Flex-Able (詳細)
Steve Vai(アーティスト)
「Real Steve Vai ですね」「FZの遺産」「記念すべき「元祖変態ギタリスト」のデビュー作」「春先に聴きたい有名ギタリスト<アメリカ>」「記念すべき「元祖変態ギタリスト」のデビュー作」
二十歳の原点 (新潮文庫) (詳細)
高野 悦子(著)
「30数年前のベストセラーです。愛読しました。」「孤独な魂のモノローグ」「激烈な「生」の着地点」「人間はこれ程までに葛藤する。」「感性と知性あふれる作品である。」
ふたり デラックス版 (詳細)
大林宣彦(監督), 石田ひかり(俳優), 中嶋朋子(俳優), 尾美としのり(俳優), 岸部一徳(俳優), 赤川次郎(原著)
「千鶴子の想い」「いとおしく余韻の残る映画 」「草の想い」「静かに優しく深く心に迫ってくる映画です。」「←たぶん自分の中では5つ以上。」
・「Real Steve Vai ですね」
このアルバムのCD化はPassion and warfareがバカ売れした頃です。ヴァイがまだホワイトスネイクにいた頃でしたね。当時のギターヒーロー然とした音を期待してたら頭の中がグチャグチャにされたようなショックがありました。G3のデンバーライブで見せるインプロヴィゼーションの根源はこのアルバムで聞かせる音楽的な節操の無さ故でしょう。今でこそこのアルバムも肯定的に受け止められていますが、当時のギター小僧達はホントに驚きました。だから今更何をやられても驚かないし、ある意味、免罪符的なアルバムです。女性のお喋りにユニゾンするギター、今の若い子は興味ないかな?変態度はこの人の作品の中でも飛び抜けてます。リバーブ感のない音が余計に生々しい。ギター好きには一度聴いてみて欲しいですね。ヴァイの音楽的背景のブ厚さに驚くと思いますよ。
・「FZの遺産」
これがご承知かもしれませんが、STEVE VAIのファーストアルバム。8トラックで録音された自主製作品とは思えないクリアーな音は正に度肝を抜かれました。
彼は凄まじいテクニカルなギターヒーローとして今も君臨していますが、このアルバムは楽曲重視で、彼がいろんな音楽から影響を受けていることがまざまざとわかります。
まるで彼の師匠、フランクザッパのアルバムのような出来です。
その中でも、彼のギターを聴きたい!って人にもお勧めの曲は、Attitude Songです。ライブではおなじみの超凄まじい曲です。
私の個人的に好きな曲は1曲目。面白く楽しい遊び心満載の曲です。
・「記念すべき「元祖変態ギタリスト」のデビュー作」
かつてフランク・ザッパバンドでギタリストを務めた「変態ギタリストの雄」Steve Vaiによる記念すべきソロ第1弾です。1984年発表当時は、アナログ盤ミニアルバムでしたが、CD化にあたって「Leftovers」というタイトルのボーナストラックが4曲追加されて、全15曲構成になっています。ちなみに旧A面が「Flexサイド」、旧B面が「Ableサイド」として位置付けられています。アナログ盤がリリースされた当時はまさに前代未聞の変態ギタリストの登場ということで、マニア筋では異常なほどの高評価を得ていたことはまだ記憶に新しいところです。とにかく「変な曲」「変なギタープレイと超絶技巧」「予測不能な展開」という変態ギタリストにとっては欠かせない3大要素を完璧に備えたギタリストは、Vaiが初めての存在だったことは誰しもが認めることです。
1曲目の「Little Green Men」でのわけがわからないチャット、聴いたことのない変拍子、そしてどこから飛んで来るかがまったく予想できない変態フレーズの嵐、とどれをもっても新鮮な驚きの連続で、個人的には「80年代のジミヘン誕生!」と勝手に興奮していたことを思い出します。そしてこのアルバムの極めつけは「Salamanders In The Sun」で聴かれる国籍不明のうねるような変態ギターでしょう。これだけギターという楽器がもつ表現力を極限まで追求したプレイヤーは、Vai以降出現していないと断言できますし、いまなお第一線を張る限りない表現力には驚きの一語です。いまは亡きフランク・ザッパの遺志を正しく継承するとともに、ギターとしての表現力にあくなき探求心をもつ稀有なプレイヤーが作り上げた素晴らしいアルバムをぜひ聴いていただきたいと思います。
・「春先に聴きたい有名ギタリスト<アメリカ>」
<ガイドライン> 1960年ロングアイランド生まれ。ギターを持った魔術師。ギターの天才でありながら、カバーする範囲は実に多岐に渡る。最近は自己のレーベル=フェイバードネイションを立ち上げてギターミュージックを発展させている。このアルバムはフォステクスの8トラックレコーダー=テープ=で作成したものであるが。その驚異的な質の高さは目を見張るものがある。何度聴いても飽きないマジックが存在するアルバム。
<曲解説>#1 コロボックルみたいなイコライジングされた声がかなりエキセントリックなナンバー。サウンドの洪水=カオス=みたいだが実はきちんと構築されている見事なナンバー。テイスト/スタイルはやはりフランクザッパが見える。妖精達の集会をのぞいているようだ!。
#2 最もわかりやすいギターナンバー。後半のブラスがうまい。#3 彼のユーモアのセンスが光るナンバー。バイのマルチ音楽家=天才ぶり=が良く出たナンバー。とぼけた中に鋭い感性をのぞかせるすごいナンバー。ほわ~~んとしたムードがくせもの。
#4 これがなんだかカンタベリーテイストが感じられるナンバー。不不思議な曲だ。
#5 軽快なナンバーで、ややカントリーテイストあり。一番エンターテイメント色が強い。
<総評> 個性とセンスが他を寄せつけない。存在感が強烈なギタリストの潜在的な能力の深さを見せつけるアルバム。アカデミックな面でもテクニカルな面でもすばらしい人物。10点中10点。
・「記念すべき「元祖変態ギタリスト」のデビュー作」
かつてフランク・ザッパバンドでギタリストを務めた「変態ギタリストの雄」Steve Vaiによる記念すべきソロ第1弾です。1984年発表当時は、アナログ盤ミニアルバムでしたが、CD化にあたって「Leftovers」というタイトルのボーナストラックが4曲追加されて、全15曲構成になっています。ちなみに旧A面が「Flexサイド」、旧B面が「Ableサイド」として位置付けられています。アナログ盤がリリースされた当時はまさに前代未聞の変態ギタリストの登場ということで、マニア筋では異常なほどの高評価を得ていたことはまだ記憶に新しいところです。とにかく「変な曲」「変なギタープレイと超絶技巧」「予測不能な展開」という変態ギタリストにとっては欠かせない3大要素を完璧に備えたギタリストは、Vaiが初めての存在だったことは誰しもが認めることです。
1曲目の「Little Green Men」でのわけがわからないチャット、聴いたことのない変拍子、そしてどこから飛んで来るかがまったく予想できない変態フレーズの嵐、とどれをもっても新鮮な驚きの連続で、個人的には「80年代のジミヘン誕生!」と勝手に興奮していたことを思い出します。そしてこのアルバムの極めつけは「Salamanders In The Sun」で聴かれる国籍不明のうねるような変態ギターでしょう。これだけギターという楽器がもつ表現力を極限まで追求したプレイヤーは、Vai以降出現していないと断言できますし、いまなお第一線を張る限りない表現力には驚きの一語です。いまは亡きフランク・ザッパの遺志を正しく継承するとともに、ギターとしての表現力にあくなき探求心をもつ稀有なプレイヤーが作り上げた素晴らしいアルバムをぜひ聴いていただきたいと思います。
・「30数年前のベストセラーです。愛読しました。」
50歳を越えてしまった者です。我々の頃、『二十歳の原点』は、ベストセラーになりました。今の方が読まれても、その時代背景と心情に乖離があり、なかなかうまく捉えていただけないかも知れませんが、「青春の書」でした。
高野悦子さんは、当時立命館大学史学科の3回生で、彼女の日記を本にしたものです。「二十歳」の時に鉄道自殺をして、短い人生を終えました。「孤独感」「挫折感」というキーワードに共感したものです。「未熟さ」は私も共有していました。
今日何十年か振りに再読しました。同世代だった当時と30年経った今とでは当然時代背景も変わり、何より自分が年を取りました。彼女が関わった「学生運動」の総括もできていないまま大学は現在も存在しています。一応進歩したように見えますが、本質はどうなのでしょうか。「学生運動の成果」はあったのでしょうか。
「自殺」というのは、いつの時代もどんな状況でも他人には理解できないものですね。彼女の親の世代になってしまった訳で、子に先立たれる親の悲しさを感じてしまいました。不幸なことです。自分の人生を最期まで全うすることの大切さを彼女に伝えたかったと思っています。
この本を読もうとしている皆さんの「二十歳の原点」とは何なのでしょうか。「青春」という捉え所のない言葉をどのように感じてられるのでしょうか。
・「孤独な魂のモノローグ」
高野悦子さんは、学園闘争高揚期の1960年代後半の揺れ動く、激動の時代に立命館大学文学部史学科に入学し、大学生となる。
でも彼女は他の学生のように学園闘争の運動へ没入していくことはせず、自分自身が「政治」に関わることへの根拠に疑問符を差し挟み、常に自問自答を繰り返しながら、運動への参加と離脱を繰り返していきます。
この日記は、彼女のそういった学生生活における、打ち砕かれた「理想」と「現実」への煩悶、「主体性の確立」への真摯な闘い、そして失恋や孤独の寂しさなどが、明るさと清冽なニヒリズムを底流に湛えるというパラドックスの中で、彼女の激しさと優しさが同居した、瑞々しい文体で綴られていく二十歳の記録。
青春のすべてを傾注した、孤独で壮烈な軌跡!
だが彼女はついに孤独の中で、自らの命を絶つ。1969年6月24日未明、山陰線の列車に飛び込み鉄道自殺。
何故彼女は、自ら命を絶たなければならなかったのか?透明で純粋な心を失わずにいた高野悦子さんの二十歳の魂の記録は、
才能溢れる閨秀詩人であった彼女の最初で最後の「詩集」ともいえる。
「―独りであること、未熟であること、それが私の二十歳の原点である」
永遠の二十歳である彼女の「二十歳の原点」―。ぜひみなさんにも手に取って感じてほしい、珠玉の一冊です。
・「激烈な「生」の着地点」
本書は、一九六九年六月、二〇歳で自殺した立命館大生・高野悦子が書き残した日記を編集したもの。
なお、大学入学までの『二十歳の原点 ノート』と大学入学後の『二十歳の原点 序章』と自殺直前までの本書が一連のシリーズをなしている。
強い問題意識を持って立命館を選択し入学した後、勉学と当時吹き荒れていた学生運動との間で、高野が引き裂かれていく姿が、強い感受性に基づいた記述の中から読み取れる。
そしてその「引き裂き」の中で読書・友人・恋愛・運動・バイトを含めた生活を通じて、自分自身のあり方を、徹底的に模索しようとする姿が生々しく描き出されている。それは、あまりに強烈な、ほとばしるような「生」である。
結局は、こうした学生時代・若い年代の「引き裂き」と自分自身への「問いかけ」に何らかの形で着地点を見出し、いわば「妥協」することが次の段階であるとしたら、高野は徹底してそれを拒み、「引き裂き」と「問いかけ」の中に身を投じきった。
そしてその激烈な「生」の着地点が、まさしく二〇歳での「死」であったのだ。
・「人間はこれ程までに葛藤する。」
内容の未熟さとか、子供っぽさとか、そんなことはどうでもいい。部分的な日記の書き込みから、失恋だの、孤独だの、人間関係だの、社会に対する失望だの、自殺の理由を探してこじつけるのは簡単である。あるいは、彼女の真理探究があまりにも性急であり過ぎたとか、いろいろあるだろう。しかし、この本の本当の凄さは、人間はこれ程までに葛藤するのだという事実である。彼女はまさに生きた、命をかけて生きたのだ。ある人間達にとって「生きる」とは、これ程まで真剣であり、凄まじいものであり、そして愚かなのだ。しかし、私は愚かさを笑う気にはなれない。むしろ、確信という自分の傲慢を反省すべきなのだ。この本は、同じ様に自分自身をみつめた若者達には、多くの共感が含まれていると思う。そして、自分自身を見つめたことのない人間には、笑うべきしろ物としか映らないのだろう。
【後記】 上記は「二十歳の原点」のみで、感想を書いてしまいました。その後、「二十歳の原点・ノート」「二十歳の原点・序章」と読み進み、少し考え方が変わってきています。この本は自殺者の心理というよりも、歴史の流れの中で読む必要を感じました。彼女の父親の世代、価値観、戦争、戦後、禁欲的な理想主義、全共闘、戦後の終焉、エコノミックアニマル、拝金主義的世代、団塊の世代の詳細な分類、その後の破綻。彼女の死は、時代の流れの中で象徴的な価値観の転換期に起こった悲劇だったと思う。
・「感性と知性あふれる作品である。」
彼女の本に対して,いろんな評価はあろうけれども,これほどまでに感性豊かで,知性あふれる人間がこの世に存在していたのかと思うと,体が震える思いです。
原点となりうる年齢はヒトそれぞれ,多分私は30歳なんだろう,そう思いつつ,彼女の素晴らしさを感じ,共鳴する思いです。
私自身,彼女と同じ時代を生きていないこともありますが,たとえ同じ時代を生きたとしても,一度読んで分かるような本ではないし,何度も何度も繰り返し読みたいし,ずっと彼女の真意を分からなくてもいい。でも,私の人生の重要な人物として彼女を残したい,そう思います。
・「千鶴子の想い」
この映画は、最初に見たときよりも2度目、2度目よりも3度目と、見るたびに違った感動をもたらす。石田ひかりの演技も素晴らしかったが私にとって今、最も心に残っているのは、姉の想いだ。
姉妹や兄弟というのはいとおしさと嫉妬、競争心の絡み合ったとても複雑な関係だと思う。誰もが認める優秀な姉と、親も含めて誰もがだめな子と見なす妹。でも、姉が成長を止めてしまったら・・・姉の想いは、妹が能力を発揮し始めるにつれ、複雑なものへと変化していく。妹の成長は嬉しい。自分だけが妹の能力に気付き、それが発揮されないことにもどかしさを感じていただけに、誇らしくもある。でも、一方でもう成長できない自分はやがて追い越される。
嫉妬も感じる。妹がひとつひとつ、自分を超えるたびに、自分の影が薄くなっていくことのさびしさ。こうした苦悩を中嶋朋子が見事に体現した。
最後に姉が消えたのは、妹が姉を必要としなくなったとも取れる。そうであるならいいのだが。私には、妹の成長によって居場所をなくした千鶴子が、自ら消えざるを得なかったように思えてならない。
見方を変えるといろんな物語が浮かび上がる。大林映画の最高傑作のひとつだと思う。
・「いとおしく余韻の残る映画 」
冒頭,実加(石田ひかり)が「どこじゃどこじゃ・・・」と楽譜を探しながら散らかった自分の部屋から千津子の部屋へと行くシーン,実加の独り言が心にすっと入ってきます。ここからもう映画の中にすっかり引き込まれていきます。甘えん坊の実加が成長する姿もうそうですが,もう一人の幽霊としていつも居住まいを正し,けなげに優等生を務める千津子の姿に端正な美しさを感じます。物語が進むにつれて千鶴子が成長した妹に先を越されていく悲しさにも感動しました。見終わったあとの余韻が長く,深く続く映画でした。自分にとって大切な,ずっと手元においておきたい大切なDVDです。
・「草の想い」
淡々と進む、暗い感じの映画。しかし、この映画は私の心に突き刺さった。中学生の頃、この映画を観た。私の思春期の一つの思い出でもある。
それから何年も経つが、思い出したように、何度も何度も擦り切れるほどビデオを観た。面白かったのではない。泣きたかったのだ。この劇中で使われる「草の想い」という歌。
意味はよく分からない、抽象的な歌詞だが、口ずさむと涙がこぼれてくる。
大人になったた今、先日尾道を訪れた。「この坂道の多い、静かな港町であの映画を撮ったのだ・・・」と思うと、つい、あの歌「草の想い」を口ずさんでしまった。
・「静かに優しく深く心に迫ってくる映画です。」
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・「←たぶん自分の中では5つ以上。」
久しぶりに感動させてくれた映画です。旧尾道三部作は3話ともどこか短編集的な感じがあり、そのよさがありましたが新尾道三部作の第一作は前作のシリーズよりスケールアップしていると思います。(より、劇場で見る映画らしくなってきたというか) それに、150分近い内容なのに全然退屈さを感じさせないのは脚本と演出がと演技が素晴らしいのだな。石田ひかりのどうしょうもない娘の演技もとってもとっても上手いと思いますが、中嶋朋子の台詞の無いときの表情が凄い!本当に切なそうです。 大林宣彦監督は時にべたべたな演出や台詞を使ったりしますが、(つまりHOUSEやさびしんぼうとか・・・でもこの作品もすっごく好きです。)感動する場面も長く見せてくれるサービスがあります。(ヒロインのヌードも見せてくれると言うサービスもありますが) こういう素直な映画はいいね。
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