展覧会の絵&戦争ソナタ~超絶技巧名演集 (詳細)
ホロヴィッツ(ウラジミール)(アーティスト), ムソルグスキー(作曲), リスト(作曲), スーザ(作曲), プロコフィエフ(作曲), カバレフスキー(作曲), バーバー(作曲), モシュコウスキ(作曲), プーランク(作曲), ビゼー(作曲), RCAビクター交響楽団(演奏)
「展覧会の絵」「ピアノ演奏史のひとつの極点!」「『ピアノ協奏曲第3番』と『ラコッツィ行進曲』」「めちゃんこ楽しめるCDや!」「絶対盤」
Horowitz in Moscow (詳細)
Frederic Chopin(作曲), Franz Liszt(作曲), Moritz Moszkowski(作曲), Wolfgang Amadeus Mozart(作曲), Sergey Rachmaninov(作曲), Domenico Scarlatti(作曲), Robert Schumann(作曲), Alexander Scriabin(作曲), Vladimir Horowitz(Piano)
メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第1番/厳格な変奏曲/ロンド・カプリチオ-ソ/ピアノ協奏曲第2番 (詳細)
ティボーデ(ジャン=イヴ)(アーティスト), メンデルスゾーン(作曲), ブロムシュテット(ヘルベルト)(指揮), ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(演奏)
リスト:Pソナタ (詳細)
アルゲリッチ(マルタ)(アーティスト), リスト(作曲), シューマン(作曲)
「リスト・ピアノソナタの代表盤」
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番&第3番 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), ショパン(作曲)
「ポリーニのショパンのベスト1アルバムです。」「まさに圧巻です。」「スタイリッシュなショパン」「ジョルジュ・サンドというヴァンプ」「イタリア人のピアニスト」
ショパン:12の練習曲 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), ショパン(作曲)
「ショパンのエチュードの演奏の最高峰の1つ」「これ以上なにをお望みですか?」「歴史的名盤」「これ以上のショパンはない断言します」「バイブル」
ショパン:12の練習曲 (詳細)
アシュケナージ(ウラディーミル)(アーティスト), ショパン(作曲)
「詩情に溢れる浪漫的エチュード」「理想的なショパンエチュード」「バランスの良い定番」「ポリーニと比較するのが間違いなのか…」「つまらない」
ショパン:4つのバラード/4つのスケルツォ (詳細)
アシュケナージ(ウラディーミル)(アーティスト), ショパン(作曲)
「洗練され尽くしたスケルツォ、精巧なバラード」「CDショップには置いていなかった一品」「スケルツォがお勧め」「いいんだけれど」
ショパン:ポロネーズ全集 (詳細)
アシュケナージ(ウラジミール)(アーティスト), ショパン(作曲)
「豪傑、快刀乱麻のポロネーズ」「真のポロネーズ☆」
ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第8番 「悲愴」 (詳細)
オピッツ(ゲルハルト)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
「ドイツ物の帝王~ゲルハルト・オピッツ」「彼の「悲愴」はすごい!」
ウラジミール・ソフロニツキー エディション Vol.15 スクリャービン 2 (詳細)
ソフロニツキー(ウラジミール)(アーティスト), スクリャービン(作曲)
フォーレ:ピアノ名曲集 (詳細)
ユボー(ジャン)(アーティスト), フォーレ(作曲)
「買ってよかった」
リスト:超絶技巧練習曲 (詳細)
ボレット(ホルヘ)(アーティスト), リスト(作曲)
「テンポは…」「リストがピアノに求めた真の音楽」「ボレットの超絶技巧練習曲」
シェーンベルク:3つのピアノ曲 (詳細)
ポリーニ(マウリチオ)(アーティスト), シェーンベルク(作曲)
「ポリーニ以外に誰が弾く」「当時としては最上級の演奏。しかし、今のポリーニに再録音希望!」
プーランク:ピアノ曲集 (詳細)
ロジェ(パスカル)(アーティスト), プーランク(作曲)
「本物のフランス音楽の息吹を感じたいあなたに」「素晴らしい!」「もしもピアノが弾けたなら」「$フランス的エスプリ$」「深夜にワインを飲みながら聴くには最高の音楽」
シューマン:子供の情景 (詳細)
ルプー(ラドゥ)(アーティスト), シューマン(作曲)
Ravel: Piano Works (詳細)
Maurice Ravel(作曲), Vlado Perlemuter(Piano)
「サロン文化の名残」「真似できないセンス」「下手なものは下手。」
ドビュッシー:前奏曲集第1巻 (詳細)
ミケランジェリ(アルトゥーロ・ベネデッティ)(アーティスト), ドビュッシー(作曲)
「ガラス細工のように透明な」「ドビュッシーの極めつけ。」「自然に肌に染み入る演奏」「ある意味究極」「ミケランジェリのドビュッシー」
リスト/ハンガリア狂詩曲第1番~第15番(全15曲) (詳細)
シフラ(ジョルジュ)(アーティスト), リスト(作曲)
「星5つでも足りません」「曲自体はいいのだが…。」
ベートーヴェン:P小品集(2) (詳細)
ムストネン(オリ)(アーティスト), ベートーヴェン(作曲)
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第5番&第7番&第9番 (詳細)
ヤブロンスキー(ペーテル)(アーティスト), プロコフィエフ(作曲)
「WOW!!」
ラフマニノフ:24の前奏曲 (詳細)
アシュケナージ(ウラディーミル)(アーティスト), ラフマニノフ(作曲)
「ラフマニノフの前奏曲の定番」「ラフマニノフといえばアシュケナージだが」「アシュケナージの欠点が出た演奏!」
シューベルト:ピアノ・ソナタ第19番&第20番&第21番 (詳細)
ポリーニ(マウリツィオ)(アーティスト), シューベルト(作曲)
「特筆すべき弱音の美しさ」「やはり名盤」「溢れ出るロマンティシズムの「歌」〜ラストソナタ最高の演奏」「シューベルトの封印を再度解く時」
スクリャービン / ピアノ・ソナタ全集 (詳細)
アシュケナージ(ウラジミール)(アーティスト), スクリャービン(作曲)
「スクリャービンのpソナタの最高傑作!」「やや優等生的だが美しい演奏」「あまり深みのない演奏」
シューベルト:ピアノソナタ第4番・第13番 (詳細)
内田光子(アーティスト), シューベルト(作曲)
「硬質な音の造形」
● chopin!!
● なんでもあり2
● DENON ソフロニツキー・エディション(Vol.11〜15)
● ピアノ名盤探索
● 気分?
● シフラ
● ポリーニ
● わたしの好きな曲
● 買いたいもの
クラシック>器楽>交響曲・管弦楽曲>マ・ヤ・ラ・ワ行の作曲家>リスト
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>作曲家別>ハ行の作曲家>プロコフィエフ
クラシック>器楽>室内楽・器楽曲>演奏者別>ナ・ハ行の演奏者>ホロヴィッツ
クラシック>器楽>協奏曲>作曲家別>ナ・ハ行の作曲家>プロコフィエフ
クラシック>器楽>協奏曲>作曲家別>マ・ヤ・ラ・ワ行の作曲家>ラフマニノフ
クラシック>器楽>協奏曲>作曲家別>マ・ヤ・ラ・ワ行の作曲家>リスト
クラシック>器楽>協奏曲>演奏者別>ナ・ハ行の演奏者>ホロヴィッツ
Custom Stores>By Formats>国内盤>クラシック
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>カ行>カバレフスキー
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>バーバー
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>ビゼー
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>プロコフィエフ
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ハ行>プーランク
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>マ行>ムソルグスキー
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ラ行>ラフマニノフ
Custom Stores>By Artists>クラシック>作曲家別>ラ行>リスト
・「展覧会の絵」
ピアノを鍵盤のオーケストラと例えられますが、そのことをを最も実感できるディスクです。繊細なピアニシモから強く鋭いフォルティシモまで広いレンジで、まるで2台のピアノで表現しているかと紛うほどに多彩に、奏で、感動的に聴かせてくれます。音色は、美術館に飾られたたくさんの絵のように、鮮やかに、また淡い色彩で自己主張し、訴えます。古い録音ですが、決して色褪せてはいません。ハルトマンの絵に感銘を受け作曲したムソルグスキーのように、聴く誰にも大きな感動を与える作品であり、この作品は私たちのために描いてくれたホロヴィッツによる絵画、「展覧会の絵」だと思います。。
・「ピアノ演奏史のひとつの極点!」
とにかくどの一曲をとってみても想像を越えた音楽体験が待ちうけています。人間の指というのは、こんなに速く動くものなのか!ピアノというのはこんなに大きな音が出せる楽器なのか!こんなにぞっとするほど美しい音が鳴らせるものなのか!ピアノという楽器の性能を最大限に発揮させると、どれほどとんでもないものが出来あがるのか、その瞬間をあますところなく捉えた人類史に残るドキュメンタリーと言っても過言ではないと思います。
ホロヴィッツ自身の編曲作品がとりわけ凄絶な印象を与えます。ここでのホロヴィッツは己と楽器の可能性を極限まで追求し、一人で演奏しているとは信じ難いような複雑なテクスチュアを、これまた信じ難いような轟音と痙攣するようなスピードで弾き切っていて、聴き手は唖然とするしかありません。
その他の曲でも上記のような特徴が顕著に表れていますが、内でもラフマニノフの第3番はそれらの特徴に加えて、感性をいっぱいに湛えた弱音と情熱的な昂揚をあわせもつ叙情的な表現が美しく、また感動的な素晴らしい名演になっています。
・「『ピアノ協奏曲第3番』と『ラコッツィ行進曲』」
ã表é¡ã®ãå±è¦§ä¼ã®çµµã(ã ã½ã«ã°ã¹ãã¼)ã¯ã1947å¹'ãã¹ã¿ã¸ãªã«ã¦åé²ããããã®ã1951å¹'ã®ã«ã¼ãã®ã¼ã»ãã¼ã«ã§ã®ãªãµã¤ã¿ã«ç(LPç)ã®æ-¹ããé²é³ç¶æ...ãè¯ããããã'ã£ããã®ç¹å¾'ããããã«çªåºã-ã¦ããã第2æ²ç®ã®ãã"ã¢ãå"奿²ç¬¬3çªã(ã©ããããã)ã¯ã1951å¹'ã®ã«ã¼ãã®ã¼ã»ãã¼ã«ã§ã®é²é³ã§ãLPçã¨åãã ããé³ãããé®®æãªã®ã§ãè¯ãã£ãã第1æ¥½ç« ã¨ã第2ã第3æ¥½ç« ã¨ã®é-"ã«ã¯ãé³éã«å·®ããããããããªã¥ã¼ã ã'ä¸ã'ãå¿...è¦ããã£ãããã©ã³ããã£è¡é²æ²(ãã³ã¬ãªã¼çè©©æ²ç¬¬15çª)ã(ãªã¹ã)ã¯ã1950å¹'ã®é²é³(LPç)ã¨åãã ã
ãã第3çªãã¨ãã©ã³ããã£ãã ã'ã'å-ãåºã-ã¦ãããåç¬ã§è'ãæ-¹ããå...¨ä½"ã'éã-ã¦è'ããããé¢ç½ãããã-ããªããç¹ã«ããã©ã³ããã£ãã¯ãããã³ã¬ãªã¼çè©©æ²ç¬¬2çªãããå第6çªãã¨ã!å!ããã¦è'ãããã"ã¨ã'ãå§ãã-ãããã©ããããã¾ãã®åã¾ããã«ãã©ã"ãªæ¼"奿æ³ã'使ã£ã¦ããã®ããããåãããªããªãã»ã©ã ã
・「めちゃんこ楽しめるCDや!」
第2曲目の「ラフマニノフピアノ協奏曲第3番」はピアノの音が鮮明で、ホロヴィッツらしいとても魅力的な演奏だ。これ1曲だけでも十分に買う価値があると思う。プロコの戦争ソナタは爆演を期待したが意外とおとなしい。展覧会の絵は録音は悪いが勢いのある演奏だ。
モシュコフスキー、カルメン、ラコッツィ、星条旗・・・はホロヴィッツの得意気な超絶技巧演奏をひたすら楽しめばよい。(しかしほんとにこの時期のホロヴィッツの指は凄まじい)あと、ホロヴィッツの1940年~1959年まで、1年ごとに詳しい演奏活動の内容が記載された解説書がついていて、とても参考になる。
・「絶対盤」
超有名なホロヴィッツのCDで超絶技巧?好きでもないがな〜・・と確信を得られないまま店頭で購入してみたら。
「絶対盤」こういうものが絶対盤となるのだろうなと。他のはもういらないなという、ド素人にもわかる素晴らしさ。
ラフマニノフも勿論超名演かと思いますが、個人的好み外なこともあり二枚目のプロコフィエフ、カバレフスキー(甘く甘すぎず素晴らしいっ)、バーバー(誰?しかし現代みがありつつ凄みと聞きやすさとで大発見)、モシュコフスキーの特に「花火」は躍動感、音立ちといいもう素敵でこれでは他は一切、聞き比べは不必要とぼんやりと確信した次第です。
・「リスト・ピアノソナタの代表盤」
アルゲリッチの弾くこのリスト・ピアノソナタは、リストの魅力を余ることなく伝えている。強烈で電撃的なパッセージや、甘く情熱的な歌い方は、アルゲリッチでなくては決して味わえない。ギレリス、ブレンデル、ユンディ・リなど、数多くのこの曲を耳にしたなかでもアルゲリッチのこのロ短調ソナタは最高の出来だ。ここまで完璧なテクニックと、それを見事なまでに使い切る表現力を持つこのピアニストは彼女しかいないだろう…。
・「ポリーニのショパンのベスト1アルバムです。」
レコード芸術誌86年度レコードアカデミー賞に輝いた誉れ高い名盤です。2つのピアノソナタの演奏は、不純物を全て取り除いた100%純粋なショパンの音楽であり、全楽章を通して非常に聴きどころの多い超名演です。作品の本来の姿を、一点の曖昧さもなく完全再現していくポリーニの手腕の確かさと、高度に磨きぬかれた演奏技巧に圧倒されます。またピアノのシャープな音色をとらえた録音も超優秀です。この録音は、音楽的な柔軟性を獲得しつつも、完璧な演奏技巧が健在だったこの時期(絶頂期)のポリーニの演奏様式を知る意味でも、非常に貴重な録音であり、人類の文化遺産だと思っています。
・「まさに圧巻です。」
圧巻です。第二番・第三番共に、ダイナミックで、急速楽章では力強く、快活な演奏、緩徐楽章では非常にロマンティックな演奏になっています。
第二番はソナタの形式は一応守っているものの、各楽章あまり繋がりの薄い風な作品になっていますが、ポリーニの演奏では、それぞれをうまくつないでいると思います。とくに先ほどあげたような力強さとロマンティックな部分を、極めて自然に繋いでいます。対して三番はより古典的形式に近いソナタです。鋭く美しい演奏に仕上がっています。
ポリーニは、曲に関して正しい認識を持っていて、極めて正確・論理的・鋭い演奏をする人な様な気がします。まさにこの作品からそんな感じを受けます。私は値段の何倍もの値打ちがあると思います。聞いたことがない人は是非聞いてみてください。
・「スタイリッシュなショパン」
ショパンを弾くピアニストには、大きく分けて3種類のタイプがいます。
第1のタイプ:感情を理性の配下に置き、テンポの揺れの幅を極力抑えてスタイリッシュな演奏をする人。第2のタイプ:テンポの揺れの幅が大きく、感情的な演奏をする人。第3のタイプ:1と2のどちらにも属さず、知性と感情のバランスが取れている人。
ポリーニは間違いなく第1のタイプです。このため、テクニックは完璧だが、表現力に欠ける、などの批判が過去には(今も?)多々ありました。
彼の演奏は、曲の持つ輪郭を明瞭に描き、必要最小限のテンポ・ルバートによって全編を唄わせるものです。そこには機械的ではない健全な知性による感情表現があります。
また彼の演奏は、スケールが大きく技巧的に難しい曲になればなるほど際立つので、このディスクに収められている曲目(ソナタ2,3番)とマッチしています。
・「ジョルジュ・サンドというヴァンプ」
1984年9月・1990年9月ミュンヘンで録音。ポリーニにはショパンへのこだわりがある。1960年、弱冠18歳にして第6回ショパンコンクールを満場一致で完全制覇し その時、審査委員長を務めていたアルトゥール・ルービンシュタインが彼を評して、「技術的には 私たちの誰よりも上手い」と絶賛したのは有名な逸話だ。そして彼の全レパートリィを見ても自ら価値のあるものと認めたものしか演奏していない。そんなポリーニのショパンは現在たったの6枚しかない。1.エチュードOp.10&25(全24曲)2.24の前奏曲Op.283.ポロネーズ集(第1番~第7番)4.ピアノソナタ第2番、第3番5.スケルツォ第1番~第4番、子守歌、舟歌6.バラード第1番~第4番、前奏曲Op.45、幻想曲Op.49完全無欠の1を筆頭に1-4までは10指が完全なコントロールされた強靭な打鍵と運動性と 正確な演奏技巧に満ちた究極のショパンだと言えるだろう。5・6では年齢とともに柔らかさが加わっている。ピアノ・ソナタ第2番はノアンの隠れ家で第3番は14年ぶりに再会した姉により作曲の意欲を取り戻し、作られた。そしてこれらは全てジョルジュ・サンドが計らったものだ。サンドは同情と偽善と母性本能が混ざり合ったヴァンプそのものだったがショパンはそのヴァンプのエナジーに触発され素晴らしい曲を次々と生み出していく。ポリーニのこの曲はそのヴァンプのDNAを引き継いでいる。
・「イタリア人のピアニスト」
ポリーニを初めて聴いたのは、ショパンコンクール入賞後の曲からでした。ショパンのレコードはLPからCDまでたくさん持っていますが、この人の演奏が今では最高です。リッパティ、ルービンシュタイン、コルトー、ホロヴィッツなど、そうそうたるピアニストがいた時代から、はや21世紀。現代人であるポリーニの演奏は、イタリア人にありがちな天才的テクニックをはるかに凌駕している。この第2番の演奏も、コルトーの幻想的な調べが好きだったのですが、やはり古い?第4楽章を取り上げてみても、この無調的な演奏は、シェーンベルグを弾くポリーニにはかないません。そろそろ老境に入ったポリーニ、ショパンからベートーベン、バッハへとレパートリーは移っていくのでしょうか?青春はショパンのピアノコンチェルトから始まった・・・
・「ショパンのエチュードの演奏の最高峰の1つ」
この CDには色々な感想があるようですが、私の感想を書かせてもらいます。
技巧に偏っているという意見を見ますが、もともとこのショパンのエチュードは高度な技巧の上で如何にそのメロディーを歌わせるかの練習曲ですよね。それに曲に題名をつけることを好まなかったショパンはもともとあの有名な「別れの曲」とか「革命」とか「木枯らし」とかも、題名はつけていませんよね。それは、後の人が勝手につけたもので、映画やその他の影響で、その曲の雰囲気をこうだと決めつけるのは良くないように思います。私はむしろこのポリーニの演奏はそういった後から付いてきたもの完全に排し、全く違う次元で彼の完璧な技巧のもとにショパンが真にこのエチュードに求めたであろうメロディーを追求したものであるように思います。
もちろん、他の演奏者のエチュードも良いものがたくさんあります。私も好きな演奏が他にもいくつもあります。それは人の好みもあるでしょう。ケンプとバックハウスのベートーベンのソナタがどちらもすばらしい演奏であるのと同じだと思います。間違いなくこのCDはショパンのエチュードの最高峰の1つだと思います。
・「これ以上なにをお望みですか?」
あれは30年以上前、私がまだ貧乏学生の頃、ふらりと寄ったレコード屋の店先で見つけたこのレコードの帯には「これ以上なにをお望みですか?」とひとことだけ書かれていた。その「ひとこと」に惹かれて、生まれて初めて私はクラッシック音楽のLPを買った。
そして聴いてぶったまげた!こんなことが本当に人間にできるのだろうか・・・と。あまりの衝撃に来る日も来る日も聴き続けて、とうとうLPレコードが擦り切れてしまい、半年後には新しく買いなおした。
それ以来私はポリーニにはまり、ショパンにはまり、クラシック音楽の世界に引きずり込まれてしまった。
今では私の書斎には500枚を超えるクラッシック音楽のCDがある。クラッシク音楽は私の心のささえである。ある時は癒され、ある時は叱咤激励され、ある時はあまりの感動に涙し・・・と数え切れないほど多くのことを、たくさんの作曲家の音楽から学んだ。
良い音楽は人生を豊かにしてくれる・・・私にとって全ては「この1枚」から始まった。ポリーニに「ありがとうと」言いたい。あなたのこの演奏は「人類の文化遺産」です。ショパンにも「ありがとう」と言いたい。自分の命を削りながら、心に染み入る良い音楽をいっぱい作曲してくれて。
そしてまだ、このCDを聴いたことのない若い人にこの言葉を送ります。「これ以上なにをお望みですか?」
・「歴史的名盤」
1960年ショパン国際ピアノコンクール優勝者。審査委員長のルービンシュタインに「テクニックは此処にいる審査委員の誰よりも巧い」っと言わせたエピソードは余りにも有名。そんなポリーニの1972年の録音。完璧な演奏。テクニック、表現解釈、パワー、スピード、音色、どれをとっても文字通り「完璧」。エチュードの録音は数多くあるが、これが一番! 自信を持って明言できる。間違いなく、歴史に残る名盤である。
・「これ以上のショパンはない断言します」
僕が究極のショパン演奏と思っている演奏が二つある。一つが本アルバム。もう一つがディヌ・リパッティのブザンソンである。二つの演奏はショパンの対極にありながらどちらも聴くたびに感動と新発見と驚きを覚えずにはいられない。
10指の完全なコントロール。これこそがポリーニを表現する最も適切な言葉ではないだろうか。これ以上のテクニックを持った練習曲が今後現れるとは僕にはとても思えない。
これ以上のショパンはないと断言します。
・「バイブル」
ポリーニの様に、賛否両論の激しいピアニストも珍しい。同じ頃にショパン・コンクールで優勝したアルゲリッチなら、こんなに貶す人はいないだろう。”機械”、”冷徹”、云々。。。でも、じっとこの演奏に耳を傾けて欲しい。ショパンのエチュードの数学的な美しさ、そして歌が溢れているではないか!ミケランジェリの元で研鑽を積んだポリーニのテクニックとニュアンスが、鍵盤に思い切りぶつけられている様を見て、激しく感動せずにはいられない。こんなに正確に、こんなに生き生きとエチュードを弾けるピアニストは、そうはいるまい。一曲目が余りに強烈な印象なので、テクニックだけのピアニストと言われがちだが、他のピアニストのエチュード集等と較べてみると、飛びぬけて速い訳ではない。ミケランジェリの様に、無駄なものをそぎ落とし、かつポリーニ自身の透明な感覚が、これらの曲を鮮やかに浮かび上がらせているのではないだろうか。
・「詩情に溢れる浪漫的エチュード」
吉田秀和氏曰く「ポリーニと双璧」。30年たってもこの2盤に比較しうるものが出ないのもむべなるかな。アシュケナージのテクニックに支えられた太い詩情は特に後半、終曲に向けて盛り上がる。練習曲の第3番「別れの曲」は富田靖子が熱演した1985の大林宣彦監督映画「さびしんぼう」で重要なモチーフとして使用されていた。元々はショパンの生涯を描いた1934年のドイツ映画「別れの曲(Abschiedswalzer,英題=Farewell Waltz)」のテーマ曲で「別れの曲」の通称もこの映画から生まれました。ちなみにアシュケナージは59-60年に当時ソ連のメロディアにもエチュードを録音しており、こちらはより深刻な諸相に満ちた劇演となっており、あわせて推薦しておく。
・「理想的なショパンエチュード」
ショパンエチュードはこれまでに何人ものピアニストによって録音されてきたが、その中で僕がいちばん気に入っているのがこのアシュケナー時の録音である。この曲集において重要なのは「技巧と音楽性のバランス」だと思う。“技巧”を強く出しすぎるとただの指の訓練のための「エチュード」になってしまうし、“音楽性”を強調すると今度は「エチュード」ではなくなってしまう。そんな難曲集をアシュケナージは絶妙のバランスで見事に弾ききっている。
あえて1曲だけについて書くと、Op.25-1「エオリアン・ハープ」が素晴らしい。テンポは遅めだが、ひとつひとつの音が泉から湧き出る水のようにきらきらと輝いている。そしてクライマックスでの右手小指の♭ソ(34小節4拍目)の音!この♭ソの音が心にじ~んとくる。この部分で感動出来るのはアシュケナージの演奏だけである。ここを聴く度にやっぱショパンエチュードはアシュケナージだなあ、と思ってしまう。
・「バランスの良い定番」
ピアノ専攻の音大生に未だに人気高いアシュケナージの練習曲集。多少線の細さを感じるが、音楽的感情も込められており、バランスの良い定番と思います。いい意味で無難にまとめられている所などは、彼のセンスの良さでしょう。これといって指摘する所も無いので「お手本的教材」としても良いのではないのでしょうか?少なくともホロビッツやブーニンの様なクセのある演奏よりはアシュケナージの正統な演奏の方が聴き始めには良いと思います。
お薦めです。
・「ポリーニと比較するのが間違いなのか…」
私はショパンの練習曲は大好きです。
情熱的な第一番に始まり、第三番の「別れの曲」、第四番、ピアニストが主演の映画があれば必ず演奏される第12番「革命」、その他全曲全てが素晴らしいピアノ曲集といえるでしょう。
いろいろな音源を聴いてみましたが、個人的には、マウリツィオ・ポリーニの演奏が最高ではないだろうかと思っています。素晴らしい曲は素晴らしく演奏してもらいたい…
それだけにこの一枚はどうも納得いきません。評判は悪くないので、個人的に趣味が合わないだけかもしれません。でも…
なんかアシュケナージの演奏は、ダイナミクス・シンコペーション…あの手この手で攻めてきますが、小手先のテクニックだけで曲の解釈がいい加減に感じるのです。
練習曲という性質上、曲の解釈より指の動きを優先させているのなら上を行くショパンの理解者なのかもしれませんが…
皆様はどのように感じられるでしょうか!?
Chopin Etudes (Vladimir Ashkenazy) (classic)12 etudes Op.1012 etudes Op.253 nouvelles etudes
piano : Vladimir Ashkenazy
・「つまらない」
ショパンは窒息し、生命の呼吸は失われ、偽物の情緒が至る所に散りばめられている。
これはまさにコンクール主義に堕したクラシック界が抱える退屈、行き詰まり、創造性の無さの象徴であるように思われる。
こんな人達(ポリーニも含む)が、ピアノを弾く人達に目指すべき方向と思われてるからダメなんです。もっとみなさん音楽をしましょうよ。
・「洗練され尽くしたスケルツォ、精巧なバラード」
このアルバムの素晴らしさは、何と言っても4つのスケルツォです。
アシュケナージの繊細で洗練された美しさで、ショパンの名作、スケルツォを弾ききっています。どの曲にも言えることですが、私の場合特にスケルツォという作品を理解することは、容易い事ではないのですが、アシュケナージ版のスケルツォを聴いたところで、幸運にも諒解することができました。そのくらいバランスの取れた、スケルツォだと思います。大変お勧めです。
そして、バラードのほうもまた素晴らしい。アシュケナージというピアニストは、割り方激しくならず、<静かに>感情を込めて弾くプレイヤーなので、バラードの持つ迫力に欠けてしまう、という意見もありますが、音は繊細で、洗練され、本当に美しい演奏を聞かせてくれま!す。ただ単に激しさで通していないのに、バラードという作品の持つ美しさが前面に出た演奏です。ぜひ一度、聞いてみてください。
・「CDショップには置いていなかった一品」
この作品は録音が比較的新しく、音響がとても良かったです。アシュケナージのまるで真珠の粒のような一音一音が全て聴き取れました。彼のバラードとスケルツォは、それぞれ他のショパンの曲と組み合わせて出ているCDもありますが、やはりバラードとスケルツォがまとまっているのが最高傑作のような気がします。
・「スケルツォがお勧め」
期待していたが、バラードはそれほど良くなかった。普通、というのが適切な表現だろう。しかし、スケルツォの特に1番、2番は非常に良かった。スケルツォなら自信を持ってお勧めできます。
・「いいんだけれど」
アシュケナージは、ピアノを弾いても指揮をしても健康的な演奏になってしまう。たしかに演奏は安定しているし、音もきれいだ。しかし、何かショパンの混沌したようなものがない。聴きやすくていいのだが、イマイチ心に残るものがない。録音が悪くても、コルトーやフランソワなどを聴いた方が感動的である。
・「豪傑、快刀乱麻のポロネーズ」
広いコンサート会場で弾いたのかどうか分からないが、音がこもってなく爽快に響いた音楽になっている。全てが力強く、英雄的で感動する。管弦楽付きの2曲の作品が入っていないのが少々さみしいが、こんなにも堂々としていて響きのある演奏はやはりショパンを長年弾いているアシュケナージの解釈があるからだと思う。
・「真のポロネーズ☆」
アシュケナージが弾くポロネーズは力強くて迫力があります!!私は彼のポロネーズを聴くと心からこの曲に浸れます。6番の「英雄」は鳥肌が立つくらいビビっときます!最後までしっかりとした音で力強く、滑らかな演奏です。
ショパンの心を深く読んでいるアシュケナージの演奏です!他のピア二ストが弾くポロネーズも聴いてきましたがやはりアシュケナージの演奏が1番ポロネーズらしく、素晴らしいです!是非オススメです☆
・「ドイツ物の帝王~ゲルハルト・オピッツ」
オピッツはベートーヴェン、シューマン、ブラームスを主なレパートリーにしているが、今回の3大ソナタはやはり凄かった!ことに、一番影響を受けたと自身が語る、ヴィルヘルム・ケンプの存在が大きいことはこのベートーヴェンに於いてよく現れている。しかしケンプよりは技術が安定していて聴く者に不安感を与えないのがいかにもオピッツらしい。ことに悲愴の冒頭の迫力と終楽章の爽快感、月光の旋律美の見事さと、終楽章の緊迫感、そして熱情における深み、緊張、雄大さ、どれもが他に真似できないようなオピッツ独自の演奏哲学を堪能できるCDだ。まさしく巨星が多く亡くなったドイツで、真の次世代の帝王の出現にオピッツが台頭したといっても過言でない!!
・「彼の「悲愴」はすごい!」
小学校のときにピアノを習っていたけれど、自分はあまり面白く思えなかった。そんなときにテレビでオピッツさんのベートーベンの「悲愴」第一楽章の演奏を初めて聴きたとき、今まで何を聞いても同じにしか感じなかった自分がその激しい旋律にのりのりになっていて、自分もこんな曲弾いてみたい!と思った曲。彼が引く第1楽章はとにかくくせがなく、切れのある弾き方なので、聞いてて気持ちがいい。「月光」や「熱情」の終楽章もそうだけど、旋律は単調なのにベートーベンの曲ってなぜかスカッとする曲が多いと思う。
・「買ってよかった」
最後まで買い物リストから外そうか迷ってましたが、何枚かクラッシックのCDを買った結果、このCDはいい買い物だったととても満足しています。やっぱりフォーレは独特の詩的な世界があっていいです。それをこのピアニストがなんとも上手に表していて、千円で本当にいいんですか?って感じです。
・「テンポは…」
確かに遅めで、特にマゼッパは他の演奏者に比べるとかなり遅いですが、一音一音丁寧で、音色の美しさは素晴らしいです。私は特に第12曲が好きです。
・「リストがピアノに求めた真の音楽」
はじめてリストの超絶技巧練習曲全集を買ったのが、このボレット。ボレットというピアニストもよく知らずに聞いてみた。まず(どの方も絶賛するが)リストの華々しいテクニックとドラマティックな展開に圧倒された。後に数多くのピアニストの全集CDを聞いてみて、ボレットの演奏評を言う。リストがいう、ピアノの技量の上をいくピアノという楽器をいかに響かせることができるか・・。という点においては彼の演奏は十分にクリアしている。しかしスピードと正確なテクニックを求め続ける演奏家らに対し、いまいち物足りない。ただ楽譜上の音符を一定テンポで弾く、模範的な演奏になってしまい、その内飽きてくる。それぞれの標題に適した情景を、ピアノで再現しようとする姿勢が細かい箇所で感じられるが、やはりダイナミックさ・技量を見せつける姿勢が感じられない。多くの人の演奏を聞いてみて、スピードばかりこだわりすぎてこの曲の真の詩情性を忘れたとき、ボレットの演奏で改めてその素晴らしさ、リストの努力に敬服するようになる。
・「ボレットの超絶技巧練習曲」
第5番鬼火と第8番狩りは絶品である。しかし第4番マゼッパはテンポも遅く、とても馬に乗って駆け走る姿を想像できない。12曲全体的に間延びした感じがする。よって星2つ。
・「ポリーニ以外に誰が弾く」
1974年5月ミュンヘンで録音。新ウィーン学派の中心的存在アーノルド・シェーンベルグのピアノ作品集。12音階を用いた彼の作品についてはおそらく説明の必要はないだろう。グラモフォン・20世紀のクラシック・シリーズの白眉と言うべきが本作だ。シェーンベルグの朕美な世界を表現するのにポリーニ以外誰が弾くというのだろう。そこまでに適役だ。ポリーニはショパン演奏と同等に20世紀の音楽の演奏を大切にしてきた。それらの証がブーレーズ第二ソナタであり、アントン・ウェーベルンであり、ルイジ・ノーノであったわけだ。その中でも最も重要な録音がこのシェーンベルグだと断言したい。はっきりと自分の意志を持ち作品を選択し演奏する。それができた最初にして最後のピアニストがマウリツィオ・ポリーニであると言えるかもしれない。
・「当時としては最上級の演奏。しかし、今のポリーニに再録音希望!」
ポリーニが録音した当時、音質、技術共に最上級の演奏であった。無論、グールドの個性溢れる演奏とは、別の丘陵に立っており、グールドでしか味わえない演奏にも惹かれる。しかし、63才になった現在、ポリーニは、当時よりも圧倒的な迫力と溢れる情熱にみなぎった演奏を披露してくれるのだ!11月3日のポリーニプロジェクトⅡでのベルク、ノーノ等の演奏は、凄まじいまでの情熱と衰える事のないテクニックが見事に融合されており、再録音したら、もの凄い演奏になる事間違いなし!ノーノのCDを事前に聴いてコンサートに臨んだのだが、当時の演奏とは比べ物にならない情熱と個性豊かな演奏に、「これが同じ曲なのか?」と思わせるに充分な巨匠ポリーニの姿を目の当たりにして、これまでのレパートリーを全て再録音して欲しい!と感じた。というわけで、再録音盤が無い現在としては、星5つなのだが、これを超える演奏が可能な巨匠ポリーニを体験してしまったので、再録音を希望するため、敢えて星1つ減点にしました。
・「本物のフランス音楽の息吹を感じたいあなたに」
プーランクピアノ曲集のCDを、子供のコンクール課題の曲想をつかむ目的でいろいろ購入して聴き比べてみたが、これ以上のものはなかった。訴えてくるものが、スケールが、音色の美しさが、どんな同じ曲集のCDよりダントツに素晴らしかった!子供が同じスケールの大きさで弾くには無理があるとしても、同じ曲でこんなにも印象が美しくなる弾き方があるって事を教えるためにも買ってよかったと思う。なにより、プーランクに対する興味が初めて沸いた!ロジェのエスプリを真似できたらどんなに素敵かしら・・・これならずっとかかっていても飽きない素晴らしいCDだ。
・「素晴らしい!」
ロジェよりプーランクのピアノ曲集をうまく表現できるピアニストがいないだろう。すべての曲は素晴らしい強さを表して、とても感動しています。ピアニストの友達も近いうちにプーランクの曲を演奏会で弾くために、このCDを毎日聞いて練習するそうです。本当にお勧め!
・「もしもピアノが弾けたなら」
ここに聴けるような趣味の良さを感じさせる音楽を自ら奏でることができたならどんなに素晴らしいだろう。大昔に習っていたエレクトーン(というより当時はオルガンに近かったが)をずっと続けていたら、少しは足元にでも近づけただろうか。ピアノを志す人々にとってはひとつの里標にもなるであろう名演奏だが一聴衆の耳にもフランス音楽の様々なヴァリエーションに通底している何かが香気深く立ち込めているように響く。音色の透明感は録音の良さか。いずれにせよ、ふと何処かで耳にしたらその音源をどうしても探したくなるようなそんな優れた作品だと思う。
・「$フランス的エスプリ$」
新古典主義的作曲家陣の中でもハイセンス なプーランク。15Improvisationsに関してはロジェの解釈が納得。自分の中でプーランク=ロジェというほど彼はプーランクをエレガントに料理しています♪文句なし☆5
・「深夜にワインを飲みながら聴くには最高の音楽」
パスカル・ロジェが、プーランクの精神をよくくみ取って、重くならず、しかもフランス風のしゃれた曲想を、軽々と弾いている。録音も、ピアノに近づきすぎず、気持ちのよい残響があり、しかもリアル感のある、優秀録音である。ステレオ装置がよければ、それだけ心地よくなる、変なお化粧のないよいCDである。何度聞いても飽きない演奏で、夜遅くにこのアルバムをワインを飲みながら聴ければ、最高であろう。一生の友となりうるアルバムである。
・「サロン文化の名残」
ペルルミュテール氏のピアニズムは、日本人には多少難解な印象を与えるかもしれない。パリ風の小粋なものでもなく、いわゆるフランソワのような天才肌のものでもない。個人的にはロシア・ピアニズムに通底する安定したリズム感、そして豊かな音色のパレットに惹かれていく。
しかしその解釈は技量で押し通すことなく、どこまでも謙虚に、詩の一言一言を正確なイントネーションで朗読しているような印象がある。その内証的な印象を更に強めているのが、英Nimbusの遠目に録音された音色で、1950年代に米Voxにモノラルで残した同様の全集での硬質でクリスタルな質感とは違う、英国の貴族館のような木彫りの暖かい感触を受ける。
サロン風の落ち着いた雰囲気でラヴェルを聴くという贅沢も、今の私たちからはおおよそ想像できない。ビンテージ・ワインのような老齢の重なりもその味わいを更に強めている。
・「真似できないセンス」
ヴラド・ペルルミュテルは、晩年のラヴェルの元にいって、彼のピアノ作品のほとんど全てについて、その弾き方を直々に習ったピアニスト。つまり、作曲家直伝の作品解釈、折り紙つきの正統演奏ということになる。へえ、ラヴェルって自作をこういうふうに捉えていたんだ、という資料的な興味はつきないが、やがてそんなことはどうでもよくなって、そこで行われている演奏の洒落きった香気に陶然となる。録音のせいもあるのかな、とても豊かなペダルの残響が、刻々と複雑な色合いに交錯して、クラシックというよりはジャズやアンビエントを予感させるような瞬間が頻出する。作曲者自らによって弦楽版にも編曲された「道化師の朝の歌(Miroirs: Alborada Del Gracioso )」のクライマックス近くの、どのピアニストよりもジャジーに崩した弾きかた、このあたりの絶妙なセンスはこの盤ならでは。演奏技術的に上手いか、と言われるとそうでもなかったりして、これはもう上手い下手じゃないんだな。まさに香りのようなもの。こういうのは簡単に真似できないのだよね。
・「下手なものは下手。」
老人が弾こうが、若者が弾こうが、出てくる音がすべてである。ペルルミュテルの出す音は、単調で鈍重。水の戯れなど、イメージ上の水が泥水のようだ。この演奏をラヴェル直伝として賞賛することは、ラヴェル本人も愚かな無趣味人だと表明していることになる。
・「ガラス細工のように透明な」
ミケランジェリの特徴は、やはりそのピアノの音色だと思います。例え録音状態が悪くても(何せ昔の演奏ですから)、音が異常にクリアに聞こえるんです。濁りがない、ガラス細工のように、氷のように、透徹している。彼の音を聞く度、「孤高」という言葉を思い出します。
ミケランジェリはボックスセットで聞いてみて、特に良いなと思ったのが、ドビュッシー、シューマン、ショパンだったので、こちらを買い直しました。
彼の演奏は、ロジェやベロフ、フランソワなどのフランス勢とは異なった魅力があります。ドビュッシーの特長である和音の音色の一つ一つが際だって美しく、鮮明な映像を描いています。
・「ドビュッシーの極めつけ。」
アルテュール・ベネディッティ・ミケランジェリ。いわずと知れた20世紀の偉大なるピアニストだが、彼が録音を極端に嫌った為に彼の残したCDは極めて少ない。彼はよく「機械的過ぎる」とか、「人間味のかけらもない」などといわれるし、ドビュッシー以外の演奏を聞くと確かにそのように聞こえてしまうが、ドビュッシーにおいては、彼より魅力的な演奏を聞かせるものはいないだろう。 ドビュッシーのピアノ作品において暖かさはあまりいらない。というより、まったくいらないといっても過言ではないだろう。ドビュッシー特有の和声を崩さずに伝えるには、やはり、和声に微塵のにごりもあってはいけない。彼の音楽はまさに、ドビュッシーの欲した音楽そのものといえるだろう。
このCDで特に注目すべきは「水の反映」である。最初の和音から心を奪われるリスナーも少なくはないだろうと思う。というのは、あまりに和音が澄んでいるのだ!(まさに水のよう!)その後に右手の和音が続いていくのだが、確かにペダルをふんでいるはずなのに、和音がまったくといっていいほどにごらない。(これが不思議でしょうがない!)一つ一つの和音をとってみても、それぞれが音に素晴らしい響きを持っているから驚きである。まさに、「水の反映」それも、ただの水ではなくて、標高の高い山から流れ出るとても冷たく澄んだ雪解け水を彷彿とさせる彼の音楽を聞かないのはもったいない。
・「自然に肌に染み入る演奏」
今朝は 久しぶりに ドビュッシーの前奏曲集第一巻を ミケランジェリの演奏で聞きながら 朝風呂に入りました。
最高でした。
均整の取れた 美しい 演奏です。 しかも 浸透圧が 等調であるような 全く 違和感の無い 音調・リズム・抑揚・和音・響き・・・・ どれを取っても 細胞一つ一つに 自然に染み入る 美しい 演奏でした。
その点 マウリツィオ・ポリーニの演奏では 硬く。冷たく。研ぎ澄まされているが、 違和感のある、 そう、 鋭い 冷たい 硬い ナイフを 肌に 当てるような 不自然な演奏だった。
確かに切れは良く 出血するくらいだが、 細胞は 喜ばない演奏だった。
そういう意味で 私は ミケランジェリの演奏が好きだ!
まあ、刷新するという意味では ポリーニの演奏は 目の覚める心地がして 良く。 たまーに エスプレッソ・コーヒーを飲むように 聴くことがある。
・「ある意味究極」
ベロフのそれと共に名盤の地位は揺らがない一枚。 ミケランジェリはホロヴィッツとは違ったいみで、ピアニスティックな美を極限まで追求したピアニストだ。その「スタインウェイの中のスタインウェイ」的な響きに加え、その響きが生きる端正な造形を心掛けたのが彼だ。その完全主義を追求した結果、かれは極端にレパートリーを絞ることになった。その狭いレパートリーに引っかかった幸運な作曲家がドビュッシーである。 逆に言えば、ドビュッシーの音楽をターゲットとして、ミケランジェリはそのピアノ技法をみがきあげたのではないかと思われるふしさえある。それは想像に過ぎないが、彼の亜流としてのポリーニ(失礼!)よりも、師のミケランジェリの方が音楽家としては数段うえに思えるのである。
・「ミケランジェリのドビュッシー」
有名な名盤です。しかし、これはあくまでもミケランジェリのドビュッシーです。しかし素晴らしい音楽ということには変わりはありません。
・「星5つでも足りません」
ハンガリア狂詩曲の第6番がほしくCDを探し回りやっとみつけた1枚です。リスト演奏者として名だたる他の方々のCDにも6番が入ったものはなかなかみつけられませんでした。6番も曲としてはポピュラーですが難易度がことさら高いのか、同じくポピュラーな2番または15番のように録音されることは少なかったのかもしれません。聴きたかった6番どころかハンガリア狂詩曲を全曲聴くことができるるだけでも価値のある1枚といえます。
ハンガリー人であるシフラはリストの再来といわれた名ピアニスト。ハンガリー動乱による亡命直後に録音された幻の演奏がCDとして手にいれられるなんてほんとに夢のようです。21世紀の世代にまで演奏を聴かせてくれてありがとうと、お墓のなかのシフラに申し上げたいです。
・「曲自体はいいのだが…。」
「ハンガリー狂詩曲」は、第2番は日本で大有名なように、日本人ウケしやすい曲集のようです。だから、それが一気に全部聴けるこのCDは得のようにも思えます。しかし、シフラは、非常にクセのある弾き方ですし、音も良くない(雑音が入っていて、ヘッドホンなどで聴くとかなり気になります)ので、あまりお勧めはできません。
・「WOW!!」
~From the opening bars of No. 7 you know you're in for a great ride. Big, dynamic, virtuoso, lyrical, exciting ... it's got it all. This is the sort of performance that propels you from your seat at the end of a live performance. Much closer to Pollini's than Pletnev's otherwise very fine (second) recording. Miking gets the max from the piano which at times is brutal and metallic, but it suits this work. The other sonatas are unknown to me and more gentle. This is the first time I've heard~~ Jablonski. A natural for Scriabin. (Played in stereo on my Marantz SA-14 SACD player.)~
・「ラフマニノフの前奏曲の定番」
ラフマニノフの24の前奏曲は3つに分かれており、第1番「鐘」+10の前奏曲+13の前奏曲ということになる。ショパンのように連続して演奏する必要はないが、1曲1曲美しいロマンティシズムに溢れていて素晴らしい。24曲を通じて長短あわせ24のすべての調性が用いられているが、曲順はショパンやスクリャービンの様に法則性にしたがって並んではいない。古典的様式を用いながら自由なラフマニノフの世界を感じる小宇宙的作品となっている。当盤は発売時、吉田秀和氏が「ここ最近聴いた中でもっとも美しいアルバム」と語ったもので、全曲盤のなかでももっともスタンダードに相応しい演奏。
・「ラフマニノフといえばアシュケナージだが」
1974年1月から1975年4月にかけてピーターズハムのオール・セイント教会にて録音。最初のラフマニノフ・ピアノ協奏曲全集を録音した3年後ということになる。こちらの協奏曲は僕の知る限り全曲を2度、第2番は3度、第3番に至っては4度レコーディングしているのだが、この作品は1度きりのようだ。実に不思議だ。
と言うのはラフマニノフに対するアシュケナージの思い入れは並大抵のモノではなく、協奏曲全集のライナーではアシュケナージ自身がラフマニノフ論をはっていて、他の演奏者のラフマニノフ演奏は生ぬるいと一刀両断しているくらいなのだ。ところがこの作品については1度で終了などということでいい訳がないだろう。吉田秀和がなんと言おうとこの時の演奏は、たくさんのものが足らない出来映えになってしまっている。
『ラフマニノフといえばアシュケナージ』ならより完璧な演奏を目指し、是非再録して欲しい作品だ。
・「アシュケナージの欠点が出た演奏!」
アシュケナージのファンには申し訳ないのですが、このCDは頂けません。 ショパンのソナタ集、エチュード集を持っている私は、このCDを期待を持って購入しましたが、繊細な表現などでは確かに良い部分もありますが、なにかラフマニノフらしくない、構成感といいますか、自由に弾きすぎて、本質からはずれた音楽になってしまっている感が強いのです。 N響の指揮も最初の頃の「田園交響曲」などはとても見ていられませんでしたが、最近は指揮者らしい振り方になってきました。この前奏曲集の再録を求むのは私だけでしょうか。
・「特筆すべき弱音の美しさ」
シューベルトのピアノソナタはどれも演奏時間が長く、演奏の内容次第では途中で飽きてしまう可能性もあります。ここに聴かれるポリー二の演奏は、弱〜中〜強音すべてが美しく、速いパッセージでも決して乱れることのないテクニックと相まって、決して聴く者を飽きさせません。後期ピアノソナタ3曲はもちろん、3つの小品D.946でもポリー二の計算されつくした繊細さに浸ることができます。
・「やはり名盤」
シューベルトは、ピアノ・ソナタの完成率が約半分という、ある意味演奏家泣かせの構成の曲を書いている。しかし、メロディーの美しさは他のどの作曲家ともひけをとらない。 この作品をレコーディングするにあたり、ポリーニは、肉筆原稿(おそら初版)にまで目を通した上で臨んでいる。シューマンについてもそうだが、できるだけ作曲家の最初のインスピレーションを重要視していることがうかがえる。単なる繰り返しと思いきや、微細な違いにも気を行き渡らせている。 相変わらずの透明な美しい響きが、ここでも堪能できる。ベートーヴェンの構成美とはまた違った美しさを味わってほしい。
・「溢れ出るロマンティシズムの「歌」〜ラストソナタ最高の演奏」
シューベルトの音楽を「ロマンティック」の一言で表すのには躊躇われる。しかし、最後のソナタにはシューベルトならではのロマンティシズムが満ち溢れている。内田光子の演奏のレビューにも書いたが、この曲には乾いた寂寥感が漂っている。31歳で夭折したシューベルトのどこにこれほどの悲しさがあったのだろうか。しかし、その悲しさにはシューベルトの諦めにも似た微笑が隠されている。悲しさと微笑み。これがこの曲のロマンティシズムの本質なのではなかろうか。シューベルトは悲しさを外から見てそれを受け入れている。悲しいけれど受け止めている。そこにこの曲のほかの曲にはない微妙なロマンティシズムを感じる。
・「シューベルトの封印を再度解く時」
1983年発表。この前のシューベルト録音が1973年11月ローマ RCAスタジオで録音したさすらい人幻想曲とD845のイ短調ソナタだったからポリーニの中でシューベルトは10年間封印されていたことになる。この演奏に触れる前に一言。村上春樹が『海辺のカフカ』の中でシューベルトのピアノ・ソナタについて面白いことを言っている。『フランツ・シューベルトのピアノ・ソナタを完璧に演奏することは世界でいちばんむずかしい作業のひとつである。作品のひとつかふたつの楽章だけ独立して取り上げれば、ある程度完璧に弾けるピアニストはいるが四つの楽章をならべ、統一性ということを念頭において聴いてみると満足のいく演奏はひとつもない。なぜなら曲そのものが不完全だからだ。』なるほど。ロベルト・シューマンに『天国的に冗長』と評されたシューベルトのピアノ・ソナタをこれ以上にうまく言い表した言葉を僕は知らない。シューベルト弾きとして最初に思い浮かぶのはやはりアルフレッド・ブレンデルだと思う。すばらしいブレンデルの演奏も確かに村上春樹の言うように『不完全』である気がする。それであってもベートーベンの32のピアノ・ソナタに対抗匹敵するピアノ・ソナタはシューベルトの残したこれら『不完全』な一群以外には無いと強く思う。これらのピアノ・ソナタはその『不完全』であるところが聴くものを惹きつけてやまないのだ。そこが実に面白い。ポリーニのここでの演奏は不完全なものはそのまま不完全に表現しようとしているように感じられ、その意味で『完全』な演奏となっている気がする。
村上春樹は続けてこう言っている。『質の良い稠密な不完全さは人の意識を刺激し、注意力を喚起してくれる。-----ある種の完全さは、不完全さの限りない集積によってしか具現できないのだと知ることになる。それは僕を励ましてくれる。』なるほど。確かに。だからこのソナタを聴いているのだなと思う
・「スクリャービンのpソナタの最高傑作!」
ロシアものをやらせたら抜群にうまいアシュケナージがこの全集を完成させてくれて本当に感謝です。
スクリャービンの火を噴くような激しい狂気や妖しく輝く微妙な音色までもアシュケナージは完全に再現してくれていると感じました。
本当にスクリャービンらしさを余ることなく再現してくれたと言う点で
この盤の右に出る盤はないといっても過言ではありません。
・「やや優等生的だが美しい演奏」
スクリャービンのソナタに何を求めるかによって評価が分かれる演奏である。
アシュケナージのスクリャービンには、生クリームをたっぷり使いながらべたつかない上質の洋菓子のような味わいがあるのだが、スクリャービン独特の鬼気迫る神秘性はあまり表現し得ていない。 5番以後のソナタは、神秘的な絵画がきれいな額縁に入って重役室に飾られているような感もある。最もアシュケナージの良さが発揮できているのは2番の第一楽章、次は4番のように思えた。
なお、ソナタ全曲が入ってこの価格はお得である。LPの時に入っていた小品も収めてもらえればさらに良かったのだが。
・「あまり深みのない演奏」
アシュケナージの豪快なピアニズムは、PROKOFIEV、RACHMANINOV などの協奏曲では威力を発揮するが、音色の微妙なニュアンスと超人的なまでの感情の激しさを要するスクリャービンには向いていないと思う。大味であまりにもオーソドックスで、何かもの足りない。ホロヴィッツ、近年の録音ではマーク アンドレ アムランのスクリャービン ソナタ集とくらべるとよい。
・「硬質な音の造形」
たとえば、グルダとブレンデルの音作りはほとんど対極にあるが、内田光子はブレンデル的音作りのようだ。全体の曲想をつかむというより、一音一音がフラットに粒立ち、その背景に静寂が漂っているとでもいおうか――。したがってこのCDは、ロマンティストで、つまらない悩みや苦しみや、ささやかな喜びなんかに敏感に、あるいは臆病に反応する生身の若者という、シューベルトに抱く私のイメージとはちょっと違って、冷静で高邁で意志の強い怜悧な人物が作曲したと思われるようなピアノソナタ群となっている。人によって評価・印象は異なるだろうが、私としてはもう少し暖かみやとまどいのある演奏を期待したのだが……
ケータイからは、シンプルアマゾン(モバイル版)をご覧下さい。
シンプルアマゾンは、安心・安全のネットショッピングAmazon.co.jpの商品を紹介しています。
簡単アフィリエイト:あなたのAmazonアソシエイトIDをアドレスの最後に付けるだけで簡単キャッシュバック!(例:1sas.net/?yourid-22)一度IDを付ければ、シンプルアマゾン内の全商品が紹介料の対象になります。アソシエイトIDはこちらから登録可。