モーツァルト:ピアノソナタ集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), モーツァルト(作曲)
「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」「我とともに唄え、モーツアルトを!」「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス」「まさに「あいた口がふさがらない」」「買ってください」
「クーツェは見える?」「タン・タタン・タン」「麦ふみクーツェ」「小さな奇跡の集合体」「にゃーっ」
楽隊のうさぎ (新潮文庫) (詳細)
中沢 けい(著)
「ブラスやオケに所属するすべての青少年に」「様々な視点から楽しめる一冊」「しっかりと立つ」「文章から音が聴こえてきます」「吹奏楽関係者であれば読んで面白い」
・「グールドのお部屋に「お呼ばれ」する妄想」
グールドはモーツァルトがあまり好きではない、とどこかで読みました。で、どう弾いているのかと思いきや…
K310の第一楽章。早い。K331の第一楽章。遅い。どちらも、ちょっと変わっているのですが、弾きたいように弾いてる感がとてもよいです。子供の頃、これらの曲を家でひとりで練習している時、飽きてくると、譜面通りには弾きたくなくなる瞬間があります。で、自分の好きなように、速く弾いたり、遅く弾いたりして遊んでいたことを思い出しました。
天衣無縫にグールドさんが勝手に弾きまくるモーツァルト。うなり声も手伝って、なんだかとてもプライベートな空気濃厚。お部屋によんでもらって、弾いているのをそのへんのソファで聴いているような、なんとも贅沢になれる1枚です。
・「我とともに唄え、モーツアルトを!」
曲想がはっきりと聴き取れるって、他にはまず、ありえない。グールドがモーツアルトと対話して、俺のモーツアルトを聴き給え、と示した名盤。
グールドが辿りついた各曲の解釈と曲想が、彼の歌い、ハミング、鼻歌?でわかる。プロの演奏家も、心の中では歌ってるはず。隠す事なく伝えてしまったのがグールド。
音楽って楽しいでしょ、僕にはこう読み取れるんだよね、皆さんはどうだ?よかったら一緒に歌おうよ、気持ちいいんだよ。機会があれば君が掴み取ったモーツアルトも見せてもらうからね、とグールドが伝えているように思えてならない。
教科書のさらに先にあるモーツアルト、好き嫌いを言っていいのだけれど、好きになってくれる人が増えるとうれしい。
・「「外界を知らない魂は考えることができない」by アリストテレス」
これは只の演奏ではありません。演奏の形を取った批評です。「俺だったらこうする」「この方がいいと思わないか?」というね。そうでなかったら、大嫌いな作曲家の大嫌いな作品を全曲録音しようなんて思わないでしょう。(ちなみに、嫌いな理由は「聴衆に媚びてるから」だそうです)
そもそも音楽を言葉で語ること自体がナンセンスなのですから、これは非常に真っ当なやり方です。ただ、普通の批評家はそれ程の演奏能力を持っておらず、普通の演奏家はそれ程の批評能力を持っていない、というだけのことです。つまり、やらない、のではなく、出来ないのです。
グールドは、人並み外れた演奏技能と高度な知的活動を兼ね備えているという点に於いて、非凡な存在なのです。
ですから、彼がスコア通りに演奏するかしないかなどということは、全く些末なことに過ぎません。重要なのは、スコア通りに演奏するにしても、ただそう指示されているからそうする、というだけなのか、それとも、自らあれこれ考察した上で、「成る程、スコア通りに演奏するのが最良だな」と納得した上でそうするのか、という点です。つまり、演奏家としてのみならず、人間としての主体性の問題なのです。
グールドは、間違っても「演奏マシン」に成り下がらないだけの主体的な批判精神を持った最高度の演奏家、言わば、真の意味での「現代人」の「音楽家」なのです。
そんなグールド相手に、好きだの嫌いだのと子供みたいなことばっかり言っててもしょうがないんです。私達が彼の作品を楽しむ、或いは楽しむことしかできないのは私達の勝手でしょうが、音楽そのものを情緒的な快楽としてだけでなく知的探求として捉えるセンスなしには、彼の演奏の神髄を味わうことは出来ないでしょう。グールドを聴く喜びは、発見の歓びなのです。
音楽を、でなく、音楽「で」思考しなければ!
・「まさに「あいた口がふさがらない」」
モーツァルトのピアノソナタというと、あの美しい旋律の穏やかな曲だぁ。と思っている人がかなりいると思いますが、そのイメージを初っ端からぶち壊してくれます。まず驚くのが8番。あの楽譜からこんな演奏が出てくるなんて!最初に聞いた時は、思いもかけない"奇襲"には正直びっくりしましたが、よく聴いてみると技術的に完璧な演奏だったり、なによりも音楽性に富んだすばらしい演奏だという事が分かると思います。ようするに魅力的なのです。この演奏はグールドにしかできないと思います。できることなら、全集を勧めたいですが、まずはモーツァルトの名曲がぎっしり詰まったこのCDで衝撃を実感してください。
・「買ってください」
モーツァルトがブームになって久しいですが、(アルファ波がでてるから)私はそれほどよいとは思わず過ごしてきました。バッハはやっぱり天才だ~とか、美しさではラヴェルか・・とか、単純だけどハイドンのピアノ曲も素晴らしいとか言ってきたのです。しかし!グールドのバッハを聴いて「弾き手によってこんなに違うのね」と知り、ではモーツァルトは?と思って、このCDも購入してみました。結果は・・・星5つです!!間違いありません。「クラシック嫌いでもグールドは聴く」と言われますが、このCDでもその力が発揮されています。誰もが子供の頃聴いた事がある名曲(ピアノの練習曲)、と簡単に通り過ぎないで下さい。特に最初に収められているの8番!の、1楽章と3楽章は…心臓に突き刺さる演奏です。1楽章は「そうそう!これぞグールド」とニヤリとさせられ、更に3楽章では奇抜さではなく、恐ろしい程のテクニック&それ故の表現力に泣かされます。モーツァルトのピアノ曲をお求めなら、ぜひ買ってください。とにかく聴いてみて下さい。私はグールドのお陰で25年ぶり位にピアノを再び弾き始めました。
・「クーツェは見える?」
主人公は、身体のおーきな少年です。父親とおじいさんと3人暮らしで、お父さんは、毎日数学のことしか考えていません。おじいさんは、毎日、吹奏楽のことしか考えていません。少年は、身体が大きいために、同世代の子供たちから見えない存在のように扱われています。でも、彼には放課後を過ごす、おじいさんの吹奏楽団とそして、鍛えられた打楽器の才能がありました。クーツェというのは、ある日突然、少年が目にし、音を耳にした、麦ふみをする小さな子供です。クーツェの言葉は、じんとくるものも、よくわからないものもありますが、すべては終りに近付くにつれて、明らかになっていき、そして、素敵な結末が待っています。このお話を読むと、久しぶりに合奏したいなとか、ちいさなで歌いたいなと心から思っている自分に気付くことになります。ぜひ、手にとって、表紙を1枚めくってみてください。
・「タン・タタン・タン」
書店で何気なく購入した本、それがこの『麦ふみクーツェ』でした。
シビアな現実に身を置いている主人公の少年や、その周りの人々たち。でも読んでいて、彼らにそそぐ著者の暖かい眼差しを感じました。次々に起きる、ちょっと変わったとんでもない事件の数々。あまりのとんでもなさに「まっさかー」と笑いながらも、その滑稽さの
奥に潜む人間ゆえの哀しみと、そして人が人に贈ることの出来る優しさを感じ、じんわりと涙を滲ませました。
主人公の少年は若く、子供がそうであるように最初は周りに翻弄されて生きています。でもやがて逞しく成長し、自分の意志で人生を歩み出したとき、彼の前にはいつの間にか多くの扉が開いていたのです。
そして少年は最後に、麦ふみクーツェがないんだったのかを知ります。
読み終わって思ったことは、自分が素晴らしいと思える本と出会えた喜びと、麦を踏んでみたいなということです。
タン、タタン、タン。
不思議なリズムです。
・「麦ふみクーツェ」
舞台は、どこかある島の港町。「ぼく」は「父さん」と「おじいちゃん」とそこに暮らしています。(この物語、固有名詞はひとつも出てこないのです。)主人公はみんなに「ねこ」と呼ばれています。とても背が高く身体が大きい彼は、世界からはじかれてしまったような思いをいつも感じています。 ある日「ねこ」は不思議な音を聞きます。 「とん たたん とん」 「とん たたん とん」
ほんのちょっと世界からはみ出している彼を取り巻く世界も、ほんのちょっと変わっています。そしてその世界でもやっぱり、さまざまなことが起こります。うれしいことも、悲しいことも、楽しいことも、つらいことも。ねずみが空から降って来たり、人が死んだり、騙す人がいたり、騙される人がいたり。不幸なアクシデントもたくさんおこります。ただ、楽しいばかりの物語ではありません。
でもこの物語の涙が出るくらいステキなところは、そんな彼らや世界をつないでいるのが「音楽」だというところです。
「合奏は楽しい」ということ。 音楽を聴くよろこびと、楽器を演奏するよろこび。 伝えたい気持ち。
「音を楽しむ」と書いて音楽。演奏するものも常に楽しんでこそ、音楽なんだなと、そう思っていたころのことを思い出しました。また演奏がしたくなりました。
最高にお勧めです!
・「小さな奇跡の集合体」
音楽と文学の素敵な融合。その美しいハーモニーに涙が流れそうになる。「そんなんアリ?」というような不思議な出来事が次々起るけど気がつくと、どんどん作品にのめりこんでる。
胸がドキドキするような奇跡が起るのを主人公とともに体験できるのは、とても嬉しいこと。
とにかく希望に満ちた作品。大人はもちろん、ヤングなアダルトも読むべし!
・「にゃーっ」
昨日の夜なんだか夢中になってこのお話を読みました。異様に大きな子供(ネコ)の成長を通して出会うヘンテコな人達と、その人達がそれぞれ抱いているおかしくて哀しい物語たち。 お話を読むにつれて、生きていることやら、死んじゃうこと、本を読んでいるやっぱりヘンテコな自分のことについてなど、ふっと自然に考えさせてくれる本でした。そんで読んだあと誰かにオススメしたくなるほんっ。
・「ブラスやオケに所属するすべての青少年に」
集団で音楽を奏でるブラスバンドやオーケストラに所属する者ならば、誰もが共感できる作品。特に、中高生なら、クラスにいるときの自分と音楽仲間といる自分との違いを登場人物と共に感じるはずだ。いじめや嘲笑などでは味わえない、本物の連帯感や快感を音楽づくりを通して経験している彼らは、授業が終わると別世界の音楽室へ雪崩れ込む。
主人公の克久は、小学校時代にいじめの対象であり、心の壁を灰色に塗る左官屋を心の中に住み着かせていた。花の木中学のブラスで打楽器パートに所属した彼に、左官屋の代わりにうさぎが住み着く。音の粒が見え、音が一つになる瞬間を主人公克久とともに経験してほしい。
・「様々な視点から楽しめる一冊」
私ははじめ吹奏楽に関する本であるからという理由で読んだ。内容は実際吹奏楽に関するもので、吹奏楽をやっている人間からしたら面白いと思う。吹奏楽という言葉ではないものを言葉として表したのはすごいと思った。そしてそれが情景が描きやすいようによく書かれている。また、個人的ではあるが今私の所属する吹奏楽バンドで足りないことはこのようにイメージをすることをしないことだと感じた。
そして吹奏楽という見えないものを言葉にすると同時に子供の成長という見えないものも一緒に言葉にし、情景として描くことができる点が良かったと思う。
吹奏楽という視点からと子供の成長するという視点、様々な視点から見ることができるため、何度も繰り返し読みたいと思った一冊である。
・「しっかりと立つ」
著者は18歳の時に群像文学新人賞を受賞しています。「20何年前の綿谷りさ」つーことか?
小学生時代に少しいじめにあった事のある中学生の少年がブランスバンドに入って成長していく話です。ボンクラ気味な少年が音楽を通じて徐々にたくましくなっていく姿は結構感動的です。
音楽コンクールの課題曲と自由曲は一度決めたら、固定されるので、描写の面で同じ音楽描写を頻出させる事はできないという枷があります。これをクールに処理していて上手いです(同じ音楽描写を何度も繰り返すと興趣が薄れるという点)。
「誰もいない家でお弁当を食べるのはウザイ」(291ページ)という文章、ここは「タルイ」とか「カッタルイ」をあてた方がいいと思いました。そういった中学生の微妙な言葉遣いの部分に関して,多少ミスがみられる感じがありましたが、基本的には中学生を上手く描いています。
ブランスバンドの面々(50人)をどう描くか(大人数の登場人物の中から誰にスポットを当てるか)という処理もかなり成功している気がしました。この処理はそのまま、ブランスバンドの成長、及び主人公の音楽的人間的成長描写の成否に関わるので。
惜しむらくは、ブラスバンドが演奏した「くじゃく」や「シバの女王」といった音楽を良く知らないので、音が分かればもっと良かったという感じでした(知らなくてもあの素晴らしい音楽描写を読んでこっちの琴線に触れないわけがない!)。
とにかく、どこかうじうじしていた主人公が「マレット握りしめて仁王立ち」できるようになる過程を描ききっています。続編もすごく気になります。
・「文章から音が聴こえてきます」
爽やかな、少年成長物語だ。ただ、この小説がそれだけで終わらないのは吹奏楽部という舞台設定だろう。音楽、曲はこの小説の中で非常に重要な位置を占めている。音というものを読者にリアリティをもって伝えられなければ、非常にうすっぺらい青春小説になってしまうと思う。この小説の中で主人公やその仲間は曲を紡ぐため一音一音に必死になっているが、同じように著者も一音一音をページから浮き上がらせ、音を奏でさせる為に全神経を注いでいるように感じた。私は吹奏楽のことは全然わからないが、それでも読み進めるうちに曲が聞こえるような錯覚に陥った。
・「吹奏楽関係者であれば読んで面白い」
【感想】ブラスバンドを舞台にした、少年の成長小説。
ブラスバンド小説と思って、その題材だけが取り上げられている小説を望むのであれば、手に取らない方がいい。少年の成長物語を楽しむことができ、視点変わって母親の話などに着いて行くことのできる読者向けだろう。
「交響的譚詩」「くじゃく」「ラ・マルシェ」「ベルキス」といった(当時現役だった)吹奏楽部員にはおなじみの曲が、よく言葉でここまで表現したというくらいに鮮やかに描写されている。またコンクールに向けての練習ぶりなどは、多くの元吹奏楽部員たちには懐かしく感じられるだろう。
私はこうした素晴らしいディティールに面白さを感じた作品だった。ただ、これらの曲になじみのない人が読んだ時には、もしかすると通じるところが少なく、音楽描写の部分は逆に無味乾燥に思えるかもしれない。
以上を踏まえると、小説がもともと好きで、吹奏楽や器楽の関係者という人には間違いなく薦めることができる一冊だ。
小説としては、主人公以外に視点を広げて書いていることで幅は広がっているが、その広げた部分のボリュームや深さがあまりないので、掘り下げの物足りなさを感じてしまう部分があった。
とにかく主人公に関する部分や音楽描写は素晴らしかった。読後に気持ちが少し若くなったと思う。
ケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。
シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。