バーボン・ストリート・ブルース (詳細)
高田 渡(著)
「歌に歴史あり、人に歴史あり なんですねえ。 高田渡って本当は男らしくてカッコいい」「高田渡って知ってる?」
高田渡/五つの赤い風船 (詳細)
高田渡・五つの赤い風船(アーティスト), 五つの赤い風船(アーティスト), 高田渡(アーティスト)
「懐かしいったらありません」「「自衛隊に入ろう」「しらみの旅」は最高」「今こそこの歌を聞き直してみよう」
「悲しいです、あなたの声がCDだけでしか聞けなくなりなりました。」「泣けてくる。」「人を救う力」「収録曲について少し…」「高田渡をはじめて聴いた作品」
URC シングルズ(2) (詳細)
オムニバス(アーティスト), 斉藤哲夫(アーティスト), 山平和彦(アーティスト), 久保田誠(アーティスト), 五つの赤い風船(アーティスト), 高田渡(アーティスト), アテンションプリーズ(アーティスト), 六文銭(アーティスト), 愚(アーティスト), 三上寛(アーティスト), 友部正人(アーティスト)
「こいつはすごい」
「本日ハ晴天ナリ」「もう会えないんだね」「本日、2005年4月16日」
「遠藤賢司、最高傑作!!!」「ロック人間のフォーク」「最高だ。高田渡の亡くなった日に。」「名盤?」
URCアンソロジーVol.1 URCの誕生 (詳細)
オムニバス(アーティスト), なぎらけんいち(アーティスト), 金延幸子(アーティスト), ディランII(アーティスト), 高田渡(アーティスト), 五つの赤い風船(アーティスト), 中川五郎(アーティスト), 早川義夫(アーティスト), 遠藤賢司(アーティスト), 加川良(アーティスト), 三上寛(アーティスト)
「日本の「フォーク」はここでわかる。」
日本フォーク私的大全 (詳細)
なぎら 健壱(著)
「なぎらさんがこれほどマメであったとは。「フォーク」の実像に迫る。」「高田渡の逝去の方に接して」「「そうだったのか!」の連続」「なぎら健壱がフォーク・シンガーって知ってますか?」「面白い読み物であると同時に貴重な資料」
「70年代フォークを超えた歴史的傑作」「日本フォークソングの良さを再認識!!」「“歴史的”名盤」「加川良のスタートです」「存在感」
武蔵野タンポポ団の伝説 (詳細)
武蔵野たんぽぽ団(アーティスト)
「僕にとっての70年代」「最高です~高田渡さんの逝去に合掌」
武蔵野タンポポ団 BOX (詳細)
武蔵野たんぽぽ団(アーティスト)
「今でもこんなグループがあったら最高!」「最高でした」「武蔵野タンポポ団 BOX」「もう一つの『伝説』の替わりにレビューします。」「なつかし~い」
汽車が田舎を通るその時 (詳細)
高田渡(アーティスト)
「いっぱいの油絵の前の水墨画」「隠れた名盤」「フォークソングのおかれた時代を物語る」「もう歌えない歌」
ヴァーボン・ストリート・ブルース (詳細)
高田渡(アーティスト), ヒルトップ・ストリングス・バンド(演奏)
「ヒルトップ・ストリングスバンドの傑作」「ご冥福をお祈りします。」「無理なく楽しい、体に良い。」
「シュガーコーティングされたナイフのような…」「告別式」「日本の「フォーク」の到達点」
「とにかく歌う、自分のとおりに。」「うたうたい、心拾い」「高田渡の頂点だったのかもしれない」「高田渡だったらこれ」「普遍的、不変のメッセージソング集」
紀元弐千年 (詳細)
ザ・フォーク・クルセダーズ(アーティスト)
「フォークルの魅力が凝縮された1枚!」「これは、日本の「フォークソング」という分野を語る上で必須のアイテム」「当時買えなかった1枚」「別にフォークじゃないよ」「コンセプトアルバム」
ハレンチ (詳細)
ザ・フォーク・クルセダーズ(アーティスト)
「端田宣彦はいません。平沼義男のオリジナル・フォークルです。」「1967年11月 当時すでにまぼろしの名盤でした」「幻のスーパーグループ」「フォークルの原点」「オラは(このアルバムで)死んじまっただあ」
古井戸ライブ(紙ジャケット仕様) (詳細)
古井戸(アーティスト), 仲井戸麗市(その他), 佐藤寿美(その他), 加奈崎芳太郎(その他), 忌野清志郎(その他)
「懐かしいフォーク喫茶の雰囲気を、もう一度。」「30年の時を超えて」「紅茶にしますか?」「古井戸の醍醐味は、やはりライブですかね。」「さなえちゃんは?」
唄の市第一集(紙ジャケット仕様) (詳細)
オムニバス(アーティスト), 宮島ゆき(アーティスト), 泉谷しげる(アーティスト), 小室等と六文銭(アーティスト), シティ・ライツ(アーティスト), ピース・シティ(アーティスト), 黄色い船(アーティスト), 古井戸(アーティスト), ピピ&コット(アーティスト), 別役実(その他), 高取洋一(その他)
「待望のCD化!」「さなえちゃんは??その2」「「街と飛行船」をきちんと聴くことのできる数少ないアルバム」
フォークソング伝説 (詳細)
オムニバス(アーティスト), 高田渡(アーティスト), 赤い鳥(アーティスト), アルフィー(アーティスト), マイペース(アーティスト), 伝書鳩(アーティスト), 長渕剛(アーティスト), トランザム(アーティスト), 竹内まりや(アーティスト), 高石ともや(アーティスト), 早川義夫(アーティスト)
「あの頃の思い出が走馬灯のように蘇ってきますよ」「40歳代以上の人にお勧め」「最高のコンピレーション!」「お買い得ですが、竹内まりやはないでしょう。」「こういうタイトルはどうかと思う」
「正しくは DEWDROPS/桜井 哲夫 です」「この時カシオペアは解散するのかと思いました」
わたしを断罪せよ (詳細)
岡林信康(アーティスト), サトウ・ハチロー(その他), 白井道夫(その他), エリック・アンダースン(その他), トム・パクストン(その他), 日高仁(その他), ボブ・ディラン(その他), 中川イサト(演奏), 谷野ひとし(演奏), 長野隆(演奏), 木田高介(演奏)
「日本のプロテストフォークの最高傑作」「日本音楽史上に燦然と輝く名作」「今でも、いや今こそ聴いて欲しいな」「1970年前夜を象徴する岡林の名曲の数々」「やはり名作」
「反骨のベストアルバム」「私のベストではない」「コロムビア時代のベスト」
GOOD EVENING (詳細)
岡林信康(アーティスト)
「神様のご帰還」「心を聴いてほしい」「ライブはいまいちであったが・・・」「やさしい歌声が心地良い」「落ち着いた岡林信康の80年ライブ」
野音唄の市(紙ジャケット仕様) (詳細)
オムニバス(アーティスト), 佐藤公彦(アーティスト), 生田敬太郎(アーティスト), 泉谷しげる(アーティスト), 仲井戸麗市(アーティスト), ピピ&コット(アーティスト), 古井戸(アーティスト), 門谷憲二(その他), 岡戸郁子(その他), 金谷厚(その他), 加奈崎芳太郎(その他)
「ELEC王国の頂点!」「懐かしいなあ・・・・「唄の市」」
● 五つの赤い風船
● ザ・ディランII
● しびれました!
● 新自由な鋼鉄
● 日本のうた
● 癒しの音楽やフォークを今一度(リアルタイム世代ではない者から)
● 新自由な鋼鉄F
・「歌に歴史あり、人に歴史あり なんですねえ。 高田渡って本当は男らしくてカッコいい」
高田渡がブームになっているとは知らなかった。たまたま友人の持っていた、五つの赤い風船、高石ともや、遠藤賢治なんかをあさっていたら、たまたま高田渡の「生活の柄」にぶち当たってしまったのです。
当時私は彼のことを掴み所の無い、酔いどれで、ちやほやする人間が多いので、勘違いしているんじゃないか?と敬遠気味でした。でも、30年経って基本的な彼のスタイルもそのままに「生活の柄」をぶつけられた時、私は彼のスタイルが本当のものだったことを理解し、この30年について詫びたい気分だった。
この「バーボンストリートブルース」は彼の家庭環境、歌、仲間に関する話が淡々と語られる。高田渡は飄々としているが決して軟弱な男では無く、男らしい意気地を持った奴であることが判り、ますます好きになった。
家庭環境や反骨精神に山之口獏と共通するものがあると感じるのは私だけで無いだろう。CDとセットで「こんな男の中の男も世の中にはいるんだよ。」って恋に悩む年代の女性に勧めたくなるような本かな。 早く、「タカダワタル的」がDVDにならないかなあ。
・「高田渡って知ってる?」
「今はたぶん”目先の時代”なのだと思う。いつもみんなといっしょに目新しいものを追いかけていたい、みんなが持っている新しいものを自分も持っていたい、みんながいる新しい場所に自分もいたい―それをしないと自分ひとり取り残されていくような疎外感に襲われるのだろう。」(本文より)長い引用になりましたが、そんな時代にあって、正反対の生き方をしている高田渡の初めての本です。グラスを脇に、ギター弾き語りで飄々と歌うスタイルそのままに、生い立ちのこと、フォークソングのこと、映画の話、旅の話、そしてもちろん酒の話が語られていく。それらを彼の音楽を聴くように、じっくりと味わいながら読む喜びがある。もちろん傍らにウィスキーの入ったグラスを置いて。ちなみに高田渡で好きな歌はCD『石』に入っている「火吹き竹」です。
・「懐かしいったらありません」
まずこの録音が行われた場所ですが、当時千里丘にあった毎日放送の第一スタジオ。この時代を中学生から大学生くらいで過ごした人には「MBSヤングタウン」の公開録音(毎日の放送が公開録音だったのは確か大阪万国博の終わる70年の9月まで)会場と言えば覚えがある人も多いでしょう。CDにはありませんが、LPにはそれと
わかる写真が盤に貼り付けてありました。高田渡、五つの赤い風船とも写真の姿はとにかく若い。風船の中川イサト、長野隆はまだ髪も短く髭も生えていません(LPにはしかもメガネをかけていない中川イサトと藤原秀子のツーショット写真も!)。
高田渡はスタジオに聴衆を入れての録音ですが、聴衆のお行儀の良さのせいか、
他のライヴものよりはだいぶ枯れた感じ。五つの赤い風船は後!にビクターから出るLPの音源となった録音でスタンダードとも言える「遠い世界に」、「恋は風に乗って」、「血まみれの鳩」などに加えて、めずらしく藤原、中川、長野の三人で歌う「二人は」(ジャケットの写真はおそらくこの曲を収録時のもの)と言う、初期の作品では名作
のひとつに数えられるしかしめずらしいコーラスを聴くことができます。
各人の写真と言い、曲と言い、また広野勝のイラストをベースにしたジャケットと言い、熱い時代を彷彿とさせる名盤の一つであると思います。またそれぞれのデビュー盤とは言え、非常に完成度の高い一枚です。(ちなみにディレクターは、高田渡には
高石友也、五つの赤い風船には加藤和彦)。
・「「自衛隊に入ろう」「しらみの旅」は最高」
僕が中学2年のときにフォークルの「帰ってきた酔っ払い」で「フォーク」ブームなるものが発生した。
しかし。「フォーク」としてくくられた音楽の中には、PPMとか、ブラザース=フォーのような「優しい」C~Am~F~G7みたいなコードの音楽もあれば、もっと、後の学生運動の息吹をもった、存在もあった。
この頃、僕のささやかな認識では、関西の方が主体で、高田渡は、この世界では「異端児」だったような気がする。
そんな中で、「自衛隊に入ろう」を聴いてぶっ飛んだ。
おいおい、触れる機会があるかもしれないけど、「3億円事件の歌」とか、時事に密着した作品を次々に出して行ったのは、凄いことだと思う。
2005年4月17日、ご逝去を聞いて。ショック!!!!
・「今こそこの歌を聞き直してみよう」
~高田渡が「防衛庁がぜひ譲って欲しいと言った、そして、後には欲しくないという話が出た」と自ら語って始まる伝説の「自衛隊に入ろう」。フォーク・ヴィレッジに岡林との共演バージョンが入っているが、やはりこのCDに収録されているのがいい。五つの赤い風船の「血まみれの鳩」も考えさせられる。高田渡と五つの赤い風船の代表曲が聴けて、この値段ははっきり~~言って買いである。とくに「自衛隊に入ろう」はやはりこのヴァージョンで聴きたい。~
・「悲しいです、あなたの声がCDだけでしか聞けなくなりなりました。」
吉祥寺のぐわらん堂で30年前ぐらいになりますが、LP盤でしか聞いた事ない声を生で始めてライブで聴いて感動したことや、日比谷野音での熱唱が思い出されます。私ごとですが、妻が晩年の高田さんのことを酔っ払った姿か゛親父そっくりだったそうです。あの歌い方はだれにもできません。いつかまた、よろしく、、、、、ご冥福をお祈りします。
・「泣けてくる。」
「ねこのねごと」なんて、ずいぶんと、「毒気」の抜けた作品名は、購入時に違和感を感じた。
ただ、僕の個人的な、人生の流れと比較して見たときに、わからないでもなかった。若くして、岡林とかの先鋭的な連中と交流し、遅れてきた拓郎やかぐや姫の路線とも違う中で自主性を発揮しようとしたら、一度、気を抜いて、肩の荷を降ろそうと思ってもおかしくないと思った。
45歳で倒産した造船所の再建のために派遣された弁護士の僕は、夜中まで続く労働組合との団体交渉の帰りに、このCDや、「自転車に乗って」をがなりながら、車を運転して2~3時間寝るためだけに帰宅したことを覚えている。
2005年4月16日、御逝去の報に接して。
・「人を救う力」
小さなペンションを営んでいます。このご時世、宿の仕事だけでは食べていけません。女房は外に定職をもち、亭主ひとりでこなしています。 五月の連休のこと。午前中の片づけ仕事は昼を過ぎても終わらない。まもなく今日のお客さんが到着するだろう。食材の仕入れにもいかなければ…、ひとりパニックに落ちいっていた。すると宅急便のおじさんが「アマゾンさんからのお届け物で~す」と。 渡さんのCDだ。気持ちを落ち着けなければと、まず『ねこのねごと』をかける。すると、オートハープなどの軽快な伴奏に、子供たちの歌声で「おじいさんの古時計」が! わが子たちが幼い頃、添い寝しながらよくうたってやった歌だ。続いて、「冬の夜の子供の為の子守唄」、あの渡さんの渋い、と同時にとても「粋」なボーカルが、フランスのトラッド風の演奏であらわれた。その瞬間、涙が出てきた。すーと緊張感を解いてくれた。これを機会に何とかこの日の仕事もこなせた。 渡さんの歌には人を救う力があります。訃報に接し、約30年ぶりにお声を聴き、ようやく気づくなんて! わたしは一体何をさまよっていたのだろう…。
・「収録曲について少し…」
「冬の夜の子供の為の子守歌」は、フランスの詩人ジャック・プレヴェール(シャンソン「枯葉」の作詞者)の作品に曲をつけたもの。冬の夜、寒さに追われて雪だるまが小さな家に入ってくる、赤い暖炉の前に座る、残ったのは水たまりにパイプと帽子だけ…、というメルヘンチックな、でもよく考えてみるとドキリとする不思議な詩。 これに「まるで南仏のトラッド・ソングでも聴いているような、まろやかな手触りが感じられる(text by 小川真一)」高田さんの曲がついて歌われている。渡さんの曲ではもっともポピュラーな印象の歌で、みなさんどこかで聴いたことがあるはず。 CDの表題になった「ねこのねごと」。「あのね、あのよは、なかなかこんね…」などという、木島始さんの詩に曲をつけたもの。人間長く生きると、こんな言葉が身にしみる。 若い世代で、高田渡さんに興味がわいたら、このアルバム『ねこのねごと』がおすすめかも。 古くからの渡さんのファンにも、得意な酒をうたった歌も入っています。「酒を飲みたい夜は 酒だけではない 未来へも口をつけたいのだ…」石原吉郎さんの詩に曲をつけた「酒を飲みたい夜は」。これもずしんと身にしみますね。渡さんは、同じ歌を繰り返し録音していますが、そのたびに違った味の歌になっています。山之口貘の詩に曲をつけた名曲「石」も、このアルバム固有の曲になっています。「二十年以上も前につくった歌を、僕は今も歌い続ける。その歌は、時代を経ることにより、また違った命を与えられるような気がする。 歌というのは古い家だ」(著書『バーボン・ストリート・ブルース』より)
あの世でも、違ったヴァージョンで同じ歌をうたっているのかなぁ?
・「高田渡をはじめて聴いた作品」
まず1曲目は子供の歌しか出てこなくて、ちょっと唖然!でも次からは普通に唄が入っており、安心しました。全体の印象は、いわゆる日本のフォークではなく、海外の民謡(本当のフォークの意味はコレ)に日本語をつけたモノが多い印象。詩は本人のモノが少なく、作曲が主体なので、これも意外!歌える浮浪者のイメージだったのですが、本人の詩でないと作られた感じがします。でも唄はあまり美味くないけど味があります。中でも私の青空は好きです。でも初めてコレ買うなら、曲も重複しているし、「石」の方がいいと思います。
・「こいつはすごい」
こいつはすごい。なんたって、URCのシングルスだからだ。今まで何度か違うメーカーから出されたりしているが、こんなすごさはなかった。有名な、方々の音源でさえもレア音源ばかりだ。そして、これは個人的な事であるが、山平和彦のデビュー曲がA、B面とも入っている。これは買うしかない!!
あと、もしよろしければ、URCの復刻の方を進めていただきたい。
・「本日ハ晴天ナリ」
日本フォークの金字塔。私はこれを聞いて京都へいきました。イノダっていうコーヒー屋へ。やはりフォークは詩だなって思わせてくれるアルバムです。全曲優劣つけられませんが、「自転車にのって」は、はっぴいえんどのコーラスが楽しげ。イーヨ!
・「もう会えないんだね」
何度もライブに行ったけど、一度もまじめに歌っていなかった気がするな…。ギターもさびているようでね。でも、すごいゲストだったな。たしか鈴木慶一とかとやっていたたときですよ。その時来たゲストは半端じゃなかった。それだけすごい人だったんでしょうね。この「ごあいさつ」もベルベッドアンダーグランドの本歌取りなんだろうけど、まだまじめに歌おうとしている感じがしてます。「銭がなけりゃ」がポップな感じで好きだけどな…。でも死んじゃったんだね。もう一度ライブに行っておけばよかった。さよなら
・「本日、2005年4月16日」
高田渡さんが今朝逝っちまった・・・
渡さんの代表曲は「自衛隊に入ろう」や「生活の柄」などではないと思います。このアルバムの中では「おなじみの短い手紙」や「夕焼け」という悲しさ・寂しさを持つものではないか、というのが個人的意見です。
「名前なんか、なくなっちまえばいい・・・」とステージで呟いた渡さん。
是非、このアルバムが「一般的庶民的価格」で再度、発売されることを願っています。1万円なんて値段が付いてたら、渡さんはただ驚きそうな・・・
合掌
・「遠藤賢司、最高傑作!!!」
遠藤賢司さんといえば、あの70年代のフォーク・ブームの時、繊細な感じで出現した方ですね。曲でいえば、”カレー・ライス”が一番有名でしょうか。
しかしそのつぶやくような”カレー・ライス”とは打って変わって、フォーク・ブームが去った後に発表されたこのAlbumでは、ギンギンのロック・サウンドでノリノリに叫び歌う、遠藤賢司さんに出会えました!もう、カッコイイの何のって!!!曲も良ければ、サウンドもアレンジも歌も最高!タイトル曲の”東京ワッショイ”なんて、何度も聴いてしまいます。曲のメッセージがまた、微塵の嘘がなく、ストレート、男らしいんだけど、男くさくない、とにかく必聴ですっ!
当時、ハタチちょっと過ぎのわたしは、このAlbumリリース時、Liveに行ったんですよ!ものすごく印象的なLiveでした。オープニングは忘れもしない、真っ暗なステージの真ん中、床の上に仰向けに寝ている遠藤賢司さんが、点滅するストロボ・ライトを浴びながら、ゆっくりと起き上がる、というカッコイイものでした。曲は確か、”不滅の男”。”今まで何度倒れただろう でも俺はこうして 立ち上がる”の歌詞そのままでした。ものすごい迫力のLiveだったのですが、後から聞くと、それはカラオケ・Liveだったそうです!そういえば、ステージ上には遠藤賢司さんだけでした。
そんな熱いメッセージが凝縮されたこのAlbum、おまけの2曲も、ジミ・ヘン風ギターが聴けたりして、今聴いても新しく、楽しめる作品ですっ!!!
・「ロック人間のフォーク」
パンタの音楽を「ロック人間のロック」と名づけましたが、エンケンのは「ロック人間のフォーク」と呼べばいいのでしょうか?こうやって長く生きてきたら、結局、若い頃は同じような歌を歌っていても、そのあとの人生から「裏切られた歌手、グループ・・」にいっぱい出会ってきたけれど、この人は裏切りませんね。人間の本質がハードコアロック&フォークです。いろいろ出ている作品の中でも「ロック&フォーク」の真髄と呼べるのがこの「東京ワッショイ」です。歌が上手いとか下手とか、演奏がどうのこうのという次元とは別格のアルバムです。皆さん!心して聞きましょう。
・「最高だ。高田渡の亡くなった日に。」
2005年4月16日、高田渡さんが亡くなった。
彼と遠藤賢司さんは、僕の中で、同世代の少し先輩だ。
当時の評価で、ギターの天才といわれたが、その後、その評価は、必ずしも正しくないと思ってるけど、ただ、彼が、高田渡、シバ、加川良などと同じ時期に、当時は当たり前であった、複数の歌手がジョイントコンサート(パッケージツアー?)してたのを経験できたことを本当に感謝する。
この頃の「フォーク」の時事性を考えると同世代の人でないとわかりにくい、もしくはわからないことが多いかもしれないけど、そこは、大目に見て聴いてみて欲しいと思う。
マイナーもしくは今で言うインディーズ系から、完全なメジャーになれなかった、でも、そのそれぞれの世代で高く評価された、作品なので、「ハンディ」つけて聴いて欲しいと思う。
高田渡さんの逝去に合わせて、彼の同世代の仲間のCDをかき集めて、PCの音の悪いスピーカーで聞きながら書いてるけど、筆が進まない。
さびしい。
今、高田渡の「生活の柄」が流れてる。
合掌
・「名盤?」
もう何十年も前になるが、ハードフォーク賢司の頃の凄まじいライブを見ましたが、ホント生ギターでロックしてました。でもいつもCDはイマイチ!この人は、声質や歌い方も含めてロッカーで行くべき人なんではないだろうか?しかし日本のマイナーなフォークの部分も持っており、それが仇となっているように思う。このCDも詩を含め真面目にロックをやれば、成功していたように思う。コアでマニアックなファンの評価はあてに出来ない。多分10人中8人は支持しないと思う。でもタイトル曲や不滅の男は私も好きです。
・「日本の「フォーク」はここでわかる。」
2005年4月16日、高田渡さんが逝去されました。 56歳でした。6歳年下の僕は本当にショックですぐ、レビューを書きましたが、ショックのあまり送信ミスしたようです。 ~古いCDを聴きながら、お通夜としょうして彼が愛したバーボンを飲んでいたのです~
さて、昭和40年代に思春期に達していた世代以降には、このアルバムは、異次元の存在かもしれないですね。例えばBeatlesにしてもS&Gにしても、現在でも当時と同様に露出していますが、このアルバムに収録された作品は、時々NHKのBS=2で特集で流れるくらいですから・・・。
「フォーク」と呼ばれるジャンルは、日本では「フォークソング」とも異なるし、「フォークロック」の「フォーク」部分とも異なる日本の独特の音楽世界だと僕は思っています。 ですから、PPMとも違うし、S&Gとも違う。その後の吉田拓郎の後半やかぐや姫とも違う。 私小説的な部分、政治的なメッセージ性、社会批判・・・・それが、露骨でなく、何か、ホンワカした中に秘められた特殊な音楽空間です。
このアルバムは、この不思議な世界の入門編としてお奨めです。
追伸・・・高田渡にもう一度合掌
・「なぎらさんがこれほどマメであったとは。「フォーク」の実像に迫る。」
「フォーク」を歌っていた当事者であるがゆえに、鮮明にすることのできた当時の実感と実像。そして、「伝説」とされる人物たちとの接点。マメな記録と貴重なモノの保存。95年にこの本は書かれたのであるが、日本の音楽史を紐解くうえで実に貴重な史料でもあり、また、情況の記述にあふれている。
また、雲の上で繰り広げられた「伝説」劇が、当事者の視点で語られることにより、「伝説」のもたらすノイズからより自由に、当時の情況を振り返ることができるだろう。
軽妙な文章も魅力。圧巻は、巻末の年表。
この本に所収されている人たちの誰でもいい。一人にでも関心があったら、ぜひ、この一冊、通読していただくことで、フォークに開眼するに違いない。
・「高田渡の逝去の方に接して」
2005年4月16日、高田渡さんが56歳で逝去した。6歳年下の僕は、兄を亡くしたようなショックで、レビューを書いたが送信ミスしたみたいなので、もう一度。
まず、他のレビュワーのレビューをみていると、なぎら健壱がフォーク歌手だったのか・・・?なんて書かれると、同世代としては、不思議な感慨にとらわれる。
日本で「フォーク」という音楽ジャンルを語る場合、例えばアメリカのPPMの「フォークソング」とは異なるし、フォークルの「帰ってきた酔っ払い」とも異なる。S&Gの「フォークロック」とも異なる。 吉田拓郎やかぐや姫とも異なる。 ものすごく特殊な音楽分野であったと思う。
この本は、その点を、実に的確に表現している。 ただ、唯一欠点を指摘させてもらえば、例えば、同世代人としては、「常識」の「中津川フォークジャンボリー」で何があったかなんていうのは、昭和40年代に少なくとも中学生になっていなければ、理解不能な異次元のことだと思う。
それはそれとして、おそらく若い世代には、半分は理解不能な話かもしれないけど、この本に出てくるアーティストに触れて、今の日本の音楽シーンの背景にマイナーであるけれども、確固した日本独特の「フォーク」という音楽ジャンルがあったということをお分かりいただけると思う。そこから、100人に一人でもCDを買ってくれるのであれば、著者は、今やお笑いタレントみたいにあつかわれているようだけれど、本望であろう。
もう一度、高田渡に合掌。
・「「そうだったのか!」の連続」
高石ともやが岡林信康にフォークを教えたこと、エレックレコードも歌手に営業をさせていたこと、泉谷しげるは、エレックレコードが強力に売り出したことなど、「そうだったのか」と思うことがいろいろあった。著者はまめに日記をつけていたらしく、初めて会った日のことなど細かいこともよく書いてある。それにしても、もんたしのりがなぎらけんいちより年上(一歳)だったとは。
著者は、フォークの範囲を限定して考えており、ニューミュージック的なものは「青春歌謡」として別にしている。したがって、「フォークソング」というものが歌われていた期間は非常に短い。わずか数年のことなのだが、その時期に、フォーク歌手がどっと誕生し、活躍していたのだが、やがて多くの人は忘れられた存在になってしまったのである。
・「なぎら健壱がフォーク・シンガーって知ってますか?」
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・「面白い読み物であると同時に貴重な資料」
当時のフォークブームを、一人のファンであり、ミュージシャンの友人であり、さらに自身もフォーク歌手である著者が、驚くべき記憶力とメモやスクラップなどによって綴った記録。
メッセージソングとしての色合いが強かった日本のフォークが、歌謡曲やニューミュージックへと変貌を遂げて行く様子が、各ミュージシャンのエピソードと共に語られていく。中津川フォークジャンボリーでの事件など、日本の音楽史の中でも重要な出来事が、現場にいた当事者の視点で書かていれるのは、本当に興味深い。
今はバラエティタレントとしての活動の方が有名になってしまった感のある著者だが、これを読むと、まだまだフォークという音楽ジャンルに対して「懐かしさ」だけではない熱い情熱を持っている事が分かる。
やはり本職の作家ではないので、スムーズに読み難い部分があるのは難点かな。
●教訓
・「70年代フォークを超えた歴史的傑作」
『教訓』以降も傑作(『駒沢あたりで』『one』など)を発表している加川良だが、この作品が代表作であることに間違いない。70年代フォークといった文脈を離れて、歴史的に屹立している作品である。ブレヒトやケストナーの翻案もさることながら(加川良は知識人だ)、音楽的にもアメリカンフォークの最良の部分を受け継いでいる。「銭の効用力について」(byブレヒト)のエレキギター、「できることなら」の価値観(スローの先駆)、「戦争しましょう」のヒューモア等、素晴らしいの一言。ギター一本だけでもそのライブは素晴らしく、ボブ・マーリーやボブ・ディランにも匹敵するパフォーマーであることも付け加えておきたい。なお、この作品は早川義夫がプロデュースを担当している。
・「日本フォークソングの良さを再認識!!」
久しぶりに”フォークソング”が聞きたくなり、良き時代の名盤と呼ばれるものを購入しました。懐かしい音とメロディーは心和むものがあり、やはり時代は変われどいいものはいい!しかも歌詞は自分の年齢が重なるごとに受ける意味合いが変わってくる気がします。歌詞カードは一冊の詩集とも言えるでしょう。昔のフォークの命は歌詞だなって再認識です。そして加川良さんの声と歌い方は歌詞にマッチして感動を覚えます。知っている人でCDを持っていない人、聞いたことのない人にも絶対持っていて欲しい1枚ですね。
・「“歴史的”名盤」
伝説の「中津川フォークジャンボリー」で飛び入り的デビューを果たし、多くの人の心をわし掴みにした加川良の魅力が、初々しさをそこなうことなく収められた“歴史的”名盤。プロテスト調の歌にさえ彼らしい柔らかな肉声があふれ、個人的な気持ちを綴った歌はユーモアと優しさに満ちている。当時話題を呼んだ1曲目の「教訓Ⅰ」はもちろんのこと、最終曲の「伝道」など、いまだに“加川良の歌”として熱く語り継ぐ人が少なくない。また、高田渡・細野晴臣・大滝詠一・松本隆・鈴木茂・鈴木慶一・あがた森魚・早川義夫など、いまやビッグな人たちが数多く参加し、若くひたむきだった当時の時代性をよくあらわしているのもこのアルバムの特徴である。これを聴かずして、加川良そして日本のフォークは語れない!!
・「加川良のスタートです」
1971年6月に発表されたこのアルバムは当時とても驚きを与えてくれました。プロテストソングと言う言葉がもてはやされた時代に陰りが見え、次第次第に歌も内面へと向かっていくのですが、ちょうどその間だったと思います。美しいフォークソングからメッセージ性を前面に出した表現方法はとても新鮮でした。かつ、加川良の歌は、カントリーやトラッドを下地にもっており、アメリカンミュージックでもウッディガスリーやミシシッピー・ジョンハートなどの歌と表現スタイルを日本に持ち込んだものでした。標題の「教訓1」を含む12曲は、いずれも新しく、当時の若者の心をつかんだものです。形式的理由で早速放送禁止となった「戦争しましょう」のようなバラッドがあれば、子どもたちの声と歌に心を支えてもらった「伝道」など、一曲一曲のつながりは見えないようで、それでもやはり加川良の人柄で納得してしまうアルバムです。当時のURCレコードも力が入っていたようで、はっぴいえんどのメンバーや斎藤哲夫、鈴木慶一、その後も一緒の仕事の多い村上律、当然ながら高田渡など、懐かしく嬉しい顔ぶれが大勢サポートしています。今になれば、新しくもないが、かといって、古くもない、ちゃらちゃらした時代の流れに無関心なアルバムです。若さが集まった勢いを感じます。この後1年に1枚の割合で2枚のアルバムをURCに残した加川良の世界がここからスタートしたのです。私にとっての最高アルバムの1枚です。お勧めします。
・「存在感」
このアルバムを聴くと、出るべくして世に出たといっていい人だとわかります。私が加川良を知ったのは、フォーク全盛期のずっとずっと後で音楽仲間から借りたCDがきっかけでした。拓郎やかぐや姫を好んで聴いたいた当時の私にはそれなりのインパクトがあり、時代を逆行するように、岡林信康、高田渡など'60年代後半から'70年代前半のアングラといわれたフォークにのめりこむ船頭が加川良だったのです。それから数年後、ライブに出かけて生加川を聴いて以後、歌の存在を確かめたい気分のときには加川良などオールド・フォークをひとり楽しんでいます。この時代の歌は曲ごとにかなり考えさせられたりして、これもなかなか楽しい時間なのです。現代に商業的にすんなり受け入れられることは難しいでしょうが、今はアナログテープも痛んでしまい聴けなくなってしまいましたが、加川良with村上律のスタジオライブ的なアルバムの再発を強く望みます。
・「僕にとっての70年代」
僕は、リアルタイムで彼ら(高田渡、シバ、若林純夫等)の音楽に接していた世代ではないのですが(このCDのオリジナルのLPが出たとき、僕はまだ生まれていません)、タンポポ団の音楽を聴くと、そのころの時代になにか、決して単なるノスタルジーではない、懐かしさのようなものを感じます。ちなみに僕は、高田渡がヴォーカルをとっている「長屋の路地」が一番好きです。あと、ライナーで、「ジャグバンド」が「ジャズバンド」となっているのは許してあげましょう。
・「最高です~高田渡さんの逝去に合掌」
2005年4月16日、夕方、高田渡さんの56歳の逝去を知り、50歳の僕は、本当にショックだった。 すぐレビューを書いて送ったが、お通夜と称して彼の好きだったバーボンを飲みながら、高田渡、加川良、遠藤賢司等のCDを聴きながらの操作だったので、失敗したのかもしれない。
このバンドというか、グループ、集団は、東京に戻った高田渡の行きつけの飲み屋での発足だと聞いているが、正直、よくわからない。
ただ、この集団には様々な人が出入りし、後にソルティーシュガーで「走れコータロー」のヒットをエル山本コータローも参加していた。
他でも書いたが、日本の「フォーク」というのは、日本独特の特殊な音楽で時代背景や社会状況を理解しないとわかりにくい点があるが、この「集団」の音楽は時代を超えて、理解可能と思う。
手作りの楽器を使った演奏は、昭和40年代に思春期を迎えた世代以降でも充分理解できると思う。是非聴いてほしい。
・「今でもこんなグループがあったら最高!」
32年間、聞いていますが、未だに新鮮です。その後、TVやLIVEでタンポポ団を何回か拝見しましたが、この時の武蔵野タンポポ団を超えることはできていません。このCDは最高です!!ちなみに、春一番ライブ72のタンポポ団 ウディ ガスリーのカーカーも合わせて聞くと楽しさが増します。今でもこんなグループがあったら最高なんだけどな!!
・「最高でした」
51歳の高田渡ファンですが、過日の『ワタル的』上映以来、30数年ぶりにフォークに目覚め、まさに、「はまって」しまいましたが、このCDは、まさに『絶品』でした。今の高田渡やシバさんもいいけれど、『原点』にはやはり、代えがたいものがあります。とにかく『最高』でした!!!
・「武蔵野タンポポ団 BOX」
レコードは持っていたので内容はよく知っており、「価格も安いしまあ買っておこうか」というくらいの気持で購入したのですが、CDで聴くとこんなに違うものかと思うぐらいずっといいです。
・「もう一つの『伝説』の替わりにレビューします。」
2005年4月16日、夕方、高田渡さんの56歳の逝去を知り、50歳の僕は、本当にショックだった。 すぐレビューを書いて送ったが、お通夜と称して彼の好きだったバーボンを飲みながら、高田渡、加川良、遠藤賢司等のCDを聴きながらの操作だったので、失敗したのかもしれない。
このバンドというか、グループ、集団は、東京に戻った高田渡の行きつけの飲み屋での発足だと聞いているが、正直、よくわからない。 この「集団」は、「伝説」と「もう一つの伝説」の2枚しかレコードを残さなかった。 「もう一つの伝説」は、AMAZONのリストにないので、上記2枚の入っているこれをもう一枚のレビューにします。
ただ、この集団には様々な人が出入りし、後にソルティーシュガーで「走れコータロー」のヒットをエル山本コータローも参加していた。
他でも書いたが、日本の「フォーク」というのは、日本独特の特殊な音楽で時代背景や社会状況を理解しないとわかりにくい点があるが、この「集団」の音楽は時代を超えて、理解可能と思う。
手作りの楽器を使った演奏は、昭和40年代に思春期を迎えた世代以降でも充分理解できると思う。ただ、この2枚目のアルバムは、「フォーク」の枠を少し外して「遊ぶ」という部分があったのが、一応の目的があったが、それを達して解消される直前のもので、やや、まとまりに欠けるが、それも、時代の流れと無関係に楽しめると思う。
・「なつかし~い」
シバさん最高。ある世代にとっては宝物です。
・「いっぱいの油絵の前の水墨画」
国が認めない人間国宝、高田渡さんの若き日の2枚目のアルバムだ。その後のベルウッドでの色彩豊かな3作とは違い、物静かに、しかし確実にひとり弾き語る。現在まで続く、大勢の仲間とジャムセッションする高田渡さんが「油絵」ならば、本作は「水墨画」のような趣き。
当時、心ない一部の批評家は、正面を切ってプロテストソングを歌わない渡さんのことを「四畳半フォーク」と批判したという話が残っているけれど、音楽家、詩人の中で、こんなにも確かな眼で、というより、冷めた審理眼で世を見据えていた人は、稀だったのではないだろうか・・。
高田渡は、氷をいっぱい入れた水割りの焼酎のように冷めていた。そして、いまもその達観した魂で、しかし、まったく人間的な魂で、あちこちの街で歌っている。その冷たさは、優しい。ジャケットの絵を描いているのは、渡さんのお兄さん。
・「隠れた名盤」
まず一番にこのアルバムはすべて本人が作詞している点に注目してみよう.そこには生活のおもしろさ.つらさをまじいた本人からの視点の詩がおもしろい とにかく飽きないアルバムなのだ 前編ギタ-による弾き語りで進んでいく 次のアルバム(ごあいさつ)にも収録の<日曜日><銭がなけりゃ>など(キャラメルママがバッキングしている)と聞き比べて見るのもおもしろい
・「フォークソングのおかれた時代を物語る」
まずいきなりNHK風のおねえさんが「みなさんこんにちは」などと挨拶するので吃驚する(笑)ラジオ番組風というか、司会のいるステージを再現というか、「スタジオで客もいないのにひとりでなんか歌えねえ」という主役への配慮なのか…、とにかくこれが今の感覚からするとずっこけちゃうくらい可笑しいのだ。話もかみ合ってないし。
でも唄はやはりイイのだ。今はその唄い方にも風格が漂う独特の唄い方だが、それがデビュー当時からある程度完成されていたのがわかる。「鉱夫の祈り」なんか20代前半の唄ではない。評価が高まるのは歳を経てからであるのは頷ける。同時代の岡林や高石友也なんかはもっとわかりやすく≪パンク≫だったりするから、高田渡は少しだけ時代とずれていたのだろう。というか高田渡は本質も≪パンク≫であることに変わりは無いんだけど、表現がもっと本質的だったのかもしれない。だから「時代と心中する」ことなく、現代でもリアルタイムの歌を唄い続けていられるのだろう。
・「もう歌えない歌」
高田渡という人は、はっきり言って歌が下手なんですが、若い頃は下手なりにうまく歌おうと努力していたようです。最近はそういう気もなくて、それが高田渡のよさということです。あるライブで「ゼニがなけりゃ」をリクエストしたらもう歌えないって答えてました。興味のない人には無価値ですけど、興味のある人には宝です。
・「ヒルトップ・ストリングスバンドの傑作」
このアルバムは高田渡名義となっているが、正しくは「高田渡&ヒルトップ・ストリングスバンド」のアルバムである。その分彼の味は薄く、他のメンバーも歌ったりしているが、アルバムとしてはとてもよくできている。高田渡以外では佐久間順平が活躍する。ギター、マンドリン、バイオリンと何でもこなしているだけでなく、渋い歌を聴かせる。特に金子光晴詩の「猿股の歌」が秀逸。また若き日のキヨシ小林がウクレレやバンジョーで参加しており歌も披露する。高田渡の歌では「すかんぽ」が沁みる。高田渡の純粋な器楽奏者としての面も味わえる。ほとんど一発録りで、演奏のレベルは高い。録音は70年代中盤、フォークブームが陰りを見せた頃。プロデュースは小室等。高田渡のベルウッド3部作の次はこれをお奨めする。
・「ご冥福をお祈りします。」
2005年4月16日、夕方のニュースで、高田渡氏の逝去を聞き、すぐ、このレビューを書き、彼のCDや加川良、遠藤賢司、武蔵野タンポポ団のCDを出して、「お通夜」と称して彼のス寄付だったバーボンを飲みながら、レビューを書きましたが、どうも12書いたのに、4つしか取り上げられなかったので、送信ミスがあったのでしょう。ショックでした。56歳。50歳の僕には、兄貴みたいな存在でした。
「フォーク」という音楽ジャンルは、「フォークソング」とも違うし、「フォークロック」の「フォーク」とも違う、日本の独特なジャンルだと僕は思っています。しいて言うなら、私生活性が強く、メッセージ色もあり、でも、ホンワカした世界の音楽です。
昭和40年代に思春期を過ごした以降の年代にはわかりにくいと思いますが、この時代の閉塞感と反映に向かう日本の状況の矛盾を示しました。
その後、「フォーク」から吉田拓郎のようなメジャーな存在や、かぐや姫のような「演歌」に進む過渡期の音楽だと、思います。
しかし、高田渡は、そのスタンスを時代の変化に流されずに見事に愚直に、頑固に維持しました。「柔軟性がない」?なんて批判するのは簡単だけど、彼が、その後歩んだ道を見ると、時代に流されない、筋の通った人生だったと思います。
合掌。
・「無理なく楽しい、体に良い。」
1曲目、テナーバンジョーをかき鳴らす音に、トロンボーン、トランペット、クラリネットの音色が加わり、いつもの高田渡の歌声が乗ってくる。間奏ではクラリネット、ベース、トランペットが飛び跳ねる。標題曲「ヴァーボン・ストリート・ブルース」がこれからの楽しいひと時を予感させる。 高田渡のボーカル中心であり、高田渡のアルバムに違いないのだが、このアルバムはヒルトップ・ストリングス・バンドのアルバムだ。メンバーは、小林清、大庭昌浩、高田渡、佐久間順平。ほかに、外山義雄(トランペット)、後藤雅広(クラリネット)、池田幸太郎(トロンボーン)、池田光夫(バンドネオン)がサポートする。オリジナル発売は1977年。 高田渡の弾き語りが2曲、メンバー4人の演奏が2曲、サポートメンバーを加えたものが7曲。陽気だったり、しんみりしたりの全11曲。いずれも、人の波長にぴったりする歌声と演奏だ。私ごとだが、発売当時に、今はない渋谷のジャンジャン昼の部でこのライブを聴いて、それまでの渡さんと違うと思ったり、しかし後で、やっぱりおんなじだと思ったりしたことが思い出される。 サウンド構成としては、デキシー風と当時言われたような気がするが、「タカダワタルテキ」に倣えば「ヒルトップテキ」以外の何者でもない、楽しいアルバムである。
●系図
・「シュガーコーティングされたナイフのような…」
高田渡の唄はいつも優しい。基本的に人間が優しいからなのだと思っているが、結構過激で烈しい一面も持った人なのだということは著作などを読むとよくわかる。
このアルバムもその優しい語り口に惹かれて聴いていると、その奥に潜んだ熱いメッセージにたどり着くはずだ。何かを諦めているようなふりをして唄いながら、本当は何も諦めていないんだという「怒り」「悲しみ」とその後になる大いなる「肯定」にあふれた名盤である。バックを固める「武蔵野タンポポ団」の演奏も無駄が無くて実にイイ。
是非通して聴くことをお勧めする。「鉱夫の祈り」は不朽の名作だと思う。
・「告別式」
昨年、高田渡逝去の報を聞いたとき、真っ先にこのアルバムの「告別式」が頭の中を巡りました。
「告別式」は彼自身の詞ではありませんが、この題名にあの軽快な音を乗せた彼ですから、この曲同様、死をもあまり気にせず、今も変わらずひょうひょうと、どこかで酒を飲んでそうな気がします。
この盤の解説にもありますが、彼自身による作詞が少ないアルバムですが、選詩や彼の典型的なコード進行は健在です。
他の高田渡のアルバム同様、高校時代の通学時に毎日毎日、何度聴いたかわからないアルバムです。
・「日本の「フォーク」の到達点」
2005年4月16日、高田渡氏、56歳で逝去。 50歳の僕は、兄か仲のいい従兄弟が逝ってしまったような気がした。結局、朝まで、バーボン飲みながら、お通夜と称してCDを聴き、明け方、プレーヤーを出してLPを聴いた。
「系図」は、今でなら、大騒ぎになりそうなレコード会社移転の後の作品。この後、吉田拓郎、泉谷しげる、井上陽水、小室等の「フォーライフレコード」設立が大騒ぎになったことを考えると、この作品は、もっと大騒ぎされてもよかったのでは・・・・と個人的に思う。
フォーライフレコードに言った連中は、今でも好きだし、支持してるけど、彼らが、その出発点と違って、やたらメジャーになったことが腹立たしく思ったりもした記憶がある。
この一連のマニアリストで記載したけれども、日本の「フォーク」は、フォークソングでもなければ、「フォークロック」の「フォーク」とも違う極めて特殊なジャンルであった。
高田渡は、昭和40年代から時代の変化とか、社会情勢の変化と無関係に愚直に、このジャンルを守った。彼に時代の変化を感じ取る感覚がなかったとは思われない。
彼の、ポリシー。アイデンティティーだろう。
こういう男が居たこと、こういう男とほとんど同時代を過ごせたことを感謝したい。
●石
・「とにかく歌う、自分のとおりに。」
~「ごあいさつ」がはっぴいえんど、「系図」が武蔵野タンポポ団とのセッションだとするなら、「石」は薗田憲一とディキシー・キングス!高田渡さんの頭の中では、フォークもジャズもシャンソンも、ちゃんと同じ辺りにあるはずだ。そして、何より、人の世に対して、カテゴリーや概念などというものを持ち込んでいないはずだ。~~底抜けなジャズ・ソング、「私の青空」「私は私よ」の合間に、ギターの音やさしく響く「ものもらい」「ひまわり」「石」・・・。同じ頃の春一番コンサートでも、ディキシー・キングスとともに歌っていて、何とも面白くてその世界の豊かさに笑ってしまう。~~ベルウッド3部作の最後のレコード、「石」。歌詞カードは本人の意図により、付けられなかった。代わりに、ヨーロッパで撮った1枚の写真が入っている。(CDでは、とても小さく、印刷も悪いけれど、LPではもっと大きいサイズだったのだろうか??)高田渡さん・・・いつまでも歌いつづけてほしい。~
・「うたうたい、心拾い」
高田渡の歌は優しい。彼の歌は、普通に生きる人々の心を拾い上げては歌にする。彼が拾い上げるのは「ホームレス」「浮浪者」「余剰」「分析」などという言葉や概念ではなく、人々が胸に抱いてはこぼしていく様々な気持ちだ。それらは素朴で、少し寂しく、優しい。今の音楽シーンではめったに聞くことの出来ない歌たちが、たとえばこのアルバムにはぎゅうっと詰め込まれている。是非聞いてみてください。
・「高田渡の頂点だったのかもしれない」
高田渡の本質は、なかなか理解できない。ただ言えることは誰にも気兼ねなく自分の道を歩いてきたということだろう。この辺は、確か「ごあいさつ」に書かれたライナーノートを参考にすると良いだろう。
さて「石」であるが、現代では理解しがたい世界である。「ものもらい……たくさんの恩人ができました」とか「見返れば僕はあの頃からの浮浪者……」等、高田渡を解釈するための言葉が散らばっているのであるが、今の世代にはとうてい理解できない。なぜなら今はホームレス世代であって、彼らはものもらいなどせず、社会の余剰の中で十分寄生できるからである。もし、昭和40年代後半の社会学的な分析を試みるのであれば、是非聴いてみてほしい。そして、あえて時代から取り残されようとした高田渡の頂点がこの「石」ではないかと考えるのである。
・「高田渡だったらこれ」
70年代の代表的フォークシンガー、高田渡の”ベルウッド三部作”の三作目。 前述の三作、「ごあいさつ」、「系図」、そして本作、どれもそれぞれ素晴らしいのだが、個人的にはスイング・ジャズの香りのする本作が断然一番です。
高田渡の歌い口は声を張り上げるわけではなく、朴訥に語りかける風だし、作曲スタイルが詩人の詩を用い、それに様々な曲をつけるというほうほうなので、どうも今の若い人にはアピールするところは少ないかもしれない。しかし、このアルバムで聞けるような暖かく、それでいて芯が強く、てらいの無い優しい視線にあふれた歌が聞けなくなっている昨今、このうたを魅力的と思える人は逆に増えているのではないか。ここにあるのはメッセージ・フォークではなく、時代が過!ぎても変わらない個々の寂寥感や、ささやかな幸せだ。これくらい嘘の無い歌を、今どれだけの人が歌っているだろう?
・「普遍的、不変のメッセージソング集」
「ものもらい」「浮浪者」・・・今では、ホームレスですか?確かに時代は変わったかもしれないけど、本質的なものは全く変わっていないし、外見は立派に見えるサラリーマンだって中身は浮浪者やものもらいな人は実は、この豊かな社会だからこそ大勢いたりするのだ。つまり誰だって、ホームレスな部分は持ってるし、それが人間だっていうこと。そんな当たり前のことを、高田渡の歌は気づかせてくれる。僕は、高田渡は「自衛隊に入ろう」しか知らなかった。本当に恥ずかしい。今になって、あわてて三部作を買って聞きまくっているが、高田渡はもういない。大変残念だ。でも、聞けば聞くほどなんて普遍的で不変なメッセージなんだ!今、2005年の新譜だと言ってもいいくらい時代にマッチしている。すごい歌い手だと本当に思う。
・「フォークルの魅力が凝縮された1枚!」
3曲目の「悲しくてやりきれない」、8曲目の「花のかおりに」が特に素晴らしい。
2002年にフォークルは、再結成されたが、この当時のメンバーである加藤和彦、北山修、端田宣彦の3人によるユニットの時のフォークルこそが、真のフォークルだと思う。
フォークルを語るなら、この1枚を避けて通ることはできないだろう。
・「これは、日本の「フォークソング」という分野を語る上で必須のアイテム」
1969年にアポロ11号が人類初の月面着陸に成功した頃、巷に「帰ってきた酔っ払い」が流れていた。この時代は、僕らサンフランシスコ平和条約締結後の世代にとっては、機動隊に石を投げるのはよくない、いいたいことがあるにしても暴力はいけないという時代だったから、その石や火炎瓶を投げてる世代の人たちが、こういうアルバムを出したことが不思議ですらあった。
彼らはきわめて短い時間で消えていったが、そのインパクトでどれくらいの人が、「正気に戻った」のだろうか?彼らの意図とは別に・・・
・「当時買えなかった1枚」
フォークルの唯一のスタジオ録音盤です。考えてみればプロとして出したライブ以外はこれだけ。1年間限定活動で走り過ぎた幻のグループ。その後もソロで活動しているからあんまりそう思わないけど珍しいです。当時、買いたかったのですが、小遣いがなく買えなかった1枚です。借りてテープにとって聞いておりました。他のフォークグループ、フォークシンガーと一線を画していると感じたのは私だけでないと思います。ちょっと(かなり)違っていると感じていました。世の中の見方、人生観、音楽に対するアプローチ等々、懐が深いというか、その後の活動をみたら「なるほど」と思わせることが多いです(結果論ですがね)。やめようとしてその記念に出した自主制作盤があたり、もう1年活動しようと決める。そしてこのレコードが作られたのですが、じゃ1枚レコード出すかってな勢いで「このような」ものが作れた能力の高さを改めて評価した次第。昔の思い出になるが、彼らが当時の俺達(世代)にどれほどの自信を与えてくれたか測り知れないものがある。それほど革命的な出来事でありました。ただ、自信をもらった俺達がレコードを買い、コンサートに行ったかといえば別問題で、フォークルが自信を与えた人種とファンになった人種は別だと思う。その辺が難しいとこです。
・「別にフォークじゃないよ」
メンバー、特に加藤和彦氏のその後の活躍を見ていただければお分かりの通りですが、別にフォーク一辺倒ではありません。他の方々の評価欄や様々なサイト、また加藤氏自身がおっしゃっているように一年間限定でのメジャー活動、またイムジン河の発売中止などの話からもわかるように、けっこう開き直って楽しく自分達の音楽を演じています。日本語ロックの発祥は一般的にははっぴいえんどとされていますが、僕は、その礎こそがこのフォークルであったのでは?と確信しています。それぞれの中心人物であった加藤氏、そして細野氏。ビートルズのラバーソウルに触発されペットサウンズが生まれ、そしてペットサウンズに触発されてサージェントペッパーが生まれたかのように、お互いを牽引しあって日本のミュージックシーンを引っ張ってきたわけです。音楽的には絶望感や無常感からくるやけっぱちなまでの開き直り。当時の新宿に代表されるような混沌から生まれてくる新たな芽。当時のブリティッシュロックがお好きな方にもお勧めです。
・「コンセプトアルバム」
音楽がパッケージ商品で販売されることがもう昔の話になりつつある今、コンセプトアルバムという概念もすでに過去のものなのだろう。1枚で40分前後というのは人間にとってちょうど良い時間だと思う。
レコードで発売されたときのジャケットの楽しさは、紙ジャケでなくても再現してほしかったなあ。
●ハレンチ
・「端田宣彦はいません。平沼義男のオリジナル・フォークルです。」
加藤和彦、北山修、平沼義男の3人からなる学生フォークグループ、ザ・フォーク・クルセダーズの解散記念自主制作盤「ハレンチ」。1967年に300枚(一説に250枚)しか作られなかったLPは幻のアルバムでしたが、1991年に初めてSOLID RECORDS社からCD復刻されて大きな話題になりました。現在手に入るのがこのAGENT CON-SIPIO社盤です。どのアルバムも収録曲は12曲で、オリジナルの形を伝えています。
フォークルは、加藤和彦、北山修、平沼義男、井村幹夫、芦田雅喜の5人組で1965年に結成されました。受験のために2人脱退してトリオになりますが、途中で芦田が復帰。「コキリコの唄」は芦田が復帰した4人組時代のライブ録音です。その芦田が渡欧し再び3人組となったフォークルが、2年間の学生フォーク活動の締めくくりに1967年夏に録音されたのが本作です。
伝説として語られているのが、ライブ音源をあわせても収録曲が11曲しかなく、当時のLPの標準的な曲数(12曲)に延ばすために穴埋めに作ったのが「帰って来たヨッパライ」。あまりによく出来た話ですが「帰って来た~」が最後に録音されたというのは間違いないようです。手売りでLPを持ち込んだラジオ関西の電リクで放送されたのが11月8日、これが大反響を呼んで12月25日にはメジャーの東芝がシングルを緊急発売。「帰ってきた~」のシングルは録り直しではなく、アングラ音源(インディーズ)だった本作のテイクが使用されました。アルバム「紀元弐千年 」にも再収録されています。
このアルバムは「帰って来た~」と「イムジン河」で語られることが多いですが、笑いのフォークルと言われた彼らの持ち味が発揮された「ひょうたん島」や、自分たちの解散も歌詞に盛り込んだ「雨を振らせないで」の楽しさ、ハーモーニーの美しさも聴き逃せません。
「帰って来たヨッパライ」の空前の大ヒットで時代の寵児となったフォークルは、家業のために辞退した平沼に代わり、端田宣彦を加えて1年の活動期限付きでプロデビューします。そんな数々の伝説を生んだのが、この「ハレンチ」です。
・「1967年11月 当時すでにまぼろしの名盤でした」
俺が大学1年の9月にオールナイトニッポンが始まり、2ヶ月あまりたった頃「イムジン河」が初めて放送された。その後発売中止の運命の曲となり、2002年3月にリマスタリングで34年ぶりに発売されたが、ラジオで聞いたあの「イムジン河」では無い。当時かろうじてオープンリールのテレコで録音した俺の「イムジン河」はカセットにダビングされ37年間大切にされてきた。俺の「イムジン河」を含む12曲。300枚だけの私家版と云うこのLPは、当時すでにウン万円というプレミアがついており、けして世に出ることは無いとまで言われていた。それが今こうして俺の手の中に、しかも当時のパッケイジのままで。ただただ感激です。
・「幻のスーパーグループ」
時は1967年の12月、深夜放送でけったいな曲がかかった。最後はビートルズの「ハードデイズナイト」を木魚と一緒に歌っている。次の日、その歌の話で学校は盛り上がる。「けったいや歌やけどおもろいな」「売ってるんかな」「自主制作やいうてたで」「府立医大の学生らしい」「洛星出身らしい」・・・とまあこんな感じでした。高校2年の話です。そうこうしているうちに、この自主制作のLPを持っている奴が出てきたり、関西の高校生に勇気を与えてくれた衝撃のレコードでした。今から考えたら、「帰って来たヨッパライ」の他も結構意味深いものが多く、深刻なテーマと関西風のユーモア(加藤和彦は関西と違ったはず・・)ちょっとその辺のお兄さんバンドではありませんでした。特に加藤和彦の才能は後で大きく開花していくわけですが、その片鱗が見え隠れしております。僕は「こきりこ」の歌が好きで、民謡というものに対する新しい感覚をこれで教えてもらいました。結局、グループとしての活動は期間限定で終ったのですが、もっと恒久的に続けていたら、日本の音楽シーンももうすこし知的レベルが上ったように思います。歌詞に皮肉ありユーモアありパロディあり、そして音にも創意工夫が施せるバンドは他に見当たりませんでした。続けていたらモンスターバンドになっていたと確信します。
・「フォークルの原点」
1967年10月に300枚生産されたという、フォークルの最初期音源。今回は当時のLPサイズのジャケットを再現し、中の厚紙にCDサイズの袋が貼り付いているという、凝った企画。ライナーノーツも当時のものが再現されている。難を言えば、CD本体を取り出すのに少々手間がかかる。あと当然ながら、ケースが大きいので他のCDとは別の保存場所が必要になる(宅配便で届いた際にも、結構大きいダンボール箱で驚いた)。音は60年代のアマチュアバンドの自主制作とはとても思えない高音質で、「帰ってきたヨッパライ」レベルに統一されている。たとえば終盤3曲のライブテイクに関して、音の悪さは御容赦の旨がライナーに書いてあるが、その3曲も決して悪い音質ではない。内容としては、やはり「ヨッパライ」が抜けてはいるものの、カバー曲の選曲などを含めて(ライナーはひたすらふざけた文章だが)彼らがシリアスかつユーモラスなフォークバンドであったことを再認識させてくれる。
・「オラは(このアルバムで)死んじまっただあ」
自主制作にして、この出来は奇跡だと思います。時代が生んだ名盤でしょう。「帰ってきたヨッパライ」はもちろん、カバー曲の選曲もセンスが光っています。この後、日本を代表するミュージシャンと成長していく加藤和彦の天才的センスには、ホント脱帽です。ぜひ一度聴いてみて下さい。そして心に触れるものがあれば、ライブ盤でも聴いてみて下さい。一見ふざけてみえるメンバーですが、実は細かく練られた音の世界を体感できることでしょう。
・「懐かしいフォーク喫茶の雰囲気を、もう一度。」
エリックから発売された、1973年のライブ盤。僕が高校1年の時に購入したレコードを久し振りに開いてみると、解説入りの歌詞カード。コードが掲載されていたので、毎日レコードに合わせてギターの練習をしていました。それが、レコード盤の多くのキズに表れています。
・「30年の時を超えて」
今も、泣けます。加奈崎さんのボーカルとチャボのギターが奏でる切なくて、愛おしいラブソング達。
「僕はこの街が嫌いです暮らしをよぎる淋しさに耳をかそうとも しないのだから」
「こんな小さなポスターカラーで君を想い出しました」
都会の片隅で、夢を追って生きる若者の等身大の姿が彼らの歌に詰まっていました。
・「紅茶にしますか?」
ラプソディ・ネイキッドの発売でにわかにマイブーム再来のRCサクセション。そのRCに加入する前の仲井戸CHABO麗市が在籍していたフォーク・デュオ古井戸フォーク・デュオなんて言葉もなかった70年代加奈崎芳太郎とチャボのたったふたりだけでやっていたバンド(あえてバンドと呼びたい)加奈崎のパワフルで哀愁のあるヴォーカル、そのヴォーカルにアコギでオブリガードを入れていくチャボ!なんてギターの上手い人なんだと当時高校生だった私は感激したものでした。特にこのアルバムにも収録されている「ポスターカラー」は絶品です。このレコードを何回も聴いて、他に相方のいない僕は「ひとり古井戸」をやって唄っていました。
・「古井戸の醍醐味は、やはりライブですかね。」
古井戸を聴いていると、学生時代、四畳半で生活しているころを思い出します。「ごろ寝」「インスタントラーメン」「ちどり足」「ポスターカラー」など、古井戸の代名詞のような曲をライブで味わって聴けます。ちょっとセンチメンタルで、ちょっとラジカルで…、。 それから、女性ファンが大変多かったことが、改めて聴いていてわかります。
・「さなえちゃんは?」
様々な意見はあるでしょうが、僕は、古井戸と言えば「さなえちゃん」です。 彼らにとって、その点はひょっとして気に入らないことかもしれませんが、せめて最後に、思いっきり歌ってほしかったですね。
僕にとっては、泉谷さんは、「春夏秋冬」より「黒いかばん」でしたのと同じ理屈です。
・「待望のCD化!」
エレックの隠れた名盤たちが一気に紙ジャケでCD化されるとの事!なんてすばらしいんでしょうか!!中でもこの「唄の市第一集」は拓郎のライブでしかきけなかった「ハイライト」を収録した盤として有名でした。ハイライトは'96年発売のベスト盤「LIFE」でCD化されましたが有名なMCはカットされていました。他にも古井戸の花言葉、大雪のあとでの2曲は圧巻の名演ですし、ピースシティーの「失恋の歌」も名曲です!
・「さなえちゃんは??その2」
「唄の市」でエレックレコードがメジャーか仕様としている時代に上京して大学生活に入ったものとしては、拓郎を「超えそうな」佐藤君のアイドル性とか、泉谷の池袋のライブというか観客との喧嘩は、懐かしいし、たとえ今、それがやらせであったというような報道に接してみ、驚きません。
僕が驚くのは「大学ノートの隅っこに・・・」で始まるさなえちゃんが見つからないこと、エレックであったかどうか不明だけど、「大学時代に一緒だった**が」「あせるぜ」などといった、際物かもしれないけど、時代を示した作品が、中々見つからないことだ。
そういうオムニバスはないのだろうか?
・「「街と飛行船」をきちんと聴くことのできる数少ないアルバム」
小室等と六文銭の「街と飛行船」から始まる唄の市ライブアルバムですが、この「街と飛行船」は六文銭のアルバムでも歌詞の一部が聞き取れないように加工処理されています。いわゆるメーカーによる自主規制ですが、このアルバムではその細工が全くないので、別役実さんの歌詞どおりに聞くことができます。六文銭ファンにはこのことだけで、このアルバムをお勧めです。 ライブレコーディングにつきもののバランスの悪さ、音の悪さはやむをえないと思います。ただ、オリジナルアルバムに収録されていないピピ&コットの「捨ててはいけないよ大切なものを」はなかなかよいできでした。
・「あの頃の思い出が走馬灯のように蘇ってきますよ」
1960年代に思春期を過ごし、ここに収録されている曲をリアルタイムで聴いてきた者です。
高石友也が歌う「受験生ブルース」は、その時代を生きた人の大半が知っているというぐらいに愛されました。また、岡林信康の歌う「友よ」は、大きな集会では必ず合唱したという反体制の匂いを振り撒いていた曲でした。今でも好きですよ。
ラヴ・ゼネレーションという曲が個人的に好きな早川義夫の「サルビアの花」は、感情が込められていて重いですね。後に、もとまろの歌でヒットしましたね。吉田拓郎の「人間なんて」を聞くと、パッションの塊です。LP「人間なんて」もお勧めですよ。
五つの赤い風船が歌った「遠い世界に」は、昭和40年代半ばの世相を抜きにしては語れません。日本の高度成長と共に多くの影響力を世に与え続けてきた「団塊の世代」にとっては多分一番口ずさんだ歌だと思います。国民的フォークとでも言うべき名曲ですね。もっと言えば、当時の若者の「国歌」だったのかも知れません。
サッカーの応援歌として蘇った赤い鳥の代表曲「翼を下さい」のB面が「竹田の子守唄」でした。豪華なカップリングでしたね。彼らの代表曲である「竹田の子守唄」は、その成立の背景に「部落問題」があり、放送局がその理由をもって自主規制をし、放送されなくなっていきました。100万枚以上売れて大ヒットした名曲でしたが。ここに収録されていますので、是非若い世代の方に聴いて欲しいと思います。
今は時代を反映するような曲は生まれなくなりましたね。個人的な関心に分散し、若者が何か大きなうねりというものを生み出すことも無くなりました。多くの若者に愛された「フォークソング」をもう一度しみじみと聴いてください。懐かしい思い出が本当に走馬灯のように蘇ってきます。
・「40歳代以上の人にお勧め」
なつかしい、今ではあまり手に入らない音源。特に吉田拓郎の「人間なんて」はレアトラックだよ。ハッピーエンドをバックに、71年の音源とは思えないクオリティーな録音だよ。
・「最高のコンピレーション!」
「伝説」の名に恥じない、手に入りにくい名曲がテンコモリの、選曲に携わった方々の気概を感じる名コンピレーションです。まず「竹田の子守唄」!この曲は赤い鳥の最大の名曲でありながら、とある事情でこれまでベスト盤に収録されず聴くのが困難でした(現在では12枚組みボックスで聴けます)。またALFIEのビクターからのデビュー曲である74年8月の「夏しぐれ」も入っています。売れずに契約を切られ後にキャニオンから名前を変えて再デビューした、あのALFEEの曲です。更に77年の長渕剛のビクターからのデビュー曲「雨の嵐山」も入っています。これまた売れず、翌年東芝EMIから「巡恋歌」で再デビューしていますが、「雨の嵐山」はデビュー・アルバム「風は南から」にも入っていない幻の曲です。 他にも、なかなかファンでないと聴く機会がない名曲がまとめて聴けます。フォークの神様;高石友也の「受験生ブルース」や69年の岡林信康の「友よ」あたりは知っていても持っていない人も多いんじゃないでしょうか?69年5月発表(初演は67年4月のフォークコンテスト)の五つの赤い風船の代表曲「遠い世界に」、ソルティー・シュガーの70年の大ヒット曲「走れコウタロー」、ジャックス解散後の早川義夫の69年11月のアルバム「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」からは「サルビアの花」、吉田拓郎の71年の名曲「人間なんて」、加川良のはっぴいえんどがバックを務めたことでも有名なデビュー・アルバムである71年6月の「教訓」収録の「教訓1」(初演は70年の全日本フォーク・ジャンボリー)、71年9月のチェリッシュのデビュー曲「なのにあなたは京都へゆくの」小室等がリーダーであった六文銭の72年2月の「面影橋から」・・・・・などなど。 個人的には、あんまり日本の古い歌を聴く機会がなかったので、いい勉強になりました。
・「お買い得ですが、竹内まりやはないでしょう。」
著作権の問題をどうクリアしたのか分からないけれども、良くぞこれ掛け、集めたと思う。特に高田渡の「日曜日」を別にすれば、1960年代後半から70年代の「フォーク」の歌手たちの代表曲が集まってる。 なのに、どうして、竹内マリヤかが分からない。僕は、彼女自身のファンだけど、この企画に乗ったのは、彼女の人生の中での失敗だと思う。
でも、これ、お買い得です。ほんと。特に「日本のフォーク」にこれから親しもうとする人には・・・
・「こういうタイトルはどうかと思う」
いつも思う事だが、「〜全曲集」というタイトルで全曲の収録は無い。オムにバスにも、「〜全集」というタイトルの選曲が疑問点が多い。当CDが「フォークソング」という用語を使用するからには、安易な企画にとられないタイトルを熟考して欲しいものだ。
1〜8あたりは定番曲だが、同時収録されるのは珍しい。3は確かに伝説の名曲。7は「帰ったきたヨッパライ」と比肩する異色曲。8.9.10.11は伝説に相応しい選曲で、他で聴くには難しいであろう。11は赤い鳥ならではの演奏で、13とともにはファンには嬉しい収録。 14の伝書鳩などは、知っている方はそう多くないと思う。
さて、15は長渕剛におけるレア曲で、容易にCDで聴けるのはいい。長渕強がフォークシンガーにカテゴライズするのかどうかは再考すべき。16のトランザムと、17の竹内マリヤはどう解釈すればいいのか。フォークソングなの?比較的レアかも知れないがどうなのだろう?
長渕剛はフォークシンガーとして、ギリギリ認めたとしても、トランザム、竹内マリヤは、納得がいかない。代わりに、泉谷しげる、デュランU(西岡恭蔵など)、井上陽水、斉藤哲夫、小室等あたりがあってもいると思うのだが。
収録曲自体は、なかなかセンスある選曲で、懐かしく楽しめるのだけど、ただ安易なタイトルは如何なものかと思えてならない。
・「正しくは DEWDROPS/桜井 哲夫 です」
才能、テクニック、センスともに日本トップレベルのベーシスト。器用な人なのでできることなんでもやっちゃいました的なアルバム。AORからテクニカルなファンクフュージョンまでそつなくこなす。歌もの多し。最近ふっきれた模様。既存のフュージョンのカラを突き破る可能性ありな人物。10点中5点。器用すぎかな
・「この時カシオペアは解散するのかと思いました」
桜井哲夫のファースト・アルバム。もちろんリリース即買いだった。ただこの頃ちょうど他の3人(つまり野呂・向谷・神保)も同時にソロ作をリリース。どこまでも団体行動なカシオペアだなぁと思いつつも野呂のソロの本格ぶりに慌てていただけに、聴く直前まで「カシオペアはもう終わりだ・・」と思っていた。 内容は杞憂だった。今だから率直に言えば「あ、これは趣味なんだな」ということ。本当に「ソロ・アルバム」だった。豪華ゲスト、そして方向の多彩さは間違いないが、これは本当に趣味の内容だ。作詞も手がけているが、これは今でもファンはそう思っている人がいると思うが凄く「素直」。というか「無垢」。当時は歌詞なんて聴いておらずボーカルも楽器の一部的な捉え方をしていたが今はどうしても歌詞に耳が行く。2曲目はまだよいがあとはどうかな〜?やっつけ感がどうしても漂う。ただその2曲目は世良正則とのパワートリオでも取り上げられていたように佳曲。 その他の音も今となってはヤマハのDXやRXだなァ的な音でちょっとまともに聴けないが、ベース部分はさすがに言うこと無し。リフの造りはカシオペア的で鋭い。85年時点での櫻井氏はこういう感じだった訳だが実は本質的にはそれほど今も変わっていないと思う。変化をアピールしているけど本質は変えようがない。櫻井氏はどこまでもまじめなのだ。その原点を確認できる。あのままカシオペアを続けていたらどうなっていたのかなぁ。 思い出の作品でもあるので満点といきたいが、85年の音のタイムカプセル状態なのでまともには聴けないと思う。惜しいがその点をマイナス。 復刻しようという、勇気あるディストリビューターの出現を望む。
・「日本のプロテストフォークの最高傑作」
誰しも少年から大人へと成長していく過程において社会には様々な矛盾が存在することに気付く…このアルバムは現代社会もなお抱える社会の矛盾に対する当時23歳であった若者の「うめき」です。 一般に岡林信康といえば「過去の伝説の人」であり、そのメッセージも風化してしまったかのような書評やイメージがあると思われますが、彼の残したメッセージは現在でも十分通用するものであり、いや、むしろ今だからこそ聴かれるべきであるものばかりであり、いわゆる「放送禁止歌」も収録されていますから現代のようなメジャーの音楽資本産業からはなかなか生まれ得ない貴重なアルバムであると思います。 また彼の楽曲はメッセージ性ばかりが注目されますが音楽的にも素晴らしく、ダウンタウンブギウギバンドもカヴァーした叙情豊かな5、コード進行がとても美しい7、まさにボブ・ディラン「ライク・ア・ローリングストーンに対する返歌たる8などを聴けば何故彼がフォークの神様と呼ばれたのかわかるのではないでしょうか? 本アルバムは熱い青春時代を回顧する中高年の世代だけではなく、思い悩み煩悶する若い世代の方にも聞いてもらいたいです。きっとあなたの知覚の扉が開かれるでしょう。
・「日本音楽史上に燦然と輝く名作」
私が考えるに、物事を表現するという営為には次の3つの過程が含まれます。
第一に自分の中に抱えている問題を発見し、それを提起するという過程。 次に提起した問題に面と向かって取り組むという過程。この時にその問題を解決できればよいのですが、必ずしもそううまくいく訳ではなく、散々悩んだ挙句にも拘らず、この問題を解決できない場合もあります。 そして最後の過程として、問題を真正面から見つめ続けた中で見えてきたもの、それはその問題の解決法かもしれませんし、その問題の側面といったそれに関わるものかもしれませんし、またはその問題とは直接関係ない別の何かかもしれませんが、そういったものを的確に表現するという過程。
この3つの過程経た後に作品が完成するわけですが、その作品の出来や質は、これらの過程をどれだけ自分に忠実に行ったかにより決まってきます。このことは簡単なようで意外に難しく、例えば作者が意識しないところで見えてきた問題から逃避している作品は実に枚挙に暇がありません。
この3過程を極限までに自分に忠実に出来る人、それは私が知る限り岡林信康氏をおいて他にいません。 勿論、その彼も全ての作品においてそれが出来ているわけではありません。代表作「山谷ブルース」もどこか斜に構えている部分があります。 しかし、例えば「手紙」は、完璧なまでにそれが出来ているのです。彼が「フォークの神様」と言われる所以は、そこにあるのだと私は思っています。
この「手紙」という作品、放送禁止歌の最たるものとして知られています。また今後岡林氏がこの作品を歌うことは無いだろうと言われています。 日本音楽史上最高の名作「手紙」は、もうこのCDでしか聴くことは出来ません。 もう、このCDでしか、今の私達には彼に授けられた天賦の才能に触れることは出来ないのです。
それでもあなたは、このCDを手に取らないでいるおつもりですか?
・「今でも、いや今こそ聴いて欲しいな」
神様・岡林の名前を知っている人は多いでしょう。でも聴いたことがあるという人は、はたしてどれくらいいるのでしょうか。あまりにも伝説のイメージが先行していません?きっとそんな方、このアルバムを聴いてショックを受けますよ。想像していたより、きれいな声(失礼)丁寧な音作り(重ね重ね失礼)・・・。メッセージ性が強調されるのも当然なのですが、音楽としても本当にすばらしいです。
・「1970年前夜を象徴する岡林の名曲の数々」
伝説の「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康のデビューアルバムです。岡林はこのアルバムにより1970年前後の関西フォークにおいて、多くのファンを獲得し、完全に神格化されていました。
今振りかえって考えてみますと『わたしを断罪せよ』というアルバムタイトルは大変意味深だと思います。牧師の息子として生まれ、同志社大学神学部中退したキャリアだけでなく、「フォーク界におけるヒーロー」という虚像に対する自分の存在そのものへの批判も込められているわけです。
大学生活から山谷のドヤ街へドロップアウトした実体験から生まれた「山谷ブルース」を聴いていますと、岡林の境遇と実生活のジレンマを感じます。その強烈なメッセージは世間に対して発せられましたが、同時に岡林の心の中へも深く入っていったことだと思います。
勿論、このCDに収録されている「手紙」やその後に発表された「チューリップのアップリケ」のような社会問題への提起は、当時の世相と密接に関係していました。69年当時の大学生は社会の矛盾と向き合わねばいけないと、各人が思い悩んでいた時代でした。だから「手紙」のような名作が生まれたわけですし、若者の圧倒的な支持があったわけです。
「手紙」もすぐに放送禁止となり、岡林自身がフォークシーンからもドロップアウトするのですが、その理由は『わたしを断罪せよ』というタイトルに行き当たると思います。
ラストに収録されている♪友よ 夜明けまえの闇の中で 友よ 斗いの炎をもやせ♪という岡林のシンプルでストレートな歌唱を聴くたびにあの時代の若者の持つエネルギーの象徴がこのアルバムに集約されていると感じます。「友よ」は70年安保に端を発した学生運動の連帯感を支えた歌だったといえましょう。
・「やはり名作」
アンテナを張って生きていると名作は風の便りに「噂」が流れてくる。私は、ビートルズ、ビーチボーイズ専門、日本語は意味が即伝わるから聞かなかった(変な言い訳?)。いわゆる一般のフォークシンガーの唄は聞こえてきたけれど感動はしなかった。でもこれは本当にいい出来です。これ1枚で日本のフォークソングの歴史を書き換えたように思う。戦争反対、弱いものの味方、原子爆弾反対、等々の単純な世界から一歩(数歩)進んだ世界が展開されている。「わたしを断罪せよ」もうタイトルから難しくなって今もってよく分からんような??発売された時期もこれを受け入れる時代になっていたように思います。今の若い人が聞いたらどう思われるか見当もつきませんが。「やはり名作」には違いありません。
・「反骨のベストアルバム」
岡林信康という人に「ベスト」が似合うか否かは別に論ずるとして、おそらく彼自身が選んだ中に「山野ブルース」も入っていなければ、「友よ」も入っていない。 傍から見れば、これらの曲が、「BEST」から外れる理由を探すのが大変であるが、彼にとっては、これらは、もう過去のものなのかもしれない。 こういう戦局をするところがさすがだと思うのですね。 ちょっと、物足りないと感じる方もいるかもしれませんが、発売に値しないと判断した曲を「ボーナストラック」と称しておまけにつけたり、本人が生存中には、発表しなかった曲を死後、「新曲」として売り出すことを考えれば、岡林には一本筋が通ってると思います。
・「私のベストではない」
「手紙」「チューリップのアップリケ」「山谷ブルース」「友よ」が入っていないと私にはベストとは呼べません。考え方は色々あると思うし、特にこのようなシンガーには付きまとう軋轢ですが、岡林信康の選ぶ「岡林ズBEST」と私の選ぶ「岡林ズBEST」は違っていても当然なんだと思う。
・「コロムビア時代のベスト」
岡林はコロムビアで「うつし絵」「岡林信康」「ラブソングス」「セレナーデ」をリリースしている。このベストは自選の新録音2枚組ベストである「岡林信康」と「ラブソングス」からの選曲で構成されている。新録音には「うつし絵」の中からも2曲入っているが、「セレナーデ」(現時点では未CD化)からは選ばれていないのは「アコースティックギターを主体とした岡林」をメーカーが打ち出したかったからなのだろう。
URC時代の唄が中川イサト氏の伴奏で、ムーンライダースやダウンタウンブギウギバンドによってロックビートの曲がそれぞれまた別の表情を見せている事は、岡林の唄そのものに強い生命力が備わっている事の証明であると言えないだろうか。2枚組「岡林信康」のCD化が無い現在、その一部と素の岡林が表現したかったものをかいま見る事ができるのがこのベストなのだ。
・「神様のご帰還」
下痢を治しに姿をくらましたり、まるで仙人のような岡林先生。でもこのライブ盤の辺りから俗世間にもご理解をしめされたようです。歌詞をとちってもそのままで突っ走る姿は妙に親近感が沸きます。「君に捧げるラブソング」などは心に染み入ります。世代を超えて聴いてもらいたい歌です。
・「心を聴いてほしい」
アルバム「ストーム」リリース直後、NHKのスタジオライブがあり、初めて「君に捧げるラブソング」を聴いた。死の床にあった親友に対して書いた曲。何もできない自分、もどかしい自分から逃れずに生きることを誓った曲。このCDのアレンジは、初めて聴いたライブと同じで懐かしく聴きました。現在の風潮、金で思い通りになるよという人の心に届いて欲しい。ただひとつ残念なことに、「ストーム」が入っていません。一連の流れの中で是非「ストーム」も、もう一度聴きたい。
・「ライブはいまいちであったが・・・」
「Good by my darling」が発売され、その中に「君にささげるラブソング」を発見したとき、昭和50年代中盤の私は、岡林の自由へのスタートを感じた。 こういう曲は、彼は、かけたかもしれないが、発表しなかったはずだ。 彼は、僕の思うところ、あらゆるジャンルの音楽に対応できる才能を持っていながら、デビュー当時の「フォークの神様」に事故呪縛されていたのではないか? このライブの元になったアルバムで、彼は吹っ切れ、その後、(僕はついていけなくなったが)「エンヤトット」になだれ込んでいく。
神様から自らを解放するための作品であったと思う。
なお、これと同じタイトルのスタジオ録音のアルバムの復刻を望む。
・「やさしい歌声が心地良い」
80年に行われたライブ音源を使用しているので、臨場感にあふれており、レコードサイズの歌の数々とは一味違った気分を味わえます。個人的には、『君に捧げるラブ・ソング』と『Gの祈り』の2曲が