと優しさ、そして何よりも光に満ちた世界が体験できる本作を多くの人が聴いたらどんなに笑顔に満ちた生活が前よりも増えるだろう。こういうと大げさかな?

・「心に響く
なぜか涙が溢れてきます。もう一度頑張ってみよう、と思わせてくれる曲が網羅されています。このCDに出会えたことに感謝します。

・「死ぬ前に聞いてください。笑
はい。これは聞かなくては損ですね。ホンダ「エリシオン(でしたっけ?)」のCMで、「おッ この曲イイ!」とか思った方も多いのでは?私がそれです。お恥ずかしながら、それまでエンヤというものの存在すら知りませんでした。そんな方にお教えしますが、あれは「ワイルド・チャイルド」という曲です。絶対イイです。涙が出てくるほど美しい曲です。死ぬ前に一度でいいから聞いてください。ていうか一度聞いたらもう止まらなくなりますね。私、さっきからリピートしてばっかりなんですけど・・・(笑

・「こだわり抜いてじっくりと作り込んだアルバム
驚くのは、変わらない輝きとなお広がる世界観。じっくりと作り込まれたこの作品は、前作「Memory of Trees」から実に5年ぶりとなるアルバムですが、尽きることのない新しい旋律と、しかし、それでもなお彼女だからこそ紡ぎ出すことのできる、変わることのない神秘的なサウンドに、ただ感服するばかりです。

全体的に、前作「Memory of Tree」と同様、明るく弾むような曲が多いのですが、もちろん、前々作「Shepherd Moons」のような繊細で美しい曲もあり、アルバムとしての完成度も文句ありません。導入部を飾る、タイトル曲「1. a day without rain [ア・デイ・ウィズアウト・レイン]」、映画「冷静と情熱のあいだ」のメイン・テーマにもなった「2. wild child [ワイルド・チャイルド]」、至極の名曲「3. only time [オンリー・タイム]」、また、「5. deora ar mo chroi [ドーラ・エル・モ・フリー]」が前者、「7. fallen embers [フォーレン・エンバーズ]」や「9. pilgrim [ビルグリム]」が後者に当たるのでしょうか。

もちろん、枚挙にいとまがありませんから、すべてを列挙するような無粋なことはしませんが、そのほかの曲も荘厳で輝くものばかり。ここのところ3~5年と長いスパンでリリースされ、ファンをやきもきさせているエンヤさんですが、こだわり抜いてじっくりと作り込んだアルバムは、完成度の高く、商業的に曲を乱発するようなアーティストとは一線を画しています。もっと多くのアルバムを作って欲しいというのは、ファンの正直な気持ちかもしれませんが、ここは腰を据え、流れる時間を豊かに味わいながら待ちましょう。

・「驚くべきクオリティー!
エンヤのアルバムがリリースされる度に買われている方はきっと多いでしょう。私もそういう一人ですが、彼女のアルバムは、1988年の「ウォーター・マーク」の感激が、それから12年も経過し2000年に発売された、この4枚目のアルバムになってもいささかも失われず、さらにその世界が広げられていることだと思います。

何度聞いても新鮮さを失わず、初めて聞いても懐かしさを感じる彼女のミュージック。ホントに素晴らしいと思います。

ア・デイ・ウィズアウト・レイン (詳細)

Queen II

・「何故か一番聞いちゃうんだな
数あるクイーンのアルバムの中でも、日本のファンには一番人気があるんじゃないでしょうか。私も、一番聞いてます。これのsideブラック。フレディの美意識がプンプンしてきて、最高です。完璧な「オペラ座」に至る前の、この2ndと3rdは自分たちのやりたいことを、目いっぱいやっている、この勢いがゾクゾクさせられます。

・「驚異的なギター
ホワイトサイド/ブラックサイドそれぞれにおける世界観の素晴らしさは皆さんのかいている通りですが、特にブライアンのギターが非常に素晴らしい作品でもあります、クイーンの最高傑作を選ぶのは難しいのですが、ギタープレイに関してだけ言えば間違いなくこの作品が最高傑作ではないかとレッドスペシャルの幅広い音を生かした音には衝撃を受けます・・・特にギターをやっている人なら間違えなく学ぶ所があるでしょうさすがに"nobody played synthesizer"とわざわざ書いてあるだけのことはあります

・「クイーンの「リボルバー」
 最近ベスト続きのクイーンだが、アルバム(作品)としての完成度はこちらが上。私なら一連のベスト4枚よりデビューアルバムからオペラ座の夜までの4枚をとりあえず買う。

・「プログレ?たぶん、ヘビーメタル界のプログレ的というのはこのB面
クイーンといえば、「オペラ座の夜」までという人は少なくない。何故ならそこまでのクイーンはやりたい事を片っ端からやっている勢いがあり、後はこなれてきていてクオリティーは高いけど、ファンとして燃えきれないかもしれない。そんな時期の一番実験的なアルバムと言えるのではないでしょうか?

ホワイトサイドとブラックサイドで分けられたアルバムはホワイトサイドにBrian May、ブラックサイドにFreddie Mercuryとそれぞれが主導権を握り制作。ホワイトサイドの聴きどころは名曲Father To SonとWhite Queenだ。特にFather To SonはBrian Mayの純粋さが現れた曲。(この人ギタリストなのにほのぼのソングが多い。)対してブラックサイドは圧倒だ。Orge Battleは一番ヘビーメタル的でそっち系のリスナーにアピールするだろう。切れ目無く続くThe Fairy Feller's Master-Strokeの疾走感は快感だ。The March Of The Black Queenはこの時期のクイーンの魅力を余す事なく表しているのではないでしょうか?ヒットシングルのSeven Seas Of Rhyeはおまけで本来、ここに入れるべきではなかったかもしれないが、邪魔にはならない。

いつも思うのがRoger Taylorの貢献度。彼のボーカルがクイーンを特別にしていると言ったら言いすぎでしょうか?The March Of The Black Queenでの彼のボーカルはカッコよすぎ。

・「See What a Fool I've Been
既にUK盤を持っていたのでちょっと悩みましたが、「See What a Fool I've Been」というボーナストラックが聴きたくて、US盤も買いました。いい曲です!気に入りました。歌詞カードに無い言葉も、フレディの口からガンガン流れ出てきて楽しいです(楽しい内容じゃないですが)。そういう所からも、「本当に歌うまい人だよなぁ」と、改めて感心しました。後の二曲のボーナスは…何で入れたのか疑問が残りました。「See What~」だけでもう充分お得な感じがしましたよ。本編「QueenⅡ」の素晴らしさは言うまでもありません。大好きなアルバムです。

Queen II (詳細)

Bach: Well

・「確認しました
グールドに分類されていて、2004年発売で英国盤扱いで4枚組で "Well" と書いてあるので、これは平均律クラビーア曲集全巻の新装発売盤だと思われます。だとしたらこれはSMEフランス支社独自企画で英国盤として発売、販売は欧州のみでした。仏独自企画、copyright 2004、SBMマークがないといった点から、新規にマスターが作られているのかと思って調べましたが、聴感上はGlenn Gould Edition盤と同じ音でした。CDの評価星5つは、このセットが彼の平均律全曲集としては最も安価に入手できるものだからです。

Bach: Well (詳細)

バッハ:オルガン名曲集

・「病的より変態ほうが健康だろ
あまりに病的、深淵に臨むような旋律だこと

性を抑制することは宇宙の軸から外れるってことさ

それを抽象的な悲壮バラードって呼ぶ奴がいるけどさ

それじゃあまりに呪術的じゃない

健康な深淵に挑む奴ほど狂気染みてるとか言う奴がいるけど

それじゃバッハの感性はBGMに過ぎないことになるだろ?

いっそ争いの土壇場に紛れて焼失して欲しい

過去そのものだな。

・「地味 but 深遠
オリジナル楽器全盛の現在、いまや忘れられつつある盲目のオルガニスト、ヴァルヒャのバッハです。

非常に地味です。コープマンあたりの生き生きとした演奏に比べて色彩感に乏しいので、ちょっと聴いただけでは魅力を感じない方も多いと思います。

でもこのパッサカリアはぜひじっくり聴いて下さい。重く静かに始まる低音主題、おずおずと遠慮がちに乗せられる第一変奏。今風の演奏に慣れた耳には「何これ?」と聞こえることでしょう。 しかし曲はいつしか壮大な高みに登りつめていきます。クライマックスで渾身の悲しみをこめて歌われる第1主題がなんと美しい響き!

この曲の「気高い精神性」を深く表現した名演だと思います。

・「「パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582」に感動
 しゃんと背筋の伸びたたたずまいが好ましいヘルムート・ヴァルヒャのオルガン。その演奏から、こんこんと湧き上がるバッハの音楽の生命感が、よく伝わってきました。 なかでも、主題と20の変奏からなる「パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582」に感動したなあ。荘厳で、揺るぎない音楽が、まるで夜空の星々のようにちかちかと瞬き、めぐって行く様は、本当に素晴らしいものでした。 もう一曲、「トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV564」のトッカータの音楽も気に入りました。ここでは、バッハの軽やかな音楽の煌めきに酔いましたね。この曲には、ブゾーニのピアノ編曲版を弾いたホロヴィッツの演奏(1965年、カーネギー・ホールでのコンサート)もあって、それもいいんですよ。

 録音データを記しておきます。 「BWV565」「BWV564」 1956年9月。 「BWV542」「BWV582」 1962年9月。 オランダ、アルクマール聖ラウレンス教会大オルガン 「BWV578」 1970年5月。 「BWV639」 1969年9月。 「BWV659」「BWV645」 1971年5月。 ストラスブール、サン・ピエール・ル・ジュヌ教会オルガン

バッハ:オルガン名曲集 (詳細)

ベートーヴェン : 大公トリオ、シューベルト : ピアノ三重奏曲第1番

・「カザルスの醍醐味
星を四つにしたのは、やはり残念なことに録音レベルが悪い。でも、録音が悪いにしても星を四つつけるだけの良さがある。あまり、クラシックに詳しくなかったけれど、これを聞いたときに一つの感動があり、他のカザルスの演奏も聞きたいと思わせる作品です。

・「個性の融合
軽やかに螺旋階段を駆け上がりながら、舞い落ちる羽を見るような音。三人の調和が織り成す優雅な仕上がりです。体を覚醒させるルービンシュタインの”大公”と聞きくらべてみるのも悪くは無い。

・「なんというリラクセーション効果
 演奏の良し悪しを言う以前に、音が悪い。ところどころのノイズも気になるし、最初ははっきりと「買う価値なし」といいたくなった。ところが、この酷い音と感じたヴァイオリンの、眠気を誘う心地よさはいかばかりか。音が悪いことでかえって生み出される、なんともいえぬ雰囲気。いや、その音の悪さを通り抜けてくる演奏者の技量も、おそらく関係してくるのだろう。

ベートーヴェン : 大公トリオ、シューベルト : ピアノ三重奏曲第1番 (詳細)

ベートーヴェン:交響曲第9番

・「無人島に持っていきたい!
指揮も演奏も合唱もソロもとにかく素晴らしい。無人島に一枚しか持っていけないならこれを持っていきたい、そうとしか言えない一枚だ。

戦後再開されたバイロイト祝祭音楽祭初日、1951年7月29日の大劇場ライブ盤。普通にリマスタリングされた盤もあるが、このCDでは開演前の拍手、フルトヴェングラーの足音、声が聞けて面白い。こちらの盤のほうがライブに参加しているような気になれて楽しいのだ。

この時の楽団・合唱団はバイロイト祝祭管弦楽団、バイロイト祝祭合唱団、ソプラノはエリーザベト・シュヴァルツコップフ、アルトはエリーザベト・ヘンゲン、テノールはハンス・ホップ、バスはオットー・エーデルマンという編成である。

ちなみにバイロイト祝祭音楽祭ではリヒャルト・ワーグナーの作品以外に演奏されるにはこの曲だけである。ワーグナーには申し訳ないが、思わず納得してしまう。聞き終わった後、贅沢かもしれないがフルトヴェングラーにもう少しだけ長生きしてほしかった…と、そんなふうに思える一枚である。

・「たぶん最も売れているフルトヴェングラーの第9
EMIから出されたこの盤はレッグ氏が編集したもので、最も長く、そして最も販売されたものでしょう。編集の是非はともかく(今の価値観で、論評することはできないでしょう)、すばらしい名盤です。その後、この51年バイロイト第9をもっと良く聴きたいという数多くのフルトヴェンヴラーファンの欲求から、音源探しやリマスタリングの活動が始まり、今に至っています。

・「O Freunde, diese Tone!
既に評価が確立され(てしまっ)た感もあるこの『バイロイトの第九』。個人的には、たとえ客観性を損なったとしてもこの録音の背景、そして多くの人が述べる「名演である」という評価も含めた上で「素晴らしい音楽である」と酔えるのならば、主観的な評価であれそれはそれで素晴らしいのではと感じます。この演奏が例えようのない軽やかさと雄々しさを感じさせるのは少なからず耳が歴史的文脈を沿っている部分を否定できませんが、批評家でなく単なるいち聴き手として、純粋な音楽としての批評を逸脱して評価させてもらえれば、それこそ"歴史的"に、あまりにも『第九』らしい『第九』と言える素晴らしい一枚です。

(追記)どうやらEMI所持のマスターに関しては、リハーサル時の音源を含めて編集されたものである可能性が高いようです。とは言え、現時点でバイエルン放送音源のCDを入手するのは些か敷居の高いこともあり、またこれだけ背景のスト−リーに左右されながら音のみで「どっちが上か」と判断に急ぐのはナンセンスな以上、編集可能性を考慮に入れながらも十分に素晴らしい内容のこのCDをお手頃な価格と言うことも含めて選択するのは問題ナシ!と思います。最終的にはバイエルン放送音源とともに愛せればいいんですけどね。

・「凄い迫力!
色々な演奏の第9を聴いてきましたが、この迫力は他に例の無いものだと思います。

私は、この演奏の歴史的な背景などは知らない様なレベルのクラッシク好きなので、評論など出来ません。ただ、この力強さは、なんとなく自分がイメージに持っていたベートーベンそのものだったので、驚きをもって聞き入ってしまいました。

音楽の録音状態は当時のレベルのものですから、決して良いとはいえません。音が歪んでいると思われる箇所や合唱が不明瞭なところもあります。ただ、それでもこの迫力、力強さは何にも替えがたい魅力といえると思います。

聴いてみる価値のある一枚だと思います。

・「音源問題が残念
この演奏と異なる同じ日付の音源がバイエルン放送にあり輸入盤として発売されている。本盤は編集の跡があり、ゲネプロとの編集の可能性があるといわれている。バイエルン盤は録音も自然で、コーダも決まっている。大部分が明らかに本盤とは別の演奏。このあとにあらためて本盤を聞くと、演奏前後の拍手も、有名なフェルマータの部分でのクレッシェンドなど不自然な部分が多いのは確か。本盤の演奏の価値が決して下がるわけではないが、戦後のバイロイト再開記念という歴史的意義のある不滅の金字塔ライブだっただけに、それに乗せられてきたのかと思うと残念です。バイエルン音源の演奏が聴けるようになったので是非そちらも聞いてほしい。

ベートーヴェン:交響曲第9番 (詳細)

ザ・ベスト・オブ・シューベルト

・「シューベルトとフィッシャー=ディースカウの顔がダブってー
ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ。 子供の頃、音楽の授業で聞かされた“魔王”の声は間違いなくこの人だったと思います。 また、親が持っていた“冬の旅”のLPもこの人の独唱でした。 教科書やLPのジャケットに彼の顔写真などは載っていなかったので、シューベルトの肖像画を見て、(馬鹿な話ですが)この人があの歌を歌っているんだなあ、と、子供心に思っていたものでした。

このCDには昔懐かしいシューベルトの歌曲が年代順に網羅されています。 本当にシューベルトが似合う人ですね。 と、言うか、他の男性歌手によるシューベルトを聞いた記憶がありません。 一番最後に収録されているセレナーデ作品72−4なのですが、あまりにも有名な曲なのでもちろん知ってはいましたが、実はシューベルトの曲だとは知らずに、しかもフィッシャー=ディースカウの声で聴くことが出来て、もうけものでした。

ザ・ベスト・オブ・シューベルト (詳細)

ロッシーニ:序曲集

・「トスカニーニのロッシーニ・クレシェンドはこんなに凄い!
トスカニーニとしばしば比較されるフルトヴェングラーは、その強烈な個性のゆえに、ショパン同様後継者を持たなかった。一方のトスカニーニは、現在活躍するすべての指揮者の源ともいえる。トスカニーニのモットーは「楽譜に忠実に」ということ。もっとも、この「楽譜に忠実」ということほど難しいことはないだろうが。

でもこの演奏を聴いてみると、彼のモットーはともかく、彼もまたフルトヴェングラーの同時代人だったことがハッキリわかる。ここにはフルトヴェングラーと共通の気迫があるし、音のバランスだとか技術などを最優先とはしない、演奏に対する強い情熱が感じられる。

ロッシーニのクレシェンドは有名だが、これがどんなに凄いかは、これを実際に聴いた者でないとわからないだろう。こんな演奏を求められた楽団員たちに同情したくなるくらい。実力を発揮するのではなく、実力以上の演奏が求められている。この態度もまたフルトヴェングラーと同じ。

私はさっき、現在活躍する指揮者は皆トスカニーニの後継者だと書いたが、でも現在これだけ熱気のある演奏を聴かせてくれる指揮者がどれだけいるだろう? 時間も労力も充分に使える現在の演奏が、生きるだけで困難だった頃につくられた音楽に匹敵しないというのは、どういうことか? 音楽は瞬間を相手にする芸術であり、誰かさんの言葉ではないが「芸術は爆発だ」という根本的な精神が軽んじられてしまったのだろうか? だから私のように、モノラルを手放せない人間も出てくるんでしょうネ。

ロッシーニ:序曲集 (詳細)

フォーレ:レクイエム

・「透明な美しさが神秘的なフォーレのレクイエム
 とても透明な柔らかさを湛えた名演です。演奏は淡々と進みます。しかし、「Offertoire」のこの上なく神秘的な美しさは本当に素晴らしく、ただただ感激してしまいます。情感あふれる演奏というのとはまた違って、この曲そのものの持つ神秘性をそのまま描きだしたような、敬虔さともいえる素直な感動に満ちた音楽が聴き手に自然と染みわたります。「Pie Jesus」のソプラノの透明感、「Agnus Dei」の、「Introit et Kyrie」冒頭が再現する前の威厳、そして「Agnus Dei」冒頭の穏やかな旋律への絶妙な間合いなど、聴き所もたくさんあります。

 この曲の有名盤としては、クリュイタンスやコルボのものがありますが、私にはクリヴィヌのものが一番合います。クリュイタンス盤は、彼独特の音楽性(人間性といっても良いか)の投影が、この曲ではあまり合いませんでした。ラヴェルの演奏などでは、素晴らしいと思うのですが。コルボ盤も好きですが、クリヴィヌ盤のほうが私はよく聴きます。

 最近実演でこの曲を聴く機会があったのですが、そのときの印象としては、クリヴィヌ盤が最も近いと感じました。いろいろあって一概には言えないかもしれませんが、このような演奏がやはりより現代的なのかなと感じました。

 フォーレの音楽は聴き手が演奏にこめられた精神性やイメージ!をただ感じるのではなく、その音楽に共感し、自らの精神を映し出して自由にイメージを描けるところに、私は非常に魅力を覚えます。そこには聴き手に対するある種の無関心があると思います。自然が私個人に対して無関心であることに安らぎを感じられるのと同じような穏やかな優しさを、フォーレの音楽は秘めていると感じます。そういった点で、この盤は私にとって理想的な演奏です。

・「自然かつ堂々たる名演
すぐれた録音も手伝って、やわらかく気品あふれた豊かな響きを生み出していると思います。フォーレ作品の室内楽的な傾向をよく捉えて繊細かつ多彩で、軽やかさ、繊細さ、明瞭さを実にバランスよく表しているとともに、クライマックスでは圧倒的な迫力を表出しており、感嘆することしきりでした。

フォーレ:レクイエム (詳細)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調

・「のびやかな歌が実に魅力的な、マエストロ・セルのドヴォルザーク
 曲そのものの魅力、演奏の魅力、どちらをとっても圧倒的にドヴォルザークの『チェロ協奏曲』が素晴らしかった。ハイドンの曲は、悪い言い方になっちゃうけれども、何か添え物的な気がしたな。ドヴォルザークの音楽を聴いたあとでは、曲の輝きが段違いに劣る感じがして、これならいっそ、ドヴォルザーク一本だけ収めて発売したほうがいい印象になったんじゃないかなあ、なんて思いました。 てことで、1962年6月録音のドヴォルザークのコンチェルトが素晴らしかった。独奏のチェロとオケとががっぷり四つに組んでぶつかり合う感じではなく、オケとチェロとが室内楽みたいに掛け合いながら、のびのびと旋律を奏で、歌い上げていく雰囲気がありましたね。フルニエのチェロのカンタービレな歌いぶりもいいし、ベルリン・フィルの管楽器群、殊にフルートやクラリネット、オーボエといった木管楽器の演奏が素敵だったなあ。歌わせるところではゆったりとメロディーを歌わせ、締めるべきところではぴしっと締めてアンサンブルを整えるマエストロ・セルの熟練の棒さばきの、うーん、見事だったこと。これは、セルの下、フルニエとベルリン・フィルがドヴォルザークの歌をのびやかに歌い上げてゆく、そこに一番の趣と味わいがある演奏ではないかなと。いやあ、よかったですよ、このドヴォルザークは! ドヴォルザークには、問答無用の五つ星を。ハイドンの『チェロ協奏曲第2番』は、音楽の魅力が格段に落ちると感じたので星二つ。で、このCDは言うまでもなくドヴォルザークの曲がメインなので、そちらを優先して五つ星を付けました。

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 (詳細)

マーラー:交響曲 大地の歌

・「男女・洋の東西・生と死
 音楽的なレビューは多くの方がお書きになられているので割愛します。 マーラーは死を畏れていました。自身の9番目の交響曲となる『大地の歌』から番号を外したのは、ベートーヴェンもシューベルトもブルックナーも、みんな交響曲第9番まで書いて亡くなっていたからです。彼は弟子でもあり親友でもあったワルターにこう語ったといいます。「この作品を発表したら自殺者が出るのではないか」と。 フェリアーは40歳かそこらでしたが、生命の火は尽きようとしていました。このアルバムは5月の録音ですが、彼女は自分がふたたび春の日を見ないことを知っていました。 歌詞は中国詩のドイツ語訳を、マーラーが曲に合わせて書きかえたものです。李白、銭起、王維、孟浩然から取られています。第5楽章の元となった李白の『春日酔起言志』は「胡蝶の夢」という言葉を生みました。中国詩にお詳しい方はご存じだと思います。 このアルバムでは、76歳のワルターが死別した親友の死生観を指揮しています。パツァークが素晴らしい歌声を聴かせてくれます。まだ若いフェリアーが文字どおり必死で生命を歌いあげます。男女が交互に歌い、洋の東西が交錯し、生と死が現実に、録音したまさにそのときに、せめぎ合っていたのです。 ジャケットには「Legends」と刻印されています。伝説なのです。

・「神々しい歌
 ワルターもウィーンフィルもパツァークもそれぞれに素晴らしい。しかし、ここでの最大の聴きものはやはり、フェリアーのそれも最終楽章「告別」での絶唱ぶりだと断言してはいけないだろうか。

 フェリアーは、音程が不安定でドイツ語の発音はかなり英語的で、一般的な意味でいえば、かなり「アヤシイ」歌いぶりだ。しかし、そうした数々の欠点ともいえる問題を差し引いて余りあるのが彼女の声そのものだ。かげりを帯びた深い声色は、一度聴いたら忘れられず、脳裏に焼き付いて離れない。そのフェリアーが思いのたけをこめて、丹念に歌を紡いでいくさまは神々しささえ感じる。 最後に「ewig ewig」と続ける時、音楽が永遠に続いて欲しいを願わずにはおれない。 ワルターの指揮ぶりは、彼と同時代の音楽に、激しい気迫で対峙するが、音楽の造型自体は現代の感情過多の演奏に比べて古典的とも言えるほどに端正なものだ。 モノラルだが録音はかなり優秀で聴きづらいようなことはない。

 1人でも多くの人に聴いてもらいたい名盤!

・「最近、じっくり聴けるようになりました。
この曲は好きなのですが、気に入った演奏がないのです。2人の独奏者がそろわない。いろんな演奏の中では、ワルター/ニューヨークフィルのミラーの歌唱が大好きでした。でも、なんとなく、ワルター/ニューヨークフィルの演奏がのんびりしているというか、日なたぼっこしているというか、迫力に欠けます。

ワルター/ウィーンフィルの1952年の演奏は、フェリアーがどうも好きになれなく、はるか30数年前の高校生のころから、聴いていたことは聴いていたのですが、なかなか入っていけない演奏でした。ところが、なぜか、最近、じっくり聴けるようになりました。今は、けっきょく、これが一番納得いく演奏かなという気がします。中年になって、自分が変化したんだと思います。オーケストラはうまいし、ワルターの演奏も元気だし迫力満点だし、録音もすばらしくいい。モノラルだけど、散漫な感じにならないのでむしろいい。最近のステレオ録音だと、どうも散漫というか、独奏者がオーケストラに負けていて、聴きづらい。

・「激しさと緊迫感に満ちたエネルギー
ブルーノ・ワルターの特徴は、なんといっても歌にあふれた上品なたたずまいとロマンティシズムにあった。ところが、この「大地の歌」は、彼の持ち味が強靱なエネルギーに圧倒されそうなほどの激しさに満ちているのだ。コントラルトのフェリアーはこの録音の一年後に癌で亡くなった。ワルターの演奏が放つ緊迫した迫力は、この作品の初演を行なったばかりか作曲そのものにも関与していたからか、あるいは死を前にしてひときわ燃えあがるフェリアーの命の炎に感応したものだったろうか。

・「古き良き時代の名演
メカニカルできらびやか、颯爽とした演奏ばかりがもてはやされる今日の風潮では、ワルターのマーラーはいささか古風、もっとはっきり言えば古くさいものとして片づけられかねない。しかし、オケの演奏だけならともかく、歌となるとまた話は別である。ここにその素晴らしい証拠がある。パツァークがまず何よりも素晴らしい。マーラーの病的な部分を体現しているといったら言いすぎだろうか。アルトのフェリアーの声もしっとりと美しく、甘美なウィーン・フィルの弦と渾然一体となって、他では絶対に味わえない魅力をたたえている。なお、この録音の2日後の、同じメンバーによる演奏会もCD化されている。こちらも、本作に劣らぬ出来映えである。ファンなら二つとも持っていたい。

マーラー:交響曲 大地の歌 (詳細)

R.シュトラウス:ばらの騎士

・「初めての人にはお薦めできないが・・・
この曲を得意にし、素晴らしい演奏を重ねながら、もうスタジオ録音は期待できないカルロス・クライバーの父親の録音(カルロスが2種の映像を発売許可した意義はきわめて大きいと思うが)。古い録音だけにデメリットはある。まず、モノラルで音が良くない。R.シュトラウスの流麗きわまる音楽を堪能するには、これは非常に残念。あと、ちょうど女性オペラ歌手の歌唱法が変化する時代のものだけに、その歌い方は現代の我々にはやはり古風に感じられる。

しかし、演奏そのものは実にすばらしいものである。加えて、通常の上演ではカットされる部分も含めた「完全録音」である意味も大きい。だが、何よりの魅力は音楽に込められた実に若々しい生命力。息子のカルロスもこの「いのちのいぶき」を継承したことで、大成功を収めたと思う。その意味では、世評に高いカラヤンの旧盤(新盤は問題外)さえ、凌ぐできと僕は思う。僕のコレクションでも特に大切な1組。ただし、前記欠点があるので、この曲を初めて聞く方にはお薦めできない。録音のいい新しい盤(その意味ではカラヤンの新盤がいいか?)か、カルロスの映像でこの作品の魅力をある程度わかった上でお聞きになると、エーリッヒが単なる「カルロスの父親」ではなく、自身極めて優れた指揮者であったこと、この作品の最高級の理解者であったことがご理解いただけると思う。

・「ドラマ性がない。
確かに、この録音を聴けば、エーリッヒ・クラーバーが《ばらの騎士》を得意としたことはよく分かる。全曲を通して速いテンポ、音楽によどみがなく、ウィーン・フィルの表情は豊か。《ばらの騎士》のサウンドとしては申し分ない。この録音が発表された当時、多くのオペラ・ファンが驚喜したことだろう。しかし、ドラマに不可欠な心理描写は、まったくといっていいほど無い。第1幕のマルシャリンは、オックス登場前と後では心理状態が変わるのは何故かを、またオクタヴィアンは第2幕の冒頭、ゾフィーに一目惚れする瞬間、何を感じたのかを、またさらにゾフィーは、オクタヴィアンがマルシャリンの愛人であったことを受け入れなければならないが、その試練や如何にかを、エーリッヒ・クライバーの《ばらの騎士》には聴くことはできなかった。まるで長大な交響詩を聴いている感じがする。そして、歌手たちはそれを盛り上げるためだけに歌っているように聞こえる。ただ、第三幕の三重唱・二重唱は美しかった。1954年、DECCAの歴史的録音。

R.シュトラウス:ばらの騎士 (詳細)

R.シュトラウス:4つの最後の歌

・「ヤノヴィッツのソプラノ
R.シュトラウスと言うと、華麗な交響詩・オペラを今までメインとして聴いてきましたが、「4つの最後の歌」を知って今となっては僕の好きな曲のベスト10に入っています。静寂感・黄昏感といった、R.シュトラウスの交響詩とまるで違う世界がこの曲にはあります。特に3・4曲目がいいですね。R.シュトラウスが得意なカラヤンがBPOと共にシルクのような煌びやかな伴奏をし、ヤノヴィッツの例えようのない美声・パワーがなんと言ってもすごい!彼女の声を知ってしまうとなかなか他のソプラノが聞けなくなりますよ。カラヤン嫌いの人は一度このCDを聞いてみてください。きっと「さすがカラヤン」と思いますよ。

・「カラヤンの悪口を言う前に
カラヤンの悪口は賞賛と同時に多く聞かれる、私も実はその一派であった。でもやはり実力は認めないと、自分が惨めになるこんな反省を促したのがこのCDであった。これ以上の演奏は考えられないからだ、私はもちろん、ケンペのほうが好きであるし、ベームの方がカラヤンよりよく聞く

最近カラヤンの悪口をいわなくなった、理由はイタリアオペラの作品群とリヒャルト聞くようになったからだ。もしかしたらカラヤンの悪口はレコードの時代のものなのかもしてない。今は気に入れば、ラーメン2杯分の価格で CDが買えるし、MDにも録音できる、上手な演奏も一つぐらいという軽い感覚の現代で 無理してカラヤンさんをけなすのはいかがなものか?

・「無上の美しさ
  この盤の「4つの最後の歌」はいつ聴いても、何度聴いても、ああ、素晴らしいな、この世にこんなに美しい音楽と演奏があるんだ、と思ってしまう音楽です。一生好きである自信があります。 そして私が聴いたことのある「4つの最後の歌」の中では、この盤は別格、と言っていいのではないかと思います。 85歳で世を去ったリヒャルト・シュトラウスの最晩年に完成されたものらしく、若き日に死と隣り合わせにいたというこの大作曲家が、人生の終焉にたどり着いた境地、それがこの音楽になっているのでしょう。

 ヤノヴィッツの澄んだ伸びやかな歌声は、天上から降り下りてくるようです。シュワルツコップ盤と比較すれば明らかなのですが、ヤノヴィッツの声は、1つの楽器のようにオーケストラの中に溶け込んでいます。

 リヒャルト・シュトラウスが選んだ、ヘッセの詩三編と、アイヒェンドルフという人の詩が、これまた素晴らしく、 特に、「四つの最後の歌」の「最後」によく演奏される、「夕映えの中で」は、四曲の中でも、楽曲、詩の素晴らしさなど、全てにおいて際立っていると思います。

 死は孤独なものだと思うのですが、このアイヒェンドルフの詩は違う。この詩の中で描かれる死は、人生を共に歩いてきた伴侶との二人のものだと思います。曲の途中(この盤の2分10秒)から出てくる、二本のフルートは、詩にも出てくる二羽の雲雀を表していて、これが旅をやめ、夕映えの中下界を見渡している、二人の象徴でもあります。曲の最後、夕日が沈む時、二羽の雲雀のさえずりはいよいよ高らかに、明るく、天に昇って行きます。これは二人の魂です。

 この澄みきった明るく美しい音楽とアイヒェンドルフの詩の世界が、自らの死を意識したリヒャルト・シュトラウスが到達した境地であり、人生の最期に寄せる理想であり、また人生をともに旅する夫婦というものの最期の理想でもあるのだと私は思います。

 20代の若き日に作曲され、同じく「死」をテーマにした「死と浄化」が共に収められているのも、作曲家リヒャルト・シュトラウスを理解する一助になるという意味で、この盤の面白さと言ってもいいかもしれません。

 私は音楽を愛する全ての人達に、この盤を薦めることができます。

R.シュトラウス:4つの最後の歌 (詳細)

バルトーク:弦楽四重奏曲全集

・「ジュリアードの十八番
バルトークの弦楽四重奏を聴きたいと思ったとき、ではどの弦楽四重奏団にしようか迷います。アルバン・ベルク、エマーソン、ヴェーグ‥‥。そんなときお勧めなのがこのジュリアード弦楽四重奏団。なんたってバルトークの弦楽四重奏の全曲を出すのはこれで三度目なんだから。

第1から6番まで、バラでも録音してるけど、どうせなら全曲買っちゃった方がお得です。

・「悪いとは言わないが
 このCDはジュリアード四重奏団によるバルトークの弦楽四重奏曲の3回目の全曲録音です。同団の2回目の演奏と比較してみると明らかに落ちていると(入りのずれが特に決めどころで大きくずれたり、奏法の統一感が気になる、音価がいまいちしっくりこないという感覚など。また、比較であって落ちてる要素とは言えないが低音が大きくバランスが好みでないというか、別の曲かと錯覚したほど響きが異なる。)感じました。旧盤は入手が困難であり、とりあえずどんな曲か知りたい場合にはいいかもしれませんが、同団の演奏ならソニーレコードから2回目の第3,4,6番が出ており、他の団の演奏(ABQとかタカーチとか)もあるので考慮に入れてみるのもいいのではないでしょうか。

バルトーク:弦楽四重奏曲全集 (詳細)
ページ上部へ▲

キーワード検索:

シンプルアマゾン:-CD-DVD-ゲーム-おもちゃ-PCソフト-PC&電子機器-家電&雑貨-時計&バッグ-アパレル&シューズ-スポーツ&アウトドア-ヘルス&ビューティ-ベビー&マタニティ-アダルト | モバイル版(ケータイ)

QRコードケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。

シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。

簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。


©2008 1sas.net.