愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ (詳細)
琴音(著)
「不思議な世界の中で」「作者は、言葉で、フーガを奏でる。」「胸につきささる物語」「薄い…」
フーガ (文庫クセジュ 674) (詳細)
マルセル ビッチ(著), ジャン ボンフィス(著), 余田 安広(翻訳)
「新書版でも中身は本格的」「ようやく読んでうつ病にならない「対位法」の本を入手、奇跡!」
道 [DVD] (詳細)
フェデリコ・フェリーニ(監督), ジュリエッタ・マシーナ(俳優), アンソニー・クイン(俳優), リチャード・ベースハート(俳優), アルド・シルヴァーナ(俳優)
「道」「砂漠の一滴」「観るたびに違った涙!生涯ナンバー1の映画」「ゲイの目から見たザンパノ」「何度でもジェルソミーナに会いたくなる!」
インド夜想曲 (詳細)
アントニオ タブッキ(著), 須賀 敦子(翻訳), アントニオ・タブッキ(著)
「ぜひ、単行本で読んで」「素晴らしい語り口」「不思議な旅を」「不眠小説」
カメレオンのための音楽 (ハヤカワepi文庫) (詳細)
トルーマン カポーティ(著), Truman Capote(原著), 野坂 昭如(翻訳)
「限りなく繊細」「ジャーナリスティック文学の試み」「特異な才能」「カポーティ最後の、実話ベースの切れのある短編小説集」「きっとTCが好きになる」
ツィゴイネルワイゼン~ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリン (詳細)
ハイフェッツ(ヤッシャ)(アーティスト), サン=サーンス(作曲), ショーソン(作曲), ベートーヴェン(作曲), ブラームス(作曲), スタインバーグ(ウィリアム)(指揮), ソロモン(アイズラー)(指揮), ウォーレンステイン(アルフレッド)(指揮), ヴーアヒース(ドナルド)(指揮), RCAビクター交響楽団(演奏), ロスアンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団(演奏)
「この演奏を超えるのは不可能」「星5つどころか10でも20でも」「凄い!」「技術にばかりとらわれないで」「生物みたいなヴァイオリン」
山猫 イタリア語・完全復元版 [DVD] (詳細)
バート・ランカスター(俳優), ルキーノ・ヴィスコンティ(俳優), アラン・ドロン(俳優), クラウディア・カルディナーレ(俳優), ニーノ・ロータ(俳優), パオロ・ストッパ(俳優), ジュリアーノ・ジェンマ(俳優)
「胸に迫る 」「ついに出ました!」「ただひたすら素晴らしい!!」「ヴィスコンティの最高峰」「滅び行く貴族階級」
コックサッカーブルース (集英社文庫) (詳細)
村上 龍(著)
「ナニをシャブル人の哀歌」「・・・・・ヒッ!(笑)」「わからないということの確認」「SM_アンダーグラウンド」「独自な世界観」
「より具体的な翻訳」「さして信心深くない者が聖書の再入門にと読んでみました」「必携書」「原典へ忠実で普遍的な翻訳」「玉石混交」
影の獄にて (ポスト選集 1) (詳細)
ロレンス・ヴァン・デル・ポスト(著), 由良 君美(翻訳), 富山 太佳夫(翻訳)
「戦場のメリークリスマス」「映画「戦場のメリークリスマス」の原作」
戦場のメリークリスマス [DVD] (詳細)
大島渚(監督), デヴィッド・ボウイ(俳優), 坂本龍一(俳優), ビートたけし(俳優)
「何度観てもよい映画。」「年に3、4回。」「死による決別のその時に、心は通じ合い種は蒔かれる」「滅びの美学といえばちょっと違うが。」「最高」
ブラームス:4つのバラード、2つのラプソディ、間奏曲集 (詳細)
グールド(グレン)(アーティスト), ブラームス(作曲)
「瑞々しさと冬枯れ」「孤高の調べ」「これは哲学」「孤高の調べ」「グールド演奏で3指に入る名演」
グレン・グールド 孤独のアリア (詳細)
ミシェル シュネデール(著), 千葉 文夫(翻訳)
「グールドへの共感」「グールドに関する、詩的な散文です」「ジャーナリスティックで思わせぶりな内容」
T・E・ロレンス (上巻) (Wings comics) (詳細)
神坂 智子(著)
「T・Eロレンス」
凱旋門 (fukkan.com) (詳細)
E.M. レマルク(著), Erich Maria Remarque(原著), 山西 英一(翻訳)
「生きていく人間」「平凡の域を出ない」
凱旋門 [VHS] (詳細)
イングリッド・バーグマン(俳優), シャルル・ボワイエ(俳優), リュイス・マイルストン(監督)
「よくわからなかった、というのが正直な感想」
Tapies: Complete Works (詳細)
Antoni Tapies(著)
エディット・ピアフ (詳細)
エディット・ピアフ(アーティスト)
「人生の応援歌」「パリの空気」「「ピアフなら電話帳を読んでも感動的だろう」」「シャンソン=エディット・ピアフ」「ピアフは永遠の女王である」
ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット) (詳細)
安堂 信也(著), 高橋 康也(著), サミュエル・ベケット(著)
「『象徴的』という意味を深く実感。」「我々は何かを待っているのであろうか?」「芸術の不可能性」
アンデルセン童話集 (詳細)
ハンス・アンデルセン(著), ハリー・クラーク(著), 荒俣 宏(著)
「色彩の宝石箱」「ハリー・クラーク最高!!!」「アンデルセンをもう一度」「世界文学の宝」「完全に大人用です」
はじめて読むマシン語―ほんとうのコンピュータと出逢うために (詳細)
村瀬 康治(著)
「基本の基本がわかる本!」「組み込み初心者の入門本」「結構古い書籍です」
悪の華 (集英社文庫) (詳細)
シャルル ボードレール(著), 安藤 元雄(翻訳)
「新感覚の「悪の華」」「肉感ゆたか・・・」「真実を探し求める《魂の書》」「読みやすいのはこれ!です。」
魂の殺人―親は子どもに何をしたか (詳細)
A.ミラー(著), 山下 公子(翻訳)
「人間の心の闇を知る」「とても良い本です」「すべての親御さん、すべての先生方に読んで頂きたい。」「真実です」「親であり子であり人間であることの苦しみと向き合うために」
第三の嘘 (ハヤカワepi文庫) (詳細)
アゴタ・クリストフ(著)
「そうだったのか」「完結編?」「最後に「存在」することへの挑戦」「静かな」「将来の夢は?」
エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する (詳細)
ブライアン グリーン(著), Brian Greene(原著), 林 一(翻訳), 林 大(翻訳)
「超弦理論は美しいが数学的優美な試みに終わるだろう」「エレガントな読み物」「超ひも理論に一番詳しい本です」「超弦理論は美しいが数学的優美な試みに終わるだろう」「理解」
● お気に入り♪♪~
● メモ
● 観たい映画
● 丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士「文学全集を立ちあげる」アメリカ編その1
● 保守思想〜その3
● 廃番なんで!
● 擦り切れるほど。
● 好きな音楽
・「不思議な世界の中で」
『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』読みました。通学の途中で読もうと思っていたのですが、買ってきたその日に、ページをめくり、気がつくと、外は真っ白。こんなに、一気に本を読んだのは初めてです。登場人物の経験した辛い過去が、自分の経験した辛い過去と重なりとても共感し、涙が溢れました。私自身、まだ愛というものはよくわからないのかもしれませんが、この本で愛についてを色々と学ばせてもらえたと思います。私の中では、この物語の世界が不思議な雰囲気で包まれていて、少し目の視点を変えてみれば本当にそんな世界があるんじゃないかと思えるような現実的世界でした。最初から物語に惹きこまれていき、読み終わった後には自分も告白をして肩の荷が降りたような気分でした。こんな素敵な本はなかなかないと思います。
・「作者は、言葉で、フーガを奏でる。」
第17回ファンタジー大賞辞退作の待望の刊行。
・「胸につきささる物語」
何かに傷ついている人に是非読んでほしい物語。この本の中には、傷ついた魂の人々がたくさん出てきます。しかし、だからこそ、その人々のふれあいの中からは愛が生まれ、祈りが生まれます。「究極の愛」を感じる、ぎりぎりに追い詰められた人々の物語。たくさんの人々にこの本を手にとって、この物語にこめられた愛や祈りを感じてほしいと思います。
・「薄い…」
日本ファンタジーノベル優秀賞、初の辞退作ということで読んでみました。この賞を獲るのは最初から文章が完成されてる人が多いんですが本作はいい意味でも悪い意味でも変わっていく余地があると思います。告白の内容はありがちというか、勝手にやってろ感が強いものが多く、あまり入り込めません。ラストに向けての展開もとってつけたような感じが拭えませんでした。しかし純文というよりはラノベっぽく、今流行り?の百合的要素もあるのでハマる人はハマる小説だと思います。
・「新書版でも中身は本格的」
音楽関係の理論書は少ない。特に最近では教科書レベルのものしかない場合が多い(良い本は多いのだが、多くは絶版になっている)。フーガについても同様である。
この本は、そんな中で、貴重な理論書である。基本的な対位法の話から始まり、バッハ、さらにそれ以後の発展、現代でもそれが続いていることまでわかりやすく、それでも本格的に書かれている。日本の文庫・新書でこういう本がないのは本当に残念だ。文句なし。
音楽を研究する人や愛好家から、フーガ(遁走曲)を小説の題名でしか知らない人や、なんだかわからないけど旋律が追いかけっこするやつ?というぐらいのレベルの人まで(そういう人には難しいが)ぜひ読んで欲しい本。
・「ようやく読んでうつ病にならない「対位法」の本を入手、奇跡!」
対位法の楽曲をCDで聴いて、分厚い和声がバンバン鳴る曲から、ちょっとだけ離れられ、ウツも去ってホッとする。そう書いたら叱られるかもしれないが、半分以上事実です。
パレストリーナは、高校時代から自分の声楽系の「抗うつ剤」でした。
ダウランドのファンタジーは、模倣のイデアとして、撥弦楽器ギター系の「抗うつ剤」です。
しかしながら音楽書となると、和声学はかなり良本があるようですが、対位法となると、ホントに記憶にない。日本語で書いてあっても古代文字の本みたい。まして自分に言語能力がないから、行く先、不安と悲惨!
パレストリーナやダウランドの癒し系の曲とは丸で正反対。変なの・・・
でもこの本は読める!読んでウツにならないだけでも貴重。理解できるかどうかより、本をひらいていられる。精力剤ゼナよりやや安く、同じくらい?効き目あり。
僕など凡人にとって、この種の本を読んでいるということが、周囲から「変わっている」といわれるから、今のうち内緒でこの感激をレビューします。もし知られたら「前奏曲とフーガわり」の本を買っただけといっておきます。ですからどうか、ものになるか否かは問わないで下さい、では。
・「道」
人生の節目、節目に見てきた映画です最初に見た中学の時はジェルソミーナの視点で見ましたが、20代、30代を経て現在40代、今はザンパノの視点になっていますいくつもの裏切りに対して、すべてを受け入れるジェルソミーナは、天使に思え、それを見ている私は、決して許してもらえない罪深き子のようです
ザンパノの涙は、自分の生きてきた傷そのものです永遠に人々の心に残る奇蹟のような映画です
・「砂漠の一滴」
見終わったあと、あのさびしくて切ないメロディーがこころにのこる。おいらきっと、この映画を何度も繰り返し観るだろうと思う。
現代の映画は、音やら色やら言葉やらをバンバン活用しているし、美男美女や凝ったストーリーもふんだんに出てくる。それに比べて、この映画は白黒の映像、シンプルなストーリー、シンプルな音楽、必要最小限のセリフ。どれもほんのひとしずくづつ。それがかえって心にしみる。現代の映画も大好きだけど、古い名画ってのもいいねえ。
ザンパノは、陰気で不器用で粗暴な男。家族もいないし住む家もない。一つ覚えの芸をあちこちの村で披露する旅芸人。そのザンパノが、自分よりももっと不器用で役立たずのジェルソミーナを連れ歩く。ザンパノはジェルソミーナに食べ物と仕事を与えるけど、笑顔を見せたり、心を通わせようとはしない。そしてジェルソミーナをねぎらうこともほめることも一切しない。ジェルソミーナは自分の生きている意味がわからなくなって泣く。 おいら映画を観終わってずっと考え続けている。ザンパノにとってジェルソミーナってどんな存在だったんだろう・・・きっとザンパノにもわからなかったのではないだろか。
ザンパノと対照的な登場人物。陽気で器用な宙乗り男。彼はザンパノを怒らせるのが大好き。そしてまた彼は落ち込んだジェルソミーナに「石ころにだって価値があるんだぜ」と励ます。いい場面だよ。 人はパンだけでは生きられないという・・・人間が生きていくのには、こういう「言葉」が必要なのかもしれない。
・「観るたびに違った涙!生涯ナンバー1の映画」
高校時代、この映画を初めて観ました。その時はザンパノの極悪非道ぶりとジェルソミーナのかわいそうさに涙しました。10数年経ち、結婚して子どももできた現在、DVDでもう一度観ました。今度ももちろん泣きましたが、涙のわけは少し違っていました。子どもができて少し感傷的になってしまっているのかもしれませんが、人の「やさしさ」ばかりが胸にしみるのです。いくらひどい扱いを受けてもザンパノに尽くし続ける純粋なジェルソミーナ。「おまえはザンパノの役に立っている」と励まし、彼が収容されている刑務所の前まで送っていく心やさしい綱渡りの男。そして、ザンパノは、乱暴な扱いをしながらもジェルソミーナを手放しません。頭がおかしくなってからも一生懸命世話をやきます。飯の糧を稼がなけばいけないので最後にはジェルソミーナを置いていきますが、そのことは彼の一生の後悔となります。なぜなら彼はジェルソミーナを心から愛していたのですから。そのことを口にできない不器用な男だったのです。・・・さて、次に観るのはいつのことでしょう。DVDを買ってしまったので10年はあかないと思いますが、また違った涙を流すのが楽しみです。
ちなみに、DVDには淀川長治さんの解説が入っており、これまたなつかしい口調で必見ですよ!
・「ゲイの目から見たザンパノ」
ゲイにもいろいろな好みがありますが、ザンパノみたいな、マッチョなノンケ(肉体派で男尊女卑的な女好きの男)に憧れるゲイは多いと思います。ザンパノの凛々しい眉と長い睫毛の下の野性的な目、鎖を断ち切る適度に脂の乗った頑丈な胸板、締まった腕と脚...などにも目がいきますが、日々ノンケの男を好きになっても「報われぬ恋」の連続で、生きていく希望なんてほとんど無い自分にとっては、ザンパノを一途に愛しながら、報われずに泣かされるジェルソミ-ナに感情移入してしまい、胸が締め付けられる思いです。
ジェルソミ-ナが打ちひしがれているとき、綱渡りの男イルマット(「狂人」という意味だそうです)に「この世にあるものは、みんな何かの役に立つ。この小石でも、きっと何かの役に立つんだ」と慰められるシ-ン。誰かを好きになっても報われない、結婚もできないし家族もいない、でも年は取っていくからますます相手にされなくなる、老後は孤独死?などと考え出すと絶望してしまいますが(というかよく絶望してますが)このセリフは、もう少し生きてみよう、という勇気を与えてくれます。あと、ラストシ-ンも泣けますね。自分が捨てたジェルソミ-ナが、ずいぶん前に死んでいたということを知るザンパノ。ぐでんぐでんに酔っ払い、海岸をさまよい、砂浜に倒れ、体を屈して肩を震わせて泣く。砂を握りしめるザンパノは何を後悔したんだろう?
ザンパノもジェルソミ-ナも、孤独であることの寂しさを知っているからこそ、全力で愛することができるし、その愛がどれだけ自分に必要なものかが分かる。この映画は、孤独なゲイにとって永遠のバイブル、そして奇跡の物語だと思います。
・「何度でもジェルソミーナに会いたくなる!」
また、見てしまったなと、この映画を見て思う。つらいことや、哀しいことがあったとき、無性にジェルソミーナに会いたくなるのだ。
安い金額で大道芸人ザンパノに売られてしまったジェルソミーナ。穢れなき魂の持ち主、知恵遅れのジェルソミーナが、全身全霊をかけて、「役に立ちたい」と望むとき、彼女はあまりにも愚かで美しかった。
そして、届いていないようでもザンパノにもきっと、その気持ちは届いていた。
ジェルソミーナが料理も、芸も何もできず「自分には価値がない」と落ち込むとき、同じ大道芸人で、ザンパノの古い知人のイルマットはこういった。「神様は、この石ころにだって、価値を与えていらっしゃる、だからお前にも、すべてのものには、価値があるんだよ」と、そして、
「もし、神様が、すべてのものに価値を与えていなかったら、そんな神様だって、無価値なのさ」この言葉に励まされるジェルソミーナ。私も大変感動した。しかし、それらを否定するような事件が起こる。
私は人の生や死に理由なんてないと思っている。価値なんてないと思っている。
でも、人が、人に、その事象に、価値を見出してしまったとき、初めて価値が発生するのだと思った。ラストのザンパノの涙はそれを思わせた。かれは、気づかなかった、いや、気づいていたけど見ないようにしていたものをとうとう見つけてしまったのだ。後悔とともに。
・「ぜひ、単行本で読んで」
この本は、ぜひ単行本で読んで下さい。単行本でなければ、感動もうすれるというもの。映画もありますが、映画を見ただけではムードだけはつかめますが何だかわからないので、まず、原作をからはいるのをおすすめします。この世界がお好きならたまらない本です。
・「素晴らしい語り口」
幻想的でとても美しく、でもクールな印象を与えるとても面白い本です。物語としてもとてもよく出来ており、長くもなく、難解でもなく、でも味わい深い小説です。夜寝る前に、静かに読みたい一冊です。違う世界に旅できます。
・「不思議な旅を」
アントニオ・タブッキの代表作の一つ。行方不明の男を探す主人公の幻想的な旅の物語。独特の世界観の中に、知らず知らず自分も旅人としていざなわれ、迷い込んでしまう。
インドの実在の場所、ホテルなどが登場するので、インドに行った事のある人はさらに楽しめるかも。
・「不眠小説」
ポルトガル出身のある男がインドで消息をたった人物を追い、インドの3つの都市を旅する話しです。この本は出来うる限り予備知識無しで読んでいただくのが1番楽しめる読み方だと思います。
インドはとても大きな国ですし、いわゆる神秘の国でもあるのですが、特に興味を惹かれたことはありませんでしたが、ひょんな事からビートルズのメンバーであるGeorge Harrisonに感銘を受け(音楽も、歌詞も、その哲学も)彼がインドに強くコミットメントしていたので私も少し興味が出てきました。そのインドについてのイメージを、そして夜についての、幻想小説です。私の中にあるインドのイメージを損なわずにしかし新しい1面を見せてくれてしかも不思議な感覚にさせてくれる、読みやすい本です。
何故人を探しているのか?どうしてなのか?誰なのか?様々な謎めいた状態に読み手を置くことで、より神秘の国インドを体験する事になる感覚に陥ります。本を読んでいる間は、何かに周りを取り囲まれます、夜の密度が上がります、是非夜に読んで頂きたい本です。 インドに興味のある方、眠れない夜の読書に、オススメ致します。いわゆるページをめくるのももどかしい!という程のある意味単純な惹き付けるチカラではありませんが、忘れてしまっても、いつか眠れない夜を過ごすときに思い出されるであろう不思議な感覚と世界に繋がる文章です。当然須賀さんの訳も素晴らしいです、変わった物語に興味がある方にも、須賀さんの文章が好きな方にもオススメ致します。
・「限りなく繊細」
最初に買ったのはもう20年以上前(18歳の頃)の単行本でした。野坂昭如が翻訳しているのを見て、「きっとへんてこりんな小説なんだろう」と期待しました。読んでみるともちろんへんてこりんだったのですが、洒脱な言葉遣いとむき出しの感受性に満ちていて、素敵な小説だなぁと思いました。特に、マリリン・モンローを描いた「美しい子供」は秀逸で、今思えばカポーティだからこそ、肉感から切り離されたマリリンを(つまり男でも女でもない視線で)あんなにも可愛らしく書けたのだろうと感じます。
・「ジャーナリスティック文学の試み」
カポーティを読むのは初めてでしたが、ティファニーで朝食をからうけるイメージとは少し違う雰囲気の小説でした。訳の仕方も影響しているでしょうが、淡々としていて無駄がなく、筆者はあくまでも第3者として事件を客観的に。という姿勢が伝わってくる反面、インタビューをフィクションだと感じさせるほどの物語性も持っています。ニューヨークヤロサンジェルスを舞台とし、マリリン・モンローも登場人物となる華やかさとは裏腹に、どこか寂しさと暗さの漂う作品群。何年か後読み返せば、きっとまた違う印象を受けれる一作だと思います。
・「特異な才能」
カポーティが、長いスランプの後に生み出した渾身の短編集。この本の、特に序文を読むと、小説を創り出すことの困難さが伝わってくるしそして何よりもカポーティが書くことにとりつかれた人間だったということが伝わってくる。この本に収められた作品の中で、カポーティは小説の様々な形を提示している。「冷血」に通じるようなノンフィクション風のもの、会話形式のもの、ポートレイトなど。多彩で読み応えがある作品集になっている。若くしてデビューし書き続けてきた作家の、キャリアの終盤に位置する短編集だけれどこの本には作家としての熟練だけではなく、斬新さや実験性があることに感動する。カポーティの才能を堪能できる一冊だと思う。
・「カポーティ最後の、実話ベースの切れのある短編小説集」
村上春樹訳の「ティファニーで朝食を」でカポーティの作家としての圧倒的な存在感に魅了され、原書に加えて訳書の本書も購入しました。
主として、カポーティが自身に纏わる実話をベースに、(氏曰く)修得したあらゆる文体・技巧を駆使して描いた短編小説集です。生前最後に出版された小説ですが、マリリンモンローから殺人事件の容疑者、カリブの島の老貴婦人に至るまで登場人物はとても幅広く、「ティファニーで朝食を」程の余韻は残さないまでも、これ程の切れと奥行と神秘性(必然なる偶然等)を併せ持つ短編小説には中々巡り会えないと思います。
個人的には、好きなラフマニノフやゴッホ、それから日本(人)という言葉が(良い意味でなくても)多く引用されていたことや、最後の短編で(私が尊敬する)三島由紀夫の自死のエピソードを登場させ、友人である三島が過去に「カポーティは自殺するだろうと確信している者の一人だ」と述べた事を引用し、自殺する位ならその原因となる相手を殺すと言い切ったのがとても印象的でした。
そのカポーティは畢竟、自分を客観的に見つめ脅かすもう一人の自分を殺した(つまり、結果的には自殺した)のではないかと感じられました。なぜなら、その最後の短編の設定は、奇しくもカポーティがもう一人の自分と問答しあう内容だったのです。
・「きっとTCが好きになる」
初めてカポーティを読んだのは、生意気盛りのローティーンのとき。『遠い声 遠い部屋』。本棚を見たら、黄ばんだ文庫本がありました。『カメレオンのための音楽』は、本読みの大先輩が「再読したらやはりよかった」というのと、『冷血』の映画は観たけど、本は途中読みだったので、再トライの意味で買ってみました。「初めて読んですごくよかった」です。やはり秀逸なのは、マリリン・モンローとのスケッチ。これを読むためだけにでも、買う価値はあるのではないでしょうか。(文庫だし)いろんなTC(トルーマン・カポーティ)がいて、どれもTC。何かのあとがき(?)に、「彼にとっては生きることすべてが病因だった」(というようなこと)が書いてありましたが、さもありなん。でも、好きにならずにいられない人です。(隣にいたら、また、別かもしれませんが)野坂さんの訳も素敵でした。
・「この演奏を超えるのは不可能」
この演奏を超える「チゴィネルワイゼン」は、もう出てこないだろう。このハイフェッツのを聴くと他のは、もう聴けません。この曲で他の奏者と、ハイフェッツを比較するなど、とてもできないほどの名演奏です。この曲はハイフェッツ以外では、もう聴けません。この一枚持っていれば、この曲に関しては他には要らないというほどの永久名盤です。
・「星5つどころか10でも20でも」
幼かった時、初めて聴いたクラシックがハイフェッツのツィゴイネルワイゼン。はりつめた弦の音が無性に聴きたくなった時はこの逸品。「もし、ハイフェッツの生演奏が聴けるのなら、全ての蓄えを投げ出してでも聴きたい!!」
と思う私のような人間だけでなく、ヴァイオリンを聴いてみたいけど、どうしようって方にも、耳にしたことがある曲が揃ったこのアルバムはオススメだと思います。レビューにあるように、その美しい音に心を奪われてみてください。
・「凄い!」
とにかく凄いの一言に尽きます。スタッカート、細やかなビブラート、ハイフェッツの特徴である音が上がるときにかけられるあの独特のスライド。もたもたした部分など一切なく、いっきに一筆で書いたというような勢いがあり聞き手にびしびし迫ってきます。音はやはり古いのですが、なれてしまえば問題ありません。
・「技術にばかりとらわれないで」
少々バイオリンを聴き込んだ人であれば、ハイフェッツの演奏がどれ程凄い技術に支えられているかがすぐに分ります。ただ、それゆえにやっかみが入った評価が多いような気がするのは私だけでしょうか?所謂「テクニックは凄いけどそれだけなんだよね。語りかけてくるものが無いと言うか・・・」的な評価です。なんとなく判りやすい批評だけに特に批評に免疫の無い初心者は鵜呑みにし勝ちだと思います。
好みが入るので敢えて名指しはしませんが「テクニックはあまりないし、他にも見所がなくて、ところどころ媚びた音を出してるだけ」な演奏のCDが売られていたりする中でこのCDはひときわ光っています。ただ、バイオリン特有の情感たっぷりに爆発したりすすり泣いたりする様な魅惑的な音色を主に求めているなら、ハイフェッツ以外の例えばキョンファなりムターなりを聴いた方が良いかもしれません。ハイフェッツの演奏はストイックな抑制されたクールな表現を通して内面を覗かせる様な感じです。ルー大柴のような感情放出系ではなく田村正和(若い人向け)や笠智衆(旧い人向け)のようなクール系(?)と言えば初心者にも伝わるでしょうか?微妙な表現になるので当然田村正和や笠智衆の方が演技力を要求されますよね。そうです。初めに技術ありきではなく、ハイフェッツの表現手法には高度な技術が不可欠だった・・・これが正しいのでは無いかと思っています。
ただ、この表現手法を採用すると感情の豊かさが特徴であるバイオリンの一つの長所を封印する事になります。そういった意味で、一面的な演奏であるかもしれません。ただ、こういった演奏方法の面では頂点を極めていると言うのも事実です。まさに驚嘆に値します。まずはこのCDを自分の耳で聴いてみて好き嫌いを判断して下さい。
・「生物みたいなヴァイオリン」
私にとってなじみが浅いヴァイオリンの世界。この人、今まで知らなかった。聴いてみて脱帽したのだが、とにかく凄い。
ヴァイオリンと演奏者が一体感があると言うより、それをはるかに通り越してヴァイオリンが一つの「生物」みたいに「歌っている」感じがする。
切れ味も鋭い。鋭利な刃の様な音は恐怖さえ感じる。
しかしそれは苦痛ではない。むしろ心地の良い切れ味だ。
自由的な演奏の中に隠された細部の表現。小技っぽく聴こえる部分が実は超絶技巧的と言うか、巧く言えないのだがこの様な技巧が細部にまで余すことなく収録されている。なんて贅沢な作品なんでしょう!
モノラル録音にも関わらず、はるかに想像以上に美しい響きを発している。
しかし、困った事にここまで来ると人間欲が出てしまう。コンサートホールで生演奏、是非聴いてみたかった。
・「胸に迫る 」
若いころ一度「教養のため」に見て、ほとんどなんの印象も残らなかった映画です。久しぶりに見返してみると、その豪華絢爛さの後ろ側に透けて見える普遍的な人間の心、人生の落日感などが今の映画には見られない説得力をもって胸に迫るのには驚きました。特に印象深かったのはバート・ランカスター演じる山猫公爵とカルディナーレ扮する甥の婚約者との関係。ディナーのテーブルで思わず娘に向かって体を乗り出し、はっと我に返って身をそらす公爵。それを知ってか知らずか敬愛の情を越えた親しさをもって接するカルディナーレ。この娘の下品なほどにこれ見よがしな若さ、美しさがこれからくる身も蓋もない新時代のシンボルとして描かれているようです。その娘に動物的に引かれていく自分の、完全には老い切っていない男性としての残り火を感じつつ、しかしこれから冬が訪れるように確かに老いがやってくることを痛いほどに理解している公爵の姿を描き出すヴィスコンティの技と、それに応えたランカスターの演技はもうお見事としかいいようがありません。この豪華絢爛たる舞踏会シーンは、無論目のご馳走的に楽しむこともできますが、人生の二重の意味での大終焉を経験する公爵の心象を描くためには、やはりここまでの豪華さが必要だったのでしょう。それにしてもこのごろDVDボックスとか称して意匠を凝らした商品がおおく、ヴィスコンティなどは真っ先に「狙われ」そうですね。こういうコンビニ風な豪華さはもっとも似合わない作家だとおもうのですが。
・「ついに出ました!」
ヴィスコンティ長編全作品中、いまだDVD化がなされていなかったこの作品がついに発売です! 二十歳の頃初めてこの作品を劇場で見たとき、私は正直言ってなぜこれがそんなに名作と言われているのかいま一つわかりませんでした。 でもそれから十数年を経た今はっきりとわかります。これはまがうことなき傑作だということが。
主人公はシシリー最高位の貴族サリーナ公爵。肉体壮健、知性あふれる誇り高き男ーというと、なんだか威張り腐った人柄を思わせますが、実際は家族思いの人情家です。 時はイタリア統一戦線の時代ー。彼の一族も時代の波に翻弄されざるを得ません。 公爵は甥のタンクレディと新興ブルジョワジーの娘アンジェリカとの結婚を承諾します。 心の底では、彼は野心家で移り気な甥タンクレディにも、新生イタリアの姿にも決して満足などはしていませんでした。 しかし、一族を新時代に生き延びさせるためには、これ以外に道はないー。胸中の孤独を誰にも語らず、公爵はただ一人、滅び行く己の階級に殉じる道を選びますー。この偉大な人物像を前にしては、ストーリー展開がどうだとか、アクションやひねりがどうだとか言った映画の見方が、何とも小賢しいものに思えてしまうーそんな作品だと思います。
あまりにも有名な舞踏会のシーン、公爵とアンジェリカがワルツを踊ります。それは旧世代最高の人物と、新世代最高の美女が最初で最後の混合を果たす瞬間でもあります。 それを見つめる人々の感嘆と嫉妬(!)の入り交じった視線ー。美というものの本質をこれほど華麗に、かつ冷徹に捉えた映画がまたとあるでしょうか? 何度でも繰り返し見たくなる傑作です。
・「ただひたすら素晴らしい!!」
本物の貴族の末裔であるビスコンティ監督でなければ作り得なかったであろう、豪華絢爛な映画です。
この映画最大の見所は、やはり公爵家の当主を演じるバート・ランカスターでしょう。精力的で、野性味のある人物でありながら、貴族社会と自らの家系の運命全体をこの上なく冷静な目で見ることができる圧倒的な知性も併せ持った人物、そんな偉大な人物像をバート・ランカスターは見事に演じきっています。あくまでも個人的な感想ですが、この映画でバート・ランカスターが演じているサリーナ公爵は、『ゴット・ファーザー』でマーロン・ブランドが演じたヴィト・コルレオーネに勝るとも劣らないほど、偉大なキャラクターではないでしょうか。
映画の最後、豪華絢爛な舞踏会のシーンが終わった後、ランカスター演じるサリーナ公爵は一人でふらりと舞踏会の会場を後にします。このシーンで彼の背中が背負っている、滅び行くものの悲しみとも当主としての勤めを全うした充足感ともつかない、なんとも言葉では言い表すことができない複雑で大きな感情、そしてサリーナ公爵の後姿にひっそりと漂う重くて荘厳な死の雰囲気、その全てを私はぜひとも多くの人に見てもらいたいです。
三時間を超える非常に長い映画ですが、見て絶対に損はしません。本当に素晴らしい映画です。
・「ヴィスコンティの最高峰」
二度ともうこんな映画監督は現れないだろうし、二度とこんな映画は作れないだろう、と思われる作品。ヴィスコンティの生涯の映画のテーマは首尾一貫したものがあったと思うが、その中で「山猫」こそが、ヴィスコンティの最高峰といえるのは、西洋キリスト教的な貴族文化の象徴であり、その最高の趣味を現出しながら、時代の変化の中に敗北し、滅びゆく姿を描きながらも、アラン・ドロンとクラウディア・カルディナーレ扮するカップルに、未来への希望をつなげていくところだと思う。消え行く姿が、決して悲しみだけで終わらせていないところが、この作品の最高の評価を与えているところであり、他のビスコンティ作品とも一線を画している点なのだろう。若い頃のアラン・ドロンは、本当に美しく、こんなに格好良かったのだ、とあらためて感じさせられたし、なぜ、この作品がカンヌの最高賞なのかも、観て納得できた。ヴィスコンティそのものは、貴族であり、クリスチャンでありながら、共産主義者というとても矛盾に満ちた人ではあったけれど、この作品の中に、彼の資質のすべては現われているといえよう。
・「滅び行く貴族階級」
バート・ランカスターが圧倒的な存在感で滅び行く運命を見つめるシシリアの公爵を演じてます。彼は何百年も続いてきた公爵家の当主で、この先自分達の家系がどうなっていくのか、冷静に判断できる知性を持った人です。でも、自分達が没落していくのを静かに受け入れているのは真に貴族的な性向のためとおもいます。彼の野心的な、何も財産がない爵位のみの甥にアラン・ドロン。若い頃のアラン・ドロンは本当にハンサム。ノーブルな面と野卑な面のブレンドが最高。で、彼が自分の出世のために選んだ新興階級の娘にK・カルディナーレが扮してます。私はあまり美人とは思わなかったですが、健康的、野性的で、イメージにぴったりかなあ、と思いました。監督のヴィスコンティはミラノのとても古い貴族の家系に繋がる方で、この種のフィルムを撮るのにぴったり。大舞踏会のシーンは圧巻です。原作も河出文庫から出てるので合わせて読んでみると原作との違い、ヴィスコンティの意図など判ってより楽しめると思います。
・「ナニをシャブル人の哀歌」
あしたには、殺されるかもしれない。という、状況を良く描けている作品だと思う。実際問題、そんな状況に陥ってもあんまりリアリティがないし、やっぱりカワイイ女に微笑まれると、いきり立ってしまう。男って悲しい生き物ですわい。しかし、何かを守ろうとする人のパワーは圧巻でした。命よりも大切なものって何だろう?日本人には分かりづらいかもしれないです。
・「・・・・・ヒッ!(笑)」
この作品の「リズム感」は最高に気持ちいいです。
作品全編にみなぎる疾走感、「ちょっと待てよ」と言いたくなるような強引なストーリー展開も決して散漫になることなく、不思議な調和の中に成立してます。
「心の中に『アウトサイダー』を宿した成功者」堀坂は共感できるキャラです。
・「わからないということの確認」
「リアルなことって何よ?そんなもの宙にポッカリと浮いているわけじゃないでしょう?その人にとってリアルなことがあるだけなのよ、あんたが言う人達はヒロミちゃんにそういうものを求めたわけでしょう、そしてあんたは求めなかった、それだけの違いじゃないの……」
この引用部分が、この小説を集約しているような気がします。本当はもう一ヶ所、集約しているところがあるんですが、そっちは、この小説の核心なので、お伝えしないでおきます。
ただ、村上龍の長編小説を読むといつも思うんですが、こうして、部分的に取り出しても、そんなことには何の意味も無いということはわかっています。だからこそ、膨大な量の原稿用紙が必要で、それこそが村上龍の本質だと勝手に思っています。
最終的には、「でも、わかんないよね」みたいなところがあって、だからこそ、生きていて楽しいというか、自分がよくわからないということを確かめるために生きているというか、考えることは人それぞれだと思うんで、自分がわからないということを確かめるために、村上龍の小説を読むのかもしれません。
ただ、そういうわけわかんないことは置いておいて、単に物語を楽しむという姿勢でも十分に面白い小説だと思います。
・「SM_アンダーグラウンド」
「コック・サッカー・ブルーズ」を読みました。びっくりしました。小説「トパーズ」と,「エクスタシー」の間に,このような作品があったとは,たいへん驚きました。この,「コック・サッカー・ブルーズ」に出てくる「本郷広美」は,「エクスタシー」の中の「カタオカケイコ」につながっていて興味深かった。「ずれ」がキーワードで,この言葉は,「エクスタシー」にもでてきます。村上さんの「自殺よりセックス」の中に,”「カタオカケイコ」にはモデルがいて,この子は「映画トパーズ」にも出てる子なんだけど,”というようなくだりがありますので,「エクスタシー」の表紙の方がそのモデルだと推定しますと,何か,村上さんがどのように小説の筋を考えていくのかが少しわかって興味深いです。「雑誌のグラビアの切り抜き」,「本郷広美(本名よ)」っていうところが,わかりやすい。
この本の内容は,「一人の女性との出会い」,「映画:エンジェル・ハート」,「森田医療」,「作曲家への憧れ」をモチーフとしているのかな,と思いました。(同時に,映画「トパーズ」の製作を行ったのでしょうか?) 何かの本で,「吉本バナナさんは,技巧派だ」というような村上さんの発言がありましたが,確かに村上さんの創作力はすごいなと思いました。しかし,同時に,本当の主人公の「ひろみ」は,他人に何かを書かせるようなMagicをもっているのでしょうか。なにしろこの本はおもしろい。
・「独自な世界観」
毎回、この著者の作品を見て思うことだが非現実(実際、日本のアンダーグラウンドな世界にあってもおかしくは無いが)な話を著者本人が実際に体験したかよのうに感じさせる説得力と構成力は脱帽する。
「死」が目前の迫った人間の思考というものについて村上龍的な考え方で描かれている。いままでの作品の中でサスペンス色が特に強いと思う。そのかわりやはりグイグイ読ませる展開に、どこにしおりを挟むかというのがムズカシイと思った。ただ、作品のタイトルについての謎はいまだ解けない。
●新約聖書
・「より具体的な翻訳」
プロテスタント(無教会)のクリスチャンです。いろいろな問題もありますが、「気づき」を与えてくれる、学ぶこと多い翻訳だと思います。まだまだ若輩者で、聖書学には疎いのですが、素人として気が付いた箇所をいくつか述べてみます。
有名な山上の説教の一節、マタイ5:3には「幸いだ、乞食の心を持つ者たち、天の王国は、その彼らのものであるから。」とあります。今までの聖書では「心の貧しい者」と翻訳されていた箇所が「乞食の心を持つ者」となっています。該当箇所の注釈では「直訳すれば『霊において乞食である者たち』」との説明があります。「心の貧しい者」という何となく上品だけど抽象的だった聖書の言葉が、「乞食の心」という翻訳によって、私の身により具体的に、生々しく、生き生きと迫ってくるようになりました。
一般的に「洗礼」として知られる用語については、「浸礼(しんれい)」と「洗礼」という2種類を文脈によって使い分けているようです。そして両者には「バプテスマ」とルビが振られています。
従来「みこころ」「御心」等とされていた単語を「意思」と書いて「おもい」とふりがなを振っています(ローマ12:2、1テサ4:3他)。品位は多少落ちるかもしれませんが、より大胆に具体的に迫ってくる翻訳だと感じました。
「すべて口に入るものは、腹を通って外に出される(マタイ15:17)」の箇所はよりリアルに「すべて外から口の中に入って来るものは、腹の中に入って行き、便所へと出されてしまう」と訳されています。文語訳聖書でも確か「厠(かわや)」だったと思います。こちらがより原語に近いのでしょうか。
・「さして信心深くない者が聖書の再入門にと読んでみました」
豊富な注釈が良いと思います。確かに、場所によっては日本語が不自然だったり、括弧書きがうるさかったり、意訳に過ぎると思われるものもあります。ですが、そこここで頒布されているコンサイスな「新約聖書」を、もう少し深く読んでみたいと思う向きには適していると言えましょう。巻末の各種単語の解説は大変に丁寧です。
・「必携書」
今後、キリスト教、とくに新約聖書を学ぶものに必携の書。翻訳としてかなりよくできている。注の部分がもう少し欲しいが、買っておいて損はない。現在日本語の翻訳として入手できる中では最高のものだと思う。
・「原典へ忠実で普遍的な翻訳」
この翻訳にあたっては原典に忠実で、普遍的なものであることを意識しているようです。脚注が多く含まれています。この脚注は個人的にはとても参考になるものがあります。原文に当たるのは大変ですが、この脚注によってある程度、参考になるところがあります。なぜ他の翻訳で差が出ているのかもこの脚注で理解することができました。
・「玉石混交」
翻訳といい、注といい、できばえがまばらという印象です。特にヨハネは感心しません。共同訳や口語訳ではこうなっていると注をつけても、なぜ、あえてそれを排して、別の訳にしたかの理由が不明なのです。それでも、文章として読めるのならまだいいのですが・・・。
・「戦場のメリークリスマス」
映画「戦メリ」でなんだかよくわかんなかった話がこれ一冊でわかる。(ちなみに映画は本作の「ハラとロレンス」「ヨノイとセリエ」の別の話を無理矢理くっつけて一緒にしている)絶版で思索社の新本が手に入らないのが残念。クリスマスプレゼントには最適と思われるので、やはり新本をプレゼントしたいものである。戦後の回想形式で「クリスマス前夜」「クリスマスの当日」「クリスマスの夜」となっていて年末に自分のことを色々深く回想する人には最適かも。美しい文章と緻密な表現・深い洞察力、そして暗喩に満ちていてユングを読んだことのある人にはかなりハマるかもしれない。英文原書も絶版なのが惜しまれる。
・「映画「戦場のメリークリスマス」の原作」
デビッド・ボウイや坂本龍一・北野武などが出演した映画「戦場のメリークリスマス」の原作。エンターテイメントな映画とは違い非常に真面目な小説だ。文学好きな人向け。
・「何度観てもよい映画。」
キャスティングがよい。ボウイがかっこいい。たけしがいい。坂本龍一がヨノイにあっている。そして美しい曲を書いている。脇役がよい。演技の上手い下手はあまり気にならない。雰囲気が全てを包んでいて、世界に溶け込める。戦争映画であって戦争映画でなく、だけれど実際に当時戦時下であったことと遠くかけ離れてはいない。むしろ近い。プラトーンやフルメタルジャケットも好きだけれど、この映画も好き。ただ万人に受け入れられないことは仕方ないかもと思う。・・・残念。
・「年に3、4回。」
戦メリは本当に好きな映画。レビュータイトル通り年に3、4回は観てしまう。戦争映画らしくない戦争映画、と言われるのは仕方ない。ただの戦争映画では本当にないから、何とも思わない。はっきり言ってあり得ないキャスティング・・・だけどあのキャスティングだからこそ、この映画は成り立っていると思う。ボウイも坂本龍一もたけしもトム・コンティも、キャラ濃いけれど、あの霞の掛かったような風景に違和感なく溶け込んで、観ていると自分もあの世界に入り込んでしまっている、のに気づく。死にかけたボウイの髪を切るヨノイのシーン、明日処刑されるたけしの最後の何ともいえない表情・・・。何度観ても胸に突き刺さる。そして美しい戦メリのメインテーマにしばし浸る。
ちょっと変わったキャスティングに抵抗がなく、単なる戦争映画に留まらない、一癖も二癖もあるけれどいつまでも色あせない映画を観たいとお思いならば、観て損はありません。お勧めします!
・「死による決別のその時に、心は通じ合い種は蒔かれる」
先日あるきっかけで久しぶりにこの映画を見ました。驚いたことに作られて20年の歳月を経てもなお、この映画は古びていないどころかますます魅力を増し、強烈なメッセージを与えてくれたのです。思えば今日この映画は坂本龍一のテーマ曲があまりにも有名で、それとは対照的に映画本編があまり見られていないし評価もされていないように感じます。しかしこの映画は明らかに世界に誇ることの出来る邦画の代表ですし、戦闘的映像作家、大島渚監督が辿り着いた1つの頂点です。 そもそも大島渚の映画は怒号飛び交う対話劇、社会に対するドグマティックな告発など、実験的で過激な「創造社」映画時代に真骨頂があると考えられます。しかし大島渚の凄い所は、そのキャリアの後に情念の世界を濃密に描く映像作家として脱皮し、また別個の高みを持った活動をし続けていることにあります。この『戦場のメリークリスマス』もまたその文脈にあります。とても美しい映画である、という当たり前の事実に驚嘆するのです。 この映画は、戦争という極限状況を通して浮き彫りになる東洋と西洋の死の観念・集団と個人のあり方の相違、そしてそんな壁を乗り越えて心が通う劇的な瞬間を描いた作品です。ヨノイもハラもキリスト教的な慈悲と救済を受け入れて(=「種を蒔かれて」)、従容として死出の旅路につく訳です。対照的にセリアズは神ではなく弟に許されたという意識によって初めて安らかに死んでいくのですし、ローレンスにとってのクリスマスは神の恩寵ではなく、ハラの温情に触れた忘れ得ぬ日なのです。不思議にも宗教意識が交錯し、心が通じ合ったその時に、戦争という状況が「死による決別」を否応なしにもたらすのです。かつて中学生だった私はよく分からないのに大きな感銘をこの映画から受けたものでした。そして今、よく分かった上でやはりあの頃と同じ感銘を受けています。これぞ名作と言えましょう。是非見て下さい。
・「滅びの美学といえばちょっと違うが。」
邦画歴代トップ10には絶対入れなくちゃならんですよ、やっぱ。監督としてのビートたけしにはどれも失望しているクチなんだが、戦メリ出演の彼は素直に良かった。ツービートの漫才くらい良かった。
・「最高」
この映画は本当に大好きな映画で、五回も劇場に足を運んだ作品。実は、ビデオももっているしDVDも別バージョンで持っている。でも、やっぱり買ってしまった。この大きさのDVDが欲しくて。何度みてもいい。特に坂本さんの音楽。あの音楽を聴くたび感動で胸がいっぱいになる。20年くらい昔の作品だけれどいい物はいい。
・「瑞々しさと冬枯れ」
過剰なロマンには引きがちなので、長らくロマン派は苦手で、クラシックで好んで聞くのはバッハかドビュッシー以降のものばかりだったのですが、それを克服するきっかけをくれたのが、このアルバム(とバックハウス/フルニエのブラームスのチェロソナタ)です。
ブラームスの壮大な大曲は、下手するとロマンティシズムに耽溺しすぎで甘さが過剰に重たくなりがちなのですが、これらの小品集はそのあたりのバランスがとてもよく、引き算することによる魅力を感じます。
間奏曲集はブラームスの甘さが鬱陶しくならずに楽しめる。グールドの演奏がとても瑞々しくて、若若しくチャーミングです。
他方バラードとラプソディでは、ブラームスのもう一つの魅力である「枯れ」が堪能できます。彼の甘さの中に常に影のようにつきまとう冬枯れの静謐さが、グールドの内省的な面と呼応しあっています。
またグールドのピアノのタッチ(とピアノ選びと調律)は独特で、よくあるコンサートピアノが金属的に共鳴するようになっているのとは対照的にポロポロと一音一音が木を叩いたような音なのですが、それが、ブラームスの「枯れ」にぴったりはまっています。
かなり独自の解釈を行うグールドですが、(冒頭にバーンスタインの発言が残されているブラームスの協奏曲第1番や、モーツァルト、ベートーベンの聞き慣れたソナタあたりを聞くと、その独特さがとてもわかりやすいかと…)この曲集についてはとても自然に聞こえます。他の演奏家と比較すれば実は個性的なのですが、個性的だと思わせないくらい自然なのは、やはり相性が良いからなのでしょう。
グールドのCD全集はかなりの数をもっているのですが、その中でもお気に入りの一つです。バッハ以外のグールドを、と言われたら、これとシェーンベルグあたりが好みです。(あとSWEELINCKのオルガン曲のライブ音源もとても良かった。)
・「孤高の調べ」
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。
・「これは哲学」
外傷性くも膜下出血で入院中の病室で、デッキに耳を当てて聴き入りました。
哲学的な思索。カンディンスキー。水の輪。
月並みな表現ですが、胸が震えるような。胸の奥がしんとするような。とても感銘を受けました。
・「孤高の調べ」
このディスクには,グールドの青年期(1960年)に録音した「間奏曲集」と,最後の録音となった(1982年)「4つのバラード」と「2つのラプソディ」とが収められている。「4つのバラード」は,ブラームス21歳のときの作品だが,冷め切った,諦観さえ感じさせる音楽には,既にして大家の佇まいを感じる。この作品をグールドは,瑞々しく透明なピアノの音色で見事に弾き切っており,青年ブラームスの音楽から冷え冷えとした孤独感をも引き出している。ブラームスは,ピアノの小品を「私の苦悩の子守歌」と称したそうだが,「間奏曲」も晩年のブラームスの苦悩から生まれ出た,瞑想的な雰囲気を持つ深い音楽である。グールドは,この間奏曲を深い情感を込めて,思索を重ねるかのように演じている。その様は,さながら修行僧の修行のようにさえ思われる。ところで,両曲の録音の間には,20年という時間の経過がある。にもかかわらず,グールドの演奏はその経過を感じさせないぐらい連続したものである。それだけ彼がキャリアの当初から完成し切った存在なのだということを改めて感じる。ブラームスの小品集には,叙情的で甘美なルプーのもの,知的で深くも素直なカッチエンのもの等があり,それぞれに素晴らしいが,孤高の天才グールドが紡ぎ出す調べに,私は,より深い共感とブラームスのスピリットの神髄を感じる。
・「グールド演奏で3指に入る名演」
1982年2月8-10日、6月30日-7月1日、ニューヨーク、RCAスタジオで録音。ヨハネス・ブラームス(1833-97)のピアノ音楽はキャラクター・ピースと呼ばれ、各曲は随所に『キャラクター』があると言われている。確かにこれらの曲には端々にブラームスの他作品に通ずるポリフォニックな書法が顔を出す。バラード作品10は1854年、ラプソディー作品79は1879年の作品である。バラード作品10には有名なベートーヴェンの運命のモチィーフも飛び出してくる。いつも思うことだが、いわゆるクラシック音楽からブラームスの作品を引き算してしまったらどれだけつまらなくなるだろう。ブラームスは他の作曲家に無いサムシングを常に作品の中に持っている希有な作曲家だと思う。さて、演奏は最晩年のグールドのもので(1982年の秋に彼はこの世を去っている)、グールドの全演奏の中でも3指に入る名演だとおもう。特にバラード作品10は出色で、グールドの力強く速いタッチがこの曲にピッタリで最高だ。
ゴルドベルグ変奏曲の再演とこの曲の演奏でやり残したものは何も無く、グールドはこの世を去ったと思うのは僕だけだろうか?
・「グールドへの共感」
ルポタージュでもないし伝記でもないし評論でもないしエッセイでもない。
しかし全編にわたってグールドへの深い共感が溢れる。
グールドの残した数々の言葉やエピソードからまるでパズルを解くようにグールドの内面をすくい取る名文。
みなさんも一度手に取ってください。
・「グールドに関する、詩的な散文です」
本書はわかりやすいグレン・グールド解説本ではありません。
『ゴルドベルク変奏曲』をまねた構成になっており、その意味で、本書の全体を読了した後、なんとなくグレン・グールドについてのイメージが喚起される、あるいは、グレン・グールドが各章(本の中の各変奏)ごとに宿っている、というような書き方といったらいいでしょうか。つまり、グールドの「輪切り」といったら適切かもしれません。
著者は、フランスのエリート官僚の経歴ももち、精神分析を駆使しつつ執筆した本もあるようです。本書では精神分析の影は見受けられませんが、音楽に関する知識はさすがに豊富です。ただ、冒頭に書いたように決してわかりやすい書き方をしているわけではありません。
・「ジャーナリスティックで思わせぶりな内容」
本書を読んでもグールドの孤独な魂の在処も演奏と人生の秘密も解き明かされない。ひたすら思わせぶりな文体と内容で、かっこよくグールドを神格化するだけのジャーナリズムにすぎない。グールドのようなすばらしく硬質な音楽家の評伝がなぜ、こんな格好だけスマートで無内容の文章に収まりうるのか、本書の著者は恥を知るべきである。評伝の難しさでもあるのだろうが、本書はグールドの評伝としては、残念ながら期待を裏切る浅薄さしか持ち合わせてない。
・「T・Eロレンス」
学生の頃、最も嵌った漫画の一つ。今も自宅に初版がある。西アジアものが得意な神坂智子氏が、ライフワークと言って、非常に丁寧にロレンスの思考を考えられた作品ではないかと思う。確かに史実にかなり加えているものはあるだろうとは思うが、それでも、英雄を単に英雄だけでなく、とても愛すべき人にした内容は、趣き深い。主人公のトマス・エドワード・ロレンスは、第一次大戦中トルコ占領下のアラビア半島において英国の情報将校兼アラブ軍軍事顧問として2年ほど大活躍した。本職学者ということだが、とても変わった人であったらしい。その変人ぶりの所以がこの本で解釈として見れる。(あくまで漫画です)自著、「知恵の七柱」も少し難しいけど、読み進めると、面白く、昔にこんなすごい才能が存在したんだなぁと感じる。
・「生きていく人間」
人間らしさのすべてをナチズムに奪われたラヴィックは、パリに身を潜め、まるで幽体離脱したような生活をしている。ぬけがらのようになった彼に唯一残されていたのは外科医としての技術だった。手術をしている時間だけが現実感を伴う瞬間である。そんな生活の中に訪れたいくつかの出会いによって彼の人生の歯車は再び動き出す。
レマルクは生涯7つの作品を残すのみだったと言う。しかし、その作品群は世界中に読まれることとなった。「西部戦線異状なし」に始まるその作品群を紐解くことは、そのままヨーロッパの歴史を読み解くことにちがいない。
違った時代、違った国で起こったさまざまな事件と、その奔流に押し流される人々の生活と心情。それをどこまで理解できたか自信はない。おそらく1/100も理解できなかっただろう。しかし、多くを失いながらも、生きていく人間たちの輪郭の確かさが強く印象に残った。
・「平凡の域を出ない」
第二次大戦前夜のパリ。亡命医師のシャルル・ボワイエと天涯孤独のイングリット・バーグマンの恋といえば、背景は凱旋門であるし、題材としてはすばらしいものだ。是非とも暗く切ない恋物語にひたってみたい。 レマルクの小説を読んだときも、そう期待していたのだが、胸が締めつけられるような作品がざらにあるわけもなく、もの足りなさが残った。映画はまじめに丁寧につくってあるけれど、山場がないというか、記憶に残るような見せ場はなかった。亡命ロシア人のボリスは、彼がアクセントになっているのだが、男前でセリフもよかった。 画面が古いのは気にしないが、わざわざ掘り出して見るだけの値打ちがあるかどうか、平凡な作品の域を出ていないとおもう。
・「よくわからなかった、というのが正直な感想」
元恋人を殺され、深い悲しみや憎しみを胸に秘めながら亡命者として暮らすラビックと、1人では生きていけないジョーン。2人は愛し合うようになりますが、ラビックが国外追放されたことで互いに引き離され、やがて再会します。
映画を観たかぎりでは、2人がどこまで愛し合っていたのかよくわかりませんでした。背景事情もわかりづらかったし、結局ラビックがジョーンに自分の心の奥底を見せることはなかったように見えたので…
機会があれば原作の方を読んでみたいと思います。
・「人生の応援歌」
このCDではじめてピアフを聴きました。フランス語が全く分からなかったのですが、歌詞カードの日本語訳を見ながら、涙を流して聴きました。「アコーディオン弾き」の可哀想な女に泣き、「王様の牢屋」の恋人のためにダイヤモンドを盗んだ男と、一緒に牢屋へ入れてほしいと訴える女に泣き、「群集」の人生の無情さに泣きました。聴き終わったときには、涙を流した爽快感と人間的な感情を取り戻した喜びで、生きる元気いっぱいになります。
私にとってピアフの歌は人生の応援歌です。ともに泣き、笑ってくれる、真に人間的な感情があふれている歌なのです。「ミロール」の「らーらーらー」のところで笑顔と元気を取り戻してください!
・「パリの空気」
「パリの空の下」を聞きたくて買いました。他の人も歌ってますが、やっぱりエディットピアフの声と雰囲気は最高です。パリの空気が感じられるのです。パリの嫌いな人が居るかも知れませんが、エディットピアフのかなでる空気だけでも、幸せな気持ちになれますよ。携帯の着メロは「バラ色の人生」にしてしまいました。
・「「ピアフなら電話帳を読んでも感動的だろう」」
中性的な声質で、タメの利いた巻き舌入りで、情感豊かに絶唱するシャンソンの女王・ピアフ。彼女のヴォーカルについては、「ピアフなら電話帳を読んでも感動的だろう」という有名な絶賛以上の形容は不要でしょう。こういう押しつけがましい言い方は嫌いなのですが、ほんとうに一家に一枚あってもいいCDです。さて、ぼくはブックレットについて詳しく。商品の値段はやや高いのですが、そのぶん、使い勝手がいいのがブックレット。日本独自編集盤だけあって、輸入盤のブックレット、リーフレットに、歌詞と対訳が印刷された紙が、つまり何度か開くうちに確実に破れてしまうほど薄く大きい両面刷り、折り畳みの紙が、放り込まれているということはありません。各ページの左の段にフランス語オリジナル歌詞、右の段に日本語対訳が印刷されています。まさしく“対訳”ですね。ちゃんとした紙を使ったブックレットなので、音を聴きながら、何度もページを繰ってもだいじょうぶです。ただ、ピアフの年譜が簡潔というより、やや内容薄ですね。曲解説はいいと思います。
・「シャンソン=エディット・ピアフ」
日本語のどのような言葉でも言い表せない感動。それがピアフです。特記するならば、家でかければパリに行った気分になれます。愛の賛歌を聴けば、フランス語が分からなくとも感動します。
・「ピアフは永遠の女王である」
亡くなっても何があってもエディット ピアフは永遠にシャンソンの,いえ歌の女王なのです。彼女は自伝で自分の様々な経験した苦しみを告白しました。たくさんのスキャンダルもあったそうです。でも,彼女のその歌声はそんな総てのものを吹き飛ばすほどの威力を永遠に持ち続けることでしょう。
彼女の奇跡的な歌声に1度でいいから触れてみて下さい。音楽と一体となり,唄っているなんて微塵も感じさせない彼女の歌声は奇跡です。音楽と同じものになっている! 彼女自身が音楽なのです。エディット ピアフは永遠なる女性です。私が言わなくても皆さん承知していることですよね。
・「『象徴的』という意味を深く実感。」
例えば、生きる事の意味をとことん考えて見る。「意味」「価値」etc....。二人の何者が分からない男が延々とはぐらかした無駄話を続ける。「ゴドー」という何者かを待ちながら。戯曲とは「読むための文学」として完結する事が存在理由なのではない。芝居に昇華されるための「アウトライン」として、「開かれて」いるべきものだ。そしてこの戯曲ほどあらゆる解釈と演技を成立させる、『開かれた戯曲』はまず、ない。演出家と役者の解釈と実力によってあらゆるカラーを見せ、とてつもなく面白い芝居にもなり、最低のつまんない芝居にもなる。(日本では10年程前に、蜷川幸雄氏が男版・女版として、2バーションを演出した、男「西村晃・江守徹」女「市原悦子・緑魔子」が凄かった。アメリカでは「スティーブ・マーチン」と「ロビン・ウイリアムス」がNYで演じている。凄いキャスト。ぜひ見たかった!)だからこそ本作は演劇の可能性を高らかに歌い上げている。読んで面白い、という作品ではないが、『象徴的』という形容がこれ以上的確にあてはまる作品はなく、それを生みだした、ベケットの着想の凄さに敬意を表して★5つ。
・「我々は何かを待っているのであろうか?」
とにかく考えさせられる劇である。ゴドーを待つ二人を中心に劇は進むが、ゴドーは誰なのか?何故待っているのか?等などの疑問が次々を浮かぶ。
読み終わって、あたりを見渡し考える。我々は何かを待っているのであろうか?何を期待し今日を過ごしているのであろうか?
混沌としている世の中を読み解く鍵としても一読をお薦めする。
・「芸術の不可能性」
ランボーの『地獄の季節』がいい例だが、ある時点から、少なくとも芸術に対して誠実であろうとする者にとっては、もはや何も創作するができないという事態が生じた。『ゴドー』はその逼迫した状況に勇敢にも挑戦し、小さな、しかし偉大な風穴を開けることに成功している。「どうにもならん」というエストラゴンのセリフから始まるこの劇は、芸術の不可能性を認識した上で、その不可能性と戯れている。一方では、軽快でナンセンスな喜劇であり、他方では、終末の予感(芸術の死、人間性の死)に満ちた悲劇である。いずれにしても、芸術を志す者にとっては避けて通ることのできない道である。本書は現代に生きるわれわれの導きの糸となってくれるだろう。
・「色彩の宝石箱」
まるごと1冊のハリー・クラーク挿絵の本が出るなんて、夢のようです。ビアズリーを思わせる妖艶さと細い線の美しさ、禍々しい一方で、いやらしくなく、ギリギリで正統派のメルヘンを保っています。16ページあるカラー絵も、濃いめの色ながら、色彩の宝石箱で、海の中に宮殿があるなら、こんな感じではないかと思いました。宝物になる1冊です。美しい絵の本がお好きな方はぜひ、手元に置いてください。同じクラーク挿絵の『ポオ怪奇小説集』や『ペロー童話集』も出版されることを、心から願っています。
・「ハリー・クラーク最高!!!」
アイルランドの幻想画家ハリー・クラークの挿画40点を収録!カラーと白黒で添えられる挿絵は、本当にきれいですばらしい!!
彼の繊細な白黒画は、同じ年代の画家オーブリー・ビアズリーに少し雰囲気が似ています。オーブリー・ビアズリーが好きな方は絶対好きなはずVVV カラーは、また違った魅力を持っていてとても素敵です!
ケースをはずせば、英語で「fairy tale by John Andersen」と金で書いてあり、装丁は洋書のようでかっこいい!!
アンデルセンのお話とハリー・クラークの挿絵で、独立した世界ができあがっていて、絵本とかとは比べものにならない魅力!あの時代の雰囲気が味わえると思います☆
・「アンデルセンをもう一度」
挿画が美しい。アンデルセンを読み直したいなあと思って書店に行き、子供だましでない美しい絵に惹かれて買いました。子供が持つにはちょっと重い気もするけれど、立派な装丁はプレゼントにも良さそうですね。載っている作品の数も多め。有名なところだけでも、おやゆび姫、皇帝の新しい服、醜いアヒルの子モミの木、雪の女王、ナイチンゲール、マッチ売りの少女人魚姫、ワイルド・スワン、絵のない絵本があります。
久々に読み返してみて、子供の頃とはまた違う感想を持ちました。ただただひたすらに怖かった「雪の女王」はその美しさに息をのみましたし、また男の子が誘拐されて、女の子が救出に行くお話という展開の珍しさも改めて気づかされたりもしました。「人魚姫」なども、子供の頃にだって勿論心打たれる話ではありましたけど、人生経験積んでからの方がずきんとくるその大きさが違う気がします。子供の頃何度も繰り返し読んだ「絵のない絵本」も、読んだ本の数や書いた文の数に比例してそのすごさがひしひしと感じられます。童心にかえって読んだ作品も多いけれど、大人になった今の自分に直接訴えかける作品も多くて改めてアンデルセンってすごいなあと思いました。
・「世界文学の宝」
クラークの美しい挿絵が散りばめられている、本当に愛すべき一冊、荒俣氏の感情が入りすぎない訳もセンスよし。 彼の訳すアンデルセンは死とエロスの芳醇な香がただようから不思議だ。
・「完全に大人用です」
これは挿絵も含めて完全に大人用で、アンデルセンを深く味わいたい人にはお勧めです。また、大人の方でもマイナーなお話も多いので、アンデルセン入門を探している人や子供と一緒に楽しみたい方は、別のをお勧めします。
●はじめて読むマシン語―ほんとうのコンピュータと出逢うために
・「基本の基本がわかる本!」
アセンブラの入門書を読んで、引っかかっていたところが、すんなりわかるようになりました。アセンブラで、メモリーの番地を指定して数値を書き込む命令と、数値そのものを書き込む命令を使い分けていますが、具体的に、機械語レベルでどうしているのか、わかっていませんでした。この本を読んで、CPU固有の命令が数値で、つまり番号で、それぞれ決まっていると知りました。CPUの仕様ですので、これ以上さかのぼれないわけです。イメージとして、プログラミング言語の基礎がつかめると言う点で、この本は古い本ですが、読む価値があると思いました。
・「組み込み初心者の入門本」
今から需要の増えてくる組み込み系仕事の初心者にはとてもよい本です。16ビットのCPUである8086, V30, 80286のマシン語をMS-DOSのコマンドを使用して実習できるようになっています。このはじめて読むシリーズはどの本もよくできています。
・「結構古い書籍です」
計算機(パソコン)の中でどのような命令がどのように解釈されているのかということが理解できます。
本来はプログラム言語を学ぶ前に、このような事を知っておけば理解が進むのが早くなると思います。
ただ、私的には別にこれを読まなくてもプログラムは書けるとは思いますので★を一個減らしてみました。
あと、ひとつ付け加えるならばなんでも原点を知らないと取り掛かれないって人にはこーゆー本は向いているのだと思います。
・「新感覚の「悪の華」」
ボードレール「悪の華」は旧くは上田敏から、堀口大学、鈴木信太郎・・・数々あれど、現代の感覚に一番、しっくり来るのはこの安藤訳ではなかろうか、と私は思います。詰まらない現実から、どうやって抜け出すか?からだを痛めつけてまで詩作したボードレールのほとばしる言葉の数々に胸、打ち、痛みます。恐らく今後、こういった芸術家は、出て来ないでしょう。何遍も繰り返し読んで行きたい詩集です。
・「肉感ゆたか・・・」
ボードレールは耽美主義だとかいう前評判を聞いていましたが、この詩集を通読してみて、思った以上に作品中での人間の肉の感触を意識させられました。詩の多くが女性の肉体美関連のものです。時々プラトニックラブの詩もありますが、全体としてボードレールが徹底して女体を描こうとしていると感じました。精神的な愛に比べて卑下されやすい肉欲を、開き直ったようにがっちりと書いている点、やはり只者ではないのだなぁ、と思わされます。この詩集には初版本から猥褻を理由に削除された詩篇も載っていて、非常に良いです。
・「真実を探し求める《魂の書》」
『悪の華』=《退廃的》。というイメージが強くて読みのがしていたのですが、実際に読んでみると、思ったよりもずっと《正統派》の詩集でした。汚れた世界の中で、失われた《美》と《真実》を探し求める魂の軌跡は、とても感動的です。一見、異端的なように見えて、実は正統派。そんな矛盾した存在感がとても魅力的な、素晴らしい詩集だと思います。
・「読みやすいのはこれ!です。」
ボードレールのこの詩集の翻訳は数多くありますが、初めて読む方にとってはほとんどがとっつきにくいものだと思います。じっくり読めば素晴らしい詩集なのですが、何の予備知識もなく読んだときには内容が頭に入って来ず、印象に残らないとこってあるんですよね。安藤元雄氏の訳は、とにかく言葉がわかりやすく、ちょっとした説明も詩の内容を損ねることなく加えられているので初めての方でもかなり読みやすいです。 ですけど、星4つというのは、彼の詩を知り尽くし、その世界の重さや暗さを好む人にとってはちょっと軽く響いてしまうかも・・・と思ったからです。まぁ、これは個人の主観によるものですけど。
・「人間の心の闇を知る」
誰もが持ちうる心の闇の部分。子どもを愛せない親がどのような心情で虐待をしてしまうのか、臨床心理の分野から忠実に描いている作品です。人間である以上、自分とは無関係だとは決して言えない残酷性から目をそらさずに読んでほしいと思います。読み終えた後きっと何かを得ているはずです。おすすめです。
・「とても良い本です」
疑問だった事を、一つ一つほぐしてくれるような丁寧な内容でした。
もしも世界中の全ての人間が、この本を読んで、真に理解を出来るならば、今とは全く違う世の中になるのかも知れないな〜と、読みながら思いました。
臨床心理に興味が無い人でも、もし子供を持つ方ならば面白く読み進められるのではないでしょうか。
・「すべての親御さん、すべての先生方に読んで頂きたい。」
体罰が子供にどのような影響を及ぼすのかを具体的な事例を挙げて解説した本です。まだ読了していないのですが、この本を読んで学んだことをいくつか挙げます。
1.人は殴られて、人の殴り方を覚える。
2.殴られるから子どもはそれに恐怖し嘘をつくが、その嘘を子どもから追い出す為に大人は殴る。それは矛盾である。
3.子どもは殴られても、殴った大人に感謝しなければならない。そんな無茶な要求が大人にされることはない。
4.体罰を行う大人は、子どもに自分の子どものころの姿を投射している。子どもに体罰を加えることによって自分の少年時代に受けた教育(体罰)を肯定し、自分を教育した大人を肯定している。そして自分の中にある「子どもの自分」を再度殺しているのだ。
5.体罰を行う大人の姿は、かつての大人たちに差し出さなければならなかった権力を取り戻そうと奮闘している姿である。などなど。
日本が戦争という道に走って行ったのも、天皇という強力な父権性をもった人間に当時の人々が自分の親や恩師の姿を重ねていたからではないでしょうか。
この本を読むことは自分の少年時代と向き合うということですから、人によってはとても辛いことだと思います。しかしその辛さを選んだ人はきっとだれよりも心を深く理解する人になるに違いありません。どんな心理学や教育学の本を読むより先にこの本を読んで欲しいです。
・「真実です」
この本を読んで、「子供は親にされたことがわからない」と言う視点はものすごく大切な視点と考えるようになりました。「わからない」のは幼いため、抑圧するためなどなどの理由からですが、あまりに「わからない」ままになったり、事実と違っていたりすると歪がでるんですね、大人になって。作者の方すごいです、洞察力に感服します。訳者の方にも感謝感謝です。私にとって、この本は本当に読む価値がありました。
・「親であり子であり人間であることの苦しみと向き合うために」
人間である以上、だれかに育てられなければ生きていけないため、生存のために子供は命がけで必死に親に愛されようとします。それが無意識に子供をむしばみ、それが連鎖していくのです。精神医学の現場にいて最も難しい課題です。いい親にみえそうな人ほど、非情なほど子供には恐ろしい要求をし、殴り、尊厳を奪い、人間性を奪い、そんな親を子供は心からかばって夢中に愛しているのです。親になった方、親になるまえのかた、どんな本、育児書のまえにこれをおすすめします。どんな医学部の授業より、この本をよむべきでした。
・「そうだったのか」
ずっと待っていた’悪童日記’’ふたりの証拠’に続く完結編の文庫版。これまでの話では、話の展開に疑問がたくさんありましたが、この作品で納得しました。そういうことだったのか・・と。戦争や国家やイデオロギーが人間の運命をいかに翻弄してしまうのか考えてしまいました。そんな時代にこうしてしか生きていくことができなかった主人公の姿は、そのまま残酷な時代を象徴しているかのようにも映りました。
・「完結編?」
「悪童日記」の襲撃的なラストから、「ふたりの証拠」の驚愕の結末を経て、辿り着いてしまった三部作の完結編。 「悪童日記」「ふたりの証拠」の背景をたどっていくこの物語は、やはり期待を裏切らない。 何が真実で、何が嘘なのか。全てが真実で、全てが嘘かもしれない。物語の世界観に引き込まれ、道を見失う。簡潔に、言葉少なに語られたこの世界に、自ら進んで迷い込んで欲しい。
・「最後に「存在」することへの挑戦」
時は流れる。天使のようにうつくしかった主人公も年老いていく。戦争のなかを生き抜いた自分自身の存在をかけて、最後の戦いをいどんでいるようにも見える。私が私であることのあやうさ。そして唯一存在したことの証しでもある「名前」さえもが、真実味を失ってゆく。。。
〔人間の存在〕を根本からくつがえさせるような衝撃をのこし、3部作は幕をとじていく。
・「静かな」
悪童日記、ふたりの証拠から続く一連の三部作も今作で終了です。 途中で挫折した人にも、ここまで読まなければ本当の衝撃は味わえません、と言っておきますか。
作品の根底で静かに渦巻く奔流に、びりびりとしました。
細かい事は言いません、これを読まないで一生を終えるというのはあまりに勿体無い。
・「将来の夢は?」
三部作のラスト。次々と判明していく真実。「将来の夢は?」と問われ「したい事は別にないです。どうして、絶対に何かをしなくちゃならないんですか?」と答える現実。悲しき兄弟の物語。ラストは途方もない虚無感に襲われる。また読みたいと思った小説は始めての事だった。
・「超弦理論は美しいが数学的優美な試みに終わるだろう」
著者の超弦理論における業績を語りながら、1999年までの現代物理学から超弦理論に至る道を鮮やかに、語っているが、超弦理論までは着いて行けても、M理論は未だ良いが、ブレンの登場によって読者の理解力は限界に達し、ブレンを説明されるほど更に解からなくなる。それにこの本は、ちっとも、一般人向けに書かれていない。物理学科卒でも理解は難しいが、米国では宣伝力によって売れた。20世紀までの超弦理論非常にうまくまとめ書かれている。しかし、超弦理論には、現存する全ての力を統一する理論としては、初めからこの理論では解決不可能な前提条件が付随して離れない。それは、初めに10または11次元の時空間の存在を仮定する必要があることである。それを背景依存という。一般相対性理論は背景独立である。背景依存を背景独立な理論には2007年現在でも成されていない。それは論理的に矛盾である。いくら数学的に美しくても駄目である。この事実を頭に入れながら読んでも良いが、400ページを越える。時間を無駄にする事覚悟の上なら読む価値は勿論ある。話は少し超弦理論から離れるが、Smolin等は一般相対性理論と量子論を背景独立に融合させた「ループ量子重力理論」を提唱している。この一般書「量子宇宙への3つの道」これも難解な部分もあるが、超弦理論にもきちんとふれている。Come Majorana
・「エレガントな読み物」
この本は、一般の物理を学ばなかった方にも直観的な方法で、現在の最先端の物理(相対論・量子論・弦理論・M理論etc..)を極めて明快に知ることが出来る。ユーモアたっぷりの軽快な言葉で書いてあるが、本質をきちんと突いている。一方物理を学んだことのある学生には大変わかりやすく、すらすらと読み進むことが出来るだろう。また歴史背景に沿って書かれているため、史実的な理解の混乱もなく読み進めることが出来、まさにエレガントな一冊。またこれから素粒子・重力理論の研究を志望する人にとっても、概要を知る上で大変面白い。物理を学ぶ者は是非一読と言っても過言ではない。ただ、ケーラー多様体をカーラー多様体と表記したり、訳的にちょっと嫌な所を感じる方はいるもしれないが、そこは訳本の性なので気にするなかれ。(ちなみに、読み物なので勿論数式が展開してないのでどんな方でも気楽に読めます)
・「超ひも理論に一番詳しい本です」
超ひも理論について、素人にもわかるように書いた和書は少ないが、その中でもこの本が飛び抜けて詳しい。他の本で物足りないと感じた人にお勧めだ。
なぜひもなのか、膜や立体でもいいのではないか、なぜ10次元や11次元なのか、もっと詳しく知りたい人に懇切丁寧に説く。数式をまったく使わず、言葉だけで説明するのは、超ひも理論の最先端で実際に活躍する著者でなければ、できないことだ。
・「超弦理論は美しいが数学的優美な試みに終わるだろう」
著者の超弦理論における業績を語りながら、1999年までの現代物理学から超弦理論に至る道を鮮やかに、語っているが、超弦理論までは着いて行けても、M理論は未だ良いが、ブレンの登場によって読者の理解力は限界に達し、ブレンを説明されるほど更に解からなくなる。それにこの本は、ちっとも、一般人向けに書かれていない。物理学科卒でも理解は難しいが、米国では宣伝力によって売れた。20世紀までの超弦理論非常にうまくまとめ書かれている。しかし、超弦理論には、現存する全ての力を統一する理論としては、初めからこの理論では解決不可能な前提条件が付随して離れない。それは、初めに10または11次元の時空間の存在を仮定する必要があることである。それを背景依存という。一般相対性理論は背景独立である。背景依存を背景独立な理論には2007年現在でも成されていない。それは論理的に矛盾である。いくら数学的に美しくても駄目である。この事実を頭に入れながら読んでも良いが、400ページを越える。時間を無駄にする事覚悟の上なら読む価値は勿論ある。話は少し超弦理論から離れるが、Smolin等は一般相対性理論と量子論を背景独立に融合させた「ループ量子重力理論」を提唱している。この一般書「量子宇宙への3つの道」これも難解な部分もあるが、超弦理論にもきちんとふれている。Sept-masque de couleur
・「理解」
数学や物理に関して専門的な勉強は一切したことはないが、相対性理論・量子力学・ひも理論への興味はなぜかもっていた。これまでも、宇宙論関係を詳述した一般書を何冊が読んだが、いまいち理解したと自分で納得できることは無かった。
しかしこの本は違った。式等難解な表示はほとんどないが、豊富な例により素人の頭にもイメージを沸きやすく展開されている。 もちろん、実際に数式を解き、物理学に精通しないと本当の理解はできないであろうが、宇宙論にかかる理論がそんなに怖いものではないことがよくわかる。
この本のおかげでもっと宇宙関係の書籍を読んでみようという勇気がついた。